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ポケットモンスタークロススピリット 第30話「守りたいものがあるから」 の変更点


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 ポケットモンスタークロススピリット、[[前回>ポケットモンスタークロススピリット 第29話「なりたい自分になれ」]]までは……

 人やポケモンを汚染し凶暴化させる、謎の物質ゾーン。そこから生まれた究極生命体ガレスを倒すべく旅を続けていたツバサは、自身と酷似した変身能力を持つ者たちと遭遇する。
 そこでヒリュウとそのパートナー――バシャーモと対峙したツバサとフーディンは、その圧倒的な力の差を前に惨敗してしまう。
 かつてない敗北の形に心が折れかけたツバサだったが、グラエナたち仲間の言葉は彼を再び立ち上がらせることに成功する。
 そして再び共に戦うことを約束した彼らは、直後強大な力を察知し現場へと急行するのだった。


第30話 「守りたいものがあるから」


「はぁはぁ……化け物め、ふざけやがって……」

 無数の木がなぎ倒された一帯。森のように木が生い茂っていたそこは、繰り広げられる激闘により荒れ地と化していた。
 そこで対峙しているのは、ツバサとフーディンを圧倒した実力の持ち主――ヒリュウとバシャーモ。そしてゾーンから生まれた究極生命体ガレスだ。
 ゾーンと戦うツバサたちと戦いを繰り広げたバシャーモたちが、何故ツバサの敵でもあるガレスと戦うのか。
 それは、彼らにとってもガレスの存在はツバサと同じく憎むべき敵だからだ。彼らの目的は、ゾーンと現実世界からやってきたツバサのような人間を消し去ること。
 そんな彼らは今、ガレスという強大な存在に苦戦を余儀なくされていた。

「これならどうだ!」

 ヒリュウと変身したバシャーモが、自慢の脚力を武器に地を蹴って急接近を仕掛ける。その速さは疾風の如し。10mほどの距離を瞬時に詰め、ガレスの背後へと回り込む。

「燃え尽きろ!」

 左足を軸に、右に回転して繰り出した炎を纏った回し蹴りが、ガレスの後頭部を捉える。バシャーモの得意技"ブレイズキック"だ。

「なに……ッ!?」

 ところがどうしたことだろう。ガレスは声をあげないどころか、頭にはかすり傷一つついていないではないか。
 彼の得意技が、頭という急所を捉えたにも関わらずだ。その事態にバシャーモの顔は焦りと恐怖で歪む。
 その隙をガレスは逃がさない。すぐに体を反転させ左手でバシャーモの脚を掴むと、手に持つ槍の穂を向けた。

「(しまった……!)」

 直後、穂から漆黒の電撃が放たれる。人間によって凶暴化させられたポケモンが使う技――"ダークサンダー"だ。
 全身を走る激痛に、バシャーモは言葉にならない悲鳴を上げる。ダークエネルギーはゾーンとはまた異なる特殊なもので、あらゆるタイプのポケモンに激痛をもたらす強力な力なのだ。
 そんな攻撃を続けながら、ガレスは握り潰してしまうほどの力でバシャーモの脚を掴み、一向に放そうとしない。
 それどころか、電撃による攻撃を続けながら、あたかも棒のように軽々と振り回し何度も彼を地面に叩きつける。
 やがて単調な攻めに飽きたのか、攻撃を中断し勢いよく投げ飛ばす。バシャーモは空中で素早く体勢を立て直して着地すると、手の爪と脚で地をえぐりながら衝撃を抑える。
 しかし、衝撃を抑えようやく制止した瞬間、彼は力無く膝から崩れ落ちてしまう。そして自らの両手を見つめ、こう呟いた。

「何故だ……何故俺の攻撃が効かない……」

 電撃で焼けた体からは焦げ臭い煙が立ち上っている。体力の限界なのではない。ただ、攻撃が全く通じないのだ。そのことに彼は絶望していた。
 そんな意気消沈した彼をよそに、ガレスは地の底から響くような唸り声を上げゆっくりと彼に迫る。

