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ポケットモンスタークロススピリット 第31話「流した涙の数だけ」 の変更点


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作者 [[クロス]]
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 ポケットモンスタークロススピリット、[[前回>ポケットモンスタークロススピリット 第30話「守りたいものがあるから」]]までは……

 ルカリオがツバサをポケモン界に連れてきた理由の一つ"ガレスを倒すこと"。敵であるバシャーモがそのガレスと対峙しているところへ出くわしたツバサたちは、ゾーンを巡るこの戦いに終止符を打つべくガレスとの戦いに出る。
 キングドラたち仲間と連携し猛攻を仕掛けたルカリオだったが、ガレスの圧倒的な力により絶体絶命の危機を迎えてしまう。
 しかしツバサは、戦いの最中ルカリオの波導を駆使しガレスを分析。彼の持つ槍の穂は技を使用する上での動力源であることを知る。
 そしてその弱点を突くべく、ツバサは残る力を振り絞りフーディンと変身。ポケモン界の存亡をかけた戦いが再び始まるのだった。


第31話 「流した涙の数だけ」


「へへっ、面白くなってきたなぁお喋り野郎。てめえはオレがぶった斬るッ!」

「おのれゼロ! 死にぞこないめが、すぐに処分してくれる!」

「返り討ちだ。みじん切りにしてやるぜ!」

 キッと睨み付けそう叫んだフーディンは、得意技"サイコカッター"を使用。手に持つ二つのスプーンを、紫色の刀身を持つ剣へと変形させる。そしてそれを手に一気にガレスとの距離を詰めていく。
 対するガレスは、雄叫びと共に槍の先を地面へ突き刺す。それに合わせ結晶化した穂が怪しく光りだした。すると次の瞬間、地鳴りと共にフーディンの足元へ漆黒のオーラが噴き出す。さながら間欠泉のようなその技は"ダークレイブ"だ。
 それを瞬間移動する技"テレポート"を駆使し、回避するフーディン。"おっと!"と声を上げながらも、その姿は元気いっぱい。戦いを楽しんでいるかのようで、焦りや疲労はその姿からは微塵も感じられない。

「いくぜぇーー!!」

 10mほどの距離まで詰めたフーディンは、再び"テレポート"を使用。瞬間移動でガレスの頭上を取ると、双剣を交差させ振り下ろす。しかし、それを予測していたガレスはバックステップで回避。攻撃は空振りに終わる。
 そしてガレスとて回避だけで終わる敵ではない。ステップ中に再び穂のエネルギーを溜めた彼は、それをフーディンへと向け撃ち放つ。次なる技は"ダークフリーズ"。暗黒の力で生み出された直径3mもの巨大な氷結弾が、眩い光と共にフーディンを襲う。
 これに対し、フーディンは"テレポート"を駆使するなどして避けることは可能。しかし、状況は彼にそれを許さなかった。技の軌道上に今なお倒れている仲間たちがいたのである。こうすることで彼の回避を封じるというガレスの狙いは的中。一瞬振り返りそれを悟ったフーディンは、左脚を前に前傾姿勢を取り攻撃を受け止めに出る。
 地をえぐる激しい音と共に、瞬く間に後方へと押しのけられるフーディン。地を削る足への衝撃と、腕から伝わる冷気の痛み。歯を食いしばり、言葉にならない声を上げながら、攻撃が仲間の下へ届かないよう必死に堪え続ける。

「フーディン……!」

 その最中、爆音と眩い光により仲間たちが徐々に目を覚ます。目に映る光景から瞬時にその状況を察したヘルガーは、叫ぶように声をかけると同時にフーディンへ向けて灼熱の火炎を吐き出す。触れた相手を確実に火傷を負わせる強力な炎技"れんごく"だ。それに気付いたフーディンは、すぐさま"サイコキネシス"を使用。"れんごく"の炎を操り身に纏うことで、合体技"エンテイの鎧"を発動する。かつてキングドラの発案により会得したこの技は、炎を鎧のように纏うことで氷タイプや炎タイプの技から受けるダメージを軽減することができるのだ。これによりガレスの氷結弾は高熱で溶かされ小さくなり、フーディンは気合いの一声と共に弾を打ち砕く。

