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ヤタガラス の変更点


by[[ROOM]]

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 非エロです。また、「白い翼と黒い翼」の続編です。そして「群黒の穴」につながっていたり……。

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 ……本当に来るんですか?「灰色の翼」なんて。
 来ます。必ず。私の予言がはずれたことはないはずです。
 ですが……その「灰色の翼」が来たとして、「ヤタガラス」に勝てるかどうか。
 その、ではないですね。「それら」です。
 は?……では複数なのですか?「灰色の翼」は。
 そうです。おそらく二人、片翼は白、一方は黒。ですがそれらは混ざり合い灰色となっているのです。
 団結が固いということですね。しかし「ヤタガラス」ですよ?村の男が全員で束になっても、その手下すら倒せませんでした。それに……
 分かりました。なら刺客でも送ったらどうです?未来が変わるのは立って行動を起こしたときのみです。逆に、行動すれば未来が変わります。どういう形であれ。
 んんー……はい。おっしゃるとおりですね。では私が村長として、先陣を切って自ら立って行動しましょう。未来をよりいい方へ少しでも変えるために。
 それがいいでしょう。「翼」はもうかなり近くにいるようですが、今日はもう遅いです。明日発つことを勧めます。
 そうします。ではまた。
 また。

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 山を抜けたといっても、地面には岩がまだ多くて歩きにくい。それでも背丈くらいの低い木が見られるようになり、森のようになって来ていて、ましになりつつあるのだが。
 結局あの山はきのみなどの生えない荒れた土地であったようだ。だからああいうゴローンのような他人を襲って生活するゴロツキが巣くう。そんな荒れた土地でもそこを離れず、そこに住み続けるのはなぜだろうか?
 “習慣”か。
 理由などない。昔からそうやってきたから、変わろうなどという気持ちは最初から浮かんでこないのかもしれない。
 ずっと変わらないとはどういう気持ちだろうか?
 ゆっくりと、しかし確実に2人は歩く。晴れの空に浮かぶ1つの大きな雲のように。
 雲は何色といえるだろうか?
 普通に考えれば白だろう。だがいま空に浮かぶ雲は、白い部分も黒い部分もある。その両方が太陽――最強の光源――によって色づけられている。 
 光を生み出す太陽があれだけ大きな影を生み出すとは皮肉なものだ。光が強いほど、その影も濃くなると最初にいった奴にオボンを1年分くれてやろう。
 おっと話がそれたな。本題だ。雲は白か、黒か?
 いやそれ以前の問題として、どちらかなのか、両方なのか?
 両方なら……灰色だな。俺たちみたいじゃねえか。
「ねえ、さっきから何考えてんの?ぶつぶつなんか言ってるし、気味悪い」
 白い翼をもつもの―-グッドは黒い翼をもつもの―-イビルに話しかけ、思考をこちらの世界へ引き戻す。イビルは少し驚いたような顔をするが、すぐにもとの仏教面に直り、グッドに説明する。  
「まあいろいろ考えてたけど。さっき考えてたのは雲の色についてだな」
「雲の色?」
 「そうだ」とイビルはいい、続ける。「グッド、お前はあの雲を見てどう思う?」
「ん~そうだねぇ」
 グッドは顔をしかめた。そこまで真剣に考えなくてもいいんだが。
 しかしやがて口元が緩んできて、にたにた笑い始めた。善からぬことを考えているのか。イビルはぞっとした。
「ど、どうした?」
「……おいしそう」
「は?」
「へへへ、わたあめみたぁーい。」
 人間が存在しない、人間がポケモンを表しポケモンが人間を表すこの世界も食べ物は「こちら」とある程度同じだ。もっともポケモンがポケモンをたべるようなことはなく、肉食という概念はないのだが。だからわたあめは存在する。
「じゃ、じゃあ、あの影の黒い部分は何なんだ?」
「チョコ」
 わたあめにチョコなんてかけないだろうが、それを言う前に「黒すぎるだろ」とイビルがつっこむと「ビターチョコ」とわけの分からないことを言っていた。
 ピクッとイビルの眉があがる。
「でもありがとな。」
「え、なんで?」
「俺がそのまま考え事してたらあの木の後ろに誰か隠れてるのに気付かなかった。教えてくれたんじゃないのか?」
「えぇ!誰かいるの?」
 グッドが芝居なのか本気なのかイビルには判断できない。ただ確かなのはグッドが芝居がうまいこと。それは最初の夜で証明されている。
「隠れてないで出てきたらどうだ。何が目的か知らねえが。」
 木の周りの草村がかさかさと揺れ、一匹のポケモンが姿を現した。
「ふう、上手に隠れられてたと思ってたんですがね」
「プクリンか。すこし意外だな。で、何が目的なんだ?」 
 イビルとグッドは目を見合わせる。
 目の前のプクリンはニタニタ笑っている。イビルはこれまで持っていた、プクリンというポケモンについてのイメージを変えなくてはならないと思った。
「……盗賊、と言えば分っていただけるでしょうかね?あんまり手間も時間もかけたくないんですが。」
「手間も時間もかけさせてやるよ」
「いいんですか?私は……強いですよ」
「前も似たようなことがあった。そういうこと言う奴はだいたい弱い」
 プクリンは目を吊り上げ、眉間にしわを寄せた。
「心外ですね。そして失礼ですね貴方は……」
 言い終わらないうちに“転がる”を繰り出してきた。
 イビルはおおよそ予想していたので、焦ることなく翼を硬化させる。“鋼の翼”で身を包み、“転がる”に備える。
 激突、するもののイビルはすこし後退しただけでたいしてダメージはない。
「俺はイビルっていうんだ。お前は?」
 相手に余裕を見せつけるのは勝負で重要なことだ。
「名乗るほどのものではないですよ。」
 いきなりプクリンは顔面に“はたく”を繰り出す。ここまでは予測できずイビルは直撃する形となる。
「くう、不意打ち好きだな」
 “はたく”の威力そのものがないのが幸いしていた。
「それが盗賊です。行きますよ」
 戦いはこれからだった。
 
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 プクリンは強かった。
 不意打ちはもちろん使ってきた。
 ある時はイビルの攻撃でうずくまり、追撃しようとしたら“丸くなる”から威力をあげた“転がる”をしてきた。
 またある時はうずくまった姿勢で、イビルが“丸くなる”を使っていないのを確認したところで近付くと、“ジャイロボール”を溜めていたりと。
 だがイビルも負けてはいなかった。“鋼の翼”を基軸とした独特の戦法は、戦いが長引けば長引くほど防御が上がり、こちらが有利になる。
 お互い表情に余裕がなくなったところで、プクリンはイビルと距離をとった。逃げるのかと思いきや10メートルくらい先で止まった。
「もうそろそろ終わりにしましょうか。楽しかったですよ」
「なんだと?」
 プクリンは目をとじると、ゆっくりと歌いだす。
 プクリンの得意技で、相手を眠らせ、ダメージを重ねて追い詰めてから使えば追撃で相手を永遠に眠らせることも可能な技“歌う”。
 イビルは耳を塞ごうとしたが、仰向けに倒れてしまった。
 眠ったイビルにプクリンが近づきため息をつく。
「やはりこの程度ですか。この方ではヤタガラスを倒すことはできませんね。期待した私が悪かったのでしょう」
 プクリンは踵を返し歩き出そうとした。 
 ……どういうわけか足が動かない。いやそれを言うなら体が動かない。麻痺してるらしい。
「ぷっぷ、かかったかかったやーいやいっと」
 動かせる首だけで振り返ると、トゲチックが笑っていた。
「ふふ、忘れてました。翼が灰色だということを。白と黒だということを」
 グッドが手の電気の威力を高め、“電磁波”から“電撃波”に切り替える。
「イビル。寝たふりはもういいよ」
 プクリンが驚いたのは想像するのは難しくない。
「とどめは状態異常にしてから、というのは同じ考えだったようだな。勝敗が分かれたのは俺たちが二匹だったこと。そして……」
 イビルは間をおいて悪戯っぽく笑う。
「ヤミカラスの特性が不眠だったことだな」
「ふふ……私の負けですか」
 イビルとグッドは再び目を見合わせる。グッドはいつでも“電撃波”が打てる状態だ。グッドは尋ねる。
「さっき私たちを灰色とかなんとか言ったよね?その前はヤタガラスがどうとか。それはどういうことなの?」
「それはぁ、そのぉ…」
 プクリンはわざととぼけているようにイビルには見えた。探りを入れようとプクリンの顔を凝視する。
 後ろで草村が揺れたことにはまたしても気が付かなかった。

 「やめろー!トーチャンをいじめるな!」
 
 ピンクの球状のポケモン、ププリンがさっと飛び出してきた。そこにいた全員が驚いたのは言うまでもない。中でも一番目を丸くしていたのはプクリンのようだった。
「ついてくるなといっただろ!」
「だって~」
「子持ち……」
 グッドは静かにそう呟くと“電撃波”を打ち消した。イビルもかまえを解いた。
 プクリンもププリンも状況がつかめず頭の上に大きなクエスチョンマークが見える。
 白い翼も黒い翼も家族を失う悲しみはだ誰よりも分かっていた。失った経験があるからこそ。
「もうこりただろ。プクリンさん。あんたじゃ俺たちは倒せない。ここら辺でさよならとしようか。行こうぜ、グッド」
 イビルはさっさと歩き始めようとしたが、グッドはそれを制する。
「まだ質問に答えてもらってないわ。プクリン、ヤタガラスってなに?」
 変なところを気にするんだなとイビルは思った。
 プクリンは唇をかんだ。そして重い声を発した。
「貴方がたに、頼みがあります」
 先ほどの形だけの敬語とはうって変わった、敬意のこもった真の意味での敬語にイビルもグッドも姿勢を正した。

