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一万ポケのお仕事 の変更点


#include(第十回仮面小説大会情報窓・官能部門,notitle)


&color(red){注意};:&color(red){R-18};、&color(white){男性と男性};の&color(white){売買春};表現があります。

作者:今回も安定の[[分厚い仮面の私>リング]]

「はい、これ」
 このアシレーヌ、キリアは何の因果か俺の従兄妹である。この性悪にして悪趣味な雌は、何が楽しいのか俺を衆道の道に落としたくて仕方ないらしい。俺がガオガエンに進化してからというもの、その体つきが気に入ったのかは知らんが、様々ないらんことをやらかしては、俺の苦悩を誘っていた。
 ある時は、エンニュートの体液をどこからかもらってきて、それを俺の体に塗りたくった状態で、友達のエレキブルと密室に閉じ込められたことがある。互いに欲望に流されかけたが、お互いの体で解消するわけにもいかず、自分だけで処理して何とか性欲を押さえつけて事なきを得たが……
 当然カンカンに怒ったエレキブルはキリアに詰め寄ったが、後日非常にすっきりした顔を見せていた。キリアがどうやって彼のご機嫌を取ったのか、考えてはいけないことなのだろう。
 またある時は、巨大な湖に浮かぶ無人島へ遊びに行ったとき、キリアと同じく従兄妹のナゲツケサルの男と遊んでいたところ、キリアが腹ごしらえにと魚を取ってきて俺たちに食わせた魚……まさかそんなものに妙な白ゴキブリの分泌物を利用した媚薬を盛られているとは思わず、あいつは海から俺たちのことを見守りながら、悠々と発情の様子を見守っていた。
 無人島にて前回と同じ要領で解消しようとしたが、従兄妹はそっちのけがあったようで、俺の体を求めてきたから、必死でに逃げ回る羽目となった。
 その後は、体を鍛えるために通っている筋肉同好会のライバルをけしかけてきたこともある。なんとか逃げたが、そいつは翌日から筋肉同好会に顔を出さなくなっていた。
 それでもだめならと、あいつは自分の体で誘惑しつつ『私を抱いてみたい? なら、条件があるの……』と、切り出した。
 キリアは美しい。親戚とはいえその容姿に心をひかれることもあるにはあったが、交換条件を聞くまでもなく嫌な予感しかしなかったので、俺はキリアの鼻をつまんで強引に横を向かせて拒絶した。
 だが、何の因果かこいつに頼ることになるとは……


 ある日のこと――
「ねー、クロンド。あなた、姉の結婚祝いが必要なんですって? お金困ってるでしょう?」
 始まりは、だれにも何も話していないのに、なぜかキリアがこうして俺の家に押し掛けてきたことであった。
「お前、その情報どこから仕入れてきた?」
「あらあら、あなたの姉も私の従兄妹なんだもの、結婚式の報告くらいは来るわよぉ? でもって、あなたって、万年金欠よねぇ? どうせ、今月の給料はもうすでに大分消費しちゃったんでしょう?」
 きっちりばれてやがる。
「そう、だが……」
「あぁ、かわいそうなあなたのお姉さん、せっかくの晴れ舞台だというのに、ふがいない弟、クロンドからの贈り物を受け取ることもできず、寂しい気分で結婚式を迎えることになる。『ああ、私は家族全員から愛されているということはないのね、従妹たちは贈り物をくれたけれど、大切に面倒を見てきた弟は私を祝福してくれないだなんて、私が弟をかわいがった日々は何だったのかしら……』と、思いながらもの憂い気な顔で嫁いでいくことになる。あぁ、あわれな花嫁……」
「それはもう分かったから本題を話せ……なんだ、金でも貸してくれるのか?」
「いやぁ? そんな、金の貸し借りだなんて、あなたが負い目を感じてしまうようなことをさせるわけないじゃないの。だから、今日はあなたが仕事が休みの日でもできるような、一日で終わるちょっとした稼げるお仕事を紹介したいと思うのだけれどぉ。
 それを見事遂行すれば、とりあえず姉の結婚祝いに格好つくぐらいのお金は手に入ると思うのだけれど……あぁ、でもきっとあなたは嫌がるでしょうねぇ、ふざけるなというでしょうねぇ……」
「いいから、どんな仕事だ?」
「うーん、ただ、個室でお客様と話をするだけの非常に簡単なお仕事よぉ? とってもらくちんなお仕事でしょう? 頑張れば一日であなたの手元に一万ポケはいるわ」
「あやしい……」
 こいつの持ってくる仕事だ、絶対にろくでもないものに決まっている。しかしながら、給料日までまだ時間があるが、姉の結婚式が迫っているのは確かである。
 一万ポケがあれば、あとは友達からお金を借りれば何とかいい装飾品の一つでも買えるだろう。給料日に返すとなると来月は苦しくなってしまうが、そればっかりは我慢するしかない。
 だが、やりたくない。なぜなら、こいつのやることは予想がついてしまう。なぜなのかこいつは、俺が衆道の道に沈むことを望んでいる。俺が男とよろしくやっているところを見たくてしょうがないと見受けられる。
 おそらく、奴が持ってくる仕事もその関連だろう。だが、今の俺には金がない。両親が災厄によって失われた今、数少ない肉親の俺が姉ちゃんの結婚式を盛大に祝いたい。背に腹は代えられない。
「そっかぁ、怪しいかぁ……そうだよねぇ、今まで私があなたにしでかしてきたことを考えれば、そのようなことを思うのも当然よねぇ。はぁ、仕方ない仕方ない……この話は白紙ということで、あなたのお姉さんへの結婚祝いは寂しいものになってしまうけれど、私は何も援助できないし……仕方ないわねぇ、えぇ、仕方ない」
 ここまで言われると、なんだか自分がひどいことをしている気分になってしまう。
「や、やるよ……」
 と、俺が一言でもやる気を見せると。
「はい、これ」
 こいつは一秒の間も開けずに、笑顔で書類を渡してきた。

 内容は、『自分を指名したお客様と、一つの部屋でお話しながら過ごだけの簡単なお仕事』である。
 基本給は一時間一千ポケだが、お客様に気に入られればチップはいくらでも弾んでもらえるそうだ。『気に入られる』という時点で不穏な予感しかしない。

・お客様はボーイへの暴力等は絶対に行わないこと。ボーイへの暴力行為があった場合は、たとえ勝てる相手だと判断してもボーイは自身で反撃することはなるべく控え、スタッフを呼ぶ等の対処をお願いします

 まぁ、当たり前のことだ、これはいい。

・依頼人は、ボーイの粘膜及び性器への接触は許可を得てから行うこと

 粘膜ってなんだ、鼻の中とか口の中とかのことなのはわかるが、粘膜ってなんだ。そして性器ってのは、もうこの時点で大体の仕事の内容は予想出来てしまった。

・室内での金銭及び物品のやり取りは自由ですが、あまりに大金のやり取りをすることは推奨されておりません。警察などにあらぬ疑いをかけられない、常識的な金額、品物を推奨します。当然、禁止薬物等の取引及び使用は一切禁じております。

 実際にそういうことがあったのだろうか、あまり想像したくない光景だが、常識外の大金については俺は関係ないと信じておこう。きっと、少額のやり取りならあるんだろうなぁ……
 しかし、この内容、場合によっては追加でお金のやり取りを行うこともできる……ということなのだが、そのためには粘膜とか性器とかを触れレることを許容しろというわけか……果てしなく怪しいことだが、お金が……手に入るのであれば……
「この内容に納得できたならば、契約書にサインして、面接を行った後、指定された日に現場に行けば大丈夫だから。簡単でしょう?」
 簡単、なのだろうかこれは……。簡単、かどうかはわからないが、背に腹は代えられない。結局、俺は考えた結果その契約書をよく読んだうえでサインする。『覗かれていても文句を言わない』のような記述があるわけでも無かったから、きっとキリアに覗かれるようなこともないはず……だ。
「ありがとぉ。これで私、紹介料で一千ポケ貰えるのよぉ。あなたにお食事奢ってあげるね」
「お、おう」
「あなたがリピーターになってくれたらさらに二千ポケ貰えるのよ。そしたらあなたのお姉さんの結婚祝いももっと豪華にできるわぁ」
「……リピートしねえぞ」
「して♪」
 キリアは笑顔で首をかしげながら要求する。
「しねえぞ!」
「して?」
 キリアは真顔で要求する。
「しねえぞってば!」
「チッ……」
 俺が断固として『しない』といえば、キリアは舌打ちする始末。
「しねえからな……」
「キリア、今から時計の物まねします!」
「いったいなんだよ!?」
 言いながら、キリアは俺の耳元に口を寄せて……
「チッチッチッチッチッチッチ……」
「やめろ馬鹿! 怖えよ!?」
 なんかこいつ怖い、相性で不利なのもあるんだろうけれど、こいつ怖い……アシレーヌってこんなに怖いものだっけ?
「……うんうん、あなたは昔っから忍耐力がないからねぇ。また金欠になることを期待してるよぉ」
「だからリピートしねぇぞって!」
 こいつの策略に乗るわけにはいかない。いかないんだ……


 そうして、面接へと進む。面接を担当するこの店のオーナーは、メタグロスの男性で、かなり屈強そうな太い手足を備えている、傷だらけの見た目だ。修羅場の一つや二つはくぐっていそうな見た目じゃないか。愛称は俺のほうが圧倒的に有利だが、むしろ俺より強いんじゃなかろうか。
「いやぁ、クロンド君っていうんだ。君はいい体していますねぇ」
 彼は、俺が面接のために部屋に入ってくるなり、俺の体を見てそう評した。
「ど、どうも……鍛えていますので……というか、オーナーこそ、ものすごい肉体では……」
「あー、僕は昔、このお店のボディーガードやっていたからね。昔お世話になっていたオーナーさんから、このお店を譲ってもらったんだよ……ところで、君の話に戻るけれど、それだけ鍛えていれば、君を気に入ってくれる人はいくらでもいますよ! 今からでも仕事を始めてもらいたいところだけれど、クロンド君。気が進まないって顔してますよ。大丈夫かな?」
「それはその……金欠で、仕方なくという感じで紹介されたので……」
「大丈夫ですよ、ウチはそういう子多いですから。でも大丈夫、君には素質があるし、そういう気が進まない子でも、そのうちこの仕事を気に入ってしまった子ばっかりですから」
「そういう怖いことを言うのはよしてください……」
 『この仕事を気に入ってしまった子ばっかり』、と言われた俺は血の気が引いた。
「じゃあ、まずは仕事の簡単な説明をしないとね、準備はいいですか?」
 何が『じゃあ』なのかわからないが、俺の恐怖心はすっかりと無視されてしまったようだ。どうしろと……
「は、はい……」
「まずは、お客さんが君を指名したら、君は指定した部屋で待機してもらいます」
「ふむふむ」
「そこでまずはお客さんとお話をします、お客様とは一時間ごとに一千ポケの基本給が出ます」
「はい」
「お茶とお水は飲み放題だから、喉が渇いたら自由に飲んでくださいね。有料のドリンクや食事もあるから、お客様と相談して飲んだり食べたりしていただいて構いませんよ。
 有料の飲み物は、モーモーミルク、ルナコーラ、ソルガオレ、レシラム酒、シビビール、エネココア……それと各種カクテルが多数……まぁ、アルコールは、接客に支障をきたさない程度にね。
 食事のほうはフィッシュアンドチップスやフルーツ盛り合わせ、腐った残飯、鉄鉱石に、怨念が込められた鉄釘、ババリバフィッシュのフライなど、まぁ何でもあるから、客と相談して自由に選んでくれ。うちはいいところから鉄鉱石を仕入れているからね、客にも評判だよ」
「はい……いや、俺はそれ食えねえよ!?」
 アルコールを飲めるのはありがたいが、果たして味わえる精神状態なのだろうか……というか、明らかに俺が食べられないものがいくつも混じってる。
「また、洗面台などもありますので、食事の後に歯を磨いたりしてもかまいませんよ」
「は、はぁ……」
 雲行きが怪しくなってきたぞぉ……
「それと、君のような炎タイプのポケモンがボーイさんだったりお客様だったりすることもありますよね? 掻いた汗を流したり、涼んだりするために入浴出来るから、お風呂は自由に使ってくださいね」
「えぇ!? 入浴は必要なんですか?」
「必要ですよ? また、会話の最中で眠くなったときは、ベッドで休むこともできますから、自由に使ってくださいね」
「いやいやいや、それはおかしいでしょ!?」
「何もおかしくないですよ? あ、お客様から何かしらのお誘いを受けたときは、私のほうでは関知しないので、自由にしていただいて結構ですよ」
「じゃあしません……しません。しません」
「そうですかぁ……ちなみに、その場合はまぁ、お客様からのチップが少なくなっちゃうと思うけれど、それも一つの選択肢だね。あ、そうそう、チップのやり取りは自由だけれど、あまり大金のやり取りはしないでくださいね。一度、このお店で危ない品の取引をされたことがあってさぁ……というか、見つけたのが一度だけで、たぶん何回もやられてたんだけれどね……鼻の利く保安官が、妙なにおいをかぎつけたら案の定って感じでさ」
「そ、それは大丈夫です……」
 そんな調子で、この仕事の説明は続く。やることは、深く考えなければ簡単なことばかりであったが、深く考えると自分の尊厳が見る見るうちに失われていくような気分になりそうだ。

