作者:[[リング]] #contents [[前回>ルカリオの育て屋奮闘記]] 登場人物 杭奈(ルカリオ):頑張り屋なルカリオの雄。でも、プロフィールに記されている性格は寂しがりだったりするのは御愛嬌。 ジョン(コジョンド):ポケモンレンジャー出身で、現在整体師として働いている。ポケモンなので資格は取得していないが、腕は確か 静流(ズルズキン):悪女 袴(キルリア):静流や杭奈と一緒に預けられた男の子。最近ゾロアと仲がいいのだとか スバル(人間):育て屋の経営者兼管理者。ブラックシティ出身で、たまに口調が変わる ふじこ(ポリゴンZ):スバルのためにポケモンの言葉の通訳をしている。USBポートを通じてスマートフォンに文字を表示するのだが、USBポートの種類はやたらと豊富で、薔薇だったり哺乳瓶だったりしている オリザ(人間):杭奈達の主人 用語説明 昼食マッチ:昼食をかけて戦うバトル。基本はシングルだが、ダブルやトリプル、ローテーションなども存在する。スバル曰く本来はもっと厳しくしたかったらしい。 **18 [#qa7841f2] **18 [#u0c42a47] ジョンと杭奈がダークライ・ビリジオン感謝祭で会おうと約束して数日後。 これまで専属の教官代わりであったジョンがいなくなってからも、杭奈は様々なエリアに赴いては色んな教官に教えを請う事を続けている。 もっとも頼りにしているのは、やはり格闘タイプの教官であるズルズキンのバカラ教官であり、他のどの教官よりも多くの時間教えを請うている。 元は四天王であるギーマの手持ちであったという肩書きにも偽りが無く、ポーカーという名の雌のズルズキンに役目を奪われた今でもその強さは健在だ。 その他スバル自らが育てたエルフーンのケセラン教官やアイアントのユウキ教官、シビルドンのうな丼教官など、多くの優秀な教官の元で指導を受けてはいる。 だが、杭奈にはやはりジョンと交尾できるメスがいないとモチベーションの維持は難しかった。 今は後輩の指導と称して、息抜きがてらキルリアの袴と修行半分戯れ半分の指導を行う時間が多く、ゆっくりとしたペースで徐々に強くなってはいるもののかつての勢いは衰えてしまった。 モチベーションが維持できているのは、なんだかんだであの日のジョンの舌使いの快感が体に刻まれているからなのだが。 しかしながら、それをしてくれる女性を得られるのはいつになる事やら――と思うとやるせなかった。 現在、時刻は昼時。ジョンに促されてから毎日欠かさず行っていた昼食マッチの時間帯である。 強くなっても強くなっても、まだまだ先の見えない育て屋の天辺。 バトルサブウェイで頂点を目指しているトレーナーのポケモンは、静流や教官でさえ手こずる者が多く、特に強い子を産ませようという目的で預けられる親は、2軍扱いでさえとんでもない強さを持っている者も少なくない。 例えば、マジックガード特性を持たないが故にレギュラー入りを逃した防塵持ちのランクルスや、型違いの子を求めて預けに出されたドレディア等などなど、特性さえよければ第一線でも活躍できたであろう子。同じポケモンにバリエーションを持たせるために子作りを任された子などは、杭奈くらいなら普通に圧倒してくる。 今日杭奈が挑むゴルーグも、特性が不器用であるが故にレギュラー入りを逃した子。 「木の実の等価交換? あ、あぁいいけど……相変わらず、だなお前」 ゴルーグ杭奈が勝負を挑むには、相性的には厳しい物があるポケモンである。 「お願いします」 しかし、この無謀とも言える勝負を杭奈はあえて挑むのだ。 「わ、わかった。情けは掛けなくっていいんだな?」 「そうじゃなくっちゃ意味が無いから」 なぜか? それは、下がっていくモチベーションに危機感を感じた杭奈は、このままではジョンに悪いと思って、最近は不利な条件で昼食マッチに挑むようになったのだ。 その方が、毎回毎回負けないように必死で強くなる方法を考える意欲が湧くから――と、逆境でこそ成長できるという思考である。 この日の相手はゴルーグ。いまや定番となった巨大ロボットアニメはこのポケモン無しには成立しなかったと言わしめるほど、それっぽい造形のポケモンである。 地面が固く圧縮されたボディは陶器がおよそ及ぶべくもないほど強固にして、しかも柔軟。 強靭な体に加え、この育て屋一の蛇のような細長いポケモンを除けば2.8mという体躯を誇るその巨体は、見る者を圧倒する。 怪力・剛健・重厚という岩タイプか鋼タイプのような見た目を持つため、一見して格闘タイプならば圧倒できそうだが、ゴルーグはこう見えてゴーストタイプであり、岩タイプではなく地面タイプだ。格闘タイプの攻撃は通じない上に弱点である地面タイプまで兼ねている。 ゴルーグが、杭奈に対して等価交換をためらうのも、自分が有利過ぎじゃないかと気兼ねしているというわけだが、逆に言えば杭奈程度の相手なら簡単に勝ってしまうという自信があることも伺わせる。 しかし、相手を気遣ってためらうのは一瞬で、木の実への欲求で腹は決まったようである。 「なら、行くぞ」 ゴルーグが勢いよく一歩踏み出す。それだけで発生した小規模な地響きを、杭奈は小刻のステップでかわす。 接近したままメタルクローを突き出そうとするとゴルーグは転んだ風に見えるほど不格好に倒れ込む。 格好悪く見えて、ゴルーグの巨体から放たれるこの抑え込みは中々えげつない。 地震を避けて一瞬だけ宙に浮いていた杭奈は地面に足が着いた瞬間に避けなければ押さえつけられてしまう。 小さなルカリオがゴルーグに押さえつけられてしまえば脱出は困難だろう。 それだけは何としても避けたい杭奈は、つま先が付いた刹那の瞬間に足指でメタルクロー。 マッギョの時と違って立ったままそれをスパイクに出来るように成長させた歩法で、通常ではありえないか速度を以って横に避ける。 耳をゴルーグの胸が掠めながらもなんとか脱出した杭奈は、そのまま振り向かずに一目散に走って距離を取りながら、悪の波導をチャージ。 振り向きざまにフルチャージの悪の波導をゴルーグへ放った。 帯状の波導がゴルーグに迫るが、ゴルーグはバチバチと音を立てながら、巨大な右手でそれを防ぐ。 如何に物理型を主体とした杭奈の攻撃とはいえ、そんな受け止め方をすればしばらくは腕が痛くて痺れてまともに物も握れなくなるのが普通だ。 が、ゴルーグは起きあがりざま右手に握りしめた土に体液を混ぜて泥にし、それをブン投げる。このポケモン、痛みを感じていないのか。 無造作に投げられたように見えて、計ったように正確なその泥。 しかも大きな塊として投げられたそれは空気抵抗で弾け、避けたと思って予想外の位置にヒットする。 瞬間、杭奈が眼をつむる。静流との戦いの経験から、眼をつむる動きとは連動して房を立て敵から距離を取るように何度も反復運動をしていた。 今回はその成果が出て、杭奈は練習通りの動きでゴルーグから距離を取った。 杭奈は完全に地震の射程外だが、ゴルーグは地面を強烈に踏みつけひび割れを起こす。同時に、杭奈は泥を拭いながらメタルクローを腕に出して接近。 ゴルーグは地震によって砕けた地面の一欠片をサイコキネシスで掴み取って、きりもみ一回転。 ハンマー投げの如く体を傾けながら投げたそれは、巨大な塊でありながら空気を切り裂く轟音を奏でる。 まともに狙いを付けられそうにない投げ方だというのに、例によって例の如く正確に飛ぶその攻撃を杭奈は避ける。まるで、精密機械だ。 油断していたわけではないが、予想を越えて速い。杭奈はまともに食らう事は避けたものの、掠ったというよりはえぐったというが正しいほど強かに左肩口へヒットする。 インパクトの瞬間に下半身が浮き上がり、独楽のように回転しながら杭奈はうつ伏せに地面に落ちる。 そこに、ゴルーグのハエ叩きのようなパーの手での右手でのアームハンマーが杭奈の顔面に迫る。 せめてもの抵抗に寝返りをうって仰向けになり、顔の前で腕を構える。腕の棘をお見舞いしてやったが、効果が抜群なのは杭奈の方だ。 しかも、ゴルーグはそれによって掌に出来た傷も気にせず、今度は左手で腹にハエ叩き。 一発目ですでに息をしたくなくなるくらいのダメージを胸に負った杭奈に、この追撃は効いた。 トドメとばかりに、杭奈は睾丸を握られる。握りつぶされたりでもすれば男として非常にまずいことになる場所を握られて、思わず杭奈は叫んだ。 「む、無理無理無理!! 無理だよ無理!! 降参するからそれだけは許して!!」 結局、ゴルーグの勝ちでこの勝負終了である。 **19 [#v3285299] **19 [#kf6c6f13] 「や、袴。今日も一緒に食べていいかな?」 杭奈は木陰で食事途中である袴という名のキルリアの元に、食料を入れた籠を持ちより、腰をかがめて尋ねた。 二人は昼食マッチのダブルバトルに盛大に勝利してきたようだ。二人とも木の実を3個も持っている事がこの育て屋で意味するのは、戦闘になれた手練であるということ。 無論、未進化である彼らの対戦相手は杭奈が戦っている相手と比べれば格下ではあるが、同年代の中では2回の連戦で2回とも勝利を収める実力であることを意味しているのだから馬鹿には出来まい。 「いいですけど、兄さん今日も負けたんですね? 隠していても落胆の感情が手に取るようにわかりますよ」 負けた事を口に出さないよう、にこやかに話しかけたはいいものの、感情ダダ漏れで無防備な杭奈はキルリアである袴に対して嘘を付けない。 袴とて、『自分達より弱い』と言っているわけではないのだが、杭奈が馬鹿にされているのは間違いない。 少年漫画で言うところの、野球『馬鹿』のように、捉えようによっては褒め言葉にならなくもないのだが、結局の所馬鹿にされているとあれば複雑な気分だ。 「相変わらず、勝てない敵に挑むのやめなよぉ。オイラ達みたいに勝てる相手に挑めばいいのに……頭わるーい」 「ですね」 袴の指摘に追従して、この育て屋で友達となったゾロアのペテンが追従して笑うので、杭奈はいたたまれない気持ちとなってしまった。 「そういうのは、表だって言わないもんでしょ、袴?」 苦笑しながら杭奈は袴に諭す。 「そうでしょうけれど、それなら僕が木の実を食べているのを見て、『欲しい』とか『食べたい』とか、そういう感情ダダ漏れにするのはどうかと思いますよ? これは僕のですから、ぜーったいにあげませんからね」 本心をバラされるのはもはや慣れたものだが、袴の発言に対しては未だに恥ずかしい気分で杭奈は肩をすくめる。 「オイラのも上げないよ~」 ペテンにまでからかわれて、なんだかなぁと杭奈は困った顔が張り付いて離れなかった。 「強くなるための試練だと思っているんだから、貰わないよ。っていうかね、袴。僕もプライドがあるから」 「兄さんのそういう所、好きですよ」 袴はにやりと笑う。キルリアだっていうのに純粋無垢な笑顔ではなく、なんとなく腹黒い笑顔である。 もっと構ってやればよかったかなぁと、杭奈は今更ながらに後悔していた。 「楽(らく)で」 『好きですよ』で止めておけばいいのに、『楽で』なんて言葉を付けくわえて袴は笑う。 3ヶ月間殆ど袴の事を放りっぱなしだった期間に、袴は先日育て屋を去って行ったハハコモリのお姉さんに相当可愛がられたようである。 明るい感情を好みとするラルトス・キルリアと進化してきた袴はその期間の間に大人に喜ばれる振る舞いを完全にマスターしてしまったらしい。 その感情を角で察知することで、角に快感を感じるだけならば良いのだが、ついでに木の実やら甘い蜜やらを貰っており、それを続けていく内にこの調子のいい性格も形成されてしまったようだ。 その性格の形成に、ゾロアのペテンの影響も混じっているのは言うまでもないことだ。 彼女は悪狐と呼ばれるだけあって中々ずるがしこい所があり、この2匹がお揃いなのは首に下げた変わらずの石だけでなく腹黒い笑顔もだというのが性質が悪い。 なんで自分はこんな子供に馬鹿にされているのだろうと若干落ち込みつつ、杭奈は籠に入れている食料を食べ始める。 「楽ってどういう意味だよ、袴?」 「ん、慰める必要もないというところでしょうか。負けたって勝手に立ち直ってくれますし」 三本指の真ん中を一本立てるという気取ったポーズをとりながら、どや顔で袴は言う。 「あのね……年上にそういう態度とってると、ジムでは袋叩きに合うよ? 気をつけないと、その真っ白い肌が真っ赤になるまでひっぱたかれて、新手の色違いになっちゃうよ~」 「うん、子供騙しな脅しですね」 袴の突っ込みは全くその通りであるが、それにしたって言い方というものがある。 「ありゃりゃ、これはお厳しい」 と、対する杭奈も何度目かもわからない苦笑をするのであった。 とまぁ、袴は大人を少々舐めたような態度を取っているような節があるが、一応袴はこれで杭奈を労わっているつもりである。 叩けば叩くほど粘り強くなる鋼のように、杭奈は少々斜めに構えた態度で叩いてあげた方が元気を取り戻してくれるのを、彼の角が知っているのだ。 その証拠か、今日も木の実を食べ損ねて沈んでいた杭奈の気分も、食事が終わるころには袴の憎たらしさと可愛らしさを受け、大分復活するのであった。 育て屋はこんな様子で平和に時を刻んでいく。育て屋では喧嘩もあるし、涙もあるけれど、やっぱり似合うのは皆の笑顔なのだ。 今日はいつもと変わらぬ日々であり、比較的多くの笑顔があふれる場所――になればよかったのだが。 「あ、ウルガモス……いつも森林エリアでオノノクスと一緒にいる人とは違うな……」 木陰で昼食を食べながらふと袴が立ちあがり、木陰から出て空を見上げると、ウルガモスとワタッコが優雅に空を舞っていた。 「おや、本当だ。よく気がついたな袴?」 「あ、本当だ……」 杭奈は房を立ててそれを感じ、ペテンは袴と同じく木陰から出てそれを覗いて確認した。 「最近、何だか嫌な気分というか、胸騒ぎがするんです。なんというか、最近の新入りというのですか……。 池沼エリアのモロバレルとか、洞窟エリアのパラセクトとか……悪意のようなものを感じて…… で、最近悪意に敏感になっていたのですが……あのウルガモスからも似たような何かを感じます……それが、森林エリアのウルガモスとの違いと言いましょうか……」 不快そうに角を撫でながら、袴は溜め息をつく。 「その、悪意ってのはなんなんだ?」 