「くそっ! ここは俺が時間を稼ぐ。お前は早く逃げろ」

 もはや勝機が全く見えないことを悟ったのだろう。バシャーモは自らの意思で融合を解除。現れたパートナーであるヒリュウにこの場を離れるよう指示をする。

「そんなことできるわけ……」

「早く行け!」

 ガレスの脅威がどれほどのものであるのか。たった今まで戦っていたヒリュウが分からないはずはない。それだけに彼は、自分だけが逃げることはできなかった。
 しかし、バシャーモは有無を言わさぬ激しい口調で命令する。ここで逃げなければ、生き延びなければ全てが終わってしまう。プライドを捨て、バシャーモはヒリュウを逃がすべく決死の覚悟を見せる。
 その姿を敵であるツバサをかばったヘルガーの姿に重ねたヒリュウは、固く拳を握り震わせる。ガレスの前では、自分もまたあの雑魚と同じ存在に過ぎないのかと……
 しかし、今は悩んでいる時ではない。ハッと我に返り、その場を去るべく走り出す。
 背後で飛び交う燃え盛る炎の雄叫び。僅かに残った木々がなぎ倒される重い音。それらは全て、仲間の無事を祈るヒリュウの不安を煽るものだった。
 スピードに自信のあるバシャーモのことだ。回避を駆使して時間を稼ぎ、しばらくしたら瞬時に退却するに違いない。それができるポケモンだ。自己暗示をかけるように心の内でそう言い続けるヒリュウ。しかし、直後残酷な現実が彼に襲いかかる。

「くそっ、体が……。うおおおぉぉ!」

「バシャーモ……!」

 明らかに窮地に立たされた仲間の声。それに振り向いたヒリュウが見た光景――黒い霧のような球体がバシャーモを飲み込んでいた。闇のエネルギーで敵の動きを封じる技"ダークホールド"だ。それに捕われてしまったバシャーモは、完全に体の自由を奪われていた。
 無防備な彼に向けられる一本の槍。それを刺すことに躊躇の欠片も見せないガレスは、いつもと変わらぬ様子で右腕を引く。直後に待つ光景。僅か数秒後に訪れるであろう残酷な未来に、蒼白になったヒリュウは我を忘れて手を伸ばした。

「バシャーモオオオォォーー!!」

 その時だ。ガレスの背後から突然フーディンが現れ、紫の刃を振り下ろす。刹那、風切り音と共にガレスの右腕が地に落ちた。

「(こいつ……一撃で……!?)」

 フーディンの攻撃を受け、ガレスが放った黒い霧のような球体は急激に縮小し消滅する。それにより解放されたバシャーモは、素早く後方へと飛び上がり身を退けた。その彼の身をヒリュウが抱き止める。

「バシャーモ、大丈夫か?」

「あ、ああ……。ゼロ、貴様何故俺を……!?」

 自身の身を気遣ってくれたヒリュウに感謝しつつも、バシャーモは苦い表情を浮かべる。それもそのはず、瀕死の重傷を負わせたはずの敵である自分をフーディンが助けたことに動揺を隠せなかったのだ。そのことで彼の瞳は揺れ、拳は固く握られていた。

「勘違いすんなよ焼き鳥野郎。てめえは……絶対に許さねえ。てめえもガレスも、まとめてオレがぶった斬るッ!」

 返された言葉に舌打ちをするバシャーモ。真意はどうあれ、あれほど圧倒した敵に命を救われたのだ。その事実が、彼の自尊心を傷つける。

「ここは退くぞ」

 この状況下において、自分たちが勝てる見込みは無い。それは誰が見ても明らかなことだ。その事実を受け止め、ヒリュウは退却を決意する。これ以上パートナーに危険を冒させるわけにはいかない。その気持ちが、プライドを乗り越え現実を受け入れさせていた。
 しかし、そんな彼の言葉に対しバシャーモは右手を突き出し制止する。

