written by [[アカガラス]] writer:[[朱烏]] &color(Red){この小説には&color(white){近親相姦};の描写があります。}; ---- 「お兄ちゃんって何人と付き合ったことあるの?」 ちょうど二週間ぐらい前だったかなあ、リリアが初めて恋の話題を振ってきたのは。 春の息吹が連れてくるのは出会いだったり別れだったりするわけだけど、特に今年に限っては妹がそれに囚われてしまったみたいだった。 僕らのような定住が基本のポケモンがこの時期歓迎するのは移動性の虫ポケモンや一部の鳥ポケモン。暖かな春の日差しを浴びてやってくる色とりどりのポケモンたちを迎え、また一度ここを離れた友達と再会するのを一番楽しみに待っていたのはリリアだった。 ところが今年はリリアいわく、「なんか褪せて見える」のだという。当の本人は何でそんな心持になってしまったのかまったく思い当たる節が見当たらないようだけど、この兄から見ると&ruby(て){前足};に取るように分かるんだなこれが。 雪の中に新芽がぽつぽつと色を帯び始めた時期から、リリアの様子はおかしかった。傍から見れば何も変わっていないように見えたかもしれないけど、やっぱり唯一の親類だからこそ気付く、普段にはないしぐさがあった。 頭から出る炎の橙色の割合がちょっと大きかったり、同年代の中では割と無頓着だった毛並みを気にし始めたり、もっともっと細かい部分を挙げていくときりがない。 原因は文字通り火を見るより明らか。恋、これに尽きる。 色々な角度から検証してみたし、リリアの友達に聞き込み調査も敢行したんだから、99.9%間違いはない。 そんな中で初めて振られた恋の話題がリリア自身のことではなくて、僕自身に関する、しかも随分と突っ込んだ内容だったから、思わず前につんのめった。 「えっと、二匹くらいかな」 「えー、けっこう少ないんだね。もっとモテてるのかと思った。結構顔整ってるほうじゃないの?」 別にナルシストってわけじゃないけど、否定はしない。でもね、童顔だとそう簡単にはいかないんだよね。 リリアと一緒にいるとき、どさくさに紛れて(主に中年の女性)言われるのが、「可愛い弟さんね」「ちっちゃくて可愛い!」「ぼく何歳なの?」etc.……。何度入水自殺したくなったことか。リリアもその場の雰囲気で悪ノリするから、ますます縮こまってしまって何も言えなくなる。 親はどこかへ消えたけど、もし現れたら心の底から言ってやるんだ。もっと男らしい顔を産んでくれよ! って。そして低身長のDNAをプレゼントしてくれた父親にはもれなく『炎のパンチ』を見舞ってやりたい。進化して使えるようになったらの話だけどね。 僕らが住んでるのは名もない地。もしかしたら人間がつけた地名があるのかもしれないけど、そんなことは知る由もない。 一応この辺りのど真ん中にあるひらけた草原は『広場』の名で通っている。住処はその外れにある大木の中。父親が頑張って木の中身をくりぬいて作ったらしいけど、如何せん中は狭いし暗い。だから住処というよりただの寝床。ふたりとも進化してしまったらもっと狭くなってしまうのは目に見えているから、もっと悠々と四肢を放り出せるような住処を作ろうかな、なんて考えてる。 紹介が遅れたけど、僕の名前はアリム。マグマラシの平均身長を超えるには進化するしか望みがないという悲しいポケモンの一匹です。 それに対して妹はというと、同じ種族、しかも雌なのに僕の身長を耳二つ分オーバー。僕のコンプレックスを深刻なものにする要因の半分以上を占めている。 年は十七歳と十五歳……のはずなのに、友達が言うには十三歳と十五歳なんだって。そりゃ年齢を推測しようと思えば対象の誤差はあると思うよ。でも十七歳に十三歳は酷すぎる。僕のピュアなハートにはそれだけで深い傷がついてしまうってことをわかってくれるポケモンは現時点ではいない。 これでもリリアの兄として精一杯努力してきたっていう自負はあるんだよ? 物心ついたときには両親は消息不明、ただ必死で生にしがみついて、死んでも妹だけは守るって決めて……。その頃は過剰な日照、降雨のせいで食べ物を探すことはかなり困難を極めた。辺りの住民が助け合うなんて夢見る者の戯言、そんな余裕があるポケモンは一匹たりともいなかった。僕の体はとうに限界を超えていたけれど、妹だけは何の問題もなくすくすくと成長してくれた。それがどれだけ僕の励みになったか。 ちょっと重くなってきたね……ま、そんなこんなでここの厳寒期も去って、今はみんな楽しく暮らしている。 両親のことは諦めている。冷めてる、って言ってくる奴もいるけど、どこかで死んでるかもしれないひとのことを思っても仕方がない。捨てられたっていう事実がそういう心情にさせてるのかもしれないけど、僕はさほど気にしてはいない。両親のことを嘆いている余裕なんてなかったし、妹がいるだけで十分だったから。 ま、何事も考えようってことだよね。今はここで人生を謳歌しているわけだから、昔の悲しい時期のことを思案する必要はないし、笑い話にさえなる。 とりあえず身の上話はこれで終わり。あんまり長々と物事を考えたり喋ったりできる&ruby(たち){性質};じゃないからね。 さて、今日という日を過ごすにあたって、大問題が発生している。することが何もない。まったくない。 普段なら朝食を採ってきて済ませ、僕もリリアもそれぞれの友達のところへ遊びにいく(彼女はいないのでそっちの方向の話はなしってことで)。 ところが今日はこの辺に住む友達はみんな出払ってしまっている。なんでも、森の向こうにある隠された秘境を探索しに行くらしい。そこには幻の木の実があって、食べたものには永遠の幸せが訪れるんだとか。でもさ、僕も行ってみたい、って言ったら相手はなんて言ったと思う? 『炎タイプは足手まといになるからだめ』だってさ。途中にどうしても通らなければいけない湖があるからってご丁寧に理由も付け加えてくれた。……いいもん別に。そんなデマ臭がプンプンする噂に踊らされて馬鹿を見るのはきっとお前らのほうだ! ……はあ、行きたかったなあ。 そんなわけで省&ruby(ら){か};れた僕は何かすることはないかと思案にふけっていた。考えることは嫌いだけど、暇はもっと嫌いだ。 「あれ、お兄ちゃんは出かけないの? 私はもう行くからね。友達と約束してるんだ」 リリアは僕を心配しながらも、時間に間に合わないというふうに言った。朝食をスローペースな僕に合わせていたからだろうか、焦りが見て感じ取れる。 そんな妹を見て、ふと思いついた。 尾行してみよう。 あ、変態的思考が働いている可能性だけは否定しておく。勘違いはしないでほしい。兄として色々知っておかなければならないことだってあると思うんだ。