ポケモン小説wiki
ボクとニンゲン、ニンゲンとボクの関係 の変更点


&color(red){○この小説には、流血こそしませんが暴力的な表現と&color(white){登場するキャラクターが死亡する表現};があります。};

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 ボクが生まれたとき、周りには初めて見る生き物──ニンゲンが居ました。歓声を上げる数多くのニンゲンたちが。彼らは互いの手を叩いて喜びます。
 ボクはつい、彼らをまじまじと見つめました。なにせ、ボクが生まれて初めて見たものですから。
 ……生まれてすぐのボク。初めて見るのはニンゲンだけではありません。ぐるりと見渡せる部屋にあるもの、全てが初めて見るものばかりです。でも、その物の名前はわかりました。すぐ近くにあるのは『パーソナルコンピュータ』だし、傍に並ぶにのは『研究机』ですし、『研究机』の上にあるのは『紙』と『ボールペン』です。頭上からの眩しい光は『蛍光灯』から放たれています。自然の光……『日光』はありません。部屋に窓が無いからです。それが、ここが異質な空間であることを物語っていました。
 カントリーなチェアや透明感あるオブジェクトなんて洒落た物など無く、不正確な時を刻む時計にひび割れた白い壁。ぽつんとひとつだけある鉄の扉の外はどうなっているのか、少しだけ気になりました。ボクはそれらを見渡し、ひとつひとつの情報が視界に入るごとに、ボクは疑問を持ちました。
 なぜ、誰にも教えられてないのに、ボクは物の名前を知っているのでしょう?
 なぜ、ボクは生まれたばかりだというのに、本能に動かされず冷静に考えることができるのでしょう?
 なぜ、ボクはここに居るのでしょう?
 ボクの中で疑問は生まれ、すぐにまた別の疑問が浮上し、疑問は疑問で埋もれていきます。
 なぜ──
 疑問は唐突に吹き飛びました。ニンゲンたちは言ったからです。
「やった、完成だ! 成功だ! やっと人の手でポケモンを作ることができたぞ! ヒトの気持ちを持ったバーチャルポケモン、『ポリゴン』の誕生だ!」

 ボクは、作られたポケモンだから、『情報』を与えられていたから、こんなふうに生まれたばかりでも物事が把握できたのです。

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 ボクはバーチャルポケモンのポリゴン。ニンゲンに作り出され、ニンゲンに名付けられたポケットモンスターです。ポケモンと言ったほうが馴染み深いでしょうか。
 ニンゲンたちはボクを生み出すために相当な努力をしたことが、ボクへかける言葉の端々から窺えました。
 ポケモンは本来、生き物です。生き物をヒトの手で生み出すことなどおいそれとできることではありません。設計されたとおりに決められた事を繰り返す機械ではなく、自分で考え、自分で行動し、自我を持つ『生き物』を作る苦労は、並大抵のものではないのです。
 それでも、彼らはボクを作りました。人工的に造られたこの身体はそれほど不快なものではありません。ただボクはどのような姿なのかを、鏡やその代わりになるものを覗いていないのでまだ知りませんが。
 それはともかく。彼らは一頻り喜びを分かち合うと、完成したボクの身体を隅々まで点検し始めました。ボクに異常が無いか、『ポケモン』と言うのに相応しいかを調べるためにでしょう。
 十分経ち、三十分経ち、一時間経ち。
 ボクの内部データまで探るようで、背後から色とりどりのコードが繋げられました。また時は過ぎていきます。彼らはボクに夢中なようで、誰かが気を使って淹れたコーヒーにすら気付いていないようでした。
 ニンゲンが手を休めたとき、経過した時間は──壁の時計は壊れていますが、ボクに内蔵された体内時計によりわかったのです──ゆうに三時間を越えていました。ふうと一息ついて、彼らは少し冷めたであろうコーヒーを口にしました。
「今は異常無し、か? 学習機能も作動してるし、ちゃんと見ることもできるようだ。まあ今後も調べる必要はありそうだが」
 彼らのうちの一人が言いました。
「確かにな。おおっと、そうだ」
「なんだ、どうした?」
「鏡でも見せようか。自分の姿を認識させよう」
「おお、それは良い! よし、持ってくるよ」
 一人がこの部屋から出て行きました。鏡を取りに行ったのでしょう。この部屋には鏡なんてありませんから。
 待っていると軋んだ音を立ててドアが開き、鏡を持った先ほどのニンゲンが入ってきます。むき出しのまま持ち込まれた鏡にボクの姿が映りました。
 鏡の中のもう一人の自分は、なんとも言えない姿形をしていました。
 全体的に角張ったシルエット、淡い赤と青で構成された鮮やかな体色。パソコンから伸びたコードが繋がっていたのは、天へ向けて伸びる短い尻尾の先だったようです。紺青色のそれは、角度によっては蛍光灯の灯りを反射しました。
 それがボクでした。
「不具合は無いかい?」
「……はい」
 その返答に、彼らは満足げに微笑んだのです。



