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ポケットモンスタークロススピリット 第12話「激昂の鎧鳥」 の変更点


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作者 [[クロス]]
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 ポケットモンスタークロススピリット、[[前回>ポケットモンスタークロススピリット 第11話「星の巡り合わせ」]]までは……

 人やポケモンを凶暴化させる謎の物質ゾーンと戦うためポケモンの世界へとやってきたツバサは、二つの不思議なペンダントの力でフーディン、ルカリオと融合――変身する力を得る。ある時、彼と同じくポケモンと変身する力を持つ見知らぬ四人組に出くわしたツバサは、彼らが差し向けてきたポケモンを撃退し、さらに四人組の仲間だったポケモンを自らの仲間とすることに成功する。
 そしてツバサに課せられたもう一つの使命、世界を救うために必要とされる伝説の宝石を集めるため旅を始めた彼は、仲間と共にゾーンに汚染されたポケモンとの戦いを乗り越えていく。
 昨晩ゾーンポケモンとの頭脳戦に勝利し、エネコロロを救出したツバサとヘルガー。戦いから一夜明け、新しい朝を迎えたツバサがポケモンセンターのカウンターへ立ち寄ると、伝説の宝石の在処を探るべく奔走していた仲間から伝言が届いていたのだった。

第12話 「激昂の鎧鳥」


「やった! ショウタたちが戻ってくるぞ。これでやっと宝石をゲットできる」

 ポケモンセンターにいるジョーイさんからショウタの伝言を聞いたオレが期待を膨らませながら外へ飛び出すと、ショウタたちの帰りを祝うかのように雲一つない晴天が広がっていた。思わず体を伸ばしたくなる陽気だ。さっそく海岸へ向かおうとすると、そこへ二体のポケモンが現れた。昨晩別の部屋で過ごしたヘルガーとエネコロロだ。並んで歩くその様子は、ヘルガーが説得に成功したことを意味しており、彼からは小さく頷くというサインが示された。

「おはよう、ツバサ。エネコロロ、彼が私のトレーナーであるツバサだ」

 エネコロロの表情は少し硬めであり、ヘルガーの目配せを受け、オレは先に声をかけてあげることにした。

「二人ともおはよう。エネコロロ、これからよろしくな」

 しゃがんで彼女の目線と同じ位置を取り、短いながらも笑顔で声をかけてそっと手を差し出す。あまり一方的に長々と喋ることにためらいがあったため、言葉の代わりに握手で心からの挨拶とする。
 すると、エネコロロは少し顔をしかめた。何かまずいことをしたかと一瞬ドキッとしたオレだったが、すぐにその理由を理解する。右前足を上げづらそうにしつつもオレの手に乗せ、握手に応じてくれた彼女は四足歩行のポケモンであり、握手はしづらいというわけだ。
 つい人間と同じ感覚で握手を求めてしまったが、ポケモンにはそれぞれ人とは違う体の作りを持つポケモンもいるので、それに応じた配慮が必要なのだ。うっかりそれを忘れていたが、握手としては成り立ったのであまり気にしないようにしよう。

「あたしはエネコロロ。まあ、これからよろしく」

 ぶっきら棒な口調で挨拶をしてきた彼女だが、しづらい握手にも応じてくれたことから、その心はとても優しいものなのだろう。そんな彼女がとてもかわいらしく見えたオレは、とっさに両腕を彼女の体に回し抱き寄せる。
 今まで仲間にしたポケモンたちにはいずれもこうしており、これがオレなりの愛情表現だ。新たに仲間入りした彼女もまたヘルガーたちと変わらない大切な存在であり、一人のトレーナーとして分け隔てなく愛情を注いでいきたい。

「ちょっ……いきなり抱きしめんじゃないわよ!」

 今まで誰も嫌がらなかった……と思うオレの愛情表現がどうやらエネコロロには気に入らないらしい。顔を紅潮させていることから、どうやら恥ずかしいようだ。悪趣味なようだが、その表情がまたかわいらしく思え、笑ってごまかし、回した腕を離さないことにした。
 すると、彼女も黙っていられなくなったのか、両前足をオレの顔に寄せると、非常にしづらそうにしながらも頬を掴み引っ張ってきた。その痛みはやや音を上げてしまうもので、たまらず彼女の薄紫色の大きな耳を引っ張ってやり返す。
 弾力性に優れ手触りのよい耳だが、いかに弾力性に優れると言えど、引っ張られれば痛い。彼女もまた“痛い痛い”と音を上げ始め、掴みづらいと感じた頬を今度はいわゆる猫パンチで殴ってきた。
 こうなると、いつ終わるかわからないと思ったのだろう。ヘルガーの“やめておけ”との声を受け、はっと我に返ったオレたちはすぐに手を離し、ばつが悪そうに彼の表情を横目で見る。案の定呆れた表情でため息をつきながら首を横に振るその姿を目の当たりにすると、たまらずオレたちは同時に“これはコミュニケーションだ”と弁解しやり過ごす。
 そんな見え透いた嘘など当然見抜いているであろうヘルガーだったが、苦笑いしながら首を縦に振り納得してくれたようだ。