例えば友達関係とかよく遊ぶ場所とか……恋している相手とか。 すべては愛すべき妹を守るため。そのためなら悪魔になることも厭わない。 というわけで尾行開始っ! 住処を出たリリアに気付かれないよう、距離は十分にとって後をつけよう。バレたらバレたで色々釈明の余地はあるけどね。僕もこっちの道に用があるんだ、とか。 リリアは何の迷いもなしにずんずん進んでいく。しっかりとした足取りだけど、歩き方はいつもよりしなやかで腰のラインが美しい。さすが僕の妹、歩行方法ひとつに強さとたおやかさを同居させようとは。きっとものすごい気合が入っているんだろうな。恋にこれだけ本気になれるんだったらきっとうまくいくよ。いや、いかないはずがない。 僕はリリアを見失わない程度の距離を保ちつつ、順調に歩を進めていく。ときどき首を左右に振って景色を眺めるリリアの視界に間違っても入ってしまわないように、細心の注意を払って尾行を進める。見知らぬポケモンを探っているわけではないのに、なんだかどきどきする。 そんな緊張とは裏腹に尾行は恐ろしいほど何事もなく進行する。時折風によってこすれあう木の葉たちが、リリアと僕の間に妙な雰囲気を作り出していった。それを感じているのは紛れもなく僕だけなんだろうけど。 しばらくすると目的地にたどり着いたんだろうか、リリアは静かに止まった。同じように僕も止まる。さてここはどのあたりなんだろうか、と茂みに半分体を隠しつつ周辺を見渡すと、リリアの向かって右側に僕が隠れている茂みより更に深い、木や草が土を見えなくするぐらい生い茂っている場所があった。まるで結界を張っているかのようないような雰囲気を漂わせているそれは、隠れて物事を行うには都合が良さそうだった。 リリアが不意に立ち上がって、周りをきょろきょろと見渡す。僕は緊張から少し焦ったが、茂みの中にいるし距離も近くはないため、姿勢を低くすればリリアの視界から失せることは容易だった。リリアは僕の存在に気付かず、誰にも見られていないと思い込んで巨大な怪しい巣の中に入っていく。 もし的確な助言をしてくれる友達がこの場にいたなら聞きたい。僕はリリアをもっと追うべきか、それとも引き返すべきか。 追う、引き返す、追う、引き返す、追う、引き返す、追う、引き返す、追う、引き返す、追う、引き返す、追う、引き返す、追う、引き返す…… 気がつくと、僕はリリアが足を踏み入れた深い藪の前に立っていた。さっきまでの思案は雑念に近い意味のないもののようだったらしい。すでに心では決心がついていた。 好奇心ももちろんある。でもそれ以上に、リリアのことが気が気でならない。広場でみんなと楽しく遊べばいいのに、わざわざこんなところに来てまで……。 思い当たる節はもちろん一つしかない。それを確かなものとするため、物音をたてて気配を悟られることがないように、僕は藪へ足を踏み入れた。 外観からすべてを判断したわけではないが、藪の中は思いの外暗かった。そびえ立つ木が枝や葉で作り出した天井はほとんどの光を遮ってしまう。視界が暗いせいで大きな石に前足をぶつけてしまった。 リリアは何度も来てこの暗がりに慣れたせいなのか、歩くスピードを落とさずに突き進んで行ったらしい。もはや僕が尾行を引き続き敢行できるかどうかは、足元にうっすらと残るリリアの足跡だけだった。 いや、残っていたのはリリアの足跡だけじゃない。闇の中にぼうっと浮かび上がる、リリアのものよりも一回り大きい足跡がある。この藪の中は日の光が届かないせいか、地面は湿って軟らかい。意図せずとも足跡の形状ははっきりと写し取られる。この何者かの足跡はリリアのものより深く刻み込まれていた。大きさも考慮すると、リリアよりも体重は重いと推定される。 しかしこの足跡は見慣れないものだった。形がはっきりしても知らないんじゃどうしようもない。リリアのことを知るには、もっと奥へ進むしか選択肢はなかった。 しばらく歩を進めたところで、僕は木の陰に身を潜めた。ついにリリアを発見した。しかし近寄ることは出来ない。そばにもう一匹、がっちりした体躯のポケモンがいたからだ。 灰色の体、背中と四肢は漆黒のふさふさの毛で覆われている。耳はぴんと立っていて、時折牙ものぞかせている。目の下の模様はまるで黒い涙を流してシミになってしまったみたいだ。目も紅くてギラギラしているし睨まれてたら動けなくなりそう……といいたいところだが、グラエナにしては随分と優しい目をしていた。それは果たして悪タイプと名乗っていいんだろうかを思わせるほどに澄んでいた。 僕はこのグラエナを知っていた。名はフォルテ。なぜ知っているかというと、この近辺で一番有名だからだ。顔は非の打ち所がないほど整っているし、頭の良さも折り紙付き、運動能力も抜群、そしてなにより性格がいい。困っているポケモンを助けたなんて噂を聞くのは日常茶飯事、確か一月ぐらい前にヒメグマの子どもを捕らえようとしていた人間を追っ払ったとか。それで一躍彼は有名になったけど、本人はその喧騒を避けるように広場の外れでひっそりと暮らしているみたいだ。 ただその当時の僕は彼はもともと人間と一緒に暮らしていたという噂も聞いていたから、何の躊躇いもなく人間相手に技を放つことが出来るものなんだろうかといささか疑問に思っていた。 ちなみに年は僕と同じで、その若さが様々な女性を惹き付ける一員にもなっている。 そんな&ruby(おとこ){雄};の中の&ruby(おとこ){雄};、この里のスーパースターが何故リリアの目の前にいるのか、少しの間理解できなかった。自分の妹が一番モテる雄を手に入れてしまったんだろうか。それともただ会っているだけ? それにしては場所がおかし過ぎる。 頭の混乱がまだ覚めやらぬうちに、答えはあっけなく突きつけられた。 「フォルテ君……」 心臓が爆発しそうだった。十五年間一緒に過ごしてきたはずなのに、リリアのこんな甘い声は一度も聞いたことがなかった。扇情的……まさしく雄を酔わせるそれは、フォルテにも十分効果的だったようだ。 「リリア……」 頭が真っ白になった。雄でリリアを呼び捨てに出来るのは僕と父親だけのはずだ。なのに、なのに――。 &ruby(ふたり){二匹};は見つめ合っていた。互いにもう一方を二人だけの世界に&ruby(いざな){誘};おうとしている。鼻と鼻の位置が近い。目も蕩けている。どちらかが行動を起こすのは時間の問題だった。 僕にはどうしようも出来なかった。ここで飛び出すわけにはいかないだろう。かといってこのままリリアを置き去りにすることは出来ない。何か汚いことをされたら……そう考えただけで肉球から嫌な汗が滲む。 二匹の興奮が高まって緊張の糸が切れたら、そのまま交尾でもしだすんじゃないかと不安で仕方なかった。 