NO LIMIT シリーズ Writtr by [[クロフクロウ]] Written by [[クロフクロウ]] [[前編へ>久遠の思いと意思]] **久遠の思いと意志 後編 [#w4a51c1f] 不可抗力に押しつぶされる毎日だった。名も知れない場所に身を隠せねばならず、不満な日々を過ごしていた。自分のしたことに後悔はないが、自分のやりたいことが思うようにできない。 思えば何故あのタイミングだったのだろうか。幼き頃、親の顔や暖かみなど一切記憶のない自分が、暗い森の中でヤミカラスの大群を追い払ったあの日。何の訓練も積んでいない、ただの子どもが何十匹ものの大群をたった一撃で薙ぎ払ってしまう、そんな大それたことをできるのだろうか。出来たのだ、自分が経験したのだから。 莫大な力というのは使いどころを誤ると、それはただの凶器でしかない。天性の力などちやほやされようが、裏を返せばただの妬みや劣等感をぶつけられているに過ぎない。 だったら間違わないようにするにはどうすればいいか。ただ唯一の仲間に相談すると、こう帰ってきた。『守る力に変えればいい』と。 守る者などあの時の自分には何もなかった。幼い少年に、ましてや虐げられ卑屈な考えを持つようになった自分に、そのようなたいそれたことを成す志など夢物語にすぎない。 だが、彼女と会うまではそう考えていた。 何の関係性もないもの、ただいるだけで心安らかになる。話していて飽きない。向こうが笑顔になるだけで何か幸せを得られる。誰かといるだけでこんなにも心の変化があるのだなと、その時は驚愕した。 そんな彼女を、自分の力で守っていけるなら……虐げられ、行き場のない自分にとってその光は感じたことのない眩しさだった。真っ暗な闇の中に見つけた小さな輝きだが、どんなものにも輝いていた。希望が溢れ、前を向く勇気が自然を湧き出てきたのだ。 だがそんな力も、いざ役に立たないという時がある。 「ぐっ……がぁっ……!」 勢いよく壁に叩きつけられブロンデーはその場に倒れる。傷だらけの体が彼のダメージを色濃く表している。 「くそっ……まるで手も足もでねぇ……」 これほど返り討ちに合う相手などいただろうか。まるで攻撃が通用しない、いや跳ね返されるのだ。自分の繰り出した技がそのままの以上に。 「それでお前は私に仕えている分際か?」 目の前に大きく映る影はブロンデーを見下す。 「お前は私の使用だろ。何故今になって反抗するのだ。互いの了承を得て成り立ったものを、お前は破る気なのか?」 「もうポルンは体調もよくなり悪夢も見なくなった!もう俺たちがここにいる必要ない!だからここから出て行くと何度言ったら分かるんだ!ディレイ!」 怒声は部屋に響き渡った。ブロンデーの声は屋敷の主、ディレイに向けられる。 「ふんっ、戯言を。どうせ外に出ようがお前にはい行き場所などないだろう。そのお前を匿い、雇っているのは誰だ?あの小娘を受け入れたのは誰だ?元はといえばお前が自分で引き起こしたこと。それを理解していないわけではないだろうな?」 「それは……」 何も答えることが出来ず黙り込んでしまった。こうなれば相手のペースに持って行かれる。 「お前も気づいているだろう。お前のような曰くつきの者をこの場に置いとく自体賭けだ。だがあの小娘、ポルンは自警団に狙われている。お前は何をどうポルンのことを知っているのか、普通なら訊き出すところだ。その掟を曲げ、今はお前を使用の長として屋敷内でも匿っているんだ」 現状は自分でも分かっている。それ故黙り込むしかなかった。だがポルンのことを言われてはいてもたってもいられなかった。 「だが、俺はあんなポルンを狭い部屋で匿うなど見てられないんだよ!そりゃ俺たちの置かれている立場は分かっている!けど、何もかもの自由すら奪うのは納得がいかないだけだ!」 ブロンデーは傷だらけの体で叫んだ。自分はどうなってもいい、だがポルンは数ある可能性の未来を奪いたくない。ポルンは何も悪くない、という意志を込め。 「ぬるすぎるな。それで全てを理解しているつもりなど、甚だしいにも程がある。自由というのは、それは自分の意志の問題だ。ポルンはお前に自分を自由にしてくれと、お前はポルンの意志を決める権利があるのか?それこそ怠慢というか、自己中心というか」 「ぐっ、この屁理屈野郎!」 ‘10まんボルト’をくらわすが、同じように跳ね返される。倍返しになった技は自分に跳ね返り、ブロンデーはこの上ない悲鳴を上げる。 「今一度自分の愚かさを考えろ。再びお前とポルンが自由になり常に危険と隣り合わせの生活に逆戻りするか、この屋敷で多数の使用に囲まれ守っていくか。どちらがお前たちにとって有益なのかな」 キッと眉をひそめる。詰め寄るディレイの前に、悔しさと惨めさが色濃く残る表情を表す。 「相変わらずその目つきは変わらないな。非道の道を歩んだその目は評判が悪い。誰かを守るだとか、自分を犠牲にするから道を踏み外すんだ。たかが一匹のポケモンに何故そこまで必死になる?それでお前は幸せなのか?まさか自分の幸せを犠牲にしてまで守る者の幸福を守るのか?」 詰め寄るディレイをブロンデーは手で払う。だがもう反撃する体力は残っていない。力だけでなく、精神的に追い詰められるブロンデーに戦意などなかった。 「まぁ私には関係ないがな。それよりも来週から私は留守にする。そのような場も弁えない意志じゃあ任せられないからな。しっかり頼むぞ、ブロンデー」 一度振り返り、ディレイは部屋から退出した。ひとり残ったブロンデーはその場にペタリと座り込む。 「く……俺はただ……」 抱え込む葛藤はすでに限界を迎えていた。自分が自分を信じられない、完全に壊れかけていた。 またあの時の夢を見てしまったのか。簡易なソファーで休息をとっているうちに眠っていたブロンデーは、先ほどの悪夢に混乱しながらも徐々に視界を取り戻していた。 何度見てもあの情けない自分の姿に苛立ちを思い浮かばせる。まるで歯が立たない相手。ある程度の各上の相手も力で倒してきた自分の実力が通じなかったディレイ。こうして彼の言いなりになり、監視と束縛という意味で与えられた使用の長という立場。何の経験もない自分に突如命じられたその役目は大きな責任を背負われ予想を上回る過酷さ。 いったい自分は何をやっているのだろうと、時々見失うこともあった。だが悩んでいても仕方ない。あいつを守る。今までもこれからもそれは変わらない。いずれこの屋敷は出て行くつもりなのだ。今がどんなに辛く厳しくも、時が来ればその苦しみは楽になる。 だが心の中に渦巻くこのもやもやした気持ち。いったい何なのか、ブロンデーは頭を抑えソファーから降りる。足を崩しそうになるが問題はない。まだ体が起きていないのだろう。少し動かせば次第になおってくる。 「ブ、ブロンデーさん……!」 突然部屋に使用が慌ただしく入ってきた。焦った口調が頭に響き、頭痛がした。 「何だ……俺は寝起きで頭が痛いんだ。もう少し静かに――」 「そ、それが!ポルン様が部屋におらず……」 ブロンデーの動きが止まる。そして報告をしに来た使用を鋭く睨みつける。その迫力に後押しされ脅えるが、何とか堪える。 「どういうことだ?詳しく聞かせろ」 返事を一つすると、使用はポルンの部屋の状態と、いなくなった推測を述べる。簡単な説明で済まそうと使用はやや早口になっていたが、ブロンデーは聞き逃さず現状を把握する。 「フンッ……そういうことかよ」 使用から目を反らし、黒いコートを脱ぎ捨てると苛立ちを隠せずに舌打ちをした。コートの下には深いキズのような跡が生々しく残っている。 報告に来た使用に引き返すよう強い口調で追い返すと、朝日に照らされた窓を見る。朝は苦手でいつも寝起きは悪いが、今日という日はそんな場合でもなくなった。 「やりやがったな……あの馬鹿共。まぁこうなることは大方予測出来ていたがな……」 部屋のカーテンを閉め光を完全に遮った部屋で、ブロンデーの目は怪しく輝いていた。 まるで死神が狩りを始めるかの如く。 ---- ポルンを連れメックファイへの出発は早朝にした。今から行っても目的の者に会えなければ意味がない。あまり明るいうちに出歩きたくはないのだが、目的が目的なだけに仕方がない。 使用たちの朝は早い。朝日が昇る前に作業を始める者もいる。あまり早すぎる出発は意味も成さずだが、早めの行動をするのにこしたことはない。 窓の外は朝日の靄で明るくなっていた。アルアとクゥヤは他の使用に見つからないようにポルンの部屋に行き、合流する。ポルンはすでに出発する準備はできていた。 その部屋のベッドを動かした所に、ひとりが入れるか否かの小さな扉があった。 「ここから地下にいけるのか?」 「ええ、恐らく私を逃がすために造った地下通路だと思います。ここから行けば、メックファイに簡単に行けるかと」 「お嬢様を逃がすための地下通路とか、随分と贅沢なことねー。ここから行っても、本当に誰にもバレないのかしら」 「ここを知っているのは、ごく数名の方たちだけですから。