ポケモン小説wiki
一粒の の変更点


崩壊した日本語。語彙の少なさ。
半端な暴力表現。獣食嗜好的な何か。
青少年の健全なる成長を妨げる内容が含まれております。
上記以外にも読み手を選ぶ表現が多々あるかも知れないので、閲覧の際はご注意ください。


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 思い出そうとしてみる。目を硬く閉ざし街の景色を遮断するが、雑踏を掻き消すことは出来なかった。
 頭の中に無駄な情報が多すぎるのか、上手くその情景を確かめることは出来ない。
 その記憶はほんの僅かくすみ、ほんの僅か歪み、ほんの僅か消えている。
 彼女の姿は靄が掛かっているかのように抽象的で、まるで焦点の合っていない写真のようにボケている。
 あれほど好きだった繊細な顔の表情や、声の調子も思い出せない。
 そんなのは嫌だ。
 なぜ、人もポケモンも記憶を忘れていくのだろう。

 ――脳みそにフロッピーでも入れて記憶を電子的なものに記録することが出来たらどれだけ素敵なのかな。
 だって、そう思わない? どんなに楽しいことだって、どんなに綺麗な景色を見たって、いつかはそれを忘れてしまうのだから。
 それに引き換え、電子的な情報は風化することも劣化することもなく、永久にその形を保っているでしょ? 
 だから、こうやって話していることも、私の気持ちも変わることなく保存できる。
 いつか、私たちの関係が冷めてしまって、終わりが訪れようとしたときに二匹でこの色々な記憶を眺めるの。
 そうしたら、きっと忘れていた気持ちを思い出せるかも知れない。
 それって、素敵じゃないかな――
 
 それは彼女の台詞だった。
 実際に月日が流れ、何よりも失ってしまいたくない記憶でさえ風化してしまった今は、その意見に賛同する。
 諸手を上げ、大きく頷き、君の言うとおりだ、と今なら言える。
 なぜ、言ってやらなかったのだろう。
 なぜ彼女の珍妙な意見を否定してばっかりだったのだろう。
 冗談のつもりで聞いてやったほうが、彼女も喜んだのではないか。
 その当時は、大事な記憶や大きな感動は一生忘れることは出来ない、と強く否定したように思う。
 
 それでも、彼女は笑顔だった気がする。
 この記憶も結局は曖昧だ。
 思い出せた台詞を一つ取ってみても、やはりその時の彼女が浮かべていた表情を思い出せない。
 声も合成音声のような無機質で冷たいものだった。
 
 構わなかった。
 どれほど彼女の記憶が薄まっていても、思い出せるということは一緒に過ごした証になる。
 確かに彼女という存在が生きていた証明になる。
 愛し合った証拠になる
 だからといって、心が癒されるということはない。
 彼女の記憶が漠然とした形で思考の中にあがってくるたび、虚しさのような感情が込み上がってくる。

 思い出すことを止めようとは考えなかった。
 むしろ喉の渇きを潤そうと必死で記憶の中を弄った。
 彼女のことを思い出そうとすると、別の記憶がそれを邪魔する。
 すでに両手は泥まみれになって、なんだかよく解らない色をしている。
 しかしそれで渇きは潤わない。必死になればなるほど、虚無感に襲われた。

 たどり着いたのは記憶の奥底。記憶をゴミとして捨てる場所。
 思い出したくない記憶が山のように積まれている。
 私の恥部と言ってしまっても過言ではない。
 また、パンドラの箱とも言えなくもない。
 水気を全く含まない砂粒が何千何億と積み重なって、過去の忌まわしい物事を覆い隠そうとしている。
 灼熱の太陽に焼かれたそれらは、触ることすら憚られるほどの熱を放っていた。
 汗が額から零れ落ちる。
 
 吐き気があった。目を瞑っているというのに世界は足元から沈み込み、この身体を飲み込んでいく。
 前足が自分の意思に反して崩れ落ちた。
 熱い砂は身体が崩れ落ちたのと同時に舞い上がり、私の目や口の中に入り込む。
 目に走る痛み。口の中で砂の粒子が転がる。
 焼けるような熱さに苦しみながら、一心不乱に砂の中を掘っていく。