そのときだった。おもむろにフォルテが口を開ける。リリアもそれに同調するように口を開ける。リリアの目には期待と不安に入り混じった不安定な感情が映る。その感情はそのまま僕に連動した。 フォルテの舌は、それらの杞憂を取り払うかのようにリリアの口内に侵入した。ねっとりとした、それでいてリリアを労わるかのような温もりがあった。 「ん……」 リリアはまだ心の準備が出来ていなかったのか、完全に受け入れることは出来ないでいるように見える。それでも陶酔したような声をあげた。フォルテはリリアの状態を薄目で確認しながら舌での愛撫を続行する。 フォルテはリリアの心の準備が万全になったと感じたのか、いよいよリリアの口を深く貪り始める。 「んふ……んぁ……」 リリアはフォルテの気持ちに必死に応えようとしていた。上がる声も嬌声に近い。もつれ合う舌の中で唾液が絡み合い、細く光る糸は僕の意識すら高揚させていた。 でもこれ以上はとてもじゃないけど見ていられなかった。繰り返されるリリアの甘美な声や唾液が混ざり合う淫猥な音が耳に入ってくる度、泣きたいような気持ちに駆られた。やっぱり尾行なんてするべきじゃなかったのかもしれないと心底思った。 「っ……はぁ……はぁ」 不意に二匹の行為が終わった。目を伏せた途端に終わったので、彼らの間で何が起こったのか掴めなかった。でもリリアが息を切らして涙目になっていることには気付いた。 「フォルテ君、ごめん……。これ以上は無理かも……」 今にもリリアの目から雫があふれ出そうだ。 「こっちこそごめん、リリア。ちょっと無理させちゃったか……?」 リリアはそんなことないよ、と必死に首を横に振って否定していた。フォルテに嫌われないためにそうしたんだろうを容易に想像かついた。 「また明日会ってもいい……?」 リリアはほとんど懇願するような頼み方でフォルテに言った。彼はもちろんだよ、と悪タイプに似つかわしくない純粋な笑顔で応えた。 その後二匹は時間帯や場所などの軽い取り決めをした。すべて今日と同じだった。 「リリア、君のことずっと愛してるよ」 まじめなポケモンらしい形式ばった言葉だったが、リリアは嬉しそうにありがとうと返事をして、もと来た道を帰っていった。フォルテもリリアを小さくなるまで見つめたあと、更に暗がりの中へ入っていった。奥に住処でもあるんだろうと思った。 この場に取り残されたのは僕一匹だけだった。二人が去った後も僕はまだ体を草木に潜めさせていた。火照った体が急速に冷えた。聞こえる音は木々のざわめきだけだった。 今日のリリアは僕の知っているリリアじゃなかった。僕は思い込んでいたんだ、妹のすべてを知っていると。でも僕の妹は、僕の『妹』よりもずっとずっと大人だったんだ。 □□□□ 太陽が真南から照り付ける。気持ちの整理がつかないまま、足取り重く、僕はいつの間にかいつも友達との遊び場になっている広場に来ていた。端の目立たない場所、ポケモンがあまり寄ってこない場所で日向ぼっこをしている。特別それが目的で来たわけじゃないけど、それしか心を落ち着かせる方法が思いつかなかった。 目を瞑ると、さっきまでの一連の出来事が次々と網膜へ映し出されていく。&ruby(かぶり){頭};を振ってその映像を追い払おうとしたが、彼らは僕を嘲笑うかのごとく淫らな行為を繰り返す。果たしでこの状態でリリアを目の前にしたとき僕の精神はどうなってしまうのだろうか。 ずっと僕を温めてくれていた春の陽光が無慈悲に感じられる。意味もなく撫でられ慰められているようだった。 それでも僕の火照った心は少しずつ冷えていった。多少は冷静になれただろうか。 きっとリリアは僕と会ってもいつも通りの他愛のない話をするだろう。僕の知っている妹に戻るだろう。でも僕は同時にもうひとりのリリアを受け入れなければいけない。出来るだろうか……。自信はない。けれども僕はリリアの兄として、妹が大人になったことを喜ばないといけない。今回は成長の方向が僕にとって少々過激だったというだけなんだ。 よく考えれば、何も怖がることはない。きっと大丈夫……。 気持ちの整理はついた。まずは住処に帰ろう。 そういえば……なんでリリアは泣いていたんだろう。それが一番の謎だった。お互いがお互いのことを好きで、双方とも望んでした行為のはずなのに、何か不都合でもあったんだろうか。……実は脅されて付き合っていて、それが嫌で泣いてしまったとか。いや、それだと今日目撃した一部始終とかなり矛盾が発生する。 うーん、僕の小さな頭ではこれ以上の納得する答えは作り出せそうにない。簡潔に言うと、さっぱり分からなかった。 リリアはもう帰っているんだろうか。住処を目指しながら、そんなことを考えていた。 住処に来てみたが、中をのぞいてもリリアはいなかった。今朝食べた木の実の種や皮が散らばっているだけだった。 フォルテと分かれたあとにそのままふらっと遊びに行ってしまったんだろうか。というか、朝っぱらからフォルテと怪しいことしないで、普通に付き合ってるんだから遊べばよかったんじゃないか。この季節になると広場でよく見かけるバカップルのようにはなってほしくないけどな。 よくよく考えてみると、リリアには不可解な行動が多い気がする。さっきの出来事がリリアのありふれた日常だとしたら、単に僕が妹についてよく知らなかっただけということになる。でもアレが日常だったら泣くことはないはずだよな……。ああもうっ! 止め止めっ、ますます分からなくなる。 気分転換は済ませたはずなのに、また頭の中がぐちゃぐちゃになってしまった。なんだかんだ言っても、僕はまだショックから立ち直っていないみたいだ。 水浴びでもしてこよう。本当はそんなに好きなことではないけど、それぐらいしないとやってられない。この勢いで入水でもしちゃうんじゃないか、と思える自分が不安だった。 川へと続く道は例の怪しい藪の道ほどではないものの、湿り気を帯びていた。ここ最近は雨が降っていないが、高い木々が日差しを遮り、この道が乾くのを防いでいるようだった。そういえばどこかのディグダが近くに地下水を見つけたとか言っていた。常にここが潤っているのはその影響かもしれない。 目的地に近づくにつれて、道は開けてきた。木々もいつの間にかいなくなり、空がはっきりと見えるようになる。 川の流れはいつもどおり緩慢で、氾濫という言葉をまるで知らないような穏やかさだ。炎タイプに優しい設計らしい。底は浅く、小さな石や細かい砂が佇んでいる。水面はゆらゆらと陽の光を反射して、僕の目を刺激してくる。 浸かりながらいろんなことを考える。そのうちリリアは僕の前から忽然と消えて、フォルテと一緒に僕の知らないような場所で愛に満ちた生活を送るんじゃないだろうか、とか。