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ポケットモンスタークロススピリット 第14話「宝石の行方」 の変更点


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作者 [[クロス]]
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 ポケットモンスタークロススピリット、[[前回>ポケットモンスタークロススピリット 第13話「竜の施し」]]までは……

 人やポケモンを凶暴化させる謎の物質ゾーンと戦うため、そして世界を救うために必要とされる伝説の宝石を集めるためポケモンの世界へとやってきたツバサは、二つの不思議なペンダントの力でフーディン、ルカリオと融合――変身する力を得る。そんな彼の前に立ちはだかったのは謎の生命体ガレス。
 その圧倒的な力に成す術がなく撤退を余儀なくされたツバサは、同じ現実世界からやってきた仲間を失ってしまう。その後宝石を集めるため旅をすることにしたツバサは、仲間と共にレックウザエメラルドを手に入れる。
 しかし、ホウエン地方で手に入れられる三つの宝石のうち二つは何者かの手に渡ってしまう。一行はやむを得ず二つの宝石の入手を諦め、シンオウ地方へ移動するためホウエン地方の北東にある大陸のように大きな島へとやってきたのだった。

第14話 「宝石の行方」


 爽やかな朝の陽ざしがガラスの窓をすり抜けて差し込む。その光が顔にあたると、その温かさと眩しさを感じたオレはやや重い瞼を開く。眠気は多少残るが、一度目が覚めたのだから起きるとしよう。
 ここはポケモンセンターの寝室だ。空気を入れ替えるべく窓を開けると、室内の温度と比較してやや冷たい風が入ってきた。その冷たさは目を覚ますにはちょうどいい心地よく、残っていた眠気を吹き飛ばしてくれる。
 さあ、仲間を起こして旅を再開するとしよう。そう思ったオレはベッドで寝ているフーディン、ルカリオ、ショウタの布団を順番に引きずり下ろしていく。そして空気を胸いっぱいに吸い込むと、声を張り上げた。

「起きろぉーー!!」

 どうだ、朝の気合い十分なオレの声! 宝石を手に入れたことで強さがショウタに抜かれるし、挽回すべくこれからやる気を持って修行に取り組もうというオレの姿勢が感じられるだろう。
 この声を受けて目を覚ました三人。ショウタはまだ眠そうに瞼をこすり、ルカリオは腕を組みうずくまっている。フーディンはと言うと、立ちあがって部屋の壁にかけてあったポスターを取り外し、それをじっくりと眺めている。
 何のポスターだろう? 疑問の浮かんだオレは、それを見せてもらうべく彼の元へ歩み寄る。その瞬間、彼はおもむろにポスターを丸め始めた。

「メーン!」

「んがっ!」

 いってぇ……何すんだこいつ。何が“メーン”だ。ふざけんな。こっちは一気に不機嫌になったっていうのに、こいつポスターを放り投げてめちゃくちゃ爽やかな表情でオレを見てやがる。

「おい、てめえふざけ……」

「お前がだろ」

 ポンッという、こちらの痛みを想像し難い微妙な音と共に、背後から再びオレの頭をポスターが襲う。まさか“ねんりき”!? いや、こいつは変身なしでは技が使えないはずじゃ……
 そう思いつつ後ろを振り返ると、後頭部の房のようなものを逆立て、白目をむき出しに怒り狂う&ruby(ルカリオ){鬼};がいた。ポスターで殴ってきたのはこいつか。