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「私はビートと申します」 
「シャープはね、シャープって言うんだよ」
 こら黙ってなさいとプクリン――ビートはププリン――シャープをたしなめる。えへへとシャープが笑う。その姿がやけに微笑ましくイビルには見えた。
「それで、頼みって?」 
 グッドが急かす。ビートは本当にすまなそうな顔をしている。
「まず、最初に言わなければならないことは、私は盗賊ではありません」
 口調が変わったときからそうじゃないかとは思っていたが。
「私はこの近くの村の村長です」
「村長!」
 グッドもイビルも思わず声を上げた。
「イビル、その村、私たちが目標にしてたところかもよ。」
「この近くに他に村らしい村はないので、おそらく貴方がたが目標としていた村は私たちの村でしょう。」
 “私たち”か。この場にいない村民も含めているのだろう。きっとこのポケモンはいい村長に違いない。
「私たちは助け合いながら村を後世へ後世へとつなげていきました。と言っても争いなど血なまぐさいこととは無縁の平和な村だったので、大したことではないのですが。しかし、1年程前、たくさんのポケモンたちが攻めてきたのです」
「それがヤタガラスね」
 さっきから妙にグッドは真剣だ。ビートはこくりと頷く。
「あやつらはヤタガラスのもとに動いている、と言っていました。村に攻めてきたあやつらは食料を奪い、己の満足のために民を傷つけました。死者が出なかったのが不思議なくらいで。私たちも力の限り戦いましたが……。私はヤタガラスの手下で、リーダー格の者と交えましたがやはりかなわず。それから奴らは定期的に村に来て、食糧を求めるようになりました。抵抗しなければ襲わないそうなのですが、本当かは知る術がありません」
「ねぇ、ニーチャンネーチャンたちが“灰色の翼”なの?」
 シャープが急に参加してきた。またしてもビートは注意するはめになった。
「……ですが、数ヶ月前に転機がありました。村に旅の技士がきたのです」
 技士というのはポケモンに技を教えることができる者のことだ。どんな技を習得させられるかは技士の力量による。実力者が多いのも特徴だ。
「技士はスターミーです。あの人は事情を説明するとしばらく滞在すると言ってくれました。“未来予知”が使え、ヤタガラスがいつ来るのか教えてくれました」
 ここでイビルは何かが引っかかる錯覚を覚えた。
「おかげで、心に備えができるようになりました。いつ来るかわからないというのは不安で。それでも状況そのものは変化しません。そんなとき、スターミーが“灰色の翼”が来ると予言したのです」
「灰色の翼?」
 グッドは首をかしげる。イビルも思うところは同じようだ。
「それは、白と黒が混ざってるってことなのか」
「はあ。結束が固いという意味のようですが……」
 よかった。変な意味で混ざってるというわけではないようだ。
「村から自由が奪われ、みな希望も失いつつあります。本当に、本当に自分勝手なのですが、どうか村を救ってくれないでしょうか。数人は村を出ていきました。このままだとさらに出ていくものが増えるのは明らかです。私は村を守りたいのです。それには貴方がたのお力がいるのです」 
 イビルは断るつもりでいた。しかしビートの熱心な主張を前にし、心が揺れた。羽を組んで「うーん」とうなっている。
 その間にグッドが答えてしまう。
「はい!喜んで!必ずビートさんたちの村を救います。ねえイビル?」
 まったくこいつは……
「わかった。俺はどっちでもよかったから。グッドが決めたんならそれでいいよ。」
 ビートの顔がパアーっと明るくなる。
「ありがとうございます!」
 「ほらお前も」とビートはシャープの頭を押さえる。
「ニーチャンネーチャンありがとう!」
「二人ともそういうのは仕事が終わってから言うもんだ。それまで取っといてくれよ」
 ビートは了解したのだろう。だまって深くお辞儀をする。
「では。貴方がたを村へご案内しましょう」
 ビート、隣にシャープ、後ろにグッドとイビルが隣り合って歩き始める。イビルはグッドに問う。
「何でビートの話聞いてるときあんな熱心だったんだ?二つ返事で申し出を受けたし」
 グッドは相変わらずの笑顔で「へへ」と笑う。
「いいじゃん、人助けって。トゲチックの本領発揮!みたいな。それにこれが成功したらヤミカラスが不幸を呼ぶなんて迷信だって証明できるしね」
 まったく、こいつはほんとに……
「ところでビート。いくつか質問だ。敵のことが知りたい」
「喜んで答えさせてもらいます」
 ここで分かったのは次のようなことだった。
 まず、ビートをはじめ、村の人全員がヤタガラス本人は見たことがないこと。ゆえにヤタガラスがどんなポケモンかは分からない。
 2つめ。ヤタガラスの群れはほとんどヤミカラスだが、ブーバー等の炎タイプも多くいること。それはヤタガラスの住処が火山であるのが理由らしい。
 3つめ。ビートが戦ったリーダー格のポケモンがドンカラスであること。
 2つめと3つめから考えられるのは元来ドンカラスの群れだったのが肥大し、火山に住み着いたことで炎ポケモンが加わって更に拡大したということ。
 つまりヤタガラスはドンカラスである可能性が高い。
 4つめ。相手がかなり強いこと。
「着きました」
 いつの間にか目の前には小さい家々がひしめき合うこれまた小さな集落があった。
「これが私たちの村、ラムロン村です」
 こぢんまりとした村道には人っ子一人いない。進行を妨げられることなく風が一直線に流れる。
「こうしてみると平和そうなんだが」 
「……ヤタガラスが来るまでは“平和”ではなく活気に溢れていました。」
 ビートは活気を強調した。青緑色の目はどこか悲しげだった。
 静寂。比較する対象を知らないイビルにとって、これは十分平和だった。反対にグッドは目を細めていた。
 正反対の考えを持つ二人が結ばれたのは不思議と言えば不思議だ。あるいはだからこそ引き合ったのかもしれない。磁石のように。
 不意にがちゃと正面の家の扉が開く。中からマッスグマが出てきた。
 マッスグマはビートに、続けてイビルに目を向ける。そのとき身体をぶるっと震わせた。逃げ腰で言う。
「村長、どうしてヤタガラスの仲間と一緒におられるのですか?早く離れてください!」
 語気は強かった。人違いもいいところだ、とイビルはふんと鼻を鳴らす。
「この方たちは今朝お話した“灰色の翼”ですよ。私が交渉したところ、この村を救ってくださるととおっしゃいました。失礼ですよ。」
 マッスグマは再び身体をビクッとさせる。何を怖がっているんだろうか?神経質なだけか?
「も、申し訳ありません!そうとは知らずそのようなことを」 
「大丈夫、イビルはそんなの気にしないから。」 
 「ねえ」と同意を求め、微笑む。イビルは顔をしかめつつも、つられて思わず頬が緩み苦笑した。マッスグマは「本当にすみません」と再度謝る。
「他のものにも知れせた方がいいでしょう。お願いします」  
 ビートがマッスグマに命令すると、頷き、そそくさ駆けて行った。
 そのときのビートの姿は様になっており、いかにも村長らしかった。
「ところで、先程お話した技士のスターミーのことですが、彼(いや彼女なんでしょうか、と付け足した)は貴方がたが来たらお会いしたい、と申していました。おそらく技を教えたいのだと思います」
 ビートは歩を進め始める。スターミーのところまで案内するつもりのようだ。グッドとイビルは後を追う。さらにシャープがついてこようとする。
 ビートが「先に帰っていなさい」と手を振ったので、しぶしぶどこかへ歩いて行ってしまった。
「その人はどのくらい技を教えられるの?」  
 グッドが短い足で道を踏みしめながら質問した。
「そうですね。かなりいろんな技を教えられるようです。水、エスパーだけではないのは確実です」
 会話はそれだけで、あとは皆無言だった。種がないものは育ちようがない。グッドは種を探していたようだが、イビルは当然探すはずもなく、ビートも同様のようだ。
「ここです」
 ビートが短く言葉を切る。正面にはのっそりと家が建ち並んでいて、そのうちの一軒の前で止まっている。それを隣の家と比較しても、一見した限り大した差は見受けられない。
 地味だな。技士のくせに。
 イビルは上から下までその家を観察する。
「質素が好きなそうで」 
「ああそうなのか」
 ……って、ん?
「俺なんか言ってたか?」
「いえ、何も。ただいかにも地味だな、というような顔をしていたので。」
「心が読めるプクリンなんて初めて見たぜ。」 
「そうですか?ウタにキモチやオモイを込めるには相手のココロを知る必要があるのでココロを“射抜く”のはとても大切なのですよというのもウタにはカタチがありそれはすなわち目に見えないものが……」
「何の話してんの?早く入ろ」
 グッドが話を断つ。ここで断たなければビートは暴走していたかもしれない。イビルは違った一面を見せたビートを目でからかう。
「すみません。娘にちょうどウタのいろはを教え込んでいるので、つい。では入りましょう。」
 手をかける前に自然と音もなく扉が開かれた。
 イビルはぎょっと後ずさるものの、ビートは(以外にもグッドも)微動だにしなかった。中からスターミーが滑るような足取りで現れる。
「相変わらず予知は百発百中のようで」
 皮肉めいているようだが、ビートの表情は明るかった。
「あまりお役にたつことは叶わないようですがね」
「そんなことはないです。貴方には随分助けられました。もちろん、今回もです」
「立ち話も難ですから……」
 スターミーが一歩後ずさり中に入るのを促す。コアが鈍く光る。グッドが流れで吸い込まれるように入っていく。
 ビートは「私は入ったことがない」のだそうで、丁寧に一礼した。
 ここの人は礼儀正しすぎてどうも苦手だ。
 イビルの気の抜けた返事を耳にするとビートは来た道をなぞり帰って行った。イビルは踵を返すとグッドに続いた。