「お前たち、息がピッタリだな」

 その指摘を受けはっとしたオレたちに、思わず笑い声があふれる。そうだ、別に悪意を持って喧嘩していたわけじゃない。少し変わった挨拶だったが、確かに互いを仲間として認めたのだ。
 そう思うと、心の中で爽やかな風が吹いたように清々しい気分になる。これからショウタたちを迎えに行くため、ここで正式にエネコロロを仲間入りしてもらうべく、腰からモンスターボールを取りだし、それに入ってもらうことに。
 もちろん抵抗もせず入ってくれた彼女のボールを見て、また一人かけがえのない仲間が増えたのだという実感と共に、喜びが胸の中であふれてきた。厳しい戦いの旅になるけど、みんなを大事にしよう。改めてそう誓い晴天にボールを掲げると、爽やかに吹き抜ける風が、オレの背中を押してくれる、そんな気がしたのだ。



 その後ヘルガーをボールに戻し、陽光を浴びる穏やかな大地を疾走し海岸へやってくると、ショウタ、ボーマンダ、ルカリオの三人は既に到着していた。そんな彼らを目の当たりにし、本当はもっと早くきて待機していたこちらが出迎えるべきだったと少し反省させられる。
 “お疲れ様”と苦労を労うと、早速本題に入ろうということになり、オレはポケモンたちと共に話を聞くべく、腰のベルトからモンスターボールを取りだし宙に放り投げる。さて、彼らはどんな情報を得てきたのだろう。

「ん? そのポケモンは?」

 ショウタがエネコロロを見て首をかしげている。そうか、エネコロロは彼が調査に向かっている間に仲間に加えたのだから、彼らは初対面になるのか。ボーマンダとルカリオも知らないのはもちろん、ヘルガーを除くオレのポケモンたちも実際に顔を合わせるのは初めてだ。
 これから長い付き合いになるのだ。仲良くやっていくためにも、しっかりと彼女に挨拶をしてもらうことにしよう。

「あたしはエネコロロ。これから一緒に旅するんでよろしく」

 相変わらず素っ気ない挨拶ではあるが、聞き手の仲間たちはいずれも悪い顔をしていないし、一応良しとするか。彼女は可愛げな外見とは裏腹に少々強気なところがあるが、それはそれでギャップとして魅力的と言えるだろう。
 彼女の目線まで腰を下ろして頭を撫でると、大きくて柔らかい耳が撫でるたびに弾け、何とも言えない手触りを感じさせてくれる。一度撫でると手が止まらない。

「おい! いつまで撫でてんのよこの馬鹿!」

 撫でることに夢中になっていると、再び俗に言う猫パンチがオレの顔面を直撃。彼女の拳が頬にめり込んできた。とは言っても今度は力を加減してくれたようで、痛みのあまり音を上げるなどということもない。ふと彼女を見るとわずかに顔を紅潮させており、やはり人前で可愛がられるのが恥ずかしかったのだろう。
 そんなオレたちの様子を見て仲間たちは手を打つなどして大笑いしている。まあウケとしては上々かな。仲良くやっていくためには最初はこれぐらいがちょうどいいだろう。

「小芝居はその辺にしておけ。そろそろ本題に入るとしよう」

 ヘルガーの冷静な指摘を受け、一同緩んだ雰囲気を真剣なものへと立て直し、ショウタたちから今回の調査結果を報告してもらうことに。

「今回の調査で、空の柱は“カイエンタウン”という小さな町の近くにあるという情報を手に入れたんだ」

 カイエンタウン? そんな町聞いたことがない。おそらくゲーム上にはない小さな町なのだろう。そこに住む一人の老人から昔話を聞いたそうで、大昔にグラードンとカイオーガの争いを鎮めるべく、一人の男が空の柱へと向かいレックウザを呼び寄せたという伝説があるらしい。
 その伝記が今もなお町に残っており、そこに記載された情報を頼りに調査を進めると、古く巨大な塔が見つかったという。そこが空の柱だそうだ。海上からは非常に見づらい場所にあるそうだが、ボーマンダに乗って飛べば何ら問題はない。

「レックウザは高度20000m以上の高さにあるオゾン層を飛ぶそうだが、俺ならそこまで飛べるから任せとけ!」

 さすが伝説のポケモンだけに、住み家としている場所は並みの人間にとっては未知の領域だ。高度20000mという途方もない数字を耳にしても、いまいちピンとこない。とは言え、ボーマンダはその高さまで飛べるそうで、自信満々の様子から彼に任せておけば大丈夫だろう。
 と、ここで一つ疑問が浮かぶ。高度が上がれば空気は薄くなり、気温も相当低くなるはずだ。そんなところにオレとショウタが行けるのだろうか。高い山への登山は危険であり、慣れない一般人が行けば高山病にかかると聞いたことがある。それが今回向かうのは山を超えた遥か空の彼方なのだから、生身の人間が到達するなど間違いなく不可能だろう。
 となると、伝記に記載されていた伝説のように、レックウザを呼び寄せるしかないのだろうか。だが、それをやるならその方法についても話があるはず。ところが、ショウタたちからは何の話もない。これはどうしたことか。

「変身を使って裂空の頂を攻略する。フーディン、ここは私に任せろ。私とツバサだけで行く」

「了解。別に敵と戦いに行くわけじゃねえしな。暴れらんねえならお前に任せるわ」

 なるほど、こんな時こそ変身を使うというわけか。今回はルカリオと変身すればいいようで、フーディンも納得しているようだ。っていうか、戦わないときはどうでもいいんかい!
 バトル好きの熱い彼は、面倒なことはルカリオ任せなのだろう。真面目で比較的温厚なルカリオなら、フーディンが面倒と思うことも進んでやってくれるというわけだ。出会ってから決して長い時間が経ったわけではないが、この二人は案外息の合ったコンビなのかもしれない。いや、ルカリオが一歩譲ってあげているだけか。
 あらかじめルカリオが作戦を立てていたおかげで行動に移りやすいが、またしても疑問が浮かぶ。いや、正しくは不安要素があると言った方がいいだろう。
 変身するとは言ってもオレの体は一切ダメージを受けないわけではなく、また氷タイプでもないルカリオが20000mもの高さの気温に耐えられるのだろうか。戦闘がないにしても外気から受けるダメージは少なくないはずだ。

