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ポケットモンスタークロススピリット 第28話「ゼロとジェネシス」 の変更点


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 ポケットモンスタークロススピリット、[[前回>ポケットモンスタークロススピリット 第27話「狐の嫁入り」]]までは……

 ゾーンに汚染された世界を救うとされる伝説の宝石を求め、シンオウ地方へとやってきた現実世界の者たち。彼らは宝石を守る伝説のポケモンを探すべく、北部、東部、南部の三手に分かれることに。そしてツバサは、自身のポケモンたちと共に北部を担当することになる。


第28話 「ゼロとジェネシス」


 宝石を探す一方、キュウコンの棲み処を目指して旅を続けるツバサたち。ルカリオと共に他愛もない雑談を交わすツバサの足取りは軽い。そんな二人が、とある丘へと差し掛かった時だった。

「あれはなんだ?」

 雰囲気は一変。ルカリオは目付きを矢のように鋭くすると、腕を伸ばしツバサの視線を誘導する。その先に見えたのは、空を覆わんほどの黒煙が立ち上る街だった。
 事態を飲み込んだツバサがはっとしたのを見ると、ルカリオは即座に仲間を繰り出すよう彼に指示を下す。
 六つのボールと黄色のペンダント――サイコペンダントからまばゆい光と共に現れるポケモンたち。ツバサが簡単に状況を説明すると、それを聞いたキングドラが対応策を提示する。

「街の人やポケモンを救うのに固まって行動するのは非効率だ。ここは三体一組のチームを組もう」

 キングドラの指示により、目的別に三つのチームを編成することに。
 まず、グラエナ・ヘルガー・キュウコンのチーム。機動力に特化し逃げ遅れた人々やポケモンを街の外へ非難させることを主な目的とする。
 次に、キングドラ、メガニウム、エネコロロのチーム。怪我をした人々やポケモンの保護、及び倒したポケモンの回復を行うことを主な目的とする。
 そして、ツバサ・フーディン・ルカリオのチーム。敵の殲滅を主な目的とする。ただ、このチームには一つだけ問題があった。それはツバサが変身する際にメンバーのどちらを選ぶかである。一度に二体と変身することはできず、変身しなければフーディン、ルカリオ共に技一つ使うことができない。

「ここはオレに任せろ!」

「相変わらずだな。だが、どちらが戦うかは敵を見てからでも遅くはないはずだ」

 自らが先陣を切るというフーディンの意気込みを見て、ふっと笑ったルカリオ。今のツバサであれば変身の切り替えも数秒で行うことができるはず。そう踏んだ彼はフーディンの気持ちを汲みつつも、あくまで冷静に対応しようと諭す。加えて相性の問題がなければ先鋒は任せるという条件を述べると、フーディンもそれならばと納得する。
 そして一同は合流ポイントを街の南口付近と決めると、いよいよ作戦を開始した。





 一方、ツバサたちが目指す街の入り口では、ある集団の姿があった。ゾーンを敵としながら、ツバサたち現実世界の者を憎むヒリュウら四人組とそのポケモンたちである。

「あれは……」

 彼らは街を後にしようとすると、そのうちの一人レイカという少女が何者かの気配に気付き、そちらに目をやる。
 それに合わせるように一同が目を向けると、そこには険しい表情でこちらに向かって走るツバサとフーディン、そしてルカリオの姿があった。すると、その場に居合わせた全員が身構える。

「貴方たちが……どうして……ここへ……」

 彼らが数十メートルまで近づくと、雪女を連想させるポケモン――ユキメノコはいぶかしげな表情で声をかける。その感情のない声が聞きづらかったのだろうか。少し間を置くと、フーディンは険しい表情から、より一層鋭い刃のように目つきで睨みつけ返答する。

「それはこっちの台詞だ。お前ら、いったい何をしやがった?」

「俺たちは街の奴らを助けていただけだ。勝手に悪者にするなぁ!」

 フーディンの言葉が、早くも癪に障ったのだろう。人一倍短気なエアームドは怒号を張り上げ、彼に飛びかからんと一歩踏み出す。
 しかし、そこで最もフーディンらに近い位置で立っていたバシャーモが片手を彼の前に出し、その行動を制止する。