「なにっ!?」

「今度はオレの番だ。"サイコカッター"」

 攻撃を打ち消され焦りを見せるガレス。やや引きつったその表情を見てニヤリと笑ってみせたフーディンは、反撃に出るべく双剣を地面に突き刺す。すると"ダークレイブ"同様地面が揺れ始め、ガレスを中心とした半径3mもの間に無数の斬撃が噴き荒れた。さながら間欠泉のように噴き出す半円状のそれは、フーディンがバシャーモとの戦いで習得した技の範囲広げる特殊能力である。地中という見えない空間に走るエネルギーを正確にコントロールしなければならないため、通常のポケモンによる習得は非常に困難と言えるだろう。
 そのような攻撃であるためガレスの回避さえ許さない"サイコカッター"は、瞬く間に彼の全身を斬りつける。だが、例えそうであっても彼の鎧はフーディンの攻撃さえ通じない。しかし、フーディンの狙いはそれではなかった。ルカリオの波導により解析した弱点、その結晶化した槍の穂だけは僅かに砕け確かな損傷が目に見えて形となったのだ。

「あいつ、槍を狙って……」

 遠方から物陰に隠れ、パートナーのヒリュウと共に観戦していたバシャーモ。フーディンの攻撃が始めからガレス本体を狙っておらず、弱点である槍の穂だけを狙っていることを見て取った彼はその戦法に驚きの表情を見せる。

「どうせテメエは痛みを感じねえんだろう。だが、槍の方はそうもいかねえみてえだな」

 現状ガレス本体にダメージを与える方法は不明だ。だが、攻撃手段さえ封じてしまえばその後袋叩きにでもすればいい。そう考えていたフーディンは、狙いである槍の穂を削ったことで口元にニヤリと笑みを浮かべる。

「クズの分際で……貴様ァ!」

 一方ガレスは左の拳を固く握りしめ、目を吊り上げて怒りを露わにする。無論、その怒りが焦りからくるものであることは言うまでもない。

「そろそろトドメを……なっ、まさか……ッ!」

 しかし、ここでフーディンは不測の事態を迎えることとなる。なんとペンダントの力で心身を共有していたツバサの体力が限界に達したのだ。それもそのはず、彼はルカリオと変身していた際にガレスの"ダークストーム"を直撃で受けている。その後に立ち上がったのは、他でもない根性によるものだ。
 これにより変身が強制解除されてしまったフーディンは全身から力が抜け、技の使用が不可となる。するとどうなるか、もはや言うまでもないだろう。

「くそっ……ごめん。もう一度変身を……」

「無茶だ! その体で戦いを続ければ死んでしまうぞ!」

 事態の急を察したルカリオがペンダントから現れ、戦いの続行を試みるツバサに警鐘を鳴らす。一見厄介に思える変身の強制解除は、言わばリミッターのようなもの。ペンダントの持つ機能であり、それを超えた使用は身の安全に保障がない。あくまでツバサはポケモンではない。"ただの"人間だ。その彼にこれ以上の戦闘を望めないのは誰が見ても明らかだった。

