ポケモン小説wiki
モモンのパイにあいをこめて の変更点


ぼろぼろ崩れるお菓子が嫌いというお方にぜひ。嘘です
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 ぽかぽか陽気のいい天気の日に、ツタージャのパロメは鼻歌を歌いながら、くるくると広い原っぱを踊りまわっています。どこかに行く予定でもあるのでしょうか、踊りながらその動きは、遅々として進み、どこかに向かっているような印象を受けました。
「らんらん、ららんらん。今日は、ロメロと、お茶会だぁー」
 どうやらロメロと一緒にお茶を飲むようです。お茶と言えば紅茶というイメージを持っているパロメは、紅茶と一緒にどんなお菓子が出るんだろうと想像を逞しく膨らませました。その思いは風のように押し広げられて、ふわりと空中を舞いました。
「えへへ、どんなお菓子があるかな、シュークリームかな?」
 パロメは大好きなシュークリームの姿を思い浮かべて、顔をにんまりと破顔させました。どうやら自分の好きなものが出ると思って、陽気な気分になっているようです。鼻歌まで歌って、パロメはご機嫌でした。自分の好きなものが出るとは限らないのに、絶対にあるあると思ってしまうのは乙女の心なのか、ないものを欲しがる子供なのかは、まだまだわかりそうにありません。
「へへへ、お茶会をして、ロメロともっともっと仲良くなって――」
  ありもしない物語を頭の中で紡いでいく、乙女思考のパロメは、意識が完全に夢の世界に寄っていて、目の前からはしってくるポケモンの姿に気がつきませんでした。どん、という音がして、ぐしゃ、と何かが潰れるような音がしました。いったい何が起きたんだろうと、パロメは慌てて頭の中を現実世界から引き戻します。
「あ――」
 ぶつかった人物を見ると、そこにはとても可愛らしいエモンガが、顔を真っ赤にして口を真一文字に引き結んでいました。泣き腫らしたような眼の周りには、赤々とした跡がくっきりと残っています。
「あ、ミィルちゃん」
「うぁっ――ひっく」
 ミィルちゃんと呼ばれたエモンガは、パロメのことに気がつかずに、そのまま猛ダッシュ、自分が手に持っていたものを落としたことにも気がつかずに、涙の飛沫を残して去って行きました。あわてんぼうでせっかちさんだなぁと思いながら、パロメは体についた埃やら何やらを払いながら立ちあがると、べこ、という音が足元から聞こえてきました。ぎょ、と顔を硬直させて、恐る恐る足元に視線を移します――
(これは――パイだ)
 ひょい、と潰してしまった包みを持って、臭いをかぎます。パイ生地のかさかさしたかけらが漏れていたので、これはパイだろうと思いましたが、なんだか違う様な気もしてきました。それもそのはず、このパイは、なんだかいい匂いがしないのです。
「なんでミィルちゃんは、こんなもの持ってたんだろう?」
 誰かに嫌がらせとして渡されたのでしょうか?それだったらそんな奴懲らしめてやると思いながら、パロメは少し心の中にしこりを残しながら、パイだったもの(自分が潰してしまったということもあるかもしれない)をひょいっとつまむと、そのままロメロ達が待っているお茶会の場所に行きました。


「えー、なんでポムスがいるの?」
 ロメロと二人っきりだと思っていたパロメは、ポカブのポムスがいることに対してぶうぶういいました。後ろで一緒にいるサーナイトのノエルさんや、エルレイドのマギさんには何も言いませんでした。子ども同士、大人同士、これは意見を言えるかいけないかの違いがあるのかもしれません。
「ノエルさんとマギさんもいるじゃない」ポムスは幸せそうにカステラを摘まんで、ほくほくと頬張りました。「僕だけにそんなこと言うなんてひどいよ」
 むっつりとした顔を作ったまま、ぷくーっと頬を膨らませました。二人っきりでおいしいお茶を飲んで、ロメロと一緒に楽しいひと時を過ごす、なんて思っていた彼女の計画はいきなり頓挫して、すこぶる不機嫌になりました。
「こらこら、友達をそんな悪しざまにしないの」
「そうそう、そんなことしてると男の子から嫌われちゃうぞ」