「ちょうどいい。雑魚どもの相手に飽き飽きしてたところだ。この俺を楽しませてみろ!」

 彼がエアームドを止めた理由は他でもない。自らがフーディンと戦うべく、その邪魔をさせないようにするためだったのだ。
 彼の行動を見たドレディアとそのパートナーの女性ユリは、やや慌てた様子でバシャーモに対しこう口にする。

「お待ちなさい。この子たちは後の災いとなりますわ」

「ドレディアの言うとおりよ。ここは手っ取り早くアタシたち全員で……」

 彼女たちは以前ツバサと変身するフーディンやルカリオと戦っており、その潜在能力の高さに危機感を抱いていたのである。
 同じく彼らと戦ったことがあるレイカらも、彼女たちの意見に賛同しがやがやと騒ぎだす。すると、唯一口を開いていなかったバシャーモのパートナーである青年ヒリュウが突然を血相を変えて場を震撼させる。

「お前ら、俺を誰だと思っている? 下がれ!」

「……チッ」

 騒ぎ立てる一同を一瞬で黙らせるその声。仲間でさえ邪魔する者は容赦しないと言わんばかりない彼の声に、ツバサは背筋が凍る思いでその目を凝視する。
 その目は絶対的な自信に溢れていた。と同時に、少数の敵に大勢でかかるという卑怯な手口に対する怒りが滲み出ている。
 そう、彼は自らとバシャーモを最強のコンビと自負しており、その自分がツバサたちを相手に卑怯な手口で戦いを挑もうとさせられていることに腹を立てているのだ。
 ゾーンをめぐるこの戦いに卑怯も何もない。冷静沈着な者であればそう口にするだろう。だが、彼にとっては正々堂々とした戦いを挑めないことは自分とバシャーモが弱いと言われているようでプライドが許さないのである。
 彼とバシャーモに限り、ツバサたちとはまだ一度も戦ったことがない。そのようなこともあり、彼の気持ちを汲んだ大男のコウジは舌打ちをしながらも下がるよう周りに促す。
 ヒリュウの言葉に渋々コウジが納得したのを見るや、やむを得ないといった表情でそれに準じる一同。それぞれポケモンたちが飛行能力や、エスパータイプの技"サイコキネシス"を駆使しパートナーの人間と共に空へと飛び上がる。
 そして必ず消してやるとでも言うかのように上空からツバサたちを憎悪の眼で見下すと、彼らは空の彼方へと消えていった。

「へっ、大した自信だな。後悔させてやるぜ!」

「クックック、仲間にこんなことを言いたくはないが、俺たちをあいつらと一緒にするなよ」

 仲間を下がらせ有利な状況を自ら断つ。ヒリュウらのそのあまりの自信にフーディンは口元に軽く笑みを浮かべると、すぐに始まるであろう戦いに意気込みを見せる。
 それに対しバシャーモは怪しげな微笑みと共に自信を崩さず切り返す。

「一つだけ聞く。お前らの目的はなんだ? ゾーンを消すことが目的ならオレたちと同じはずだ。なのに、どうしてオレたちを狙う?」

 ツバサのその問いに、ヒリュウは目を閉じ薄ら笑いを浮かべる。ツバサにはいったい何がおかしいのか分からない。
 そして場は静寂に包まれる。ツバサが彼の答えを待つからだ。

「俺たちが……お前らと同じだと……? フッフッフ、ハァーッハッハッハ! ふざけるなぁー!!」

 薄気味悪い笑いから一変。かっと目を見開くや否や、気が狂ったかのように怒りだすではないか。
 先程までの静の不気味さとのギャップが、より一層恐怖感を引き立てる。狂気に顔を歪め、血眼になって叫ぶ彼の言葉が、表情が、心が、ツバサの胸に突き刺さる。

「何も知らない貴様ごときが、突然現れての英雄ごっこ。善人の皮をかぶった偽善者めが、笑わせるじゃあないか。その身、その魂に……刻む! 俺たちの怒り、哀しみ、そして憎しみを!」

