ポケモン小説wiki
リターン・トゥ・フォーエヴァー 1:アイランド の変更点


■始まりは、一枚の絵だった。










落ちる
落ちる
落ちる
おちる

おちる


おちる、






滴とともに。


耐えきれなかった。私には―



もう。これで同じだな、と思った。







墜落音。

















―ここは。

           ――ここは?           トゥ……ヴ……ー…………
トゥ………
明かり明かり明かり明かり明かり明かり明かり明かり    ―? 鮮やかな青 静かなたいよう   …フォー……
    (これは  ぎだ )  ……トゥ……    ……トゥ……  (しあわせとは)

   海の匂い……     と、誰かの匂い?    この匂いは…


                   そして、風。



                 Return To Forever







#contents



**1.サマー・ライトニング~ホワット・ゲーム・シャル・ウィ・プレイ・トゥデイ? [#d42cf11a]

 重たい瞼をゆっくりと開けると、目の前の景色がまるでジェットコースターの頂点から落下する瞬間の様にグラリ!と揺れた。――視界の下半分には、鮮やかな青。上半分にも青。このままその下の青のほうにダイブするのも悪くないかな、なんて未だ覚めやらぬ頭でぼんやりと思った。
 ほら、このテンポに合わせてさ。なんだか気持ち良いな。幸せ。ぐらり、ぐらり、…… 身体が重力から解放されかけた瞬間、
「ちょっと、ケーチ!ケーチったら!!うわぁっ!」
 慌てた高い声とガシッと腕を掴まれる衝撃で今度こそ目が覚めた。

 カモメ飛び交う(「キャモメ」と言おうものなら失敬過ぎて周りから壮絶なツッコミを受けるに違いない)、小さな港の防波堤。
 で、必死に両足であの『港特有の謎のでっぱり』を挟み、身を海に向かって投げだしてくれているトゲチック。クリーム色でふわふわの毛に覆われたそいつが琥珀色の瞳で見る先、その手にぶら下がっているキノガッサ……が、俺だった。
「冷たッ、わっ、わっ」
「冷たッじゃなくてうみ! 海! はやくあがってよぉ。」
 あがってと言われましても。ツルを出せるフシギダネと違って、俺はどうにも…あ、腕が伸ばせるや。そう思った瞬間、チックの足が限界を超えたらしく、何だか力の抜ける声の直後
 派手な飛沫が2発上がった。


 ――光の方へ。光の方へ……
 上昇したいが身体が流されるし、体は水を吸って重いしで上手くいかない。この島の周りを流れる潮……はちょうど上から見ると反時計回りで、非常に速い。
 やっとの思いで海面に顔を出す。ぷはっ!
 一面の水色の中に、目立つ白い身体が浮いて手を振ってる。大丈夫そうだ。さっきの港を探すと……大分流されている。これはあっちにしか行けないな……
 俺は顎の動きで合図して、冷たい水にまた顔を付けた。

 港の少しばかり東の砂浜に俺たちはやっとの思いで泳ぎ着く。
「ごめん!はぁ、はぁ……本当にごめん、はぁ、俺が悪かった」
 手足が砂についた瞬間、何度も頭を下げて謝る。
「びっくりしたよ……でもケーチが無事でよかった。」
「チックも」
 2匹でしばらく身をぷるぷると震わせて水を飛ばす。どちらからともなく笑いがこみあげてくる。
「落ちる直前変な声出してなかった?ぶふっ、ふにゃぁんとかそんな感じで。」
「そんなこというなら釣りの最中に寝だして何のためらいもなく海に落ちるそっちの方がおかしいでしょぉ。あ、釣り道具そのまんまだったから取りに行こうよっ。」
 そういって駆け出すチックを追いながら言う。
「まだ体毛乾いてないだろ。風邪ひくっての、俺も」
「うんっ、乾かすために走るんだよ! ケーチもね。」
 間が抜けてるけど純粋な笑顔でチックは答えた。



 釣り道具を回収すると(俺の釣竿は落ちたらしくとうとう見つからなかった)、俺たちは街の方へ戻る。高校は最高学年、夏休みは始まったばかりのさわやかな昼下がりである。
 ――ここは人(ポケ)口約一万人、半日すれば一周出来る程度の小さな島だ。俺とチックの生まれ育った地でふたりともまだここから出たことはない。
 この島は周りを四つの大国が大体同じ距離で取り囲んでいたため戦略的に重要な拠点とみなされ、住民たちは長い間振り回されまくった経緯がある。その結果として文化が交錯し特殊な風景が出来上がったとされている。何回か起こった戦争に巻き込まれて家族を亡くした人もかなりいる……というか、俺がそうだ。チックも多分。
 十五年前両親を奪った最大の戦争の結果四国は統合して、その際に一応王族であるキャモメ一族を中心とした自治を侵害しないことも認められ。今では世界で最も平和になったって言われてるんだから皮肉としか言いようがない。多分全般的に住民の仲が良いのもその辺りが関係しているんじゃないかな。踏みにじられたものたちの仲間意識だ。
 難解な景観と複雑な歴史を持つこの島だけど、それらを統一しているのはぬけるように青い海と空、柔らかく静かな太陽、そして少し冷たい海風。白い石造りの家が立ち並ぶブロックからピンクのコンクリートのアパート、木の実屋さん、東洋風の木造建築「オテラ」といった建物がこれまた東のオセチリョウリの様に順番に並ぶ通りを二人並んで学校へ向かっている。

