ポケモン小説wiki
レベリオン・鋼の意味 の変更点


「いつも思うけどここって慣れないよね」
 暗闇の中で僕は独りで一人呟いていた。ここが一体何処なのか、何をするための場所なのか僕には分からなかった。そして目の前には動かなくなったポケモンがいた。
 黒い場所に浮いているのか、倒れているのか、混乱を起こしそうな空間。しかし動かないポケモンの正体は分かる。青い体毛と獣のような顔をした奴、だがこいつは二本足で立てるようで立派な足が二本あった。
「あとは記憶を読めば、こいつの女も殺す事が出来る」
 女の方は白い毛をしたポケモン。となれば種族的に子供は白い毛をしている筈だ。それよりも僕は凄い能力を持っている。それは相手の考えややろうとしている事が読めるらしい。
 それに目をつけられて王にでも選ばれたのだろうか。別にどうでもいいことであった。これが終われば、友達と遊ぶことが出来る。新しく出来た才能のない子供と。
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 元より種族と言うのは同じであり、親と同じ姿であるのが普通である。例えばグラエナの親がいたのならポチエナの子が生まれてくるのは普通だ。
 デルビルが生まれてくる事はない。ただ、親が変われば話は別となる。雌のポケモンがヘルガー、雄がグラエナならその子供は必然的にデルビルとなる。
 科学がそう決めたのではない。この世界のまだ見ぬ神が雌のポケモンを絶対優先し、雄は雌と同じ顔をしたポケモンを眺めながら子を育てなければならない。ただおかしなことに子を成すには雄と雌の性交以外にも共通点がある。
 子を成すにはあるグループが形成されており、それに従わないとどれだけ性交したところで子すら成せない。
 つまり、雄がメスのグループ内にいればどんな子供であっても作れるわけとなる。ただし生まれてくるのは雌のポケモンとなる。だが実際に試された形跡はあまりない。それは種族の違い、生活の違いが立ちはだかるからだろう。それを乗り越えられる種族と言うのはやはり多いのか、同じ種族での婚約が昔は掟のように覚えていたのだろう。
 しかし今や種族のルールを忘れ、世俗的に驚く結婚の例も多数挙げられている。本書で上げられるようにグループ内での恋、また子を成さなくても二人の愛だけで暮らすポケモンも多くなった。
 愛の形は昔より形を変えて、鎖を破って自由を形成している。今や種族を束ねた長の規則は拘束力を無くしている、筆者が思うのは長のルールは必要あったのだろうか。話はそれたがならばと言える疑問もある。
 神と言う存在はどうして子を成せない恋を作ったのだろう。それは次の章で語る事にしよう。
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 そうやって俺は本を閉じた。眠たかった目を堪えながら読んだためか、狭い紙上から視線が外れたときには大いなる開放感が得られた。元よりポケモンの眼には暗闇でも物を感知する目があるのだろう。
 特に俺の種族・ルカリオは物体問わず生き物までも視線を使わずに感知できる波動なる能力を備えている。しかし俺にはそういった能力は無い。何故と問われても知らない、どうしてかも考えた事がない。第一波動が仕えた所で俺には何の得にならない。
 元よりルカリオがそう言った種族でも俺には関係ない。言い訳を少し考えた所で開ききった空間から黒く染まった外を見る。無限に開けており、昼までに見えていた風景はたちまち暗闇に食われてしまい、窺うことすらできなかった。だが天へと視点を変えると無数の灯りに満ち溢れていた。
 光すらままならない空を越えた宇宙と言う空間で輝く星が夜だけの舞台で輝きを保っているのだ。そこで一番大きく、周りを照らしているのが月の存在。太陽と対等にあり、あの二つの惑星が存在するからこの地球が平和であるとも照明されている。そうして窓から部屋へと視点を戻す。それと同じように季節と言うものも窓から入ってくる。冬特有の空気が家に入り込む。まだ本格的な冬はまだにしても毛を通り越して来る冷たさに体を震わせた。