 彼にここまで憎まれる原因に心当たりはない。いったい何があれば、人はここまで狂うのだろうか。かつてない負の感情をぶつけられたツバサは、言葉にできない複雑な思いを抱く。
 しかし、そんな彼の思いとは裏腹に、時は一刻足りとも止まらない。ヒリュウが不気味なまでに口を開き俯くと、バシャーモは彼の影に同化していく。彼らの変身が始まったのだ。

「来るぞ!」

「奴は格闘タイプ。ここはオレに任せろ!」

 それを見てとったルカリオとフーディンは、即座に変身するようツバサに促す。彼の言葉ではっと我に返ったツバサはそれに応えるように力強く頷くと、首にかけた黄色のペンダント――サイコペンダントを握りしめる。

「変身!」

 刹那ツバサとヒリュウ、それぞれが眩い白光と神秘的な青白い光に包まれていく。やがて光が弾け消え去ると、そこには二振りの紫の刃を持ったフーディンと、目を閉じ余裕の表情を浮かべるバシャーモの姿があった。

「最強ヒーロー、オレ、見参! てめえはオレがぶった斬る!」

「フンッ、威勢だけはいいな。そういう奴は嫌いじゃない。さあ、楽しもうじゃないか!」

 口を閉じたまま笑ってみせたバシャーモは、右腕を突き出し指を一本何度も曲げる。
 それが挑発であることは百も承知。しかし、あえて乗ってやろうと意気込んだフーディンは"サイコカッター"を手に力強く踏み出す。かくして、戦いの火蓋は切って落とされた。





「(フーディン、ここは速攻できめるぞ!)」

「(了解!)」

 前屈みで駆け距離を詰めるフーディン。しかし、バシャーモは一歩も動かず、余裕の表情でまだ指を動かす挑発を続けている。
 その表情が忌々しく思うフーディンは、至近距離に迫ると大きく跳躍。怒りを声に乗せ、両手の刃を斜めに交差させて斬りつける。
 それに対しバシャーモはやや腰を落とした体勢を取り、斬撃の軌道を読んで自身の腕を交差させた。

「なにっ!?」

 苦手とするエスパータイプの技である"サイコカッター"の刃をいとも容易く受け止めたバシャーモ。その構えから踏ん張りこそ利かせていることはわかるが、彼が素手で技を受け止めたことにフーディンらは驚きが隠せない。
 その表情を一瞬見てとったバシャーモは、交差させていた腕を正常位置に戻すべく回転。それによって横の回転を余儀なくされたフーディンは体勢を崩されてしまう。無論、それを逃すバシャーモではない。刃ごとフーディンを持ち上げ、頭を追い越すように投げ飛ばす。
 浮いている間に体を捻り、かろうじて受け身を取るフーディン。だが、剣へと変形したスプーンは反動で元の形へと戻ってしまう。フーディンの口からはわずかに声が漏れ、背中には戦慄が走った。

「(気をつけろ、奴はただものじゃない)」

「この焼き鳥野郎。調子に乗って……」

「消えろ!」

 一連の流れからバシャーモのただならぬ力を見て取ったルカリオは、フーディンに油断しないよう警鐘を鳴らす。負けず嫌いのフーディンは挑発行動を取るも、バシャーモはそれに耳も貸さずに口から業炎を吹き出す。炎タイプの中でも高度な技"かえんほうしゃ"だ。
 間髪を入れずに攻めに出たバシャーモの炎をじっと見つめるフーディン。炎が前方3メートル程の距離に迫ったのを確認するや、すかさず足元にスプーンを向ける。すると、彼を囲むように光の線が正方形を描き、瞬時に半透明の壁を成形。直後、灼熱の火炎が牙を剥きその壁を余すところなく包み込む。
 炎は辺りの景色を陽炎のようにぼかし、バシャーモの視界には自らの炎が容赦なく軌道上の物体を焼き尽くす光景が広がるのみ。
 だが次の瞬間、突然バシャーモの背後にフーディンが現れる。そして再び"サイコカッター"で斬りつけた。ところが……

