作者名:[[風見鶏]] 作品名:ボクはボク自身でありたい ・官能表現、グロ表現なしのノーマルな作品です。 ---- どうしてボクはここにいるのだろう? ふとそんな疑問を抱くことがある。 確かにボクはさまざまなポケモンに変身して、その技を使うことができる。 そう、ボクはメタモン。 ボクはへんしんしてそのポケモンと戦う。 そっくりそのままをコピーするから当然実力も互角になる。勝敗を分けるのはお互いのセンスだ。 たくさんのポケモンをコピーしてきたボクは様々な戦法を知っているから、勝率もそんなに悪くはなかった。 でも、うれしくなかった。 それどころか勝つたびになんとも言えない喪失感が積もっていった。 ボクのご主人様は勝ったらもちろんほめてくれる。 「メタモン、がんばったな。後はゆっくり休んでくれ」 でもうれしくない。なんでだろう? 一人でお使いに行って、帰ってきたとき、ご主人様に褒められたらうれしいのに、どうしてバトルの時はうれしくないんだろう? 答えは簡単だった。 バトルの時のボクは、ボクであってボクではないからだ。 へんしんしたボクは、相手をそっくりそのままコピーした相手の分身。 本来のボクは、そこにはいない。 ……でもそれでいいのかもしれない。 メタモンというポケモンは、へんしんしか取り柄のないポケモン。 ボクからへんしんする能力をとってしまえば、何か特殊なことをしない限りわるあがきしかできない弱い存在。 ご主人様を喜ばせるためには、ボクはボクであってはならない。 そう、ありのままのボクには居場所がない。 もしボクが言うことを聞かずに戦えば、ご主人様は間違いなく悲しんで、ボクを使わなくなるだろう。 ボクはご主人様が悲しむのはいやだし、それ以上にご主人様といられなくなるのがいやだった。 ボクは……ボクは、どうすればいいのかな……。 やっぱり、このままであり続けるしか、ないのかな……。 「よし、いってくれ、メタモン!」 その日、ボクはいつものように先鋒としてバトルの出された。 ご主人様の話によるとこの試合はトレーナーの昇格試験へ向けた大事な一戦らしい。 「へんしんだ!」 あいてはエレキブル、構えから見てもかなりできる相手なのが見てわかる。 ボクはまたいつものように相手の体すべてをコピーする。 外見はおろか、相手の筋肉の動き、癖、とくせいまでもを完全に模写していく。 ほら……相手のエレキブルの完成だ。 「……本当にそっくりそのままコピーしたな。さすがメタモンってところだな」 完全に変身したボクに向かいエレキブルはつぶやいた。 「慣れてるからね」 口調や意識は変わっていないが声は相手のエレキブルそのままだ。 相手を見据えながら僕はぶっきらぼうに言う。 実際へんしんしてからわかることも多い、このエレキブルは見かけによらず全身のばねが強い。 ということはでんきエンジンを利用した戦いをしない、短期決戦型だな。 「その様子だともう気付かれたみたいだな。そうさ、俺はとくせいにあんまり頼らないタイプのポケモンだ。果たしてどんな戦い方をするのか楽しませてもらうぜ?」 「……っ!」 予想通りエレキブルの動きはかなり早い。一瞬で五メートルほど離れていた距離を詰められてしまった。 だがその身体能力はこちらも同じ、同じようにバックステップをとる。 エレキブルの爪が宙を切る。その空気を切り裂く音がその爪の威力を物語っていた。 どうやら上半身のほうも相当鍛えられているようだ。 「……!」 ボクの頬に一筋の血が伝う。一瞬だけ判断が遅れたせいでわずかにかすってしまったのだろう。 力のあるポケモンとの戦いでは、よくあることだ。 「おぉ? よけきれていねえみたいだな。思ったより大したことねえんじゃねえのか?」 「……」 ボクは沈黙を貫く。こういうことを言われるの離れている。少しでもミスをすればこれだ。そして勝った時はまるで手のひらを返したように賞賛するのだ。 周りなんて本当に身勝手、ボクが本当に信頼しているのはご主人様だけ。