(注意:この作品には一部官能的な表現があります) ある日突然、彼女は窓からやってきた。 部屋で一人ぼんやりと佇む彼に、彼女はこう言った。 「あなたの三億を、私に頂戴」 何のことかわからなかった彼は、まじめくさった顔で 「そんな大金ないよ」 と答えた。表情筋はほとんど動いていなかった。 「違うわ。私が欲しいのはこっち」 彼女は彼のズボンのジッパーに手を掛けようとする。が、寸前で彼はすっと後ろに身を引いた。尻餅をついたと言ったほうがいいだろうか。彼の全身は、小刻みに震えていた。心なしか、ピクリとも動かない表情も、少し強張って見えた。 「あら、ごめんなさい。もしかして、女性関係で怖いことがあった?」 彼女は尋ねた。彼は首を横に振った。 「じゃあ、下手だからって彼女に逃げられた?」 彼はまた頭を振る。 「あなたくらいの年齢なら、性欲に満ち溢れてそうなのに」 淡々と零れる彼女の言葉に、嫌みの色はなかった。ただ純粋に、断られたのが不思議な様子だった。 震えながらも、彼は言葉を紡いだ。 「そういう気にならないだけだよ」 「あら、残念」 「それに、君は僕の英雄なんだ。たとえ欲情したとしても、英雄を穢すなんて僕にはできない」 今にも消えてしまいそうな細い声だったが、その言葉には確固たる意志が宿っていた。 「英雄ねえ」 と言って、彼女は溜息を吐いた。 「私は英雄でも何でもないわ。あなたが言うところの、幾度となく穢された、堕ちた竜よ」 「そんなこと言わないでくれ」 「仕方がないわ。本当のことだから」 目を伏せた彼女の鼻がすんすんと動いた。彼女は彼の身体に顔を近づけ、においを嗅ぐ。そして、顔をしかめた。 「最後にお風呂に入ったの、いつ?」 「……覚えてない」 彼の回答を聞くや否や、彼女は半ば強引に、彼の衣服を引っぺがした。彼は抵抗したが、ものの数秒で素っ裸に剥かれてしまう。衣服は彼女の手に。服の入ったプラケースは彼女の背後に。裸のままでいるわけにもいかず、彼は風呂場に駆け込んだ。 「ちょうどいいわ。体を流してきたら?」 と彼女は言った。 「私が洗ってあげようか」 言い終わるか終わらないかのうちに、彼は内側から鍵をかけてしまった。 彼女が扉の前からいなくなってようやく、彼はシャワーの栓を開けた。しかし勝手を忘れていたのか、出てきた冷水を浴びて震え上がった。慌ててシャワーヘッドを取り上げる。片手を流水に浴びせてその冷たさが和らぐのを待ち、暖かくなってきたところで、シャワーヘッドをホルダーに戻して緩い湯を全身に浴びた。何もしなくても細胞は分裂し、古いものは汚れとなって体表に溜まる。肌に少し爪を立てただけで、爪と指の間に垢が溜まった。全身掻き毟りたくなる衝動を抑えて、溜まった垢を反対の手の爪で掻き出した。身体を洗うのは億劫だったが、このまま出て行けばきっと彼女に洗われる。そればかりはどうにも気が引けた。 流水の音の向こうから、トントンという音が彼の耳に届いた。確か、包丁がまな板を叩く音。シャワーを止めてシャンプーで髪を洗っていると、今度はジュージューという音。フライパンで何かを炒めるときの音だ。身体を洗うために石鹸を泡立てていると、今度はがちゃがちゃと食器の並ぶ音。シャワーを全身の泡を流し終える頃、扉の向こうから彼女の声が聞こえた。 「私もいいかしら」 「僕が出てからなら」 「一緒でもいいのよ」 「やめてくれ」 「……わかったわ」 摺りガラスの向こうから彼女の姿が消えたのを確認して、彼はタオルがないことに気付いた。 「ごめん、タオルを取ってくれない?」 