 これが俺の夜にすることだが、あと一つ残っている。それは種族こそ違うが妹と認識している存在、手首に伸びた毛を腕に巻きつけて眠るコジョンドの姿だ。紫の瞼に伸ばしたまつ毛、何より触れれば滑りそうなほどに手入れされた毛だけでも俺は戸惑いを隠せずにいた。
 正直を言うと上手くやっていける気がしない。
 気品に溢れた生活を過ごし、軽やかな技に才能主義そうなコジョンドと言う種族。険しい山を越え、修行により自信を得る努力主義なルカリオと言う種族。
 毛並みも俺はボロボロで毎回、戦いに明け暮れる毎日、対してコジョンドは女の子同士で甘い物を味わったり、流行と言うものに日々を費やしている。俺には合わない種族だ。
 ただ妹の存在だけは否定したくない。今隣で眠るコジョンドである妹、スヤスヤと寝息を立てて、言い方を変えれば無抵抗な姿で倒れているのだ。俺は無意識に生唾を飲み込む。
「ん、むぅ……」
 ゴクリ、と音を立てると共にコジョンドがこちら側に寝返りを打ち、甘い声を漏らす。神経を逆なでされるような感覚が俺を襲う。奇襲にも似たコジョンドの寝返りに心の奥から音を立てて感情が込み上げそうにもなるが押さえ込む。
 妹に手を出す最悪な兄貴がいるか、込み上げる感情を押さえつけてコジョンドを見た。白く艶やかな毛、腹回りには甘いもののせいか、脂肪なるものが付いている。
 格闘ポケモンで一番重要な体型に脂肪が付くのは最も致命的なこと、俺はコジョンドの脂肪は見ないことにし、窓から空を見上げる。
「カレン……確かそんな名前だったよな」
 後ろで眠るコジョンドの名前、俺はまだ覚えていた。そしてゆっくりと眠気が消え去った瞳に眠気を与え続けていく。だが、瞼は閉じず開いたまま、俺は寝つけなかった。
 瞼は重くても、気持ちがすっかり和んでしまっていても、不思議な感じが残り、居座り始め消えない。そればかり俺に緊張すらもたらし、体が自分の物でない感覚が襲う。俺はどうにかしようとその場から立ち上がる。
 足は震え、疲れにも似た感覚が体を蝕み、仕舞いには手さえも震え始めていた。
 ままならない体では外に出ようにもどうにも行かない。俺は座り、一つ深呼吸をする。最悪な夜、何かに近づきつつある俺は単純な怖さを得た。

「ちょっと兄貴、起きなさいよ!」
 妙に透き通った声、しかし今までも聞き覚えがあり、冷たくて生暖かい不思議さを覚える声。そう、どこか慣れない声が耳に響く。
 声に従い、目を開けようとすると暗闇から大量の光が漏れだす。光が目を突き刺し、簡単には目を開けさせてくれない。それを腕で防ごうとすると今度は温かい何か腕を掴む。そして強引に腕を引っぺがされ、再び瞼では処理しきれない光が入り込む。
「ん、何だよ。俺は今日寝不足で」
「そう、私の優しさを無碍にするつもり?」
 強引な声に瞼が何故か勢いよく開く。反射のようなものだがそれに対して俺の目もそれに追いついた。追いつき、情報をまたその速さで読み取っていく。
 ふさふさとした白い毛、甘いモモンの匂いが適度に漂っていた。紫色の宝石みたいに輝いている瞳がムスっとした表情と組み合わさって俺の顔を覗きこみ、小さな手で俺の腕を握っていた。寝起きと言え、俺の腕をどかすくらいの力があるのは疑問だ。俺の腕を握るのは紛れも無く、妹のカレン。普通の種族でもあるこの起こし方、だが今の場合は違う。
 起こすのはあまり好かないコジョンドで違う種族だ。
 しかし、俺の心は再び疼く。夜に俺を苦しめたあれが奥から音を立てるように体を支配する。煩悩や本能にも似ており、こうなってしまっては妹であっても何故か色っぽく見える。本能に押されつつある俺にカレンは少しも表情を変える事は無い。
 しかめっ面で俺を見つめ、俺の不可解な行動を黙ってみているだけだ。逆にそれが本能を逆撫でさせ、緊張を覚えてしまう。一人で謎の感覚に支配されつつある中、カレンはとうとう口を開く。
