[[フロム]] …… 研究員が研究責任者である私に向かって走ってくる。 「博士!直ぐに伍番実験室に来てください!」彼は息を切らしながらも大きな声で慌てて言った。 自分の部下の慌てぶり驚くが、すぐに聞き返す。「まさか、ミュウツーの覚醒か!?」 「はい、その前兆のような物が見られます」確信は無いようだが嬉しい事を言ってくれた。 「すぐに向かうから君も戻りたまえ、記録を取るのを忘れるなよ」脱いでいた白衣をはおりながら部下に命じる。 「お急ぎください!」それだけ言い残して彼はまた走って行ってしまった。 テーブルに飲みかけのコーヒーを置き、バッグの中から古ぼけたカメラを取り出す。 「ついに、この日が来たのだな…」カメラを白衣のポケットに押し込み、階段を急ぎ足で下りた。 「エネルギー反応はどうだ!」計器の前に立つ研究員に訪ねる。 「こちら側に影響はありませんが、ビーカー内で膨大な物理的、精神的なエネルギーが確認できます!」 「流石は「ミュウツ―」素晴らしい…」彼の能力は未知数だ、今ここで研究員を全滅させることもできるかもしれない、だが未知数な物にこそひきつけられる魅力がある。 「ビーカーの耐久性は大丈夫か?」わずかだが透明なビーカーに亀裂が入る。 「耐えきれません!激し過ぎます」 破片が少しずつ飛び散る「く…鎮静剤の用意をしておけ、全員気を抜くな!」 亀裂や穴があいた所から中の溶液がこぼれだす。 「博士!壱〇参から壱〇六番が!」研究員の一人が叫ぶ。 「どうした!?トラブルか?」 「ミュウツーの覚醒に共振しています!、ミュウツーと同じ力を持つエネルギーを放出しています!」 計器を見ると、その四つのビーカーからも異常なエネルギーが発生している。 「アイ…!」 ミュウツーのビーカーと四つのビーカーが崩壊していく。 だが四つのビーカーの中身だけはミュウツーと違い薄れて行く。 「ミュウツー以外のサンプルが&ruby(ロスト){消失};して行きます!」 ガラスの割れる音と水音が響く、アイと四匹のポケモンたちは溶液に溶けるように&ruby(ロスト){消失};して行く。 「博士…」 確かに悲しかった、だが今は悲しみと同時にすばらしい出会いが待っている。 ビーカーが完全に崩壊し、ガラスの破片が飛んできた。頬をかすめて鋭い傷をつける。 四個のビーカーから対象は&ruby(ロスト){消失};してしまったので溶液だけが残り流れ出していた。 だが、ミュウツーだけは&ruby(ロスト){消失};せずのそこに居た。 彼は、いや、彼女かもしれない、瞳を閉じてただ静かに存在していた。 皆、言葉を無くした。静寂が訪れる。 沈黙の中、瞳が静かに開かれる。 「ミュウツーの…完成だ…」思わず呟いた、その言葉にミュウツーが反応を示す。 ミュウツーの長い尻尾がわずかに揺れる、やや青みがかかった紫色の瞳が私を捉える。 「僕は…ミュウツー、あなたは?」 頭の中にテレパシーが響く、ミュウツーは予想通りミュウの強いエスパーの能力を受け継いでいる。 そして覚醒して間もないというのに、自己と他者の違いが分かる。 いや、これはアイたちとのリンクによって身に着いた物なのかもしれない、開発の途中に何度か不可解な現象も見られた。 私はミュウツーの元に向かう、靴の下でガラスが砕ける音と感触がした。だがそんな事は気にしない。 彼の頭に手を乗せて見た、体毛は無いので剥き出しの皮膚の体温が伝わってくる。 「初めまして、ミュウツー」 頭に乗せられた手をそこまで嫌がっている様子は無い。 肉体的なデータは有るが、精神的なデータは無い、科学が進めば意識がないままでも精神的なデータを得られるようになるかもしれないが、今の私たちではそこまでの事は出来ないので何を好み何を嫌がるのかもまだ分からない。 「私は君を作った…いや、君の父親と言った方がいいかな」ミュウツーに向かって優しく語りかける。 「僕の…父さん」 またテレパシーが響く、彼のテレパシーは素朴な少年の声を感じさせる。 「そうだ、おまえは頭がいいな」 頭を撫でてやると、戸惑いながらもわずかにほほ笑んだ。 「これからのミュウツー」は私たち周りが創り上げていくという訳か…なんだかまた子供が出来たような感じがした。 私が「作られて」から数年が流れた。 