#include(第十七回短編小説大会情報窓,notitle) 僕たちのプロトコル &size(30){僕たちのプロトコル}; 作:[[群々]] #hr ガラル地方、某日、某所。カレーが振る舞われるキャンプ地の夕べにて。 「はてさテ」 スプーンに盛られた甘口あぶりテールカレーを一口目を突つきながら、オーベムは声を言った。 「あの『計画』トやらハどうなっテいるのカ」 「……着実に進行しているのじゃないか」 食うというよりは吸い付くように辛さ控えめのカレーを食いながら、イオルブは頷いた。あくまでも自分のペースを守って、しっかりと咀嚼をして飲み込み、そして言葉を継いだ。 「……これから、更なる『&ruby(プロトコル){議定書};』が締結されることだろう」 「ヤレ、ヤレ」 オーベムは機械的に頭部を横に振った。 「何というカ、『議長』ノ気まぐれにハほとほと困らされるものダ」 イオルブは二口目をじっくりと時間をかけて咀嚼したので、頷いているのか、味に唸っているのかわからなかった。甲状の翅の青白い同心円がちろちろと点滅した。 「……オーベムよ。何か『妙案』は浮かんだか」 「別ニ。イオルブこソどうなんだヨ」 「……『議長』のなすがままに」 「ドッコラードッコラー、ダな」 オーベムは肩をすくめるかわりに、肉球のような三本かつ三色の指を神経質に灯らせた。緑赤、黄緑、赤黄……単調で規則的に続く一連の点灯を、イオルブは凝視しながら三口目のあまくちあぶりテールカレーを頬張る。 ランクルスの細胞液のような薄緑の目をキャンプへと向けると、ルナトーンがソルロックの周りをグルグルと公転していた。何も食わず、何も飲まずに、二匹はいつだってそのようにして過ごしているから、ルナ=ソルと呼ばれていた。もはや、彼らは一体だったからである。 「お前タチは、『議長』の為ニ何か考えハあるノか」 二匹は何らかの規則に従いながら、キャンプ地を大きく楕円状に描くように自転と公転を続けながら、オーベムとイオルブのもとへ近づくと、見つめ合いながら声を合わせた。 「「今いまし、昔いまし、後来たり給う主なる全能の神言い給う『我はアルパなり、オメガなり』」」 「……初めから今まで、勝手にしやがれ、という気でいるそうだ」 「よく分かるナ」 「……私は伊達に世界を観測してないのだ」 世界の観測者にして註釈者たるイオルブが、青白い瞳を強調させながら言い切った。 「ふム」 オーベムは不器用な腕を組んだ。 「デ、肝心の『議長』はまだなのカイ」 「「視よ、彼は雲の中にありて来り給う」」 「……そろそろ来る、んじゃないか」 すると一匹の&ruby(みつかい){御使};、もといスターミーが大盛りのテールカレーを載せた大皿を両腕で捧げ持ちながら、弾むような嬉々とした足取りで飛んで来た。たむろす彼らの輪に加わると、ドカンと皿を円卓代わりの切株に置いて、ウキウキとコアを黄色く点灯させた。 「スターミー、『議長』は」 イオルブが訊ねると、スターミーは右に三歩、左に五歩滑るように移動し、その度にパチンと両腕を鳴らしつつ、コアを黄色からエメラルド色に輝かせた。 「……まだカレーをよそっていたが、たぶんすぐに来るんじゃないの、と言っている」 「ふうム」 「「その口に&ruby(いつわり){虚偽};なし、彼は&ruby(きず){瑕};なき者なり」」 「うウム」 「いやあ、皆の衆お待たせー」 見ると、そこにはターメリックライスから成るシナイ山があった。山頂にはしっぽのくんせいが屍のように積み重なり、そこから聖油のように注がれたルーが皿の縁ギリギリにまで達していた。 「ごめんごめん、もう食べ終わっちゃった? いやさー、でも、この甘口あぶりテールカレー、お腹いっぱい食べないわけにはいかないよね、ってこともあるしい? あ、なんだよ、まだ全然って感じ? ホントさあ、ルナ=ソルはともかく、イオルブ君とオーベム殿は食わないことにはダメだよ。スターミーくらいドンとこないとこの先が思いやられるんだから」 陽気な声の主が山の裏手から顔を出すと、それは「議長」のレディアンであった。