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ポケットモンスタークロススピリット 第8話「プライド」 の変更点


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作者 [[クロス]]
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 ポケットモンスタークロススピリット、[[前回>ポケットモンスタークロススピリット 第7話「求めるもの」]]までは……

 伝説の宝石の一つグラードンルビーを手に入れるため“灼熱の地底”へとやってきたツバサ一行は、仲間を集めるため別行動を取っていたキングドラと合流。彼の活躍により、ツバサは新たにチコリータ、グラエナ、ヘルガーを仲間へ加える。
 グラエナとコンビを組んだ初バトルでヘルガーに勝利したツバサが安堵したのも束の間、そこへ見慣れない一人の少年が現れる。挑発しながらバトルを申し込んできた彼に対し、ツバサは怒りを露わにしその申し出を受け入れることに。
 少年のポケモン――メタモンに挑むツバサのポケモンはチコリータ。ツバサとはコンビを組むのは初となる彼女はやや怯えた様子を見せるも、ツバサの激励の声に押され前に出る。そして、戦いの火蓋は切って落とされた。

第8話 「プライド」


 ううっ……私が弱いばっかりに最初から馬鹿にされるなんて……。でも、ツバサのためにもなんとか勝たないと。

「メタモン“へんしん”だ」

「わかったモン。“へんしん”!」

 な、このメタモン喋った!? 私たちと同じテレパシーが使えるなんて、この人たちいったいどんな人たちなんだろう……
 そんなことを思案していると、目の前のメタモンがあっという間に大きなポケモンに。青い体に強靭な尻尾、真紅の翼を持つドラゴン。これは……ボーマンダ!?
 はっと後ろを振り返ると、そこには私の仲間たちがいる。てっきり私と同じチコリータに変身すると思っていたけど、メタモンは目に入るポケモンすべてに変身できることを忘れてたよ……

「見た目に騙されるな。お前の力を見せてやれ。“たいあたり”だ!」

 ツバサの指示を聞き、私は勢いよく地面を蹴る。体が小さいからヘルガーやグラエナのように颯爽と風を切るようなスピードはでないけど、とにかく全力を尽くさないと。

「フッ……真の英雄はこの僕だ。炎技で焼き払え!」

「僕がリトを英雄にするんだモン。“ひのこ”いくモン」

 あの人ずっと名前を言わなかったけどリトって言うんだ……と、そんなことはどうでもいい。“ひのこ”は炎タイプの技、まずい! 私は草タイプだから炎技が苦手。技を撃たれる前に先制攻撃を仕掛けないと!
 駆ける速度を上げ、攻撃できる距離まで近づいた私は、全力で地面を蹴り、メタモンの首を目掛けて全身でぶつかっていく。
 ところが攻撃が当たる寸前、メタモンはふわっと風船のように舞い上がり、私の攻撃はその対象を失う。攻撃に全力を注いでいた私はまさか避けられるとは思っておらず、このままでは勢い余って地面にぶつかってしまう。

「“つるのムチ”で受け身を取れ!」

 こんな負け方をするわけにはいかない。ツバサの指示を聞いてはっと冷静になった私は、体から長い緑のつるを二本伸ばし、自らの落下地点に叩きつける。攻撃により体が落下とは逆の力を受け、総じて落下速度が落ちていく。これでもう大丈夫だ。
 そう安心したのも束の間だった。私の攻撃を避けたメタモンは、隙を見せた私に猛攻をかけるべく口から灼熱の火の弾を放ってきたのだ。視界を敵の攻撃が覆う。そうだ、前にもこんなことが……










 それは半年ほど前、私がまだユリの仲間だったときのこと。

「ウフフ……いくわよチコリータさん。“はなびらのまい”」

 練習がてら、私はユリのポケモン、ドレディアとバトルをしていた。彼女が優雅に舞うとその美しさを助長するかのように花びらが舞いあがる。すると、その花びらは美しさを損なわずして対象に向けて牙をむくのだ。
 花びらはまたたく間に視界を覆い、見た目とは裏腹に高い威力を持つその技を前に私は圧倒され、気付いたときには大きな葉っぱを布団代わりに寝かされていた。どうやら気絶してしまっていたようだ。
 おそらくユリが運んで寝かせてくれたのだろう。彼女に礼を言わなければ……。と、そこへ先ほど圧倒的な力を見せつけたドレディアが現れた。