「そう言うと思ったわ」 彼が風呂の戸を開けると、彼女がバスタオルを広げて待っていた。 「おいで」 「自分で拭けるから」 「いいから」 「よくない」 「じゃあタオルは渡さない」 「……」 濡れたまま部屋を歩くのが憚られた彼は、おとなしく従った。彼女の前に一歩踏み出せば、知らぬ間に足元にもタオルが敷いてあった。 ほとんど使わずにいたバスタオルは、ふんわりと彼の身体を包んだ。少しだけ安心感を覚えたのも束の間、丸みを帯びた彼女の手がタオル越しに触れて、彼は体を強張らせた。 「そんなに警戒しなくてもいいのに」 彼女も特におかしなことはせず、彼の全身の水滴を拭い去る。そして、 「着替えはそこね」 と指をさすなりタオルを奪い、風呂の戸を閉めた。 中からざあざあとシャワーの音が聞こえた。鍵は掛けなかったようだが、彼は戸を開けようとはしなかった。のろのろと用意された服を着て、壁際に座り込んだ。足の短いテーブルの上には、彼女が用意したであろう炒飯と中華スープが二人前並んでいた。いつぞやの仕送りの段ボールに入っていたレンゲが、ほとんど汚れを知らない白さで横たわっている。彼の腹の虫がぐうと鳴いた。しかし、テーブルのところまで歩くなり這うなりする気力が湧かず、彼はそのまま横になった。 「あら、食べてなかったの」 風呂から上がった彼女がやってきて、目を開けたまま寝転がる彼に言った。彼女はテーブルを彼の前まで引きずっていき、彼の肩をむんずと掴んで起き上がらせた。そしてテーブルの反対側に回り、「いただきます」と両手を合わせた。 レンゲを器用に操り、彼女は炒飯を頬張った。あんまり美味しそうに食べるものだから、彼はつられてレンゲを手にした。スープを掬い、口にする。 「……」 「どう?」 温かいスープを舌の上で転がす彼の目から、涙が零れた。今度は炒飯を掬い、口に入れた。ゆっくりと噛み締め、また涙を流した。 「どう?」 「……おいしい」 「よかった。ちょっと薄味すぎたかと思ったけど」 「久しぶりに、味のあるものを食べた」 「……どおりで調味料が減ってないわけだわ」 呆れたように目を細めながら、彼女はレンゲを口に運ぶ。自分で作った料理に舌鼓を打つ彼女に、彼は心底申し訳なさそうに言った。 「なんか、ごめん。僕なんかのために」 「別に謝ることはないんじゃない?」 「英雄の君が、何の取り柄もない僕なんかにこんな」 「英雄英雄って言うけどね。私は英雄なんかじゃないの」 彼女はちっちっ、と指を振った。何か起こるのではないかと怯む彼を見て、彼女はクスリと笑った。 「ねえ、ドラゴンに分類されるポケモンは、何匹いると思う?」 「さあね」 「ちょっとは興味を持ちなよ。六十七種類もいるの。ちっこいの、大きいの、ドラゴンじゃないの。蛇までドラゴン扱いなのよ」 「で?」 「そいつら全員相手にさせられた」 「……どうだった?」 「どうもこうもないわ。私はただただやらされただけ。どうにかして私を孕ませたかったんでしょうね。果てには兄の種族まで連れてこられて」 吐き捨てるように言って、彼女は腹に手をやった。赤地に映える青い三角模様から、尾の方へ手を滑らせる。そこにある割れ目から、彼のものより数段大きな陰茎が何度挿し込まれ、何度子種を流し込まれたのか。その感覚を思い起こし、全身が震えた。胸に満ちるのは喜びではなく、望まない性行為を強いられたことに対する怒り。憎しみ。 快感を覚えなかったわけではない。しかし望んで覚えたいとは思わなかった。本能的に打ち寄せる波に、幾度となく負けそうになった。 「ねえ、伝説と呼ばれるポケモンがなぜタマゴを産まないか、知ってる?」 