ポケモン小説wiki
フライゴントーク9 涼を求めて の変更点


作[[呂蒙]]




 ご主人は夏が嫌いだ。というより、蒸し暑いのがダメらしい。けれど、ご主人の意向とは関係なく、毎年この季節はやってくる。本人も「夏生まれだけど、蒸し暑いのはダメ」と言っている。一方で、寒いのは平気らしく、部屋の暖房は必要最低限。だから、ご主人の部屋には、ストーブというものがない。
 でも、それ以上にご主人は、無駄遣いを嫌う。悪く言えば吝嗇なんだよね。今年は6月から、かなり暑い日が続いていた。ぼくは暑いのは平気なんだけど、ご主人が「暑い、あー、暑い」と言っているのがうるさかった。
「そんな暑いなら、エアコンをつければいいじゃん」
「6月からエアコンを使うって、何か負けた気がするから、絶対イヤだ。意地でもつけないぞ」
 要は、電気代が惜しいから、ということらしい。ただ、それ以上に、ジメジメとした空気は気温の高さ以上に苦痛らしく、除湿機は部屋にいるときは必ずつけていた。
「ナイル、お前はいいよな。暑いのが平気でさ」
「え? まあ、そうかな? 寒いのよりは……」
「砂漠地帯原産だもんな」
「それ言ったら、人間だって、アフリカが起源じゃなかったっけ?」
「アフリカったって、そりゃ高原地帯だろ、砂漠のようなところじゃないぞ」
 で、そんなこんなで、7月になる。7月1日は「エアコン解禁日」というご主人にとっては、おめでたい日だった。もちろん、カレンダーにそんなことが書いてあるわけもなく、ご主人が勝手に決めた、というわけ。
 7月は、ご主人にとって、やらなければならないことがある。国の決まりで、ポケモンを持っている人は、国指定の研究所で、講習なるものを受けないといけないらしい。ああ、一応説明すると、ポケモンを持つってのは免許制で、プロのトレーナーじゃなくても、免許がないと所持は禁止されているわけね。ご主人が言うには「最初、お前の名義、つまりゲームで言うところの『おや』は父さんだったけど、大学進学でこっちに来る時にオレに名義が移ったから、その為に免許を取ったわけね」ということだった。結構難しい試験らしく、合格率は高くないらしい。でも、ご主人、受験が終わった後、長い時は1日12時間くらい勉強して、1回で試験に受かった。筆記試験だけなので、テキストを買って、内容を叩き込めば、誰でも受かるとサラっと言っていたけど、それってなかなか出来ることじゃないよ。そういうところはすごいんだよね。ポケモンの知識がないのにって? それはこの筆記試験に特徴があるんだよね。
「そんな知識でよく受かったね、しかも1回で」
 というと
「はっはっは、自分の卓越した頭脳をもってすれば、あんなのちょろいもんだったな」
 と自慢気に話す。何でも、ご主人がちょろいと言ってのけた筆記試験の内容は、ポケモンを所持するための法令に関することが中心で、ご主人が苦手な、相性だとか特性というものはほとんど出ない。出たところで、他の分野の問題で取れてさえすれば、そこは0点でも受かる……とかご主人は言っていた。
「で、どういうのが出たの?」
「えーっと、何だったかな。民法、行政法、刑事訴訟法に、えーっと……。ああ、後、何故か、一般教養も出た気がするな」
 全然、ポケモンと関係ないね。ご主人が言うには試験を簡単にして、免許を濫発したくないからじゃないのか、ということだった。
「それは……。例え、野菜に手足と羽が生えたような見てくれで、あんまり強そうに見えないお前でも、人智を超えた力を発揮することがある……かもしれないからな、まあ、無いだろうけど。そういう一歩間違えればとんでもない事態を引き起こしかねない生き物と一緒に暮らすためには、それ相応の知識が必要、ということだろうな。ポケモン以外のことも含めて、な」
「何、その言い方……」
 その物言いに、ぼくが不満そうにしても、ご主人は動じない。でも、失礼な言い方をしても、結局うまく纏めるからね。
「世の中、何でもそうさ。まあ、言いかえると『この人は、これだけの知識を持った人ですよ』っていうお墨付きかな。その方が安心だもんな。トレーナーになるためにはそれよりも格段に厳しい試験にパスしないといけないらしいしなって、ああっと、そろそろ時間だ。出かけるぞ」
「え? 時間って?」
「研究所に、講習を受けに行かないと。ついでにお前は健康診断の2次検査だろ。この前引っかかったから」
「ああ、そうだった、ね」
 別に体はどこも悪くないんだけどね。どういうわけか、2回検査を受けないといけないことが多い。でも、検査っていっても、何をするわけでもなく、いつもご主人に問診、つまり聞き取りをしておしまいのことが多い。ご主人は「どうせ、いろいろ話を聞いて、あわよくば研究に役立てようってことだろ」と言っている。そうかもね。
 講習自体は、1時間の講習が2つ。間に10分の休み時間がある。エアコンの効いた室内で頬杖をついて、話を聞いて、免許証を更新してもらうだけのもの。ご主人が言うには「博士が講釈を垂れるのに付き合えば、涼めるんだから、まあ、いいかな」とのこと。でも「講釈を垂れる」って言い方はどうなの?
 そういうことを悟られるほど、ご主人はバカじゃないけど、そんなんだから、話なんて聞いてもすぐに忘れる。覚えているのは法令関係の話だけ。この話の時だけは、持参したノートに話の要所要所をまとめている。これは「知りませんでしたでは済まないし、最悪の場合オレがブタ箱行きになるから」という理由だった。この自分に必要なことだけを覚えて、後は全部忘れるというご主人のやり方は、よく言えば合理的だし、悪く言えば手を抜いているともいえるね。
 で、講習が終わると、2次検査という名目で、別室に移動。この博士は女性で、ご主人とはお互いの反応を見ている、そんな感じがする。ご主人のポケモンに関する知識の無さにはいつも呆れているけれど、教養の高さと口が達者なところには一目置いている。
「心配よ、そんなんで大丈夫?」
「自分も心配ですよ、早く旦那さんを見つけないと」
「……余計なお世話よ」
 ご主人の知識のなさは、いくら教養が高くても、これだけ知らないのはちょっと……というレベルらしい。ご主人のぼくの育成方針は、取りあえず健康に、全うに育ち、他人様の前で恥ずかしい振る舞いをしなければそれでいいという至極まともなもので、この点は博士も感心しているけれど……。
 博士が少しはその方面の知識があった方がいいと言われても、じゃあこの問題が解けますか、といって、博士に1枚の紙を見せた。
「博士なんだから、2秒以内で解けますでしょう?」
 博士とその助手らしき人は紙を見ていたけれど、解けなかったみたいだ。ご主人が博士をやりこめられるポケモンの知識って何だろう? 部屋を出た後、その紙を見せてもらった。その問題はご主人が講習の時の休憩時間を利用して、ノートの1枚を破って、そこに書いたものだった。そこにはこう書いてあった。