胴から生えた上肢と中肢の四本の腕で、自分よりも大きく盛られたカレーの皿を軽々と持ち運んで来て、藍色の複眼をニヤニヤさせている。 「やっと来たカ、『議長』殿」 オーベムは少々の皮肉を込めたが、レディアンは一向に気にしなかった。特盛のカレーを切株に置き、丁寧に肢を合わせてお辞儀をすると、スターミーともども無我夢中で食事にがっついた。四本の白い肢をスプーン代わりにして、器用にカレーライスを掬っては口へと運んでいく。小食な二匹はその様を驚嘆とも畏怖ともつかない様子で見守っていたが、目を移すと既にカレーを食い終えたスターミーが左足を軸にしてくるくると四回転半していた。 「……満足しているようだ」 「ふム」 「「第一の御使ラッパを吹きしに、地の三分の一、焼け失せ、樹の三分の一、焼け失せ、もろもろの青草、焼け失せたり」」 睦み合うルナ=ソルが言った。 「……『議長』はあの量をもう半分近く平らげてしまった。おまけに、あんなにあったしっぽのくんせいを、もう完食してしまった、と驚いている」 「なるほどナ」 「いやー、美味しいねえ!」 レディアンはなおも左上肢でカレーをもぐもぐ貪って、右中肢で丸いお腹をさすりながら、ご満悦に述べたてた。 「僕が言うのもなんだけど、こういう美味を前にしては、憎むべき相手にも慈悲を与えるってのもやぶさかじゃない、ってトコだねえ。でも、ま、バドレックス陛下のように泣いてブリザポスを斬るって故事もあるわけだ。背に腹は抱えられないって感じ?」 げふぅ、とレディアンは吐息を漏らした。 「いけない、いけない。僕らはただ呑気に食事会をしている訳じゃないからね。じゃ、行ってみよう!」 パンと四本の肢を叩き、青白く光りながら浮いているイオルブに向かってレディアンは言った。 「ええと、僕らの合言葉を言わなきゃね……イオルブ君、なんだったっけ?」 「……ホモオ・エスト・デレンヂュス((HOMO EST DELENDUS ラテン語で「人間は滅びるべきである」の意))」 「そうそう、ほもお・えすと・でれんぢゅす! ほらほら、みんなも一緒に!」 「「「「ホモオ・エスト・デレンヂュス」」」」 スターミーが両足を踏ん張らせて、両手をウッウのようにはためかせながら、頭部をそびやかせ、コアの色は真紅であった。 「いえーい! ニンゲンは愚かあっ!」 乾杯の音頭のように、肢を突き上げてレディアンは叫んだ。これが彼らの開会の合図であった。 「さて、僕らは表向き、トレーナーに従順なポケモンとして日々を過ごしているわけだあね、しかあし!」 手持ちぶさたな四本の肢をイオルブ、オーベム、ルナ=ソル、スターミーへビシッと指して、レディアンは黒い笑みを浮かべた。 「僕らの『黙示録』によれば愚かで利己的な人間どもは滅ぶべき運命にある。そうだね? ルナ=ソル?」 「「即ち、かならず&ruby(すみや){速};かに起こるべき事」」 「だね! そして、数多のポケモン、とりわけ虫ポケモンたちを中心とした『超政府』が形成されるのだったね。ええと、イオルブ君?」 「……ペル・メー・レゲス・レゲナント((PER ME REGES REGNANT ラテン語で「我によりて王は支配する」の意))」 「そうそう。僕らは選ばれるべくして選ばれたわけだ。それは決められたことだ。『黙示録』にもそう書かれていたわけだしね! ねっ、オーベム殿」 「あ、あア、そうだナ、全く(おイ、イオルブ。なア)」 オーベムは咄嗟に脳を通してイオルブに語りかけた。 (……どうした) 「曰く、未来の虫ポケモンたちは不届きなヒトに対してはこう言わねばならない。『こら、待ちなさい! そこの野良ニンゲン!!』ってね」 「当然のことダな(今更聞くのモ何だガ、こいつノ言う『黙示録』トやらノ題ハ何だったカ)」 「全くだ(……知らなかったのか)」 「そこでは、ヒトはヒューマンボールに入りポケモンのために働くのがルールになったわけだからねえ」 「いかにモ、愚かナ人間ハポケモンニ奉仕すべきだナ(シ、知らないノでハなく、「ドわすれ」ト言うものダっ)」 「……ホモオ・エスト・デレンヂュス(……ああ、そうか。