すぐには見つからないと思います」 真っ暗な闇にまるで吸い込まれそうな空間だが、僅かながらに風が通り抜けていることから、外へ通じているのは確かだろう。まだ色々な不安や心配ごとはあるが、無事にポルンをメックファイへ連れて行くことに今は徹底しなければ。 三匹は迷わずこの暗い空間に足を踏み入れる。乾燥地帯の地下だが、水気はありやや湿っぽい。炎タイプのクゥヤにはやや辛い環境だが、四の五の言っている時ではないくらい分かっている。 地面は舗装のされていない雑な創り。道を照らす灯りもないため、ポルンの用意してくれていたランタンにクゥヤの火を灯し、明かりを確保した。 「そういやあ、行動する前に訊いておきたいことがもう一つ。おめーは本当にオレたちと行動していいのか?オレたちと行動してもいいが、それじゃあおめーまで危険な目に会うんだぜ?」 奥へ進む前に、アルアには気になる点があった。それを解決しなければ快くポルンの願望を聞きうることは出来ない。 「それは覚悟の上での招致ですよ。私の用事が済んだらすぐに屋敷に戻ればいいだけですし。それに、あなた方が危険な目に会いそうなら、私が全力で訴えます。今の屋敷内では、私の言葉に反する者はいないはず。ならこの権力を十二分に利用させてもらいますよ。それに、ブロンデーならきっと分かってくれます。私がアルアさんたちを連れ出してメックファイに向かったことを」 どういう立場なのかアルアたちは詳しく知らないが、恐らくポルンはこの屋敷でもかなり権力は持っているのだろう。自分たちの推測が正しいのなら。 「でも本当にそうなのかしら。ただでさえ屋敷の規則は訳の分からないほど厳しいのに、お嬢様を無断で連れ出したなんてね。ポルンが庇っても完璧に打ち消せるのかな」 「そうですね……私のいないところで、もしかしたらそういうことはあるのかもしれません。私はここの旦那様、ディレイさんに外出期間を制限されています。ブロンデーも、そのことには異論を唱えましたが、聞きもされず跳ね返されたようで」 「あらら、酷い話ね」 「ブロンデーにはいつも気を使ってもらっていますから。こんな私なんかのためにいつも自分を削って……」 「え?あのブロンデーがか?」 「ええ。他者には少し厳しいですが、何より自分に一番厳しいですから。生まれつき、体の弱い私を常に守ってくれて、たとえ自分が傷付こうとも私のために尽くしてくれていました。幼いころから今日までずっと付き添ってくれたブロンデーには感謝してもしきれないくらいに」 荒々しくそれでいて冷徹。まるで相手に何の感情も与えず孤独のような奴だと思っていたが、ポルンに対してはまったく違う。少なくともポルンは嘘はついていない。純粋に語るポルンの目は数分前に出会ったころ以上にキラキラと輝いている。少しずつ自分たちに心を開いてきているのか、口調もずいぶんと穏やかになっていた。 「なんかポルンの話とアタシが思っているブロンデーと全然違う……」 「それはオレも思った。どうやら話の筋からブロンデーはポルンに対してはかなり温厚のようだな」 何はともあれ、ふたりの関係がこの屋敷の制度に関わっているのは間違いなさそうだ。アルアはこのポルンに対してもっと調べなければと思った。 「ともあれ、言いたいことは分かった。おめーは本当にいいんだな、オレたちのことは気にしなくていいが、自分のことまでは庇えない。これまで以上に周りの目が厳しくなり、より窮屈になるリスクだってあるんだぜ?」 脅すような目がポルンの口を黙らせる。アルアの少々意地悪な揺さぶりだ。 「私自身のことなど構いません。私はあなたたちにワガママを言って連れ出したのですから、これ以上自分を甘やかすつもりなどありません。たとえ理不尽な事が自分に影響を受けようとも、それを受け入れる覚悟はできています」 物怖じしない凛々の輝きの目。真の覚悟とも言うべきポルンの言葉に、アルアの口元が緩んだ。 「分かった。そこまで決意を固めてるならオレから言うことは何もねぇよ。後はオレたちがポルンを全力でサポートすりゃいいんだ」 「ま、その通りよね。こんな可愛い子を部屋に置いておくなんてもったいない。どんなことがあろうと、アタシは構わないよ」 もう何も言うつもりはない。ポルンは本当の覚悟の上で自分たちに頼んできたのだと。 ポルンの意志を確認し、三匹は更に洞窟の奥へと進んで行った。 暗い地下通路を延々と歩いて行き、今度は地下水路に出る。天然の湧水が溢れだし、風もさっきより涼しい。僅かだが上空からの光も届いており、もうランタンの必要もないだろう。 かなり長い距離を歩いたため、今の時間帯は地上に出ないと分からない。時計は屋敷の荷物に置いてきたので正確な時間は分からないが、歩いた距離や感覚からすると昼前というところか。 「ここはどうやら町の地下に位置するようね。微かだけど上から声がするし」 「すげーな、ホントにメックファイに着いちまったな」 「ホントにって、私の言ったこと信じてなかったのですか?」 疑いの眼差しがアルアに向けられる。宝石のように可憐で輝く菫色の目だが、エスパータイプの視線というのはどこか見透かしていそうで怖い。 「い、いやそんなことはねぇよ。ただあの屋敷からここまで繋がっているなんて普通じゃあ考えられないからな」 「確かにその通りですよね。屋敷から町までは結構距離ありますし。実は私もここを通るのは初めてだったので、ちょっと不安だったのですが」 「そうか、ポルンもか……ってちょい待て。そんな所をオレたちは通らされたのか!?」 「他に町に隠れて行く方法が思いつかなかったので。使用が言っていたことをただ鵜呑みにしていただけなので」 何てことだ、とアルアは絶句した。もしものリスクというのを全く考えなかったのかこのエーフィは。 「見た目に寄らず大胆な行動をするものね」 「まったくだな。もし違うとこに通じていたらどうなっていたんだよ」 「でもまぁ、行けたものなんだからいいじゃない。とりあえず上に出て探しましょっか」 町の地下水路なのだから、どこかに地上に出る道やらあるはず。幸いにもここには地下に住む水タイプのポケモンやコラッタのようなねずみポケモンも見当たらない。自分たちだけのこの空間は非常に行動がしやすく機敏に動ける。 やはり大きな町というだけあって、複雑に入り組んでいる。ここは旅で慣れたアルアとクゥヤの勘が頼りになる。僅かな風の通りと、水の流れからどこに通じているのかだいたいは予測出来る。確実とはいかないが、何か行動しなければ前には進めない。 そしてふたりの思考錯誤により、アルアは階段のような道を見つけた。 「あそこから地上に……出れるのか?」 上空から光差す場所を見つけると、地上へと続く階段を昇りアルアは外に顔を出す。 用水路から無事に地上に出られたのを確認すると、手招きでふたりを呼ぶ。 「ここでメックファイに間違いないようだな」 「ええ、商業と交流の町。少し前は喧嘩や諍いが絶えない町でしたが、最近は自警団の方々が滞在しているおかげで劇的に良くなったみたいですね」 「けど、その自警団は昨日オレたちに刃を向いたっと。この町が自警団で仕切っているなら、あまり派手な行動は出来ねーな」 「でもどうせコソコソ目立たないように動くんだから、ついでに警戒する程度でいいんじゃない?」 「それもそうだな。ま、今はさっさと用事を済まさないと、追ってが来るぜ?早いとこポルンの会いたいって奴を探さないと」 「そういえば誰に会うか聞いていないけど、どこにいるか検討はついているの?」 クゥヤはポルンに問い掛ける。流石にノーヒントという状況では、ひと探しというのは手を付けられない。 「手掛かりとかないのか?そのポケモンの種族とか」 「直接渡された相手なら、今もいれば分かりますけど……」 「なーんだちゃんと誰に会うかは分かってあるじゃん。とりあえず、そのポケモンに会ってみようよ」 思いのほか案外早く済みそうだと、クゥヤは言うがアルアはどこか怪訝な表情をしていた。 ---- 三匹はメックファイの中心街にやってきた。流石に町の真ん中だけあって、買い物や会話をする者によってごった返している。商業と交流の町を名乗るというだけ、大層な品ぞろえや馬鹿デカい声で客を呼び込むなど、まさに活気ある町に相応しい雰囲気だ。 ポルンの記憶を掘り返し、その‘みかづきのはね’を手に入れた場所を目指すが、どうも露店が多く、日に日によって店の品や店員が入れ替わりするこの商業区で、果たしてポルンの感覚を頼りに探し出せるのだろうか。少し不安になってくるが、メックファイは自分たちは一度も来たことはないのだ。ここはポルンに任せるしかない。 「よお、そこの別嬪のキュウコンの姉ちゃん」 突然聞こえた声の方角にクゥヤは振り向く。流石キュウコンなだけあり目立つのか。割と距離が離れているのにも関わらず、露店を開いているニョロゾに声をかけられる。無視しようとしたが、ニョロゾの周りに置かれている食糧に目を惹かれ、せかせかとクゥヤは行ってしまう。寄り道などしている暇はないのだが、食べ物に弱い所を突かれたような。 