 となりでニコニコしているこの白い鳥みたいな妖精みたいなのは同級生で幼馴染で親友で家族みたいなもん(長い)、のチック・コリアだ。♂だけどぬいぐるみみたいにかわいい。
 トゲチックはもともと周りの感情の影響を受けやすい種族だけど、こいつのそれは特に酷くてダメージが直接心臓に伝わる。下手な土地では生き抜いていけないほどに。でも逆に言えばどうやらプラスの感情は体に良いように働くようで、平和なこの島では基本的に健康だ。
 そんなこともあり俺は幼少時から物事を気楽に考えるのが癖になり、それがいつのまにか気質として定着してしまった。
 ついでに自己紹介も少ししておくと、俺はキノガッサのケイチ・スズキ。エネコロロだった父親(覚えてないけど)の血が濃く、ちょっとフサフサだったり耳がそんな感じだったりする。みんなにはケーチと呼ばれるけど、なんか「ケチ」みたいで嫌だったりする。……はぁ。


 ――こんな事を考えているうちに学校についたみたいだ。
 校門ではいつもの三人メンバー残りの一人であるリック・ライトが腕を組んで待っていた。耳が風に揺れている。
「チック、と、ケーチ……」
 やばい。何か顔が怖いぞ。しかも「ケーチ」の段階で怖くなったぞ。心なしか風の強さも増してきた。頭上の雲も……何か暗く妙な音を立てている……
「懺悔の文句は用意できてるわね?」
 ああ。そういや寝てたり溺れかけたりして時間なんて全く気にしていなかっt
 派手なかみなりが2発落ちた。

「さて。もう一度言うけど、懺悔の文句は?」
 リックは俺を厳しく睨みつけながら片手のグーで頭を押してくる。時計は2時を回っていた。確かに昨日の約束では1時のはずだった。けど……俺はカサと耳を抑えながら涙目だ。
「なーんで2発とも……痛い……俺に落とすの……痛い……」
「チックにかみなりなんて落とす訳ないじゃない。あんたはともかく」
 リックはチックに抱き着いて首回りをもふもふさせながら言う。何故かこいつは良くチックと公然とスキンシップを取る。……俺もあんまり人の事は言えないかも知れない。当の鳥は苦笑気味だ。
「遅れてごめんねぇ。ちょっとケーチが海に落ちちゃったりして……」
「ほらやっぱりあんたの所為じゃない」
 所謂ジト目ってやつで冷ややかな視線を送ってくる。くそぉ……
「……痛い……遅れたのは謝るけど。……痛い……」
「五月蠅い。何処行くの?浜辺……はやめよう。鶫の辻かレインボウかな」
 『浜辺』とは良くいろんなものが流れ着く海岸の事だが、もう俺だって体力も無いし水だって溺れかけて飽きた。鶫の辻も、一昨日行ったしなぁ……
 結局、気軽な喫茶にしようと言うと二人も了解した。
**2.アット・ザ・レインボウ~ホープ・フォー・ハピネス~引き裂かれたカーテン [#l8dfb9f9]

 街の港に面した角に立つ潮風薫る喫茶「ザ・レインボウ」はそれなりに賑わいを見せていた。厨房で店主のデヴィッドはため息を一つ。二つ。
「どうしたんですか?マスター」
 唯一の店員であるウェイターのオニスズメが心配したのか、手を忙しなく動かしながら親しげに尋ねる。
「いやぁ、それなりに入る客に対して売り上げが比例しないのは良いんだけどねぇ。なんというかさぁ」
 それじゃここの少し安過ぎるコーヒー代を値上げすれば良いじゃないですか、と期待された返答は既にサンドイッチを客席に運びに行ってしまった友人のオニスズメからはかえって来なかった。

「―それじゃ断ったわけ?」
「とりあえずね」
「リックとポーカロ、相性よさそうなのに。」
「でも、また同族でしょ」
 いつもの行きつけの喫茶店に入った一行は賑やかにリックの恋の話に花を咲かせていた。『また』というのは他でもない、リックの家系は純系も純系のデンリュウ族なのである。しかも別に固い家柄でもなく、偶然に毎世代の当主が連れてくる結婚相手がデンリュウだっただけというのだから全く驚きだ。だからこそちょっとした運命への反抗心が負けず嫌いのリックにはあるのだろう。
 ♪~ほーぷふぉーはぁーっぴねす!はぁ~っぴねす!はぁ~っぴねす!
 突如聞こえてくる妙な歌に俺は思わず気を取られる。相変わらずここの店主は変で面白い音楽をかけているなぁ。音楽好きのケイチは自然に頬が緩む。――大体ハピナスがどうしたっていうんだ。ハピナス可愛いよなぁ。きっとこの曲をやってる人、ハピナスの事大好きなんだろうな。ほっぺたを濃い桃色に染めたハピナスと二人で踊っている光景が目に浮かぶ。あ、でも同じしあわせポケモンとなら良く踊ってるか。ちょっと意味が違ってこっちはあんまりロマンは無いけど――
 そんな事を考えている内に話はとっくに先に進んでしまったらしい。
「もしもし? さっきからぼ~っとしてるよ。ケーチはどう思う?」
「え、……ポーカロの奴を振った所までしか聞いてなかった……」
 リックはかみなりさえ落とさなければ、ほっぺたはほんのり赤いし背は高いしスタイルは良いし美人の部類だと思う。ちょっと褒め過ぎた。
 ちなみにポーカロはクラスメイトのデンリュウである。良いやつだと思うんだけどな。何となく見た目でいえばひょろっとしたポーカロはお似合いと言えなくもない。見事にリックの尻に敷かれそうだけど。

