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ポケットモンスタークロススピリット 第16話「あなたと歩む道」 の変更点


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作者 [[クロス]]
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 ポケットモンスタークロススピリット、[[前回>ポケットモンスタークロススピリット 第15話「自由への道」]]までは……

 新たな宝石を求め、シンオウ地方を目指し旅を続けるツバサたち。そこへ立ち塞がったのは、ユキメノコをパートナーに持つ少女――レイカと、ドレディアをパートナーに持つ女――ユリ。
 彼女たちは、それぞれグラエナとベイリーフのかつての仲間だ。そんな彼女らはツバサに対し、ユキメノコVSフーディン&グラエナ、ドレディアVSフーディン&ベイリーフで二連戦をする特別ルールでの勝負を仕掛ける。
 それに対し、変身した二体を同時に相手し、乱戦で味方が怪我をすることを恐れたツバサはそのルールを承諾。
 そして始まった第一戦。ユキメノコの攻撃技三種同時発動に苦戦するも、フーディンとグラエナの合体技"ダークライの剣"がユキメノコに炸裂した。

第16話 「あなたと歩む道」


「(やったか……?)」

「ちっ、ナメやがって……!」

「さすが……だな」

 ほぼ勝利が確定したはずのこの状況で、フーディンとグラエナはかたや怒り、かたや溜め息を漏らしてうなだれる。いったい二人ともどうしたと言うのだろう。弱点である悪タイプ、しかも強力な合体技である"ダークライの剣"を受けたユキメノコは目の前で突っ伏しており、もはや立ち上がることもできないはずだ。
 オレたちの命を狙う憎い敵ではあるが、こちらはその命を奪うつもりなど毛頭ない。これ以上の攻撃は無用であり、次のドレディア戦に備えたほうがいいだろう。仲間がやられたのだ、奴らとて黙ってはいまい。戦いに夢中で忘れていたが、初戦の勝利を得た安堵から忘れていた痛みや疲労が押し寄せてきた。
 ユキメノコ戦は勝利できたが、二回戦も続投しなければならないオレにとって、今の痛みや疲労は決して軽いものではない。できることなら続けて戦うことなどしたくなく、敵側も仲間の身を気遣うという発想からこの場は撤退してくれるとありがたいのだが……
 その時だった。時間切れのため効力を失い、元の刃へと戻った"サイコカッター"の剣の柄を汗ばむ手で強く握りしめていたフーディンが、その剣を倒れ伏すユキメノコの背へと突き立てる。そんな馬鹿な……。確かに憎い敵ではあるが、オレたちはこんな残酷なことなど決して……

「やるわね……」

 ところが、オレの予想とはまったく別の結末が待っていた。ユキメノコの体は甲高い音と共に砕け散り、直後蒸気となって消え去ったのだ。この光景を目の当たりにし、オレは背筋が凍りつく恐怖を覚えた。オレたちが倒したと思っていた敵は、氷で生み出した"みがわり"だったのだ。
 背後で感情のない声音と共に偽りの称賛の言葉を漏らすユキメノコ。甘かった。命を狙われる身でありながら、わずかでも敵の身を案じたことが、敵に付け入られる隙を与えてしまったのだ。奴らの変身の仕組みは定かではないが、オレと同じものと仮定すれば、気を失うほどのダメージを受ければ変身は強制解除されるはず。"ダークライの剣"を受けたユキメノコは、変身を強制解除されていなかった。オレは何故そんなことも気付かなかった……

「あなたたちの……勝ち……ここは……退くわ……」

 "ダークライの剣"の効果が失われた今、オレは敗北を確信していた。ところが、ユキメノコは負けを認める発言を残し、彼女の仲間ユリたちの下へと飛んでいく。そして変身を解除すると、ユキメノコと変身していたレイカが力なく地面に倒れ込む。いったい、何がどうなっているんだ……

「レイカは……熱が……」

「敵を侮りすぎたようですわね。無理をなさると汚染が進みます。ゆっくりお休みになるといいですわ」

 どうやら変身能力の使用者に異常が生じたらしい。荒い息をしながら目を閉じるパートナーを右腕で抱え、左手の冷気でその頭を冷やすユキメノコ。その姿にオレたちの命を奪おうとするような狂気は微塵も感じられない。その様子を共に見ていたフーディンは舌打ちして悔しがり、グラエナは安堵の息を漏らして仲間の下へと戻っていく。
 そこでオレは一旦変身を解除した。言葉をかけるために。"グラエナ、何も言わないがお前はこの戦いをどう思っているんだ"と。しかし、今は何も言わないでくれとでも言うような寂しげなその背に言葉をかけることなどできるはずもなく。この戦いの先にオレたちは何を見、何を知るのだろう。そんな容易に見えるはずのない答えを求めながら、次なる戦いへの挑戦が始まる。





「ツバサ! フーディン!」

 途中、交代するグラエナに"お疲れ様"と彼の苦労を労う声をかけ、次いでユキメノコとの戦いを終えたばかりの二人に声をかけた。ツバサは浮かない顔をしていて、フーディンは腕を組んで右足を落ち着かなく動かし何度も地面を踏んでいる。いったい二人ともどうしたのだろう。
 らしくない二人の様子に不安と心配の眼差しを向けると、ツバサはすぐに両手で顔を叩き、はっと我に返ったように明るい表情を見せる。それを見てか、フーディンもまた表情を変え、組んでいた腕を解き、拳を作った両手をぶつけ気合いを入れ始めた。うん、これでこそ私の知る二人。

「ベイリーフ、頑張ろうな」

「今度は完全に決着をつけてやるぜ!」

 先程重い空気を放っていたのは、二人とも勝ち方が気に食わなかったからと言ったところか。次なる戦い、ユリとドレディアとの戦いに意気込む二人を見て、私もまたそれに応えるように力強く頷く。
 正直不安は拭えないけど、ユリとドレディアにも強くなった私の姿を見せてあげたい。私はもう以前の私とは違う。ツバサと出会い、みんなと共に過ごすことで大きく成長できたのだから。

「ボウヤ、思っていたよりやるじゃない。次はアタシが相手だよ。ドレディア、やっちまいな!」

 戦いへ向け意気込んでいた矢先、ユリの指示を受けたドレディアが間髪を入れず、絶対命中の草技 "マジカルリーフ"を放つ。え、まさか変身しないで速攻を仕掛けてくるなんて。ツバサ、危ない!










