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ポケットモンスタークロススピリット 第17話「黒き魔導士と赤い閃光」 の変更点


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作者 [[クロス]]
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 ポケットモンスタークロススピリット、[[前回>ポケットモンスタークロススピリット 第16話「あなたと歩む道」]]までは……

 新たな宝石を求め、シンオウ地方を目指し旅を続けるツバサたち。そこへ立ち塞がったのは、ユキメノコをパートナーに持つ少女――レイカと、ドレディアをパートナーに持つ女――ユリ。
 彼女たちは、それぞれグラエナとベイリーフのかつての仲間だ。そんな彼女らはツバサに対し、ユキメノコVSフーディン&グラエナ、ドレディアVSフーディン&ベイリーフで二連戦をする特別ルールでの勝負を仕掛ける。
 その戦いの最中、ベイリーフはメガニウムへと進化。辛くも勝利したツバサたちは、再び旅を続けようとしていたのだが……

第17話 「黒き魔導士と赤い閃光」


 戦闘後に少し休んだ程度で疲労は回復しておらず、またドレディアの攻撃で服が破れてしまったオレは着る服もないという有り様で、とても旅ができる状態ではなかった。
 前に立ち寄ったポケモンセンターからは既にだいぶ離れており、わざわざ戻る気には慣れないが、キングドラに"れいとうビーム"を応用して飛んでもらい周囲を見てもらっても、一面自然が広がるばかりで近くに街など見当たらないという。進むに進めず、戻るに戻れないオレたちは溜め息を漏らしながら次の行動を思案していた。

「道なりに進めば雪山。戻るには遠い道のり。どうする?」

 戦闘での傷や疲労が癒えていないフーディン、グラエナ、メガニウムをペンダントやモンスターボールの中で休ませ、ルカリオ、ヘルガー、エネコロロ、キングドラにこの先出るべき行動について意見を求める。すると、長いこと迷い続けているのも馬鹿らしく感じたのか、いずれも即座に返答を出す。その内容は全員一致で"道から逸れてでも雪山を避け次の街を目指して進む"というものだった。
 こうなるとそれに反対の意見を唱えるつもりもないので、彼らの意見に従うことに。元々進むか戻るかの選択肢しかなく、そのどちらも少なからずデメリットが伴う。そのため完璧な答えなどなく、迷っている暇があれば動いたほうがいいというわけだ。トレーナーでありながら優柔不断な態度を取ってしまったことを恥じつつも、オレはその四体と共に歩みを進めることにした。
 しばらくすると、服を着ていなくても平気だった気温が徐々に下がり始めて肌寒くなり、地面の傾斜は急なものへと変化しつつあることを感じる。道なりに進んできたがどうやらもうすぐ雪山のようで、道の両端に茂っていた草木も徐々にその数を減らし、オレたちは岩肌の目立つ地形へとやってきたのだった。
 ここからは先程貰った意見の通り、迂回して森の中を行ったほうが良いだろう。そう思ったオレは迂回して進めそうな道がないか周囲に目を凝らすと、目に入ってきたのは道ではなく、煙突から白い煙を上げている小さな小屋のような建物。こんな雪山に近いところに住む人がいるのだと思うと驚くが、そこはポケモンがいる分現実世界の人とは感覚が違うのだろうと考え自分を納得させる。

「誰かいるようだな。雪山を行かずとも服が必要なことに変わりはない。あの小屋で譲ってもらえないか頼んでみよう。オレが話すとまずいからお前が自分で頼んでくれ」

 そこで、キングドラのアドバイスを聞いたオレは、さっそくあの小屋を訪ねてみることに。寒いし早く服を着たいんだけど、こんな格好で訪ねられても対応する方は困るよなぁ……。そんなふうに悩んでいると、休んでいるはずのグラエナが突然ボールから現れた。