「しまった……!」

 攻撃が命中したにも関わらず全く手応えがないのだ。それだけではない。直後地面から影の刃が飛び出し、容赦なく彼の腹を斬り裂く。腹部から伝わる痛みの絶叫と共に彼の体は宙を舞った。そして重々しい音と共に地面へと叩きつけられる。

「(オレとフーディンの攻撃が読まれていただと……)」

「"ひかりのかべ"の成形速度はなかなかだな。俺の炎を利用して姿を隠し"テレポート"で接近しての"サイコカッター"。戦法は悪くない」

 その言葉から分かるとおり、バシャーモは既にフーディンの攻撃を完全に読んでいたのである。種族上フーディンが使用可能な全ての技、および彼とツバサの性格から予測される戦術。ポケモンに関する知識と、以前フーディンと戦っている仲間から聞いた情報を元に分析したヒリュウがバシャーモと心身を共有したことで成せた業だ。

「(ここは"じこさいせい"で回復しよう)」

 ツバサの指示により、回復行動に移ろうとするフーディン。腹を斬られた痛みで心拍数が急速に上昇しているためだ。ところがどうしたことだろう。フーディンは自身の腹を見るも傷一つついていないではないか。それにも関わらず、彼の体は激痛を訴えている。

「フッフッフ、再生能力を持つお前のことだ。例え腕一本千切ろうが何事もなかったかのように回復しかねない。だからこそ、体ではなく魂にダメージを与えた。そう、この"クロススピリット"の力でな!」

「("クロススピリット"!? 奴らもあのリトと同じ……)」

「魂にダメージを与えたといったが、正確には吸収だ。おかげで良いスキルが得られたぞ。"技の二種同時発動""技の追尾効果付加""物質変形能力"……ユキメノコやドレディアの能力か。欲しいスキルだったが、さすがに味方に攻撃はできないからな。貴様には礼を言わせてもらうぞ」

 "じこさいせい"が可能であるフーディンには、身体的なダメージは効果が薄い。そう判断したバシャーモは、攻撃によって彼の魂を吸収したというのだ。それが事実であるのか、目で確認することはできない。しかし、過去にツバサたちの仲間であるボーマンダが彼の攻撃を受けた際の光景が、今フーディンたちの身に起きていることが真実であることを証明している。
 さらに、彼の口から出た"クロススピリット"の名称。かつて伝説のポケモン――レックウザには"クロススピリットは神の力"とまで言われたその力。伝説の宝石やツバサが持つペンダントに宿るとされるその力を、何故バシャーモが所持しているのか。ツバサたちの敵であるリトは、以前この力をゾーンによって得たと言っていた。このことから、ルカリオはバシャーモらもまたゾーンによって力を得たと推測する。

「お前の本気はそんなものか、ゼェェロォォ! クックック、今ので確信したぞ。お前があの時の奴だとな。さあ、楽しもうじゃないか。熱くなれよぉーー!」

「(ゼロ!?)」

 "ゼロ"その名はリトがフーディンを指して言ったPCS&ruby(ダブルゼロ){00};に近い名称。不敵な笑みを浮かべながらそう口にするバシャーモに、ツバサとルカリオは動揺を隠せない。
 その名はフーディンが持つニックネームと考えるのが妥当だろう。だが、だとしたら何故それをリトやバシャーモが知っているのだろうか。自分たちでさえ聞いたことがないことを……。疑問に思ったツバサは当人に尋ねようとするも、話は後だと返されてしまう。

「フンッ、同じだな」

「……?」

 ふと、フーディンが鼻で笑う。それを見たバシャーモは、何がおかしいと言いたげに彼を見やる。

「テメエらはあのリトと同じだっつってんだよ。奴は英雄になると言いながら、この世界を破壊しようとしてやがる。お前はゾーンを消すと言いながら、ゾーンの力を使ってやがる。矛盾してんだよ!」