「滑稽な! 所詮貴様らが我に勝るなどありえん話だ」

 威勢のいい様子から一変、自滅のように手を加えずして自ら倒れるツバサを見てあざ笑うガレス。

「トドメだ……。まとめて闇に葬ってくれる!」

 目を吊り上げ、今までの怒りを全面に表したガレスは、右手に持つ槍を頭上で回転させ始める。

「あの攻撃は……まさかッ!」

 その行動に戦慄し、目を点にするツバサ。そして彼の予測は現実となる。高速で回転し円盤にさえ見えるようになった槍の少し上に、青白い球体が発生し始めたのだ。
 この技は、ツバサが初めてガレスに遭遇した時にも使用されたもの。当時はその圧倒的な力に成す術がなく、滞在していたトクサネシティを島一つ全て飲み込まれてしまった。かつてと同様見る見るうちに巨大化するそれは、やがて脅威的な吸引力で周囲のものを飲み込んでいく。それはあたかも重力の向きが変化したかのようで、周囲のものがその場に留まることを許さない。
 無論、それはツバサたちとて例外ではない。徐々に強さを増す吸引力に抵抗を試みるが、キュウコン、エネコロロなど軽い者を中心に次第に抵抗力を吸引力が上回っていく。それに気付いたメガニウムはすかさず"つるのムチ"を伸ばして味方に巻き付けるも、それにより引力が増し彼女もまた徐々に引きずりこまれてしまう。ここで問題なのは、フーディンとルカリオを除くポケモンたちが皆二足歩行ではないこと。これにより何かに掴まる動作に難があり、物を使って踏ん張ることができないのだ。そんな中、唯一"つるのムチ"を腕の代わりに使えるメガニウムは、何か掴めるものはないかと懸命に蔓を伸ばす。

「メガニウム!」

 その時、支えを探すメガニウムの蔓を掴んだのはツバサだった。彼はルカリオに腕を掴まれ、そのルカリオはフーディンによって腕を掴まれている。フーディンが運よく地中深く根を張っていた木を見つけ、それに掴まっていたのだ。しかし、それも荒れた戦場の中辛うじて残ったもの。いつ根ごと引き剥がされるか分からない。

「ツバサ、手を放せ! このままじゃ全員やられちまう!」

「そうよ! このままじゃあんたまで……!」

「黙れ! 絶対諦めんじゃねえぞ!」

 全員が引き込まれるのも時間の問題であることを悟ったグラエナとエネコロロは、ツバサに手を放すよう指示。重力が変化したかの如く引き込まれる現状では、両手が塞がりポケモンたちをモンスターボールに入れることさえ叶わないためだ。
 しかし、ツバサは頑として聞き入れず、残った気力で必死に放すまいと力を込める。

「お前ならいつか必ず勝てる。だから……お前だけでも生き残るんだ!」

「何回そうやって自分だけ逃げなきゃなんねえんだよ!」

 ヘルガーもまた、ツバサだけでも生き残るよう声を掛ける。ツバサが手を放せば、ルカリオ、フーディンと共に彼らだけは助かる可能性があると踏んだのだ。
 しかし、この光景が屈辱の記憶と重なったツバサは意地でも放そうとしない。血管が浮き上がるほど怒りに満ちた表情。その目からは、微かに雫が溢れ始めていた。

「オレはもう、目の前で仲間がやられるのは見たくねえんだよおおおおぉぉぉ!!」

 そしてツバサが秘めたる想いを叫んだその時だ。フーディン、ルカリオがそれぞれ自身に適合するペンダント――サイコペンダント、オーラペンダントに吸収されていく。そして次の瞬間、二つのペンダントが眩い光を放ち全ての視界を奪う。
 刹那、ペンダントから溢れ出す衝撃の波紋が幾重にも重なり、波となって広がっていく。その波は瞬く間にガレスへと到達し、槍の穂や生み出した球体ごと弾き飛ばす。
 そこへ微かに響く、ガリガリと固いものが削れる音。ペンダントの光が止んだことに気付き目を開いた一同は、そこで衝撃の光景を目撃する。

「こいつ……結晶を食ってやがる……!?」

 衝撃波により砕け散った槍の穂。ポケモンが持つ様々なエネルギーを結晶化させたそれを人間であるツバサが食べていたのだ。その光景に誰もが目を見開き、驚きを露わにする。無論ガレスとて例外ではない。彼もまた呆然と立ち尽くし、事態を把握できずにいた。
 そんな彼を尻目に、喉を鳴らして結晶を飲み込むツバサ。そして彼は固く拳を握り締め、体を丸めて唸り始める。するとどうしたことだろう。突然彼の周囲に赤い気が立ち込め、両手へと収束し始めたではないか。
 そして彼は腕を振り上げると、雄叫びと共に気を纏った両手を地面へと叩きつける。すると赤い気は地を割って這い、衝撃波となってガレスへと向かっていく。それを見たガレスはすぐさま地を蹴って横へ跳び、衝撃波の軌道から身をそらした。
 一方のツバサはといえば、むせるように咳き込み膝から崩れ落ちたかと思うと、喉を押さえ痛みに悶え始める。それだけではない。全身が漆黒に染まり、その瞳は血に染まったように赤くなっているではないか。