「説明し辛いんですが……悪意は悪意なんです。なんというか、その……角を体の内側から掻き毟られるような何とも言えないこの感覚がですね……あれ、何これ?」 「どしたの、袴?」 「どうしたの、袴君」 何か、とてつもない物を感じ取ってしまったのか、袴は角を触りながら表情を変えた。 「いや、まわりからそこらじゅうです……イライラしてます。みんな……特に、森林エリア。ギスギスしてる……というか、殺しあいでも行われているのでしょうか、この感情……?」 「は、はぁ……そう」 杭奈はピンとこないために生返事を返す。しかし、袴は苦しげに首を横に振った。 「あの、結構……やばい感じですので、流しちゃいけない感じなんですが……」 袴の目は不安そうに揺れていた。確かに、ただ事ではないようである。 「そ、そんなに? なら……少し気になるし、様子を見に行った方がいいかな?」 杭奈が木陰から出て、森林エリアへと歩き出そうとしたのだが、その杭奈の尻尾を袴がつまむ。 「ごめん……何だか嫌な予感がします。杭奈兄さん、一緒にいてください……少し怖いんです」 すでに汗ばんだ袴の指から湿り気を感じて、杭奈はただ事ではないと感じた。一緒にいてあげた方がいいかもしれない。 「あ、うん……分かった。えっとじゃあ……袴。一緒に見に行くのはどう?」 「分かりました……」 「わ、オイラもいく。何やらやばそうな気配だし……」 数十秒の間に弱気になった袴を励ますように、ペテンも同行を決める。 とは言え、彼女も少々何か不穏な物を感じ取ったらしく、その表情は頼りなく見えた。杭奈は、房を立てれば周囲の状況が分かる。 しかし、この二人のように弱気になってはいけないと考えて、周囲を探ると弱気になりそうな杭奈は、波導を感知することなく二人の前を歩いた。 **20 [#o7936b9a] **20 [#kc9d9110] 「……ダメ。これ以上は無理、です」 森林エリアに向かう途中、袴は杭奈の尻尾を引っ張りながら、恐れを湛えた視線で首を振る。 「情けないな、袴は。すぐ戻ってくるから、そこで待ってて」 いらだたしげに杭奈は言って走り出そうとする。 「ちょっと、情けないなんてそんな言い方は酷いじゃない!? 袴君に謝りなさいよ!!」 が、それに後ろ髪を引く形でペテンの声が追いかけた。 「なんだと? 勝手に袴が一緒にいてって言ったんだろうが!!」 「やめて、二人とも……イライラしないで……」 顔色を悪くしている袴の言葉にはっとして、二人は言い争いを止めた。 「ご、ごめん……」 「オイラこそ……何か変だった」 お互いに謝りあったところで、まだ何か釈然とした気持ちを抱えつつも杭奈は冷静になろうと努めて深呼吸をする。 何か変な匂い。蟲と、カビの匂い。 「そうだ、波導で周囲の様子を感じれば」 もう、一瞬たりとも袴から離れたらかわいそうだと思った杭奈は、直接見るとかまどろっこしい事をせずに房を立てる。 「これは……ポケモンがみんな争ってる。なんだこれ、まるで殺し合いじゃないか……憎しみ合って、いがみ合って。止めさせなきゃ……」 走り出そうとした杭奈の事を、袴はサイコキネシスで引きとめる。 「まって、兄さん。それよりも……怪しいのはあのウルガモスとワタッコですよ……奴らが来ていない平地エリアの方では、まだこんな喧嘩が起こっていないみたいですから、何か原因があるはずです。 その原因があのウルガモスにある事は……その、僕の勘だと、確定的で。だから、杭奈兄さん……管理棟に行って、とりあえずスバルさんに相談しましょう」 「えと……」 袴に諭された杭奈は身を二つに裂かれる思いで、森林エリアと管理棟の方向を交互に見る。 しかし、自分達のイライラも何か妙だと感じ、袴の言うように何か源信があるのだろう。管理棟へ行くという意見も最もだと杭奈は納得する。 「分かった、スバルさんに相談しよう」 袴は小さくコクリと頷く。ただならない危機感を感じた3人は、全速力で管理等へと向かって行くのであった。 途中、すれ違ったポケモン達も念のため森林エリアから離れて管理棟近くへ集合するように呼び掛けつつ、3人は管理棟までたどり着いた。 「ええ、いつもの業者さんが情勢不安で輸入が滞るかもしれないとのことでして……はい」 食料の発注の仕事の最中だったスバルは、あら、何かしら? と、気楽な様子で、電話をしながら振り向いた。その次の瞬間には、スバルが杭奈達のただならない雰囲気を察した。 「あの……申し訳ありません……ちょっとポケモン達が緊急事態のようです……連絡は後ほど」 言葉通り緊急事態だと察知した彼女は、即座に電話をいったん中止して杭奈達の話を聞き始めた。 無論のこと、ポケモン達の言葉を直接理解する術の無いスバルは、フルートの意匠を施したUSBポートを咥えたポリゴンZ、ふじこを通して、だが。 「『悪意を持ったフカガモスとオワタッコが来たと思ったら、森林エリアの奴ら顔面クリムガンwww 蝶だけに超やべーww あ、蛾だっけかwwwww とにかく、何がやばいってマジヤヴァイ。みんな殺し合いなんかしちゃってチョーウケる!!』……か。 全く相変わらずの通訳精度ですが……今はどうでもいい事ですか。しかし、どう言うことでしょうかこれは? 他に何か変わった事に気がついたことはありませんか、袴君?」 ポリゴンZのふざけた翻訳に頭を痛めながら、更なる質問を袴に投げかける。 「『あのモロバレルとかパラセクトとかいうキノコヤロー、超怪しくね? てゆーかマジキメェww 角が不愉快なんだよ近寄るんじゃねぇって感じww マジキチ、マジキモ、マジキノ』……なるほど。モロバレルに、ウルガモス……それにワタッコもか。 ん、待てよ? この3匹のポケモン……」 何か思い当たる事があるのか、スバルはライブキャスタ―のポケモン図鑑アプリを開いて何かを確認する 「あぁ、やっぱりだ……そいつら、怒りの粉((吸入した相手を怒らせる効果のある粉))って技を使ってやがる。ブラックシティの奴らか? 私の育て屋で何のつもりだ? いや、目的などどうでもいいか」 スバルはライブキャスターのトランシーバーアプリを起動した。 「……おい、お前ら。応答しろ……いや、孵化場はどうでもいい。それよりも大事なのは……あぁ、そうだ。各エリアの管理人が誰も応答しなくってな……あぁ、そうだ。 サイファーとタリズマンを連れて管理棟に来てくれ。卵も忘れるな……」 トランシーバー機能を使って他の職員と話すつもりだったが、応答が来たのは孵化作業場のみで、他の場所はいつまでたっても返信が来ない。 「くそ、エリアの奴らは応答しない!! 考えてみれば当然か……育て屋が&ruby(杭奈達){こいつら};の言うような事態になったなら連絡しないはずがない…… 妨害電波でもないな、だとしたら孵化作業場とも通信できないはずだし。チィッ……そうだ、ケーブルなら」 独り言で毒づきながら、スバルは分厚い扉に阻まれた放送室へと赴く。乱暴に扉を閉めながら、すぐさまスバルは放送を始めた。 この園内放送は、ケーブルに繋がれた拡声スピーカというレトロな方法で音声を伝えるため、阻まれる事が無い 「え~……育て屋園内放送を開始します。ただいま、この育て屋は非常に危機的な状況にあります。何者かが催眠術のようなものを使い、園内にいるポケモン達を喧嘩するよう仕向けているようです。 繰り返します。園内にいるポケモン達は何者かの手により怒りを刺激され……喧嘩をするように仕向けられています。その怒りはまやかしです、ここは耐えてください。 全ポケモンはただちに喧嘩を止め、管理棟へ集合して下さい。さもなければ、そのポケモンの明日は全食抜きとさせていただきます。 繰り返します。全ポケモンはただちに喧嘩を止め、管理棟へ集合して下さい。さもなければ、そのポケモンの明日は全食抜きとさせていただきます」 非情なまでの宣告。一日の絶食くらい軽く耐えるポケモンなどいくらでもいるが、それにしたって大胆な宣言である。 しかし、それよりも重要なのは、このイライラの原因が何者かの差し金であるという事実を告げた事であった。 憎み合って闘っているポケモン達も内心杭奈達のように、『何故こんなにイライラするんだ?』と、自分の怒りに疑問を持っている者達はいるにはいる。 自分の感情が偽りだと認識する事で、興奮したポケモン達もある程度だが落ち着きを取り戻すことを期待したのだが、果たして有効なのかどうかは分からない。 「管理棟付近のポケモンに被害は出ておりません。故に、管理棟のあたりは比較的安全であると思われます。 繰り返します……管理棟付近のポケモンには被害が出ておりません。各自、管理棟に集まり安全を確保してください。繰り返します――」 園内放送を終えると、この数分の間に随分とやつれて見えたスバルが放送室から出る。 「どうするべきか……いや……おい、袴。ちょっと冷蔵庫まで付き合え。それと杭奈君は癒しの波導を使える?」 袴、杭奈ともに頷いた。 「よし、ならば治療室で待機していてくれ。怪我したポケモンがたくさん来るだろうからな……あとは……教官たちを園内の見張りに……いや、流石に危険か。 教官も管理棟に待機した方がよさそうだ……うん、とりあえず今はこれでなんとかするっきゃないようだな……行くぞ、袴」 一通り命令を下すと、スバルは袴を連れて走り出す。その手に握られたライブキャスタ―は、警察へとつながるダイヤルを刻んでいた。 **21 [#z80174fc] **21 [#n4ae6bfd] 「あの、さっきの放送なんですが……」 管理棟の一角にある治療室。杭奈を待ちかまえていたタブンネが不安そうな面持ちをしていた。 待機している人間の女性の看護師も、タブンネの様子が慌ただしいことには気づいているようだ。 「あぁ、タブンネさん。あれは何と言うのか……ちょっと事情を説明し辛いのですが」 「理由とか事情はどうでもいいんです。やばい事は放送の内容から大体わかりました。で、でもですね。その肝心の放送が、管理棟近くにしか流れていないんですよ。 特定エリアに向けての放送を流す事はよくありますが、あれって全エリアに流すべき内容ですよね? 森林エリアがどうとか、言ってましたし ほら、私って耳がいいから分かるんですけれど……スピーカーが壊れているのかケーブルや電線が切れているのか、この付近でしか放送されていませんでした」 「なんだって……?」 「言った通りですよ。この育て屋は広いから、何か声は聞こえるかもしれませんが……みなさん内容まで聞きとれるかどうか。 特定のエリアに向けての放送だと思うと、聞き流す事もあって頭に入らないと思いますし……」 「なんてこった……スバルさんに伝えてこなきゃ……いや、テレパシーも袴となら……早く済むかも」 杭奈は房を立て、自身の意思を遠くまで飛ばす。杭奈のテレパシーは精度も出力も悪く、訓練していない人間に対して行えるほどの力はないが、発信相手は親しい間柄同士。 しかも受信先がエスパータイプである袴ならば、と望みをかけて杭奈はテレパシーを飛ばした。 '''<袴!! よく聞いて。何らかのトラブルで、放送はこの管理棟付近の平地エリアにしか通じていないそうだ。''' '''だから、森林エリアとかにいるポケモンは放送を聞いていない可能性があるんだ。それをスバルさんに伝えて!!>''' ◇ まだ、杭奈達とスバル達が分かれて1分も経っていない。だが、1秒さえ惜しいと踏んだ杭奈の判断は、果たして賢明だったのかどうか。 冷蔵庫で、ラムの実やオレンの実といった治療用の木の実を取りに行っていた袴は杭奈のテレパシーを受信して、すぐにその概要をスバルに伝える。 「くっ……私の育て屋を好き勝手やりやがって。なんだってんだブラックシティの奴らめ……生かしては返さんぞ。 捕まえたら汚ねぇ腸にまずい肉詰めて、血はケチャップ代わりにホットドッグにぶっかけて石灰捏ねたパン焼いてヤブクロンの餌にしてやらぁ!!」 『ブラックシティの奴らか?』から、『ブラックシティの奴らめ』と、何故か断定する形になってスバルは吼えるように物騒な事を言いながら、冷蔵庫の外に走り出す。 「袴!! お前は引き続き、治療室近くに木の実を運んでくれ……私はっ」 言いながら、スバルはモンスターボールからサザンドラを繰り出した。 「育て屋全体に大声で直接呼びかける!! このままじゃ、多分この育て屋そのものが危ない。糞ったれめ!! もし捕まえたら、痔になってももう一つの穴でクソぶちまけられるようにケツの穴をもう一つプレゼントしてやる」 女性とは思えない汚い言葉を口にしながら、スバルはサザンドラを駆って空へと飛んでいった。 「トリニティ!! 『喧嘩をやめて管理棟に集まらないと、龍星群ぶち込んでやる』って大声で叫べ!! いいな!?」 ガゥッと、トリニティと呼ばれたサザンドラは頷いた。スバルが耳を塞ぎ、轟音に備えたことを確認すると、トリニティはハイパーボイスでスバルの命令通りに言葉を伝える。 『喧嘩を止めて、管理棟へ集合しろ!! さもないと、龍星群ぶっ放すぞ!!』 森林エリアのポケモン達が一斉に氷ついた。皆、この育て屋の最強戦力の一角であるトリニティの強さを知っているので、そんじょそこいらのポケモンが逆らえるはずもないのだ。 だが、この事態は恐らく森林エリアだけではないだろう。杭奈達がいた場所は森林エリアに最も近い場所であったからこそ、袴が森林エリアに注目したというだけで。 事実、ライブキャスタ―を持った職員達は砂地、洞窟、池沼エリアと、全てにおいて応答が無かった。 という事は、職員は内外問わず連絡できないような状況に何らかの手段で口を封じられおり、それらのエリアでも同様に殺し合いのような喧嘩が行われている可能性がある。この事態、思ったよりもやばい方向に進んでいる。 果たして、その勘は当たっていた。この育て屋の平地エリア以外は、全てのエリアが阿鼻叫喚の地獄のような光景が繰り広げられている。 ポケモンが謎の集団に捕らえられていた。その異常事態を知らせようにも、他の地方から来たと思われるソーナンスや、黒い眼差しを使っているミルホッグ等、数々のポケモンが木々の隙間から見てとれる。 それはつまり、声をかけたところで、今は誰もこの森から脱出できないということだ。機動力の高い飛行ポケモンもこうなってしまえば型なしであった。 