「心配するな。寒さや空気の薄さといった危険はすべて波導で防げるからな」

 ルカリオの力強い言葉が、不安に駆られたオレの胸を撫で下ろしてくれる。それにしても波導とは万能なものだ。まさに、波導使いに不可能はないと言ったところか。確かにアニメでも攻撃から防御まで応用の利く力として描写されていたはずだ。ルカリオといることでそれを実際に見て、実感できるのだから感動してしまう。
 と、感想はこれぐらいにしておこう。作戦がまとまったオレたちは、まずカイエンタウンに向かうことに。ポケモンたちをボールに戻し、ボーマンダの屈強な巨体に乗り込むと、彼はその立派な真紅の翼を羽ばたかせ大空へと舞い始めた。



 程無くして町へ到着したオレたちは、ポケモンセンターの正面に着陸する。仲間たちはここへ残り、これからオレとルカリオがボーマンダに乗って裂空の頂を目指す。サイコペンダントとモンスターボールをショウタに預けると、ルカリオの傍に立つ。
 さっそく大空へと飛び立つべく、変身の準備に入るのだ。透き通るように美しい青のオーラペンダントを胸にあてがうと、雑念を払い、精神を研ぎ澄ませる。

「変身!」

 掛け声と共にペンダントが光を発し、視界一面が純白に染まると、オレとルカリオの体は一つとなる。すでに何度か行っている変身だが、未だにこの仕組みには謎が多いように思う。変身とは言っても、オレとポケモンが融合し、改めてポケモンの体を形成するだけだ。
 フーディンの話では、変身はポケモン本来の持つ力をさらに高めてくれると言っていたが、今現在はこの不思議な力を使いこなすことはできておらず、そのためデメリットが目立つ。この力を使いこなせるようになったとき、オレはいったい何を見るのだろう。

「ツバサ、準備はいいか?」

 ふと物思いにふけっていたオレの心に、ルカリオが直接語りかけてくる。変身中は互いに心と体を共有しているため、こちらの考えていることはすべて彼に筒抜けだ。変身前に払ったはずの雑念が再び湧き立つと、心身を共有している彼としては邪魔でならないだろう。
 変身によりある程度の力を取り戻した彼が、波導を研ぎ澄ませているときに邪魔をしてしまったのだから申し訳ない。彼に謝罪しつつ、改めて雑念を振り払う。変身により彼と融合したオレもまた、波導の力が体の芯から満ちてくるのを感じることができる。

「(よっしゃ、じゃあ出発だ! 目指すは裂空の頂!)」

 掛け声を聞いたルカリオが小さく頷くと、颯爽とボーマンダの背に乗り込み、ボーマンダもまた自慢の大翼で空を切り、遥か上空へと舞い上がる。裂空の頂、その未知なる領域にはいったいどんな世界が広がっているのだろうか。
 力強くはばたくボーマンダ。波導を研ぎ澄ませるルカリオ。傍にいる彼らの頼もしさが、未知の領域へ踏み込む冒険心を支えてくれるのだった。





 今、町からはどのぐらい離れたのだろうか。飛行時間は決して長くはないはずだが、雲の上までやってくるとずいぶん遠くまできたのだと実感させられる。こんなに高くまで飛ぶことができるボーマンダの翼はなんと立派なのだろう。ボーマンダという種族は、人一倍空を飛ぶことに幸せを感じるというが、好きだけでここまで飛べるものではない。
 そんなふうに感心していると、ついに、山のような形状を描く純白の雲の塊が眼前に広がった。あれこそが目指していた裂空の頂である。まさに未知の領域と呼ぶにふさわしいその姿は、見る者に鳥肌を立たせて止まない。
 雲の最下部に辿り着くと、ボーマンダは羽ばたくのをやめ、真紅の翼を広げ滑空に入る。足場と思われる雲の上を取ると、ボーマンダは再び翼を忙しく動かしながら、強靭な尻尾で雲を突き始めた。
 雲はふわふわで綿飴のような見た目ではあるが、その正体はもちろん綿飴などではなく、水蒸気の塊だ。そのため触感はなく、無論着地など不可能である。裂空の頂も見た目は雲であるため、彼は着地が可能か調べていたというわけだ。
 安全が確認されたのか、彼は翼を動かすことをやめ、ゆっくりと着地する。やはりと言うべきか、この雲は普通のものとは違うらしい。続いてオレたちも着地すると、見た目通りのふわりとした反応が返ってきたことに二度目の感動を覚える。見て良し、触って良しの山が存在するのだから、自然の力とはかくも大きなものだ。