「あいつは……ったくよ」 しかしよく考えたらクゥヤを連れ行動するとなると、それなりに目立つのもなのか。それでは相手の目を引きポルンが見つかりやすくなるようなことにはならないのだろうか。けどあの店員が惹かれたのはクゥヤの方であり、ポルンには目に行かなかったことから、それ故にポルンの視線を反らすことに繋がっているからよしとしよう。決してポルンに魅力がないということではないが。 「何か探し物かい?そんな風な感じだったからさ」 「え?まぁ、そんなとこかな。初めて来る町だからね」 「なるほどね、しかし君たちも運の悪い時に来てしまったね」 ニョロゾの何気ない言葉にクゥヤは反応する。 「旅の者が、今この町に来ちゃいけないの?」 「何でも昨日、ディレイの屋敷に任務に行った自警団の奴らが、どうやらボロ負けで帰ってきたらしいからな。いったいどうやったら戦闘のスペシャリストが使用の奴らに負けるのかよく分からないが……」 やはり昨日のことはこの町でも噂になっていた。それもあれだけの数の団員を退けるなんてことになれば、噂の一つや二つ簡単にされるのも当然だろう。だが町の雰囲気から察するに、そんなに大きな問題事のようには感じられない。皆至って普通に、接して会話をし買い物をしている。この町の自警団は確か発足されて間もあまりないというからには、そんなに町の住民には溶け込んでいないのだろう。 「おかげでケガをした団員の治療で今は町の自警団があんまりいない。守ってもらえるもんがいないから、諍いや喧嘩には巻き込まれないように気を付けるんだぜ」 「ええ、お得なお話をどうもありがとう」 にっこりとクゥヤは満面の笑みを浮かべる。別嬪など煽てられた者の笑顔を見せたらどうだろうか。ニョロゾはデレデレとにやけながら品物のあれやこれをクゥヤに渡す。しかもその品物を躊躇なく受け取るクゥヤもクゥヤだが。 「こんなに……いいの?」 わざとらしい困り顔。 「へへ、いいんだよ。姉ちゃんみたいなポケモンにメックファイのいい所をPR出来たなら、それはそれで得したってもんよ」 要するにニョロゾは色香に騙されていると。 「フフ、そうね。また色んな所でここの事話したいな。ありがとね」 最後に極上のスマイルを放つと戻って来た。メロメロになったニョロゾは最後までクゥヤの方を見ながら手を振っていた。何だかこちらがとてつもなく申し訳ない気持ちになってしょうがない。 「いやーいい店員さんだったね」 「んっとによ、調子いいんだからよ」 「ニシシ、自分の魅力をいかに生かすかが、人生得をするってものよ」 「おめーの場合いつかしっぺ返しが来そうだけどな」 この会話にポルンは苦笑いで対応してくれた。何というか、物凄い目でこちらを見つめたまま引きつるような表情で…… 「けど今の店員からの話から、自警団は町にあまりいないらしいな。なら多少は行動しやすくなるんじゃないか」 「そうね、リスクな少ない方がいいし、早め早めの行動でさっさとポルンの会いたい者に会いましょ」 「その割には随分と呑気に食っているな」 「いやいや、腹ごしらえは大事でしょ。ご厚意に存じた敬意をポルンのために役立つ。素晴らしいじゃないの」 「半ば騙し取ったものだけどな」 「何よー、あなたの分にとあげようと思ったのに、アタシが全部食べちゃうわよ」 「んなことしてまーた太って嘆くなよ」 「だまらっしゃい」 直後に尻尾で頭を殴られたがいつもの事。だが軽いフワフワの尻尾にも関わらずかなりの衝撃を受けるのは勘弁願いたいところだが。 果たしてこんなのんびりとしてポルンの望みを達成出来るのかと、少し心配になってきたアルアであった。 ---- この町の商業区は複雑で混雑している。より多くの店や露店を並べるため、隙間なく詰めた結果、非常に通りにくい通路となっている。 もはや迷路のような入り組んだ構造に、さらに多数の買い物客でより道幅は狭く歩きにくい。特にポルンのような座高の低い者にとっては前も見づらい状況だろう。 先ほどクゥヤがニョロゾの店員から頂いたお土産を食べ歩きしながら、ポルンはそのもらった者を探す。こんなんで本当に見つかるのかな、とアルアが疑いを持ち始めた時に、ポルンが叫んだ。 「あ、あれです!あの店で店番をしていた方から貰ったんです」 「店番って……あのラッキーか?」 「ええ、あの方から間違いないですね」 とりあえず目星のあるものから一つずつ調べていく。ポルンは駆け足で店番をしているラッキーに駆け寄って行った。 「あれ?あなたは……」 「えっと、ご無沙汰しています」 愛想笑いでポルンは軽くお辞儀をする。ここはモール屋らしい。これから寒くなる冬に備えてか店の前には多くの毛布が置かれている。そしてラッキーには自分の名前が分かるよう名札が掛けられていた。このラッキーの名前はマルというらしい。 「こないだこの羽根を頂いた者です。あの時は慌てていて、ちゃんとお礼も出来なかったので……」 「ああ、あの時のエーフィね。あの時はこの辺で諍いがあって、バタバタしていたからね。そんな大したものじゃないのにいちいちお礼だなんて、気を遣わなくてもいいのに」 どうやらマルは‘みかづきのはね’が本物だとは分かっていないらしい。レプリカが大量に出荷され本物と区別のつかなくなっているからだろうか。 「それでも、とても有り難かったので……本当にありがとうございました」 「いいんだよ、いちいち頭を下げなくても。でもね、それは私が用意したものじゃないんだよね」 マルの言葉に一同は視線を注目した。 「あの時、見知らぬポケモンから『身形の良いエーフィが来たら渡して欲しい』って突然頼まれたものでね、私も直接は知らないんだよ。あの諍いの最中、そのどさくさで渡されたものだから、私も姿がよく分からなくて」 「そう……ですか」 当の本人に会えなければ意味はないのだから。ポルンはしょんぼりと首を落とす。別の者がポルンのためにマルに渡したのだろうか。だとすればその者はポルンが悪夢を見ていることを知っているのは間違いないはず。ポルンがうなされているのは屋敷の使用しか知らないはずなのに、いったいどういうことだろうか。 「ああ、そうだ。オレからも一つ」 ダメ元でも訊いてみる価値はある。アルアはラッキーに問い掛けた。 「この町……ここ二、三日にゾロアークのポケモンが来なかったか?」 「ゾロアーク?ああ、あんたの言うゾロアークかどうか分からないけど、うちの店に寄って毛布を買っていったよ。ゾロアークなんてこの辺じゃあまず見ないから、恐らくあんたの言うのだと思うけど」 思いがけない情報にアルアはくいつく。 「それは本当か?それで、今そいつはどこに?」 「北の方に行くからって、暖かいスカーフを頼んだよ。それも一昨日のことだから、もう出発したんじゃないかな」 「そんな……」 こちらも振り出しに戻った。せっかくここまで追い付いたというのに、また追いかける羽目になるとは。 「やっぱり一足遅かったか……ありがとう」 「あんたたちも北に行くなら、暖かい装備で行きなよ。これから冬本番で寒くなるんだから」 「それなら大丈夫だ。オレとコイツはサイグヴァルツ出身だ。寒いのには慣れている」 サイグヴァルツは大陸の最北端にある雪国の町。これから冬になろうというには最も厳しい環境になる町だ。 「あら、そうかい。でも気を付けなよ。今年の冬は今まで以上に厳しくなるって噂だから。とくに北の山脈から吹く風は、今年のは特別らしいからね」 ポルンは再びお辞儀をしてマルのモール店を後にした。 ---- 「うーん結局空振りかー。そりゃ貰った本人が相手のこと分からなきゃ、ちゃんとした手がかりは得られないわねー」 「すみません……わたしのワガママであなたたちを連れ出したのに、不甲斐ない結果で」 「あ、いや今のは誰かを責めたわけじゃないのよ。それに、アタシたちのことは気にしなくていいよ。まだ完全に会えなくなったわけじゃないんだしさ、もしかしたらそのポケモンを知っているのがまだこの町にいるかもしれない。諦めるには、まだ早すぎるんじゃないかな」 クゥヤの笑みに沈み込んでいたポルンは徐々に笑顔を取り戻す。彼女の言葉は言葉以上に相手の気持ちに溶け込み元気にさせる不思議な力がある。 「はい、そうですね。折角ここまで来たのですから、もう少し頑張ってみます」 「そうそう、その活きその活き」 笑みを浮かべるクゥヤにつられポルンも笑みを浮かべる。キュウコンの種族な故に笑顔の輝きはポルンの目には眩しいくらいに映る。何て綺麗な方で輝いているのだろうか。自分にはない光が、ポルンにはより眩しく見える。 そこへアルアが項垂れる声をあげた。 「どうしたの?アル」 「いや、何でポルンに‘みかづきのはね‘なんか渡したんだろうってな。その羽根って、元々は悪夢を追い払いその者に楽な夢を見させられるもんだろ?そんなもんが何でポルンに必要なのか」 と言ったところでポルンの方を見る。それなら当の本人に聞いてみたら早いということだが、無理に聞いてポルンを困らせるのがよくない。だがポルンはためらいをせず羽根を見つめながら口を開く。 「それは……私が悪夢を見ていたからだと思います」 「ん?