「……知らない」 「知らなくたって、別に恥ずかしいことじゃないわ」 問いに答えられず俯く彼に、残念がる様子もなく、彼女は指を立てて言った。 「実際は産まないわけじゃない。私の種族も、兄の種族と交わって子を成すことはあるわ。でも、それも稀な話。じゃあ、人の手に掛かった伝説のポケモンはなぜ、なぜだかタマゴを産めなくなるか」 彼は今度も、彼女の問いに答えられなかった。沈黙という回答を待っていたといわんばかりに、彼女は囁くように言った。 「それはね、いたずらに種族を増やさないため……だと言ったら、あなたは信じる?」 「……難しいね」 「それを信じようとしない人間がいてね。運悪く捕まっちゃったってわけ」 言いたいことは全部言ったとばかりに、彼女は平然と告げる。 「そんなに嫌だったことを、君はなぜ、僕に求めてくるんだい」 「……なぜだと思う?」 「……」 「本当は気持ちよかったからなのかしら」 「……さあ」 「それとも、襲われる側の気分を、誰かに味わってほしかったのかしらね」 「……知らないけどさ。きっとそういうんじゃないよ」 「そうじゃないと、どうして言えるの?」 彼女の黄色い目が、じっと彼を見つめた。彼は気圧されて、口を開けたまま動かなくなった。 「ほら、見て」 彼女は秘所に両手をあてがって、ゆっくりと広げた。彼は咄嗟に目を背けた。 ぬらぬらと艶めかしい膣壁が波打つ。じわり、じわりと、とろみのある液体が滲み出る。そんな様子には目もくれず、彼は喚いた。 「やめてくれ」 「見て」 「やめろってば」 「見てよ」 耳元で囁く彼女の声に、彼はびくっと体を震わせた。傷口からにじみ出る透明な液体と似た匂いが、彼の鼻を突いた。顔をしかめながら、彼は向き直った。薄紅色の花弁が、彼を誘うようにうねうね蠢いている。 しかめっ面のまま、彼は呟いた。 「綺麗だ」 「月並みね。私を犯した奴はみんなそう言ったわ」 「でも、綺麗だよ」 「……ありがと。そういうことにしておくわ。あなたが不機嫌なのが気に食わないけど」 「……」 「で、それだけ?」 「それだけって?」 「少しは欲情したりしないの?」 尋ねながら、彼女は彼の股座に手をやった。今度は逃げる間もなかった。 身じろぎ一つできなかった彼の一物は、しかし柔らかいままだった。 「……ごめん」 彼は顔を落とした。先ほどまではあんなにも拒絶していたのに、今は心底申し訳なさそうだった。 「謝らなくてもいいわ。じゃあ、代わりに、慰めてくれる?」 「……」 「変なことしようっていうんじゃないわ。ほら、撫でて」 彼女は目を細めて、彼に頭を突き出した。しかし彼は、困惑して固まってしまった。 「ねえ」 「……」 「いくら恐れ多いなんて言っても、触れるくらいは許されるんじゃない?」 「……」 それでもなかなか触れようとしない彼。業を煮やした彼女は、彼の手に頬をこすりつけた。 体を震わせ、彼は手を引いた。 「そんなに嫌だったの?」 「……いや」 「じゃあ、なぜ?」 「この手で君を汚してしまうんじゃないかって」 「あなたに汚されるなんて思わないし、そもそも私はもう汚れているわ」 「……ごめん」 「謝ることはないわ。あなたのせいじゃないのに」 彼の手を撫で、彼女は言った。 「触りたいなら、こっちを触ってもいいのよ」 そのまま彼女は彼の手を、自らの秘所に押し当てようとした。今度ばかりは、彼も彼女の手を振り払って背を向けた。 「やめてくれ」 「冗談よ。それとも、また私が触ってあげようか」 「……」 沈黙した彼の耳元で、彼女は囁いた。 「ねえ、知ってる? 