「兄貴さぁ、何で力で私に負けてるの? それに少し顔も赤いし」
 すぐに逆の腕で顔を塞ぐ。カレンは俺の様子を伺って、もう片方の腕を再び軽く退けてしまう。どうしてまた俺が負ける、疑問が募る中で妹は俺を見て笑う。その笑い顔に俺は呆然としてしまう。
 妹に腕を持たれるシチュエーション、ただ騙されたような見下されたような笑い、そして少年っぽく喋ってみせる妹のカレン。抑えなければならない状況で顔に熱さを覚えていく。笑い声は続き、カレンは俺の腕を持ちながら言葉を吐く。
「嘘だよ、兄貴。まあ、片腕だけ持たれている状況までは顔も赤くなかったのにね」
 カレンは俺の腕をから手を放し、表情を嬉しそうにしていた。一体どこからがカレンの本性であるのか、俺はカレンから見たらただの鬱陶しいだけの兄貴であり、どうでも思っているのだろうか。負ける悔しさなど微塵も無く、疑問一つも解決できない後悔が俺に残る。後ろの窓から照らされる光が温かさと同時に冷たさも送り込んできた。まさに俺たちの関係と同じだ。
 そんな俺の目前でカレンは出かける準備を整え始めた。何の隔たりも無いこの住処、家と呼ぶにも相応しくなく、二人でも狭いと感じる。ここではどうしてもお互いのプライバシーの最低限は目視出来る。
 小さな鞄の中を探っている様子は確認できるが、それ以上の細かい事は分からない。するとカレンは耳をピクっと動かし、俺のほうへ振り返った。何か不満そうな表情、正直見られているだけでも心臓を掴まれる様な驚愕を与えられる。
「そうそう、入り口で兄貴の友達がいたよ。それと……」
 俺は感謝の言葉を返そうとした瞬間、こちら側に歩み寄り、手を伸ばす。そこからあまりに理不尽な平手打ちが顔を叩く。
 普段は怠けているカレンも腐っても戦いの血が混じる種族だ。あたりを認識できないくらいに揺さぶられた感覚を味わうとカレンの声が更なる追い討ちを掛けた。
「仕方ないとはいえ、こっちを見ないでよ」
 そうするとカレンは入り口のほうへ足を進めた。雌のポケモンというのはあまり理解できない習性を持っている。
 格闘に生きる種族ならば私生活を覗かれても、気にすることも無く過ごしている。それが雌特有の物でも大体は冷静でいられるのが普通だ。俺はそう教わってきた種族だからだろうか。
 それとも本に書いてあった通り、種族間の壁は取り払われて、独自の掟や規則も希薄しているのかもしれない。
 カレンに叩かれた部分がまだ傷む。まるで潮の干満のように引いては痛みの繰り返しだ。あれだけ鍛錬を怠っているのに何故、あそこまでの力が出せるのか。疑問で頭が追い詰められていく中、カレンが出て行った先から黒い影が見える。影は近づいて来て、明るみに出た途端、正体が分かる。
 夜空のように黒い体に月をあしらった黄色い模様。月からの使者と言われれば不思議と頷けるかもしれない満月のように見える黄色い瞳。それよりも気付くのは左目を切り裂かれたような傷。生々しく残り、血の気の消えた肌が露出していた。 四速歩行で入り口のほうを心配そうな表情で見つめているそのポケモンはブラッキーと言う少し特別な種族だ。本では危険を感じると毛から毒を放出する種族らしいが彼はそれが出来ない。
「お前ら兄妹ってどうも仲悪いよな」
 心配を投げかけてくれるブラッキー。彼の名前はクロカワ、東から来たという種族でイーブイの進化の一つだと言う。
 投げかけられた心配に対し、俺は何故か叩かれた頬が呼応するかのように痛み始めた。
「無駄口は止せよ、クロカワ。お前なんかが叩かれたら新しい傷が増えるだけだぞ?」
 クロカワは頬を押さえている手を見ると笑う。
「それを言うってことは叩かれたんだろ? ジンはいつも隠しきれてない」
 呆れ気味にクロカワは言った。どれだけ隠し事をしようと全てクロカワにはお見通しだ。クロカワは不機嫌な妹と違い、明るく頭も冴えている。戦いの場においては勇敢で俺の相棒も勤めているくらい攻撃的な奴である。お互いに似ている境遇にあり、すぐに意気投合できた奴で今や相談相手にもなっていた。だがクロカワにも教えたくも見通されたくないことがある。
