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ポケットモンスタークロススピリット 第29話「なりたい自分になれ」 の変更点


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作者 [[クロス]]
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 ポケットモンスタークロススピリット、[[前回>ポケットモンスタークロススピリット 第28話「ゼロとジェネシス」]]までは……

 伝説の宝石を求め旅を続けるツバサたち。シンオウ地方へとやってきた彼らは、旅の途中ゾーンポケモンの襲撃を受けている街を発見する。
 そこへ向かうと、出くわしたのはなんとヒリュウらツバサと酷似した変身能力を持つ者たちだった。そこでヒリュウとそのパートナー――バシャーモと対峙したツバサとフーディンは、圧倒的な力の差を見せ付けられ惨敗。ヘルガーの決死の守りにより難は逃れたものの、かつてない敗北の形にツバサの心は折れてしまっていた。


第29話「なりたい自分になれ」


 静かだ。誰もいない草原で、穏やかな日差しが身を包む。聞こえてくるのは風の音だけ。そんなのどかな一時をオレは幸せには感じられなかった。

 "オレはいったい何のために生きているのか"

 そのことだけが頭を駆け巡る。横になり、白いマフラーで目を覆う。同時にあの戦いが蘇った。
 "サイコカッター"を素手で止められたこと。"シャドークロー"で胸を貫かれたこと。そして、ヘルガーに身を呈して守ってもらったこと。
 それらが全て、悔しさ、罪悪感となって重くのしかかる。そして続けざまに響く狂気に満ちた笑い声。英雄ごっこ、偽善者、クズといった汚い言葉の数々をぶつけてくる。
 オレはただ強く手を握り、拳を震わせた。いや、正しくはそうするしかなかったんだ。
 彼らとの戦い、その結果は圧倒的な敗北だった。歴然とした力の差は埋める術もなく、残酷な現実を突きつけてくるばかり。
 手応えはあったんだ。負けたのは偶然なんかじゃない。今まで頑張ってきたんだ。負けたのは怠慢なんかじゃない。
 答えと言う光を求め、思考の迷路を駆け巡る。しかし、どれほど歩いても辿り着くのはいつも同じ場所だった。
 結局奴らには勝てないんだ。オレは偶然この世界にきただけのただの人間だ。元々何かの天才だったわけでもない。むしろ平凡……いや、それ以下だったようにも思う。
 何が"選ばれし者"だろうか。もし、オレじゃない誰かがみんなと一緒に戦っていたらどうだろう。
 この世界を救うのがオレである必要性はない。救えること……要は結果が大事なんだ。オレはその結果を出せていないんだから、本当はみんなオレのこと……
 自責の念に駆られたオレは、この場にいることが居たたまれなくなっていた。





 一方その頃、ツバサから少し離れた場所では……

「……というわけなんだ」

「そう……。そんなことがあったなんて……」

 バシャーモとの戦いを、現場で見ていたルカリオが詳細に語る。それを聞いた一同は、ツバサの変わり様を思い項垂れた。
 彼がすっかり無気力となり、全てを諦めかけている理由はなんなのか。惨敗したフーディンの面目を配慮し口を閉じていたルカリオ。
 しかし、今初めてそれを教えたところで、一同からは誰とて返す言葉も出なかった。

「だーもうイライラする! あいつは諦めるし、お前らは白けるし。いったい何なんだよくそったれ!」

 声を荒げ、怒りを露わにしたフーディンが木に向かって石を蹴り飛ばす。
 すると、飛んできた石と同時にフーディンの怒気に恐れを成したのか、数十羽のムックルたちがけたたましい鳴き声と共に飛び去って行った。
 そして辺りは静寂に包まれる。場の静けさと、一同の胸の騒ぎが反比例していた。
 自分がいながら結果は惨敗。この事態を招いてしまった原因が自分にあることも分かっている。
 それだけに、泥沼に落ちたかのようにネガティブな思考から抜け出せない仲間を見て、フーディンはより強い罪悪感を抱いていたのだった。