「朝から大声を出すとは何事だ! ここは他の者も宿泊しているのだろう? 少しは他者の気持ちを考えろ!」

「お前らが起きない……あー……はい、どうもすみませんでしたルカリオ様」

 反論しようとすると丸めたポスターを持った右腕を上げるものだから、恐れおののいたオレは“ちいさくなる”を使用してひざまずく。これで回避率は上がった。奴もそう攻撃を当てられないはず。
 ところがもう一発ポスター攻撃が飛んできて頭を直撃するものだから、今度は土下座で謝罪する。うわ、オレ情けねえ……。つーか、こいつ鬼畜だろ! ショウタは腹を抱えて笑ってるし、恥さらしもいいとこだ。っていうか、止めねえんかい!
 普段は穏やかなルカリオがこれだけで鬼畜になるのだから、個人的に腹を立てているのだと思う。他者の気遣いなど自らを正当化させる理由に決まってる。大方アーロンの夢でも見ていたのだろう。
 やや冷たくも爽やかな風が吹き寄せる窓から顔を出し、ルカリオは青空を見上げている。あいつの目には爽やかな青い空に、これまた爽やかなアーロン様の顔でも映ってるんだろう。悪かったなとしか言いようがない。あんなイケメンで、人間離れした強さを持つ奴になんて勝てっこないのだから。天は二物を与えずなんていうけど、神様もお人が悪いってもんだぜ。





 その後朝食を取り、気を取り直して旅を再開する。ポケモンセンターにあったタウンマップによれば、今現在いる島は大陸と言っていいほど大きいようで、この先いくつか大きな町もあるようだ。
 ポケモンセンターにいた他のトレーナーに聞いたところ、島の最北東には港があり、そこからシンオウ行きの船が出ているのだとか。お金がないので利用できそうもないが、船での移動のほうが遥かに安全で確実だろう。ボーマンダに乗ってシンオウを目指すのはあまり現実的でないことから、どこかで船を利用するための資金を手に入れたいところだ。

「みんな、あれを見てよ!」

 ショウタの声を受け、彼の指さす方角に目を向ける。樹木で遮られたところからなんと火炎やら視認できる衝撃波やらが上空に向けて飛んでいるではないか。誰かポケモンバトルでもしているのだろうか?
 道からは逸れてしまうが、特訓をして強くなりながら目的地を目指すと決めたのだから、ちょっとぐらい寄り道してもいいだろう。そう思ったオレは、草木をかき分けて飛び出し、仲間たちもそれに従ってついてきた。



「お前、今日も調子がいいな」

「キミこそ相性が不利なのに頑張るじゃないか。さすがだね」

 威勢がよく熱血漢を思わせる声と、爽やかで好青年を思わせる声が、互いを褒める言葉をかわしている。察するに仲間内での特訓と言ったところか。そんなふうに推測しながら地を蹴り、彼らがいる開けた場所へ出るべく葉が生い茂って塊のようになった草むらに飛び込む。
 と、その時、草むらを抜けて右足を踏み込み、次いで左足を踏み込もうとすると、何かに足を掛けうつ伏せに倒れてしまう。うっ、なんか盛大にこけて馬鹿みたいだ。幸い両手で受け身を取ったおかげで顔を地面にぶつけることはなかったが、さすがに恥ずかしい。
 そこへ追い打ちをかけるように背後から左足を引かれるではないか。ちょっ、後ろにいるのは仲間だろ!? まずい、これでは顔が! ちょっ、お前らやめ……うがががが。

「エグッ!」

「これじゃあ前の奴らに気付かれっちまう。そんな引き方で大丈夫か?」

「大丈夫だ。問題ない」

 全然だいじょばねぇ! 口の中に土が……おえぇ……。つーか顔が痛ぇーーー!! 薄々感づいてはいたが、足を掛けたのも、引きずったのも仲間らしい。こいつら本当に仲間か?
 話し方から実行したのがルカリオであることがわかるから、朝の出来事をまだ根に持っていたようだ。こいつ本当に鬼畜だな……。アーロン様より、少しはオレを好きになれよ。

「い、今何か出てきたよな……」

「人に見えたけど……だ、誰だろ……?」

 顔についたり、口に入った土を取り除きながら恨みの念を重ねていると、先程互いを褒めていた二つの声が耳に入る。なんか不審者みたいに思われてるし! こいつらのせいなのに……
 さすがにキレてやりたいところだが、ゾーンがどうのこうのとルカリオたちが口にしていることから、警戒もなしに正体不明の声に誘われて一人で飛び出したオレを心配していたらしい。そう言われると怒りづらいよなぁ……
 だからと言って引きずられて良いわけではないが、まあ今回は許すとしよう。きっとルカリオもフーディンも不器用なのだ。ショウタはたまたまそこに居合わせたにすぎず、彼は何もしていない。となれば、誰にも怒れないというわけだ。
 そうと決まったところで、草むらの先にいる人に声をかけてみるとしよう。すぐ襲ってこないことから、相手はゾーンポケモンではなく、普通の人間であることは間違いない。さすがに不審者扱いされたままってのもあれだし、早急に誤解を解いてやるとしよう。

