#include(第十五回短編小説大会情報窓,notitle) *世紀の大発明 [#43XMjBm] 作:[[COM]] その日、多くの人々がある一つの発表会を前に固唾を飲んでその瞬間を今か今かと待っていた。 ある者は煌々と照りつけるモニターの明かりの向こうを、またある者はその発表会の会場で。 喧騒にも近い騒々しい会話の声をかき消すように、一つマイクを通じた緩やかで何処から来た誰でも聴き取りやすいような女性の声が場内へと響き渡り、喧騒は喝采へと姿を変えながら場内の照明と共に静かに消えてゆく。 それは正に映画の始まる直前のような感情の高まり。 呼吸の音だけが聞こえ、自らの心音が一番煩く感じるような、ある意味で最も楽しい時間。 そしてその胸の高鳴りに応えるように、人々の目の前にある巨大なスクリーンにマクロコスモス社のロゴが映し出され、舞台脇から姿を現した一人の男性にスポットライトが送られる。 大歓声を前にしてその男、ローズは観衆達へ両手を大きく振って答え、静寂が訪れると共に壇上の中央へ向かって歩きだした。 「二年、この日を待ち続けていました」 心の底から待ち望んでいたのは彼だけではない。そう答えるような拍手が沸き起こり、ローズは更に壇上の中央へと歩いてゆく。 「数年に一度、全てを変えてしまう新製品が現れます。それを一度でも成し遂げることができれば幸運です。そしてマクロコスモスは幾度もの機会に恵まれる事となりました」 その言葉と共にスクリーンのロゴが消え、スクリーンショーが展開され始める。 「一九九六年、ポケモン通信技術が完成しましたね。その存在はポケモン世界全体を変えるほどの偉業でした」 画面に映し出されたのは年代を感じさせる、少々年季の入った初期型のパソコン通信装置。 人間と同じ高さ、幅の大きな装置の手元には入力用のインターフェイスがあり、今も尚そのデザインそのものを変えていない洗練されたフォルムを見せる。 観衆達は皆、頷きながらその歴史を噛み締めているのか、また小さく拍手を送った。 「二○○六年、初代バトルサーチャー。トレーナーとはただの通過点ではなく、トレーナーとのバトル全体を変えました。そして本日、革命的な新製品を三つ発表させていただきます」 三つというその言葉に、観衆は驚愕とも取れる声を漏らし、拍手を送る。 ローズはその言葉を受け取っているのか、それとも観衆の興奮が収まり、自分への注目が集まるのを待ってるのか、少し時間を置いてからまた言葉を続けた。 「一つ目が、いつでもどこでも対戦を可能にする新たなバトルサーチャー」 誰もが望んでいた新規デバイスの登場。 それを端的に表すアイコンのような画像がスクリーンへと映し出される。 その発表に会場は一層湧き上がり、指笛と拍手が巻き起こる。 「二つ目に、革命的ポケギア」 通信技術の発達。 これはトレーナーでなくとも必要なデバイスであるためか、会場の観衆は割れんばかりの拍手と歓声を送り、彼等がどれほどその情報を待ち望んでいたのかを端的に表現してくれる。 「三つ目に、画期的フレンド通信技術」 二つ目の発表の興奮冷めやらぬまま、三つ目の発表へと移る。 しかし通信技術というあまり具体的ではない内容だったためか、前二つの発表と比べるとあまり歓声は沸かなかった。 「そう、この三つです。常時対戦検索、バトルサーチャー。革命的ポケギア。画期的フレンド通信機器。バトルサーチャー、ポケギア、フレンド通信。バトルサーチャー、ポケギア、フレンド通信。お分かりですね?」 くどいほど繰り返される三つの機器の呼称に、場内は少しずつそれがジョークであることを察したのか笑い声が聞こえ始めるが、いかにも意味のある間とその問い掛けに鋭い観衆は歓喜の声を上げる。 「独立した三つの機器ではなく、一つなのです」 響く大歓声と口笛、その声に応えるかのように背景のスクリーンに映し出された映像が素早くこれまで見せた三つの機能を示した画像を表示させる。 「名前は……"ロトムフォン"。本日、マクロコスモスがポケギアを再発明します。これです」 拍手を一身に受けながらローズは自分の後ろにあるスクリーンへ、大きく手を向け、自身はその映像の邪魔にならないようにまた舞台の脇へと移動した。 ところがそこに映し出された画像は誰も知らない新しい通信機器ではなく、見覚えのある古いポケギアだった。 場を和ませるそのジョークの効果は意外とあったのか、多くの者がそのサプライズに声を出して笑い、これから見せる後に世紀の大発明と呼ばれた存在の紹介をするに相応しい雰囲気を作り上げた。 「冗談です。一応ここに実物がありますが……それをお見せする前に"ロトムフォン"とは何かについて話しましょう。