 ――幸福な結末なんて、夢の中か物語の世界だけにある妄想の産物。実際にあるのは悲惨な結末ばかり。
 罪のないポケモンは蹂躙され、穢れた人の子は、ただ人間であるというだけで保護される。
 皆、私たちポケモンの声に耳を傾けようとはしない。
 もし、本当に幸福な結末なんてあるのなら、それは人間のためのもの。
 ポケモンである私たちには関係ない話。
 私たちには悲惨な結末しかない。
 ヘルガーだってもう子どもじゃないんだから、現実を見るといいよ。
 惚れた腫れたじゃ、ご飯なんか食べれやしないんだから――
 
 なぜ、こんな風な話をしたのだろうか。全く記憶になかった。
 一度捨ててしまった記憶なのだから、よほど嫌だったことに違いない。
 でも、他の記憶よりも情景は鮮明に思い出された。
 彼女は苦しそうに笑ってみせる。必死になって、何かを誤魔化そうとしている。
 間の抜けた笑い声が続く。目には涙を浮かべている。
 無理に作られたであろう、えくぼは次第に平らな頬へと戻っていく。
 息を殺そうとしているのか、泣き顔を見られたくないのか、俯いている。
 私が泣かせてしまったのだろうか。不安になる。
 今までに彼女の涙を見た記憶なんてなかったものだから、背中に悪寒が走った。
 彼女を悲しませてしまったことが辛くて忘れようとしたのだろうか……。

 砂の中は真っ暗だった。太陽に照らされ続けた砂とは違って、冷たかった。熱を奪われていく。寒気を感じる。
 砂漠のような広大な場所で、熱いはずのその場所で震えるなんて、想像もしなかった。
 空気を吸おうとすると砂が鼻に入ってくる。溜まらず前足で鼻を押さえるが、今度は息が吸えない。
 口で呼吸をしようとしても同じことだった。
 必死に砂の中から抜け出そうとするが、すでにどちらが天でどちらが地かすら解らない。
 息が続かない。
 私の意識は薄れていく。

   *   *

 夜空が綺麗だった。なぜか、沢山の星達が流れ落ちている。
 外国の言い伝えだと、流れ星は誰かの命が消えたときに見えるらしい。
 もちろん、彼女の身は安全に違いない。彼女に何かあるわけがない。根拠の自信だった
 あるいは欺瞞なのかも知れない。
 不幸が訪れる予感を察知しているのに気づかない振りをしているのかも知れない。
 どちらにしても、私は家路に向かう。ゲームコーナーに面している路地が私たちの根城だった。
 冬は室外機の熱気で暖かく、夏は日陰になり涼しくて、過ごしやすい場所だった。
 そこで彼女は待っているはずである。
 私は人間から恵んで貰った売れ残りのウインナーを咥えていた。
 小さなウインナーが何個も連なって長くなっている。
 それが地面に付いてしまわないように気をつけながら、足の動きを早めた。
 なんせ貴重な食料だった。三日ぶりにまともな物を食べさせてやれる、その気持ちでいっぱいだった。
 
 なんだか血の臭いがしていた。
 肉屋の強烈な臭いが鼻に残っているのか、もしかすると咥えている食料に血の臭いが染み付いているのか。
 いや、どちらも違う。これは知っている臭いだ。血の臭いを知っているということではない。
 知っているポケモンの臭いだ。
 まだそれは薄っすらとしていて誰彼の臭い、と確証は持てない。
 だけれど、私の不安を煽るのには十分過ぎる出来事だった。
 私は口に咥えていた物を気にすることなく、全力で走る。
 長かったウインナーは路地を曲がったときに電信柱へ激突して引きちぎれた。
 夜とは言え焼けるように熱い石畳の上を走ると、僅かな距離でも肉球には相当の傷が出来あがった。
 前足で地面を捉えるたび、後ろ足で蹴り上げるたびに強い痛みが走った。
 二つ目の角を過ぎた辺りでとうとう足の裏から出血し始めたのか、自分の身体からも血の臭いがし始めた。 
 大通りにでた。幸いにも普段よりは人が少ない。
 雑踏でごった返す中を横切った。
 歩く人の脚を潜り、あるときは蹴り飛ばされ、あるときは尻尾を踏みつけられ、それでも私は走った。
 これが普段どおり人間が溢れるように居たとするなら、横切ることすら適わなかっただろう。

