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ポケットモンスタークロススピリット 第9話「記憶」 の変更点


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作者 [[クロス]]
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 ポケットモンスタークロススピリット、[[前回>ポケットモンスタークロススピリット 第8話「プライド」]]までは……

 人やポケモンを凶暴化させる謎の物質ゾーンと戦うためポケモン界へとやってきたツバサは、見知らぬ四人組と出くわし命を狙われる。彼らが差し向けたポケモン――シードラは敗れ、改心してキングドラへ進化すると同時にツバサの仲間となる。
 その後、彼の活躍により四人組の仲間だったポケモンが次々とツバサの仲間となり、一行は世界を救うために必要とされる伝説の宝石の一つグラードンルビーを探しに“灼熱の地底”の最奥部を目指す。
 しかし、彼らが辿り着いたときには既に宝石は何者かに盗まれたあとで、一行はやむを得ず次の宝石を手に入れるべく“灼熱の地底”を後にするのだった。

第9話 「記憶」


 次なる目標は、かつて伝説のポケモン、グラードンとカイオーガの争いを鎮め、世界に平和をもたらしたとされるレックウザが持つ宝石だ。彼(グラードン同様、正確には性別不明)は“裂空の頂”と呼ばれる場所に住み、九つの宝石の一つレックウザエメラルドを守護しているという。
 目的地の名前は知っているが、何分裂空の頂はその名の通り遥か上空に存在するため明確な位置がわからないのが欠点なのである。そこでオレたちは、いったん休息をすべく小さな島へとやってきたのだった。

「目的地がはっきりしていてもその位置がわからなくてはな。さて、どうしたものか……」

 グラードンと話すときも代表して要件を話し、リーダーシップを取ってくれたルカリオが頭を抱える。彼が悩みだすといよいよオレたちは手も足も出ない状況になるわけだが……
 と、ここで良いアイディアが浮かんだ。こういう時はみんなで考えよう。単純すぎるアイディアではあるが、ルカリオに任せきりにするより、キングドラたち手持ちのポケモンを総動員させたほうがより良いアイディアも浮かぶはずだ。
 一歩前進できそうなオレの小アイディアに一同が揃って首を縦に振るため、腰につけたベルトから三つのボールを掴むと、それを宙に放り投げる。ボールの中にいても外の状況が聞こえるのだろうか、ポケモンたちが光と共に現れると、こちらが説明するより先にキングドラが口を開いた。

「裂空の頂なら“空の柱”と呼ばれる建物の遥か上空にあると聞いたことがある」

 おお、これはすごい情報だ。みんなで考えて良いアイディアを出そうとしていたところを、キングドラの情報で大きく前進することができた。彼が地理に詳しいことには驚くが、他のポケモンを含め、オレが知らない隠れた能力はたくさんあるのかもしれない。
 “空の柱”については幸いオレがゲームで知っている。記憶が正しければキナギタウンという町の右上に……おっと、この場合北東と言った方が正しいか。ゲームと同じ位置にあるかは定かではないが、とりあえずその情報を伝えておこう。

「ゲームと実際は違うだろ。なあ、ショウタ?」

 割と有力な情報を出したつもりではあったが、ボーマンダには不評のようだ。他の仲間の様子を見ても、いずれも首をひねったり、あごに手を置いたりしていて納得している様子はない。なんだ、全然駄目駄目ってか。
 そんなオレの内心を読み取ってか、ショウタが優しく肩を叩いてきた。つい先ほどのような迷っている様子は微塵もなく、その表情はどこか自信を感じさせる明るい表情だ。