「待ってくれ。この俺が傷一つつけられなかったガレスを、奴は一撃で腕を切り落とした。奴の戦いが……見たい」

 パートナーが今どのような気持ちであるか、これ以上尋ねるのは野暮というもの。その意を察し、距離を置き隠れることを前提に承諾する。
 バシャーモもまたそれを受け入れ、フーディンらから100mほど離れた倒木に身を隠す。
 一方戦いの現場では、身も凍える恐るべき事態が起きていた。なんと、斬られたガレスの腕が槍と共に浮き上がり、再び体についたのだ。人間でも、ポケモンでもない。そんなあやふやな存在であるが故に成せる再生と言えるだろう。

「チッ、しぶとい奴だ」

 相手が相手だ。容赦はしない。そんな心持ちで戦いに臨むフーディンは、手にした刃のように鋭い視線を向け、敵を捉えて離さない。

「オオオオォォォ……ゼェェロオオォォォ……」

「(なんだ、こいつ喋るようになったのか?)」

「野郎、前に会った時よりパワーアップしてやがるな?」

 しかし、ここでガレスが予期せぬ反応を見せる。これまで言葉にならない唸り声だけを上げていた彼が、突然"ゼロ"と何かを呼ぶように声を発したのだ。そのことにフーディンと変身していたツバサは一瞬驚きを見せるも、フーディンは冷静に状況を分析。言語能力を習得したことは直接戦闘的な強化には結びつかないが、一つの変化であることは事実と言えるだろう。フーディンはそれをガレスのパワーアップと捉える。
 知らぬ間に強化された敵にどう対抗すべきか。先程の攻撃で得た感触。外見から判断し得る敵の持つ攻撃手段。それらを瞬時に計算し、次なる行動に移ろうとしたその時だ。

「"れいとうビーム"……オノノクス!」

 突如上空から振り下ろされる氷の斧。後頭部を狙って振り下ろされたそれを、殺気を感じ取ったガレスが槍の柄で受け止める。

「キングドラ!?」

 思わぬ奇襲に目を見張ったフーディンは、斧の柄に目を向ける。そこにあったのは尾から冷気を吹き出し、自らが斧の柄となったキングドラの姿だった。氷を自在に操り空をも飛ぶ彼は、新たに氷を形作る力を習得し、物理的な攻撃を可能としたのだ。
 そんな応用技を見せたキングドラに対し、ガレスは腕を前に押し出し斧ごと彼を弾き飛ばす。すかさず造形を解いたキングドラは、弾かれた勢い止まぬ間に再び攻撃を繰り出す。

「"れいとうビーム"……ウォーグル!」

 口から噴き出した冷気が無数の結晶を作り出す。その形は大型の鳥ポケモン――ウォーグルそのものだ。無数に作られた結晶は空を切り、五月雨の如く降り注ぐ。結晶が着弾した地面からは砂煙が巻き起こり、近くにいたフーディンは思わず腕で目を覆う。
 手応えがあったのか、少し満足気な表情を浮かべるキングドラ。しかし喜んだのも束の間、砂煙の中から暗黒の火球が彼を襲う。
 次の瞬間、鋭く突き刺すような叫びが戦場に響き渡る。みず・ドラゴンの2タイプを併せ持つキングドラにとって、ほのおタイプの技は相性上無効にも等しいものだ。しかし、ガレスの炎はその相性をも超越する。否、彼の炎は普通のものではない。闇の力で生み出された炎"ダークファイア"だ。ポケモンの持つあらゆるタイプに対し高い効果を発揮する暗黒の炎は、水龍の鱗をも焼き尽くす。
 攻撃を受けたことで浮力を失ったキングドラが、力なく地面へと落ちていく。それを見たフーディンは、すかさず手にしたスプーンを落下地点へと向け"リフレクター"を発動。強度を下げてゼリー状のブロックを生成することで、それをクッション代わりにキングドラを受け止める。

