ポケモン小説wiki
依存関係 -6-異変 の変更点


[[空蝉]]

前半砂吐き注意。後半残酷表現あり注意。


□ これまでのあらすじ □
活火山の影響で体内の炎を制御できなくなり、正気を失って暴走したエンテイは、助けようとしたスイクンを攻撃し、瀕死の重傷を負わせた上、強引に犯してしまう。([[第一章 暴走の果て>依存関係 -1-暴走の果て]])
嵐が過ぎ、目の前の惨状を悔やんだエンテイは、酷く傷付けてしまったスイクンを救うため彼を背負って命の湖に身を浸す。しかしその結果、エンテイ自身の命も危機に陥る。炎を失い、水の中に果てようとするところを、ドダイトスとリザードンに救われたが、エンテイは自分たちの生きる場所の違いを痛感し絶望する。([[第二章 悔恨>依存関係 -2-悔恨]])
湖の中で意識を取り戻したものの、あまりの深手で指一本満足に動かせず、焦燥に駆られるスイクン。エンテイへの恨みと、エンテイが癒してくれた優しい記憶とがせめぎ合い、孤独の中で苦悩する。([[第三章 凍てつく湖>依存関係 -3-凍てつく湖]])
長い月日を経て、ようやくエンテイとスイクンは再会する。過去の悪夢を水に流してエンテイともう一度やり直したいと願うスイクンと、過去の罪を一生背負ってスイクンに償っていきたいと願うエンテイ。どうしても噛み合わない思いの中で、エンテイはスイクンに、友としてではなく愛していると告白する。純粋な友情を裏切られたと感じたスイクンは、絶望のままエンテイを汚らわしいと罵り、彼と決別してしまう。([[第四章 破綻>依存関係 -4-破綻]])
その後平穏に過ごしていたスイクンは、森に迷い込み負傷して倒れた人間の女『アキ』に出会う。スイクンは初めて間近で触れ合った人間に興味を引かれ、アキの傷が癒えるまで面倒を見てやることにした。([[第五章 悲劇の序章>依存関係 -5-悲劇の序章]])




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 アキが蔓草を編んでいる。
 細く長い指が器用に動き、一本の蔓が平面に編み込まれていく。よく指が絡まないものだと感心しながら、スイクンはその作業を飽きもせず眺めていた。
 蔓草の籠が出来上がったら、一緒に木の実を採りに行こうと約束したのだ。

「蔓が足りなくなりそう」
 残り僅かになった材料を見てアキが言う。
 やれやれ、また補充かとスイクンが腰を上げた時、アキが呼び止めた。
「私も行くわ」
 片足を庇いながら立ち上がる。まだ自由自在とはいかないまでも、杖無しで一人で歩けるぐらいには、足の怪我も回復していた。
 アキが此処に来てから、三日が経とうとしていた。




 塒からほど近い、日当たりの良い疎林まで来ると、アキは早速目当ての蔓草を探し始めた。
 ここには幾種類もの蔓草が這っている。最初、スイクンが適当に見繕って届けてやったら、アキはその中の半分ほどしか使わなかったので、どのような違いか判らないが編むのに適したものとそうでないものがあるらしい。

 アキは天を突くような高木に絡みついている細めの蔓を選んで、その根元を切り、器用にたぐり寄せた。
『そんな死にかけのが良いのか』
 アキの手元には、ほとんど葉を落としてみずみずしさを失いつつある老いた蔓。
 アキは僅かに残った葉を削ぎながら、スイクンに見せた。
「そうね、ピンピンしてるのも、完全に枯れちゃってるのも駄目ね。このクタっと萎れてるぐらいが丁度いいの」
 スイクンはアキの手元から延びる蔓を少し囓って、その感触を確かめてみた。次に届けてやるならこれぐらいか、と考えながら。

 そんなスイクンの様子を眺めて、アキは微笑ましく思う。このポケモンは神秘的な姿に似合わず随分素直で面倒見の良い性質を持っているようだ。
「もう一本要るかな……」
 呟くようなアキの言葉に、スイクンはぴくりと顔を上げる。そして頼まれもしないのに草むらの中に入っていき、しばらくすると一本の蔓をくわえて戻ってきた。

『どうだ』
 アキの手に蔓を渡して、スイクンは相手の言葉をじっと待った。余程自信があるのか、その眼が輝いている。
 不意にアキはくすくすと笑い出した。アキの反応を見守る自分の姿が、まるで誉めてもらうのを待っている子供のようであったことなど知る由もなく、スイクンは不思議そうに首を傾げた。
「ん……編みやすそうな良い蔓ね。ありがとう、スイクン」
 アキは言いながら、スイクンの鼻先や頬を毛並みに沿って優しく手で撫でた。