一般的には電話とメールとネット、そして入力デバイスで構成されていますが、しかしこれらはあまりスマートではありません。そして残念ながら使いにくいです。縦が『賢さ軸』横が『使いやすさ軸』とすると、普通のポケギアはここになります。スマートでもありませんし使いにくいです」 ローズの言葉に合わせてスクリーンの映像が切り替わり、大きく軸のみが表示された状態の散布図が表示され、縦軸の中央下側にポケギアと書かれた丸が追加された。 「ライブキャスターは賢いがより使いにくいです。基本操作を覚えるだけでも大変ですね。皆さんもそんな物は望んでいませんよね?」 ローズの言葉に合わせて追加されたライブキャスターの文字が刻まれた丸は横軸のほぼ同位置、そして大きく左にずれた位置に追加されてゆく。 「私達が望んでいるのは、どんな通信機器より賢くとても簡単に使える。これが"ロトムフォン"です」 そう言ってローズが手を画面の方へ向けると、ロトムフォンと書かれた丸は縦軸からも横軸からも大きく右上にずれた位置、つまりはとても機能的で使いやすい事を意味する位置へと堂々と現れる。 ロトムフォンへの期待からか、それともその自信を裏付けるこれまでのマクロコスモス社の功績を信じてか、多くの拍手が彼の言葉を受け入れた。 「ポケギアを再発明します。まず初めに革命的インターフェース。長年の研究と開発の成果であり、ハードとソフトの相互作用をもたらしてくれます。では何故革命が必要なのでしょうか?」 そこまで説明しきると、画面にはこれまでに作り出された様々な通信機器が映し出され、そちらへ視線を向けるように手を動かし、そのまま言葉を続けてゆく。 「ここに四種類の通信機器があります。これらが抱える問題は下半分にあります。そう、まさにここです」 ローズの言葉に合わせて表示されていた画面が切り替わり、これまでの通信機器として表示されていた四つの画像が全て下半分のみ映し出された。 一目見れば言葉にせずとも分かるほどの複雑な入力装置が備わっているのが分かる。 「プラスチックで固定されたキーボードが付いていて、どのアプリでもそれを使いますね? しかしアプリによって最適なボタン配置は異なるのに、既に出荷された製品に新しいボタンを追加することはできません。ならどうしましょう? 今のままでは駄目だ。ボタンは変更できませんから。より良いアイデアが浮かんでも変えることができない。ならばどう解決しましょう? そして私達は解決しました」 そのキーボードが如何に、多機能ではあるが使い慣れていない者に対しては多機能が故に不便であるかを雄弁に語ってゆき、その解決法までもを見つけたと付け加えた。 そして次に切り替わった画像には、誰もがよく見かけるポケモンセンターに設置されているタイプのポケモン通信機器が映し出された。 「二十三年前に既に解決されています。ビットマップ画面に全てのインターフェイスが表示され、ポインティングデバイスとしてマウス。これらをモバイル機器に当てはめるのなら、ボタンを全て取り払って巨大な画面だけにする。そう、巨大な画面だけです」 元々表示されていたポケギアに重ねるように表示されたのはロトムフォンのものと思われる画像。 しかしその見た目は、どう見てもただの同サイズの大きな液晶画面だけの物体。 それはとても携帯デバイスのようには見えない。 「さて、どう操作しましょう? どう見てもマウスは無理です。ではスタイラスペンですかね? いいえ、そんなもの誰が望むでしょう? すぐに無くしてしまいそうだ。なのでスタイラスは止めておきます」 両手を大きく広げて画面に映るロトムフォン操作用の例に挙げたペンを紹介したが、同時にあまりにいい物ではないと否定してみせる。 それを聞いて同意とも取れる小さな笑いが会場に聞こえた。 そして右手を大きく掲げ、人差し指を立てて小さく振る。 「代わりに誰の傍にでもいる、皆が生まれながらにして知る人間の良きパートナー。ロトムです」 その指の傍へと纏いつくように、一匹のロトムがジグザグと不規則且つ高速で飛来し、ロトムの特徴的とも言える不敵な笑みを見せて電子音のような鳴き声を上げた。 「新技術を開発しました。その名はロトムエンジンです。これはまるで古くからの友人のように機能してくれます。スタイラスペンも必要なく、極めて高い精度。当然ミスタッチにも反応しません。ポケモンなので複雑な指示でも理解してくれる。当然、特許も取得済みです」 大喝采の口笛と拍手を受けながら、同時に軽いジョークも交えた言葉で締めくくり、新たなるデバイスの誕生は世界中に大きな衝撃をもたらしてくれた。 ---- 衝撃的な発表から一年半、ガラル地方から遠く離れた異国の地にて、一つのニュースが人々を沸かせていた。 「さて……次のニュースです。