「おい、大丈夫か?」

「ガレス……お前だけは許さん!」

 即座に駆け寄り、仲間の身を案ずるフーディン。だが、キングドラはそんな彼には目もくれず、狂ったように激昂する。
 もはや敵であるガレスしか見えていないかのようで、フーディンの声は届かない。

「"れいとうビーム"……カイリュー!」

 そんな彼が次なる攻撃に出るため、再び氷の造形を試みる。口から吹き出す冷気に形を与え、生み出すものはカイリューだ。
 ところがどうしたことだろう。氷のカイリューは足元から下半身までは精巧に造られるも、胸のあたりにきた途端砕け散ったのだ。

「リュワン……ッ! くそっ! 何故だ。何故上手くいかない……!」

 途端に動揺の色を濃くするキングドラ。彼の言う"リュワン"とは何を意味するのか。この時、フーディンたちは知る由もない。
 そして次の瞬間、隙を見せたキングドラをめがけ再び暗黒の火球が飛来する。攻撃が眼前に迫り、ハッと我に返るキングドラ。しかし、瞬く間に眼前へと迫った炎は彼の回避を許さない。
 そこへフーディンが"テレポート"を発動。キングドラを連れて瞬時に移動することで、間一髪火球を避けることに成功する。

「くそっ!」

 先程の戦場を見下ろす崖の上へと移動した二匹。吐き捨てるように呟いたキングドラは、怒りで体を震わせる。

「おい、てめえ! 大丈夫かって言ってんだろうがー!」

 一方フーディンは、自分を無視して行動するキングドラに我慢がならなかったのだろう。白目をむき出し、地団太を踏みながらぎゃーぎゃーと喚き立てる。
 その声に反応し、ようやく彼に目を向けるキングドラ。目の前の仲間の行動が子供っぽく映り、思わず苦笑したキングドラはハッと我に返る。

「あ、ああ……。すまないな、助かった」

 本来ならば激怒するはずのところを、プレッシャーを与えないようわざと子供っぽく振る舞ったのだろう。それに気付いたキングドラは、申し訳なさそうに頭を垂れる。
 そこへ、彼らに続いてヘルガーら仲間たちが到着。

「やはりガレスか……」

 崖下に待つガレスを見下ろし、その存在を確認する一同。離れていても感じる凄まじい殺気から、ガレスがいると判断していたヘルガーは予想通りの事態に険しい表情を見せる。かつてヒリュウら、ツバサとは異なる人間をパートナーとしていた一部のポケモンは、何度かガレスを見ているのだろう。

「あいつがガレスっていう奴ね」

「ポケモンではないみたいだけど……」

 一方、そのガレスとは初対面となるエネコロロとキュウコンは、彼が何者であるかをほとんど知らない。そのため、少々物珍しそうにじっと見つめては観察をしていた。

「Hey! 奴はゾーンから生まれた究極生命体って話だぜ。どうだ、驚いたか?」

「まさか。あたしがあんなデクの棒にビビるわけないでしょ」

 そんな彼女たちを見て、グラエナが脅かすようにガレスの説明を述べる。"究極生命体"こう称されることから、その強さは未知の脅威であることが伺えるだろう。しかし、それに恐怖する彼女たちではない。グラエナの説明を鼻で笑ってみせたエネコロロは余裕の表情だ。キュウコンもまた、いつもと変わらぬ笑顔を振りまいている。もっとも、まだ幼い彼女は"究極生命体"の意味を知らないのかもしれないが……
 そんな一同の中、フーディンは一匹ただならぬ緊張感を放つ。いや、正確には彼と変身し、心身を同化させているツバサも同じだ。彼らの心境は、先程の子供っぽい振る舞いとは対極のものと言えるだろう。ガレスという存在が、どれほどの危険性を持つのか。それぞれ形は違えど、嫌と言うほどその脅威が身に染みている彼らは、いつになく真剣な面持ちを見せる。