 トストスと音がして、注文を取ったウェイターのオニスズメではなく直接店主のアーケオスが注文したコーヒーを運んで来てくれて、渋いテノールでフランクに話しかけてくる。この三年間かなりの頻度で来ている常連の俺たちの事を気に入っているみたいだ。
「やぁ君たち。もう学校は夏休みなのかい?こちらエスプレッソとコーヒーフロートとカフェモカです」
「こんにちはぁ、そうですよ。あ、ぼくはフロートです。」
「モカはこっちに」
「…エスプレッソが俺です。この曲、何ってバンドですか?相当ハピナスに愛を捧げてる曲ですよねっ」
 俺がそういうとマスターのデヴィッドさんは吹きだした。俺は呆気にとられる。何か変な事でも言ったかな。くっくっくと黒っぽい翼を口に当てて笑いを引きずる。
「いや、ごめんごめん。そういうことで良いんじゃないかな。うん、それが正しい解釈だと思う。それがロックだ!サイケデリック!サマーオブラブ!うんうん。あ、ちなみにバンドはソフツだよ!」
 そんな訳の分からん事を言って一人で頷きながらケイチの頭をぐしぐしと撫でると、忙しいのか向こうのアブソルの座っている席へ行ってしまった。リックが苦笑しながら口を開く。
「…マスターは相変わらずね。ケーチの趣味が良く分からないのも。ヘルガイルとかの方が分かりやすくて好きよ」
 ヘルガイルとは今を時めくアイドルダンスグループだが、俺は良く覚えてない。とりあえずメンバーにヘルガーが居るんだろうとは思う。
 ……こいつ、こんなひねた性格してヘルガイル好きなのか。へぇ。
「何よニヤニヤして。ヘルガイル好きで悪かったわね」
 図星だ。
「ごめんごめん。自分でも何が良いのかなんて説明できないって。…なんか、魂に来るんじゃないかな」
「魂ってことばの熱さとその口調があってないよ。」
 チックに笑われてしまった……
 本当は説明出来ない訳じゃないけど、こういうときにとっさに言葉が出てこないんだ。だから半ば諦めてそう言う。あ、そうそうソフツ、ソフツ…覚えておこう。
 こんな取り留めも無い話に飽きることなく日が暮れるまで過ごす三匹で過ごした。


「ふー、疲れた」
 リックと別れてチックと、我が家である黄色の二階建てアパートへ戻ってきた。
 簡単に説明すると二人は中学校に入るときから孤児院を適当に出て一緒に暮らしている。説明終わり。
 アパートは普通のユニットバスキッチン付きワンルームで、二人で暮らすんなら変に広いより狭い位の方が良いというのは俺の持論だ。有り余るより少し不満があるくらいの方が、何でも良いに決まってる。とか言ってその不満は主に俺の荷物が散らかってる事に起因したりするのだけれど。
 ちなみに孤児院出身の俺たちは家賃は両親の友人だったという家主さんの好意に甘えてタダになっている。普段の生活費は遺産で賄っているけどそんなに多いわけでも無いのであんまり贅沢はできない。
 今日の夕飯は喫茶店で早めに済ませてある。あとはゆっくり過ごして、寝るだけだ。
 唐突に部屋中が細かく唸りを上げだした。
 あれ? 揺れてる……地震!?                               ≪ア≫
 揺れはすぐに収まったけど、チックが不安がってないかが心配だ。
「ケーチ……」
 振り返るとチックが青ざめた顔で目に涙を溜めている。
「大丈夫だった?具合悪いの?ほら、おいで」
 問いかけると、とふっと俺に飛びついてくるチック。柔らかい羽毛と甘い匂いが肌をくすぐる。……羽の近くをポンポンと叩いてやる。
 先述したようにチックは自分や周りの感情に左右されやすく心臓が不安定だ。でも、それは逆に言えば誰かが安定剤となってやることで緩和出来る。
 こんなに近しい人が風前にさらされた灯火みたいなのは怖いけど、でも、だからこそちゃんと向き合わないと。悲しんでいる時や怖がっているときはこっちの余裕を分けてあげる位しか出来ないけど、チックもこっちが辛いときに幸せを分けてくれる。
 なんだかんだ言って二人の生活は凄く楽しい。もちろん他のみんなもこいつの事を大切にしてくれているけどさ。
 ……でも、最近はそれにしても少し様子がおかしい。
 夏休みに入ってから、妙に不安げな表情を見せたりする事が多くなった。海が時化たり、急な風が吹いたりする事に。(思えば急に妙な天気になる様になったのも夏休みに入ってからだ。)
 今まではすぐに安心していつものにこにこしあわせふりまきポケモンに戻ってくれていたのになぁ。
「チック、どうしたんだ?教えてよ」
「わかんない…わかんあいけど…うぅっ……」
 いつもは高めの体温も低いし呂律も回ってない。いよいよ心配に拍車がかかる。
「大丈夫。大丈夫だよ。ほら」
 五分くらいそのままでいると大分落ち着きを取り戻したようで、温かみも増してきた。
「ありがとう…あのね……上手く説明できないけど、今無性に不安になって。地震といっしょに。何か……。」
 また少し怯えるような仕草をしたので背中をさする。
「無理して喋らなくて良いって。思い出さない方が良いから早く寝よう」
「…うん。」
 むしろ俺の方もチックが心配で仕方なくて(注・心配と不安は違うんだぜ。エスパー論では不安は恐怖に近い感情でマイナス、心配は基本的に誰かを慈しむ心だからプラスに働くらしい)、互いに体温を確かめ合いながら眠りについた。ちょっとドキドキする……って何を考えてるんだ俺は。