「あなた、そんなに弱くてユリのポケモンとしてよろしくて? もっと強くならないと出番がきませんわよ。もっとも……ワタクシがいればあなたの出番もございませんけどね」

 嫌味たっぷりに言いたいことを言うと、軽い足取りでその場を去っていく。彼女の言葉は正直なところ怒りの感情が火山のように噴火しそうなほど腹立たしい。だが、同時にあまりに的を得ている。
 いったいどうすれば強くなれるのか。その後も私は練習に励むが、ドレディアの足元にも及ばないどころか、戦うポケモンほぼすべてに負け続ける有り様だった。
 当時から次第に狂気を膨らませていたユリだが、彼女は決してポケモンを悪く言うことはない。だが、負けるたびにドレディアの叱咤とも嫌味とも取れる言葉を受け続け、いつしか私には弱者と言う名のレッテルが貼られてしまっているのだった。










「チコリータ。チコリータしっかり!」

 迫りくる“ひのこ”を前に過去のビジョンに取り囲まれてしまったが、気付くと、私はツバサの腕に抱かれていた。体からはわずかに煙の臭いが立ち込め、動かそうとすると痛むことから、私はメタモンの“ひのこ”を受け敗北し、ツバサに介抱されたのだと悟る。
 また負けてしまった。私自身悔しくてたまらないが、相手のリトを嫌っているツバサからすれば、こうもあっさり負けてしまったことが恥ずかしくてならないだろう。私以上に傷ついているであろう彼を思うと、申し訳なさで目を合わせることもできない。

「ははははは!! 口ほどにもない。キミなんかが僕に勝てるわけがないと思ってたよ」

 その感情が一瞬ごとに高まり、次第に目に滴が浮かび上がってきた。ごめんツバサ……。私が弱いばっかりに馬鹿にされて……
 耐えがたい侮辱を受けるツバサをいたたまれなく思うと同時に、言い知れぬ自己嫌悪が私の心を奈落の底へと突き落とす。いったい自分は何をしているのだと。

「チコリータ、お前……まだやれるか? 悔しいよな。強くなりたいだろ?」

 その時だった。ツバサが私を抱き上げ、目を閉じたまま訴えてくるのだ。“強くなりたいだろ”と。
 その言葉が異常なまでに重く感じられ、私は激しい自己嫌悪に陥っていた自我を無理やりと言っていいほどに強い力で引き戻されたのだ。

「オレ“弱い”って言われるのが一番嫌なんだ。だから、お前がそう言われるのも嫌だ。もう二度と、何もできないで誰かを失いたくないんだ!」

 涙を流すわけでもない、怒気を含んでいるわけでもない。ただ、心の底から出たその言葉に私はかつてない力を感じ心が揺さぶられる。内なる真の想いに触れた時、これほどまでに生命力(バイタリティ)を感じるのかと。
 彼が何を思っているのか、キングドラから事情を聞いている私にはわかっている。ならば、なんとしてでも彼の想いに応えなくては。ところが、この後彼の口から思いがけない言葉が発せられる。

「オレのためになんて戦わなくていいから。自分のために勝て! 信じてる。お前は強いんだから!」

 “自分のために勝て”そんなこと今まで一度も言われたことはなかった。ユリと一緒にいたときも、勝とうと思うのはひとえに彼女のため。ドレディアもユリのために強さを求め、弱い私を邪険にしたのだから。
 しかし、心の底から私を想い、その存在の意味、そしてプライドを守るために勝てとツバサは言うのである。あまりに衝撃的で、でも、その時確かに私は心の底から勝ちたいという意欲が湧いてきたのだ。かつてないその想いが、私の中であふれる。
 ツバサの腕を離れ力強く前に立つ。もう用はないとばかりに意気揚々と去っていくリトたちを見つめ、そしてツバサを、仲間たちを振り返り、自信にあふれた表情を見せ、改めて応援を依頼する。この戦いで、今こそ強き者へと進化するのだ。