「ふぅ……なんとか辿り着いたな。ここまできついとは思わなかったぜ……」

 ここまでオレたちを運んでくれたボーマンダが、息を荒げながら雲の上で横たわっている。彼なしではここまで来ることはできなかったのだから、その働きが大きいことは言うまでもない。
 変身中ゆえに直接声をかけることができないため、ルカリオを通して彼に感謝の気持ちを伝える。それに応えるように一瞬だけ左目を閉じてウインクをして見せる彼がとても可愛らしく見えた。ポケモンの中でも優れた能力を持ち、見た目も迫力満点のかっこいいボーマンダが可愛らしく見えたのは偶然ではないだろう。
 強く、かっこよく、可愛らしい。そんな魅力の三拍子とも呼べる言葉すべてに当てはまってしまうのだから、ポケモンとはこの自然に負けないくらい尊い存在だと思う。
 現実世界からやってきたオレにとって、こう感じること一つ一つが今までにない経験であり、貴重なものである。目の前で花開くその笑顔が、改めてこの尊い世界を守りたいと強く思わせるのだ。

「ここから先は私たちに任せてくれ。お前は一度戻って休むといい」

「ああ、そうさせてもらうよ。ところで、ここにはいつ頃戻ってきたらいい?」

 ここから先、レックウザのいるところまではオレとルカリオだけで進むことになっているが、ボーマンダなしでは地上へ戻ることができない。レックウザに送ってもらうなどと言った安易な考えはできないため、ボーマンダがこの場に戻ってくることが必須となる。
 とは言え、疲労がたまっている彼にここで待機してもらうには忍びなく、一度町へ戻り、オレたちがレックウザの元から戻る時間を推測して再び来てもらうほうが現実的と言えるだろう。

「(ここは空気が薄い。息の上がったボーマンダを待機させるのは不憫だ。少し長めに見積もって戻ってきてもらうがいいな?)」

 状況を見て素早い判断を下したルカリオの言葉に、オレは異論を唱えることなく承諾する。多少暇して待つことになっても、ボーマンダを一人で待たせるよりはマシだ。体は一つとなっても、オレにはルカリオがいる。
 オレの承諾を聞いた彼がその案を告げると、ボーマンダはほっとため息を漏らし、安堵の表情を浮かべた。おそらく早めに戻ってくるよう伝えても悪い顔一つしないであろうボーマンダだが、正直なところではゆっくり休ませてほしかったのだろう。

「それじゃ、頑張って宝石を貰ってきてくれ。また後でな」

 これからこの裂空の頂を登るオレたちを励ますと、ボーマンダは真紅の大翼を広げ、空を切り裂き、地上へと向けて落下していく。その姿が視力では捉えられない距離まで離れたのを確認すると、いよいよ裂空の頂を駆けあがろうと意気込む。
 グラードンの時のことを振り返ると、レックウザも事情を知っているのだろうから、すぐに宝石を譲ってもらえるだろう。そこに行くまではなかなか険しい道のりとなるだろうが、せっかくなのだから楽しみたい。
 デリカシーのない質問はできないが、初めてルカリオと二人きりで過ごすことになるこの時間は、互いを理解する上でとても大きなものになるだろう。不思議な緊張感に襲われるが、関係を良好にすることにおいて二人きりになることほど良いことはない。そう思ったオレは、気持ちを落ちつけて彼に話しかけようとした。
 その時だ。突如ルカリオが目を閉じつつ後頭部にある房を立て、波導を感知する態勢を取りだした。これは警戒を強めているサインだ。その行動により、彼と心身を共有しているオレは周囲の波導の流れを視覚化可能に。
 足場となっている白雲は水色の波導を放っている。これは邪気のないものの気だ。ところが、白雲の下方から赤黒い波導を放つ者が急接近しているのが見える。これは邪気を表す。つまり、敵がこの近くにいるのだ。

「はあっ!」

 赤黒い波導から衝撃波が放たれるのを感知したオレたちは、“でんこうせっか”を使用し、飛びこみ前転で右前方へと移動、衝撃波を回避する。目を開き、先ほど立っていた位置を見ると、まるで良質な刃物で斬られたかのように雲が寸断されているではないか。正確に確認できないため衝撃波として認識していたが、攻撃の種類としては斬撃に近いものだろう。
 そう分析している間にも、敵は次々と攻撃を仕掛け、こちらの反撃を許さない。変身能力を完全に使いこなせていない現状では、攻撃の軌道を読みつつ敵の正体を確認するといった高度な芸当は不可能だ。

「くっ……速い……!!」

 この攻撃方法では当たらないと読んだのか、敵は攻撃を中断し高速で移動し始めた。その位置を波導で読み取ろうとするルカリオだが、捉えることはかなわない。足場のない下方から攻めてくるのだから、相手が飛行能力を持つのは言うまでもないだろう。
 ただ、いかに変身を使いこなせていない現状とは言え、位置把握に専念してもそれを掴めないのだから敵の持つ能力はこちらを遥かに上回っていることになる。いったいどんな敵が……

「上だ!」

 ルカリオの声で思考に偏っていた意識を元に戻して上を見ると、頭上に浮かぶ白雲が暗い影を映していた。影は瞬く間にその色を深め、大きさをも増していく。

「その命……もらったぁー!」

 雲を切り裂き現れたのは、鬼のような形相でこちらを睨み、敵意を剥き出しにしているエアームド。その突進攻撃を回避しようとするオレたちだが、ここで致命的なミスを犯していたことを知る。
 飛行能力を持たないこちらにとって、雲は唯一の足場。ところが、先ほど幾度となく攻撃を受けた雲は塊としての形を失い、バラバラに散ってしまっていたのだ。これでは回避しようにも身を寄せる先がない。
 とっさの機転でルカリオが右腕を引き、肘を伸ばす素早いパンチで空を切り裂く “しんくうは”を繰り出すも、エアームドの体は一瞬青白い光をまとったかと思うとその攻撃を弾き飛ばし、オレたちは成す術もなく宙へと身を投げ出されてしまう。