僕の目の前に&ruby(ふたり){二匹};がかしこまった表情で現れて、フォルテが「お嬢さんはいただいていきます」なんて言ってリリアを華麗にさらってしまうんじゃないだろうか、とか。……お嬢さんはないな。娘じゃなくて妹だし。まあ親の代わりはずっとやっているからあながち間違いではないけども。 でもリリアがどんな形でも自立してくれれば、僕の身が安定するのも事実だ。何度か恋愛はしてきたが、成功したことはない。リリアのことが気がかりで、全然集中できないのが主な原因だ。別にリリアが悪いといっているのではなく、僕の中での最優先事項はリリアなのだ。それが今後変わることはないと思うけど、弊害も少なからずある。 一緒に添い遂げてくれるポケモンを探せないまま生涯を終える気はさらさらない。そんなことが起こらないためには、リリアの自立と安定が必要だ。 混乱はしたけど、リリアとフォルテが付き合うことに異論はなかった。リリアが呼び捨てにされるのは気に食わないけども。 リリアは僕に報告する気はあるんだろうか。おそらくフォルテとの関係は最近始まったものだろうから、落ち着くまで僕に話すようなことはしないだろう。うう、リリアの恋を知っていながらこっちからは何も話せないって言うのは辛いな。 長時間川に使っていたせいなのか、水の冷たさはほとんど感じなくなっていた。長い思考は炎タイプにとって大事な意識も隅へ追いやっていたようだ。 川の淵に前足をかけて、陸地に上がる。冷たさを感じなくなったとは言ったものの、四肢は冷え切ってしまったようで、肉球で草の柔らかさを感じることが出来ない。 体毛は芯まで水を吸収してしまったみたいだけど、一生懸命に体を震わせて水を切ろうという気にはなれなかった。 近くにある、さほど大きさのない岩に背を向けて寄りかかる。二足歩行のポケモンの体勢で言うなら、座る、と言う姿勢だ。ちょうど太陽も背中側にあるので、日陰になって涼しい。重力に従って前足を投げ出す。かなり楽な姿勢だ。自分の力を使わなくても、柔らかい地面と背中に面した岩が僕を支えてくれる。体がふっと浮くような感覚が僕を包み込む。 ふと、目の前の世界が&ruby(まどろ){微睡};んだ。一瞬意識が飛んだと思ったときには、あたりは夕日の柔らかな光に包まれていた。 □□□□ やはり気疲れしていたのは否めない。そうでなきゃ居眠りなんてしなかっただろう。 太陽は大分低い位置にあり、そろそろ東の空にも星が瞬き始めるころだろう。普段なら住処でリリアと一緒の時間を過ごしている時間帯だ。 ふいに腹の虫が蠢く。そういえばまだ昼ごはんすら食べていなかった。今日はどっちが夕ご飯を取ってくる晩だったっけ。……まあどっちでもいいか。帰りの道でいくつか木の実を採っていこう。 重くなった体を起こして軽く伸びをする。そうしないと体に纏わりついている眠気が飛んでいってくれないような気がした。 「……っ、くしゅっ!」 ……どうやら風邪をひいてしまったらしい。考えてみれば当たり前だ、水浴びをしたのに体毛の水気を切らないでそのままにしてしまったんだ。自業自得だ。どうしてしなかったのかと聞かれればそれまでだけど、疲れていたからそんな元気はなかったんだ。 昼間に通った小路を戻る。ただでさえ高い木々で覆われている上に夕刻だから、進む頼りになる光はかなり弱い。時々子供が仕掛けたであろう草結びに引っ掛かってしまう。別に痛くも痒くもないが、仕掛けたやつが喜んでいる顔を想像すると不愉快な気分になる。 早く住処に帰りたいが、暗いせいもあり、なかなか木の実が見つからない。それらしいにおいもないし、もしかしたらこのあたりは木の実のなる木が生えていない場所なのかもしれない。 頭が痛い。風邪が酷くなっているみたいだ。木の実は探しても見つかりそうにないし、諦めてまっすぐ家に帰ろう。仮にリリアが木の実を採ってきていなくても、住処の床に掘ってある穴に余分に木の実は隠してあるから問題はないだろう。腐ってなきゃいいけど。 □□□□ 住処のある林の中に着いたときには既に日が落ちてしまっていたが、代わりに月の白い光が森全体を照らしていた。今夜はどうも満月みたいだ。月の上にはミミロルがいる、なんて言い伝えを物心ついたときには知っていたけれど、そんなこと誰が最初に言い始めたんだろうか。昔はよくリリアに面白おかしく話を聞かせた。……こうして幼少の頃を思い出すと、ただのすすけたような模様が情趣深くなってくる。そんな月も、やがて大きな雲に隠れて、地上に光を届ける術を失ってしまった。 ところでもう住処の見える位置に来ているのだけれど、住処の中が異様に暗い。妙だな、と首を傾げる。普段暗い中で一緒にいるときは大概どっちかが炎を頭から吹き出すようにしている。そうでないと周りが見えないからだ。それは&ruby(ひとり){一匹};でいるときも然り。体から炎を噴き出して暗闇を照らすことができるのは炎タイプの特権だ。もしリリアがいるならば炎を使っているはずなんだけれども、そのようには見えない。 リリアはいないんだろうか。……いや、そんなはずはない。ただ炎を使っていないだけだろう。僕は過去に何度か遅く帰ったことはあるけれど、リリアがいないなんてことは一度もなかった。 それでも一抹の不安を覚えて足早に住処へ向かう。灯火は未だに確認できない。もしかしてリリアの身に何か起こって、帰ってこられないでいるのかもしれない。 頭痛が酷くなる。湧き上がる焦りと不安に押しつぶされそうになる。急いでいるはずなのに、足が進んでいない。やっぱり水浴びなんてするべきじゃなかったと自分を呪う ようやく穴の開いた大樹まで辿り着く。住処が目に入ってからここに着くまで実際に経過した時間はそれほど長くはないはずだけど、僕の焦燥感はほぼ限界値に達していた。 「リリア!!」 住処の内部に入り込むと同時に、頭と腰の炎管に炎を点火した。闇色の空間が明るく照らし出される。 「あ、……お、お兄……ちゃん」 リリアはいた。炎を灯すこともせずに、ただ暗闇の中にいた。住処の入り口に背を向け、壁に正対するように座っていた。 「なんだ……よかった……」 僕の中で積み重なっていた不安が一気に崩れ去る。リリアがいたという事実に安堵し、その場にへたり込んでしまった。じわじわと疲れが体から滲み出てくる。 ふと、住処の中の異変に気づく。 やけに甘ったるいような、それでいて酸っぱくて鼻腔を刺激するようなにおいが住処の中に充満している。しかも凄く濃い。ずっと嗅ぎ続けていたら五感が麻痺してしまうのではないかと思うほどだ。 何のにおいかはかりかねたが、地面に転がっている木の実の芯からにおっているように感じる。今朝食べたものではない。