すでに体は二周り程大きくなっていた。 今、私は狭くは無いが広くもない、快適ではないが不快でもない様な部屋にいる。 ここに入るようにと言われたのはどのくらい前だっただろうか、忘れてしまった。 毎日3回の食事と定期的な身体、精神データ採取、そしてこの部屋を出て実践戦闘能力のデータを取られる。 この部屋には何もない、窓が一つあるだけだ。 私はいつもこの窓を&ruby(サイコキネシス){ESP};で開け放っておく、澄み切った青い空だけが私の退屈を紛らわせてくれる。 雨が降った時はいつもと違う暗い空を眺めながら、手を伸ばして雨に触れて見たりもする。 いつか空を飛ぶポケモンが近くまで降りてきて、こう言った「そんな狭い所に居て、退屈じゃないの?」 どうなのだろうか、私は何も感じない。 確かにあの青い空には憧れる、&ruby(サイコキネシス){ESP};を使って飛ぶこともできる。 でも私の憧れるというのはただ「憧れる」という文字が頭に浮かぶだけ、中身のない無機質な感情が生まれるだけで実際にここを抜け出した事は無い。 私は何なのだろうか。 砂嵐の様なノイズの後、部屋に機械的な声が響いた。「ミュウツー、戦闘能力データ測定の時間です」 部屋の隅に配置されたボックスが音を立てて開いた。 その中には私の体の構造にあわされた流線型のプロテクターが入っている、このプロテクターは私の力をいくらかセーブする役割と、戦闘データを記録する役割を持っている。 手、足、頭プロテクターを着けるたびに体に重量がかかるが、今の科学ではこれ以上の小型化は不可能と言われた。 昔はいちいち研究員に着けてもらったのだが、今は自分でつける事が出来るようになった。 「準備は出来た、ドアを開けてくれ」 部屋の中にテレパシーを響かせる、この部屋の中にはテレパシーを感知する装置が付いているので、私が要求すれば研究員がそれに気づいて大抵の事はやってくれるのだ。 直ぐにドアにが開けられた、部屋の中とは違い薄暗い廊下を進む。 「リングマ!破壊光線!」 トレーナーの指示が入り、相手のリングマはエネルギーの収束を始めた。 流石は私のデータ採取に選ばれた事はある、収束は数秒で終わり、破壊光線が放たれた。 だがそのくらいではまだまだ遅い、私もエネルギーを収束する。 収束は一瞬で終わり、リングマの物よりも巨大で強力な破壊光線を放つ。 ふたつの破壊光線は2秒程ぶつかり合ったが、私の破壊光線がリングマの物を押し負かし直進する。 「リングマ!」 トレーナーが叫ぶが、無駄だ。 破壊光線を使った後は数秒の間体が硬直する、私にもそれは言えるがリングマにも言える。 硬直により避けることはできず、破壊光線はリングマに直撃する。 閃光と爆発が起き、リングマの様子は分からなくなったが、ただでは済まないだろう。 やがて煙が退き姿が現れる、リングマは大分苦しそうな表情を浮右腕を抑えている。 もってあと一撃、と言ったところか。 「リングマ、行けるか!?」 トレーナーが問いかける、隙だらけだがそこに破壊光線を打ち込むほど私は非情ではない。 リングマは大きくうなずき、私に向かって突進してくる。 「気合いパンチ!」 負傷した右腕をかばい、左腕にエネルギーを収束し殴りかかってくる。 私は自分の近くで&ruby(サイコキネシス){ESP};を爆発させて体を弾き、回避する。 強力な拳が空を切る、余りの速さに驚愕の表情がみられる。 私はそのまま&ruby(サイコキネシス){ESP};でリングマの体を束縛し、地面に叩きつけた。 手加減はしたが、初撃の破壊光線で大分体力が失われていたようで、あっさりと気絶した。 「戻れ!」 トレーナーの言葉と共にボールから発せられた赤い光に吸い込まれて、リングマは姿を消した。 モンスターボールと言う物に入った事は無いのだが、小さな物にあれほどの巨体を収納できる上に中は快適だと言われている。 「トレーナー、次は同時に3体出せ」 研究員からトレーナーに指示が入る。 「えっ、でも…!」 それはプライドと言う物が許さないのだろうか、トレーナーは反抗する。 すると研究員は、呆れたような顔をしてこう言った。 