ポケモン小説wiki
依存関係 -10-怨嗟の森 の変更点


[[空蝉]]

判りやすくしようと頑張ってはみたものの、ものすごい勢いで不可解な展開です。「?」と思われた箇所をご指摘いただければ幸いです。


----




 うらめしや……

 ああ うらめしや
 ───あるじさま

 どうしてわたしを おすてになった

 たいせつにすると ずっとそばにつかえよと おおせになったではないか
 わたしはおぼえている

 おまえさまは わすれてしまわれたか
 なんとうらめしいこと いとしいあるじさま

 さびしい さびしい
 くやしい ───ああ あるじさま

 し ん じ て い た の に




----




 突然のスイクンの来訪と、彼との確執の直後、エンテイは長年住処としていた山を離れてふらりと旅に出た。
 少しでも立ち止まると途端にしおしおと悲嘆に襲われる。だから、何かから逃げるように、追い立てられるようにひたすら歩き続けた。
 行く宛てはない。ただじっとしていられないだけで、目指すものも無くふらふらと彷徨うその様子は、まるで糸の切れた凧だ。
 事実、エンテイの中に張り詰めていた一本の糸は、完全に切れていた。

 スイクンに償うどころか、深く慕うその想いまでも一切拒絶され、行き場のない感情だけがエンテイに残された。どこにも届ける術のない重荷。それだけがエンテイの持つすべてだった。

 すべてを抱えて生きていく───それは、かつて自らに課した誓いだった。
 自らの覚悟がいかに甘かったか、痛いほど思い知った。

 今、その重さに、エンテイは打ちひしがれている。




----




 あるじさま かわいそうな あるじさま
 やさしかったおまえさまが こんなになさけのないことをなさるとは きっと おこころがみだれてしまったせいにちがいない

 あのおんなに たぶらかされましたか
 かわいそうな あるじさま

 わたしが たすけてあげましょう
 おまえさまをまどわす あのおんなを ころしてあげましょう

 あのおんな ああ ああ

 にくし……にくしや どうしてくれよう
 わたしのあるじさまを うばったおまえ
 おまえの からだも こころも たいせつなものも みんな みんな
 やけしんでしまえ




----




 道に迷ったらしい。
 目の前には、見覚えのある祠。ここはさっき通った筈だ。
 大岩をくりぬいて作った祠の中に、同じく岩を彫って削り出した獣の像が据えられている。
 細身の優美な姿と大きな尻尾を持つその獣の名をエンテイは知らなかったが、凛とした神々しい雰囲気がどこか「彼」に似ているような気がした。
 しばらくその像を見つめて、エンテイは歩き出した。しかししばらく行くと立ち止まり、また祠の前まで戻って来た。
 何故かその像が気になった。像だけではなく、この祠周辺に何か不思議な力を感じるのだ。

 もう一度、獣の像をしげしげと眺めてみる。

 ───この顔……さっき見たとき、笑っていただろうか?

 微妙に表情が変わっているような気がする。それを不気味に思いつつ、エンテイは祠の裏側へ回ってみた。そこには、正面にあるような装飾的な彫刻は施されておらず、岩を切り出したままのごつごつした岩肌の所々を青い苔が覆っていた。
 そういえば、此処は人里からは随分離れた森の中だ。世話する人間も居ないだろうに、何故こんな辺鄙な所に立派な石造りの祠が建っているのだろう。

 音もなく、湿った生ぬるい風が吹き抜ける。あまりにも静かな、生命の気配の無い森。
 エンテイはゆっくりと周囲を見回した。

『おいで……───』

 祠のちょうど背後にあたる丈高い藪の裾に、獣道の入り口が小さく口を開けていた。その獣道の奥は、昼間なのに真っ暗な闇が先の方まで続いている。

『おいで、おいで……焔の子。わたしの糧にしてあげる』

 エンテイは身を屈めて、その獣道へと這い入った。
 この先の何処かから、自分を呼ぶような声が聞こえる。それははっきりとした『声』ではない。ひょっとしたら何らかの『思念』があたかも声のように聞こえているのかもしれないとエンテイは思った。
 この場を満たす不思議な力が何なのか知りたくもあったが、それ以上に、ただ単に呼ばれたからというのがエンテイのこの行動の動機であった。
 何が呼んでいるのか知らないが、呼ばれる事そのものにエンテイは心惹かれたのだ。どんな事でも良いから、今誰かに必要とされたい、それだけのささやかな欲求がエンテイを動かしていた。