「まずは、ツバサの心を立て直すことが先決だな」

 場の沈黙を破り、口を開いたのはキングドラ。彼は誰よりも指針を立てるリーダーシップに長けている。
 明確な方法こそ提示していないが、先の見えない今こそ自分が道を照らさねば。そう思ったのだろう。
 そんな彼の言葉を受け、項垂れていた一同は首を横に振って表情に覇気を戻す。
 答えなど分からない。ただ、動かねば何も解決はしない。
 それぞれ思い思いの形でツバサを励ます。これが皆の出した答えだ。
 答えを出したら、後は実行あるのみ。いくつかに分かれ、順番にツバサの下へ向かうこととなった。



 まず始めにツバサの下へやってきたのは、キングドラとキュウコンだ。
 マフラーで目を覆いながら草原で横たわるツバサ。二匹は、彼を驚かさないようわざと足音を大きめに立てて近付いた。
 単なる気休めでは解決に繋がらないだろう。そう考えたキングドラが始めに口を開く。

「奴を倒すには足元を狙え。それでスピードを潰せる。今からその特訓でもどうだ?」

「…………」

 ツバサが最も気にしているであろうヒリュウ、バシャーモへの敗北。それに対し、単刀直入に切り込むキングドラ。
 原因を根本から取り除くことが、解決に繋がると考えたためだ。
 しかし、しばらく待てどツバサからは何の反応もなかった。完全に無視を決め込んでいる。

「ツバサがいないとさみしいよ。ねえ、いっしょにあそぼ?」

「誰かとやってろ」

 続けてキュウコンが声をかけるも、返ってきたのは冷たい言葉だった。
 彼からこれほど冷たい態度を取られたことがなかったキュウコンは、その場にいることが怖くなり走り去ってしまう。
 その光景に、キングドラは内心溜め息をつくしかなかった。
 音でキュウコンが去ったのはツバサも分かっているはず。そう思い、彼を一瞥するキングドラ。
 しかし、依然としてマフラーで目を覆ったままの彼が表情を変えることはなかった。



 やむなく引き返したキングドラたちは、状況を仲間たちに報告する。
 淡々と語るのはキングドラばかりで、キュウコンは涙ぐんでしまう始末だ。
 そんな光景に堪忍袋の緒が切れたのだろう。全身から電気エネルギーを散らしながら、荒い足取りで一匹場を離れるエネコロロ。
 彼女の様子はただ事ではない。それを察したメガニウムは、慌てて後を追った。



 早速ツバサの下へやってきた二匹。しかしエネコロロは、未だマフラーで目を覆い動こうとしないツバサを見て、目を怒らせるばかり。
 このままでは、いつ彼女が電撃を放ってもおかしくはない。そう感じたメガニウムは、考えもまとまらぬままツバサに声をかける。

「ね、ねえツバサ。また一緒に頑張ろうよ」

「うるせえ……」

「ほら、私もあなたに励ましてもらったから……。だ、だから、なんでも協力するからさ!」

「うるせえって言ってんだろ!」

 これまで、幾度となくバカにされてきたメガニウム。チコリータの時はリトに。ベイリーフの時はユリとドレディアに。
 弱者のレッテルを貼られ生きてきた彼女に、強くなることを教えてくれたのは他でもないツバサだった。
 そんな彼が今、希望を失い絶望の淵にある。このことをメガニウムは放っておけなかったのだ。
 しかし、そんな彼女の想いはツバサには届かなかった。

「一度負けたくらいで何拗ねてんのよ!」

 そんな光景を見るに見かねたエネコロロは、全身から稲妻を放ち怒りを露にする。

「あんたが立ち直らなきゃ何も始まらないでしょうが!」

「…………」

「あたしたちの気持ちがどうして分からないのよ!! だいたいあんたは……ッ!?」

 エネコロロの怒りは止まることを知らない。ヘルガーが身を呈してまで守り、キュウコンが涙するほどに心配をしている。
 仲間にそこまで想われながら、全く立ち直ろうとしないツバサを彼女は許せなかったのだ。
 しかし、そんな彼女の怒りを止めたのはメガニウムだった。
 エネコロロとツバサの間に"つるのムチ"を伸ばし、彼らの間に割って入ったのである。
 ハッとしたエネコロロは全身から放っていた稲妻を止め、彼女に目を配る。そこで見た彼女……
 歯を食いしばり、必死に身体の震えを止めようとする姿。