「このくらいのレベルの相手は今までに何度もこなしてきた、我々はデータを向上させていかなければいけないのだよ」 研究員は「このくらいのレベル」と言われてショックを受けているトレーナーに、容赦なく言葉を浴びせた。 「逆に聞くが、一匹ずつ出して君に勝算があるとでも思っているのかね?」 「ぐっ…!」 ギリギリと歯ぎしりする音が聞こえた、だが先の結果を思い出したのか、大人しく三つのボールを放った。 ポン、という軽い音を立てて中からリザードン、カメックス、フシギバナが現れた。 どれも3回の進化を遂げた最終進化系である、だが負ける気はしない。 見れば相手も目に闘志をみなぎらせている、トレーナーの期待に応えようとしているのだろう。 「続けたまえ、中断してしまって悪かったな、ミュウツー」 謝罪が私に向けられているのが分かると、トレーナーは一層怒り出した。 「ちっ!やっちまえ!」 「そんな…」 決着はついた、私の勝ちだ。 3匹のポケモンは全て床に倒れて気絶していた。 周りの床には攻撃で焼け焦げや傷が付いたが、私にはかすり傷一つない。 その状態をみてショックだったのか、トレーナーはその場で固まっていた。 「勝負あったな」 研究員に改めて決着を伝えられて、トレーナーは逃げるように部屋を出て行った。 今日もあまり手応えが無かったとテレパシーで研究員に伝えると、「お前と並ぶような奴はそうそういないさ」と言われた。 「さあ、今回はこれで終わりだからもう戻っていてもいいぞ」 部屋に帰ろうと振り向いたが、上からいつもは入らない「パチパチパチ」という音が耳に入った。 人が手を叩いたときに鳴る、拍手と言う物だ。 「素晴らしい、さすがはミュウツーだ」 上を見上げると、赤いスーツを着た男が立っていた。 誰だ?記憶には存在しない。 だが研究員は面識があるらしく「いらしてたのですか、声をかけてくださればよかったのに」と、男に向かって言った。 先の言葉からこの男は上の方の人間のようだ。 「スピード、パワー、知性、どれを取っても右に並ぶ物は無い」 称賛の言葉が与えられる、だが私はこの男になぜか負の感情を抱いていた。 「だが」 言葉が切られる。 「何故全力を出さない?お前の力ならそのリミッターがあっても命を奪う程の力が出せるはずだ」 確かに私はそれぐらいの力を出すことは出来る、だが出さない。 「それに、初戦のとどめでも3匹へのとどめでもお前は手加減していた、違うか?」 確かに私は高い戦闘能力を有する、だが命は奪いたくない。 過去にこれと同じ戦闘能力データ測定で私は数匹のポケモンを殺してしまった。 それ以来、出来るだけ力は抑えるようにしてとどめは刺している。 この男は私に「殺せ」と言っているのだ、そこが気に入らなかった。 具体的な言葉は伝えずに、ただ嫌悪の感情だけをテレパシーに乗せてあの男に送る。 テレパシーは伝わったようで、男は怪訝そうな表情を浮かべてから微笑した。 「そうか、珍しいな」 一呼吸開けて続けた。 「そこまでの力を持ちながら破壊を嫌う、実に素晴らしいな」 おそらく皮肉も込めて言われたであろう言葉だった。 「ならばいい事を教えてやろう、お前の戦闘データが何に使われているか分かるか?」 もう何度も繰り返したが、このデータが何に使われているのか気に留めることもなかった。 「…それは!」 研究員が口をはさむ、私に知られてはまずい事なのだろう。 「いいではないか、真実を知ったこいつを観察でもするといい」 物として扱われるのは嫌いだ、男に早くしろとテレパシーを送る。 「ミュウツー私に命令か?まあいい、お前から得られたデータは全て私たちの団の兵器に使われる」 兵器だと? 「これまでのお前のデータからはとてもいい物が作れたよ、現在それによって176人程が死に、365匹もの優秀なポケモンが手に入った、だがこれはあくまで報告されてきた数だからな、実際には報告されなかった物を合わせると2~3倍だろう」 私のデータがもとで多くの命が失われた。 「今一番私に貢献しているのはもしかしたらお前なのかもしれないな」 多くの人とポケモンが犠牲になった。 「これからも私たちの為に頑張ってくれよ?ミュウツー」 私は… あの後に何があったのか覚えていない、気が付いたら窓が一つあるだけのあの部屋に居た。 176人程が死亡、365匹ほどのポケモンを捕獲した。実際にはその2~3倍。 