「おいナルシスト待ちやがれ! まだ勝負は終わってねえぞ!」

 後ろから突き飛ばされたかと感じるほどのツバサの大声に、リトが怒りで顔をしかめて振り返る。そして次の瞬間、彼の表情は怒りから驚愕そのものへと急変するのだ。

「ば、馬鹿な……。惨敗したくせに、ベイリーフに進化しただと……!?」

 そう、私はツバサの生命力(バイタリティ)あふれる想いに触れ、チコリータからベイリーフへと進化したのだ。体は倍以上に大きくなり、緑をベースとしていた体色はベージュ色へと変化した。進化によりあふれるエネルギーは予想以上のもので、それを感じるからこそなお私は勝てる自信を持てるのだ。
 舌打ちをして驚愕から再び怒りへと表情を戻したリトは、左手の人差し指で私をさし、ボーマンダの姿のままであるメタモンに攻撃を指示。それを受けたメタモンは天井間際まで上昇する。高所から一方的に攻撃を仕掛けようと言うのだろう。
 しかし、二度同じ手で負けるほど私は弱くない。リトの感情に共鳴したかのように怒りの感情を乗せて吹くメタモンの“ひのこ”をジャンプやサイドステップで避け、その真下を取る。火は口からしか吹けず、真下を取ればメタモンとて移動せずには攻撃できない。当然それを知っている相手は、再度距離を置くべく飛行を開始。
 しかし、それは私の思うつぼだった。いかに大きなこの洞窟と言えど、ボーマンダに変身したメタモンが自由に飛びまわることができるほど広くはない。私にばかり意識を集中させていたメタモンは、天井から伸びる尖った岩に背中をぶつけバランスを崩したのだ。
 このチャンスを逃すわけがない。すかさず“つるのムチ”を伸ばし、高所を取るメタモンの頬を、右、左と叩きつける。そして痛みに喘ぐメタモンを引きずり下ろすべく、真紅の大翼を握り徐々に体重をかけていく。
 本来ドラゴンタイプと飛行タイプを持つボーマンダに草技ではダメージが期待できない。しかし、物理的に引きずり下ろすとなればタイプの相性による耐性が果たす意味など皆無に等しい。敵と進化した私の間に力の大差はなく、そうであればふんばりが利く地上にいる私に分がある。
 一気に力をかけると、空中にいるがゆえふんばりの利かないメタモンは、徐々に私に引きこまれていく。一度引きこまれれば体勢が崩れ、もはや元に戻すことは叶わない。やがて力を失ったメタモンは空を切って落下し、洞内を揺らす勢いで地面に叩きつけられ土煙を上げる。

「っしゃあ! いいぞベイリーフ! 次でとどめだ!」

 ツバサの私を褒める明るい声が耳に入り、次いで背後の仲間たちの歓声も聞こえてくる。その声は私のやる気を刺激し、闘争心をかきたてていく。かつてない経験であり、仲間の声がこれほどまでに力をくれるのかと実感した貴重な瞬間だ。
 まだ土煙の消えぬ中、私はメタモンにとどめをさすべく、新たに会得した“のしかかり”の技を使うため全力で駆けていく。もうこれで勝てる。私とツバサを侮辱したリトも、二度と大口を叩けなくなるだろう。今こそ私の強さを見せつけるのだ!
 しかし、土煙の中へ飛び込んだ私の目に映ったのは、戦闘不能の状態に陥り“へんしん”の技が解除され、その柔軟な体がべたりと地面で伸びているメタモンの姿だった。そんな敵を前にし、私は非常にいたたまれない気持ちになってしまう。
 今逆転勝利を果たした私だが、それはツバサたち仲間の存在あってこそ。このメタモンもまたリトのために一生懸命戦ったのだ。私が進化したとはいえ、意外とあっさり勝てたところから、ボーマンダの能力が強かっただけで、唯一“へんしん”の効果を受けない体力は乏しかったと思われる。つまり、このメタモンはまだまだ弱いのだ。
 微塵も弱さを見せずに戦った相手を讃える思いが込み上げ、私はついに技を出すことをやめてしまう。バトルとは互いに傷つけあうためにすることではないはずだから。

「メ、メタモン大丈夫か!?」

「モ~ン~……」

 やがて土煙がおさまると、二本のつるで抱き上げたメタモンをリトへ手渡す。まるで汚らわしいものに触れさせてしまったと言わんばかりない様子で私からメタモンを奪い取ると、彼は憎悪をみなぎらせた声でわめき、その場を走り去って行った。
 そんな私と彼のやり取りを目の当たりにし、ツバサたちは浮かない顔で俯く。ただ一人、ルカリオだけは、闇に消えたリトの後ろ姿をじっと見つめていた。