**3.雨滴れ~ラム・ライズ・ダウン・オン・ブロードウェイ [#p6ab8607]

 ……ん。何か外が騒々しい。雨……というより嵐に近い? 時計を見るとまだ深夜二時、暗い外と屋内を隔てる窓のカーテンの隙間、行く筋もの水が凄い速さで流れている。
 この島では激しい雨が降ることは滅多にないので俺はテンションも高めに飛び起きた。ゴチン!!!!!
「!! あっぐうううううおおお」
 ……低い天井に頭をぶつけてしまった。この様な事は一度や二度ではない。
 チックを今の音で起こしてしまわなかったか見ると、一度寝返りをうったがまだぐっすり夢の中の様だ。こいつよだれまで垂らしかけている。
 鈍い鉛のような痛みでじんじんする頭を押さえて(そういやかみなりのダメージも回復しきっていない)うめき声を押さえながら台所へ歩く。

ザーーーーー…ザーーーーーー…ザーーーーーー……
 窓へ近づくと外の雨の激しさがいよいよ実感できた。雨が降りそうな気配なんてあったっけ?俺は雲の読み方を知らないけどそれにしてもちょっと不気味だな。
ザーーーーーー………ザーーーーーーー…………ン…………

 ……今、俺何も声出してないよな。何か聞こえたような気が……この前マスターがかけてたどこか逝っちゃってるバンドの宇宙語みたいな。コバイア語?だったっけ。謎の宗教みたいにハマタイ!ハマタイ!って叫んでさ、って冗談じゃない。
 妙な鳥肌が立つ。鳥でもないのに。鳥でもないどころか草でも獣でもないし。こうして考えるとキノガッサって何なんだろうなぁ。自分でも分からなくなってきた。チックに聞いたら「ケーチはケーチだよ。」とか答えてきそうだ。
 ちなみにさっきから考えを変な方向へそらしているのは無論、意識的にである。こう見えて臆病な俺はさっさと用を済ませて水を飲んで、布団の中へとカムバックした。
 頭の中でコバイア語が渦を巻く。宇宙から何か俺にメッセージを送っているようで…

「ケーチ、もう朝だよー。」
 目を開けるとチックが首をかしげてこっちを見ている。俺は大きな欠伸をひとつ。どうやら雨は昨日の夜より落ち着いたようだ。しとしとと空気を濡らしている。
「んー、おはよう。昨日の雨凄かったぜ」
「そうだったんだ。起きたら降っててね、ベランダの鉢がだめになっちゃっててちょっと悲しい。……昨日はごめんね」
「良いって」
 しゅんとしているのでちょっと一緒に悲しんで、元気を出すために朝食。基本的に料理は交代だ。卵焼くだけで料理と言えるのかは何とも言えないけど。
 スクランブルエッグを食べた後また花を植えようと約束して、トランプしたり枕を投げ合ったりトランプを投げ合ったり(複合技である)している内にさらに小雨にはなってきたが完全には止まない様子。
「リックに電話してみっか。傘持てば出かけられそうだよ」
「じゃあぼくかけるね。」
 ジーコ、ジーコ、ジーコ、ジーコ、ジーコ。……あ、もしもしリック? うん、ぼく。……
「ねぇ、どこにいく? ってリックが」
「合流してから決めようぜ」
「わかった。」
 ……じゃぁ、今からいくね。ばいばい! …… ガチャコン!
 さて出かけるか。

 リックの家は街外れの丘にあるかなり大きい館で、しかも真っ黒という見た目なのでなかなかの威圧感がある。まぁでも中は温かいし豪華だし、住んでる人たちも優しい人ばかりだ。
 チャイムを押す。ギィンゴォン……(チャイムまで不気味な音なのはどうかした方が良いと思う)
「はーいどなたですか?」「ケーチとチックですー」「はいはい。リックに行かせるわ―」
 ちょっとしてから尻尾をぶんぶん揺らしながらリックが門まで出てくる。
「雨なのに外に女子を連れ出すなんてあんた達位って」
「お前が本当は雨好きだから誘ったんだろー。わくわくしてる尻尾が嘘付いてないぜ」
 ドガシャァン!!!
 水は電気を通すだか雨はかみなりの命中率を上げるだか知らないけど、今日の一撃は良く効いた。


 俺が消し炭から元のキノガッサに戻るまでにどうやら行先は例の浜辺に決定したらしい。
 この浜辺は良くいろんなものが、しかも結構使える状態でかなり流れ着く。俺のレコードコレクションの大半はそこで見つけたものだ。……まったく不法投棄するんじゃない、大陸の奴ら。その代わりというか何というか、まず街からは割と遠い。そして範囲が広い。逆に言えば上手く使えば一日中ここで楽しめてしかも戦利品も手に入る、お得な穴場遊びスポットだ。
 いつもよりもグレーがかった空の下をオレンジと白と緑の傘(一応言っておくが頭のじゃなくてな。にしても分かりやすい配色だ)が並んで歩く。
「お前の家昨夜は大変だったろー」
「そうそう。だって地名になるくらいなんだから」
「そういや何で今日の行先浜辺なんだ? わざわざ小雨降ってるのに遠出なんて」
「少しは自分で頭を使ったらどう」
 え。そんな事言われても……
「あれだけ嵐になったんだから、きっといろいろ流れ着いてるだろうってリックがさ。」
「なるほど」 
 郊外の『嵐が丘』にあるリックの家から街の方へ戻って、こまごまとした路地を抜けて大通りの南端の交差点『鶫の辻』へ。小雨が降っていることもあって人影は少ない。カラフルな建物が多い大通りも北上するにつれ、何故か城壁の一部や良く分からない不思議なモニュメント、縦から半分になった鉄塔なんかがモモンやオレンの畑の中に点在する空間になる。シュールレアリズムそのものだ。
 視界は開けて、徐々に空の占める割合も増えていく。大通りはいつしかただの舗装されてない広い道へ。それの突き当りのT字路を東に、森を突っ切る道へ入る。曲がりくねった林道を抜けて、……
 で、あるポイントで横に逸れてガサゴソッとトンネル状になった草むらを抜けたら急に景色は変わる。
 青い海に白い砂に強い風。『月の浜』だ。