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 当初イビルは、技士と言うと研究熱心で昼夜をとわず実験を繰り返し、こもりがちな部屋の隅に虫ポケモンの巣があろうが壁に染みがこびりついていようが気にしない、陰鬱なものであるというイメージを持っていた。
 その考えは最初スターミーを見た時点で音を立てずに崩れた。元々ただの想像だったので簡単にぬぐい去ることができた。
 かつ、贅沢というイメージもあった。内の暗さを隠すように外見は派手にしたがるものだ、と。こちらはスターミーの住まいを見たとき念頭から消えた。
 そして新たに形成されたイメージはがらがら音をたてて崩れることとなった。
「なんだこれは……」
 部屋にはちょうどグッドの背丈くらいの台がある。その上は所狭しと彫刻やら置物やらで埋め尽くされている。どこぞのものかは知れず、ただ高いというのはわかった。
 磨かれたように白い壁には台上の物品に負けず劣らず高級と見受けられる絵画が4、5枚かかっている。
 机、イス、寝どこは簡素なものだった。
「これは……私の趣味ですよ」
 スターミーのコアが点滅している。どうやら笑っているらしい。
「どこでこんなの集めたの?」 
 半ばあきれたようにグッドが問いかける。
「まあいろいろ故ありまして。こうでもしないと威厳を忘れそうで」
 威厳?
「ビートさんには内密に。おたからもってたからって追い出されはしないでしょうが。」
 グッドがぷっと吹き出す。イビルは何の事だかわからず目を細める。
「むうーけっこう考えたんですが。わかりにくかったですか?」 
「イビルが鈍いだけよ」
 落ち着いたグッドはイビルにそっと解説した。
 なるほど。“たから”でかけたのか。
「技をお教えする前に、渡したいものがあります」
 おもむろに机まで歩いて行く。試験管(あの怪しい液体を飲むと技が覚えられるのだろうか)をどかし、上に乗っていた石ころをグッドとイビルに差し出す。
 一方は朝日のように黄色っぽく、一方は夜のように黒い。トゲチックもヤミカラスもよく知っている、進化に必要な特別な石。
「光の石と闇の石です。どうぞお使いください」
「いいのか?滅多に手に入るような代物じゃないぜ。」
 炎の石や雷の石などは一度に大量に採ることはできないしても、採掘は可能だ。場所によるが、ひたすら穴を掘っていればそのうちひょっこり出てくる。
 それに対し光の石や闇の石、目覚め石は発掘できない。相当勘のいい“ものひろい”が稀に見つけるのみである。
 裏を返せばそれは都合のいいことなのだが。闇の石があちこちから見つかってしまったらヤミカラスというヤミカラスがみんなドンカラスになってしまう。群れとはいわば一匹の生物。それぞれが生きるためにおのおのの役割を果たして体を動かしている。
 複数脳やら心臓をもつ生物などいるだろうか。いるならどんな姿をしているのだろうか。
 実はとる方法があり、群れの長に代々受け継がれているという噂もないことはない。
 しかしここで大切なのは光の石と闇の石が貴重であることと、どんなにがんばってもイビルは一生をヤミカラスで過ごしていたかもしれないということだ。
「私が持っていても仕方がないですからね。こういうものは使われてこそ花ですから」
「ありがとう。使わせてもらうぜ」
 イビルは心から感謝する。グッドはあまり嬉しそうではなかった。どちらかと言えばやや不満そうだ。
「私は…どうしようかな……」
 イビルは耳を疑った。
「なんでだ?俺達が進化するチャンスなんてそうあるわけじゃないぜ」
「だって……」
 クスッとグッドは笑い、イビルへ目を向ける。
「これ以上強くなっちゃったらイビル、張り合えなくなって困るでしょ?ああ可哀そう」
 むっと眉間にしわを寄せてすこし怒気のこもった声で言う。
「……余計な御世話だ」
「まあまあ。進化するかどうかお任せしますよ」
「いや冗談よ。進化するわよ」
 イビルとグッドは同時に石に手をかける。
 イビルは興奮を抑えるのに四苦八苦している。それでも漏れた分は握りしめる手が震えるという形で外に表れていた。グッドは不思議そうに見つめる。
「俺は、一生ドンカラスになれないと、そう思ってた」
 途切れながら発せられる声には熱意がこもっていた。
「それが、どうだ。グッドに会えて、それだけで嬉しくて、(後で思い出したとき取り消したいと思った)その上進化までできる。本当に嬉しい」
「だから?」
 ニコニコしながらグッドは言葉を待った。イビルは一瞬躊躇する。だがここまで来たら引き返せない。
「俺はグッドに会えてよか……」
「進化~!」
 グッドが手にした光の石を握りしめると、石から光が溢れだした。
「のわっ!この待ちやがれ!」
 イビルも石を握る。グッドのそれと同じ光がイビルを包む。スターミーは(おそらく)目を細めている。
 やがて閃光が終息し、二匹のポケモンが現れた。
 一方は白い。胴体と直結した大きな翼が床につくぎりぎりの位置で止まっている。足が短いので仕方がない。腹部に赤と青の斑点模様がある。
 他方は黒い。帽子のような形をした頭とマフラーと見間違える白いふさふさした毛が特徴的だ。大きな翼を背中でまとめている。クチバシは長く目は鋭い。
「成功のようですね。勇ましくなられました」
 トゲキッスとドンカラスは頷いた。
「技ですがね。とりあえずこれを飲めば私が教えられる限りの技を覚えられますよ。」
 机の上の試験管を『立て』からスウーっと抜き取り、差し出してきた。
 一見した限り……絶対においしそうではない。
 ぬめぬめドロドロとした液体。色は、なんといえばいのか、黒と緑が混ざった邪悪で毒気のこもった色にさらに拍車がかかっているのが適当。よくみると……なんか白いのが浮いてる。スターミーが左右に揺らすと、熟成した液体を連想させる気泡がぐぷうと音をたてて湧いてきた。
「それは飲んでも大丈夫よね?」  
「はい、多分」
「多分じゃねえよ!」
 イビルは首を振りながら「絶対に飲みたくない」とくぐもった声で連呼し、スターミーを唸らせた。そこで、スターミーはコアを点滅させ(何笑ってやがんだ?)机の引き出しから一枚の紙を取り出した。
 大きさはメモ用紙くらいでそうでもなく、何か書いてあった。ちらっと見た限り、びっしりとは言えないにしても空欄よりは文字が目立つ。
「覚えられる文字のリストですよ」
 半ばやけくそになっていたイビルの代わりにグッドが受け取る。
 目が見開かれた。
「私、飲む」
「やめてくれ。これ以上身内を失いたくない……」
 イビルは本気になって心配しているというのを示すため、グッドの顔を覗き込む。そんなイビルの目の前にグッドはメモ用紙をひらひらちらつかせる。イビルはひったくるとなめ回すように上から下まで目を通した。
 目が見開かれた。そこにはトゲキッスやドンカラスが覚えられる技のうちめぼしいものがほとんど書いてあった。
「俺も……飲む」
 苦虫をつぶしたような表情を浮かべる二人に、スターミーは苦笑した。
「冗談ですからね。大丈夫ですから。味は……なんとも言えませんがね」
 今度はグッドたちが苦笑する番になった。試験管からカップに怪しい液体を移し替える。
「では、どうぞ、召し上がってください」
 嫌ないい方だな。
 グッド達は落とさないよう慎重にカップを受け取る。その際、再び先ほどの気泡が浮いてきた。白い固体が泡にまみれて踊った。
「じゃ、じゃあ、乾杯……」
「乾杯……」
 かつんとこの場の空気にそぐわない幼稚な音が部屋に響く。この世の終わりを知ってしまったとでもいいたそうだった。
 ふと、イビルは思い出した。
「乾杯でグラス……今回はカップだけど……をぶつけるのは毒が入っていなのを証明するためなんだそうだ」
「えっ!どうして?」
 気分がすこしでも晴れるようにとの、不器用なイビルなりの精一杯の配慮だった。
「グラスをぶつけた時にさ、これから飲もうとしてるもんが零れて相手のグラスに入るだろ?実際そこまで思いっきりぶつける奴なんて見たことないけどさ。
 まあそれは置いといて、もし片方の飲み物に毒が入ってたら、どっちもお陀仏ってわけ。だから乾杯は信用の証なんだ。殺したい相手の飲み物に毒を入れながら乾杯する馬鹿はいないからな」
「よくご存じで」
 スターミーが横から入ってきたせいで空気が元に戻ってしまい、イビルはあからさまに不服そうな顔を突き出した。スターミーは無視した。
「今回は心配する必要はないでしょう?私が調合したのですから」
 心配いらねえのはあんたが調合したからじゃなくて、どっちにも毒が入ってるからじゃないのか。“調合”っていい方も気に食わない。病気してるわけじゃないんだぜ。
「ささどうぞ、お飲みください」
 イビルは意を決して口元に不気味な汚水を近づける。嫌な臭いが鼻につく……ことはなかった。
 ただひたすら無臭が支配しているだけだった。
 一歩前へ踏み出せないくんくん臭いを嗅いでいる間にグッドが飲み干してしまった。まさに“乾杯”。イビルは当惑を隠せない。
「おい大丈夫か!」
 次のグッドの言葉は予想だにしないものだった。
「……おいしいかも」 
「え?」
 イビルも飲んでみる。
 なるほど確かにまずくはない。渋さと苦さの不思議な共演。見た目はドロドロだったが実際の口当たりはとろとろしていた。いつか食べたヨーフルトというのに似ている。
「これどうやって作ったの?」 
 気兼ねなくグッドが聞いてみた。後悔先にたたず。
「あー、ビッパの前歯、ラッタの尻尾にゴンベのよだれを……」
 この世界ではポケモンがポケモンを食べるということはない。
「グッド……」
「イビル……」
 普段からニコニコしているいつも仏教面のイビルが珍しく同じ表情、ニタニタとした笑みを浮かべていた。思うところは同じで、言葉を交わす必要は全くなかった。
「……とまあこのくらいでしょうか」
 スターミーは話し終えてからようやく雰囲気に気づき、コアを光らせてごまかそうと試みた。
「冗談ですよ。グッドさんまで何ですか、ハハ……」
 時すでに遅し。戦闘準備はばっちりだ。
「技覚えられたかちょうどいい」
「実験台があるね」
 スターミーが後ずさるのに合わせてゆっくり近づいていく。ぴったり息を合わせて。
「あのう……すみません」
 本当に冗談だったなら謝る必要はない。
「死ね!!」
 “怪しい風”が吹き荒れた。スターミーの断末魔の叫びが部屋中に響き渡り、後を追う形で低い笑い声がこだました。
「変なもん飲ませやがって。先に言えってんだ」
 イビルはが吐き捨てるとプラス思考なグッドが言った。
「でも技はばっちり覚えてるみたいだね」
 確かにそうだな。飲んだらすぐに使えるようになるなんて……すごいな。このスターミーはいったい……。
「用も済んだし、外出ようよ。あの人どうする?」 
 スターミーへ羽を指す。
「当然放っておく」
 真ん中に赤いコアのついた説明不足で利己的な星形に踵を返すと、翼を翻し、ドアノブに手をかけた。
 
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 イビルたちは目の前に広がる光景に目を丸くした。彼らが目の前にした光景は閑散とした村道ではなく、騒々しい群衆だった。
「出てきたぞ!」 
「灰色の翼だ!」
「救世主だ!」 
 口々に勝手なことを言う村民にイビルもグッドも顔をしかめあった。
 ざっと見た限り、多くて100人、少なくとも70人はいるだろう。村一つの人口にしたら平均より少ないくらいだが、先ほど目に焼き付けた静まり返った村の様子からすればギャップがある。今まで家でじっとしていたのだろう。
 窮屈な家の中に缶詰にされていた。行き場がないのは足だけではないはず。
 群れたぎった村民の中に幼い子供たち一群を作っている場所がある。子供は何も知らずに親についてきたようで。ボケっとした顔に無垢な穴が二つ、変なものでも見るかのようにグッドたちを見ていた。
 わあっと集まったポケモンに囲まれ全く身動きが取れない。このままだと息が詰まって窒息してしまいそうだ。
 そこへ、声が響いた。イビルたちには聞き覚えがある声だった。たった一言で民衆のざわめきを切り裂く。
「やめなさい」 
 ぴたっと一斉に止んだ。声がよく通るのはビートがプクリンだから、とは直結しないかもしれないとイビルは思った。
「すみませんね。私が至らんばっかりに」
 分厚いポケモンの壁が二つに分かれ、道を作った。ビートが道を独占して真ん中を歩いて来る。近くまで来てビートはグッドたちの変化に気づいたようだ。
「進化なされたのですか」
「うん。スターミーが進化の石持ってたのよ」
 ビートの澄んだ青緑の瞳が揺れたような気がした。
 ビートは表情を明るくさせて言う。
「ところで、今日はささやかながら、貴方がたを歓迎してパーティーでも開きたいと思います」 
「きゃっ!嬉しい!私そういうの大好き」
 グッドがはしゃいでいる間、イビルは静かな瞳を湛えていた。皆に聞こえないよう小さく舌打ちする。
「それは、貴方がたへの感謝の気持ちもありますが、何より……」
 間をおいて続ける。
「貴方がたの無事を祈って、です。ヤタガラスにも人並みではないにしろ人情はあるらしく、これまで一人も死人は出ていません。しかしそれは私たちが反抗しなかったから。もし抵抗するようなら、あいつらは何をするか分かりません」
 深呼吸を大きく一回だけした。
「こんなことに巻き込んでしまった貴方がたを犠牲者にはしたくありません。必ず生きて帰ってください」
 ビートがまた例によってお辞儀した。村民も誰からともなくそれに続いた。
 目の前にいる何十人ものポケモンが一斉にお辞儀した景色は、一つの塊がうごめいているようで、圧倒された。上から見たらイビルたちが王様か何かと見間違えるような光景だ。
 イビルはたじたじと大衆からめをそらすが……。
「必ず!ヤタガラスを倒して、生きて帰ってきます!応援よろしく」
 勘弁してくれ、グッド。
 ワアーっと歓声があがった。イビルは思わず耳を塞ぐ。わんわんと叫ぶ者たちの中には泣き崩れるポケモンまでいて、さすがにグッドも面喰った。
 この場を収めたのはやはり村長。
「黙りなさい!」
 本当に声が鋭い。イビルは苦笑した。
「重ね重ねありがとうございます。うう、これしか言えません」
 「気にしないで」とグッドが言った。ビートは頷いた。
「それで、パーティーはもう少し待っていてください」
 ビートがくるっと背を向けると群はばらばら散っていった。誰もが尊敬と畏敬の目を向けていたが、語りかける者はなかった。
 その分後から押し寄せて来るかと思うと、イビルは軽く目眩がした。