一度の射精で放出される精子の数はね」 「三億個だって?」 「あら、知ってたの」 「最初に君が言ったんじゃないか」 「ええ。その三億の命を、私はいつも殺してきたの」 「そんなの……」 彼は何かいいたげだったが、言葉は喉元に突っかかって、そのまま引っ込んでしまった。彼の言葉に続きがないのを知って、そのまま彼女は続けた。 「だってそうでしょう。望まない命を受け入れるほど、私も物好きじゃないわ」 「人と関わったから、じゃなくて?」 「人と関わろうが関わるまいが、子を成さないポケモンはいるわ。そもそも雌雄がないのもいるけど、たとえ子種を植え付けられても、卵子に辿り着く前に全部胎内で殺してしまう。だからタマゴは生まれない。生かすも殺すも私次第ってこと。生殺与奪の権利を持ってるってのが唯一の救いだったかしら」 「子を産みたいと思ったことはないの?」 「あったわ。でも、強いられてまで産みたいとは、到底思えなくなってしまった」 どこか遠い目で、彼女は窓の外を見た。つられて彼も、窓に目をやった。特に何があるというわけではなかった。窓の向こうにはただ、誰かにとっての日常が繰り広げられている。縁遠い世界に想いを馳せながら、彼も彼女もしばらく口を噤んでいた。 「やっぱり、殺してしまうっていうのは、違うんじゃないかな」 先に沈黙を破ったのは彼だった。同時に彼女が何か言おうとしたことに気付き、「ごめん」と断って、彼は続けた。 「虫ポケモンや魚ポケモンがたくさんタマゴを産むのは、少しでも種を遺す確率を上げるためでしょ。で、生存競争を勝ち抜いた個体だけが生き残る。生殖だって一緒だよ。弱い奴や不出来な奴は淘汰される。環境に合わない者は死にゆくだけ。その「環境」が、君たちは他より厳しいってだけじゃないかって……」 「……優しいのね」 「そういうつもりじゃ」 「ねえ、私を抱いて」 彼女は言った。黄色い目がそれまでより麗しく見えて、彼は赤面して俯いた。 「そういうことをしようっていうんじゃないわ。ハグしてっていうだけ」 「……」 「知ってる? ハグには心を安らげる効果があるって」 「こうも聞いたことはないかい。愛情を感じない相手とのハグは、逆に緊張感が高まるって」 「愛情、ねえ。私とハグしたくないの?」 「恐れ多いんだ」 「しばらく一緒にいるのに?」 「どうして僕のところに、って思ってしまう」 「それは卑下ってもんじゃないの?」 「だって君は水の都を救った英雄だろう?」 「同じ種族ってだけ。ラティアスにも色々いるわ。街に住み着いて守り続ける者。自由気ままに飛び回る者。種族の垣根を越えて恋をする者。運が悪いと、私みたいに実験台」 「そうだとしても、僕にとってはもったいないポケモンだよ。僕なんて何をやってもダメで……」 「ああもう、埒が明かない」 彼女は彼の背に回り両腕を彼の身体に回した。一瞬、彼の身体が強張ったが、抵抗はしなかった。 「どう?」 「……冷たい」 「仕方ないわ。私たちはあなたたち人間より体温が低いんだもの」 言いながら、彼女は彼の顔に頬を寄せた。彼女の体温が、彼の頬に直に触れた。 「少しずつ慣れていけばいいわ。あなたはもっと、他人の温もりを知ったらいいと思うの」 「君は「他人」じゃないけどさ」 「あら嬉しい」 「皮肉だよ。君は竜だ。そして僕の英雄だ。人じゃない」 「あら、冷たいのね」 「……そんなもんだよ。肌が温かいからって、心まで温かいとは限らない」 「冷たいかもしれないけど、少しでもあなたの心の安らぎになれば。