ポケモン小説wiki
ファーメルンの草笛3 の変更点


[[ファーメルンの草笛]]

↑未読の方は、最初から御覧になることをお勧め致します。
 キャラの大筋の紹介なんかを省いて描いているので。
とはいえ、キャラ設定は半分位リセットして読んで頂けたら嬉しいです。

 ……残酷・流血描写は相変わらずです。注意。

----

 キャラ紹介

 尖尾(せんび) ニドリーノ

 サブ主人公。

 菫(すみれ) キュウコン

 焼畑農場を営む姉御肌のポケモン。

----
*序文 [#q70a43f8]

 あそこには、一枚の葉っぱがあった。
 ぱっと見ただけじゃ何の木の葉かも分からないような、本当にありふれたただの葉っぱ。
 でもあの葉っぱは、凄い力を持っているのよ。
 何時からそこにあるのかは分からないけど、相当昔からあそこにあるんじゃないかな。
 でね、あの娘はそれが気に入らないみたいなのよ。……同族嫌悪、って奴なのかもしれないわ。
「私、あの葉っぱを燃やしてくる」
 突然そんな物騒な事を言い出すもんだから、驚いたもんよ。勿論引き止めたわ。
 何が起こるか分からない。貴方が祟られてからじゃ遅いのよ、ってね。
 でも帰ってきたのは、残り火のように翳った(かげった)憎悪の瞳と声。
「だって……許せないじゃない。お母さんもおばさんも、あいつが殺したのよ?」
 ……呆れるくらい、遠い昔の話。
 幼い頃の、私たちの思い出。そこにある一つの風景。その場所には今と同じく、シキ草の葉っぱが置かれていたような。
 ……でも正直のところ、私は今でもアレが恐ろしい。ロコンとして生を受けた所為か、やはり私の感覚は『そういうもの』に敏感だから。
 周りのポケモン達みたいに、理由無く恐れているんじゃない。
 ソレから伝わってくる強烈な意思、力、怨念。その負の念波が含んでいる禍々しさは、私の中の恐怖心を煽るには充分過ぎるほどだったんだから。
 呪い殺される。それは『歌』から来る捏造(ねつぞう)なんかじゃなくて、私がソレから感じ取れるただ一つの分かっている事。
 自分勝手な復讐を遂げようとする友達。それが成就されたとしても、あいつの中に残るのは怨念でしかない。
 
 それで結局のところ。私は後悔することになった。

 御神体と祭られていたシキ草の葉っぱが消えて。あいつは戻ってきた。
 でも、やっぱり戻ってきてはいなかった。決定的に。根本的に。

 自らが禁忌を犯してしまったことですら、多分気付いていないのだと思う。
 あいつの瞳には、もう私たちの姿なんて写っちゃいなかったんだから。

 意思の汲み取れない、琥珀色の瞳。
 その中に浮かんで少しだけ見えるのは……どす黒くて大きな怨念だけだった。


&br;

1

 先生は人気者だ。
 老若男女問わず、ありとあらゆるポケモン達から好かれている。
 格好良いし、綺麗だし、可愛いし、優しいし。……だから、あいつと先生は正にお似合いのカップルのように僕の瞳には写っていた。
 そう。彼と彼女は、既にプライベートの深いところまで交流を持っていた。
 ―――そういう意味では、彼は集落に住むどのポケモンよりも、先生と親しいと言えるのかもしれない。
 こうやって昼時になったら彼を食事に誘って、取り留めの無い世間話に、いつもいつも花を咲かせている。
 ……そんな訳でリーフィアの春菜(はるな)先生は、正に僕……の親友の、ニドリーノの尖尾(せんび)の初恋の相手とも呼べる存在だった。
 彼と彼女の食事風景を遠巻きに盗み見ているのは、僕。ブースターの丙(ひのえ)。
 尖尾と春菜先生は、楽しそうに昼食の時間を過ごしている。――あぁ、尖尾の奴が羨ましい。
「あ~ぁ……春菜、羨ましいなぁ」
 と、隣から聞こえてきた間延びした声へと僕は振り向いた。
 僕が春菜先生をじいっと眺めているのとは対照的で、彼女はじいっと尖尾を眺めているのだ。
 マロンケーキみたいな栗色で毛艶の良いしなやかな体躯。そこから枝分かれしている九つの尻尾は、宙で物欲しげにゆらゆらと揺れている。
 ……色気という文字をそのまま具現化したような容姿のキュウコン。彼女もまた、尖尾の事を好いているのだった。勿論LOVEの方でね。
「菫(すみれ)姉さんはまだいいんじゃない? 尖尾、姉さんの仕事を手伝ってるし……その時に話せるでしょ?」
「丙君。キミは甘いわ。所詮それだけで、まだまだ肉体関係なんて持ってないんだから」
「……さいですか」
 贅沢な人だ。僕なんて、春菜先生とは話すことすら難しいのに。
 ……ていうかそもそも、なんで尖尾はこんなに雌ポケモンにモテるんだろう。
 尖尾の事を想っているのは春菜先生と菫姉さんだけじゃあない。僕はその事実を、重い漬物石の様に深く深く思い知らされていた。
 何時も彼と親しくしていて、周囲もそれを重々に理解しているから余計に痛感する。……僕が雌に話しかけれての第一声は、いつもいつも『尖尾』に関してなんだから。
『ね、尖尾君はどんな食べ物が好きなの? シ・ン・ユ・ウ、の丙君なら知ってるわよね、知ってるんでしょ? 教えなさいよ!』
『ねね、尖尾君はどんなおんなの仔が好きなの(以下略』
『ねねね、尖尾君はどんな(以下略』
『ねねねね、せ(以下略』
 etc.etc.etc……。
 詰め寄ってくる彼女たちの瞳には、目の前にいる僕の姿なんて全く目に留まっていなかった。
 ただただ尖尾のことだけを見つめる、直情で真っ直ぐなおんなの仔達。恋は盲目とかそーゆうレベルじゃ済まされないだろ。
 僕自身が見向きされることは、一生無いんだろうか。あぁ、なんて切ないのだろう。
 遠い明日、僕が雌と仲良く並んで歩く未来を妄想しながら。ふと振り向くと、春菜先生が尖尾に何かを渡していた。白い布に包まれた、何か。……くそ、先生から贈り物をされるなんて羨ましい奴。
「春菜の奴……!」
 ほぅら、菫姉さんだって青黒い嫉妬の炎を………あれ?
 春菜先生からの贈り物を受け取っている尖尾の表情は、嬉しさからか当然の如く緩んでいる。いつもなら、姉さんは八つ当たりの炎を周囲に撒き散らしているはずなんだけど。
 今日の姉さんの反応は、少しだけ違った。
 ――怒っては……いると思う。でも、何かが。感情の起伏が薄い。
 いつもの勢いが無いというか、表情の割には大人しいのだ。
「何よアレ……終わったんじゃないの? 尖尾にだけは違うと思って我慢してたのに……」
「???」
 支離滅裂な菫姉さんの独り言。……そのときの僕には、それが何を示しているのか理解することさえ出来なかった。
 