 似たもの三択です。

・ストライク
・ハッサム
・クルマユ

 ゲームで言うところのシンオウ地方にあるのは?

「……で、どれが正解?」
「ハッサム」
「な、何で、ハッサム?」
「ナイル、発寒(はっさむ)駅くらい常識だろ?」
 聞いたことないよ! でも、ご主人が言うんだから、きっとあるんだろう。てか、ポケモン全然関係ないじゃん。博士と助手、してやられたな。
「まあ、快速は停まらんけどなー」
「いいよ、そういう情報は」
「本当にポケモンの問題なら『ある』とは書かないからな、大学院まで出てるんだから、それくらいは見破ってくれないとね」
 大学院まで行ったとしても、ご主人と同じ趣味の持ち主じゃなきゃ、分かんないよ、こんなの。

 7月も下旬になると、梅雨明けで本格的な夏がやってくる。南の高気圧が張り出してきて、晴天続きの夏空が広がる季節になる……と思ったのもつかの間。本当に雲一つない夏空が広がったのは、梅雨明けの発表があった日とその次の日だけで、それからはすっきりとしない天気が続いた。
「気象庁め、だましやがったな!」
「文句言ってもしょうがないじゃん……」
 外から、帰ってくると、ご主人の衣類には汗の染みが至る所にできている。部屋に帰ってくると、ハーフパンツにノースリーブの部屋着に着替えるんだけど、それでも暑いらしく、こんなことを言い出す。
「全裸になってもいいか?」
「いいわけないでしょ!」
「やっぱダメか?」
 すると、ご主人、何を思ったか、座布団の上に座っているぼくのところまでやってくると
「お前は暑いの平気だったな」
「ちょっと、何すんのさ!」
 あちこち体を触ったり、体を密着させてきた。いや、まだそういうことをするには、時間には早過ぎるって……。いや、そういう問題じゃない。男同士でそういうことは……。蒸し暑さで、頭がおかしくなったのかな?
「やめてよ、暑苦しい!」
「何だ、お前も暑いのダメなんじゃん」
 そういうと、ご主人はエアコンのリモコンが置いてある書きもの机のところへ行き、エアコンのスイッチを入れた。何それ……。だったら「エアコンをつけてもいいか」で済む話じゃん。
 平日は家にいる時間が長くないから、まだいいけど、休日は部屋に1日中いることも珍しくなかった。でも、ご主人、1日中エアコンをつけているのには、抵抗があるようだった。
「あ、そうだ。カフェの割引券があったな。コーヒーを飲みながら、読書と洒落込むのも悪くないな」
 こういう時、必ずご主人は誘ってくれる。やっぱ1人だとつまらないのかな。
 近所のカフェへ行き、チョコレートケーキとブレンドコーヒーを頼んでいた。
「ナイル、お前、何にする?」
「え……。じゃあご主人と同じやつ」
「ほいほい」
 嫌な顔一つせずに、代金を払ってくれる。こういうところは男らしいな、と思う。
 チョコレートケーキを食べながら、コーヒーをチビチビと飲みながら、持参した少し厚めの文庫本を読んでいる。でもさ、よく考えると
「ねえねえ、ご主人……」
 ご主人は、ぼくが何を言いたいか察したようで
「ナイル、それを言うのは野暮というやつじゃないか?」
 まあ、そうだね。その通りだね。どうもごちそうさまでした。

 おわり


#Pcomment


トップページ   編集 差分 バックアップ ファイル添付 複製 名前変更 再読み込み   新規作成 ページ一覧 ページ検索 最近更新されたページ   ヘルプ   最終更新のRSS
This site is protected by reCAPTCHA and the Google Privacy Policy and Terms of Service apply.