 妹の事、存在は確認できても中身を見通されたくない。何故なら俺が知りたくないからだろう。俺が呆然と考え込んでいてもクロカワは口の端を上向かせて、笑って俺を見ていた。
「大丈夫だって、そう簡単にお前との約束を破るかって」
 と言ったのだから考えを読んでいたのだろう。俺は目を細めてクロカワを見つめた。しかしそれでもクロカワの笑顔は崩れない。
「俺たちは違う種族といることが苦手だし、何より歩み寄ったらすぐバトルさ。そんな数少ない友なのに喧嘩吹っ掛けるようなことはしないって!」
「……だと、良いんだけどな」
 クロカワの言葉に何とも言えない答えを出し、俺は頬から手を離す。妹のことを考えたって今はどうにも行かない。なら今をやることのほうが良い。
「それよりさ、クロカワ。今日もいつものところ行くんだろ?」
 いつものところといわれた途端、クロカワの表情は一瞬、戸惑うように固まる。そうして「おう!」と威勢の良い返事が返って来た。俺らがやらねばならないこと、それは戦いを求める俺らにとっても危険極まりない。
 今の時代、戦いと言うものは本能むき出しで相手を殺しかかるような戦いは求められていない。言い方は好かないが紳士的に敵を殺さずに戦闘意識を削いでいくのが今のスタイルだ。後者は長い年月をかけて長が作り上げたらしい。
 だが、俺たちが求めるのは前者。求められていなくても戦わなくてはならない理由がある。時に死ぬことだったある戦いにクロカワと俺は充分なくらい浸っていた。
 だったら尚更クロカワの返事は不可解である。俺には心を読めないために良く分からない。そして返事を返したクロカワは安心そうな顔をして後ろに振り返る。
「行くぞ、ジン。俺らの生き方はそこにあるんだからさ」
 すっかり戸惑いも無く、調子よく俺を催促する。妹のことも考えずに今は闘いに集中すれば良い。それが兄妹にとっても良いことに違いない。


 住処から出ると彩りが消え去った風景が見える。葉をすべて散らし、冷たい風を直撃しているが木々はそれでも耐え抜いている。地面は枯れ果てて、風を邪魔する者はいない。まるで北風が殿様のような存在となっている。匂いもすっかり消え、乾燥した空気だけが俺の胸を埋めた。
 冬とは緑にとっては忍耐の時期でもあった。いくつもの季節をこの目で見てきたが冬と言うのはいつになっても冷たい。この時期のポケモンは大半のポケモンが巣穴に帰り、冬眠という休息へ着いている。しかし俺は寒さに身を凍えようとも木々と同じように耐えなければならない。
 俺たちは今回何よりも気になっている場所がいる。ここから少し進んだ場所にある茨を少し生やした程度の枯れ果てた大地がある。
 前々から茨程度しかないのに物影が見え、俺の興味をひたすらに引いていた。それを解明するために今日と言う時間を使うことにした。
「楽しみだな、クロカワ」
「ジン、慌てるなよ。誰かの住処かもしれないからな」
 そう告げ口するクロカワも寒さに体を震わせているが一歩一歩と足を踏み締めていた。
 目的地まではそう遠くない。それよりも相手のほうが俺たちに敵と感知して近づく可能性がある。俺たちが基本相手するのはここら一体や旅をするポケモン達へ犯罪を企てる奴らだ。しかし、野生で生きる為の策だ。問題となっているのは集団と化した犯罪者だ。こちらには力を持った奴らが多く、野生を上回る奴らが沢山いる。
 昔はそこまで多発すること自体無かった。ところが時代が進むにつれて多くのポケモンは戦う事が少なくなってきたことで急増している。犯罪の原因はルールらしく、欲望の為に動いたり、何かしら長へ不満を持った奴らみたいな連中が占める。不満を持った奴らばかりではなく稀に戦い好きもこの世にいるのも事実であるが、それは出会ってからの問題だ。
 俺たちは主に追いはぎを倒すと言う単純な目的でいるのだが、闇雲に倒そうとするのも悪となる。そこでクロカワの知識が必要となってくるのだ。