「この俺たちが、あんなクズと同じだと? フッフッフ、ハァーハッハッハ! ふざけるなぁーー!!」

 静かに笑ったかと思うと、突然狂いだしたように嬌声を上げたバシャーモ。緩急のついたその怒り方はヒリュウと全く同じで、それを聞いているツバサは背筋を振るわせる思いだ。ところがフーディンは、待ってましたとばかりに笑みを浮かべる。
 ゾーンを敵とし、現実世界の者を滅ぼそうとしている彼らにとって、敵と同類に扱われることがいかに屈辱的であるか。言うまでもないその怒りの種を振り撒くことで、バシャーモに本気を出させるのが彼の狙いなのである。

「ナメられるのが一番ムカつくんだ。テメエも本気でやれよジェネシス。ボコボコにしてやるぜ!」

 "ジェネシス"そうバシャーモを呼んだフーディン。すると、やはりなとでも言いたげな満足した様子を見せるバシャーモ。それが何を意味するか、今は彼らのみぞ知ることだ。
 右肩を引き二回ほど回すと、二つの拳を打ち付け気合いを入れる。先程の攻撃から、バシャーモの強さが今までの敵を遥かに凌駕していることは間違いない。それでも必ず勝つ。フーディンのその意気込みが、ツバサの魂を刺激する。
 彼らの心の炎はまだ消えてはいない。それを感じ取ったルカリオは、交代することなく戦闘の続行を見守ることに。一方バシャーモは力強く地を蹴り、雄叫びと共に影の爪を振りかざす。

「(零距離は危険だ!)」

 ツバサの警告を受け、即座に後方へジャンプするフーディン。寸でのところで"シャドークロー"を回避すると、手にした双剣を振り三日月型の斬撃を放つ。
 前進を止め、一歩一歩後退しながら影の爪で払うように攻撃を受け止めるバシャーモ。斬撃は漆黒の刃によって真っ二つになり、淡い光となって弾け散る。
 今度こそ攻撃を当てようと闘志を燃やすバシャーモは、両手の爪を地面に突き刺す。すると次の瞬間、影の爪が間欠泉の如く飛び出しフーディンの下へと迫る。

「(かわして"サイケこうせん")」

 ツバサが指示を出し、フーディンと意思の共通を図る。心身を共有している彼らは、あらゆる動きが人とポケモンで共通したほうが速くなるためだ。
 フーディンは指示通り攻撃を回避すべく"テレポート"を使用。瞬時に移動し、バシャーモの右側を取る。そして彼を軸に時計回りに動きながら、手にした剣の刀身を消し柄から紫の光線を連続で撃ち出した。
 一方のバシャーモはそれを防ぐべく、炎タイプ上級の技"フレアドライブ"で全身に灼熱の炎を纏う。そして影の爪を伸ばしたまま全身を竜巻の如く回転させ、周囲に炎のバリアを展開し攻撃を弾いていく。
 それが"フレアドライブ""シャドークロー"の同時使用、および技の変形能力を駆使した芸当であることを見て取ったツバサたちは、彼がフーディンの能力を習得したということが偽りでないことを確信する。
 眼前は影の刃が入り混じった炎で覆い尽くされ、バシャーモの姿は捉えられない。それに対しフーディンはにっと笑うと、脳内で今までのバシャーモの攻撃を思い返す。

「フンッ、そうきやがったか。ならば、これで決める!」

 フーディンは消していた刀身を柄に戻すと、再び剣と化したスプーンを地面に突き刺す。

「"サイコカッター"」

 咆哮の如く叫ぶと、地面から三日月型の斬撃が間欠泉のように飛び出し、地をえぐりながらバリア内のバシャーモへと迫る。

「なにっ!?」

 バリアの範囲を押し広げ、フーディンを八つ裂きにしようと目論んでいたバシャーモは、彼の技など全て弾き返せると考えていた。しかし、突如バリアの及んでいない地中から飛び出してきた斬撃に彼は驚きを隠せない。
 気付いた頃には時すでに遅く、無数の斬撃が彼の身を斬りつけていく。その衝撃で宙へと巻き上げられた彼は、やがて地へと叩きつけられるように落下する。
 その攻撃にフーディンら全員が確かな手応えを感じ、倒れたバシャーモに目を向ける。ところがどうしたことだろう。仰向けに倒れていた彼は閉じていた瞼をかっと見開くや、突然高笑いを始めるではないか。

