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一期一会 の変更点


#include(第四回仮面小説大会情報窓・非エロ部門,notitle)

 それは一匹のポケモンがトレーナーとの修行を終え、家に向かう帰り道のことだった。火炎のように熱く揺らめく太陽が一面を紅き色に染める時刻。中世の西洋を思わせる灰色の鎧を上半身に纏い、藍色のスカートをはいた女性が2メートルほどの木の棒を手に三人の男からポケモンを守るべく右足を前に出した半身の姿勢で立ち塞がる。男たちは上下共土で汚れたボロ布を着用し、手には1メートルほどの小さな斧を持つという身なりから、いわゆる山賊と呼ばれる集団であることはポケモンにもよくわかった。トレーナーには通じないと知りつつも、身の毛もよだつ恐怖を堪えトレーナーに声をかけるポケモン。武装もしていないたかが三人の男。本来ある程度腕に覚えのあるポケモンであれば一掃するなど造作もないことだろう。しかしこのポケモンは先程修行を終えたばかりで体に疲労が蓄積しているばかりか、元々戦うことが苦手なのだった。

「ゾロア、ここから逃げるのです」

 女性は背後で震えながら鳴き声で威嚇するゾロアに目もくれず、ただ声でのみここを去るよう指示をする。灰色の毛並みを持つ愛くるしい容姿を持つゾロア。しかしこのポケモンにはイリュージョンと呼ばれる特殊能力があり、相手に幻影を見せることができるため非常に希少価値が高いのである。そんなゾロアを捕まえ高値で売りさばくのが山賊の目的だろうと察した彼女は、身を呈してゾロアを逃がそうというのだ。そんな彼女が幼き頃から武芸に励み、武術に長けていることはゾロアもよく知っている。しかし、彼女とて修行を終えたばかりの疲労した身であり、また武装した男三人を相手に木の棒だけで勝てるはずがないことはゾロアにも分かっていた。自分ばかり逃げることなんてできない。そう思ったゾロアが共に戦おうと勇気を振り絞り一歩踏み出した時だった。

「私の言うことが聞けないのですか!」

 山賊が迫りくる恐怖の比ではない。普段から丁寧な口調で、決して声を荒げることの無い彼女が初めてゾロアに対し声を荒げたのだ。そのあまりの違いは威圧感を高め、ゾロアに身の恐怖さえ感じさせるほどのもの。しかし、その言葉が自身を思ってのことであることはゾロアにも分かっている。そんな彼女だからこそ力になりたい。だが、それこそ彼女の望まぬことだという現実を叩きつけられたゾロアは、通じない言葉で謝罪しながらその場を離れるべく駆けてゆく。
 目にせずとも分かる。女性がどのような面持ちであるか。聞かずとも分かる。女性がどのような心境であるか。腰にまで届く黄金色の髪を振り乱し、手に汗を握り戦う姿が目に浮かぶ。腕には、足には、幾度となく耐えがたい激痛が走っているに違いない。そして分かっていた。その命の灯火はやがて消えゆくことを。
 ゾロアはその美しい青の瞳から雫を散らし、一目散に駆けてゆく。決して振り返ってはいけない。彼女の指示に従うのだ。紅き夕陽に照らされた視界がやがてその濃さを増し深紅の血へと染まるのにただ震えながら、ゾロアは彼女の無事を祈りつつひたすらに地を蹴り続ける。見慣れたはずの道。それさえも忘れるほど体に鞭を打って走り続けたゾロアはやがてその意識を手放してしまう。ミーティア……ミーティアと彼女の名を呼びながら。



「ハッ……! 夢……か……」

 漆黒の闇夜を照らす月明かり。昼間の暑さを忘れさせる爽やかな涼風が草木を撫で奏でる旋律は趣のある空間を演出している。そこへ混じる微かな水音。途端に風は止み、空間は静けさに包まれる。そこへ一際大きな水の弾ける音が響き渡る。艶のある緋色の鬣を揺らしながらポケモンから湯から飛び出たのだ。細身の体に藍色の毛から垣間見える豊満な連山が揺れ全身から雫が垂れるその姿はこの上なく艶やかだ。そう、彼女こそあの時のゾロアが進化したゾロアークである。滑らかな白の湯が彼女の身を清らかにし、緑の少し青臭い香りを運ぶそよ風が濡れたその身を乾かすように優しく撫でていく。
 彼女はその青き瞳で柔らかな光を注ぐ満月を見つめ、その後に自身の両手を何度も開閉してそれを見つめる。そして右手の甲を顔に近づけ一舐めすると少し塩味がした。今しがた浸かっていたこの温泉は塩分を含んだ塩の湯であるためだった。このように五感であらゆるものを感じることで彼女は確信する。私は今、生きている……と。

「そろそろ立つとするか」

 一人小さく呟くと、傍に置いていた荷を抱え彼女はどこかへと向かっていった。



&size(20){''一期一会''};
作者[[クロス]]



 ハッピー島。カントー地方、イッシュ地方などとは大きく異なる文化を持ち、今なお王制によって統治される島国。この地には捜索隊と呼ばれる者たちが存在し、時に行方不明の者を探し、時に島中で起こる問題を解決、時に未知なるものとの出逢いを求める様々な仕事を行っている。そんな彼らに仕事を仲介するのが捜索隊ギルドという組合組織。島の最西端にあるここ&ruby(エックスゼロ){一期一会};もその一つである。

「ワーッハッハ! 皆の者、今日も元気に働くんだぞい。ウイーヒック」

 ジョッキを片手に大声で叫び、少々酔った様子を見せるこのポケモン――ダイケンキ。捜索隊ギルド&ruby(エックスゼロ){一期一会};をまとめるマスターであり、大陸中にある捜索隊ギルドにおいて唯一ポケモンにしてギルドマスターとなった猛者である。立派な白髭を蓄え、猛々しい角と前足に隠し持つ刀のような武器で戦う青き水ポケモンだ。そんな彼は木の実を発酵させて作るきのみジュースと呼ばれる飲み物を好み、しょっちゅうそれを飲んではこのように酔っぱらっている。余談だがきのみジュースにアルコール成分は含まれていない。

「皆の者って今オイラたち三匹しかいないんですけど! ってか朝から酔っぱらうな!」

 テーブルの上でお尻から炎をあげ、鋭いツッコミを入れるこのポケモン――ヒコザル。人に近い体格であり、素早い身のこなしと灼熱の火炎を武器に戦う炎タイプのポケモンだ。このギルド最年少であり、一人前のポケモンとなるべく近場の棲み処から入門した。

「あらあら、飲み過ぎはいけませんよ組長。はい、もう一杯どうぞ」

「どっちだよ!」

 ダイケンキを注意しているのか何なのか、空になったジョッキになみなみときのみジュースを注ぐこのポケモン――ミミロップ。長い耳とスマートなボディを持つ美女で、時に雑誌のグラビアも飾っているノーマルタイプのポケモンだ。なお、グラビアの仕事はあまり乗り気ではない様子。天然とも言える抜けた部分を持つためしばしばダイケンキのボケを助長してしまうが根は真面目である。主に仕事の依頼書をまとめ掲示板に張るなどの事務仕事を行っているためその実力は不明。
 そんな彼らが漫才を繰り広げていたその時だ。城を思わせる取っ手の付いた押し扉が開かれ、眩い光が室内を照らし出す。そこへ見えてきた全身を映しだすシルエットのような一つの影にヒコザルが、ミミロップが瞼を極限まで開き驚愕の眼差しを向ける。巨大な球体を片手で持ち上げる長い髪の毛のようなものを持つ影は一歩、また一歩と歩みを進め、一瞬血を思わせる深紅の瞳をぎらりと輝かせた後、手にしていた巨大な球体を床へ放り投げた。

「クエスト完了。組長、ただいま帰りました」

 日差しが雲で隠れ、それに伴って光が弱まりようやく姿を表したのは緋色の鬣が特徴のゾロアーク。そう、温泉に浸かっていたあのゾロアークは、このギルド&ruby(エックスゼロ){一期一会};の一員なのである。そんな彼女はギルドに寄せられた仕事の依頼を終え、温泉で休息を取った後にこのギルドへと帰還したのだった。
 彼女の帰還に何故かばつが悪そうに苦笑するヒコザルとミミロップ。一方ダイケンキはいつの間にか酔いを覚ましにこやかな表情でゾロアークの苦労を労う。
 組長の労いの言葉に感謝の意を述べ、右手を左胸の前へと運び深くお辞儀をしたゾロアーク。その表情は真剣ながらも穏やかなものだったが、直後眉間にしわを寄せ険しい表情を作ると、苦笑しているヒコザルとミミロップに詰め寄っていく。初めにミミロップにぐっと顔を近づけるゾロアーク。