「こういう時は迷うより動かないとね。僕とボーマンダで調査にいってくるよ。ツバサたちは休んでて」

 なんと、あまり信憑性がないと思われていたオレの情報を頼りに、実際に調査に行ってくれるというのだ。そう遠すぎない距離まで来ていることは誰しもがわかっているのだが、あいにく付近は陸続きになっていないため調査しづらいのだ。
 だが、ショウタのボーマンダがいれば話は変わる。彼なら飛行能力を有しているため、地形に影響されずに調査に向かえるからだ。
 オレたちに休むように言うのは、灼熱の地底での戦いで疲労がたまっていることを考慮してくれたのだろう。ショウタたちも地底を歩いたのだから疲労があるのは間違いないにも関わらず申し訳ないが、ここは彼の厚意に甘えるとしよう。

「ありがとうショウタ」

「私も連れて行ってくれ。この世界は分からないことが多すぎて困るのでな」

 ショウタに礼を言うと、脇からルカリオが前に進み出ショウタの前に立つ。彼が連れて行ってほしいと頼むと、ショウタは快くそれを承諾。使命に関する知識に富んでいても、彼は過去からやってきた存在のため、この世界そのものに関する知識は薄い。それを少しでも克服しようとするその様子は、彼の努力家の一面と、使命に対する強い責任感を感じさせる。
 さっそくボーマンダがショウタとルカリオを乗せると、彼はその立派な真紅の翼を自慢するように力強くはばたき、風を切り、去って行った。三人ともよろしく、調査の成功を祈る。



 ショウタたちが調査に向かい、オレたちは休憩できる。のんびりしていても誰も文句は言わないし、次の戦いに備えて休むことは必要だ。島の端、海辺にやってきたオレたちは、温かい日差しのもと、爽やかな潮風を体いっぱいに受け至福のときを過ごしていた。
 今いる海辺はさほど整備されているわけでもないことから決して優れた景観が広がるわけではないが、海を見ていればそんなものは気にならない。小さな島だけにたまに人が通りかかるくらいで、ほとんど人通りがないため人目を気にせずゆったりできる。ああ、ちょっと目をつぶればあっという間に眠気が……

「おい、起きろ。これより訓練を開始する」

 誰だ、この軍隊の隊長みたいな口調で指令を出してくる奴は。眠気も高まってきたところだし、ここは夢の中に逃げて……
 その時だった。突如腹部に衝撃が走り、思わずかっと目を見開く。目の前には太陽にも負けないベイリーフの輝く笑顔が広がっていた。彼女の笑顔は大輪の花が咲いたとでも言えるほど可愛らしいのだが、余計な攻撃のせいでこちらはそんな悠長なことを言える気分ではない。この前バトルに勝ったことで明るく積極的な性格になったのは良いことである。しかし、こう毎度“のしかかり”を決められてはたまったものではない。
 起き上がって彼女を叱ろうとすると、別の者が視界に割って入ってきた。その赤い瞳でこちらを叱りつけるように鋭い目つきで見ているのはヘルガー。さっきの隊長みたいな指令を出してきたのは彼だったのか……

「ショウタたちは調査に行ってくれているのだ。私たちがぐーたらしていて良いわけがないだろう」

「そうでした。はい。どうもすみませんでした」

 ベイリーフを叱ろうとしたはずが形勢逆転。トレーナーのオレがヘルガーに説教をくらう始末で、完全にポケモンたちにいいようにされてしまっている。まったく情けない……
 ヘルガーの号令ですぐに他のポケモンも集まると、さっそく訓練を開始することに。とは言え、訓練とは何をやるのだろうか。普通に考えれば、ポケモンたちの新技の特訓か、模擬バトルと言ったところだろう。

「各々さらなる強さを身につけるため、新しい技の開発に乗り組んでくれ。これからどんな敵が現れるかわからないからな」

 ヘルガーによる特訓内容の伝達を聞き、やはりそういうことかと納得。ポケモンたちの特訓だからと言ってオレが寝ていて良いわけではないが、ここは優しく見守ったり励ましたりして、彼らの成長を助けるとしよう。