「あいつは……強えぞ……」

 崖の先頭に立ち、ガレスを見つめるフーディン。その声は静かで、それでいながら熱がこもっている。抑えきれない感情が込み上げているのだろう。
 その声を聞いた一同は、無言で彼の背を見つめる。

「一撃で島を消し去り、あのバシャーモの攻撃で傷一つつかねえ。たった一人で世界を壊してんだ。束になっても勝てる保証はねえ」

「…………」

 ガレスの強さ。それがどれほどの脅威なのか。たった今の、その言葉だけでも計り知れないものであることが分かる。その脅威を口にしたフーディン。手にしたスプーンをがしっと握りしめたその両腕は震えていた。

「それでも、約束を果たしたい、守りたいものがあるから……オレたちが戦うんだ!」

 かつてないただならぬ感情を見て取った一同は、キッとガレスを睨み付け気を引き締める。一陣の風を合図に、一斉に戦場へと飛び降りる。そして今、決戦の火蓋が切って落とされた。





 落下中に体を丸め、縦に回転するフーディン。自身の足元にキューブ型の"リフレクター"を生成すると、それを蹴り急降下してガレスに迫る。

「いくぜぇーー!」

 猛々しい雄叫びを上げ、その目に闘志を燃やしながらガレスに迫る。両の手に持つスプーンを筒状に変化させると、その先からビーム状の刃が出現。フーディンの得意技"サイコカッター"だ。
 彼が双剣を交差させて構えるのを見るや、それを受け止めるべくガレスは自らの槍を両手で持ち、フーディンの刃と垂直になるよう構える。
 直後、独特の冷たい音色が耳を刺す。"サイコカッター"と槍による鍔迫り合いだ。フーディンは歯を食いしばり力を込めるが、ガレスの防御は固く破れない。
 そこへ同じく落下してきたグラエナとメガニウムがガレスの背後に回る。

「&ruby(これでどうだ){How about it};! "アイアンテール"」

「"つるのムチ"」

 鍔迫り合いの最中、二匹の技が無防備なガレスの背を襲う。そして鎧を叩く重い音が響くと、わずか一時だけガレスの集中が途切れる。これを見逃すフーディンではない。
 上半身にかけていた体重を瞬時に脚部へと流すと、ガレスの胴体を押し上げるように渾身の膝蹴りを与える。不気味な唸り声と共に飛ばされ宙を舞ったガレス。そこへフーディンがさらに猛撃を仕掛ける。剣を元のスプーンに戻し地を蹴って接近すると、両手に灼熱の炎を纏わせた。気合いの雄叫びと共に、痛烈な"ほのおのパンチ"の連打を浴びせるフーディン。紅蓮の鉄拳が鎧を容赦なく打ち砕くその様は、この戦いに懸ける彼の想いを物語っているかのようだ。

「"サイコカッター"」

 さらにフーディンは再びスプーンを剣へと変形させると、追撃として双剣を交差させて紫の斬撃を放つ。衝撃波と化した斬撃が鎧を斬りつけ、ガレスの体を吹き飛ばす。
 対するガレスはすぐさま体勢を整えるべく、両足と左手で地面をえぐりながら吹っ飛びを堪えた。そして右手に持つ槍をフーディンへと向けると、結晶化した穂が白く輝き出す。
 直後、どす黒い邪気と共に身を切るような冷気が穂から吹き荒れる。これまでの技同様、邪悪なポケモンが使用できる技"ダークフリーズ"だ。一直線にフーディンへと向かうそれに対し、軌道の左右からヘルガーとキュウコンが飛び出す。