「死ぬ気か! 体が変色してるじゃないか!」

 まるで悲鳴のような声で苦しむその様を見て、ヘルガーは呆れ半分で彼の身を案じる。しかし、心配空しくツバサは焼けるような喉の痛みに苦しみ、言葉にならない叫びを上げるばかり。他の仲間も彼の身を案じるが、あまりにも突然のことに取るべき行動が分からず立ち尽くしていた。

「ふっ、追い込まれて自分が何者かを忘れたか。所詮クズはクズだな。撤退するぞ」

 一方、やや離れた位置から彼の様子を見ていたヒリュウは、その短絡的な行動に呆れを見せる。今のツバサは、器に見合わない力を取り込もうとした報復を受けているに等しい。間もなく自滅するだろうと予測した彼が、その場を離れようと踵を返した時だった。
 地面をのたうち回っていたツバサが立ち上がり、烈火の如き紅い光を身に纏っていたのである。そして彼が額の血管が浮かび上がるほどに歯を食いしばると、光はより一層その激しさを増し、彼の身を覆うほどとなる。その光の中、彼の頭の中ではこれまでの記憶が走馬灯のように蘇っていた。

 自身の無力さで、この世界に来た初戦から敗北したこと。
 トクサネシティの島民を置き、自分だけ逃げ出したこと。
 仲間のボーマンダが死に瀕しているのを前に、何もできなかったこと。
 身を挺して守ってくれたヘルガーを背に、逃げるしかなかったこと。
 なりたい自分になれと、グラエナに励ましてもらったこと。

 溢れる感情の声を乗せた涙が地面へと落ちて弾け、ツバサを覆っていた赤い気は透明感のある白い光へと変わっていく。すると突然、全身の細胞が沸騰するかのような感覚が彼の中を駆け巡る。
 未熟さを痛感させられ悔しかった思い。支えてくれた仲間に報いたい想い。流した涙の数だけオモイが重なった時、神秘のペンダントがまだ見ぬ力を呼び覚ます。

「なにッ!?」

 刹那、溢れる光から飛び出す二つの影。一つは、蒼き刃と瞳を持つ漆黒の剣士。一つは、後頭部から黒と赤色をした帯が伸び、紅蓮の四肢を持つ波導の勇者。そう、彼らはフーディンとルカリオだ。かたや深淵なる闇へと身を染め、かたや形をも変わったその姿はこれまでとは一線を画していた。
 その姿に、ガレスは驚愕と焦燥の混じった表情を浮かべる。それもそのはず、目の前の光景が意味するもの。それは……

「馬鹿な……二体同時に変身したというのか……!?」

 ツバサとの変身を行わなければ一切技を使用できない彼らが、見る者をすくませる気迫を溢れさせている。この光景が意味するところ――二体同時変身。
 本来人とポケモンが二人一組で行う変身を、ツバサは一人で二体のポケモンと変身したのである。これまで変身による体の負担に耐えられなかった彼が、倍の負担がかかるであろう二体同時変身を実現した。それも二体ともより強大な力を持ってだ。その事実にガレスは、ヒリュウは、歯を食いしばり全身を震わせる。

「オレは……お前を倒すッ!」

 何者をも寄せ付けない気迫でガレスを睨み付けたフーディンは、怒りの感情を燃え上がらせる。そして地を蹴り瞬時に距離を詰めると、彼は手に持つ"サイコカッター"を交差させガレスを斬りつけた。

