&size(20){''ポケットモンスタークロススピリット''}; 作者 [[クロス]] まとめページは[[こちら>ポケットモンスタークロススピリット]] キャラクター紹介ページは[[こちら>ポケットモンスタークロススピリット キャラクター紹介]] ポケットモンスタークロススピリット、[[前回>ポケットモンスタークロススピリット 第18話「きあいのハチマキ」]]までは…… 雪山で一匹の幼いロコンが氷タイプのゾーンポケモンに囲まれている現場を目撃した彼らは、ロコンを助けるべく善戦するも窮地に立たされてしまう。 その時、そこへ現れたのは謎の人物クロナ、そしてグレイグ。これまでにない特異な変身方法を行った彼らは、それぞれムウマージとハッサムに変身。ゾーンポケモンをいとも容易く殲滅すると、すぐにその場を去ってしまう。 その後夜を迎え、ロコンが目を覚ますまで洞穴の中で看病を続けるツバサ。しかし、疲労が重なった彼はしばらくすると眠りに落ちてしまう。 直後目を覚ましたロコンは、洞穴の外に何者かが物を置いていったことに気付く。その中には炎の石が含まれており、これによりロコンはキュウコンへと進化する。 夜が明けると、親と逸れたというキュウコンを棲み処へ帰すべく、一行は彼女を仲間へ入れることを決めたのだった。 第19話 「風のレグール」 「ええ! この街にポケモンセンターはないだって!? そんな……」 シンオウ行きの船が出るという港町を目指すオレたち一行は、ホウエン地方の北東部にある大陸で一番大きな街クルメシティにやってきた。ポケモンセンターに立ち寄るべく街中を歩きまわっていたのだが、なんとこの街にポケモンセンターは存在しないというのだ。オレたちがポケモンセンターを探している理由とは傷を癒すためではなく、空腹を満たすため。というのも実は、雪山を下りてから二日ほど木の実しか食べていない。道中集めた食料はすべて均等に分けるため、現在トレーナー一人、ポケモン八体で行動しているオレたちにとって、九等分した食料など雀の涙ほどのもの。一食で木の実を一人二つ食べられればいいほうである。 現実世界からやってきた時に荷物はすべて空になってしまっており、現在持っているものはマフラーと何も入っていないリュックのみ。当然お金などなく、まともな食事をするにはすべて無料である施設のポケモンセンターを頼るよりない。その頼りの施設がないと知ったオレは、やむを得ず街を去ることにした。 「あんなでかい街になんでポケモンセンターがねえんだよ。だいたいさ……」 「怒っても仕方ないだろう。その辺にしておけ」 街を出たところで木に寄りかかって溜まっていた不満を漏らすも、キングドラの冷静な一言で頭が冷やされる。空腹なのはオレだけではなく、その中で愚痴という名のネガティブな発言を続けるオレの行動は、仲間の気持ちを落ち込ませていたのだ。 それに気付いたオレは"ごめん"と一言。それ以降咎められることはなかったが、当てにしていたものを失ったオレたちにこれ以上動ける気力などなく、ただただ重い溜め息を漏らすばかり。 そんな仲間を見かねたのか、グラエナが突然すっと立ち上がりオレの目の前にやってきた。そして目を合わせるや否や、いきなり頭に飛びつき噛みついてきたではないか。 「オレは食い物じゃねえ! 目を覚ませコラ!」 幸い甘噛みのため痛みに音を上げるほどではないが、その藪から棒な行動にオレの心臓は驚きのあまり音が聞こえるのではないかと言うほどに高鳴りだす。 ここで思い出したことは、こんなやり取りは前にもあったなと言うこと。オレが初めて彼と出逢った時のことだ。思えばあの時は、彼が頭を甘噛みしてくるのは一種の愛情表現と考えたんだっけ。初対面でこんなことされて、よくあの時のオレは冷静にいられたよなぁ。 そんなことを考えている間にグラエナは甘噛みをやめたようで、再びオレの目の前に立つ。