 ノエルさんが優しく頭を撫でて、マギさんはにこりと微笑みました。男の子に嫌われちゃうぞ、などと言われてしまっては、おしゃべりなパロメの口は閉口するしかありません。嫌われたくない人が、目の前でお茶を注いでくれているのです。自分の情けない姿は見られたくない。そんな思いが、ポムスをにらみつけるのをやめました。
「ぶぅー」それでもやっぱり、不機嫌そうにパロメは口から変な声を出します。ちょっと唾が飛んで、ロメロは嫌そうな顔をしました。「パロメ、汚い」
「はぅっ」
 パロメは少しだけショックを受けたようにしょんぼりと肩に黒い影を落としました。彼女の思いは彼に伝わることなく、流れる風のように千々に乱れて行ってしまうのでしょうか、そんなどうでもいいことに思いを侍らせながら、パロメはため息とともに、口の中にモモンのパイを放り込み――ふと、自分の足元に視線を移しました。
(あ、そう言えば)
 パロメが視線を移したことに対して、ほかのポケモン達も一斉に視線を移しました。その足元にあるものは何なのか、最初、パロメが何かお菓子のようなものを持ってきたのかと勘違いしましたが、臭いからして何か違うものだと思い、結局全員が全員、それについては触れることはありませんでした。
「そう言えばパロメ」ロメロはずっと気になってしょうがなかったのか、梅こぶ茶をぐびぐびと飲みながら、不思議な不思議な謎の包みに視線を移して、目を細めます。「その包みに入ってるのは何?」
「ああ、それは俺も気になるな」
 マギさんも不思議そうにそれを見つめながら、ラスクをかじっています。ノエルさんが作ったラスクは、とっても甘くてサクサク、マギさんはそんなノエルさんのラスクが大好物で、それを毎日のように作ってくれるノエルさんが大好きでした。まさしく二人は、「そうしそうあい」の「かっぷる」なんだと、羨ましそうにパロメは二人を交互に見つめました。勝手に思ってるだけですが、周知の事実なので、その思いはあながち間違ってはいないと、パロメは思いました。
「そうそう、そのモモンのパイ、誰かからもらったの?」
「え?これ、モモンパイなんですか?」
「ええ、ちょっとだけだけど、モモンの実の甘い芳香がするもの。だからわかったの」
 ぐしゃぐしゃになってべこべこになってしまったものを一発で見分けるノエルさんの眼力にびっくりしながら、パロメは改めて包みを持って、中を見ました。なんだかよくわからない作り方をしたパイのような物体が、中に入っています、鼻をよく利かせると、確かに、かすかな甘い香りが漂いますが、表面は若干焦げているし、さくさくというよりもかさかさという方が正しいような、そんなあまり食べたくないパイでした。
「これ、誰かからもらったのかい?」ポムスは誰かからのもらいものかと思い、食べ物ということで包みをパロメから取ろうと思いましたが、ひょい、とパロメが身をひるがえしてその動きをやんわりとかわしたので、空しくポムスの腕は宙を舞いました。「ちょっとポムス、人のものに勝手に手をつけないでよー」
「おいおい、人のものって、それはパロメのものじゃないのか」
 マギさんは不思議そうな顔をしながら、パロメが大事そうに抱えていた包みを、いとも簡単にひょい、と取り上げてしまいました。あまりにもあっけなくとられてしまい、パロメはもんどり打って倒れてしまいました。草の上をころころ転がって、用意した椅子ががさがさ、どたーん、と倒れます。
「マギ、何やってるの」
「いやぁ、ちょこちょこしてるのを見てるとついつい触りたくなっちゃうんだよ」
 マギさんはそんなことを言って笑います。小さくてちょこちょこしたものがマギさんは好きなことを知っていたので、ノエルさんは何とも言えない気分で溜息を吐きだしました。幸いパロメにけがもなかったので、とってしまった包みをゆっくりとはがして、マギさんは中を見て、目を大きく瞬かせました。
「おお、こりゃすごいな。こんな変なパイは初めて見たぞ」
「マギはお料理なんてしなことないじゃない」
 失礼なことを言わないの、などと笑いながら、ノエルさんも改めてその不恰好なパイを見て、少しだけ目を細めました。