今朝のごみはおそらくリリアが片付けたんだろう、綺麗さっぱりなくなっていた。 だとするとこれはリリアが夕ご飯用に採ってきたものか。今日の当あの番は僕じゃなかったみたいだ。そして隅っこにはまだ手のつけられていない木の実がいくつか転がっていた。僕のものnかな? 「リリア、これ食べるよ?」 「……」 リリアは何も返事をしなかった。僕に背を向けたままだった。表情はわからない。 そしてふと思い出したのは、秘密基地のような藪の中での出来事。……リリアの涙。 そうか、まだリリアは落ち込んでいるんだ。僕の馬鹿、何でむやみに話しかけようとするんだ。そっとしておくのが一番のはずじゃないか。 リリアの了解を取らないまま、まあ取る必要性はないだろうけども、僕は木の実を&ruby(て){前足};にとる。これがなかなか大きい。正直今はあまり食欲がない。風邪による頭痛が酷いせいだろう。食べきる自信はなかった。おまけにこのにおい、やたらと甘ったるくて、見事に食欲を削いでくれる。おやつならまだしも、ご飯として食べるにはまったく向いていないと思う。 それでもせっかくリリアが採ってきてくれたものだからと、それにかぶりついた。食欲がないとはいえ、昼ご飯は食べていない。がっつくのは早かった。 噛んだときに広がる濃厚すぎるにおいは頭痛を助長する。が、それはこれから始まる地獄への序章に過ぎなかった。 「う゛っ……!?」 悶絶。 前身に悪寒が走る。何だこの味、酸っぱすぎるよ……。僕、酸っぱいのはてんでだめなのに。 嫌だ、こんなの食べたくない。 「……おいしく……なかった?」 またもや悪寒が前身を駆け巡る。リリアの声がいつも聞き慣れているものではなかった。なんというか……まるで非難されているみたいだ。 「い、いや、ぜん、……ぜん、おいひいよ?」 酸味に舌を刺激しまくられ、呂律が回らない。 「そう……」 なんだか急に怖くなった。意地でも食べなければリリアに何かされそうな気がした。それぐらい、リリアの言葉には凄みがあった。こんなリリアは初めてだった。 ていうか何でリリアは酸っぱい木の実なんか採ってきたんだ。僕が嫌いなのは知っているはずなのに。 不満はあるが、とにかく頭痛とか酸味とかはできるだけ気にしないように食べ続けた。おそらく僕の酸味耐性スキルは増大しただろうが、それに比例して頭の中で鳴り響く鈍痛も増大し、体力は大幅に削られた。木の実一個消費するのにも息絶え絶えだ。 「……食べれた?」 リリアは未だ僕に背を向け続けたままだ。何で顔を見せてくれないのか不思議でしかないのと同時に、怖い。肉球が冷や汗でべったりしてくる。 「う、うん。たべられらえ……あ、……れ……?」 何の前触れもなかった。酸味などの要素はまったく関係なく、呂律が完全に回らなくなる。次に不快感が全身を覆い、息が荒くなる。何だこの閉塞感。呼吸してもまるで酸素が肺に入っていかない。いや、本当は入っている。けれどもぜんぜん足りない。ああもう、なんだこれほんとに、あたまがおかしくなりそう……。 気づくと、目の前に大きな影がそびえていた。リリアだった。 「りり……たす、……」 必死に助けを求めるが、声にならない。どうにか行動で示そうと、リリアに向けて&ruby(て){前足};を伸ばそうとしたときだった。 世界が横転して、僕は仰向けに倒れていた。何が起こったのかまったくわからなかった。反射的に噴き出していた炎を消してしまい、あたりは闇に包まれてしまった。しかし視界が真っ黒に塗りつぶされかけようとしたとき、リリアの顔が一瞬見えた。リリアは笑っていた。 何かが僕の上に覆いかぶさってくる。……この状況ではどう考えてもリリアしかいないのだけれど、生まれてから今の今まで、リリアがこんなことをするなんて考えたことは一度もなかったから、……とにかく信じられなかった。 「お兄ちゃん……」 何? と聞き返したいが、声がうまく出ない。息苦しくてどうにかなりそうな状況はまったく変わっていない。体で示そうとしても。リリアが乗っかってきているせいで身動きが取れない。 「安心して。今ちょっと苦しいかもしれないけど、じきに収まるよ。副作用みたいなものだから……」 ふ、副作用? ……僕の食べた木の実に? 「お兄ちゃん酸っぱいの嫌いだったでしょ? さっき食べてた木の実は酸味が苦手なポケモンが食べると体の調子がおかしくなっちゃうっていうか……混乱状態にしちゃうの。イアの実っていうんだけど知ってる?」 イアの実……名前ぐらいなら知っているけども。食べたのはさっきが初めてだ。そもそも、イアの木がこの辺で自生しているというのは聞いたことがない。何でそんなものをリリアは……。 「それでね、イアの実ってもうひとつ、面白い効果があるんだ。なんだかわかる?」 わからないよ、全部。今のリリアが何を考えているのかも。ただ、なんとなく、薄闇の中の朧げに浮かぶリリアの怪しい笑みが僕を試しているというのはわかった。 ふと、何かが僕の耳に当たる。不安定なリズムを刻みながら、僕の耳を湿らせるそれは、リリアの吐息だった。どうやら僕の顔とリリアの顔が相当近くなっているらしい。聞こえるのは妹の呼吸音と、どこかの木にとまっているらしいホーホーの鳴き声だけだ。 一段と呼吸が荒くなる。 刹那、何もかもが止まって、リリアはそっと僕に囁いた。 「……び・や・く」 びやく……媚薬? ……媚薬だって!? まさか……まさかまさか……リリアの呼吸が妙に荒いのも……リリアが僕を押し倒してるのも……。 嘘だ。 「うわああああああ!!」 さっきまで声が出なかったのが嘘だったように、僕は大声を出しながら、狂ったように暴れた。ひたすらこの状況を抜け出したかった。 でも、できなかった。情けないけど、リリアの力に屈してしまった。僕のほうが年上だけど、体躯は完全にリリアのほうが勝っている。覆いかぶさられているとどうすることもできなかった。 もがけばもがくほど、風邪、そして頭痛の影響で体力は蝕まれていく。抵抗する気力はもはや残っていなかった。 「……終わり?」 僕が抵抗をやめても、リリアはしっかりと僕の体を押さえつけていた。 どうしてこんなこと……。 「……お兄ちゃん住処に入るとき思わなかった? 私は灯りもつけないでなにやってんだろって」 「……うん」 「自慰……してたんだよ」 開いた口が塞がらなかった。自慰だって……? そんなこと……いつの間に覚えたんだ。 「びっくりしたよ。いきなりお兄ちゃんきたから……背中向けてたからわからなかったみたいだけど」 頭の中はぐちゃぐちゃだった。僕の感情を無視して、信じたくない事実が次々と乱雑に並べ立てられる。どうにもならなかった。 「そのせいでせっかく媚薬を使ったのにあんまり気持ちよくなかったし……少しはお兄ちゃんに手伝ってもらおうかなって」 そんなの嫌だ。