 その後も調査を続けた結果、現在のボクには異常は無いだろう、と見られました。異常無しと断言はできないのですが、それでもニンゲンたちはそれに安心したようでした。
 ボクはニンゲンたちに施設内を案内されました。ボクは通った道をひとつひとつ覚えます。彼らに、なぜボクに最初から地図を組み込まなかったのか訊ねると『最初から完璧だと面白くないだろ?』と答えました。
 施設内を記録した後は、ボクの能力テストでした。ボクが技を繰り出せるどうか、『技マシン』で技を覚えられるかなど、ポケモンならば大半のものができることのチェックです。
 そして、ニンゲンが何よりも気になっていた、ボクにしかできないことがありました。

 "パソコンの中に入り電子空間を移動できるか"
 
 ボクが『バーチャルポケモン』と呼ばれる理由、全てはこれにあったのです。
 パソコンの画面から電子空間に入れるというシンプルで奇妙な能力。実際に電子空間に入れたときは、自分が自分でないような感覚が身を襲いました。画面へと身を沈める、その時の形容しがたい感覚といったら……。それを乗り越えてたどり着く電子空間の様子をあえて言い表すならば、発光する記号と文字と数字の羅列が互いに押し合いへし合いひしめく暗い部屋……といったところでしょうか。それ以上詳しく表せるほどの語調を持ち合わせていない自分が歯痒いです。歯は無いですが。
 十数秒ほどその光景に見とれていたのですが、ボクは不意に訪れた浮上した問題に顔を強張らせました。それはこの空間から三次元の世界に戻れるのかということ。
 しかし、それは案外あっけなく解消されました。歩こうとすれば歩行ができるように、技を放とうと意識を集中すれば攻撃できるように、空間から出ようとすれば脱出できたのです。ただそれは歩行や攻撃をするよりも集中力が必要な物でしたけれども。
 そんなこんなで現実世界に戻ると、ニンゲンの歓声が待っていました。彼らは空間の出入りを繰り返すよう言いました。ボクは命令通りにそれをこなし、それでもトラブルが無いことが判明すると、ボクの住み家はパソコン内と決まりました。普通、トレーナーのポケモンは<モンスターボール>というボールに入っているものですが、彼らは『束縛したくないから』とボールではなく住み処を与えてくれたのです。まったく、喜ばしいことです。
 住み処ができたということは、ボクはしばらくの間ここで過ごすのでしょう。念のため確認すると、彼らは頷き、一週間程度かと考えていると言いました。ボクは続けて、世間にこのことを──研究の成果を知らせないのかと尋ねたところ、ニンゲンは『お前がこの世界に慣れてからだ』と答えました。
 まったく、ニンゲンの考えることはよくわかりません。たとえ一週間過ごしたとしても、その間にボクにどれほどの自由があると言うのでしょう。
 まあ気にしていても仕方が無いと判断し、することを失ったボクは、スタンバイ状態で何も映らないパソコンの画面を眺めました。