「やあ、こんにちは」

「ゲゲ! 化け物!?」

「誰がだよ!」

 頭に葉っぱがついてたり、顔に土がついてるだけで化け物扱いすんなよ。って、オレがツッコミを入れた相手は……ポ、ポケモン!?

「ポケモンが喋ってる!? 化け物だぁー!」

「オレも喋るだろ!」

「ついでだが私もな」

 いでっ! おいフーディン、ちょっとボケただけなのに木の棒で叩くな! 感じる痛みがポスターの比じゃねえぞ! つーか棒折れてるし!
 オレを化け物扱いしたのは、二本足で立ち、藍色の毛皮が温かそうなバクフーンと、後方に大きく反った二本の長い角とひし形の翼、ゴーグルのような目を覆う赤い膜が特徴的なフライゴンというポケモンだ。と、ここで一つ疑問が浮かぶ。

「ん? 喋るバクフーンとフライゴン?」

「ん? 喋るフーディンとルカリオ?」

「プラス変な人……あと一人の人は知らないけど……って……」

 こちらが疑問を浮かべたのと同じく、相手側も疑問を持ったようだ。って、オレは変な人かい! そして次の瞬間、草原にショウタを除くこの場にいるすべての者の声が一斉に響きわたる。

「ああぁーーー!!」

「まさか……ツバサたち……なのか?」

「あ、ああ……。ってことは……お前たちはヒトミとユウキの……」

 その瞬間、オレたちは同時に歓喜の声を上げ、あらん限りの声を張り上げて喜びを爆発させる。彼らは紛れもなくヒトミのフライゴン、ユウキのバクフーンなのだ。
 あの時、ガレスの攻撃から逃れるため見捨ててしまった仲間たち。突如疾風の如く現れ、トクサネシティを一撃で消滅させたあのガレスの力に飲まれ、確かに彼らは命を落としたはず。そんな彼らがまさか生きていようとは夢にも思っておらず、この再会は奇跡と言うよりないだろう。
 しばらく抱き合ったり、胴上げをしたりと騒ぎたい放題だったが、その間唖然とした表情で空気状態になっていたショウタには後できちんと謝っておこうと思う。ようやく熱が冷めてきたところで、バクフーンたちとショウタ、互いに自己紹介をしてもらった。

「それにしても、まさかツバサたちが生きてるなんて……本当に嬉しいよ」

「それはこっちの台詞だぜ。まさかお前らが生きてるとはな。これでガレスの野郎をぶっ飛ばしにいけるってもんだぜ!」

 勢いづいたフーディンの言葉に一同笑顔という花を咲かせ力強く頷くが、もちろんあのガレスを倒すことなど容易ではないだろう。だが、この予想だにしない奇跡の再会が、オレたちにさらなる力を与えてくれるだろうと信じている。
 ところで、喜びのあまり騒ぐだけ騒いでしまったが、ふと不自然なことに気付く。ヒトミとユウキはどうしたのだろう。先程から彼女たちの姿が見当たらないのだ。

「ああ、悪かったな。俺たちが興奮して騒ぎ立てるもんだから、それを止めないように気を遣ってくれてたんだ。今会わせてやるよ」

 そう言うと、突然バクフーンとフライゴンの体がそれぞれ紅色と藍色の光を放ち始める。突然の光に目を反らすが、光が止み、視線を元に戻すと、そこにはユウキとヒトミの姿があった。これはもしや……

「みんな……本当に無事でよかった……」

「ユウキ、そんな泣かなくても……あれ、私も……」

 再会に目に涙をにじませる二人を前にすると、冷めてきた熱が再び上昇し、喜ばずにはいられない。すっかり涙で顔がくしゃくしゃになった二人がこちらに走り寄ってきた。うわ、嬉しいけど二人同時に抱きとめるのは……