もはやスバルに出来ることと言えば、直接降りてポケモン達を助けるしかない。スバルは燃えあがる木々の隙間から真っ先にウルガモスとオノノクスの二人組を見つける。 このオノノクスとウルガモスは、弱く幼いポケモン達を護っていたのが見て取れた。この二匹のポケモンの主人とは長い付き合いだから、この子達が見方ポケモンを見間違えるはずもない。 スバルが森林エリアに来たのは、もちろんのこと管理棟から近いからという理由もあった。しかしそれ以上に重要なもう一つの理由があって、それがこのウルガモスである。 怒りの粉で強引に喧嘩させ、その喧嘩で弱った隙に攫って行く。何とも単純な戦法だが、それ一つでこの育て屋が崩壊寸前に追い込まれるだなんてスバルは予想だにしていなかった。 だが、スバルはプラス思考だった。それならそれで怒りの粉を利用してやろうと、モヌラを助けるべく急降下。 「おい、ふじこ!! あの腐れた人間に向かって破壊光線だ!! 肉塊にして殺す気でやれ!! ためらうな!!」 ふじこが高所から破壊光線を敵と思しき人物に向かって放つ。流石に距離の問題か、直撃は避けた。 しかし如何に直撃は避けたとはいえ、全ポケモン中最強クラスの破壊光線だ。気絶こそしなかったもののそいつは痛みで呻いていた。 スバルは地上に降り立つとその人間の脚を踏み折り、機動力を奪っておく。 「くそ、このポケモン達ダークポケモンか」 心を閉ざし戦闘マシーンとなったポケモン。特殊な力を持つダーク技を使用するダークポケモン。如何にこっちが強さや数で勝ろうとも、ダークポケモンは恐れをなして怖気づくような事はしない。厄介すぎる相手だから、気絶させるか骨や関節を破壊するか、命令している人間の口を封じるしか戦闘力を奪う方法がない。 「トリニティ、ここは私達がなんとかするから、お前は他のエリアのポケモンを救援に行け。 一応、戦える奴らも呼んでおけ……管理棟に向かってハイパーボイスで叫べばタブンネが聞きとってくれる……多分ね」 そうして、トリニティを他のエリアに向かわせ、周囲のポケモンをゴヅラやモヌラと協力して排除する。 破壊光線で薙ぎ払い、履いていたハイヒールのスパイクで脛や脚の甲を突きさし、ウルガモスの輝く羽根で巻き起こす熱風で焼き、オノノクスのハサミギロチンで引き裂き、とりあえず周囲の安全を周囲の安全を確保するとスバルはほっと息をつく。この女、さりげなくポケモンに混ざって戦いながら全く味方に引けを取っていない。 「ゴヅラ、モヌラ。無事だったか」 スバルは、必死で弱いポケモン達を護っていたモヌラとゴヅラを労わるように撫でる。大丈夫だという風に二人は頷いた。 「モヌラ……一つ頼みがあるんだ。私に怒りの粉を使え……」 え? と首をかしげるモヌラに、スバルは続ける 「私は……お前の主の住所も年齢も電話番号も全て知っているぞ。お前の主人を闇討ちの一つや二つをされたくなければ、言うとおりにしろ。 大丈夫だ……大人しく従うのならば、お前もお前の主人にも育て屋のポケモンにも一切被害を及ぼさないつもりだ。だから私を信じろ」 黒い笑顔を浮かべて、スバルはモヌラに命令した。 トリニティに呼ばれ、杭奈達は平地エリアにいた無傷の強豪と呼べるポケモンの仲間を引き連れ、森林エリアに駆けつけようと平地エリアを行く。 と、森林エリアから次々と傷付いたポケモンが逃げ帰ってくるではないか。 話を聞けばどうやら、今まで様々な手段で逃げることを封じられていたらしく、それがスバルとそのポケモンの活躍でどうにかなったらしい。 今まだ戦える強いポケモン達は避難せずに抵抗しているのだと聞いて現場に行ってみると、森林エリアは死屍累々の惨憺たる光景が繰り広げられていた。 とは言っても文字通りの死体はないのだが、ポリゴンZにやられたものと、脚に妙な外傷を与えられた物と火傷に裂傷などで、そのすべてが重傷だ。 ポケモンの傷は気絶によって戦闘不能にされた時点で終わっているからともかくとして、人間の外傷は深く、特に妙な外傷を負わされている者は酷い有様だ。 その妙な外傷というのは、全部スバルの与えた外傷であった。 何故分かるのか? それは実際に眼の前で明らかに正気ではない眼をしたダークポケモンをものともせずに、スバルがハイヒールを利用して踵蹴りで無双していることから容易に分かった。 どうやら妙な傷はハイヒールのかかとで踏み抜いた外傷らしく、この惨状はスバルが色々やってくれたようである。あんな靴でよくまあ戦えるものである。 「味方か……敵の増援が来たのかと思って焦ったぞ」 デスクワーク用の服を着たままで、血まみれになりながらこの女は何をやっているのか。今も、逃げようとする悪党の服をひっつかみ、後ろからふくらはぎを突き刺している。彼女はどうやったのかいつの間にかダークポケモンを従えており、(恐らく目を抉るなどと脅して、ダークポケモンのトレーナーに命令させたのだろう)他のポケモン達は怪我で息も絶え絶えになりながら戦っているから仕方が無いとして、ポケモンであるふじこよりも遥かに多くの敵を倒しているような気がするのは気のせいだろうか。 掴んでいる悪党のふくらはぎには深い傷。このままでは、ポケモン達が『ハイヒールは武器だった、人間の女は恐ろしい』と誤解しかねない光景だ。 「助けに来てくれたのは嬉しいのだが、ここは私達で大丈夫だからお前らは別の場所を助けに行ってくれ……あぁ、そこのウォーグル。 お前は袴って名前のキルリアをここに呼んで来い。あの子に少々急ぎで用事があってな……」 ポケモン達はしばらく目の前の光景が信じられずに固まっていたが、とりあえず『ここは大丈夫だ』と分かったらしい。 杭奈はポケモンより強い人間は主人のおかげで見なれたつもりだが、むしろ主人よりも強そうな人間を見てしまったような気がする。 他のポケモン達もハイヒールで踏みぬかれた悲惨な外傷を見てスバルに大人しく従った方が身のためであると、理解した。 スバルを助けに来たポケモンは、そのまま全員が池沼、砂地、洞窟へと散り散りに向かって行くのである。 程なくして、警察やシフトファクトリー付近に駐屯しているポケモンレンジャーが到達するまでに、スバルは逃げ惑う悪党を計6人を捕まえた。 平地エリアに居て無傷であったために各エリアへ救援に向かった育て屋のポケモン達も、逃げ遅れた悪党を数人は捕まえたのだが全員でスバルが捕まえたのと同じ6人という振るわない成績。 と、これだけ聞けばスバルの大活躍は素晴らしいようだが、悪党に数十匹のポケモンを奪われて、しかも悪党たちの大半が撤退されていたのでは割に合わない。 育て屋以外にもポケモン大好きクラブや、その他ポケモンが集まる施設にも同様の事が起ったらしく、警察達は到着が遅れてしまったそうである それまでに事態を自力で収束出来たのはこの育て屋のみであった。他の施設では、悪党は警察が来て初めて撤退したのだというから、スバルの優秀さが伺える。 ダークポケモンを止めるために、ポケモンの骨を折ったり息の根を止めるのは忍びないので、とりあえず彼女はトレーナーに狙いを定め、そのほとんどを一撃で仕留める。トレーナーを羽交い締めにした後は、耳を引き千切るとか、目を抉るなどと脅して、ダークポケモンの指揮権を譲ってもらい、まるで将棋のように彼女は仲間を増やして敵を全滅させていたのだから、もはや言葉も無い。 「その状況というのはどのような……」 メモを取りながらの警察の質問に、スバルは舌打ちを鳴らす。 「くっ……どうもこうもない。いきなり現れて、何が起こったかもわかないうちに、ウチが預かったポケモン達が根こそぎだ…… 杭奈達がいなかったらどうなっていた事やら……だが、襲撃されたおかげで良い情報が手に入ったぞ。言ってやれ、ウジ虫!!」 スバルは捕えた悪党の折れた脚をさらに踏み砕く。骨が粉砕され、粉々になって筋肉に食い込んだその脚は間違いなく切断することになるだろう。 「あ、あまり乱暴な真似は……」 警察の上司らしき人物が、やんわりと止める。 「仕方がないだろ? 奴らが放った怒りの粉のせいで……私はどうしても甚振らずにはいられないんだ。」 白々しい事をスバルは言う。ありがちな話、この地方でも麻薬や精神的な疾患などで責任能力が無い者は罪に問われない事がある。 そんな理由で無罪となった判例の中には、怒りの粉によって判断力を著しく欠いていたという例もあり、尿検査すればスバルが怒りの粉を浴びていた事は明らかになる事だろうから、ちょっとやそっとじゃ罪も問われない可能性は高い。 つまるところ、悪党を好き勝手甚振るために、この女は怒りの粉をわざと浴びたのだ。 もちろん、判断能力を意図的に失うために麻薬などに手を出していたとあれば、無罪を勝ち取ることは不可能なのだが。 敵が怒りの粉を巻いていたので、事故という風に言い訳はできる。 万が一、『敵のウルガモスが使用した怒りの粉』ではなく、『モヌラの怒りの粉』を浴びていた事がばれたとしよう。 そうなった場合は、『弱いポケモンを庇うために怒りの粉で注意を引こうとしたモヌラに馬鹿な事はするなと止めました』と言えば言い逃れは可能だ。 モヌラその他への口封じならばきちんとしている。 汚い、さすがスバル汚い。後で分かることだが、服が血まみれなのも、すぐに服を捨てられるという理由であり、もはや全てが計算の内である。 「ともかく、イライラしているのはこいつらが巻いた怒りの粉のせいなんだ……私に乱暴な真似はしないでくれと言われても言われても困る。 それにだな……少々手荒にやったおかげで情報が手に入ったんだから安いもんさ」 スバルの味方になる条件はもう一つある。普通の街なら過剰防衛でなんらかの社会責任を問われてもおかしくない追い打ちだが、この街ではあまり問題ない。 なぜなら、この街。ホワイトフォレストの警察は、ブラックシティに応援を頼まれる事など日常茶飯事だ。 この程度の暴力を日常的に見なれた警察は、先程のように軽い注意を促すだけである。 スバルが最初に手を出したならともかく、悪党が最初に手を出してきたなら自業自得だし、酷い場合は賄賂を渡せば簡単に見逃す。 そして、この街の警察のそういった体質を知っているスバルもまた、生粋のブラックシティの住人であるようで。更にスバルはぐりぐりと悪党を嬲る。 「この派手な行動は……ダークライを、呼び寄せるための……布石、です」 スバルに蹴り飛ばされた痛みで震える声で、悪党集団の幹部と思われる男はそう答えた。 **22 [#n66ce640] **22 [#pcab52a8] 「そういうことだ……。あのキルリアの子に嘘か真か調べてもらったから多分、事実だよ……痛めつけると、人間誰しも感情がむき出しになるからな。 ここまで痛めつけてやれば、相当な訓練をしていないとキルリア相手に嘘は付けない……角に不快な感覚を味あわせてしまって、苦労をかけてしまったな」 ペッと唾を吐き出し、スバルは続ける。 「ともかくだ……ホワイトフォレストにこれほど目立つ行為をすれば、ダークライはその均衡を護るために必ず姿を現す。 それに、ビリジオンだって黙っちゃいない……誰だか知らんが、あの犯罪集団ども、ブラックシティで大人しくしていればいい物を…… ダークライがちょっとやそっとで負けるわけないだろうが、ダークライを呼びだすつもりで狼藉を働く奴らの事だ。 伝説のポケモン達がこの事態を収拾してくれる……というわけにはいくはずもなかろう。 この地方は、ハイリンクという夢の世界が存在しているだろう? こいつらどうやらダークライを利用してハイリンクに対して狼藉を働くつもりらしい。 ハイリンクに何をどうするのかは知らんし、今の所はこいつから聞いたところですぐに対策出来るかもわからんからどうでもいい。 こいつからは適当に尋問や拷問でもしていてくれ。 だが、ダークライがハイリンクに介入して何か『悪い結果を残さない事』を想像する方が難しいだろ? 現に、こいつらが悪い結果を残すって白状もしてくれたしな。 これは最早、育て屋がどうとか街がどうとかの問題じゃない……下手すりゃプラズマ団以上の災厄が訪れて、イッシュが壊滅するぞ」 「おい……敵さんの目的を至急、本部に連絡しろ」 警察の上司と思われる者が部下に命令を下す。 「それでは、スバルさん。後は我々警察に……」 「断る」 一般市民を危険にさらさないようにという配慮をしようとする警察に対して、ぴしゃりとスバルは言った。 「おい、ポリ公!! 周囲の全戦力をここの街に集めやがれ。警察だろうとジムリーダーだろうと、四天王だろうと何でもいい。とにかく全ての戦力動員して奴らを潰せ。 それと、私もいく……やられたらやり返すのがブラックシティの流儀だからな」 育て屋として培った知識と、ブラックシティで培った勘と行動力を原動力に、スバルは吼える。 「だから、ポケモンレンジャーが追跡したっていう奴らが向かった私に場所を教えろ。今すぐにだ。でなきゃ、お前らに破壊光線喰らわせて肉片にしてやる」 そしてポリゴンZのふじこを突き付け臆面もなく警察に命令を下しているあたり、スバルはかつてはブラックシティで暴れまわっていたであろうトレーナーであったことも伺える。 それこそ、四天王と親交があり、彼がNと名乗る少年に負けた際に引退したバカラを譲ってもらえる程の実力を認められていたということだ。 「か、かしこまりました」 毒づいた後、スバルは近くに寄って来たふじこの方へ向く。 「……さて、ふじこ。仕分けは終わったか?」 警察との話をそれにて終わらせると、スバルはふじこの方へと向き直る。 ポリゴンZであるふじこは、ある旨のメールをメールアドレスを、現在メールアドレスを控えているトレーナーの数だけ一斉送信。 そして、その結果帰ってきた返信及び、預けられたポケモン達の中でやる気次第でポケモンを仕分けする作業を行っていた。 メールの旨は、現在の状況を連絡したのち『貴方達のポケモンをお借りして、警察に犯人を捕まえる協力をしますが良いですか?』という文面を送ること。 そして、帰ってきたメールが『OK』、『構いませんよ』など、了承する旨である場合は、ポケモン達にやる気さえあれば連れて行くというものである。 杭奈の主人であるオリザからの連絡はこうであった。『ジムリーダーはメールが苦手なので、代わりに返事をいたします。オリザさん曰く、存分に暴れてやれだそうです』。 