「おい。さっそく変身するぞ」

「え?」

「“え”じゃねえよ! 変身しなきゃオレは特訓にならねえんだよ!」

 あ、そうだった。フーディンはその力をペンダントに封印されているため、変身なしでは一切技が使えないことを忘れていたのだ。
 ここで一つ疑問が浮かぶ。わざわざ変身しなければ戦えないというのが不便であることは言うまでもなく、ただ力がペンダントに封印されているとしたらデメリットしかないだろう。ペンダントなしで普通に戦えた方が自由が利くのだから。
 では、ペンダントに封印されているという彼の持つ力がどれほどなのか、その限界を見たことはない。と言うのも、彼が本気を出すと融合したオレの体が持たないからだ。
 さすがに体の負担が大きすぎるため、その本気を試しに見てみるという気にはならないが、彼にその力の程度を聞いてみるくらいはいいだろう。と言うわけで、さっそく聞いてみることに。

「さあな。ペンダントはただオレの力を封印してるわけじゃなくて、その力を高めてんだ。だから、実際にオレが持ってる以上の力が秘められてるってわけだ」

 なるほど、これは初耳だ。ペンダントが力を増幅しているとなれば、変身による最大パワーとは未だ誰も知り得ない未知の領域にあるということになる。今のオレには程遠い話だが、こんな話を聞いて胸が躍らないわけがない。
 さっそくペンダントを握って胸にあてがい変身する。ペンダントが光を発し、視界が白一色に染まると、再び元の海辺の視界が広がった時にはフーディンの体に入っていた。これで準備完了なわけだが、さて訓練とはいっても何をしたらいいのやら……
 周囲の様子を伺うと、元気に地を駆けながら“つるのムチ”を繰り出しているベイリーフや、何やら体を縮こませエネルギーをためるかのような動作を行っているキングドラが目にはつく。彼の尻尾の先が白銀の輝きを放ち始めているが、あれはいったい何なのだろう……
 別の方角を見ると、ヘルガーとグラエナが見えた。ヘルガーは立ったまま目を瞑ってじっと動かない。あいつ、まさか寝てるんじゃ……。グラエナに至ってはさらに酷く、海に向かってただひたすらに吠えている。どんだけストレスたまってんだよ。胸の中でそんなツッコミを入れていると、なかなか動かないオレにしびれを切らしたのかフーディンが語りかけてきた。

「(ヘルガーの奴はわからねえが、グラエナは“とおぼえ”で攻撃力を上げてんだろ。お前さっきゲームの話してたくせに“とおぼえ”のこと記憶にねえのか?)」

 まるでオレの心をすべて読んでいるかのような彼の発言。それもそのはず、変身中オレの声を聞けるものは彼のみで、その声とは心の中にある思いなのだから。全部が全部見通されるのもあまり気分のいいものではないのだが仕方ない。
 さて、周りにばかり意識を向けていないで、オレたちの特訓を始めるとしよう。とは言え、先ほど言ったように何をすればいいのかわからない。ここはフーディンに指示を仰ぐとしよう。

「(お前さっきの雰囲気からしてゲーム得意なんだろ? じゃあ聞くが、敵が攻撃してきたらどうしたくなる?)」

「(それはもちろん避けたいだろ。ガードは少しダメージを受ける場合もあるし)」

「(だよな。その感覚でいいんだ。ゲームで敵の攻撃を見たら移動ボタンを押すように、もっと直感的に意識を働かせろ。お前の意思とオレの意思がシンクロすれば、ペンダントはもっと力をくれるからよ)」

 不良口調が影響して、つい彼は頭を使うのが苦手なイメージがついてしまっていたが、彼の説明はオレにとっては非常にわかりやすかった。と言うのも、難しい言葉ではなく、オレの趣味や好みに合わせた例えで表現してくれるからだ。
 先ほどキングドラの地理に詳しい一面を見たときにも思ったことだが、相手に合わせたわかりやすい説明ができるフーディンを見ても、やはりオレのポケモンたちはとても立派であることがわかる。それを目の当たりにすると、なんだか自分だけ置いていかれている気がしてしまう。これでは釣り合いが取れていないわけで……