 やっと人の波を掻い潜った時にはすでに、流れ星は消えていた。それでも私は走った。
 けれど、ゲームコーナーを越えると、もう走る気力はなくなっていた。現実を突きつけられ、放心していた。
 見えていた。横たわる彼女の姿がはっきりとこの目に映っていた。
 もう動かないであろう程に傷を負っている。
 辺りは血の海になっていた。
 彼女の姿が見えていないのか、人間達はそのすぐ脇を素知らぬ顔をして通り過ぎていく。 
 思考は完全に停止する。
 再び走り出したときには、足の痛みなんて感じなかった。
 もう血の臭いすら感じない。綺麗な赤に塗れ、顔すら判別できなかった。
 側に駆け寄り身体を密着させると、私も血に染まった。
 そこに“居る”のは紛れも無く彼女だった。どんなに血で誤魔化そうとも、私の目は誤魔化せない。
 彼女の特徴は網羅している。身体に残されている古傷や火傷の跡は、間違えることはない。
 正確には、その古傷でしか彼女を確認する術がなかった。
 
 まさに惨劇だった。彼女はもうグラエナの形をしていない。
 整って綺麗だった顔には、鎌で切り裂かれたのか惨たらしい後が残っている。
 傷口からは綺麗な色をした柔らかい組織がはみ出している。
 モモンの実の様なピンク色だった。赤色も顔を覗かせている。
 身体も同様に引き裂かれ、中身が飛び出していた。

 何があったのか理解できず、私は彼女を抱きしめる。
 その時は現実を受け入れることが出来なかった。何度も、何度も彼女の名前を呼び続けた。
 喉がひしゃげ、もうまともな声すら出なくなった頃。周りを見渡して、やっと状況が飲み込めた気がする。
 彼女の側にはポケモンが倒れていた。
 不思議なもので、彼女はどのような姿に変わっていても見つめることが出来るというのに、私はそのポケモンを直視することが出来なかった。 
 そのポケモンも既に自らの形を崩していた。
 きっと彼女がやったに違いない。彼女のバトルの癖が如実に表されてた。
 常に相手の視界から頭部のみを狙っての攻撃。
 懐に飛び込み、自分の身を全く省みない戦法。
 相手の意表は突けるが、戦術がばれてしまえば容易く攻略されてしまう戦い方。
 事実、その死体も頭部以外には目だった損傷は見られなかった。

 きっと、この場所を誰かに奪われそうになって、抵抗したのだろう。
 なんて馬鹿な真似をしたんだ、叫んだって彼女はもう返事をしてくれなかった。
 ただ、見開かれた瞳には私の顔と星空が映っていた。
 私は正気ではなかったのかも知れない。
 私は狂気で満たされていたに違いない。
 この狂おしいほどに膨れ上がった、愛おいしいという気持ちは掻き消すことが出来なかった。
 無かったとこにすることも出来ない。
 私はあくまで冷静だった。冷静に彼女と繋がることを夢見た。 
 また一つになりたいと願ってしまった。
  
 私は彼女の全てを食べた。何日もかけて体毛も骨も皮も内臓も、すべて食べきった。
 初めは生で。傷み始めてからは加熱して食べた。
 何度か食べきれず吐き出してしまったが、それもまた体内に戻した。
 そんなことで彼女が生き返ることはないと、これは野蛮なことだと理解していた。
 けれど、こんな街の中で彼女が安らかに眠れる場所はない。
 仮に街の外へ出て地面に埋めてやったとしても、小さくて手先が器用なポケモン達が荒らしてしまうに決まっている。
 どうせ、眠れる場所がないというのなら、私と共に生きて欲しい。
 それは願ってはいけない望みだったのかも知れない。