「着いた、疲れたー! 昼飯にでもしようぜー」
 確かにこの前洗いざらい綺麗にした(もちろん貰いたいものを貰っていくだけじゃ駄目だ。誰がどう見てもゴミな物、そして自分たちはいらないけど誰かは欲しがるかもしれない物、はまとめて置いておくのが紳士のマナーってもんである。紳士はものひろいに来たりしないか)はずだけど、既に多くの漂流物が流れ着いていた。列挙しよう。
 ゴミ、ゴミ、良く分からない機械、ゴミ、タイヤ、レコード(早くも一枚目ゲットか)、帽子、良く分からないもの、鉄くず……
 良く分からないもの?
 何だろう。あれは。
 ――何やら大きいブツが流れ着いている。白に、藍に、赤……?周りの砂も、赤に染まっている。
「あ、あれって、」
 チックの肩が震えている。
 きっと俺もだろう。
「どうしたの二人とも…、?……あれって……


 ド○えもん的な、あ……れ……」






















 約一分の沈黙と緊張。
「ひっ…やだ…本当にド○えもんじゃ」
「助けないとっ」
 チックが走り出した。俺にはすぐに動けるだけの心理的余裕はなかった。冷や汗が吹きだすようだ。
「いやっ、チックっ、多分その人死んでるわよっ。……でもっ、誰か、探してくる……!!」
 俺は心を奮い立たせてチックの後を追う。
 その、見たことのないポケモンは、本当に傷だらけで血塗れでボロボロで。羽が片方、千切れかけて鬱血している。正直見るに堪えないほど痛々しい。俺は少し呻いて後ずさる。チックが体を触って何かを確かめている。脈をとっているようだ。
「チ、チック、生きてるのか?そのポケモン」
「たぶん、どっちともいえない。おねがい、ケーチ。ちょっと離れてて。」
 そう言うと意を決したように両手をそのポケモンのお腹に当てる。……? 何をしようとしてるんだと思った瞬間、まるで空気を破裂させたような衝撃波が響く。もう一発。もう一発。もう一発……
 ここでやっとチックが何をしているのかに俺は気付いた。
 遅すぎた。
「チック!やめろっ!」
「離してっ」
 抵抗するその腕には力がない。焦げ臭い臭いもする。それもその筈だ。多分今やってたのは『ドレインパンチ』…普通とは逆にその力を自分の中にぶつけて、エネルギーをこの血まみれのポケモンに注いでいる。同じ技を持っている俺も考えられないほど危険な使い方だ。
「ケーチ。ケーチ……。」
 はっとしてチックに目をやると琥珀色の丸い(月の様な)目からぽたぽたと滴を落としている。どれだけ鍛えてるポケモンだって悶絶するような痛みだろう。きっと名前も知らない相手にするような行為ではない。
 でも、その顔はもっと違うことを考えている顔だって俺には分かった。
「ぼく、この人助けられなかったら、ぜったいに後悔する。上手く言えないんだけど、……絶対にいけない気がする。」
 ――何となく、何を言ってもやめないだろうと悟った。
「じゃあ、俺もやる」
 俺はエスパーじゃないから衝撃波は使えない。……格好悪いけど、仕方ない。左手を『それ』のぞっとするほど冷たい肩に付けて、右腕を思いっきり伸ばして。
 バッキイイイイイイン「むぐぶっ」
 ……自分の右頬を思いっきり殴る。少し戻ってくる温かみは、全部左手にくれてやる。
「も゛んぐないだろっ」
 痛みで情けなくも泣きながら半ばヤケになって言うと、きっと酷いことになってるであろう俺の顔を呆気にとられたようにと見て、それからボロボロ涙を流しながらくしゃっと泣き笑いみたいな顔で頷いた。
「…ありがとう。」
 あー、この鳥は、やっぱり優しい。正直俺は一発で後悔してんぞ……もう。

 その後は、大混乱ってレベルでは無かった。
 助けとして大人のカイリュー二匹とゴルダックとリックの親から境界は微妙だけど野次馬多数(いや、だって流石にコイキングは野次馬とみなされても……)を連れてきたリックは最初よりも数段大きな悲鳴を上げた。
 ……当然だろう。死体にしか見えないボロ雑巾が約二名増えてやがるんだから……
 ばたばたと大群が俺たちの周りに駆け寄って勝手なことを言う。
「私が離れたばっかりに…」
「さっ、殺ポケ事件じゃねえのかこれは、連続殺ポケ事件っ」
「死体は一つじゃないのか!」
「お若いのに可哀相に」
「い゛、いぎでう…いぎでうしこどざでてもねえ」
「ぎゃああああああああ喋ったああああああああああああ」
 そんなこんなで、主に顔にダメージを負いまくった俺も気を失ったチックもまともに喋れず。状況の把握を全く出来てない周りの大人も含めうるさいったらありゃしなくて…
 一つ幸運だったのは、この時点で俺たちは元ド○えもんの蘇生に成功してた事だ。
 その内、再び渦巻くコバイア語と共に俺の意識もブラックアウトした。じぇいすんだたっ、じぇいすんたたっ…