 ここまで来て後には引けず、俺もまんまとキリアの策略に乗って、この店で体験入店として働くことになる。店主は『やー、君なら売れっ子になれるよ、その大きな体、逞しい筋肉、とっても素晴らしい』と言って、俺をやたらと讃えてくる。
 キリアといい、俺の体に魅力を感じてくれるのは嬉しいのだが、その魅力の方向性がどうしてこうも俺にとって嬉しくない方向へと働いてしまうのか。悩みの種以外の何者でもない。
「体験入店するだけ、体験入店するだけ、リピートはしない……絶対しない……」
 俺はマジックミラー越しに客の前に姿をお披露目すると、すぐに客がついてしまった。『初めての子なので争奪戦になってしまったため、マナーの良いお得意さんを回してあげたよ。初めてのお客さんとしてはちょうどいいだろう?』と、店主は誇らしげだ。
 『楽しんできてね』とまで言って、お墨付きのお客様を差し出してくれたのは、とても嬉しいことなのに、心は『やめて』と叫んでいるようだ。というか、マジでやめてえよ!
「ど、どうも……よろしくお願いします」
 緊張しながら部屋で待機していると、やってきたのはレパルダスの男。柔軟そうな体は、柔らかい絨毯の上を音もたてずにしずしず歩いていく。匂いからして男だというのは確実だが、体中の曲線がどこを切り取ってもなまめかしい。そして、その匂いの中にはマタタビが微かに香る。この匂い、ガオガエンの俺には非常にきつい。
「おー、これはこれは、近くで見ると本当に逞しい体つきをしていらっしゃる」
「ど、どうも……」
 レパルダスの男は俺の体の匂いを嗅ぐ。
「これはこれは、匂いも悪くない。良いものを食べている証拠ですが……少しお酒の匂いがするようだ。酒自体は嫌いではないが、体から発せられる酒の匂いはあまり好きではないな」
「す、すみません」
「いやいや、良いのだよ。初めてだろう? 今度から仕事の前日は食事や飲酒に気を付けるといい」
「う……リピートはあまりしたくなくって……」
「ふむ? そうか、金に困って一回きりというわけか……ふーむ、それは残念だが、予想以上にお金がもらえるならば、また来てくれたりもするのかな? そうだな、まだろっこしいことはなしにしようじゃあないか。
 まずは二千ポケ。君の毛並みを堪能させていただくために払わせてもらおうか。君が働きたいと思ってもらえるようにね」
「二千、ですか」
「えぇ、二千、です。少なくとも、初回の一時間分は目いっぱい楽しみたい」
「わ、わかりました」
 大金というわけではないが、一時間でそれだけもらえるのであれば、時給三千ポケということになる。何をされるのか少し不安ではあるが、それだけで三千ポケももらえるのであれば……
 なるほど、一時間一千ポケでは、まともに働くと一万ポケを稼ぐには一〇時間以上かかる。しかもそれは客を取れればの話であり、一万ポケの仕事言われて紹介されたが、このようにかせぐのか……
 そしてベッドやお風呂の用途は……考えないようにしよう。
「では、チップは……君の私物かな? こちらのバッグに入れさせてもらうよ」
「あ、ありがとうございます」
「まだ表情も動きも固いけれど、ちゃんと挨拶はできているね。その調子で、どんどん接客に慣れて行くといい」
「は、はぁ」
 レパルダスの男は、俺の私物が入っているトートバッグに銀貨を突っ込んだ。それで許可を得たとばかりに、レパルダスは筋肉の凹凸を、毛並みを、筋肉から発せられる熱気を、その筋肉の固さ、弾力を。存分に味わっていく。俺は立ち竦んだまま、彼の鼻息をその身に受け続ける。その間にも、彼の体から立ち上っていくマタタビの香り。
 俺の体温で温められたおかげか、レパルダスの体臭と混じって俺の頭をくらくらさせる。男はマタタビの匂いに慣れているのか、自身がつけているその匂いに心を乱されることもなく、俺の体に匂いをつけることに必死のようだ。
 立ち竦む俺のすね、ふくらはぎ、ひざ裏に前足をこすりつけ、太ももや腰回りには胴体。そして腹のほうには頭をこすりつける。マタタビにやられて、俺も相手の体に自分の体をこすりつけたい衝動が……あぁ、魔性の香り……
「体がまだ固いね。大丈夫? 緊張してる? 初めてなんだろう? きっとお金が必要で働いているんだろうけれど、大変だね」
「大変というかなんというか、俺の浪費癖がひどいだけで、そこまで生活苦ではないんですが、姉の結婚祝いが必要になりまして……」
「ほほう、急な出費があったわけか。それはそれは、大変だね。お酒や食事に使っちゃうのかい? それとも、何か別のものかな?」
「さ、酒に使ってます……うまい酒を飲むのが何より大好きで」
「ほーう。しかし、体には気遣っているんだねぇ。体は逞しくって、とてもバランスが取れた美しさだ」
「筋肉がつくのは大好きなもので……」
「関心関心。筋肉というのはかけがえのない財産だ」
 言いながら、レパルダスは俺の体の匂いを更に激しくかぎ分け始めた。思わず俺は目を瞑る。彼の鼻息が毛皮をかき分けて肌を刺激するたびに、全身の体毛が逆立ちそうになる寒気を感じる。男に体をまさぐられることがこんなにも気持ちが悪いだなんて。
「筋肉は男を魅力的にする鎧だ。いつか良い出会いがあった時のために、つけておいて良いことばかりだ。自分の身を守る鎧にして、伴侶を守るための盾であり、女性のハートを射止める弓矢にもなる。それを身に纏うとは実にいい心掛けだ」
「女性以外も射止めてしまっているようですが……今現在、あなたのハートまで射止めてますし……」
「なに、お金を引きよせることは出来ているじゃあないか。とてもとても素晴らしい事じゃあないか。その肉体……その筋肉は十分に財産だ、大切にするといい」
「お、おう……」
 レパルダスの男は、俺の体に余すところなく匂いをつけようとしているようだ。俺もだいぶマタタビの匂いに慣れてきて、あまり心を乱されなくなっていたが、ついでに体をこすりつけられるたびに寒気を感じていた体も、もう反応しなくなってきた。
 嫌だと思っていたことや辛いことに慣れるというのは良いことだが、こればっかりは慣れてはいけない気がする。
「これはこれは、とてもいいねぇ。君の筋肉は緊張していない時はとても柔らかい。固いだけの筋肉なんかに意味はない。柔らかさと固さ、その二つを同居できる筋肉こそ最高だ。リラックスしているときは海に揺らぐ波のようにしなやかで、固めたときは鋼のように、ダイヤモンドのように固く」
 すると、レパルダスの男はそんな俺の体のことを褒めつつ、後ろ足で立ち上がって俺の胸を押す。今までずっと立ちっぱなしだった俺と視線の高さを合わせるつもりのようだ。
「君の首元なども堪能させてもらうよ?」
「え、えぇ」
 戸惑う間すら与えられず、レパルダスのされるがままになった。チップでももらっておけばよかったと脳裏をかすめたが、時すでに遅し。首元に鼻をあてがわれ、すんすんと匂いを嗅がれる。噛み付かれることはあり得ないとはわかっていても、首元に牙を近づけられているわけなので、体が緊張してしまう。
 レパルダスはうなじや耳に至るまで俺の体を堪能し終えると、少し疲れたのか床に座り込む。
「味わわせてもらったよ。それで、どうだい?」
 言いながら彼は、俺に一千ポケを見せびらかしつつ、トートバッグにそれを突っ込んだ。これで基本給、最初の二千ポケと合わせて四千ポケ……。
「次は、君と入浴を楽しもうか。あぁ、もちろん強制ではない。こちらに提示したお金を払おう」
 と、レパルダスの男は二枚の大銀貨……二千ポケを見せびらかす。結構な額だ……そのうえ、時計を見る限り、もう時間は一時間を過ぎようとしている。もうすぐ、追加で一千ポケ入るということだ。
「あの、時間のほうは大丈夫ですか……?」
「先に一〇時間分払っておいている。時間が余ったら、払い戻しか、もしくは次にお店に来た時のチャージができるシステムだよ。早く出ても損にはならないが、ゆっくりしても大丈夫さ」
「そうですか……では、存分に楽しめる、というわけですね」
 俺は早く帰りたいけれど。
「ほう、乗り気かい?」
 しまった、と俺は口を押さえる。俺は存分になんて楽しみたくない……けれど、入浴すればチップと基本給で三千ポケ。言うまでもなく魅力的だ。
「濡れるのはあまり好きではないが、君の体が熱すぎて、私の体は火照ってしまっている。君もあまり濡れるのは好きじゃないだろう? 猫系の子はみんなそうだし、特に君は炎タイプだ。だから、濡れるのは嫌いだろうと推測しているが……私は、体の汚れを落とすことを含めて、入浴したいと考えているのだけれど、無理かね?」
「親戚の水タイプの子とよく海や……この辺に来てからは湖で遊んでいたからその点は大丈夫です、が……」
「ふむ、ならば……せっかくだ、濡れるのは好きではないが、他人に体を洗ってもらうのは、とてもとても大好きだ。そうそう、魅力的な容姿の持ち主が相手ならば、体を洗ってあげることも好きだ。無論、君は魅力的だよ」
 地雷踏んだ……苦手ってことにしておけばよかったぁぁぁ。と、俺は後悔するが、それは決して顔に出してはならない。心の中にぐっとしまい込んで耐えなければならない。
「さてさて、どうするね?」
「やり、ます……」
 あまり気は進まなかったが、お金の魅力には抗うことが出来なかった。
 他人を洗うだなんて初めての経験なので、俺は水の温度を確認させ、ぬるま湯の水をレパルダスにしみこませた。恐る恐る水をかけると、やはり水に濡れるのは嫌いなのか、まゆをひそめて不機嫌そうな様子だ。
「では、まずお背中を」
「あぁ、頼むよ。ゆっくり、丁寧にね」
 背中は楽勝だった。自分の腹などを洗うのと同様に、体の上に石鹸を滑らせ馴染ませたあと、毛並みをかき分けるようにして泡を馴染ませていく。本当に体を洗ってもらうのが好きなのか、レパルダスが舌なめずりをして上機嫌になっているのが手に取るようにわかる。
「あぁ、いいよ。君はきちんと丁寧に洗ってくれるね……」
「客商売、ですから」
「初めての割には良い心掛けだ。次は胸と足を頼む」
「はい……」
 足は、床に座り込みながら一本ずつ、肉球の隙間も含めてきちんと洗う。胸を洗うのは構わない、だけれど俺は、腹や後ろ足のあたりで手が止まる。
「どうしたんだい?」
「いや、ここは……」
 俺が言葉を濁そうとすると、レパルダスの男がくすくすと笑う。
「デリケートな部分だからね。『触っても大丈夫か?』、という事を考えているのならば、大丈夫だと伝えよう。他人が触れてもよい場所なのかと考えてしまうことは、とても良い配慮だ」
「恐縮です……」
「しかし、触りたくないというのであれば……」
「あれば?」
「いくらほしいかな? いくら積めば、君はそこを洗ってくれるかい?」
「え、えっと……」
 これを了承すると、股間や尻の周りも洗わないといけないという事だ。えぇと、男性のそんな場所を洗うのは、それはとても遠慮したいのだけれど、どれくらい要求していいのだろうか、どうなのか。
「どれくらい要求していいのかわからないので、何とも」
「ふーむ、そうかそうか。確かに、初めてならそういうこともあるだろう。では、君くらい魅力的な子なら……そうだねぇ、全身を余すところなく洗ってくれるのであれば、追加料金で二千ポケ払おう。さすがに今は入浴中ゆえお金は持っていないが、体を洗い終わったら渡すと約束するよ」
「にせん……」
 これを受け取ってしまうと、文字通り全身を洗わなければいけないことになる。まぁ、それはいい。ここで中断してしまえば、その後のお金も保証できないわけだから、大金を手にするためのステップとして、このまま、ずるずると行きつくところまでいかされてしまうのだろうか。
「洗わせて、いただきます」
 しかし、やはり姉ちゃんにはいいものを買ってあげたい。小さい頃は親の次に迷惑をかけちまったし……その親ももういない。
「助かる助かる。ここまで来て全身を洗ってもらえないというのは、とてもとても不完全燃焼だからね」
「恐縮です……では、始めますね」
 恐る恐る、腹に手をあてがう。微かに感じられる肋骨の凹凸を過ぎると、美しくくびれた腹へと到達する。体毛が比較的薄く、体毛自体の色も薄いその場所は、うっすら桃色に染まっており、濡れたことで性器もきっちりと露出してしまっている。
 真っ白い泡を腹に馴染ませ、俺の手で汚れを洗い落としていく。肋骨の境目あたりから、脇腹、後ろ足と、最後まで性器を洗うのはためらっていた。尻尾も含めて洗ってしまうと、もはや洗っていないのは肛門と性器周辺を残すのみとなる。
「どうした? 二千ポケでは足りないのかな?」
「いえ、やります」
 レパルダスに意地悪な流し目で見つめられると、約束を反故にすることが出来ず、結局流されるまま、俺はやらされることに。だが、これを終えればお金がもらえる、お金がもらえるんだ……
 後ろ足など微妙なところを擦っているうちに、相手も興奮してきたのか、触れてしまった生殖器は勃起している。非常に嫌な気分ではあるが小さなとげのついたそれを、やさしく触れて汚れを流していく。
 そうこうしているうちに、性器のサイズがどんどん大きくなっていくのだから笑えない、なんで男同士でこんなことをせにゃならんのか、考えたら負けだ。
 十分に性器を洗い終え、その根元にある睾丸も軽くもみほぐしつつ洗い終え、尻尾の付け根から肛門回りも泡を敷き詰め、わしゃわしゃと撫でまわして洗い終える。
 その間のレパルダスの顔は、舌なめずりをしながらどこか誘うような目つきをしており、雌でもないのにドキッとするような、艶めかしい表情を見せている。泡を洗い落とすと、ぶるぶると体を震わせ俺の体も含めて濡らしていった。
「さて、と。では、君の体はどうするか? 自分で洗うかい? それとも私が洗おうか?」
「え、お客様が、私の体を洗うのですか?」
「いやかね? さっきも言ったろう? 魅力的な容姿を持つものであれば、体を洗ってあげるのも好きなのだ」
「ど、どうぞ」
 ここでお金の交渉でもすればよかったのだろうか、横たわった後に気付いて悶絶するような後悔が襲い掛かる。というかまずい、俺はどんどん金に汚くなっている、お金のことを考えてばかりじゃ、ダメになってしまう。でも、逆にここでお金のことを考えないと、それはそれでダメな気がする。
 結局おれは何も言わずに腕を組んで顎をその上に置き、うつぶせになって寝そべると、彼の肉球が背中の上をはいずっていく。誰かに背中を洗われるなど何年ぶりだろうかと思いながら身を任せていくと、広い背中や腰を丁寧に洗い終えた後は、警戒していた尻には触れずに足のほうへと移っていく。
「さぁ、仰向けになってくれ」
 と、言われるがままに体をひっくり返すと、やはり彼は股間周辺に触れることを良しとはせず、避けるようにして脚の表側を洗った。彼の手つきは、もてなす側であるはずの俺よりもよっぽど丁寧で、優しくて、そして気持ちい。痒い所に手が届くとはこのことだ。これじゃどっちがもてなす側かわからない。
「それで、大事なところを洗ってもいいかね?」
 大事なところ、というのはやはり俺の性器周辺なのだろう。そんなところ男に触られたくはないが……
「いや、それは……」
「いくらだい? いくらだい?」
 二回も聞かれた!
「せ、一千ポケ……」
「うむ、うむ……いいだろう。では、お風呂を出た後で、合計三千ポケだね」
 言い終えるよりも早く、レパルダスは俺の股間に手を伸ばし始めた。あいつと違って俺にはそちら側の趣味はないので、ぶら下がっているものはすっかりと萎えてしまっていたが、こいつの手つきがいやらしい。
 揉み解すようにぎゅっと肉球を押し付けてきたり、前後にさすってきたり。どう考えても洗うという言葉で表現するのはおかしい、感じさせようとしているのがわかる手つきだ。それが女相手からならば嬉しくもなるだろうが、こいつは男。
 精神的には下の下のシチュエーションなのに、テクニックのほうは上の上とも言えるくらいに一流で、優しく、それでいて緩すぎない、その手つきは心が嫌がっても体が受け入れてしまう。こんなことなら意地でも勃起しないために、抜いてから来ればよかったなどと、下品極まりない後悔が脳裏をかすめていると、大きくなった俺の性器を目の当たりにしただけでも満足だといわんばかりにレパルダスはその手を放して別のところを洗い始めてしまった。
 それによって、名残惜しさすら感じてしまうから小手先のテクニックのみならず、駆け引きのテクニックまでも上手なのかもしれない。あそこまで触られたなら、いっそ気持ち良くなりたかった、と思うくらいに。
 再びうつぶせになり、尻を触られ、尻の割れ目の中は尻尾を使って洗われる。ここばっかりは本当にニャビー時代を除けば誰にも触られていない場所だけに、触れられることそのものが気持ち悪い。
 だが、尻の割れ目を尻尾でわしゃわしゃと前後運動されることで、尻の筋肉がぴくぴく動く。相手の尻尾を挟み込んでしまわないかと心配になる。さすがに挟み込んで抜けなくなるようなことはしなかったが、その感触の気持ちよさに思わず腰が浮き上がってしまった。
 尻を撫でられて感じさせられるとか、しかもそれが男相手とか、こんな経験したくねえよ……
「さてさて、体は一通り洗い終わりましたね。と、言っても顔を洗えていないですが……私はあまり器用ではないので、頭だけは自分でやっていただいてもよろしいですか?」
「は、はい……わかりました」
「ではでは、私はその様子を見物させてもらうとしよう」
 と、俺は顔を洗う様子をじっと見られることに。目を開けたまま洗うこともできないので、その間どこをじろじろ見られていたものやら分かったものではない。顔全体をあらい、水をかぶって全身を洗い終えると、俺はようやく息をつく。
「さぁ、そろそろ入浴の時間も終わりですね」
「あぁ、楽しませてもらったよ」
 水気を払い俺たちはタオルで念入りに体をふいて、風呂を上がる。俺は深呼吸して体温を上げると、レパルダスはそんな俺に寄り添うように体をくっつけ、体を乾かそうとしているようだ。
「すまないね、濡れているのは嫌いでね」
「大丈夫……です」
 男に寄り添われるのは嫌だったが、金のためだ仕方ない。ここでへそを曲げられては、これ以上の大金を逃すかもしれない。あれ、でもこれ以上のお金をもらうには、これ以上のことをしなければいけないというわけであって……俺はこのまま何をされてしまうのだろうか?
「では、三千ポケだったね。これを」
 そうして受け取る三千ポケ。一つ一つは大した額じゃないが、積み重なってくるとかなりの大金だ。この二時間で一日分の給料に近い金額を貰っている。
 きっとこの人、お金持ちなんだろうなぁ。羨ましいことだ。
「そういえば、君は普段、どんな仕事をしているのかね?」
 そんなことを思っていると、相手から仕事のお話をしてきてくれた、
「俺ですか? 俺はその、この筋肉生かして、道路の整備を行っています。水路が発達している場所ならいいけれど、ここら辺は湖の岸辺にある街へ水運するくらいで……川は流れが激しいから下りにしか使えないし、そうなると物流も陸路ばかりですから……街やその周辺の道路を整備することで、商人や、道行く人々、農夫たちの負担を軽減するための仕事です。
 道を整えれば、陸運はとても楽になりますからね。俺の働きが、皆の仕事を少しずつ楽にするんです。それに、道を作ればその周りに家も作れる。家が出来れば人相手の商売もできる。将来的に、多くの人が働く基盤を作れる仕事なんです……って、受け売りですが」
「ほう、なるほど。知らないうちに私もお世話になっているというわけだ。それがまさかこんな形でもお世話になるとはなぁ。こうやってボーイになる子は、仕事をしていないというものも少なくないから、きちんと仕事を行っているとは関心関心」
「褒めていただき、光栄です……」
「なぁに。では、普段に加えてここでもお世話になっているわけだからな、恩返し代わりに、こちらも君が姉へのプレゼントでよい物を買えるようにしないといけないね。そうそう、私はとある宝飾店のオーナーをやっているが、もしも外で出会ったとしても、お互いここのことは秘密で、よろしく頼むよ」
「そ、それは……嬉しいような、怖いような」
「怖くなどないさ。君には痛い思いなどさせないからね」
「痛いから怖いわけじゃなく……」
「自分の自尊心が壊れるからかい? 大丈夫、私は決してお金だけで君の心を買おうとは思っていない、もてなされる側とはいえ、もてなす側を不快にさせてはサービスの質が落ちる。
 お店のスタッフを気遣えない客は、店にとっては有害だ。だからこそ、君のように将来有望なスタッフをきちんと気遣える客でありたいと思っているよ。そういうわけで、君がこの店にいたくなるように、良い客であるよう心掛けるからよろしくね」
「よ、よろしくお願いします……」
 よろしくしたくねぇぇぇぇ。と、心の中で叫ぶが、それを聞かれてはならない。いや、考えていることが声や顔に出てしまったらそれをばれてしまいそうなのが怖い。
「では、世間話もそこそこに、そろそろベッドをご一緒しようか。断られる前に聞いておこうか、いくらだい?」
「本当に寝るだけなら、その……お金はいりませんが」
「これはこれは、とても話が早くて助かる。何も言わずとも、寝るだけではないことをわかっているのだね。それはそれは、具体的に何をするのならお金が必要ということだね?」
「……股間を触れるのは、その……」
「値段を言うのははばかられるかい? では、三千ポケというところでどうだろう?」
「なら、大丈夫、です」
「ただしそれは、どれだけ触ってもいいものとして、解釈させてもらうよ。もちろん、痛みを与えるような真似はしないと誓うから、もしも痛いと感じたら遠慮なく言ってくれ」
「う……」
「あぁ、そうだ。触れるのはもちろん、前足で、だ。君さえよければ、私の口で全身をくまなく毛づくろいをしたいし、君の大事なところを味わいたい。あぁ、もしも君が口で、私の毛づくろいをしてくれるなら、さらにもっと出してもいいが」
「しません!」
「うむ、最初はそれでいい。私がお手本を見せてあげたいということもあるしね。さて、どうするかい? 私が口で毛づくろいをしてもいいかな?」
「えーと……」
「ふむふむ、では最初の三千ポケと合わせて五千ポケはいらないということで、解釈させてもらおうか……」
「ど、どうぞ」
「おや、いいのかい?」
 しまった、と俺は思う。もっと値段を吊り上げることもできたかもしれないのに、いきなり交渉を打ち切るような言葉をかけられたせいで、俺は思わず了承してしまった。
 しかし、五千ポケ……何も言わずに二千ポケも加えられていて、断るには痛すぎる額である。
「いい、です」
「これはこれは、嬉しいことだ。では確認してもらおう。銀貨を一,二,三,四,五枚……五千ポケだ。確かに、渡したね?」
 レパルダスは札を見せびらかすように提示しそれを俺のトートバッグへと突っ込んでいった。もう後には引けないな。
「では、心行くまで堪能させてもらおうか。君にも満足してもらえるように、こちらも誠意を尽くすよ」
「えーと……」
「さぁ、ベッドに向かおう。いつか、君がベテランになったときは、同じようにお客様を楽しませてあげられるようにね」
 俺が戸惑っているうちに、レパルダスはどんどん俺の話も聞かぬ間に話を進めていく。
 おれは、普段ならば何に対してでも自分の意見をどんどん言えるはずなのに、そんな簡単なこともできないでいる。それはお金を受け取ったという弱みのせいでもあるけれど、このレパルダスの有無を言わせない物言いと、自信満々な態度のせいで、初めての仕事で戸惑っている俺は翻弄されるままだ。
 レパルダスは後ろ足で立ち上がると、俺の胸を前足でおす。軽く押されただけなので、よろけるようなことなど全くないが、押し出される方向はベッドのほうへと確実に向いている。
 俺がじっと耐えたままいると、レパルダスの男は息が触れる距離まで顔を近づける。
「口づけは有料かな?」
「え?」
 見つめられながら、俺は思わず目をそらした。すぐにでもキスされそうな位置でぴたりと止まられ、見つめあう状況だなんて耐えられん。だって男同士だし!
「では、一千ポケで」
「ど、どうぞ」
 惜しみなく出されるチップを前にして、俺の自尊心は屈してしまう。ベッドに向かう前に、俺は唇を奪われてしまうことに……
 唾液が糸を引いた口が、俺の口に迫っていく。よほどいいものを食べているのか、口臭からは悪臭を感じさせず、鋭い牙は透明感すら感じるほどに白く磨き上げられている。
 ひげが生えた唇のあたりを軽くかみつかれる。微かに痛みを感じるが、この程度では中断を要求するほどではない。一度噛み付いた後、レパルダスは舌で俺の口を執拗に舐め、顎を掬い上げようとしている。
 口を閉じようと思えば簡単に閉じていられるが、いつまでもそれを我慢していられるだけの神経のずぶとさは俺にはない。あまりに舐められすぎて、俺も観念して口を開くと、待ってましたとばっかりに舌をねじ込んでくる。ざらついた舌がおれの歯茎を擦り上げ、牙をめくり上げ、俺の舌と絡み合わせる。
 ずっと口を閉じていたから唾液がたまっていた俺の口の中にある唾液を、彼は思う存分啜る。美味しそうに喉を鳴らして飲むが、正直その神経がわからない。逆のこのレパルダスの唾を飲めば、俺はあいつの気持ちがわかるのだろうか?
 などと、考える時点でおれはもはやこいつのペースに飲まれているのかもしれない。体を楽にしてといわれた通り、口も楽にしてみたがそうこうしているうちに、俺の足は少しずつ力が抜け、逆にレパルダスの足には力が入ってくるのがわかる。
 ベッドに誘導されている、けれど、抵抗できない。力を入れられる精神状態じゃなくなっている、拒絶するだけの嫌悪感が消え失せてしまっている。
 一歩、また一歩と後ずさりして、俺のかかとがベッドのふちに当たると、俺は押し倒された。ベッドの柔らかな感触が背中に当たり天井の照明をレパルダスが塞ぐ。
 まるで追い詰められた獲物のような視点になって、食われそうなほどに開かれた口が、俺の体液を貪っている。はた目には襲われているようにしか見えないような光景だろうに、そのやり方があまりに優しいものだから。口を閉じて拒否することなんて思うこともできない。金の話を出して、正気に戻してほしいが、金の話を出すのが申し訳なくなって言い出せない程度には、テクニシャンだ。
「堪能したよ」
 レパルダスは、口から顔を上げると、自身の舌先から唾液を滴らせた。俺の鼻面にかかってしまい、それを手で拭えばいいものを、俺は自然と舌で拭い取っていた。
 当然、レパルダスの唾液を舐めとったのだが、それを舐めとっても後悔の念は沸いてこない。どころか、乗っかられているこの状況が少しいい気分になってきた。洗ったばかりのきれいな体が、乾いてふわふわになっているおかげで、高級な毛布をかぶっているかのようないい感触だ。
 相手が男だというのを、忘れてしまいたくなる。
「どうも、ありがとうございます」
 俺は恐る恐る、レパルダスの頬に手に平をあてがう。レパルダスはその手の動きに気が付くと、自分から頬ずりをして、気持ちよさそうにゴロゴロと鳴き声を上げている。
「君も気に入って貰えたかな?」
「え、えぇ……それはもう」
「そのまま抱きしめてはもらえないかい?」
「えぇ、どうぞ……」
 金の話をする気になれず、俺は彼の首の後ろに腕を回す。背中の体毛も触り心地がよく、撫でていても嫌にならない。
「お金はいらないのかい?」
「えー……それは、欲しい、ですけれど……」
「『もらうのは気が引ける』、か? これはこれは……わかるかい? 良い客であるということは、こういう時に得をするんだ。もしもこれが乱暴な言葉で、『オラ、もっとサービスしろ!』みたいな口調だったら、君も容赦なくチップを要求したのだろうが……君は今、そんな気はしなくなっている」
 確かに、そんな態度の奴ならば、『キスするなら二千ポケもらいますよ』くらいにビシッと言えるのに。丁寧すぎて何も言い出せないだなんて、あまりに悔しい。
「良いスタッフを育てるのは、良い上司、良い先輩、良い客……こうして、客の立場で何かの店に訪れるときは、良い客であることを心掛けているよ。君も、お店で食事をしたり、買い物をするときには、良い客であることを心がけるといい。そうすれば、スタッフも気分が良くなって、君にいつも以上にサービスをしてくれるかもしれない。そうして行けば、世の中はうまく回るよ」
「肝に、銘じます」
「これはこれは、素直でよろしい。さて、先ほどの交渉の通り、口を使って毛づくろいをしてもいいし、股間のあたりを触ってもいいということだね? お金を払った以上は、容赦はしないよ?」
「はい、間違い……ありません」
「うむうむ、ここにきて怖気づかれていたらどうしようかと思っていたところだ。君が素直で、約束を反故にするような者ではなくて嬉しいよ。ではでは、思う存分堪能させてもらおうか」
 レパルダスは、そうは言うものの体をこすりつけるばかりでなかなか毛づくろいに移ろうとはしなかった。首元の匂いを嗅いできたり、頬ずりをしてきたり。その時の表情があまりに恍惚として気持ち良さそうなので、ついつい優しい目で見守ってしまう。
 誰かが幸せそうにしている光景は、なんだか見守っていたくなる。そんな俺の親切心が、このレパルダスを押しのけてしまいたいという心を抑え込んでしまっている。それどころか、もう俺がこのレパルダスを撫でる手を止められない。
 いつしか、相手も満足したのだろう、俺の体にのしかかって体をこすりつけるのをやめて、ついに俺の体の毛づくろいを始めてしまう。ザラついた舌で毛並みを整えて、首から肩、肩から胸、脇腹、腹筋、腰回りと、それはもう丁寧に時間をかけて。首筋をやられるときは思わず体がこわばるし、乳首を舐められると変な声が漏れるし、脇腹はこそばゆいしと、いろんな反応を楽しんでいるかのようだ。
 しかし、舌を使った毛づくろいは舌が疲れるのだろう、レパルダスは時折顔を離しては俺の腹筋を枕にしてゴロ寝しだす。こうまでされるがままで、もはやどっちが客だかわからなくなってくるが、このレパルダスの男はこれでも満足なのだろうか。
 そうこう考えているうちに、舌が股間へと迫ってくる。もう、相手が男だとか女だとか、そういうのを超越してきたのか、触れられてもいないのに性器が立ち上がっている。
 この男にどんどん狂わされているのを感じる。
「では、今日はここを堪能して終わりとしよう」
 レパルダスは獲物に狙いを定めて、鼻を押し付けた。散々体中を触られ、触れられてもいないのにじらされている性器からは、すでに透明な液体が一滴顔をのぞかせている。その一滴を、レパルダスは自身の鼻にまぶす。
 それが香しい香油かなにかのように、鼻で深呼吸をして彼は胸を上下させる。やっていることは欲望に身を任せているだけなのに、どこか上品さすら感じさせる佇まい。お金を持っているだけでなく、それに見合うだけの気品があるというのはこういうことを言うのだろう。
 彼が口を開ける。生暖かい吐息が性器にかかる。牙が軽く触れるが痛くはない。ザラついた舌も、容赦なく舐められれば激痛が走るだろうが、腫物を触るような舌使いなので、痛みはない。
 鼻面で押したり、前足で揉んだり、頬ずりしてみたり。俺と違ってモノを握ったりするのに不自由な、不器用な手足だが、それを補って余りあるパターンの愛撫で俺を攻め立てた。
 最初こそ、慣れない刺激に気持ちよさよりも違和感を感じてばかりで没頭出来なかったが、身を任せていると、気づいたころにはもう無視できなくなるくらいに快感を高めさせられている。
 残った自尊心が、射精してなるものかと意地を張らせてしまうが、その意地を押しのけるような彼の手腕で、徐々に快感を押し上げられていった。前足を性器にそっと添えて、肉球と腹筋の間に挟み込んだまま、もみほぐすように前後にさする。
 自分が自慰をするときと違って、彼の前脚は性器全体を包み込むようなものではないため、一点に力が集中してしまうからいまいち気持ち良くないのだけれど……自分でやるのと違って、今回は相手がいる。瞬き一つとっても優雅な視線、奇麗な色の艶めかしい舌の色、そして真剣な表情を覗いていると、どうしたものかと考えてしまう。
 このまま射精したほうがお客様は喜ぶのか、それとも我慢して長く楽しませたほうが喜ぶのか。どちらなのか、慣れない俺には読み取ることは難しい。
 けれど、どちらにせよ興奮を極めた俺は、ここまで来て生殺しにされるなんて耐えがたく、下手に耐えて相手に疲れさせてしまって不完全燃焼になるくらいならもういっそ、と自尊心が完全に音を上げた。
 今まで、ベッドに押さえつけていた腰をのけぞらせて海老反りになり、完全に射精に備える体制となる。
「おやおや、いいのかい? 決めてしまうよ」
 余裕ぶってレパルダスが尋ねる。俺がもう射精寸前なのは完全に見切られている。
「あぁ、頼む……いえ、頼みます」
「ふふ、君がもてなす立場だという事は忘れてはいけないよ」
 レパルダスは妖しく笑みながら、自身の舌の裏側で俺の性器を包み込む。俺が子供時代の時などは、水を飲むときには舌を内側におりこんで、それで水を掬って飲んでいた。同じように、レパルダスは舌を内側におりこんで包み込んでいるのだが、当然のことながら舌の裏側には棘がついていない。柔らかく、そしてしなやかな舌の裏側で包み込まれると、それがとどめとなった。
 先ほどよりも強く腰を突き上げ射精する。睾丸が収縮し、性器が脈動し、尻の筋肉まで快感で収縮している。情けない声を上げていたのを聞かれていただろうか、冷静になってみるとものすごく恥ずかしい。
 レパルダスはといえば、放出された精液を、自分の体に掛かったものも含めて丁寧に舐めとっている。あれで恍惚とした表情をしているのだから、訳が分からねぇ……
「ふむ、堪能させてもらったよ。君はどうかな?」
「もてなす側なのに、持てなされていたような……」
「新人教育の一環さ。私は、ここのオーナーには信頼されているのさ。私を接待したボーイは成長するとね。先ほども言ったように、良い客であるということは、良いスタッフを育てるという事だからね。
 だから、新人さんが入ったときには、私をはじめとするいくらか優良な客を優先的に回すようにするのがこのお店の方針なんだ。あのオーナーも、なかなかいいひとだよ」
「ははぁ……運よく貴方に当たったわけではないのですね」
「運よく? ほほう、私に当たったことを『運よく』と表現していただけるとは、これはこれは……当たりと思われているわけか。嬉しいことだ。では、これからも当たりくじを引きたいと考えてもらえると嬉しいのだがな」
「……それはリピーターになれと?」
「無論だよ。また君を指名できる日を楽しみにしているよ。その時は、今度は君からもてなしてもらえるようになってくれていると嬉しいな」
 どこから出したのか、レパルダスはいつの間にか前足の指の隙間に金貨を二枚挟み込んでいる。
「これを差し上げるのは次回だね」
 しかし、金貨はお預けとばかりに自分の体毛の中にしまい込んでしまった。
「では、体をふいてくれるかな? あまり精液の匂いがついてしまうのはよくない」
「は、はい……」
 レパルダスに言われて、俺は濡れた布巾で彼の体を丁寧に拭き、ベッドのシーツなどについた汚れも残さずふき取っていく。それが終わると、彼は大きくため息をついて、俺の顔を真正面から見た。
「では……次は」
「次は?」
「最近は激務で寝不足だったものでな。一緒に寝て貰ってもいいかな? とりあえず、前払いをした時間は十分すぎるほど余っているからな、寄り添って寝て貰えると嬉しい。君の体温で眠る心地よさを堪能させてもらうよ」
「わかりました」
 また何か気が進まないことを頼まれるかと思ったが、最後は案外普通のお願いで、俺はホッとする。いや、この仕事を始めた最初のころだったらこれでも嫌な顔をしていたのだろうけれど、すっかりこの男に気を許してしまうとは思わなかった。
「だが、その前に少々用を足してくるのと……お色直しかな」
 レパルダスは、トイレに行き、マタタビの香水をつけなおし、水を少しだけ飲んでから、ベッドで待ち続けていた俺の隣に寄り添った。とてもいい匂いで、なんだか顔をこすりつけたくなってくるような……マタタビのせいだとわかっていても、俺はそんな衝動が湧き上がってくるのが抑えられそうにない。
 まずいぞ、本当にこのまま流されたら、絶対に戻れなくなってしまう。ここで常勤するのだけは絶対に避けないと……明日から、節制して生きないとなぁ……
 そんなことを考えながらベッドで横になっていると、レパルダスは俺の腕を前足でギュっと抱きしめたまま、静かに寝息を立て始める。本当に疲れていたのだろう、お金は持っているようだがお金持ちもそう楽ではないようだ。
 疲れて眠っている姿を見ていると、抱き着かれているのを嫌がる気持ちなんて浮かぶこともなく、もっと安らいで眠ってもらえるようにと、出来るだけ動かないようにして脇腹を撫でた。
「はぁ……満足してもらえるといいけれど」
 と、独り言が漏れてしまうあたり、大分思考が汚染されているのだろう。俺、今までの俺に戻れるかな……