「借りは返してやる! いくぞぉーー!!」

 まさかこいつ……あの時の……! 確認を取らずともその言葉は、あの時の、キングドラの元トレーナーにあたるコウジのパートナーであるエアームドであることを物語っている。
 あの時はガレスの登場により撤退した彼らだが、遥か上空で単独行動を取るのを好機と見て、今こそ復讐を遂げようというのだろう。キングドラが身を寄せた先であるオレという存在は、まさに怒りの矛先にふさわしいというわけだ。

「うおおおぉーーっ!!」

 怒りに染まったエアームドは、先ほどと同じように青白い光を全身から解き放つと、刃物のように鋭利な翼をはばたかせ始めた。すると、大気が震え、巨大な渦を作りだす“たつまき”の技が発動する。
 晴天の青空には不釣り合いの巨大な竜巻がオレたちを取り囲み、エアームドもまた翼をたたんで急降下。飛行能力を持たないオレたちをただ落とすわけではなく、念を押すように襲ってくる彼らの姿は、復讐という名の色に染まった化け物と呼ぶにふさわしいだろう。
 今の彼には何を言っても無駄だ。そう判断したオレとルカリオは、精神を静め、戦闘態勢に入る。おそらくはトレーナーのコウジと変身しているエアームドは、まだ旅を始めてさほど立っていないとはいえ、今まで戦ったような敵とは桁違いの強さを持っているだろう。その脅威は立ちはだかる壁と言える。
 だが、こんなところで負けるわけにはいかない。オレにはやらなきゃならないことがあるんだ。足場が無く、絶体絶命のピンチを迎えた中、オレとルカリオの挑戦が今始まる。





「(落下速度は約時速50km。高度20000mの位置から落ちたのだ。地上との激突まで許された時間は約六分しかない)」

 ルカリオの波導を使った落下速度の測定と、地上激突までの制限時間の計算結果を受け、この戦いに勝利するには早期決着以外にないことがわかる。ならば高威力の技で攻めたいところだが、残念ながら現状使用できる技はゲーム上で言うところの威力60の技が限界だ。
 それを上回る技を放てば、二、三回で体が限界を迎え、変身は意思に反して強制解除されてしまう。そうなれば敗北は決定し、ただの人間であるオレも、いっさい技を使えなくなってしまうルカリオも一瞬で餌食となる。
 この状況で勝つには、とにかく使える技で積極的に攻めるしかない。すぐにルカリオに“しんくうは”による攻撃を指示すると、左右の拳を硬く握り、肘を引いた後素早く伸ばし、低威力ながらも衝撃波を生み出す。
 その攻撃はエアームドの下腹部に向けて正確な軌道を描いている。低威力の技でより多くのダメージを与えるには、相手の急所を狙うしかない。現在こちらの上方を取っているエアームドの急所を狙うには下腹部が一番狙いやすく、即座にそれを判断するルカリオは、さすがアーロンに鍛えられただけのことはある。

「そんな攻撃では俺には勝てんぞ」

 しかし、エアームドは急所を隠すように左の翼で覆うと、なんと連続で放った“しんくうは”をいとも容易く弾き返すではないか。先ほどの攻撃も弾き返されたが、今回は連続攻撃だ。“まもる”などの防御技でも完全に防げるものではない。
 いったい奴はどんな方法を使って技を跳ね返しているのか。その圧倒的とも言うべき強さに恐怖していると、先ほどの仕返しとでも言うように右翼をこちらに対して水平になるよう払ってきた。

「塵と消えろ!」

 すると、鋭利な翼からは、それと同じように鋭利な空気の刃が放たれる。“エアカッター”の技だ。五枚の“エアカッター”が体を引き裂かんと向かってくるのを目の当たりにしたルカリオは、即座に“かげぶんしん”を使用。見分けのつかない五体の分身を生み出し、相手を撹乱する。
 幸いカッターは分身を狙って飛行し、こちらには何の被害も出なかった。分身はすべて消えてしまったが、“かげぶんしん”を見たことで敵は“エアカッター”の使用回数を減らすだろう。威力60以下の技しか使えないこちらにとって、遠距離攻撃ほど厄介なものはない。
 ルカリオが使用可能な技で威力60以下のものは、“しんくうは”程度しか飛び道具となるものがないのだ。それを考慮すると“エアカッター”の使用を抑制できたことは大きい。

「(現在高度約15000m。四分の一が過ぎたようだ)」

 ルカリオが心に直接語りかけるように話し、状況を教えてくれる。戦闘においては現在両者無傷であり、依然として不利な状況に変わりはない。

「ぶっ壊してやるー!」

 攻撃を無傷で凌がれたことで怒りを増幅させたエアームドは、両翼から白光を放ち急接近してきた。種族柄得意技と言っていいであろう“はがねのつばさ”だ。その攻撃を避ける手段はなく、攻撃技で相打ちを狙うしかない。
 すぐに“はっけい”を指示すると、敵に対し半身になり、手のひらを相手に向けながら肘を引く。手が届く距離までエアームドが飛びこんできたタイミングを見計らい、下腹部に向けて渾身の“はっけい”を打ち放つ。

「んぐぉっ……調子に乗りやがって……!」

 それに対しわずかに出遅れたエアームドは、“はっけい”によって隙だらけとなったこちらの両脇を挟むように“はがねのつばさ”を当ててきた。タイプの相性上鋼タイプの攻撃に耐性を持つルカリオだが、攻撃を受けた両脇から全身にかけて痺れるような酷い激痛が走る。