今はそう思うの」 「……そう」 「だから、せめて最後まで、あなたと一緒にいさせて」 「…………ありがとう」 「そういうことは笑って言うものよ」 「……ごめん」 「謝らなくてもいいの」 「…………でも、ごめん」 「いいわ」 彼女は彼の背に寄り添い続けた。そのまま溶けて混ざりあうのではないかと思うほど、長いことくっついていた。 やがて、彼はぽつりと言った。 「冷たい」 「せっかくいい感じだったのに」 言って、彼女は床に仰向けに転がった。その拍子に彼の身体を引っ張ったものだから、彼は体勢を崩して彼女の上に倒れ込む形になった。彼女は彼を抱きとめ、赤と白の羽毛が舞った。 「何度も言うようだけどね。私はあなたとなら」 「そんなこと言わないでくれ」 「私があなたとしたいって言っても?」 「言ったろ。僕の英雄を穢すことは、僕にはできない。もしそうしてしまったら、僕は僕を殺してしまう」 「そうなったら、私が全力で止めるわ」 「だから、そうならないように、しない」 「……そう」 残念そうに彼女は言った。潤んだ黄色い目を細め、強張る彼の身体を抱き寄せた。 「だからあなたのところに来たのよ」 そのままごろりと転がり、今度は彼女が彼を下敷きにした。 組み伏せられて身動きが取れない彼を、彼女は襲わなかった。相変わらず動かない頬に口づけをして、彼女は言った。 「私のことを英雄だと言ってくれるのなら。どうか、英雄じゃない方の私も受け入れてほしい」 真剣な表情で言って、彼女はふっと頬を緩ませた。 「なんてね。今のは忘れて」 その表情が、彼の眼にはどこか寂しげに映った。 自らの信念を貫くか、信念を曲げてでも彼女に寄り添うか。悩みに悩んだ挙句、起き上がった彼は、自らの懐を開いた。 彼女は彼の胸に飛び込み、ふたりは固く抱擁を交わした。 ただ、それだけだ。それ以上でも以下でもなく、一人と一匹は互いの体温を確かめ合った。 「冷たい」 「あなたは温かいわ」 「体温が違うと、こうも感じ方が違うんだね」 「そうね。同じだったらよかったかしら」 「……いや、きっと違うからいいんだよ」 ほとんど動かなかった彼の口角が、少しだけ上を向いた。 それから長い時が経った。 彼と彼女はそれ以上進展のないまま、一つ屋根の下で暮らし続けた。 彼は年老いた。白髪交じりの黒髪はすっかりその色を失い、肌は皺だらけ。対して、彼女は彼と出会った時と変わらぬ姿でそこにいた。生きうる時の長さが、竜と人とではあまりに違いすぎた。そうとわかっていても、彼女は彼に子種を求めようとはしなかった。それが仮に子を成すことに繋がったとしても、彼はきっと望まなかっただろうし、彼女も無理強いをしようとは思わなくなっていた。 何度目になるかわからない夜を超えたある朝。彼女が目を覚ますと、辺りはすっかり明るくなっていた。時計の針は九時を少し回ったところだった。 「ねえ、起きて。もう朝よ」 彼女は彼に呼びかけるが、返事がない。 「ねえってば」 軽く揺すってみても、動こうとしない。うめき声さえも上がらない。 彼の頬に触れて、彼女は彼がもうここにはいないことを悟った。 彼の身体は、人間より低い彼女の体温よりも更に冷たく強張っていた。 いつかこんな日が来ると、彼女はわかっていた。覚悟もしていたつもりだった。しかしいざ迎えてみると、心にぽっかりと穴が開いたような心地がした。 そういうことだったのかと、彼女は気づいた。あんなにも彼に行為を求めたのは、不本意ながらもそれが彼女の日常と化していたからだった。そんな日常から逃げ出し 「せめて最期に、あなたの三億が欲しかった」 残された彼女は、強張った彼の頬をいとおしげに撫でた。