そんなことしたら……リリアが穢れる……。 「っていうのは建前だよ。本当はね……練習したいの」 れ、練習? どういうこと? 「お兄ちゃんさあ、今日私のあとつけてきたでしょ?」 「えっ」 思わず声が出る。バレてたのか。そんな。しっかり距離はとったはずだし、一度も僕のことを気にしたような素振りは見せなかったのに。 「お兄ちゃんは私のことを全部知っているつもりかもしれないけど、それは私だって同じなんだからね」 妙に納得する。一緒に暮らしていて、僕がリリアのことをすべて知っているのなら、リリアが僕のことをすべて知らないわけがない。 尾行したことが暴かれるのは必然だったみたいだ。 「それで、練習っていうのはね……。私がフォルテ君を満足させるためには今のままじゃだめなの。今日見たんだったらわかるでしょ? フォルテ君は優しいから何も言わないけど、きっと満たされていない。だからね……もっとフォルテ君を満足させられるように……」 そこでリリアの言葉は途切れる。もうリリアが何を言いたいのかわかってしまった。せめてもの抵抗として、必死で身構え、体を硬直させる。 「練習するの。……お兄ちゃんを使って」 それは一瞬だった。僕の口は急に塞がれ、物を言うこともできなくなっていた。 リリアの口だった。……いよいよ兄妹の禁忌が破られたんだと悟る。 僕は何かに駆られるように抵抗を再開する。体力とかそんなことを考えている場合じゃない。 「……ん……ぅぅ……」 首を横に振って口と口とを離そうとするが、リリアの圧力がそれを許さない。僕は手足どころが、頭までもが押さえつけられている。リリアにこんな力があるなんて。 兄としての自信が、どんどん崩れ去っていく。 「んふぅ……」 リリアの舌は次のステップに進もうと言わんばかりに僕の口内への侵入を開始する。僕は何とかして攻め込んでくる舌を追い出そうとするが、砦はあっけなく陥落してしまった。 もはや僕に残されている道は、リリアのなすがままに蹂躙されることだけだった。 リリアのザラついた舌が僕の舌の裏、歯の表面や隙間、喉の奥をなぶり、汚す。ときおり気道が塞がり、呼吸困難に陥って、意識が飛びそうになる。 気力はまったくといっていいほど残っていない。抗うだけの体力もとっくにない。ここにきて、風邪が完全に僕の肉体を巣食ってしまっていた。頭痛はさらに酷さを増し、それが嘔吐感へと変換されて体中を走り回る。 していることといえば、ただ願っているだけだ。リリアが僕を踏みにじる間、ただひたすらこの悪夢が終わることだけを考えていた。 「ん……はあ……はぁ……」 ようやく開放される。吸う空気は異常なほどに新鮮だ。 深い闇から、僕の口の周りへ粘り気のある液体が垂れてくる。リリアと僕が濃密な接吻をしていたという証が、姿が見えずとも十分な存在感を示している。 「はぁ、はぁ……ちょっとフォルテ君とは違うけど……こんなもんかな」 多分、リリアは満足げな表情をしているんだろう。これがフォルテだったならば、きっと満たせているはずだ、って。 「次は……こっちだよ」 リリアは僕の……僕のモノを後ろ足で触っていた。前足で僕を押さえ込んでいるから、触れる方法がそんな形になるんだろう。 「ひっ……」 僕のモノはリリアの後ろ足で弄られる。もちろん加減はしてると思うけど、踏みつけたりぐりぐり転がしてみたりと、その扱いは散々だった。 「うぅ……やめてよ……」 情けない声を上げてリリアに懇願するが、聞く耳を持たれる気配は微塵もなかった。そんなことされなくても、僕のモノは痛いぐらいに膨張しているというのに。 キスと違って、モノに直接加えられる刺激は徐々に突き抜けるような快感に変わっていった。 「んぁ……ぁぁぅ……」 「ふふっ……感じてるんだ?」 違う感じてなんか……不可抗力だ。感じたくて感じてるんじゃない。 絶対に認めたくなかった。僕は……僕は妹の体で感じるような変態じゃないんだ。 ……そうだよ。媚薬が効いてるから敏感になっているだけだ。ただ、それだけ――。 「お兄ちゃんよだれ垂れてるよ。きれいにしてあげる」 「ふぇ……」 リリアが僕の口周りを舐める。もう、拒絶もしなくなっていた。言葉に甘えて、僕のこぼした唾液を舐め取ってもらう。 気づくと、住処の中が月明かりでぼうっと照らし出されていた。遮っていた雲が消え去ったらしい。僕の瞳にリリアの顔が映りこんだ。光によって作り出されたリリアの顔の陰影がいやに官能的で、兄に見せていい顔じゃないなと思った。 リリアの瞳に、僕は映っていない。 やがてリリアも飽きたのか、その行為は終わるまでにさっきのディープキスほど長くはかからなかった。と同時に、リリアが押さえつけている前足を離した。 そして、リリアは腰を、乗っている僕の下腹部から足の方向、すなわち僕のモノのほうにずらした。 「これで練習は最後だよ」 僕は疲労困憊だった。風邪を完全にこじらせて、そのまま意識を失って死んでしまうのではないかと思う。なんだっけな、相手と性交渉しているときに死んでしまうこと……腹上死っていうんだっけ。ものすごくみっともない死に方だ。腹の上じゃなくて下だし。 とにかく、今の僕に何をする力も残されていない。 リリアは腰を少し浮かせ、いよいよという体勢をとる。こんな状況にもかかわらず僕のモノは元気に屹立しているのが恨めしい。もし食べた木の実に媚薬の効果があるなんて知っていたら絶対に食べなかったのに。 「お兄ちゃんのだ……楽しみだよ」 リリアの秘所が、ゆっくりとモノの先端に近づいていく。 「っ……」 先端があたり、僕のモノがピクッと反応する。僕の意思に反して、モノは欲望の捌け口を欲しているのだ。 「いくよ、お兄ちゃん……」 リリアの秘所が……きっとまだ穢れを知らない秘所が……僕のモノを飲み込んでいく。 「あぁ……ん……すごい……」 リリアの秘所は多量の愛液にまみれていた。それが潤滑油となって、僕のモノはずるずると引き込まれていく。先端が何かに当たったような気がするが、いとも簡単にそれは破れた。リリアは気にする素振りもみせずに腰を沈めていく。 「んぅ……」 やがて僕のモノは根元まですべて飲み込まれてしまった。僕はそれを見てはいないけど、リリアの膣肉が僕ので押し広げられてしまっているのを想像すると泣きたくなった。 どうしようもない背徳感、罪悪感が僕を襲う。 僕は兄妹間の禁忌を破るどころが、リリアの処女までも奪ってしまったんだ。 「動かすからね……」 リリアが体を上下し始める。スピードはそんなに速くない。 「あ、あん、す、すごい、おにいちゃ……あぅん」 耳を塞ぎたくてたまらなかった。リリアのこんな声聞きたくない。僕の目の前で、僕のモノで、リリアが喘いでいる。