 気がつけば、私はまたあの砂漠にいた。太陽がギラギラと私の身体を照り付けている。
 地平線の彼方を見てみると熱せられた空気が、時たま吹くそよ風に揺られ上へと昇っていく。
 砂漠の風景を見ていると、頬に湿り気を感じた。
 それはきっと汗なのだろう。あまりの熱さに一瞬で干上がり、どこかへ消えてしまった。
 ――目を開いてはいけない
 突然、小さな砂の粒子の一つ一つが震え始めた。
 何が起こっているのか解らない。
 そもそもこの場所は私の頭の中にある。記憶を捨てる秘密の場所。私以外に誰も干渉することは出来ないはず。
 なんだか気に食わなかった。
 誰かに指図される筋合いはない。
 私は目を開こうとする。
 照りつける太陽も砂の山も消えて逝く。あれほど纏わり付いていた砂粒が一つ残らず無くなる。
 口の中でじゃりじゃりと音を鳴らしていた粒もない。
 変わりに街の雑踏が蘇って来る。
「やめてください、困ります。ここは元々、私たちが――」
「だからぁ、いつからここがアンタの場所になったんだよ。初めからここは俺の縄張りなわけ。解る?」
 
 ――まだ目を開けてはいけない。お願いだから、言うことを聴いて

 その声が聞こえたときにはもう遅かった。私は目を見開いていた。

    *   *
 
 あの日と同じような夜だった。人通りは少ない。
 夜空に輝く星の位置も大差はない。
 ただ、星はあの街より強く輝いている。流れ星は落ちていないし、街並みはだいぶ違う。
 ネオンもない。夜には相応しい薄暗さをしている。街並みは闇の中に飲み込まれている。
 かろうじて周りを確認できるが、か細い光は人工のものではない。
 不気味で不鮮明。それは月明かり。
 月が唯一、光の源だった。
 その非力な光に照らし出されたのはポケモンに囲まれているグラエナの姿。
 綺麗だった。グラエナの身体は無垢な子供のように、傷一つ付いていない。
 元々トレーナー付きだったからと言っても、長く野生生活をしていると傷なんてものは自然に増えていくものだ。
 捨てられてまだ日が浅いのだろう。
 そのなよなよとした話し方も、威圧に屈する所も、グラエナが対して強くないことを如実に物語っている。
 身を低く屈め、服従しているように見える。
 罵声を浴びさせられても、前足を頭に乗せられて、身動き一つもとれず怯えた声を上げている。
 
 砂漠の中で見た記憶が一瞬だけよみがえる。
 多勢に無勢の中、果敢にも敵に立ち向かった彼女。
 その勇ましかったであろう姿が嫌顔でも脳裏に浮かんでくる。
 油に灯された炎のように何か得体の知れないものが蠢いている。
 頬が熱くなるのを感じた。
 解っていた。
 今目の前にいるグラエナと、私の“彼女”とは全く違う。
 なのに“彼女”の面影を探してしまう。
 頬にあった切り傷、欠損した左耳。背中に残っていた火傷の跡。
 そのどれも、見受けられない。
 だからと言って、見捨てることは出来ない。私にはそのグラエナが愛する彼女と重なって見えた。

 助けられなかった。
 最後を看取ってやることも出来なかった。
 復讐を果たすわけでもなく、弔ってやることすら出来ず、ただ泣き喚き悲しみに暮れてやるしか出来なかった。
 きっとあのグラエナが居なくなってしまえば、悲しがる奴が一匹くらいは居るだろう。
 
 身体は自然に動いていた。

   *   *
  

 私は咄嗟に炎を吐いた。紅蓮に燃え盛る一筋の光は新たな光源となって彼らの全容を映し出す。
 ウインディにレントラーにアブソル。
 グラエナを取り囲んでいるのもまた、無垢な子供たちだった。ただ一匹、アブソルを除いて。
 
 街は人もポケモンも狂わせる。ポケモンを流行で育成するトレーナー達。
 彼らはボックスが一杯になれば、要らないポケモンから捨てていく。 
 捨てられたポケモンは孤独と絶望感から全ての存在に敵対心を抱く。
 