 アキの細い指が柔らかく繊細に触れてくる感触はまるで吸い付くようで、ポケモン同志が舌で舐め合ったり身体を擦り寄せ合ったりするのとは全く違う独特の快感と満足感がある。
 撫でてもらうことで、自己を肯定し、認めてもらえたような幸福感を覚える。
 もっとこの人を喜ばせてあげたい、そんなことを考えてしまうぐらいに。

「これだけあれば、良い大きさの籠が作れるわ。もう暫く待っていてね。お昼には、一緒に木の実を採りに行けそうよ」
 アキの笑顔に満足を覚えながら、スイクンは籠を編み始める彼女の側に座った。

 少し冷たくなった風が上空を渡り、梢をさわさわと揺らしている。
 スイクンがそろりと立ち上がり、風上側に回ってまた座ったのを、アキは横目で見つつ、けれど何も言わずに蔓を編み続けた。
 秋の柔らかな木漏れ日が心地良い。
 冷たい風を除けてくれる優しい存在が側にいる───この幸せ。

 蔓を編むアキの手元に、ふと雫が落ちた。
 黙々と動かすその指が、絶え間なく落ちてくる雫で濡れていく。
『アキ……?』
 異変に気付いたスイクンが、困惑しながらアキを見た。
 アキは俯いたまま、耐えるように唇を噛みながら、ぽろぽろと涙を流していた。
『アキ……どうかしたのか』
 スイクンは躊躇いつつも、顔を隠そうとするアキにそっと鼻先を寄せた。ゆるゆると首を振る、その濡れた頬を小さく舐めてやる。
 小さく舐めたつもりだったが、人間の顔に比べて大きすぎる舌では、まるで押しつけるような形になってしまう。
 こんなときに、人間のような繊細な指があったらとスイクンは歯痒く思った。

「ごめんね……なんだか、幸せすぎて涙出ちゃった。変ね」
 涙を落としながら、はにかむように笑う。笑っているけれど、やはり辛そうに見える。スイクンはどうすれば良いのか判らなくなってしまった。
『泣かないでくれ、アキ』
 鼻先をアキの首筋に擦り付ける。
 ポケモンの立場から見ると人間の身体はひどく華奢で、首など簡単に折れてしまいそうで触れるのが怖いのだが、スイクンはそんな慰め方しか知らなかったから、細心の注意を払いながら必死でアキに擦り寄った。

 やがて、アキの手がゆっくりとスイクンの頬に触れた。そして慈しむように撫で始める。
「こうやってずうっと、此処に居られたらいいのにね……。あなたと一緒に木の実を食べて、種を植えて、森の恵みに感謝しながら、平和な日々を、毎日毎日……」
 溜息のような呟きの合間も、手は優しくスイクンを撫で続けている。
 まるで名残を惜しむかのようなその言葉と仕草に、スイクンは思いがけず焦りのようなものを感じてしまった。
 足が治ったらアキを森から出してやるつもりでいた。その筈なのに、いざ彼女が去るとなると、何とも言えないわだかまりが胸につかえる。
 居たいのなら此処に居ればいい。思わずそう言ってしまいそうになる。
「私も、この豊かな森の生き物になれたらいいのに……」
 アキは夢物語を語る。
 人間の身では、到底叶う筈もない夢。
 スイクンは、胸が掴まれるような切ない痛みを感じた。

 此処に居ればいい。好きなだけ側に居ればいい。
 お前の作った籠に木の実を詰めて、私の塒に運べばいい。
 お前が喜ぶのなら、私も一緒に木の実を食べよう。
 食べた木の実の種が芽吹き、やがて実を結んだらそれをまた食べればいい。

 けれど結局、その言葉を───その望みを、スイクンが口にすることはなかった。




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 北風が渡り始める空の高いところに、刷毛で引いたような模様の薄雲が広がる秋晴れの日だった。
 手作りの籠には色とりどりの木の実。
 スイクンとアキは並んで森の小径を歩いていた。
 背に乗るかと尋ねたスイクンに、アキはただ首を振った。
 アキが何を思ってそう答えたのか判らなかったが、スイクンもその方が良いと思っていたから、何も言わずアキに付き添って歩き出した。