ボクはちゃんと見てくれているのはご主人様だけなのだ。 そのご主人様の……役に立ちたい。 「おらおら! ボーっとしてるとやられるぜ?」 突如エレキブル自身からまばゆい光が発せられる。 「……っ!?」 フラッシュか! まさかこんな技を使われるとは……くそっ……! とにかくこの場でとどまるのはまずい! ボクはエレキブルのばねを生かし高くジャンプする。 しかし読みは間違っていた。 「っ!?」 強い衝撃とともにボクはバランスを崩し地面にたたきつけられる。 「メタモン!」 ご主人様が悲痛な叫び声を上げる。 だめだ、ご主人様を心配させちゃだめだ……。 痛みをこらえつつボクは再び立ち上がる。 「ちっ、意外とタフなんだな」 予想していなかったようだ。エレキブルは少し戸惑った表情を見せている。 おそらくこの奇襲で多くのポケモンを沈めてきたのかもしれない。 だが実際ボクは辛かった。どうやらたたき落とされたときに内臓にダメージを負ったみたいだ。……呼吸が若干つらい。 「……!」 こちらの表情を読み取ったのかエレキブルの口元がつりあがる。 そしてまた閃光が場を支配した。 「つ……どうする……?」 地上か? 空か? 迷っている余裕はない。何かしないと確実にやられてしまう。 その時ぼんやりとだが前方の光が強いことに気がついた。 ……そうか! エレキブル自身が発光しているから、当然光が強いところは……奴。 「うぅ……!」 強い光を直視したせいで視界が暗くなる。 だが迷う必要はなかった。前方へ向かい突進する。 一瞬、エレキブルの驚く声が聞こえた気がした。 そして次の瞬間には鈍い衝撃とともにいやな感触がした。 固い何かを殴りつける感触。ボクの腕の骨がきしむおとがして、それに打ち付けた衝撃がどれほどの物か想像つく。 ……少しの間をおいて激しい轟音が聞こえた。そして……ボク自身も、気を失った。 「う……?」 目をあけると、そこはポケモンセンターではなく、ご主人様のベットだった。 ……体中が痛い。いったいどうなったんだろう? しばらくたち、ある異変に気付いた。 「あれ……へんしんがとけてない……」 ボクの姿はエレキブルのままだった。普通ボクの意識がなくなるとへんしんはとけてしまう。 あわててへんしんを解こうと試みる。 「……!」 へんしんが……とけない。 「あれ、起きていたんだ。大丈夫だったかい? メタモン」 ご主人様がコップにジュースを入れ戻ってきた。目にはクマができており、ボクを必死に看病していてくれたのがうかがえる。 どうしよう……このこと、今はなすべきなのかな……。 ご主人様を心配させたくない。でも……、嘘をつくのはもっといやだ。 「あの……ご、ご主人様……」 「ん? どうしたんだい? どこか痛いのか?」 気遣うような視線をこちらへ向けてくれる。一体この事実を知ると、ご主人様はどんな顔をするんだろう……。ある意味それは好奇心でもあった。 「へんしんが……とけなくなってしまいました……」 一瞬わけがわからないというような表情をしていたがすぐにご主人様の表情は厳しくなった。 「やっぱり身体に負担がかかったせいかな……」 独り言のようにぽつりとつぶやくご主人様。 「負担?」 そういえばエレキブルにやられた時ボク自身は多少内臓にダメージを受けた覚えがある。 ……それを思い出すとにわかに体の中が痛んだ気がした。 「いや……何でもないよ」 濁りを残したまま、ご主人様はその話を切ってしまった。 でも引きさがったら……何かとてつもなく不安な気がする。 「ま、待って! ご主人さま……ボクはどうなるの?」 必死に自分の現状を確かめようとする。 「大丈夫だよ、ゆっくり休めばじきに元の体に戻れるはずさ」 諭すようにご主人さまはボクに語りかける。 それに対して何も言うことができなかった。 それ以上言うとご主人様を困らせてしまうかもしれないという罪悪感からだ。 それからボクはバトルへ出ることはなくなった。 