 そのクロカワは辺りを左右に首を回していた。住処から少し歩いた場所、まだ町まで遠い道なみはまだまだ荒れていた。砂利を含んだ足場、辺りには冬でも棘を生やし、抗い続ける茨が生えている。空は幾つか雲を散りばめ、それ以外は邪魔するものもいない青空が広がっていた。逆にそれが不気味に思える。
 するとクロカワが少し慌て気味に「待て」と俺に吐きかけた。言葉どおり、俺は足を止めて後方で立ち止まっているクロカワと同じように立ち止まった。
 こういうときには大抵、手ごわい奴がいる。そしてクロカワの直感は外す事はない。
 立ち止まると風が音を鳴らして去っていく。だが去っていた風はすぐに災厄を連れてここから逆へ吹き返された。自然さえ逆転させてしまう災厄は逃げていく風を切り裂いてこの場へ降りてくる。
 守りに徹している茨が少し揺れた気がした。全身に流れる血が体を縦横無尽に駆け巡り、指先まで異常なくらい熱くさせる。同時に鼓動も高鳴って緊張から震えがやってくるがこれを押さえ込む。
 もう災厄は目の前にいた。
 一枚一枚が切れ味がありそうな刃の羽根、折りたたんだ途端の擦れあう音は硬い。羽だけではなく、体までも鋼に包まれた騎士のような鳥。体にはいくつもの戦闘を抜けてきた傷跡が生々しく残っていた。
 エアームド、野生でもそう簡単に止めはさせず、苦戦を強いられる強敵。
 俺たちのことを確認したのか、エアームドは閉じていた目を開く。黄色い瞳は折れた地の動きに釘を刺し、ゆっくりと口を開く。
「縄張り荒らしは貴様らか?」
 低く唸るような声で俺たちに問う。どうやらここはエアームドの巣であり、荒らしでなくここの居住者だ。そしてそのお陰で今度は俺たちが怪しまれている。俺は首を横に振り、違うと返す。
 するとエアームドは鼻で俺たちの答えを嘲笑い、右翼をおもむろに開いた。
「否と申すか。なれば、何故ここに用がある?」
「俺たちも縄張り荒らしを探している身だが……まさか気付かなかった、すまない」
 俺は反省にエアームドは翼を畳むと鼻を鳴らした。確かにここは茨以外に何も無かったがこういった場所も種の住みかとなる。しかしエアームドはまだ俺を見つめていた、翼を畳んだ時点で敵意も無くなったはずなのに。
 するとクロカワが声を小さくして落ち着かない口調で俺にしゃべり掛けてきた。
「おい、退いた方がいい。見た目からしても相手は手強いぞ」
 クロカワの助言、それは今までも信頼できる確立で当たっている。そのクロカワが退けという敵、鋼の鎧に身を纏うエアームドは確かな威圧が体にも伝わってきた。奴が強いのは分かる。
 しかし俺の腕はすでにエアームドへ向き、そこから指先で挑発を行ってしまった。胸が破裂しそうなくらいの心音、波動と言う背伸びが無くても俺は戦える、無謀にも似た勇気が反応した。
「ほう貴様、私に挑もうと減らず口を叩くか。挑戦心か、無知な小僧の勇気は測んな」
 翼がこすれ合い、勢いと共に開くと甲高い音と共に空気が真っ二つに裂かれていく音が響く。俺が構えようとした瞬間、先ほど聞えた音が耳を壊すほどの轟音となって来た。音と共に腹部へ強烈な一撃が叩き込まれ、俺は吹き飛ばされ、地面へと伏せてしまう。轟音は止み、俺は立ち上がると翼を広げたエアームドが叫び始めた。
「小僧、挑むがいい! 私の血が小僧の勇気で滾るかどうか、実力を持ってぶつけて来い!」
 呆気をとられるほどの咆哮に俺は威圧させられる。これで体の震えは吹き飛ばされたが、次は手が痺れを切らして相手の強さを物語ってくれた。どうすればいいか、俺はクロカワの顔を窺う。
 いつものことだ、どんな追いはぎにもクロカワは無言で頷いてくれる。ただ、このときのクロカワは明らかに何か違っていた。何かに恐れを抱く、今までやって来たクロカワの余裕そうな表情は無い。浮かび出ていたのは焦りだろう。
「クロカワ!」
 呼ばれるとクロカワは不意を突かれたように驚き、返事をすぐに返した。
 しかし、エアームドにとっては待つと言う時間は無い。また空気を拒絶する轟音が耳を裂く。判断の遅れで相手に切り裂かれる、そして判断はまた遅れて轟音が近づきつつあった。また当たるのか、しかし今回はクロカワのバックアップも付いている。