「(馬鹿なこと考えてねえでさっさとやるぞ。まずはその回避の練習だ。おいベイリーフ、お前ちょっと手を貸せよ)」

 おっと、変身中はすべて心が見抜かれることをまた忘れていた。彼の言葉ではっと我に返ると、彼がベイリーフを呼び寄せる。彼女のほうは訓練を中断させられても嫌な顔一つせずきてくれるのでありがたい。
 ベイリーフがやってくると、さっそくフーディンが要件を伝える。どうやら彼女がやることは先ほど個人でやっていた訓練とほぼ同じことのようで、オレたちはその彼女の“つるのムチ”をひたすら避けるとのこと。単純だがだいぶ難しいことに思えるのだが……

「じゃあいくよ? 私も本気でやるから頑張ってよね」

 ベイリーフのほうもやる気満々らしい。もともとフーディン自体その性格上手加減されるのを嫌うことから、彼女もその意に沿うようである。最初から難しいのではというこちらの意思は無視され、さっそく練習が始まった。



 ベイリーフが体から二本のつるを伸ばすと、さっそく“つるのムチ”を連発してきた。その名の通り、つるが鞭のようにしなり、さらに二本で迫るものだから避けづらい。だが、そんなものオレにとっては何てことねえぜ。
 右側から水平になぎ払うように飛んできた攻撃をしゃがんで避け、左側から垂直に叩きつけるように飛んできた攻撃を宙返りで回避する。こんなの余裕だが、若干ツバサの息が上がってきてるな。やっぱ宙返りはまずいか……
 迫りくるベイリーフの“のしかかり”を受けないよう後退する足を止めることなく、ツバサの息が上がらない回避法を思案する。だが、ベイリーフとて攻撃の手を緩めない。今度は二本のつるを絡ませ、突きの要領で攻撃してきた。これでは後退するだけでは回避できない。
 即座にサイドステップで右方向に回避し、同時に地面を寝転んで一気に後方を取る。前方に伸びきったつるを戻すのに時間がかかり、これで敵に隙が生まれるな。今のが良い回避方法ってやつか。宙返りと違ってツバサの疲労は少なく、本来であればここで反撃の一撃を与えられる。まあ今はルール上オレが攻撃するのは無しだ。
 だが、あいにくそんな余裕をかましてはいられないみたいだな。ベイリーフは伸びきったつるを戻すことなく、体を回転させて足払いの要領で攻撃してきた。伸びきってるせいで後退では避けられず、ジャンプで回避するしかない。これには問題があるんだが仕方ねえ。オレは砂地を蹴って飛び上がる。
 すると、案の定ベイリーフはチャンスとばかりにすかさず突きの要領で飛び上がったオレを追撃。空中では身動きが取れず、飛行能力がない限り無防備になる。だが、あいつも油断しすぎだ。オレにはこいつがある。

「甘いぜ! “リフレクター”」

 空中に半透明の青いブロックを作りだし、それに掴まるとすぐに壁キックの要領でブロックを蹴って移動する。ベイリーフの奴、呆気にとられた顔してやがる。くぅ~この感じたまんねえ!
 と、今度はオレが油断していた。“リフレクター”を蹴って移動したオレを“つるのムチ”が追尾してやがった。あいにくまだ空中にいる上に、横っ跳びしてるせいで今“リフレクター”を使ったら顔面からぶつかって自滅しっちまうじゃねえか!
 攻撃が間近まで迫ったとき、オレの体はその場から一瞬で消え去る。無論攻撃を受けて吹っ飛んだわけじゃない。“テレポート”を使って瞬間移動したんだ。