 間違っている。
 これは絶対に間違っている。
 しかし、私にはその歪を矯正する力なんて持っていない。
 自分自身、その狂いに身を投じたうちの一匹なのだから。
 出来ることは目の前にある敵を倒すだけ。この運の悪いグラエナに軽く前足を差し伸べるだけ。
 ただそれだけだった。
 
 ウインディは、グラエナの横を通り過ぎ一歩前へ出る。
 身体を大きく揺さぶって、身を低く落とし飛び掛ってくる様子を見せた。
「なんだよ、おっさん。汚ねぇ身なりしくさって、首突っ込むんじゃねぇよ」 
 吼えていた。私が放った火炎を敵対だと勘違いしたのか、それとも姿を見られたことに苛立ちを覚えたのか。 
 どちらにしても、大きな声であった。だが、それだけだった。
 どれほど汚い言葉で罵ってみたところで、不慣れは隠せない。
 言葉に重みがない。
 ただ、大きな声を出すだけでは恐ろしさなんてどこにもない。のっぺりとしているだけである
「片目の癖に格好つけてんじゃねーよ。この、老いぼれが」
 それにレントラーが続く。
 やはり口ばかりの戯言だった。彼らはバトルの経験を生かして、自分の特性を使おうとしているのだろう。
 小さなミジンコほどの脳髄から有りっ丈の罵声を並べ、恐怖心を煽ろうとしているのだろう。
 やはり幼い。“いかく”という特性は口先ばかりの虚勢とは違う。
 例えば口上を垂れるにしても、声の響き方が違う。
 無表情で抑揚のない声は滑稽なだけ。
 笑いがこみ上げてくることはあっても、身体の底から震え上がるような、立ち竦んでしまうような恐ろしさは感じられなかった。
 身の振り方一つにしてもそうだ。
 猛々しさがない。体勢を変えたとしても、今にも飛び掛らんとするだけの力がない。
 はったりだ、と相手に悟られてしまう程度の動きなら、しないほうがマシだ。
 おそらく、トレーナーと共に行う&ruby(スポーツ){ポケモンバトル};ならば、十分に威力を発揮するのだろう。
 
 もしかすると、バトルの経験すらあまりないのかもしれない。力量を感じられない。
 街中という安全地帯なのにも関わらず群れているのがその証拠。
 ここは食べ物の宝庫だというのに、一匹だけでは身を守ることも食料を得ることも出来ないのだろう。
 彼らの不幸は自分が惨めだと気づいていないところにある。
 だから、弱い相手を群れで襲い、威圧しているのだろう。みっともない奴らだ。
 
 グラエナの側にいるのはアブソルだった。彼は、他の二匹のように声を荒げたりはしない。
 ただ私のほうを睨み付け、微動だにぜずその場に座り込んでいる。その目には一点の曇りもない。
 野生に生きている目をしている。おそらく彼がこの三匹の頭。まともに戦えるだろう唯一の相手。
 それなりに力量はあるに違いない。

「その辺で止めてやりな。&ruby(おんな){牝};一匹に大の&ruby(おとこ){牡};が三匹も寄って集るなんて、褒められたことじゃねぇぞ」
 それで言うことを聞くような相手ではないと解っている。
 仮に言うことを聞いて、彼らが暴挙を止めたとするのなら、このやり場のない憤りを解消する術をなくしてしまう。
 暴れまわりたい気分が無い訳じゃではない。
「あ? 手前、誰に喧嘩売ってるか解ってんのかコラァ。目にモノ見せてやる」
 ウインディは声を荒げこちらに向かって来る。
 決して速い動きではないが、身体を揺らし壁のように大きな身体がこちらに向かってくる。
 その威圧感は、はったりのものとは違うが……。
 かわせない攻撃じゃない。
 私もウインディに向かって全力で走り出す。負ける気はしない。
 お互いの身体の距離が詰まる。ウインディも私も走る勢いを落とそうとはしない。
 望むところだ、と歯を食いしばる。
 ウインディの顔が目の前に来た。
 その表情は固く凍っている。彼も歯を食いしばっている。正面からぶつかるつもりに違いない。
 
