#include(第十二回仮面小説大会情報窓・非官能部門,notitle) 「プロセルピナとクリスマス」 研究テーマは「プロセルピナとクリスマス」である。 クリスマス……については元人間のポケモンなどから伝え聞いているであろうし、ここでは解説は省かせていただく。贈り物の日であり、「起きたらプレゼントが置いてある日」だ。 古代より、ずっと。 プロセルピナ、またの名をペルセポネー。 「ぎりしゃ」神話というニンゲンの神話において、豊穣の神デメテルの娘であったが 主神ゼウスの入れ知恵を受けた冥界の王ハデスによって冥界へと連れ去られ結婚させられそうになった、という。 プロセルピナはすったもんだの末にデメテルのもとへと返されるが、その際に冥界のザクロの実(ザロクのみのようなもので、しかして中身は目玉を思わせる粒のような果肉になっているらしい)を少し食べてしまった故に一年の幾分かは冥界にいなければならず(その土地のものを食べたものはそこにとどまらなければならない、という神話が各所にあるのは諸氏もご存知の通りであろう)かくしてハデスの下に居る間プロセルピナは冥界の王妃としてふるまわざるを得なくなり、その間デメテルは嘆き悲しむ故に豊穣の神としての仕事を放棄する……そうして「冬」は生まれたという。 ―そのプロセルピナだが。 ―ここポケモンの世界にも似たような逸話は存在している。 ―しかも現代に入ってなお、である。 ―ポケ生とは苦難と、その中での幸せの模索の繰り返しであり。 ―長い冬を、最低でもデメテルは……そしてプロセルピナもともに過ごしてゆくしかなかったのであろうから。 ―これは諸氏に語る……とあるキノガッサの物語。 ==== 「今年も」 ―この時期が、やってくると。 ―もっともさむく、もっともきびしく……もっとも、来年への希望を抱いている時期がやってくると。 ―地の底なお深く、ディグダの巣穴よりもなお深く。 天は地になり、地面の裏側を歩むことが出来、樹は下に向かって伸びる……全てが地上と違う「やぶれたせかい」と呼ばれる場所では、ある儀式が行われるという。 「……行ってまいります、明日には……こちらに戻らせていただきますね」 ウール―毛で出来たしっかりとしたコートを着込み、手には道を照らすランタンを持っているのは……1匹の、ザロクの花をつけたキノガッサ。 彼が話しかけている先には、陸地が途切れている虚空があるだけだ。その先には、まっくらで何もない。 いや少なくとも……何もないように「見える」。 <<……わざを使用することを、許そう、プロセルピナ>> 「はっ……では、ご助力をお願いいたします、王よ」 しかして何者かが言葉を返し……その時初めて、この長い冬で初めて彼はそのキノコの傘を縛っていた花飾りをほどいた。 <<よかろう……大義である、ポケモンたちに、この地方の生き物に希望を与えてまいれ>> 「御意に、我が王」 声のする空間より、何者かが現われる。 それは2頭の黒い馬、寒さを防ぐ屋根のついた車を引く……蹄が宙に浮いた、黒い馬。 ―このポケモンをなんというのか、「私」は知らない。 ―知っている事は、「彼」は……これからこの馬車に飛び乗り、世界に一夜限りの希望を与えに行く事のみ。 「……今年もよろしくお願いしますね、ニクス、ヒドラ」 ―彼は、私の知らないその子を、知らない名前で呼ぶ。 ―私の知らない世界で、知らないように生きている。 ―……。 ==== 黒い冬の、満天の炎の明かりの下。 黒い馬と、満載の袋を載せたものが飛ぶ。 翼なきものよ、あれが街の灯だ。 「皆さん、喜んでくれるかな」 言葉数は少ないながらも、「プロセルピナ」は顔にあたたかな笑みを浮かべて……手元の地図に目を落とした。 なんでもない、街で売っているものと同じ地図に。 「……っと、最初はここですね……ええ、そのあたりです」 風の向き。 その日の空気の流れやこの地方の地上にいるポケモン達「すべて」の体調。 火を使って居たり、危ないものを持っていたりしないかの情報。 それら全ては、彼の頭の中にある。 それら全ては、王のものゆえにある。 ゆえに。 馬車に空中に留まってもらい、キノガッサは窓から顔を出す。 「今年も……眠っている間に、何もしなくても」 ―なにも頑張らなくても。 ―何も求めなくても。 ―噛みしめるように、望むように。 ―彼は言う、そのポケモンは言う。 ―皆さんに与えられるべき……幸せを届けさせていただきますね……と。 ==== ―雪だ。 ―いや、雪だけではない。 ―雪に紛れて、どこにいようが相手を必ず眠らせる『キノコのほうし』が町じゅうに……この地方中に舞っている。 ―その様子を見つめるのは……2匹の馬と、1匹のキノガッサと、そして。 ―眠らないでいられる、私だけ。 「では……行きましょうか、早速」 先程よりも静まり返ったかのように感じる街で。 暗い空に、地のそこからの遣いのゆく。 積んだ袋の中から、どういうわけか取り出しても体積の減らない……包まれた贈り物と地図を持ちながら。 壁をすり抜け、眠るポケモン達の間をゆく。 あくまで悲しみの感情などなく……しかしてほんの少しだけの、寂しさを覚えながらも。 ==== ―そう。 ―諸氏にご覧いただいている。 ―この写真とテレパシーのビジョンこそが、「サンタクロース」の正体であり。 ―この地方で昔から、冬のある日に皆が眠くなる現象の正体であり。 ―地の底にいる「なにか」の命により……全てのものを眠らせ、望むプレゼントを渡す役と……その力を蓄えるために冬を「それ」の下で過ごすキノガッサなのである。 ―さらなる証拠は…… * ―これ、だ。 ―諸氏が目覚めた時、目の前に贈り物が置いてあったであろう…… ―誰も入って来ることのできない、ゴーストタイプ避けのされたこの空間にそんなことができるのは……私の仕込みか、あるいは私の話が本当かだ。 ―信じるも、信じないも諸氏にお任せするが…… ただひとつ、心の隅にでも置いておいてほしいのは。 ―地の底からふってわいたその使命を、冬をすべて無駄にし、死ぬこともできない使命を……むしろ笑って受け容れた者が居て。 ―「デメテル」にあたる……心の底から彼を恋し好いていた誰かは、意地でも彼と同じ時を過ごそうとした、それがどんな結果を齎すとも知らずに……という事、だけ。 静かに贈り物を見つめ、或いは困惑した、或いは納得したような顔をしているポケモン達の前で。 ウールーの毛で出来た尻尾のカバーを一瞥すると、大事に鞄にしまって一礼し……ドレディアは静かに、扉を開けて立ち去った。 たった一夜の、その奇跡のために。 プロセルピナと、ポケモン全てのクリスマスのために。 === * <<例年より、少しばかり頬が緩んでいる気のするが>> 「……いいことがございました、我が王よ……この後の世界が変わりそうで、それは「困ります」が……少しだけ、良い事が」 いたわるような声の中に僅かに困惑を見せる「なにか」を前に。 舞い戻ったものは、ほんのすこしだけ……普段のこの時期より、幸せに見えた。 デメテルと、ポケモン全てのクリスマスのために。 了