 レパルダスが寝ていると、俺もじっとしているために眠気に抗えなくなって一緒に寝てしまった。幸いにもいびきなどはかかなかったようで、俺はレパルダスより先に起きて、彼が起きるまでの間、ぞの寝顔と微かにうめくような寝言を黙って聞いていた。しばらくして目を開けた彼は、おはようの頬ずりをした後、寝返りを打って立ち上がり、俺の顔を舐めた。
「さて、よく寝たことだ。もう一度体を拭いたら私は出発するとしよう。と、いうわけで頼んでもよろしいかな?」
「もちろん、喜んで!」
 散々チップをもらったので、気持ちよく帰ってもらいたいと濡らした布巾で彼の体を丁寧に拭いた。
「では、これは最後のチップだ。それと、君はもう少し意地汚くなったほうがいい」
 微笑みながら、レパルダスは俺に銀貨を寄こす。結局、チップとしてもらった額は一万五千ポケ。それに加えて基本給が、仕事を始めてから九時間ほど経っていたため、九千ポケである。合計二万四千ポケ……特に基本給は予想外な値段になったものだ。相当疲れていたのかがっつりと眠っていたようで、よくまぁそんな状態であそこまでのことが出来るのだと感心する。
「では、次に期待しているよ」
「どうも、ありがとうございました……」
 結局、レパルダスは最後までそんな調子で、俺に次があることを疑わずにいるようだ。次なんてないぞ、きっとないぞ、ないからな!
「いやぁ、あの常連のお客様、満足して帰って行ったよ。この調子で、体験入店だけじゃなく、本格的にここで働いてもらえないかなぁ?」
「え、遠慮しておきます」
 こんなところでもし、知り合いに出会ったらどうするんだ。キリア以外には絶対に知られたくない汚点である。
「そうかぁ……君なら絶対に人気者になれると思うのになぁ」
 店主の声が本当に残念そうだ。メタグロスの重厚な関節がきしみながら肩を落としてがっくりとしている。
「でもま、気が向いたらまた来てね。今度は常勤になってくれると嬉しいな。ちなみに、常勤になると基本給が少し増えるからね! 一時間で一二〇〇ポケ!」
「遠慮しときます!」
 言いながら、俺はもらったお金を手に足早に帰路につく。予想以上にお金が入ったので、これだけあれば姉への結婚祝いも割かし良質なものが買えそうだ。何を買うかは……悔しいがキリアに聞くのが一番よさそうだな。

 後日、俺はキリアに連れられて、宝飾店へと赴く。俺が入ったこともないような場所だ。中にはきらびやかなネックレスや指輪、イヤリング、ホーンリング((角などを装飾する輪))など、様々な装飾品が売られており、どれを買ってあげればいいのやら、目移りしてしまって何一つ決められない。
 そうして迷っていると、店員がにこやかに話しかけてくる。
「お客様、何かお探し物ですか?」
 その店員というのが、あの日のレパルダスだ。
「あ、あなたは……」
 俺が驚いていると、あちらは全く慌てる様子もなく、深々と礼をする。
「初めまして。私はアメリと申しまして、こちらのお店のオーナーをやっております。ところで貴方は……以前貴方の勤務先で出会いましたね。これは何という偶然でしょう。そして、キリアさんはお久しぶりです」
「あらー、クロンド。アメリさんと知り合い? この人とっても素晴らしい人なのよ」
 キリアがわざとらしく尋ねる。こいつ、絶対に知っていてここに連れて来やがったな……
「お前らこそ知り合いなのかよ……」
「えぇ、私の勤務先。コム・アン・ミルワで出会ったのよ。ですよね、アメリさん?」
「えぇ、湖の湖畔に建てられレストラン。波風一つ立たない日は鏡のように夜空が映る湖が魅力的なそのお店で、小舟に乗りながら優雅に歌う彼女の姿に惚れてしまいましてね。最近ではすっかりお店の常連です」
「私が歌う時につけている首飾りと髪飾り、彼に見繕ってもらったのよ」
 キリア、アメリともににこりと笑って俺のほうを見る。こいつら、完全にグルじゃねえか!
「ところで、クロンドの勤務先って……道路工事ですよね?」
「えぇ、道の整備を行っているようですね。彼とは工事現場で出会いました」
 さらっと嘘ついてやがるしアメリ……というか、キリアとの出会い方も嘘じゃねえのか!?
「うちの商品は少量でも大きな価値を持ちますゆえ、空輸されることも多いのですし、大量の物資は水運が一番効率的ですが……私は地を這う獣。仕事にはあまりかかわらない陸路ではありますが。陸路……つまり、道路を均してくれる者たちには感謝の気持ちを常に忘れないように心がけております」
「まぁ、素晴らしい。アメリさんは本当に、良い心掛けをお持ちですね」
 アメリは、あの店での出来事のことは話さなかったが、キリアはすべてを知ったうえであの反応なのだろうと思うと、今すぐこの場から逃げたい衝動に駆られる。
「さて、クロンドさん。今日はどんなものを探しでしょうか? 予算はいかほどで?」
「三万ポケほど……姉の、結婚祝いにネックレスを送りたいんです……種族は、マフォクシーで……ちょっと気が強そうな釣り目気味の女性です……」
「ほほう、それはそれは……では、お姉さまは、そんな自分のイメージをどう思っていらっしゃいますか? もっと気が強い感じにしたいとか、逆に優しい感じにしたいとか、そういった要望などがあればそれに合わせた宝石を見繕いますよ。
 本当は、本人を連れてきてもらえるのが一番良いのですがね、サプライズの贈り物となるとそう簡単にもいかないので大変ですね……」
 アメリの接客はとても丁寧で、親身になって相談してくれた。その接客の最中に、アメリから小さく折りたたまれた紙きれを渡されたが、それに何が書いてあるのか、見るのはとても怖かった。


**あとがき [#U8wfiUD]
**あとがき [#JeC3gU8]
さて、今回も安定の[[分厚い仮面の私>リング]]でしたね。きっとわたしのしょうたいがわかったひとはひとりもいませんね
今回の大会では、実は別サイトでの大会の投票や、残業などが被っていた上にアイデアも浮かばず、かなり切羽詰まった状況でして、そのためアイデアはツイッターで見かけたつぶやきからごくシンプルに持ってきましたし、内容もほぼストーリーなどない感じになってしまい、こんなんで3位をもらってしまってよいのかと……w
今回は主役ではなく相手役のレパルダスに性癖を詰め込みました。イケメンの男性いいですよね。



#include(第十回仮面小説大会情報窓・官能部門,notitle)
**個別コメントへの返信 [#7QfbUJj]


&color(red){注意};:&color(red){R-18};、&color(white){男性と男性};の&color(white){売買春};表現があります。

作者:今回も安定の[[分厚い仮面の私>リング]]

「はい、これ」
 このアシレーヌ、キリアは何の因果か俺の従兄妹である。この性悪にして悪趣味な雌は、何が楽しいのか俺を衆道の道に落としたくて仕方ないらしい。俺がガオガエンに進化してからというもの、その体つきが気に入ったのかは知らんが、様々ないらんことをやらかしては、俺の苦悩を誘っていた。
 ある時は、エンニュートの体液をどこからかもらってきて、それを俺の体に塗りたくった状態で、友達のエレキブルと密室に閉じ込められたことがある。互いに欲望に流されかけたが、お互いの体で解消するわけにもいかず、自分だけで処理して何とか性欲を押さえつけて事なきを得たが……
 当然カンカンに怒ったエレキブルはキリアに詰め寄ったが、後日非常にすっきりした顔を見せていた。キリアがどうやって彼のご機嫌を取ったのか、考えてはいけないことなのだろう。
 またある時は、巨大な湖に浮かぶ無人島へ遊びに行ったとき、キリアと同じく従兄妹のナゲツケサルの男と遊んでいたところ、キリアが腹ごしらえにと魚を取ってきて俺たちに食わせた魚……まさかそんなものに妙な白ゴキブリの分泌物を利用した媚薬を盛られているとは思わず、あいつは海から俺たちのことを見守りながら、悠々と発情の様子を見守っていた。
 無人島にて前回と同じ要領で解消しようとしたが、従兄妹はそっちのけがあったようで、俺の体を求めてきたから、必死でに逃げ回る羽目となった。
 その後は、体を鍛えるために通っている筋肉同好会のライバルをけしかけてきたこともある。なんとか逃げたが、そいつは翌日から筋肉同好会に顔を出さなくなっていた。
 それでもだめならと、あいつは自分の体で誘惑しつつ『私を抱いてみたい? なら、条件があるの……』と、切り出した。
 キリアは美しい。親戚とはいえその容姿に心をひかれることもあるにはあったが、交換条件を聞くまでもなく嫌な予感しかしなかったので、俺はキリアの鼻をつまんで強引に横を向かせて拒絶した。
 だが、何の因果かこいつに頼ることになるとは……


 ある日のこと――
「ねー、クロンド。あなた、姉の結婚祝いが必要なんですって? お金困ってるでしょう?」
 始まりは、だれにも何も話していないのに、なぜかキリアがこうして俺の家に押し掛けてきたことであった。
「お前、その情報どこから仕入れてきた?」
「あらあら、あなたの姉も私の従兄妹なんだもの、結婚式の報告くらいは来るわよぉ? でもって、あなたって、万年金欠よねぇ? どうせ、今月の給料はもうすでに大分消費しちゃったんでしょう?」
 きっちりばれてやがる。
「そう、だが……」
「あぁ、かわいそうなあなたのお姉さん、せっかくの晴れ舞台だというのに、ふがいない弟、クロンドからの贈り物を受け取ることもできず、寂しい気分で結婚式を迎えることになる。『ああ、私は家族全員から愛されているということはないのね、従妹たちは贈り物をくれたけれど、大切に面倒を見てきた弟は私を祝福してくれないだなんて、私が弟をかわいがった日々は何だったのかしら……』と、思いながらもの憂い気な顔で嫁いでいくことになる。あぁ、あわれな花嫁……」
「それはもう分かったから本題を話せ……なんだ、金でも貸してくれるのか?」
「いやぁ? そんな、金の貸し借りだなんて、あなたが負い目を感じてしまうようなことをさせるわけないじゃないの。だから、今日はあなたが仕事が休みの日でもできるような、一日で終わるちょっとした稼げるお仕事を紹介したいと思うのだけれどぉ。
 それを見事遂行すれば、とりあえず姉の結婚祝いに格好つくぐらいのお金は手に入ると思うのだけれど……あぁ、でもきっとあなたは嫌がるでしょうねぇ、ふざけるなというでしょうねぇ……」
「いいから、どんな仕事だ?」
「うーん、ただ、個室でお客様と話をするだけの非常に簡単なお仕事よぉ? とってもらくちんなお仕事でしょう? 頑張れば一日であなたの手元に一万ポケはいるわ」
「あやしい……」
 こいつの持ってくる仕事だ、絶対にろくでもないものに決まっている。しかしながら、給料日までまだ時間があるが、姉の結婚式が迫っているのは確かである。
 一万ポケがあれば、あとは友達からお金を借りれば何とかいい装飾品の一つでも買えるだろう。給料日に返すとなると来月は苦しくなってしまうが、そればっかりは我慢するしかない。
 だが、やりたくない。なぜなら、こいつのやることは予想がついてしまう。なぜなのかこいつは、俺が衆道の道に沈むことを望んでいる。俺が男とよろしくやっているところを見たくてしょうがないと見受けられる。
 おそらく、奴が持ってくる仕事もその関連だろう。だが、今の俺には金がない。両親が災厄によって失われた今、数少ない肉親の俺が姉ちゃんの結婚式を盛大に祝いたい。背に腹は代えられない。
「そっかぁ、怪しいかぁ……そうだよねぇ、今まで私があなたにしでかしてきたことを考えれば、そのようなことを思うのも当然よねぇ。はぁ、仕方ない仕方ない……この話は白紙ということで、あなたのお姉さんへの結婚祝いは寂しいものになってしまうけれど、私は何も援助できないし……仕方ないわねぇ、えぇ、仕方ない」
 ここまで言われると、なんだか自分がひどいことをしている気分になってしまう。
「や、やるよ……」
 と、俺が一言でもやる気を見せると。
「はい、これ」
 こいつは一秒の間も開けずに、笑顔で書類を渡してきた。

 内容は、『自分を指名したお客様と、一つの部屋でお話しながら過ごだけの簡単なお仕事』である。
 基本給は一時間一千ポケだが、お客様に気に入られればチップはいくらでも弾んでもらえるそうだ。『気に入られる』という時点で不穏な予感しかしない。

・お客様はボーイへの暴力等は絶対に行わないこと。ボーイへの暴力行為があった場合は、たとえ勝てる相手だと判断してもボーイは自身で反撃することはなるべく控え、スタッフを呼ぶ等の対処をお願いします

 まぁ、当たり前のことだ、これはいい。

・依頼人は、ボーイの粘膜及び性器への接触は許可を得てから行うこと

 粘膜ってなんだ、鼻の中とか口の中とかのことなのはわかるが、粘膜ってなんだ。そして性器ってのは、もうこの時点で大体の仕事の内容は予想出来てしまった。

・室内での金銭及び物品のやり取りは自由ですが、あまりに大金のやり取りをすることは推奨されておりません。警察などにあらぬ疑いをかけられない、常識的な金額、品物を推奨します。当然、禁止薬物等の取引及び使用は一切禁じております。