「え、裸!? うっそだぁーー!」

「なんでここで"あ?ん"な展開になってんのよ!」

 恐怖のあまり思わず目を閉じてしまった私は、ツバサとフィールドのサイドにいるエネコロロの大声を聞きそっと目を開く。そこには"マジカルリーフ"で服をズタズタに引き裂かれたことで上半身裸のツバサがいて……

「普通ここで脱ぐ!? あんたの裸なんて見たくないわよ!」

「脱いでねえ! 脱がされたんだ! あの下品な変態野郎に!」

「こ、このアタシが"下品な変態野郎"ですってー!?」

「見苦しい奴らだ……」

 エネコロロ、ツバサ、ユリの怒号とも取れる大声が響き渡り、そこにヘルガーが呆れるような声を漏らす。エネコロロはもちろん、私たちすべてがこんな展開になるとは到底思っていなかった。攻撃を指示したユリさえ予想していなかっただろう。
 それにしても上半身裸のツバサが私の目の前に……。初めて見る姿だけど、結構細身なんだなぁ。でも、フーディンと一緒に時間を見つけてトレーニングもし始めてるし、これからがっちりした感じになるのかも。そしたら、私を軽々と抱き上げ……お姫様抱っこしてくれて、にこっと笑ってくれたりして……って、何考えてるの私はー!!

「あーら、ベイリーフさん。何顔を紅くしていらっしゃるのかしら? やましいお方……」

 あなたに言われたくないわよ! ユリの指示を受けて攻撃し、ツバサの服を破ったのはドレディア本人だ。先程の様子からユリはこの展開を予想していなかったことから、彼女の指示でこうしたわけではなく、ドレディアが意図的にこの展開を作ったと言える。
 そんな彼女こそやましいと言いたいところだが、当の本人は相変わらずの嫌味な高笑いと共に見下すような目で私を見ている。あいにく彼女に口喧嘩で勝てる気はせず、ここは黙っているのが得策だろう。私が喋れば喋るだけ上げ足を取るなり、弱みにつけこんでくる。まったく、嫌味なお嬢様なんだから……

「まあいい。変身すれば関係ねえか。んじゃ、いくぜこの変態野郎! 変身!」

「だからアタシは……」

「行きますわよユリ。変身」

 ツバサの挑発を受け、反論しようとするユリにいつものペースを保ったドレディアが割って入り、半ば強制的に変身を行う。"これでよく良い関係が築けるね"と呆れて言いたいところだが、彼女たちの付き合いはとても長く、絆が生み出す他者には分からない暗黙の了解もあるのだと思う。
 ユリはああ見えて気が強いところがあるのに対し、ドレディアはいつ何時もペースを崩さない。それもそのはず、彼女の特性はマイペースであり、その効果で混乱することなく得意技の"はなびらのまい"が使える。その戦闘に使用する特性が性格にまで出ていると考えられ、挑発に乗りやすいユリを彼女が一も二もなく止めるのだから案外ピッタリなコンビなのかもしれない。
 両者変身が完了すると、場の空気は一変。先程の言い争い程度のものから、命を賭けて戦う重いものへと急変する。ここからはわずかな油断が命取りとなってしまう。三人の中で一番戦闘力に欠ける私は、それを補う集中力を発揮しなければならない。私の成長をユリたちに見せるため、支えてくれる仲間のため、この戦い……絶対に負けるわけにはいかない!



「速攻で決める。いくぜー!」

 フーディンが得意の"サイコカッター"で両手に持つスプーンを薄紫色の刀身を持つ剣へと変形。直後一瞬で姿を消すと、ドレディアの左後方を取って右手の剣を振り下ろす。"テレポート"の瞬間移動を使用したその圧倒的なスピードは、私にとって目で追うのがやっとだ。しかし、技による瞬間移動のため残像さえ残らないそのスピードを前に、ドレディアは顔色一つ変えずに体を反転させ左腕で攻撃を受け止める。
 その腕は白い光に包まれていることから、おそらく"いあいぎり"の技を使い、腕は刃と化しているのだろう。私たちのフーディンは腕力も強いはずだが、その攻撃を受け止めるのにドレディアは低い態勢で踏ん張る様子さえ見せていない。あの美しいお姫様のような外見のどこにそんな力が隠されているというのか。
 力は互角であり、押しきれないと判断したフーディンは左手の剣をなぎ払うように振って攻撃。ところが、今度は受け止めていた右手の剣を押しのけ、左手の剣をまるで花畑をひらひらと舞う蝶を連想させる軽いバックステップで回避する。その後もフーディンは両手の剣で斜め振り下ろし、なぎ払い、突きと様々な角度から攻めるもどれも軽々と回避されてしまう。
 いかにマイペースなドレディアとはいえ、フーディンの猛攻を前にまるで踊るように優雅な動きで、しかも極端に早いわけでもなく無駄のないステップをまったく表情も変えずにやってのけるとは思ってもみなかった。一年ほど彼女と付き合いのあった私だが、これほどまでに強い姿を見たことがなかったのだ。
 それは、私との練習試合はおろか、私の前では他者との戦いにおいてさえ本気を出していなかったことを物語っていた。ツバサと変身したフーディンでさえ弄ぶような余裕を見せている彼女の姿を目の当たりにし、私は完全に圧倒されてしまい、体が動かなくなってしまう。戦闘力に差がありすぎる。わずかに出遅れただけのつもりが、眼前で繰り広げられる戦いを前に私は足をすくませていた。まるであの中に入っていける気がしない。

