ポケモン小説wiki
ポケットモンスタークロススピリット 第18話「きあいのハチマキ」 の変更点


&size(20){''ポケットモンスタークロススピリット''};
作者 [[クロス]]
まとめページは[[こちら>ポケットモンスタークロススピリット]]
キャラクター紹介ページは[[こちら>ポケットモンスタークロススピリット キャラクター紹介]]

 ポケットモンスタークロススピリット、[[前回>ポケットモンスタークロススピリット 第17話「黒き魔導士と赤い閃光」]]までは……

 新たな宝石を求め、シンオウ地方を目指し旅を続ける一行。旅の途中、助けを求める声を聞きつけたエネコロロは単独で雪山へと向かっていってしまう。
 あとを追いかけてやってきたツバサたちは、一匹の幼いロコンが氷タイプのゾーンポケモンに囲まれている現場を目撃する。ロコンを助けるべくすぐさま動き出すツバサたち。
 しかし、これまでの疲労とロコンを守りながら戦うというハンデにより、絶体絶命のピンチを迎えてしまう。
 その時、そこへ現れたのは謎の人物クロナ、そしてグレイグ。これまでにない特異な変身方法を行った彼らは、それぞれムウマージとハッサムに変身。
 果たして彼らは何者なのか。そしてその実力とは……

第18話 「きあいのハチマキ」


 ムウマージとハッサムはゾーンポケモンを挟む形で立ち、変身の直前に変色した不気味な青白い瞳を矢の如く尖らせ彼らに向けていた。
 対するゾーンポケモンは、邪魔に入った二体を始末すべく技を放つ体勢に入っていた。集団の共通点が氷タイプであることから、やはり放つ技は"れいとうビーム"。口元に雪のような純白のエネルギーを結集させ、一斉攻撃を仕掛ける考えだ。
 しかし、たった二体で集団相手に立ち向かうほど腕に自信のある彼らに力押しの戦法など通じるはずもない。ハッサムははさみのような両手を胸の前で交差させると"ぎんいろのかぜ"を巻き起こし、敵の体勢を崩していく。強風によりある者は身を屈め、またある者は凍てつく冷たさを持つ雪の積もった地面に手をつけ、眉間にしわを寄せて瞼を閉じる寸前まで下ろし、溜めたエネルギーの塊が崩壊しないよう必死にこらえている。ハッサムが腕を交差させたのは一度であり、しばらく耐え凌げば攻撃準備を再開できると考えているのだ。
 ところがどうしたことか。彼らの予想とは裏腹に"ぎんいろのかぜ"はまったく止む気配がない。それもそのはず、ハッサムの反対側にいたムウマージが"サイコキネシス"を使用し、"ぎんいろのかぜ"の渦を作ることで持続的な攻撃を行っているのだ。それを戦場から少し離れた位置にいるツバサは、唖然とした様子で見守っていた。

「す、すごい……。こんな技の使い方が……」

「たった一度でこれほどまでの威力を保つ"ぎんいろのかぜ"。そしてその"ぎんいろのかぜ"を完璧に操る"サイコキネシス"。これほどの力を持つとは、なんという奴らだ……」

 ムウマージ、ハッサムの驚くべきコンビネーションに圧倒させられていたのはツバサだけではない。その傍らで共に戦いを見ていたルカリオは冷静に彼らの力を分析しつつも、自分たちとは桁違いとも言うべきその戦闘力に恐怖さえ感じていた。万が一彼らが敵として立ちはだかれば、現状こちらに勝ち目はない。突如現れたばかりでどこまで信用してよいか分からない、まさに謎と言うよりない存在である彼らの度肝を抜く力を見せつけられたルカリオの脳内では、このような脅威に対抗するには今後どのようにすべきか、その対抗策とも言うべき案がまるでクモの巣のように張り巡らされていた。