 その日はニンゲンと食事を取ったり(ボクは食べることも可能なのです)、彼らのポケモンとバトルをしたり、普通のポケモンさながらに過ごしました。バトルは簡単なものでしたから、身体の部品の破損やエネルギー切れなどの大きな問題も無く一日が終了しました。
 翌日は、気になっていたこの建物──研究所内を探索したり、少し外に出たりしました。朝、ニンゲンたちに連れられて鉄のドアの先に延びる階段を上り終わると、窓ガラス越しの自然の光が降り注ぐ部屋が広がっていました。窓の外を覗くと青々とした草が生えた地面が広がっていたことから、ボクが生まれたあの部屋は地下室であったことがわかります。手の代わりに鼻先を使って窓を開けると春の澄んだ香りとポッポの鳴き声が飛び込んできて、思わず目を細めました。
「春、なんですね」
 口を突いて出た言葉に、彼らのうちの一人が苦笑しました。
「日付や時刻がわかるプログラムを入れていたはずだよ? そこから春だと予想できるはずだよ」
「つい言ってしまっただけです」
 ボクはそう返答し、窓の外に彼ら以外のニンゲン居ないことを確認しました。それがわかると窓から身を乗り出して外に出たいという意思表示して、彼らが咎めないのを見て草の上に降りました。
 少し離れたところでポッポが池の水を飲んでいました。先ほど春の訪れを告げていた声の主はこのポッポでしょう。
 挨拶のために声を出そうとしたところで気付きました。
 ボクはポケモンに通じる言語を知らないのです。思えば今まで使っていた言葉はニンゲンの言葉であり、ポケモンの言葉については知識がこれっぽっちも無いのです。昨日ポケモンバトルをしたときは戦うことに必死だった上、初めてのバトル故ニンゲンを失望させないとというプレッシャーで、たまに相手が鳴き声を上げても何を言っているのかを考えもしていませんでした。
 駄目で元々、ポッポに声をかけましたが案の定逃げられました。しかも<こうそくいどう>のオマケ付です。
 雲ひとつ無い青空にあっという間に消えていく小さな影をなす術も無く見送って、窓から研究所に入りました。
「ごめんごめん、ポケモンの言葉は今の技術力じゃまだわからないんだ。空しい思いをさせてしまったね」
「いえ」
 短く答えて、ボクは研究所内の探索に専念することにしました。



 それからは大きなアクシデントも無く、特に変化の無い日々が続きました。朝はニンゲンと共に食事をし、昼はニンゲンのポケモンとバトルしたり外に出たりして、夜はパソコンの中で眠る。
 緩やかに流れる日々を繰り返して、そろそろ生まれてから一週間が経つ七日目の深夜のことです。ボクはパソコンの中で様々な思いを巡らせていました。
 何故か。それは、その日の夕食のときニンゲンたちが『お前は明日の昼からこの研究所を離れることになった』と告げたからです。その時のニンゲンの声を思い出しながら、ボクは空間に漂いました。

「ボクは今後、彼らとどう過ごしていくのでしょう……」
 呟きが漏れました。
 明日ボクの存在を発表してからは、ボクはどうなるのでしょう。
 ボクが研究所に居たって、彼らに迷惑をかけるだけです。ボクは人工的に作られたポケモンのくせに食事を取りますから、食費がかかります。それにポッポとの出来事のように、気を使わせることもあると思います。
 何よりも気に掛かっていたのが、彼らに危険が迫ってしまうのでは、ということです。
 ポリゴン生み出すには膨大なエネルギーや高価な材料、計り知れない手間がかかることがパソコン内のデータから窺えました。つまり、易々とボクと同じポリゴンを生み出すことはできないのです。たとえ一時的であってもポリゴンは世界に一体しか居ないポケモンとなってしまうのです。手にしたがる者はそれこそ星の数ほど居るでしょう。たとえどんな手を使ったとしてもです。
 そう、ボクを奪いに来る輩によって彼らが傷付けられてしまうかもしれないと思ったのです。
 ボクだってバトルをすることはできますが、ここは研究所なのです。下手に大暴れしたら建物を破壊しかねません。それを防ぐにはここから離れるしかありません。
 かといって、別の所に行こうにも当てがないのです。
「……どうすればいいのでしょうか……」
 考えすぎてだいぶエネルギーを消耗しました。目を閉じて、ボクは空間の流れに身を任せて深い眠りへと落ちます。