「ねえツバサ、こっち向いて」

 とりあえず彼のことはさておき、今はこの勝利の喜びを与えてくれた仲間たちに感謝したい。それぞれの声援が大きな力となったが、何より感謝したいのはツバサだ。彼なしではきっと私は負けていたことだろう。
 弱者のレッテルをはがし、己の力で一歩踏み出すことができた。それを可能にしてくれた彼のおかげで、私の前に新たな世界が広がったように思う。弱者のレッテルをはがすことから、真の強者を目指して戦う新たな世界が。
 呼び声に反応したツバサがこちらを向くと、私は無言で飛びかかる。無論攻撃ではない。テレパシーがあるだけ言葉で気持ちを伝えることができるが、それだけでは足りなすぎる。そんな風に私は感じたのだ。

「ちょっ……おお、重い……。急にどうしたんだよ」

 倍以上に大きくなった四肢を投げ出し彼に飛びかかると、やはり予想通りの反応が返ってきた。♀である私にとって“重い”という言葉はだいぶ傷つくが、今は聞き流しておいてあげるとしよう。
 そもそもいきなり飛びかかったのは私であり、彼は仰向けに押し倒される始末で正直迷惑と思っているかもしれない。その証拠に顔をしかめている。しかし、彼はすぐに笑顔に戻ると私の体を撫でてくれた。

「ツバサ、ありがとう。私これからもっと強くなるからね」

 精一杯の感謝の気持ちを込め、ありきたりながらも“ありがとう”と声に出す。その言葉に、彼はゆっくりと首を左右に振り“勝ったのはお前の力だ”と口にする。
 態度に出ていたかもしれないが、実のところユリの下を離れることは不安でしかなかった。だが、今ツバサという真のパートナーを目の前に、その不安はすべてが希望へと生まれ変わったのだ。
 互いに未熟ながらも、これから共に歩み強くなりたい。ヘルガーに認められ、私を勝利へと導く。おそらく彼は今をときめく人物となっていることだろう。自分のトレーナーがここまで輝く存在であることを誇りに思う。
 そして何より、今をときめく彼を前に、私の胸もときめいていたのだ。頬を彼にすりよせる私の胸は、心なしかいつもよりその鼓動が増しているような気がした。





 謎の少年リトとの戦いに勝利したオレたちは、再び洞窟の最奥部を目指して進もうと意気込む。周囲に紅蓮の輝きを放つ少量のマグマを見ても、ここがグラードンの待つ灼熱の地底である可能性は高い。
 数日間も洞窟にいるわけではないが、早急にグラードンを発見しこの場を立ち去りたいというのが正直なところ。薄暗い洞窟に長くいるためか、はたまた連続のバトルを終えたためか、少々体が重いというのが本音なのだ。
 と、そんな身勝手とも取れる考えを浮かべていると、突然地面が大きく揺れ出した。いったいマグニチュードいくらだろうか、と、そんなことを考えている場合ではない。急ぎポケモンたちをボールへ退避させなくては。
 慌てて腰につけたベルトからモンスターボールを取りだすと、ボールから細く赤い光線を放ち、ポケモンたちを収納する。ショウタも同様にボーマンダをボールに戻したため、これでポケモンたちの安全はほぼ確保された。
 一方でオレとショウタには逃げ場がない。まるで崩れてしまうのではないかという轟音が洞内の静寂を打ち破る中、ペンダントの中に戻らないフーディンとルカリオがそれぞれオレとショウタをかばうように立っている。
 こちらは立つこともままならず、力なく座り込んでうずくまるよりないのに比べ、彼らは絶妙なバランス感覚で体勢を崩すことなく周囲を警戒し続ける。ポケモンとはこうも強いものか。彼らの強さに密かに感嘆していたが、天井から突き出していた尖った岩が崩れ落ちると、一面土煙に覆われ、ついには視界を遮られてしまった。

「ちっ……隠れてないで出てきやがれ!」

 姿が見えない者の接近に焦りの色がその濃さを増す。ところが、フーディンが地震を起こす者に対し出てくるよう叫ぶと、それに応えるようにあっという間に地の揺れが収まっていくではないか。まるで、オモチャを用いて泣き叫ぶ赤子をあやしてやったかのようだ。
 地の揺れが収まったのと同時に、砂煙が消え去り、徐々に視界が晴れていく。そして見えてきたのは巨大な紅蓮の体を持つポケモン、グラードンだった。ゲームでその姿を見たことはあったが、やはり実際に見るとその迫力に圧倒されてしまう。高さはオレの三倍ほどあり、横幅が広いゆえか高さ以上に巨体に見える。その姿を一目見れば、大きな山が連想されることだろう。
 彼(正確には性別は不明であるが)こそオレたちが探し求めていた存在であり、彼が持つという伝説の宝石を譲り受けることがここへ来た目的である。