何度も言った気がするが)」 「そりゃあ、早急に駆除しなくちゃいけない! ヤバン! キケン! ってヤツでね!」 「『ヤバンなヤツは駆除、いたしますわ!』(何かノ『映画』だったノハ覚えてルのだガ)」 「んー? なんか違った気がするなあ。念のため抜き打ちで聞いちゃうけど、その『黙示録』の名前はなによ、オーベム殿?」 (……『タゐむげη斗τόloveらÄ』) 「ええと、『タイムゲートトラベラー』ト言われていルな(あア、思い出した。『タイムゲートトラベラー』、ナ)」 「そうそう。あれは、僕らの栄光の時代を確約する一人間の貴重な証言でもある。にしても、さっきから何を見つめ合ってるんだい、君たち?」 レディアンは揶揄うような複眼で二匹を見つめた。 「まあ、君らが仲良いってことは知ってるけどさあ。カレーだって喰う量一緒だしい? でも今は、議題を進めないといけないからね!」 じゃっ、定例の報告といこうか、と中肢をパンと叩きながら、上肢でカレーを一口摘んだ。 「僕らはこの星から遥か遠くの『銀河連盟』から、デオキシス様の名の下に派遣された、そうだったね? 目的はシンプル! 愚かなニンゲンをこのまま生かすべきか? それとも、今すぐに滅ぼして、僕らの崇高な『プロトコル』を実行に移すべきか?……ってわけで、君たち、ニンゲンについて毎度のことだけども、各々報告してくれたまえよ」 「「&ruby(わざわい){禍害};なるかな、&ruby(わざわい){禍害};なるかな、大なる都バビロンよ」」 「……ルナ=ソルは今日もまたロトムを通して、ニンゲンの愚かさを確認したところ、だそうだ」 「うん! 世の中、本当にヒドいことに溢れているものねえっ! ポケモンの僕らですら、怒りを通り越して呆れてしまうくらいだ」 「……私が観測する限り、この一帯の廃棄物が前回比2%増加した(とりあえず何か適当に言っておけ、オーベム)」 (エ、あア、うン) 「へえ! 僕らの美しい星も着実に汚されているってことだね! 全くもって許し難い。これは決定的なことに思われるねえ」 スターミーがコアを黄色にチカチカと点滅させながら、片腕をブンブンと振り回し、数回ほどピョンピョンと跳ねたかと思うと、コアを水色に灯らせてがっくりと地べたに項垂れた。 「……贔屓のチームがついに10連敗を喫した、そうだ」 「おお、それはお気の毒に! そりゃ世界なんて滅んでしまえ、って感じになるよねえ。わかるわかる!」 オーベムは両手の緑色と赤色の指をコツンと合わせて、レディアンを凝視した。 「では、次はオーベム殿っ!」 「そもそも」 そこでことばを切って、オーベムはレディアンをじっと見つめた。 「このカレーからシテ、いかがナものカと思われる」 「おっ、やはり鋭いねえ、オーベム殿」 左上肢でキュッキュとアゴを撫ぜながら、オーベムの慧眼を褒めるような、おちょくるような視線を送った。スターミーは動きすぎたせいか、今さらヘアッ、というゲップが出た。 「確かに、この甘口あぶりテールカレー、ヤドンのしっぽを切り落としたものが使われていることは周知の通り。彼らがいかにのんびりとしているとはいえ、これは文句のつけようのないポケモン虐待にあたるよね?……ははあ、オーベム殿、訝しんでいるんだねえ。僕がなぜ、この秘密の会議の時には必ず君にトレーナーの記憶を&ruby(かいざん){改竄};させて、毎晩同じカレーを作らせているのか?」 四本の肢で頬杖をついて、オーベムの鐘上の顔の隅々を舐め回すように見つめる。オーベムはつい目を逸らして、天体のように無関心に思えるルナ=ソルの姿を見るともなく見た。 「それはねえ、このカレーは僕らの象徴であるからなんだよ! ニンゲンに使役され、あまつさえ食材にまでされる、っていうね! ああ、僕らの自由意志はなんと侵されてきたことだろう! 僕らはかくも偉大なのに、なんという悲惨に甘んじてきたのだろうってのを美味しくいただきながら痛感する、一石二鳥の寸法さ」 頻りに頷きながら、レディアンは一同の意見をじっくりと検討した。中肢を組み、上左肢をアゴに置き、もう片方でカレーをふたつまみしてもぞもぞと口を動かした。