「そうはさせないよ。"かえんほうしゃ"」

「"れんごく"」

 そして二匹は熱エネルギーを口腔へと集めると、冷気へ向け溢れんばかりの業火を放つ。全てを凍てつかせる暗黒の力と、全てを焼き尽くす灼熱の爆炎。二つのエネルギーが互いを食い合い、削りあう。
 やがてそれらは蒸気へと姿を変え、場にいる者全ての視界を奪う。無論、ガレスとて例外ではない。フーディンらはどこにいるのか。獲物を探すように、周囲へと槍を向け敵の居場所を探るガレス。
 と、その時だ。フーディンと入れ替わりに変身したルカリオが、忍び足でガレスの後方へと迫り猛攻に出る。後頭部を右の拳で殴りつけ、左回転しながらうなじを左肘で突く。これを受けたガレスは即座に体を反転。しかし、ルカリオの猛攻は止まらず、さらに回転を続けて右手をガレスの腹部に押し当てると、かくとうタイプの技"はっけい"を放つ。
 零距離からの攻撃は、体内に直接ダメージを与える。ルカリオは臓器の損傷を狙ったのだ。もっとも、ガレスに臓器があるかは定かではない。これを受けたガレスは体をくの字に曲げて吹っ飛び、フーディンらが飛び降りた岩壁へ叩き付けられる。
 さらにエネコロロ、キングドラが口腔から極低温の光線――"れいとうビーム"を射出。ガレスの四肢を凍結させ、壁へ張り付け状態にする。

「今だ!」

 ルカリオの掛け声を合図に、一同が一斉に技を放つ。
 太陽エネルギーを光線にして放つ"ソーラービーム"。極太の高圧水流を放出する"ハイドロポンプ"。どす黒い渦巻状の気を放つ"あくのはどう"。星形の弾を無数に発射する"スピードスター"。全てを焼き尽くす業火"れんごく""かえんほうしゃ"。そして内なる気を球状にして撃ち出す"はどうだん"。
 あらゆる属性の技がエネルギーを相殺しない絶妙な間合いで放たれ、ガレスへと着弾した。
 刹那、一瞬の静寂の後に耳をつんざく爆音と共に突風が巻き起こり、眩い光が戦場を駆け巡る。攻撃を行ったルカリオらも思わず目をつぶり、顔を背けるほどだ。無論、隠れて観戦するヒリュウとバシャーモとて例外ではない。

「(やったか……?)」

 全てを包む白光の中、後頭部についた四つの房を逆立て様子を探るルカリオ。波導を用いたのだ。この方法なら、如何に視界を塞がれても周囲を詳細に分析できる。
 把握されたガレスの状態。それを知った彼はかっと目を見開く。光の中、全身のシルエットだけが映し出されていたガレスが、槍を手にした右腕を払ったその時だ。場を覆っていた白光が瞬く間に消え失せる。

「馬鹿な、私たちの全力が効いていないだと……!?」

「ったく、化け物だぜ……」

 そして露わになるガレスの姿。兜のみが砕け散り、あとは攻撃により砕けた一部さえ修復され全くの無傷そのものだった。この状況に、ルカリオ、グラエナが唖然とし声を漏らす。無論、例外なく他一同もまた皆目を点にしている。

「こいつ……人間なの……!?」

 そして驚いたのは無傷だったことだけではない。初めて兜が壊れたことで明かされる素顔。群青色の頭髪に、凛々しい眉、やや高めの鼻。その整った顔立ちは人を思わせるものだ。
 しかし、唯一異質の部分があった。眼である。血を連想させる赤黒いその瞳は、人間のそれと呼ぶにはあまりにも異質だった。そんな彼の姿に驚きを隠せない一同。だが、驚くのはこれだけではなかった。

「その程度か。ルカリオ」

「なっ……」

「(こいつ、今喋ったぞ!?)」

 唸り声の範疇ではない。確かに言葉として認識し得る声を発したのだ。戦いの冒頭に彼が喋り始めたことを、フーディンはパワーアップであると認識していた。それが今度は意味の通じる言語能力を見せたのだ。
 これが意味すること――ガレスの戦闘中におけるパワーアップ。圧倒的な強さを見せる彼が、今目の前でさらなる進化を遂げたのだ。
 驚きを見せるルカリオらに対し、口元に笑みを浮かべ一人余裕の表情を見せるガレス。わざとらしく溜め息を漏らすと、目を閉じゆっくりと首を横に振りながら呟く。