そして、ご主人様の戦績も少し悪くなった。 さらにそれに比例するようにボクとの会話も……減っていった。 初めは二時間も三時間もそばにいてくれたのに、日がたつにつれ、一時間、三十分、そしてついには十分もボクのそばにいてくれなくなった。 それに追い打ちをかけるかのように、ある話が舞い込んできた。 ボクは、入院することになったらしい。 そして、ご主人様のもとには新しいポケモンが来る。 ……ボクは一匹になる時間が多くなったんだ。 「ボクは……どうなっちゃうんだろうな」 ぽつりと自分自身に問いかける。もちろん答えなど返ってくるはずもない。 このまま、元に戻れずにエレキブルとして生きて行くことになるのだろうか? もちろんそれも一つの生き方なのかもしれない。完全にあのエレキブルをトレースしていることもあり、バトルに関してもそれ相応の闘いができるだろう。 そういえばボクと戦ったエレキブルはあの後どうなったのだろうか? エレキブル自身はボクと違って普通のポケモンだから……おそらくけがが回復してもう普通の暮らしをしているのかもしれない。 本当に、これからどうなるんだろうな……。 一匹で考えると同じ思考がぐるぐると回りだす。 ご主人様がいれば、気休めでも何か言ってくれるのに……。 考えることをやめ、ボクはご主人様のことを考える。 ご主人様、今何してるかな……。 ボクとは違う誰かをパートナーにして、どこかで戦っているんだろうな。 戦績が下がってるっていうけど、ご主人様ならきっとそのうちに上がるはずだ。実際、ボクがそうだったから……。 ……そうしたら、ボクの出る幕は、もうなくなっちゃうんだろうな。 きっと僕のような使いづらいポケモンよりも、ベーシックなポケモンのほうがきっといいはずだし……。 ご主人様はボクの前から消えてしまう……。 そう思うと急に心が重くなる。 そして、ついにご主人様はボクの前に姿を現さなくなった。 事実的に、ボクは一匹になった。 たまに手紙が届く、そこにはご主人様の文字で、 「見舞いに行けなくてごめんな。試験が終わったら必ず迎えに行くからな」 ただその一文だけがつづられていた。 「迎えに行く……か」 ご主人様が迎えに来るころは、ご主人様、どんなトレーナーになっているかな……。 やっぱり、ボクには想像につかないほどのトレーナーになっているのかもしれないね。 そう考えると心はやっぱり重くなる。 もうすっかりエレキブルの体にも慣れてしまっていた。 このままご主人様のもとに帰ってもいい。エレキブルの元の強さで、いい線にも行けるのは確実だと思う。 けど、それ以上の成長は望めない。 ボクがメタモンであるころは、少しずつではあるが成長することはできた。 だけど今のボクはあくまでもエレキブルをトレースしたメタモン。 所詮はコピーでしかない今の姿に、成長を求めることは、無理なのだ。 だから今のボクはご主人さまと一緒に戦うことはできても、成長することの喜びをもらえない。 だからご主人様はボクをずっと休ませているのだ。 「はやく、元に戻れないかな……」 やることも何もない。今日もただひたすらに元に戻れることを祈り続けるしかない。 ……いい加減もうそんな日々はいやになっていた。 家から病院まではそこまで離れていない。 ボクは、病院を抜け出して、家まで帰ってきてしまった。 いけないことだとわかってる。でも、抑えきることはできなかった。 「……ご主人さま」 「おまえ……メタモン! どうしてここにいるんだ?」 ドアを開け、ご主人様は驚いた表情をする。 「ごめんなさい、さみしくて……抜け出してしまいました……」 「……」 ご主人様はやっぱり困った顔をしてボクを見つめていた。 「すぐ帰りますね。迷惑かけてしまってごめんなさい」 甘えようとしたボクが間違っていた。突然押し掛けたりしたら、困ることは目に見えていたはずだ。 開けたドアを閉めようとする。 「いや、いいんだ」 それをご主人様は遮った。 