「フーディンーー!!」

「ルカリオーー!!」

「がーん……ス、スルーだと……」

「げ、元気出せって」

「わ、悪気はないんだよ。許してあげて」

 オレに向けて走り寄ってきたはずの二人は、腕を広げて抱きとめる気満々のオレを華麗に通り抜け、フーディンとルカリオに飛びつく。明らかにオレを見ていたはずの彼女たちがオレをスルーしたという事実に、何とも言えないものが込み上げてくる。
 この衝撃の結末を誰が予想しただろう。穏やかな風が吹き抜ける草原のほんの一部、オレの立つほんの一部だけが雪山の如き吹雪が吹き荒れていた。

「が、がっ……」

「うええ!? ツバサが凍りついたー!?」

「しっかりしろ! 今俺の炎で溶かしてやる」

「くふっ……ちょっ、ツバサ笑わせないで……」

 もういい。もういいんだ。トレーナーはポケモンを引きたててなんぼだしさ。ユウキもヒトミも再会できて幸せなんだから。でも、一つ気に食わないことがある。ショウタ、お前なんで堪え切れないほど笑ってんだ。
 うおおおぉぉーー! なんでオレが笑われてんだーー! オレはネタキャラじゃねえ。オレの人生、オレが主人公だぁーーー!!

「な、なんて気迫だ……。炎が見えるぞ」

「すごい……すごいよ。これがツバサの力なんだね」

 そうだ。炎が見えるだろうバクフーン。お前のように、オレも今猛烈に燃えてるぞ。そしてフライゴン、よくぞ言ってくれた。オレはすげえんだ。だが、オレのすごさはこんなもんじゃねえ!

「どんな強敵だってぶっ飛ばす! こっからてっぺん取ってやるんだ。うおおおぉーー! 燃えてきたぞ!」

「ははっ、存在感と笑いの意味ではもうてっぺん取ってるよ」

 くそー。ショウタ、オレを馬鹿にするなー! 一回勝ったくらいで良い気になるなよ。さっきのでわかった。ヒトミもユウキも絶対強くなってる。だが、オレはそれを超える。最強はこのオレだあああぁぁー!!





「その後僕たちは……ぐあっ!」

 どけよ。基本オレ視点安定だ。それからオレたちは一度ポケモンセンターへ戻り、互いにこれまでどう過ごしてきたかを語り合った。あの夜、ガレスの強力なエネルギーを感じ取ったバクフーンが注意を促し、ユウキたちは一度フライゴンに乗って島を離れたのだそうだ。
 直後、ガレスの攻撃により地響きと共に島は消滅し、飛行能力を持たないオレたちはその攻撃に呑まれて命を落としたと思ったのだという。しかし、彼女たちは深い悲しみの中、伝説の宝石を求めて旅を始めたらしい。
 先程ポケモンの体からトレーナーが出てきたのも、彼女たちが伝説の宝石を手に入れ、変身能力を獲得したからだ。ユウキはグラードンルビーの、ヒトミはカイオーガサファイアの適合者だという。レックウザの口から悪い奴の手に渡ることはないと聞いてはいたが、彼女たちが手に入れていて一安心である。

「……というわけなんだ。それで、これがカイオーガサファイアだよ」

「うわ、すごい綺麗だね。僕のはレックウザエメラルドなんだ」

「ウチのはグラードンルビー。これがウチらを導いてくれるんだもんね」

 深海の水を思わせる濃い青色のカイオーガサファイア、爽やかな新緑を思わせる緑色のレックウザエメラルド、煮えたぎる灼熱のマグマを思わせる紅色のグラードンルビー。三つが同じ場所に集い、神聖な美しさを放つ光景は見る者を興奮させて止まない。
 宝石の適合者三人が固まっているため、やや話に混ざりにくいと感じたオレは、宝石の美しさに魅せられ、それを取るべく手を伸ばす。