 エンテイの姿が藪の中に消える。しばらくは彼が草を踏む音が響いていたが、やがてそれも聞こえなくなった。

 辺りは再び何事もなかったかのような静寂に包まれる。
 藪の裾はいつの間にか閉じていて、獣道の入り口も消えてしまっていた。
 誰もいなくなった祠の周囲に、生ぬるい風がゆらりとたなびく。

 祠の中の獣の像が、先程とは明らかに違う妖しい笑みを浮かべていた。




----




 あるじさま ごらん
 またひとり はいってきた

 おお なんというおおきな ほのおの ちから

 わたしが そのちから たべてあげよう

 わたしとあるじさまの この しあわせなもりのために




----




 薄暗い藪の隧道をしばらく行き、ようやく開けた場所に出た。
 見上げる空は不気味な紅い色。いつの間にか夕暮れ刻になっていたようだ。
 エンテイはそのまままっすぐに獣道を進んだ。相変わらず、生き物の気配をまったく感じない森だった。
 それなのに、ざわめきが聞こえる。どこからともなく、ざわざわと何かが蠢くような雑音が聞こえる。そして啜り泣くような微かな声も。
 雑音の中から拾ったいくつかの言葉に耳を傾けてみると、悔しい、悲しい、怨めしい……そんな無念の情ばかりであることに気付いた。


 どれだけ歩いただろう。行く先も来た道も、ただ木々が鬱蒼と茂るだけの変化のない森で、歩いても歩いてもまるで進んだような気がしない。そうしているうちに宵闇が落ちた。
 月の光の届かない森の底で、自分の足元すら見えない暗闇の道を行く。足を止めたくなるほどの暗さだが、エンテイは『声』の元を求めて歩き続けた。この道の先に誰かが居る、それをただ目指していた。


 不意に、真っ暗な道の先にぼんやりと一つの獣の影が浮かび上がった。まるで鬼火のようにゆらゆらと心許ない炎を放ちながら、足音も立てずに近付いて来る。
 とうとう来たかとエンテイは思ったが、何故か体が勝手にそれを避けようと動き、道を譲る形になっていた。
 近付いてもなお朧にぶれて見えるその姿は、炎のたてがみを持つ美しいギャロップだった。しかしまるで魂を抜かれたように虚ろな表情をしている。エンテイの存在に見向きさえせず、ただ黙々と目の前を通り過ぎて行く。
 擦れ違う瞬間になってようやく、おそらくギャロップのものであろう声なき声が微かに脳裏に響いた。
『かわいそうにな……お前も喰われるのか』
 そして、ふふっと微かな嘲笑が語尾に混じる。
 その言葉の意味を問おうと、エンテイは行き過ぎたギャロップを振り返った。しかし、掛けようとした声は喉の奥で凍り付いた。
 ぞっとして強張った表情のまま、為す術もなくその後ろ姿を見送る。

 ゆらゆらと揺れる微かな炎に包まれながら、暗闇の奥へと消えていく、それは白骨と化した獣の姿だった。


「とんでもない所に迷い込んでしまったようだな……」

 死者の通る不気味な森。しばらく前から、エンテイを呼ぶ声も聞こえなくなった。
 此処に居てはいけないと、本能が訴えている。
 エンテイは立ち止まったまま周囲を見回し、手近な木の幹に前脚の爪で傷を付けてから、元来た道へ引き返した。




 ───三度目、か。
 自分で目印を付けた木が、目の前にある。一本道をまっすぐ進んだ筈なのに、しばらく行くとまた此処に戻っている。そんなことを、もう三度も繰り返した。
 夜も随分更けてしまった。普通ならば夜の住民たちの声が聞こえてくるだろうに、やはり誰の声も聞こえない。自分の息遣いが異様に大きく感じるほどの、耳が痛くなるような暗い静寂。
 ───逃げるな、ということか。
 エンテイは小さく溜息をつき、さらに森の奥深くへと続く道を行くことにした。


 鬱蒼とした森は果てしなく続く。しかしそれは自分がそう感じているだけであって、また先程のように同じ所を延々と歩かされているだけなのかもしれないとエンテイは思う。
 もういい加減に、此処の主が出迎えてくれても良さそうなものだと呆れ始める頃、獣道の真ん中にそれを見つけた。