「クックック、やるじゃないかゼロォ! さすがは同じ"呪われた体"だ」

「…………」

「("呪われた体"……?)」

 瞳から青白い光を発光させ気が狂ったように笑いだす彼の姿は、ツバサたちに背筋を冷たい風が這ったかのような不気味さを感じさせるのには十分だ。
 また、その言葉に疑問を抱くツバサとルカリオだったが、フーディンからの返答はない。話は後にするという暗黙の了解を察した彼らは、再び意識を戦闘に戻す。

「熱く! 熱く! 誰よりも熱く!! お前との戦い、最高に楽しかったぞ」

「へっ、オレもだ。だが、テメエだけは危険だ。そろそろトドメといかせてもらうぜ!」

 戦いが終わりを迎えようとしている。そう感じ取り、思い思いの言葉を口にするバシャーモとフーディン。
 これまで優勢に見えたバシャーモは地に倒れ、スプーンを剣状に維持したままのフーディンがそれを見下ろすように立っている。
 形勢は誰しもが見て取れるだろう。敗北を認めたのか、バシャーモは再びゆっくりと目を閉じる。
 彼との戦いに容赦は無用。そう考えたフーディンが、トドメを刺すべく手にした紫の刃を彼に当てようとしたその時だった。

「ゼロ……終わりだ」

 目を閉じたままのバシャーモがゆっくりと呟いた。直後、影の刃が背後からフーディンの胸を貫く。いったい何が起こったというのだろう。
 痛みに歯をくいしばりながらゆっくりと目を左に寄せると、そこには倒れていたはずのバシャーモが不気味な青白い瞳で笑い、こちらを覗いているではないか。
 攻撃には確かな手応えがあり、倒れていたバシャーモは分身ではなかったはず。ところが、視線を地面に戻すとそこに彼の姿はなかった。

「クックック、ハァーッハッハッハ! どうだゼロ! これが俺の力だ。地上最速ッ! 圧倒的スピードッ!」

 フーディンを貫いたまま持ち上げ、奇声を上げるバシャーモ。その瞳の色と相まって、今の彼は悪魔と呼ぶに相応しいだろう。
 胸を貫かれ、瞬く間に魂を吸収されたことでフーディンの目から光が失われていく。逆に身体の奥から力がみなぎってくることでそれを感じ取ったバシャーモは、右足に灼熱の火炎を宿しフーディンを蹴り飛ばす。彼の得意技の一つ"ブレイズキック"だ。
 刹那、断末魔の悲鳴と共に宙を舞ったフーディンの体は光と化して砕け散る。それと同時に共に変身形態を作っていたツバサの身が露わとなり、彼は生身の姿のまま地面へと叩きつけられた。

「フンッ、ようやく出てきたか。あとは貴様さえやればゼロは完全に機能を停止する」

 ペンダントに力が封印されているフーディンにとって、ツバサの存在は力の源。それが分かっている彼は、ツバサを消すことで完全決着をつけようというのだ。
 一方対するツバサは、視界が揺らぎ全てのものが分身して見えているため立つことさえままならない。
 この危機を察してルカリオがペンダントから現れた。バシャーモからツバサを隠すように立ち、威嚇するように睨みを利かせる。
 しかし、彼もまた変身なくしては技一つ使うことさえできない。今のツバサでは変身できないのは誰が見ても明らかであり、彼の登場はバシャーモに対する抵抗として何の意味も成さなかった。

「邪魔をするなら、まとめてあの世に送ってやる!」

 地を強く蹴り駆け出したバシャーモは再び"シャドークロー"を剥き出し、瞬く間にルカリオの眼前へと迫る。
 そして腕を振り上げ、ツバサごと引き裂こうとしたその時だった。
 彼らの間に何者かが割り込み、攻撃したはずのバシャーモが風を切って数十メートル先まで弾き飛ばされたのだ。