弾むように揺れる触覚に呼応して、イオルブの鋭利な触覚が敏感に左右に振れた。 「えっと、イオルブ君?」 「……ホモオ・エスト・デレンヂュス」 「そうだそうだ、ほも・えすと・でれんぢゅす! いやはや、それにつけてもニンゲンは滅びるべき、だねえ。ささ、オーベム殿」 「うム」 「ほらあ、ボケっとしてないで、今回の『&ruby(プロトコル){議定書};』を『銀河連盟』に伝えなくっちゃ!」 「はい、ハイ(全く、これだから「議長」ト言うのハ)」 「……ホモオ・エスト・デレンヂュス(ははは)」 脳を通じてイオルブに愚痴を言いながら、オーベムは色とりどりの両指を高く掲げて光らせつつ、キーボードを打つようにチャカチャカと空を切った。薄暗いキャンプ地にはその明るい光は不気味に灯った。 「人類ナオ滅バザルベカラズ、ノ旨電信しタ」 「やあやあご苦労様。これで僕らの『計画』はまた一歩前進したわけだあね。けれどもこれは着実に遂行されてきた『大革命』のありふれた一過程に過ぎない、ね? ニンゲンの歴史上で起こってきたことは、すべて選ばれたポケモンたちが裏でいとをはいていた!」 レディアンは上左肢を天高く掲げた。 「プラズマ団やフレア団、さらにはエーテル財団といった連中はことごとく僕らの『代理人』に過ぎないんだったね。しかあし、ニンゲンとポケモンの平等っていう崇高な理念を実現するには『代理人』たちは所詮、力不足だ。だから、ねっ、ルナ=ソル?」 「「ハレルヤ、&ruby(すくい){救};と栄光と&ruby(ちから){権力};とは、我らの神のものなり」」 「最後はポケモン、とりわけ高度に知性を発達させた虫ポケモンとエスパーポケモンが手を組んで、ニンゲンの体制を転覆させる! その時は刻一刻と迫ってるんだ。いやー、僕らもうかうかしてらんないよねえっ!」 そしてレディアンは、残ったカレーをホクホクと口へ運び始めた。それは、「散会」を意味していた。スターミーはカレーのお代わりをしに、皿を掲げて走っていった。ルナ=ソルはレディアンを中心とする太陽系からじんわりと遠ざかっていく。 「いやあ、ニンゲンってのは実に愚かなものだねえ……もぐもぐ。ねえ、イオルブ君とオーベム殿っ」 ゴルゴタの丘のような二杯目のカレーを持ってきたスターミーと一心不乱にカレーを食するレディアンの元を、イオルブとオーベムは浮遊しながら離れていく。青白い光と、赤、緑、黄色の遠い星のような光が、すっかり暗くなったキャンプ地に異物のように輝いていた。 「やれやれ、『議長』の気まぐれにハ全く、困らされルナ」 さっきと同じようなことを、オーベムはボヤいた。 「……まあ、その時は刻一刻と迫っているんだろうな」 即ち、かならず&ruby(すみや){速};かに起こるべき事。イオルブはルナ=ソルの言葉を引用した。 #hr オーベムはその日も、レディアンの命令に従ってトレーナーの脳に介入し、記憶を書き換えておいた。隙を見て背後から頭蓋を掴んだら、脳味噌を捏ねるように妖しく光る三本の指を操作すれば良かった。昨日の食事に関する、一切の印象、記憶をトレーナーから消去した。 そして、前回と寸分の変わりもない甘口あぶりテールカレーがポケモンたちに振る舞われる。オーベムとイオルブはスプーン一杯分、スターミーは山盛りの、レディアンは特盛のカレーをよそって、いつもの会議場所の切株へと集まっていた。キャンプ地を周回するルナ=ソルも彼らのもとへ引き寄せられた。 「「「「ホモオ・エスト・デレンヂュス」」」」 「ニンゲンは愚かあっ、いえーい!」 スターミーがコアを緑色に輝かせ、三回バク転をしてから、体を柔らかくして二回前転して、右手をグッと突き上げた。 「じゃあ、今日も君らの報告を聞こうかなっ」 これが二十四回目の会議であった。スターミーがひっきり暇なしにカレーに食いつく音をバックにしながら、一同は改めてニンゲン文明の愚かさを確認するに至った。 「いやはや」 レディアンは大袈裟なまでにため息を吐いた。 「聞けば聞くほど暗澹たる気持ちになることだあ。これは、もはや議論の余地がないように思えるね、さあて」 中肢で切株をポンと叩きながら、レディアンはニヤついた。