悪夢?」 アルアは踵を返す。 「はい。そうですね……確か、その症状が訴え始めたのは先月くらいからでしょうか。あの屋敷にいる前は、ずっとブロンデーと旅をしていたんです」 「え?あのブロンデーとか!?」 その言葉には驚いた。あの無愛想で冷徹はブロンデーと純粋無垢で礼儀正しいポルンとが一緒に旅をしていたとは。ということはポルンも旅の者ということになるのか。一度に色々な衝撃を覚えた。ひとの事は言えないが、何とも変わったペアだ。 「とある事情がありましてね。元々身体の弱かった私にいつも付き添ってくれて、旅に出るときも嫌な顔せず付いて来てくれていました。ところが、先月くらい前ですかね。突然、夜中に息が出来ないような脳裏が焼け付く夢を見たのが始まりで、私はそれから殆ど眠れずにいました。ある時には幼いころに体験した恐ろしい出来事が生々しく蘇ったり、見たこともない心をえぐるような場面が恰もその身で体感しているようなこともあったりと……。お医者様に観てもらっても、分かる者はいなく、ただ‘アロマセラピー’で気を楽にするくらいが精一杯で……」 「ほぉ……」 クゥヤは静かに呟く。 「眠れずにいた私は、このままでは旅の足手まといになると感じていました。そこで、フローガが務めるディレイさんの屋敷に泊めてくれることになったのです。そこなら、安静にしていられるからと、ブロンデーは私のためにそこの使用になって働いて……」 「フローガとは知り合いだったのか」 「ええ、ブロンデーとは古くからの友人で、昔から私にも気を使ってくれた方です。彼の父親は執事のスペシャリストで、フローガもそれに憧れその道に入ったのです。そして、仕えた先がディレイさんのお屋敷だったみたいで」 つまりこの三匹は知り合いということになるのだろう。意外な形でフローガの交友関係を聞くことが出来た。 「そしてある日、メックファイに来たときにこの‘みかづきのはね’を貰いました。この羽根を身に着けてからは悪夢を見る時がまったくなく、以前のように快適に眠れるようになりました。本当に……この羽根をくれた方には感謝してもしきれないくらいです」 ほっこりと笑みのこぼれるポルンの表情。そこから羽根をくれた方への真の感謝の意がアルアとクゥヤには伝わった。ずっと苦しんでいた自分を救ってくれた、命の恩人ともいうべき方だろう。 「なるほどね。それほどポルンにはその羽根が大切なんだ」 「ええ、ですから必ずお礼を言わないといけないのです。私には、命の恩人とも言うべき方なので」 なるほどな、とアルアは呟く。 「はは、こりゃ相当重大なお願いを引き受けてしまったもんだな。けど、そう聞いちまったら余計に頼みを聞き届けなくてはいけぇな」 まだ町にそのポケモンの情報が埋もれているかもしれない。時間の許す限り、ポルンの探す者を徹底的に探してやろうかと思った矢先だった。 「あれは……!」 アルアの目先に映った一匹の陰。屋敷での黒い使用の服装ではない、デフォルトのストライクの姿を見逃さなかった。この広い大陸いえど、あの鋭い鎌を持つストライクはひとりしか見覚えがない。間違いない、あれは――シックルだ。 「くっ、もう見つかったのかよ。もう少し頑張ろうかというときに……」 ポルンがアルアの方を見た。やはり自分がいなくなり探しに来たのは検討はつくが、まさかこんなにも早く見つけられるとは。 「そうね。あんまりモタモタしている時間はないようね」 「ああ、こりゃさっさと用事を済ますか退避するか――って待て、おめーもしかしてもうあいつの存在に気づいていたのか?」 「ちょーっと前にね。若干空気が穏やかじゃなくなっていたから、薄々は感じていたけど」 「何でそれをもっと早く言わねーんだよ!」 「確証はなかったから。変に言っても勘違いだったら困るでしょ。ま、もうこそこそと行動する意味はなくなったね。どうするの?」 すでに自分たちの存在がバレていたのなら、もう町めぐりをしている場合ではないだろう。だがこのままポルンを屋敷に連れ帰っていいものか。 「仕方ないですよ……もうこれ以上散策しても意味ないでしょうし、迷惑もかけられないです。本当はもう少し探していたかったですが……仕方ないです。屋敷に戻りましょう」 悔いの残る言い方だがポルンは笑顔を絶やさなかった。辛いことを話しているときも、それを表情に出さない。それは簡単なようで難しいことだ。自分のわがままでアルアとクゥヤを巻き込み、その責任も兼ねこの方たちだけはと思っているのだろう。アルアはそれが大きく引っかかった。ポルンは自分のことより相手のことを思いやっているようだが、それが無茶しているんじゃないかと。 「ポルン」 「はい?」 アルアの言葉に首を傾げる。 「おめーは、このままでいいのか?」 「えっ?」 「おめー、誰かに狙われているんだろ」 重い口調でアルアはポルンの目を真っ直ぐに見た。だが動揺せず、ポルンは目を反らさずに視線を返す。 「何故……そう思うのですか」 「屋敷の使用たちの緊迫した空気、ありゃどう考えても普通じゃない。色んな奴に理由を聞いたところで、誰も口を開かないし、まるで余所者のオレたちを警戒している感じだ。そんな不自然な所で働いていりゃ、疑問の一つや二つ浮かび上がってくる。それに昨日の襲撃……使用の少ないあの時を狙ってなどあまりにも良すぎる。最悪の想定をしていたのだろうが、それにしてもあの自警団員の多さ。あれは本気で来たんだろうな。いったい何の目的でこの町の自警団が攻めてきたのか理由はよく分からねーが、どう考えても策が仕組まれていたとしか考えられねぇ」 他にも不自然な点はいくつかあるが、上げていったらキリがない。簡単なことから複雑なことまで気に喰わない。嫌なニオイのする所だが、自分たちはフローガとシックルの戦闘で負け、相手に逆らえない立場なのだ。反逆して余計に危険に晒すのは好ましくない。だからこそ気に入らないわけだが。 「そこへポルンと出会った。おめーは明らかに他の奴らとは違い、自分の事を正直に話した。だからオレはおめーの要望に応えたんだ。今まで自分の意見を述べても帰って来ない使用たちに嫌気がさしていたのかもしれないが、それでもその素直な気持ちが何となしに嬉しかったんだよ。そんなおめーが自分の気持ちを閉じこめてどうすんだ?おめー自身がよく分かっているだろう。また屋敷に戻ったら、いつ狙われてもおめーはそれがいいと思っているのか?」 ポルンは黙り込む。 「オレたちはおめーに誓った。おめーが望むなら、このまま遠くへ逃がすこともやってみる」 そのアルアの言葉にポルンは目を見開いた。 「それは……嫌です!ひとりでどこかに行こうなど……私には出来ない!」 その目には焦燥が浮かんでいた。これまで見せなかったポルンの感情。 だが今までの話から、ポルンを結び付けている者。考える間もなく明らかだ。 「ブロンデーか。あいつをほってはおけないと」 コクリと頷く。ポルンとブロンデーは一緒に旅をしていたパートナーともいうべき存在だろう。なぜ今のような関係になったのかまだ訊いていないが、それを言わずともこのふたりを離れ離れにさせることは、ポルンは望んでいないこと。それは分かった。 「けどあいつは今は使用の長としてなっているんだ。簡単にブロンデーは抜け出せないだろうな」 「それは、分かっていますよ……。私のせいで、ブロンデーは辛い思いをしていることは。彼は一度決めたことは意地でも曲げないタイプです。そう簡単に揺るがせるものじゃない。それくらい――」 「そうじゃねぇよ!おめー自身どうしたいかだ!ブロンデーの事なんて今は関係ない、ポルンが……おめーが今どうしたいかだよ」 アルアの怒声にポルンは身の毛が逆立つ。 「屋敷での部屋に隔離された生活を、おめーはどう思っているんだ!自分自身のことくらい自分で分かるだろう。本当の気持ちが、自分がどうしたいか。自分の気持ちが自分自身で理解してなくて、誰が理解するんだ?」 あんな生活が嫌なくらいポルン自身も分かっている。だが分かっているから辛い、自分がブロンデーに迷惑をかけていることも、彼を傷つけていることも。だが自分に何が出来るのか、無力な自分に彼の助けになるのか。 「はっきり言えよ、おめーはこれからどうしたか!」 いや、そんなことじゃない。自分はどうしてほしいか分かっているじゃないか。アルアの言葉はポルンの心の壁に大きくヒビを入れる。単純で子どもの理屈のような言葉。だがどんな時も忘れてはならない、大切なこと。この久遠の思いは変わっちゃいない。ブロンデーと自分は―― 「本当は……またブロンデーと旅がしたい……また以前の彼に戻ってほしい……自分だけ苦しんでいく様を見てるのはもう辛いんです………」 正直な気持ちというのは簡単には出しにくいもの。だが、今は嘘を吐きたくない。 「ブロンデーが……このまま壊れていくのを見てられない……私のせいで自分を壊していくが心の底から辛い……私なんかのために……自分を犠牲にするほど守ってくれても私は嬉しくない……それに気づいて欲しい……」 ポルンの目から大粒の涙が一つ、二つと零れ落ちる。