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プロローグ 出会いは雨の中 の変更点


writer is [[双牙連刃]]

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 一組の、夫婦と思しき男女が暗い面持ちで病院を後にしようとしている。
女性は泣きじゃくった後のようで、その頬には涙の後がはっきりと刻まれていた。
男性は女性の肩を支え、励ましの言葉を掛けている様だ。
「大丈夫。たとえ子供を授かる事が出来ないとしても、私の君への愛が変わる訳ではないさ」
「あなた……」
 ……なるほど、病院で悲しい通知を受けたようだ。恐らく、女性が子供を授かる事が出来ない事を。
男性も励ましているが、その顔は悲しげで、やはり愛の結晶を授かる事が出来ないことがショックなのだろう。
並び歩く二人の悲しみを押し流そうと、空からも涙が零れ落ち出した。決して強くはない、しとしととした雨だ。
雨が優しく包む中、悲しみに暮れた男女は進む。自分達の家へ……。

 おや? 男女の進む先の道の茂みが揺れる。どうやら、何かが居るようだ。
「な、なんだ?」
 男性が少し近付いて確認しようとすると、突然何かが飛び出してきた。
「ク、クゥ~ン……」
 ……訂正をしよう。飛び出したのではなく、力無く出てきたと言った方が正しいだろう。
これは……ポケモンと呼ばれる生物だ。ただ、その毛は全身が黒く、頭部や、手足の先などは赤い毛を湛えている。
どうやらかなり衰弱しているようだ。フラフラとした足つきで男女に寄ってくる。
「この子、弱ってるのかしら?」
「あ、あぁ。どうやらそうみたいだな。しかし、こんなポケモンは見た事が無いぞ? 狐のような印象を受けるが……ロコンの亜種、か?」
 ポケモンが二人を見上げる。その瞳には、二人の人間はどう映るのか? 自らを脅かす敵か、それとも……。
ついに力尽きて、ポケモンはその体を濡れるコンクリートの上に横たえた。
「あなた……この子、家に連れて帰ったら駄目かしら? なんだか、可哀想だわ」
「そうだな……君がそう望むなら、我が家に迎えようか」
「えぇ! おチビさん、もう大丈夫よ」
「クゥ……」
 差し出された手を、ポケモンはどうすることも出来なかった。答えるように一鳴きするのが今の精一杯だ。
どうやら敵ではなく、助けを求めるにあたいする者と認識したようだ。そう考えているかは不明だが。
華奢なその体を、女性が優しく抱えあげる。雨に濡れて冷えたその体は、痩せ細っていて、見ため以上に軽々と持ち上がった。
「この子……まだ赤ちゃんなのかしら? 小さいのにたった一匹で……あなたのお母さんやお父さんは?」
「ポケモンに子育ての理念があるかは怪しいが、親に捨てられたのかもな……」
 女性の胸の中、ポケモンはやっと得た温かさに包まれて、うとうととし始めていた。その様子が女性に幼児であるように思わせたのだろう。
男性は少しほっとしていた。ポケモンを抱く女性の姿は正に母親そのもの。このポケモンが居れば、傷付いた彼女の心の傷も癒されるかもしれない。そう考えたのだ。
だが、この出会いはそんなものでは済まされなかった。

 眠りに落ちたポケモンが、突如光を放ち始めたのだ。
「な、何!?」
「どうしたんだ!?」
 腕の中のポケモンは、光に包まれ見えない。その光もやがて治まってきた。だが、光が治まった時に腕の中に居たのはポケモンではなかった。
「な……」
「こ、これは……人間の赤ちゃん!?」
 女性の腕の中には一人の幼児。顔色が悪く、頬が痩せ細っている。何日も何も食べていないようだ。
「どうなってるんだ!? これは……あのポケモン、なのか?」
「あなた! そんな事考えてる場合じゃないわよ! この子、このままじゃ大変!」
「そ、そうだな。急いで家へ! 何とかしないと、死んでしまう!」
 男女は駆け出していた。この小さな命を救う為に。
雨の中で出会った、この命を救う為に。