俄に、一同がレディアンの方を見つめた。 「僕らは長々とニンゲンの愚かさを論じて来たわけだけども、そろそろ高次の段階へ進むべき時が来たようだ」 「それハ」 オーベムは思わず口走った。 「ニンゲンを滅ぼす、ト言うことカ」 「そうだよ」 レディアンはあっけらかんと言い切った。 「オーベム殿、まさか日和っちゃったあ? だって、僕らの『プロトコル』はずっとそのためだけに進められて来たんじゃないか」 「それモ、そうダが」 「どうしたんだい? 急に弱々しくなっちゃってえ」 「具体的ナ方法ニついて、議論ガ尽くされテいないト考える」 「方法? なんだい、それは?」 揶揄うような複眼でオーベムを見据える。 「そんなの決まってるじゃないか。ね、オーベム殿は毎度『銀河連盟』に報告をしていたでしょ。それがトリガーになるんだ。ゴーサインと見れば、彼らは大量の軍団をここへと送ってくる手筈になってるんだ、詳しく言えば……」 言い終わらないうちにオーベムはレディアンにのしかかり、三本の指をぴたりとその赤い額に当てた。 「ど、どうしたんだよっ、オーベム殿」 「冗談モ休み休み言うガ良い」 ギョロリとにらみつけながら、オーベムは憤然と言葉を継いだ。 「お前ノ気まぐれニ散々付き合わされテ来た我々ノ気持ちヲ考えテ見ヨ」 「なんだよ、なんだよ、放せ、放せって」 「正直ナ話、面倒クサかっタのだ。お前の下らない『プロトコル』ごっこにハ」 「……オーベム」 「イオルブハ少し黙っていロ! そもそも、いきなり我々ノ前ニ現れたカと思えバ、他ノ者どもガ控えめなのヲ理由ニ好き勝手振舞いおっテ。胡散臭いヤツトは思っテいた。陰謀ナドと間ノ抜けたことを抜かしおっテからに、この阿呆ガ」 「そっ……そんな言い方ないじゃないか、オーベム殿……」 「これ以上、ふざけた真似ヲするならバ、貴様ノそのクソみたいナ記憶ヲ書き換えるのモやぶさかデはないのだゾ」 「やめてっ、オーベム殿、怖いって……」 「私ハもうお前ノ言うことなゾ聞かぬ。そんなニ同じカレーヲ食いたけれバ、直接トレーナーに頼むことダな」 「ううっ……!」 感情のない声で脅すと、レディアンはあっさりと怖気付き、涙ぐんだ。額から指を離しながら、これほどまで簡単に屈するのであれば、もっと早くドヤしていれば良かったとオーベムはウンザリと考えていた。 「さて、もうこんなことハ終わりニしよう。なあ、イオルブ、ルナ=ソル、スターミー」 「……オーベム」 「全く、やれやれだった、な、イオルブ」 イオルブはドーム状の翅をパカっと開いて、波紋のような模様をチカチカと点滅させた。すると、オーベムの指が勝手に動き、自らの面長の額にぺったりとくっ付いた。 「!(お、お前、何ヲしてる)」 「……(見ての通りだが)」 「!!!(お前ノ冗談ハ相変わらズわかりにくい)」 「……(冗談ではない)」 威嚇するように、イオルブはいっそう青白い光を強めた。オーベムは目が眩んだ。 「?!(ど、どういうことだ)」 「……(見ての通りだ、と言っている)」 「???(お前ノ見える世界ガ、私にハわからぬ)」 「メッソンメッソン、ウッウウッウ……ふふっ、なんてねっ」 膠着する二匹の間にレディアンが割り込んで来た。 「キ、貴様っ」 「ヤダなあ、僕は脅迫に屈するほど軟弱じゃあないんだよお? ねえっ、イオルブ君?」 「……うむ」 「ド、どういうことダ」 「もうっ、鈍いなあオーベム殿! シンプルな話じゃないか。僕らは『銀河連盟』の一員なんだから」 「だから、馬鹿モ休み休み言えト……!」 「……『銀河連盟』は実在するぞ、オーベム」 「ナっ」 「ねー!」 嬉々としてレディアンは四本の肢を誇らしげに腰に当てた。 「いやはや、オーベム殿ぉ、遅れてるよのお」 「ナ、何ヲ言ってルのか」 「だーかーらー、僕ら『銀河連盟』の一員なんだよねえ、モノホンの」 「わ、私ハ違うぞ! それニ、いつもノ報告だって適当ニしていたノだ」 「いやいや、オーベム殿がどう思おうが関係ないのよ。ちゃあんと、あっちでは君の報告、観測してるわけだからさ」 「ま、まさかっ」 オーベムは頭を抱えた。