感情が溢れかえり抑制が効かなくなったポルンの口から、自分の本音を伝える。 ブロンデーとまた、いつものようにただ、一緒にいたいだけ。 どんなに過酷な状況になろうとも、いつも気にかけ心配してくれた日常が、とても懐かしく感じた。同じ時を過ごしてきたのに、何でそんな風に思ったのだろうか。心の底から漏れる本音が自分の中でこだまし、答えを見つける。 変わってしまった彼に逃げていた。 そう気づいたポルンは、泣きじゃくりながらアルアを見る。恥や躊躇など捨てありのままの感情を表すポルンを前に、アルアは優しく微笑んだ。 「ちゃんと分かっているじゃねぇか。辛いだろ、自分の気持ちを出すというのは物凄く痛いことだ。けど諦めなければ願いっつーのは叶えられるもんなんだよ。おめーがその素直な気持ちをぶつけりゃ、少しくらいブロンデーも目を覚ますだろうな」 確証などないが、今はポルンの素直な気持ちがアルアの心に火を付ける。ブロンデーをあのままにはしてはおけない。ポルンの嘆きを聞いた以上、それを聞き届ける責任がある。 だとすれば、ブロンデーはディレイの屋敷か。どちらにしろ追手に目を付けられ、町では自由に行動は出来ない。‘みかづきのはね’を渡した者に会うのは、今しばらく中断。それに関しては悔いが残るが。 「最後までポルンからの頼み、ちゃんと達成できなかったのは心残りだけどな。とりあえず町からは出よう。後を付けられていると分かったら簡単に行動など出来ないしな」 「とういうことは、屋敷に戻るのね」 「ポルンは本当の気持ちを苦しみながらさらけ出したんだ。その行動を絶対無駄には出来ない。ブロンデーの野郎の目を覚まさしてやる。ということでおめーも手伝ってくれよ、クゥ」 口角を不敵に吊り上げるアルアに、やれやれと溜め息を吐くクゥヤ。こうなることは読めていたため、不満や反論などせず無言の承諾をする。 「とか言ってもさぁアル、それは即ちブロンデーに真正面から喧嘩売るってことよ?あの自警団の一戸隊をいとも簡単に返り討ちにした相手にどう戦うの?」 それは分かっている。だが誰も真正面から挑もうなど言ってはいない。 「最悪の場合は覚悟しなきゃいけないけどな。とりあえずブロンデーに会わなきゃ話は始まらねぇし」 「まぁあなたがそう言うならいいけど」 「だったら文句なしだな」 ペチンッとクゥヤの背を叩く。アルアなりのありがとうの行動だがそれにしてはなかなかの衝撃があった。 「ほんっとにねぇ……誰かのためになら全力を出すんだから」 とんだ厄介者に呆れ顔で見るも、それに乗る自分も同等かな、と心の内で軽く微笑んでいた。 「大丈夫?ポルン」 まだ涙を浮かべているポルンに擦り寄るクゥヤ。頭を撫で笑顔で言うその様はどんな気持ちも落ち着いてしまいそうな柔らかで不思議な感触だ。 「はい、まだちょっと心の整理はついていませんが、大丈夫です」 けどもう迷ってはいない。涙を拭きとると、菫色の目がより一層輝いているかのようにはっきりとしていた。迷いを捨て、自分を受け入れた証拠だ。もうポルンに至っては心配はいらないだろう。 「にしても、アルアさんがこんな熱い方なんて意外でしたけど」 「でしょー?変な所で変になるのは前々からだけどね。でも鵜呑みに任せちゃダメだよ。あくまで、あなたが立ち上がらなきゃならないんだから」 「はい、必ずブロンデーを助け出します。そして、また……」 ---- メックファイとディレイの屋敷を結ぶ道は、行きで使った屋敷の地下道を除き荒野と岩場が続く道しかない。このまま再び地下道を通り帰るのもいいが、そこで敵と出会ったときの対処が難しい。地上ならまだいくつかの策があるため、町から出た三匹は地上の荒地から屋敷を目指していた。 クゥヤによると、町から出るときには特に違和感はなかったらしい。アルアが見かけたシックル以外に、恐らく手をまわしているため油断は出来ない。 ポルンを屋敷の手に渡っては、次にお互いにいつ会えるか分からない。それに屋敷にはすでにポルンを狙っている連中がいるのかもしれない。相手の手に渡っては、最悪の事態になりかねないからだ。 荒れ道は自然の状態をそのまま残しているため、足場が凸凹で崩しやすい。急いでいる身としては厄介な場所だが、慎重かつ迅速に行動しなければならない。 その身として問題だったのはポルンだったが、流石は旅をしていただけありなかなかに機敏な動きをしてくれ、上手くアルアたちの行動に会わせてくれる。見た目は華奢でやや心配な所もあったが、今のポルンに何を言う必要はない。 自分から進もうとした者にこれ以上気に掛ける必要はないだろう。陽の光が‘みかづきのはね’を美しく照らす。まるでポルンの心を表すかのように。 「アル、後ろに」 何かの気配を感じ取ったクゥヤはアルアに知らせる。その気配が果たして誰なのまでは分からないが、すぐそばまで来ていることは察知した。 「もう追ってきやがったのか。早いな」 なるべく目立たないように、人目を掻い潜るように町から出たはずだが、やはり一筋縄ではいかないものか。 これからどう作戦をとるかポルンに振り向いたが、どうもポルンに元気がなかった。アルアは何やら俯いているポルンに声をかける。 「ポルン、まだ少し悩んでいるか?」 「そりゃそうですよ。屋敷の使用たちと争うなんて、考えたらとても無謀なものですよ。いくらアルアさんたちでも敵うものか……」 決してなめているわけではない。本当の怖さを、強さを一番知っているポルンにとって、自分の気持ちを笑顔で受け止めてくれたアルアとクゥヤにはなるべく痛い目を見たくないと思っているだろう。その優しさを感じたふたりは互いに顔を合わせ、相槌を打つ。 「おいおい言ったろ。オレたちのことは気にすんなって」 「そうそう。こうなることは最初っから予想出来たんだからさ、ここはアタシたちに任せなさい」 どうしてそこまで自信が付けられるのだろうか。ポルンはそう思った。けど、この方たちは決して自分を過信しているわけではない。ただ誰かのために己を懸けているだけだと。 その意志が、眩しく、また信じられなく思う。そんな自己犠牲を進んでやる方がこの世にいるのかと。 「はい、そうですね。私は……あなたたちを最後まで信じます。絶対にブロンデーを救い出してくれると」 だがこの方たちなら必ずややってくれる。そう感じてしまうのだ。根拠などないが、お互いに目を合わせると、自然と湧き上がる。 「よし、ここはオレが後方にいる奴を相手する」 こうしている間にも相手は待ってくれない。こちらから先手を打たねば、有利に事は進めない。 「クゥ、おめーはポルンを連れて――」 「分かった。そっちの足止めは任せたよ」 相槌を打つと、クゥヤはポルンを自分の背中に乗せる。突然のことにポルンは慌てふためくが、クゥヤの「しっかり捕まってね」と耳打ちされ、自然と体の力が抜ける。 そしてクゥヤは一気に足に力を入れ、勢いよく地を蹴り上げ猛烈な速さで荒れ道を走りぬく。旅で鍛えた脚力と身軽なキュウコンならではの颯爽と駆け巡る姿は、誰もが一度は振り返ってしまうかのよう、可憐で美しい。 道の途切れている場所では躊躇なく岩から岩に飛び移り、最短距離で屋敷の方角へ駆けあがる。アグレッシブで無茶な行動にポルンはクゥヤの背に必死にしがみついたまま落ちないようバランスをとるだけだった。 アルアもさっさと行動に移さなければならない。クゥヤの示した方角には大きな岩が立ちはだかっていた。恐らくあの岩に隠れているのだろうと確信を掴むと、岩を登り頂上の様子を確認する。案の定、岩陰に誰かの姿が見えた。 「あれは――」 岩と岩の死角で姿ははっきりとまで分からなかったが、狙いを定めることは出来る。よし、と一呼吸入れるとアルアは一気に岩の断面を駆け降りる。ここは先手必勝と尻尾に力を蓄え、‘アクアテール’で一気に強襲をかけた。 向こうはギリギリまでこちらに気づかなかったのか、直撃寸前に防御を固めるも間に合わず、正面から直撃する。凄まじい水圧が威力を高め、バツグンの攻撃となった感触にアルアも優越感を得る。 「はんっ、昨日の屋敷前のお返しだ。フローガ」 「やりますね。上手く気配を消し、強襲をかける技術は御見それしましたよ。アルアさん……」 黒い使用の服が似合うバクフーンは彼くらいしかいないだろうが、今回は着ていない。屋敷専用の服装なのだろうか。フローガも上手く気配を消して後を付いて来ていたようだが、クゥヤのおかげでその行動はお見通し。この作戦に上手くはまってくれ、アルアは先手を打つことに成功した。 「まさかおめーまで加わっていたとは……。わりぃな、今ポルンの邪魔をさせるわけにはいかねぇんだよ」 フローガ相手に間を開ける暇はない。少しでも時間稼ぎをしてクゥヤたちとの距離を開けなければならない。 確実に倒さなくてもいい、だが油断をして足止め出来る相手ではない。ここは全力で立ち向かわなければならない。 「フローガ、オレは一刻も早くブロンデーの奴に会わないといけないんだ。ここは引き下がってくれなーか?」 その言葉にフローガの目つきが鋭くなる。