「こっちこそさみしい思いをさせてごめんね……」 お互いドアのノブを握ったまましばらくの間硬直した。 「……それだけだよ、さ、体調が悪化しないうちに戻ろうか」 そういってご主人様は靴をはいて出てくる。 「え……?」 僕は少し戸惑ってしまった。 「え? って……もしかして一匹で戻るつもりだったのかい?」 ボクは黙ってうなずく。 「ちゃんと送っていくよ。あの……、あんまり会話もしてないしさ」 「ありがとうございます、ご主人様……」 反論する気はなかった。ただご主人様が一緒にいてくれるだけですごくうれしかった。 「……」 日の沈みかけた住宅街を二匹で歩く。 人通りはもう少なく、夕飯を作るにおいがどこからか漂っている。 もうすぐ夕飯時か、病院に戻ったらまた病院食を食べなきゃいけないんだな……。 特に会話もなく、ボクはそんなことを考えていた。 「……なあメタモン」 突然ご主人様が切り出した。ボクはご主人様の方に黙って振り向く。 「僕のこと、嫌いになっちゃったかな……?」 「そ、そんなことないですよ!」 あわてて否定をする。ボク自身ご主人様のことは誰よりも好きだと思っている。 「そうか、よかった……」 ホッと胸をなでおろすご主人様、まさかご主人様のほうからそんな言葉が聞けるとは思ってもいなかった。 「もうすぐさ、試験が終わるんだ。トレーナーの昇格試験。それが終わったら、メタモンの病気を治す薬が買えるようになる。 だから、もう少しだけ待っていてくれるかな……?」 それは何よりも純粋にうれしい言葉だった。そして安心できる言葉だった。 ご主人様は僕のことを忘れてなどいなかった。ずっとずっと思っていてくれた。 「……はい!」 自然に笑顔が浮かぶ、ご主人さまもそれを見て安心した表情を見せた。 それからボクとご主人様は他愛のない会話をして楽しみ、病院への帰路へとついた。 「じゃあ、体、しっかりと休めてね」 「はい、ご主人さまも、体に気を付けてくださいね」 僕はまだエレキブルの姿のままだけど、もし元の姿に戻れたら、改めてまたお礼を言いたい。 大好きなご主人様に、ボク自身のすがたで、満面の表情を見せたいから。 「ふふっ、わかってるよ」 少しだけ照れた表情でご主人様は返事を返した。 ちょっぴり病室に戻るのは憂鬱だけど、もう重い気分にはならなかった。 ご主人様が家の方角へと帰っていく。できれば見えなくなるまで見つめたかったけど、もうすぐ晩ご飯の看護師さんが回ってくる時間帯だ。 ばれる前に戻らないといけないな。 そして、時間は深夜へと移っていく。 ボクの病室は個室で、窓からの景色が望める。 何も変化のない日常、窓の景色を眺めるのがちょっとした楽しみでもあった。 「今日は星がよく見えるなぁ……」 季節は夏。空には天の川がよく見える。 この季節の星空、ボクとしてはちょっと特別な感情を抱く。 ボクとご主人さまが出会ったのが、ちょうどこの季節であった。 ご主人様はその頃はまだトレーナーですらなく、研究員になりたかったらしい。 ただ、ポケモンに関してはとても興味があって、研究の分野でも、ポケモンたちとのよりよい共存をテーマにした研究をしていた。 当然ポケモン図鑑の持っていて、図鑑はかなり進んでいたみたい。 でもある日、ご主人様はその図鑑をおとしてしまったんだ。 そしてそれを拾ったのがボク、でも、その頃のボクは全く人間を信用していなくて、なかなかご主人様に図鑑を返そうとはしなかった。 でも、それ以上に返したがらなかった理由がある。 それはボク以外へのポケモンへの興味だった。 その頃のボクはいろいろなことに興味があって、とりわけほかのメタモン達とは違い、知識に関してすごく貪欲な面があった。 「はぁ……はぁ……、や、やっと見つけた。頼むから返して、それ、大事なモノなんだ……」 「やだ! せっかくこんなに貴重なモノを見つけたんだ。返してもいいけどそれはボクが全部暗記してからね!」 そう言ってボクは森の奥に走り出す。 「あっ! ま、待て!」 時間は夜。