 寸での所で強く地面を蹴り上げた。ウインディの身体を大きく飛び越え着地する。
 着地する前、攻撃に失敗したウインディの滑り転げる姿を捉えた。
 コンクリートの地面の上を滑るのだから、かなり痛みがあるだろう。
 私は後ろを振り返らず、アブソルに向かって掛けて行く。アブソルまでは直接攻撃できないほど離れている。
 炎を吹こうにも側にはグラエナを巻き添えにするわけにも行かない。
 今は間合いを詰めるしかない。
 
 目の前にレントラーが立ちはだかる。
 青白い電気が身体の表面を走っている。それは私の炎よりも強い光を放っている。
 焼け焦げたような、鼻に付く臭いが辺りに漂う。
 私は立ち止まることなく、その脇を通りすぎようとした。
 刹那、轟音をたてながら光が過ぎ去っていく。
 衝撃と熱が身体を走った。一瞬、身体が硬直する。
 無理やり流された情報は、神経の中を掻き乱し狂ったように手足を痙攣させた。
「爺の癖に舐めた真似してんじゃねぇよ」
 
 私は失速し地面へと激突する。身体は言うことを聞かない。
 ウインディが後ろから駆けつけてくる。
「舐め腐りやがって」
 私の身体を炎が包む。じりじりと焼けるような熱さ。太陽に照らされているような、ひりひりとした感覚。

 やはり、彼らはバトルすら慣れていない。私のとくせいを理解していない。
 炎に包まれながら、身体を起こす。まだ痺れは消えていない。
 目の前には火炎の壁が築かれている。他のポケモンならひるんで動けなくなるのだろう。
 でも、私は違う、私の特性は“もらいび”。炎の攻撃を受けるたびに、私の身体には力がみなぎってくる。

 立ちはだかる壁を切り崩し、ウインディの首に飛びつく。
 油断していたのか、一瞬の出来事に対して二匹は声を上げることすらなく呆然と私を見つめて居る。
「すぐ楽にしてやるよ」
 顎に力を入れると、簡単に喉笛を潰すことが出来た。ここでやっとウインディは悲鳴を上げる。
 氷が溶け出したかのようにレントラーが吼える。それらは既に言語ではない。
 噴出した体液が辺りの臭いを鉄のそれに塗り替えていく。口の中に広がる生臭い味は、獲物を仕留めた証拠。 
 ぐったりと、力なくうなだれるウインディの身体をレントラーに投げつける
 仲間の変わり果てた姿に恐怖しているのか、さっきまでの威勢は消し飛んでしまっている。

「失せろ。餓鬼はおねむの時間だ」

   *   *


 もう言葉を交わす必要もない。喧嘩に流儀はない。ただ、勝てればいい。
 狙いはアブソルただ一匹。グラエナの側に居るというのに、危害を加えようとはしていない。
 腰が抜けているのか、グラエナも逃げる様子はない。