警察への協力組の中には、もちろん杭奈もいた。その他、育て屋の中でも強豪と囁かれるポケモンも軒並み参加している。 「おい、お前ら。私は自分の子達に指示を出すので精いっぱいだ。だが、お前らは昼食マッチで人間の手を借りずに闘ってきた凄腕の奴らばかりだ。 必ずや、攫われた同胞たちの敵討ちをやってくれるな?」 親しい友人を攫われたもの。ただ単に思いっきり暴れたいだけの者。義憤に燃えている者。それぞれ、細かな動機は違うものの、心は一つに雄叫びをあげる。 その雄叫びに満足して頷いたスバルは、看護師に用意させたボールの中に彼らや教官のポケモンを入れていく。 そして、最後に残した杭奈の前でスバルはしゃがみ、その頭を撫でた。 「杭奈君。キミと袴君のおかげで、被害は小さく食い止められた……とりあえずありがとう。 だが、まだ事件は終わっちゃいない……生きていればお礼は必ずするが、今はまだお礼の方は待ってくれ……」 そんな事は構わない、とばかりに杭奈は首を振る。 「あぁ、ありがとう、だが、ホワイトフォレストの流儀というものがある……『受けた親切は返そう』というな。私はホワイトフォレストの住人でありたいのだ……だから、な そうだな、お前の主人から許可が取れたら、お前のお嫁さんでも探してやろうか……育てやのお見合いサービスは充実してるから楽しみにな」 お嫁さんという言葉に杭奈は眼を見開いた。 「ふふ、嬉しいか? しかしながら……今はとにもかくにも、ブラックシティのやり方に従ってやったらやり返します。付き合ってくれますね?」 スバルは杭奈に向かってウインクをする。今まで険しい顔をしっぱなしであったスバルも、いつもの緩やかな表情に戻って力なく微笑んだ。 お嫁さんと聞いて黙っていられない杭奈は、この戦いにより一層の気合いを込めるのであった。なんと現金な子だ。 「''まずはそのためにも、この育て屋を舐めてかかった不遜にして不潔の権化たるインキンタムシに劣るばい菌共を皆殺しだ!!'' 跡形も残さず死体にして、インキンタムシの製薬会社にサンプルとして売り飛ばしてやる、いいな!!」 かと思えば突然地に戻ったりもするが、別に総合失調症の気があるわけではない。この豹変ぶりには未だになれずに杭奈はビクッと体を震わせた。 「それともう一つ、主人からお前に伝言だ」 杭奈をボールに入れる前に穏やかな口調になったスバルは、思わせぶりに言ってみせる。 「『俺も行く』。以上だ」 言い終えると、スバルは杭奈をボールの中にしまう。 「えっと、よろしいでしょうか?」 演説を終えた彼女に、通信を終えた部下が話しかける。 「奴らが向かったのは、大黒森の奥地……ダークライが住処としている場所にほど近い、ハイリンクの入り口です。 信号弾としてピンク色のスモークを焚いているので遠くからでもすぐに分かるとのことです……ですが、やっぱりここは警察に」 「知るか。てめーらが頼りにならない事なんざ、こちとらブラックシティで嫌というほど学んでるんだよ」 苛立たしげにスバルは言った。 探偵漫画ではよくあることだが、一般人に教えて良いものかどうかわからない情報をペラペラと喋る時点でスバルの言う『頼りにならない』というのももっともであった。 そうして、目的地を聞いたスバルは糞掃除や草刈り用の作業着と爪先を鉄板で保護する安全靴に着替え、血まみれになったオフィス用の服は全て、下草刈りのキリキザンとコマタナ軍団に細切れにさせ、シャンデラの二匹、サイファーとタリズマンに派手に燃やさせた。 何故かって、証拠隠滅のためである。服に付いていた怒りの粉から採集したDNAがモヌラの物だとか、そこまで細かい捜査をするのかどうかは不明だが。 ただ、そういう証拠隠滅のためにわざわざ大量の血を浴びたのだから。燃やさないともったいない、という謎のポリシーでスバルは燃やした。 もちろん警察の目には触れないところで秘密裏にである。 「さて、と。私は行くよ……敵はオーレの技術……ダークポケモンを使っているようだから気をつけないとな。 お前らポリ公は、私のポケモンの安全を頼んだぞ……かならず、な。客からの預かり者なんだ……しっかり守ってくれ」 警察に向かってそんな事を言い残して、スバルはトリニティに乗って飛んでいった。 **23 [#h8d1934b] **23 [#p07b5d52] 育て屋のポケモン達をつかまえていた悪党のボールは、ポケモン達をダークポケモンにし、戦闘マシーンと化させる力を持っていた。 だから、今まで友達であった者が襲ってくるかもしれない。そう覚悟しろと言われて杭奈は内心びくついている。 喧嘩によって体力を消耗した所で攫われたポケモンの中には、ユウキ教官を始め強いポケモンも沢山いるのだ。 しかも、敵は伝説と呼ばれたポケモンを従えようという集団だ。いかなる対策を練っているかもわかったものではないのだ。 こんな育て屋に預けられているポケモン程度で抵抗できるものなのか…… しかし、敵に予想外な事があるとすれば、それは育て屋で手に入ったポケモンが予想以上に少ないという事か。 杭奈と袴が一緒にいたことや、スバルの機転により、偶然発覚と対策が速まったおかげで、2分か3分か、悪党集団の撤退が早まったのである。 そして、その2分か3分の差は強力なポケモンが攫われるのを半分以上は防いでくれたと推測していた。スバルがお礼を言ったのは、そういう事情だ。 目的地にたどり着く前に、杭奈達に下された命令はこうだ。 敵に捕まるな。 捕まる前に力を出し切れ。 余力を残すな。 操られても戦力にならないようにしろ。 置き土産が使えるなら使え。 大爆発が使えるのなら使え。 一大事の気配を感知して引き寄せられたダークライと警察、悪党集団との間で戦争さながらとなっていた渦中の手前で、育て屋に預けられていたポケモン達は一斉に外へと出された。 確かに、奪われたポケモン達が敵の手先となって戦っており、ダーク技と呼ばれるあらゆるポケモンに対して高い効果を持つ技を用いて抵抗している。 攫ったポケモンに加えて元々奴らの手持ちであるポケモンの抵抗に警察及びレンジャー側は苦戦を強いられているようで、すでに負傷したポケモンが溢れかえっていた。 その均衡を崩すべく到着した、強力なポケモンを20匹ほど引き連れた育て屋連合。 モンスターボールから解放された杭奈は、一通りウォーミングアップの演武を行い、自身の攻撃力を高める。 そして形成した岩の刃を、味方に当たらないように跳躍して上空から、投げ付けた。 同じ育て屋でしのぎを削り合った友人含む敵の軍勢へと向けたそれは、着弾の確認もできず当たったかどうかは定かではない。 見えないから、というだけではなく、攻撃の密度が激しすぎて波導を感じることも不可能だ。 それよりも、ダークライの行動が杭奈は気になった。ダークライは先程からシャドーボールのような技を連続発射している。 これがダークホールという技だとは、杭奈に走る由もないのだが、禍々しいまでのその力なら相手のポケモンも一捻りだろうと杭奈は思った。 しかし、果たしてそれは効果が無かった。恐らく、敵は恐らく全員がカゴの実をすでに服用済みなのであろう。 驚いたダークライもそれを理解してか、眠らせる小細工を排して攻撃技に切り替えようとしたのだが、次の瞬間彼は技を出すことすらできなくなっていた。 狼狽するダークライ。技を出せない原因は、もう一人のダークライ――杭奈は変身したドーブルだと判断した――の封印の技。 相手と自分が共通して使える技を一方的に封じる技で、ドーブルがそれを使用した直後に変身する。 そうすると、変身されたポケモンは一切の技が使えなくなるという。もはやダークライは、逃げるか諦めて殴りかかるしか道が無いわけだ。 形勢の不利を悟ったダークライは、逃げようと後ろを向いたが、その前にデンチュラの拘束攻撃を受けて呆気なく捕まった。 「ダークライが捕まっただと!? ノコノコ出てきて、肩書きの割に役立たずなメイド服野郎!! ジジイの腰振りの方が気合い入ってるぞ、このタマ付いてんのかこのインポ野郎め!!」 慌てるよりも先に罵倒の言葉を出しながら、スバルが遠くで吼えていた。 せっかくスバルが巻きなおした警察側の形勢は、完全に覆ってしまった。ダークライがダークポケモンにされてしまった以上、ダークライを放っておけばハイリンクに干渉されて何が起こるか分からない。 放っておかないために警察がいるわけだが、警察達のポケモンはダークホールにより軒並み眠らされ、しかも悪夢でうなされ始める。 だが、育て屋のポケモン達は違った。スバルが治療用にと冷蔵庫から引っ張り出したラムの実やカゴの実を、ついでだからとをあらかじめ全員に配っていたために、ポケモン達は誰一人として眠っていない。 大技を使い始めたダークライに対して、スバルの手持ちである教官勢は恐れずに接近。 ダークホールの連続発射で大きな隙を生んでしまったダークライに、スバルの手持ちのポケモン達+αは接近戦を挑んだ。 エルフーンのケセランが、トリニティに騎乗したまま綿胞子を見舞った。 そこに、いかなる原理か鯉のぼりのように空を浮かんでいるシビルドンのうな丼が電磁波でさらに動きを制限する。 完全に機動力を奪われた所で、ケセランと同じくトリニティに騎乗していたふじことトリニティがそれぞれ破壊光線と気合い玉を見舞った。 しかし、ダークライは耐え抜き、地面に堕ちない。 それも想定済みとばかりに、地上で待機していたスバルは杭奈に命令を下す。 「杭奈。やれ……波導の嵐!!」 情けない事に、物理型の鍛え方をしていながら集団戦でぶつかり合うことを恐れストーンエッジを投げる事で精一杯であった杭奈は、ダークライがあちら側に乗っ取られた際に更に腰が引けてしまった。 だが、杭奈ならダークライへ有効にダメージを与える技を持っていると踏んだスバルに捕まり、彼は半ば強制的に指示を下される。 その技の使い方は本能的に知っていた。けれど、使ってしまえば自分にも甚大なダメージが降りかかるから……と、使用するつもりはなかったのだが、この場合は仕方あるまい。 杭奈は、必殺技の構えをとる。その構えは波導弾のそれに似てこそいるが、それよりもわずかに前傾姿勢の構えである。 さらには、スバルが杭奈の肩を押さえて支える体制となっていて、これから放つ技の反動が如何にすさまじいものかを伺わせた。 『波導の力を見よ!!』 いわゆる波導の嵐と呼ばれる、公式戦では自分と相手のみならず観客や審判なども危なすぎて使えないし、腕を馬鹿みたいに鍛えていなければ放つと同時に意識を手放しかねない必殺技だ。 遠吠えしながら構えた腕より、破壊光線にも似た形の。しかし、ルカリオの毛色と同じく蒼に輝く光線がダークライを貫いた。 その光線は、数秒の間連続で発射され続け、最後のインパクトの瞬間爆発的な威力で敵を吹き飛ばす。 悪タイプであるポケモンがこれだけのコンボを喰らってしまえば、例え幻と言われたポケモンといえど立っている、もしくは浮かんでいる事は不可能であった。 吹き飛ばされるがままに、ダークライが地面に落ちて転がっていく。 それを見送りながら、杭奈の意識はゆっくりと閉じていくのであった。 「お疲れ様、杭奈君」 命令通りきちんと余力を使い果たしたどころか、最後の一瞬で両肩と手首を脱臼してしまったようだ。 文字通り死力を尽くした杭奈の事を労わるように撫でながら、スバルはこの戦いの勝利を確信していた。 やがて、つばぜり合い的な均衡を保っていた戦況も、オリザ達ジムのメンバーやその他戦力の介入。 さらには遅れて現れたビリジオンの獅子奮迅の活躍により、戦況は完全に警察側有利となり、勝利を飾ったのである。 **24 [#h1e93892] **24 [#g6efb558] 酷い熱が杭奈の全身を支配していた。燃やされる……草原が燃え盛り、その灼熱の中で杭奈は喘ぎ苦しんでいた。 一回だけ行った事があるドリームワールドのような夢だと分かる夢の感覚。 ダークライは悪夢を見せると言うが、それが現実になってドリームワールドを変質させてしまったのかな? そんな考えがおぼろげながらに杭奈の脳裏にちらつき、目覚めたいと切に願う。しかし、杭奈は長い間目覚める事は叶わなかった―― 「起きろよ、杭奈」 懐かしい声に、夢か現実か、それとも天国か定かではない場所にある意識を杭奈は覚醒させる。 「ジョン!! どうしてここに!! あっ痛……」 驚きと喜びに満ちた声で起きあがろうとすると、杭奈は全身の痛みに顔をしかめる。そんな杭奈を、まだ安静にしていろと、苦笑しながらジョンが諌めた。 「いや、俺はここにいるのはむしろ普通の事なんだがな。というかむしろお前、自分が今どこにいると思っているんだ?」 あ、と気付いて杭奈はあたりを見回す。簡素なつい立てで仕切られた個室に、顔の部分が穴があいたベッド。 「そう言えばどこ、ここ?」 「ゴギョウ整体院。つまり、俺の家みたいなものさね……」 「え、しょ……勝敗はどうなったの?」 「それはもう、見事にお前らの勝ち。シラモリ育て屋本舗が協力しなかったら、イッシュ全体が危うくなっていたところさ……奴ら、夢の世界に介入して、この地方の支配を画策していたらしくってね。 よくわからないが、何でも夢の中じゃダークライに勝てるポケモンはいないのだと……これまたよくわからないが、スバルさんがダークライを奴らに使わせなかったことで、奴らの計画もとん挫した。 うん、そういうことだ。難しい事を考えるのは人間の専売特許さね……俺達は簡単に考えればいい。お前が、すごい事を成し遂げたってさ」 「は、はぁ……」 ピンとこない杭奈は生返事でジョンに言葉を返す。 「よくわからないって顔だな。大丈夫だ、俺も良くわからん。だが、よくわかるのは。お前と袴が大活躍したってこと」 「そ、それ大げさだよ。戦闘じゃ強い人の尻に隠れて一発大技を放ったくらいだし……僕がしたことと言えば、ただのいいとこ取り」 「いや、おおげさじゃないそうだ……あの育て屋のポケモンは、お前達がいなければもっと大量に攫われていたそうだ。 もし、そうなっていたとすれば……最初の段階で警察の抵抗が押し切られ、敵さんがダークライをハイリンクに介入させる隙が出来ていたって話だ。 そうなってしまえば、四天王が4人束になってもどうにもできない事態になったとか……どうとか。