ご主人様はあきらめず僕をずっと追いかけてきた。 ボクとしては少しおにごっこ気分もあったかもしれない。その頃のボクはすでに誰からも相手にされず、ずっと一匹で生きてきた。 心のどこかで、それを楽しんでいるボクがいることに素直になれない。 「はぁ……、待って! お願い!」 ほんとはいけないことだってわかってるんだ。 でも、誰も相手にしてくれなくて、さみしくて。 「……」 気がついたら追ってくる声もなくなってしまっていた。 ほら、やっぱりいなくなっちゃった。 本当は図鑑の情報なんて、少し見ただけで覚えられてしまう。 ボク達メタモンは、コピーするのを助けるために、膨大な記憶力がある。そのためちょっとした本なら一字も残さず瞬間的に記憶できるのだ。 既にこの図鑑も記憶済み、ボクにとっては用済みのモノだった。 あーあ、結局また一匹になっちゃったか……。 まだおにごっこの余熱が残っている。それを少しだけ心に刻んで、ボクは元来た方向へと歩き出した。 「捕まえたっ!」 「っ!?」 はがいじめにされ身動きが取れない。 ご主人様がボクを上から抑えこんでいた。 「はっ、放せっ!」 できる限るの抵抗をする。だがあっという間に図鑑はとられてしまった。 「ふう……やっと取り返した。これ、そんなに面白いものなのかなぁ……」 困ったように時間を眺めながらつぶやいていた。 一方ボクはというと、図鑑をとられたままぼうぜんとその場にたたずんでいた。 これからどうなるのかということと、その後どうしようかという考えで何もできなかった。 茫然としているボクをご主人様はせわしなく見つめている。 「……あのさ、どうしても図鑑が見たいっていうんならさ、ボクのところに、来るかい?」 何気ないご主人様の一言だった。 一瞬その意味ができずにボクは固まってしまう。 「だ、だめならいいんだ。ただしまたうばいに来たりしたら、そ、それなりの対応をさせてもらうからね」 おどおどしていて説得量は皆無。 でもその言葉は、凍りついた心を一気に溶かすほどの威力があった。 「……」 ボクは何も言わず、視線をご主人さまからそらす。 いうなればその時から僕はご主人様に好意を抱いてきたのかもしれない。 「やっぱそんなに甘くないか。それじゃあね。あんまりいたずらしてほかの人を困らせないようにね」 あ……いってしまう……。 これまで手を差し伸べられたことのなかったボクには、こういう時どうすればいいかわからなかった。 素直になりたい。 「ま、待って!」 その声に応じ、ご主人様の足はピタリと止まる。 だけど、その先は言葉がつまって出てこなかった。 「何だい?」 ご主人様はもうわかっているみたいだった。少しだけうれしそうな笑みが見て取れる。 「……」 それでもボクが黙っていると、ご主人様は、まだ幼さをの頃手を差し伸べてくれた。 「大丈夫、おいで」 ボクは、その手を少しだけ眺めた後、ちょっぴり照れながらその手を器用につかんだ。 「べ、別に服従したわけじゃないからね……」 ……とまだまだ素直になれないまま、ボクはご主人様のもとへ行ったのだ。 「あれからどれだけの時間が経ったんだろうな……」 気づけばあの頃まだまだあどけなかったご主人様も、今ではエリートトレーナーへとなった。 そしてボク自身も、あの頃から変わり、ご主人様を信頼し、ほかのポケモンたちを思いやることができるようになった。 「みんなみんな、変わっていったんだなぁ……」 そう、変わった……はずだ。 けど、肝心のボクは、まだ変われていないところがある。 それは、ボク自身に対する思いだ。 ボクは、何のために生まれてきたのだろうか? ボクは、ボク自身のことを好きなのだろうか? どちらの答えも、昔からまだ変われていない。 ボクは、何のために生まれてきたかまだ分からない。 そして、ボクはボク自身のことを、まったくもって好きではない。 変身したボクは、ボクではないのだから……。 「いいや……そんなことは考えたくない」 カーテンを閉め、ベットに横になる。 