「ちょっと、いきなり取らないでよ!」

「まあまあ、ユウキ落ちついて」

「ツバサ、いきなり取るもんじゃないよ」

 これが、グラードンルビーとカイオーガサファイア……。適合者に力を与える伝説の宝石……か。人とポケモンを融合させる神の力、&ruby(クロススピリット){魂の出逢い};。オレたちはこの力に導かれ、戦いに身を投じていく。敵をなぎ倒し、世界を救う。ショウタたちとは現実世界での面識はないため一概に言えないが、少なくともオレは平凡な奴だ。
 そんな平凡な奴が世界を救う。もちろんガレスの存在を始め、様々な脅威を思うと、決して楽に勝てるわけではない。だが、オレたちならあのガレスにも勝てるかもしれない、と宝石が言っているように思う。
 ただ、何故だろう。オレの胸の中には違和感が残っている。神の力に導かれ、戦って幸せを掴むのがオレたちのあるべき姿なのか? 宝石やペンダントが頼りになることは事実だ。だが、オレは神の力に導かれるがままに戦うというその姿が、どこかかっこ悪く、情けないものに思えてならない。
 誰かを守ることができるのは神の力なんかじゃない。その誰かを守りたい気持ちを持つ人やポケモンそのもののはずだ。用意された奇跡など待たず、オレたち自身の力で道を拓かなきゃならないんだ。
 もう二度と、誰かを失いたくなんかない。強大な力で描かれたストーリーなどオレは歩みたくない。それが強くなるために用意された試練だとしても、仲間が傷つき、倒れるのはもう見たくないんだ。

「ちょっとツバサ、返してあげな……うわっ!」

 オレが手にした二つの宝石を、持ち主に返そうと手を伸ばしたショウタが、突然何かに弾かれるように手を引き戻す。無論オレは何もしていない。と言うことは、宝石が彼を弾いたというのか。
 適合者にのみ触れることを許し、その力を授ける。そのような性質を持つと考えられるが、では何故オレは弾かれない? じっと宝石を見つめるが、その答えなど返ってくるはずもなく。
 定かではないが、なんとなくどの宝石もオレを受け入れている感じがする。つまり、オレはその気になればこの力を……。いや、これは適合者のものだ。それに、オレはこんなものに頼りたくはない。
 誰かに、何かに頼って生きていくのはもう終わりだ。オレは選ばれし者なんかじゃない。そしてただの凡人でもない。オレはオレだ。オレはこれから強くなる! 奇跡は、オレ自身が起こすものだと信じて。

「ごめん。これ返すよ」

「あ、うん……。ごめんね、ウチ怒ったわけじゃないよ。ツバサ……手が震えてるよ……」

 宝石を持ち主に返すと、ツバサは部屋を後にした。その彼を追うようにフーディンもまた部屋を飛び出す。おそらくツバサのことを気にかけてのことだろう。悪いことをしてしまったのではないかと気を落とすユウキたちに“気にするな”とだけ言葉を残すと、私もまた彼らを追うべく部屋を後にした。





「おい、お前どうしたんだ? 特訓でもしたくなったか?」

「まあ……そんなところだな」

「そっか。じゃあオレも付き合ってやるか! 筋トレか? それとも走り込みにするか?」

 優しい月光に照らされる草原に立つ彼らの頬を少し冷たい夜風が撫でる。葉の生い茂る木に登り、そこから彼らの様子を眺めるが、遠くからではその表情の如何を知ることはできない。
 先程の光景から、おそらくツバサはペンダントに止まらず、いかなる伝説の宝石さえも使いこなすことができるのではないかと推測できる。力に認められ、それを使いこなすことができる……それだけだ。決して彼自身が強いわけではない。“ツバサ”と“力”の関係の主軸は力にある。そのことに納得がいかないのだろう。