 所戻って戦場では、未だ収まる気配のない"ぎんいろのかぜ"の渦にゾーンポケモンは成す術なく、ひたすらこらえ続けるしかなかった。それに対しハッサムは渦に向かって直進を開始。そのスピードはまさに疾風の如きもので、足跡の残りやすい雪山というフィールドであるにも関わらず、その軌道上には彼の足跡はほとんど残っていない。
 そんなハッサムの俊敏な動きに戸惑いを見せることもなく、ムウマージは彼が渦に触れる寸前で"サイコキネシス"の使用を停止する。これによってコントロールを失った"ぎんいろのかぜ"は技としての効力を失い、白銀の雪に冷却された空気と同化していく。
 それを待っていたとでも言うように、ハッサムの体に変化が生じる。彼の体色が周囲に溶け込むように変化し、まるで透明になったかのようにその姿を暗ましたのだ。ポケモンの技にこのような技はなく、ましてハッサムは種族上一部のポケモンが生まれつき備える擬態能力や透明化して姿を隠すような能力は持ち合わせていない。それにも関わらず、このような摩訶不思議な能力を使う彼の姿を目の当たりにし、ツバサとルカリオはますます肝を冷やす。

「斬!」

 そうしたのも束の間、刹那ハッサムは渋い一声と共にゾーンポケモンの集団からその身を離し、もともと彼がいた場所の反対側にいたムウマージの傍らに透明化から元に戻った姿で両腕を交差させ片膝をついた姿勢で静止していた。直後ゾーンポケモンはそこにいた者すべてがうめき声すらあげることなく倒れ伏す。
 さながらホラー映画の如き不気味な光景にツバサが背筋を震わすのに対し、ルカリオはと言うと、ハッサムが透明化した理由に対し答えを見出せずにいるものの、彼が"シザークロス"の技を使い、たった一撃でゾーンポケモンを一掃したことを見抜いていた。
 そんな彼らに目をやることもせず、ムウマージがゾーンポケモンの下へ寄っていく。そして彼女が何かの呪文のように聞こえる言葉を唱えると、ゾーンに汚染されていたポケモンから青白い気のようなものが立ち込め、それは彼女の胸の赤い宝石のようなものに吸い込まれていく。
 その彼女の様子を見たハッサムは、つい先程の戦闘時の冷静さが嘘のように、軽く飛び上がるという大げさなまでの驚きを見せ慌てて彼女に歩み寄る。そして彼は両腕を前に突き出し、ムウマージと同じように汚染されていたポケモンから立ち込める青白い気のような何かを吸収していく。
 それから二分ほど経つと気のようなものが立ち込めることはなくなり、彼らは安堵の息を漏らすとゆっくりと目を閉じる。そして全身を黒一色に染めると同時に、トレーナーであるクロナとグレイグへとその形を変える。敵の全滅という目的を達成したため変身を解いたのだ。
 クロナとグレイグは再び姿を暗ませたパートナーにそれぞれ労いの言葉をかけると、腰につけていたベルトから漆黒のカードを抜き取る。すると、カードはまるで砂のように細かく砕け散り消滅。そしてベルトを外すと、彼らの瞳の色は元の黒いそれへと戻るのだった。



「あ、ありがとう……」

 戦いを終え、ツバサの下に歩み寄るクロナたち。その圧倒的な戦闘力を目の当たりにした恐怖でぎこちなくなりつつも、見ず知らずの彼らに命を助けてもらったことに感謝し笑みを浮かべて礼を述べるツバサ。戦いのダメージですぐに立ちあがることができない彼の姿を見、クロナは腰を下ろして彼の正面に座る。
 刹那、鞭を打ちつけたかのような甲高い音が鳴ったかと思うと、ツバサの左頬に激痛が走り、その視線は彼女から外れていた。クロナが彼の頬を平手で打ちつけたのだ。その藪から棒な彼女の行動に、ルカリオはもちろん、氷漬けの状態から回復しないヘルガーを心配し続けているエネコロロも驚愕の表情を浮かべる。