きれいに整えられた病室、いつも殺風景だが、今日はやけにさみしく見えた。 「……さみしいよ、ご主人様……」 エレキブルには少し小さいベットが寝返りを打つたびきしむ。 夕方に声を聞いたはずなのに、ご主人様の声がとても遠く感じた。 気づくとボクは病院の公衆電話の前まで来ていた。 深夜の病院は不気味なほど静かで、いったい度やってここまで来たのか自分でもわからないほどだった。 手には公衆電話で使用するお金。 「ごめんなさい……ご主人様、もう一回だけ甘えさせてください……」 ボクはダイヤルを回した。 呼び出し音……。 「はいもしもし」 少しだけ眠そうな声、やっぱりこの時間故に寝ていたのだろうか? そう思うと急に罪悪感が立ち込めてきた。 「ご主人様……」 「メタモンか? どうしたんだい? こんな時間に……」 心底心配したような口調。 その声を聞くと、急に電話をかけたボクがバカらしくなってきた。 何やってるんだろ……。 ご主人様はこんなにもボクを心配してくれているのに、どうして声が聞きたいだなんて思ってしまったのだろう……。 またボクは、ご主人様を困らせてしまっている……。 「メタモン? メタモン!? 大丈夫か?」 沈黙しているとご主人様が電話越しに叫ぶ。 「はい、だ、大丈夫です」 とても大丈夫なような声は出せなかった。 「いったいどうしたんだい? こんな夜遅くに電話して……」 「すみません、どうしても声が聞きたくなってしまって……本当にすみません」 迷惑だと気付いたのは電話をかけてから。それまではボクのことばっかりで、ご主人様のことなど気にもかけてなかった。 「……」 電話越しの沈黙。 その向こうではやっぱりご主人様は困ったような表情をしているのだろう。 「……切りますね。ほんとに、ごめんなさい」 最後の瞬間、ご主人様の「待って!」という声が聞こえたような気がしたが、それは気のせいだろう。 ボクはさっさと残る甘えを断ち切るため、後ろを振り返らずに病室へと戻っていった。 公衆電話には、ボクの残したコインが無造作に置かれている。 誰も拾う人などいない。でも、ボクも拾うつもりはなかった。 浅い浅い眠りだった。おかげで目覚めはあんまりよくはない。 看護師さんの放送で目が覚めた。朝の朝食を配給してきたらしい。 健康に気を使った病院食が目の前に出される。 ボクとしては、病院食の味付けは好きなほうだ。 とは言ったものの、実際のところ野生のころの暮らしのほうがまだまだ長いので、これからは変わるかもしれないが。 ゆっくり考え事をしながら食事をしていると、突然病室のドアが開いた。 「あれ? もう片付けに来たんですか?」 時計を眺めるとまだまだ回収の時間には早い。 「……メタモン、僕だよ」 「っ! ご主人様……」 次の言葉が出てこない。 一瞬頭の中がごっちゃになり、どうしていいかわからなかった。 「な、なんで、ここにいるんですか?」 無意識につぶやいた言葉で、やっと思考がまともに働き始める。 確か今日はご主人様の試験のはず、なのになぜご主人様はボクのところなんかに来ているのだろう? 「メタモン、今日の試験、一緒に来てほしいんだ」 言葉をたどるようにしてその言葉はつぶやかれた。 「……どうして、ですか?」 無意識に相手を突き刺す否定。 なんで? うれしいはずなのに、どうして言葉は否定ばっかり出てくるのだろう? こんなことを言えば、ご主人様は、また……。 「メタモンが必要だからさ」 まるでその答えを待っていたかのようにその質問は返された。 「でも、ボクはへんしんできないメタモン、たとえご主人様が必要だと思っても期待にはこたえられません……」 そう、今のボクはご主人様の役には立たない。 エレキブルであり、エレキブルではない、そしてはたまたメタモンであり、メタモンでもない。こんな中途半端なポケモンのボクには存在意義はないのだ。 自分でいってて悲しくなってくる。どうして僕はまだご主人様の目の前にいるのだろう? 