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 暗い夜に溶け込むようにイビルは村の外れに佇んでいた。夜の黒色が沈黙を望むならイビルもそれに従うまでである。村の方から明かりが少しだけこちらまで手を伸ばし、イビルの周囲を照らす。
近くに来ればイビルがいることに気付く。裏を返せば近くまで来ないと誰かが座っていることに気が付かないということなのだが。
 イビルはぼうっと夜の闇の一点を見ていた。そこに何があるわけでもないが、心が落ち着いた。
もぞもぞ動く影に一瞬驚かされたが、緑色の草が風に揺らされているだけだった。
 ドンカラスに進化した時点では大した変化は感じなかった。なんだか身体が一回り大きくなった、その程度だった。
 それが今となっては変化に気付かざるを得ない状況だった。
 身体は大きくなったわりに軽くなっている。力が底の方から漲って来るような気もした。
 何よりもドンカラス特有の欲が湧き上がって来るのがドンガラスに進化した証だ。リーダー欲とでも言うのか。他のポケモンの上に立ちたいという欲望。
 当然ドンカラスは、ヤミカラスの群れの頂点、そうでなくても小山の大将に近いところにいる。
 ドンカラスにはリーダーシップが必要だ。だから与えられる。昔から受け継がれたドンカラスのリーダー欲がふつふつ自分から湧いて来るのをイビルは感じた。
 まあ、俺はそういう面倒な役に興味はない。必要ない才能だ。しばらくすれば慣れるか勝手に消えるだろう。
 ……先に予想した通り食事のときになったら村人の質問攻めにあった。スターミー宅前のように騒ぎ立てることはなかったけれど、襲って来る数自体は変わらないので対応に追われた。
 ゆっくり食事なんてしている暇はなく、息継ぎすらままならない状況だった。次から次へと押し寄せるのであながち言い過ぎではないな、とイビルは薄く笑う。
 ビートに助けを求めたが、「こんなに賑やかな村は久しぶりです」と適当にごまかし、ぷいっとそっぽを向いてしまった。案外薄情な一面があるようだ。
 しかし、ビートの気持ちも分からないことはない。村人があれだけ熱狂的なのは、それだけうっぷんが溜まっていた証拠と受け取れる。ビートは(俺たちよりも)村を優先した、それだけのことだ。
 ビート自身、こんな状態の村で村長をしているのだから、心身ともにまいっていてもおかしくない。そんな素振りを見せないところにビートの器の大きさを感じる。
 で、今日はこの賑わい様。村は(多分昔の様に)活気に包まれた。たくさんの笑顔に囲まれたときは俺もつられて少し笑ってしまった。
 ……笑うのはあまり好きではない。油断だから。
 しかし、どんどん地鳴りでも鳴りそうに押し寄せる村民にいびるは対処出来なくなった。後はグッドに丸投げしてここまで逃げて来た、というわけだ。
 悪いことしたかな、とイビルは苦笑した。元々他人と深く関わらないようにしていたイビルには、期待は苦痛であった。我ながら素直になれないなあ、と夜空を仰ぎ見る。
 対してグッドは人付き合いが得意なのか、単に世話好きなのかは分からないが、質問に丁寧に答えていた。はきはきとして仕事をこなしていた。
 「『どこから来たんですか?』だあ?あいつら本当に俺たちを神の使いかなんかだと思ってるんじゃねえか」とイビルは鼻でせせら笑う。
「『好きな食べ物は何ですか?』?ガキかあいつらは」
 グッドが「オボン!」と声を張り上げ、村人を笑わせたワンシーンを思い返す。あのときはグッドを中心に一つの円が出来ているみたいだった。グッドは前からこの村にいたように接していた。俺は蚊帳の外だった。
 本当に俺たちコインの裏表なんだよな。種族的にも、性格的にも。本来なら同じ場所から景色を見ることなんてないはずなんだ。
 でも、それでも、俺はグッドが……
「あ。ここにいらっしゃいましたか。探しましたよ」
 突然背後から話しかけられ、イビルはびくっと肩を震わす。振り返ると、赤い光が怪しく揺れていた。
 ゴーストタイプを連想させる禍々しい色。イビルはさっと身構えるが、緊張はすぐ解かれた。
「スターミーか。どうしてこんなところに?」
「貴方が村にいらっしゃらなかったので心配になったんですよ。捜しました」
「別に心配なんてかけさせてないと思うんだが……」
 親しい友でも呼ぶかのようなスターミーの口調に、イビルは眉をしかめていぶかしんだ。見て見ぬふりをしているのか。構わずスターミーはゆっくりとイビルに近寄って来る。
「そういえば、お前どこから来たんだ?全然気配感じなかったし」
 考え事に没頭していたとはいえ、誰かにニ、三歩まで距離を詰められれば気配やら音やらで察知できるはずだ。スターミーはそれらが全くなかった。
「ああ、はい。飛んできましたから」 
 スターミーが空中で足をバタバタしながら必死に浮遊を維持している姿がイビルの目の裏に浮かぶ。翼のないポケモンが無理に飛ぼうとするとこうなるんだろうなぁとのんきに考えていた。仕舞いにあまり気持ちのいい光景ではないことを自覚し、首を振って打ち消した。
「技はちゃんと覚えられたようで、よかったです」 
 そういや……こいつまともに俺とグッドの攻撃受けたんだよな。
「大丈夫だったか?」
 半ば無意識で放った“怪しい風”はゴーストタイプの技。スターミーの弱点だ。
 あそこで得意の悪タイプの技を繰り出さなかったのは、新しい技を試したかったからか。辛うじて技の習得に対する恩を覚えていたからだろうか。どちらにしてもスターミーには不幸中の幸いだったろう。
「……貴方がたからしておきながら、それはないんじゃないですか?」
 スターミーの言葉に怒気がこもった。イビルは、スターミーがああいう感情を表へ出すところは初めてお目にかかったな、と思った。
ほんのすこしだったが、落ち着いている(上面はな)スターミーから判断すると意外であった。なかなか掴み所のない奴だと痛感した。
 しかし、だからこそ怒った姿が妙に滑稽に見え、笑いたくなった。先程の浮遊ショーも一役かっているのだろう。喉元でクッと笑いを抑える。イビルは謝罪が必要か迷うものの、一応マナーは守るべきと判断した。
「わ、悪かったよ。すまん……」
「まあ、いいです」
 スターミーのコアが数回小刻みに点滅する。
 後は二人で黙りこくってしまった。雄と性別不明との、ロマンの欠片もない気まずい空気が辺りに漂う。イビルはまたぼうっとしようとするが、隣にいるお節介が邪魔だった。
 スターミーがイビルを捜していたのは何か理由があるのだろう。しかし、エスパータイプでもないイビルがポケモンの心を覗けるわけがなく、理由など分かるはずもなかった。
 イビルが邪魔を意図せずぼんやりし始めた頃、スターミーが切り出した。
「ところで、失礼なことをお聞きするようですが」
 スターミーのかしこまった口調をイビルは不信に思い、背筋を伸ばして心の中で構える。一方で、また質問か、と溜息をついた。
「なんだ?別になんでもいいぜ?」
「はい。……貴方がたは、その、トゲチックとヤミカラスでしたよね?トゲチックといえば幸運をもたらすと考えられています。ヤミカラスは、えー、まあ、はい。そうです」
 はっきりいえよ。今更気にしないしな。それに俺はもう迷信なんて信じない。明日、迷信は所詮迷信だって証明する。
 グッドのためにもな。
「本来ならば、行動することはないはず、ですよね?」
 「ああ」とそっけなく受け答えるイビルに、スターミーは続けるか迷っている様子だった。だが一呼吸おいてからまた再開した。
「どうして、ですか?どうして一緒に旅を?」
「どうしてといわれてもな。成り行きでそうなったとしかいいようがない」
「よろしければ、その成り行きを聞かせて頂いても?」
「んん~、……別にいいぜ。うまく話せるか自信はないけどな」
「いえ、こだわらなくても構いませんので、お願いします」
 コアではない。スターミーの目が確かにきらきら光っていたが、イビルは見逃した。
 どうして、か。真剣に考えたことなかったな。はっきりいえばノリだノリ。なるようになったんだ。
「別に特別何かあったわけじゃないんだ。俺が何でか知らないけどポケモンに襲われて、そこを通りかかったトゲチックに助けられた」
「それがグッドさんですか」
 イビルは大きく頷く。その表情はどこか満足げだった。
「そうだな。俺は群れから逸れた。俺がいたヤミカラスの群れの掟で、遅れをとる奴はそのまま群れには戻れないんだ」
「それは……厳しいですね」
「……そうだな。だけど掟として活用されることはあんまりない。逸れるようなドジ、滅多にいないからな」
 ドジが俺の身内にいるって言ったらスターミーはどう答えるかとイビルは考え、仕返しにこっちから質問してやろうとした。だが、すんでのところでやめる。
 ドジならここにもいるから。
 俺がいなくなった群れはどうなっているんだろう?俺も”群黒の穴”に仲間入りしたんだろうか?そもそも、あれは書いててなんか意味あるのかな?亡くしたポケモンを思い出させるだけで、無意味なんじゃないのか……
「俺は行き場をなくした」
 イビルはしばし止まっていた口を動かし始めた。イビルが話をまとめているようにスターミーには見えたことだろう。
「どうしようか、考える前にグッドに旅しないかって誘われたんだ」
 よくよく考えると、全く見ず知らずの俺を旅の道連れにする、あいつの神経ってどうなってるんだか。
「はあ、それから?」
 スターミーは身を乗り出した。
「顔が近い」
「うっ……すみません」
 スターミーはイビルの話に興味津々らしい。イビルは決して話し上手ではない。つまり、スターミーが興味あるのは話の内容そのもの、ということになる。
「俺は誘いに乗って」
「乗って?」
 俺は誘いに乗ったかもしれないけど、こいつは調子に乗ってるな。もう一発”怪しい風”お見舞いしてやろうか。
「乗って、まあ、いろいろあって、今に至ると」
「いろいろって?」
 イビルはむすっと沈黙した。スターミーは頭にクエスチョンマークを浮かべている。少ししてから、「ああなるほど」と呟く。
「性別のない私ですから、気になさらなくても」
「マジで、殺すぜ?」
「……すみません」
 ふと、前触れなくイビルは頭上の空を見上げる。昼間も空気は淀みなかったが、気温が下がったからか、夜はなおさら澄んでいるようだった。住み易い土地なんだなあと痛感する。強くなく弱くもない輝く満天の星、その多くが白い顔をしていたが、中に赤い星が一つ目立っていた。
 これじゃあ、台なしだな。
「あの……それだけですか?」
「それだけって、これ以上何があるってんだ?」
 スターミーは納得いってない様子で、明らかに不満げだ。イビルは首を傾げて疑問を口にする。質問返しするつもりは微塵もなかった。
「なんで、そんなこと聞いたんだ?」
 スターミーは伏し目がちになり、沈黙する。先程、イビルに質問し始めたときと同じだ。スターミーは、言おうかどうか躊躇するくらい、危険な文句を隠しているらしい。やがて意を決し、伏し目を解いた。
「貴方は、トゲチックと旅することに抵抗なかったのですか?種族的には、磁石の両極ですよ?一つ、磁石ができたときから、互いに離れたところに位置し、絶対に交わることなく、敬遠しあうもののはずです」
 間違いなく、スターミーは憤慨してる。押さえ込まれてはいるものの、口調はきつかった。何がきっかけだったのか、イビルは測りかねた。
 急な事態に彼は慌てるが、考える前に返答を口走っていた。
「いやいや、磁石だから引き合うんだろ?」
「そ、それは、そうかもしれませんが……」
 イビルはスターミーの言葉に刃を垣間見た。ずっとしまわれていた銀色の光沢が、先だけほんの少し飛び出したのだ。
「……私には信じられないんです。黒と白が混ざって、灰色なんて」
 懇願するような(何を頼んでいるのか、イビルは見当がつかなかったが)声は弱々しい。始めからその話をしたかったのだろう。一気に熱くなってから急激に冷やされたスターミーは疲れたのか、ごろんと仰向けに倒れる。
「そういや、あんた、名前は?」
 スターミーがなぜあんな質問したのかも気になったが、どうせ聞いても答えないだろう。
 ここまで胸に閉まっていたんだから、“磁石がくっつくか否か”はこいつにとって重要な問題なんだ。それくらいは分かる。
「私は名前、ないんですよ」
 スターミーは「両親とも、もう記憶がないくらい前に亡くしました」とつけ加える。名前をつけられる前に両親を亡くした、という意味らしい。
 俺よりひでえな。んー、性別ないのに、スターミーってどうやって数を殖やすんだ?……とは空気からして聞けねえ。
「お前はヤタガラスについて何か知ってるのか?」
 特別意味を込めたわけではない。なんとなく、スターミーなら情報を持ってるんじゃないか、そう思っただけだ。
 スターミーは仰向けの身体を起こして、申し訳なさそうに呟く。
「残念ですが、特に」
 イビルが礼を言うか言わないかの短い間に、スターミーは取ってつけたように言った。
「ただ、ヤタガラスというと、神話のポケモンですよね」
「へえ。どんな?」
 イビルは寝耳に水だった。不眠だが。
「私も詳しくは知りませんけどね。伝説になぞらえて好き放題。ヤタガラスは過剰に気取った、目立ちたがりやなポケモンなんでしょう」
「伝説になぞらえて、か。いけすかないな」
「まったくです」
 こいつと意見があったのは初めてかもしれない。最初で最後かもしれないし、そうであってほしいと願った。
 スターミーがそっけなく「私はそろそろ……」と後退する。夜は深い。イビルは無愛想に頷く。それを確認したスターミーはくるっと背を向け、歩いて行った。
 再び黙りこくる自然を相手に、イビルはまだ見ぬ敵を思った。
 ヤタガラス。
 今、夜は消え、イビルは違う場所に立っている。夜の白昼夢なんてないかもしれないが、イビルはそれを見た。
 岩に囲まれた大きな部屋に、一匹、一際目立つドンカラスが佇んでいた。イビルはそいつの背中しか見えない。イビルの傍らでは、グッドがそいつを睨み付けている。そのドンカラスは、お前達なんて気付いていないぞと背中で語っているのだ。イビルは軽く憤った。
「分かってるんでしょ?こっち向いたら?」
 グッドが耐え兼ね、言い放った。ドンカラスは低く笑いながら、ゆっくり振り返る。
 その瞬間、イビルはぐいっと現実に引っ張られた。何も、誰かに羽を突かれたとか、きっかけがあったわけではない。純粋に驚いたのだ。自分の想像に。
 何でだ?何でヤタガラスが、俺の顔してるんだ……。

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 危なかった。草を揺らしちまったときはどうなるかと思ったけど、感づかれなかったらしい。よかった。
 イビルがその場を離れてからしばらくして、一匹のポケモンが雑草の中から出てきた。月の明かりが鋭い眼光を照らしている。
 おもしろく、なりそうだ。
 笑っているのか、クックと喉をならすと、そのポケモンは住み処へ羽ばたこうと翼を広げる。羽音もほとんどなく、空中へ浮かぶように舞い、飛んでいってしまった。
 後に残るは静寂だけだった。