「ミミロップ、お前は仲間が帰ってきたのにおかえりの一言もないのか? まあそれくらいは見逃してやろう。で、書類の整理は終わったんだろうな?」

 彼女の質問にミミロップは早急に返答を考えるも、顔を近づけられて威圧されれば正常な思考もままならない。ゾロアークは続けざま椅子の上に立っているヒコザルの前に立つと、首を捻りながら見下ろしこう口を開く。

「ヒコザル、今帰ったぞ。てっきりお前は仕事でいないと思っていたんだがな」

 テーブルの隅を真紅の爪でコツコツ鳴らしながら質問をぶつけるゾロアーク。彼女の言わんとしていることが嫌でも分かるヒコザルは背中から滝のように脂汗を流しながら必死に言葉を返す。

「あ、ああ、オオオオイラもいいい行きたかったんだけどその……今日は寒いから体調が悪くて……」

「馬鹿者! このよく晴れた夏の日が寒いわけがないだろう。お前は真面目に仕事をしないからいつまで経っても進化できず、一人前にもなれないんだ」

「がーん……そ、それだけは言わないでよ……」

 ゾロアークの説教に心が折れたヒコザルは、重い空気を背負って背中を丸める。一人前のポケモンとなるべくギルドへ入門した彼にとって、未だ一度も進化できていないことは強いコンプレックスなのだ。あたかも風紀委員のように厳しくメンバーをまとめる彼女は言うまでもなく自己にも厳しい。先程まで片手で運んでいた巨大な球体、実は“くろいてっきゅう”というアイテムの巨大版なのだ。“くろいてっきゅう”は持てば素早さが著しく減少し、宙に浮くことができるポケモンでさえその重さのあまり地上に落されてしまうというもの。それの大きなものを修行がてら片手で運んでくるのだから自己に甘いはずはない。自他共に厳しく、ギルドをより良いものにしようとする意志が誰よりも強い。それが彼女なのである。
 そんな彼女が説教を終えると、今度は先程同様にこやかな表情を浮かべるダイケンキの下へ歩み寄り彼の瞳に真剣な眼差しを向けて口を開く。

「組長、実は仕事先で少し気になることを耳にしまして……」

「ん? なんじゃ……」

 ゾロアークの表情にただならぬものを感じたのか、ダイケンキはみるみるうちに表情を険しいものへと変化させていく。

「組長は“&ruby(ロストヒストリー){失われた歴史};”というものはご存知でしょうか?」

 ゾロアークの質問を受け、かっと目を見開くダイケンキ。これにはゾロアークも驚き、何か触れてはいけないことに触れてしまったのではないかと慌て軽く頭を下げる。それに対しダイケンキは静かに首を左右に振り気にするなという意思を伝えると、横を向いて少し俯き加減になりながら考え事をし始めた。彼の行動を急くこともできないゾロアークは、無言のままじっと彼を見つめその言葉を待つ。やがてダイケンキは視線を彼女へと戻すと、一言こう返した。

「ゾロアークよ、今はそのことは忘れるんじゃ」

「……わかりました」

 ダイケンキの振る舞いにただならぬものを感じたゾロアークは、彼の意に従ってこれ以上の詮索は遠慮することに。自身を高く評価してくれる彼がこのように口をつぐむことは初めてだったため驚きを隠せない彼女だったが、そんな彼が言うことであるからこそ従うべきと判断したのである。
 と、その時だった。ギルドの重い空気を吹き飛ばすように勢いよく扉を押し開け、ところどころから紅い結晶が突き出た岩の塊が滑り込んできたのだ。その正体はガントルというポケモン。種族に似合わない素早い動いたことで疲労困憊となったのか、一同の驚き呆れた眼差しを尻目に床へ倒れ込む姿勢でこう言った。

「お、おらいの山が緑の長い奴に乗っ取られちまったんだ。助けてくんねべがし。お願いだよぉ」

 自己紹介もせず訛りの強い言葉で助けを懇願するガントルを見て、ダイケンキはどこの者だろうかと首を捻る。そんな彼の疑問に気付いたのか、ゾロアークはヒコザルとミミロップにも聞こえるようにおそらくは“こうぞねやま”のギガイアス一味の者ではないかと話す。“こうぞねやま”とはここソルトビレッジのはずれにある山で、ギガイアスというガントルの進化形のポケモンが親玉となり山一帯を占拠している地である。この一味は外部への警戒心が非常に強く、山へ入った者には相手が誰であろうとその持ち物をすべて奪う凶悪な集団として有名なのだ。そんな彼らを畳んでしまう者が周辺にいることにダイケンキは驚きを見せている。ソルトビレッジはハッピー島において辺境の地と言ってよく、田舎であるがゆえに近辺のギルドはここ&ruby(エックスゼロ){一期一会};しかない。また言うまでもなく近隣の住民も数少ないため、ギガイアス一味に対抗できる者など心当たりがないのだ。
 しかし、この状況は一味の在り方を是正するのにまたとない機会であると判断したゾロアークは、ガントルの頼みをクエストとして承認し自身を担当者にしてもらえないかとダイケンキへ願い出る。その頼みに彼女であれば実力も申し分ないと判断し許可することにしたダイケンキは、さっそく“こうぞねやま”に向かうようゾロアークに指示を下す。
 彼女はヒコザルとミミロップにガントルの手当てをするよう言い残すと、何も持たずに颯爽と駆けだしていく。目指すはもちろん“こうぞねやま”だ。こうして彼女は仕事を終えて帰還したのも束の間、またすぐに新たなクエストを行うべく出発するのだった。





 突然の依頼を受け、クエストをこなすべく単独で現地へとやってきたゾロアーク。今回クエストの舞台となるのはソルトビレッジ郊外にある“こうぞねやま”。標高は1200mほどで、季節に応じて姿を変える美しい山だが、荒々しい性格の岩タイプばかりのギガイアス一味が縄張りとしているため立ち入る者はほとんどいない。外から見るのと中の様子とでは表と裏と言えるだろう。山の形状は楕円形に盛り上がっている大きい部分が一つあるだけで、小さな山が重なり成り立っているような山に比べ単調な形状だ。現在は草木が一面に青々と茂っており、麓からは何者かに荒らされている、または山へ居そうにないポケモンが見張りをしているといった異常は見当たらない。この形状と外部から伺える様子から敵は少数であると予測できるものの、まだ山に残っている一味の連中は侵入に気付けば襲いかかってくると危険性がある。
 このような理由から“あなをほる”による潜入が有効であると判断したゾロアークはポケモンたちが通っているであろう道から少し逸れ、足で踏みつけ柔らかい土を探し出す。陽の光を免れ乾きが遅いためか、木の陰となっている部分に他と比較して柔らかめの土があることに気付いた彼女は、すかさず深紅の爪を生やした両腕で土をかき分け瞬く間に地中へと潜っていく。手はもちろんのこと、自慢の美しい緋色の鬣が汚れるのさえ彼女は気にしない。これで一気に敵の親玉のいる場所へと向かうのだ。



 一方その頃、山の中にある洞窟の奥では例の緑の長い奴が我が物顔に振る舞っていた。長く太い胴に気品溢れる襟のような葉っぱ、一度睨みつければ大きなポケモンも足をすくませてしまうほどの相手を蔑むような冷たい眼差し。さながら女王様と呼ぶにふさわしいそのポケモンは草タイプのジャローダである。性別は♀だが、実はわずか一匹で一味の頭であるギガイアスをも楽々と組み敷いた実力者だ。タイプ相性でこそ有利であれ、当然ギガイアス以外の者も立ちはだかったであろう中で単独で敵を圧倒したのはさすがポケモンであると言える。人間と違い、ポケモンには性差による実力差は皆無であるからだ。
 一方彼女に圧倒された一味の頭であるギガイアスは、岩山を思わせる巨体とガントル同様ところどころに紅い結晶を持つ♂のポケモン。現在ジャローダの“まきつく”攻撃により全身を締めあげられている状態だ。しかし“まきつく”はノーマルタイプの技。岩タイプの彼にとってはかゆい程度のダメージしかないだろう。ところがどうしたことか、彼は一行に抵抗しようとせず、それどころか気持ちよさそうにうっとりとした表情を浮かべているではないか。