「Hey! 何ならオレが服を盗ってきてやるぜ」

「はい却下」

 尻尾を揺らしながら笑みを浮かべて盗み作戦を提案するグラエナを、オレは呆れて溜め息をつきながらボールに戻す。ったく、いくらこの格好で訪ねるのが嫌だからって盗みに入るなんてするわけがない。あいつは何を考えているのやら。
 とは言え、できることならオレだって誰にも会わずに服だけがほしい。もちろん不可能と分かっているから今行くんだが……。様々な嫌な展開を想像しながら、オレは渋々小屋の入口の戸を叩いた。



 まったく、&ruby(おおかみ){グラエナ};の馬鹿な提案には呆れてものも言えないわね。紳士的で頭の切れるヘルガーを少しは見習いなさいよ。&ruby(戦闘バカ){フーディン};もそうだけど、どうもあたしらのメンバーは常識のないぶっ飛んだ奴らが数体いると言うか……。いや、あいつら二体ぐらいなんだけどね。あ、ツバサも似たようなもんか……。
 盗みに入るよりはあたしたちがテレパシーで交渉したほうがマシなんだけど、あいにくキングドラの言うとおりポケモンがテレパシー使うのを当たり前と思って人んち乗り込むのはまずいのよねぇ。でも、あたしは別にツバサのことなんて気にもかけてないしこの数時間でこいつの裸も見慣れたからいいんだけど、小屋から出てくるのが若い女だったらさすがに驚くだろうし……
 "すいませーん"と声をかけながら小屋の戸を叩くツバサの後ろ姿がどこか哀れで、これが敵の前で信念を貫いてメガニウムを守った奴にはとても思えない。別に常にかっこよくあれってわけじゃないんだけど、なんていうかいろいろと残念な奴よね。同じことを思っているのか、ヘルガーたち三体も溜め息をつきながら俯いている。

「たすけて……」

 と、その時だ。突然どこからともなく助けを求める声が聞こえてきた。あたしは思わず背中をビクッとさせ、すかさず周囲を見回す。しかし、そこには雪が舞うために頂上の見えない山と、草木が少なく岩肌が目立つ殺風景な景色しかない。不思議に思ったあたしはヘルガーたちの顔色を伺ってみるも、特に変わった様子は見せていない。誰もあの声は聞こえていないみたいね。
 戦闘面でも優秀なヘルガーが聞こえていないのだから空耳だったのだろう。そう考え気に留めないようにしようと思っていると、またしても同じ声が聞こえてきた。あまりにも微かな声であるゆえに、耳を済ませてかろうじて聞こえる程度だが、やはり空耳などではない。
 あたしは集音性に優れる薄紫色の耳をそばだてると、声の飛んでくる方向を聞き分ける。肌ではほとんど感じないけど、雪山の方向から若干風が吹き込んできてるわね。声は雪山からきてる。

「たすけて……」

 この声、まさかあいつが!? 声に聞き覚えがあるわけではない。ただ、何故かこの助けを求める声が耳ではなく心の中で何度も響いてくる。高鳴る心臓、震える肌、もはやあたしの状態は普通ではなかった。あいつとは限らないにも関わらず、声が心の中で木霊する度にとにかくあたしが助けなければいけないと感じてしまう。
 声としては"たすけて"としか聞こえていない。しかし、あたしの心の中ではその声に"姉さん"の一言が付け加えられているように思え、あいつが苦しみもがいている姿が勝手に頭の中で描かれてしまう。ついには居ても立ってもいられず、あたしは雪山へ向けて駆け出した。

「待て! いったいどこへ行くつもりだ!?」

 ヘルガーの呼び止める声など気にかけていられないあたしは、何も告げずにひたすら雪山を目指して地を蹴り続ける。ヘルガー、無視してごめんね。でも、今は一刻も早くあいつを助けないといけなくて……