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 昨日ヤミカラス達が入ってきた村の入口とは村を挟んで反対側に位置する出入り口に、ポケモンがぞろぞろ集まっている。そこは村からかなり外れた場所にあり、村民でもそう来ることはない。その出入り口には小河が流れていて、きらびやかな音色を奏でていた。長めの雑草がところ狭しと生い茂っていて、このまま放置すれば、あと数年で辺り一面雑草だらけになるだろう。
 ざっと半円を描くような込々したざわめきの中心に、ドンカラスとトゲキッスが囲まれている。トゲキッスの表情はにこやかだが、一方のドンカラスは憮然とした顔を隠すことなくあわらにしている。疲れが見てとれた。じっと足元を見つめ、頑なに肩をすくめ続けている。
「イビル、そんなむすっとしてないで。ご挨拶は」
 トゲキッスがドンカラスをゆるーく叱りつけた。ドンカラスは口を突き出し不平を言う。
「んなこと言われたってなあ。こういう雰囲気は落ちつかないんだよ。……ていうか親みたいなこと言うんじゃねえ」
「イビルは私と違ってまだ子供だからねえ」
 イビルはむっと眉間にしわを寄せた。
「グッド…冗談すぎるぜ、全く」
 いつものイビルなら、こんな風にグッドからからかわれたらすぐに”キレて”いたかもしれない。ここでキレなかったのは、今日という日がいつもと違っているからだ。
 出だしから……多分、終わりまで。
 はあ、とため息混じりに、イビルがグッドに向かって口を開く。
「お前は元気だな」
「へん!私を誰だと思ってるのよ。それにトゲキッスに進化したから、体力、もうばんばんなんだから」
「だからってな。昨日の夜あれだけ騒いでおきながら」
「あら、私はまだもの足りなかったけど。難なら今夜はもっとわあわあ騒いでもいいわよ?」
「……やめてくれ。俺がもたない」
 小声で「どんな身体してんだよ」とイビル。
「なんか言った?」
「なんでもない」
 話が途切れたところでようやく二匹とも周りが見渡せるようになったらしい。村のポケモンの多くは満面の苦笑を浮かべ、残りのポケモン(大半は子供だ)はきょとんとしている。
「ま、まあ……お願いします」
 どこからともなく声がした。目を向けると、昨日村へ入ったときに会ったマッスグマが立っていた。イビルはおやっと首を傾げ、そのマッスグマに聞いた。
「ビートはどうした?」
 こういうのは普通村長が代表で出て来るもんじゃないのか。
 ざわざわと村民から喧騒が波たった。
「ああ、そうですね。確かに見ませんが」
「トーチャン?」
 低い位置から声が聞こえた。聞き覚えのある、透き通るような声の主はシャープだ。
「トーチャン、なんかツベコベ言ってたよ。“サクバンの後片付けが大変だ”とか“きのみ食べ過ぎなんだよ、あのトゲキッスは。拾ってこなくちゃ”とか」
 なるほど。ビート家の食卓はシャープを通して筒抜けらしい。フレンドリーな食卓なんだろう。
 今度はグッドが俯き、赤面した。真っ白い雪みたいな肌の上に浮かんだ赤色は、一点の染みのように目立つ。イビルは少しぼんやりしながらその姿を眺めていた。
「何よ?」
「いやいや、何でもない」
 ぷいっとした態度がまたイビルの心を浮かせようとしたが、なんとか踏み止まった。
「忙しいなら仕方ないわね」
 グッドは気を取り直しマッスグマに呟く。
 マッスグマは無言で頷いた後、「すみません」と発語した。
 イビルはもう一つ気になる点があった。ついさっき気がついたのだが、ここで聞いておかないと次の機会はこのままないと思い、口に上らせてみた。
「スターミーもいないな」
「スターミーさんもビートさんの手伝いじゃないでしょうか」
 マッスグマの口調は頼りない。マッスグマ自身、はっきりしたことは言えないようだ。
 それはないな。村のポケモンを差し置いて、旅の技師を連れていくはずがない。二匹はそれぞれ別の用事でいないんだ。
 イビルは冷静だった。
 そのとき、唐突にシャープが声をあげた。
「あ、スタミーさんから。オマモリだって」
 スタミーね。うん。俺も今度からそう呼ぼうかな。
 イビルとグッドに差し出されたシャープの手には、何やら銀色の筒のような物体が握られていた。筒は紐が通してあって、首にかけられるようになっている。グッドは少し厳しいようだが。イビルはネックレスという道具自体知らなかったので、それが首にかけるものとは想像もできなかった。
「お守り、ね。まあ、こんなときは有り難いかも」
 グッドはシャープからそっと受け取ると、足にくくりつけた。イビルも羽に取ったが、どうしたらいいのかわからず唸っている。見かねたグッドから「首にかけるんだよ」と言われて、慌てて首に通した。
 世間知らずとは言われたくないけど、群れで生活してたから分からないことが多過ぎるんだよな……。対するグッドはあちこちを旅しているらしいから、知識は俺の比じゃないんだろう。
 昨晩のスターミーの言葉が耳鳴りのように残っている。
「うん?なんかあった?」
「いや別に……」
 ときは近い。そろそろ出発しなければならない。
 イビルは村を背にして、目を遠くの敵に向ける。
「私達のために……本当に申し訳ありません」
「ヤタガラスなんてどうでもいいから、絶対帰ってきて」
「お気をつけて」
 大衆の中のあちこちから声が聞こえた。イビルは背を見せたままだ。
「いってらっしゃい!」
 シャープが元気よく声を張り上げる。グッドも負けじと笑顔で受け答えた。
「うん、行ってきます」
 事前にあった説明によるとヤタガラスの火山は出口をまっすぐ飛んでいけばそのうち見えるそうだ。目立つから迷わないとのこと。
「じゃ、これで」
 グッドがくるっと身を翻すと、村民からため息が漏れた。じっと心配そうに黙っているポケモン達をよそに、イビルはぼそぼそ呟いた。
「なんか……いやだな」
 グッドは首を傾げる。
 白い翼と黒い翼は、村を見ないようにしながら、同時に飛びたった。
 西へ、昇りゆく太陽を背にして。

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 大きい部屋の天井に取りつけられた飾りように、空中に雲が黙々と漂っている。ときどき、太陽の光が雲の切れ目から気まぐれに顔を出すので、「今日の天気はなに?」と聞かれても、答えるのは難しい。曇りとも晴れともつかないうっとうしい天気の中を、イビルとグッドは肩を並べて飛んでいた。
 眼下に広がる景色は森や林の深緑、草原の若い緑色がほとんどだ。小さな小さな点々があちこちで動くときがあるが、それはおそらくポケモンだろう。気のせいかもしれないが、いくら森で隠れているとはいえ、活動しているポケモンが少ないな、とイビルは思った。
 この辺りまでヤタガラスの影響があるのだろうか。やはり、怯えながら生活しているのだろうか。見渡しても、緑が切り開かれ、(草原は別として)建物が建っているような場所は一切ない。多分あの森には、ポケモンの群れこそあるかもしれないが、村はないのだろう。そんな地域の中心でポケモン同士身を寄せ合い、村として成立しているラムロン村は何か特別な感じがする。
 山脈地帯を抜けてからポケモンらしいポケモンに会ったのはビートが初めてだったし。じゃあこの辺りは住んでるポケモン自体が少ないのかもな。
 イビルとグッドはかなり高い高度を飛行していた。まともに空中を飛んだことがないグッドはもちろん、イビルでさえ今だかつて上ったことがない高さだった。そのような高さにいながら、森、ないしは草原の様子をイビルは実によく見ていた。
 イビルは目がよかった。群れにいた頃から抜群だった視力は、ドンカラスに進化したことでより増したようだ。
 だが当のイビル本人はそのことを自覚していなかった。もうすでに、進化が及ぼした変化に頭が追いついていたのだ。つまり、進化の感触をまるで元から自分に備わっていたかのように、イビルは感じていた。
 しかし、それは頭の中だけで、身体はまだその感触を掴んでいない。もうすぐそんなこともなくなるだろう。後ろから翼をはためかせる幾重にも重なった音が聞こえてきたからだ。彼らの耳は実によくその音を拾っていた。
「イビル、分かってる?」
 グッドは慎重に声を出した。得体の知れない誰かさん達に気づかれるとまずいと思っているのか、あるいは背後の殺気に怖がっているのか。
 絶対に怖がるような奴じゃないよな、こいつは。イビルはふっと笑った。
「分かってる。つけられてるな」
「何匹いると思う?」
 イビルは聞き耳をたて、神経を研ぎ澄まし、後ろから忍び寄る(多分、忍び寄ってるつもりなんだろう)耳障りな羽ばたきを数えた。
「……ざっと、5匹だな」
「ふうん。私は6匹にかけるわ」
 ひょうきんな声でグッドは言った。イビルは呆れた顔をしたが、グッドは見ていなかった。それをいうならイビルもグッドの方を見ていなかったが。
 今は、集中だ。
「いっせいのうで、の“で”で振り返る、いいわね?」
「ああ。倒す前に何匹いるか数えろよ、俺は負けないぜ」
「はあ。くだらないことに熱くなっちゃって」 
「グッドから言い出したんだろうが……」 
 不意にグッドとイビルは高度を落とし始めた。こうしなければならない理由があった。どこかの誰かの気配も一緒に高度を下げたので、奴らがグッド一行を追いかけていることが確定した。
 森の木が目の前に迫ってきて、今にも襲いかかってきそうなくらい近くまで降りたところで、グッドが小さく呟いた。
「いっせいのう……」
 イビルはキッと厳しい視線をどこかへ投げかけ、身じろぐ準備をした。
「で!」
 二匹が同時に身体を回した結果、さっきまで背後にあった風景が正面に現れた。
 1、2、3……6匹か。イビルはちえっと舌打ちする。
 俺の負けか、本戦前に縁起でもない。なによりもグッドに負けたのが腹たつな、あーあ。雄の意地を見せたかったんだけどなあ。かっこいいところをさ。ま、いいけど。
 ほう、全部ヤミカラスかよ。真っ黒というわけだ。同じ……元同じ種族を攻撃するのは気が引けるんだけど、しょうがない、か。
 イビルの頭ではそんな言葉が渦を巻いていたが、一瞬の出来事でしかなかった。
 イビルは、自分が思っていた以上に身体の反応が鈍いのに気がつき、少しだけがっかりした。このときになって、彼はようやく身体がまだ進化に慣れていないことを悟ったのだ。
「水の波動!」
「熱風!」
 グッドの方が早かった。彼はまたがっかりした。
 不意打ちをまともに受けたヤミカラスは4匹。そのどれもが森に墜落していって、全員が叫び声もあげず、ただ唖然と口を開けていた。この高さなら死にはしないだろうし、木がクッションになるから怪我もしないかもと、イビルは鼻を鳴らした。 グッドは口早に発言する。
「2匹。1匹ずつよ、イビル!」
「はいはい、分かりましたよ」
 残ったヤミカラスの内、一匹が消え去りそうな声で叫んだ。「卑怯だぞ!」
 どっちがだっつうの。先に不意打ちしようとしたの、お前らだろ。
 イビル達は宙を翔け、ヤミカラス二匹に近づいた。どうやら震えているらしかったから、さっさと決着してしまわないとなんだかイジメてるみたいで嫌な気持ちになりそうだったので、イビルもグッドも早急に技を繰り出した。イビルは“翼で打つ”、グッドは“燕返し”。
 新たに二つの黒が緑色に染まる様子を、二匹ともしばらく眺めていた。
 準備運動は終わった。