「そんな事を気にする必要は無いよ、君はこれから消えるんだかラ」


 眠ろうとした体が勝手に動きました。強引に跳ね起き、その場から飛びのきます。刹那、ボクの居た場所に大きな電気の塊のようなものが通りました。目標を失ったその塊のようなものがそばの電子記号に直撃した瞬間、電子記号は粉々に砕け散りました。
 それはポケモンの技に違いありません。しかし、十万ボルトにしてはありえない威力です。そもそも電子空間に入れるのはボクだけのはず──
「あ、外れちゃったカ。まあその方が面白いよネ、楽しめるよネ」
 その声が聞こえてきた方角と先ほどの風が飛んできた方角は同じでした。その方角を見ると、ボクに内蔵されたポケモン図鑑には載っていない、見たことの無いポケモンが薄気味悪く笑っていました。
 橙色の丸っこい胴体がプラズマで覆われた姿をあいたそのポケモンは、ケラケラと不愉快な声で笑いました。
「やあ、バーチャルポケモンのポリゴン。僕はロトム、プラズマポケモンサ。覚えなくていいよ、君はどうせすぐ消えるんだかラ」
 ロトム、と名乗ったそのポケモンは体の両側から伸びたプラズマ同士の先をくっつけ、電気の塊を作りました。慌ててその場を離れます。間一髪、ボクの居た場所に電気の塊が投げられました。
「なぜこのようなことを……?」
「遊びたいからサ」
 悪びれた様子も無くロトムは答えました。
「僕が住んでいる世界は、君から見たら未来の世界になるのかナ。ネット上を遊び歩いていたら気が付くとこの世界への扉を発見してさ、入ってみたんだ。きっとディアルガが間違えて時間の扉を作っちゃったんだろうネ。でね、ちょうど君が生まれたんで物陰から君の様子を窺っていたんダ。たまに君のファイルを覗き見しながらサ。そうしてるうちに、面白そうだったから遊びたくなったんダ」
「いつの間に……!? しかし、だからといってこんな事をして楽しいと思うのはおかしいです」
「ふうン? 出来損ないが何を言うノ?」
「な……!?」
 初対面のポケモンにここまで言われる筋合いはありません。ディアルガだとかよくわからないことを言われても冷静さを保っていたボクですが、さすがにここまで言われたらどういうことかと思います。
「出来損ないとは? ボクは今のところ異常は……」
「自らの異常に気が付いていないなんて、まったく愚かだネ」
 ロトムは大げさにため息をつくと、やれやれといった風に首を振りました。
「君、ポケモンとして作られたんだよネ?」
「ええ、そうです」
「生き物として作られたんだよネ?」
「はい」
「ヒトの気持ちも持ったポケモンになるように作られたんだよネ?」
「……何が言いたいのですか」

「ヒトの気持ち──喜びや悲しみ、哀れみ、寂しいとかの気持ちは君にはわかるのかナ?」

 思わず息を呑みました。
 そんなこと、考えたこともありませんでした。
「君はこの一週間、一度も『感情』を表したことが無イ。君の記憶のフォルダを漁っても、嬉しかったとか悲しかったとか、感情とリンクしている思い出は無かっタ」
 ロトムはボクに突き刺さる言葉を続けていきます
「とくに、ポッポに挨拶して逃げられたときの記憶には驚いたヨ。情景の描写しかなかったからネ。ああいう場面に出会ったら普通は悲しく思ったり寂しく思ったりするものだヨ」
「……さい……」 
「君が作られた時の記憶のデータには、『ニンゲンは喜びを分かち合った』みたいな事が残っていたヨ。他人が喜んでいるかどうかはわかるのに、自分は喜べないなんてネ」
「……るさい……」
「そういやニンゲンがわざわざ『君がこの世界に慣れるまでしばらく研究所で暮らそう』みたいなことを言ってたよネ? ニンゲンは思いやってくれたのになあ、君は『人間の考えることはよくわからない』とか思っていたんだよね、酷いヤツだナ」
「止めろ! うるさい! うるさいうるさいうるさい!」
「まったく、これだから出来損ないハ……」
「黙れええええええぇぇぇぇぇぇ!!」
 全身全霊の力を込めて<サイケこうせん>を放ちます。しかしそれはあっけなくかわされました。もちろんそれを黙って眺めるようなボクではありません。すぐさま二発、三発と続けて放ちます。ですが、なおも全て涼しい顔でかわされて、ボクはますます腹が立ちました。
「へええええ、怒りの感情だけは持っているのかイ? あ、今持ったばかりかナ? 怒りなんて感情を持ってるくせして、ニンゲンの優しさとか思いやりを感じられないなんて! 最低なヤツ!」
「うるさい! 黙ぁ……っ!」
 異変は唐突に起きました。体の節々が突然痛み始めたのです。体が内側からバラバラになるようで、その激しい苦痛にボクはその場に倒れました。
 少しぼやけた視界の中、目の前でロトムは笑い声を上げました。
「僕はね、電化製品に入り込んでイタズラするのが大好きなんダ。おかげでなかなかヒトに見つからずイタズラできるんだヨ」
「い……ま、ボクの目の前に居るのに、どうやってボクの中に……!」
「言い忘れてたけど、僕は<みがわり>も使えるんだヨ」
 はっと目の前のロトムを見上げます。こちらをニヤニヤと見下ろすそれは、姿形こそよく似ていますが、身代わり人形のロトムだったのです。いつの間に<みがわり>を使ったのでしょう。完璧に頭に血が上っていたボクにはそんなことすら気付いていなかったのです。
「これだから君は愚かなんダ! 茶番は終わりダ! データをバラバラにしてやるヨ!」
「あぐああぁぁぁぁぁっ!」
 尻尾の辺りに激痛が走りました。見ると、体を作るプログラムが削除されているのか、少しずつ尾の先端が透けていきます。なんとかしてロトムを体から追い出そうとしてもその力を逆手に取られてしまい、逆にデータの削除のスピードが速まるだけでした。
 視力や聴力のデータはあえて消さず弄っているのか、視界が緑一色になったり砂嵐になったりし、絶えずノイズや雑音が聞こえます。
 暴力的にデータのあちこちを弄られ、ボクは早くも限界に近づいていました。
 鮮やかだった体色はくすんでしまい、体は一部が消滅してしまいました。まだ消滅せず残っているところも半透明で、少しでも気が緩めば間違いなく跡形もなく消し去ってしまうような状態。
 