 "もう泣かない。ここで自分が泣いてしまえば、ツバサは一生立ち直れない気がするから"

 そんな想いがメガニウムにはあったのだ。
 それを察したエネコロロは、黙って彼女と共にその場を去っていく。

 "あんたなら応えてくれること、信じてる"

 彼女もまた、そんな想いを抱きながら……



 エネコロロたちが二匹で戻ってきたのを見、一同は彼女たちでも駄目かと項垂れる。
 と、そこで突如ルカリオが口を開く。彼の言葉はとんでもないものだった。

 「何の関係もないツバサを、私は過酷な戦いに巻き込んでしまった。私も悪かったのだ……」

 ペンダントという特別な力を用いているとはいえ、普通の人間にここまでの激闘を強いるのは酷だと考え始めたのである。
 彼は師であるアーロンの命により、ツバサと共に戦っている。師のこの戦いに対する思いは言わずとしれたもの。
 しかし、いかに絶対的な存在であるアーロンの命とはいえ、無関係のツバサを戦いに巻き込んだことに罪悪感を抱き始めたのだ。
 師であれば今このような時にどうするのだろう。その答えを知る者は誰もいない。
 彼の言葉に、返す言葉も出ない一同を見て、ヘルガーは眉間にしわを寄せる。このままでは、ポケモンもトレーナーも共倒れになりかねない。
 そんな不安を彼が抱く中、グラエナが一匹無言のままツバサの下へと向かうのだった。





 様子を見に来てみると、案の定ツバサは未だ一人で思い悩んでいた。マフラーで目を覆っていないから表情ははっきりと見える。
 それにしても空は穏やかだな。眩しい太陽も、流れる雲も、空はいつもと変わらない顔だった。

「オレだって頑張ってきたはずだ。なのに、なのになんでみんなの役に立てないんだ……」

 そんな空とは対照的に、ツバサの周囲にはどんよりとしたヘビーな空気が漂っている。
 彼も、自分がオレたちを心配させていることは分かってるんだろうな。きっと、自分が立ち直らなければいけないことも分かってると思う。
 でも、目の前に立ち塞がった壁があまりに大きすぎて、彼は今全てを見失っているんだろう。そう考えながら、オレはゆっくりとその場で伏せる。

「そんなことは……ないんじゃないか」

 まだ彼はこちらに気付いていない。それに気付いたオレは優しく声をかける。するとツバサは、ハッとした目を覆っていたマフラーを取り払い、体を起こしてこちらを向く。
 いったいいつの間に来たんだって顔してるな。独り言を聞かれたと思ったんだろう。ツバサは恥ずかしさのあまり顔をそむけて口をつぐんだ。
 それからしばらく様子を伺ってみたが、彼が口を開く様子は全くない。たぶん、またうんざりする励ましの言葉を言いに来たと思ってるんだろうな。
 この精神的に遠くなってしまった距離感は、時間で埋めるしかない。そう思ったオレは、そのまま場を動かず沈黙を続ける。
 そんなオレの行動が予想外だったんだろう。ツバサはカサカサと音を立てた。ちらちらとオレを見てるってわけだ。
 それでもオレは、彼に目線を合わせることはせず、ひたすらに沈黙を守った。
 それからどれくらい経っただろう。始めはそわそわしていたツバサだが、長い時間が彼に違和感を感じさせなくしていた。
 そしてついに、ツバサがこちらを向き口を開く。

「オレとヒリュウとでは実力に差がありすぎる。オレだって努力してきたのにだ。この差はもう努力なんかじゃ埋められない。もう無理だよ……」

 ようやく本心を打ち明けてくれたな。と言っても、その気持ちは聞かなくても分かってたんだけど。
 想定通りの言葉に、オレはあえて話の返事にそぐわない軽い態度で言葉を返す。