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 ストーブによって温められた部屋。そこで女性は、腕の中の赤子に温めた牛乳をスプーンで与えていた。
自分のものを与えようにも、出ないのだから仕方が無い。粉ミルクなんてものも、哺乳瓶も無いこの家で与えられるものと手段はこれくらいだったのだ。
「良かった……ちゃんと飲んでくれてるわ」
「ふぅ……先に入ってしまってすまないね。その子は私が見ているから、君もシャワーを浴びてきなさい。風邪引いたら大変だ」
「ありがとう。そうさせてもらうわ。あ、くれぐれも気を付けてね?」
「心得てるよ」
 女性から子供を受け取り、バスルームに入っていくのを見送った後、男性は視線を子供へと落とした。
「……君は、あのポケモンなのか? それとも、人間……なのか?」
 そう、腕の中の子はポケモンが居た位置に居た。でも、触れている感触は間違う事無く人のそれだ。あのポケモンのような豊かな毛は無く、人の皮膚そのものだ。
この子が人間なら、あのポケモンは何処に消えたのか? 逃げ出したにしても、光は一分も出ていた訳じゃない。その間に女性の腕から離れるものは無かった筈だ。
男性は何個かの仮説を立てようとしたが、一つだけしかまともな物は存在しなかった。でも……。
「まさか、ポケモンが人間になるなんて、そんな事が……」
 常識的に考えてありえない。ポケモンと人は違う生物だ。そこに接点は無い。
だが、男性はその仮説を全て否定出来はしなかった。ポケモンとは、えてして不思議な力を持っているからだ。時間や空間なんてものに干渉出来る個体も確認されているし。
これもその能力の一つではないのか? そういう考えが頭の中にあるからだ。
「あ……」
 男性は一先ずこの考えを置いておく事にした。腕の中の子が、目を開けたのだ。
こちらを見つめる小さな瞳。顔立ちも、間違いなく人だ。これがポケモンだと言われても、全く信じられない。
「よ、よし、お腹はまだ空いてる筈だよな。ちょっと待ってくれよ」
 男性はスプーンに牛乳を掬い、熱過ぎないように少し冷ましてから子供に与えてみた。
吐き出したりせずに、その子は牛乳を飲み込んだ。気に入ったのか、次が欲しそうにまた口を開けている。
「美味しいか? そんなに焦らなくても飲ませてあげるから」
 そのまま冷ましては飲ませを続けていく。様子は正に子育て。父と子の姿がそこにはあった。
その内、赤子が笑ったのだ。その笑顔はまさしく天使の微笑み。自分達が得られないと思っていたものが、今確かにここにあるのだ。
その笑顔を見て、男性はさっきまでの考えを忘れてしまった。この子が、とても愛おしく思えたのだ。
「可愛いわね……」
「うわわ!? 君、上がってたのかい!?」
 子供に見惚れていた所為で、女性がバスルームから出てきたのを気付かなかったようだ。慌てた顔が何とも可笑しい。
大きく揺れた所為で、それまで笑っていた子も泣き出してしまった。
「うわわ、ど、どうすれば!?」
「あらあら、貸して。私があやすわ」
 男性は何も出来ない事を悟り、女性に子を預ける。
流石、としか言いようがない。女性によってあやされる子はみるみる内に大人しくなっていき、終いには眠ってしまったようだ。母親になれれば、素晴らしい母になれる事だろう。
「君の方がやはり上手いか」
「あなただってちゃんとミルクをあげられてたじゃない」
「そ、そこからもう見られてたのか」
「えぇ。ふふふっ……」
 お互いの顔を見合い、共に笑顔になっていた。ついさっき病院から出てきた時とは正反対の明るい笑顔を二人ともしている。今ここにあるのは、幸せそうな家族だ。
しばらく笑いあった後、二人とも真剣な面持ちになった。
「なぁ、君……」
「ねぇ、あなた……」
 二人同時に口を開き、これまた同時にお互いを呼び合った。仲の良い事だ……。
それにはっとしてまた少しだけ口元を緩ませる。そして……
「「この子を、私達で育てよう」」
 二人揃って同じことを口にする。お互いの気持ちは、同じ方向で固まっていたのだ。
眠る、これから我が子になるその子に、両親が笑いかける。
この子の性別は男性と同じ男。この子に待つ運命は、果たしてどう回りだすのか。
気付けば、窓の外の雨は止み、温かき日の光が、新たな家族を照らしていた……。

 そして、運命の歯車は、十年の時を経て、回りだす……。

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第一話へは[[こちら>第一話 とあるサッカー好きの少年達]]

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