「ククク……早く木の実を献上させるんだ!」

「ああっ! ジャローダ様、もっとぉ……」

 妖しく笑うジャローダは拘束したまま襟のような草の付け根から草の蔓を伸ばすと、岩タイプの弱点である草タイプの技“つるのムチ”でギガイアスの全身を打ちつける。パシンパシンと鞭のしなる音は痛々しいことこの上ない。ところがギガイアスは悲鳴こそ上げるものの、その表情からは悦さえ感じられる。この不可解な事態に彼の配下は驚きを隠せない。しかしながらギガイアスの様子がおかしいのはジャローダが何かしら仕掛けたためであることに気付いていた彼らはギガイアスを助けようとするも、命令に従わねばギガイアスを酷い目に遭わせるというジャローダの脅しに手も足も出ない有様だった。一部勇敢にも脅しに屈せず立ち向かった者もいたが結果は惨敗。ジャローダは草タイプであり、岩タイプ相手には相性上滅法強いのだ。
 そんな状況によりやむなくジャローダに屈服していた彼らは、言われるがままに山の木の実を採集しジャローダに差し出すよりなかった。と、そこへ重い足音を響かせ誰かがやってきたようだ。丁寧にもトレーのような形をした石に甘くてみずみずしいピンク色の木の実――モモンの実を盛り付けて持ってきた岩と地面のタイプを併せ持つドリルポケモン――サイドンだ。分類の通りドリルのような鋭い角を持ち、固い岩肌に身を包んだ力強いポケモンである。サイドンは尻尾でバランスを取りながら二足歩行で歩き、ギガイアスへ巻き付いたままのジャローダの目の前にトレーを置く。

「ククク……見た目に似合わずなかなか器用じゃないか。御苦労さん」

 癖なのだろうか再び妖しく笑って見せたジャローダは、ギガイアスの拘束を解くことなく高貴さを漂わせる襟のような葉の付け根から蔓を伸ばし、潰さない程度のほどよい力で木の実を持ち口へ運ぶ。モモンの実と言えばその名の通り桃のような見た目と柔らかさを持ち、一度噛むだけで濃厚な果汁が口いっぱいに広がることから好物としているポケモンも多い木の実だ。山や森であれば割と見られるためさほど貴重でこそないものの、比較的容易く採れる食料としては豪華なものと言えるだろう。と、ジャローダがそんなモモンの美味に酔いしれていたその時だった。

「そこまでだ!」

 知らぬ間にジャローダの死角へと回り、恐るべき怪力でギガイアスに巻き付いていたジャローダを引っぺがし、さらに両腕でその胴体を締め上げる者が現れたのだ。それに伴いギガイアスは我に返るも、鞭で打たれていたダメージからその場に胴体に走る痛みにはっとしたジャローダが首を回して振り向くと、そこには長く美しい緋色の鬣と青き瞳を持つゾロアークの姿があった。実は先程のサイドンは彼女が特性“イリュージョン”により化けた姿で、食べ物でジャローダの気を引く作戦だったのだ。
 そうとは知らないジャローダは突然ゾロアークが現れたものだと思い込み慌てふためく……と思いきや、にやりとわずかに口元を開くと、ぐるぐると長い胴体をゾロアークの全身に巻きつけ逆に彼女の身を締め付けていくではないか。実はジャローダの体には骨がなく、あの巨大な“くろいてっきゅう”を片手で持ち上げたゾロアークの怪力を以てしても関節技は一切通用しないのだ。すると瞬く間に形勢逆転。締め付けはお得意と言わんばかりにジャローダはそのムチムチのボディでゾロアークを締め付けていく。ゾロアークは痛みに顔を歪めながらかすれた声を上げ、その細い体は今にも千切るのではないかというほど。ふくよかな連山は谷間を失うほどに中央に寄せられ人一倍大きな山を作っている。
 しかし、ここで諦めないのがこのゾロアークである。痛みに苦しんでいた表情は歯を食いしばって体に力を入れるものへと変わり、洞内に木霊するほどの雄叫びと共に四肢を押し広げジャローダの拘束をなんと力ずくで解いてしまったのだ。
 その力戦ぶりに様子を伺っていたギガイアス一味の者たちからは歓声が上がる。しかし、ゾロアークがジャローダを睨みつけながら下がれと叫んだことに恐れおののき、一味の者たちは気絶したギガイアスを置いてこぞって洞内から逃げ出していく。相当な重量とは言え、集団の頭を置いて逃げ出すあたり一味は意外と小心者が多いのかもしれない。
 一味が下がったのを確認した彼女はすぐさまジャローダから距離を取ると、めいっぱい空気を吸い込み豊満な連山をさらに含ませると、口内から烈火の炎“かえんほうしゃ”を繰り出す。炎技は草タイプのジャローダに効果抜群。相性を判断した適切な攻撃と言えるだろう。それに対しジャローダは、身をよじらせくねらせて機敏に移動し技を回避。ところが、炎はゾロアークが狙ったと思われる位置からあたかも生きているかのようにうねりだし、ジャローダの行く手を阻むように取り囲む。これにはさすがのジャローダも目を点にして驚愕の様子を見せ、すぐさま炎からの脱出を試みるも抜け出すことは叶わず徐々に逃げられる範囲を狭めていく炎。

「くっ……ええい、この無礼者! ひざまずけ!!」

 と、そこで、絶体絶命の状況に我を忘れたジャローダは鬼のように怒り狂い、恐ろしい剣幕で怒鳴り散らす。高貴な見た目からも想像できるようにプライドが高いのか、あたかも身分の高い者が低い者へ言うように命令するジャローダ。しかし、見ての通り戦いはゾロアークが圧倒的優勢で、ジャローダの敗北はほぼ確定していると言っていい。そんな中で怒鳴り散らして解決しようとすることから、彼女には世間知らずな一面があることが伺えるだろう。
 そんな彼女の様子を目の当たりにし、ゾロアークは無言で炎に身を投じ彼女に接近していく。その身は確実に炎に触れているものの、ゾロアークはまったく熱がる様子もない。それもそのはず、実はこの炎は彼女が作りだした幻影であり、実体を持たないため熱くもないのである。本物の“かえんほうしゃ”は最初の一発のみで、そこからあたかも炎が動き出したかのように見せかけることでジャローダを欺いていたのだ。

「もうやめよう。いったい何があってこんなことをしたんだ? 話せば楽になる」

 炎の幻影を解き、ジャローダの傍で腰を落としその胴に右手で優しく触れながら説得に入るゾロアーク。彼女は山に被害がなく、ジャローダが自身の身を守る上で必要である分を除いてギガイアス一味に身体的危害を加えていないといった理由から、ジャローダが根っからの悪ではないと判断したのである。
 それに対しジャローダは気安く体を触られたことに大層腹を立てていた。すると彼女は、これ以上攻撃をする様子のない相手を未だに睨みつけているばかりか、説得を始めた無防備なゾロアークの左頬を“つるのムチ”で打ち付けたではないか。痛々しい音と共に衝撃を受けたゾロアークは吹き飛ばされて尻もちをつくも、手で軽く頬を撫でるとすぐに立ちあがって再びジャローダの説得に入る。
 あのまま攻撃を続ければ勝てたはずなのに何故……。ゾロアークのひたむきさにようやく我に返ったジャローダは平常心を取り戻すと、率直な疑問を持ち始める。それに対し短時間で自問自答を続けると、ゾロアークが本心から自分を思って説得を行っているということ以外に答えは出なかった。従わせたければ力ずくでできる者が、身を犠牲にしてまで説得を行うメリットは皆無だからだ。

「その……すまなかった。大丈夫か? 本当にすまない……」

 ようやくゾロアークの気持ちが通じたジャローダは、先程まで恐ろしい剣幕で怒り狂っていたのとは打って変わり、無防備なゾロアークを叩いたことに強烈な罪悪感に駆られているようで目尻を下げた弱々しい表情で何度も頭を下げる。一方理解を得たことにホッと胸を撫で下ろしたゾロアークは、ジャローダの罪悪感を和らげるべく何ともないと左頬を軽く叩いて見せると、本題に入るべくジャローダに話を伺うことに。

「実は旅に出たばかりなんだが、食べ物に困ったから山のポケモンたちに献上させようと思ったんだ」

 ここでゾロアークはあるワードが気にかかる。“献上”という言葉だ。この言葉は目下の者が目上の者に物をあげる際に使う謙譲語で、一般的な日常の中ではあまり聞くことの無い言葉である。単にジャローダが女王様気質であると考えることもできるが、話し方に悪意が感じられないことから本人は至って自然に話しているようにも感じられる。そのことからジャローダが本当に高貴な身分である可能性も捨てきれないだろう。しかしながら他に迷惑をかけることを良しとするわけにはいかないため、この世間知らずな女王様をみっちり教育する必要がある。放っておけば悪意はなくともまた同じことを繰り返すだろう。そう考えたゾロアークは、さらに詳しく事情を聞くため彼女をギルドへ連れていくことに。