 森の外へ向かう細い獣道。スイクンが駆ければあっという間に着いてしまう距離を、出来るだけゆっくりと歩いた。アキの足はもう怪我の影響を感じさせないぐらいに回復していたが、少しでも長く一緒に歩いていたかったから、一歩一歩踏みしめるように歩いた。
 出会ってまだそれほど経っていないのに、もう随分長く寄り添っていたような気がするのは、ここ数日で急に深まった秋の気配───季節のめぐりのせいだとスイクンは思う。

 アキを外の世界へ送り出す道のりが、こんなにも名残惜しく重苦しく感じられるぐらいに。




 アキもスイクンもあまり語らない。
 その代わりに、森の声がざわざわと噂しているのが耳についた。
 高い梢から、季節の変わり目を知らせる落葉が、雪のように絶え間なく降りしきる。
 道すがら時折現れる木の疎らな場所では、夏に繁茂していた丈高い草が、しおらしい秋花に移り変わろうとしていた。


『少し待っていろ』
 スイクンがふと道を逸れて、草むらに入っていく。
 しばらくガサガサと草を掻き分ける音がして、戻ってきたスイクンは、口に小さな秋花をくわえていた。
 促されるまま手を差し出したアキに、スイクンは花を握らせる。
『……髪に挿してみろ』
「え?」
 スイクンの言う事を、アキは一瞬理解できなかった。まさか彼がこんな事を言うとは、思いもよらなかったからだ。
「私が……?」
『他に誰が居る』
 紅い瞳が睨むように見つめている。アキは戸惑いながらも、その花を髪に挿してみせた。
「私は草じゃないわよ。花をつけていたらおかしくない?」

 初めて会った夜にスイクンに言われた言葉───花でない者から花の匂いがしたら不自然ではないか───それが心に強く残っているせいか、アキは人間の自分が頭に花を咲かせているのがどうにも不自然に思えて仕方なかった。
 自然のままであることを尊ぶスイクンの前で、恥ずかしいとすら思ってしまう。
 けれどアキにそうするように命じたのは、他ならぬスイクン自身なのだ。彼にいかなる心境の変化があったのか判らず、アキは戸惑うばかりだった。

『こんなのも、悪くはないな』
 花で飾ったアキを見つめて、スイクンは満足げに言う。
「スイクン……?」
『ああ……私も随分人間に───お前に毒されたらしい。今のお前はおかしな姿なのかもしれないが、それでも悪くないなどと思っている』
 果たして誉めているのかどうか、非常に微妙な事を言っている自覚はあるものの、それ以上言ってしまうと自分自身の心が捕らわれそうで、スイクンは次の言葉を繋ぐ事が出来ない。

 スイクンらしからぬそんな中途半端な言葉にアキもまた気付いていて、満たされない思いから来るささやかな苛立ちを感じた。
「似合ってるって言ってくれないの」
 ふいと横を向いてアキは言った。
 その横顔は怒っているようにも、寂しがっているようにも見えたが、そんなふくれた顔もまた愛らしいとスイクンは思う。
 そう、愛らしいのだ。正直に言うことなど到底出来ないが、花を挿したアキはまるで瑞々しい草のポケモンのようにすら見えて、心が揺らぎそうになる。

 スイクンは深く息をついた。どうせ今日でもう最後なのだ。もうアキには会えなくなるのだ。
 ならば、躊躇う必要もない。もう負けを認めても良い。
『……似合っている。アキは花が似合う』
 人間に対してこんな感情を抱くなど、自分はどうかしてしまったのではないかと思うが、アキを愛おしく大切に思う気持ちをスイクンは認めざるを得なかった。

 ふくれた横顔を笑顔に変えて、こちらを向いて欲しい。
 そんなスイクンの願いとは裏腹に、アキはそのままとうとうスイクンから顔を背けて後ろを向いてしまった。
『怒ったのか?』
 ここまで来て、最後の最後で怒らせてしまったのかとスイクンは戸惑った。
 アキの横に回り込んで顔を覗き込もうとすると、アキはするりと逃れてすぐ側の落葉樹の根元にしゃがみ込んだ。丸めた背の上が小さく震えている。

『アキ』
「こんな……最後になって、急に優しい事言わないでよ。どうしてそんな酷い事するの……」
 上擦った声がスイクンを責める。
 アキが泣く理由がスイクンにも判ってしまった。少し前の自分なら判らなかったかも知れないが、今ははっきりと判る。