「変身能力を持っていながらこの程度か。貴様、この戦いを何だと思っている? 半端な覚悟で戦うなら邪魔だ。失せろ!」

 表情は至って普通。むしろ無表情とも言うべきか。声音の調子だけを変えたクロナの毒矢の如き言の葉がツバサの胸に刺さる。初対面の者にここまでされて黙っていられるだろうか。しかし、彼は言うに言い返せずにいた。頬を打たれ、外れた視線の先に止まったのは氷漬けにされたヘルガーと、傷つき意識を失ったロコンの姿。それを見て、ツバサは彼女が自分を打った意味を悟ったのだ。
 それは変身能力を持つものとして、大切な仲間を守るくらいの力を持つのは当然ということ。連戦状態だったことなど、仲間を守れなかった理由にはならない。しかし、彼としては己の持てる全力を尽くして戦っている。決して気を抜いていたわけではない。
 守るべき者を守りたい。だが、これ以上力が出ない。しかし守らなければならない。この思考がループを繰り返し、あたかも脱出不可能の迷宮の如く彼を閉じ込め苦しめる。葛藤に葛藤を重ね、ただひたすらにあがこうとする彼に追い打ちをかけるかのように、凍てつく寒風は容赦なく吹きつけていた。

「もうここに用はない。いくぞ」

 美しい黒髪を風になびかせながら、感情を表に出さない冷たい表情のまま立ち去るクロナ。ツバサのことなど気にもかけず、まるでなびく黒髪に手招きされたかのように彼女を追うグレイグ。彼らが歩みを進めた直後、その1メートルほど後方の地面から先程彼らと変身して戦ったムウマージとハッサムが現れる。閉ざされた環境ゆえにほとんど影などできないが、彼らの現れ方はまるでトレーナーの影から飛び出したかのようだ。
 クロナの指摘ですっかり俯いたまま動かなくなってしまったツバサに対し、ムウマージは視線を落とした気弱な表情で口を開く。

「あの、ごめんなさい。クロナに悪気はないんです。許してあげてください。お詫びにそこのヘルガーさんの氷を溶かしますので……。本当にごめんなさい……」

 トレーナーとは似ても似つかず、高い戦闘力を持ちながら腰の低いムウマージ。パートナーだけに、クロナと長く行動を共にしている彼女にとってこのような事態に遭遇することは一度や二度ではないのだろう。謝ることにも慣れているのか、顔を上げないツバサに対し平謝りを繰り返す。
 それでも彼が顔を上げる様子がないので、彼女は深々と一礼するとヘルガーの下へ寄っていく。そしてその傍にいたエネコロロにもまた一礼すると、戦闘終了直前にも見せた呪文を唱えるような不思議な声を漏らし、胸の赤い宝石のような部分から複数の青白い炎の塊を繰り出す。さながらホラー映画に出てくる人魂のようなそれは、相手を火傷状態にする "おにび"という技だ。
 これを見たエネコロロはその不気味さに顔をしかめ、後ずさりしてヘルガーの下から退く。そして青白い炎は宙に浮きながらヘルガーの周囲を取り囲み、一瞬静止したかと思うと一斉に彼へと飛びかかる。すると、瞬く間に彼を覆う氷は一瞬で蒸気となりその形を失う。これは昇華という現象だ。この現象を起こすには大きなエネルギーがいることから、今起きたことはムウマージの秘めたる力の大きさを証明していると言えるだろう。その様子を見、ふっと鼻で笑ったハッサムが口を開く。

「あとは安静にしていれば回復するだろう。それと、あそこで倒れているポケモンたちだが、あの者たちは放っておいて構わぬ。直に回復する」

 このハッサムの言葉を受け、ルカリオはその理由を尋ねることに。というのも、ゾーンポケモンは本来撃破後に傷の治療を行う必要がある。通常ゾーンポケモンと呼ばれるものは汚染を受けて自我を失っただけであり、あくまで肉体はポケモンそのものだ。それ故、汚染から解放するために必要な戦闘は避けられないが、必要以上に傷つけることは避けなければならない。まだゾーンの情報が少ない現在において、命に関わる最低限の掟として戦闘後の治療を怠ってはならないのだ。

「拙者らはここで失礼しよう。さらばだ」

 確かにルカリオの問いは聞こえていたはずのハッサムだが、彼が投げかけられたその疑問に応えることはなく、はさみのような腕に隠し持っていた煙玉を地面へ放ると仲間のムウマージ共々消え去ってしまった。