 あくまで話を聞くためであり、ついてくるかは任意であるとしつつもジャローダを誘うと、彼女はゾロアークを信用しその誘いを承諾。二匹が早速ギルドへ向かおうとすると、そこへ気絶していたギガイアスがひょっこりと起き上がり声をかけてきた。

「あのジャローダの姐さんがおとなしくなってる……。す、すげえ……」

「ククク……起きたのか大岩野郎。ワタシはいつからあんたの姐さんになったのやら……」

「私は捜索隊ギルド&ruby(エックスゼロ){一期一会};のゾロアークだ。依頼を受けてここへきた。ジャローダは責任を持って私が連れていこう。ただ、彼女も悪意はなかったんだ。許してくれ」

 たった一匹で自分たちを圧倒したジャローダがおとなしくなっているのを見て、目を点にして驚愕の様子を浮かべるギガイアス。何故彼がジャローダを姐さんと呼ぶかは定かではないが、おそらく自身より実力が上の者には敬意を示すという野生ならではの掟に従っていると思われる。そんな彼にゾロアークは簡単に自己紹介とクエストの完了を伝えると、それと同時にジャローダの行為を謝罪する。深々と頭を下げ許しを請うその姿にギガイアスは頭を上げてくだせえと言って慌て、ジャローダは初めて会ったばかりの自分のために誠意を込めて頭を下げる彼女の姿を目の当たりにしわずかに頬を赤らめそっぽを向く。礼を言うには気恥ずかしいが、その献身的な行動が嬉しかったのだ。

 ギガイアスの言葉を受けたゾロアークは一瞬両の耳をピクピクと動かすと、じゃあ上げるとしようと真顔で言い、ギガイアスの傍に寄っていく。その振る舞いにやや不自然さを感じたギガイアスは頭を傾げ、ジャローダもまた何をするのかと彼女の背を凝視する。すると次の瞬間、ゾロアークは突然ギガイアスの頭によじ登り爪でコツコツと突き出すではないか。

「山へ来た者の荷物をごっそり奪うくせに、自分たちが奪われると騒ぎだすとは何事か!」

 先程誠実に頭を下げていた彼女はどこへ行ったのか。見下すような妖しい目つきでギガイアスにちょっかいを出し始めたゾロアーク。そんな彼女の豹変ぶりにギガイアスは何とか抵抗しようと、山にある食料で生活するのが精一杯で、他の侵入を許しては生活ができないと事情を説明する。ところが、その反抗は仇となり、より一層の追及を助長することに。

「例えそうだとしても、食料を奪う気もないのに通っただけで襲われる者もいると聞いているんだがこれはどういうことだ?」

 その緩まぬ追及にギガイアスもたじたじだ。すっかり縮こまってしまい、その姿に一味の頭である威厳など微塵もない。平謝りを繰り返し、終いにはお礼はしますのでと話の内容を今回のクエストへ移そうと試みるギガイアス。ところがその言葉は攻めるゾロアークに自ら弱みを晒しているに等しかった。お礼をするとの言葉を受けた彼女は、いつの間にやらミミロップのように長い所謂ウサギ耳を頭に取りつけ、ボディラインを強調するピチピチの黒いレオタードを着用すると、自慢の豊満な連山をギガイアスの右前足に擦り付け誘惑を始める。

「ああっ……柔らかい……」

「ちょ、お前らぁーーー!!」

 ジャローダのツッコミなどどこ吹く風。ギガイアスは心地よい連山の感触の虜となり、ゾロアークはしめしめと僅かに口を開いて薄ら笑いを浮かべ、連山の擦り付けを止めない。ゾロアークは種族上口の両端が紅くなっているため、薄ら笑いを浮かべるとより一層の妖しさを醸し出す。

「フフッ……お礼ならいくらしてくれてもいいんだぞ?」

「悪者じゃねえか!」

 そんな彼女は恍惚とした表情を浮かべるギガイアスの目の前に手の上で輪っかを作った指をちらつかせながら怪しい発言をする。この行動と言葉が何を意味するか、もはや言うまでもないだろう。それを目の当たりにしたジャローダは白目を剥き出し、思わずツッコミを入れずにはいられなかった。





 クエストを終え、ジャローダを連れて帰路に着くゾロアーク。辺りはすっかり暗くなっており、昼間の太陽の代わりに闇に包まれた漆黒の空にはしとやかな光を放つ満月が昇っていた。日中と異なり涼風が肌を撫で、満月と相まって風情溢れる空間が広がっているこんな時間は仲間と共に外で月見をしながら夕食を取るのもいいだろう。そう考えたゾロアークが少し足を速めようとしたその時だ。微かに一点の草の揺れる音に気付き殺気を感じ取ったゾロアークはジャローダを小脇に抱えると、右足で地面を強く蹴り、右肩から着地するようにして空中で前転。すると直後、中心を軸に渦を巻く青き弾が空を切り裂いて飛来し彼女たちのいた位置に着弾する。回避後素早く体勢を立て直すゾロアークたちを爆風が襲い、二匹は砂埃が目に入らぬよう目を閉じ手や葉っぱで瞼を覆う。その間にも敵の接近を警戒するゾロアークは、ボリュームのある鬣が真横になびくほどの爆風の中僅かに目を開き、狭い視界からじっと目を凝らして様子を伺うことを怠らない。

「フッフッフ、さすがだなゾロアーク」

 爆風が弱まったことを感じたゾロアークたちはすぐに弾が飛んできた方向を睨みつけると、怪しげな笑い声を上げ、月を背に木の上に立つ者を発見する。しかし敵は月明かりを背にしているため影となっていて姿を確認しづらく、目を凝らしてもシルエット程度にしか見えない。これでは敵の情報を得られないため、ゾロアークは別の角度から確認すべく動こうと考える。すると驚くべきことに、なんと突き出した左手のひらに蒼炎を出現させて体の前面を照らし出し、敵自ら正体を明かしてきたのだ。
 そして見えてきたもの。ツンと立った耳と頭から伸びる房のようなものを持ち、手や胸から波鋭利な棘が突き出た青きポケモンの姿。それを見たゾロアークは目を怒らせ歯を食いしばると、目線を動かさずこう口にする。

「ここを離れろ」

 その言葉にジャローダは無言で従い、体をくねらせ道を外れた草むらの中へと消えていく。ジャローダが離れたのを草をかきわける音が遠くなったことで判断したゾロアークは毅然とした態度で一歩も動かず、膝を曲げ重心を落としていた姿勢を崩し、立ちの姿勢を取って迫り来るポケモンへこう言葉を投げかける。

「王族親衛隊のお前が何故こんなところにいる?」

 王族親衛隊。それは、王政により統治されているこのハッピー島において、王族の者に付き従いそれを警護する超エリート集団のことである。なお、所属できる者が人かポケモンであるかは問われていない。城の門を守る門番でさえそれなりの実力を有する者でなければなれないのだが、王族親衛隊ともなれば一人一人が島中にある各捜索隊ギルドのトップクラスの実力者とほぼ同等の腕を持つと言われている。このルカリオは王族親衛隊に所属しており、そのパートナーは隊の中で最強の実力を持つ者とされる王族親衛隊隊長を務める“ローア”という名の男である。その実力を買われ王族親衛隊に所属するようになってから、僅か半年という短期間で隊長にまで上り詰めたエリートの中のエリートだ。そんな人物をパートナーに持ち、また自らも優れた実力を持つ彼が何故辺境の地へとやってきたのか。そのことにゾロアークは疑問を抱いたのだ。
 彼女の質問には答えず、蒼炎の明かり越しにその瞳をじっと見つめるルカリオ。彼の瞳に殺気はない。無言のままゾロアークの目前まで迫り立ち止まると、ゆっくりと右手を彼女のあごに置き、ぐっと顔を近付ける。