「今のうちだ。早く逃げろ!」

 なんと、そこに割り込んで来たのはヘルガー。バシャーモの臭いを嗅ぎつけてやってきた彼は"カウンター"の技を使用することで、バシャーモの攻撃を倍の威力で弾き返したのだ。
 極度のダメージにより、変身が解除されてしまったツバサたちに勝ち目はない。それが分かっているヘルガーは、身を呈して彼らを守ろうと試みる。

「へ、ヘル……ガー……」

「奴はすぐに復活する。早く行け!」

 朦朧とする意識を繋ぎ止めヘルガーに語りかけるツバサだったが、擦れたその声はヘルガーには届かない。しかしその姿を目にしたヘルガーの一声はあまりに重く、ルカリオは改めてかつてない事態となっていることを認識する。
 バシャーモは必ず復活する。ともすれば、今逃げればヘルガーはどうなるか分からないだろう。しかし、彼の覚悟がルカリオらに留まることを許さなかった。そしてルカリオはツバサを担ぎ、やむなくその場を去っていく。

「邪魔をしやがって……逃がさん! ……くっ!」

 それを知ったバシャーモは、すっと立ち上がり神速の動きでヘルガーを倒し、ツバサを追跡しようと試みる。しかし、彼が一撃で蹴り飛ばそうとしたヘルガーはその速さに瞬発力でついていき彼の左脚に噛みつく。
 すると、上半身の姿勢に脚がついていかなくなったバシャーモはバランスを崩して転倒。これにはさすがの彼も目を見開き、驚愕の表情を浮かべた。

「クズの分際で、俺の邪魔をしやがって……許さんぞ!」

 しかし、すぐにヘルガーを睨み返すと、彼を振り払うべくその腹部を狙って右脚で蹴りを入れる。
 脚に噛みついているため声が上がることはない。痛々しい鈍い音だけが響き、その度ヘルガーの腹に激痛が走る。当然痛みに顔を歪める彼だが、それでもなお牙を放そうとはしなかった。
 霞む視界でそれを目の当たりにし、鈍い音で痛みを察するツバサ。ルカリオに担がれ逃げ始めた彼は、涙を溢れさせてヘルガーの下へ届かぬ手を伸ばす。
 何故自分は、また目の前で誰かを見捨ててしまうのだろう。頼られてこの世界にきたのに、どうしてそれに応えることができないのだろう。自分はいったい何のために生きているのか。
 目の前の光景がかつてのトクサネシティでの出来事と重なったのだろう。そんな葛藤が涙となって溢れだし、動かぬ体でヘルガーの下へ戻ろうとルカリオの腕の中でもがく。
 その動きを察したルカリオは彼の心中を案じ立ち止まるも、蹴られながらにそれを見ていたヘルガーの怒号が彼らの背中を押す。

「ツバサ、お前ならいつか必ず勝てる! 行けええええぇぇーー!!!」


 人語を操る上でテレパシーを用いているヘルガーは、噛みついたままでも言葉を話すのに支障はない。こんなところでそれが役立ったかと心中で苦笑したヘルガーは、以降彼らのことを忘れ去り、決死の覚悟でバシャーモの妨害に残る力の全てをかける。
 今がツバサを消し去る最大の好機。それが分かっているバシャーモは何とかヘルガーを振りほどこうと暴行を続けるも、彼は死んでも放さないという構えで妨害を続行する。
 さすがのバシャーモでも、片足にヘルガーを引きずった状態では自慢のスピードを活かせない。
 "先には行かせんぞ"そう眼で語る彼が憎らしかった。やがてバシャーモの怒りは頂点に達し、容赦はしないと彼の眼を潰すべく右手の"シャドークロー"を伸ばしたその時だ。

「もうやめておけ」

 変身を解除したヒリュウが、彼の右手を押さえ攻撃を阻止する。目を閉じ、負の感情を消して語りかけてきたヒリュウの姿に、バシャーモの影の刃は徐々に身を潜める。それと同時に青白く発光していた彼の瞳は元に戻っていく。
 それ以上の言葉はいらない。今パートナーが何を思っているのか。それを察したバシャーモの荒ぶる感情は、我に返ったように正常なものへと戻っていった。