「うーん、作り方が結構乱雑ね。それでも一応食べられなくはないけれども、これ、パロメちゃんが作ったの?」
「うぅん、違うよ」パロメは否定しました。パロメはそもそも料理を作れないからです。もしも彼女が作ったのならば、もっと違うものになっていたのではないかとロメロは結構失礼な想像を働かせました。「これはね、えっと――ミィルちゃんが持ってたものなの」
 ミィルちゃんという人物を思い出すまで、ノエルさんは少しかかりました。いつもはこのあたりに入ることが少なく、ほとんど広場のわきの自分の家でこもることの多いエモンガの姿を思い浮かべたときに、ポン、と手を叩きました。
「ミィルちゃんって、あのちょっと存在感のないエモンガのことね」
「ノエルさん、凄い言葉ですね」
 ロメロはそれが間違っていないとわかっても、その言葉を平気ですっぱ抜けるノエルさんを見て少し背筋を震わせました。あまりそういう事に頓着しないのはいいことなのか悪いことなのか、ロメロにはまだわかりませんでした。
「うーん、思い出すまでに時間がかかっちゃう位忘れてたもの。で、なんでミィルちゃんがそんなもの持ってたの?」ノエルさんは興味深そうに顔を覗き込みます。それはもらったものなのか、とマギさんも興味深そうに聞いてきます。それに対しての、パロメの返答はごく短いものでした。「これ、落し物なの」
 落し物にしてはやけにべこべこしていると思いながら、マギさんは一通り眺めると、どうも、と言ってすっと持っていた包みをパロメに返しました。中のパイがかさ、と砕けて。そよ風に運ばれて行きました。包みはきれいでも箱がべこべこしていては、もらう人は少し気の毒のようにも思えました。
「あらら、食べ物を落とすなんて、よっぽど慌ててたのかな」
 ノエルさんの言葉に対して、パロメは何も言いませんでした。言ってもしょうがないと思ってしまったのか、それともこれは自分の秘密にしておくべきなのか、判断をあぐねているようにも見えました。(ミィルちゃん、泣いてたなぁ)ミィルはもともと内気な性格だったことを思い出して、非常に自分を押すことが少ない性格でしたが、彼女はあまり涙を見せない子だということもパロメはよく知っていました。ただ単に近所づきあいの御贔屓さんとは、また違うような関係を保っていたのだと、彼女は改めて思います。それはまるで――自分とロメロとポムスのような……そう、友人たちのような感覚でした。(なんで泣いてたんだろう)涙は乙女の心を如実に表すものだと思いました。自分も乙女で、きっと嫌なことがあったら泣くでしょう、などとパロメは思います。それが果して自分自身が勝手に思い込んだことなのか、それとも勘違いの領域が頭にまで行きわたってしまったのかはわかりませんでしたが、パロメはもう一度、視線をぶかっこうでおいしくなさそうなパイに移しました。(ミィルちゃんの涙と、このパイ――何か関係あるのかな)
 パロメは妙に陰鬱な気分をお腹の中に抱え込んだまま、楽しいはずのお茶会が、微妙な空気のまま終わりを告げることを快く思えないままでした。


 朝早く起きて、ミィルちゃんの家のドアを軽くたたきます。眠そうな声が聞こえて、ゆっくりと扉があけ放たれると、パロメはにこやかにあいさつをしました。おはよう、という言葉を飛ばせば、おはよう、という言葉が返ってきます。言葉のドッヂボールを楽しみながら、上がってください、という言葉に促されるように、パロメはゆっくりと空洞の家の中に吸い込まれていきました。
 中はとっても質素な作りになっていました。木の空洞が広がる家には基本的なもの以外全く置かれていない状況で、パロメが中を見た時の印象は、椅子があり、机があり、保冷庫があり寝床に藁が敷かれている、それだけでした。本当に質素で、おしゃれという言葉を全く知らないような印象すら受けました。
「わ、凄い何もない」
「ごめんね、まともなものがなくって、殺風景で」
 そんなことないよ、とパロメは慌てて取り繕いましたが、ミィルはもう既に泣きそうでした。彼女はもしかしたら精神が虚弱なのかも知れません。パロメはもろく崩れやすい砂糖菓子を取り扱うように、ミィルに優しく話しかけました。言葉を紡げば、出てくる言葉は昨日の出来事の思いと一緒に、後ろ手に隠していた包みをそっと出して、ミィルに渡しました。