「かの全能神が認めし勇者の刺客、どれほどのものかと思えば……。弟子の力も見極められんとは、勇者アーロンも地に堕ちたな」

「なんだと……!」

「待て! 挑発だ!」

 その言葉が挑発であることは誰が見ても明らかだろう。しかし、大切な師を罵られ頭に血が上ったルカリオには、ヘルガーの警告さえ届かない。
 ルカリオは"ボーンラッシュ"の技を使用し光の棒を生成すると、ガレスを叩くべく疾風の速さで接近する。しかし、それを易々と許すガレスではない。

「我に盾突くというのか。よかろう。全能神をも滅ぼした力、身を持って知るがいい。"ダークブラスト"」

 余裕綽々の表情から一変。閉じていた瞼を開くと、見るものを震撼させる殺意をむき出しにした鋭い目を向ける。その表情にヘルガーらは一瞬たじろぐも、今のルカリオにはそれでさえ目ではない。師を侮辱した敵を倒す。彼はただその一心で敵へと押し迫る。そして手にした光の棒で打つべく振りかぶったその時だ。
 ガレスは結晶化した槍の穂から黒紫の気を放つと、それを身に纏う。ダークオーラを身に纏い攻撃する、それが"ダークブラスト"なのだ。ルカリオは構わず棒を振り下ろすも、その攻撃は直前で止まりガレスには届かない。ダークオーラが攻撃を弾き、寄せ付けないのだ。
 それだけではない。ダークオーラは瞬時に膨張し、ルカリオを強く弾き飛ばす。それを受け、仰向けの体勢で宙を舞ったルカリオ。だが、即座に体を回転させると地に足をつけて受け身を取る。
 直後、反撃に出るべく光の棒を消滅させ両腕を腰の右に回すと、両手のひらの間に青い気の弾を生成する。彼の得意技"はどうだん"だ。それに合わせるように彼の背後にいた仲間たちもまた、先程と同様の技を放つべく力を溜めている。
 一方、対するガレスは殺意溢れる表情を崩さぬまま無言でルカリオたちに槍を向ける。そして次の瞬間、両者一斉に技を解き放つ。太陽、水流、波導など多くのエネルギーが混合するルカリオらに対し、ガレスはたった一人暗黒の波"ダークウェーブ"で迎え撃つ。しかし、それだけの人数差をものともしない強さが彼にはあった。
 ダークオーラは他のエネルギーと激突後、瞬く間にそれらを飲み込みルカリオらを震撼させる。

 "勝てるわけがない"

 誰しもにそう感じさせるだけの圧倒的な力を前に、立ち尽くす一同。直後、漆黒の波は彼らの全身を飲み込む。周囲の空気を押しのけ、呼吸と同時に体内へと侵入しその身を蝕んでいく。外傷はなくとも、中から走る痺れるような痛みに全員が倒れのたうち回る。

「(勝負あったな)」

 身を潜め観戦していたヒリュウとバシャーモはそう感じ、ガレスのその強さに歯ぎしりする。自分たちをも圧倒するその絶対的な強さがただただ憎かった。

「終わりだ。我が真の力を見せてやろう」

 一方のガレスは、ルカリオらに止めを刺さんとしていた。深紅の瞳の色を変え青白く光らせると、ゆっくり宙へと浮き上がる。そして手に持つ槍を頭上で回転させると、怪しげなその瞳をかっと見開いた。