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 一行は再び空(くう)を打ち始めた。
 しかしな、俺達があっちに乗り込む前に向こうから行動してきたってことは、あれだ、どうやら俺達は監視されてたらしい。そうするとあっちは戦闘準備ばっちりなピヨピヨどもがわんさかいて、今か今かと獲物がかかるのを待ち構えてるわけだ。ようは相手のフトコロにのっけから突っ込んでいくんだよな。
 無意識のうちにイビルは舌を出した。舌を出してから、自分の行為にはっとさせられた。
 なんていうか……最初考えてたほど楽な仕事じゃなくなったみたいだ。あー面倒くせえ、かったるいなあ。肩凝っちまう(イビルが首を左右に傾げると、バキバキと骨に答える音がした)。さっさと終わらせて帰ろう。
 帰る?どこへ?今の俺の帰る場所は……へっ!そうだな、“ここ”だ。
「……さてと、あれじゃない?山ってさ」
 イビルはグッドの声を意識の表面だけで受け止めると、まるで深海の暗がりからゆっくり浮上する水タイプのポケモンのように、徐々に意識を引き上げ、顔を上げてグッドの視線の先を目で追った。投げれた鋭い視線の先には、確かに山がある。どこまでも途切れることながないように思われていた森はその山の手前で“ぶった切られた”ように寸断されている。
 灰色の山が森林に囲まれている光景は、まさに緑の海にぽつんと浮かぶ絶海の孤島そのもの。それも、その孤島からは特有の悲哀の代わりに、恐れ多い威厳が漂っていた。孤独じゃないんだ、とイビルは悟った。孤独じゃない、孤高だ。
 イビルは感慨深そうな顔を山に差し向けながら呟く。そうすれば、山が何か大事なこと(なんでもいいから)を教えてくれると思っているかのように。
「あの色……灰色は遠いからそう見えるってわけではないな。元から山の色が灰色なんだ。あそこには草が全然生えてない」
 不気味だぜ。
「“あの山は昔から呪われていると言われています”」
 グッドがいつものようきな口調を一変させ、思い詰めた声を出した。即座にイビルは、その声は誰かの口マネをしているのだと気がついたものの、さて、誰のモノマネをしているのかは一考しても分からなかった。
「こんなときに変な話はしないでくれ。悪タイプだからゴーストタイプには強いけど、幽霊となるとまた少し違うからな」
「“昔から、草木が生えず……”」
 イビルは苦笑いを浮かべ、耳を塞ぎたくなった。塞ぐ代わりに羽を動かすのを止めて空から落ちるか、グッドと距離を置くかの板挟み状態に思わず舌を打った。どこに敵が潜んでいるか分からない今、グッドと離れるのは危険だ。
 はああ、選択肢は最初から一つか。夜は好きだけど怖いのは嫌いだ。幽霊とか……迷信だよな?
「“……灰色の山肌を風雨に晒しているのです。ご覧になれば理解されることと思いますが、山の麓は緑に覆われています。しかし、あの山だけはなぜか草木が一切芽吹かない。呪われているのです”」
 一気に話し終えたところでグッドは一息いれ、イビルの横顔を見つめる。
「昨日、食事のときビートさんがね、話してくれたんだ」
 そうかビートか。イビルは合点ついて頷いた。食事のときは俺抜けだしたからなあ。
「村に伝わる昔話みたいな感じで、ずっと前からあるとか」
 呪いと聞いて、血だらけの雌が井戸から出てきて「うらめしや」な話を言われるんじゃないかと考えていたイビルは拍子抜けた。もっとおっかねえ話だと思ってたぜ。
「あの山が灰色なのはね、灰が積もってるかららしいよ」
「灰?燃えカスの?」
「うん。ビートさんもよく知らないからあくまで推測らしいけど、生える草という草全部が、成長する前に焼かれるみたいなんだ。時々、山の表面が熱くなるみたいで」
「焼かれる?」
 イビルは帽子型の頭の影になって見えない眉を潜め、山を見定めた。片翼でバランスをとりながら頭を掻いた。
「火山なのよ」
「火山っていってもさ、表面は熱くなんかならないはずだろ。まして燃えるなんて」
「だから、呪われてるのよ。山が怒ると、表面が熱くなる。草が燃えて、灰が貯まる」
「……」
 グッドが冗談言ってるのかと疑ったが、本気らしい。いやグッドがというよりはその話をしたビートが。呪いなんてポケモンの技の一つだ。本当に、本当の呪いなんて、あるはずがない。
「呪いがあるかはなんともいえないけどね、それで村の人はみんなあの山には近づかない。こんな遠くに用もないし」
 飛ぶか歩くか。移動距離は同じでもかかる時間は全く違う。もしここまで歩いてこようとしたら、それこそ日が暮れてしまう。ヤタガラスが火山を拠点に選んだのはそれが理由かもしれない。戦いを挑もうものなら、いろんな意味で、相当な覚悟が必要なのだ。もし、歩くなら。
 きっと俺達が飛行タイプじゃなかったらあいつらヤタガラスを倒せなんて依頼しなかったぜ。
「ビートさんの話で私達に関係あったのは、灰が積もった山で暮らすことはできないってこと」
「どこが俺達と関係あるんだ?あの山に住みつくわけじゃないんだぜ」
 グッドは「何考えてるんだか」となじるように(多分、実際そのつもりなんだろうな)言った。その後、イビルが思案げに俯く前に、グッドは低い声で囁いた。小さい呟きを、イビルは聞き逃した。「あれはただの灰ではないだろうし」
 しばらく考えても意味の解せないイビルに呆れ、グッドは言い放った。
「ヤタガラスが、どう生活してるかってこと。ヤタガラスもあの山に住めないのは同じでしょ」
「ああそうか……じゃあどうやってヤタガラスはあこで生活してるんだ?」
「私が分かるわけないでしょ。まあ、穴蔵でも掘って暮らしてるんじゃないかってビートさんが。そこに乗り込んでいこうって考えてるんだけど、どう?」
 異論はない。イビルは「分かった」とそっけなく答えた。
 こうした雑談を二匹で仲良く(どこか張り詰めた空気を感じているのは二匹で共通だった。しかし、たとえ見せかけであったとしても平然を装うことが今は相応しい気がした)交わしている間も、翼は二匹の意思とは切り離された別個の生き物のようにせわしなく動き続け、目的地まで距離を稼いでいた。
 灰色の空。緑の森。“灰の山”。
 ゴローンがいなければいいな。イビルは願った。

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「ついたぜ」
 下降していくうちに、視界に占める山の割合がどんどん広がっていく。イビルとグッドは山肌すれすれまで降りると、翼を激しく動かし、肩を揃えてゆっくり着陸した。
 イビルは早くも軽い疲労を感じ、陽射しの弱い太陽に照らされた自分の影のように薄い笑みを作った。踏みたつ地面を見下ろす。
 それは地面ではなく灰だった。イビルの足はところどころ灰に埋もれ、白い爪はすべて隠れてしまっている。どうやら灰はかなり厚いらしく、イビルが乗ったぐらいで直接地肌に到達することはないようだ。
 山を見上げ、一面灰色単色の山肌を見渡すと、酒でも引っかけたかと勘違いするくらい意識が朦朧とする。ぼんやりと、灰色を灰色と最初に呼んだ奴はいいセンスしてるなと思った。
「ここからが問題だな。どうする?グッド。観光案内のガイドなんていないぜ」
「ふふっ。心配しなくてもいいみたいよ」
 クエスチョンマークを浮かべながらもイビルはグッドの視線の先をちら見した。
「ほう……ガイドさんがいたか」
 一匹のヤミカラスが灰の中で静かに佇み、グッド達を凝視していた。いつもなんかを見つけるのは俺よりグッドが先なんだよなあとイビルは僻んだ。
二匹の視線とヤミカラスの視線が激しく交差する。イビルは、こいつはさっきの野郎達とはひと味違うようだと感づいた。
「こっちだ……」
 ヤミカラスは野太く低い声をにじませた。そしてくるりと方向転換し、羽ばたきだした。
「イビル、行こうよ」
「だけどさ、あっちから誘ってるんだから絶対罠とか張ってるぜ?そこに突っこんでいくのは、な」
「罠でも行かないと」グッドはにかっと笑ってつけ足した。「突っこむのは得意でしょ?」
 冗談言えるくらい余裕があるなら、こいつは大丈夫か。問題は俺……。
 はっきり言って少し怖い……でも……一度受けた仕事は最後まで引き受けないといけないよな、いやでも。それにあれだけ村から期待されてるんじゃ答えるしかないだろ。仕方がない。ここまできて躊躇してられるか。時間ももったいない。
「はあ……分かったよ。ったく」
「あー待ってよ」
 イビルがヤミカラスの後を追って飛びたち、その後をグッドが追った。
 ヤミカラスは山を大きく旋回すると、突然岩影に消えた。しかし、見えなくなっただけで消えたわけではなかった。岩影を覗くと、そこには真っ暗な穴がぽっかり口を開けていた。広さは申し分なく、イビルとグッドが思いきり羽を伸ばしても端から端まで届かないだろう。中からヤミカラスの翼の音が反響している。
「いよいよね」
「ああ」
 イビルは目を閉じ、肩上下させて深呼吸した。グッドはその様子を静かに微笑んで眺めていた。彼女はイビルとは違った心持ちをしていた。
 興奮していたのだ。
「行こう!」
「よし、行くか!」
 白い翼と黒い翼は、闇の中を一直線に飛行していった。