「げほっげほっ……ったく、何なのよあのかっこつけた奴は……」

 煙にむせながらハッサムを罵るエネコロロ。ルカリオはと言うと、彼らが去って行った方角をじっと見つめるもすぐに首を振って気を取り直し、未だ座り込んだままのツバサにそっと手を差し伸べる。しかし、ツバサがその手を取ることはなく、彼は表情が伺えぬほど俯いたままゆっくりと口を開く。

「ごめん……。あとはオレがなんとかするから……」

 その声は……震えていた。まだ彼がポケモン界へやってきたばかりの時、ルカリオはフーディンと共に彼のだらしなさを叱ったことがある。"お前にとってこの戦いはただの遊びでしかないのか"と。先程クロナに叩きつけられた言葉はまさにこれと同義だった。
 己の未熟さを身を以て知り、心を入れ替えて頑張ってきたツバサ。しかし、こうしてまた同じことを繰り返してしまう現実。努力とは裏腹に突きつきつけられる厳しい現実が、彼の心を傷つけ、苦しめている。それが分かっていてもどうしようもないルカリオは、もどかしい気持ちで彼を見つめ、拳を震わせるしかなかった。





 その後一行はロコンともども場所を移動し、偶然見つけた洞穴で一晩を過ごすことにした。運よく洞穴を見つけられたはいいが、こんな時こそ頼りになるヘルガーはまだ目を覚ましておらず火の気がない。始めはまだ戦闘から回復しきっていないメガニウムを頼りに、彼女が種族上持つ癒しの力でヘルガーが目を覚ますのを待っていたが、結局ヘルガーが目覚める前にメガニウムが限界を迎えてしまう。草タイプである彼女は寒さに弱いのだ。やむを得ず彼女をボールの中で休ませ、ヘルガーもまたボールに入れて回復を待つことに。こうしてついにはツバサとロコンだけとなってしまい、火の気のない闇に包まれた空間で彼はロコンに声をかけながらその背をさすり続けていた。

「ごめんな。オレがもっと強ければこんなことにならずに済んだのに……」

 弱々しい覇気のない声で謝罪するツバサ。体格の小ささからからまだ幼いであろうと推測されるロコンがゾーンの脅威にさらされ、それを眼前に捉えながら何もできなかった自分が許せない。ただでさえそう感じていたところに、突然現れた見ず知らずの者にかつて自分の愚かさを叱ったときの仲間を彷彿とさせる言葉を投げられ、本当は今でも仲間が自分の弱さに不満を抱いているのではないかという疑念さえ浮かんでしまう。
 これでは駄目だと己に言い聞かせ、ロコンを温めることに専念しようとする。ところが、ほとんど何も見えない闇に包まれ、さらには寝ることもできないとなると心はストレスを感じて落ち込んでくるというもの。会話の相手もおらず、黙々とロコンの背をさすり続けるのにも疲れふと手が止まると、あたかもその場に本人がいるかのように今日の出来事のフラッシュバック現象が起こる。

「変身能力を持っていながらこの程度か。貴様、この戦いを何だと思っている? 半端な覚悟で戦うなら邪魔だ。失せろ!」

「黙れ!」

 まるで闇の誘惑のように胸の中で響き続けるクロナの言葉を、ツバサの叫び声が打ち破る。やがてその声が闇に消えていくと、洞内は何事もなかったかのように静けさを取り戻す。
 自分もまた疲労が重なっており、もはや体力の限界を迎えていると悟ったツバサは、本人は気付いていないが山の入口でクロナたちから譲り受けた防寒着を脱ぎ、それを毛布代わりにそっとロコンへかけると、疲労に押し潰されるように横になり、睡魔へ誘われるように眠りについてしまった。