 依然距離は離れている。アブソルは不敵な笑みを浮かべている。
 気味が悪い。グラエナを拘束している訳でもなく、敵意をむき出しにしてくる様子もない。
 それが余計に不自然だった。自分の部下が突破されたと言うのに、身構えることすらしない。
「やあ、ヘルガー。久しぶりだねぇ、僕のこと覚えてる?」
 今までの二匹とは話し方が全く違う。
 やはり、只者ではない。軽い言葉を投げかけてきながら、絶えず私の出方を見ている。
 飛び掛ろうとするのなら、返り討ちにされてしまうだろう。そんな勢いがある。
「さあな、私はただの老いぼれ。お前なんか知らんよ」 
「そうか、じゃあコガネの街のことも忘れちゃったのかな?」
 背中が凍りついた。コガネの街。昔彼女と一緒に住んでいた街。
 遠く離れたこの土地で、その言葉を聞けるとは思えなかった。
 心臓が高鳴る。
 なるほど、彼女の傷は鎌で切りつけられたものだとばかり思っていたが、実際は角でつけられたものだったのか。
 それでは仇を見つけ出すことも出来ないはずだ。
 こんな子供じみた奴にやられたなんで、盲点だっったが絶好の機会だ。
「ヘレナをやったのはお前か」
「ふぅん。あのグラエナ、ヘレナって言ったのか。馬鹿だよね彼女。君をおびき出したいだけだったのに、いきなり暴れだしてさ。一瞬で仲間が全滅しちゃったから、咄嗟にやっちゃった。全部終わったら、遊んであげるつもりだったのに。残念だったよ」
 私の手足はガクガクと震えている。恐怖を感じている訳でも、寒さがあるわけでもない。
 アブソルは、私には目もくれず隣にいたグラエナに話しかけている。
「グラエナ、もう行っていいよ。お芝居ご苦労さん。人質の居る場所はレントラーに聞くといいよ」
 それを聞いたグラエナは私に顔を向けること無く、走り去っていった。
「あの仔ね、可愛い子供が五匹居たんだけどね。僕に逆らうから、四匹死んじゃったんだ。どうしても最後の一匹は助けて欲しいっていうから、使ってやったんだけど。思ったより演技が上手だったみたいだね。こうやって君が釣れたんだから」
 挑発している。
 このアブソルは私が飛び掛るのを、虎視眈々と待ち変えている。
 怒りに任せて飛び掛れば最後、側頭部から突き出した角の餌食になってしまう。ならば……。
 私はアブソルに目掛けて炎を放った。矢のような勢いで放たれた業火はアブソルの身体を捕らえるはずだった。
 しかし、彼は目の前で態勢を翻し寸でのところで炎を避ける。
「危ないな。感動の再開なんだから、ちょっとは話をしようよ。気にならない? なんで僕がヘルガーをここまで苦しめているか」
 気にならなかった。そんなものはどうでもいい。今まで二年間も探してきた仇がたった今見つかったのだ。
 憎い仇を討つこと、それだけが生きる目的だった。
 今ここで長年の復讐を達せられるかも知れないというのに、アブソルの詰まらない話を聞いてやるつもりはない。
 私は狂ったように炎を撒き散らす。付近の家に火が燃え映ろうとも、周りが火の海になろうとも構わない。
 それだけ矢鱈滅多に攻撃しているというのに、そのどれも当たる気配を見せない。
 アブソルは決して走るのが速いと言うわけでもないのに、全てあともう少しのところで避けている。
 最初にあの三匹を見たとき、アブソルだけは雰囲気が違うと思っていたが、やはり私の目に間違いは無かった。
 このアブソルはかなり戦いに慣れている。ポケモンバトルではなくて、こういう戦いに長けている。

 炎を避けながら、アブソルは間合いを詰めている。
 米神から伸びた鋭い角の間合いに入るのも、時間の問題だろう。
 このまま“かえんほうしゃ”を放っていても勝てる見込みはどこにも無い。
 なにか、別の手を考える必要があったのだが頭は冷静に働かなかった。
 私は炎を吐くのを止めた。
 アブソル目掛けて突っ走り、思いっきり地面を蹴り上げる。
 僅かでも勢いが付くように飛び上がり、大きな口を開けた。
 待ってましたといわんばかりにアブソルは大きく頭を振りかぶる。
 真一文字に振り切って、私の首でも落とすつもりだろう。
 そうは行かない。
 懇親の力を振り絞って最後の“かえんほうしゃ”を放つ。至近距離からの攻撃は避けきれないようで、アブソルは炎に飲み込まれた。
 
 怒声が燃え盛る炎の轟音を押しのけて聞こえてきた。
「お前は、僕の仲間を殺しくせにっ。元はといえば、グラエナが殺されたのだって自分で蒔いた種だろう。なぜ邪魔をする、なぜ……」
 アブソルの断末魔は次第に小さくなって消えていく。

「馬鹿か、お前の仲間が死んだのも、彼女が死んでしまったのも弱かったからだ。お前がここで死ぬのも弱いからだ。勘違いするな、誰の所為でもない。全部、我がの弱さが原因なんだ」
 