「愛するお前に会いに来た」

 彼女の瞳を見つめたまま誘惑するように甘い声でそうささやいたルカリオは、さらに彼女をぎゅっと抱き寄せて頭を交差させて言葉を続ける。

「俺とお前、やっと一つになれる。俺たちを祝福しているんだ。&ruby(ロストヒストリー){失われた歴史};が」

 &ruby(ロストヒストリー){失われた歴史};。自身の実力を高く評価しているギルドマスターのダイケンキでさえ詮索しないように言ったそのワードが今、目の前のルカリオの口から飛び出す。そのことに目を点にしてかっと見開いたゾロアークの心拍数が上がり、ドクドクと激しく脈打つ様が胸に触れているルカリオに伝わっていく。これによって彼女の動揺を感じ取ったルカリオは、彼女を抱きしめ頭を交差させたまま左手に波導のエネルギーを結集し始める。動揺した隙を狙い、密着した彼女に“はどうだん”を当てる考えだ。エネルギーはゾロアークの気付かぬうちに徐々にその大きさを増し、攻撃として十分な威力となるまでに増大する。
 そしていざ彼女を仕留めようと技を放とうとしたその時だ。暗黒に包まれた草むらの中から一本の蔓がルカリオの頭を目掛けて飛来する。その攻撃に瞬時に反応した彼はゾロアークを抱く腕を解き、両足で地面を強く蹴って大きく後方に退く宙返りをして攻撃を回避。避けられた蔓は勢いを弱めると、ゾロアークの腹に巻き付き彼女を持ち上げ引き寄せる。その先にいた者、それはなんと先程逃げたはずのジャローダだった。

「せっかく逃がしてやろうと思ったのに……往生際の悪いお姫様だ」

 ジャローダが戻ってくることがよほど予想外だったのか、ルカリオは舌打ちをして腹を立てる。一方ゾロアークもまた彼女が戻ってくるとは露ほども思わなかったため驚きを隠せない様子。ルカリオの脅威を知る彼女にとって、彼と戦うということがどれほど身を危険にさらすことであるかは想像に易い。またそれとは別に彼女はもう一つ気にかかることがあった。ルカリオがジャローダを“お姫様”と呼んだことだ。さらにその口ぶりは初対面ではないようにも取れるもの。二匹はいったいどのような関係なのだろうか。

「何故戻ってきた?」

「ククク……勘違いするなよ。ワタシはワタシのために戦うだけだ」

 二人の関係は気になるが、今優先すべきことはそれではない。ジャローダの身の安全を第一に考えていたゾロアークは彼女に戻ってきた理由を問う。それに対し、あくまで自分のためと返すジャローダの瞳は初めて見る闘志を燃やした真剣なもの。そこから彼女の心理を察するゾロアーク。今また逃げろというのは野暮な話だろう。ここからは守る者、守られる者の関係ではなく、共に手を取り合い眼前の敵を退けるのだ。

「お前の狙いはなんだ? 仲間を傷つけようとするなら許さない。本気で行くぞ!」

 先程まで抵抗する様子を見せなかったのはジャローダを逃がす時間を稼ぐため。しかし、そのジャローダと共に戦うとなれば話は変わる。ゾロアークは胸に熱い闘志を燃やすと、瞳から殺気を滲ませルカリオを睨みつける。ジャローダはと言うと、ゾロアークが初めて自分を“仲間”と呼んだことに胸を熱くしつつ、口元を緩ませ妖しい笑みを浮かべながらルカリオを警戒。対するルカリオは二対一となったことにもまったく焦りを見せず、両手に蒼炎を纏い右半身を前に出す半身になって攻撃の構えを取る。

「ふっ、小規模のギルドとはいえさすが&ruby(エックスゼロ){一期一会};最強のポケモン。そうこなくてはな。だが、相手が悪すぎた。格の違いを教えてやる」

 そう言うや否や、ルカリオは風を切って走り出す。地面に足跡さえ残さないその速さは、人間はおろか並みのポケモンであれば目で追うことさえ叶わないだろう。そのスピードを実現しているのが“しんそく”と言う技だ。この技はその名の通り凄まじい速度で移動し敵を攻撃するものである。この技を使用しゾロアークの眼前まで近付いた彼は密着寸前の距離で右腕を引き、横を過ぎ去るように動きつつ引いた右腕だけを腹部に向けて押し出す。一瞬だけ手に力を集め敵にぶつける格闘技“はっけい”である。ルカリオの移動速度から回避は難しいと判断したゾロアークは両手を前に突き出し受け止めようとするも“はっけい”の威力は彼女の想定を遥かに超えており、手を掴むことに成功したにも関わらずその全身に伝わる衝撃は彼女の体ごと吹き飛ばす。しかし、攻撃の的はずらしているため10mほど宙を舞うもその間に体勢を立て直し、衝撃を抑えるべく足を曲げつつ手をついて着地する。
 一方ジャローダはたった今の一瞬とも言える出来事でルカリオの異常なまでの強さを理解し舌を巻くも、覚悟を決めているだけに恐れることなく襟のような葉の付け根から二本の蔓を繰り出し攻撃後の隙を狙って拘束。通常鞭のように使用することが多い蔓だが、拘束を得意とするこのジャローダは動きを止めることでゾロアークの攻めのサポートを試みたのである。それにより両腕を力強い拘束で縛られたルカリオは歯を食いしばり力ずくで解こうとするも、ジャローダがそうはさせまいとより一層の力を込め拘束を継続する。それにより隙が生まれたことを見てとったゾロアークは、すかさず駆けよって指先に宿す深紅の爪で攻撃する“つじぎり”で切り裂こうと走り出す。“つじぎり”は急所に当てやすい技で、拘束で身動きが取れないルカリオにならその頭を目掛けて渾身の一撃を出すことも容易だろう。そう考え、迷うことなく彼の頭に爪を振り下ろした時だった。一瞬ルカリオの体が紅い光を放つと、耐え難い痛みがゾロアークとジャローダの全身に走る。拘束を解けず苦戦していたように振る舞っていたルカリオ。実は“カウンター”と呼ばれる物理攻撃の威力を倍返しにする技を狙っており、ゾロアークの攻撃を待っていたのである。自らもダメージを受けるものの、二対一の戦いにおいて一瞬で二体を戦闘不能にするには非常に優れた技と言えるだろう。

「このくらいでいいだろう? お前は精一杯戦った勇敢なポケモンだ。名誉は守られている。さあ、二人で一つになろう。今こそ幸せになるときだ」

 地に突っ伏するゾロアークに歩み寄り、腰を落として手を伸ばすルカリオ。その接近に気付いたゾロアークは、砂のついた痛みで歪んだ顔を向ける。するとそこには、先程まで敵意を剥き出しにして襲いかかってきた敵ではなく、傷ついた仲間に手を差しのべるように手を伸ばす優しい表情のルカリオがあった。それを見たゾロアークの中に、ある記憶が蘇る。そう、あれは十年ほど前のことだ。



 当時まだ進化前のゾロアだった彼女は、山賊の襲撃から身を呈して逃がしてくれたパートナーの少女ミーティアに従い、当てもなく走り続けるうちに道端で気を失ってしまう。
 いつの間にか木造りの小屋のような建物に運ばれていた彼女が、しばらくして後に藁束の上で目を覚ます。よもや自分は山賊に捕まってしまったのか。ミーティアはどうなってしまったのか。目を覚ましたゾロアは様々な不安の憶測を胸に抱え、落ち着きなく室内を見回す。中央には囲炉裏があり、薪を燃やす火で黒い鉄の鍋が温められている。そこからから立ち昇る甘い香りの湯気に顔をほころばせる一人の少年と小さな青いポケモン。全く見覚えのない彼らに警戒心を強めたゾロアが小屋からの脱出を開始しようとすると、彼女の目覚めに気付いた少年とポケモンが声をかけてきた。