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 闇の中、とはいっても最初は完全な真っ暗闇というわけでなかった。少なくとも、入口の辺りは順調に飛び進んで行くことができた。しかし奥へ奥へ進むうちに(当然、なのだが)暗闇は濃くなっていった。イビルとグッドは、さながら邪念に満ちた黒い霧を手探りで進む迷える旅人のようだった。半分――旅人であることだ――は正確に的を射ていたものの、もう半分も、あながち間違いとはいえない状況だった。
 イビルは迷走する神経を集中し、グッドに寄り添い直線と思われる一点を目指して飛んでいる。一度も壁にぶつかっていないのは洞窟の口が広いからだけではない。
 現在、外は決して晴れとはいい難い微妙な天気で、イビルは曇天を飛行中、しまりのない空を見てなんとなく気分が滅入ったが、それでも洞窟よりはずっと明るくて心強かったと思った。単調な緑の原っぱが目に麗しかった。
 今は、どうか。黒い濃霧。狭まる視界。そして押し迫る……これは、恐怖か?
 違うな。イビルは自信満々に反論した。
 怖いんじゃないけど……いい感情ではない。憎しみとか怒りとかそういう種類の、そう、負の感情ってやつだな。
 緊張?
 どこからともなくその語句がイビルの念頭に割りこんできた。
 そうだ、どちらかといえば緊張だ。駄目だな……緊張なんてしてらんねえよ。
 心でそう唱えてから、後悔した。“どちらかといえば”なんてつけるべきではなかった。なぜなら“どちらか”のうち、もう片方は……。
 光は全てを包めるほど大きくなければ、長くもない。いつまでも後押ししてくれるはずもないし、施しはいつもほどほどである。当たり前の事実を押し黙る洞窟の岩肌からたたきつけられ、イビルは首を傾げながらふっと苦笑した。
 それでも、臆するわけにはいかない。なんとしても、あの村(ラムロン、だっけ?)を救いたい。村人に囲まれたときの気持ちは記憶に鮮明に刻まれ、忘れることができない。瞼の裏に張りついて離れてくれない。
 正直なところ、恥ずかしかったのはもちろん本当だ。スターミーの家からでてきて、あんな風になんの前触れもなしに囲まれたらまいってしまう。ビートが止めなかったらそのまま羽ばたいて遠くに逃げてたかもしれない。
 大勢でわいわい騒ぐのは好きじゃない。だけど……みんなで一つにまとまるのってすげえと思った。あの塊から、すごい力強さを感じたんだ。あれは村全体が一つにまとまとまった、まさにその瞬間だったんだなって思ってる。
 そして、ポケモン達に囲まれたとき感じたのは……なんだろう?うまくいい表せないけど。とりあえず、いい気分だった。
大勢に注目されるとあんな気持ちになるなんて、昨日までは分からなかった。そんな機会、なかったからな。自分で作ろうともしなかったし。
 ああそうだなあ…俺、後悔してるのかも。いいたいことは、最後までいわないでこんなところまできちまった。
 いえばよかったんだ。「必ず、期待に答える」って。声にできないなら、そこまでしなくてもいい。なにかしらの形で受け答えして、意志を伝えたかった。結局俺は、グッドの後ろに隠れて村を避けてたからなあ。「やる」と決めたのはグッドで、俺は一言もヤタガラスと戦いに行くなんて口に出さなかった。
 ……だから逃げたって誰からも非難されない。俺はそれを逃げる理由にして、いつだってこの件からしっぽ巻いて逃げられる。それで、迷いが生まれてる。逃げてもいい、逃げたい、逃げたくない……。
 村を救うって決めたのも、そもそもはグッドだったし。
 いえばよかったんだよ、面とむかって。そうすれば決心ついたろうに。こんな、土壇場で緊張して、迷わなくてよかったのに。
「痛っ!」
 ごんという音とグッドの声が洞窟に反響した。
 イビルは急には止まれなかった。グッドとの並行が崩れ、彼女を少し追い越す形になる。その後減速し、身体をひねって方向転換。目を開いてグッドの方を見やり、羽をばたつかせ浮遊を維持したまま止まる。
 目を見開いても無意味だと気がついたのはすぐだった。
 イビルが、後方に遠ざかる実在する光(出口とはあえていわない)を振り返ることのできない代わりに、そう遠くない過去を掘り起こしていた間、目の前の世界は完全な闇に閉ざされていたのだ。グッドの息づかいが聞こえてくる方へ目を向けても、彼女がどんな表情をしているか、また正確にどこにいるのか、黒に遮られて分からない。漆黒が漠然と横たわっていた。
「グッドどうした、大丈夫か?」
 返事がかえる前の、少しの間がやけに長く感じる。
「うん、まあね。ここになんかあるみたい」
 目は役にたたない。イビルは翼をたたんで着地すると、声を頼りに歩いてグッドに近づく。足を通して感じる岩の感触は、触れるものを拒絶するかのように硬く冷たかった。
 ちょっと進むと、羽が何か軟らかい物体を触った。
「なんだこれ」
「……それ私のおなか」
 むっとしたグッドの声がかえってきたので、急いで一歩後ずさる。「すまねえ」
そういいながらも、イビルはにやにやしていた。暗くてよかったと感じる最初で最後の瞬間だろう。グッドの温かさが心地よかった。
 はあ、俺はそうとう変態だな。そう思うと、イビルはまた笑いが込みあがるのを感じ、それを慌てて飲みこんだ。
 そして改めてイビルは、グッドが衝突し、自分達の進行を妨げた何かに羽を差しのべる。
 岩か?けど洞窟を構成しているのとは明らかに違う。緩やかながら、尖っていた。
「グッド、フラッシュだ」
 イビルに指図されたのが気にくわなかったらしい。グッドは不機嫌なため息をついてから、フラッシュで辺りを照らした。イビルはその物体を見る。
 それはいびつな形をした、グッドと同じくらいの大きさの岩だった。
「これは……ステルスロックか」イビルは感慨深げに呟いた。
 いやな技だ、ステルスロック。ゴローンに囲まれたあのときを想起させる、最悪の……。
 ん-複雑だな。一言で悪いとは片づけられない。これは(イビルは角を避けてステルスロックをポンポンと二度叩いた)俺とグッドの旅のスタートラインの象徴だからな。
「なんで、こんな場所にステルスロックがあるのかな?」
 フラッシュの効果が切れ、闇が侵食するさなかグッドが口を開いた。
「さあな。分からないけど、多分……」
「多分?」
「……警告じゃないか?」
 グッドは少し間をとってから、言った。「警告、ね。威嚇とか先にダメージあたえようとかじゃなくて?」
 イビルは頷いたあと「ああ」と返事した。
 ステルスロックであたえられるダメージなんてたかが知れている。余程じわじわ相手をいたぶるのが好きな輩でない限り、これで攻撃しようと考える奴はいないはず。空で戦ったヤミカラス達と、ここに入る前に出あったヤミカラスは、どちらもそんな姑息には見えなかった(不意打ちは姑息かな?)。
 簡単に判断するのもどうかと思うけど、グッドもほとんどダメージなさそうだし、目的はダメージではない気がする。こんな浅はかな手、普通使わないと思う。ダメージじゃないなら、警告だと思うんだが。
 じゃあ、いったい何を警告しているのか。
「……イビル」グッドの声は低かった。
 多少グッドに遅れをとったが、イビルも気づいていた。近かからぬ距離に明かりが灯っている。洞窟の奥まった場所に、小さいが、際立った火が燃えていた。グッドがステルスロックにかかった時点ではまだなかった。
 グッドの悲鳴を聞いてからつけたんだな。やっぱり警告だったていうわけだ。『もうすぐですよ。逃げるなら今ですよ。それでもくるなら、どうぞ、お好きなように』といったぐあい。
「いよいよかしらね」グッドは声を押さえながらいった。
「ああ」呟きの中で、イビルはグッドに聞こえないよう小さく舌打ちをした。
 この期に及んでまだ、機会さえあれば、自分は引き反そうとしている、それが分かった。
 むしろ引き返すチャンスを伺っているんじゃないか?イビルは自問した。答えられなかった。
「イビル、恐い?」グッドが出し抜けにいった。
 ぐさりと身体を射ぬかれた思いだった。そうかもな。グッドのいう通り、俺はマジで恐がってるのかも。口には出したくない。声にしたら本当にそうなりそうだった。
 それでも、グッドの声色からも緊張らしきものがうかがい知れ、自分だけが悩んでいるわけではないと分かり、イビルは多少和んだ。
「私はちょっと恐いかも。暗いのとか、そういうの大っ嫌いだし」
 グッドもまた、イビルと同じようなことを考えていたのかもしれない。洞窟に入ってから二匹とも無言だったので、互いが見えなかった。
 イビルはグッドの発言を予想外だといわんばかりに「へえ……」とせせら笑うような口調で漏らした。
「でも私は、みんなに、たくさんのポケモンに、幸せを分けあたえられたら、幸せだと思ってる」
「それは、トゲキッスだからか?」
“種族としての義務感からか?”という意味だ。トゲチックからトゲキッスに進化したグッドの旅は、本質が変わったはず。
 会話中、明るく振る舞うグッドとは対照的に、イビルは憮然としていた。
「どうだろうね」グッドはいった。
 イビルは、グッドの話の中にひっかかる点があった。だが、それを尋ねる前に別の質問をしてしまったので、聞きそびれてしまったのだ。
“幸せを分けあたえられたら”……。分けあたえる、ということは、今幸せだってことなのか?イビルはその言葉にどこまで深い意味が込められているか知りかねた。しかし、あまり深くは考えてないんじゃないかなあと思った。
「でもさ、ああして仲良さそうに暮らしているポケモン達を襲うなんて……その理由が、自分の楽しみのためなんて、許せないでしょ?」
 疑問を口にのぼせている口調ではなかった。確認、といったところか。
「ああ、そうだな」
 飛びたつ前の村のポケモン達の顔を思いだしていた。不安そうな奴。心配そうな奴。眠そうな奴(そういえばいたな。張り倒してやろうかと思ったぜ。とかいってる俺も眠そうな顔してたかも。不眠だって少しは睡眠が必要だし)。そして……最後に思いおこされたのはシャープの笑顔だった。
 純粋だったな、あの目。俺もあんな時期があったような、なかったような。
 大多数の者達がくすんだ表情を浮かべていた中で、シャープや他の子供の顔は真っ白で無垢だった。だがこのままの状態が続けば、間違いなく“ひねくれる”だろう。ガキは外で伸び伸び成長しなくちゃいけない。そういうもんだろ?
 少しずつ、イビルの恐怖が消えていく。代わりに浮かびあがるそれは、決心か。
「グッド」
「ん?なあに?」
 躊躇いながらも、意を決した。暗くてよかったと思う、もうないと確信していた二回の瞬間だった。
「つきあってやるよ。みんなを……幸せにしたいんだろ?」
 微かだった。グッドの鼻から息が漏れた。光が乏しくて、笑顔は闇に消えていってしまったが、イビルはちゃんと聞きとった。
「お願いするよ」
 イビルは見えなかったが、グッドは目を閉じると、祈るような口調でいった。
「これがトゲキッス、グッドの運ぶ最初の幸せになるように。ドンカラスも幸せを運ぶと証明できるように。じゃ、がんばろうか」
 ドンカラス?そういえば最初の口実はそれだったんだっけ。忘れてたぜ。
 グッドとイビルは小さな光に向かってまっしぐらに飛びたった。
 イビルは、グッドがリラックスしているのかと思っていたが、ここにきてそうではないのかもしれないと思えてきた。リラックス“させようと”してたんじゃないか。
 一度思いついたこの考えはしばらくまとわりついき、洞窟の奥深く、炎の燃える場所につくまで離れなかった。