「ちくしょう、全然当たらねえ……うおっ!」

 私が恐怖におののいている間に戦況に変化があった。フーディンの攻撃を回避し続けていたドレディアが、その攻撃の隙をついて"くさむすび"の技で彼の足元をすくったのだ。攻撃に集中しきっていたフーディンは地面から突然生えてきた長い草に足を取られ、うつ伏せになるよう倒れてしまう。このままではフーディンが!
 彼の危機を目の当たりにし、私は無意識に駆け出していた。今は怯えている場合ではない。持てる力を出しつくし戦う時なのだ。そう自分に言い聞かせ、地を蹴る足の力を強めひたすら全力で走る。その間にもドレディアは倒れたフーディンの傍に立ち、彼を見下すような冷たい眼差しを向け、狂気をにじませた笑みを口元に浮かべながら追撃の準備をしていた。
 よし、これで攻撃の射程範囲まできた。ドレディアがフーディンを攻撃する前に、彼女に技を当てるのだ。私は首の付け根から"つるのムチ"を伸ばし、ドレディアを押し飛ばすべくあらん限りの力を尽くして攻撃に出た。
 しかし、私の攻撃は間に合わず、倒れたフーディンへ向けドレディアの"いあいぎり"で刀と化した腕が振り下ろされる。もはやこれまでかと思われたその時、"いあいぎり"が命中する直前でフーディンの姿が一瞬で消え去り、"いあいぎり"は空振りに終わる。

「あぶねっ! 直接体を押さえられてたら一撃でお陀仏だったぜ……」

 フーディンは"テレポート"で敵の攻撃を回避したようだが、彼の言葉から察するところ、技ではなく敵そのものから拘束を受けると"テレポート"でも回避できないようだ。確かにユキメノコ戦ではグラエナが彼の背に掴まり、一緒に瞬間移動していたことから、体勢の変わらないまま一緒に移動してしまい、結局は回避できないのだろう。幸いドレディアはそれを見抜けなかったため、彼は無事"いあいぎり"から逃れることができたのだ。
 仲間が無事だったことは一安心だが、まだ戦いは終わっていない。私は気を緩めることなく技を当てることに集中し、そしてついに技がドレディアに当たる直前まできた。より一層の力を込め、"いあいぎり"後で体勢が前屈みになっているドレディアの頭を目掛けてつるを伸ばす。
 ところが、彼女は前屈みの体勢を活かして前転し、私の攻撃は回避されてしまう。それだけではない。伸びきったつるは私の隙を表しており、ドレディアは回避の直後それを右腕で叩き落とし、左足で踏みつけてきた。姿勢を低くして踏ん張りを利かせてつるを戻そうと試みるが、ドレディアの踏む力が強くまったく引き戻せないことに私は焦りを覚える。
 その焦りが伸ばしたつるから伝わってしまったのか、ドレディアは一瞬表情を変え、目を殺気立たせると、踏みつけていたつるを右腕で拾い上げて投げ飛ばしてきたではないか。私とドレディアとの距離は20メートルほどあるというのに、まるで暴風に飛ばされる木の葉の如く軽々と私の体が浮いてしまうだなんて何という力なのだろう。

「"リフレクター"」

 このままでは頭から地面に叩きつけられてしまう。と、その時、体勢を立て直したフーディンが素早く"リフレクター"を展開。彼の絶妙な調節でゼリーのように柔らかいクッションと化したそれに当たった私は、かろうじて大ダメージを受けることから逃れることができた。
 その後フーディンは再び"テレポート"を使用して瞬間移動すると、ドレディアに"サイコカッター"を振るう。またしてもドレディアは軽い身のこなしでそれを回避するも、回避のためにはどうしても場を動かねばならず、その時に彼女の足は私のつるから離れる。
 フーディンはこれを狙っていたようで、攻撃を回避されたことを悔しがる様子もなく、再び"テレポート"を使用し、急いでつるを引き戻す私の下へと戻ってきた。彼のおかげでなんとか体勢を立て直すことに成功した私だが、これからどう反撃に出れば良いものか。それをフーディンと相談しようとした矢先、今度はドレディアから攻めに出てきた。

「この芳醇な香り……実に美しい」

 両手を腰の右後方に回すと、美しい若緑の球体が手の中に作られる。草タイプの技"エナジーボール"だ。彼女が両手を前に突き出すと"エナジーボール"は風を切りながら私たち目掛けて飛んできた。
 それを見た私は本能的に危険を察知し、その場から離れて回避を試みる。彼女の力は先程までのやり取りで既に並はずれたものであることがわかっており、私の力では到底打ち返すことなどできない。ところが、フーディンが場を離れようとする私の頭の葉っぱを左手で触り、無言の"動くな"との指示を出してきた。
 "エナジーボール"は間近まで迫っており、私は恐怖と焦りで前足をもじもじとさせずにはいられない。その間にフーディンは右手のスプーンにエネルギーを結集させていた。まさか撃ち合いをするつもりなのか。彼らしい力ずくの戦法だが、相手がドレディアでは無鉄砲すぎる。
 ところが"エナジーボール"が直撃する直前、私の視界からその若緑の球体が消え去り、代わりにドレディアの後ろ姿が見えてきた。そのことからすぐに、始めからフーディンは"テレポート"で回避し、溜めたエネルギーを使った全力攻撃を撃ちこもうとしていたのだと気付く。彼の突拍子もない発想には驚かされるが、同時にあの状況で素早く対処できる判断力には感嘆せずにはいられない。右手のスプーンに溜めていたエネルギーはもうすぐ最大まで溜まる。これでようやく反撃開始だ。