「……メタモン」 その声はかすれていた。 ご主人様はどんな表情をしている? 今のボクにはその表情は読み取れない。 いつの間にかボクの目の前はぼやけてしまっていた。温かい液体がほおを伝っている、それが流れているのがひどくはずかしかった。 「気にしなくて、いいよ……」 ……どうしてなんだろうね。幸せなはずなのに、笑顔になれないや。 ご主人様の腕が体に絡まる感触がする。 ご主人様、そんなに近づいたら、濡れちゃうよ? 今のボクには、しゃべることすらできなかった。 「僕のメタモンは、どんな姿になっても僕のメタモン……」 ゆっくりと息継ぎをする。 「そして、ボクのはじめてのパートナーであり、最高のパートナーさ」 まるでおとぎ話に出てきそうなセリフ。まるで信憑性がないといえばそれまでの言葉。 でも、でも、とてもうれしい……。 そこまで言ってくれるご主人様が、ボクは大好きです。 「だから、今日の試験、出てくれるかな……?」 語尾は少し自信なさげに小さくなっている。たぶんここまで言い切るのには相当ご主人様もつらかったのかもしれない。 ボクも、ちゃんと本音を伝えないと、いけないな。 ご主人様がこんなにも一生懸命にボクにあたってくれる。それなのにいつまでも引きさがってなんか、いられない。 「……はい、こんな僕でよかったら、お供、させて……ください」 とぎれとぎれでしか言い出せない言葉、それでも、面と向かって本音を伝えることができた。 それだけで、十分だった。 ボクの病気は治る気配を見せない。 そもそもこれが、病気なのかすらもわからない。 へんしんできないメタモン、メタモンからへんしんという技を取ったら何も残らないのは分かり切ったことかもしれない。 たぶん多くの人が、今のボクを見たら役立たずと笑うのだろう。 でも、それでもボクは構わない。 ご主人様がボクを必要としてくれる限り、ボクはボクであり続けることができる。 ご主人様のパートナーとして。 ご主人様、ご主人様は覚えていますか? ボクと出会ったころのことを。 ボクは今でも鮮明に覚えていますよ。 みんなみんな変わっていくと思っていて、ボクだけが残されていたかと思っていた。 変わらなければいけないと思っていた。 確かに変わらなければいけない時が、いずれは来るのかもしれない。 でも、変わらなくてもいいものや、変わってはいけないものも、あるのだと思う。 その中の一つが、思い出なんじゃないかな。 もしかしたら美化されているのかもしれない。もしかしたらただの思い違いかもしれない。 それでも、無理にそれを書き換えたり、忘れる必要はないんじゃないかな? だってそうであっても、大切な思い出としては変わりないはずだから……。 ボクが僕であることのできた、大切な思い出。 ずっとずっと変わらない、思い出。 ご主人様、面と向かっては言えないけど……。 ボクと出会ってくれて、ありがとう。 ……そして、これからもよろしくおねがいしますね。 ---- これでこの話は終わりです。ここまで読んでくださりありがとうございました。 何かコメントをいただけるのならうれしく思います。 #pcomment(,,) IP:61.7.2.201 TIME:"2014-02-26 (水) 18:01:09" REFERER:"http://pokestory.rejec.net/main/index.php?cmd=edit&page=%E3%83%9C%E3%82%AF%E3%81%AF%E3%83%9C%E3%82%AF%E8%87%AA%E8%BA%AB%E3%81%A7%E3%81%82%E3%82%8A%E3%81%9F%E3%81%84" USER_AGENT:"Mozilla/5.0 (Windows NT 6.1; WOW64) AppleWebKit/537.36 (KHTML, like Gecko) Chrome/33.0.1750.117 Safari/537.36"