「さあ、トドメダ!」
 嫌に明るく嬉しそうなロトムの声が頭の中に響いたときです。

「おい、ポリゴン! 大丈夫か、しっかりしろ! ポリゴン!」

 ニンゲンの声が聞こえました。幻聴ではありません。その証拠に、ロトムも動きを止めました。
「くそ、もうちょっとで最高に面白くなるところだったのニ! 仕方ない、見つかる前にやってやル! 壊れる様をゆっくりと見守ってやるヨ!」
 ボクに一際鋭い痛みを与えた後、ロトムはボクから抜け出て暗い空間の中に消えました。何をしたのか、ロトムが居なくなってもボクのデータの削除や異常は進行し続けました。
 丁度入れ替わりのタイミングでニンゲンがボクのデータを開いたようです。自分ではどうなっているかわかりませんが、きっと酷い有様なのでしょう。マウスポインタが小刻みに震えていましたニンゲンはすぐさまバックアップのデータを入れようとしたようです。しかし、無駄でした。何回やってもエラーが発生するのです。
 ボクだってそのバックアップを拒んでいるわけではありません。なのに、データの追加や書き換えを受け付けないのです。それどころかボクの削除の進行を促進させてしまうのです。ボクのデータロトムの仕業に違いありません。
「くそ……ウイルスだと……!?」
 ニンゲンの焦った声が聞こえます。やっとウイルス対策ソフトが動き出しますが、もはやどうしようもなく、パソコンの動作を重くしてニンゲンの行為を妨げる邪魔な存在にしかなっていませんでした。
 たしかロトムは未来から来た、そう言っていたはず。彼がウイルスを持ってきていたのでしょう。未来の世界のウイルスを駆除することができないのも当然でした。
 ボクは、もう何をやっても意味が無いことを悟りました。なんせデータが殆ど消えかかっているのです。もう十秒も持ちそうにありませんでした。
 高速で流れていく意識。終わるそのときまでボクは横たわることしかできません。

 いえ。そんなことで終わるボクではありません。
 あと三秒。
 ボクは動かない体に鞭打ちメモ帳を開きました。
 あと二秒。
 ウインドウが開きます。
 あと一秒。
 いまだかつて無いほどの速さで文字を入力します。
 あと──