 あれからどのくらい走っただろうか。あたしは白く荒い息を上げながら、一面銀世界の山中に立ち尽くしていた。凍てつく寒風を受けて身は凍え、全身にわずかながら痺れるような痛みが走る。おそらく既に気温が氷点下を下回っているのだろう。足元は雪で覆われており、四足歩行であるあたしにとって動きづらいことこの上ない。それにしてはよくここまで走ってこられたものだと我ながら感心してしまう。
 ただ殺風景な岩肌の目立つ麓とは違い、少し進んだだけで自然界の厳しさを象徴するかのような景色が広がる雪山に入ってきたというこの状況は、さながら異世界にでも迷い込んでしまったかのようだ。そんな場所であいつは今、窮地に立たされていて……

「いたぞ! やっと追いついたか」

 と、ここで突然背後から聞き慣れた低い声が耳に入る。即座に振り向いて声の主を確認すると、それはあたしを追ってやってきたヘルガーたちだった。キングドラ、ルカリオの姿もあるがツバサが見当たらないことから、おそらくルカリオと変身していると思われる。いずれも息を荒げていることから、全力で走ってきたに違いない。その姿を目の当たりにし、あたしはあいつのためとは言え、仲間にかける迷惑を省みず飛び出した己の浅はかな行動をひどく悔やんだ。
 申し訳なさに体を縮こませながら一言謝罪の言葉を述べると、仲間たちは穏やかな表情を浮かべ頷く。これは許しと捉えていいのだろうか。安堵と後悔の混じった感情により俯いたあたしの目の前に、尖った黒い何かがにょきにょきと動き回る。耳が垂れ、覇気のない表情をしていたあたしははっと我に返り、その黒い何かを目で追跡する。
 その先に見えたのは凛々しい顔立ちで、爽やかな笑みを浮かべるヘルガー。すっかり元気をなくしていたあたしを気遣い、尻尾で気を引き、その笑顔で励まそうとしてくれたのだろう。凍てつく寒風に乗る白銀の雪が舞うこの山に、まるであたしの前にだけ暖かな陽の光が差し込んできたかのようだ。その光があたしの頬を朱に染めていく。

「顔が赤いな。熱でもあるのか?」

「な、なんでもないわよ!」

「そうか、それならよかった」

「う、うん……」

 あたしってば、いつも素直に"ありがとう"って言えなくて……。ヘルガーはどう思っているのだろう。彼はいつも気丈に振る舞い、あたしたちにとって頼りになる存在と言える。そんな彼に密かに惹かれているあたしの想いは、この曲がった性格もあってきっと彼には届いていないだろう。
 そもそも彼の様子を見るに恋愛には疎そうに見受けられるが、それ以前にあたしの態度が彼の手を焼かせており、いつも甘えているのは言うまでもないだろう。ヘルガーのみに止まらず、他の仲間に対してもあたしは知らず知らずに傷つけたりしてしまっているのかもしれない。

「この先1kmほどに悪意の波導を感じる。エネコロロ、お前がここにやってきたのはこれが理由か」

 自らの性格を省み、周囲を忘れて考え込んでいたあたしにルカリオが問いかけてくる。その言葉を受け自分の世界から戻ってきたあたしは、眉間にしわを寄せた険しい表情で頷き、何者かの助けを呼ぶ声が聞こえたことを説明する。
 これを聞いた仲間は、当然のことであるかのように現場に向かうことを宣言。困っている者がいれば助けに行くのがあたしたちの方針であり、事態が急を要することを即座に判断した三体は、ヘルガーとルカリオは積もる雪をものともしない力強い足取りで駆け、キングドラは得意の"れいとうビーム"で空中に氷の道を作って移動を開始する。
 誰かが誰かを必要とし、必要とされた者もまた誰かを必要としている。共生とはそういうものだろう。ヘルガーたちがあたしを必要としているかは分からない。ただ、あたしはみんなを必要としていることは確かで、そして今助けを求める誰かがあたしを必要としているのもまた事実だ。ならば、あたしはあたしのできることをやろう。幸い腕には自信がある。こうなったらいっちょ暴れてやろうじゃない。そう思ったあたしは、仲間を追って降り積もる雪の道へと駆け出した。