「もう……“テレポート”は反則だよぉ……」

「わりぃわりぃ。今はこれぐらいにしとこうぜ」

 確かに瞬間移動できる“テレポート”は反則すぎる。単なる回避だけでなく、攻撃のタイミングを見つけるのにも使えるこの技は、補助技であるがゆえにツバサの体力を削りすぎることもない便利な技なんだ。
 特訓が終わるとすぐに変身を解除。ツバサは“疲れた”の一言でその場に倒れ込み、その衝撃で少量の砂が舞う。今回の特訓はなかなか手応えのある充実した時間だったぜ。ツバサの奴、ゲームの記憶が役に立ってずいぶん意識が集中してたしな。宙返りで駄目かと思ったが、後々に響かなかったし、なかなか根性もあるみたいだ。

「お前、最初はただの雑魚かと思ったが……なかなか根性あんじゃねえか」

「そ、そうかな?」

「何が“そうかな”だこの野郎! お前はまだまだ雑魚だけどよ。雑魚なんだけど……なんか、今のでお前となら上手くやってけそうな気がしたんだよ」

 ったく、あんまり調子に乗ってヘマすんじゃねえぞ。こいつがまともにやってけるのは、この最強ヒーローのオレがいるからなんだからな。
 まあそうなんだが……確かにそうなんだが……こいつも強いからオレもやってけるのかなって。ま、気のせいだろうけどな。










 無音の静寂を保つ薄暗い一室。そこに透明な液体の入った巨大なカプセルが三つ並んでいる。そしてその中に入っているのは三体のポケモン。口には酸素を送り込むと思われるマスクが装着されており、いずれも室内にある制御装置に接続されている。
 穏やかな表情で眠り続ける三体。そこへもう一体のポケモンがやってきた。何もせず彼らを見つめるその姿は、まるで彼らの目覚めを待っているかのようだ。










 空には不気味な黒雲が立ち込め、その遥か下方に広がる大地には一片の緑も存在しない。大地は焼き払われ、芽吹いていた植物そのすべてが無残な灰と化している。
 まるで地獄絵巻のような世界を、一人の人間と一匹のポケモンが他の何物にも目をくれることなくただひたすらに走っていた。

「急げ! 奴らに捕まっちまう!」

「はぁはぁ……ま、待ってくれよ!」

 彼らは筋肉質で運動能力の高そうな肉体を持つ青年と、包丁のように鋭い鋼の翼を持つポケモン。今彼らは迫りくる脅威から逃れるべく、疲労が重なる己の体に鞭を打ち、根性だけで体を動かしている。
 周辺からは他の人間やポケモンの悲鳴が飛び交い、助けを乞う声が耳鳴りのように響く。その声は一向に止む気配がなく、それどころか耳の鼓膜を切り裂く爆音まで鳴りだすのだ。
 さらにその爆音の後にやってきたのは灼熱の熱風。その衝撃と想像を絶する熱を前に少年は成す術もなく吹き飛ばされ、焼けた大地に身を沈める。起き上がろうにも意識を失いそうなほどの激痛が全身に走り、もはや根性で動かすことさえ敵わなくなってしまった。

「おい……おい、しっかりしろ!」

「もう俺は駄目だ……お前だけでも……逃げろ……」

 起き上がることも敵わない少年を気遣い、ポケモンがあらん限りの体力を尽くし声を張り上げる。かろうじて残る体力で意識を繋ぎとめ、パートナーのポケモンに逃げるように指示をする青年。そんな青年の姿を目の当たりにし、ポケモンは目に涙を浮かべて首を横に振り続ける。
 そんな彼らに、先ほどまで多くの悲惨な声を生み出していた魔の手が迫っていた。程無くして二人を取り囲み、その退路を断つ。かたや傷ついた仲間を背負い、かたや数十体が無傷の状態で立ちふさがる。