 まさか……寝ちゃったのかな? 知らない人と話すの怖いから少しの間寝たふりをしてたんだけど……。わたしは口から小さな炎を出して周りを明るくすると、さっきまでわたしをさすってくれていたお兄ちゃんが寝ているのを見つける。こんなところで寝るのは危ないよ……。そう思ったわたしはそっとそのお兄ちゃんの体を揺すって起こそうとしたけど、体のちっちゃいわたしが揺らしても全然起きてくれない。
 わたしは人間の言葉が話せないけど、大きな声を出せば起きてくれるかな? そう思ったわたしは力いっぱい声を出してみるけどやっぱり起きない。ねえ、起きてってば!
 ……駄目だ、やっぱり起きてくれない。このお兄ちゃんはわたしを守るために戦ってくれたからそれで……。怖いだなんて思わないで、せめてお礼くらい言ったほうがよかったよね。悪い人ならわたしを守ったりなんてしないもん。でも、そう考えてももう遅い。じゃあどうすればいいの? わたしを守るために一生懸命頑張ってくれたお兄ちゃんが危ないのに……

「お願い、誰か助けて!」

 そう叫んだ瞬間、何かが刺さる音がした。思わず背中を震わせちゃうくらいビックリしちゃったけど、いったい何が起きたんだろう? あれ? 外で青白い炎が動いている。興味を引かれたわたしは自分にかかっていた人が着る温かい服を取り払い、六本の尻尾を揺らしながら外へと向かって足を動かす。すると外には、黒い小さな棒みたいなものに串刺しにされた紅色の小さな巾着袋と、同じく真っ黒の長い棒にくくり付けられた長い布があった。いったい誰がこれを置いていったんだろう。
 そう思って辺りを見回すと、やっと見えるか見えないかくらいの距離にさっき見た青白い炎に照らされた一人の人と宙に浮いた何かが去っていくのが見えたんだ。
 もう追いかけられそうもないから行かないけど、きっとこれはあの人たちが置いていってくれたんだよね。わたしは心の中でお礼を言うと、あの人たちがくれた物を調べ始める。布の使い方は分からないから、袋に入ったものを見てみようかな。
 そう思ったわたしが力いっぱい飛び上がって袋を取ろうと手で触れた時、わたしの体は神秘的な白光を放ち始める。え、これってまさか……!?



 洞穴に戻ってきた時には、わたしの体はロコンのそれではなく、黄金色の立派な九尾を持ったキュウコンになっていた。袋の中身、それは炎の石だったんだ。進化して体も大きくなったからこれでお兄ちゃんを温めてあげられるね。わたしにかけてくれてた服を着せてあげたいけど、着せ方がわかんないや。まあいっか。代わりにわたしが服になってあげるからね。
 そう思って仰向けで寝ているお兄ちゃんに覆いかぶさると、上手に尻尾を巻きつけていく。ふわふわで温かいわたしの尻尾。お兄ちゃん、このままぎゅーってしてあげるね。

「ううっ……な、なんだ……温かい……」

「あ、おはよう。お兄ちゃんがわたしを助けてくれたんだよね? 今はそのお礼中だよ」

「え、誰だ……?」

 そっか。真っ暗だから何も見えないんだね。わたしは口から小さな炎を出し、お兄ちゃんに自分の顔を見せてあげた。

「キュウコン!? あ、あれ? それじゃああのロコンは? ってか喋ってる!?」

 そんなに驚かなくても……って、あれ? そう言えばお兄ちゃんわたしの言葉がわかるみたい。お兄ちゃんはポケモンの言葉がわかるのかな? いや、でも驚いてるし……。きっと進化したことでわたしがお兄ちゃんとも喋れるようになったんだね。パパとママも進化してから喋れるようになったって言ってたし。
 最初はお兄ちゃん落ち着かなかったけど、わたしが助けたロコンだと分かってホッとしたみたい。今度はわたしが守ってあげるからゆっくり休んでね。おやすみ、お兄ちゃん。