その表情にいったい何の意味を成しているのか分からない。 「って、んなこと言って通じるわけ――」 「そうですか。ならお望み通りに」 その言葉に絶句した。一瞬の隙にフローガに身体を掴まれ、アルアはそのまま岩山の下に投げ飛ばされる。単純な力だけでもかなりの腕力のなる投げ飛ばしに肝を抜いたが、そんなことを思っている場合ではない。 直撃寸前で受け身をとったアルアだが、衝撃はなかなかのもので手足が痺れる。やはり屋敷の使用だけあって一筋縄ではいかないのだろうか。 反撃に向かおうとしたが、後方からの殺気と悪寒にアルアは無意識に振り向いた。莫大な電気技がこちらに向かい放たれる。突然の強襲に紙一重で避けるも、無理な姿勢で体を捻らせたため足を若干くじいてしまった。 「ブロンデー……何でおめーがここに……!」 まぎれもなくその姿はライチュウ。こちらも使用の服装ではなくナチュラルな素の姿。だが、他のライチュウと違うのは、冷たく、相手を一瞬で脅えあがらせてしまうような目つき。そして服の下に隠され分からなかったが、左胸に深い傷のような跡が残っていた。何か技をくらったような跡だろうが、生々しく、そして彼のワイルドさを引き立てている。 ブロンデーの強さは昨夜の戦いですでに実感しているが、実際にその目を自分たちに向けられると心の真まで冷たく凍らされてしまいそうな感覚に陥る。 「ったく、いつか余計なことすると思っていたが、こうも早くとはな」 一歩足を上げるたびにビリビリと体が痺れるような感覚がする。ライチュウは体に電気が溜めっていると、攻撃的な性格になるといわれているが、ブロンデーはそんな生半可なライチュウではないことは先の戦いでよく分かっている。 アルアは感じたことのない感触に息を飲んだ。身震いしそうな、あの殺気のこんだ眼差しが今度はこちらに向けられているのだから。 「勝手に屋敷を抜け出したこと、ポルンを連れていったこと、きっちりケジメつけさせてもらうぜ」 旋律が走った。コツン、と音がして、勢いよく地面を蹴ると‘でんこうせっか’が電気を帯びたままこちらに向かってくる。咄嗟にアルアは‘アクアジェット’で迎え撃つ。相打ちにでも持ち込もうと思ったが、ブロンデーの馬鹿力には叶わず返り討ちにされてしまう。 「ぐっ、何なんだよこの力……!?マジかよ……」 たった一つの技を受けただけなのに、アルアは背筋がゾッとするような感覚に陥る。自分でも直感的に感じ取ることのできる恐怖、そして力の差が。心が揺らぐ瞬間を自分でも感じ取ってしまうほど。 だがブロンデーは怯ます時間すら与えてくれない。尻尾を尖らせ、‘アイアンテール’をアルアに放つ。そして尻尾の分かれ目でアルアの体を挟み、そのまま壁に突き刺す。アルアを自身の尻尾で固定し、身動きを取れなしたのだ。 「くっ……!」 ライチュウの尻尾をこのように使うとは予想もしていなかった。尻尾にも多量の電気が流れており迂闊に触るとこっちが痺れてしまうため簡単には抵抗できないようになっている。 「お前……なぜポルンを屋敷から連れ出した?自分の身がどうなるか分かっているはずだろう?」 間近でその目をみると吸い込まれそうな。目を合わせてはブロンデーのペースに持っていかれる。だが態度を低くしてはいけない。あくまで強気な姿勢を保つ。 「おめーの大事なお嬢様に頼まれたんだよ。メックファイに連れていって欲しいとな!」 「それだけでか」 「あぁ、そうだよ!」 威圧感に怯まずアルアは強気な姿勢で言い返す。ここぞという時の度胸は折り紙つきだが、この場面ではアルアも緊張が走っている。 相手は圧倒的なパワーを持つライチュウ。ただでさえの相性は不利なことに、力の違いを思い知らされている。いざ前にすると、こんなにも気持ちの高ぶりが違う。一瞬たりとも気が抜けない相手に、喉がカラカラになってしまいそうだ。。 「こっちとしても、いったいどういう事情があるのかじっくり詳しく聞いてみたいものだぜ。何でポルンを屋敷に監禁しておくのか!」 自分にもダメージをくらう覚悟で尻尾に‘れいとうパンチ’を繰り出す。技を繰り出した腕が電気によって痺れるがブロンデーは退く。 「お前が知る必要はない。いや、知ってどうするんだ?赤の他人にそこまで身を尽くす必要があるのか?」 「頼みごとをされたから引き受ける。困っているから手助けする。ただそんだけのことだ。お嬢様の気持ちに傾けるのが、使用の役目ってもんだろーが」 アルアの言葉にブロンデーは眉をしかめる。予想もしなかった答えなのか。気に喰わない答えだったのか。 「どんな覚悟で連れ出したかと思えば、そんな浅はかな考えだったとはな……聞いて呆れるぜ」 「ああ、何も説明してくれないおめーに言われたくはねーがな!」 気持ちだけで押し切っていた。右ヒレから‘かまいたち’で牽制する。鋭く風を斬るような‘かまいたち’だがブロンデーは起動を見切り避ける。 「ポルンはおめーのことで酷く悩んでいたぜ。あいつはおめーのことを常に真剣に思っていたんだ。おめーはどうなんだよ、おめーはポルンをどう思っているんだ。ただの使用としてのお嬢様なのか?自分の大切なひとりなのか?」 左ヒレからも‘かまいたち’を放つ。 「おめーはいったい何がしたいんだよ!ブロンデー!」 その発動の瞬間に、‘アクアテール’で弾き飛ばし、軌道の速度を大幅に上げた。高速の‘かまいたち’はブロンデーに向かって直撃し、大きく後退させる。攻撃の質は圧倒的だが、防御に関してはそれなりでもないらしい。これは一瞬勝利の糸口が見えたような気がした。 だがアルアの叫びに、ブロンデーは八重歯の見える歯を噛みしめる。その直後に全身から膨大な電気が放出し、辺り一帯に飛び散る。 「何でもかんでも勝手なこと言いやがって!」 振り向き際に‘10まんボルト’を放つ。命中はしなかったものの、電気が当たった箇所は大きく地面がえぐりとられていた。何てパワーだ、と焼け焦げる後を見てられなかった。 「ポルンが?俺で悩んでいるだ?……いい加減にしろ!お前には分からないだろうな!俺が!今までどんな思いをしてポルンを守ってきたのかを!」 激しい怒声は剣幕の荒々しさをより際立てる。 「何も知らないくせに、俺やポルンの苦労を分かったような口調で喋るんじゃねぇ!そういう偽善振るお前のような奴が、俺は一番嫌いなんだよ!」 今まで見たこのない表情に目を見開いた。ブロンデーの感情的な部分が一気にさらけ出した瞬間だった。一秒もない、コンマの時間だが、聞き取れた。 ――自分の苦しみを分かってたまるか、ポルンのことを気安く呼ばれてたまるか。 怒りと悲哀に満ちた目がアルアの目に映った。紛れもない、ブロンデーの感情が痛いほど伝わる。 苦しみに満ちた彼の目は、ポルンの言ったブロンデーとの思いと意志が重なる。『ブロンデーがこのまま壊れていくのを見てられない、私のせいで自分を壊していくが心の底から辛い』と、ポルンの言った言葉の真の意味が分かったような気がした。これは―― 「不快だ。俺のしゃくに障るとはいい度胸してるじゃねぇか。……絶対に許さねぇ」 吹っ切れたような表情のあと、ブロンデーは自らの尻尾を地面に突き刺す。そのまま尻尾から電気を放出すると、その瞬間にアルアの体に異変が起きた。 「ぐっ!何だ……足が動かねぇ……!」 まるで地表に吸い込まれるかのように、足が地面から離れようとしない。微弱な電気がアルアを拘束し自由を奪う。 「‘でんじは’っつーのはな、こういう使い方もあるって覚えておけ」 この感触は‘でんじは’を応用したもの。 つまりこの辺り一帯はブロンデーの尻尾を伝い相手を逃がさない電力が働いている。まるで鋼タイプを簡単に逃がさない特性‘じりょく’のように、相手を微弱な電気で縛り拘束しているのだ。しかもフローゼルは水タイプ。より電気が通りやすいため影響を受けやすくなっているのだ。生半可な力では簡単に解けるはずがない。 「もう加減なんて必要ない、その折れない心が、ここで、一気に崩れ去るその場を目の前で見やがれ」 冷徹な、悪魔のような笑みがこぼれると、ブロンデーの両耳がビシッと真っ直ぐに伸びる。そして周囲が大量の電気が流れ始め、辺りに漏れた電気が飛び散る。 「ライチュウは電気袋に溜まった電気が最大量になると耳が真っ直ぐに伸びる……まさか――!」 ただでさえ相手を一撃で気絶させる電気を放つというのに、自身の最大量をぶつけるというのか。どれだけアルアのことを憎んでいるのか。だが今更弁解しようが訊いてくれるような状況ではない。すでにブロンデーは攻撃の態勢へと入っている。 「お前に加減などしても俺が嬉しくないからな。言っておくが拒否権はないぜ」 まるでこちらの恐怖を面白がっているかのよう、冷淡に、嘲笑うかのようにアルアを見下す。 「アバヨ……!!」 体を廻る電気を一点に集中させ、キッと目つきを鋭くさせると、地面を引き裂く牙のような特大の‘かみなり’を上空に向けて放つ。空中で大きく円を描き、狙いを定めた龍の‘かみなり’はアルアに向かって一直線。 体を‘でんじは’で縛られ身動きの取れないアルア。