 離れがたい、その同じ気持ちを共有している。
 自分だけではないと知って、スイクンは辛いながらも胸が暖かく包まれるような嬉しさを感じた。

『アキ、泣くな』
「勝手な事言わないで。泣いたっていいじゃない。……もう会えなくなるのに」
 駄々をこねるようなアキの言葉。スイクンは俯いたその頭にそっと頬擦りした。
 愛情を求めるような直接的な仕草に、アキもつられて動き出す。
 涙で濡れたままの顔でゆっくりと振り返り、そのままスイクンの顔を抱き寄せる。両手で余すところ無く顔を撫で、スイクンがするのと同じように頬擦りを返す。

 言葉は無くとも触れ合った所から心が繋がっていく。


 スイクンの好きな、手で撫でる感触。もっと触れて欲しい。寂しさを忘れるぐらいに。
 アキに出会って、スイクンは自分がいかに孤独であったかを思い知った。
 長い間記憶の底に封じ込めていた『寂しい』という感情が、揺さぶられるように目を覚ましてしまった。
 そしてその寂しさを埋める暖かいものに触れてしまった。その快さと悦びを覚えてしまった。
 もう、孤独には戻りたくないと願ってしまうほどに、変わってしまった。変えられてしまった。

 自分はこんなにも、身も心も寂しがる弱い生き物になってしまったのかとスイクンは愕然とする。けれど、もうそれでもいい。

 叶うものならば───


『アキ、お前が望むなら、いつでも此処に帰って来るがいい』
 その言葉は、スイクンを護る最後の砦の鍵だった。
 人の子を森が受け入れる───その意味の大きさを、アキは知っていた。まるで拒むように行く手を阻み、道を見失わせ、惑わせる森。何らかの力が働き、頑なに人を寄せ付けない無限回廊の森。此処はそんな場所の筈だ。
 清浄な水の源とその主を護るために。

「スイクン……?」
 アキは驚きの表情でスイクンを見つめた。
『お前が望めば、この森への道は開く』
 閉ざされた門戸を開く。今まで守ってきた禁を破る覚悟でスイクンは告げた。
 けれど、アキは狼狽えるように視線を彷徨わせて小さく首を振った。
「駄目よ……そんなことしちゃいけない」
『アキ?』

「人間なんて信用しちゃ駄目よ。もう誰も此処には入れないで。誰が来ても扉を開かないで。私ももう……二度と来ないから……」
『な……』
 二度と来ない。そのあまりに残酷な言葉にスイクンは少なからずショックを受けた。
 もう一度此処で会いたい、それは確かにアキも望んでいる筈だと思っていた。自分がアキを求めるように、アキもまた求めてくれていると感じた筈なのに。
『どうして……』
 何故?理由を知りたい。けれどスイクンはそれをどうやって伝えれば良いのか判らなくなってしまった。
 何故? 理由を知りたい。けれどスイクンはそれをどうやって伝えれば良いのか判らなくなってしまった。
 アキの心が見えない。たった今、通じたと思った心が、今はもう霞の中にぼやけてしまって掴み所の無い幻のようだ。

『どうして……っ』
 同じ言葉を繰り返していた。
 アキの心を探すように必死に見つめてくる大きな瞳が揺れていた。
 拒まれて、狼狽え泣く子供のようだとアキは感じた。
 傷ついた彼が哀れだった。けれど、彼を守るにはこうするしかないから、アキは首を振った。
「人間を信用しちゃ駄目よ。人間は欲望のためになら他人を不幸にする事も厭わない。私だって例外じゃない。あの花の香油を覚えているでしょ?あれを求めたのが人の欲なら、作ったのもまた人の欲。私はお金欲しさにあれを作ったんだもの。もしあなたが人の欲望に晒されたら……きっとあの花と同じ目に遭うわ」
「人間を信用しちゃ駄目よ。人間は欲望のためになら他人を不幸にする事も厭わない。私だって例外じゃない。あの花の香油を覚えているでしょ? あれを求めたのが人の欲なら、作ったのもまた人の欲。私はお金欲しさにあれを作ったんだもの。もしあなたが人の欲望に晒されたら……きっとあの花と同じ目に遭うわ」

 諭すようにゆっくりと話すアキの言葉を、スイクンはただじっと聞いていた。
 その言葉の中には、判る事と判らない事があった。違うと叫びたい事もあった。
 けれど、違うと言い切れる自信は無かった。アキの言っている事が正しいのかもしれないとも思った。

「スイクン、大好き。だから、ごめんね───もうさよならなの……」
 アキの別れの言葉を、スイクンは呆然と聞いていた。
 初めてアキの声を聞いたときのように、まるで夢のように美しい音色だった。
 そのときと違うのは胸に迫る泣きたくなるような痛みだった。切なくて、寂しくて、悲しかった。