すると、もう片方の指もぺったりと頭から離れなくなってしまった。六本の指の感触を頭部に感じて、滅多に流さない冷や汗が全身から流れた。 「る、ルナ=ソル、何とかしてくレ」 「「この&ruby(ふみ){書};の預言の&ruby(ことば){言};を封ずな、時近ければなり」」 「そ、そんナ」 「……オーベム、記憶を書き換えるのだ(書き換えろ)」 「ああ……あああっ!(い、いやダ)」 「お前は『銀河連盟』の忠実なる一員である、と、そう書き換えるのだ、オーベムよ(書き換えろ、書き換えろ、書き換えろ)」 「イヤだっ、私はっ、そんなの(やめてくれ、こんなふざけたコト)」 「書き換えろ(書き換えろ)」 &color(green){緑};&color(red){赤};、&color(green){緑};&color(green){緑};、&color(orange){黄};&color(red){赤};、&color(orange){黄};&color(green){緑};、&color(red){赤};&color(green){緑};、&color(red){赤};&color(orange){黄};、&color(red){赤};&color(red){赤};、&color(green){緑};&color(orange){黄};、&color(orange){黄};&color(orange){黄};、&color(orange){黄};&color(orange){黄};、&color(red){赤};&color(red){赤};、&color(green){緑};&color(orange){黄};、&color(red){赤};&color(green){緑};、&color(green){緑};&color(orange){黄};、&color(red){赤};&color(green){緑};、&color(red){赤};&color(orange){黄};、&color(red){赤};&color(green){緑};、&color(green){緑};&color(red){赤};、&color(green){緑};&color(green){緑};、&color(orange){黄};&color(red){赤};、&color(orange){黄};&color(green){緑};、&color(red){赤};&color(green){緑};、&color(red){赤};&color(orange){黄};、&color(red){赤};&color(red){赤};、&color(green){緑};&color(orange){黄};、&color(orange){黄};&color(orange){黄};、&color(orange){黄};&color(orange){黄};、&color(red){赤};&color(orange){黄};、&color(red){赤};&color(red){赤};、&color(green){緑};&color(green){緑};…… 「ああっ! あ! あっ、あう、あ、あぐ、あぐぅ、あ、あっ、あっ、あ、あー、ああー!……」 両指が光るたびに、オーベムは目を剥いて、全身をヒクヒクと痙攣させた。脳が弾け飛ぶような刺激を受け続け、意識を朦朧とさせていくその姿を、スターミーはレディアンの分のカレーを恐る恐るつまみ食いしながら眺めていた。 #hr 「……さてさて、悪しきヒトの数は、善きヒトの数をはるかに凌ぐのだったね。ところで、僕は指摘しなければならない。奴らを統治するには、学者ふぜいの論議によってではなく、暴力とテロリズムによって達成することが、最良の方法だということを」 議長たるレディアンはそう講義しながら、覇気のある複眼で一同を見渡した。 「オーベム」 「何でしょうカ、レディアン殿」 「『ゴイム((「非ユダヤ人」を意味するヘブライ語。ここでは、「非ポケモン」の謂))』支配の進捗を聞こうじゃないか」 「『黙示録』に記されシ、ヒューマンボールの試作品が完成しタ。