「よかった、目を覚ましたようだな。道端で倒れていたから心配したぞ。私はローアという」

「そう怖がるなよ。俺はリオル。よろしくな」

 群青色のマントを思わせる長い上着とベージュのズボンを着用したボサボサの銀髪の少年はローアというらしく、美しい水色の瞳を向け笑顔を見せる。一方頭の両脇に房のようなものがある獣人のような青いポケモンはリオル。格闘タイプのポケモンで、一晩で三つの山と二つの谷を超える運動能力を持っているだけでなく、波紋という気やオーラのような力を操れることで知られる珍しいポケモンだ。体勢を低くし、いつでも飛びかかれるようにしていたゾロアに対し全く警戒心を抱く様子を見せない彼らを見て、ゾロアもまた警戒心を解く。
 それからゾロアはリオルに対しこれまでの事情を説明すると、それを聞いた彼は波紋の力を使用して聞いた内容をローアに伝えていく。彼らは言葉でこそ会話はできないが、不思議なオーラの力を用いることで意思疎通ができるようだ。ゾロアの話を聞いた二人は彼女を不憫に思い、気が済むまでここにいるように言う。偶然出会った者を何ら警戒することなく受け入れてくれた彼らの優しさはパートナーと生き別れたゾロアにこの上ない安らぎを与える。それからというもの、あたかも家族のように親しく接するようになった彼らは気付けば数年の時を共に過ごしており、ゾロアはゾロアークに、リオルはルカリオへと進化を遂げる。それによって二匹が力をつけたことで、生き別れたミーティアを探す旅に出ることを決意するゾロアークたち。小屋の近辺でも幾度となく捜索は行ってみたが、結局発見には至らず情報を得ることさえできなかった彼らは、ミーティアの無事を信じ本格的な捜索活動に出たのだ。
 しかし、旅の途中ハッピー島の王都ハッピータウンを訪れた際、旅の途中に悪人を捕らえた彼らの噂を聞きつけた王家が彼らを王族の親衛隊に抜擢したのだ。非常に優れた者だけが入隊を許されると知っていた王族親衛隊に抜擢されるという名誉。誰もが憧れるそれを得れば将来を約束されたに等しい。しかし、入隊すれば当然旅を続けられるはずはなく、ミーティアを探すことは叶わないだろう。そのジレンマに悩み苦しむ一同。しかし、ローアとルカリオにとってどちらを取ることが幸せに繋がるかは明白だった。それを分かっていたゾロアークは分厚い雲が月明かりを遮るその晩、二人には何も言わず王都を去っていく。別れは辛い。今までずっと一緒だった大切な者との別れ。それが二度目となる彼女だが、今回は前とは話が違う。だからこれでいい。必死に自分を納得させるゾロアーク。しかし、彼女は長きに渡って共にあったことでルカリオに特別な感情を抱いていた。家族とも親友とも違う特別な感情。密かに恋い慕っていた者との予期せぬ別れに想いが溢れた彼女は、王都を抜けてすぐ地面に膝と両手をつき項垂れてしまう。ルカリオが愛しい。だが、命をかけて自分を守ってくれたミーティアを忘れるわけにはいかない。そんな相反する二つの事柄に板挟みにあっている彼女の顔の下には小さな水溜まりができていた。

「お前なら去ると思ってた」

「なっ……ルカリオ!?」

「らしくないなゾロアーク。お前に涙は似合わない」

 その時だ。月明かりが遮られた漆黒の真夜中に背後から声が響く。振り返ると、そこに立っていたのは意中のルカリオだった。ゾロアークなら、自分たちの幸せを考慮して黙って去るに違いない。彼女の心中を誰よりも理解していた彼は、彼女を追ってここまでやってきたのだった。目を腕で拭い、立ちあがって振り返ったゾロアークにそっと歩み寄るルカリオ。やがて彼は無言のまま左手を彼女の背に回し、ぎゅっと抱きしめながら右手でその頭を優しく撫でる。今だけは何も言わなくていい。言葉にすればするだけジレンマの苦しみに涙するだけと分かっていた彼は、ただただ彼女を抱きしめる。ルカリオに抱かれしばらく唖然とした表情で棒立ちしていた彼女は少しして我に返り、自らもまたルカリオの背に両腕を回し身を委ねる。その時間がどれほど続いただろうか。やがて身を離した二匹。ゾロアークは恥じらいを見せるように目を逸らす。

「今まで……ありがとう」

「必ずまた会えるさ。俺も王族親衛隊の仕事を通して情報を探ってみる。……達者でな」

 最後は互いに目を合わせ、力強く頷いて見せる二匹。多くは語らなくていい。離れていてもきっと心は傍にいる。互いにそう信じているかのように満足気な表情を浮かべると、正反対の方角へと走り去っていった。
 それから数年後。誰かを探すことを主な仕事としている捜索隊という組合に加入したゾロアークは、辺境の村ソルトビレッジの捜索隊ギルド&ruby(エックスゼロ){一期一会};の一員となる。精力的に活動し、その中で生き別れたパートナーも探し続けるも結局見つけることが叶わなかった彼女だが、ルカリオらとの旅を通して身に付けた力は決して無駄ではなく、ギルド最強のポケモンとして徐々に名を上げていく。
 その実力をギルドの長に買われたことで、年に数回行われる捜索隊ギルドの例会には組長のダイケンキに従って王都へ出向くこともあったゾロアーク。そこでならルカリオと再会することもできる。しかし、そう考え期待に胸を躍らせる彼女とは裏腹に、時を経てパートナーのローアが王族親衛隊隊長、自らは副隊長となったルカリオはかつての面影もない怪しげなポケモンとなっていた。

「お前はいずれ俺のものとなる」

 久しぶりの再会時に喜ぶ様子も見せず、目を閉じ薄気味悪い笑みを浮かべながらそう言葉を投げ去っていったルカリオ。初めこそ何かあったのだろう程度で考えていた彼女だが、幾度か会っても毎回そのような振る舞いを見せた彼を目の当たりにした彼女は絶望し、以後彼を信用することはなくなり現在に至る。



 わずかほんの一時にルカリオとの思い出が走馬灯のように蘇ったゾロアーク。今彼女の前には、別れてから大きく変わったルカリオではなく、かつての愛しかった彼の姿がある。自分にとって本当の幸せとは何か。幻影を見せる能力を持ち、様々な者に、時には己にも嘘を見せてきた彼女。しかし、大切なことに嘘はつきたくない。ルカリオへの確かな想いが再び蘇ろうとしている今こそその手を……
 ゆっくりと手を伸ばし、彼の手を握る寸前まで伸ばしたゾロアーク。しかし、寸前のところで思い止まり、敵を退けん口から灼熱の火炎を撃ち放つ。ゾロアークの変化に瞬時に反応したルカリオはサイドステップで彼女の横に回って攻撃を避け、バックステップで距離を取り体勢を整え直す。
 まさかゾロアークが攻撃を仕掛けてくるとは……。戦闘で心を折り、演技で弱みをつく。ここまで完璧なまでに作戦通りだったが、あと一歩で成功には届かない。そのことがエリート集団王族親衛隊の副隊長であるプライドを傷つける。眉間にしわを寄せ、歯を食いしばって顔を歪めたルカリオは、両腕を腰の右側に回し青い光の弾を生成し始める。“はどうだん”を撃ち放つ構えだ。その“はどうだん”は徐々にその大きさを増し、同時に威力を高めていく。“はどうだん”はゾロアークにとって弱点である格闘タイプの技。バスケットボールよりも二回り以上大きいサイズになったこの技を受けたらさすがの彼女と言えどひとたまりもないだろう。しかし、彼女は立ちあがるのもやっとの状態。回避など不可能と言っていい。
 そんな彼女と言えど、怒りの気を高めたルカリオは容赦せず。ふっと僅かに口を開き笑ってみせると、勢いよく両手を前に突き出し生成した青き波導の弾を撃ち放つ。中心を軸に回転しながら風を切り迫りくる“はどうだん”。ゾロアーク同様戦うだけの余力がなく倒れていたジャローダは、その技を見るや地を這ってゾロアークに近付き彼女をかばおうと体を巻きつける。これで精一杯なのだ。身の危険を感じ、その恐怖に体を震わせるジャローダ。しかし、最後までできることをやりきりたい。この行動がその気持ちの表れだ。共に目をぎゅっと閉じ、今まさに迫る終わりの瞬間に恐怖する二匹。それに対しルカリオは“はどうだん”の先にあるゾロアークらの恐怖に歪んだ顔を思い不気味な高笑いと共に勝利を確信する。
 しかし、彼の狙い通りにはならなかった。彼女たちに技が命中する寸前で一匹のポケモンが立ち塞がったのだ。岩山を思わせる巨体のところどころに紅い結晶を持つポケモン。その姿にゾロアークが、ジャローダが瞠目し口を開いて驚愕の表情となる。直後爆音が空気を揺るがし、着弾部から黒煙が巻き上がる。続けざまに一匹のポケモンが倒れ重い音が響くと、ゾロアークとジャローダは痛みも忘れて倒れたポケモン――ギガイアスの下へと駆けよっていく。

「無事で……よかった……。礼はこれでいいかな……姐さん……」

「ギガイアス! しっかりするんだギガイアス!」

「…………」

 体から黒煙を上げながら、満足気な表情を浮かべ目を閉じるギガイアス。寄り添ったゾロアークがその姿を見て喉を振るわせ呼びかけるも、ギガイアスが応答することはなかった。突き付けられる現実。立ちはだかる脅威。自分の強さはまた誰かに身を呈して守ってもらわなければならない程度のものなのか。過去の記憶と目の前の現実が重なり、その悔しさに拳を握りしめるゾロアークの表情に影が差す。すると、次の瞬間彼女の体毛は燃え上がる烈火と化した。