『アキ……私もお前を───』




 スイクンの言葉が、途中で不自然に途切れた。
 感極まったのではない。
 金縛りに遭ったかのように、一瞬すべての動きが止まった。

 大きく見開いたまま凍り付いた紅い目は、目の前のものを見ていない。
 急激にこみ上げてくる悪寒と吐き気。総毛立ち、全身に震えが走る。
 それは、『異変』の現れだった。




「……スイクン?」
 明らかに様子のおかしいスイクンに、アキは不審を感じて恐る恐る声をかけた。
 スイクンは口を微かにわななかせて、顔を高く上げた。
 上空の気の流れを追っているのだ。

『何か……穢れが』
「スイ……」
 アキの言葉の途中で、スイクンはゆらりと身体の向きを変えた。
「スイクン!どうしたの、一体……」
「スイクン! どうしたの、一体……」
『湖に穢れが入った。血だ……大量の』
 それは呟くような不明瞭な言葉だったが、アキにははっきりと判った。

 湖で始まった『異変』の意味も。

 ───来た……




『アキ、お前はこのまま行け』
 スイクンは細い獣道の先を指し示す。
 『外』への道、別れの道を。
『名残は惜しい……だが、湖に戻らなければ』
「駄目っ!」
 離れようとするスイクンを、アキは両腕で抱き止めた。
 弾みで、手から籠が滑り落ち、木の実が散らばる。
 スイクンは驚いてアキを省みた。
「行っちゃ駄目!あなた捕まるわ!」
「行っちゃ駄目! あなた捕まるわ!」
 アキの必死な目に、スイクンが戸惑いを見せる。
『何……』
「人間が来たのよ!あなたを狙ってる。あなたをおびき寄せようとしてるのよ!」
「人間が来たのよ! あなたを狙ってる。あなたをおびき寄せようとしてるのよ!」
『しかし……うっ……』
 言葉の途中で、喘ぐような息をつく。

 湖の穢れがものすごい勢いで濃度を増していく。とどまるところを知らぬかのように、血が混じっていく。今日この瞬間まで平穏に暮らしていた筈の、森の住民たちの血が。
 意識に直接響いてくる。狩られる者の断末魔の悲鳴が。

『嫌だ……やめてくれ』
「スイクン!」
 がくがくとスイクンの身体が震えるのが、抱きしめたアキにも伝わる。

 水の苦鳴がスイクンの魂を揺さぶり苛んでいる。苦しみや痛み、そして悲しみや無念の情が怒濤のようにスイクンの中に流れ込んでくる。
 スイクンの中で渦巻く負の感情。
 もう限界だった。

『ああ、ああ……っ、どれだけの血を……仲間を───!』
 苦しそうに、悔しそうに、スイクンはとうとう咆哮を上げた。
 アキが初めて聞く大音声の雄叫びだった。

「駄目よスイクン!落ち着いて!」
「駄目よスイクン! 落ち着いて!」
 アキは焦っていた。
 森中に響き渡ったであろうスイクンの声。それは間違いなく、湖を穢している者達の耳にも届いた筈だ。みすみす、ターゲットがここに居るということを知らしめてしまった。

 スイクンがアキを振りほどこうと暴れ始める。それを抑えるアキも必死だった。
「鎮まって!落ち着いて!スイクン!」
「鎮まって! 落ち着いて! スイクン!」
 スイクンの目が凶暴な光を放っている。
 苦しみと怒りに、我を失おうとしている。

 遠く微かに、低い叫びが轟くのが聞こえた。スイクンがこの森でもっとも聞き慣れた者の声。地鳴りにも似たその音が、やがて掠れて消えていく。
 その瞬間、スイクンの身体に電撃のような震えが走った。
「ドダイトス───!」
 友の名を呼ぶ声は、すでに悲鳴と化していた。

 堰を切ったかのように暴れ狂う。アキもとうとう振り落とされた。
「スイクン!」

「おおおおおぉぉ───ッ!」

 絶叫の咆哮が森を震わせる。
 胸を掴み絞るような悲痛な残響の中、スイクンは駆け出した。
「スイクン!駄目ぇっ!」
「スイクン! 駄目ぇっ!」
 追いすがろうとするアキの声も、もう届かなかった。




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エンテイが空気…w
あああ俺のドダイトスがぁ~~~~


[[依存関係 -7-略奪者]]

[[空蝉]]

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何かありましたらどうぞ



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