「これは」ミィルはそれを見たときに、顔を一気に変えました。その顔には怒りと、悲しみと、何にいかっているのか、何に悲しんでいるのか、パロメにはわかりませんでした。形を変えてしまったのはパロメであり、もしかしたらそれに対して怒っているのかと思いパロメは謝りました。「ご、ごめんなさい、これ、落とした時に踏んじゃって」パロメの必死の言葉は、彼女のどの部分に触れたのでしょうか?まるで「おとな」に怒られているようで、パロメは態度がどんどん委縮します。しかし、彼女の怒りの心は――どうやら違うところにあったようです。
「どうしてこんなもの持ってきたの」
「え?」
「こんなの、何の意味もないよぅ……パロメちゃんは、私を虐めてるの?」
 そんなつもりは毛頭ありませんでしたが、パロメは彼女が怒り、そして泣く理由がわかりませんでした。彼女はなぜそんな風に言うのでしょうか、それすらもわからずに、慌てて首を横に振りました。違う、といってもおそらく信じてもらえません。しかし、首を横に振ってもおそらく信じてもらえません、本当に複雑な思考が絡まってできてる人だとパロメは頭を抱えました。
「こんなもの、食べられないよ。私には、私には思いなんて伝えられないんだ」
 思いが伝わらない、という言葉を聞いて、パロメは少しだけ考えました。誰かに渡したかった、ということはわかりましたが。それをやめて、あの時全速力で逃げていたのかも知れません。そう考えてしまう思考の先走りの恥ずかしさを、彼女は全く理解していませんでした。きっとこれは自分が力になれるかもしれない。乙女の問題は乙女同士で解決できるんだから、などと思考が働いて、意味も分からず頷きます。
「ミィルちゃんは、これを誰かに渡したかったの?好きな人とか?」
 ミィルの体はびくり、と跳ね上がりました。しばらく視線を泳がせて、涙を浮かべましたが。パロメの瞳を吸い込まれるくらい見続けて、しばらくしたら息を吐き出して、双眸をこすります。体の力を抜いて、椅子に座りました。パロメはどうしたものかとたっていたら、座ってください、と促されたので、お互いの顔が見える位置に座りました。
「その包みの中、見えますよね」
 薄い包みを机の上において、パロメは頷きました。もちろん、見えないはずがありません。薄い桃色の包みに包まれて、しっかりと箱の中に入っているモモンのパイを見て、ミィルは再びため息をついて、目に涙をたっぷりと浮かばせました。
「パロメさんの言う通りです。私――好きな人がいて」
 やっぱり、とパロメは両手を叩いて目を輝かせました。恋のお話はパロメは大好きで、どんな結果になったのか、どんなふうに過ごしたのか、その過程を聞いていつかは自分も、と思いを馳せる少女でした。しかし、ミィルはどうも桃色話をするつもりはないようでした。
「その人は――モモンのパイがすごく好きだったんです。その人自身がお料理がすごく上手な人で、私にずっと優しくしてくれました。近所のみんなから忘れられてしまう私に優しくしてくれたその人を、私はすごく好きになりました。告白しようと思ったんですけど、どうにも引っ込み思案で勇気が出ませんでした。そんなとき、私は思ったんです。モモンのパイを作って、食べてもらおうって、その時に、自分の思いを告白しようって」
 ほうほう、とパロメは相槌を打ちながら机の木目を指でなぞりました。
「私、お料理が下手だったんです。でも頑張って練習して、何とか食べられるようなパイができたんです。それを持って会いに行こうって、そう思ったんです。でも、あの人が私を見たときにこういったんです。「モモンのパイを一緒に食べませんか?」って――」
 それを聞いたときに、パロメは瞳を細めて、汗を少し掻きました。何となくわかるような結末が、彼女の口から放たれることに、自分の心が抵抗を覚えました。それはもしかしたら自分の聞きたい結末とは違うから、というわがままかもしれませんでした。