「甘かったな鼻垂れ小僧。もうすぐフルチャージだ。さーて、どっからぶっ放してやろうか」

「フーディン、後ろだ!」

 これから反撃に出ようとしていたその時だ。突然サイドにいたキングドラの声に慌てて後ろを振り返った私たちの目前には、先程回避したはずの"エナジーボール"が迫っていた。そんな馬鹿な……。移動先の後方には敵などおらず、ドレディアは目の前にいた。彼女に"サイコキネシス"のような何かを操る技はなく、しかも"エナジーボール"という技に追尾性能はない。
 状況を理解できぬまま、"エナジーボール"が直撃した。その美しい見た目とは裏腹に凄絶な威力を持っていたそれは、大爆発と共に黒煙を巻き起こし、私たちの全身に耐えがたい激痛を走らせる。
 やがて黒煙が消え始め視界が開けてくると、私は倒れながら虚ろな目で周囲の様子を伺う。そこには大きく凹んだ地形で両目を閉じて倒れているフーディンの姿があった。平らなバトルフィールドにまるで月のクレーターのような大穴ができるだなんて、なんという凄まじい力なのだろう。それを受けた私にもはや戦う力などなく、フーディンもまた目を閉じたままだ。もしや彼は既に……。私も諦めて目を閉じた方がいっそ楽になれるのだろうか……

「ちょっとやり過ぎたかしら? まあ派手なことはいいことね」

「ぐがーご……ぐがーご……」

「ん!?」

 諦めて目を閉じようとしたその時だ。突然どこからともなくいびきのような不快な音が漏れていることに気付く。こんな時にいびきが聞こえるだなんて、私の体はもうおかしくなっちゃったのかな……

「ポケモーニング! 寝たら力が湧いてきたぜー!」

「ワーオ! こんな時に寝てたなんてお前ワンダフルだな」

「良い子は早寝早起きってな!」

「お前は良い子か!」

 すごい……フーディンはあんな技を受けてまだ立てるんだ……。グラエナとルカリオも驚いているみたいだね……。でも、私はもう……。ぼやけた視界が漆黒に染まり、意識は奈落の底へ……










「諦めんな!」

 誰だろう。私の前には既に暗黒の闇が広がっており、この世界には私以外の存在などない。諦めるな……か。私だって諦めたくはない。でも私にはもう力が……

「お前は強ぇんだ。オレの仲間だろ!」

 私……本当に強いのかな……。仲間……? この声の主……まさか!?

「こんなところで……負けてんじゃねえーーー!!」

 私の大切な人……。そうだ、私は負けるわけにはいかない。負けたくない。勝ちたい! 待ってて。私まだ諦めないよ。まだ……まだやれる!










「っしゃ、きたーーー!!」

「何!? ここで進化ですって!?」



'''放とう 秘めたこの力を'''
'''あなたと一緒にバトルの勝利を信じて'''

'''昔貼られた弱者のレッテルも'''
'''既に剥がれてる'''
'''あなたが傍にいてくれたからこそ'''
'''強くなれたんだ'''

'''負けたときには泣いちゃうけれども'''
'''ずっと戦う あなたを想いながら'''

'''立とう 走ろう 諦めない'''
'''勝てるかどうかじゃない 勝ちたいから'''
'''放とう 秘めたこの力を'''
'''あなたと一緒にバトルの勝利を信じて'''



「ユリ、ドレディア、勝負はこれからよ!」

「いいぞメガニウム! こっからが最強ヒーローズの見せ場だな。いくぞコラァ!」

「ウラー!」

「"ウラー"って何よ!」

 ちょっとフーディン"ヒーローズ"って、いつの間にチーム名みたいなのできてるの!? いつの間にか変身を解いてるツバサはなんかサイドのエネコロロにツッコミ入れられてるし。ふふっ……ありがとねツバサ。あなたの声があったからこそ、私はベイリーフからメガニウムに進化できたんだよ。
 二回り、三回りほど大きくなった私の体は、ベージュ色から新緑を思わせる黄緑色へと変化し、首についていたつぼみはピンク色の大輪の花を咲かせた。進化したとはいえダメージが消えたわけではなく、私に残る体力は残りわずかだ。だが、進化によって強化された能力と技、ピンチに発動する特性"しんりょく"の効果で草タイプの技が強化されている。逆転の可能性はまだ残っており、ここがいよいよ正念場だ。"エナジーボール"で凹んだ地形から這い上がると、ドレディアを鋭い眼光で射る。

「フフッ、美しい友情……嫌いじゃありませんわ」

「覚悟しなさいドレディア!」

 今は彼女の嫌味な口調など気にしている場合ではない。私は首の付け根から"つるのムチ"を伸ばすと、風切り音を鳴らしながら打ちつけるようにドレディア目掛けて振るう。その攻撃はドレディアの軽やかなバックステップで空振りに終わるも、私自身今の攻撃に確かな手応えを感じていた。
 技の威力や出始め、終わり際の隙の無さ、どれをとっても進化前とは違うものがある。鞭を振るった時の風切り音がそのパワーを象徴しており、空振りにこそ終わったもののドレディアの反撃を受けなかったことがそのスピードを証明している。

「まあ、少しはやりますこと。でも、所詮あなたはあなた……"かげぶんしん"」

 ドレディアが両腕をVの字に広げると、複数の分身が現れて私たちを取り囲む。個人で行っている技のため通常の"かげぶんしん"と変わったところは見当たらないが、さすがと言うべきか、数が多すぎて本物と偽物の区別がつかない。そんなふうに私が迷っていると、私が"つるのムチ"を打っている間に変身したフーディンがテレパシーで話しかけてきた。
 その内容はこの場で話すのに適した"かげぶんしん"を打ち破る方法ではあるが、その作戦内容に私は驚きを隠せない。それもそのはず、半ば作戦と言うよりは力ずくの戦法で、しかもほぼ私一人で分身すべてを攻撃すると言っていい。本当にできるのだろうか……