「左右に分かれるぞ!」
 言葉どおりに俺は右に避けると轟音は俺たちの隣を切り裂いていき、ある程度の所で勢いをなくした。再びエアームドは翼を自分の前で畳み、擦り合わせる音と共に轟音を作り上げる。同じ手が三回も通用しない、俺はこれを機に手を力を込めて、拳を作った。
 波動は無いが、鍛錬を積み重ねた力がある。恐らく目前、見えぬものを裂き、こちらへ向かう風。正面から向かうと今さっきのように吹き飛ばされる、だからこそクロカワの助言が轟音より先に飛ぶ。
「ジン……・行け!」 
 前と同じく右に轟音を交わす。飛ぶ斬撃を放ってきたエアームドは翼を広げたまま口を広げて笑っていた。俺とエアームドの距離はさほど無い。
 空が晴れ渡った茨以外生えていない不毛の地帯。住処に足を踏み入れても笑っていられる、俺は既に身構えている。しかしエアームドは先ほどと同じように翼を広げたままで攻撃をしない。余裕綽々、エアームドの笑いは戦いを楽しむような笑いであった。並大抵の奴なら攻撃に必死で引きつっているのが普通、となるとエアームドは相当な手練れだ。
「全てお前のお陰……というよりも後ろにいるクロカワと言うブラッキーのサポートもあるな」
「俺たちは能力にある程度差がつけられている。さしずめ波動が扱えない奴と免疫の無い奴、二匹だ」
 エアームドは俺を視線を向けず、遠くにいるクロカワへと視線を向けている。クロカワも戦えないことはない、直接攻撃では劣っているが、遠距離攻撃はこいつに任せていた部分もあった。
 しかし今回は近接格闘だ。俺が一番得意とする戦い方を前に俺は息を吸い込む。肺を満たす冷たい空気、鳴り響く心臓までも落ち着いていく感覚が体へ満ちていく。ここからはクロカワの援護なしとなる。
 エアームドは口を閉じてもなお、笑いを抑える事が出来ずにいる。
「よかろう、私の名はカンクロウ。小僧、この戦いを覚えておけ……」

 笑い声が消え、カンクロウと名乗るエアームドは一回その場で羽ばたく。地から足が離れ、つんざく鋼の音にカンクロウは俺に向かってくる。ただ単調な突撃とは思えない俺は右へ回避する。 
 いくら相手が余裕でいようとも懐に入り込むことは出来ない。迂闊に行けば体が引き裂かれる、するとカンクロウは避けた俺を素通りし、離れた場所でこちらへ往復してきた。撹乱するにも速度が足りない、相手の戦力が読めない俺には目前のカンクロウの突撃を避けることを考えなければならない。
 往復してくるカンクロウを再びかわすと、奴は止まって翼を擦り合わせ轟音を作って飛ばす。カンクロウの動きは単純な往復はこの為だろうか、俺は距離を取る為に後ろへと下がった。
 下がった先の大地を踏み締めると足の裏に岩が食い込む。痛みを堪え、後ろへ振り返ると無数の岩が地面から剣山のように突き出しており、足場を消し去っている。左右にも広がって事実上、三方向の逃げ道を失う。
 考えているうちに轟音が俺へと到達する。音を消し去り、莫大な風と共に俺は吹き飛ばされた。地面の岩を体で砕きながら、俺は堪えきれない痛みを覚える。
 ここでへばっていると恐らくカンクロウの攻撃を喰らう。俺が立ち上がった頃にはカンクロウは既に動き始めていた。痛む体で視界が揺らぐとカンクロウは高速でこちらへ近付つ。考えられない速さ、瞬きするとまるでまともに飛んでいることを疑うくらいだ。
 そして立ち上がり、構える前にカンクロウは翼の刃を振りかざしていた。太陽に照らされて鋼が鈍く光る、そして瞬きをする間もなく俺は胸に一つの斬撃を浴びる。斬られたのを確認することもなく、力が抜けていく。
 俺の目に映っていたのは悲しみに暮れるカンクロウの表情。そしてため息を吐くと胸の毛が濡れている事に気付く。そして痛みを感知できた俺は次に悔しいくらいの思いが頭を侵略されていく。
 敗北、それも完全で諦めが付くくらい文句の点けようが無い完璧な負け。一回も攻撃できず俺はカンクロウに負けてしまったのだ。