 その頃、エネコロロたちが向かう先では一匹のポケモンが、切り立った崖に挟まれた谷で複数のポケモンに取り囲まれていた。囲まれているポケモンは、先端がくるりと曲がった六本の尾を持ち、オレンジの体毛を持った炎タイプのポケモン、ロコン。まだあどけなさの残るその顔は、恐怖に震え目に涙を浮かばせている。
 そのロコンを取り囲むのは、ゾーンに汚染され、自我を失った氷タイプのポケモンたち。パルシェン、トドゼルガ、ルージュラ、バイバニラ、デリバードなど、その種族は様々だ。そんな彼らから逃げのびようとしていたロコンは、逃亡に失敗し取り囲まれていた。炎タイプのロコンは、氷タイプのポケモンに強い。しかしながらまだ幼いロコンにとって、いかに有利な氷タイプが相手とは言えど、集団を相手にしては敵わない。
 不敵な笑みを浮かべ、ロコンに迫る恐怖の化身たち。今まさにロコンがその餌食となろうとしたそこへ、エネコロロたちがやってくる。彼らは崖の上にきており、ロコンの叫び声を手掛かりにこの場所を突き止めたのだ。

「このホウエン地方にバイバニラ……か。奴らがゾーンポケモンであることは間違いない」

「悪意の波導もあの者たちから感じられる。そしてあそこにいるロコンだな。私たちに助けを求めてきたのは」

 本来ポケモン界の大陸の一つイッシュ地方にのみ生息するはずのバイバニラが、ここホウエン地方に野生のポケモンとして存在することが不自然であるといち早く見抜いたキングドラは、バイバニラとその仲間がゾーンポケモンであることを指摘。同時にルカリオが波導を使用し、キングドラの洞察を後押しする形で証拠を掴んだことで、バイバニラたちをゾーンポケモンとみなし一掃するという方針は固まった。
 まず崖を降りる道を探し、背後から奇襲をかけることで数的不利を補うという作戦を立てたヘルガーは、早口でそれを告げると一目散に駆けだす。

「(ヘルガーの作戦なら無理がないけど、手遅れになったら……)あたしは突撃する!」

 しかし、ロコンを人質に取られれば成す術がないと判断したエネコロロは、ヘルガーの作戦を無視して崖から飛び降りる。崖下までの距離は、およそ50mはあろうかというものだが、雪の降り積もった地面に降りるという条件ならばエネコロロのしなやかな体を持ってすればどうという高さではない。
 ヘルガーに続き、崖下に降りる道を探そうとしていたルカリオとキングドラは、エネコロロの予期せぬ行動に目を見開いて驚愕の表情を浮かべ、ヘルガーに彼女が崖下に飛び降りたことを伝える。
 それを受けたヘルガーは一つ溜め息を漏らすと、踵を返して崖の先端部に立ち、エネコロロに続くことを仲間に提案。異論はないという表情で暗黙の了解を示すと、彼らもまた崖下に飛び降りた。

「化け物ども! このあたしが相手になってやるよ!」

 一方、先に飛び降りたエネコロロは四肢を曲げて衝撃を和らげる形でロコンの前に着地すると、矢の如き鋭い視線を向け、凄みを利かせた声でゾーンポケモンを怒鳴りつける。これには彼らも一瞬たじろぐも、あくまで現れたのがエネコロロ一匹と分かるや即座に気を取り直す。
 エネコロロがロコンに自分の背後で待機するよう促すと、ロコンは恐る恐るそれに従う。声が荒っぽいがゆえに凶悪そうに見える彼女だが、その行動から助けにきてくれたポケモンだということが分かるのだ。まだ幼いロコンは、自らの運命をこの見知らぬエネコロロに託すよりないと感じ取っていた。