「ったく、だらしないわね。早く起きなさいよ!」

 うっ……なんだこの嫌な目覚ましは……

「ポケモーニング。昨日はお疲れさん。よく頑張ったな」

 まだ眠い目をこすり、ぼやけた視界を正常に戻すと、そこには頬を膨らませて不機嫌な表情をしたエネコロロと、尻尾を揺らし相変わらずの陽気な笑顔を振りまくグラエナがいた。そうだ、オレは確かロコンを看病してる間に寝ちゃって、しかも途中で起きたらロコンがキュウコンに進化してたんだっけ。あれはたぶん夢じゃないはず。
 とりあえず何故か不機嫌なエネコロロに苦笑いを浮かべながら謝り、オレなりの頑張りを褒めてくれるグラエナにはウインクと共に親指を立て、それ以外の指を握ったポーズ、いわゆるサムズアップで応える。これはオレなりの"これからも頑張るからな"というメッセージを込めてのことだ。
 そんな彼らに導かれるように、オレは防寒着を着て吹雪が襲ってくるであろう極寒の外へと足を踏み出す。ところがそこにはオレの予想を良い意味で裏切った、冷たくも穏やかな風が吹き、朝陽に照らされた美しい白銀の世界が広がっていた。崖から伸びた猛獣の牙のような氷柱は陽光を反射する鏡の如く輝き、冷気によって結晶と化した大気中の水分が陽光を浴びて光り輝くダイヤモンドダストの光景は見る者を圧倒する美しさだ。

「ツバサ、昨日は世話をかけたな。私はもう大丈夫だ」

 聞き慣れた低音ボイスと凛々しい顔立ちでヘルガーが声をかけてきた。普段と何一つ変わりないその様子は、彼が完全に回復したことを証明している。オレは首を振り、次いで笑顔を向けた。それが何を意味しているか、今更言うまでもないだろう。
 と、その時、突然拍子抜けした音がなる。ここで昨晩何も食べていなかったことにオレは気付かされた。つまり今の音は腹の虫が鳴いたというやつだ。ここには食べ物もないし、早いとこ山を下りようか。そう思ったオレはその旨を伝えようと一同を見回すと、一体だけ見慣れないポケモンが混じっていた。昨晩オレを温めてくれたあのキュウコンだ。やっぱり夢じゃなかったんだな。

「先程聞いたが、どうやらゾーンポケモンに誘拐され、親と逸れてしまったそうだ」

「昨日は毛布代わりになってもらったそうじゃないか。礼はきちんとしたほうがいい。このキュウコンを親の下へ連れて行ってやったらどうだ?」

 ルカリオの情報を聞き、次いでキングドラの提案を聞いたオレはそれに従うことに。キュウコンがいなかったら今頃どうなっていたか分からないしな。ところが、ここで一つ問題点が挙がる。通常モンスターボールに入れて連れて歩けるポケモンは六体までで、オレの手持ちの数はすでに六体に達している。ルカリオはと言うと正式にはオレのポケモンではなく、普段はオーラペンダントに入るだけでボールを使用することはない。
 もちろんキュウコンに対応したルカリオのようなペンダントなどあるはずもなく、かと言ってボールもなしに連れて歩くのはいざという時に何かと不都合が生じる。でも、キングドラの言うとおりちゃんとお礼をするのが筋ってもんだよな。うーん……

「何迷ってんだよ。オレはボール使ってねえんだからそれ使えよ」

 と、言葉にせず一人悩んでいたオレに、あたかもその心をすべて見えているかのようにフーディンが解決策を口にする。そうか、彼もまたサイコペンダントをボール代わりに使っていて、使用できるモンスターボールの枠は空いていたのか。オレの正式な手持ちポケモンとして存在する彼だが、その在り方は他の者とは似て非なるもの。それ故すっかり勘違いしてしまっていたが、実際にはキュウコンが入る枠は存在していたというわけだ。

「じゃあ決まりだね。これからよろしくねお兄ちゃん」

「ああ、よろしくなキュウコン。それと、オレはツバサっていうんだ。呼ぶ時はお兄ちゃんじゃなく名前で呼んでくれるか?」

「うん、わかった! それとね、あのね、ツバサが寝ている間にみんなでプレゼント作ったんだよ」

 プレゼント? この雪山に物資などあるはずもなく、それ故オレは今腹をすかしているという有り様だ。そんなこの状況において無邪気な笑顔を振りまきながらプレゼントをくれると言う彼女の姿に、オレは頭に疑問符を浮かべながら首を傾げるばかりだ。
 そうしていると目の前に現れ、首の付け根から若緑のつるを伸ばしてそこにかけた長い布を器用にオレの首へと巻きつける。それは予想以上の長さを持ち、幾重にも巻きつけたにも関わらず、ついには巻きつけきれなくなり腰の辺りまで垂れ下がってしまう。