一心不乱に腰を沈ませ、その快楽に溺れ、欲望を満たそうとする蕩けた表情は、見るに耐えなかった。 僕自身も、リリアが腰を動かすたびに痺れるような快感に襲われていた。五感がほとんど鈍感になっている中で、その言い表しようのない気持ちよさだけが体中に刻まれていく。僕のモノがより深くリリアの秘所を貫くたびにずちゅっ、ずちゅっ、と淫猥な水音を立てる。それが僕を本能的な部分で興奮させ、モノに伝わる快感を増幅させる。 後戻りはもうできない。 「あんあン、ぁあぁん……私、もう……」 僕もリリアもそろそろ限界に近づいていた。リリアは動くスピードを速め、スパートをかける。僕はその激しい快楽の波に耐えることしかできない。必死で歯を食いしばって、リリアの中に出してしまうことだけは避けようと我慢する。 「あン、はァん、も、もっと奥にぃ!」 リリアの喘ぎ声と秘部同士が擦れあい奏でる淫らな音色はいっそう激しくなった。もはや理性のかけらすら存在しない。そしてついに、 「ああぁ……」 リリアは絶頂を迎えた。その瞬間にリリアの膣は僕のモノをぎゅっと締め上げる。 僕はそれに耐えることができなかった。 「ぅ……」 今までどうにか持ちこたえていたのが決壊した。モノはドクドクと脈打ち、リリアの中に子種を注ぎ込む。最近は自分で処理をまったくといっていいほどしていなかったせいか、出る量も半端ではなかった。リリアの秘所と僕のモノの間から入りきれなかった精液が溢れ、垂れてきたものは僕の体毛に染みこんだ。 お互いに果ててしまった後のことは覚えていない。意識が闇へと溶けていくとき、リリアがドサッと僕に倒れこんできたのは覚えている。 □□□□ 翌朝、先に目を覚ましたのは僕のほうだった。目覚めは普段より良かった。なんだか体が軽い。 僕とリリアはお互いに向かい合って、横になって眠っていた。。昨日はこんなふうに寝たんだっけ? と昨晩のことを思い出そうとして、急にめまいがした。 悪夢を思い出してしまった。僕はかぶりを振って思い直す。あれは酷い夢に違いない、と。 でも僕の体はやたらと汚れていた。特に下腹部の辺りが。 やっぱり夢じゃなかったのか。いや、寝ている間に無意識のうちに弄ってしまったのかもしれない。最近ご無沙汰だったんだから、それなら合点がいく。 ……僕はたぶん事実から逃げたいだけだ。そんな夢ありはしない。リリアの体も同じように汚れていたし、食べた木の実の残骸は散らばっている。甘ったるいにおいも、ちゃんと残っていたし、その中に僕とリリアのにおいも――空気中にこびりついている。 幻なんて存在しない。許されざる行為は確かにここにあったんだ。 しばらくするとリリアが目を覚ました。すぐに僕と目が合ったが、焦点が合っていないようで宙を見つめているよう見える。対照的に僕は目をそらしていた。リリアにどういう接し方をすればいいのかわからなくなっていた。 「お兄ちゃん……」 体が震える。リリアが手招きをして、僕を呼んでいた。 怖い。 行きたくない。 呼ばないでよ。 「お兄ちゃん……」 それでも再度の呼びかけに反応して、僕の体はリリアに近寄っていた。 「……昨日はごめんね」 リリアは元に戻っていた。昨日僕が見た、妖艶で淫乱なリリアはどこにもいない。 よかった。本当に良かった。昨日から引き伸ばされっぱなしだった緊張の糸が、たった今プツリと切れた。 「私、頭……おかしくなってたみたい」 「もういいよ」 僕はリリアの言葉を断ち切る。もういいんだよ。 いやなことは忘れるのが一番いい。昨日のことは全部あの媚薬効果のある木の実のせいにしてしまおう。まあ、リリアはそれなりの目的があったから取ってきたみたいだけど、もうそんなことはどうでもいいや。リリアが謝ったんだからそれでいいはずだ。 それとも、これは兄として甘い判断なのかな? 本当は許すべきじゃないのかな? ……わからないけど、こんなことはもう二度と起こらないだろうから、許してあげよう。 僕は兄失格かもしれない。でも世界に&ruby(ひとり){一匹};しかいない大切な妹なんだから、ちょっとぐらい、せめて僕から離れてしまうまでは甘やかしてもいいよね。 「ゴホッ……」 唐突にリリアが咳きこむ。 「大丈夫?」 僕は声をかけた後にリリアが全然大丈夫じゃないことに気づいた。堰を切ったように咳は止まらなくなるし、息をするのも苦しそうだ。額に前足を当てると、炎タイプの僕がやけどしそうなくらい、高い熱が伝わってくる。 「あ……」 ……昨日僕は酷い風邪をひいていた。その後にディープキスもあった。考えられることはひとつ。 僕は風邪をそっくりそのままリリアにうつしてしまったんだ。 「どうしよう」 「……寝てればそのうち直るから、コホっ、……き、気にしないで……」 そういうわけにはいかない。抵抗が許されない状態だったとはいえ、僕が持ちこんだ風邪のせいでリリアに迷惑をかけるわけにはいかない。 たしか、近くに解毒・解熱作用のあるモモンの実がなる木が生えているはず。それを採りにいこう。 「待っててリリア、薬を取ってくるから」 「……うん」 リリアの返事を聞かないうちに僕は住処を飛び出した。 日の出はとっくに過ぎていて、太陽は昨日と変わらない暖かな光を送ってくれていた。だいぶ寝過ごしてしまったみたいだ。 いろいろな思案を巡らせながら、目当ての木の実を見つけるために、周りを見渡す。ここにはないようだから、広場のほうまで行ってみることにした。 あまり開けていない道の中を、僕はゆっくり進んだ。急いでいないわけではない。木の実がないか探しながら歩けば自然とスピードは遅くなる。 リリアが待っていることを心に留めて、さっさと見つけてしまおうと決めたとき、幸運にもモモンの木を見つけた。木自体に高さもなく、比較的採りやすい位置に木の実はぶら下がっている。これでリリアの風邪の症状が少しは軽くなるかもしれないと期待して、実を前足にかけたときだった。 「リリアーー!!」 遠くで妹の名前を呼ぶ声がする。男の声で、しかも呼び捨て。声がするほうを見やると、見覚えのある黒い物体がこっちに向かって走ってきていた。あれは……フォルテだ。 最初はなぜリリアの名前を呼びながら走ってくるのかわからなかった。その走ることの速いこと風の如しとでも言うべきか、あっという間に僕の目の前まで来てしまった。 流石に全速力で疾走したのがこたえたのか、下を向いて息を切らしていた。 「はあ、はあ、……り、リリア、探したんだよ……」 わざわざこっちまで走ってきた理由の謎は解けたが、不満ばかりが募る。どうやら僕とリリアを間違えているらしいが、どうして雄と雌を見間違う? 「悪いけど、僕はリリアじゃないよ」 フォルテが「は?」という顔で僕を見る。ようやく自分の失態に気づいたのか、あわてて訂正した。 