「ククク……どこのどいつか知らねえが、そいつを守ったままでは戦えんだろ? オメエら、一斉に"れいとうビーム"だ」

 邪魔に入ったエネコロロを始末すべく、ゾーンポケモンのリーダー格なのだろうか、パルシェンが一斉攻撃を指示。圧倒的に不利な状況を打開すべく、エネコロロはヘルガーたちの奇襲を待ち、その後攻めに転じることで勝利する算段を立てていた。しかし、あまりにも早く敵が遠距離技の一斉攻撃に出たことが彼女の計算を狂わせる。ゾーンポケモンたちは各々口元に冷気を結集させて白銀の光線を撃ち放ち、エネコロロに絶体絶命のピンチが襲いかかる。
 もはやこれまでと彼女が目をぎゅっと閉じた刹那、黒い影がその前に立ちふさがる。敵は技を撃ったはずが、何故"れいとうビーム"がこないのかと不思議に思い目を開くと、そこには頭を除く全身が氷漬けになったまま立ち尽くし、直後左に倒れ伏すヘルガーの無残な姿があった。

「まったく、無茶なことをする……奴だ……」

「ヘルガー……ヘルガー! いや! しっかりして!!」

 倒れたヘルガーにエネコロロが駆け寄ると、彼女の無事を知ったヘルガーは安堵の表情を浮かべ目を閉じる。それを目の当たりにしたエネコロロは、まるで彼が離れていくかのような寂しさを覚え、必死に彼の頭を揺らしてその意識を引き戻そうと試みる。
 直後ヘルガーに続くようにやってきたルカリオとキングドラは、倒れた仲間のことを気にかけつつも、その不安を押し殺して敵から目を離さない。今は目の前の敵を倒さねば、ヘルガーを助けることもままならないからだ。



 この窮地に立たされているエネコロロらの様子を、彼女たちが飛び降りた反対側の崖から見つめる影が二つ。

「あーあ、一体やられたか。さて、この後あのルカリオがどう魅せてくれるか楽しみだな」

 一つは少年の声であり、目の前に広がる状況を興味津々ながらも他人事のように捉えて見ている。横になり、腕枕をして戦いを見るその姿はさながらスポーツ観戦をしているかのようだ。一方、もう一つの影は真剣な面持ちで自らの荷物をまとめており、少年の声など聞こえていないかの振る舞いを見せている。
 実は彼ら、先程山の麓の小屋にいた者であり、その時は変装することでツバサたちの目を欺いていた。その時、エネコロロを追うためツバサが変身する様子を目の当たりにし、目の前のルカリオが人間と融合していることを知るに至る。

「力不足だ。あいつは必ず負ける」

 荷物に目を向けたまま、もう一つの影が語る。その声はやや低めながらも女性の声のようだ。目を向けて彼女の言葉を聞いた彼はそれに疑問を持ち、首を捻りながら視線を戦いの場へと戻すと、恐るべきことに彼女の言うとおりルカリオの変身は解け、ツバサは疲労のために身を屈めていた。
 "さすがだな"と笑みを浮かべながら彼女の洞察に少年が感嘆していると、そんな彼など見えていないかのように彼女は無言で崖を飛び降りる。少年が"待てよ"と言った頃には既に彼女の身は宙にあり、やれやれと言った様子で彼もその後に続くことにした。