**4.ニューポート病院への訪問~メモリー・レイン、ヒュー~ヘッドロス [#va7e9abc]

「……さーばだばびだっ、ばんばん……うぅ~」
 目が開き……にくい。うっすらと開けるとひょろ長いデンリュウが目に入った。目があった。「うっ、うわわわわっ」
 ドガシャアン!銀色のワゴンを引いていたハピナスにぶつかる。ほーぷふぉーはっぴなす……
 それにしてもなんだ、失礼な奴だな。人の顔見て後ずさったりして。そういや俺ってなんでここに居るんだっけ?というかここはどこだろうか。
 あ、このデンリュウポーカロじゃないか。このひょろーんとした声はそうだ。
「看護婦さぁん! 目、覚ましたみたいです」
 消毒薬と銀スプーンと『アイスの木のスプーンみたいなアレ』まみれのポーカロが言う。そか、ここ病院か。なんで? …………しゃばだんだんだばだ…………
「ばんだばだっ、ああーーーーーーーーー!!」
 俺の意識が完全に覚醒すると同時に脳内で大量の宇宙人が荘厳なコーラスを付けてくれた。それにしてもアイスの木のスプーンみたいなアレは何って言うんだろうな。


 どうやら俺は大通りの中心に位置するニューポート病院(というより実際は診療所に近いかな)に運ばれて二日眠っていたらしい。あのポケモンもチックも他の部屋に居てまだ目覚めていないとの事だ。凄く心配だ。でも、それより先にこれから自分に怒る事を心配すべきだった。
 ばったばたと次々駆け付けてくる知り合いたち。
 ポーカロや他のクラスメイトに怒鳴られ。
「何であんな無茶なんてしたんだよう!」
 駆け付けたリックの家族とリックに怒鳴られ。
「何であんな無茶したの!(10万ボルトは周りが止めてくれた)」
 大家さんや先生に怒鳴られ。
「何であんな無茶したんだ!」etc...
 でもみんなその後に決まって無事で良かった、って言ってくれてちょっと目頭が熱くなった。でも、俺はやっぱりチックとあのポケモンの事が心配で、一日をベッドの上で暇に過ごした。

「――にしてもびっくりしたよ、本当。戦争以降平和なこの島にこんな大事件が起こるなんて。しかも騒動の主犯は君たちだしさあ。ははは!新聞にラジオのニュースに警察に復活するかと思ったよ」
 目が覚めてから二日目の朝は稼ぎ時のはずのレインボウのマスターまで時間を見つけて来てくれていた(そういやこの人だけは俺の事を怒らなかった…逆に恐ろしい)。ちなみに新聞もラジオのニュースも警察も、今はこの島に存在しない。
「勘弁してくださいって」
 最初はまともに話せなかった俺も慎重になら発音できるくらい回復した。顔の包帯は一度外したら自分でもドン引きするレベル(敢えて形容するなら、潰れたおまんじゅうだ)だったのでまだまだ外せない。
 マスターが出ていくと、入れ替わりにこの病院に二人いる看護婦の内のもう一人――キュウコンがにこやかに入ってきた。
「ケーチさん、お薬です」
 うー……俺は唸り声を上げながら包帯を一旦外して拷問かと思う仕打ちを受ける。これだけは絶対に慣れる事はないだろう。下手したら自分で自分をボッコボコにした事より痛いかもしれない。
 薬を塗り終わってもキュウコンさんは出ていかない。俺が首をかしげると、
「報告があります。チックさんも例の方も、今朝目を覚まされましたよ」
「ほっ、本当ですかっっ」
 ゴッチィィィン!!略。
「会いに行かれますよね?私の肩をお貸ししますよ」
 頭頂部に包帯を追加した後、キュウコンさんと隣の部屋に行くと昨日はまだ寝ていたチックが寝ぼけ眼で起きていた。
「ケーチ、ごめんね。」
 真っ先に謝ってくるチックに俺は俺が望んでやったんだから良いって、と励ます。幸い精神的にも良い状態なのかとてもあったかい。安心した。
 それから俺は横の椅子に座ってアゴをベッド上のテーブルに乗っけて、しばらく二人っきりで話をする。やっぱりチックは俺以上にあのポケモンが心配な様だった。
 少しするとリックも見舞いに来る。ちょっと涙ぐんだかと思うとバカねっと顔を撫でて、俺の時とはまるで違う穏やかな再会だった。(……)
「何か騒がしくなってきたな。みんな謎のポケモンを見に来たのかな?」
 まったくこの島のニュースの伝わる速度……まぁこんなこと滅多にないからか。
「全くみんなそっとしといてやろうとは思わないの、よし見に行こう」
「……建前と本音が一致してないぜ。チック、動けそうか?」
「うん、なんとか。」
 主にリックが二人の肩を支える妙な連なりを作って部屋を出る。