俺の全く知らないところで随分と大変だったみたいだな。 戦闘であまり役に立たなかった……というのはまぁ信じるとしてもだ。世の中、喧嘩の強さだけが強さじゃないだろ? お前と袴の感知能力は、立派な強さってことさね……まぁ、ジムの中にいる分には必要のない、レンジャー向けの強さかもしれないが……」 ジョンは、仰向けに寝そべっていた杭奈に覆いかぶさるように抱きしめた。 「なんにせよだ。お前が生きてて良かったよ……何でも、公式戦では使えないような大技を使って両肩と手首を脱臼したって聞いたけれどさ、そん時は心配したよ。 でも、警察のやつらで柔道が得意なやつが骨を嵌めてくれたし、骨の歪みとかその他もろもろは……俺が治しておいたよ。 昨日の夜は、酷い熱にうなされていたみたいだけれど、もう熱も下がったし安心だ。 一応ポケモンセンターでレントゲンを撮ってみたけれど、酷い事にはなっていないってさ。 癒しの波導で取り急ぎ直せば、三日後には修行を再開しても良いとの話さね」 話を聞いていると、まだ実感に乏しかったが迷惑をかけてしまったという事だけはなんとなくわかった。 「あ、ありがとう……ジョンが治してくれたんだんね」 反射的にお礼を言って、杭奈は体が動かないので首だけ動かしてお辞儀の代わりをする。 「なあに、英雄様の治療を行えたんだ。俺の方が感謝したいくらいさ……それに、熱が収まったのはタブンネの癒しの波導のおかげだし……」 ジョンは喜びの感情を手放しに晒し、笑いながら杭奈の頬を両端に引っ張りつつそう言った。 「や、やっぱり大げさだよぉ。僕、そんなに大それたことしていないってば……」 「いいの。俺が褒めたいから褒めているんだ。それぐらい、いい気分にさせてくれや」 そう言って、ジョンは杭奈の顔を愛でるように撫でた。まだ照れの抜けない杭奈は、褒められる事を素直に喜べないままに、次々と見舞いに来た主人たちの称賛に戸惑うのであった。 静流までもが素直に称賛の賛辞を送ってくれた事が杭奈には嬉しかった。 そうして三日。久しぶりに会ったジョンといろんな話をした後、ポケモンセンターに場所を移されて過ごし、杭奈は再び育て屋に預けられる事となった。 なんだかんだで今回の件で被害を防ぐ事が出来た立役者である袴は、お礼と言われて大量の木の実を要求したらしい。 と、言うよりは毎日1個ずつ配給される木の実を2個にしろといっただけのようだが。 この三日間で、杭奈もイッシュ地方を救ったのは自分であるという事はなんとか納得できた。 自分はただ感情の揺らぎから異常を察知し伝えただけだと言うのに、不相応な待遇に戸惑っているのは袴も同じらしい。 身の丈に合った控えめな要求に終わったそうだが、せっかくなので毎日特別に2つの木の実を配給される昼食を満喫しているらしい。 袴は毎日の食事が豪華になった事を嬉しそうに語っていて、杭奈は何を要求するのかと尋ねてくる。 「う~ん……色々悩んだんだけれど、スバルさんが推薦してくれたのがあるから……もう願いは頼んだよ。詳しくは秘密ね」 「……杭奈兄さん。流石にこればっかりは僕も詳しい言及は避けますが、いやらしいですよ。感情を無防備に晒すのは、恥ずかしいですよ」 袴は角を押さえて苦笑しながら小声で告げる。 「あははは……皆には秘密ね」 杭奈も、なんだかんだでこの三日間の間降って湧いた幸運を素直に享受することに決めたのだ。 「まったくもう。兄さんは元気すぎです……恥ずかしいなぁ」 「いや、きっと袴もエルレイドに進化するころにはわかるよ……問題は、相手がいるかどうかってことだけれどね。流石に都合よく見つかるものじゃないしねー」 苦笑する杭奈に対して、やれやれと袴は首を振る。 「ふふ、エルレイドに進化ですか。残念ながら、ご主人曰く私が催眠術を覚えるまでは進化はお預けだそうです。まだ変わらずの石は外せませんね」 「そっか、じゃあこういう話をするのはもっと後になりそうだね……」 楽しげに二人が話していると。ペテンが後ろから、ピョンと跳びはね袴の隣に座る。 あまりにも一瞬で終わってしまって呆気なかったイッシュの危機だが、こうして戯れるうちに平和の価値を実感する。 杭奈は今、幸せであった。 **25 [#pbd4020e] **25 [#ze6d3f36] 翌日の朝方。約束通り管理棟に訪れた杭奈は胸をわくわくと躍らせながら、尻尾でそれを表現してスバルの元に待機する。 「しかしまぁ、なんといいますか……主人にお見合いを頼まれる事はありましたが、ポケモンにお見合いを頼まれるのは初めてですよ。 それが杭奈君だとは何かの縁でしょうかね……貴方に、こんなチャンスを与える口実を与えられて私も嬉しい限りですよ」 パソコンを弄りつつ、スバルは笑っていた。 このシラモリ育て屋本舗では、自分の手持ち同士や、友人のトレーナーが所有するポケモン同士で子供を作る場合ももちろんあるが、GTS((Global Trade Stationの略。世界中のトレーナーとポケモンの交換が出来るシステムである))のように互いの事を知らない相手のポケモンとも子作りが出来るようお見合いシステムというものが搭載されている。 このシステムは、姉妹提携を結んでいる育て屋間のネットワークでやり取りされるものもあり、例えばシラモリ育て屋本舗ならイッシュ地方にある他の三つの育て屋に対応している。 とは言え、そんな事は杭奈にはどうでもいい。杭奈にとって重要なのは、主人の了承が取れていること。そして、例の件のお礼でお見合いの場を無料且つ優先的に提供してくれるということである。 「それでは、杭奈君。覚えている技を確認したいので、一つずつ口述していってくれるかな?」 ガゥッと頷き、杭奈は列記する。 『まずは波導弾、ブレイズキック、悪の波導、ストーンエッジ、剣の舞、メタルクロー、インファイト、フェイント、電光石火、カウンター――』 杭奈の言葉が、太巻きの意匠を施したUSBポートを咥えたふじこを通じてライブキャスターに表示され、スバルはそれを次々とパソコンに打ち込んでいく。 「性格は少々寂しがり((防御が低くなる代わりに攻撃が高くなる。元々防御性能が紙であるルカリオには両刀向けの悪くない性格))の気が強いか……で、えーと……素早さと攻撃力が素晴らしく高いようだね。 ふむ……一つこの条件で検索してみると……おっと3件のヒットですね。 おお、このドクロッグの順子ちゃんなんてどうでしょう? フェイントを欲しがっているそうですが、悪くない条件ですよ」 杭奈は困惑気味に肩をすくめる。 「かしこまりました……では、おや……ペテンちゃんのご主人も悪の波導とカウンターを欲しがっているようですね。 相手のポケモンに合わせて体格を調整するためかまだ変わらずの石をつけてこそいますが……すぐに進化は可能なようですよ?」 杭奈は知り合いという事で何かと気まずくなるような気もしたが、一応悪くないと感じて頷いて見せた。 「分かりました……保留という事で。では、最後にローブシンの……ウルキオラさんですね。彼女の御主人は杭奈さんの起死回生がご所望のようです。 イバンの実でも使うのでしょうかね? ……あぁ、トリックルームという手もありますね」 ぶつぶつと戦略性を語るスバルに、ググッと唸り声を上げて杭奈は否定する。スバルはライブキャスタ―を覗くと苦笑した。 「なに? 『そんなごつい女マジ勘弁>< テラワロス』ですか……仕方がありませんね。 そうなるとペテンちゃんが第一希望ということになりますが……ふむ、かしこまりました。少々お待ち下さい」 そう言って、スバルはライブキャスタ―で電話を発信する。 「……さんの電話でよろしいでしょうか? いつもご利用ありがとうございます。こちら、シラモリ育て屋本舗のスバルと申します。今回はお見……えぇ、はい。 お察しの通り育成ついでのお見合いの件でございますが……はい、相手の候補はルカリオの杭奈君です。後でそちらにメールでデータを送りますので…… はい、了承するか断るかの旨を返信して頂ければ……ん? はい、えぇ……数日前お送りいたしましたキルリアと一緒に映っていたあの子でございます。 は、はぁ……OK? と、言う事は……あとはポケモン達に任せる……と。かしこまりました……えぇ、はい。 それでは、シラモリ育て屋本舗のご利用、これからもよろしくお願いします……失礼しました」 プツッと電話を切り、スバルはため息交じりに肩を下ろす。 「喜んでください、杭奈君。ペテンちゃんの飼い主は良いと言っておられますよ……あとの性格などの相性については貴方達次第ですので、任せましょう。 う~む、しかしどういたしますかね。これまでの関係を見るに、貴方達はすでに親しいようですし……貴方達の関係がおかしくならなければいいのですがね。 お見合いの件は私から話しておきましょうか、それとも杭奈君が直接ペテンちゃんに話しますか?」 杭奈は胸に手を当て、ガゥッと鳴く。 「分かりました。杭奈君が直接伝える……と。こういう事には相性がありますから、ダメでもめげずに頑張ってくださいね、杭奈君。 ペテンちゃんは知っての通り、強い遺伝子を残すことを信条としております故、杭奈君はそういった意味では適任です…… ですが、もう一つダブルバトルの相性がよくなくっても断られます故、そこら辺については……袴君がライバルなのでしょうかねぇ?」 これは大変だとばかりにスバルは肩をすくめて笑う。 「ま、なんにせよ、頑張りは無駄にならないでしょう。卵が出来るまでは無料で付き合ってあげますので、当たって砕けてきなさいな…… あと、飼い主曰く必要なら進化してもよろしいとの話ですので、変わらずの石の取り外しはご自由に行ってくださいませ」 ガウッと、杭奈は力強く頷くが、その後何かを考え始める。 「小さい子が好きというのならゾロアのまま交尾というのも乙なものですね……どうしました?」 冗談を言っているスバルに対し、杭奈は何かを言いたそうに杭奈は彼女の服をつまんで引っ張る。 スバルが顔を見下ろすと、杭奈はガウガウと鳴いて意思を伝えた。 「『棘つきの靴で戦う術を教えてちょんまげ』……棘つきの靴、といいますと、これ……ハイヒールの事でしょうか?」 スバルが靴を指し示して訪ねると、杭奈は頷いた。 「なるほど……君の武術は八極拳に近いものでしたね。ジョン君には教えてもらえなかった脚技があるのでしょう……あの子とはスタイルが違いますから」 杭奈は頷く。悪い返事ではなさそうな雰囲気に目を輝かせ始める杭奈の頭を撫で、スバルは笑った。 「いいでしょう。ですが、今日は社員と飲む約束をしております故、明日にでも。朝と昼はデスクワークがありますので、明日の夜にでもお願いします」 嬉しそうに杭奈は頷いた。その様子を微笑ましい眼で見ていると、ふとスバルは話をしたい衝動にかられて、育て屋に出て行こうとする杭奈を呼びとめる。 「待ってください、杭奈君。ちょっとの私の話を聞いて行って下さいませんか」 杭奈は怪訝そうな顔で首をかしげて見せる。 「いや、ですね。貴方はこの育て屋に来た時、雑魚だったではありませんか……今でもまだ、強さは不十分ではありますがね。 人間もポケモンも、強くなるには目的が必要です。貴方は明確な目的を持つと言う事でどんどん強くなっていきましたが、最近はモチベーション下がってきてたでしょう?」 杭奈は図星を突かれて気まずそうに頷いた。 「ふふ、やっぱり。私も、昔その日食べるにも困っておりましてね……その日の糧を得ると言う目的のために、私はひたすら強くなりました。 その時は必死でしたよもう……ここの昼食マッチの勝ち負けどころの話ではなく、負ければ食事抜きという惨憺たるものでしたので、 まぁ、それはどうでもいいですか。昔語りは老化の証拠ですよね……まだ三十路手前だと言うのに恥ずかしい」 ふぅ、と溜め息をついてスバルは笑う。 「最近は、育て屋のポケモンが強くないと示しがつかないという理由だけでポケモンバトルの勉強をしておりましてね、モチベーション赤丸急降下です。 貴方は、これからお見合いで引きあわせてもらった異性のために尽力すると言う目標が残されておりますが……それがちょっと羨ましいくらいですよ」 スバルは杭奈の頭をなでて笑う。 「さて、貴方はこれから、ペテンちゃんと言う女性を手に入れるかもしれません。それで、貴方は女性を手に入れるという目的を果たしたと思うかもしれません。 しかし、これは我儘なお願いかもしれませんが……目的を果たしたとしても強くなる事を止めないでください。 次は子供が生まれるまで女性を守るために強くなってください。それを目的にして、貴方はきっと強くなれます。 子供が生まれれば、女性を守るために強くなる意味を失うかもしれません。しかし、その時は子供を守るために強くなってください。 そうすればきっと、杭奈君はまだまだ強くなるはずです。そして、強くなりましたら……あなたさえよろしければ、私のポケモンと戦いましょう 私がファンになった君となら、私のポケモンともいい勝負が出来ると思うのです……ですので、お願いします」 スバルは笑顔でお辞儀をする。杭奈は戸惑って頬を掻いていた。 「なに……今答えを出さなくともよろしいのですよ。この育て屋を卒業する、半年契約の切れる日にでも。お願いします。 貴方さえよろしければ、貴方に私のすべてをぶつけてみたくなりました。 あなたのように恐ろしいまでの才能の持ち主が相手なら、私もモチベーションが上がりそうな気がしますので」 スバルの真剣な眼差しに見詰められた杭奈は、ガウッと鳴く。ペテンの手元のライブキャスタ―には、『考えてやんよ』と表示されていた。 スバルの真剣な眼差しに見詰められた杭奈は、ガウッと鳴く。スバルの手元のライブキャスタ―には、『考えてやんよ』と表示されていた。 実際には杭奈はそんな上から目線ではないのだが、相変わらずの通訳精度から繰り出される杭奈の前向きな答えがスバルは嬉しかった。 ◇ 「杭奈兄さん、どうしたの?」 そわそわとしながら、いつも袴とペテンがたむろしている木の元に訪れた杭奈に、袴が話しかける。 「いや、実はね……ペテンちゃんなんだけれど、お見合いのために来たって言っていたじゃない?」 「あぁ、うん。