 薄れゆく意識の中、ボクは『微笑み』を浮かべました。

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 ポリゴンが未知のウイルスで消えてしまい、科学者達は涙を流しました。これまでの苦労、努力、そして思い出が彼らの心の中に流れました。
 特に、最初にパソコンの異常を発見した科学者は声を上げて泣きました。彼は喉が渇いたので水を飲もうと夜中に起きましたが、寝ぼけて地下室に入ってしまい、そこで電源を切ってあるにもかかわらずパソコンの画面が不自然に発行していることに気が付いたのです。彼は急いで手持ちのポケモンに他の科学者を起こすように命令してからパソコンの電源を入れポリゴンに呼びかけたのです。自分が非力だったせいでポリゴンが消えてしまったと彼は嘆きました。
 不思議なことにポリゴンが消えると同時にウイルスも消滅し、パソコンは問題なく動くようになっていました。彼らはゴミ箱を覗いてみたり、ポリゴンのデータを探しました。しかし、欠片も見つかりませんでした。
 バックアップのデータを使えば新たなポリゴンを生み出すことは可能ですが、それはまったく別のポリゴン。この日まで一緒に過ごしてきたポリゴンの記憶は持っていないのです。
 科学者達が悲しみに押しつぶされそうになったとき、一人の科学者が見慣れないテキストを見つけました。
 彼らはそのテキストを開きました。それには、こう書かれていました。


『こんにちは、ポリゴンです。あなた達といっしょに過ごしたポリゴンです。
 伝えたいことは山ほどありますが、もう時間が無いので一部を省かせてください。
 ではまず。今のポリゴンには足りないものがあります。それはニンゲンの<感情>です。
 ボクは喜怒哀楽がわかりません。優しさ、思いやりもわかりません。足りない部分を報告できず、申し訳ありませんでした。
 次に、今日までいっしょに過ごしてくれて、ありがとうございます。
 楽しかった、と言えたらよかったのですが、あいにく前述のように感情がわからないのです。すみません。
 最後に。』


『ボクとニンゲン、ニンゲンとボクの関係は、良いものであったでしょうか?』

END

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珍しく後書きらしきものを。しかし短い。

SS選手権に参加するのは初めてだったのですが、四票頂き一日遅れで減点一割、3.6票で三位という自分にはもったいないくらいの結果でした。
他の方の作品のクオリティが高くて票を頂けるとは思っていませんでした。
嬉しすぎて布団を転がってしまいますゴロゴロゴロゴr(ry

投票してくださった方、また見てくださった方、本当にありがとうございました。
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大会中にコメントしてくださった方のコメント

 最後の文章、あれを読んで思わず涙。
 やはり心があってこそ、生き物は生き物でいられるのですね。
今回は心をテーマに書いていたのですが、ポリゴンには心を知らないため作中にあえて「心」という字を使いませんでした。なんというわかり辛い裏設定。
作中で「感情」としたところを「心」と受け取ってもらえて大変嬉しいです。コメントありがとうございました。

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コメント等があればどうぞです。
- 人工的に造られた命、とは言っても共に過ごしていれば研究者たちにもポリゴンに対する、一種の情のようなものが芽生えてしまいますよね。&br;それを彼が理解できていたかどうかは微妙なところですけれど。ポケモンではあるけれど、データとしてもとらえられる。ポリゴンってすごくあやふやな存在なんだなあと感じました。&br;感情を上手く理解できない彼なりに、消える前に人間に伝えておきたい言葉があったんでしょうねえ。最後のメッセージは彼の切実な思いが伝わってくるようで、しんみりしちゃいました。 -- [[カゲフミ]] &new{2009-04-01 (水) 20:38:59};
- な、泣きそうだった… -- [[shift]] &new{2009-05-15 (金) 16:38:06};

#comment

IP:202.253.96.149 TIME:"2012-06-10 (日) 23:53:12" REFERER:"http://pokestory.rejec.net/main/index.php?cmd=edit&page=%E3%83%9C%E3%82%AF%E3%81%A8%E3%83%8B%E3%83%B3%E3%82%B2%E3%83%B3%E3%80%81%E3%83%8B%E3%83%B3%E3%82%B2%E3%83%B3%E3%81%A8%E3%83%9C%E3%82%AF%E3%81%AE%E9%96%A2%E4%BF%82" USER_AGENT:"SoftBank/2.0/001SH/SHJ001/SN353012043858651 Browser/NetFront/3.5 Profile/MIDP-2.0 Configuration/CLDC-1.1"

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