「同じものを食べることができなくて、私は自分の作ったものをとっさに隠しました。お茶に誘われてそのまま、彼の作ったパイを食べたんです。――おいしかったです。モモンのパイ。いくら頑張っても、お料理が上手な人と比べ物にならなかったです。私、自分のタイミングを逃してしまって。そのまま何も言えなくなって――」
 話せば話すほど、彼女の瞳からはぽろぽろと涙が零れおちました。失恋というよりも、告白のタイミングを逃してしまった彼女は、ごしごしと涙をふくと、深い深いため息をつきました。
「ごめんなさい、こんな話してしまって。こんなこと言っても、パロメさんには何の関係もありませんでしたね」
 パイの包みを彼女は自分の手元に寄せると、とどけてくださってありがとうございました。とだけ言いました。こうこれ以上ミィルの家の中で長いをする必要はありませんでしたが、パロメはなんだか席を立てない気分のまま、押し出されるように家から出て行きました。


 家路につくと、ロメロに事情を話しました。ポムスも一緒に聞いていましたが。自分にはどうにも手伝えないと思い、先に眠ることにしたのです。
「なるほどー、お菓子かぁ」
「ねえ、何とか助けてあげられないかな?」
「何とかねぇ」
 ロメロは頭を捻りました。自分たちの身の回りで起きるトラブルならば喜んで解決はしますが。他人のことは他人のこと、あまり関わりたくありませんでした。それは面倒くさいからではなく、勝手に首を突っ込んで、ますます自体が悪化してしまうことへの恐れでした。それは自分達のトラブルと全く関係ないからこそ、やってはいけないことだと思い、踏み込んではいけない問題だと思いました。それを正直に伝えると、パロメはムスッとしました。
「そんなにロメロは、「たにん」と付き合うのが嫌いなの!?」
「いや、そういうわけじゃないけど」
「じゃあ私たちだって、あかの「たにん」じゃないの?」
「だから、僕はトラブルを解決するのが若干嫌なだけで」
「この場所に住んでる皆は、皆で一緒になって生きてるんだよ」
 そう言われると、ロメロはぐうの音も出ませんでした。いろんなものをもらったり、あげたりして、ここでの毎日は過ぎていきます。ロメロ達はまだまだ子供なので、大人たちからもらってばかりの生活をしていますが、いつかはあげる立場になるでしょう。外の木に、胸を張って自分は大人だといい、子供たちに施す立場に入ることができるでしょうか。それを考えると、ロメロは胃の中に重いものがたまったように顔に影を落としました。それはちょうど、脂っこいものを食べ続けたような顔をしていました。
「私たちは助け合って生きて行って、来年の春にはここを出ていくんだよ。また戻ってくるのか、それとも別の場所で生きるのか、それはわからないけど、その時に「たにん」に対してそんな閉口してて、ロメロはいいの?」
 他人に対して消極的なのは、ロメロだけでなく、自分もそうだと、パロメは考えます。ポムスは、いつも他人に対しては協力的ですが、ロメロとパロメはどうにも、他人に対してはそういう態度をとっているわけではありませんでしたが、極力関わらないようにはしていました。それは自分たちが知らない人だったからかもしれません。パロメはミィルのことは知っていましたが、ロメロはミィルのことを知りません。この先必ず、知らない人に力を貸す時が来るだろう。それはどれだけ先かはわかりませんでしたが、パロメはきっと近い将来そういう時が訪れると信じていました。そのためにも、今ここで他人に対して心を開いておかなければ、という思いが若干ありました。
「いいわけないってことはわかってるつもりだけど――」
「これから先の何かに向けて、自分から動くつもりで、誰かを助けようよ。私も手伝うから」
 ロメロはしばらく考え込むように頭を下げましたが。頭の片隅に一つの思いが過りました。彼の将来はまだまだ決まってはいませんが、自分がなぜ毎日のように本を読むのか、ただ覚えて終わりなのでは話にならない、それを誰かの役に立てることに使いたい、そういう思いはありました。それが勉強でも、料理でも、豆知識のような些細なものでも、人の役に立てればそれは自分の目標が達成したことになるのではないか?その思いは、本物でした。頭の中によぎる言葉が偽りでなければ――ロメロはやがてゆっくりと頭をあげました。