「罪の無いポケモンまで傷つけおって……。お前だけは許さんぞ!」

 ギガイアスを傷付けられたことで彼女の中で何かが覚醒する。例えかつて恋い慕った仲でも、仲間がやられて黙っているようなゾロアークではない。僅かに捨てきれずにいた敵であるルカリオに対する情愛を捨て去り、怒りの炎がそれを灰にする。もう後戻りのできないところまで来てしまったのだ。この先にあるのはやるかやられるか。逃げ道など存在しない。
 そんな彼女の背水の覚悟を見て取ったルカリオは、薄ら笑いを浮かべ余裕の表情を見せている。

「幻影か。だが俺には通じない」

 眼前のゾロアークは烈火を纏い、触れれば火傷では済まないほどの勢いを見せている。しかし波導によりあらゆるものを看破することができるルカリオは、瞼を閉じて波導による認識を行うことで目では見えないオーラを、目には映る虚像を識別、認識することができるのだ。その力によりゾロアークの纏っている炎は彼女の持つ幻影を見せる力により誤認させられているものであり、実体を持たないことから触れても何も起こらず脅威とはならないことを見破っていた。

「お前は俺を倒せない。それがお前の優しさであり、甘さだ」

「仲間のためなら、私はいくらでも強くなる!」

 あくまで勝つのは自分だと主張するルカリオ。彼はまだまだ余力を残している上に、長く共に過ごしてきたことでゾロアークの性格をよく知っているためその弱点を見抜いているのだ。それに対しその考えこそ慢心であるとし、己の勝利を信じるゾロアーク。例え纏う炎は偽りと言えど、彼女の中で燃え上がる仲間を想う気持ちに偽りはない。
 そしてついに、余力のすべてを賭ける時が訪れる。左足を前に半身になったルカリオは、全身から溢れる波導の力を腰の右に回した両手の間に結集させていく。対するゾロアークは前屈みになり、体を反らしながら胸いっぱいに空気を吸い込む。すべてを賭けた最後の一撃。互いに出す技はもちろん相手の弱点を突く技だ。

「これで終わりだ。“はどうだん”」

「“かえんほうしゃ”」

 両手を突き出すルカリオ。大口を開くゾロアーク。刹那、赤と青二つの光が闇を切り裂き、それぞれの思いを乗せて火花を散らし合う。青き光はすべてを飲み込まんとし、赤き光はすべてを焼き尽くさんとする。その力は互角。光はぶつかり合うことでさらにその強さを増し、地を削り天を焦がす。喉が枯れるまでの雄叫びでさえ掻き消す爆音は大地を揺るがし、他の者が立つことさえ許さない。
 しかし、栄えるものもいつかは滅びる。それがこの世の理だ。しのぎを削る二つの力はやがて衰えを見せ始める。それが先に顕著に現れたのは赤の光だった。“かえんほうしゃ”は体内のエネルギーを酸素と合成し放つ技。それを口から放つゾロアークは攻撃中に一切の呼吸ができず、呼吸をしようとすれば技が中断されてしまうのだ。するとどうなるか、もはや説明するまでもないだろう。それを知っているゾロアークは朦朧とする意識を繋ぎ止め懸命に堪えるも、酸素は始めに吸い込んだ以上には存在しない。限界を超えた彼女の体は血中の酸素濃度が急激に低下し、高山病に似た激しい頭痛を引き起こし纏っていた幻影の炎さえ消滅してしまう。一方のルカリオは体力が続く限りはどうだんを生成し続けることができる。彼とて体力の消耗こそあれ、この違いは決定的な差と言えるだろう。やがてゾロアークの火炎は急速に衰えを見せ始め、次第に波導の力に飲まれていく。

「(ここまで……なのか……)」

 薄れゆく意識の中、心さえ折れかけたその時だ。

「“リーフストーム”」

 火炎と波導、二つの力がぶつかる中、火炎の側から突如吹き荒れる草の嵐。ジャローダは耳鳴りを引き起こすほどの甲高い雄叫びを上げると、どこからともなく鋭利な葉を巻き上げ、それをルカリオの波導に対抗すべく放ったのである。嵐の如く吹き荒れる“リーフストーム”は勢いを失う“かえんほうしゃ”に取って代わり“はどうだん”と激突。声をかける余裕はない。しかし、声なき言葉が必ず心に届くはずだ。ジャローダの思いは崩れゆくゾロアークの心を支え、彼女に再び戦う力を与えていく。
 今ならもう一度“かえんほうしゃ”を出せる。“はどうだん”を食い止めてもらうことで呼吸の時間を与えられていることに気付いたゾロアークは、空腹のカビゴンが食料を貪るように酸素を体内に取り込んでいく。これにより失われていた血中の酸素濃度は瞬時に平常時にまで回復し、さらに彼女が技に使用する分の酸素を肺に収めたことでいよいよ戦いはクライマックスを迎える。

「くっ、“リーフストーム”は徐々に特殊攻撃力が下がる技。なのに何故だ? こいつは衰えるどころかさらにパワーを上げているだと……」

 ゾロアークが呼吸をする隙を狙い一気に畳み掛けんとするルカリオ。“リーフストーム”は強力な技だが、使う度に能力が衰えるという欠点がある。それが彼の常識。しかし、世の中にはその常識を覆す者がいる。実はこのジャローダ、極めてごく一部のポケモンしか持たない“あまのじゃく”という特性を持ち、能力の増減を逆転させる体質なのである。それによって使用する度に特殊攻撃力を下げる“リーフストーム”は、使用する度に特殊攻撃力を上げる技となったのだ。

「これで止めだ。“かえんほうしゃ”」

 もう負けることはない。傍に仲間がいる限り。ジャローダの助けを得たゾロアークは揺るぎない絶対勝利を確信し、その自信を胸に渾身の“かえんほうしゃ”を繰り出す。その業炎は嵐の風を受け、葉っぱを燃料に燃え上がる。瞬く間にルカリオの波導を飲み込んだ炎は、有無を言わさぬ力を以って漆黒の夜空を紅く染め上げていく。その中にルカリオの声が入る余地はなく、その姿さえ留まることを許さない。
 天へと昇る火柱はすべてを焼き尽くすと、やがて宇宙の彼方へ飛ぶように空へと消え去った。これで戦いは終わったのだ。後に残ったジャローダは力無く倒れ伏し、ゾロアークは天を見つめこう口にする。

「いつだって愛する者たちに守られているんだ。私は負けるわけにはいかない!」

 その瞳に光が満ちていたことは誰も知らない。





 あれから一週間後。特性頑丈により一命を取り留めていたギガイアスの傷が癒え、ようやく山へ帰る時を迎える。ゾロアークとジャローダは、ギガイアスを見送るべくギルドから少し離れた“こうぞねやま”行きの道へとやってきた。空は彼らが初めて出逢った時のように青く、朝の柔らかい陽光が一面に降り注いでいる。そんな陽射しに身を包まれた彼らの表情もまた爽やかなもので、そこには絵に描いたような清々しい朝の時間があった。

「姐さん方、もうこの辺でいいですぜ」

 そんな彼らにも別れの時が迫っていた。ギガイアスには帰りを待っている仲間がおり、ゾロアークにもまた帰るべき場所がある。長い人生においてほんのわずかに重なった道。その道は今再び分かれようとしていた。
 別れを惜しみながら一匹山へ向けて歩みを進めるギガイアス。と、その時だ。突然ギガイアスに緑色の何かが巻き付き、その体を拘束し始めたのだ。

「ククク……今度はもっと可愛がってやるぞ」

 緑色の何か、それはジャローダだった。一週間前のあの日のように蔑むような目でギガイアスの全身を舐めるように見る彼女の姿に、ギガイアスの胸の鼓動が高鳴る。彼には蔑まれて快楽を得るような趣味はないが、薮から棒なジャローダの行動には驚きを隠せない。前回こそ“メロメロ”により言いなりになってしまったが、今回はそうでないため抵抗をする気になればできるのだが……

「ワタシに化けるな!」

 ギガイアスの思考が混乱状態に陥っていたその時、巻き付くジャローダに“つるのムチ”が襲い掛かる。勢いよく打ち付けられた鞭は痛々しい高音を鳴らし、さすがに堪えたのかジャローダは拘束を解きギガイアスから離れる。すると彼女は一瞬全身から紫の光を放ち、みるみるうちにその姿を変えていく。そして現れたのがゾロアーク。そう、今ギガイアスを拘束していたのはジャローダに化けたゾロアークで、それに“つるのムチ”を打ち付けたのが本物のジャローダである。
 ジャローダは白目を剥き出しにしてゾロアークを叱るも、当の本人は悪びれる様子もなくニヒヒと口を開き無邪気な笑みを見せるばかり。ギガイアスはと言うと、ゾロアークのお茶目な誘惑にハラハラドキドキさせられ高鳴った胸を、瞼を閉じてゆっくりと深呼吸で落ち着かせる。と、そんな彼の頬に柔らかい何かが触れた。その感触に気付き、目だけを動かして触れたものを確かめるギガイアス。するとそこにあったのは、瞼を閉じた穏やかな表情で彼に口づけをするゾロアークの姿だった。