 そいつの目は深い紫色だった。

 十人ほどが病院の一番奥にある個室…そこを覗き込むように群がっていた。流石にずけずけ入るのは憚られたんだろう。それを縫って一番前に行って見てみる。
 院長で、島で唯一の医師のマッスグマさんの座る横に、血が滲んだ包帯ぐるぐる巻きになったあのポケモンがベッドの上で上半身を起こして俯いていた。身体は最初に思ったほど大きくない。とはいえは二メートル弱はありそうだ。年齢も良く分からないけど、これも思ったよりもかなり若い(近い年の様だ)。
 こっち側に来たハピナスが苦笑しながら、
「もう少し落ち着くまで野次馬は遠慮してください。あなたたちは入る?」
 と聞いてくれたのでスポンッ、とチックから先に人人混みから抜け出て病室に入った。俺とリック(こいつも一応第一発見者か)も。
「やあ君たち。ちょっと良いかな」
 温和な院長先生が話しかけてくる。
「……どうやらこの患者、ショックからかしばらく声が出せないようなんだ。朝から診療しているけど、傷は酷いけど二週間治る。……それ以上の事が分からない。どこから来たのか、名前が何なのか……」
 うーん。こんな事が起こるなんて月の浜に行ったときには考えもしなかった。というか、この島でこんな事が起こるなんて。
 平和ボケなんて俺は別に悪いことじゃないと思うけど。
「その、ぼくたちに話させてくれませんか。エスパータイプなので、分かることがあるかもしれません。」
 申し出るチックにリックが止める。
「チック! 危ないって。まだこのポケモンの正体も、精神状態も分かってないし。筆談は出来ないんですか」
「試したんだけど、ペンも握れなくて、ぼんやり宙を眺めるだけでね。医者ともあろうものが情けないよ」
 マッスグマさんは凄く残念そうに話す。
「じゃぁ、呼びかけから試してみても良いですか」
「うん。一般人の君たちに頼むのは心苦しいけど、お願いできるかい」
「はい。」
 俺たち三人はゆっくりとベッドへ近づいた。緊張する。
「……このポケモン達は、倒れていたあなたを最初に見つけて処置してくれた方々です。少し話を聞いてもらえますか?」
 少しの沈黙を置いて。固まった空気をかき混ぜるようにゆっくりとこっちを向く。
 その顔がチックの方を見て固まった。
 石の様だった瞳が揺れている。何か言いたげに口を動かす。
「……!」
 すっ、と息を吸ったチックも震えている。瞬間、ふらりとチックは倒れた。
 続いて、衝撃波。


**5.シュリープ [#g5475c63]


 彼は自分が何故こんなに動揺しているのかも分からなかった。ただ、あのポケモンを見た瞬間押さえていた何かが爆発しそうになって。初めて見たはずのあの琥珀色の瞳に見透かされている様な気がして。(何か大きな見落としをしていた筈だ――)【嫌だ】
 ……何を考えたのかも、何を思い出しそうになったのかも分からない。気付いたら、そのポケモンは倒れてて、自分は『ひかりのかべ』を作って半径2メートル以内のポケモンを弾き飛ばしていた。
 怖い。怖い怖い怖い怖い怖いこんな、怖い怖いことを怖い怖い怖いしちゃ。
 駄目なはずだ。嫌だ。何も考えたくない。何も思い出せない。怖い。痛い。思い出さなくちゃいけない。思い出したくない。


 ……『本日第二の騒ぎ』が一段落して、夜は更け始めの八時。外は豪雨。チックは意識こそ数時間後に取り戻したものの、何か複雑な顔をしてずっと辛そうにしている。
 『ひかりのかべ』の衝撃で近くに居た院長先生も俺たちも吹っ飛ばされた。俺たちは特に問題なかったけど、院長先生は頭からマンガみたいにぴゅーっと血を吹きだしながら混乱が広がらないよう周りへ的確な指示を出すのでかなりびっくりした。
 ずっと三人で静かに過ごしていたが、ついにリックが口火を切った。
「チック。その、辛かったら良いんだけど――あのポケモンの事で分かったこと、何かある?」
 チックは答えかねているようで、もどかしそうに口をもごもごさせている。ゆっくりと首を振ってぽつりぽつりと話し始めた。
「分からない。けど、ぼくの事、知っていたのかも。動揺がふくらんだかと思ったら、急に苦しくなって。」
 ――話すのを躊躇っている。
「大きな、暗い色が。見えたと思う……それが何なのかは、分からない。けど、きっと悪いポケモンじゃないよ。……お願い、あのポケモンを責めないで。」
 個人的には、すごく複雑な心境だ。でも、チックの言葉で一応心は決まった。
「分かった。今日はもう寝よう。本当はベッドが部屋に二つあれば俺もこっちで寝れたんだけど。……無理はするなよっ」
 チックが落ち着くようにしばらく横で静かに取り留めのない話をしていたら、いつの間にか寝息を立てていたのでリックにもさようならを言って病室に戻る。


 ……そろそろ先生たちも眠っただろう。
 数時間後、頃合いを見計らって、忍び足でゆっっっくり奥の部屋へ向かう。
 そっと引き戸に手をかけて……鍵がかかっていたらその時点でアウトだ。まぁトイレは各個室にないので多分……うん、開いた。
「もしもし。起きてる?昼のキノガッサだよ」
 微かに空気が揺れる音がした。落ち着いて、落ち着いて……
「あのときは、急に驚かせてごめん。少し、話がしたいんだ。君がまだ喋れるかどうか分からないけど……入ってもいいかな」
 こころなしか、張りつめた空気が少し緩んだように感じた。
 ……拒否されないという事は多分OKだろう。俺は静かに入って、昼は先生が腰かけていた椅子に座る。暗くて相手の視線が何処に向いているのかも分からない。
「俺はケイチ・スズキ=キノガッサ。島内の高校に通う、フツーの高校生だよ。そういやタメ口で良かったのかな。……まぁ良いと勝手に思わせてもらうぜ。とりあえず、その。勝手に俺が喋っていいのかわからないけど、喋らせてくれよな。……言論の自由はキャモメ家が保証してるし。
 いきなりだけど、俺はお前が誰なのかも、どこから来たのかも、何で死にかけてたのかも分からない。けど、今話しているのは、誤解を解きたいからなんだ。俺はお前を、信じることにする。悪いポケモンじゃないって。
 ……いきなり馴れ馴れしくもそんな事を言うのは、俺の横に居たトゲチックのせいでさ」
 少し――空気が張りつめる。
「あいつの名前は、チック・コリア=トゲチック。俺の親友というか、何というか……上手く言えないけど。
 大切な奴なんだ。小さいころからずっと一緒でさ。
 穏やかで、優しくて、自分よりも目の前にいる奴を大切にしたがる。……君の時もそうだったんだよ。いきなり自分の体力を無理やりなやり方で分けだして。
 それでさ……その。何に驚いて、何に怖くなったのか、何も分からないんだけど」