先程の言葉が再生される。 「今一番私に貢献しているのは、お前かもしれないな」 私が殺戮に貢献している。 「これからも私たちの為に頑張ってくれよ?ミュウツー」 私は… 私はどうすれば… 「ああああああああ!」 右手、左手、と次々にプロテクターを剥ぎ取り、床に投げつける。 破損した部分から電流が流れる、床にひびが入った。 息が切れる、肺が苦しい、酸素を吸っているのではなく吸われている、肺が押しつぶされそうな気分だった。 異変に気が付いた研究員の一人が部屋に入って来た。 「ミュウツー!どうした!?」 慌てて走って来たので彼も息が切れている。 モニター越しではなく直接この有様をみて、驚きと怯えの表情が見える。 私はテレパシーで「すまない、感情の整理が付かない、一人にしてくれ」と伝えた。 彼もここに居たら殺されてしまうとでも思ったのだろう、私の方をちらちら見ながらそそくさと帰って行った。 私は床に座り込んだ、立っているのもいやになって来た。 窓の近くの床に、白い羽と桃色の体毛が落ちているのに気が付いた。 拾い上げて眺めて見ると、どちらとも見たことがないはずなのに、桃色の体毛を見ると不思議な気分になり何かを感じる。 なんだか、懐かしい感じだ。 桃色の体毛を頭に当て、意識を集中させて瞳を閉じる。 黒い静寂の中、自分に問いかける。 私は何故作られたのだ? 「お前はミュウのコピー、ミュウを超える存在として作られた」 ミュウとは… 「ミュウは全てのポケモンの先祖とさえ言われる幻のポケモンだ」 それが私のオリジナル 「作られたといってもほんの一部、まつ毛の化石からだった」 そうか 「そのせいかお前はあまりオリジナルの姿の似ていない」 ミュウはどんな姿をしているんだ? 「あいつは確か…」 姿を見たことも、誰かに教えられたこともないのに、私の頭に鮮明な姿が映る。 桃色の体、私と同じ長い尾、私の手は長くて細いがミュウの手は短い、足もそうだ。体は私が作られたばかりの頃よりも小さいだろう。 また何かが頭に浮かぶ、今度は映像だった。 私のいる研究所が見える、しかし中には入らず方向を変えて飛び去って行った。 ずっと南に向かって飛び続ける、空も海も青い。 しばらく飛んで陸地が見えてきた、ほとんど外に出る事は無いので植物の色を忘れてしまった、木々はあんなに緑色をしていたのか。 どんどん森の中へ入って行く、進むにつれてだんだん薄暗くなって来た。 しばらく進んだところで視界が晴れた、まだ森の中なのだがそこだけは日の光が差し込み、白い安らぎに包まれていた。 突きあたりは崖になっていて、そこには洞窟があった。中から何かが出てくる、それは桃色の体だった。それは私に、いや、映像の視点の持ち主に向かってきて、微笑んだ。 そこで映像は凍りつき、止まった。 一瞬の暗転の後、再び私の視点、あの部屋に戻って来た。今の映像は誰のものだったのだろう。 手の中には先の羽と桃色のの体毛…ミュウ、私のオリジナル。 何故だろう、会いたいと思った。見たこともないのに、ほとんどミュウの話を聞いたこともないのに。 窓から空を見上げる、白い霧と太陽を覆い隠す厚い雲だけがあった。 赤い蛍光色とけたたましい警報が鳴り響く、周囲の檻はすべて破壊され、鉄の棒はあり得ない方向に曲がっている。 『全職員に告ぐ!緊急事態発生!緊急事態発生!』 階段から人間が銃を持って降りてきた。「撃て!」 銃弾が放たれるが全て&ruby(サイコキネシス){ESP};で軌道を変えて床や壁に当てる。 銃による攻撃は無効だと分かって発砲を止めたその隙に、破損した壁から飛び出ていた鉄骨を&ruby(サイコキネシス){ESP};で引きずり出し通路を塞いだ。 『ミュウツーが反乱を起こした!確実に捕獲せよ!』 塞いだ通路とは反対側に進むと、様々な機材が設置されている部屋に辿り着いた。 エネルギーを収束し、シャドーボールを部屋の奥にある一番巨大な機械にぶつけた。 黒い球体が拡散していき、機械を飲み込んで押しつぶして行く。鉄の軋む音と豪快な爆発音が響く。 爆発は広がり、部屋の機材は殆ど誘爆に飲み込まれた、部屋の硝子が爆ぜる。 『ミュウツーは地下2階のB室の機材を破壊、そこで食い止めろ!』 今はここまで #comment