「えーっと……じゃあ腕立て十回からランニング1kmだ」

「甘ぇんだよ。普通腕立て百回からランニング10kmだろ」

「ええぇーー!?」

 短期間で辛い経験を重ねたことが、彼をすべて自分が解決しなければならないと考えさせるようにしてしまったのだ。この考え方は、どこかアーロン様にも通じるところがあるように思える。彼もまた、他者に苦労をかけることを良しとしない性格だ。
 では、そんな彼らのため、私に何ができるのだろう。答えは決まっている。共に喜び、共に怒り、共に哀しみ、共に楽しむのだ。いかなる状況でもその傍を離れず、全力で支える。そして力を合わせ、守るべきものを守るのだ。

「なんだ、始める前から弱音か? 弱っちい野郎だな」

「うるせえ、オレは強くなる。うおおおぉーー! 燃えてきたぞ!」

「ははっ、そうこなくっちゃな!」

 宝石やペンダントは、その協力のための手助けに過ぎない。それを改めて伝えることが、彼をより一層強くするはず。フーディンもそれを知っているからこそ、部屋を抜け出した彼を追ってきたのだろう。
 何を言うでもなく彼らを見つめていた私は、共に強くなろうと意気込む二人の姿を、リーン様に仕官したばかりの頃の、私とアーロン様の訓練の光景と重ね合わせていた。





 次の日の朝。

「ホントに別行動をとるの!?」

「ああ、だってどっかで資金を稼がないとシンオウ行きの船に乗れないしさ」

 シンオウ行きの船が出るという北東の町を目指す一同に、オレはここから先は別行動を取ろうと提案していた。ショウタを始め、トレーナーたちは反対であることを主張しているが、それに対しポケモンたちはオレの考えに同意しているようである。
 別行動を取る理由は今話したことのみならず、個々人が強くなるため、そして現実世界からきているはずの別の仲間と合流するためだ。ルカリオの話では、皆が最終目的地になるであろうテンガン山のあるシンオウへ集まることは間違いないと言うが、名前も顔も知らない者をこの広い世界で探すのは容易ではない。
 ただ、いずれも伝説の宝石の適合者であることや、テレパシーが使えるポケモンがパートナーにいるという共通点がある。しかし、その唯一の手掛かりはすれ違った程度では到底気付くはずがない。その個性が発揮される状況に出くわす必要がある。
 その状況というのがゾーンポケモンとの戦いだ。別行動を取れば戦いに出くわす可能性は必然と高まり、すなわち仲間と合流できる可能性も高まるということになる。それらを説明した上で、この案を提案したのだがさてどうしたものか……

「ショウタ、俺たちはみんな宝石かペンダントを持ってるし強くなったんだ。それにここでお別れってわけじゃないんだし」

「そっか……うん。ボーマンダ、キミがそう言うなら」

 そう、ここで別れるわけではない。あくまでシンオウ行きの船がある町までの別行動であり、必ず合流して船に乗るという約束つきだ。
 オレたちの目的はゾーンから人々やポケモンたちを守ることであり、そのためにも少しでも多くのゾーンポケモンを倒し、その汚染から解放することでゾーンそのものの勢力を弱体化させておきたいのだ。

「わかったわ。ツバサの言うとおりにしましょ。ウチとバクフーンの二人っきり……ははー! もう離さないからね」

「わわっ……コラ! 俺はオモチャじゃない!」

 どうやらユウキも納得してくれたようである。オレたちの前などお構いなしとでも言うようにバクフーンにべったりな彼女は、そんな愛しのパートナーとの日々も悪くないと思ったのだろう。
 パートナーに抱きつき、頬や耳を無邪気に引っ張り、揉みくちゃにする様子は幸せそのものだが、一方のバクフーンは赤面しながら彼女を振りほどこうと必死である。ユウキの考えが本来の趣旨と離れ、やや妄想に走っている気がしないでもないが、ここでのツッコミは控えておこう。