「お前は利口なはずだ。何故俺たちを裏切ってまであんなクズをかばう?」

 バシャーモの殺意が消えたことを感じたヘルガーは、痛みに顔を歪めたままそっと牙を放す。
 それを確認してから問いかけてきたヒリュウを見るべくそっと目を開くと、彼はこう答えた。

「あいつにはお前にはない強さがある。それは"思いやり"だ。強き者に従う。それこそが我らが掟」

 その返答に、ヒリュウとバシャーモにヘルガーとの思い出が断片的に蘇る。
 ヘルガーが群れの若きリーダーだったこと。彼にバシャーモが圧勝したこと。"世界を救いたい"そんな想いを打ち明けた夜のこと。
 僅か一瞬だったがそれらの記憶が走馬灯のように蘇ったヒリュウは、無言でヘルガーに背を向ける。

「俺たちはガレスを倒す。閉ざされた未来を変えるためにな」

「…………」

「いくぞバシャーモ。……二度と立ち塞がるな、ラウガ」

 拳を振るわせながら言葉を残し、その場を去っていくヒリュウとバシャーモ。その背にヘルガーは何を感じたのだろう。彼の想いを知る者はまだ誰もいない。





 それから数週間後の夜。仲間によって保護されたヘルガーたちの傷は、懸命な看護によりそのほとんどが癒えていた。
 その中で驚くべきことは、魂を吸収され治療の施しようがなかったツバサとフーディンは僅か三日でほぼ全快となったことだ。
 体に傷を持たない彼らは前述の通り治療の施しようがなく、ただ安静にさせるよりなかった。ところが、全快に数週間もかかったのは物理的な力で怪我を負わされたヘルガーだけだったのだ。

「これもサイコペンダントの力なのか……」

 ルカリオの推測に一同は首を捻るばかり。当の使用者でさえペンダントの全貌は把握していないのだから、それもそのはずである。
 しかしながら、予想外の回復速度は嬉しい誤算と言えるだろう。だが、一つだけ癒えない傷があった。

「ほーら、これあんたの分だからね」

「…………」

「ちゃんと食べなさいよ? 面倒だからあーんなんてしてあげないんだから」

「うるさい、あっち行け」

「なっ、なんですってー!? こっちがふざけてやってるのに何様のつもりよ!」

「ちょっと、やめなって!」

 あの日を境に、人が変わったようにツバサが無気力になってしまったのだ。ヘルガーの体の傷が癒えても、彼の心の傷は癒えなかった。逃げる最中の葛藤。それが彼の中で渦巻き、その重さを増していたのだ。
 しかし、周りには彼が変わってしまった原因があの日にあるとは分かっていても、その根本までは理解が及ぶことはなかった。何故なら、結局は誰しもが無事であり、再起の機会が残されているためだ。
 みんなで頑張れば、どんな壁だって乗り越えることができる。今までそうしてきた彼らにとって、今回もまた同じように乗り越えられると信じて疑うことはない。しかし、今はそれが仇となっていた。
 一方ヘルガーは、あえてしばらくツバサと距離を置き自らの思考にふけっていた。彼もまた、あの時のヒリュウたちのように今までの記憶を思い起こしていたのだ。

「(ヒリュウ……奴を倒さない限り先は見えてこないだろう。ツバサには奴を超えてもらうしかない。そのためにはどうするべきか……)」

 漆黒の闇夜に身を置いた彼が、思考に行き詰まり空を見上げる。そこには、立った一つだけの星が一際煌めいていた。





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[[ポケットモンスタークロススピリット 第29話「なりたい自分になれ」]]
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''あとがき''
今回は久しぶりの山場ということで、戦闘描写に力を注ぎました。今作ならではの特殊能力を駆使した戦いを楽しんでいただけたでしょうか?
圧倒的な戦闘力でフーディンの前に立ちはだかったバシャーモ。彼とフーディンの関係は?今後のヘルガーの行動は?そしてツバサは立ち直れるのか。
今後も戦闘はさらにヒートアップしていきますので、応援のほうよろしくお願いします。

ここまで読んでくださりありがとうございました。
よろしければ誤字脱字の報告や、感想、アドバイスを頂きたいです。
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