「ぐあっ!(なんだ……全身に走るこの違和感は……!?)」

 斬りつけられた衝撃で吹き飛ぶガレス。そこで彼は痛みに呻く声を漏らす。これまで痛みという感覚を一切知らなかった彼が、今初めてそれを体感したのである。"痛み"その言葉は知れど、感覚が分からない彼はそれを違和感として受け止めるしかない。
 そんなガレスにフーディンはさらなる追い打ちをかける。"テレポート"を使用し飛ばした位置へ瞬時に移動すると、二つの刃を右下から左上に上げるよう斬りつけたのである。その一連の流れるような攻撃は、まさに神速と言っていい。
 この攻撃を受け、上空へと跳ね上げられたガレス。しかし、攻撃はまだ終わらない。続けざまにルカリオが跳躍し、さらなる攻撃を仕掛けたのだ。

「なんだあのスピードは……!?」

「速すぎて目が追い付かない……!」

 ルカリオの使用した技が高速で移動し攻撃する"しんそく"であることは分かっている。しかし、よほどの速度でない限り目が追い付かないことはないはず。その驚くべきスピードに、キングドラ、エネコロロが思わず声を漏らす。
 対するガレスは穂を失い棒になった槍で応戦を試みるも、彼でさえ反応が追い付かない。そんなガレスを翻弄するように、ルカリオは空中を縦横無尽に飛び回る。彼の体感では周囲のものがスローモーションに見えていた。

「(貴様だけは……貴様だけは許さん!)」

 一人体感速度の違う世界へいるルカリオは、実際にはわずか数秒の中でこれまでの出来事を思い返す。彼が見てきた涙はツバサと同じ、いやアーロンの数だけそれを上回る。アーロンは、ツバサは、ガレスたった一人のために戦いを強いられてきたのだ。今ここでそれを止めなければ全てが無駄になる。戦いに終止符を打つ決意と、ガレスへの怒りが彼の速度を極限まで高めていた。

「お前を倒し……」

 瞬時にガレスの背後へと回り、距離を詰めるルカリオ。ガレスがその気配に気付き、振り向いた頃には時既に遅し。ルカリオは右手でガレスの顎を押さえつけると、全体重をそこにかけ急降下する。

「アーロン様の下へ帰るんだあああぁぁ!!」

 喉が枯れんばかりに叫ぶその姿は、彼が今まで決して口にすることのなかった寂しさの表れ。仲間の気持ち。自分の気持ち。その重みの全てをガレスに叩き付ける。そして次の瞬間、彼の寂しささえ掻き消すように砂煙と轟音が空間を支配する。

「(やったか……?)」

 手を出すことさえできず、ただ見守るしかない別次元の攻撃を前に、ヘルガーらツバサの仲間たちが微かな希望を抱く。しかし、現実は彼らの希望に沿うものではなかった。地面へと叩き付けられたガレスは顎を押さえつけ馬乗りをしてきたルカリオを蹴り上げ、すかさず宙へと戻り体勢を立て直す。

「痛みのない世界を作るのだ。全ての痛みを取り除き何物をも禁じられない自由こそ、世界をさらなる進化へと導く!」

「てめえの望む進化は、いったいどれほどの犠牲の上にあるんだ!」

 血のように紅い瞳を青白く光らせ、狂ったように自己の主張を始めるガレス。それに対しフーディンは、双剣を向け全力で振るい反発の意思を示す。

「ゼロ、貴様ごときにはわかるまい! かの全能神をも滅ぼした今、我こそが新たな創造主となるッ! それこそが我が生まれた意味。我が使命なのだ!!」

 ガレスは不気味な瞳が飛び出さんほどに目を見開き声を荒げる。その様子は怒りとも焦りとも取れ、制御を失っていることが分かる。そんな彼が左手を前に突き出し開く。すると、彼の目の前に複数のアンノーン文字のようなものが描かれた巨大な魔法陣が浮かび上がったではないか。それと同時に魔法陣からは青白い玉が徐々に顔を出す。それがどのようなものか、もはや言うまでもないだろう。