 これには収まりつつあった動悸も高鳴りを取り戻し、耳を当てずして音が聞こえるのではないかというほどにかつてない速度で脈を打つ。それに伴い、石焼きができるのではないかというほどに体温が急上昇を始める。ゾロアーク、ジャローダに幾度となく誘惑されている彼もこれほど驚愕したことはないだろう。
 そんな彼に対し、ゾロアークは真剣な眼差しを彼の瞳に向けこう口にした。

「お前がいなければ奴には勝てなかった。かっこよかったぞ。その……ありがとな」

 さすがの彼女も最後は照れ臭かったのだろう。徐々に視線を逸らしつつも、ルカリオの攻撃から体を張って守ってくれた彼に真心を込めて礼を述べる。先程のキスは彼女なりのお礼なのだろう。その感謝の気持ちが伝わったギガイアスはいつの間にか胸の鼓動を収め、ゾロアークとジャローダにこれ以上ない優しい笑顔を送ると、背を向けゆっくりとその場を去って行った。
 ギガイアスの姿が見えなくなるまで無言で彼を見送る二匹。やがて彼の姿が視界から外れると、ゾロアークは無言のまま振り返りギルドへ向けて歩きだす。それに付き従うジャローダ。その面持ちはどこか重く悲しいものだった。
 しばらくして後、ギルドに続く一直線の長い坂道までやってきた二匹。しかし、ここに来るまで無言を貫くジャローダの様子に異変を感じたゾロアークははたと立ち止まり、鬣を揺らしながら振り返りジャローダを見つめる。するとそれに合わせてジャローダもまた立ち止まり、俯き加減だった頭を上げ視線をゾロアークに向ける。しかし、程なくしてその視線は下がり、彼女はいつにない弱々しい表情でこう呟いた。

「なんか……あっという間だったな。ワタシはこれからどうしたらいいんだろう……」

 短いその言葉に悲しみが滲み出ていることを悟ったゾロアークは、ふっと口元を緩めて笑って見せるとゆっくりとしゃがみ込みこう言葉を返した。

「エックスは交差、すなわち出逢いを意味し、ゼロは始まりの数字、そして終わりの数字でもあることから最初で最後という意味を表している」

 右手で拳を作り、指を一本だけ出すと地面に文字を書きながら言葉を続けるゾロアーク。

「それらが合わさったエックスゼロは最初で最後の出逢い、すなわち一期一会を意味している。出逢いがあれば別れもある。それが人生だ。だが、たった一時でも共にあった時間に偽りはない。私は……そう信じている」

 ギルドの名の由来、それを語ると同時に明かされる彼女の心境。最後の言葉は、今でも決して色あせることのない愛する者への想いなのだろう。誰よりも辛いはずの彼女はそれを微塵も見せず、気丈に振る舞っていたのだ。そのことに気付いたジャローダは、初めてそんな彼女が自分に弱さを見せたことでいたたまれない気持ちになる。

「おかえりー!」

 と、その時だ。突如聞こえてきた複数の声。二匹がはっと頭を上げ声の方向へと視線を向けると、そこにはダイケンキらギルドの仲間たちが手を振りながら帰りを待つ姿があった。

「だから、今を精一杯生きていこう。私は、お前は一人じゃない。仲間と同じ道を歩いているんだ。一緒に来い、&ruby(エックスゼロ){一期一会};へ!」

 自信に溢れる表情を取り戻したゾロアークは、右手を差し出し共に歩もうとジャローダをギルドへと誘う。彼女の強さに、その心意気にかつてない高揚感を覚えたジャローダは、彼女とならば上手くやっていけるに違いないと確信する。そしてその彼女からの誘いにジャローダは高貴さを漂わせる襟のような葉の付け根から蔓を伸ばし、それを掴ませることで承諾の意を示す。
 それと同時にギルドへ向けて颯爽と走り出す二匹。朝の爽やかな風に、穏やかな陽射しに身を包まれながらただいまと元気よく言葉を返す二匹を待ち受ける未来とは何か。こうしてジャローダを迎え入れより一層活気づいた&ruby(エックスゼロ){一期一会};は、今日も未知なる出逢いを捜索すべく走り続ける。





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''あとがき''
今作で二度目となる大会への挑戦でしたが、今回は原点に立ち返り一番得意な分野で挑戦しました。それでも入賞ならずで悔しいですが、自分の大好きなポケモンを選出して本気で取り組めたのはよかったと思っています。このお話は私が代表作としている[[ポケットモンスタークロススピリット]]に負けず劣らず力を入れたもので、実は前に活動していた際に執筆していてゼロからやり直す覚悟でwikiへ移動した際に打ち切った作品の「一期一会」というコンセプトをそのままに、キャラクターや世界観などを一新して新たに書き下ろした作品なのでとても思い入れがありました。そんな作品を大会という素晴らしい舞台に出せたことは嬉しい限りです。
個人的な都合上これ以上大会に作品を出す時間がないため、たった二度ではありますがこの作品を持って私の大会出場は最後とするつもりです。ここで活動できる残りの時間はなるべく連載長編のみに充て、完結に向けて注力していきたいと思っています。この作品からさらにレベルアップしていけるよう頑張りますので、これからも応援よろしくお願いします。

最後まで読んでくださりありがとうございました。
よろしければ誤字脱字の報告や、感想、アドバイスを頂きたいです。
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※大会中いただいたコメントの返信です

・ネタの部分と真剣な部分のメリハリがあって面白かったです。仲間を大切にする思いが描かれていて感動しました!(2012/04/04(水) 16:17)

>まず、読んでいただいたばかりか投票までしてくださりありがとうございます!
シーンごとのメリハリは意識して書いた部分なのでお褒めいただき嬉しい限りです。普段割と真面目なお話ばかり書いてしまうので、ネタの部分はR-18にならない程度に妄想を膨らませてみました(笑)
仲間を大切にするという部分は私が最も得意としている分野なので、大会優勝を狙うべく自身の持てる力をすべて出し切るためにこのようなジャンルを選択しました。長所で以って感動させることができればと考えながら構想を始め書いてきたので感動したとのお言葉はとても光栄です。
惜しくも入賞にも入りませんでしたが、貴重な票をくださり本当にありがとうございました。これからも頑張りますので応援よろしくお願いします。


・戦闘描写も申し分なし、散りばめた謎が気になって次へ次へと読んでいけました。続きが気になりますっていうか是非続いて下さいお願いしますの意味も込めて一票を。(2012/04/05(木) 01:39)

>まず、お読みくださり投票までしてくださってありがとうございます!
戦闘描写や展開の運び方へのお褒めの言葉ありがとうございます。戦闘描写は連載長編にもあるので鍛えてはいるのですが、なかなか難しいところで自信が持てない部分なのでお褒めいただき自信に繋がります!散りばめた謎については、なるべくキャラクターを少数に抑え、一人一人を濃密にしていき続きが気になるようにと意識したのでそこも評価していただき嬉しい限りです。
それと、続編のご希望本当にありがとうございます!構想自体は読み切りに止まらないレベルでしていて、フラグの回収も完全には終えていないので正直申しますと続きを書くことは内容自体としては可能です。
ただ、個人的で大変申し訳ないのですが、私が小説作者として活動できる期間が既に二年を切っていましてそれ故連載長編が完結まで間に合うか非常に怪しいため、こちらも書きますと最悪どちらも立たずということになり打ち切りになってしまう恐れがあります。そもそも私が遅筆であることが問題なのですが、このような理由から以後は連載長編に集中しようと考えています。
しかしながらせっかく続編希望が叶うと思って票をくださっているので、何とかそのお気持ちにお応えできないか真剣に検討したいと考えています。とにかく今作において続編希望のコメントは最大級の賛辞と思っておりますので、執筆速度を上げて対応できるよう努力したいと思います。すぐご期待に添えられず申し訳ありません。
惜しくも入賞にも入りませんでしたが、貴重な票をくださり本当にありがとうございました。これからも頑張りますので応援よろしくお願いします。
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