その表情は同じ空腹の者とは思えない覇気に満ちたもので、まるでオレの頭に噛みついて回復したかのようだ。そんな彼はわずかに口を開いて陽気な笑みを浮かべると、先程の噛みつきを遥かに上回る思いがけない言葉を口にする。 「Hey! 今から大量の食料を取ってくるから待ってろよ」 「いったいどうやって……って、おい話を聞けよ! どこに行くんだグラエナ!」 こちらの制止の声も聞かず、一目散に走り去るグラエナ。大量の食料を得てくると豪語する彼はどこか自信に溢れていた。近くにポケモンセンターがないとなれば、大量の食料など手に入るわけがない。そうは思いつつも自らも空腹であるはずの彼が、自分の様子を見て陽気に振る舞うその優しさに感謝し、そして食料を持ってくると言ってその駆け出す姿を無言で讃えた。 ツバサの下を離れ、やってきたのは先程去ったばかりのクルメシティ。ここは無駄に広い街の割に、郊外がネイチャーに囲まれていて、道は坂だらけみたいだな。ってことは、街中は逃げにくいがアウターに出ればこっちのもんか。 何故オレがこんなことを分析しているか。それはもちろん、街の食料をぬす……ありがたく頂こうってわけだ。そのためにも地形と食料が置いてある店の位置、そして逃走……輸送路を確認しておかないと。 ツバサもだいぶ強くなってきたけど、腹が減ってはウォーはできんってよく聞くしな。それに、彼が強くなればオレのできることも限られてくる。フーディンやルカリオみたいに変身できればいいが、あいにくオレは彼と変身はできない。今じゃフーディンたちにも引けを取らない絆があるはずなのに、皮肉なリアルだぜまったく……。ま、落ち込んでも仕方ないし、今オレにできることをやるだけだ。てなわけで、さっさと仕事にかかるとしますか。 「泥棒ー!」 What? いったい何事だ。突然響いた怒号にオレは耳をピンとたたせ、ボイスの位置を特定しようと試みる。周囲を見回しても怒号に反応し、キョロキョロと辺りを見回す人ばかりでボイスの主と思われる者は見当たらない。 となると、角で死角になっていて見えてないわけか。そう考えたオレは通りの角を抜け、首を前に突き出して別の通りを覗きこむ。と、その時だ。ブラウンの小さな何かがハイスピードで突っ込んでくるじゃないか! Wait wait! No~!! 「いたたたた……お兄さん、お願い助けて!」 「&ruby(オレが君のお兄さん){I am your brother};!?」 「この野良ポケモンめ、もう逃がさんぞ!」 オレに突っ込んできたのはイーブイというレアなポケモンだ。昔見たことはあるが、このホウエン地方で見かけるのは珍しい。声の調子からたぶんガールだろう。って、クールに分析してる場合じゃなーい! いつの間にか彼女を追ってきたオッサンに紐でぐるぐる巻きにされてるじゃないか! あのイーブイも捕まったみたいで、耳を垂らしてすっかり落ち込んでいる。一方のオッサンはと言うと、息を切らしながらも満足げな表情で"泥棒め、まいったか"を連呼中。その様子から察するに、どうやらこのイーブイが盗みを働いたらしいな。 まさか先客がいて、しかも巻きこまれるとはついてないぜまったく……。良い子は泥棒なんてするもんじゃないぜ。まあオレはまだ何もしてないんだし、ここは許しを請うとするか。 「Hey! ユーのピカピカ頭イケてるな。その光みたいにここは寛大に……って、No~! Wait wait! 暴力反対!」 「なんだこいつ、喋るのか!? 泥棒グラエナのくせに生意気だな。ウチのピカチュウちゃんみたいに可愛げがあればいいものを」 せっかく特別にテレパシーを使ってやったのに、生意気だなんて失礼しちゃうぜまったく。あんたのピカチュウちゃんはキュートかもしれないが、あんたみたいな頭だけピカチュウちゃんはナンセンスだぜ。というツッコミを入れるのはハートの中だけにしておくか。得意の"かみなり"を落とされちゃ敵わないからな。 