どう足掻こうが強力な電気によって行動を封じられている身にとって、ただブロンデーの‘かみなり’をされるがままに受けるしかなかった。 「チッ……くそがっ!」 悲鳴させこだまさせない ‘かみなり’は、アルアを無慈悲に包み込んだ。目の前が真っ白になる感覚と、痺れすら感じさせない何百万ボルトの電気はあっという間に意識をもうろうとさせる。これがブロンデーの力。そのまるで次元が違う力をこれほどまで見せられた身にとっては屈辱の他何もない。ポルンとの約束を承諾したものの、これでは彼女の願いを聞き届けることなど幻に過ぎないのか。 「ふん、こんなものか」 最後に見たのは背を向けるブロンデーの姿。様々な思いと共に、次第にアルアの意識は闇の中へと消えて行った。 ---- クゥヤはポルンを連れ屋敷に戻っていた。アルアが相手の目を惹いている間にポルンを安全な場所に連れ出すため、そして相手の目からポルンを匿うため、ブロンデーと話を付けるため。 なかなかの距離があったが、最短の距離と時間で荒野を抜けたクゥヤは目の前にそびえる大きな屋敷を見上げる。再びここに戻ってきたからには、きっちり全ての役目を果たし、ポルンを救い出発したいものだ。 「さて、この屋敷で一番安全といったら……」 「私の部屋でしょうね。あそこは誰でも簡単に入れるようなところではないですし、常に誰か来てくれます。現に、今日まで一度も危険な目には合っていませんから」 ポルンの部屋は屋敷の二階、東側の部屋。確かにあそこは何か不思議な力があるような気がした。いったい何のカラクリが仕掛けているのか分からないが、ポルンが言うのなら間違いないだろう。 「でもアタシたちは簡単に入れたよね」 「あれには驚きました。恐らく私にお茶を持ってきたフローガがしっかり閉め忘れたのでしょうね。まさかフローガがうっかり、何て予想もしなかったので」 「へぇ、あのフローガがね」 いったいどういう仕掛けなのか興味があるが、今はそんな場合ではない。 一階から入っていくのは誰かに見つかるリスクが高いため、クゥヤは二階の窓から入る策を考える。オープンテラスとなっている、屋敷の裏側に位置する部分。ここからならだれにも見つからないだろうと、窓を開け屋敷内に侵入した。 そしてポルンの部屋の辺りまでやってきたが、幸いにも周りには誰もいない。ポルンを匿うには絶好のチャンスだと思い、扉を開けクゥヤはポルンの部屋に入ろうとした。その時だった。 「油断しやがったな、バカめ」 背後から感じた突然の気配にクゥヤは振り向く。その瞬間に‘かまいたち’に対応できず、背に乗せたポルンにそのまま直撃してしまう。なかなかの威力の‘かまいたち’にクゥヤとポルンはそのままポルンの部屋の中へと弾き飛ばされてしまい、背に乗せているポルンを落としてしまう。 「ポル――っ!」 ‘かまいたち’をまともにくらい、ぐったりと項垂れるポルン。完全に油断していた自分のミスだと後悔に満ちる。すぐに駆け寄ろうとしたが、鋭い鎌が光る影を目の前に、足を取られた。 「流石はキュウコン。見事な脚力でお嬢を乗せたままあのスピードでここまで来るとはな。けど、俺のスピードには敵わなかったようだな」 「ぬっ……シックル……」 ストライク特融の鋭い鎌を構え、クゥヤに目線を向ける。確かメックファイにシックルはいたはずなのに、ここにいるということは彼も相当な速さでここまで戻ってきたということだろうか。 移動の際も、気配を察知し続けていたというのに、シックルの気配は全く感じなかった。忍のような素早さを兼ねそろえるストライクならではの行動なのだろうか。それにしては綺麗さっぱりと気配を消していた。 「しかしお嬢を無断で連れ出すなんてよ、この屋敷でよくやりやがる。規律に反した者はいかなる場合でもその罪に従い裁く。普遍の事柄に何故ブロンデーは甘い判断を下すのだろうか」 部屋の中に入ってくる僅かな光がシックルの不気味さをより際立てる。荒々しい口調なのは常のことだが、それよりも雰囲気がおかしい。温度はそれほど低くはないはずなのに体毛がざわざわと逆立つような感じだ。 「まぁそんなことはどうでもいい。しかし折角チャンスだったのによ、お前たちのおかげで昨日の計画は台無しだ。よりによってとんだ侵入者が屋敷に来たもんだな」 目つきを鋭くさせシックルはクゥヤに立ちはだかる。使用の目とは違う、何か嫌な感じがする。まるで悪態をつくような嫌な目。クゥヤを見つめる眼差しは不気味なほど鈍く、怪しく光っている。 「いったいどういう意味?はっきり言ったらどう?」 「こういうことだ」 鎌を鋭くさせ、クゥヤに斬りかかる。‘れんぞくぎり’だろう技だがさっきの奇襲とは違い、その動きをよく見てクゥヤは避ける。あまり命中の頻度が高くない技だけに、回避するのには難しくなかった。隙を見てクゥヤは‘かえんほうしゃ’で反撃してやろうと構えていた。 だがストライクだけあって瞬発的なスピードは一流の速さ。‘かえんほうしゃ’を放った直後にはすでに視界から消えていた。 「こんな癖のあるやつだと分かっていればさっさと始末していたものな。そのおかげでフローガだけならまだしも、お前らといい……」 後方から襲い掛かる鎌に、クゥヤはとっさに振り向き鎌を噛み防いだ。間一髪なため反撃の攻撃というのはできなかったが一矢報いることはできただろう。シックルは噛み付くクゥヤを振りほどき再び鎌を構えた。 「昨夜が……あの時が最大のチャンスだった。ブロンデーが囮の奇襲を相手にしている間が、一番警戒の緩むときが攻め込む時。フローガとその他の平凡な使用たちなら苦にならずに屋敷に攻め入ることが出来たはず。それがお前たちのおかげでおじゃんだ。もうこちらとしては時間がないのに、タイミングの悪い……」 重い口調にシックルの目の色が次第に変わっていく。 「何が言いたいわけ?」 「決まっているだろう。計画にお前たちが邪魔なんだよ。お嬢――いや、ポルンを奪うためのな」 ピンと来た。数々の推測がシックルの今の言葉で一線と繋がる。 「あなた……使用としてのスパイだったのね」 「今更気づいたのか。ふん、まぁそれに関しては特に興味はないという所だろうな」 興味はなかったが気にはなっていた。やはりアルアの言う通り昨晩の襲撃には策が仕組まれていた。このストライク、シックルが全て裏で糸を引いていたのだ。 となれば自然にシックルの行動に線が結ぶ。ポルンの話からあの襲撃はポルンを狙ったもの。自分の持つ特殊な力を狙って自警団が屋敷に襲撃をかけたものだと。 となればシックルはポルンを狙っている一味のひとりということだ。これは簡単には見過ごすわけにはいかない。自分は今からこのスパイを止めないといけない。クゥヤは目つきを鋭くさせ、牙を剥き出しにした。 「自警団隊長としての俺ならお前は即スカウトしたいところだ。身のこなし、技のキレ、戦いにおける度胸、判断力、突発力。何より強く美しいメスというのは同じチーム内の活力を存分に上げてくれる。この上ない逸材だ。だがな」 再び‘かまいたち’が襲う。先ほどよりもより強力な攻撃。よける必要はない、‘かえんほうしゃ’で打ち消し反撃を狙った。 だがその行動を読まれたのか、炎の先にシックルはいなかった。そこへ空を切り裂くシックルの鎌がクゥヤの首に当たる。切り付けはしない、そのまま首筋の毛に当てるように鎌を構え、じっとクゥヤの目を見つめる。 「お前の眼はチームの共栄を乱す輝きを放っている。野心に満ち何者にも支配されないという気高い志。まるでこの大陸を……いや世界が映し出すかのような。どんな生い立ちからそんな眼になるのか気になるが」 尻尾でシックルの鎌をはらいのき、クゥヤは一歩退く。まるで暗示を掛けられるようなシックルの不気味な言葉に冷や汗をかいた。だが怯んでいる場合ではない。 「だがまだこちらは計画の最中だ。俺‘たち’がここにいる間は使用としての役になりきらなくちゃならないからな。大人しく……くたばってもらうぜ」 「え、ちょっと待って……!『俺‘たち’』ってまだ仲間が――っ!」 クゥヤの目が見開く。突如後方から強烈な‘ふぶき’が襲い掛かる。瞬時の反応でクゥヤは上空に飛び、ギリギリの所で回避した。 「そうだ。俺だけでこんな所に潜り込むわけない。大がかりな作戦には仲間の協力が不可欠だからな」 薄々感じていた胸騒ぎは気のせいではなかった。クゥヤは恐る恐る後ろを振り返り、技を放った相手を見る。 「ラキ……」 クゥヤにとっては信じがたい光景でもあった。まさかと思うも、そこには紛れもなくグラキエスの姿があった。‘ふぶき’を放った口からは冷気が漏れだし、その威力の激しさを物語る。炎タイプのクゥヤとはいえども、今の‘ふぶき’はこれまでに見たことのない、ゾッとするような威力。あの攻撃をグラキエスが放ったというのか。 「やっぱりあなたもそうだったのね……いったいどういうことなの?ラキ……」 「ご……ごめんなさい……でもわたし……」 何となくではないかという最悪の結果が現実のものとなった。グラキエスは、牢屋はこの屋敷に監禁する場所がないと言っていたがそれは間違い。