「残念だ、お前は戦い方を知らぬようだったな」
 エアームドの吐いた言葉を聞いた後、俺の意識は完全にここで途絶える。後に残ったのは未だに増幅し続ける悔しさだった。


 再び、目が冷めると空が無かった。石で囲まれた空間、見た目に反して温かい空気に安堵を与えてくれる。
 誰かの住処と思われる居場所。ここは何処だろうか、俺は状況確認の為に体に力を入れた。すると、胸の方から激しい痛みが襲う。痛みと共に目が覚めた嗅覚で分かったのは湿った鉄の臭いが分かった。そこから臭いの元が俺の胸部にあると頭が理解する。
 胸部には包帯が巻かれており、丁度中央に赤い液体が染み付いていた。恐らくクロカワの仕業だ、と済ませて辺りを見渡す。小さなドーム状の天井、すぐ近くであまり慣れない炎が木を燃やして命を繋いでいた。
 寝床と思われる藁や生活観のある部屋、明らかに分かるのは俺の住処ではない。
「遅かったな、ジン」
 そして響くいつもの声が炎の向側から木が焼けていく音と一緒に聞えた。ここはクロカワの住処だろう、ほっとした俺は今でも痛みを襲ってくる胸に触れる。炎でクロカワの顔が照らされている、俺を見つめる表情はどこか切なげにあった。
 あの負けは寝ても覚めても忘れられない。初めての敗北に俺はどうやって言葉を出していいか分からない。だからか、こういった場面ではクロカワが絶対に最初に口を開く。
「ごめんな、俺にはこれが精一杯でな」
 いつもの元気が無く、弱々しい台詞に俺は首を横に振った。あの敗北は俺の経験不足から来るものだ、完全に手玉に取られた上に一人では何も出来なかった戦い。戦いの場面を思い出すとカンクロウの言葉までも出てくる。斬られた胸から悔しさが込み上げてきた。それを俺は許さず、悔しさを抑え込むがどうにも出来ない。恐らく叩きつけたとしても解消されなくて、既に俺に染み付いているのだろう。クロカワの言葉に俺は返事をどう返そうか、悩んでいる所でクロカワは話を続けた。
「ジン、お前に言いたい事がある。恐らく理解できないことだろうな」
 クロカワの顔が更に険しくなる。それでも聞きたい俺はクロカワに「分かった」と返事を返す。俺の返答にクロカワは苦笑いを浮かべて「ありがとう」と呟く。炎に消えそうな声、声量までも燃やし始め、勢いを増す炎。
 そこからクロカワは耳を立てて、何かに怯え始めた。相当な事だろうか、様子を窺うだけで傷む胸までも緊張し始めた。

「俺……お前との友達関係を今日限りでさ、切ろうと思うんだ」

 心が急に収縮した。
 俺とのコンビを止める理由なんて色々ある。いつも頼ってばかりでクロカワの足を引っ張ってばかり、挙句の果てに戦えばここまで惨敗する俺のことなら見限っても仕方ない。
 だが、友達関係を切る? 何故なのか、俺たちには能力に欠陥がある。そこに引かれ合って約束までした関係を何故切ってしまうんだ。何をしていいか分からない俺は口元が乾いた笑いが出た。
 普段から呆れたときも笑ってくれるクロカワの顔は全く笑っていない。顔に残っているのは炎の赤みを帯びたクロカワの何も無い表情、約束を破ったのあいつだ。
 俺は堪えきれず、おかしくなったような笑いと共に声が出た。
「ハハハ、なに言ってんだ? 俺との約束を忘れたわけじゃ――」

「明日だ」
 話を遮り、無表情のクロカワが告げる。仕方なく俺は話を止めて、クロカワにペースを譲る。
「明日の朝、俺はここを旅立つ。今更止めたって遅いぜ、もうお前との仲なんて俺には無かったようなものだからな」
 クロカワの黄色い瞳に映っている俺は一体どのように見られているのだろうか、炎のお陰で体が温かいのにクロカワから冷たさがひしひしと伝わってくる。一体いつからクロカワは変わってしまったのだろうか、戦っていた時も俺にいつもの様に助言を出して危機を逃れることも出来た。朝も同じように機嫌の悪いカレンに叩かれた俺に笑いかけてきてた。