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 巨大な松明に燃える巨大な炎が近づいてきた。漆黒に浮かぶ小さな不夜城のような炎は、最初に見つけたときからかなり存在感があったが、近づくにつれてよりその忌ま忌ましい存在感が増してきているように思えた。近づくごとに視界に広がる松明の明かりを見ていると、方向感覚がめちゃめちゃに乱れる暗い洞窟の中でも、確かに飛び進んでいるのだということが実感できた。
 不気味ね。手の込んだ演出だこと。
 煌々と燃えるその光をまっすぐ睨みながら、グッドは思った。
 いちいちご丁寧な仕掛けを用意してくれて、かなり、私達は歓迎されてるみたい。
 黒一色の世界に灯った炎は、反って暗闇をひきたてる因子になっていた。あたかも、墓場に浮かぶあの世のポケモンの迷える魂が実体をともなって現れたように見えるからかもしれない。バカらしい、とグッドは苦笑した。
死んでしまったポケモンは二度と蘇らないわ。それは私が一番……多分一番、よく分かっているはず。荒れた川を飛び越えたって、肩を並べるポケモンがいないくらい屈強なポケモンも恐れをなす大海を渡ったって、太古の昔から姿を変えない(少なくとも変わっていないように思われる)深緑の森を駆けたって、そんな方法はどこにも見当たらなかった。当たり前の真実がより重みをもって私にのしかかるだけだったわ。くだらない日々だった。
 グッドはちょっと目を離すと途端に膨張する明かりを鋭く見据えてから、はっとする。
 いけない。変なこと考えてた。やだわあ、意識してないとついつい固いこと考えちゃうんだから。終わったことはもう知らない。なんとでもなっちゃえ。……あら、“やだわあ”なんて言っちゃって……おばさん臭っ!私何歳よ!
 グッドはぷっと小さく吹き出す。イビルがおかしなものを棒切れでつついているような視線を送っているのに気がついたが、グッドは知らんぷりした。
 今やはっきりではないにしろ、何をしているか、どんな表情をしているか、お互い見えるくらい光の手が伸びていた。
 んーでもいい雰囲気だったな。あのとき……ステルスロックにかかっちゃったとき。
 グッドは仏頂面で飛び続ける雄のドンカラスを横目に見ながら思った。
 私が悲鳴あげたら真っ先に「どうした、大丈夫か?」でしょ?くうう、しびれる。はああ……かっこつけちゃって、しょうがない人なんだから、もう。
「ふふっ」
 じーっとグッドはイビルを凝視している。イビルはグッドの視線に気づき、ぎらぎら燃えるような眼光の凄まじさに、飛びながら思わず後ずさる。グッドはイビルと距離が置かれたことに無関心を装いつつ、さりげなくじりじりと距離を詰め寄る。
 で、その後。二匹で炎を見つめあって。
 赤色に頬が上気した。
 二匹で同じ光を見つめて……愛でも語るみたいに……むふ、ロマンチックだったなあ。
 グッドは知らない間に口の端を吊りあげていた。端から見ても気味が悪かった。
 で、で、私が話し終わった後。
“つきやってやるよ”。
 かあーっ、びびってたくせにかっこつけんじゃねえ!このヤロー!
「あだっ!」
 グッドはにこにこしながら白い羽でイビルを叩いた。バチンと乾いた音が遠くまで鳴り響き、洞窟内の空気が震えた。グッドは正気に戻ってから反射的に口を開いた。
「あ……ごめん」
 イビルが無言のままその場に着陸すると、グッドも同時に短い足を下につけた。グッドはにこっと愛想笑いを浮かべながらそっとイビルの顔色を伺う。
 ……怒ってる?
「どういうつもりだ?」
 眉間にムッとシワを寄せながらイビルは詰問口調で聞いた。グッドは相も変わらず幸せそうな笑顔を振り撒こうとした。努力はむなしく、口の端が不自然に曲がり、引きつってしまった。グッド自身それが分かってはいるものの、取り繕っている余裕はなかった。
「あーうん、まあ、はは。なんとなく」
「なんとなくでポケモン叩く奴いないだろ」
「そんなこと言われたってね……なんとなくはなんとなくなんだから、他に言いようがないわ」
 まさか正直に、格好つけていたのが気に障って叩いた、とは言えまい。イビルは、何か用があって叩かれたと思っているらしい。
 イビルはグッドを斜めに構えた目つきで睨んでいる。グッドは俯いて視線を回避した。
 きゃ、こっち見ないで。恥ずかしい。
 ぱっと花が開いたようにグッドの頬が赤く染まり、心なしか身体がほてった。
 はっ!睨まれて反応してる……そんな、私はマゾじゃない……と信じたい。
 たっぷり10秒イビルはグッドを牽制していた。根負けしたグッドは力無いため息をつき、肩を下ろした。
「ちょっと話があって呼んだの」
「話?」
 イビルは警戒心を奥に引っ込めると、何の感情も混じってない目でグッドを見る。さて困ったわ、とグッドは苦笑した。
 ごまかそうと思ってとっさに嘘をついたはいいけど、話?話って何?今ここでするような話なんて。
「いい戦法をね、思いついたのよ」
 しかし、グッドの口は本人の心配をよそに動き続けていた。
 本能。これまで幾度となく助けて“頂いた”自分の第六感にグッドは心の中で何度も頭を下げた。そのまま語るに任せる。
「戦法?」
 イビルは興味をそそられたのか、グッドに耳を傾ける。
「そうそう。向こうはあらかじめあれだけ手を込んであれこれ仕組んできてるんだよ。こっちもなんか考えないと。行き当たりばったりじゃきっとやられちゃうよ」
 イビルの顔が歪んだ。
 まずい、失言だった。仮にも負けるなんてことはあっちゃいけない。プラス思考でいかなきゃ。
 存在感が希薄なスターミーのお守りが、炎からほとばしる光をすぱすぱ切り捨て、跳ね返している。突き刺さるくらい目に眩しい。とりあえず、ふさぎこむイビルを無視して先を続ける。
「で、その作戦なんだけどね。大人数に囲まれたら……」
 イビルはふてくされたように嘴を突き出している。途中で言葉が途切れるんじゃないかという心配をよそに、グッドの口は氷を滑るようにさらさらと先を繋いでくれた。
 氷を滑るように、あらぬ方向を目指して。
「……自分の後ろは見ない」
 何言ってるんだろ、私。わっけ分かんない。後ろ見ないって、そんなことしたら一方的に攻撃されるに決まってるじゃない。あーバカバカ。もう少し考えなさいよ、使えない頭ね。
「ふーん。なるほど」
 イビルは一応納得している。
 いやひょっとしたら。イビルは私が口からでまかせ言ってるのに気がついて、お世辞を言ってくれてるのかも。
 イビルの眼差しは真剣そのもの。とても嘘をついているようには見えない。ほっと胸を撫でおろしながら、だいたいイビルがお世辞とか冗談とか言えるわけないかと思った。
 あれで結構鈍感なのよねえ。
 イビルが話を始めた。
「つまり、二匹で後ろを……死角をカバーしあうってことだろ。お互いが片方の死角を見張ってれば隙がない。後ろからグッドが攻撃されそうになったら俺が、俺が攻撃されそうになったらグッドが、それぞれ向かえ討てばいい」
 ここまで御託を並べられるのも、ある意味、才能かしらん。
「あともうひとつ」
「お、まだあんのか」
 ちょっと!ああ口が勝手に……。
 グッドはいったいこれから自分はどんなことを口走ってしまうのかとはらはらしていた。どぎまぎするグッドとは対照的にイビルはのんびりと聞いている。やがて、山をくだり落ちるゴローンのように暴走するグッドの口は勢いよく語りだした。
 今度は長めだった。
 一息に話し切ったグッドは喉の渇きを覚え、ごくりと生唾を飲みこんだ。イビルはずっと唸っている。ゆっくりとイビルは開口した。
「……そりゃあ、使う機会あんのか?」
「ある」
 ない。
「まあ、覚えておくよ」
 イビルは二、三度頷きながら呟いた。
 無表情だから分かんないけど、きっと、イビルは内心笑ってる。こんなちんぷんかんぷんな攻め方、思いつく方がどうかしてるわ。回りくどいし、下手したらこっちまで危なくなってしまう。こんなので相手がひっかかるとは思えない。ヤタガラスだってそこまでクズじゃないと思うし。アホだったわ。
 しかしグッドの思いとは裏腹に、イビルは彼女の発想を斬新だなと感心していた。確かに条件は限られているが、うまくいけば丸めこめる、と。
「ひょっとしたら、使うかもしれないからな。そんときは頼むぜ」
「えっ!う、うん」
 もしかして本気?
「ほらもういいだろ。さっさと行こうぜ。パーティに遅れちまう」
 かっこつけんなあ!……ふふ。
 イビルが先に進もうと促ながしたのだ。あれだけカチコチだった彼がリラックスしている。すっかりその気になっている。臆病風に吹かれながらも勇気を振り絞ってヤタガラスと戦おうとしているイビルを、グッドはこれまでにないほど強く想った。しかも、そうさせたのは自分なのだと気づくと、余計に嬉しくなった。素直な笑顔が浮かんでいた。
「はいはい」
 二匹は勢いよく翼で空気を裂くと、一面に轟音が広がり、四方を壁に囲まれ逃げ場のないその音は何倍にもなって反ってきた。グッドはその轟音が、なぜかひどく幼稚なもののように思えた。
 音ですら逃げ道がない暗黒の闇。私達なんて問題外。
 キッと視線を流す。
 けどくるところまできちゃったんだから、進むしかない。ヤタガラス……ヤタガラス。
 彼女は胸の内で呪文でも唱えるかのごとく反芻した。
 本当のヤタガラスじゃなければいいんだけど。
 一瞬、グッドは灰に埋もれた山裾が目の前に横たわっている幻覚を見た。
 ステルスロックで受けた傷が疼き始めたと感じたときには、彼女らは洞窟を抜けていた。

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 イビルとグッドは着くべき場所に着いた。
 窮屈な洞窟を抜けるとき、ぱっと切り裂いたように視界が開けた。そこは、どうやら広い部屋らしかった。その部屋の中心で、松明がぱちぱち爆ぜている。密室であることに変わりはないものの、広々としたこの場所に、イビルは思わず背筋を伸ばす。暗いので確かなことは何もいいようがないが、松明の炎で壁が確認できないところから察するに、ここは相当広い。
「あ~」
 傍らのグッドが声を伸ばした。すると、絵の具のついた絵筆を水に突っ込んだときのように、ぱあっと声が拡散した。
 やっぱり、広いんだな。
 イビルは毒気を含んだ笑みを浮かべた。
 静かだ。まるで誰もいないかのよう。
 何も語らない濃厚な闇が反ってあらゆるものを……これからの行く末さえ物語っているようで、不気味だった。グッドとイビルは亡者のために備えられているみたいな炎の近くに寄って行った。
 嬉しくもなんともない温かさ。イビルの内側はひんやり冷めていた。
 気持ちは落ち着いてる。自分でも不思議なくらい今は冷静だ。さっきまでのびびった俺はどこに行っちまったんだか。
 つんつんとグッドがイビルの羽をつつく。イビルは振り向かず、口を開かず、ただ頷いた。
 分かってるぜ、グッド。
 たくさんいる。しかも、囲まれてる。目には見えなくたって、完全に気配を消すことはできないんだぜ?
 可燃性の液体の臭いが鼻につく。
 何かが動き、闇が揺れる。
 くるか。
 どこからともなくぼっと音があがった。火がついた音だ。グッド達は打ち合わせしたみたいに同時に身体をよじって視線を走らせた。部屋の石壁に穴が空いていて、そこから烈火が上に突出していた。一つ、また一つと活火が灯っていくと、部屋の構造が明らかとなった。
 そこは円形の段々畑のようになっていて、畑の真ん中に二匹は立っていた。グッドは、自分が丸い舞台のステージにいるみたいだと感じた。各段差は低く、イビル達を中心に壁に向かってゆるい角度で高くなっている。あっという間に全ての火坑に火がついた。
 部屋の構造が明らかになると、部屋の“内容”も露わになった。
「……多いわね」
 ぼそっとグッドが呟く。イビルは言葉を失っていた。
 少したってからイビルはグッドに話しかけられたことに気がつき、ぶるんぶるん首を振ると、グッドに答えた。
「多いっていったって、これじゃあ、村のポケモンと同じくらいじゃねえか」
 それ以上かもな。
 イビルの冷たい部分で声がしたが彼は無視した。もしかしたら、これでもまだ一部かもしれないし、余計なことは考えない方が得策だろう。ろくに戦えない村の奴らとこいつらじゃあ、結果は簡単に予想がつくな。
 開き直ってグッドと一緒に観察を始める。
 やっぱヤミカラスがたくさんいる。元はヤミカラスの群れだったらしいから、当たり前なんだけど。あとはブーバー……ドガースに、ベトベター……げっ、ゴローン。
 見渡した限りそれだけだ。種類はそういない。
「どいつもこいつもひねくれた面してるね」
 グッドが言った。
「ああ、同感だ」
 まあ、こんな奴ら、どうせあちこちからはぐれ者集めて固めただけだろ?上等じゃねえか。
「間違えてここにきたのかな?ここが、どんな場所か、分かってるのか?」
 段々の最上に、一際目を引くヤミカラスが一匹佇んでいた。多分俺達を案内した野郎だとイビルは思った。しわがれた声から 判断して、あのヤミカラスはけっこう高齢かもしれない。
「誰に言ってるんだか。俺達はヤタガラスに用があるんだ。あんた達じゃない。失せな」
 イビルは鼻で笑った。
 ざわざわと人を見下す下劣な笑いが大衆から漏れた。イビルは波打ち際の岩の気持ちが分かった。
「貴様では、ヤタガラスは倒せまい。お前らを見ていると、森に迷ったガキがリングマに襲われるという昔話を思い出すな」
 ヤミカラスが言い放った。鋭く、それでいて低い口調に、嘲笑が見え隠れした。
「あっそ。私はあんた達を見てると、巣穴から抜け出せないムックルの話を思い出すわ」
 とグッド。
「はて……俺はそんな話聞いたことがないが?」
「私が今、作ったからね」
 老いたヤミカラスは嘲り笑った。
「そんな夢物語、俺が消し去ってやる」
 ヤミカラスが身を乗り出した。
「もういい。十分だ。それに、俺と違って貴様らには、あまり時間が残されていない。やっちまおう」
ヤミカラスは両方の翼を広げ、周囲のポケモンに呼びかけた。
「ここをこいつらの墓場にするのだ」
「イビル」
 グッドは唇を嘗めた。
「どうした」
「もう一つ、戦略……というかアドバイスがあったわ」
「なんだ」
「厳しくなったら、笑うの」
 ふうん。いいねえ。三つの中じゃあ最高だな。
 誰からともなく群集が前に進み出た。特殊技ならお互いすでに射程範囲圏。
「なら、今から笑っていいか?」
 グッドはちらっとイビルをかいま見る。イビルは久しぶりに、自己の抑制を解き放った。固いくちばしが曲がることはなくとも、目はほころぶ。
「勝手にすれば」
 あからさまに呆れ顔を表に出しながら、心の底ではグッドも笑っていた。
 灰色が飛翔する。


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グッド視点という初めての試み。
プクリンはノーマルタイプ⇒ノーマル⇒NORMAL⇒LAMRON⇒ラムロン

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コメント、アドバイス等頂けると嬉しいです。
- 続編ですか♪続きが気になります。頑張ってください! -- [[ホワシル]] &new{2009-05-24 (日) 01:44:04};
- >ホワシルさん。こちらにもコメントくださってありがとうございます。はい、がんばっていきますね→ -- [[ROOM]] &new{2009-05-24 (日) 12:44:10};
- まさか、イビルが元々いたドンカラスの群れですか!? -- [[ホワシル]] &new{2009-06-22 (月) 00:43:05};
- >ホワシルさん&br;コメントありがとうございます。んん~直接話の内容はお答え出来ませんが、”群黒の穴”の冒頭のある一文が答えになっています。 -- [[ROOM]] &new{2009-06-22 (月) 17:31:40};
- なるほど…つまりスターミーはその気になれば媚薬も(殴&br;いやはや…面白くなりそうです -- [[shift]] &new{2009-08-02 (日) 13:06:18};
- >shiftさん。コメントありがとうございます。&br;おそらく可能でしょうね。非エロなんでそういうシーンはありませんが…… -- [[ROOM]] &new{2009-08-02 (日) 17:10:12};
- 遂にヤタガラス登場ですか。
しかし、イビルと同じ顔って……
やはり、ヤタガラスの長は、イビルのおと(ry
続き期待してます。執筆頑張ってください。
――[[ホワシル]] &new{2009-08-29 (土) 21:34:32};
- >ホワシルさん。コメントありがとうございます。
「イビルのおと(ry」ですか…(ニヤ
滞ったらすみませんが、執筆頑張ります。
――[[ROOM]] &new{2009-08-29 (土) 22:15:51};

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