 実際にそういうことがあったのだろうか、あまり想像したくない光景だが、常識外の大金については俺は関係ないと信じておこう。きっと、少額のやり取りならあるんだろうなぁ……
 しかし、この内容、場合によっては追加でお金のやり取りを行うこともできる……ということなのだが、そのためには粘膜とか性器とかを触れレることを許容しろというわけか……果てしなく怪しいことだが、お金が……手に入るのであれば……
「この内容に納得できたならば、契約書にサインして、面接を行った後、指定された日に現場に行けば大丈夫だから。簡単でしょう?」
 簡単、なのだろうかこれは……。簡単、かどうかはわからないが、背に腹は代えられない。結局、俺は考えた結果その契約書をよく読んだうえでサインする。『覗かれていても文句を言わない』のような記述があるわけでも無かったから、きっとキリアに覗かれるようなこともないはず……だ。
「ありがとぉ。これで私、紹介料で一千ポケ貰えるのよぉ。あなたにお食事奢ってあげるね」
「お、おう」
「あなたがリピーターになってくれたらさらに二千ポケ貰えるのよ。そしたらあなたのお姉さんの結婚祝いももっと豪華にできるわぁ」
「……リピートしねえぞ」
「して♪」
 キリアは笑顔で首をかしげながら要求する。
「しねえぞ!」
「して?」
 キリアは真顔で要求する。
「しねえぞってば!」
「チッ……」
 俺が断固として『しない』といえば、キリアは舌打ちする始末。
「しねえからな……」
「キリア、今から時計の物まねします!」
「いったいなんだよ!?」
 言いながら、キリアは俺の耳元に口を寄せて……
「チッチッチッチッチッチッチ……」
「やめろ馬鹿! 怖えよ!?」
 なんかこいつ怖い、相性で不利なのもあるんだろうけれど、こいつ怖い……アシレーヌってこんなに怖いものだっけ?
「……うんうん、あなたは昔っから忍耐力がないからねぇ。また金欠になることを期待してるよぉ」
「だからリピートしねぇぞって!」
 こいつの策略に乗るわけにはいかない。いかないんだ……


 そうして、面接へと進む。面接を担当するこの店のオーナーは、メタグロスの男性で、かなり屈強そうな太い手足を備えている、傷だらけの見た目だ。修羅場の一つや二つはくぐっていそうな見た目じゃないか。愛称は俺のほうが圧倒的に有利だが、むしろ俺より強いんじゃなかろうか。
「いやぁ、クロンド君っていうんだ。君はいい体していますねぇ」
 彼は、俺が面接のために部屋に入ってくるなり、俺の体を見てそう評した。
「ど、どうも……鍛えていますので……というか、オーナーこそ、ものすごい肉体では……」
「あー、僕は昔、このお店のボディーガードやっていたからね。昔お世話になっていたオーナーさんから、このお店を譲ってもらったんだよ……ところで、君の話に戻るけれど、それだけ鍛えていれば、君を気に入ってくれる人はいくらでもいますよ! 今からでも仕事を始めてもらいたいところだけれど、クロンド君。気が進まないって顔してますよ。大丈夫かな?」
「それはその……金欠で、仕方なくという感じで紹介されたので……」
「大丈夫ですよ、ウチはそういう子多いですから。でも大丈夫、君には素質があるし、そういう気が進まない子でも、そのうちこの仕事を気に入ってしまった子ばっかりですから」
「そういう怖いことを言うのはよしてください……」
 『この仕事を気に入ってしまった子ばっかり』、と言われた俺は血の気が引いた。
「じゃあ、まずは仕事の簡単な説明をしないとね、準備はいいですか?」
 何が『じゃあ』なのかわからないが、俺の恐怖心はすっかりと無視されてしまったようだ。どうしろと……
「は、はい……」
「まずは、お客さんが君を指名したら、君は指定した部屋で待機してもらいます」
「ふむふむ」
「そこでまずはお客さんとお話をします、お客様とは一時間ごとに一千ポケの基本給が出ます」
「はい」
「お茶とお水は飲み放題だから、喉が渇いたら自由に飲んでくださいね。有料のドリンクや食事もあるから、お客様と相談して飲んだり食べたりしていただいて構いませんよ。
 有料の飲み物は、モーモーミルク、ルナコーラ、ソルガオレ、レシラム酒、シビビール、エネココア……それと各種カクテルが多数……まぁ、アルコールは、接客に支障をきたさない程度にね。
 食事のほうはフィッシュアンドチップスやフルーツ盛り合わせ、腐った残飯、鉄鉱石に、怨念が込められた鉄釘、ババリバフィッシュのフライなど、まぁ何でもあるから、客と相談して自由に選んでくれ。うちはいいところから鉄鉱石を仕入れているからね、客にも評判だよ」
「はい……いや、俺はそれ食えねえよ!?」
 アルコールを飲めるのはありがたいが、果たして味わえる精神状態なのだろうか……というか、明らかに俺が食べられないものがいくつも混じってる。
「また、洗面台などもありますので、食事の後に歯を磨いたりしてもかまいませんよ」
「は、はぁ……」
 雲行きが怪しくなってきたぞぉ……
「それと、君のような炎タイプのポケモンがボーイさんだったりお客様だったりすることもありますよね? 掻いた汗を流したり、涼んだりするために入浴出来るから、お風呂は自由に使ってくださいね」
「えぇ!? 入浴は必要なんですか?」
「必要ですよ? また、会話の最中で眠くなったときは、ベッドで休むこともできますから、自由に使ってくださいね」
「いやいやいや、それはおかしいでしょ!?」
「何もおかしくないですよ? あ、お客様から何かしらのお誘いを受けたときは、私のほうでは関知しないので、自由にしていただいて結構ですよ」
「じゃあしません……しません。しません」
「そうですかぁ……ちなみに、その場合はまぁ、お客様からのチップが少なくなっちゃうと思うけれど、それも一つの選択肢だね。あ、そうそう、チップのやり取りは自由だけれど、あまり大金のやり取りはしないでくださいね。一度、このお店で危ない品の取引をされたことがあってさぁ……というか、見つけたのが一度だけで、たぶん何回もやられてたんだけれどね……鼻の利く保安官が、妙なにおいをかぎつけたら案の定って感じでさ」
「そ、それは大丈夫です……」
 そんな調子で、この仕事の説明は続く。やることは、深く考えなければ簡単なことばかりであったが、深く考えると自分の尊厳が見る見るうちに失われていくような気分になりそうだ。