「ちょっと長過ぎたけど、みんなで作ったマフラーだよ。受け取ってね」

 防寒着を着用したオレにとってやや暑すぎると感じてしまうマフラーだが、ポケモンたちからのプレゼントとあればそれは特別な物。白い布に黒の糸を斜めから巻きつけるように編み込んだそれは、探せばどこかで買えるようなシンプルなものだが、よく見るとところどころに白でも黒でもない毛のようなものが白黒に紛れこむように編まれている。これはポケモンたちの体毛だ。
 それが仲間たちの手作りであることを証明しているが、針もないのにいったいどうやって編んだのだろう。そもそもこの材料はいったいどこから……。そんな疑問が浮かびながらも、オレはあえてそれを口にはしなかった。ここで聞いたらプレゼントを貰って"これいくらの物か"と聞いているようなものだ。夢を持ったまま受け取ることにしよう。
 それにしても貰っておいてなんだけどオレには暑すぎるな。それに、山を下りたらマフラーなんている気温じゃないし。そう思ったオレはおもむろにマフラーを外すと、それを額に巻きつけて後頭部の辺りで縛る。つまるところハチマキのように身に着けたのだ。

「ははっ! お前にはそのほうが似合ってるかもな」

「せっかくのマフラーなのにねぇ。ま、あんたらしいわ」

 フーディン、エネコロロに続き、仲間たちみんながオレの身に着け方を見て声を上げて笑っている。ハチマキにしちゃ背中まで伸びているのがあれだけど、まあこれはこれでいいかな。使い方が作り手の希望とは異なるけど、でも大好きなみんなから貰ったものだから大切にするよ。
 "ありがとう"とだけ言葉にし、心の中ではそれ以上に何度も何度も礼を述べる。それが聞こえているかのように爽やかな笑顔を向けてくれるみんなを見て、オレの心は昨日のことが嘘のように癒されていく。仲間から貰った大切な物、そして自然が見せてくれた奇跡とも言うべき壮大な景色。オレは今というこの至福の時を決して忘れはしないだろう。
 昨日会ったクロナ、グレイグ、奴らが何故オレと同じ変身能力を持っているのかは分からない。だが、助けてもらったとはいえ奴らの言うとおりにするつもりはない。オレは戦い続ける。それがオレの、大切な仲間のためにできることなのだから。





----
[[ポケットモンスタークロススピリット 第19話「風のレグール」]]
----
''あとがき''
今回はクロナ、グレイグの実力の断片と、ツバサの葛藤、及びキュウコン(ロコン)視点のシーンのお話でした。
クロナとグレイグについては前回で初登場、今回はその続きでしたので強いというだけで謎が残る形となりましたが、興味が引かれるようなキャラになっていたでしょうか?再登場が楽しみになるように感じていただければ幸いです。
ツバサの葛藤については、結構久しぶりだったかと思います。度々葛藤は出てきていますが、今回は最近のようなネタ要素はなく、割と序盤に近いタイプの葛藤でした。
キュウコンについては設定が設定だけに非常にシンプルな一人称の文にしました。地の文と同じ要領でやるとどうしても大人なイメージがついてしまうのでこうしましたが、それでもきちんと場の様子が分かる文になっていたらと思います。

ここまで読んでくださりありがとうございました。
よろしければ誤字脱字の報告や、感想、アドバイスを頂きたいです。
#pcomment(above)

トップページ   編集 差分 バックアップ ファイル添付 複製 名前変更 再読み込み   新規作成 ページ一覧 ページ検索 最近更新されたページ   ヘルプ   最終更新のRSS
This site is protected by reCAPTCHA and the Google Privacy Policy and Terms of Service apply.