確かに……変わらずの石はチラチーノみたいに小さいポケモンとでも相手が出来るようにって付けていたような事を言っていたけれど…… 素敵な男性がいないとかで、ペテンちゃんあんまり乗り気じゃないみたいね。あと、ゾロアの方が皆ちやほやしてくれるから進化したくないとか言っていたなぁ」 その時のしたり顔を思い出して、袴はクスクスと笑う。 「あ、それは初耳……やっぱり腹黒いね、ペテンちゃんは」 「まぁ、悪タイプだし仕方ないのかもねー。悪タイプって結構みんながみんなそういう気質ですし…… で、ペテンちゃんがどうしたのってぇ……この感情。兄さんまさか……何か変なこと考えていない?」 袴は、頭に手を押さえながら苦笑して肩をすくめる。 「その……なんというかごめん。袴……その、僕がペテンちゃんとお見合いすることになってね」 袴は絶句。 「はぁぁぁぁ……そういう事ですか……」 そして、渾身の力を込めて大きなため息をついた。 「確かに、もう彼女は大人ですよ。オイラもその気になればいつでもサーナイトに進化できますし、彼女もいつまでも子供じゃいられないのは分かっておりますがね。 そのペテンが、子供を卒業するきっかけが杭奈兄さんだとか……はぁ、気まずいなぁ」 再度の深いため息をついて、袴は頭を押さえる。 「そ、そんなに嫌?」 「……ペテンちゃんと親しくなかったら、嫌じゃなかったかもしれませんね。ルカリオとゾロアークって見た目悪くない組み合わせですし。 ですが、そんなことになったら僕は明日からどういう顔して袴君に会えばいいのだか……」 「ま、まぁそんな事言わずに……って、袴は自分のことでしょ」 「い、今のは動揺して間違えただけです。そんな事より、杭奈兄さんを祝福したいところですが、今回ばかりはね……祝福するべきなのでしょうが……ああぁぁんもう!!」 考えているうちに頭がかゆくなってきたのか、袴は良く整った髪をかきむしる。 「上手くやってくださいよ!! 友達なんですから、ペテンちゃんと変なことになったら僕は承知しませんからね。 僕が格闘タイプになった暁には兄さんのことインファイトで仕留めますからね!!」 丁寧語のまま、宣戦布告のような脅しをかけられ、杭奈は肩をすくめた。袴と戦って負ける事はまずあり得ないが、戦い以外での強さを袴はもっている。 主に感情を感じる事で嘘が付きにくい事が原因か。 恥ずかしいことを赤裸々に暴露する罰でも与えられようものならたまらない。なんにせよ脅された事も加味して、杭奈は頑張る理由が増えてしまったわけだ。 ただ単純に異性を手に入れるとかそういう問題ではなくなりそうだ。 「大丈夫……初恋は失敗するっていうけれど……初恋は散っちゃったから今度こそ僕はペテンちゃんを物にしてみるから。 ダブルバトルはやったことないけれど……僕だってやってやれない事はないよ」 「それは根拠のない強がりというのですよ杭奈兄さん。まったく、頼みますよ……ペテンちゃんを傷つけたら怒りますよ」 前回、静流という悪タイプに失敗した杭奈は、同じ悪タイプだけれど今度こそ射止めて見せると奮起した。 それに水を差す袴の言葉も、今は気にならなかった。 「で、彼女何処にいるか分かる?」 知りません、と袴は答えた。 **26 [#a2f0eb7c] **26 [#f53f20cd] 「しかし……何処にいるのやら」 探し始めてから数分。あの彼女は自由に姿を変えられるので、実は見逃していただけかもしれないというのが性質が悪い。 「こうなったら房を使うっきゃないかなぁ……あれ、袴?」 ふと鼻を動かして見ると、近くに袴がいるらしい気配を捉えた。さっきまで平地エリアにいたというのに、何故砂地エリアに……と、杭奈は首をかしげる。 匂いに導かれるままついて行くと、そこにはバカラ教官に見守られながら足運びの練習を行う袴の姿が見えた。 「あれ、袴。何してるの? さっきまで平地エリアにいたと思うんだけれど……」 「ん? 僕は今日、平地エリアには居ませんでしたが……それ、もしかしたらペテンの悪戯じゃないでしょうか? 彼女、たまに性質の悪い悪戯をしますからねぇ……ほら、僕は本物ですよ。嗅ぎわけるなり波導感知なり、やってみてください。 ……って、なんというか兄さん酷い感情ですね」 「いや、もしかしたらとんでもない事をしちゃったかなぁって」 「よくわかりませんが、ペテンに何か変なことしたら許しませんからね。一応、彼女は親友なのですから、傷つけたら兄さんといえど許しませんよ」 何だか、偽物と思しき(というよりはペテンの悪戯?)袴と似たような釘を刺されながら、杭奈は先程ニセの袴がいた場所を目指す。 「いないなぁ……」 平地エリアの木陰で休んでいたはずの偽袴は消えていた。 仕方が無いので房を立てて探してみようとすると、 「くおらっ!!」 ――真上にいたペテンが襲いかかってきた。 「いべしっ!!」 そのまま地面に倒れ伏した杭奈に対して、憤慨の形相でペテンは睨む。 「悪戯で姿変えてたって気づけ、この馬鹿ちん。後に退けなくなって結局変身解けなかっただろーが」 言い終えると、ペテンは溜め息を突きつつ虚空を見つめた。 「えと、ごめん。も少し、きちんと伝えておきたかったんだけれどさ……色々と浮かれていたかも」 「悪戯していたオイラにも非はあるから、それについてはお相子という事で良しとして……やっぱり良くないけれど。オイラのお婿さんが杭奈君ねぇ…… うぅん、もう子供っぽい口調も必要ない……か。私の、お婿さんねぇ……」 ペテンは杭奈から飛び降り、起きあがった彼を見る。 「見た目は合格。……性格も、実直でがんばり屋。素直で思った事が顔に出やすいって子供っぽいところはあるけれど基本的に善人」 突然、ペテンが値踏みを始めて、杭奈は反射的に背筋を伸ばした。 「まぁ、悪くない相手よね。悪くない……最近、地道に強さを増しているし……でも、どうしたものやら。今までの男とどう違うかしらね……ってか、そうよね。 貴方は私が今まで男とのお見合いを何人か拒んだこと、知っているわけよね? なに、杭奈は自分なら私を満足させる事が出来るって自信あるの?」 ペテンは大きくため息をついて首を振る。ヘタった尻尾は、彼女の気の滅入りを表していた。 「う、うん……僕、今はもう結構強くなったし、守ってあげられると……ほら、今まで君と付き合おうとしたのって……」 「えぇ、弱かったかし、ダブルバトルの相性も悪かった……確かに、貴方は強い。 けれど、でも……ダブルバトルの相性はどうなのかしらね?」 そう言ってペテンはじろじろと杭奈を見るが、見ただけではやっぱりわからない。 「いや、分かったわ。貴方は主人の理想に近いイメージだし、私も主人のために腹括って見せる……結婚でも何でもしてやろうじゃないの。 だけれどね、レディ相手に労われないようなやつだったら、あんた噛み殺すからね!!」 「あ、うん……その、ごめん」 「あんな形で、貴方が婿候補だと伝わったのは私も悪いって言っているでしょ!! これ以上『ごめん』とか『すまん』とかうだうだ言っていると、始まる前に噛み殺してやるわよ」 なるほど、彼女は物凄く怒っている。自分が悪いとわかっていても、正体に気付かずに無神経に話した杭奈の間抜けさには、腹が立つのも仕方が無い。 「これ以上……ヒステリックになっても仕方が無いわね」 「いや、その。別に断っても良いって言われているんだけれど……スバルさんも相性があるって言っていたし」 「そりゃ、そうなんだけれどさぁ。主人の期待って奴があるんでしょ? 悪の波導やらカウンターやらを覚えたゾロアが欲しいとかなんだとか主人言っていたしねぇ…… まぁ、いつかは誰かで妥協しなきゃならないとは思っていたし……変な男に捕まるよりかは、貴方になら悪くはないって思っていたけれど…… でも、何故なのかしらね。実際に話があなたに決まると無性にむしゃくしゃしたのは……」 恐らく、それはマリッジブルーと似たようなものなのだろう。良くも悪くも急激な環境の変化というものは強いストレスになるものだ。 「う~ん……それは……分からないや」 何か気の利いた一言でも言ってやろうかと、前フリをした杭奈だが結局何も思い浮かばずに無様な言葉を吐いてしまう。 「まぁ、一つあるとすれば、あの時に私の正体に全く気付いていなかったってことよね。その鈍ちんなところかしら べらべらと無神経に衝撃の事実を突き付けられりゃあ、私も苛立たしくはなるわ。それで、さっきはちょっと八つ当たりしちゃったけれど…… 今はちょっとだけ落ち着いている。まだ少しはイライラしているけれどさ」 「そ、そう……それは良かった」 まだ、含みを持たせた言い方ではあるが、言葉通りの解釈をした杭奈はほっと息をつく。 「でも、このまま貴方に普通に体を赦すっていうのは、流石に無いわね……と、言うわけで」 「言うわけで……?」 「デートしましょ。今までは、変わらずの石仲間で袴君とイリュージョンで昼食マッチのダブルバトルを引っ掻きまわしていたけれど、明日からは……」 上目遣いで杭奈を覗きながら、ペテンは顎をくいくいと動かす。 「……あぁ、うん」 何をしてほしいのか察した杭奈は、ペテンの変わらずの石を外してあげた。これで、明日までには恐らく進化してしまうはず。 「貴方と一緒に、美味しい木の実をゲットして回りましょうか。その過程で私をメロメロにしてよね」 「あのー……今更こんなことを言うのも何なんだけれど。それでいいの?」 自分から出会いを棒に振るような事を言うのはあまりしたくなかったが、それでも杭奈は尋ねずには居られなかった。 「うん、さっきも言ったでしょ? 変な男を掴ませられるよりかはずっとまし。でもまぁ……体を赦すとなるとね。 私の事を守れるくらい強いかどうか見届けさせてもらいたいし、私の事をよく知ってからにしてほしいな。 何がとは言わないけれど、私の性格を知っていれば……トゲキッスへの配達依頼とか、そういうのも色々円滑に出来るでしょ? そりゃ本当ならもっといい男をえり好みはしたいけれどさ。 野性じゃもっと選択肢も狭そうだし、それに比べれば恵まれていると思って……妥協する」 「だきょ……一言多い気がするけれど、分かった。出来るだけ、君に気にいられるように頑張ってみる」 「決まりね。じゃあ、明日から昼食マッチタッグ……頑張りましょう。とはいえ、今日は袴君と一緒にすることになりそうね……」 さずがに昼前までには進化しないはず。ゾロアの姿を少々名残惜しく思いながら、ペテンはこれから先のことに不安と期待を綯い交ぜにしていた。 **27 [#c9f82423] **27 [#c1eaa320] そうして昼食時。ペテン達と合流した袴は、開口一番戸惑いを隠そうともしない発言だ。 「あ、杭奈兄さん……ねぇ? ペテンの首にあるはずの物が見えないのだけれど……何の冗談、それは?」 袴は、ペテンが変わらずの石を外しているのを見て。そして杭奈がそれを持っているのを見て、杭奈をサイコキネシスで浮かばせる。 「あ、いや……冗談とかそういうのじゃなくって。その……お見合いね。お見合いの件で、とりあえずデートしてみる事が決まったわけで……」 「そう。お見合いでとりあえず付き合ってみましょうってことになったのよ、私。だから、そんな風に邪険に扱ったら可愛想ってものよ」 「この感情……」 袴は角を撫でながら絶句する。急にサイコキネシスを解かれた杭奈はバランスが取れずに尻もちをついた。 「中々の陶酔感、それなりの親愛に恋慕……あぁ、もうダメだこれは、良い具合に出来あがってる!」 「いいの。これを陶酔じゃなく、確固たる感情にしてくわ……ほら、住めば都って言うでしょ?」 「え、なにそれペテン……僕に対して酷い言いようじゃない?」 杭奈は肩をすくめてペテンの言葉に突っ込みを入れる。しかし、袴は杭奈の言葉なんてお構いなしだ。 「出来あがってるってことは、これから僕は一人で昼食マッチ……寂しいなぁ。僕一人じゃ勝てないかもなぁ」 はぁ、と袴は溜め息をついて意気消沈。 「えーと……そういうわけで、今日の昼が最後になるわね。だからえーと……袴君。今日の昼食マッチは悔いが無いよう頑張りましょう」 「分かりました……」 袴は妥協した。駄々をこねるほど馬鹿な子供でもないようだ。 それから数分。いつものように昼食マッチと相成った袴とペテンの二人は、対戦相手を見つけて勝負に挑む。 「キルリアが二人……相変わらずこいつら気味が悪いな」 「そんなこと」 「言ったって」 「イリュージョンは」 「「解かないよ」」 揃えた息もばっちりに、二人は戦い前のデモンストレーションを行う。 もちろん杭奈も観戦しており、杭奈に見せつけてやろうという意気込みはもちろん、パートナーが進化前最後の戦いだという事で、袴は今日の勝負に背水の陣の覚悟だ。 食料全部賭けという、いわゆる負ければ昼食抜きの勝負を挑みつつ、引き換えに望むのは木の実一個。 杭奈もびっくりの自身を追い込むドMな修行法を、絶対勝つぞという意気込みで袴は挑むのであった。 対する敵は、左からダルマッカとバオップ。炎タイプ同士仲良くといったところだろう。こらそこ、劣化猿とか言わない。 バオップは両刀が可能なので、どう攻めてくるか分からない初見は序盤手こずったが、今はすでに特殊型だと割れている。もちろんダルマッカは物理・近距離型。 対するこちらは、袴が教育方針のせいか物理・近距離に秀でており、ペテンはその逆で特殊技・長距離型に秀でている。 お互い型は割れてこそいるものの、袴サイドの見た目はぴったりと息の合ったキルリアが2匹。 イリュージョンの特性を生かし、なおかつシンクロする二人の以心伝心。厄介にも程がある。ペテンが袴を好む理由もそこにあった。 攻めあぐねる炎二人組に対し、左のキルリアが走りだした。それを袴だと判断し、ダルマッカが左のキルリアに炎のパンチで飛び掛かる。 しかし、左のキルリアは急停止しダルマッカの攻撃を不発にさせる。なら、俺がやるとばかりにバオップが火炎放射を左のキルリアに放つ。 その攻撃が掠めるようにヒットすると、イリュージョンが解ける。実はそのキルリアはペテンであった事がわかった。 右のキルリア、つまるところの本物の袴はどこに行ったのかと思えば、テレポートでバオップの後ろに回っていた。 テレポートで力を消費しているので、続けざまにPPを消費する技は使えない。例えば、ここで電磁波を見舞いバオップの動きを制限する事は出来ない。 