 ここまで来て後には引けず、俺もまんまとキリアの策略に乗って、この店で体験入店として働くことになる。店主は『やー、君なら売れっ子になれるよ、その大きな体、逞しい筋肉、とっても素晴らしい』と言って、俺をやたらと讃えてくる。
 キリアといい、俺の体に魅力を感じてくれるのは嬉しいのだが、その魅力の方向性がどうしてこうも俺にとって嬉しくない方向へと働いてしまうのか。悩みの種以外の何者でもない。
「体験入店するだけ、体験入店するだけ、リピートはしない……絶対しない……」
 俺はマジックミラー越しに客の前に姿をお披露目すると、すぐに客がついてしまった。『初めての子なので争奪戦になってしまったため、マナーの良いお得意さんを回してあげたよ。初めてのお客さんとしてはちょうどいいだろう?』と、店主は誇らしげだ。
 『楽しんできてね』とまで言って、お墨付きのお客様を差し出してくれたのは、とても嬉しいことなのに、心は『やめて』と叫んでいるようだ。というか、マジでやめてえよ!
「ど、どうも……よろしくお願いします」
 緊張しながら部屋で待機していると、やってきたのはレパルダスの男。柔軟そうな体は、柔らかい絨毯の上を音もたてずにしずしず歩いていく。匂いからして男だというのは確実だが、体中の曲線がどこを切り取ってもなまめかしい。そして、その匂いの中にはマタタビが微かに香る。この匂い、ガオガエンの俺には非常にきつい。
「おー、これはこれは、近くで見ると本当に逞しい体つきをしていらっしゃる」
「ど、どうも……」
 レパルダスの男は俺の体の匂いを嗅ぐ。
「これはこれは、匂いも悪くない。良いものを食べている証拠ですが……少しお酒の匂いがするようだ。酒自体は嫌いではないが、体から発せられる酒の匂いはあまり好きではないな」
「す、すみません」
「いやいや、良いのだよ。初めてだろう? 今度から仕事の前日は食事や飲酒に気を付けるといい」
「う……リピートはあまりしたくなくって……」
「ふむ? そうか、金に困って一回きりというわけか……ふーむ、それは残念だが、予想以上にお金がもらえるならば、また来てくれたりもするのかな? そうだな、まだろっこしいことはなしにしようじゃあないか。
 まずは二千ポケ。君の毛並みを堪能させていただくために払わせてもらおうか。君が働きたいと思ってもらえるようにね」
「二千、ですか」
「えぇ、二千、です。少なくとも、初回の一時間分は目いっぱい楽しみたい」
「わ、わかりました」
 大金というわけではないが、一時間でそれだけもらえるのであれば、時給三千ポケということになる。何をされるのか少し不安ではあるが、それだけで三千ポケももらえるのであれば……
 なるほど、一時間一千ポケでは、まともに働くと一万ポケを稼ぐには一〇時間以上かかる。しかもそれは客を取れればの話であり、一万ポケの仕事言われて紹介されたが、このようにかせぐのか……
 そしてベッドやお風呂の用途は……考えないようにしよう。
「では、チップは……君の私物かな? こちらのバッグに入れさせてもらうよ」
「あ、ありがとうございます」
「まだ表情も動きも固いけれど、ちゃんと挨拶はできているね。その調子で、どんどん接客に慣れて行くといい」
「は、はぁ」
 レパルダスの男は、俺の私物が入っているトートバッグに銀貨を突っ込んだ。それで許可を得たとばかりに、レパルダスは筋肉の凹凸を、毛並みを、筋肉から発せられる熱気を、その筋肉の固さ、弾力を。存分に味わっていく。俺は立ち竦んだまま、彼の鼻息をその身に受け続ける。その間にも、彼の体から立ち上っていくマタタビの香り。
 俺の体温で温められたおかげか、レパルダスの体臭と混じって俺の頭をくらくらさせる。男はマタタビの匂いに慣れているのか、自身がつけているその匂いに心を乱されることもなく、俺の体に匂いをつけることに必死のようだ。
 立ち竦む俺のすね、ふくらはぎ、ひざ裏に前足をこすりつけ、太ももや腰回りには胴体。そして腹のほうには頭をこすりつける。マタタビにやられて、俺も相手の体に自分の体をこすりつけたい衝動が……あぁ、魔性の香り……
「体がまだ固いね。大丈夫? 緊張してる? 初めてなんだろう? きっとお金が必要で働いているんだろうけれど、大変だね」
「大変というかなんというか、俺の浪費癖がひどいだけで、そこまで生活苦ではないんですが、姉の結婚祝いが必要になりまして……」
「ほほう、急な出費があったわけか。それはそれは、大変だね。お酒や食事に使っちゃうのかい? それとも、何か別のものかな?」
「さ、酒に使ってます……うまい酒を飲むのが何より大好きで」
「ほーう。しかし、体には気遣っているんだねぇ。体は逞しくって、とてもバランスが取れた美しさだ」
「筋肉がつくのは大好きなもので……」
「関心関心。筋肉というのはかけがえのない財産だ」
 言いながら、レパルダスは俺の体の匂いを更に激しくかぎ分け始めた。思わず俺は目を瞑る。彼の鼻息が毛皮をかき分けて肌を刺激するたびに、全身の体毛が逆立ちそうになる寒気を感じる。男に体をまさぐられることがこんなにも気持ちが悪いだなんて。
「筋肉は男を魅力的にする鎧だ。いつか良い出会いがあった時のために、つけておいて良いことばかりだ。自分の身を守る鎧にして、伴侶を守るための盾であり、女性のハートを射止める弓矢にもなる。それを身に纏うとは実にいい心掛けだ」
「女性以外も射止めてしまっているようですが……今現在、あなたのハートまで射止めてますし……」
「なに、お金を引きよせることは出来ているじゃあないか。とてもとても素晴らしい事じゃあないか。その肉体……その筋肉は十分に財産だ、大切にするといい」
「お、おう……」
 レパルダスの男は、俺の体に余すところなく匂いをつけようとしているようだ。俺もだいぶマタタビの匂いに慣れてきて、あまり心を乱されなくなっていたが、ついでに体をこすりつけられるたびに寒気を感じていた体も、もう反応しなくなってきた。
 嫌だと思っていたことや辛いことに慣れるというのは良いことだが、こればっかりは慣れてはいけない気がする。
「これはこれは、とてもいいねぇ。君の筋肉は緊張していない時はとても柔らかい。固いだけの筋肉なんかに意味はない。柔らかさと固さ、その二つを同居できる筋肉こそ最高だ。リラックスしているときは海に揺らぐ波のようにしなやかで、固めたときは鋼のように、ダイヤモンドのように固く」
 すると、レパルダスの男はそんな俺の体のことを褒めつつ、後ろ足で立ち上がって俺の胸を押す。今までずっと立ちっぱなしだった俺と視線の高さを合わせるつもりのようだ。
「君の首元なども堪能させてもらうよ?」
「え、えぇ」
 戸惑う間すら与えられず、レパルダスのされるがままになった。チップでももらっておけばよかったと脳裏をかすめたが、時すでに遅し。首元に鼻をあてがわれ、すんすんと匂いを嗅がれる。噛み付かれることはあり得ないとはわかっていても、首元に牙を近づけられているわけなので、体が緊張してしまう。
 レパルダスはうなじや耳に至るまで俺の体を堪能し終えると、少し疲れたのか床に座り込む。
「味わわせてもらったよ。それで、どうだい?」
 言いながら彼は、俺に一千ポケを見せびらかしつつ、トートバッグにそれを突っ込んだ。これで基本給、最初の二千ポケと合わせて四千ポケ……。
「次は、君と入浴を楽しもうか。あぁ、もちろん強制ではない。こちらに提示したお金を払おう」
 と、レパルダスの男は二枚の大銀貨……二千ポケを見せびらかす。結構な額だ……そのうえ、時計を見る限り、もう時間は一時間を過ぎようとしている。もうすぐ、追加で一千ポケ入るということだ。
「あの、時間のほうは大丈夫ですか……?」
「先に一〇時間分払っておいている。時間が余ったら、払い戻しか、もしくは次にお店に来た時のチャージができるシステムだよ。早く出ても損にはならないが、ゆっくりしても大丈夫さ」
「そうですか……では、存分に楽しめる、というわけですね」
 俺は早く帰りたいけれど。
「ほう、乗り気かい?」
 しまった、と俺は口を押さえる。俺は存分になんて楽しみたくない……けれど、入浴すればチップと基本給で三千ポケ。言うまでもなく魅力的だ。
「濡れるのはあまり好きではないが、君の体が熱すぎて、私の体は火照ってしまっている。君もあまり濡れるのは好きじゃないだろう? 猫系の子はみんなそうだし、特に君は炎タイプだ。だから、濡れるのは嫌いだろうと推測しているが……私は、体の汚れを落とすことを含めて、入浴したいと考えているのだけれど、無理かね?」
「親戚の水タイプの子とよく海や……この辺に来てからは湖で遊んでいたからその点は大丈夫です、が……」
「ふむ、ならば……せっかくだ、濡れるのは好きではないが、他人に体を洗ってもらうのは、とてもとても大好きだ。そうそう、魅力的な容姿の持ち主が相手ならば、体を洗ってあげることも好きだ。無論、君は魅力的だよ」
 地雷踏んだ……苦手ってことにしておけばよかったぁぁぁ。と、俺は後悔するが、それは決して顔に出してはならない。心の中にぐっとしまい込んで耐えなければならない。
「さてさて、どうするね?」
「やり、ます……」
 あまり気は進まなかったが、お金の魅力には抗うことが出来なかった。
 他人を洗うだなんて初めての経験なので、俺は水の温度を確認させ、ぬるま湯の水をレパルダスにしみこませた。恐る恐る水をかけると、やはり水に濡れるのは嫌いなのか、まゆをひそめて不機嫌そうな様子だ。
「では、まずお背中を」
「あぁ、頼むよ。ゆっくり、丁寧にね」
 背中は楽勝だった。自分の腹などを洗うのと同様に、体の上に石鹸を滑らせ馴染ませたあと、毛並みをかき分けるようにして泡を馴染ませていく。本当に体を洗ってもらうのが好きなのか、レパルダスが舌なめずりをして上機嫌になっているのが手に取るようにわかる。
「あぁ、いいよ。君はきちんと丁寧に洗ってくれるね……」
「客商売、ですから」
「初めての割には良い心掛けだ。次は胸と足を頼む」
「はい……」
 足は、床に座り込みながら一本ずつ、肉球の隙間も含めてきちんと洗う。胸を洗うのは構わない、だけれど俺は、腹や後ろ足のあたりで手が止まる。
「どうしたんだい?」
「いや、ここは……」
 俺が言葉を濁そうとすると、レパルダスの男がくすくすと笑う。
「デリケートな部分だからね。『触っても大丈夫か?』、という事を考えているのならば、大丈夫だと伝えよう。他人が触れてもよい場所なのかと考えてしまうことは、とても良い配慮だ」
「恐縮です……」
「しかし、触りたくないというのであれば……」
「あれば?」
「いくらほしいかな? いくら積めば、君はそこを洗ってくれるかい?」
「え、えっと……」
 これを了承すると、股間や尻の周りも洗わないといけないという事だ。えぇと、男性のそんな場所を洗うのは、それはとても遠慮したいのだけれど、どれくらい要求していいのだろうか、どうなのか。
「どれくらい要求していいのかわからないので、何とも」
「ふーむ、そうかそうか。確かに、初めてならそういうこともあるだろう。では、君くらい魅力的な子なら……そうだねぇ、全身を余すところなく洗ってくれるのであれば、追加料金で二千ポケ払おう。さすがに今は入浴中ゆえお金は持っていないが、体を洗い終わったら渡すと約束するよ」
「にせん……」
 これを受け取ってしまうと、文字通り全身を洗わなければいけないことになる。まぁ、それはいい。ここで中断してしまえば、その後のお金も保証できないわけだから、大金を手にするためのステップとして、このまま、ずるずると行きつくところまでいかされてしまうのだろうか。
「洗わせて、いただきます」
 しかし、やはり姉ちゃんにはいいものを買ってあげたい。小さい頃は親の次に迷惑をかけちまったし……その親ももういない。
「助かる助かる。ここまで来て全身を洗ってもらえないというのは、とてもとても不完全燃焼だからね」
「恐縮です……では、始めますね」
 恐る恐る、腹に手をあてがう。微かに感じられる肋骨の凹凸を過ぎると、美しくくびれた腹へと到達する。体毛が比較的薄く、体毛自体の色も薄いその場所は、うっすら桃色に染まっており、濡れたことで性器もきっちりと露出してしまっている。
 真っ白い泡を腹に馴染ませ、俺の手で汚れを洗い落としていく。肋骨の境目あたりから、脇腹、後ろ足と、最後まで性器を洗うのはためらっていた。尻尾も含めて洗ってしまうと、もはや洗っていないのは肛門と性器周辺を残すのみとなる。
「どうした? 二千ポケでは足りないのかな?」
「いえ、やります」
 レパルダスに意地悪な流し目で見つめられると、約束を反故にすることが出来ず、結局流されるまま、俺はやらされることに。だが、これを終えればお金がもらえる、お金がもらえるんだ……
 後ろ足など微妙なところを擦っているうちに、相手も興奮してきたのか、触れてしまった生殖器は勃起している。非常に嫌な気分ではあるが小さなとげのついたそれを、やさしく触れて汚れを流していく。
 そうこうしているうちに、性器のサイズがどんどん大きくなっていくのだから笑えない、なんで男同士でこんなことをせにゃならんのか、考えたら負けだ。
 十分に性器を洗い終え、その根元にある睾丸も軽くもみほぐしつつ洗い終え、尻尾の付け根から肛門回りも泡を敷き詰め、わしゃわしゃと撫でまわして洗い終える。
 その間のレパルダスの顔は、舌なめずりをしながらどこか誘うような目つきをしており、雌でもないのにドキッとするような、艶めかしい表情を見せている。泡を洗い落とすと、ぶるぶると体を震わせ俺の体も含めて濡らしていった。
「さて、と。では、君の体はどうするか? 自分で洗うかい? それとも私が洗おうか?」
「え、お客様が、私の体を洗うのですか?」
「いやかね? さっきも言ったろう? 魅力的な容姿を持つものであれば、体を洗ってあげるのも好きなのだ」
「ど、どうぞ」
 ここでお金の交渉でもすればよかったのだろうか、横たわった後に気付いて悶絶するような後悔が襲い掛かる。というかまずい、俺はどんどん金に汚くなっている、お金のことを考えてばかりじゃ、ダメになってしまう。でも、逆にここでお金のことを考えないと、それはそれでダメな気がする。
 結局おれは何も言わずに腕を組んで顎をその上に置き、うつぶせになって寝そべると、彼の肉球が背中の上をはいずっていく。誰かに背中を洗われるなど何年ぶりだろうかと思いながら身を任せていくと、広い背中や腰を丁寧に洗い終えた後は、警戒していた尻には触れずに足のほうへと移っていく。
「さぁ、仰向けになってくれ」
 と、言われるがままに体をひっくり返すと、やはり彼は股間周辺に触れることを良しとはせず、避けるようにして脚の表側を洗った。彼の手つきは、もてなす側であるはずの俺よりもよっぽど丁寧で、優しくて、そして気持ちい。痒い所に手が届くとはこのことだ。これじゃどっちがもてなす側かわからない。
「それで、大事なところを洗ってもいいかね?」
 大事なところ、というのはやはり俺の性器周辺なのだろう。そんなところ男に触られたくはないが……
「いや、それは……」
「いくらだい? いくらだい?」
 二回も聞かれた!
「せ、一千ポケ……」
「うむ、うむ……いいだろう。では、お風呂を出た後で、合計三千ポケだね」
 言い終えるよりも早く、レパルダスは俺の股間に手を伸ばし始めた。あいつと違って俺にはそちら側の趣味はないので、ぶら下がっているものはすっかりと萎えてしまっていたが、こいつの手つきがいやらしい。
 揉み解すようにぎゅっと肉球を押し付けてきたり、前後にさすってきたり。どう考えても洗うという言葉で表現するのはおかしい、感じさせようとしているのがわかる手つきだ。それが女相手からならば嬉しくもなるだろうが、こいつは男。
 精神的には下の下のシチュエーションなのに、テクニックのほうは上の上とも言えるくらいに一流で、優しく、それでいて緩すぎない、その手つきは心が嫌がっても体が受け入れてしまう。こんなことなら意地でも勃起しないために、抜いてから来ればよかったなどと、下品極まりない後悔が脳裏をかすめていると、大きくなった俺の性器を目の当たりにしただけでも満足だといわんばかりにレパルダスはその手を放して別のところを洗い始めてしまった。
 それによって、名残惜しさすら感じてしまうから小手先のテクニックのみならず、駆け引きのテクニックまでも上手なのかもしれない。あそこまで触られたなら、いっそ気持ち良くなりたかった、と思うくらいに。
 再びうつぶせになり、尻を触られ、尻の割れ目の中は尻尾を使って洗われる。ここばっかりは本当にニャビー時代を除けば誰にも触られていない場所だけに、触れられることそのものが気持ち悪い。
 だが、尻の割れ目を尻尾でわしゃわしゃと前後運動されることで、尻の筋肉がぴくぴく動く。相手の尻尾を挟み込んでしまわないかと心配になる。さすがに挟み込んで抜けなくなるようなことはしなかったが、その感触の気持ちよさに思わず腰が浮き上がってしまった。
 尻を撫でられて感じさせられるとか、しかもそれが男相手とか、こんな経験したくねえよ……
「さてさて、体は一通り洗い終わりましたね。と、言っても顔を洗えていないですが……私はあまり器用ではないので、頭だけは自分でやっていただいてもよろしいですか?」
「は、はい……わかりました」
「ではでは、私はその様子を見物させてもらうとしよう」
 と、俺は顔を洗う様子をじっと見られることに。目を開けたまま洗うこともできないので、その間どこをじろじろ見られていたものやら分かったものではない。顔全体をあらい、水をかぶって全身を洗い終えると、俺はようやく息をつく。
「さぁ、そろそろ入浴の時間も終わりですね」
「あぁ、楽しませてもらったよ」
 水気を払い俺たちはタオルで念入りに体をふいて、風呂を上がる。俺は深呼吸して体温を上げると、レパルダスはそんな俺に寄り添うように体をくっつけ、体を乾かそうとしているようだ。
「すまないね、濡れているのは嫌いでね」
「大丈夫……です」
 男に寄り添われるのは嫌だったが、金のためだ仕方ない。ここでへそを曲げられては、これ以上の大金を逃すかもしれない。あれ、でもこれ以上のお金をもらうには、これ以上のことをしなければいけないというわけであって……俺はこのまま何をされてしまうのだろうか?
「では、三千ポケだったね。これを」
 そうして受け取る三千ポケ。一つ一つは大した額じゃないが、積み重なってくるとかなりの大金だ。この二時間で一日分の給料に近い金額を貰っている。
 きっとこの人、お金持ちなんだろうなぁ。羨ましいことだ。
「そういえば、君は普段、どんな仕事をしているのかね?」
 そんなことを思っていると、相手から仕事のお話をしてきてくれた、
「俺ですか? 俺はその、この筋肉生かして、道路の整備を行っています。水路が発達している場所ならいいけれど、ここら辺は湖の岸辺にある街へ水運するくらいで……川は流れが激しいから下りにしか使えないし、そうなると物流も陸路ばかりですから……街やその周辺の道路を整備することで、商人や、道行く人々、農夫たちの負担を軽減するための仕事です。
 道を整えれば、陸運はとても楽になりますからね。俺の働きが、皆の仕事を少しずつ楽にするんです。それに、道を作ればその周りに家も作れる。家が出来れば人相手の商売もできる。将来的に、多くの人が働く基盤を作れる仕事なんです……って、受け売りですが」
「ほう、なるほど。知らないうちに私もお世話になっているというわけだ。それがまさかこんな形でもお世話になるとはなぁ。こうやってボーイになる子は、仕事をしていないというものも少なくないから、きちんと仕事を行っているとは関心関心」
「褒めていただき、光栄です……」
「なぁに。では、普段に加えてここでもお世話になっているわけだからな、恩返し代わりに、こちらも君が姉へのプレゼントでよい物を買えるようにしないといけないね。そうそう、私はとある宝飾店のオーナーをやっているが、もしも外で出会ったとしても、お互いここのことは秘密で、よろしく頼むよ」
「そ、それは……嬉しいような、怖いような」
「怖くなどないさ。君には痛い思いなどさせないからね」
「痛いから怖いわけじゃなく……」
「自分の自尊心が壊れるからかい? 大丈夫、私は決してお金だけで君の心を買おうとは思っていない、もてなされる側とはいえ、もてなす側を不快にさせてはサービスの質が落ちる。
 お店のスタッフを気遣えない客は、店にとっては有害だ。だからこそ、君のように将来有望なスタッフをきちんと気遣える客でありたいと思っているよ。そういうわけで、君がこの店にいたくなるように、良い客であるよう心掛けるからよろしくね」
「よ、よろしくお願いします……」
 よろしくしたくねぇぇぇぇ。と、心の中で叫ぶが、それを聞かれてはならない。いや、考えていることが声や顔に出てしまったらそれをばれてしまいそうなのが怖い。
「では、世間話もそこそこに、そろそろベッドをご一緒しようか。断られる前に聞いておこうか、いくらだい?」
「本当に寝るだけなら、その……お金はいりませんが」
「これはこれは、とても話が早くて助かる。何も言わずとも、寝るだけではないことをわかっているのだね。それはそれは、具体的に何をするのならお金が必要ということだね?」
「……股間を触れるのは、その……」
「値段を言うのははばかられるかい? では、三千ポケというところでどうだろう?」
「なら、大丈夫、です」
「ただしそれは、どれだけ触ってもいいものとして、解釈させてもらうよ。もちろん、痛みを与えるような真似はしないと誓うから、もしも痛いと感じたら遠慮なく言ってくれ」
「う……」
「あぁ、そうだ。触れるのはもちろん、前足で、だ。君さえよければ、私の口で全身をくまなく毛づくろいをしたいし、君の大事なところを味わいたい。あぁ、もしも君が口で、私の毛づくろいをしてくれるなら、さらにもっと出してもいいが」
「しません!」
「うむ、最初はそれでいい。私がお手本を見せてあげたいということもあるしね。さて、どうするかい? 私が口で毛づくろいをしてもいいかな?」
「えーと……」
「ふむふむ、では最初の三千ポケと合わせて五千ポケはいらないということで、解釈させてもらおうか……」
「ど、どうぞ」
「おや、いいのかい?」
 しまった、と俺は思う。もっと値段を吊り上げることもできたかもしれないのに、いきなり交渉を打ち切るような言葉をかけられたせいで、俺は思わず了承してしまった。
 しかし、五千ポケ……何も言わずに二千ポケも加えられていて、断るには痛すぎる額である。
「いい、です」
「これはこれは、嬉しいことだ。では確認してもらおう。銀貨を一,二,三,四,五枚……五千ポケだ。確かに、渡したね?」
 レパルダスは札を見せびらかすように提示しそれを俺のトートバッグへと突っ込んでいった。もう後には引けないな。
「では、心行くまで堪能させてもらおうか。君にも満足してもらえるように、こちらも誠意を尽くすよ」
「えーと……」
「さぁ、ベッドに向かおう。いつか、君がベテランになったときは、同じようにお客様を楽しませてあげられるようにね」
 俺が戸惑っているうちに、レパルダスはどんどん俺の話も聞かぬ間に話を進めていく。
 おれは、普段ならば何に対してでも自分の意見をどんどん言えるはずなのに、そんな簡単なこともできないでいる。それはお金を受け取ったという弱みのせいでもあるけれど、このレパルダスの有無を言わせない物言いと、自信満々な態度のせいで、初めての仕事で戸惑っている俺は翻弄されるままだ。
 レパルダスは後ろ足で立ち上がると、俺の胸を前足でおす。軽く押されただけなので、よろけるようなことなど全くないが、押し出される方向はベッドのほうへと確実に向いている。
 俺がじっと耐えたままいると、レパルダスの男は息が触れる距離まで顔を近づける。
「口づけは有料かな?」
「え?」
 見つめられながら、俺は思わず目をそらした。すぐにでもキスされそうな位置でぴたりと止まられ、見つめあう状況だなんて耐えられん。だって男同士だし!
「では、一千ポケで」
「ど、どうぞ」
 惜しみなく出されるチップを前にして、俺の自尊心は屈してしまう。ベッドに向かう前に、俺は唇を奪われてしまうことに……
 唾液が糸を引いた口が、俺の口に迫っていく。よほどいいものを食べているのか、口臭からは悪臭を感じさせず、鋭い牙は透明感すら感じるほどに白く磨き上げられている。
 ひげが生えた唇のあたりを軽くかみつかれる。微かに痛みを感じるが、この程度では中断を要求するほどではない。一度噛み付いた後、レパルダスは舌で俺の口を執拗に舐め、顎を掬い上げようとしている。
 口を閉じようと思えば簡単に閉じていられるが、いつまでもそれを我慢していられるだけの神経のずぶとさは俺にはない。あまりに舐められすぎて、俺も観念して口を開くと、待ってましたとばっかりに舌をねじ込んでくる。ざらついた舌がおれの歯茎を擦り上げ、牙をめくり上げ、俺の舌と絡み合わせる。
 ずっと口を閉じていたから唾液がたまっていた俺の口の中にある唾液を、彼は思う存分啜る。美味しそうに喉を鳴らして飲むが、正直その神経がわからない。逆のこのレパルダスの唾を飲めば、俺はあいつの気持ちがわかるのだろうか?
 などと、考える時点でおれはもはやこいつのペースに飲まれているのかもしれない。体を楽にしてといわれた通り、口も楽にしてみたがそうこうしているうちに、俺の足は少しずつ力が抜け、逆にレパルダスの足には力が入ってくるのがわかる。
 ベッドに誘導されている、けれど、抵抗できない。力を入れられる精神状態じゃなくなっている、拒絶するだけの嫌悪感が消え失せてしまっている。
 一歩、また一歩と後ずさりして、俺のかかとがベッドのふちに当たると、俺は押し倒された。ベッドの柔らかな感触が背中に当たり天井の照明をレパルダスが塞ぐ。
 まるで追い詰められた獲物のような視点になって、食われそうなほどに開かれた口が、俺の体液を貪っている。はた目には襲われているようにしか見えないような光景だろうに、そのやり方があまりに優しいものだから。口を閉じて拒否することなんて思うこともできない。金の話を出して、正気に戻してほしいが、金の話を出すのが申し訳なくなって言い出せない程度には、テクニシャンだ。
「堪能したよ」
 レパルダスは、口から顔を上げると、自身の舌先から唾液を滴らせた。俺の鼻面にかかってしまい、それを手で拭えばいいものを、俺は自然と舌で拭い取っていた。
 当然、レパルダスの唾液を舐めとったのだが、それを舐めとっても後悔の念は沸いてこない。どころか、乗っかられているこの状況が少しいい気分になってきた。洗ったばかりのきれいな体が、乾いてふわふわになっているおかげで、高級な毛布をかぶっているかのようないい感触だ。
 相手が男だというのを、忘れてしまいたくなる。
「どうも、ありがとうございます」
 俺は恐る恐る、レパルダスの頬に手に平をあてがう。レパルダスはその手の動きに気が付くと、自分から頬ずりをして、気持ちよさそうにゴロゴロと鳴き声を上げている。
「君も気に入って貰えたかな?」
「え、えぇ……それはもう」
「そのまま抱きしめてはもらえないかい?」
「えぇ、どうぞ……」
 金の話をする気になれず、俺は彼の首の後ろに腕を回す。背中の体毛も触り心地がよく、撫でていても嫌にならない。
「お金はいらないのかい?」
「えー……それは、欲しい、ですけれど……」
「『もらうのは気が引ける』、か? これはこれは……わかるかい? 良い客であるということは、こういう時に得をするんだ。もしもこれが乱暴な言葉で、『オラ、もっとサービスしろ!』みたいな口調だったら、君も容赦なくチップを要求したのだろうが……君は今、そんな気はしなくなっている」
 確かに、そんな態度の奴ならば、『キスするなら二千ポケもらいますよ』くらいにビシッと言えるのに。丁寧すぎて何も言い出せないだなんて、あまりに悔しい。
「良いスタッフを育てるのは、良い上司、良い先輩、良い客……こうして、客の立場で何かの店に訪れるときは、良い客であることを心掛けているよ。君も、お店で食事をしたり、買い物をするときには、良い客であることを心がけるといい。そうすれば、スタッフも気分が良くなって、君にいつも以上にサービスをしてくれるかもしれない。そうして行けば、世の中はうまく回るよ」
「肝に、銘じます」
「これはこれは、素直でよろしい。さて、先ほどの交渉の通り、口を使って毛づくろいをしてもいいし、股間のあたりを触ってもいいということだね? お金を払った以上は、容赦はしないよ?」
「はい、間違い……ありません」
「うむうむ、ここにきて怖気づかれていたらどうしようかと思っていたところだ。君が素直で、約束を反故にするような者ではなくて嬉しいよ。ではでは、思う存分堪能させてもらおうか」
 レパルダスは、そうは言うものの体をこすりつけるばかりでなかなか毛づくろいに移ろうとはしなかった。首元の匂いを嗅いできたり、頬ずりをしてきたり。その時の表情があまりに恍惚として気持ち良さそうなので、ついつい優しい目で見守ってしまう。
 誰かが幸せそうにしている光景は、なんだか見守っていたくなる。そんな俺の親切心が、このレパルダスを押しのけてしまいたいという心を抑え込んでしまっている。それどころか、もう俺がこのレパルダスを撫でる手を止められない。
 いつしか、相手も満足したのだろう、俺の体にのしかかって体をこすりつけるのをやめて、ついに俺の体の毛づくろいを始めてしまう。ザラついた舌で毛並みを整えて、首から肩、肩から胸、脇腹、腹筋、腰回りと、それはもう丁寧に時間をかけて。首筋をやられるときは思わず体がこわばるし、乳首を舐められると変な声が漏れるし、脇腹はこそばゆいしと、いろんな反応を楽しんでいるかのようだ。
 しかし、舌を使った毛づくろいは舌が疲れるのだろう、レパルダスは時折顔を離しては俺の腹筋を枕にしてゴロ寝しだす。こうまでされるがままで、もはやどっちが客だかわからなくなってくるが、このレパルダスの男はこれでも満足なのだろうか。
 そうこう考えているうちに、舌が股間へと迫ってくる。もう、相手が男だとか女だとか、そういうのを超越してきたのか、触れられてもいないのに性器が立ち上がっている。
 この男にどんどん狂わされているのを感じる。
「では、今日はここを堪能して終わりとしよう」
 レパルダスは獲物に狙いを定めて、鼻を押し付けた。散々体中を触られ、触れられてもいないのにじらされている性器からは、すでに透明な液体が一滴顔をのぞかせている。その一滴を、レパルダスは自身の鼻にまぶす。
 それが香しい香油かなにかのように、鼻で深呼吸をして彼は胸を上下させる。やっていることは欲望に身を任せているだけなのに、どこか上品さすら感じさせる佇まい。お金を持っているだけでなく、それに見合うだけの気品があるというのはこういうことを言うのだろう。
 彼が口を開ける。生暖かい吐息が性器にかかる。牙が軽く触れるが痛くはない。ザラついた舌も、容赦なく舐められれば激痛が走るだろうが、腫物を触るような舌使いなので、痛みはない。
 鼻面で押したり、前足で揉んだり、頬ずりしてみたり。俺と違ってモノを握ったりするのに不自由な、不器用な手足だが、それを補って余りあるパターンの愛撫で俺を攻め立てた。
 最初こそ、慣れない刺激に気持ちよさよりも違和感を感じてばかりで没頭出来なかったが、身を任せていると、気づいたころにはもう無視できなくなるくらいに快感を高めさせられている。
 残った自尊心が、射精してなるものかと意地を張らせてしまうが、その意地を押しのけるような彼の手腕で、徐々に快感を押し上げられていった。前足を性器にそっと添えて、肉球と腹筋の間に挟み込んだまま、もみほぐすように前後にさする。
 自分が自慰をするときと違って、彼の前脚は性器全体を包み込むようなものではないため、一点に力が集中してしまうからいまいち気持ち良くないのだけれど……自分でやるのと違って、今回は相手がいる。瞬き一つとっても優雅な視線、奇麗な色の艶めかしい舌の色、そして真剣な表情を覗いていると、どうしたものかと考えてしまう。
 このまま射精したほうがお客様は喜ぶのか、それとも我慢して長く楽しませたほうが喜ぶのか。どちらなのか、慣れない俺には読み取ることは難しい。
 けれど、どちらにせよ興奮を極めた俺は、ここまで来て生殺しにされるなんて耐えがたく、下手に耐えて相手に疲れさせてしまって不完全燃焼になるくらいならもういっそ、と自尊心が完全に音を上げた。
 今まで、ベッドに押さえつけていた腰をのけぞらせて海老反りになり、完全に射精に備える体制となる。
「おやおや、いいのかい? 決めてしまうよ」
 余裕ぶってレパルダスが尋ねる。俺がもう射精寸前なのは完全に見切られている。
「あぁ、頼む……いえ、頼みます」
「ふふ、君がもてなす立場だという事は忘れてはいけないよ」
 レパルダスは妖しく笑みながら、自身の舌の裏側で俺の性器を包み込む。俺が子供時代の時などは、水を飲むときには舌を内側におりこんで、それで水を掬って飲んでいた。同じように、レパルダスは舌を内側におりこんで包み込んでいるのだが、当然のことながら舌の裏側には棘がついていない。柔らかく、そしてしなやかな舌の裏側で包み込まれると、それがとどめとなった。
 先ほどよりも強く腰を突き上げ射精する。睾丸が収縮し、性器が脈動し、尻の筋肉まで快感で収縮している。情けない声を上げていたのを聞かれていただろうか、冷静になってみるとものすごく恥ずかしい。
 レパルダスはといえば、放出された精液を、自分の体に掛かったものも含めて丁寧に舐めとっている。あれで恍惚とした表情をしているのだから、訳が分からねぇ……
「ふむ、堪能させてもらったよ。君はどうかな?」
「もてなす側なのに、持てなされていたような……」
「新人教育の一環さ。私は、ここのオーナーには信頼されているのさ。私を接待したボーイは成長するとね。先ほども言ったように、良い客であるということは、良いスタッフを育てるという事だからね。
 だから、新人さんが入ったときには、私をはじめとするいくらか優良な客を優先的に回すようにするのがこのお店の方針なんだ。あのオーナーも、なかなかいいひとだよ」
「ははぁ……運よく貴方に当たったわけではないのですね」
「運よく? ほほう、私に当たったことを『運よく』と表現していただけるとは、これはこれは……当たりと思われているわけか。嬉しいことだ。では、これからも当たりくじを引きたいと考えてもらえると嬉しいのだがな」
「……それはリピーターになれと?」
「無論だよ。また君を指名できる日を楽しみにしているよ。その時は、今度は君からもてなしてもらえるようになってくれていると嬉しいな」
 どこから出したのか、レパルダスはいつの間にか前足の指の隙間に金貨を二枚挟み込んでいる。
「これを差し上げるのは次回だね」
 しかし、金貨はお預けとばかりに自分の体毛の中にしまい込んでしまった。
「では、体をふいてくれるかな? あまり精液の匂いがついてしまうのはよくない」
「は、はい……」
 レパルダスに言われて、俺は濡れた布巾で彼の体を丁寧に拭き、ベッドのシーツなどについた汚れも残さずふき取っていく。それが終わると、彼は大きくため息をついて、俺の顔を真正面から見た。
「では……次は」
「次は?」
「最近は激務で寝不足だったものでな。一緒に寝て貰ってもいいかな? とりあえず、前払いをした時間は十分すぎるほど余っているからな、寄り添って寝て貰えると嬉しい。君の体温で眠る心地よさを堪能させてもらうよ」
「わかりました」
 また何か気が進まないことを頼まれるかと思ったが、最後は案外普通のお願いで、俺はホッとする。いや、この仕事を始めた最初のころだったらこれでも嫌な顔をしていたのだろうけれど、すっかりこの男に気を許してしまうとは思わなかった。
「だが、その前に少々用を足してくるのと……お色直しかな」
 レパルダスは、トイレに行き、マタタビの香水をつけなおし、水を少しだけ飲んでから、ベッドで待ち続けていた俺の隣に寄り添った。とてもいい匂いで、なんだか顔をこすりつけたくなってくるような……マタタビのせいだとわかっていても、俺はそんな衝動が湧き上がってくるのが抑えられそうにない。
 まずいぞ、本当にこのまま流されたら、絶対に戻れなくなってしまう。ここで常勤するのだけは絶対に避けないと……明日から、節制して生きないとなぁ……
 そんなことを考えながらベッドで横になっていると、レパルダスは俺の腕を前足でギュっと抱きしめたまま、静かに寝息を立て始める。本当に疲れていたのだろう、お金は持っているようだがお金持ちもそう楽ではないようだ。
 疲れて眠っている姿を見ていると、抱き着かれているのを嫌がる気持ちなんて浮かぶこともなく、もっと安らいで眠ってもらえるようにと、出来るだけ動かないようにして脇腹を撫でた。
「はぁ……満足してもらえるといいけれど」
 と、独り言が漏れてしまうあたり、大分思考が汚染されているのだろう。俺、今までの俺に戻れるかな……