「(くっ……ツバサ、大丈夫か?)」

「(うん……まだやれる)」

 攻撃を受けて再びエアームドと距離が開いたのを確認したルカリオは、自らもダメージを受けたであろうにも関わらず、すぐにこちらを気遣ってくれる。こんな時でも気遣いを怠らない彼はなんと立派なポケモンだろう。
 そんな彼の力を引き出してやれない自分を恥じる気持ちが湧いてくるが、今余計なことを考えている暇はない。現在できることで何としてでも敵を打ち破るのだ。幸い、先ほどの“はっけい”は敵の急所を捉えており、唸り声からも確実にダメージを与えられたことは間違いない。

「雑魚のくせに手こずらせやがって……俺の本気を見せてやる!!」

 そう言い放つと、エアームドは全身から青白い光を放ち、眼球からも青白い光を放つ恐ろしい形相へと変貌していくではないか。形こそ変わらないが、もはやその姿はポケモンと呼べるものではない。
 ルカリオと変身している今でさえ、身の毛もよだつ殺気が全身をヒリヒリとさせてくる。つまり、ルカリオでさえ恐怖を感じずにはいられない殺気を奴は放っているのだ。

「(あいつ……まさかゾーンの力を……!)」

「(なんだって!?)」

「(全身から青白い光を出している。それにこの強烈な殺気……間違いない!)」

 以前キングドラは、このエアームドやコウジたちは、現実世界の人間を滅ぼすことと、ゾーンからポケモンを守ることを目的としていると言っていたはずだ。そんな奴らが、何故ゾーンの力を……。敵に襲われ汚染されたとも考えられるが、それならば最初から今の状態になっていたはずだ。
 奴はダメージを受けた今になって初めて、それもあたかも意図的にゾーンの力を使ったように見えた。すると、こいつらはゾーンの力を自在に操る能力を持っているとでも言うのか。

「ククッ……怒りだ……怒りが力を加速する!!」

 狂気に満ちた恐ろしい声でそう叫ぶと、エアームドは体を高速で回転させ始める。その速度はかなりのもので、青白い光も相まって、まるでその体は矢に変形しているようにさえ見えるほどだ。

「(“つるぎのまい”か……。しかもそれだけではない。極度の汚染により精神障害を起こしているようだ。ここからは一撃一撃が本気でくるぞ)」

 ただでさえ不利な状況の中、敵はその力を最大限まで解放し襲ってくるというのだ。ゾーンの汚染によりほぼ自我を失ったと言っていいエアームドは、ここからの戦いを力ずくで押してくるつもりらしい。

「(現在高度約10000m。いよいよ半分が過ぎたか)」

 ルカリオから新たな情報を受けると、より危機的な状況に陥っていることが嫌と言うほど思い知らされる。だが、諦めるわけにはいかない。ここで弱気になったら、オレだけでなくルカリオまでやられてしまう。
 ここから奇跡の逆転劇を生み出すべく、波導を研ぎ澄ませる。それをあざ笑うかのように、最大パワーを解放したエアームドは回転したまま急接近してきた。“ドリルくちばし”で一気に決めるつもりか。
 先ほどの“はがねのつばさ”と違い、飛行タイプの技である“ドリルくちばし”に対してルカリオは耐性を持っていない。飛行能力を持たないために回避不能のこの状況で、あの攻撃が迫ってくるのはまさに崖っぷちに立たされたようなものだ。

「くたばれーーーっ!」

「そうはいくか!」

 回避不能の状況にあることは既知のことであり、別の手段を取るよりないとわかっているルカリオは、なんと敵の攻撃を受け止めるべく両手を前に出して構えるではないか。
 彼の判断力が優れていることは言うまでもないが、今回ばかりはその判断を疑ってしまう。足場のないこの状況ではふんばりが利かず、腕力のみで敵の攻撃を受け止めることになる。いかにルカリオとは言え、この状況であの攻撃を受け止めるのは不可能だろう。そんなこちらの危惧など露知らぬとでも言うように、敵が間近に迫る。もはや技を出す暇もない。

「(ツバサ、お前ならできる。自分の波導を……信じろ!)」

 彼を心から信じているはずが、その判断を疑ってしまった。心身を共有している今、その気持ちは包み隠さず彼に伝わっていたことだろう。それにも関わらず、彼は迷うことなくオレの力を信じ、戦闘に集中しているのだ。
 その言葉と姿に胸を打たれると、不思議と波導が満ちてくる。彼と一緒なら不可能などない。先ほどの疑念が嘘のように吹き飛び、ただ一心で彼を信じる。彼がオレを信じてくれるように……
 戦慄が走る迫力を見せ、その回転速度から周囲の空気を弾いて抵抗を減らし、技の威力を誇示するように飛びこんできたエアームドに対し、右肩を前に出して半身になると、右の腕と足で打撃を与え、わずかにその軌道をそらす。
 もともと空気を弾いていたことで、攻撃の軌道上から少しでもそれることができれば体が敵の外側に弾かれ幾分回避しやすい。とは言え、両翼に切り裂かれてしまうだろうと判断したルカリオは、左腕を伸ばしてエアームドの首を掴むという驚くべき動体視力とスピードを見せつける。
 首を掴んだまま体を巻きつけ、接近戦に持ち込むことに成功。そんな彼の抜群のセンスを目の当たりにしたオレは、ためらうことなくあることを決意していた。今こそ絶好のチャンス。これを逃したら勝ち目はない。