世界で六○○万台売れた、通話デバイスの人気機種がカントーに上陸です。ガラル地方のマクロコスモス社の"ロトムフォン"が、今日カントーでも発売されました」 青年が昼食を食べながら、時間潰しに眺めていた一つのニュース番組には、そんな世間をワクワクとさせてくれるニュースが流れていた。 ニュースキャスターの男性から映像が切り替わり、タマムシシティでも随一の大きさと品揃えを誇る大通りの様子が映し出される。 炎天下の昼下がりのタマムシシティの大通りにいる様々な人々を近くから撮影した後、一気に離れて通りの左半分が見えるように撮された映像の中には、まるでバーゲンセールでも行っているかのような長蛇の列が。 「店の前にできた長い列。この携帯電話の販売開始を待っていました。」 待機列にいた人々のカウントダウンと共に大きな完成が沸き起こり、午前七時の街道の夏の熱気を更に熱く燃え上がらせる。 そして涼しげな店内では全く新しい機種、ロトムフォンを一足先に手に入れた客達が、嬉しそうにそのロトムフォンを幸運な第一号の客として紙面に載せようと待っているフラッシュ達へ向けて、同じぐらいに眩しい笑顔を向けていた。 「買ったばかりの携帯電話の使い心地を早速試します」 「ヘイ、ロトム。写真を表示して」 「ビビビッ! 写真ロト!」 「いやーもう感動です」 「徹夜して並んだ甲斐がありました」 「もう、物売るってレベルじゃねーぞ、オイ!」 ニュースキャスターのナレーションに合わせて画面が切り替わり、街頭で買ったばかりと思われる人々にインタビューを行った映像が次々と流れてゆく。 ロトムが女性の声に応答してデバイスと一体化した身体を九十度横に傾けると、それに合わせて先程性能を知るために撮ったと思われる店内の様子が画面に表示された。 他にもサラリーマンのような男性が満面の笑みと共に答えたり、最新機種を手に入れるために出来た行列を前に驚愕した様子を表したセリフが字幕付きで画面に映る。 「ジョウト地方でも店の前に行列ができました」 画面が切り替わり、ジョウト地方の大きなデパートの前へと映像が変わり、ニュースキャスターのナレーションと共に次々と点が嫌店内の様子が映し出されてゆくが、一番の驚きは既に朝の時点で話題のロトムフォンが完売していることに対する謝罪文が張り出されていた事だろう。 「こうした熱気の一方で、街頭では購入に慎重な人々も……」 「ちょっと欲しいけど、今の電話で十分かな~? っても思うんですよね」 「古いポケギアの使い方も覚えてない内に、新しい携帯を買ってもなかなか使いこなせないんじゃないかなぁ。って思うんですよね」 ニュースの内容はそのまま移り変わり、よくありがちな否定的な意見の方のピックアップになったが、その意見も概ね間違ってはいない。 新機種に買い替えたばかりであろう女性は、新しいデバイスを前に今のデバイスでも十分に満足しているとコメントし、同じように初老の男性は今のデバイスですら性能を持て余していることを零していた。 「カントー地方での販売を手掛けるシルフカンパニーは契約の拡大に弾みをつけたい狙いです」 ナレーションと共に切り替わった映像にはよく見慣れたシルフカンパニーの代表取締役の姿。 「パソコンが手のひらに来た。この感動と興奮をひとりでも多くの人に提供できればいいな、という思いで……」 慣れた様子で幾つものフラッシュを一身に受けながら、コンパニオンとその横に飛ぶロトムフォンと共に新商品のインタビューとこれからの戦略について答える様子は、流石は取締役と思える貫禄がある。 「こちらがそのロトムフォンです。表面にはご覧のとおりボタンが付いておりません。タッチパネルで操作するんです。電話はここを押しますとこのようにダイヤルが現れます。この数字にタッチして電話を掛けるわけなんですね。そして、ミラクル交換もできます。ハイ、出てきました。こちらで交換の状況がリアルタイムで確認できます。さらに……アプリケーションのインストールを行なえばポケモン図鑑にもなるのです。このロトムフォン、気になるお値段ですが……」 映像がニュース番組のスタジオ内に戻り、先程のニュースキャスターの手元には話題のロトムフォンの実物を持ち、様々な機能を実際に使用する様子を写していた。 電話やメール等の通話機器としての基本機能は勿論の事、ロトムアイを利用したカメラや検索機能等も充実していることを見せつけた上で、更にアプリケーションをインストールすればこれまででも革新的と言われていたアローら地方のロトム図鑑の機能まで利用することができ、対戦や交換、ポケモンの出現情報などトレーナーにとってとてもありがたい情報が満載となっている。 