 レパルダスが寝ていると、俺もじっとしているために眠気に抗えなくなって一緒に寝てしまった。幸いにもいびきなどはかかなかったようで、俺はレパルダスより先に起きて、彼が起きるまでの間、ぞの寝顔と微かにうめくような寝言を黙って聞いていた。しばらくして目を開けた彼は、おはようの頬ずりをした後、寝返りを打って立ち上がり、俺の顔を舐めた。
「さて、よく寝たことだ。もう一度体を拭いたら私は出発するとしよう。と、いうわけで頼んでもよろしいかな?」
「もちろん、喜んで!」
 散々チップをもらったので、気持ちよく帰ってもらいたいと濡らした布巾で彼の体を丁寧に拭いた。
「では、これは最後のチップだ。それと、君はもう少し意地汚くなったほうがいい」
 微笑みながら、レパルダスは俺に銀貨を寄こす。結局、チップとしてもらった額は一万五千ポケ。それに加えて基本給が、仕事を始めてから九時間ほど経っていたため、九千ポケである。合計二万四千ポケ……特に基本給は予想外な値段になったものだ。相当疲れていたのかがっつりと眠っていたようで、よくまぁそんな状態であそこまでのことが出来るのだと感心する。
「では、次に期待しているよ」
「どうも、ありがとうございました……」
 結局、レパルダスは最後までそんな調子で、俺に次があることを疑わずにいるようだ。次なんてないぞ、きっとないぞ、ないからな!
「いやぁ、あの常連のお客様、満足して帰って行ったよ。この調子で、体験入店だけじゃなく、本格的にここで働いてもらえないかなぁ?」
「え、遠慮しておきます」
 こんなところでもし、知り合いに出会ったらどうするんだ。キリア以外には絶対に知られたくない汚点である。
「そうかぁ……君なら絶対に人気者になれると思うのになぁ」
 店主の声が本当に残念そうだ。メタグロスの重厚な関節がきしみながら肩を落としてがっくりとしている。
「でもま、気が向いたらまた来てね。今度は常勤になってくれると嬉しいな。ちなみに、常勤になると基本給が少し増えるからね! 一時間で一二〇〇ポケ!」
「遠慮しときます!」
 言いながら、俺はもらったお金を手に足早に帰路につく。予想以上にお金が入ったので、これだけあれば姉への結婚祝いも割かし良質なものが買えそうだ。何を買うかは……悔しいがキリアに聞くのが一番よさそうだな。

 後日、俺はキリアに連れられて、宝飾店へと赴く。俺が入ったこともないような場所だ。中にはきらびやかなネックレスや指輪、イヤリング、ホーンリング((角などを装飾する輪))など、様々な装飾品が売られており、どれを買ってあげればいいのやら、目移りしてしまって何一つ決められない。
 そうして迷っていると、店員がにこやかに話しかけてくる。
「お客様、何かお探し物ですか?」
 その店員というのが、あの日のレパルダスだ。
「あ、あなたは……」
 俺が驚いていると、あちらは全く慌てる様子もなく、深々と礼をする。
「初めまして。私はアメリと申しまして、こちらのお店のオーナーをやっております。ところで貴方は……以前貴方の勤務先で出会いましたね。これは何という偶然でしょう。そして、キリアさんはお久しぶりです」
「あらー、クロンド。アメリさんと知り合い? この人とっても素晴らしい人なのよ」
 キリアがわざとらしく尋ねる。こいつ、絶対に知っていてここに連れて来やがったな……
「お前らこそ知り合いなのかよ……」
「えぇ、私の勤務先。コム・アン・ミルワで出会ったのよ。ですよね、アメリさん?」
「えぇ、湖の湖畔に建てられレストラン。波風一つ立たない日は鏡のように夜空が映る湖が魅力的なそのお店で、小舟に乗りながら優雅に歌う彼女の姿に惚れてしまいましてね。最近ではすっかりお店の常連です」
「私が歌う時につけている首飾りと髪飾り、彼に見繕ってもらったのよ」
 キリア、アメリともににこりと笑って俺のほうを見る。こいつら、完全にグルじゃねえか!
「ところで、クロンドの勤務先って……道路工事ですよね?」
「えぇ、道の整備を行っているようですね。彼とは工事現場で出会いました」
 さらっと嘘ついてやがるしアメリ……というか、キリアとの出会い方も嘘じゃねえのか!?
「うちの商品は少量でも大きな価値を持ちますゆえ、空輸されることも多いのですし、大量の物資は水運が一番効率的ですが……私は地を這う獣。仕事にはあまりかかわらない陸路ではありますが。陸路……つまり、道路を均してくれる者たちには感謝の気持ちを常に忘れないように心がけております」
「まぁ、素晴らしい。アメリさんは本当に、良い心掛けをお持ちですね」
 アメリは、あの店での出来事のことは話さなかったが、キリアはすべてを知ったうえであの反応なのだろうと思うと、今すぐこの場から逃げたい衝動に駆られる。
「さて、クロンドさん。今日はどんなものを探しでしょうか? 予算はいかほどで?」
「三万ポケほど……姉の、結婚祝いにネックレスを送りたいんです……種族は、マフォクシーで……ちょっと気が強そうな釣り目気味の女性です……」
「ほほう、それはそれは……では、お姉さまは、そんな自分のイメージをどう思っていらっしゃいますか? もっと気が強い感じにしたいとか、逆に優しい感じにしたいとか、そういった要望などがあればそれに合わせた宝石を見繕いますよ。
 本当は、本人を連れてきてもらえるのが一番良いのですがね、サプライズの贈り物となるとそう簡単にもいかないので大変ですね……」
 アメリの接客はとても丁寧で、親身になって相談してくれた。その接客の最中に、アメリから小さく折りたたまれた紙きれを渡されたが、それに何が書いてあるのか、見るのはとても怖かった。


**あとがき [#U8wfiUD]
さて、今回も安定の[[分厚い仮面の私>リング]]でしたね。きっとわたしのしょうたいがわかったひとはひとりもいませんね
今回の大会では、実は別サイトでの大会の投票や、残業などが被っていた上にアイデアも浮かばず、かなり切羽詰まった状況でして、そのためアイデアはツイッターで見かけたつぶやきからごくシンプルに持ってきましたし、内容もほぼストーリーなどない感じになってしまい、こんなんで3位をもらってしまってよいのかと……w
今回は主役ではなく相手役のレパルダスに性癖を詰め込みました。イケメンの男性いいですよね。



#include(第十回仮面小説大会情報窓・官能部門,notitle)


&color(red){注意};:&color(red){R-18};、&color(white){男性と男性};の&color(white){売買春};表現があります。

作者:今回も安定の[[分厚い仮面の私>リング]]

「はい、これ」
 このアシレーヌ、キリアは何の因果か俺の従兄妹である。この性悪にして悪趣味な雌は、何が楽しいのか俺を衆道の道に落としたくて仕方ないらしい。俺がガオガエンに進化してからというもの、その体つきが気に入ったのかは知らんが、様々ないらんことをやらかしては、俺の苦悩を誘っていた。
 ある時は、エンニュートの体液をどこからかもらってきて、それを俺の体に塗りたくった状態で、友達のエレキブルと密室に閉じ込められたことがある。互いに欲望に流されかけたが、お互いの体で解消するわけにもいかず、自分だけで処理して何とか性欲を押さえつけて事なきを得たが……
 当然カンカンに怒ったエレキブルはキリアに詰め寄ったが、後日非常にすっきりした顔を見せていた。キリアがどうやって彼のご機嫌を取ったのか、考えてはいけないことなのだろう。
 またある時は、巨大な湖に浮かぶ無人島へ遊びに行ったとき、キリアと同じく従兄妹のナゲツケサルの男と遊んでいたところ、キリアが腹ごしらえにと魚を取ってきて俺たちに食わせた魚……まさかそんなものに妙な白ゴキブリの分泌物を利用した媚薬を盛られているとは思わず、あいつは海から俺たちのことを見守りながら、悠々と発情の様子を見守っていた。
 無人島にて前回と同じ要領で解消しようとしたが、従兄妹はそっちのけがあったようで、俺の体を求めてきたから、必死でに逃げ回る羽目となった。
 その後は、体を鍛えるために通っている筋肉同好会のライバルをけしかけてきたこともある。なんとか逃げたが、そいつは翌日から筋肉同好会に顔を出さなくなっていた。
 それでもだめならと、あいつは自分の体で誘惑しつつ『私を抱いてみたい? なら、条件があるの……』と、切り出した。
 キリアは美しい。親戚とはいえその容姿に心をひかれることもあるにはあったが、交換条件を聞くまでもなく嫌な予感しかしなかったので、俺はキリアの鼻をつまんで強引に横を向かせて拒絶した。
 だが、何の因果かこいつに頼ることになるとは……


 ある日のこと――
「ねー、クロンド。あなた、姉の結婚祝いが必要なんですって? お金困ってるでしょう?」
 始まりは、だれにも何も話していないのに、なぜかキリアがこうして俺の家に押し掛けてきたことであった。
「お前、その情報どこから仕入れてきた?」
「あらあら、あなたの姉も私の従兄妹なんだもの、結婚式の報告くらいは来るわよぉ? でもって、あなたって、万年金欠よねぇ? どうせ、今月の給料はもうすでに大分消費しちゃったんでしょう?」
 きっちりばれてやがる。
「そう、だが……」
「あぁ、かわいそうなあなたのお姉さん、せっかくの晴れ舞台だというのに、ふがいない弟、クロンドからの贈り物を受け取ることもできず、寂しい気分で結婚式を迎えることになる。『ああ、私は家族全員から愛されているということはないのね、従妹たちは贈り物をくれたけれど、大切に面倒を見てきた弟は私を祝福してくれないだなんて、私が弟をかわいがった日々は何だったのかしら……』と、思いながらもの憂い気な顔で嫁いでいくことになる。あぁ、あわれな花嫁……」
「それはもう分かったから本題を話せ……なんだ、金でも貸してくれるのか?」
「いやぁ? そんな、金の貸し借りだなんて、あなたが負い目を感じてしまうようなことをさせるわけないじゃないの。だから、今日はあなたが仕事が休みの日でもできるような、一日で終わるちょっとした稼げるお仕事を紹介したいと思うのだけれどぉ。
 それを見事遂行すれば、とりあえず姉の結婚祝いに格好つくぐらいのお金は手に入ると思うのだけれど……あぁ、でもきっとあなたは嫌がるでしょうねぇ、ふざけるなというでしょうねぇ……」
「いいから、どんな仕事だ?」
「うーん、ただ、個室でお客様と話をするだけの非常に簡単なお仕事よぉ? とってもらくちんなお仕事でしょう? 頑張れば一日であなたの手元に一万ポケはいるわ」
「あやしい……」
 こいつの持ってくる仕事だ、絶対にろくでもないものに決まっている。しかしながら、給料日までまだ時間があるが、姉の結婚式が迫っているのは確かである。
 一万ポケがあれば、あとは友達からお金を借りれば何とかいい装飾品の一つでも買えるだろう。給料日に返すとなると来月は苦しくなってしまうが、そればっかりは我慢するしかない。
 だが、やりたくない。なぜなら、こいつのやることは予想がついてしまう。なぜなのかこいつは、俺が衆道の道に沈むことを望んでいる。俺が男とよろしくやっているところを見たくてしょうがないと見受けられる。
 おそらく、奴が持ってくる仕事もその関連だろう。だが、今の俺には金がない。両親が災厄によって失われた今、数少ない肉親の俺が姉ちゃんの結婚式を盛大に祝いたい。背に腹は代えられない。
「そっかぁ、怪しいかぁ……そうだよねぇ、今まで私があなたにしでかしてきたことを考えれば、そのようなことを思うのも当然よねぇ。はぁ、仕方ない仕方ない……この話は白紙ということで、あなたのお姉さんへの結婚祝いは寂しいものになってしまうけれど、私は何も援助できないし……仕方ないわねぇ、えぇ、仕方ない」
 ここまで言われると、なんだか自分がひどいことをしている気分になってしまう。
「や、やるよ……」
 と、俺が一言でもやる気を見せると。
「はい、これ」
 こいつは一秒の間も開けずに、笑顔で書類を渡してきた。

 内容は、『自分を指名したお客様と、一つの部屋でお話しながら過ごだけの簡単なお仕事』である。
 基本給は一時間一千ポケだが、お客様に気に入られればチップはいくらでも弾んでもらえるそうだ。『気に入られる』という時点で不穏な予感しかしない。

・お客様はボーイへの暴力等は絶対に行わないこと。ボーイへの暴力行為があった場合は、たとえ勝てる相手だと判断してもボーイは自身で反撃することはなるべく控え、スタッフを呼ぶ等の対処をお願いします

 まぁ、当たり前のことだ、これはいい。

・依頼人は、ボーイの粘膜及び性器への接触は許可を得てから行うこと

 粘膜ってなんだ、鼻の中とか口の中とかのことなのはわかるが、粘膜ってなんだ。そして性器ってのは、もうこの時点で大体の仕事の内容は予想出来てしまった。

・室内での金銭及び物品のやり取りは自由ですが、あまりに大金のやり取りをすることは推奨されておりません。警察などにあらぬ疑いをかけられない、常識的な金額、品物を推奨します。当然、禁止薬物等の取引及び使用は一切禁じております。

 実際にそういうことがあったのだろうか、あまり想像したくない光景だが、常識外の大金については俺は関係ないと信じておこう。きっと、少額のやり取りならあるんだろうなぁ……
 しかし、この内容、場合によっては追加でお金のやり取りを行うこともできる……ということなのだが、そのためには粘膜とか性器とかを触れレることを許容しろというわけか……果てしなく怪しいことだが、お金が……手に入るのであれば……
「この内容に納得できたならば、契約書にサインして、面接を行った後、指定された日に現場に行けば大丈夫だから。簡単でしょう?」
 簡単、なのだろうかこれは……。簡単、かどうかはわからないが、背に腹は代えられない。結局、俺は考えた結果その契約書をよく読んだうえでサインする。『覗かれていても文句を言わない』のような記述があるわけでも無かったから、きっとキリアに覗かれるようなこともないはず……だ。
「ありがとぉ。これで私、紹介料で一千ポケ貰えるのよぉ。あなたにお食事奢ってあげるね」
「お、おう」
「あなたがリピーターになってくれたらさらに二千ポケ貰えるのよ。そしたらあなたのお姉さんの結婚祝いももっと豪華にできるわぁ」
「……リピートしねえぞ」
「して♪」
 キリアは笑顔で首をかしげながら要求する。
「しねえぞ!」
「して?」
 キリアは真顔で要求する。
「しねえぞってば!」
「チッ……」
 俺が断固として『しない』といえば、キリアは舌打ちする始末。
「しねえからな……」
「キリア、今から時計の物まねします!」
「いったいなんだよ!?」
 言いながら、キリアは俺の耳元に口を寄せて……
「チッチッチッチッチッチッチ……」
「やめろ馬鹿! 怖えよ!?」
 なんかこいつ怖い、相性で不利なのもあるんだろうけれど、こいつ怖い……アシレーヌってこんなに怖いものだっけ?
「……うんうん、あなたは昔っから忍耐力がないからねぇ。また金欠になることを期待してるよぉ」
「だからリピートしねぇぞって!」
 こいつの策略に乗るわけにはいかない。いかないんだ……


 そうして、面接へと進む。面接を担当するこの店のオーナーは、メタグロスの男性で、かなり屈強そうな太い手足を備えている、傷だらけの見た目だ。修羅場の一つや二つはくぐっていそうな見た目じゃないか。愛称は俺のほうが圧倒的に有利だが、むしろ俺より強いんじゃなかろうか。
「いやぁ、クロンド君っていうんだ。君はいい体していますねぇ」
 彼は、俺が面接のために部屋に入ってくるなり、俺の体を見てそう評した。
「ど、どうも……鍛えていますので……というか、オーナーこそ、ものすごい肉体では……」
「あー、僕は昔、このお店のボディーガードやっていたからね。昔お世話になっていたオーナーさんから、このお店を譲ってもらったんだよ……ところで、君の話に戻るけれど、それだけ鍛えていれば、君を気に入ってくれる人はいくらでもいますよ! 今からでも仕事を始めてもらいたいところだけれど、クロンド君。気が進まないって顔してますよ。大丈夫かな?」
「それはその……金欠で、仕方なくという感じで紹介されたので……」
「大丈夫ですよ、ウチはそういう子多いですから。でも大丈夫、君には素質があるし、そういう気が進まない子でも、そのうちこの仕事を気に入ってしまった子ばっかりですから」
「そういう怖いことを言うのはよしてください……」
 『この仕事を気に入ってしまった子ばっかり』、と言われた俺は血の気が引いた。
「じゃあ、まずは仕事の簡単な説明をしないとね、準備はいいですか?」
 何が『じゃあ』なのかわからないが、俺の恐怖心はすっかりと無視されてしまったようだ。どうしろと……
「は、はい……」
「まずは、お客さんが君を指名したら、君は指定した部屋で待機してもらいます」
「ふむふむ」
「そこでまずはお客さんとお話をします、お客様とは一時間ごとに一千ポケの基本給が出ます」
「はい」
「お茶とお水は飲み放題だから、喉が渇いたら自由に飲んでくださいね。有料のドリンクや食事もあるから、お客様と相談して飲んだり食べたりしていただいて構いませんよ。
 有料の飲み物は、モーモーミルク、ルナコーラ、ソルガオレ、レシラム酒、シビビール、エネココア……それと各種カクテルが多数……まぁ、アルコールは、接客に支障をきたさない程度にね。
 食事のほうはフィッシュアンドチップスやフルーツ盛り合わせ、腐った残飯、鉄鉱石に、怨念が込められた鉄釘、ババリバフィッシュのフライなど、まぁ何でもあるから、客と相談して自由に選んでくれ。うちはいいところから鉄鉱石を仕入れているからね、客にも評判だよ」
「はい……いや、俺はそれ食えねえよ!?」
 アルコールを飲めるのはありがたいが、果たして味わえる精神状態なのだろうか……というか、明らかに俺が食べられないものがいくつも混じってる。
「また、洗面台などもありますので、食事の後に歯を磨いたりしてもかまいませんよ」
「は、はぁ……」
 雲行きが怪しくなってきたぞぉ……
「それと、君のような炎タイプのポケモンがボーイさんだったりお客様だったりすることもありますよね? 掻いた汗を流したり、涼んだりするために入浴出来るから、お風呂は自由に使ってくださいね」
「えぇ!? 入浴は必要なんですか?」
「必要ですよ? また、会話の最中で眠くなったときは、ベッドで休むこともできますから、自由に使ってくださいね」
「いやいやいや、それはおかしいでしょ!?」
「何もおかしくないですよ? あ、お客様から何かしらのお誘いを受けたときは、私のほうでは関知しないので、自由にしていただいて結構ですよ」
「じゃあしません……しません。しません」
「そうですかぁ……ちなみに、その場合はまぁ、お客様からのチップが少なくなっちゃうと思うけれど、それも一つの選択肢だね。あ、そうそう、チップのやり取りは自由だけれど、あまり大金のやり取りはしないでくださいね。一度、このお店で危ない品の取引をされたことがあってさぁ……というか、見つけたのが一度だけで、たぶん何回もやられてたんだけれどね……鼻の利く保安官が、妙なにおいをかぎつけたら案の定って感じでさ」
「そ、それは大丈夫です……」
 そんな調子で、この仕事の説明は続く。やることは、深く考えなければ簡単なことばかりであったが、深く考えると自分の尊厳が見る見るうちに失われていくような気分になりそうだ。