さて、このまま紐で引きずられて警察署になんか連れていかれていられないし、どうやって逃げ出そうか。こういう時は協力プレイが大事なんだが、あいにく一緒に捕まったイーブイは今にも泣きだしそうな顔で役に立ちそうもない。捕まるようなことをするなら、それなりの覚悟でやってほしいんだけど…… ま、こういうのが初めてで慣れていないんだろう。こんな子が盗みを働くあたり、何か事情があったのかもしれない。大きなお世話かもしれないが、その気があるなら連れだしてやらなくもないし、ここは一度話しかけてみるとするか。 「Hey! オレは何もしてないからさっさとおさらばするが、君はこのあとどうするんだ? その気があるなら一緒に逃げようぜ」 「あの……その……すみません……。ママとはぐれてお腹が空いてその……すみません……」 なんだなんだ? この子全然オレの話を聞いてないじゃないか。そんないきなり謝られてもなぁ。オレは捕まるのなんて今回が初めてじゃないし、こんなオッサンに捕まっても何とも思ってないんだが……。どうやら迷子で困っているみたいだし、ここはそれを信じて助けてやるとするか。 そう考えていると、オッサンがいぶかしげな顔つきでしゃがみ込みオレの表情を覗きこんできた。今の会話はテレパシーを使わないものだったから彼には理解できてないはずだが、それがかえって何か企んでいるような怪しさを醸し出したのだろう。察しはいいが、残念ながらあんたの行動はオレの狙いどおりさ。 オレが何か企んでいるように見えた彼は、ぶつぶつと文句を言いながらオレの両頬を右へと左へと引っ張ってくる。当然痛みは走るが、このくらいは我慢だ。そんなことより今がチャンス。お仕置きでもしているつもりなのだろう、彼は頬を引っ張るのに夢中だが、これによってオレたちを縛っている紐への注意が逸れている。この機会を逃すわけがない。 オレは頬を引っ張られた恨みも込め、オッサンに対し渾身の頭突きを繰り出す。鈍い音と共にオレの頭にも痛みが走るが、唐突にやられた相手のほうがダメージは大きいはずだ。そして彼は痛みで頭を押さえるのと同時に、紐を手にした力を緩めた。わずかに体を震わせることでそれを確認したオレは、すかさずイーブイに巻き付く紐を噛み千切り、背中に飛び乗るよう促す。 「あの……すみません……」 「いいから早く! 急いでくれ!」 まったく、マイペースというかなんというか……。彼女がのんびりしているせいで、街の奴らが何事かと集まってきたじゃないか。このままでは逃げられると判断したのだろう。オッサンはオレたちを指差し、野次馬に向けて泥棒だから捕まえてくれと声を張り上げる。 これじゃ追っ手が増えそうだ。もっとも、オレはそんなこと気にしちゃいないけどな。参加者が多いほうがスリルな鬼ごっこになるだろ? くぅ~あの頃を思い出すぜ。よし、ようやくイーブイがオレの背中に乗ったみたいだし、ゲームスタートといこうか。まずは坂道を下り、そこからは適当に行けば仲間のとこに戻れるはず。さて、お前らは『風のレグール』様についてこられるかな? OK! &ruby(さあ、いくぞ){Here we go};! '''全力で駆けだすのさ 希望を胸に&ruby(虹に向かうんだ){I head to the rainbow};''' '''風に乗って走り出せば 不可能は&ruby(ない){Nothing};. &ruby(オレたちはやればできる){We can do it};''' '''ためらいなんて&ruby(いらないぜ){No thank you};''' '''やってみなきゃ何も&ruby(分からない){You don't understand};''' '''その手に掴め&ruby(無限の自由){Unlimited freedom};''' '''自由はかけがえのない&ruby(宝物){Treasure};さ''' '''&ruby(王冠){Crown};も &ruby(金貨){Gold};も 自由に勝る価値はない''' '''さあ自由を武器に前に進もうぜ!''' 