「(失敗したらいくらでもカバーしてやる。全体攻撃ができるのはお前だけなんだ)」

 迷っている間にもドレディアは両手を腰の右後方へと回し、攻撃の準備に入っている。またあの"エナジーボール"を撃たれては今度こそ立ち上がることができない。ユキメノコが三種類まで技を同時発動できるのに対し、彼女は技のコントロールに長け、追尾性能を持たせることが可能であることは先程の展開でわかった。ならば、今は迷わず攻撃に出るしかない。
 追尾性能を持つ最大パワーの"エナジーボール"を撃たれるのを阻止するため、私は作戦通りフーディンの胴の部分につるを幾重にも巻きつける。対してフーディンは得意の"サイコカッター"でスプーンを念の刃へと変形。私は一度目を閉じ、深呼吸で胸を膨らませると、ふーっと息を吐くと同時に気持ちを落ち着け、直後落ちつけた気持ちを一気に高ぶらせる。すると、ドラゴンの力が私の体内で渦巻き始め、体温が上昇し始めた。今ならいける!

「"げきりん"」

 雄叫びと共に体を回転させ始め、暴風を巻き起こしながらフーディンを掴んだつるを縦横無尽に振り回す。初めの印象がそうだったように作戦と言うより半ば力ずくの戦法だが、それを気にせず私は目を回しながらひたすら雄叫びと共にフーディンを投げ飛ばす勢いで回転し続ける。
 本来強者を相手に力ずくの戦法など通じるはずもないが、この勢いに任せた戦法でフーディンの刃、および私のつるが次々とドレディアの分身を潰していく。見た目が派手なために力ずくに見えるが、ドレディアにとっては予想外の行動であり、それによってこの攻撃が良き作戦として機能したのだろう。

「きゃっ……よ、よくもワタクシに傷を……!」

 そしてついにドレディア本体へダメージを与えることに成功すると、残っていた分身は風に連れ去られたかのように音もなく消滅する。攻撃により地面に倒れたドレディアが右の頬を押さえながら立ち上がる様子は、私に初めて彼女に一太刀報いた実感を与える。彼女の美しい顔は打ち付けられたつるにより赤く腫れ上がっていた。
 自慢の容姿に傷をつけられた彼女は怒り狂ったように地団駄を踏むと、いつになく殺気立たせた瞳を私に向ける。ただ容姿に傷をつけられたことに腹を立てているのではない。私に、彼女にとっては今まで格下と見ていたこの私に傷つけられたことが、容姿と同時にプライドにも傷をつけたのだ。
 そうなるともはや平常心ではいられない。彼女はいつものお嬢様の雰囲気などすべて捨て去り、体から青白い光を放ちながら狂気に満ちた高笑いで、恐怖の塊とも言うべき化け物へと変化し始めるではないか。

「何? エアームドもあんな光を?」

「どうしたの!?」

 ふとフーディンが一人で話し始めたが、おそらく融合しているツバサとの会話を声として漏らしてしまったのだろう。その声が耳に入った私は、すかさず何があったのか彼に尋ねる。

「エアームドもやばくなったらあの光を出したんだとよ。しかも、ルカリオが言うにはあれはゾーンの光らしいぜ」

「ゾーン!? な、何故ドレディアがゾーンの力を……」

 衝撃の事実に私は目を見開いて驚きの様子を見せると、それを見たフーディンから"落ちつけ"と一言。そうだ、彼女が何故ゾーンの力を使えるのか分からないが、その力を使おうとも使わずとも私たちのやるべきことは変わらない。
 ドレディアは全身から発する青白い光をさらに強めると、雄叫びと共に烈風を巻き起こしながら高速で回転し始めた。これはまさか……間違いない。あの技がくる!

「どうしよう……"はなびらのまい"がくるよ!」

「ん? あ、ああ……。メガニウム、ツバサからの伝言だ。"ソーラービーム"で迎撃してくれって」

「私が迎撃!? そんな、あの技には勝てないよ!」

 ツバサの頼みとあれば何でも聞きたいところだが、あいにくドレディアの"はなびらのまい"に対抗できる力など私にはない。確かに進化したことで"ソーラービーム"という草タイプトップクラスの威力を持つ技を覚えた私だが、ドレディアの"はなびらのまい"はその威力を遥かに超えているはずだ。
 今まで彼女の本気を見たことがなかった私だが、彼女との練習試合ではいつも"はなびらのまい"で止めを刺されていた。ただでさえ彼女相手に何もできなかった私は、必ず止めに使われる"はなびらのまい"に恐怖し、絶望していたのだ。それ故にあの技の怖さは一番よく知っている。

「怖ぇのはわかる……。だが"ねむる"で回復したのはオレだけで、ツバサの体力はもう限界なんだ。いつ変身が解けてもおかしくねえ」

「ええ!? そ、そんな……」

「だから頼む。お前の本気であいつをぶっ飛ばしてくれ!」

 ツバサの体力が限界……。それではフーディンは戦えなくなってしまう。私が……私がやるしかないんだ。勝てるとは思えない。でも、ここでやらなきゃ一生後悔する。ツバサが、フーディンが、みんながどうなってもいいわけがない。
 恐怖におののく己の戦意を懸命に駆り立て、私はフーディンの言葉に弱々しくも頷き同意を示す。そしてドレディアの方へ向き直ると、彼女の周囲にはすでに無数の花びらが宙に浮かび、まるで彼女の命令を待つかのように突撃の準備を整えていた。