 ここまで来て後には引けず、俺もまんまとキリアの策略に乗って、この店で体験入店として働くことになる。店主は『やー、君なら売れっ子になれるよ、その大きな体、逞しい筋肉、とっても素晴らしい』と言って、俺をやたらと讃えてくる。
 キリアといい、俺の体に魅力を感じてくれるのは嬉しいのだが、その魅力の方向性がどうしてこうも俺にとって嬉しくない方向へと働いてしまうのか。悩みの種以外の何者でもない。
「体験入店するだけ、体験入店するだけ、リピートはしない……絶対しない……」
 俺はマジックミラー越しに客の前に姿をお披露目すると、すぐに客がついてしまった。『初めての子なので争奪戦になってしまったため、マナーの良いお得意さんを回してあげたよ。初めてのお客さんとしてはちょうどいいだろう?』と、店主は誇らしげだ。
 『楽しんできてね』とまで言って、お墨付きのお客様を差し出してくれたのは、とても嬉しいことなのに、心は『やめて』と叫んでいるようだ。というか、マジでやめてえよ!
「ど、どうも……よろしくお願いします」
 緊張しながら部屋で待機していると、やってきたのはレパルダスの男。柔軟そうな体は、柔らかい絨毯の上を音もたてずにしずしず歩いていく。匂いからして男だというのは確実だが、体中の曲線がどこを切り取ってもなまめかしい。そして、その匂いの中にはマタタビが微かに香る。この匂い、ガオガエンの俺には非常にきつい。
「おー、これはこれは、近くで見ると本当に逞しい体つきをしていらっしゃる」
「ど、どうも……」
 レパルダスの男は俺の体の匂いを嗅ぐ。
「これはこれは、匂いも悪くない。良いものを食べている証拠ですが……少しお酒の匂いがするようだ。酒自体は嫌いではないが、体から発せられる酒の匂いはあまり好きではないな」
「す、すみません」
「いやいや、良いのだよ。初めてだろう? 今度から仕事の前日は食事や飲酒に気を付けるといい」
「う……リピートはあまりしたくなくって……」
「ふむ? そうか、金に困って一回きりというわけか……ふーむ、それは残念だが、予想以上にお金がもらえるならば、また来てくれたりもするのかな? そうだな、まだろっこしいことはなしにしようじゃあないか。
 まずは二千ポケ。君の毛並みを堪能させていただくために払わせてもらおうか。君が働きたいと思ってもらえるようにね」
「二千、ですか」
「えぇ、二千、です。少なくとも、初回の一時間分は目いっぱい楽しみたい」
「わ、わかりました」
 大金というわけではないが、一時間でそれだけもらえるのであれば、時給三千ポケということになる。何をされるのか少し不安ではあるが、それだけで三千ポケももらえるのであれば……
 なるほど、一時間一千ポケでは、まともに働くと一万ポケを稼ぐには一〇時間以上かかる。しかもそれは客を取れればの話であり、一万ポケの仕事言われて紹介されたが、このようにかせぐのか……
 そしてベッドやお風呂の用途は……考えないようにしよう。
「では、チップは……君の私物かな? こちらのバッグに入れさせてもらうよ」
「あ、ありがとうございます」
「まだ表情も動きも固いけれど、ちゃんと挨拶はできているね。その調子で、どんどん接客に慣れて行くといい」
「は、はぁ」
 レパルダスの男は、俺の私物が入っているトートバッグに銀貨を突っ込んだ。それで許可を得たとばかりに、レパルダスは筋肉の凹凸を、毛並みを、筋肉から発せられる熱気を、その筋肉の固さ、弾力を。存分に味わっていく。俺は立ち竦んだまま、彼の鼻息をその身に受け続ける。その間にも、彼の体から立ち上っていくマタタビの香り。
 俺の体温で温められたおかげか、レパルダスの体臭と混じって俺の頭をくらくらさせる。男はマタタビの匂いに慣れているのか、自身がつけているその匂いに心を乱されることもなく、俺の体に匂いをつけることに必死のようだ。
 立ち竦む俺のすね、ふくらはぎ、ひざ裏に前足をこすりつけ、太ももや腰回りには胴体。そして腹のほうには頭をこすりつける。マタタビにやられて、俺も相手の体に自分の体をこすりつけたい衝動が……あぁ、魔性の香り……
「体がまだ固いね。大丈夫? 緊張してる? 初めてなんだろう? きっとお金が必要で働いているんだろうけれど、大変だね」
「大変というかなんというか、俺の浪費癖がひどいだけで、そこまで生活苦ではないんですが、姉の結婚祝いが必要になりまして……」
「ほほう、急な出費があったわけか。それはそれは、大変だね。お酒や食事に使っちゃうのかい? それとも、何か別のものかな?」
「さ、酒に使ってます……うまい酒を飲むのが何より大好きで」
「ほーう。しかし、体には気遣っているんだねぇ。体は逞しくって、とてもバランスが取れた美しさだ」
「筋肉がつくのは大好きなもので……」
「関心関心。筋肉というのはかけがえのない財産だ」
 言いながら、レパルダスは俺の体の匂いを更に激しくかぎ分け始めた。思わず俺は目を瞑る。彼の鼻息が毛皮をかき分けて肌を刺激するたびに、全身の体毛が逆立ちそうになる寒気を感じる。男に体をまさぐられることがこんなにも気持ちが悪いだなんて。
「筋肉は男を魅力的にする鎧だ。いつか良い出会いがあった時のために、つけておいて良いことばかりだ。自分の身を守る鎧にして、伴侶を守るための盾であり、女性のハートを射止める弓矢にもなる。それを身に纏うとは実にいい心掛けだ」
「女性以外も射止めてしまっているようですが……今現在、あなたのハートまで射止めてますし……」
「なに、お金を引きよせることは出来ているじゃあないか。とてもとても素晴らしい事じゃあないか。その肉体……その筋肉は十分に財産だ、大切にするといい」
「お、おう……」
 レパルダスの男は、俺の体に余すところなく匂いをつけようとしているようだ。俺もだいぶマタタビの匂いに慣れてきて、あまり心を乱されなくなっていたが、ついでに体をこすりつけられるたびに寒気を感じていた体も、もう反応しなくなってきた。
 嫌だと思っていたことや辛いことに慣れるというのは良いことだが、こればっかりは慣れてはいけない気がする。
「これはこれは、とてもいいねぇ。君の筋肉は緊張していない時はとても柔らかい。固いだけの筋肉なんかに意味はない。柔らかさと固さ、その二つを同居できる筋肉こそ最高だ。リラックスしているときは海に揺らぐ波のようにしなやかで、固めたときは鋼のように、ダイヤモンドのように固く」
 すると、レパルダスの男はそんな俺の体のことを褒めつつ、後ろ足で立ち上がって俺の胸を押す。今までずっと立ちっぱなしだった俺と視線の高さを合わせるつもりのようだ。
「君の首元なども堪能させてもらうよ?」
「え、えぇ」
 戸惑う間すら与えられず、レパルダスのされるがままになった。チップでももらっておけばよかったと脳裏をかすめたが、時すでに遅し。首元に鼻をあてがわれ、すんすんと匂いを嗅がれる。噛み付かれることはあり得ないとはわかっていても、首元に牙を近づけられているわけなので、体が緊張してしまう。
 レパルダスはうなじや耳に至るまで俺の体を堪能し終えると、少し疲れたのか床に座り込む。
「味わわせてもらったよ。それで、どうだい?」
 言いながら彼は、俺に一千ポケを見せびらかしつつ、トートバッグにそれを突っ込んだ。これで基本給、最初の二千ポケと合わせて四千ポケ……。
「次は、君と入浴を楽しもうか。あぁ、もちろん強制ではない。こちらに提示したお金を払おう」
 と、レパルダスの男は二枚の大銀貨……二千ポケを見せびらかす。結構な額だ……そのうえ、時計を見る限り、もう時間は一時間を過ぎようとしている。もうすぐ、追加で一千ポケ入るということだ。
「あの、時間のほうは大丈夫ですか……?」
「先に一〇時間分払っておいている。時間が余ったら、払い戻しか、もしくは次にお店に来た時のチャージができるシステムだよ。早く出ても損にはならないが、ゆっくりしても大丈夫さ」
「そうですか……では、存分に楽しめる、というわけですね」
 俺は早く帰りたいけれど。
「ほう、乗り気かい?」
 しまった、と俺は口を押さえる。俺は存分になんて楽しみたくない……けれど、入浴すればチップと基本給で三千ポケ。言うまでもなく魅力的だ。
「濡れるのはあまり好きではないが、君の体が熱すぎて、私の体は火照ってしまっている。君もあまり濡れるのは好きじゃないだろう? 猫系の子はみんなそうだし、特に君は炎タイプだ。だから、濡れるのは嫌いだろうと推測しているが……私は、体の汚れを落とすことを含めて、入浴したいと考えているのだけれど、無理かね?」
「親戚の水タイプの子とよく海や……この辺に来てからは湖で遊んでいたからその点は大丈夫です、が……」
「ふむ、ならば……せっかくだ、濡れるのは好きではないが、他人に体を洗ってもらうのは、とてもとても大好きだ。そうそう、魅力的な容姿の持ち主が相手ならば、体を洗ってあげることも好きだ。無論、君は魅力的だよ」
 地雷踏んだ……苦手ってことにしておけばよかったぁぁぁ。と、俺は後悔するが、それは決して顔に出してはならない。心の中にぐっとしまい込んで耐えなければならない。
「さてさて、どうするね?」
「やり、ます……」
 あまり気は進まなかったが、お金の魅力には抗うことが出来なかった。
 他人を洗うだなんて初めての経験なので、俺は水の温度を確認させ、ぬるま湯の水をレパルダスにしみこませた。恐る恐る水をかけると、やはり水に濡れるのは嫌いなのか、まゆをひそめて不機嫌そうな様子だ。
「では、まずお背中を」
「あぁ、頼むよ。ゆっくり、丁寧にね」
 背中は楽勝だった。自分の腹などを洗うのと同様に、体の上に石鹸を滑らせ馴染ませたあと、毛並みをかき分けるようにして泡を馴染ませていく。本当に体を洗ってもらうのが好きなのか、レパルダスが舌なめずりをして上機嫌になっているのが手に取るようにわかる。
「あぁ、いいよ。君はきちんと丁寧に洗ってくれるね……」
「客商売、ですから」
「初めての割には良い心掛けだ。次は胸と足を頼む」
「はい……」
 足は、床に座り込みながら一本ずつ、肉球の隙間も含めてきちんと洗う。胸を洗うのは構わない、だけれど俺は、腹や後ろ足のあたりで手が止まる。
「どうしたんだい?」
「いや、ここは……」
 俺が言葉を濁そうとすると、レパルダスの男がくすくすと笑う。
「デリケートな部分だからね。『触っても大丈夫か?』、という事を考えているのならば、大丈夫だと伝えよう。他人が触れてもよい場所なのかと考えてしまうことは、とても良い配慮だ」
「恐縮です……」
「しかし、触りたくないというのであれば……」
「あれば?」
「いくらほしいかな? いくら積めば、君はそこを洗ってくれるかい?」
「え、えっと……」
 これを了承すると、股間や尻の周りも洗わないといけないという事だ。えぇと、男性のそんな場所を洗うのは、それはとても遠慮したいのだけれど、どれくらい要求していいのだろうか、どうなのか。
「どれくらい要求していいのかわからないので、何とも」
「ふーむ、そうかそうか。確かに、初めてならそういうこともあるだろう。では、君くらい魅力的な子なら……そうだねぇ、全身を余すところなく洗ってくれるのであれば、追加料金で二千ポケ払おう。さすがに今は入浴中ゆえお金は持っていないが、体を洗い終わったら渡すと約束するよ」
「にせん……」
 これを受け取ってしまうと、文字通り全身を洗わなければいけないことになる。まぁ、それはいい。ここで中断してしまえば、その後のお金も保証できないわけだから、大金を手にするためのステップとして、このまま、ずるずると行きつくところまでいかされてしまうのだろうか。
「洗わせて、いただきます」
 しかし、やはり姉ちゃんにはいいものを買ってあげたい。小さい頃は親の次に迷惑をかけちまったし……その親ももういない。
「助かる助かる。ここまで来て全身を洗ってもらえないというのは、とてもとても不完全燃焼だからね」
「恐縮です……では、始めますね」
 恐る恐る、腹に手をあてがう。微かに感じられる肋骨の凹凸を過ぎると、美しくくびれた腹へと到達する。体毛が比較的薄く、体毛自体の色も薄いその場所は、うっすら桃色に染まっており、濡れたことで性器もきっちりと露出してしまっている。
 真っ白い泡を腹に馴染ませ、俺の手で汚れを洗い落としていく。肋骨の境目あたりから、脇腹、後ろ足と、最後まで性器を洗うのはためらっていた。尻尾も含めて洗ってしまうと、もはや洗っていないのは肛門と性器周辺を残すのみとなる。
「どうした? 二千ポケでは足りないのかな?」
「いえ、やります」
 レパルダスに意地悪な流し目で見つめられると、約束を反故にすることが出来ず、結局流されるまま、俺はやらされることに。だが、これを終えればお金がもらえる、お金がもらえるんだ……
 後ろ足など微妙なところを擦っているうちに、相手も興奮してきたのか、触れてしまった生殖器は勃起している。非常に嫌な気分ではあるが小さなとげのついたそれを、やさしく触れて汚れを流していく。
 そうこうしているうちに、性器のサイズがどんどん大きくなっていくのだから笑えない、なんで男同士でこんなことをせにゃならんのか、考えたら負けだ。
 十分に性器を洗い終え、その根元にある睾丸も軽くもみほぐしつつ洗い終え、尻尾の付け根から肛門回りも泡を敷き詰め、わしゃわしゃと撫でまわして洗い終える。
 その間のレパルダスの顔は、舌なめずりをしながらどこか誘うような目つきをしており、雌でもないのにドキッとするような、艶めかしい表情を見せている。泡を洗い落とすと、ぶるぶると体を震わせ俺の体も含めて濡らしていった。
「さて、と。では、君の体はどうするか? 自分で洗うかい? それとも私が洗おうか?」
「え、お客様が、私の体を洗うのですか?」
「いやかね? さっきも言ったろう? 魅力的な容姿を持つものであれば、体を洗ってあげるのも好きなのだ」
「ど、どうぞ」
 ここでお金の交渉でもすればよかったのだろうか、横たわった後に気付いて悶絶するような後悔が襲い掛かる。というかまずい、俺はどんどん金に汚くなっている、お金のことを考えてばかりじゃ、ダメになってしまう。でも、逆にここでお金のことを考えないと、それはそれでダメな気がする。
 結局おれは何も言わずに腕を組んで顎をその上に置き、うつぶせになって寝そべると、彼の肉球が背中の上をはいずっていく。誰かに背中を洗われるなど何年ぶりだろうかと思いながら身を任せていくと、広い背中や腰を丁寧に洗い終えた後は、警戒していた尻には触れずに足のほうへと移っていく。
「さぁ、仰向けになってくれ」
 と、言われるがままに体をひっくり返すと、やはり彼は股間周辺に触れることを良しとはせず、避けるようにして脚の表側を洗った。彼の手つきは、もてなす側であるはずの俺よりもよっぽど丁寧で、優しくて、そして気持ちい。痒い所に手が届くとはこのことだ。これじゃどっちがもてなす側かわからない。
「それで、大事なところを洗ってもいいかね?」
 大事なところ、というのはやはり俺の性器周辺なのだろう。そんなところ男に触られたくはないが……
「いや、それは……」
「いくらだい? いくらだい?」
 二回も聞かれた!
「せ、一千ポケ……」
「うむ、うむ……いいだろう。では、お風呂を出た後で、合計三千ポケだね」
 言い終えるよりも早く、レパルダスは俺の股間に手を伸ばし始めた。あいつと違って俺にはそちら側の趣味はないので、ぶら下がっているものはすっかりと萎えてしまっていたが、こいつの手つきがいやらしい。
 揉み解すようにぎゅっと肉球を押し付けてきたり、前後にさすってきたり。どう考えても洗うという言葉で表現するのはおかしい、感じさせようとしているのがわかる手つきだ。それが女相手からならば嬉しくもなるだろうが、こいつは男。
 精神的には下の下のシチュエーションなのに、テクニックのほうは上の上とも言えるくらいに一流で、優しく、それでいて緩すぎない、その手つきは心が嫌がっても体が受け入れてしまう。こんなことなら意地でも勃起しないために、抜いてから来ればよかったなどと、下品極まりない後悔が脳裏をかすめていると、大きくなった俺の性器を目の当たりにしただけでも満足だといわんばかりにレパルダスはその手を放して別のところを洗い始めてしまった。
 それによって、名残惜しさすら感じてしまうから小手先のテクニックのみならず、駆け引きのテクニックまでも上手なのかもしれない。あそこまで触られたなら、いっそ気持ち良くなりたかった、と思うくらいに。
 再びうつぶせになり、尻を触られ、尻の割れ目の中は尻尾を使って洗われる。ここばっかりは本当にニャビー時代を除けば誰にも触られていない場所だけに、触れられることそのものが気持ち悪い。
 だが、尻の割れ目を尻尾でわしゃわしゃと前後運動されることで、尻の筋肉がぴくぴく動く。相手の尻尾を挟み込んでしまわないかと心配になる。さすがに挟み込んで抜けなくなるようなことはしなかったが、その感触の気持ちよさに思わず腰が浮き上がってしまった。
 尻を撫でられて感じさせられるとか、しかもそれが男相手とか、こんな経験したくねえよ……
「さてさて、体は一通り洗い終わりましたね。と、言っても顔を洗えていないですが……私はあまり器用ではないので、頭だけは自分でやっていただいてもよろしいですか?」
「は、はい……わかりました」
「ではでは、私はその様子を見物させてもらうとしよう」
 と、俺は顔を洗う様子をじっと見られることに。目を開けたまま洗うこともできないので、その間どこをじろじろ見られていたものやら分かったものではない。顔全体をあらい、水をかぶって全身を洗い終えると、俺はようやく息をつく。
「さぁ、そろそろ入浴の時間も終わりですね」
「あぁ、楽しませてもらったよ」
 水気を払い俺たちはタオルで念入りに体をふいて、風呂を上がる。俺は深呼吸して体温を上げると、レパルダスはそんな俺に寄り添うように体をくっつけ、体を乾かそうとしているようだ。
「すまないね、濡れているのは嫌いでね」
「大丈夫……です」
 男に寄り添われるのは嫌だったが、金のためだ仕方ない。ここでへそを曲げられては、これ以上の大金を逃すかもしれない。あれ、でもこれ以上のお金をもらうには、これ以上のことをしなければいけないというわけであって……俺はこのまま何をされてしまうのだろうか?
「では、三千ポケだったね。これを」
 そうして受け取る三千ポケ。一つ一つは大した額じゃないが、積み重なってくるとかなりの大金だ。この二時間で一日分の給料に近い金額を貰っている。
 きっとこの人、お金持ちなんだろうなぁ。羨ましいことだ。
「そういえば、君は普段、どんな仕事をしているのかね?」
 そんなことを思っていると、相手から仕事のお話をしてきてくれた、
「俺ですか? 俺はその、この筋肉生かして、道路の整備を行っています。水路が発達している場所ならいいけれど、ここら辺は湖の岸辺にある街へ水運するくらいで……川は流れが激しいから下りにしか使えないし、そうなると物流も陸路ばかりですから……街やその周辺の道路を整備することで、商人や、道行く人々、農夫たちの負担を軽減するための仕事です。
 道を整えれば、陸運はとても楽になりますからね。俺の働きが、皆の仕事を少しずつ楽にするんです。それに、道を作ればその周りに家も作れる。家が出来れば人相手の商売もできる。将来的に、多くの人が働く基盤を作れる仕事なんです……って、受け売りですが」
「ほう、なるほど。知らないうちに私もお世話になっているというわけだ。それがまさかこんな形でもお世話になるとはなぁ。こうやってボーイになる子は、仕事をしていないというものも少なくないから、きちんと仕事を行っているとは関心関心」
「褒めていただき、光栄です……」
「なぁに。では、普段に加えてここでもお世話になっているわけだからな、恩返し代わりに、こちらも君が姉へのプレゼントでよい物を買えるようにしないといけないね。そうそう、私はとある宝飾店のオーナーをやっているが、もしも外で出会ったとしても、お互いここのことは秘密で、よろしく頼むよ」
「そ、それは……嬉しいような、怖いような」
「怖くなどないさ。君には痛い思いなどさせないからね」
「痛いから怖いわけじゃなく……」
「自分の自尊心が壊れるからかい? 大丈夫、私は決してお金だけで君の心を買おうとは思っていない、もてなされる側とはいえ、もてなす側を不快にさせてはサービスの質が落ちる。
 お店のスタッフを気遣えない客は、店にとっては有害だ。だからこそ、君のように将来有望なスタッフをきちんと気遣える客でありたいと思っているよ。そういうわけで、君がこの店にいたくなるように、良い客であるよう心掛けるからよろしくね」
「よ、よろしくお願いします……」
 よろしくしたくねぇぇぇぇ。と、心の中で叫ぶが、それを聞かれてはならない。いや、考えていることが声や顔に出てしまったらそれをばれてしまいそうなのが怖い。
「では、世間話もそこそこに、そろそろベッドをご一緒しようか。断られる前に聞いておこうか、いくらだい?」
「本当に寝るだけなら、その……お金はいりませんが」
「これはこれは、とても話が早くて助かる。何も言わずとも、寝るだけではないことをわかっているのだね。それはそれは、具体的に何をするのならお金が必要ということだね?」
「……股間を触れるのは、その……」
「値段を言うのははばかられるかい? では、三千ポケというところでどうだろう?」
「なら、大丈夫、です」
「ただしそれは、どれだけ触ってもいいものとして、解釈させてもらうよ。もちろん、痛みを与えるような真似はしないと誓うから、もしも痛いと感じたら遠慮なく言ってくれ」
「う……」
「あぁ、そうだ。触れるのはもちろん、前足で、だ。君さえよければ、私の口で全身をくまなく毛づくろいをしたいし、君の大事なところを味わいたい。あぁ、もしも君が口で、私の毛づくろいをしてくれるなら、さらにもっと出してもいいが」
「しません!」
「うむ、最初はそれでいい。私がお手本を見せてあげたいということもあるしね。さて、どうするかい? 私が口で毛づくろいをしてもいいかな?」
「えーと……」
「ふむふむ、では最初の三千ポケと合わせて五千ポケはいらないということで、解釈させてもらおうか……」
「ど、どうぞ」
「おや、いいのかい?」
 しまった、と俺は思う。もっと値段を吊り上げることもできたかもしれないのに、いきなり交渉を打ち切るような言葉をかけられたせいで、俺は思わず了承してしまった。
 しかし、五千ポケ……何も言わずに二千ポケも加えられていて、断るには痛すぎる額である。
「いい、です」
「これはこれは、嬉しいことだ。では確認してもらおう。銀貨を一,二,三,四,五枚……五千ポケだ。確かに、渡したね?」
 レパルダスは札を見せびらかすように提示しそれを俺のトートバッグへと突っ込んでいった。もう後には引けないな。
「では、心行くまで堪能させてもらおうか。君にも満足してもらえるように、こちらも誠意を尽くすよ」
「えーと……」
「さぁ、ベッドに向かおう。いつか、君がベテランになったときは、同じようにお客様を楽しませてあげられるようにね」
 俺が戸惑っているうちに、レパルダスはどんどん俺の話も聞かぬ間に話を進めていく。
 おれは、普段ならば何に対してでも自分の意見をどんどん言えるはずなのに、そんな簡単なこともできないでいる。それはお金を受け取ったという弱みのせいでもあるけれど、このレパルダスの有無を言わせない物言いと、自信満々な態度のせいで、初めての仕事で戸惑っている俺は翻弄されるままだ。
 レパルダスは後ろ足で立ち上がると、俺の胸を前足でおす。軽く押されただけなので、よろけるようなことなど全くないが、押し出される方向はベッドのほうへと確実に向いている。
 俺がじっと耐えたままいると、レパルダスの男は息が触れる距離まで顔を近づける。
「口づけは有料かな?」
「え?」
 見つめられながら、俺は思わず目をそらした。すぐにでもキスされそうな位置でぴたりと止まられ、見つめあう状況だなんて耐えられん。だって男同士だし!
「では、一千ポケで」
「ど、どうぞ」
 惜しみなく出されるチップを前にして、俺の自尊心は屈してしまう。ベッドに向かう前に、俺は唇を奪われてしまうことに……
 唾液が糸を引いた口が、俺の口に迫っていく。よほどいいものを食べているのか、口臭からは悪臭を感じさせず、鋭い牙は透明感すら感じるほどに白く磨き上げられている。
 ひげが生えた唇のあたりを軽くかみつかれる。微かに痛みを感じるが、この程度では中断を要求するほどではない。一度噛み付いた後、レパルダスは舌で俺の口を執拗に舐め、顎を掬い上げようとしている。
 口を閉じようと思えば簡単に閉じていられるが、いつまでもそれを我慢していられるだけの神経のずぶとさは俺にはない。あまりに舐められすぎて、俺も観念して口を開くと、待ってましたとばっかりに舌をねじ込んでくる。ざらついた舌がおれの歯茎を擦り上げ、牙をめくり上げ、俺の舌と絡み合わせる。
 ずっと口を閉じていたから唾液がたまっていた俺の口の中にある唾液を、彼は思う存分啜る。美味しそうに喉を鳴らして飲むが、正直その神経がわからない。逆のこのレパルダスの唾を飲めば、俺はあいつの気持ちがわかるのだろうか?
 などと、考える時点でおれはもはやこいつのペースに飲まれているのかもしれない。体を楽にしてといわれた通り、口も楽にしてみたがそうこうしているうちに、俺の足は少しずつ力が抜け、逆にレパルダスの足には力が入ってくるのがわかる。
 ベッドに誘導されている、けれど、抵抗できない。力を入れられる精神状態じゃなくなっている、拒絶するだけの嫌悪感が消え失せてしまっている。
 一歩、また一歩と後ずさりして、俺のかかとがベッドのふちに当たると、俺は押し倒された。ベッドの柔らかな感触が背中に当たり天井の照明をレパルダスが塞ぐ。
 まるで追い詰められた獲物のような視点になって、食われそうなほどに開かれた口が、俺の体液を貪っている。はた目には襲われているようにしか見えないような光景だろうに、そのやり方があまりに優しいものだから。口を閉じて拒否することなんて思うこともできない。金の話を出して、正気に戻してほしいが、金の話を出すのが申し訳なくなって言い出せない程度には、テクニシャンだ。
「堪能したよ」
 レパルダスは、口から顔を上げると、自身の舌先から唾液を滴らせた。俺の鼻面にかかってしまい、それを手で拭えばいいものを、俺は自然と舌で拭い取っていた。
 当然、レパルダスの唾液を舐めとったのだが、それを舐めとっても後悔の念は沸いてこない。どころか、乗っかられているこの状況が少しいい気分になってきた。洗ったばかりのきれいな体が、乾いてふわふわになっているおかげで、高級な毛布をかぶっているかのようないい感触だ。
 相手が男だというのを、忘れてしまいたくなる。
「どうも、ありがとうございます」
 俺は恐る恐る、レパルダスの頬に手に平をあてがう。レパルダスはその手の動きに気が付くと、自分から頬ずりをして、気持ちよさそうにゴロゴロと鳴き声を上げている。
「君も気に入って貰えたかな?」
「え、えぇ……それはもう」
「そのまま抱きしめてはもらえないかい?」
「えぇ、どうぞ……」
 金の話をする気になれず、俺は彼の首の後ろに腕を回す。背中の体毛も触り心地がよく、撫でていても嫌にならない。
「お金はいらないのかい?」
「えー……それは、欲しい、ですけれど……」
「『もらうのは気が引ける』、か? これはこれは……わかるかい? 良い客であるということは、こういう時に得をするんだ。もしもこれが乱暴な言葉で、『オラ、もっとサービスしろ!』みたいな口調だったら、君も容赦なくチップを要求したのだろうが……君は今、そんな気はしなくなっている」
 確かに、そんな態度の奴ならば、『キスするなら二千ポケもらいますよ』くらいにビシッと言えるのに。丁寧すぎて何も言い出せないだなんて、あまりに悔しい。
「良いスタッフを育てるのは、良い上司、良い先輩、良い客……こうして、客の立場で何かの店に訪れるときは、良い客であることを心掛けているよ。君も、お店で食事をしたり、買い物をするときには、良い客であることを心がけるといい。そうすれば、スタッフも気分が良くなって、君にいつも以上にサービスをしてくれるかもしれない。そうして行けば、世の中はうまく回るよ」
「肝に、銘じます」
「これはこれは、素直でよろしい。さて、先ほどの交渉の通り、口を使って毛づくろいをしてもいいし、股間のあたりを触ってもいいということだね? お金を払った以上は、容赦はしないよ?」
「はい、間違い……ありません」
「うむうむ、ここにきて怖気づかれていたらどうしようかと思っていたところだ。君が素直で、約束を反故にするような者ではなくて嬉しいよ。ではでは、思う存分堪能させてもらおうか」
 レパルダスは、そうは言うものの体をこすりつけるばかりでなかなか毛づくろいに移ろうとはしなかった。首元の匂いを嗅いできたり、頬ずりをしてきたり。その時の表情があまりに恍惚として気持ち良さそうなので、ついつい優しい目で見守ってしまう。
 誰かが幸せそうにしている光景は、なんだか見守っていたくなる。そんな俺の親切心が、このレパルダスを押しのけてしまいたいという心を抑え込んでしまっている。それどころか、もう俺がこのレパルダスを撫でる手を止められない。
 いつしか、相手も満足したのだろう、俺の体にのしかかって体をこすりつけるのをやめて、ついに俺の体の毛づくろいを始めてしまう。ザラついた舌で毛並みを整えて、首から肩、肩から胸、脇腹、腹筋、腰回りと、それはもう丁寧に時間をかけて。首筋をやられるときは思わず体がこわばるし、乳首を舐められると変な声が漏れるし、脇腹はこそばゆいしと、いろんな反応を楽しんでいるかのようだ。
 しかし、舌を使った毛づくろいは舌が疲れるのだろう、レパルダスは時折顔を離しては俺の腹筋を枕にしてゴロ寝しだす。こうまでされるがままで、もはやどっちが客だかわからなくなってくるが、このレパルダスの男はこれでも満足なのだろうか。
 そうこう考えているうちに、舌が股間へと迫ってくる。もう、相手が男だとか女だとか、そういうのを超越してきたのか、触れられてもいないのに性器が立ち上がっている。
 この男にどんどん狂わされているのを感じる。
「では、今日はここを堪能して終わりとしよう」
 レパルダスは獲物に狙いを定めて、鼻を押し付けた。散々体中を触られ、触れられてもいないのにじらされている性器からは、すでに透明な液体が一滴顔をのぞかせている。その一滴を、レパルダスは自身の鼻にまぶす。
 それが香しい香油かなにかのように、鼻で深呼吸をして彼は胸を上下させる。やっていることは欲望に身を任せているだけなのに、どこか上品さすら感じさせる佇まい。お金を持っているだけでなく、それに見合うだけの気品があるというのはこういうことを言うのだろう。
 彼が口を開ける。生暖かい吐息が性器にかかる。牙が軽く触れるが痛くはない。ザラついた舌も、容赦なく舐められれば激痛が走るだろうが、腫物を触るような舌使いなので、痛みはない。
 鼻面で押したり、前足で揉んだり、頬ずりしてみたり。俺と違ってモノを握ったりするのに不自由な、不器用な手足だが、それを補って余りあるパターンの愛撫で俺を攻め立てた。
 最初こそ、慣れない刺激に気持ちよさよりも違和感を感じてばかりで没頭出来なかったが、身を任せていると、気づいたころにはもう無視できなくなるくらいに快感を高めさせられている。
 残った自尊心が、射精してなるものかと意地を張らせてしまうが、その意地を押しのけるような彼の手腕で、徐々に快感を押し上げられていった。前足を性器にそっと添えて、肉球と腹筋の間に挟み込んだまま、もみほぐすように前後にさする。
 自分が自慰をするときと違って、彼の前脚は性器全体を包み込むようなものではないため、一点に力が集中してしまうからいまいち気持ち良くないのだけれど……自分でやるのと違って、今回は相手がいる。瞬き一つとっても優雅な視線、奇麗な色の艶めかしい舌の色、そして真剣な表情を覗いていると、どうしたものかと考えてしまう。
 このまま射精したほうがお客様は喜ぶのか、それとも我慢して長く楽しませたほうが喜ぶのか。どちらなのか、慣れない俺には読み取ることは難しい。
 けれど、どちらにせよ興奮を極めた俺は、ここまで来て生殺しにされるなんて耐えがたく、下手に耐えて相手に疲れさせてしまって不完全燃焼になるくらいならもういっそ、と自尊心が完全に音を上げた。
 今まで、ベッドに押さえつけていた腰をのけぞらせて海老反りになり、完全に射精に備える体制となる。
「おやおや、いいのかい? 決めてしまうよ」
 余裕ぶってレパルダスが尋ねる。俺がもう射精寸前なのは完全に見切られている。
「あぁ、頼む……いえ、頼みます」
「ふふ、君がもてなす立場だという事は忘れてはいけないよ」
 レパルダスは妖しく笑みながら、自身の舌の裏側で俺の性器を包み込む。俺が子供時代の時などは、水を飲むときには舌を内側におりこんで、それで水を掬って飲んでいた。同じように、レパルダスは舌を内側におりこんで包み込んでいるのだが、当然のことながら舌の裏側には棘がついていない。柔らかく、そしてしなやかな舌の裏側で包み込まれると、それがとどめとなった。
 先ほどよりも強く腰を突き上げ射精する。睾丸が収縮し、性器が脈動し、尻の筋肉まで快感で収縮している。情けない声を上げていたのを聞かれていただろうか、冷静になってみるとものすごく恥ずかしい。
 レパルダスはといえば、放出された精液を、自分の体に掛かったものも含めて丁寧に舐めとっている。あれで恍惚とした表情をしているのだから、訳が分からねぇ……
「ふむ、堪能させてもらったよ。君はどうかな?」
「もてなす側なのに、持てなされていたような……」
「新人教育の一環さ。私は、ここのオーナーには信頼されているのさ。私を接待したボーイは成長するとね。先ほども言ったように、良い客であるということは、良いスタッフを育てるという事だからね。
 だから、新人さんが入ったときには、私をはじめとするいくらか優良な客を優先的に回すようにするのがこのお店の方針なんだ。あのオーナーも、なかなかいいひとだよ」
「ははぁ……運よく貴方に当たったわけではないのですね」
「運よく? ほほう、私に当たったことを『運よく』と表現していただけるとは、これはこれは……当たりと思われているわけか。嬉しいことだ。では、これからも当たりくじを引きたいと考えてもらえると嬉しいのだがな」
「……それはリピーターになれと?」
「無論だよ。また君を指名できる日を楽しみにしているよ。その時は、今度は君からもてなしてもらえるようになってくれていると嬉しいな」
 どこから出したのか、レパルダスはいつの間にか前足の指の隙間に金貨を二枚挟み込んでいる。
「これを差し上げるのは次回だね」
 しかし、金貨はお預けとばかりに自分の体毛の中にしまい込んでしまった。
「では、体をふいてくれるかな? あまり精液の匂いがついてしまうのはよくない」
「は、はい……」
 レパルダスに言われて、俺は濡れた布巾で彼の体を丁寧に拭き、ベッドのシーツなどについた汚れも残さずふき取っていく。それが終わると、彼は大きくため息をついて、俺の顔を真正面から見た。
「では……次は」
「次は?」
「最近は激務で寝不足だったものでな。一緒に寝て貰ってもいいかな? とりあえず、前払いをした時間は十分すぎるほど余っているからな、寄り添って寝て貰えると嬉しい。君の体温で眠る心地よさを堪能させてもらうよ」
「わかりました」
 また何か気が進まないことを頼まれるかと思ったが、最後は案外普通のお願いで、俺はホッとする。いや、この仕事を始めた最初のころだったらこれでも嫌な顔をしていたのだろうけれど、すっかりこの男に気を許してしまうとは思わなかった。
「だが、その前に少々用を足してくるのと……お色直しかな」
 レパルダスは、トイレに行き、マタタビの香水をつけなおし、水を少しだけ飲んでから、ベッドで待ち続けていた俺の隣に寄り添った。とてもいい匂いで、なんだか顔をこすりつけたくなってくるような……マタタビのせいだとわかっていても、俺はそんな衝動が湧き上がってくるのが抑えられそうにない。
 まずいぞ、本当にこのまま流されたら、絶対に戻れなくなってしまう。ここで常勤するのだけは絶対に避けないと……明日から、節制して生きないとなぁ……
 そんなことを考えながらベッドで横になっていると、レパルダスは俺の腕を前足でギュっと抱きしめたまま、静かに寝息を立て始める。本当に疲れていたのだろう、お金は持っているようだがお金持ちもそう楽ではないようだ。
 疲れて眠っている姿を見ていると、抱き着かれているのを嫌がる気持ちなんて浮かぶこともなく、もっと安らいで眠ってもらえるようにと、出来るだけ動かないようにして脇腹を撫でた。
「はぁ……満足してもらえるといいけれど」
 と、独り言が漏れてしまうあたり、大分思考が汚染されているのだろう。俺、今までの俺に戻れるかな……