地を蹴って飛び出した時のこの躍動感。疾走により生まれた熱が心も体もヒートアップさせ、されど肌を撫で、毛をなびかせるひんやりと冷たい風が熱をほどよくクールダウンさせてくれる。やっぱ全力疾走はたまらないぜ! 坂を駆け下るなんてあっという間だな。 だが、下り終えたところで一度立ち止まり、首を回して背中を確認すると、イーブイが息を荒げながら白目を剥き出しにしていた。あちゃー、ちょっと速く走り過ぎたかな? 体格から乗せられると判断したけど、オレや彼女のような四足歩行で動く体はその作り上あまり何かに掴まるのが得意じゃないからな。噛みついてOKなら話は別だが、さすがに彼女は遠慮したんだろう。 その配慮はありがたいが、あいにくここで立ち止まるわけにはいかない。坂を下る間にも街の人には奇異な目で見られたし、少数だが何台かパトカーにも遭遇している。警察がオレたちを追っているのは間違いない。結果的に何も盗めていないため規模は大きくないだろうけど、追っ手の存在が確実にある以上この先何が待ち受けているか分からないな。気を引き締めていこう。 と、そう思っていた矢先だ。一瞬青白い閃光が眼前を走り、直後体に痺れるような痛みが走る。"でんじは"の技だ。と言うことは……。爽快感に浸っていた先程の様子から目を一変させ、剣の切っ先の如く鋭い目つきで周囲を睨みつける。するとそこには、稲妻を連想させる黄色の尖った鬣が特徴的ポケモン――ライボルトが三匹もいるではないか。既に先回りされていたのか。 「いかに小さな悪行でも見逃すわけにはいかない。我らボルトーズからは逃れられんぞ」 やれやれ、正義の味方ボルトーズってか。まんますぎてセンスナッシングなチーム名だぜ。いったい誰を相手に"逃れられんぞ"なんて言ってるんだ? "ねごと"のわざマシンは確か生産中止になったはずだぜ? 現場に出てくるより、図書館でも行って勉強し直すんだな。 と、オレが内心フール扱いするもんだから、それが表情に出ちゃってたのかもな。ボルトーズは歯を食いしばって怒りを露わにしている。オレってそんなに顔に出やすいタイプだっけか? 奴らは前足を軽く曲げた姿勢で鬣に青白い電気エネルギーを集中させ、いつでも電撃を放つことができる体勢を取り出した。あのエネルギーの色……おそらく奴らが使うのは"ほうでん"と言う技だ。なるほど、あんまりフール扱いするのもよくないかもな。と言うのも、彼らは"ひらいしん"という特性を持っていることがある。その効果で拡散する電撃である"ほうでん"を受け、自らの特殊攻撃力を上げようってわけだ。敵に対する攻撃と自らの強化を同時に行おうというのだから、なかなかに良いコンビネーションだろう。 だが、オレの風は電撃にも負けないスピードなんだ。あまく見られては困る。そもそも、奴らは致命的なミスを犯していることに気付いていない。そのミスとは…… 「電撃が来るぞ。しっかり掴まってろよ」 「は、はいぃぃ……すみません……」 雷光が周囲にくっきりと明暗を分け、青き閃光となって襲いかかってきた次の瞬間、奴らの視界からオレの姿は消えていた。もちろん"テレポート"みたいな瞬間移動技を使ったわけじゃない。オレの足が速すぎて奴らは何も気付いていないのさ。 強力な電撃でオレたちが一瞬で黒焦げにでもなったと思ったのか、奴らはすぐに電撃をやめる。しかし、そこにあるのは焦げて煙を上げるアスファルトのみ。まったく、お間抜けな奴らだぜ。先制攻撃として仕掛けたつもりの"でんじは"が、オレの特性"はやあし"を発動させていることに気付かないなんてな。 「お手伝いサンキュー。ご褒美はまた今度な。Bye!」 悪いが一度に三匹ともデートはできないんだ。またの機会に相手をしてやるさ。ふさふさの尻尾を揺らしながら上機嫌な声で別れの挨拶をし、オレたちはいとも容易く追っ手を振り切った。 