青年はそのニュースを見ている内に思わず食事を口へと運んでいた箸の動きが止まっていたが、その多機能性と高性能さは若いトレーナーならば喉から手が出るほど欲しい品だろう。 しかし値段は決して安くはなく、今彼が持っている複数のデバイスも別にまだまだ現役で戦えるぐらいには性能は衰えていない。 どうするか悩んでいる内にニュースは終わったのか、コマーシャルがテレビから流れていたが、その内容にまたしても青年は目を奪われてしまう。 「複数のデバイスを鞄に詰め込む必要はもう無い。ロトムが写真を撮影。撮影した写真をその場で加工、そしてそのままSNSにアップロード。いいねが来るのを待っている間に、ポケモンの交換状況まで見れる。これ一台で全部できる。そう、ロトムフォンならね」 素早く切り替わってゆく映像には、ロトムフォンへ指示を送って手持ちのポケモンとのツーショット写真を撮影し、撮影した画像を華やかにデコレートしたものをそのままSNSへアップロードし、そしてすぐさまアプリケーションの切り替えだけでトレーナー交流サイトの状況までもを映し出していた。 最後にロトムフォンの見た目として三色の端末がスラリとずれて並び、ロトムフォンのマークと共にコマーシャルは終わってしまったが、短い時間に詰め込まれたその情報の数々は先程のニュースの情報と合わせて彼の購入意欲、もとい衝動を駆り立ててゆく。 「うわー……まだ売ってるかな? というか来月の支払いまだ余裕あったっけ?」 完全に意識が購入へと傾いたのか、青年はそんな独り言を呟き、早速その日の午後にはタマムシデパートを訪れたが、案の定店頭には人だかりと落胆の声が広がっている。 張り紙だけでは足りなかったのだろうと予想できる店員達の謝罪の言葉を聞きながら、青年は少々残念そうに、しかしそこまで余裕の無かった財布の感情とシンクロしたのか、小さく溜め息を吐いて帰路に就く。 『無いなら仕方がない』 青年が心にそう言い聞かせたのも束の間。 今度は別の広告が視界の端に見え、止せばいいものをわざわざ見に行ってしまった。 「『ガラル地方の南国の島、鎧の孤島二泊三日旅行ツアー? 今なら大切なポケモン達とガラル地方を満喫できるチャンス!?』マジかー」 そこにはつい最近追加されたであろう、旅行プランの張り紙が寒空を忘れさせる南国のような景色と共に張り出されている。 でかでかと書き記された値段も同じく然程安くは無いが、かといって高すぎでもない。 ここ最近、まだ生態研究が進んでいない地方へは、生態系の破壊を防ぐためにポケモン達の入国制限が課せられていることが多かったが、この度"ポケモンホーム"というポケモンの為の旅行プランと専用のデータバンクが開設されたことは青年も知っていた。 未知の病原菌等が入り込まないよう徹底管理されたメディカルチェックとデータ登録を経て、旅行先でポケモン達を受け取るそのサービスのお陰でこれまでずっと連れ添ってきたポケモン達を残して旅行をしたくない、という人々の声にも対応してくれたのだ。 これならば彼の相棒と共にガラル地方の南国の島で寒さを忘れつつ、発売が先だった国でロトムフォンを手に入れられる機会が訪れるかもしれないと打算したのか、青年の心は遂に欲望に負けて倒れてしまった。 スキップでもしそうなほどルンルン気分で家へと急いでいた青年は、明日から節約し、近い内にガラルの地に足を踏み入れる事を夢見る。 そもそも物価が違うということが抜けていることと、販売しているのは鎧の孤島ではなくシュートシティのような都市部だけだという事を思い知るのは、彼がガラル地方に訪れてからの事になるとも知らずに。 **あとがき [#Q8EQ92x] どうもCOMといいます。 今回はテーマ「だい」を見た時点で頭の中に「大発明」のフレーズしか思い浮かばなくなり、ネタというか「あ~、そんなことあったな~」みたいな懐かしい雰囲気満載の作品になりました。 昨今のゲームでは当たり前のようにゲーム世界にもスマートフォンが登場するようになりましたが、以前見かけた『バックトゥザフューチャー』の思い描いた2000年代ですらスマートフォンを想像できなかったような世界を一変させる発明だったと思います。 ジョブズの会見を見直しながら、当時のニュースを見直しながら、ちょいちょいネタを挟みつつポケモン世界でもイギリスガラルから日本ことカントー等の方にも輸出され、インフラ面でもポケモン世界は少しずつ広がってゆくのだろうと想像しながら書いた作品になります。 今回は皆さんの力作を読む中で、箸休め的な存在になれたらとあまり中身の無い作品になりましたが、軽く頭の片隅にでも印象に残ってくれていたら幸いです。 最後に大会参加者の皆様、主催兼管理者のroot様、お疲れ様でした。 #pcomment(コメント/世紀の大発明,10,below);