「平伏しなさい。いざ、歓喜の花を!」

「頼むぜメガニウム!」

 ついにドレディアが浮かび上がった花びらを嵐の如き突風に乗せて放つ。それに対抗すべく、フーディンは残りの力を使い、スプーンから太陽のように熱い白光を放つ球体を撃ち上げた。この技は……"にほんばれ"! これで私の"ソーラービーム"は溜めの時間を省略して放つことができる。
 フィールドサイドからは仲間たちの熱烈な声援が響き渡り、私はかつてない緊張感を覚える。今までにこれほどまで自分の行動が重要視された経験など一度もない。そんな初めての経験に高揚し、重い責任感を感じつつも、私は仲間の応援に応えるべく草のエネルギーを体の中心に結集させる。
 もう"はなびらのまい"は迫っている。時間がない。私は首回りのピンクの花びらで"にほんばれ"のエネルギーを吸収すると、目前まで迫った"はなびらのまい"を一蹴すべく、体内の草エネルギーと合わせて口元まで持ってきた。これで決着がつく。持てる力のすべてを技に託し、この一撃にすべてをかける。

「"ソーラービーム"」

 草エネルギーの塊が、この場にいる皆の視界を奪うほどの白光と共に撃ち放たれた。広範囲に散って矢の雨の如く降り注ぐ"はなびらのまい"を迎え撃つべく、私は長い首を、円を描くように高速で振り回し"ソーラービーム"を拡散させる。
 技と技がぶつかることで生まれる衝撃は私の上半身を仰け反らせ、踏ん張る足を後方へと押しやる。それを支えるべく傍にいたフーディンが懸命に私の背中を押さえ、反動で体勢が崩れることを防いでくれた。
 ところが、ここで異常が発生する。怒涛の威力を持つ技を放ったことで、私の体が早くも音を上げ始めたのだ。いったい技を放ち続けてどのくらい経つのだろう。おそらく十秒も経っていないはず。しかし、私にはその十秒にも満たない時間が一時間にも二時間にも思えるほど長く感じられ、次第に全身に激痛が走りだす。
 ここで負けるわけにはいかない。もはや目の前には白銀の世界が広がるばかりで何も見えないが、それはつまり"ソーラービーム"の威力が負けていないということ。"はなびらのまい"は発光する技ではないからだ。しかし、未だに踏ん張っても全身が仰け反りそうになる反動が伝わるのだから、押し勝ったわけではない。まだ技と技はぶつかっているのだ。ならば力は互角。すなわち、いかにこの技撃ち続けられるかで勝敗が決まる。それは分かっている。分かっているんだけど……
 その時だった。突然体の異常が急速に進行し、視界がぼやけるほどの激しい頭痛が襲ってきたのだ。全身が音を上げている。それは確かに分かっているが、何故ここで耐えられないのか。
 自分の体にそう疑問をぶつけると、予想外にも答えが返ってきた。その答えは"げきりん"。この技はドラゴンタイプの技でもトップクラスの威力を持つ強力なものなのだが、使用後混乱状態になってしまうという弱点がある。その混乱状態が今になって起こり、パワーを使いすぎていることと相まって激しい頭痛を呼び起こしたのだ。

「ツバサ……みんな……ごめんなさい……」

 そしてとうとう私はその頭痛に負けて倒れ込み、技を撃ち続けられなくなってしまう。直後、視界を奪っていた強烈な白光が消えたかと思うと、矢の雨の如き花びらたちが私たちに迫ってきた。それを防ぐべく後方にいたフーディンがすかさず"ひかりのかべ"を発動し"はなびらのまい"に備えるも、その凄絶な威力を前に"ひかりのかべ"は成す術もなく破られ、ついに直撃の寸前までやってくる。
 刹那、誰かが私の目の前に現れた。両腕を肩と並行に伸ばし、仁王立ちするように私をかばい、そして……散った。










「クックック……口ほどにもないガキが!」

「始めのうちに回避中"ちょうのまい"を使っていたことを見抜けなかったようね」

 "はなびらのまい"により巻き起こった土煙が薄くなってきた頃、変身を解いたユリが未だ変身を解く前に放っていた青白い光を体にまとったまま、拍手で自らの勝利を讃える。
 同じく青白い光の消えぬドレディアは、"はなびらのまい"の威力が、"しんりょく"を発動させたメガニウムの"ソーラービーム"に勝った理由を漏らす。"ちょうのまい"はその名前の通り、ひらひらと蝶のように軽やかな舞を踊り、戦闘中のみ特攻、特防、素早さの三つのステータスを上げる強力なパワーアップ技だ。戦いの前半、回避中密かにこの技を使用していた彼女は、通常より遥かにパワーアップすることに成功していたのだった。
 一方彼女と戦っていたメガニウムたちのところでは、傷だらけのフーディンが白目を剥き出しながら倒れており、その隣では変身して彼と共に戦っていたツバサが、外傷こそないものの目を閉じて倒れていた。
 バトルフィールドのサイドにいたツバサの仲間たちは愕然とした表情でその場に立ち尽くしており、一方ユリの仲間でサイドにいたユキメノコは、未だ目を閉じながら息を荒げるレイカを抱きながら口元に軽い笑みを浮かべている。
 この戦いユリ、ドレディアの勝利であり、彼女たちは敗者のメガニウムの下へ歩み寄る。メガニウムはサイドにいる仲間以上の衝撃を受けており、その表情からは感情がまるで感じられない。魂を抜かれた抜け殻のようだ。

「ったく、あんなガキに誘惑されるなんて……。メガニウム、アンタ進化してもぜんっぜん弱いままじゃない。ま、手にかけるつもりはないからついてきな」

「さあ、行きますわよ。あなたみたいな弱者で、裏切り者でも、仲間として見捨てないユリには感謝することね」

「…………」

 ユリとドレディアは、元の仲間であるメガニウムを連れていくべく、彼女の背中を軽く叩く。

 "動かなければやられてしまう"