「くっ……そ……囲まれた……か……」

「どけ雑魚ども! 消え去れー!!」

 青年を守るべく、ポケモンが気力を振り絞って技を繰り出す。その包丁のような翼に生える鋼の羽毛を抜き、無数の矢の雨を降らせるが如く放つ。
 その決死の猛攻を受け、敵は一体、また一体と倒れるが、やはり多勢に無勢。ポケモンが体力を使い果たした時には、彼らを取り囲む恨めしい敵の数はまだ四体も残っていたのだ。
 ついにはその敵が攻撃態勢に入る。ポケモンも残る体力を攻撃で使い果たし、もはやその鋭利な翼で攻撃するどころか、逃げることも敵わない。

「これまで……なのか……。ちくしょう……ちくしょー!!」

 ポケモンの怒りに染まる絶叫が周囲に木霊し、その視界は漆黒の闇に染まる。そして彼らの意識は無残にも底知れぬ絶望へと蹴落とされてしまうのだった。










 カプセル内に眠る一体のポケモンがかっと目を見開き、その体を縮こませる。エネルギーを解放する構えだ。

「ぐっ……うおおおおぉぉ!!」

 激しい怒りの感情を乗せた唸り声と共に、ポケモンがその秘めたる力を爆発させる。その力を前にカプセルは制御を失い、透明な液体と共に周囲に鋭利なガラスの破片が飛び散り、耳に障る嫌な音が室内の静寂を破る。
 やがて室内が再び不気味な静けさ取り戻すと、ポケモンの目は自我を失うほどの怒りから、恐ろしいほど急に大人しくなり、体の感覚を確かめるようにゆっくりと動かす。

「異常発生。異常発生。コールドスリープモード強制終了」

 三つあるカプセルのうち一つがポケモンによって破壊され、管理者の操作を待たずしてシステムが強制終了することを機械音が知らせる。直後、残る二つのカプセルから透明の液体が排出され、同時に内部のポケモンを囲うガラスがカプセルの下部へと収納されていく。
 眠っていた二体はゆっくりと目を開くと、自らの手でマスクを取り外し、先ほど暴走したポケモンのもとへと歩み寄る。同じくして彼らを見つめていたポケモンも暴走したポケモンを気遣う。

「感情が……高ぶってる……汚染……進むわ……」

「何か嫌なビジョンでも見たのかしら? 心配しますわよ」

 特に嫌みを言うこともなく、ただ暴走したポケモンを気遣う様子は、彼を仲間と認識している証拠。それもそのはず、その正体はツバサを襲ったあの変身能力を持つ者たちなのだから。
 不気味な静けさを持つユキメノコとお嬢様口調のドレディアの心配の声を聞き、当の本人、エアームドは心配するなと首を振る。
 その後エアームドの体がわずか一瞬だけ光を放つと、彼のパートナーであるコウジが姿を現す。彼らは変身した状態でコールドスリープモードに入っていたようだ。

「エアームド、お前まさかあの時の……」

「まあな。ったく、汚染の速度を落とすためにコールドスリープモードになったっていうのにこの様とはな……」

 パートナーであるコウジの温かい気遣いに胸の内で感謝しつつ、彼に心配をかけまいとするエアームド。その口からは自らをさげすむ言葉が漏れるが、それを否定するようにコウジが彼のつやのある鋼の頭を優しく撫でる。
 そのほほ笑ましい様子に、見ていた三体もわずかに口元に笑みを浮かべほっと胸を撫で下ろす。その様子から彼らの仲間意識の強さが伺える。

「ユキメノコ、エネルギーの反応をモニターに映せ」

「わかった……」

 エアームドの指示を聞くと、ユキメノコは音もなく宙を移動し、室内の端にある機械を操作する。すると、天井付近の黒い壁が光を宿し、ポケモン界の世界地図を映す。そこにはいくつか赤い点があり、何かの位置を示しているようだ。
 さらにその点からはそれぞれ異なる強さを持つ波が円状に広がっており、エネルギーの反応と言っていたことから、その点の持つエネルギーの程度を示していると思われる。