 エンテイがやっと通れるぐらいの細い道幅を等分するように、同じ形の石つぶてが三つ、不自然なほど整然と並んでいる。
 誰かが故意に置いたのなら、これは何かの境界なのだろう。
 エンテイはしばらくその石の前で躊躇ったが、引き返すことも無意味だと判っているので、意を決してその境を跨ぎ越した。

「……っ」
 途端に、熱気が身を包んだ。
 炎をそのまま飲み込んだかのように喉が焼かれる。勿論炎とともに生きているエンテイには何の障害にもならないが、普通の生命では決して耐えきれない灼熱の大気だ。それでいて、視界には何の変哲もない暗い森が広がっている。目に映るものと膚で感じるものがあまりにも乖離していて、どちらが現実なのか判らなくなってくる。感覚が乱される不快感に、エンテイは顔をしかめた。

 身を包む熱気に反応するかのように、自身の呼気の中に炎の気が強まってくる。体内の炎が無理矢理引きずり出されるような感覚。こんな事は初めてだった。煽られるまま、炎に炎を注ぐごとく、エンテイは灼熱の息を吐いた。

『おおおぉぉ……! やめてくれえぇ! 熱い、熱いよおぉ!』

「!?」
 遠くから突如響いてきた悲鳴に、エンテイはすぐさま掛けだした。
 遠くから突如響いてきた悲鳴に、エンテイはすぐさま駆けだした。
 絡みつくような熱気を鬱陶しげに振り払いながら、木立の合間を縫っていく。
 前方の木々の向こうが、赤く燃えているのが見えた。
 近付くにつれ、炎の気がますます強くなる。まるで鉄を溶かす竈の中に放り込まれたようだ。


『あつい……熱い、助けてくれ……俺が悪かった。たすけて……おおおぉぉ』


 人間が焼かれていた。焼かれながら悲鳴を上げ、助けを求めていた。
 生きながら───ではない。彼は既に死者だった。全身が黒く炭化し、皮膚も肉も焼き尽くされてほぼ骨格しか残っていない。
 それでも苦痛に叫んでいる。熱い熱いと狂ったように泣き喚いている。

「……」
 燃え滾る炎に苛まれている男を、エンテイは瞬きもせず凝視していた。
 思考は完全に停止していた。
 猛火に焼かれ悶え苦しむ姿。その恐ろしくおぞましい地獄絵図が、エンテイの心の根幹に深く刺さった刃を揺さぶる。決して消える事のない罪。吐き気を伴うほどの嫌悪感が、真っ黒な恐怖を伴って腹の底から沸き上がってくる。
 うう、と漏れ出た呻き声。その声にすら炎が巻き付いていて、エンテイは咄嗟に呼吸を止めた。
 炎を消さなければ、という強迫観念に駆られる。

 ───死んでしまう。こんなに苦しんでいる。早く火を止めなければ。この灼熱の空気を早く鎮めなければ。

 意識が混乱し、意味の繋がらない思考が渦を巻く。
 過去の自分の朧な視界が見たあの光景が、目の前の惨劇に重なる。熱い、嫌だと叫ぶ───『彼』の姿が。
 恐ろしくて恐ろしくて、今にも逃げだしたくなる。
 もう見たくはないと魂の全てで拒んでいるのに、目は焼かれる男に釘付けになって離れてくれない。

 エンテイの中から無理矢理に引きずり出された火は、収まるどころか箍が外れたように溢れ出てくる。その炎が大地を舐めるように広がり、男を苛む猛火と混ざり合う。
 エンテイ自身の炎が、男を焼く。


『ぎゃあああぁぁぁ───……!』


 断末魔の叫びが森に響き渡る。

 恐怖に見開かれたエンテイの視界いっぱいに、真っ黒に焼けた男の像が焼き付く。
 そしてその視界は、すぐに暗転した。




----




「あなた、あなた───&ruby(ホムラ){焔};さま?」

 微かな女の声とともに、柔らかく肩を揺さぶられる。
 エンテイは、はっと目を開いた。
 抜けるような青空を背景に、白い美しい顔が見下ろしている。
「あなた、どうかなさいました?随分うなされていましたよ」
「あなた、どうかなさいました? 随分うなされていましたよ」
 そう言いながら、優しくエンテイの背を前脚でさする。
 エンテイは慌てて身を起こし、目をしばたたかせながら、目の前のキュウコンを見つめた。白金のように輝く艶やかな毛並みに覆われたたおやかな肢体、潤んだような大きな瞳───これほどまでに魅力的な雌はこれまで見た事がない。思わず見惚れたと言っても過言ではなかった。