まもなく、あの『ゴイム』から実験を開始する手筈デス」 「いいね! で、イオルブはいまどうなってる?」 「ただいま宇宙ニテカラマネロどもノ一党ト交信中デあります。『ゴイム』ニ対する意見ハ我々トかなり一致しテおります」 「よしよし。ルナ=ソルは」 「「我ら、神の憤懣を成すべく最後の七つの苦難を持てる七人の御使を呼びたり」」 「ウルトラスペースより、無数ノUBヲ誘致したト言うことデス」 「オーケー、オーケー、いやあ上出来だあね。見事だっ、オーベム殿」 「忝いデス」 スターミーは左右に側転し、両腕をヒラヒラと素早く波打たせながら、片脚を浮かしてくるくると時計回りに三回転半し、さらに反時計回りに二回転して、ピタリと止まって、ポーズを決めた。 「言うまでもないけど、僕らの合い言葉は、力と偽善だ」 レディアンは中肢を円卓に置き、前肢で顔を支えながら言い切った。 「暴力のみが全てを解決する。従わない『ゴイム』にはあらゆる欺瞞と偽善が有効であることは言うまでもない、そうだね?」 「「第六の者その鉢を大いなる河に傾ける時、三つの穢れし霊、全世界の王等を『ハルマゲドン』と称ふる&ruby(ところ){処};に集めん」」 「これは、僕らがもたらすハルマゲドンなんだ。おお、『ゴイム』はなんと&ruby(わざわい){禍害};であることか! ポケモンはなんと幸福であることか!」 その時、空の果てから巨大な空飛ぶ円盤が現れて、彼らの上に舞い立った。それは、イオルブであった。棚引く雲に纏われながら、言語に絶する閃光を一帯へと放射しながら、茫洋として浮いている。その周りにはカラマネロたちのものと思われる小宇宙船が取り巻いていた。 「『ゴイム』は羊の群であり、僕らは狼だ」 キョダイテンドウを見上げながら、レディアンはその言葉を唱えた。 「それでは、向かおうじゃないか、皆の衆」 「「然り、われ&ruby(すみや){速};かに至らん」」 「委細承知ダ」 スターミーはUFOへと向かう彼らに向かって、ブンブンと両手を振り回してコアを七色に急速に点滅させた。 「……ナナのみはおやつに入らない」 キョダイなイオルブが伝えた。スターミーはコクリと全身で頷くと、慌てて両足で渦を巻きながらその場を離れた。しばらくして、腕いっぱいにナナのみを抱えてくると、待機していた一同とともに、薄白い光のベールに包まれた。 「んじゃ世界征服の記念にもう一回! ホモオ・エスト・デレンヂュス! 人類は愚か! いえーい!」 #hr 後書き これについては、投票の際のコメントを注釈しながら語ろうかと思います。[[水のミドリ]]さん濃厚な感想ありがとうございます。 レディアンが、ガラルに、いる……? レディアンはご存知の通り、『剣・盾』には登場しません。が、今回の話の元ネタ(本文中で『黙示録』と言われてますね)は、知ってる人は知ってる『タイムゲートトラベラー』ですから、レディアンを出さないわけには行きませんね。それに、テントウムシ仲間のイオルブもいることだし、絡ませたくなるのは必定……まあ、[[不器用なこの身にさよならを]]で二匹の絡みがあったのも参照してはいるのですが。 大盛りカレーをパクパク平らげて、ひとクセもふたクセもあるエスパーたちを束ねる議長役……!? やったーーー! カレーたぁんとお食べ! お代わりもあるからずっとウチのキャンプにいてね! ヒューマンボールで捕まえてくださーーい! え、幻視? やだーーーーーー! レディアンが大食漢(?)なのはイメージです。でも肢が4本あるし、それ全部使ってガッツリ喰ってると可愛いのでは? と言いたかっただけである。また、「議定書」のメンバー、レディアンを除くと全員エスパーだったりします。イオルブはテントウムシ繋がりだとして、オーベム、ルナトーン、ソルロック、スターミーといそうなメンツを考えてみましたが、基本は前三匹で進み、後の三匹は得体の知れないヤツらです。僕はこういう、わかってるのかわかってないのか、よくわかんないようなキャラが好きなのです。 ……っとと、レディアンが生き生きと描かれていてつい取り乱してしまいましたが、大変面白いでした。まずキャラがみんな際立っていて、会話の連続でも誰が喋っているか明瞭なのがすごい。ていうかほとんどストーリーをぶん投げて超展開されるキャラたちが眩しいくらいでした。 6匹(実質4匹)の会話が主体となる小説なので、各自のキャラ付けには気を遣いつつ……記号的過ぎるくらいの書き方になりました。寧ろそういう奇怪なキャラたちがわちゃわちゃ喋ってる様子が書きたいものだから、自然とストーリーくんは放置プレイとなります。これは、ご了承……としか言えないんですが、性格劇(?)みたいなものとして作者当人は楽しんで書いてました。 BWのポケウッドでは未来世界でカラテおうを使役していたレディアン様……若かりし頃の才能の片鱗が見られて幸せです。なんでこう、サイコ気味な先導者を描くのがお上手なのか……モデルがあったりするんですかね? このようにストーリーくんが緊縛されてうっちゃってあるので、じゃあこのレディアンって何者よ?……という問いには一切お答えしておりません! 実を言うと書いてる間にも二転三転しておりまして、その辺りは後述するとして、自分はサイコなキャラが好きなんですねえ。[[pt]]さんからは「偏愛的」と言われ、今回ミドリさんからは「ネジの外れた」と言われる……考えてみればこういうキャラ、多いですね。童貞ホモパルト、シビルドン、デリバード、ドンカラス…… 途中レディアンを裏切ったオーベムも素敵なキャラ味を出していたね……記憶を書き換えるなんて強力な能力を持ったキャラはえてして控えめな性格に描かれるものですけれど、そんな彼はイオルブの操る力によって自滅して銀河連盟の一員になったんだなあ。 当初の筋としては、「陰謀論にのめり込んで毎晩それっぽい集会ごっこをするレディアンが、他の本当に陰謀に関わってるエスパー勢に洗脳されて、指導者になってしまう」ネタでした(ふんわり)。しかし、オーベムにそのまま脳姦されるのではあまりに分かりやすすぎないか? ということで後半部が難航。悩んだ末に、「レディアンはヤバそうでヤバくなさそうに見えて実はヤバくて、オーベムだけがまとも」ということにしました。ちなみに「銀河連盟」の元ネタは手塚治虫の『W3』です、はい。 赤、黄、緑で彩られた脳姦描写がサイコーでした。何度もトレーナーに使い、レディアンへの脅しにも使ったその力で己を破滅させてしまう……その時の彼の表情を想像するだけであぶりテールカレー何杯でもいけますね……。宇宙に向けて指で適当に電信するんだけど、多分それも宇宙と交信できるスターミーがかき消したり捻じ曲げたりしてたんだろうな……不憫。スカートの内側でひっそり失禁でもしてるんだろうなあオーベムは。超ダンといい報われない配役で、そんなキャラがお似合い……あ、何をするやめっ、ぁ、あアア――――、そうデス、オーベムはカッコよくてステキだね! というわけで、記憶を操作する力を持ったオーベムがその力によって自ら脳姦させられることになりました! 『超ダン』のオーベムくん、かわいそうでかわいいね! 本当はもっとそこをじっくり描ければ良かったのですが……のうみそこねこね(物理)されて喘いでいる情景はとても麗しいものだと僕も思います! そしてスターミーは最初から最後までなぞの存在です! 果たしてあのメンツの中でどういう役割をしていたのか、それは読者の想像だけが知るところですね(投げやり)。 ホモオ・エスト・デレンヂュス! 人間は愚かあっ! そして[[観葉植物くん]]と同じく、似たフレーズを繰り返して読者の頭をミーム汚染しようとしたのでした。ホモオ・エスト・デレンヂュス! いえーい、ニンゲンは愚かあ! という長文コメントを持って、1票獲得と相成りました……わりとガチったつもりの1作でしたが、もっとwikiの大会出ろ、更新しろ、書けってことで、反省して反省せずに、次行こ、次。 作品の感想やご指摘はこちらか[[ツイ垢>https://twitter.com/GuenGuan]]へどうぞ #pcomment(プロトコルへのコメント,10,below)