「わかった。僕も自分のできることをやるよ」
「本当に?ありがとうロメロ」
「でも、僕はそのミィルちゃんを知らないから、パロメがちゃんと事情を説明してあげないといけないよ?ポムスにも手伝ってもらうかもしれないから、彼には僕が事情を説明するね」
「うん、わかった」
 パロメは嬉しそうに頷きました。それは自分にも、そしてロメロにとっても、何かをつかむ第一歩になるかもしれませんでした。いつも自分たちのトラブルは自分たちで解決してきましたが、今回は全く知らない人の助けになるという未知の領域です。それに対して、ロメロは何ができるのか、それが問題でした。自分にできることで力になってあげれればいいが、自分にも手に負えないことなら、何もできない。何ができるのか、自分の力と知識を再確認するように、ロメロは何度も頷きました。


 話を事前にした次の日に、調理道具を持って、三人はミィルの家に行きました。最初は手伝うという行為にミィルは抵抗の意思をともしていましたが、自分から進まなければ何もできないという言葉を聞いて、ミィルは少しだけ考えました。一度で諦めたら、もうそれ以上前には進めません。パロメにそう言われて、ミィルは頭を抱えました。一生に何度あるかどうかも分からないから、あとで後悔するより、やるべきことをやった方がいい、という言葉を受けて、ミィルはそれなら、と頭を下げてお願いしました。
 最初から何でもできるわけではありません。言葉を正しく伝えなければ、教えるという行為は底辺から瓦解してしまいます。それは巨大な木が根っこから切り落とされるように、まずは基本的なことから教えることをロメロは深呼吸しながら思いました。大きな空洞の家についたときに。殺風景な部屋の中を見て、調理場が広くて助かるとロメロは笑いました。部屋の中をほめられたことなどなかったミィルは、なんだか照れくさそうにはにかみました。彼女にできることは、パイの作り方を教えることです。ロメロはそれなら自分もできると思い、ポムスやパロメにいろいろ手伝ってもらい、一からしっかりと教えることにしました。パイを作った時何が間違っているのか、そしてその間違いはどうして起きるのか、間違ったことを間違ったままにしておくのではなく、正しいやり方を教えて、それをしっかりと実行に移すことができれば、お菓子や料理は必ず成功するものだと、ロメロは思っていました。
 作業が始まると、ポムスは火をおこします。パロメはヤドリギを使い火の勢いを調整し、先に窯を温めました。その間にロメロとミィルはパイの基礎をしっかりと勉強します。ゆっくりでも、時間がかかったとしても、ロメロは丁寧に、なるべくわかりやすく、ミィルにパイの作り方を教えました。ちょっとしたアレンジなども知ってはいましたが、ロメロはそんなことを教えませんでした。最初は基礎をしっかりと覚えて、それで美味しい物でなくても、普通に食べられる物を作る。それが目標でした。ミィルはロメロの言葉に何度も何度も頷きながら、何度も何度も失敗と試行錯誤を繰り返して、その都度それに対してどうするべきか、それに対して何をすればそれが治るのか、いちいち鬱陶しいと思うくらい教えました。中々料理を作るのは大変で、作り方をいざ覚えようと思うと様々な困難が四方八方からぶつかります。一日だけで終わるはずもなく、何度も何度も作り、何度も何度も失敗をして、何度も何度も食べてみたりして、どんどんどんどん時間が過ぎました。それでも、一週間後にはしっかりと――とまではいきませんが、ミィルは自分の力で普通のパイを作り上げることができるようになりました。
「できた。できました」