ふぅ、ボルトーズのおかげでMAXスピードが出たし、あっという間に郊外に出られたな。イーブイはと言うと……ゲゲ、気絶してるー! 「Hey! しっかりしてくれよ。もう逃げ切ったから大丈夫だぜ」 脚を曲げて伏せ、彼女を背中から下ろして後、前足で頭をつつきながら声をかけると、彼女は瞼を重力に逆らって開き、弱々しい表情でこちらを一瞥する。そしてすぐにその視線は地面へと落ち、彼女はこう呟いた。 「えっと、その……お昼寝しちゃって……すみません……」 ぜってー嘘だろうが! 普通に気絶してただろ! と顔だけでツッコミを入れるも、彼女は俯いているのであしからず。気絶していたにしろ寝ていたにしろ、考えてみればちゃんとオレの背に掴まっていたんだしどうでもいいんだけどな。それにしても寝ながらにして背中を掴んでいたとは……これは生存本能ってやつか? 彼女のちょっとした能力に驚きつつ、オレは仲間の下に戻るべく歩みを進めようとする。その時だ。草むらから薄紫色の毛を持つ細身の体が特徴的なエーフィと、そのトレーナーと思われる女が現れた。まさか、新手がきたか!? 「ママ!」 え、ママ!? とっさに身構えたところに聞こえてきたのはイーブイの思いもかけぬ一言。迷子になって親と逸れてしまったとは聞いていたが、まさかこのエーフィが彼女の母親だったとは…… エーフィの脇腹に頭をこすりつけて甘えるイーブイの姿は幸せそのものだ。よかったな。そう小さく呟くと、オレは仲間の下へ戻るべく黙ってその場を去ることにした。思いがけないアクシデントに見舞われ、結果的に目的は果たせなかったけど……まあいいか。ツバサたちならきっと許してくれるはず。別の機会に汚名返上といこう。 「お兄さん、ありがとう!」 その時、後方からイーブイの声が耳に届いた。オレはふと口元に笑みを浮かべると、一層足の力を強め駆けるスピードを上げた。 しばらく歩みを進めると、木を背もたれに座り込んでいるツバサの姿が見えてきた。その姿を見ると、忘れかけていた空腹が蘇る。うう、I'm hungry. さて、まずは手ぶらで戻ったことを謝らないと。期待させるようなことを言って飛び出した手前、いざ謝る時になると先程許してもらえると思っていたことが浅はかな考えに思えてくる。 「ツバサ、I'm sorry. 食べ物は手に入らなかったんだ……」 重い足取りで近づき、俯きながら謝罪する。本当は目を見て謝るべきなのだろうが、あいにく今のオレには難しい。 「おかえり、グラエナ。食い物のことなら気にすんな。腹減っただろ? ほら、これ食えよ」 「Why? 食料なんてなかったはずじゃ……」 ツバサがリュックから取りだしたのは、ポケモンフーズのチョコレート味とリンゴ味だ。それを見たオレが目を丸くし、マメパトが豆鉄砲をくらったような表情を浮かべるのを見て、ツバサは手を叩きながら大袈裟なまでに笑いだす。彼がとりあえず話はあとだということで食事を勧めるので、オレはありがたく頂くことにした。 チョコレートとリンゴという組み合わせは個人的にややミスマッチだが、濃厚な甘みの中にアクセントとしてわずかに苦味もあるチョコレート味と、すっきりした味わいが魅力的なリンゴ味は、単体で見ればどちらもなかなか好印象だ。と、一つ一つ噛みしめながらその味を堪能していると、ツバサはよかったよかったとでも言うかのような穏やかな表情を浮かべ、何故食べ物がここにあるかを説明してくれた。 その答えは至って単純なもので、エーフィを連れた心優しいトレーナーが、ツバサたちの様子を見て気前よく持っている食料の大半を譲ってくれたのだという。エーフィを連れたトレーナー……か。え、それってもしやさっきの……!? 偶然と言うべきか何と言うべきか、オレが助けたイーブイの親とトレーナーがツバサたちを助けたというわけだ。やっぱり人助けはするもんだな。