 レパルダスが寝ていると、俺もじっとしているために眠気に抗えなくなって一緒に寝てしまった。幸いにもいびきなどはかかなかったようで、俺はレパルダスより先に起きて、彼が起きるまでの間、ぞの寝顔と微かにうめくような寝言を黙って聞いていた。しばらくして目を開けた彼は、おはようの頬ずりをした後、寝返りを打って立ち上がり、俺の顔を舐めた。
「さて、よく寝たことだ。もう一度体を拭いたら私は出発するとしよう。と、いうわけで頼んでもよろしいかな?」
「もちろん、喜んで!」
 散々チップをもらったので、気持ちよく帰ってもらいたいと濡らした布巾で彼の体を丁寧に拭いた。
「では、これは最後のチップだ。それと、君はもう少し意地汚くなったほうがいい」
 微笑みながら、レパルダスは俺に銀貨を寄こす。結局、チップとしてもらった額は一万五千ポケ。それに加えて基本給が、仕事を始めてから九時間ほど経っていたため、九千ポケである。合計二万四千ポケ……特に基本給は予想外な値段になったものだ。相当疲れていたのかがっつりと眠っていたようで、よくまぁそんな状態であそこまでのことが出来るのだと感心する。
「では、次に期待しているよ」
「どうも、ありがとうございました……」
 結局、レパルダスは最後までそんな調子で、俺に次があることを疑わずにいるようだ。次なんてないぞ、きっとないぞ、ないからな!
「いやぁ、あの常連のお客様、満足して帰って行ったよ。この調子で、体験入店だけじゃなく、本格的にここで働いてもらえないかなぁ?」
「え、遠慮しておきます」
 こんなところでもし、知り合いに出会ったらどうするんだ。キリア以外には絶対に知られたくない汚点である。
「そうかぁ……君なら絶対に人気者になれると思うのになぁ」
 店主の声が本当に残念そうだ。メタグロスの重厚な関節がきしみながら肩を落としてがっくりとしている。
「でもま、気が向いたらまた来てね。今度は常勤になってくれると嬉しいな。ちなみに、常勤になると基本給が少し増えるからね! 一時間で一二〇〇ポケ!」
「遠慮しときます!」
 言いながら、俺はもらったお金を手に足早に帰路につく。予想以上にお金が入ったので、これだけあれば姉への結婚祝いも割かし良質なものが買えそうだ。何を買うかは……悔しいがキリアに聞くのが一番よさそうだな。

 後日、俺はキリアに連れられて、宝飾店へと赴く。俺が入ったこともないような場所だ。中にはきらびやかなネックレスや指輪、イヤリング、ホーンリング((角などを装飾する輪))など、様々な装飾品が売られており、どれを買ってあげればいいのやら、目移りしてしまって何一つ決められない。
 そうして迷っていると、店員がにこやかに話しかけてくる。
「お客様、何かお探し物ですか?」
 その店員というのが、あの日のレパルダスだ。
「あ、あなたは……」
 俺が驚いていると、あちらは全く慌てる様子もなく、深々と礼をする。
「初めまして。私はアメリと申しまして、こちらのお店のオーナーをやっております。ところで貴方は……以前貴方の勤務先で出会いましたね。これは何という偶然でしょう。そして、キリアさんはお久しぶりです」
「あらー、クロンド。アメリさんと知り合い? この人とっても素晴らしい人なのよ」
 キリアがわざとらしく尋ねる。こいつ、絶対に知っていてここに連れて来やがったな……
「お前らこそ知り合いなのかよ……」
「えぇ、私の勤務先。コム・アン・ミルワで出会ったのよ。ですよね、アメリさん?」
「えぇ、湖の湖畔に建てられレストラン。波風一つ立たない日は鏡のように夜空が映る湖が魅力的なそのお店で、小舟に乗りながら優雅に歌う彼女の姿に惚れてしまいましてね。最近ではすっかりお店の常連です」
「私が歌う時につけている首飾りと髪飾り、彼に見繕ってもらったのよ」
 キリア、アメリともににこりと笑って俺のほうを見る。こいつら、完全にグルじゃねえか!
「ところで、クロンドの勤務先って……道路工事ですよね?」
「えぇ、道の整備を行っているようですね。彼とは工事現場で出会いました」
 さらっと嘘ついてやがるしアメリ……というか、キリアとの出会い方も嘘じゃねえのか!?
「うちの商品は少量でも大きな価値を持ちますゆえ、空輸されることも多いのですし、大量の物資は水運が一番効率的ですが……私は地を這う獣。仕事にはあまりかかわらない陸路ではありますが。陸路……つまり、道路を均してくれる者たちには感謝の気持ちを常に忘れないように心がけております」
「まぁ、素晴らしい。アメリさんは本当に、良い心掛けをお持ちですね」
 アメリは、あの店での出来事のことは話さなかったが、キリアはすべてを知ったうえであの反応なのだろうと思うと、今すぐこの場から逃げたい衝動に駆られる。
「さて、クロンドさん。今日はどんなものを探しでしょうか? 予算はいかほどで?」
「三万ポケほど……姉の、結婚祝いにネックレスを送りたいんです……種族は、マフォクシーで……ちょっと気が強そうな釣り目気味の女性です……」
「ほほう、それはそれは……では、お姉さまは、そんな自分のイメージをどう思っていらっしゃいますか? もっと気が強い感じにしたいとか、逆に優しい感じにしたいとか、そういった要望などがあればそれに合わせた宝石を見繕いますよ。
 本当は、本人を連れてきてもらえるのが一番良いのですがね、サプライズの贈り物となるとそう簡単にもいかないので大変ですね……」
 アメリの接客はとても丁寧で、親身になって相談してくれた。その接客の最中に、アメリから小さく折りたたまれた紙きれを渡されたが、それに何が書いてあるのか、見るのはとても怖かった。


**あとがき [#U8wfiUD]
さて、今回も安定の[[分厚い仮面の私>リング]]でしたね。きっとわたしのしょうたいがわかったひとはひとりもいませんね
今回の大会では、実は別サイトでの大会の投票や、残業などが被っていた上にアイデアも浮かばず、かなり切羽詰まった状況でして、そのためアイデアはツイッターで見かけたつぶやきからごくシンプルに持ってきましたし、内容もほぼストーリーなどない感じになってしまい、こんなんで3位をもらってしまってよいのかと……w
今回は主役ではなく相手役のレパルダスに性癖を詰め込みました。イケメンの男性いいですよね。



**個別コメントへの返信 [#Iouho7x]

>主人公そっちのけで、とっても素敵なレパルダスのお客さんの方にグッときます (2018/10/12(金) 22:34)
あとがきでも語った通り、レパルダスの方に性癖を込めています。余裕と気品のある男性は大好きです。
初めての仕事に戸惑うクロンドが初々しい。 (2018/10/13(土) 00:36)

>ハマっていく感じがいい (2018/10/13(土) 08:41)
本当のイケメンは男性でも魅了するのです。

>ノンケのクロンドくんが拒みつつも少しずつ堕ちていく様子が非常に細かく描写されていて大変好みでした。最後に手渡されたメモの中に何が書かれているのか、想像が広がるオチもグッドです (2018/10/13(土) 21:13)
このまま、また金に困るといいですね! お金に困ればリピートもするかもしれません。メモには連絡先か何かを書かれているのでしょう!

>ずぶずぶとその魅力に足を取られて沈んでいく様を眺めていると、何かこう目覚めそうな雰囲気でした。何かに。
 あといつもの事ですが(?)誤字チェックもっと頑張ってください!!! (2018/10/14(日) 02:42)

あといつもの事ですが(?)誤字チェックもっと頑張ってください!!! (2018/10/14(日) 02:42)
目覚めましょう! 目覚めれば『好き』が増えます。
ととととととところでいつものことととととって、なななな何のことでしょうかねぇ?
**コメント [#41WMPEB]
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