 これは誰かと疑問を持つ───その直前に、エンテイの頭に不意に一繋がりの『記憶』が流れ込んできた。
 エンテイにとっては、それを『思い出した』と感じたかもしれない。
「……え?」

 唐突に降って湧いたようなその記憶は、エンテイにこう教える。

 ───私は『&ruby(ホムラ){焔};』という名のエンテイ。そしてこれは『&ruby(シライト){白糸};』という名のキュウコン。私の妻───

「私の……?」
 柔らかな脆さを感じるその記憶の真偽を確かめるかのように、目の前に佇むキュウコンの美しい貌を呆然と見つめる。
 キュウコンはエンテイの視線に応え、微笑を湛えて見つめ返した。

 エンテイは、ふと眩暈のようなゆらぎに襲われるのを感じた。
 彼女の吸い込まれそうな深い紅色の瞳を見ているうちに、記憶の中の違和感が徐々に消えていく。
 記憶の海に流れ込んできた一本の糸がエンテイの『過去』を繭の中に覆い隠し、それに代わる身に覚えのない物語を勝手に織り上げていく。合わない筈の辻褄が、いつの間にか擦り合わさっていく。

「白……糸」
 やがてすべてがエンテイの中で繋がる。彼女との出会いから今ここに至るまでの架空の物語が。
 エンテイは、その『記憶』を自らのものとして受け入れた。
 それは、『エンテイ』から『焔』へと、自らの存在が書き変えられた瞬間だった。




----




「焔さま」
 白糸は心配そうな目をして、焔のたてがみに首を擦り付けてきた。
「あなた、またあの怖い夢を……?」
 いたわるように焔の熱い頬を舐める。焔は一瞬驚いたように身を引いたが、はっと気を取り直して小さく首を振った。
「いや、何でもない。心配するな、白糸」
「……」
 多くを語ろうとしない焔に、白糸はただ寄り添う。
 まるで互いを探り合うような、ぎこちない空気が流れる。

 焔には判らない。胸の中にわだかまるこの何とも言えない痛みや不安が何なのか。そして、こうして身を案じてくれている妻を何故こんなによそよそしく感じるのか。

「あまり気になさらないで。ただの夢ですもの。だんだん薄れていずれ見なくなりますわ」
 白糸の囁きは、慰めるように優しく焔の耳に染み込む。焔はその響きに心地よさげに目を閉じ、耳を傾けた。
「ああ……そうだな」


 ───だんだん薄れて……いずれ消えてしまいましょう。あなたを苦しめる遠い日の記憶のすべてが
 そしてその身も心も、あなたのすばらしい炎の力も、私に捧げてくださいませ───


「さあ、あなた。起きられますか? 食事にしましょう。木の実をたくさん見つけたんですよ」
 白糸の前脚がふわりと焔の肩に触れ、鈴の音のような清らかな声が優しく誘う。
 焔は身を起こして白糸の後について歩いた。振り返って見ると、今居た場所は、広葉樹に覆われた緩やかな斜面の途中にある、小さな岩の窪地だった。風の当たらない乾いたその岩場は白糸が見つけて、自分が気に入り昼寝の場所にした───確か、そんな記憶がある。
 その記憶と現実とを確かめるように窪地をじっと見つめる焔は、無意識に首を傾げていた。そしてまるで初めて出会った景色を見るように辺りを見回す。青々とした梢がきらきらと光を弾く明るいこの森は、焔と白糸がもう何年も住処としている場所の筈だ。それなのに、どうにも違和感が拭えない。
 その記憶と現実とを確かめるように窪地をじっと見つめる焔は、無意識に首を傾げていた。そしてまるで初めて出会った景色を見るように辺りを見回す。青々とした梢がきらきらと光を弾く明るいこの森は、焔と白糸がもう何年も住処としている場所、であった筈だ。それなのに、どうにも違和感が拭えない。

 ───何故私はいつまで経ってもこんなに余所者のようなのだろう。それにこの森はこんなに清々しいものであったか?