「闇より出でし風の刃よ。この者どもの魂を切り刻め」

 氷のように冷たい眼差しを向けるガレスは、無慈悲な低い声で呟く。さながら呪文を唱えているかのようだ。そんな彼が槍の回転をを止め急降下したその時だ。

「"ダークストーム"」

 声高々に叫ぶと同時に、結晶化した穂を地面へと突き立てる。すると次の瞬間、ルカリオらの足元に風の渦が発生。本来色を持たない風だが、この風には漆黒の色がある。それもそのはず、これは単なる風の渦ではない。闇の力で作られた竜巻"ダークストーム"なのだ。
 瞬く間に周囲を取り囲まれたルカリオらは逃げ場を失ってしまう。そんな彼らが身の危険に震え、恐怖した次の瞬間。身を裂かれるような激痛が全身を襲い、断末魔が木霊する。これにより、ダメージが限界を超えたツバサはルカリオとの変身が解除されてしまう。そして宙を舞った彼らは、紙くずのように力なく地に落ちた。

「毛の一本も残さず消すつもりだったんだがな。ずいぶんと丈夫な奴らだ。拡散しすぎて技の威力が弱まったか」

 ゆっくりと降下し着地したガレスが、倒れたルカリオらを見下しながら呟く。目の前の敵はピクリとも動かず、皆揃って地に伏していた。

「まあいい。これでゼロも戦闘不能。まともに戦うこともなく終わりか。所詮は量産……ん?」

 あっけないと言わんばかりのガレス。彼にとって、この程度はお遊びのようなものなのだろう。呆れたように笑いながらその場を後にすべく体を反転させる。
 しかし、そうした矢先のことだった。後方から地面を擦った音が微かに聞こえたガレスは、いぶかしげな表情で振り返る。するとそこでは、ピクリとも動かなかったはずのツバサが片膝をつき起き上がろうとしていたのだ。

「まだだ……。まだ……終わりじゃねえ……」

「ほう、生きていたか。まだやるとでも?」

 ひどく咳き込みながらガレスを止めるツバサ。立ち上がるのもやっとだが、それでもなお彼は諦めない。しぶとさを絵に描いたようなその姿に、ガレスは鼻で笑いながら呆れていた。しかし、対するツバサもまたニヤリと口元に怪しげな笑みを浮かべる。

「見つけたぞ、お前の弱点。技を使う力の源……それが槍の先端、つまりその結晶ってわけだ」

「なっ、貴様……」

 これまでの戦い、ツバサとて闇雲に戦っていたわけではない。ルカリオの波導の力を駆使し、ガレスの体や武器について調べていたのだ。
 その結果分かったこと。それは、彼が持つ槍の結晶化した穂は、ポケモンの持つあらゆるタイプのエネルギーを凝縮して作られたものであるという事実だった。

「動けよ、この体……。動け……動けえええぇぇ!!」

 首に巻いた白のマフラーを額に巻くツバサ。彼は変身が一度強制解除されている。その身でありながら、自身に鞭を打つようにマフラーを後頭部の位置でぎゅっと縛ると、変身を試みて叫ぶ。
 すると、その声に応えた黄色のアクセサリー――サイコペンダントが眩い光を放ち、彼の身と魂をフーディンのそれと一体にさせる。そして現れたフーディンは、何やら楽しそうに笑みを浮かべていた。

「まだオレがいる。そいつをぶっ壊せば……勝てるッ!」

 両手に持つスプーンを剣へと変形させると、その刃を突き立て地面を砕く。その行動は、お前もこの地面のように砕いてやると言っているかのようだ。

「へへっ、面白くなってきたなぁお喋り野郎。てめえはオレがぶった斬るッ!」

「おのれー! ゼェロオオオォォォ!!」

 絶対的な強さを誇るガレス。しかし、弱点を暴かれたことで彼は初めて焦りの表情を見せる。果たして勝つのはガレスか、それともフーディンか。彼らの戦い、本番はこれからだ。





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[[ポケットモンスタークロススピリット 第31話「流した涙の数だけ」]]
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''あとがき''
今回のお話は、本作最大の敵とも言えるガレスとの戦いということで、戦闘シーンにはかなり力を入れました。
大きな節目を迎えるこれまでで最大の決戦となりますので、次回も楽しみにお待ちくださいね。

ここまで読んでくださりありがとうございました。
よろしければ誤字脱字の報告や、感想、アドバイスを頂きたいです。
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