 そう感じたメガニウムは感情を取り戻さないまでも、本能的に危険を察知して彼女たちにつき従っていく。その様子にユリたちは満足した表情を浮かべると、サイドで待機していたユキメノコへ目で合図を送った。ツバサを倒すという目的を達成したため撤退するのだ。

「なんで……なんでだよ……」

 その時だ。今にも消え入りそうな微かな声がユリたちの耳へと入る。"まだ生きてたか"と半ば呆れたように思いつつ、どうせ立つこともできないだろうと高をくくりながら振り返るユリとドレディア。そして、彼女たちに連れていかれるメガニウムもまた何を思うでもなく背後を振り返る。
 そこには俯いたまま右膝を立て、右の拳を地面に叩きつけるツバサと、両膝を立て、上半身を仰け反らせて表情の見えないフーディン、そして力強い目でユリたちを睨みつけるサイドにいたツバサの仲間たちが立っていた。もはや戦うことなどできないツバサとフーディン。だが、彼らの闘志と言う名の炎はまだ消えてはいない。

「なんで&ruby(そいつ){メガニウム};を雑魚扱いすんだ……。褒めてやらねえんだ……」

「馬鹿ね。アンタみたいなガキに誘惑されるわ、結局進化しても負けるわで弱いに決まってるじゃない。お世辞でもない限り褒める要素なんてないのよ」

 何度も倒れそうになりながらも、仲間に支えてもらいながら立ち上がるツバサ。その体は鉛のように重く、頭に至ってはまともに上げることもままならない。しかし、彼は消え入りそうな声でユリに疑問をぶつけていた。
 それに対しユリは、質問の内容があまりに愚かだと内心彼を侮蔑しながらも、当然の答えとでも言うように自らの答えを口にする。
 一方メガニウムは立ち上がった仲間の姿を目の当たりにして感情を取り戻し、罪悪感にさいなまされながら顔を俯かせる。

「努力しても無駄。弱者は弱者。決して輝けない。結局世界で一番美しいのはこのアタシとドレディアなのよ」

「ああ、努力なんてしたって無駄なことがあるのは認めるさ。くだらねえ綺麗事なんて言いたくねえしな」

 ユリの言葉に対するツバサの反応に、彼女は一瞬身をたじろがせる。"努力すれば誰でも強くなれる""誰だって輝くことができる"そんな言葉を予想していた彼女にとって、ツバサの予想外な言葉は、まるでこれから何をしでかすか分からない恐怖の対象として映ったのだ。
 そんな彼女の様子が見えているのかいないのか。ツバサは口元に軽く笑みを浮かべると言葉を続ける。

「世の中頑張ったってどうにもならねえことなんていっぱいある。誰にも認めてもらえず、褒めてもらえず、オレだって頑張ることに何の意味があるんだって言いたい時があるさ。批判ばっかりされてな。でもな……」

「くっ……な、な、何が言いたい!?」

 突然今にでもツバサが自爆でもするのではないかとでも言うほどに焦りだしたユリに、傍にいたドレディアは不安の面持ちでその表情を伺う。その顔にはいつもの整った顔立ちなど存在せず、冷や汗を垂らしながら歪んでいる表情しかなかった。
 ついには頭痛が襲ってきたときのように頭を抱え始めたユリに、ドレディアは驚きの表情を露わにして息をのむ。それを予期していたかのようにツバサは仲間の肩から手を離して立ち上がる。

「誰も批判ばっかりされて嬉しい奴なんていねえだろ。だからこそさ、ちゃんと努力を見てやれよ。頑張ったら些細なことでも褒めてやれよ。それが……仲間じゃねえのかぁーーー!!!」

 ツバサは先程まで仲間に支えてもらっていたとは思えない速度で走り寄り、空気を吸い込んで胸を膨らませると、怒涛の叫び声と共に頭を抱えたユリの左頬を右の拳で殴り飛ばす。そして宙へ舞ったユリの瞳からは一滴の雫が飛び散る。果たしてそれは怒りや悔しさか、それとも反省か。
 その光景を目の当たりにしたメガニウムの瞳からは、堰を切ったように涙があふれ出す。そんな彼女をツバサは無言で抱き寄せる。ほんの一滴でいい。彼女の流す涙に、嬉し涙が混ざっていてほしいと願いながら。

「男のくせに女に暴力とは……!」

「フンッ! 女だからと思って優しくしてもらえると思ったら大間違いだ。相手が男だろうが、女だろうが、仲間に仇なす奴は容赦しねえ!」

 パートナーのユリを殴り飛ばされたドレディアがツバサを非難するも、彼は自らの信念を堂々と言い放ち動じない。その様子に腹を立てたドレディアが彼への攻撃を試みたその時、彼の仲間であるヘルガーとキングドラが彼とドレディアの間に割って入る。
 変身していない状態で二対一。しかも相手に苦手な炎タイプであるヘルガーがおり、嫌でも勝てる状況でないと分かるドレディアは一歩後ろへと退く。そして倒れたユリの下へ寄ると、彼女を気遣いながらユキメノコ共々その場を去って行った。

「追撃をかけるぞ。今なら奴らに止めを刺せる」

「Hey! 大変だ! いつの間にかツバサの意識が吹っ飛んでる!」

「くっ……」

 追撃を試みるヘルガーだったが、ツバサが意識を失ったことをグラエナから知らされると、止むなく追撃を中止する。そして彼らは万が一の反撃を警戒し場を移動し始めたのだった。