 ロコンを守りながら戦うというハンデを持ち、数的にも不利なツバサたちは皆が体力の限界を迎え、劣勢を打開することができずにいた。もはや反撃の力など残っておらず、ロコンにまで攻撃が及んでしまった彼らは、苦悶の表情を浮かべながら気力を振り絞り、敵を睨むことだけは続けている。
 対するゾーンポケモンたちは、彼らに止めを刺すべく再び冷気を口元へ結集させ始める。今のツバサたちにとって、この一斉攻撃を受けたらひとたまりもないだろう。徐々に膨張する冷気のエネルギーを前にし、恐怖で顔が引きつるツバサたちの表情を楽しむかのように、ゾーンポケモンはあざけりと狂気をにじませた笑い声と共にその冷気を撃ち放つ。
 今度こそ駄目だとツバサたちが諦めたその時、冷気の光線は彼らから軌道を反らし、そそり立つ崖へと直撃する。直後、攻撃の指示を行っていたゾーンポケモンの一体パルシェンの体が宙に浮くや否や、冷気に満ちた空を切って先程の光線のように崖へと激突。
 いったい何事かとツバサたちもゾーンポケモンも目を丸くして場に起きた不可思議な現象に圧倒されていると、不思議な力に吹き飛ばされたかのように崖にぶつけられたパルシェンの下へ、その体を取り囲むように複数の黒い物体が風切り音を鳴らしながら飛来する。それは小棒の片方が尖った漆黒の棒手裏剣。それが飛んできた方向、ゾーンポケモンの背後に目をやると、そこには人形のように整った顔立ちで、陶器のようになめらかな白い肌、そして腰のあたりまで伸びた艶やかな黒髪が印象的な美しい少女が立っていた。

「消えたくなければそこをどけ!」

 その可憐な見た目とは裏腹に、ほとんど表情を変えない真顔のまま低音の声で凄みを利かせ、不気味な恐怖感を醸し出す。さながら忍びの如き道具を使用する彼女は、その身にまとった紫がかった黒のローブから棒手裏剣を取り出し、いつでも打つことができるよう尖端が上を向くよう構えている。手を出す際に一瞬垣間見えたローブの内側は血のように真っ赤に染まっており、それがより一層彼女の不気味さを引き立てている。その彼女の殺気からゾーンポケモンは彼女が只者でないことを悟っていた。パルシェンの回りに刺さった棒手裏剣から、その攻撃は百発百中の精度を誇ると見て間違いない。
 しかしながらゾーンポケモンの優勢は変わらず、少々武器を使えるとはいえたった一人の少女に何ができようかと内心あざ笑う彼らは、ツバサたちを人質に取ることで彼女の動きを封じようと試みる。
 ところが、彼らが振り返った先にはもう一人別の人間が立っていた。棘のように鋭く立った赤い短髪、少女とまったく同じローブをまとった少年。彼は少女の仲間であり、先程スポーツ観戦のように戦いを眺めていた少年である。

「お前らは……いったい……」

「答える義務はない。雑魚は引っ込んでな」

「こ、こいつら……つえぇ……」

 突如現れた二人の少年少女の正体を探るべくツバサが声をかけるも、少年は彼の言葉に応えるつもりはないようだ。その態度に内心腹を立てながらも、彼らの行動から見て助けてくれるものと判断したツバサは、その怒りを捨てて彼らにすべてを託すことにした。
 またも邪魔が入り、しかも二度目に現れた者は人間でありながら不思議な力を使用し、さらにやたらと動きが速い。リーダー格のパルシェンが倒され、精神的に押されたゾーンポケモンは、まだ十分に戦えることを忘れ、現れた二人に対する怒りと恐怖で精神を満たしていく。するとどうしたことだろう。つい先程までの少年少女を恐れるような態度は失せ、鬼の如き凶悪な形相を浮かべて戦意を高めたではないか。
 直後、ゾーンポケモンの一体であるルージュラがその髪のような頭の毛を逆立たせ、少年に向けて"れいとうビーム"を撃ち放つ。少年の背後にはツバサたちがおり、もし彼がツバサたちを守るつもりならば避けることはできない。いったいどうするのかと緊張の面持ちでその行動を伺うツバサたちの目の前で、少年は右腕を前に突き出しその手を広げると、その1mほど先で光線は留まり、少年が右腕を振り払うと、まるで少年の指示に従うかのように光線は弾き飛ばされる。