だが、無属性の攻撃ならば速攻で放つ事が出来る。袴はバオップの膝の裏を蹴り飛ばし、強かに転ばせたところでペテンを追っていた火炎放射が地面に逸れる。 転んでしまったバオップのピンチを助けようと、ダルマッカが袴に向かって炎のパンチ。 なんとかいなした袴は、他の3人を視野に入れながら後退。ペテンは逆に前に出て、起きあがろうとするバオップに連続で引っ掻きを見舞う。 無防備な相手に対して瞬間火力を求めるのであれば、如何に非力でも直接攻撃の方が強いのだ。 バオップは右腕を犠牲にしながら、顔にひっかき傷を作らないよう防御。左腕をついてなんとかバオップが立ちあがると、ペテンとバオップは互いにバックステップで距離をとる。 ペテンは先程の火炎放射で少々のダメージを負ってしまったが、バオップは膝の裏が痛い上に腕も損傷している。 袴とダルマッカはノーダメージといったところで、挟み打ちという有利な陣形を得た袴達のアドバンテージは強い。 両手を燃やして、ダルマッカの炎のパンチ。大きく弓を引く動作をともなった、力づくの1点張りの心情を象徴するような右手のパンチは、すさまじい圧力だった。 防御をしても腕に大ダメージを負ってしまう事は覚悟するべきそのパンチを、袴は必死でいなす。 いなしてなお、肉がそぎ落とされるんじゃないかと思うほどのダメージを感じながらも、袴はそのままダルマッカに向かって電磁波を見舞った。 ペテンはバオップと見合った姿勢からサイドステップで射線をずらし、そのままバオップの横を抜くように走りだしてダルマッカに特攻をしかける。 後ろからの不意打ちに加え、麻痺で防御も鈍ったダルマッカにシャドーボールを当てるのなど、造作もないことだ。 シャドーボールが直撃して吹っ飛ばされたダルマッカは、一気に戦闘不能。 仇を取るとでも言うように、バオップがペテンへ火炎放射を見舞うが、その火炎放射は袴の飛び蹴りで押し倒されて中途半端なダメージのまま中断された。 袴はすでに炎のパンチを受けとめた左手が赤くなっていたが、まだサイコキネシスのような特殊技ならばなんとか使える。 そして、ペテンも軽く炎を浴びたくらいで、まだそこまでダメージを負っていない。残るはバオップのみ。 「後は僕に任せてください、ペテン!! 杭奈兄さんもよく見てて」 二人掛かりでやってもつまらないと判断した袴は、そう言って前に出る。というか、前に出ると言うよりはピッタリと密着している。 エルレイドになれば杭奈のようにインファイトが使えるようになるが、その準備段階だとでも言うようにインファイトの間合いを維持していた。 「何あれ……」 驚嘆するべきは、ぴったりとくっついたまま離れないことだ。袴は敵より一瞬だけ遅く動いているが、その一瞬が杭奈よりも遥かに短い一瞬だ。 杭奈はその事に対して、まさに表現する言葉を失って、『何あれ』と呟く事しか出来ない。 こんなに距離が近いと、バオップは火炎放射を放とうにも自身の炎で焼かれてしまう。タイプの上では袴と比べて小さなダメージではあるだろうが、それだけの問題ではない。 困窮極まって、バオップが苦肉の策で噛みついてみれば、袴は耳に向かって素早く強烈なビンタを放つ。噛みついて動けない標的に当てるのは簡単なお仕事だ。 後ろから噛みつくならまだしも、前から噛みついたりなどすればこうなるのも当然の結果であった。 三半規管と鼓膜をやられ、バオップの眼前に星が浮かんでいるところで、袴はサイコキネシス。一度浮かせたバオップを勢いよく地面に叩きつける。 まだ意識はあるようだが、戦意は完全に喪失しているようである。 「俺たちの負けだ……」 ダルマッカが敗北宣言をして、ペテンと袴は一瞬の空白。 「いぃよっしゃぁ!!」 「やりぃっ!!」 袴は右手で、ペテンは尻尾でハイタッチ。二人がダメージを負いはしたものの、戦略や連携の面では完璧の闘いであった。 袴が、ペテン無しじゃ勝てないかも、と泣きごとを言ったのは、今回の戦いのように攻撃に特殊技をほとんど使わないせいである。 エルレイドになるために、という理由で自身に縛りを設けていたわけで、ただキルリアの身の丈に合わない闘い方の代償といってよいだろう。 格下に挑めばいいだろうという提案をすれば、それは的外れな救済案になってしまう。小さい頃は格下≒年下という図式が成り立つ。 袴にだってプライドはあるから、年下に挑みたくはなかったのだ。だから彼は自身を縛っても勝利を拾えるダブルバトルに逃げたのだ。 とはいえ、これからは一人で勝つためには、流石にサイコキネシスに頼らざるを得なくなるだろう。 「また、新しいパートナーを見つけなきゃね……」 これで縛りも終了か、と。勝って嬉しい気分もそこそこに、しんみりとして袴が呟く。 「大丈夫……お前は、サポートが上手いから。私に匹敵するパートナーだってすぐに見つかるさ」 筆のような頭の飾り毛を袴に胸に押しつけながらペテンは笑う。 「うん、ペテンは兄さんと仲良くね……一応、応援しているから」 袴はそう言ってはにかんだ。 その後袴と別れた杭奈とペテンは、八つ時に進化を迎えることとなる。ゾロアークになったペテンは、動きを確認するために軽く杭奈とじゃれ合って時間を費やした。 やがて日が暮れると、二人は明日また会うことを約束して別れるのであった。 本格的なデートという名のダブルバトルは明日から始まる。 ◇ さて、その夜の事だが。杭奈は約束通りスバルとの修行に勤しむことになった。 主人もジョンもバカラ教官も得意ではないインファイトを習う機会は今までに無く、杭奈の用いるインファイトに織り交ぜる技は色々不十分であった。 特に力不足を感じていたのは脚技。離れてからの脚技ならばジョンから一通り教えてもらったのだが、近づいた状態でのそれはジョンの対象外である。 ただ、スバルにはその技があった、ハイヒールで敵の脚を貫くという必殺技が。もしあれを物に出来れば、杭奈はもっと強くなれるという確信があるのだ。 御主人からは指導を受けた記憶はほとんどなく、実質これは杭奈が初めて人間からの指導を仰いだ日であった。 件のスバルはというと、安全靴に作業着という動きやすい格好でその場に現れた。 流石にハイヒールのままで(強敵と)戦うのは無理という事だろうし、オフィス用の服を汚したくはないのだろう。 「では、今日からしばらく貴方の修行に付き合うことといたしますが……一つだけ、教える前に条件を守ってくれますでしょうか」 何? と首をかしげる杭奈に、スバルは笑いかける。 「貴方の所属する事務は格闘タイプのジム……これから多くのポケモンがインファイトを求める事でしょう。あなたの友達の袴君も合わせましてね…… ですので、袴君はもちろん後輩の子達にも、きちんと技を伝えてくださいませ。そうしていただけると約束して下さるのであれば、私は喜んで技をお伝えしましょう」 もちろんだとでも言うように、杭奈は頷く。 「ですよね。教える事には、楽しみや嬉しさというものがありますから……貴方も、袴君に色んな事を教えている間は楽しそうですし…… きっと、こうやって技は伝えられてゆくものなのですね……さて、と。約束も取り付けましたところで、早速以って技をお教えしましょう。 とは言え、私は尻尾がありませんから、バランスのとり方は違いますし、貴方と違って踵が地面に付く体ですので、貴方との違いは当然存在します。 ですので、あまり私の感覚を鵜呑みをしないよう……それが理解できましたら、まずは準備体操から始めましょう」 ジョンがそうしたように、二人は準備体操から。スバルも非常に体が柔らかく、股を180度開くことなど朝飯前といった様子でそれをこなす。 そして、いよいよ修行の段階というところになると、杭奈は今まで戦った相手の中で一番恐ろしい相手と感じるのであった。 言われてみれば当然のことだが、足技は使っている最中片足になるし、外せば大きな隙が出来る。 その分、型として足技を放つだけならともかく、戦闘中に織り交ぜるには拳を利用した技よりも遥かにリスクも多い。 だから、攻撃よりも先に足捌きを練習しようということになったのだが――蓋を開けてみれば、スバルは恐ろしいまでに距離を詰めるのが上手い。 いつ動き出したかもしれず、いつの間にか急加速して気づけば近づかれている。袴のような先読みにこそ秀でてはいないものの、それを素早さと技術で補っているようだ。 杭奈にとっては近距離は得意な領域なので万歳なのだが、彼女の場合は万を通り越して億の領域。億歳といったところか。 足捌きの勉強メインのために、攻撃は非常に軽いものだが、真面目に攻撃すれば威力は計り知れないだろう。 例の悪党が攻めて来た時に主人より強いのではないかと思ったが、対峙してみて分かる。 主人より総合的に強いという事はなさそうだが、逃げ腰の相手に対しての攻撃能力は主人を遥かに上回っている。 つまり、この足捌きは相当な武器になるということだ。バックステップ、サイドステップ、前へ出て体当たりなど、逃げ回ろうと色んな技を駆使しても無駄だ。 どうやっても技を返されるような気がしてくる。真似できれば心強い戦力となるだろうと考えて、杭奈は絶対にこの技を物にしてやると意気込んだ。 お見合いもそこそこに始まったこの修行。杭奈は強さを手に入れようと貪欲に技を吸収していくのである。 **28 [#i45f09ad] **28 [#v479f30c] 翌朝。4足歩行から2足歩行へと変貌を遂げたペテンは、身体能力こそ軒並み強くなったものの、戦い方は赤子のように右も左も分からないままだ。 杭奈や袴の戦い方を何度も見て来たから、ペテンも見よう見真似というのは出来るが、いかんせん足運びもお粗末ならステップの踏み方も無駄が多すぎる。 まだうまくバランスも取れずに転ぶことすら多いペテンに、杭奈は色々教える。 立ち姿から前後左右への移動。近づかれた時の防御の基本から迎撃の方法。それらを手とり足とり教えることに、午前中の時間は費やされた。 ペテンにトレーニングをつける間、杭奈は不思議な気分に浸っていた。 以前まで、ずっと教えられる立場だった自分がペテンに対して技を教えている事が、今までの自分からは想像もできない出来事だったからであろうか。 「ふぅいぃぃ……つっかれたぁ」 女性だというのに、股を開け広げたまま大の字になってペテンは寝そべる。疲れたという言葉とは裏腹に、充足した表情の彼女は口元が笑顔で緩んでいる。 「お疲れ様」 そう声をかけながら、杭奈もペテンに倣って大の字になる。 平地エリアから隣接する森林エリアの木陰の下。柔らかな木漏れ日と時折吹く涼風を浴びて、二人は揃ってパンティング((動物が体温調節のために行うあえぐような呼吸。汗をの代わりに舌で気化熱を奪ってもらうための行動))を始める。 そうして寝転んでいる最中、先程までのトレーニングを反芻していた杭奈は、胸の内に芽生えた不思議な感情について考察する。 「ごめんね。教えるのが楽しすぎてつい調子に乗っちゃって……」 その感情とは、ペテンが女性であるとか、そういうのを関係無し(だと個人的に思っている)に感じる言いようのない嬉しさや達成感だ。 自分が何かを出来るようになったわけでもないのに、教えた通りに動作を行えるペテンの姿がとても嬉しい。 次々と動きを吸収していくペテンを見て、そんな感情が杭奈の胸の中に芽生えたのだ。 「ペテンがどんどん動きを覚えてくれるものでさ。辞めどきも分かんなくなっちゃった……学習能力半端ないね」 「それはあれよ。ゾロアークは幻影を見せるために、動きや風景を記憶する能力が非常に優れているの……どんな相手も一度顔を見れば忘れないようにね。 名前を覚えるのとかは苦手だけれど……うん、教えるのが楽しいあなた好みの能力でよかったわ」 「そうなの……ゾロアークが相手でよかった」 きっと、ジョンもこんな気持ちで自分に色々教えていたのだろうと考えると、ようやくジョンと同じフィールドに立てたような気がして何だか胸が熱くなる気がした。 とはいえ、まだ満足に物を教えられる程強くなったつもりはない。 きっとまだ、ジョンや静流のように強くなれてはいないが、杭奈は教える楽しみというものを知り、もっともっと教えてあげたいと思うようになる。 また一つ、杭奈に強くなる理由が出来た。 同時に、改めてジョンに感謝せずには居られなかった。『貴方が強くしてくれたおかげで、今はペテンに基本的な動作を教える事が出来ます』と。 「これからはもうちょっと押さえることにするよ」 杭奈は謝って、肩をすくめてみせた。 「いいって。私もゾロアークの体に早く慣れたくって張り切っちゃったんだから……むしろこっちが付き合わせて悪かったわ」 寝転がりながら、杭奈はペテンの方に首を向けて微笑む。 「そう……それならお相子ってことにしよっか」 「そうしよう。謝り合うのも疲れるわ。……疲れたから昼食マッチの時間まで……ずっとこうしてようかぁ?」 「うん……そうしよう」 風と陰に包まれて、互いに少しばかり体温が下がってきたら、ふーーーっと長く細く息を吐く。こうすると、少し落ち着いた気分になった。 「う~ん……やっぱりね」 「何が?」 と、杭奈は横を向く。 「杭奈君なら、上手に私をエスコートしてくれると思っていたけれど、大体予想通りだったなって。だから、進化して良かったって思うの」 「……そう。褒めているんだよね、それ?」 「当り前よ。少なくとも昨日と今日は上手くエスコートしてくれたじゃない」 杭奈の方を向きながら、ペテンはクスクスと笑った。 「ありがとう……感謝するばっかりだったけれど、僕は初めて自分の努力で感謝された気がする」 「感謝された事に感謝って……それ、無限ループになっちゃうじゃない。感謝されたことに感謝されたことに感謝されたことに感謝されたって言う風に…… これ以上疲れたくないから、そんな馬鹿みたいなことやめてよ。もう」 ペテンはおどけて笑って見せる。無垢なるままの自然なその仕草は、静流のようなあくどい女性と違って杭奈を素直に笑顔にさせる。 「はぁい……」 と、はにかみながら口にして、木漏れ日を見上げながら杭奈はゆっくりと目を閉じる。ペテンに比べると、運動量は少なかったのだが、昨日の疲れが残っていてすぐに眠ってしまった。 起こしてしまうのも何なので、ペテンも一緒に眠ることにした。ただ、起こすつもりはないが一つだけちょっかいを出さずには居られなかった。 