 息を吸う。
「チックはそんな奴で、何も怖がることは無いぜ。きっと何も分からない土地に突然来て、不安だと思うけど。
 それならその不安は俺が聞くよ。もし他に原因があるなら、それも聞く。
 正直、昼の事があってちょっと怖かったりしたけど、チックが信じてって言ったから。あいつの人を見る目は確かなんだ」
 ……なんか今更一人でべらべら喋ってるのが恥ずかしくなってきた。…聞いてくれてるよな。聞いてくれてると信じよう。
「まぁ、そんな訳で、とりあえずひとまず落ち着きなよ。この島の人はきっとみんな親切にしてくれる。
 その、さ」
 ……
 変な締め方になってしまった。やっぱり真面目に話すのはあまり俺向きでなかった。
「…ラン……」
 喋った。枯れているのかしわがれているけど、ノーブルな声だ。
 立ちかけた俺は驚いて席に着きなおす。
「……アラン……ゴウエン……だと思う。名前……
 種族は、ルギア。それ以上の事、思い出せないんだ……」

 初めて聞く種族だ。
 そして、昼から何となく感じていた通り、やはり記憶喪失だ。俺はちょっと胸が苦しくなる。きっと、不安で仕方ないんだろうな。

「――アラン。アランだな。これからよろしく」
 でも、精一杯微笑んで手を差し出した。何、とでも言いたげに困惑顔をしている。……ひょっとして……
「握手、知らない? はは。こうな、友好のしるしに手を握り合うんだよ」
 もぞもぞと掛け布団から、怪我が酷くない右の羽が出てきた。血と汗と、消毒液の混じったにおい。
 握ったその羽毛に覆われた手の先は思ったより温かくて、柔らかで滑らかだった。
 立ち上がったその時、後ろから声をかけられる。
「その、……ありがとう。……少し、楽になった……」
 なんとなく、もう昼の様な事は起こらないんじゃないかって、俺は思った。
 扉を閉める後ろで、それまでと違ってゆっくりと落ち着いた呼吸が聞こえた。


**6.アウェイクン・ジェントル・マス・タッチング [#c0ccad38]


 翌朝。数日間降り続けた雨は上がり、あの雨上がり独特の気持ち良い空気が流れていた。
 俺はチックを誘って、共有ロビーで朝食を食べる。
「……チック、妙にうれしそうじゃない?」
「ええ、そんな事ないよぉ。うふふ」
「嬉しそうじゃないか。……昨日、アランに会いに行ったろ」
「え、ケーチも?」
 ……無茶するなって念を押したのに。まぁこの様子から見ると結果オーライではあったようだけど。
 その話で妙に盛り上がっていたら、今度はキュウコンさんに二人ともにこっそり夜中に会いに行った事がばれた。
 怒られかけたが、当のアランが現れて静止したためにキュウコンさんはあんぐりと口を開けて数秒した後、せんせいっ、せんせい患者が喋られてますよっと九つの尻尾を振り乱しながらばたばたと走って行った。……一本の尻尾に足を引っ掛けて途中で転んだけど。
 結局、先生に怒られてしまったけど、同じ位ありがとうとぺこぺこ感謝もしてくれた。

 それから、夏休みは三分の二が過ぎるまで三人とも病院だった。というより俺とチックは先に退院したんだけど、すっかり仲良くなってしまってほとんどずっと病院にアランに会いに行ってたんだ。
 結局話せるようになってアランは記憶を失っていることが周囲にもはっきりした。思い出すことを急いているようにも、怖がっているようにも見えるけどきっと一人じゃないから大丈夫、と言ってくれた。まぁ彼についての詳しい話はまた。
 一人増えた四人組で残りの休みをどう過ごそうかな。それがすごく楽しみだ。

 よし!遊ぶぞーっ!













回る
回る
回る
回る
回る
まわる
運命。
廻る時間。
周るこころ。









■始まりは、一枚の絵だった。
----
written by [[ももんが]]
処女作にして長編です。よろしくお願いします。コメント等下さると喜びます。

#pcomment

IP:133.242.139.165 TIME:"2013-01-30 (水) 13:12:47" REFERER:"http://pokestory.rejec.net/main/index.php?cmd=edit&page=%E3%83%AA%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%88%E3%82%A5%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%82%A8%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%BC%201%EF%BC%9A%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%89" USER_AGENT:"Mozilla/5.0 (compatible; MSIE 9.0; Windows NT 6.1; WOW64; Trident/5.0; YTB730)"

トップページ   編集 差分 バックアップ ファイル添付 複製 名前変更 再読み込み   新規作成 ページ一覧 ページ検索 最近更新されたページ   ヘルプ   最終更新のRSS
This site is protected by reCAPTCHA and the Google Privacy Policy and Terms of Service apply.