「ルギアシルバー、スイクンクリスタル、グラードンルビーを手に入れた子がいるみたいね」

「それだけじゃない……。変わった反応も……いくつか……ある……」

「数あるエネルギー反応のうち一際輝く力を持つ者が三人。フフフッ……面白いじゃないか」

 それぞれがモニターに映るものを見て、思い思いの表情を浮かべる。しかし、そのすべてに共通して言えることが一つ。それは、いずれも殺気立った目でモニターを見ていること。まるでモニターに映るすべての点を消し去ろうとしているかのようだ。
 彼らの目的は一体何なのか。それは彼らのみぞ知ること。目的が想いとなり、その想いがさらなる力を引き出す。彼らはそれぞれ腕に力を込めると、モニターから目をそらし、お互いに視線を合わせる。

「ワタクシはイッシュ地方にいきますわ。たった二つの反応だけど一際強い。一番汚染の広がりが小さかったとはいえ、短期間で地方一つ分のゾーンを消し去るなんて、その強さ興味が引かれるじゃありませんの」

「私は……ドレディアと……行く……」

 我先にと次の目的を宣言するドレディア。ユキメノコはそれに従うという。イッシュ地方にある二つの反応がよほど興味をそそるのだろうか、バシャーモが悔しそうに舌打ちをするが、結局やむを得ず彼女たちに譲ることに。エアームドもそれに同意する。宣言を終えると、彼女たちは二つの反応を目指すべく部屋をあとにした。
 残された男性陣が無言でモニターを確認し直し、自分の目的を選ぶべく目を泳がせる。先に口を開いたのはエアームドだった。

「バシャーモ、お前はわけのわからん反応を追え。オレはあのペンダントを持つ奴を追う」

「待て。奴ごとき取るに足らんクズだが、さっきの異常はただ事じゃあないだろう。そんな体で大丈夫か?」

「大丈夫だ。問題ない。いくぞコウジ」

 エアームドに指示をされることに腹を立てるわけでもなく、バシャーモは先ほど暴走しかけたエアームドを気遣う。敵はなりふり構わずクズ呼ばわりする彼だが、仲間を気遣う一面も持っているようだ。
 そんな彼の心配に対し、そっけない返答をすると、エアームドはパートナーのコウジと再び融合し部屋を後にする。一人……正確には融合しているヒリュウも含むが、部屋に残されたのは彼らのみとなった。

「フッ……俺たちを楽しませるような奴だといいんだが……なあヒリュウ? この手で、すべてのゾーンに刻んでやる。俺たちの前では、貴様らなんぞクズだとな! ハァーッハッハッハ!!」

 “シャドークロー”の技で生み出す影の爪を狂気の目で見つめ、自らの野望をパートナーに語る。融合しているヒリュウもまた、彼と同じ気持ちなのだろう。
 仲間たちが出ていったことで開きっぱなしになっている扉を横目で伺うと、まるで瞬間移動をしているのかと感じるほどの恐るべきスピードで部屋を飛び出し、目的の反応を追うべくその場をあとにした。





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[[ポケットモンスタークロススピリット 第10話「ロジカルシンキング」]]
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''あとがき''
今回のお話はツバサたちの特訓と、以前彼の前に立ちはだかった謎の4人にまつわるお話でした。サブタイトルはどちらかと言うと後者を意識したものです。
前半の話は回避の特訓でしたので、フーディンの動きとベイリーフの攻撃にスピード感を出すことを意識しました。しっかり伝わっていたでしょうか?
後半はあまり使わない三人称の地の文を用いたこともあって上手く雰囲気を表現できたかあまり自信がありませんが、書こうと決めていたシーンは明確に決まっていたのですんなり書けました。

ここまで読んでくださりありがとうございました。
よろしければ誤字脱字の報告や、感想、アドバイスを頂きたいです。
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