「お前、俺に勝てると思ったのか?」

 身にまとったローブは一般人が普段身につけるものではなさそうだが、あくまで彼らは人間。ツバサが彼らのその見た目からは眼前で起きていることの証拠が掴めないでいると、ルカリオが耳元でそっとささやいてきた。

「一瞬だが光の屈折で何かが見えた。技が弾かれたあの位置に何かいるようだな」

 ルカリオから思いがけぬ情報を聞きつけたツバサは、ますます彼らに対する謎を深めていく。いったい何者なのか、そして少年の前に存在する者とは……。それは、直後明らかとなる。
 技を弾かれたことでより一層怒りの感情を昂ぶらせ始めたゾーンポケモンの様子を見、今度は少年少女が動き出す。

「グレイグ、ここは俺に任せろ」

「何を言うんだクロナ。お前にだけ苦労させたら男が廃る」

 少女の名はクロナ、少年はグレイグと言うようだ。クロナの言葉を受け、彼女を思いやるように言葉を返し、親指を立ててウインクするグレイグ。そんな彼の行動にクロナは表情を変えぬまま顔をそむけ、ローブの中から四角の形をした灰色の機械のようなものと一枚の黒いカードのようなものを取り出す。
 二つの物体は、それを未だかつて見たことのないツバサたちの目を引き、同時にゾーンポケモンに焦りを与える。そんな彼らの様子を一瞥し、二人は口元を緩ませると、直後一瞬顔を俯かせ、そして再び顔を上げたときには恐ろしい形相へと変貌していた。目から青白い光が発せられていたのだ。その姿は、さながらこれまでに戦ったエアームドやドレディアがゾーンの力を解放した姿を思い起こさせるものだった。
 そして彼らが灰色の機械についたボタンを押すと、機械は伸張してベルト状へと変形。それを確認した二人は、ベルトを腰に装着し、正面についた溝に漆黒のカードを差し込む。

「変身!」

 その言葉から、彼らが何者であるか少しずつ見えてきたツバサたち。そう彼らはツバサと同じ変身能力の持ち主なのだ。あのベルトとカードは変身のための道具だろう。もっとも、ツバサの物とは異なっており、ヘルガーたちの元トレーナーにあたる四人組の仕組みとも異なる。
 クロナは、全身が闇を連想させる紫がかった色へと変色すると、自らの影に溶け込むようにその身を落としていく。もう一方のグレイグは、変身能力を発動させた直後にベルトから灰色の煙を巻き上げシルエットのみを映す。そしてクロナが沈んだ影からは紫色の魔女を連想させるハットのような頭が特徴的なポケモン――ムウマージが、グレイグを包んだ煙からは真紅のボディとはさみのような腕が特徴的なポケモン――ハッサムが現れる。
 二体の共通点は、変身直前に目の色を変化させたトレーナーの状態を引き継ぎ、両者とも不気味な青白い光を目から発しているということ。これが何を意味するか、ツバサたちはまだ知る由もない。

「フフッ……お仕置きの時間ね」

「いざ、尋常に勝負!」

 果たして彼らは何者なのか。そしてその実力やいかに。





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[[ポケットモンスタークロススピリット 第18話「きあいのハチマキ」]]
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''あとがき''
今回はサブタイトルが意味する新しいキャラクターが登場するお話でした。それにしてもやはりだいぶキャラ多いですね……。メインを中心に先々の展開まで練ってあるつもりですが、崩壊しないよう私なりに全力を尽くしたいと思います。
今回のお話自体は確かにサブタイトルどおり新キャラに注目していただきたいのですが、同時に序盤に見せるエネコロロの描写にもぜひ注目していただきたいです。
キャラの多さで苦労が絶えないものの、メインキャラを中心にあらゆる見せ場を用意しているつもりですので、これからも引き続きお付き合いいただければ幸いです。

ここまで読んでくださりありがとうございました。
よろしければ誤字脱字の報告や、感想、アドバイスを頂きたいです。
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