「ああ、無理かもしれないな」

「え……?」

 オレの言葉に、ツバサが動揺する。そりゃあそうだろう。鬱陶しいと思いつつも彼が期待していたのは他でもない、励ましの言葉だからだ。
 そうと知っていてオレはこう返したんだ。するとやはりツバサは体を180度回転させ、オレに背を向ける。
 オレだけじゃない。きっとみんながツバサの思っていることは分かってる。ただ、それに対してどう接すればいいかが分からないだけなんだ。
 ツバサが思っていること。それは、結果を出せなければ、自分には何の価値もないということだ。
 理由なんて簡単なことさ。ツバサがこの世界に来たのは、戦いに勝って世界を救うため。それが目的であって、遊びにきてるわけじゃないからな。
 大事なのは世界救うことであって、それがツバサである必要性はない。だからオレやヘルガーなんかは、元は別の奴と行動してたわけだしな。
 とはいえ、別にオレは今更ツバサを駄目人間扱いしようってわけじゃないんだ。ツバサじゃなければよかったなんて思っちゃいないしな。
 ただ、こんなところで立ち止まってほしくない。今更自分の持つ可能性のことなんかで悩んでほしくない。
 だからオレは、穏やかな声でこう続けた。

「だからって気にすることはないさ。もう戦わなくてもいい。戦いたかったら続けるのもいい」

 ツバサはこの世界の人間じゃないし、悪いことしたわけでもない。そもそも戦う義務はないんだ。
 嫌だと言って諦めたところで、オレたちは咎めることなんてできやしない。

「オレは……」

「ただな、一つだけ言っておくぜ……」

 オレの問いかけに、ツバサが再び口を開く。が、オレはそれを遮るように言葉を続けた。少しだけ間を置き、体を起こして一歩だけ彼に近づく。
 何度も言うが、ツバサに戦う義務はない。そして、オレたちがツバサに求めることは、このゾーンをめぐるこの戦いに勝って世界を守ること、そうであることに変わりはない。
 ただ……ただオレは、ツバサに分かってほしかったんだ。

「甘ったれるんじゃねえ。生きてる限り、終わりじゃねえんだよ!!」

「…………ッ!」

 昂ぶる感情に身を任せ、全力で想いをぶつける。その語気に圧倒されたツバサは、ハッとして背筋を伸ばす。
 死んだように覇気をなくし、いつまでも落ち込むツバサなんてオレは見たくないんだ。
 程度に差はあっても、生きていれば誰にだって壁にぶつかる。それはオレも同じだ。だからこそ、甘ったれては駄目なんだ。
 人もポケモンも、立ち塞がる壁に目をそむけてはいけない。その壁を乗り越えていくこと、それが人生そのものなんだから。
 たった一つの命なんだ。誰も代わりになんてなれやしない。だからこそ、強く、生きることが大切。

「せっかくの人生なんだ。なれる自分じゃない。なりたい自分になれ」

 そっと歩み寄り、ツバサの肩に右前足を置く。語気を強めた口調から一転、オレらしい陽気な口調で語りかける。

「なりたい自分……そうだ、オレは……」

 込み上げる思いに体を震わせるツバサ。オレは彼の正面に回り、真っ直ぐにその瞳を見つめる。
 ツバサという男は、誰よりも胸に熱いハートを持っている。どんな時でも仲間を大切にするしな。大事なことはいっぱい分かってるさ。
 ただ、決して強い奴じゃない。一人じゃ生きていけないんだ。だがな、Don't worry. お前は一人じゃない。