思いがけない縁を感じたオレは腹と同時に心も満たされ、今日の出会いに無言の感謝を述べた。 こうして態勢を整えたオレたちは、再び北東の港町を目指して旅を再開する。次の町までの道のりは相変わらずと言うべきか自然豊かな道で、左右には木々がグリーンのリーフを茂らせている。ケムッソやオレの進化前の形態であるポチエナの姿が見えることから、この辺りはポケモンたちには棲みやすい環境なのだろう。 そんな豊かな自然環境についてツバサと二人語らいながら歩みを進めていると、突然ポケモンたちが耳や触角を立て、何かに怯えるようにして慌てて草むらへと逃げていく。 いったい何事かといぶかしげな表情をするツバサを一瞥し、オレはポケモンたちが逃げ出した理由を探るべく神経を研ぎ澄ませる。すると聞こえてきた風の音。地面から唸るように響く足音。そして迫りくる身の毛のよだつ確かな殺気…… 「伏せろ!」 あらん限りの声を張り上げ、オレたちは地面に寝そべるように伏せると、その頭上には風を切り裂きながら走り去る生き物の姿が。硬直したように曲がりを知らないストレートなボディと、茶色が混じったベージュの毛が特徴的なポケモン。ま、まさかこいつは……!? 「チッ、かわされたか。相変わらずすばしこいわねレグール」 「『風のレグール』あなたを窃盗の容疑で逮捕します!」 現れたのは青っぽい警察の制服と帽子を身に着けた短い茶髪の女だ。ご丁寧に警察手帳を見せている。そして先程頭上を過ぎ去ったのはマッスグマというポケモン。奴が使ったのはおそらく"しんそく"という技。まさかそんな強力な技をラーニングしていたとは…… ツバサは女が警察官であることに一瞬驚きを見せるも、俯き、拳を握りしめてからその目を矢の如く尖らせる。首に巻いたマフラーを取り去り、それを額へとつけて頭に巻きつける。マフラーを手にした時、最初にそうしたのと同じようにハチマキのように身に着けたのだ。 「お前もあいつらの仲間か? てめえなんかにこいつは渡さねえ!」 前にレイカたちが言っていたことと、眼前の女の言葉が重なって聞こえたのだろう。初対面から自身や仲間を悪者扱いしてくる奴らに嫌気がさしたというわけだ。 そして首にかけた変身アイテムの一つ、サイコペンダントを握りしめると、眩い白光に包まれ、彼の姿はフーディンのそれと入れ替わる。 「最強ヒーロー、オレ、見参! 見た感じただの雑魚だが、仲間に仇なす奴は容赦しねえ!」 得意の"サイコカッター"を使用することで、手にした二つのスプーンをビーム状の刀身を持つ剣へと変形。一瞬姿勢を落として刃にサイコエネルギーをためると、刀身は薄紫色から明るいレモン色へと変化した。それを交差させるように一振りし、マッスグマに向けて湾曲した斬撃を放つ。 それに対しマッスグマは、動かずして足元の砂を僅かに弾き始める。"しんそく"により脚部に小さな風の渦をまとっているのだろう。そして無駄のない回避をするべく、斬撃をギリギリまで引きつけてからサイドステップを踏む。直後、斬撃が当たったことで地面からは砂煙が舞い上がった。 「くっ……何故"サイコカッター"に追尾性能が……!?」 「うっし、上手くいったぜ。お前なんて技の練習相手にしてやる」 "しんそく"を使って攻撃を回避したはずのマッスグマ。しかし、奴のストレートな毛並みは乱れ、そのボディには×印の傷ができていた。それは、"サイコカッター"が命中したことを示唆している。 前にユキメノコと戦った時にもフーディンは敵の特殊能力をコピーするかのように技の二つ同時使用をラーニングしていたが、技の追尾性能と言えばその後に戦ったドレディアの特殊能力だ。まさか、それぞれたった一度の戦いで、二つの特殊能力をラーニングしたというのか……。変身により本来不可能なことを実現しているだろうが、彼のラーニング能力は極めて高いものと言えるだろう。その類稀なる戦闘センスに驚いていると、変身の仕組みとは何なのかが気にかかる。