   *   *

 刹那、衝撃が走った。横からの衝撃。身体は米粒のように吹き飛ばされる。
 世界が物凄い勢いで回る。
 地面に叩きつけられた後になって、やっと頭に痛みを感じ始めた。
 脳髄をやられたのか、身動きが取れなかった。
 私の体内で命を運んでいた液体が、拍動と共に流れ出す。
 真っ黒な色をしたその液体はすぐに身体を包み込む。
 生臭い。あの日嗅いだのと同じ臭い。
 目を開くと、空がまぶしく見えた。さっきまで見ていた星は姿を隠している。
 辺りの建物はそのほとんどが炎を吹き上げている。まるで昼間のような明るさで世界を照らそうとしている。
 遠くで人間の声が聞こえた。程なくして理解する。
 暴れすぎたのだ。これだけの炎が上がっていれば人間だって黙っていることは出来ないのだろう。
 きっと逃げたレントラーが知らせたに違いない。
 
 逃げなければ。
 このまま横たわっていたら、人間に殺されてしまう。
 逃げるだけの気力はあったのだが、身体は言うことを聞かない。
 完全にやられてしまっている。お手上げだった。
 けれど、思い残すことは何も無い。私がここで消えてしまうのは、私の力が及ばなかっただけ。
 それは私が弱いだけ。難しい話ではない。
  
 命の炎が燃え尽きるとき、人もポケモンも走馬灯が走るという。
 それは、どうやら嘘だったようだ。私の脳裏には若かった頃の出来事なんて何一つとして浮かんでこない。
 変わりに浮かんだのは、彼女の姿ばかりだった。
 あれほど不鮮明にしか思い出せなかったというのに、今になってやっと細かい顔の表情や声色が蘇って来る。
 恐ろしさは微塵もなかった。彼女と同じ場所に逝けるのだから、もう満足だ。

 私を覗き込む人間が居た。真っ青な服を身にまとって、金属の筒をこちらに向けている。
 あの筒からは金属の弾が物凄い勢いで飛び出してきて、触れたものに物理的なダメージを与える。
 どのポケモンが使う技よりも強い威力を持っている。
 その筒の前にほとんどのポケモンは無力である。 
 
 ――もし、本当に幸福な結末なんてあるのなら、それは人間のためのもの……
 彼女の言葉が脳裏を過ぎる。
 やはり、それは間違いだと思った。
 望んでいた死に方ではなかったが、最後に仇討ちが出来た。それだけで十分に幸福だ。
 
「この、派手にやりやがって。薬でもやってんじゃねーのか、こいつ」
 私に放たれた言葉なのだろう。一つ報われないというのなら、人間に仕留められたということだけ。
 自分の力ではなにも出来ないくせに、道具に頼って我が物顔になっている愚かな人間に葬られることだけが心残りだ。
 だから、最後に抵抗して見せた。
 血相を変えている人間に向かって、起き上がらない身体をそのままに、私は微笑みかけてやった。
 
 最後の衝撃が私を貫いた。
 冷えた身体は激しく痙攣する
 自発呼吸は緩やかに止まり、胸の高鳴りも失せていく
 意識が薄らいでいく中、彼女の温もりを感じた気がした。


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あとがき。
無意味という意味を有している。
なんだか、そんなものを衝動的に書きたくなったので。
お目汚し、失礼しました。
&color(white){こっそりあとがき追記。推敲していた時には気づかない粗を、投稿してから気づくという最低な状況でした。ごめんなさい。&br;三日で書き上げ、三日寝かし、二日掛けて推敲したつもりだったのですが、いかんせん気持ちが高ぶっていたのでしょう。以後気をつけます。&br;すみませんでした。};
誤字・脱字・至らない点等があればお願いします。

#pcomment(一粒のコメログ,10,)

IP:61.22.93.158 TIME:"2013-01-14 (月) 18:31:38" REFERER:"http://pokestory.rejec.net/main/index.php?cmd=edit&page=%E4%B8%80%E7%B2%92%E3%81%AE" USER_AGENT:"Mozilla/5.0 (compatible; MSIE 9.0; Windows NT 6.1; WOW64; Trident/5.0)"

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