 焔の戸惑いを余所に、白糸は軽い足取りで先へと進んでいく。
 時折焔を振り返っては、まるで少女のように笑う。
「焔さま、はやく」
 甘え混じりに急かす白糸の声に、焔は苦笑して頭の中のもやもやとしたわだかまりに封をした。
 呼ぶ声に応えたい。見つめる視線を受け止めたい───何故か、そんな欲求が強く込み上げてきて、他の思考をすべて邪魔してしまう。
「白糸」
 焔が呼ぶと、白糸が振り返る。そして道を引き返してきて、焔のたてがみに軽くじゃれつき、また先へ行く。

「……」
 打てば響く、その相手が居る。ただそれだけのことが、どうしてこんなに胸を締めつけるほど切なく感じるのか。どうしてこんな事で泣きたくなるほど、自分は寂しがっていたのか───そんな思考にまた陥りそうになるのを、焔は押し留めた。
 有耶無耶な記憶の渦など、もうどうでも良いと思った。
 ただ、目の前の幸福に浸りたかった。名を呼び合う、そんなささやかな幸せが、今は欲しくてたまらなかった。




 『エンテイ』としての本能が警告するすべてのサインを、『焔』は敢えて封じ込めた。
 『かわいそうにな……お前も喰われるのか』───そう告げた火の馬の言葉は、新たに織り上げられた記憶の襞の内に巧みに隠されていて、今の焔には届かなかった。




----




 あるじさま あるじさま
 ほのおがみえますか

 わたしのかてになってくれる つよいつよい ほのおのちから

 このほのおをくって わたしは このもりをまもる
 おまえさまを いつまでもいつまでも だいていてあげるために───




----




「やめてくれぇ! 熱い、熱い! 助けてくれ───白糸おぉ!」
 炎に捲かれて逃げ惑いながら、男が助けを乞う。
 見渡す限りの炎の海。屋敷はとうに火炎地獄と化している。
 その中で、ついさっきまで聞こえていた女の悲鳴も、とうとう聞こえなくなった。

「ああ、いい気味! 主さまを奪った報いを思い知れ!」
 憎しみに心を明け渡した女狐が嘲笑う。その標的は、あくまで恋敵の女だ。末代まで祟るほどの恨みを込めて、炎が暴れ狂う。

「主さま……ああ、主さま! 白糸はここにおります。おまえさまのそばに」
 ようやく取り戻した男を抱いて、女狐は咽び泣いた。
 命よりも大切な愛しい人から引き離された悲しみや無念が、今こうして洗われるのだ。
 もう離さない───凄絶なまでの炎の息を吐きながら、彼女は男に口付ける。
 その男がもう息絶えている事など、もはや構いはしなかった。
 なぜなら、彼女自身も既にこの世ならざる者に成り果てていたのだから。




----




 怨嗟の森に泣き声が低くたなびく。

 捨てた者の泣き声が。
 捨てられた者の泣き声が。




「白糸……」
 夜明け前の闇の底で、星の無い夜空を見上げていた焔がそっと妻に寄り添う。
 眠る彼女の瞼から止めどなく零れる涙の雫。
 彼女が何のために泣いているのか、焔には判らない。けれど何故か共鳴するものがあった。


 行き場を失い、届ける術のない重荷にも似た思慕の情。
 そして愛しさのあまりに犯してしまった過ち。


 『焔』には、自身のその記憶に手が届かない。それでも胸が痛みを訴えた。その心のまま、彼は何度も妻の涙を吸った。
 独りで泣いているこの魂が、ただ愛おしく、哀れだった。




----

意味不明でごめんなさい。

またしてもヤンデレ彼女です。末代まで祟る勢いってどんだけ……w
次はエンテイとキュウコンでキャッキャウフフな回にしたいです。


[[依存関係 -11-幸せごっこ]]

[[空蝉]]
----

何でもコメントどうぞ。



#pcomment(コメント/依存関係10怨嗟の森,15,above);
----
today&counter(today);,yesterday&counter(yesterday);,total&counter(total);

トップページ   編集 差分 バックアップ ファイル添付 複製 名前変更 再読み込み   新規作成 ページ一覧 ページ検索 最近更新されたページ   ヘルプ   最終更新のRSS
This site is protected by reCAPTCHA and the Google Privacy Policy and Terms of Service apply.