「う……うーん……」

「ツバサ!」

「ううっ……ブー……バー……」

「なんでここで"ブーバー"なのよ!」

「普通息をつくなら"ふぅはぁ"だろ……」

 激闘を終え、ようやく目を覚ましたツバサの息のつき方にすかさずエネコロロとヘルガーのツッコミが入る。確かに"ブーバー"って溜め息つく人初めて見たなぁ……
 私は苦笑いしながら種族上持っている癒しの力の発動を中断すると、首の付け根からつるを伸ばし優しくツバサを起こす。

「ったく、お前も無茶しやがるぜ」

「何言ってんだよ。"はなびらのまい"がくるとき突っ立ったお前のほうこそ無茶苦茶だろ」

「"突っ立った"だー!? オレが寝ぼけてたみたいじゃねえか!」

「お前寝ても起きても大して変わんねえじゃん」

「んだとコラァ!」

「ウラー!」

 ツバサとフーディンの不思議なやり取りに、私を始め周囲の一同は何とも言えない表情を浮かべる。"はなびらのまい"から守ってくれたフーディン、私を褒めてくれたツバサ、どっちにも感謝してるよ。
 ツバサの"ウラー"の意味が分からないんだけど、あれって何か意味があるのかな? 首を傾げる私の前では、座ったままいつの間にかお互い笑顔でハイタッチをする二人がいて……。改めて思うけど、この二人ってどっちも無茶苦茶だけど、とっても仲良しで良いコンビなんだね。

「メガニウム、お前が治してくれたんだよな? ありがとう」

「いや……こっちこそありが」

「ん? なんか甘い匂いがするぞ?」

「え?」

 もう……私もお礼が言いたいんだから最後まで聞いてよぉ……。そう言いたいところだが、突然甘い香りを嗅ぎつけたらしいツバサはすっと立ち上がると、私の背中に乗って横になりだした。
 甘い香りって……もしかして私の!? 私が現在使用できる技に"あまいかおり"の技はないが、首の辺りに咲いたピンクの花からは常時甘い香りが立ち込めており、さらにこの花からは技とは違う種族特有の癒しの力を放つことができる。

「うはー、すごい良い匂いだな。オレ甘いもの大好きなんだよ」

「あんた、上半身裸のままくっつくとか変態ね」

「おいそこ! 人を変態呼ばわりすんな」

 あ、そうそう、ドレディアの"マジカルリーフ"で服を切り裂かれちゃったツバサはまだ上半身裸で、今現在着る物がないんだよね。しかもここはポケモンセンターなどではなく、あの戦いの場から少し離れた平地に過ぎない。
 そんなこんなでエネコロロの言うとおりまだ上半身裸でいるツバサが、甘い香りに誘われて私の背中で横になって……。やだ、顔が紅くなってるかも!?

「ヒューヒュー! お似合いだな」

「お前、裸がお似合いとか人を変態扱いすんな」

「そっちじゃないだろ……」

 まったくグラエナときたら、すぐ勢いで冷やかしとかするんだから……って、ツバサは全然違う意味で取ってるし! キングドラの言うとおり、私の背中で横になってるのを見てグラエナは冷やかしてるはずなんだけど……。まったく、これで良かったのやら、残念なのやら……
 そんなやり取りをしていると、ツバサが気を失っている間に木の実を取りに行っていたルカリオが戻ってきた。そして取ってきたモモンの実九つを各々に配っていく。

「ちゃんと配るのだぞ」

「わかってるっつーの。いっただっきまーす!」

「おい、フーディン! お前今オレの分食っただろ! オレ貰ってねえんだけど。ちゃんと回せや」

「食ってねえし。自分で食って忘れたんじゃねえの?」

 たった一つの木の実で喧嘩しないでよ……。まったくツバサとフーディンは仲が良いのか悪いのか……いや、良いんだろうけどさ。

「くだらん争いはするな。これをやる」

 そんな様子を見かねたのか、自分の木の実がフーディンに食べられたとわめくツバサに対し、ルカリオが自らの分を譲り与える。

「さっすがルカリオ! やっぱお前はかっけえぜ!」

「うっ……冷やかしをする暇があれば早く食え。いらないなら私が食べるぞ」

 はは、ルカリオって結構恥ずかしがり屋なのかな? ツバサに褒められて少し顔を紅くしてるもんね。そんなやり取りを見て、一同が声を上げて笑っている。
 ゾーンとの厳しい戦いに勝つのが私たちの本来の目的だけど、たまにはこうやって普通の、当たり前のやり取りをして笑いあえる時間があってもいいのかなと私は思う。いざという時は今回のようにみんなが力を合わせて助けてくれるのだから。
 その中心にいるのはやっぱりツバサで、私だけでなく、彼に惹かれてこのメンバーは集まっているんだろうと思う。ツバサ、ありがとう。今回は助けてもらったけど、今度からは私があなたを助けたい。そのためにもこれからもっともっと強くなるからね。それが"あなたと歩む道"であり、私の"人生"なのだから。いや、ポケモンだから"ポケ生"かな?





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[[ポケットモンスタークロススピリット 第17話「黒き魔導士と赤い閃光」]]
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''あとがき''
今回のお話は前回に引き続き、戦闘を中心とした山場でした。それ故似たようなものにならないよう前回はネタを多めに、今回は山場らしい山場として仕上げたつもりですがお楽しみいただけたでしょうか?
また、終盤に入りメガニウム視点の一人称から三人称へと変化させましたが、混乱せずにお読みいただけたでしょうか? 迫力重視の戦闘シーンや、視点キャラの心情が著しく変化した場合は一人称にすると単調になってしまうため、三人称に変えています。
余談ですが今回初めてキャラソンの歌詞作りに挑戦したいと思い、途中にそれの一番だけ入れてみました。今後メインキャラ全員の歌詞を作れる自信はないのですが、また機会があれば魅力を引き立てるのに一役買えるようなものを目指して作れたらと思います。

ここまで読んでくださりありがとうございました。
よろしければ誤字脱字の報告や、感想、アドバイスを頂きたいです。
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