それを考えているうちにオレの頭は自然とサイコペンダントを思い浮かべていた。 「マッスグマ、ここはいったん退きましょう」 「レグール、これで終わりと思うなよ。貴様だけはこの私が捕まえてやる!」 フーディンの強さに恐れをなした奴らは、悪態をつきながらどこかへと去って行った。それを確認すると、彼は変身を解き、またそれぞれの体に戻る。 「なあグラエナ。あいつ、お前のことレグールって言ってたな。奴らは何者なんだ?」 「あ、ああ。あれは実は厄介な幼馴染で、オレを無理矢理許婚扱いしてくるんだ。レグールってのはあだ名みたいなものさ」 野生では同じ種族で群れを作って暮らすポケモンが多く、その中で個々を呼びやすいよう親しい間柄の者同士では種族名とは異なる名前を付け、それで呼び合うことがある。それはオレだけでなく、他の仲間も何らかのあだ名のような名前を持っているはずだ。 そのように説明すると、ツバサは感心するように頷き納得してくれた。そしてオレの目の前まで迫り、腰を下ろして目線を合わせると、無邪気な笑顔を浮かべながらオレの頭をくしゃくしゃに撫で始める。 「また訳分かんねえ奴が来たらオレがぶっ飛ばしてやるからな。今日は食べ物探しに行ってくれてありがとう」 彼のその言葉が、笑顔が、ぬくもりが、オレの胸を熱くする。おっと、こんなところで泣いたらまずいまずい。感謝と罪悪、まったく異なる二つの感情が渦巻く中、オレは目頭が熱くなるのを抑え、笑顔で礼を述べた。 風はあらゆる地を駆けていく。そこに留まってはいられないものだ。オレもまたあらゆる意味で転々としているが、今はここに留まっていたいと強く願う。この大切な仲間を失いたくはない。その存在こそ、かけがえのない宝なのだから…… 「おい、なんだよあれ!」 旅を再開ししばらく歩き続けると、フーディンが藪から棒に声を張り上げる。オレの身長は彼のそれと大差がないため耳元で声が響く形となってしまったオレは、眉間にしわを寄せた不機嫌な表情を浮かべながら、彼の顔を一瞥する。 次いで彼の視線を追い、いったい何を見つけたのか探ると、そこには木々に隠れて光源が見えないが、青白い光が青空に向けて立ち上っているという摩訶不思議な光景があった。空と色が類似しているために確認しづらいが、それでもその方向に目を向ければすぐに気付くことは、それが強烈な光であることを意味している。 「Hey! 早く向かおうぜ!」 そう言って駆けだすグラエナを追うようにフーディンもまた走り出す。オレも遅れるわけにはいかないな。 青白い光と言えばゾーンの放つ光。見る者を魅了するその光は、その美しい外観とは裏腹に恐るべき性質を持つ。そのゾーンと戦うのがオレの使命だ。眼前に広がる光景にただならぬ恐怖を感じたオレは、まるで最初からそうするつもりだったかのように旅の進路を変更した。 ---- [[ポケットモンスタークロススピリット 第20話「湧き上がる謎」]] ---- ''あとがき'' 今回はグラエナのちょっとした冒険のようなお話でした。グラエナと言うと、英語を混ぜた口調や冗談の多いキャラクターですが、彼を一人称の主観として書いたのは初めてなので、彼らしい見方を皆さんに楽しんでいただければと思います。 途中で文字のフォントが変わっている部分は前にも挑戦しましたキャラソンの歌詞となっています。グラエナらしいものにするために英語を入れたのですが、ほとんど翻訳を使っているので英語が詳しい方にはツッコミどころ満載かもしれません。何卒ご容赦を(苦笑) 今回はグラエナのお話でしたが、準主人公キャラが中心となるお話は今後も入れていく予定ですので、ツバサとフーディンとルカリオにも負けない彼らの活躍を楽しみにしていただけると嬉しいです。 ここまで読んでくださりありがとうございました。 よろしければ誤字脱字の報告や、感想、アドバイスを頂きたいです。 #pcomment(above)