「強くなりたい……みんなの役に立ちたいんだよおおおぉぉーーー!!!」

 魂から溢れる本当の声。塞いでいたハートを解き放ち、彼の瞳からは堰を切ったように涙が溢れ出す。
 ツバサ、分かってくれたんだな。涙に濡れ、顔がくしゃくしゃになった彼を見て、オレはそっと彼の傍に寄る。すると彼はオレをぎゅっと抱きしめ、胸の毛に顔を埋めた。
 肩を震わせ、時々嗚咽を交えながら、大きな声で泣き続けるツバサ。その涙は後から後から溢れだして止まらない。
 こんなに泣いているツバサを見るのは初めてだった。今回の件だけじゃない。きっと今までいろんなことが積み重なっていたんだろう。
 戦いと隣り合わせにある死への恐怖。自身の無力さ。それら二つを知ったことで、彼の中に恐怖と絶望の感情が渦巻いた。
 やがてそれらは仲間への罪悪感へと変わっていったんだ。負の感情が渦巻く中、それでも戦い続けなければならなかったから。

「Thank you. 信じてたぜツバサ」

 No problem. みんな分かってるさ。確かに結果は大事だし、一緒に戦うのがツバサである必要性はない。
 But オレたちは仲間なんだ。例えお前が世界で一番弱かったとしても、オレたちはお前と一緒に戦いたい。
 だから、これからもよろしくな。My best friend.
 心でそう語りかけながら、ふと冷静になって周囲に目を向ける。すると、草むらの影からヘルガーがこちらを見ていたことに気付いた。
 そう、こんなふうに思っているのはオレだけじゃないんだよな。
 それが分かっているオレは、彼に対し無言で頷いて見せる。
 ツバサが悩まなくて済むよう、全ての敵を片付けるほどの力はオレには無い。一緒に変身もできないしな。
 でも、オレはオレのできることで、これからもずっとツバサを支えていきたい。だって、それが仲間だからな。
 まだ止まることを知らないツバサの涙を受けとめながら、オレはそう思ったんだ。





 さすがは前向きなグラエナと言ったところか。ツバサを元気づけて戻ってこれたのは、彼の日頃の姿勢あってこそだ。
 彼の周囲を惹きつけてやまない魅力に感嘆しながら、私は一足早く仲間の下へと戻っていた。

「あ、ツバサ!」

 少しすると、彼らが戻ってきたことに気付いたメガニウムが声を上げる。それに伴い、一同の視線がツバサの元へと集まった。
 今までの態度に罪悪感を感じているのだろう。バツが悪そうに俯いていたツバサだったが、前を向いて口を開く。

「みんな……迷惑かけてごめん。またオレも一緒に戦わせてくれないか」

「…………」

 彼の言葉に一同は沈黙する。それが許さない意思の表れだと思ったのだろう。ツバサは再び覇気のない表情で俯く。

「そうこなくっちゃな」

 しかし、それは全くもって誤解だ。我々は彼が戻ってくるのを待っていたのだから。
 真っ先に声を上げたキングドラの言葉に、沈んでいたツバサの表情が夜明けを迎えた野原のように光を取り戻していく。

「あんたのことだし、どうせまた戻ってくると思ってたわよ」

「素直じゃないなぁ。さすがツンデレネコ!」

「黙れ! チャラオオカミ!」

 そんな彼を見て、一同にいつもの活気が戻っていく。
 気持ちとは裏腹にそっぽを向いて迎えるエネコロロと、それにちょっかいを出すグラエナ。二匹のやり取りに、周囲からは笑いの声が漏れる。
 笑いの声が止まぬ中、ツバサはゆっくりとした足取りでフーディンとルカリオの下へと歩み寄る。心身を共にして戦う彼らとはしっかり話をつけたいのだろう。

「よく……戻ってきてくれたな」

 ルカリオは優しい笑みを浮かべ、両手でツバサの手を包む。それに合わせるようにツバサもすぐに両手でルカリオの手を包み、二人は固い握手を交わす。
 幸か不幸か、彼らは互いの存在をなくしては無力に等しい。故に互いを必要としているのだ。
 ルカリオとの握手を終えると、ツバサは続けざまにフーディンにも手を差しのべる。