「(これより、“ドレインパンチ”の使用を許可する)」

 ドレインパンチ:両腕で使用可能。腕をひねるように繰り出す威力75の格闘タイプの技。与えたダメージの半分を回復できる。

 絶好のチャンスと言えど、もたもたしていればすぐに振りほどかれてしまう。その中で決定的な一撃を加えるには、高威力の技を叩きこむしかない。そう判断したオレは、威力60を超えて75の“ドレインパンチ”の使用を許可したのだ。
 それを聞いたルカリオは即座に空いている右腕を引き、ひねるようなパンチを敵の心臓部目掛けて連続で叩きこむ。その攻撃にエアームドは声にならないうめき声を上げ、苦しみ出した。
 これでかなりのダメージが与えられた上、“ドレインパンチ”の追加効果で与えたダメージの半分を回復できる。鋼の鎧を身にまとうエアームドとは言え、強烈なパンチを急所に受けたのだからただではすまないはずだ。
 しかし、エアームドはまだ倒れていない。このまま敵に張り付いたまま攻撃を続けられるほど甘くはないと判断したルカリオは、敵の鋼の鎧を蹴り、再び宙を落下し始める。今現在互いの体力だけを比較すればようやく優位に立てたオレたちだが、体は徐々に地上へと迫っており、状況は一刻の猶予も許さない。

「(見ろ。奴の放った“たつまき”の威力が弱まってきている)」

 次なる攻撃手段を思案していると、ふとルカリオの声で我に返る。彼の言うとおりオレたちを取り囲むように発生していた“たつまき”はその威力を弱め、徐々に周りの視界が広がっていく。
 と、その時だ。見覚えのある紅蓮の大翼を持つあのポケモンが、オレたちの上方にいるエアームドよりさらに上から空を切り裂き、急降下してきたのだ。これぞまさに天の助け!

「何事かと思ったら……そこまでだ!」

「ぐおっ……ここでボーマンダだと……!?」

 そう、現れたのはショウタのボーマンダ。おそらく、不自然な竜巻を発見し、万が一のことがあってはと調べにきてくれたのだろう。“たつまき”がその威力を弱めたことで視界に敵と落下するオレたちを捉えた彼は、救助すべく“たつまき”の中をかいくぐってきたのだ。
 接近して敵の背後を取り、短くも強靭な腕で敵の鋼の両翼を握ると、その身動きを封じる。必死に振りほどこうとエアームドも抵抗するが、ボーマンダもまた歯を食いしばって離すまいと力む。
 最大パワーを解放したであろうエアームドを押さえつけるのだから、彼の腕力ときたら並みのものではない。種族柄パワーに優れることは知っていたが、彼は人一倍力自慢なのだろう。
 密着したまま口から炎を漏らすと、“ひのこ”の攻撃でエアームドの鋼の鎧を焼き尽くす。“ひのこ”という技自体は低威力だが、鋼タイプのエアームドには効果的であり、零距離で放たれているのだからその威力は“ひのこ” の威力に対して持つイメージを凌駕していると思われる。

「ちくしょう……ちくしょー!!」

 振りほどくにほどけないエアームドの心は、怒りと屈辱にまみれ、絶望に満ちた声で叫び出す。見ている側としては仲間に助けてもらった安心感と同時に、苦しむエアームドの姿を目の当たりにし胸が痛むが、綺麗事は言っていられない。やらなければやられるのがこの戦いであり、今こそエアームドにとどめをさす絶好のチャンスなのだ。

「これで終わりだ! “ドラゴンクロー”!」

 エアームドにとどめをさすべく、右手を離し、鋭い爪を飛ばすと、強靭な腕を全力で振り下ろす。それがまさにエアームドを切り裂かんとした……その瞬間!

「がはぁっ……!」

 突如ボーマンダが眼球を真っ白にし、口を開く。はっと息を呑み彼を凝視すると、半透明のどす黒い影が右の胸から飛びだしているではないか! そして、その背後には不敵な笑みを浮かべるバシャーモの姿が……。こいつ、あの時の……!

「フンッ! 急所ははずしたが、もう立つこともできないだろう! ったく無理しやがって……せやぁ!」

 右手の“シャドークロー”の技でボーマンダの胸を貫いたまま、左手もまたの影の爪を生み出すと、あろうことかそれをエアームドに向けて振り下ろす。こいつ、仲間をも斬るつもりか……!
 ところが、斬られたはずのエアームドに傷はなく、ゾーンにより精神障害を起こしていた彼の瞳は正常なものへと戻り、正気を取り戻したではないか。いったい……いったいどうなっているんだ……

「バシャーモ……すまねえ……」

「礼はいい。ここは撤退だ。俺は飛べないから運んでくれ」

 白目を剥き出し、意識を失ったボーマンダの胸から影の爪を引きぬくと、彼から解放されたエアームドがバシャーモの上方に回る。バシャーモは最後にとどめとばかりにボーマンダを踏み台にして飛び上がると、エアームドの足に掴まりその場を去っていった。





 脅威は去ったが、助けにきたボーマンダがバシャーモに重傷を負わされたことで、頼みの綱が消えてしまった。唯一飛行能力を持つボーマンダが意識を失ってしまえば、エアームドが去ったと言えど、このままでは地上に激突してしまう。
 さすがのルカリオも打つ手が見つからないようで、歯ぎしりをしながら額から汗を流している。今まさに絶体絶命の窮地に陥っていることはもちろん、助けにきたボーマンダがやられるのを目の当たりにして、何もできなかったのだ。