「くそっ! またあの攻撃か!」

 早くも体が引きずられ始め焦るキングドラ。

「させるか! "クレセリアの鎧"」

 それを見たフーディンは即座に対抗。掲げたスプーンを振り下ろすと、自身とその場にいる全ての仲間の周囲へ紫の光を発生させる。すると間もなく光は薄紫の衣へと形を変えていく。"ねんりき"と"サイコキネシス"の合体技"クレセリアの鎧"だ。この技は重力の変化を無効化することができる。

「皆、私に力を貸してくれ!」

 一方ルカリオは、仲間に協力を呼びかけ両手を掲げる。すると、彼の頭上に眩い光の玉が発生。強力な格闘タイプの技"きあいだま"だ。その威力はこれまでツバサの体力を配慮してかけていた制限を超えている。そんな"きあいだま"は、ルカリオの声に応じて雄叫びを上げた一同の気合いを取り込み巨大化していく。ルカリオはこの技でガレスに対抗しようというのだ。そして今、二つの玉が同時に放たれる。全てを飲み込むゾーンの玉と、皆の想いが一つになった気合いの玉。両者が激突すると、互いを飲み込まんと押し合いそのたびに光がほとばしる。
 しかし、程なくして拮抗した形勢に変化が訪れる。全力と思われたガレスが攻撃の出力を上げ、次第に"きあいだま"を押し始めたのだ。

「そんな……。みんなの力を合わせてるのに!」

 自分たちは既に全力を出している。それ故に劣勢という事態に焦りを見せるメガニウム。彼女だけではない。その場にいる誰しもが状況に絶望し、諦めかけたその時だった。

「なにっ……!」

 何の前触れもなく謎の衝撃が突発的にガレスの左手を襲い、それを破壊したのだ。そしてふとガレスは先程のフーディンの動きを思い出す。離れた位置で刃を全力で振りながら、攻撃を放つことのなかったあの動き。あれが彼による攻撃"みらいよち"であることを……
 左手を破壊されたことで魔法陣は出力元を失い消滅。それに伴いゾーンの玉もまた儚い煙となって消え失せる。そして"みらいよち"を受けてよろけ、隙を晒したガレスの下へ一直線に何かが向かっていった。

「痛みがあるから、人もポケモンも優しくなれるんだ! 痛みを知らねえお前に進化なんかねえんだよ!!」

 紫の光を纏い、一直線にガレスのもとへ飛んでいくのはフーディンだ。光が尾を引き飛んでいくその姿はさながら矢の如く。瞬く間に眼前へと迫った彼の姿がガレスの瞳に映りこむ。しかし、そこに映ったのはフーディンだけではない。光が彼を支える者たち――ルカリオらの姿となり寄り添っていた。

「世界の痛みを思い知れ! ガレスーーー!!!」

 振り下ろされた二つの"サイコカッター"が交差し、ガレスの胸を捉える。それと同時に、フーディンの雄叫びとガレスの悲鳴が重なり合う。そして次の瞬間、一瞬の静寂の後、大地の叫ぶような爆音が連鎖する。フーディンとガレスが地面へと激突したためだ。それに伴い巻き起こる砂煙。いったい彼らはどうなったのか。ルカリオら残る一同の注目を集める中、シルエットだけが砂煙に映し出される。
 やがて煙が晴れ、影の正体が姿を現す。そこにガレスの姿はなく、立っていたのは灰塵と化した彼の上で蒼き刃を掲げるフーディンだった。目の前に広がる光景にただただ鳥肌が立ち、瞳を揺らす一同。中でも、一度は身を挺してツバサを救ったヘルガーは感極まるばかり。

「(あのガレスを……ついに倒した……。これがペンダントに隠された真の力……。ツバサの力なのか……!)」





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[[ポケットモンスタークロススピリット 第32話「抱えるもの」]]
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''あとがき''
今回のお話を以て本作はようやく大きな区切りを迎えることができました。
ここからは終盤へ向け見所満載のお話を盛り込み、よりスピード感溢れる作品にしたいと思っています。
今後もツバサやフーディンたちの戦いは続きますので、どうぞ最後までお付き合いください。

ここまで読んでくださりありがとうございました。
よろしければ誤字脱字の報告や、感想、アドバイスを頂きたいです。
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