「これからもっと頑張るよ。またよろしく頼む」

「へっ、ムカつく話だが、お前がいなきゃ話になんねえんだからよ。次はぶっ飛ばしてやろうぜ!」

 パシッと心地よい音と共に、ツバサとフーディンが握手を交わす。彼もまたツバサを必要とし、ツバサに必要とされているのだ。それを互いに理解しているのだろう。
 そして何より、事の発端は彼らがあのヒリュウとバシャーモに惨敗したことにある。負けず嫌いな彼らのことだ。負けたままでは黙っていられないだろう。
 そのことが彼らの結束を強めるきっかけになったとも言える。雨降りて地固まるとはこのことだ。こればかりはヒリュウたちも想定外だろうな。
 そう思い、ふっと笑ったその時だ。爆発音と同時に地鳴りが起こり、木々に隠れていた鳥ポケモンたちがけたたましい鳴き声と共に飛び去っていく。
 素早く地に伏せ耳を塞いだ一同は、顔をしかめながら目を合わせる。

「さっそく敵さんがきたみたいだね」

「なんであんたは楽しそうにしてんのよ……」

「ここまで届く凄まじい殺気……先にいる奴はただものじゃないな」

 異常事態が発生したにも関わらず、無邪気な笑みを振りまくキュウコン。それにエネコロロは呆れているが、まあ彼女のこととあれば仕方がないだろう。
 同じく割り切っているのか、キュウコンの態度には目もくれず警戒心を剥き出しにするキングドラ。
 そう、感じられる者には分かるだろうが、視認できる範囲に脅威はないにも関わらず体中がピリピリするのだ。

「となれば、Of courseそれを倒せるのは変身した奴のみってわけだな」

 一方殺気を感じているのか、いないのか。グラエナが意味深に笑いながら、全員に聞こえるよう顔を向けて話す。
 その言葉が何を意味しているか、さすがに全員が察したらしい。無言のままツバサに視線が集中する。
 そんな中私は一歩前に踏み出し、真剣な面持ちで彼にこう語りかけた。

「お前ならできる。やってくれるな? ヒーロー」

「オレはそんなんじゃない!」

 私の言葉を真に受け、子供のように反発するツバサ。その様子に一同からは笑いの声がこぼれる。対して当の本人はふくれっ面だ。
 私はふっと笑うと、ツバサが目を合わせてくれるまでじっと見つめ続ける。少し経つと、それに気付いたツバサは真剣な面持ちで目を合わせてくれた。
 そして彼は右手で首にかけた二つのペンダントを握り、拳を胸に当てて頷いて見せる。ジョークに含まれた私の意を感じ取ってくれたのだろう。
 彼がまだ未熟であることは間違いない。ヒリュウだけが敵ではないこの戦いにおいて、彼の力がどこまで通じるかはかなり疑わしいものがある。
 だが、私たちは仲間だ。この世界を守るために戦ってくれる彼にはいささかの協力も惜しまない。
 その中で、ふとしたジョークで彼の緊張をほぐせればと私は考えたのだ。私は真面目すぎて、彼に余計な緊張感を与えてしまっているからな。

「どんな奴だろうがぶっ飛ばしてやる。っしゃあ、いくぜ!」

「おおー!」

 長すぎたマフラーをハチマキのように額へと巻いたツバサが、再び始まる戦いに向けて意気込む。その士気を上げるように、一同も雄叫びで共に戦う意を示した。
 この戦いは世界の命運をかけたもの。例え今、如何なる状況であっても諦めるわけにはいかないのだ。
 そのために、私はツバサを支え続けようと思う。戦いが終わる、その時まで……





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[[ポケットモンスタークロススピリット 第30話「守りたいものがあるから」]]
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''あとがき''
今回のお話は、惨敗したツバサをポケモンたちが励まし、立ち直らせる回でした。今作は王道ですが、その王道をどう身も蓋もなくないものにするかにとても苦労しましたね。
そのためになるべく綺麗事は書かないよう心掛けています。みなさんもそれぞれいろんな悩みを抱えていると思いますが、自身とツバサを重ね、グラエナやヘルガーの言葉を自分が言われたように解釈して、読んだ後少しでも元気になれましたら嬉しいです。

ここまで読んでくださりありがとうございました。
よろしければ誤字脱字の報告や、感想、アドバイスを頂きたいです。
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