「そう言えばツバサは他のポケモンも仲間にしたんだよね。可愛いお嬢さんがいたらデートでも楽しみたかったけど……まあヒトミでもいっか」

「ひどっ! 私ってそんなにオマケみたいな存在だったの?」

「はは、冗談冗談。そう怒らないで、可愛い顔が崩れちゃうぞ。気分転換に、たまには僕に遊ばれてみる?」

「はいはい……口説きはこれぐらいにしようね……」

 フライゴンの奴、涼しい顔でなんてことを。っつーか、“遊んでみる”じゃなくて“遊ばれてみる”かよ! いろいろツッコミどころがあるが、彼の様子を見ているこっちが恥ずかしくなって顔が赤くなるし、今関わるのはよしておこう。
 これで反対していた者すべてが賛成に回り、別行動を取ることが決定した。そして途中まで一緒に進んだオレたちは、分かれ道にやってきた時いよいよ違う道を行くことになる。

「オレは一番左だ」

「じゃあ私はその右ね」

「ウチとバクフーンは右から二番目……ふふっ、楽しみー!」

「ねえ、あた……大丈夫? はぁ……まあいっか。じゃあ僕は一番右ね」

 それぞれ面持ちは違うが、パートナーの存在があることで別行動に対する恐怖感は皆無だろう。トレーナーの背後ではポケモンたちが“オレがついている”とでも言う自信に満ちた表情で立っているのを見ても、いずれも心配は無用だと思う。

「んじゃ、先に行かせてもらうぜ! いくぞ、フーディン、ルカリオ」

「おう!」

「お前たちも道中気をつけてくれ。では」

 地を蹴って駆け出すと、オレの呼び声に応えると同時にフーディンとルカリオがついてくる。そうだ、彼らがいてくれれば……



「はぁはぁ……もう無理……」

「おいおい、まだ走りだしたばっかりじゃねえか。しょうがねえなぁ」

 昨晩フーディンと走っていた時だ。途中でバテたオレを彼はまったく苦にしない表情で背負い、再び走りだした。フーディンという種族は本来超能力を駆使して戦うが、オレのフーディンは違う。
 超能力も種族らしく使いこなせる上に、肉体的にもパワフルで、筋トレや走り込みと言った修行も好んで行う。フーディンと言う種族には彼以外に出会ったことはないが、彼が個性的であることはわかる。これは特別なのではなく、彼が自らの手で得たものなのだ。
 人間に得手不得手があるように、ポケモンにも得意なものがあれば苦手なものもある。それを自らの力で克服し、より強くなろうという彼の姿勢が、背負われることで身を持って教えられたようで、今のオレと比較し、自分をみじめに思っていたその時だ。

「お前がバテたときはいつでもオレが背負ってやっからよ。オレがバテたときはお前が背負えよな。ま、このオレがバテるわけねえけどな」



 そう、オレには仲間がいる。仲間が支えてくれるからこそオレは強くなり、そして仲間のために戦う。大切なこいつらの世界をゾーンから守ってやらなくちゃな。
 強敵に勝つのはペンダントや宝石ではない。力を合わせたオレたち自身だ。ふと走りながら後ろを振り返ると、フーディンが笑顔でガッツポーズを見せ、ルカリオは穏やかな瞳を向けつつ力強く頷く。
 オレにはこんなにも頼もしい仲間がいる。だから、何も迷うことはない。誰に導かれるでもない。オレはオレのやりたいようにやってやる。それが仲間の幸せに繋がると信じて……





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[[ポケットモンスタークロススピリット 第15話「自由への道」]]
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''あとがき''
今回は消滅したと思っていたヒトミたちとのまさかの再会のお話でした。今回の場合涙と言っても感動の再会なのですが、この本作は序盤からやや涙の回が多かったように思えたので、あえてツバサに全力でネタキャラになってもらいました(笑)
終盤はツバサの様子が一変しましたが、不自然さを感じずにお読みいただけたでしょうか? あの変化は、強大な力に対してのツバサの様々な思いが引き起こしたものです。ツバサは主人公だけに成長要素を多く入れているので徐々に変化しますが、それを違和感なく書けるようになりたいものです。
今回は心情描写に特化したあまり、情景描写がだいぶおろそかになってしまったように思うので、今後もっと情景描写に力を入れていきたいと思います。まだまだ未熟ですが、これからも頑張りますので応援よろしくお願いします。

ここまで読んでくださりありがとうございました。
よろしければ誤字脱字の報告や、感想、アドバイスを頂きたいです。
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