 ミィルはとても嬉しそうに、そして目にいっぱい涙を浮かべました。一週間かかって、普通の料理を作り上げる。とてもくだらないことのように見えましたが。それができることを、何よりも実感し、喜んだのはほかでもない、ミィル本人でした。今まで付き合ってきたパロメ、ポムス、ロメロも、ミィルがそこまで成長したことに喜びを感じました。自分たちのやってきたことは邪魔でも何でもない、ちゃんと手助けができたんだと、ロメロとパロメはそれを一番実感しました。しかし、一番の頑張りを見せたのは――ミィル自身にほかなりません。最後まで諦めずにやりとおしたこと、引っ込み思案で、空気のように存在感がないと言われた彼女が、しっかりとその存在を、一週間パロメ達の瞳に焼き付けました。他者のアドバイスをもらい、自分の力でやり遂げたことが、彼女の何かを大きく成長させたような感覚がして、ロメロは知らず知らずのうちに拍手をしていました。それに続いて、ポムスも、パロメも拍手をします。ぱちぱち、ぱちぱちという音に激励を受けたように、ミィルは嬉しくて泣きだします。
「うぅ、みなさん、本当にありがとうございます。何てお礼を言ったらいいのか」
「それは、ミィルちゃんの思いが成就した時のためにとっておいて」
 ポムスはふらふらしながら笑います。一週間炎をふきだし続けて、若干疲労が蓄積していました。中々ない仕事のために、やりがいも感じたのでプラスになったと本人は思っています。それは、ロメロやパロメにも言えることでした。
「ノエルさんが、ミィルちゃんの気になる人を呼び出してくれてるはずだよ」
「さあ行って、そして思いを思いっきりぶつけてきて」
 三人のこぶを受けて、ミィルは涙をごしごし吹きました。身なりも全然整えていない、目の下にも大きなクマができて、睡眠不足でフラフラしていて、手には甘い匂いやモモンの実が付着していました。それでも、包装は丁寧に、奇麗にやり遂げたパイの包みを持つと、おぼつかない足取りで出ていきます。その後ろ姿は、外見を取り繕った綺麗なポケモンよりも、大きく大きく輝いていました。
「ねえ、僕たちも後を追おうよ」
 ポムスの言葉に、二人は頷きました。これ以上手助けすることなんてなにもありませんでしたが。ロメロ、ポムス、パロメの三人は、ミィルの恋が成就してほしいと願っていました。それは相手に思いをしっかりと伝えられるかどうか、見守っていたいという思い。最後の最後まで、しっかりと見届けて、最後まで助けてあげたいという思い。もしかしたらそれはお節介になるかもしれませんでしたが、どうしても三人はそれをせずにはいられませんでした。ミィルの家の後片付けもそこそこに、三人は風のように飛び出します。ミィルの後を追って、草原を突っ切り、林を超えた、広―い原っぱに出ました。そこにある大きな岩陰にこそりと隠れて、ミィルと、その相手のポケモンを確認しました。
(あ、ほらいたよ)パロメは小さくかくれながら、片目をつぶって視界を狭めて、物を見やすくします。相手のポケモンが肉眼で確認でき。その姿を見て、びっくりしました。(わわ、あれはレントラーだ)レントラーとはコリンクの最後の姿で、それはそれは大きくて逞しいポケモンでした。その姿はミィルと比べるととてもわかりやすく、小さい子供と大きい大人、という印象がとても強かったのですが、ミィルが好きになったということは、もしかしたら同い年くらいか、それよりちょっと上くらいの年齢かな、とパロメは思いました。(すごーい、かっこいい人だ)ロメロは純粋にかっこいいと思い、目を輝かせました。自分の進化形態はどうなるんだろうとちょっと想像も膨らませます。どんな姿になるのかを想像していた時に、ミィルがぷるぷると震えながら、大好きな人に話しかけているのを見ました。声は小さかったですが、聞き取れないほどではありませんでした。
「あ、あの……あの」
「……ノエルさんに呼ばれてここで待ってたんだ。君が僕に話があるって聞いたとき、僕は何か君に悪いことをしてしまったのかと思った」
「うあ、その、あの」
 レントラーのお兄さんは、ミィルの言葉に頷きながら、話を続けました。
「ずっとミィルちゃんは僕を避けていたから、もしかして僕は嫌われてしまったのかも知れないと思った。それでも、僕は君のことが忘れられなかった。こんなに素敵な人は、今まで見たことがなかったから」
「えっと、その――」
 ミィルは自分の言葉を言おうとして、何度も口を開きましたが、どうしても言葉を言うことなく、口を閉じてしまいます。それはレントラーのお兄さんが首を傾げるのには十分すぎるほどの、変な行動でした。ああ、やっぱり私はダメだ。あがっちゃう、そう思って、せめて心を落ち着かせようと、視線を岩の方へ移しました。その時に、自分のことを今日まで応援してくれたポケモン達を見つけ、目を瞬かせました。