 納得できない別れ方、それによって冷静さが段々と掻き消されて、疑問に対する憤りを俺は感じ始める。まだ痛む胸を抑えながら俺はその場で立ちあがった。クロカワは一つも驚くことは無く、むしろ当然の結果として捉え、仮面を被ったような表情で俺の顔を窺っている。 
「だが、チャンスくらいはやろう。全く持って簡単なことだ、俺が行く場所にお前が来ればいい」
 クロカワが行く場所に見当がつかない。そもそも友達であったとはいえどちらも名前以外の素性を教え合わなかった。故郷も知らない俺にそれを当てろと言うのは困難となる。
 それを知っているように一呼吸置いた後に言葉を続ける。
「ただし、俺に着いてくるなよ。でも出来るだろ? お前は知りたい真実があれば誰よりも知りたがりだからな」
 俺の行動に釘を刺し、クロカワは俺に背を向けて入り口のほうへと歩いていく。クロカワを止めたい、そして真実を知るために立ち上がる。だが少ししてから二本足で立っていることに疲れを感じ、再び座り込む。
 何度も立ち上がろうとするが引きとめようと足がとっさに震え始めた。自分の意思通りに動かない足、だったら這ってでも追いかければいい。堅い地面に手を伸ばして進もうとするがクロカワの歩みには追いつかない。
 広がる差、それでも俺は手を伸ばして外へ出て行くクロカワを引きとめようとしたが、広がる差を埋めることは出来ず、外へと繋がる扉が開かれた。
 黒い空にここからでも天に栄える星と月が見える。昨日と変わらない夜、しかし失ってしまいそうになるものがあった。綺麗な風景にも目も暮れずクロカワは最後の情けか、俺のほうへ振り返った。しかし俺はそれでも手の力だけでクロカワへと這い寄っていた。
 そんな様子にクロカワは微笑みで眺めている。
「もう与えるべき情けは無い。後は追いかけてくるか否かだ」
 最後の言葉により、炎が殺されて暗闇が作り出される。石の空間はすぐさま温かさを消し去って、冷たさを新たに包み始めた。急激な体温低下、しかし俺の体は何かしらの縛りが解けて立ち上がることが出来る。
 二本足で立っても足は疲れも無かったが、胸の傷が痛みを訴えかけてくる。包帯はもう包んでいる意味も無く、切り裂かれた傷が露出していた。
 冬の夜、俺にある体力は削られていく感覚があった。
 澄んだ空気を吸い込めば、肺から体へと冷たさが伝わってくる。今日も変わりなく星空が月を囲む夜、今になっては死の踊りにしか見えない。
 友を失い、周りを見渡すもクロカワの姿は何処にもなく、意味の無い荒野が一面に広がっていた。傷口から滲み出る血は大地に染み込んでいく。ポタポタと間隔は早く、落ちるたびに呼吸も同じにきれていき、燃え尽きた感情と共に体力を削って行った。

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初めまして、ここでこれを書いていく者です。
まあ、なんと言うか始めから長編かよ…と自分でも思う所があるんですけどね。
どうも自分はストーリを壮大にしたがるんですよ。だから最初から取り返しのつかないことをしてしまい、後に引けなくなるんですけどね…。
読んで、感想を頂けると嬉しいです。
#comment()

IP:114.144.186.249 TIME:"2012-09-16 (日) 02:12:13" REFERER:"http://pokestory.rejec.net/main/index.php?cmd=edit&page=%E3%83%AC%E3%83%99%E3%83%AA%E3%82%AA%E3%83%B3%E3%83%BB%E9%8B%BC%E3%81%AE%E6%84%8F%E5%91%B3" USER_AGENT:"Mozilla/5.0 (Windows NT 5.1) AppleWebKit/537.1 (KHTML, like Gecko) Chrome/21.0.1180.89 Safari/537.1"

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