投げ出された杭奈の手をペテンは優しく包み込み、指同士を絡ませ合いながら二人は眠りにつく。 昼食が始まる放送を聞いて目覚めるまで、二人は心地よい夢を見ていた。 眠りから覚めると、時刻はちょうど昼時であった。今日の食料を受け取った二人は、早速対戦相手を探しに周囲をうろつくことにする。 「さて、昼食マッチだけれど……ダブルの相手って結構少ないんだよなぁ……」 「兄さん、そこはまぁ気長に探すっきゃないわけで……」 杭奈とペテンと袴の三人は、森林エリアの奥地から行ける洞窟エリアを回っていた。 「えり好みはあまり出来そうにないね……あ、あれなんてどう? あそこのギガイアスとドリュウズ。相性的にもそこまで極端な有利不利はないし……誘ってみない?」 杭奈が指さし、提案するとペテンはうんと頷いた。 「なるほど、良い考えね。ねぇ、そこのお二人さん……私達と、木の実の等価交換で昼食マッチをやらないかしら?」 決断したら即行動。ペテンはギガイアスとドリュウズに交渉に出る。相手に二人組は顔を見合わせ二言三言の会話をすると、互いに納得し合ったようだ。 「良いだろう。ダブルバトルでいいんだな?」 ドリュウズの男が尋ね返す。 「えぇ、望む所よ」 「うん、僕も」 杭奈とペテン、共に頷きあって、ダブルバトルのカードは組まれた。 「よっしゃ、始めようぜぇ」 ペテンと杭奈が頷くと、戦いたくてうずうずしていたという風に、ギガイアスが仕切る。 「ちょっと待って」 と、ペテンが手で制すと、彼女は杭奈と瓜二つのルカリオに変身していた。そのまま、彼女は自分達を幻影の壁の中に包み込み、自身をシャッフルする。 幻影の壁を消して再び姿を見せた時には、傍目にはどっちのルカリオが杭奈なのか全く分からない状態で戦いがスタートすることになった。 「よっし、頑張って。杭奈兄さん、ペテン」 **29 [#ba2c7905] **29 [#b764988e] 種族を考えれば、相手は恐らくどちらも物理型。こちら側の方を考えれば杭奈を前衛に、ペテンを後衛にというのが普通である。 しかし、まず最初に二人は波導弾の構え。ゾロアークは戦闘中でも、自分の身長分くらいの範囲には非常に精度の高い幻影を見せる事が出来る。 今の状態では、どちらが本来使えないはずの波導弾をチャージしているのかわからない。 そもそも、ゾロアークの技構成など詳しく知っているわけでもないので、相手二人はどうすべきか考えるのに忙しい。 しかし、着々とチャージされる波導弾を指を咥えてみているわけにもいかず、もうそんなの知った事かとばかりに敵の二人も攻撃に転じる。 ギガイアスは眼前に出現させた大岩を、逞しい前脚で砕きながら弾き飛ばした。 岩雪崩がドリュウズの背中に当たってしまうが、それを気にするほどドリュウズは柔でもないし、タイプ相性的にも岩雪崩なんて小突かれたようなもの。 左のルカリオが斜め前方のドリュウズに向かって両手を突き出し、波導弾を放つ。 ドリュウズは波導弾を真っ向から受け止めてやろうと鋼の爪で防御をしようとして、しかし突き出した左のルカリオの手から放たれた波導弾は数十センチ進んでふっと消える。 代わりに、ギガイアスの脚元から蔦草が伸びた。と、同時に左のルカリオは迫りくる飛礫から顔面の急所を守る。 正体がさらけ出され、左のルカリオがゾロアーク――ペテンと確定した。さきほどの波導弾を放つモーションはもちろん幻影だった。 波導弾を使っている風な幻影を見せつつ、実は草結びでした――など彼女には造作もないことだ。痛みか何かで気を散らさなければ……ではあるが。 右のルカリオ。つまるところの杭奈と確定した彼は、ドリュウズが走りだした早い段階から波導弾のチャージを中断。 敵の巨大な爪がペテンに届かないよう、ドリュウズに向かって岩の飛礫の痛みに耐えながら突撃した。岩雪崩は効果はいま一つとはいえ、やっぱり痛い物は痛い。 ぶつかり合う巨大な爪と鋼鉄の棘のメタルクロー合戦。体は大きいが線の細い杭奈と、その逆である体は小さいががっしりとした体格のドリュウズ。 2匹は膂力において互角。互いの鋼同士が火花を散らして大きく弾かれた。 杭奈はスバルから習った足捌きで素早く体勢を立て直し、一瞬早く脚を踏み込んでドリュウズの懐に踏み込む。 ドリュウズが今度はドリルライナーを放ってやろうと頭、のリーゼントと両腕の爪を合わせて巨大なドリルになろうとしたところで、杭奈は相手の頭と爪の間に自身の腕を挟んで相手の構えを止める ドリュウズのリーゼント状の頭部に付いたかぎ状の刃の後ろ側からドリュウズの首を抱き、右腕でしっかり頭部を固定。 杭奈の残った左腕はドリュウズの右腕を掴み、ついで右足でドリュウズの右足の甲を踏み潰してダメージを与える。 それからは、勢いがついたままの右足で無防備な腹に向かって何度も何度も膝蹴り。 体重が乗りきってはいないため、その膝蹴りで大ダメージを与えることは難しいが、ドリュウズは長すぎる爪も、掴まれている頭突きも全く使えない事を考えれば十分だ。 ドリュウズは地震もドリルライナーも放てず、ぺチぺチと杭奈の尻を叩くので精いっぱいだ。 ペテンは、草結びによる拘束がギガイアスに働いている一瞬の間に、組みつきあっている杭奈とドリュウズの元に走り、右腕を押さえられて防御できないドリュウズの脇腹に体重を込めたローキックを繰り出す。 ぐはぁっと、眼が飛び出るような表情をしてドリュウズが唾を噴き出す。それを好機とみた杭奈は、首に巻き付けた腕を離して背中に強烈な右肘打ち。 決まれば必殺の一撃であるそれを喰らって、ドリュウズは強烈な痛みを覚えながら倒れ伏した。 波導で形成した仮初の草はいずれ消える。ペテンが攻撃している間に、ギガイアスは草結びによる拘束が解け、再び岩雪崩を放とうとするが―― 「くそっ」 ギガイアスは毒づいた。ペテンは髪を盾に、杭奈はドリュウズを盾に、岩雪崩に対して鉄壁の構えで挑む。 これでは岩雪崩で攻撃したところで、与えられるダメージはたかが知れている。それどころか味方を巻き込みかねないと来たものだ。 どうするべきかと悩んでいる一瞬の間に、ペテンはステップを踏んで杭奈の後ろに隠れて気合い玉をチャージ。 すさまじい力がペテンの掌にチャージされるのを見ては、頑丈なギガイアスも冷や汗ものだ。 「この状況じゃ勝てるわけがないな、こりゃ……降参だ。木の実はもって行け」 杭奈はドリュウズを下ろし、ペテンはチャージしていた闘気を周囲に散らして肩を下ろす。 「僕達の勝ちだね」 「私たちの勝ちね」 勝ちを確信しあった二人は、ハイタッチを交わす。高らかに響く乾いた快音と、それに負けない快の感情が袴の心の内に強く響いて余韻を残した。 「今日のダブルバトル……二人とも……楽しそうにしていたね」 木の実を食みながら、少しものさびしい口調で袴は呟いた。 「初めてにしては息が合っていたからね」 「うん、楽しかったわ……すっごく。これなら杭奈君は私の理想かも」 同時に答えた杭奈とペテンの言葉に、袴は納得する。 「これ以上、僕が邪魔する余地はないみたいね……うん、ペテンは進化して良かったよ」 「そう言ってもらえると嬉しいわ。私達お似合いかも」 「袴の事を思うとちょっと複雑な気分だけれどね……まぁ、でもそうだね」 見下ろすペテンに、杭奈は肩をすくめながらはにかみ返す。 「あの、僕……昼食が終わりましたら、催眠術が得意な人見つけて……ちょっと徹底的に鍛えてきます。 それで、催眠術を完全に物にしましたら……杭奈兄さん。あなたとも、いつかダブルバトルを組ませてください。 ジム戦は、ダブルじゃないけれど……今日の試合を見て、ペテンちゃん以外にも、杭奈兄さんと組んでみたくなりました」 「うん、いいよ袴。お互い頑張ろうね」 杭奈はにっこりと微笑み返す。 袴と杭奈は拳を合わせて誓いあう。真ん中に座っていたペテンは邪魔くさい二人の手に苦笑するばかりであるが、その光景を見る目は穏やかであった。 ◇ そして、その日の夜。 スバルの厳しい修行が終わり、二人は昨夜と同じく木に腰掛けて呼吸を整えていた。 「なるほど……ダブルバトルは大成功というわけですか……。それはそれは、喜ばしい事ではありませんか…… しかし、修行とデートの両立とは、中々にハードな毎日を送っておりますね……杭奈さんも」 しみじみと溜め息をつくと、杭奈は大したことないよとばかりに笑う。まったりとした雰囲気で1人と1匹は木の下に寄り添った。 「君は、良い眼をしていますね。強くなるわけです」 何故だか思いだせないが、とても聞きたかったような言葉を聞いて杭奈は尋ね返そうとスバルの服を引っ張った。 「な、なんでしょう? 良い眼をしているって褒めただけですよ? 視野が広いとか、相手の攻撃をよく見ているとか……あと、記憶力も良いですよね。 見た事を忘れないと言いますか……ちょっと褒めただけなのに、そこまで大きな反応をしてどうしました?」 と、スバルに言われて杭奈はこの言葉が喜ばしい理由を思い出し、それをスバルに話すことにした。 ハーモニカの意匠が施されたUSBポートを咥えたふじこ越しの会話で、通訳精度には少々難があったが、話して行く間にもさらに嬉しさも込み上がってくる。 この育て屋に訪れた当初、静流に見る目が無いと言われて以来、見ることについては真面目にやってきたつもりだ。 見て真似することの重要さはジョンを相手にするとき、教えられた時も常に実感していて、集中力が途切れないように注意したものだ。 切っ掛けが、静流の一言であるのは今の今まで忘れていたが、スバルに言われてみると、色々な事が蘇ってきた。 「ほう、ここに来た当初に、静流ちゃんに見る目が無いと言われた……ですか。それで、貴方は眼を鍛えていたと……感心ですね」 スバルに褒められると、杭奈は嬉しそうに鳴き声を上げる。 「嬉しいですか? では、更に喜んでもらいましょう……貴方の足捌き、この2日で見違えましたよ……貴方が私の動きをよく見ている証拠です。 その眼の才能を、きちんと貴方は生かしておりますよ……とても優秀な生徒ですので、教える私としても嬉しい限りです」 杭奈は照れたように顔を伏せ、しかし嬉しそうに喉を鳴らす。 「でも、恋愛の方はどうなんでしょうね? 静流さんに惚れるあたり、あまり女性を見る目はないと思いますが」 クスクスと笑いを交えながらスバルが言うと、どういうことだと杭奈は唸り声を上げる。 「あの子はですね、君の事をまぎれもなく大切に思っておりますよ。ただ、恋愛感情ではないと言うだけで、ですね。 なんせ、あの子も貴方と同じ。群れで生きるポケモンなのですから……ズルズキンの女の子が、年下を大事にしないわけはありえませんよ」 スバルがしみじみと言えば、杭奈は罵倒されたわけではないと分かって唸るのを止めた。 「それで、ペテンちゃんの方はどうなっています? 上手くいきそうですか」 杭奈がまだ分からないと苦笑して肩をすくめるので、スバルは微笑んだ。 「ですか。あの子はダブルバトルの相性を重視する事ですからね。これまでシングルばかりだった貴方には慣れない事も多く、辛いものがあると思います。 ですがね。これから先貴方の眼は学ぶことにも戦うことにも大きく役に立つでしょう。特に、ダブルバトルの際にはその視野の広さは何よりも大切な武器となるはずでございます。 ですから、その眼を大切にしてくださいませ。貴方を強くする武器であり、手段となりえますので」 分かっていますよ、とばかりに杭奈は頷いた。 「そうか、なら良いですが、なんというべきでしょうか……ペテンちゃんが強い相手を求めているとはいえ、もう少し身だしなみを整えた方がいいですよ。 今日は特別に私が梳いてあげますから、毎日夕方はきちんと職員に梳いてもらってからこちらに来て下さいませ」 全く、と溜め息をつきながらスバルは杭奈の毛繕いを始める。久々の毛繕いがよほど気持ち良かったのか、杭奈はいつの間にか眠ってしまった。 夏だし風邪もひかないだろうと、杭奈はそのまま木の下に放置されて夜を過ごすのであった。 **つぶやき [#bc9c262f] **つぶやき [#cba0823b] ---- 更新17回目:さて、物語も後半に入りましたね。 更新18回目:超展開。ついでに後半になったら言おうと思って忘れてましたが、作者は[[私>リング]]です 更新19回目:次回からスバルが主人公……どうしてこうなった。 更新20回目:スバルさんはジョンと同じく重要なキャラなんです。だから許してあげて!! 更新21回目:そして、お嫁さんを探してもらえることになった杭奈。主人が金ないからって諦めちゃいけないものです 更新22回目:さて、肩が脱臼したら骨の歪みの矯正に行かねばなりませんな。 更新23回目:久々にジョン登場。すぐに消えるのは御愛嬌 更新24回目:作者ページにリンクしていなかったという罠。そして、ここからはしばらくダブルバトル編に…… 更新25回目:杭奈の前にたまにはエスパータイプの戦いをば 更新26回目:何だかメンバーが某小説と結構かぶっている気がするけれど、偶然なので気にしない。 ついでに簡易アンケート。前回の静流or杭奈のように読者の選択で結末を変えたいと思います。 Aルート:杭奈がジムの人気者エンド Bルート:杭奈がジムに凱旋帰還エンド アンケートはコメントにてどうぞ。 更新27回目:明日の更新はお休みです。なので今夜は日付が変わる前に二話分更新。意外と杭奈の扱いがぞんざいなスバルさんでしたとさ。 ---- [[次回>ルカリオの育て屋奮闘記:3]] #pcomment IP:182.169.7.84 TIME:"2011-11-09 (水) 23:07:00" REFERER:"http://pokestory.rejec.net/main/index.php?cmd=edit&page=%E3%83%AB%E3%82%AB%E3%83%AA%E3%82%AA%E3%81%AE%E8%82%B2%E3%81%A6%E5%B1%8B%E5%A5%AE%E9%97%98%E8%A8%98%EF%BC%9A2" USER_AGENT:"Mozilla/5.0 (compatible; MSIE 9.0; Windows NT 6.1; WOW64; Trident/5.0)"