「お前がグラードン……か。世界の事情は知っているな? 頼む。お前の持つグラードンルビーを私たちに譲ってくれ」

 ルカリオがグラードンに質問し、簡単かつ明確に要件を伝える。前に聞いた話では、宝石を守る伝説のポケモンは選ばれし者の訪れを待っていると言っていたはずだ。つまり、グラードンはオレたちが来るのを待っていたことになる。では、さっそくその宝石を譲ってもらうとしよう。伝説のポケモンだけにテレパシーも使えるだろうから、初対面ながらコミュニケーションはしやすいはず。
 そう思っていた矢先、突然グラードンがうめき声を上げるではないか。まるで襲われるかのような恐怖を感じたオレとショウタはとっさに身構える。ところが、直後フーディンの口からうめき声の予想外な理由を聞かされることになる。

「あ、こいつテレパシー無理だってよ」

 そんな理由かい! すっかり拍子抜けしたオレたちは盛大にずっこけてしまう。仲間のポケモンが全員テレパシーを使えるがゆえ、伝説のポケモンとなればテレパシーくらいは当然使えるだろうと誤った先入観を持ってしまっていた。その辺は心の中でグラードンに謝罪しておこう。
 しかしながら、うめき声ではなくもっと普通の声で話せないものか。その巨体から出る普通の声とは、どうやらオレたちにはどうしてもうめき声に聞こえてしまうようだ。
 半ば恐怖心をあおられ、半ば拍子抜けさせられる。そんな奇想天外な会話になってしまうようだが、要件が要件なので真面目な態度で接するとしよう。通訳をフーディンに頼み、こちらの要件を伝えることはすべてルカリオに委任することにした。

「“強力な邪気を感じたからここに来た”だってよ」

「ああ、私も同じものを感じた。私とお前の両方が感じたということは……気のせいだといいのだが……」

 フーディンは通訳し慣れているわけではなく、ルカリオとグラードンが何を話しているのかあまり伝わってこないというのが正直なところ。話の腰を折ってしまい申し訳ないが、ここはルカリオに声をかけて何を話しているのか聞いてみるとしよう。
 “わかりづれえ通訳で悪かったな”とフーディンが怒りとも苦笑いとも取れる表情で言うが、決して彼が悪いというわけではない。しかしながら通訳を頼んでおいてこの態度では、彼とて機嫌を損ねるのは当然だろう。頭を下げて彼に謝罪の意を示し、気を取り直してルカリオに会話の内容を尋ねる。

「先ほどお前に挑んできた奴、リトとか言ったな。ここを去る際の奴は強力な邪気を放っていた。それがあまりに不吉でな」

 なんと、彼らが話していた内容はあのリトという少年についてだったという。確かに彼は気に入らないが、ああいうおかしな奴はたまに見かける。見慣れたタイプと言うわけではないが、ポケモン界にきて初めて見るようなタイプの人間ではない。
 しかしながら、グラードンまで出てくるとなると、彼の放つ邪気とやらはそれほどまでに大きいというのだろうか。目に見えない気の力などオレに分かるはずもなく、ショウタの様子を伺っても、こちらと同じく特に思い当たる節がないようで首を傾げている。

「お前たち、奴が口にした言葉を聞いてなかったのか? “真の英雄は……”と言っていたではないか。普通の人間が口にするものではないが……」

 言われてみればそんなことを言っていた気もする。チコリータ、現ベイリーフに勝ってほしいばかりで、彼の言うことなどほとんど聞いていなかったため、正直はっきりとは覚えていない。隣のショウタはというと、先ほどとは打って変わり、目を大きくして何度も頷いている。
 ルカリオの感覚では、その言葉がまるでこちらの素性を知っているかのようで恐ろしいのだという。さらに、彼の手持ちポケモンであるメタモンはテレパシーを使っていた。それが彼の存在をより一層不可思議な存在にしており、いったい何者なのかと、ルカリオはその不気味さを危ぶんでいるというのだ。
 “真の英雄”。英雄と聞いてオレが頭に思い浮かべる存在は波導の勇者アーロンだ。ん、待てよ? そうか。だからルカリオは不吉に感じるというわけか。
 彼はアーロンの仲間であり、過去からやってきた存在だ。現実世界では彼らの生き様は映画という形で語られており、もしそれがそのまま事実なら彼は戦争の時代からやってきたことになる。過去に残って必死に戦っているであろうアーロンの存在は、彼にとっては師を超えた存在であり、英雄として認識する一面も持っているはずだ。
 生きる世界と時代が違うオレたちは、それぞれ様々な価値観や想いがある。それ故デリカシーのない行動は控えねばとオレは思っているが、あのリトの言葉は、過去に残してきたアーロンを心配して想うルカリオの気持ちを悪い意味で刺激したのだろう。