あまり知られていないとすれば、ここの屋敷にあまり関わっていないということ。僅かな矛盾と嘘がクゥヤの頭に過っていた。それがこうも早々と目の辺りにするとは。 グラキエスもシックルと同じ自警団の一員なのか。それにしては態度も雰囲気も違う。シックルとは違い、敵を前にする戦いの色に染まっていない。目は恐怖で染まっている。まだ完全にこちらに敵意を向けていない、脅えた表情。 とてもじゃないがシックルの仲間とは思えない。これは―― 「まさか、ラキを脅して従えているなんてことはないでしょうね?」 クゥヤの問いにシックルは鼻で笑う。 「脅しなどそんな事で大事な任務に馳せ参じるわけがないだろうが。こいつは俺の部下だ。列記とした自警団の一員。町外れで住むディレイは何かと謎が多いからな、こうしてグラキエスには、前から屋敷の使用として行かせていたんだよ」 そういうことか、とグラキエスの方を見るが、クゥヤに顔向け出来ないのか視線を反らす。 「いったい何が目的でこんなことをしているわけ?」 「それを知った所でどうする」 「知ったとこでアタシが得をするものなんてないわよ。けど、こんな裏切るマネをしてブロンデーが黙っているわけないでしょ。それとも、ブロンデーもこの策に?」 「まさか、あいつは俺たちの計画で最も邪魔となる野郎だ。どんなに数でかかろうと、昨夜のようにたった一匹で返り討ちに合う。あんな化け物が何故この屋敷で尽くしているのかは分からないがな」 見下すような口調に軽い怒りを買う。自分のことではないのに何だかしゃくに障られたような。 「いったいあなたが、どんな何の目的でこんなよく分からないことをしているのか知る由もないわ。けど一つだけ今、この場で、即決で知りたいことはあるわ。何でポルンを狙っているのか。この屋敷の事情何てどうでもいい。けどポルンは、どうやらこことはあまり関係性がないと思うわけ。いったい自警団って、何を魂胆にこんな馬鹿な真似をしているわけ?」 灼眼はゆらゆらと鈍い光を漂わせながらシックルを見つめる。決して軽い口調でもなく、だがどこか彼女らしい気紛れな雰囲気も漂わす。 「言っただろう、お前には関係ないと。俺はあまりお喋りではないんでな。これ以上時間は掛けてられないんだ。おとなしくポルンを渡してもらう。逆らうならこれ以上容赦はしない」 鎌を気絶しているポルンに向ける。どうやらお話はここまでらしい。 「何て言うか、ここまで来るともう道化ね」 ふぅ、と溜め息を吐き全身の力が抜ける。色んな思いを振り切りゼロにした。今の自分はポルンを守らないといけない。こんな自警団を名乗る相手などしてられない。 そしてクゥヤの尻尾から伝いに赤い炎が出てくる。その炎はポルンの方に向かい、身体全体を暖かく包む。 「触らせないよ、ポルンには。毛の一本もね」 クゥヤのオリジナルの‘しんぴのまもり’。神秘の炎でポルン包み、自分の意志が枯れない間は誰にも触れさせない念力の技。触れた者は火傷以上のダメージが入る。 更に残りの炎はクゥヤの周りに漂い、一つはシックルに向け放たれる。避けようとするが、炎はシックルに軌道を合わせるように変わり、命中した。その炎にシックルは驚愕を覚える。 「こいつ……!」 ただの炎ではない。クゥヤの意志に連動しまるで生きているかのように躍り上がる。こんな技を使う炎ポケモンなど見たことはない。 「あなたはひとーつ勘違いをしているわね。仲間というのは同じ志を持ち互いの理解を深めるために存在するの。あなたに震えて脅されているラキを仲間と呼ぶのは大きな間違いだわ!」 キュッとクゥヤの目が締まり、尻尾が揺れる。激しく感情を出さずとも今のクゥヤの気持ちは周りに渦を巻く炎で感じ取れる。自分自身に、怒りに驚愕しているのだ。こんなに怒ったのはいつ以来だろうか。だが抑えきれない感情が今はクゥヤを支配している。グラキエスを利用して、ポルンを道具のように見ているシックルは絶対に許さない。湧き上がる炎は感情の炎によって更に温度を上げる。 「なるほど……な。ククク、これは頬っておいたら面倒だな……!グラキエス!」 その光景にシックルは妙な興奮を覚える。シックルはグラキエスの目を睨む。 「あ……あぅ……」 ビクリと目を見開き、グラキエスはシックルが下した無言の命令に何をすればいいのか理解する。慈悲などいらない。邪魔になりそうな奴は早めに始末する。シックルの方針は残酷で確実。しかしそれがグラキエスの中で僅かな葛藤を生み出し迷わせた。 (出来ないのか?ならもうお前はここで切り捨てる) シックルは自分の鎌を首にスッと斬るような仕草を見せギラリと睨む。ハッと目を見開きグラキエスは横臥した。 ――従わないと。背いてはだめ。言う通りにすればいい。自分はそのための存在。 迷いを捨て、自分を縛った。グラキエスは目つきを鋭くさせ、一撃の技を放つ。 ‘ぜったいれいど’。爆発的な冷気により相手を一瞬で戦闘不能に落とす氷タイプの究極技。 クゥヤが向ける敵意は完全にシックルに向いていたため、グラキエスには全くノーガードだった。それが仇となり、グラキエスの放った‘ぜったいれいど’はクゥヤを包み込む。自分の周りを包んでいた炎はあっという間に冷気に消火され、成すすべもなく足首から氷尽き体力を奪われていく。 氷タイプ最強の技を真正面から受けては流石のクゥヤも抗うことはできない。ただ全身を凍らされていく様は相手からみたらどんな様なのだろう。 最後にクゥヤはグラキエスの方を見た。一撃を放った直後のグラキエスの表情。それは恐ろしく、また悲しいものであった。息をきらしている。やはり一撃の技を放つには相当な体力がいるのだろうか。そんな苦労してまでシックルの命に従うのか。クゥヤはそれが悲しく、また苦しく感じた。 そして瞬く間に、キュウコンの氷漬けが完成した。 「くっ、流石グラキエスの‘ぜったいれいど’だな。近くにいるだけで魂まで氷ついてしまいそうだ」 辺り一帯を凍らせ、一瞬で別世界に変わったかのようだ。強力な氷のエネルギーはクゥヤだけでなく周りにあるもの全てを凍らしその技の凄まじさを物語る。シックルの鎌も何もしていないのに刃が冷気のせいで使い物にならなくなっている。部屋すらもう冷凍庫の中のように温度が急激に下がったようだ。 グラキエスはその技の反動か息を切らし、両ヒレを地面に付ける。使った側もかなりの体力を削られるようだ。 「もうその技は、完璧に使いこなせるようだな」 「あ、はい……」 息を切らしながらもグラキエスは返事に答える。そしてシックルは口を不敵に吊り上げた。 「なら言うことはない。厄介になる奴は片っ端から始末していく。そのためにお前がいるのだからな」 自分の存在……シックルの言葉はグラキエスの頭に色濃く残る。 「いいか、確実にあのお嬢を捕らえる。少し計画は狂っているが、このまま俺たちの作戦、最終段階に入るぞ」 「……はい」 冷淡な目でグラキエスから目を反らすと、体を震わせながらシックルは残されたポルンを担ぐ。クゥヤは戦闘不能になったことによって‘しんぴのまもり’は解除されたのだろう。だが先ほどの‘ぜったいれいど’の影響は受けていないようだ。最低でもポルンだけは被害が及ばないよう、こちら側の守りを固めていたらしい。自分よりも相手、守りたい者を第一、というところだろうか。 何とも理解しがたい。シックルは疑心暗鬼部屋を出て行った。元居た場所に帰らなければ疑われるからだろうが、それよりもこの冷気の渦巻く部屋からさっさと出て行きたかったのだろう。 残ったグラキエスは氷付けになったクゥヤを見た。‘ぜったいれいど’の氷はその名の通り極限の温度まで下げた氷。下手に触れば触れた側に大きなダメージを負うが、グラキエスにはその耐性があるため触れても平気だった。 だが辛辣な表情を浮かべグラキエスは震える声をあげた。 「……ごめんなさい……ごめんなさいクゥヤさん……わたし……あなたを信じることが出来なかった……」 自分を信じてくれて、心を開いた相手の無残な姿。だがシックルに逆らうことは出来ない。自分はもうあの方に従うしか道はないんだと。 氷の中のクゥヤは目を閉じながらこちらを見ていた。最後までグラキエスを見ていたのだろう。どういう思いでクゥヤはグラキエスのことを考えていたのかは知る由もない。 クゥヤのことを考えると胸が痛くなる。徐々に後悔が次第に襲ってくる。仕方はないとはいえ、自分が仕出かしたこと。謝ってももう遅い。自分は許されない事をしたのだ。 大粒の涙を流しながら、グラキエスはその場で泣き崩れた。 ---- [[後編2へ>久遠の思いと意思:後編2]] ---- #pcomment(above) IP:219.173.58.226 TIME:"2014-04-28 (月) 00:53:21" REFERER:"http://pokestory.dip.jp/main/index.php?guid=ON" USER_AGENT:"Mozilla/5.0 (Windows NT 6.1; WOW64; rv:28.0) Gecko/20100101 Firefox/28.0"