「ツバサ! ルカリオ! 早く乗れ!」

 そんな悔しさと絶望に打ちひしがれるオレたちの前に、今度は別のポケモンが現れた。そのポケモンとはなんとキングドラ! 尾の先から冷気を吹き出し、空気中の水分を凍結させることで宙に道を作っているのだ。
 氷技を駆使して宙を舞う水ポケモンなど聞いた試しがないが、何はともあれこれで地上への激突は免れる。キングドラは巨体のため掴みやすく、すぐにその体を捉えしがみつく。

「頭の先にサイコペンダントがかかっているだろう。時間がない。フーディンが入ってるから、今すぐ変身しろ!」

「ここで変身だと!? いったいどうするつもりだ!?」

「ボーマンダを助ける。すぐに“リフレクター”を使え!」

 彼の言葉の意味するところが理解できなかったオレとルカリオだが、“リフレクター”を使えとの指示を受け、ルカリオはすぐにその真意を読み取ったらしい。サイコペンダントを手に取ると、即座にフーディンと入れ替わるべく再度変身を行う。
 ルカリオがオーラペンダントに戻り、フーディンと融合。変身形態を変更したことでサイコペンダントが実体を失い、代わりに実体を取り戻したオーラペンダントをキングドラの頭にかけると、既に彼の指示を受けているフーディンがボーマンダを救う手段を手短に説明してくれる。

「(“リフレクター”の強度を抑え、柔軟なゼリー状にする。そいつをクッションにあいつを受け止めるぜ!)」

 作戦を理解した直後、下方を見つめ、ついに地上が目の前に迫っていたことを知ったオレたちは、即座に技の準備に入る。単に力を入れればいいわけではない。むしろ、力をコントロールできなければ、ゼリー状の柔軟な“リフレクター”を生成することなど不可能である。
 こんな難しいことができるのか……。力を発揮するだけなら体がどうなってもいいとばかりに瞬間的にフーディンの全力を引き出すが、コントロールするとなればオレが我慢すればいいという問題ではなくなる。
 しかし、白目を剥き出し、口を開いたまま落下するボーマンダの無残な姿を目の当たりにすると、自信がないなどと言っている場合ではない。全力でオレたちを助けようとしてくれた彼に報いるため、絶対に技を成功させてみせる!

「(ツバサ、いくぜ!)」

「(おう!)」

「“リフレクター”」

 スプーンを逆手に持ち、右手の三本指のうちの一本をスプーンから離して目の前に持っていき、直後ボーマンダの落下位置を目掛けてその指を振り下ろすように向け座標を指定。直後、地上に光の線が正方形状に広がり、そこから半透明の青色のブロックが形成されると、落下したボーマンダを包み込むように受け止め、無事彼の身の安全を確保する。
 ほっと胸を撫で下ろし、オレたちも地上へ降り立ったのも束の間、柔らかな“リフレクター”の上で倒れ伏すボーマンダは既に息をしておらず、その姿を目の当たりにしたオレたちは絶望の淵に立たされたかのような心境だ。
 そこへショウタがオレのポケモンたちと共に駆けつけると、変わり果てたボーマンダを一目見た瞬間に顔が青ざめ、彼に覆いかぶさるように泣き崩れてしまう。しかし、その中で何とか命を助けようとするショウタは荷物の中から応急処置のための道具を取りだして処置に当たろうと試みる。
 しかし、そこでショウタはまるで時間が止まったかのように動かなくなってしまう。それもそのはず、なんと手当てをしようにもボーマンダの体には何一つ傷が見当たらないのだ。確かに彼はバシャーモの“シャドークロー”で右の胸を貫かれたはずだが、その胸さえも傷一つついていない。
 もはや手当てのしようがなく、この不可思議な事態に、声も無く、体を止めたままさめざめと涙を流すショウタの背を見つめると、言い知れぬ思いが込み上げ、胸が締め付けられるように痛む。
 その場にいながら、ボーマンダを助けられなかった。せめてルカリオが完全に力を解放できる状態にあれば、バシャーモの接近を感知できたはずだ。そうだ、オレさえ強ければ……オレさえ強ければボーマンダは……
 己の未熟さゆえにまた一つ命が消えゆくというその事実が、オレにあの悪夢のような夜を想起させるのだった。





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[[ポケットモンスタークロススピリット 第13話「竜の施し」]]
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''あとがき''
今回のお話は一万字を超え、本作初の山場でした。通常のお話は約五千~一万字なのですが、山場は一万字以上にするという形で分けています。
サブタイトルがエアームドを意味しているため、戦闘がメインのお話なのですが、長編となる今作においてメインキャラクターの出会いはきちんと書くべきと思い、序盤はツバサとエネコロロのやり取りを書きました。
戦闘についてはゲームではないためリアルタイムに地上までの距離を表示できないのですが、迫力あり、緊張感ありの戦いになるよう力を尽くしたつもりです。
エアームドがゾーンの力を使ったり、バシャーモがボーマンダを不可思議な方法で仕留めたりと、今回は山場だけに今後に繋がる要素をいくつか入れたので、その謎の答えを想像しながらまた次の山場を楽しみにしていてください。

ここまで読んでくださりありがとうございました。
よろしければ誤字脱字の報告や、感想、アドバイスを頂きたいです。
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