「あれ……違う。君は……弟君?」 この辺に住んでいるヒノアラシ系統のポケモンは僕とリリアしかいない。だから目の前にいるポケモンははリリアと血がつながっている、という推理はなかなかのものだと思う。 でも『弟』だって? 君は大きな間違いを犯しているよ、フォルテ。 「君は……フォルテ、でいいんだよね」 フォルテは驚いたような顔をしている。なぜ名前を知っているのかとでも言いたげだ。 「用事ってリリアのこと?」 「え……?」 「隠さなくてもいいよ。リリアは僕にバレないようにしていたみたいだけど、もう全部知っているし、リリアも僕が知っていることは知ってるよ」 「そうだったのか……。リリアがこっそり付き合いたいっていったのにな」 フォルテはばつの悪そうな顔をしていた。秘密にしていたことがあっさり発覚してしまったのが悔しいらしい。 「実はリリアと会う約束をしててね、なかなか来る様子がないからこっちに来てみたんだ」 そういえばフォルテとリリアが分かれる間際に、会う約束を取り付けていた。その約束の時間がとうの昔に過ぎ去っていたらしい。 「よければリリアのいる場所に案内してくれないかな」 リリアを呼び捨てにされるのもそうだけど、一挙手一投足がいちいち癪に障る。というかなめられている気がする。 僕はフォルテを睨みつけて(睨みはきかないけれども)、こう言い放った。 「別に構わないけど、その言葉遣い、改めてくれないかな」 フォルテがきょとんとした顔つきになった。それがちょっぴり愉快だった。 「僕はリリアの兄だ」 □□□□ 季節は秋になった。季節ごとに住処を移動するポケモンは、新しい居場所を探すための準備に取り掛かる。来年も来てね、またお話しようね、そんな声もちらほらと耳にするようになった。別れの季節を、赤や黄色に色づいた木の葉が彩る。毎年のように目にする、風物詩のようなものだ。 それは僕たちにとっても例外ではなかった。リリアは住処を離れることになった。ようやくフォルテと一緒に暮らす決心がついたらしい。これからはフォルテの住処で暮らすことになる。 「お兄ちゃん、元気でね」 気丈な妹とは対照的に、兄の僕は恥ずかしいくらいに涙を流して嗚咽していた。 「うっ、り、りあ、えぐっ……やっぱり、ぐすっ、いっちゃ、だめ、げほっ」 「そんなに泣かなくても……遠くに行くわけじゃないんだから」 そうかな。このまま目の前から消えたら、もう二度と会いに来なくなっちゃうんじゃないかな。 「そうですよお義兄さん。心配しなくても、俺がちゃんとついていますから」 半年前の一件以来、フォルテは僕に対して敬語を使うようになって、お義兄さんと呼ぶようになった。同い年のはずなのに敬語を使われると逆に気恥ずかしい。 「うん、ぐす……泣かせたら承知しないから」 リリアが未だに呼び捨てにされるのは癪だけど、それは認めることにした。この半年間で、フォルテならリリアを幸せにできるだろうと確信が持てたし、信頼もしている。 風が強くなった。木々から舞い落ちる葉が、僕たちの空間を鮮やかにしていく。別れの季節……か。 「別れの季節……」 「え?」 リリアが何かをぼそっと呟いたけど、風の音で聞き取ることができなかった。 「ううん、綺麗だなあって」 「……そうだね」 うまくはぐらかされた。横でフォルテがふふっと笑っている。 「……冬の間は遊びにこれないと思うけど、きっと春にはまた会えるよ」 僕は深く深呼吸をする。しっかりしなくちゃ。春にちゃんとリリアに会えるように。どっちも笑顔で会えるように。気弱になってはいられない。 「じゃあ私たちはそろそろ行くよ。このままだと日が暮れるまでここに居ちゃいそうだから」 「お義兄さん、どうかお元気で」 「言われなくてもそのつもりだよ」 はあ……この気持ち、なんて表現したらいいんだろう。淋しいけど、嬉しい。喜ばしいけど、胸が詰まる。 思えば、小さい頃から&ruby(ふたり){二匹};だけで生きていて、いろんなことを分かち合った。苦しいことも悲しいこともいっぱいあったけど、嬉しいことも楽しいこともそれ以上にあった。互いに依存しあって生きていたから、僕とリリア、どっちかがいなかったらどちらもないものだったかもしれない。僕はリリアを助けていたようで、実は助けられていたんだとしみじみ実感する。 そして、リリアは僕の元を離れる。これが、今まで生きてき手積み上げてきたものが結晶化した、最高の形の幸せなんだ。 リリアがいて、本当に良かった。 「お兄ちゃん。私、お兄ちゃんの妹で本当に良かったよ」 「……やめてよ、泣きたくなっちゃうから……」 再び流れ出してしまいそうな涙をこらえる。ちゃんと笑顔で、リリアを送り出そう。 「じゃあね、リリア」 「うん、じゃあね、お兄ちゃん」 別れの言葉は言い足りなかったかもしれないけれど、それは心の奥にしまいこんだ。きっと春の陽射しの下、笑顔で会えるときが来るから。 Fin. ---- 執筆完了 10/09/03 ---- 感想等ありましたらどうぞ↓ #pcomment あとがき↓ &color(white){ベッドの中で思いついた妄想を広げに広げたらいつの間にかこんな形になってしまいました。}; &color(white){このwikiに来て2年半がたちますが、まともにエロ書いたのはこれが初めてだと思います。}; &color(white){しかしエロって難しいです、何とかがんばってはみたものの、そこまでエロくはなりませんでした。しかもまともに書いたのが近親相姦というのもなんだかなあと。}; &color(white){オチはそこそこうまくまとめられたのかなーとは思っていますが……。}; &color(white){兄であるアリムの気持ちを想像しながら楽しく書けたので、個人的には満足です。}; &color(white){自分に足りないものもいろいろ発見できたので、次からの作品作りに生かしていけたらと思います。}; &color(white){読んでくださった方々、ありがとうございました。}; IP:219.173.58.226 TIME:"2012-12-12 (水) 06:47:04" REFERER:"http://pokestory.rejec.net/main/index.php?cmd=edit&page=%E5%83%95%E3%81%A8%E5%A6%B9%E3%81%A8%E6%98%A5%E3%81%AE%E9%99%BD%E5%85%89%E3%80%82" USER_AGENT:"Mozilla/5.0 (Windows NT 6.1; WOW64; rv:17.0) Gecko/20100101 Firefox/17.0"