 ロメロ、ポムス、パロメ、三人は固唾を飲んで、ミィルの様子を見守っていました。上手に隠れるつもりなんて全くないように、こそこそしていても堂々と、そして心配そうにこちらを見ている三人のポケモン達。ミィルはそれを見て、涙が溢れました。
(そうだ、今まで、ロメロ君達がずっと手伝ってくれたんだもの)
 ミィルは今までのことを思い出して、自分に気合を入れました。今まで彼らがやってくれたことを、自分のためにここまでしてくれた思いを、無駄にしたくありませんでした。三人が見守ってくれている。そのことが、引っ込み思案で人見知りの大きなミィルに、いっぱい勇気をくれました。
「あ、あの!!」
「うん」
「わ、私――モモンのパイを作ってきました!!」
「え?」
「レンさんみたいに、お料理が上手じゃなくても、精一杯、自分の思いを込めました。私、自分の思いを正直に伝えたくて――好きです、レンさん、好きです」
 そこから先の会話は、よく聞こえませんでした。
 ただわかるのは、レンさんが口にした言葉と、彼女の表情。嬉しそうに笑みを作って、泣きながらレンさんに抱きついて、大きな声を出します。せっかく作ったパイも、潰れてくしゃくしゃになりました。かさかさと風に運ばれて、パイ生地が宙を舞います。それでも、ロメロ達は良かったと思いました。
 恋の形は人それぞれで、いくらでも大きくなったり、深くなったり、さまざまな形になって、いろいろな人に降り注ぎます。ミィルは自分の思いを伝えて、自分を成長させることができました。その後、二人はとても仲良しのカップルになり。この場所で幸せに暮らしましたが。それを実行に移したのは、彼女の力です。
 しかし、それを少しだけ後押ししたのは、三人の力でした。自分達は他人に対して何かをすれば、もしかしたらお節介になるかもしれません、そうしたら、自分達はどんなふうに責任をとればいいのでしょうか?その思いは、間違ってはいません、もしかしたらその行為がお節介につながるかもしれません、そしてそれが間違ったことだとしたら、その人から恨まれるかもしれません。――でも
 それ以上に、それが人の手助けになることもあり、それに対して、その手助けをして、少しの後押しをした人は、自分たちでも何かの役に立てたんだ、人の幸せを助けることができたんだと、自信を持つかもしれません、それは、自意識とは違うもの、他者を助ける思いやり、それは人と人の気持ちを繋ぐ、絆の輪かもしれません。偽善かもしれないけれど、確かにロメロ達は、ミィルの恋を成就させることに、小さく、ほんの小さくかかわりました。他人に対して、自分たちでもできることがあったという思いは、これからの成長に大きく力を貸してくれるに違いないでしょう。ロメロ達は安心して、また自分たちの家に戻ります。それはもう、自分たちの役目は終わったということの意味を持っていました。この場所での告白は、ロメロ達の後押しで成功したのではありません。ミィルのがんばる心を、好きな人への思いを、少しだけ応援してあげたにすぎないのでした。
 広い広い原っぱから、モモンのパイのいい匂いがして、二人のポケモンの中陸奥まじい声が聞こえます。
 この後、ポムス達もまた、おいしい料理を作って眠ったそうですが、そのお話の続きはまたいつか。そしてこのお話からずっとずっと先の未来のお話、その時でもまだ、あの広い原っぱでは、たまに、弾―に、モモンのパイの臭いと一緒に、二つの中陸奥まじい会話が――
 この後、ポムス達もまた、おいしい料理を作って眠ったそうですが、そのお話の続きはまたいつか。そしてこのお話からずっとずっと先の未来のお話、その時でもまだ、あの広い原っぱでは、たまに、たまーに、モモンのパイの臭いと一緒に、二つの中陸奥まじい会話が――
――聞こえてくるようです。
 ありがとうございました。

モモンのパイにあいをこめて-おしまい-
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