「あんな奴どうってことないって。もしオレたちの邪魔をしてくるようなら、今度はオレが倒してやるよ。“二度と現れるな”ってな」

 親指を自分に指し、自信あふれる声でルカリオに語る。ちょっとかっこつけすぎかな? でも、好きな人と別れ、時を超えてやってきたルカリオを不安に陥れる奴はオレが許さない。ま、普通にリトの態度がムカつくってのもあるけど。
 オレの言葉に安心した様子で頷くと、ルカリオはさっそくグラードンに本題を持ちかける。無論、本題とは伝説の宝石グラードンルビーのことだ。事情は承知しているようで、宝石を保管している場所へ案内してくれるという。
 巨体が狭い洞内を歩く様子は、やはり天井が崩れてしまわないか不安をあおるものだ。彼についていくオレとショウタの額からは、嫌でも冷や汗が垂れてくる。最奥部付近までやってくるのに対して時間はかからなかったが、今度は別の問題が発生してしまう。やたらと空間が暑いのだ。
 それもそのはず、周囲は静かな洞内から一変し、ぼこぼこと音が聞こえるほど傍に大量のマグマが煮えたぎる空間へとやってきたのだ。長く滞在すれば体調を崩しそうなほどに暑い。ショウタも苦しそうな表情を浮かべている。人間とポケモンでは耐性に違いがありすぎるため、素直に苦しいことを伝え、先を急いでもらうことした。

「ここだってよ」

 マグマが煮えたぎる灼熱の空間の先に、その前の静かな空間と同じ静けさを持つ空間が存在していた。どうやらここが宝石を保管してある場所のようだが、マグマの音やポケモンの鳴き声などと言った雑音は一切聞こえない上、周りには綺麗に整った岩肌が見えるだけで何も見当たらない。
 ゲームでの説明を思い返すと、グラードンは雨雲を振り払い、天候を日照りに変えるという強力な力を持つとされていたはずだ。それゆえ普段はこのような静かな場所で眠っていることが多いのだろう。
 伝説のポケモンは強力な力を持つが、それがあだとなっての苦労も多いと思われる。グラードンが普段いるというこの空間を見ているだけで、オレはなんだか彼が不憫に思えてしまってならない。

「ねえ、その宝石ってどこ? 何も見当たらないけど……」

 少し物思いにふけっていると、ショウタの声が耳に入りはっと我に返る。確かに彼の言うとおりここには何もない。大切なものであるがために、やはり厳重注意を払い隠してあるのだろうか?
 ところが、当のグラードンの様子を見ると、何とも言えない表情を浮かべつつ、うめき声を上げている。通訳によれば“保管しておいたはずの宝石が見つからない”だそうだ。
 って、なんだと!? 宝石が見つからない!? 世界を救うために必要とされるものが盗まれてしまったというのか。冗談と思いたいところだが、あいにくそうではないらしい。グラードンによれば、オレたちが来た道以外にもここへ辿り着ける道があるそうで、そこから何者かが侵入して強奪したのではないかというのである。まさか……
 そう、この時オレたちの頭の中は一致し、ただ二文字だけが浮かんでいたのだ。





 “リト”……と。





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''あとがき''
前回に引き続き今回も小バトルの回でした。似たような展開が続いてしまい、全体におけるシナリオの流れが未熟だなと反省しているところです。地の文も所々内容が薄いと感じつつも表現が浮かばないというところがあったので反省点が多い回でした。
しかしながら、チコリータ、現ベイリーフを始め、ツバサ、ルカリオに渡って心情描写を深く掘り下げた回でもありました。キャラの多さがネックとならず、魅力となるよう力を尽くしていきたいと思います。
そして謎の人物リトについては意外とあっさり逆転できたわけですが、にも関わらず、ルカリオたちは非常に警戒しているという文字通り謎に満ちた存在となっています。どうぞ今後の展開にご期待ください。

ここまで読んでくださりありがとうございました。
よろしければ誤字脱字の報告や、感想、アドバイスを頂きたいです。
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