 僕はいつも、尖尾のついで。
 全然方向違いなんだけど、自然と嫉妬の矛先は尖尾にと向くわけで。
 そんな自分に自己嫌悪。 ……結局僕は、そういった方向でしか先生に感謝されることが出来ないのだ。

『丙君。キミ、最近疲れてるんじゃないの? 目元の隈、酷いじゃない』

『う~ん。この薬を飲んでれば、すぐによくなると思ったんだけど』
『あはは……ま、その薬は試薬なんでしょう? 僕の体でよければ、どんどん効果を試してくれて構いませんよ』
『そう? …うん。ありがと、丙君』
 そんな会話を先生と交わしたのも、なんだか遠い出来事のよう。

&br;
2


 帰路を歩いていた僕は、突然耳の中に進入してきた音色を遮ろうとして耳を押さえた。

 ぴゅうぴゅうぴゅう。
 ぴゅうぴゅうぴゅう。

 ぴゅうぴゅうぴゅうぴゅうぴゅうぴゅう。

 ……悪夢を見るようになってから、既に三日の刻が経っている。
 連夜見る悪夢が原因なのか、僕の体調は著しく悪かった。……勿論、春菜先生のところにも通院したのだが。
 そうしたら、意外にもそれが正式な病気であることがわかった。
「…黒点病ね。目元に集まった黒い点々。隈のようにも見えるけど、これは黒点病の初期症状よ」
 僕は少しでも体調が悪くなったら、直ぐにでも先生のところに通うようにしている。悪夢を初めてみたその日の翌日、つまり先生の診察を受けたのは二日前だった。
 そんな僕を診察した先生の診断は、黒点病。
 黒点病。聞いたことのない病名だった。先生によれば、強い幻覚や幻聴を作用としてもたらすらしい。
 毎夜の如く夢で見る悪夢…。
 草笛の音色が特徴的なあの夢は、もしかすると黒点病の影響なのかもしれない。

 …と。
 何処からだろうか。
 眠っている訳ではない。現実に目を覚まして行動しているにもかかわらず、僕の鼓膜にするりと侵入してきた音。
 ぴゅう、ぴゅう、ぴゅう。
 草笛の音色。
 僕は慌てて、周囲を見渡した。
 夕暮れに暮れなずむ集落。一匹で歩いていた僕は、その存在に気付くのに時間を要した。
 ぴゅうぴゅうぴゅう。
 道端の切り株。……その上に腰掛けて、赤い草花を唇に押し付けて音色を奏でている、一匹のロズレイドの姿が目に入った。
「こんにちわ」
「……こんにちわ」
 じいっと眺めてくる僕の存在に気付いたのだろう。
 草笛を中断した彼の第一声は、まずそれだった。……言葉のままに返事をしてから、僕は彼の手にしている草を注視した。
 赤い――血のような色彩の、紅蓮の赤。四弁に分かれた葉体が鮮やかな色をかもし出す、見たことの無い草花だった。
「これ…これはシキ草です。私を歓迎してくれたこの集落に、お礼をしていたところなんです」
「シキ草、ですか」
 照れたように笑って説明してくる彼に頷き返しながら、考える。……シキ草なんて草花、この周りに生えていたろうか。
「この村は良い所ですね。自然が豊富で、住んでいるポケモン達もソレ同様に心清らかで……ずっと、この場所に居たいと思ってしまう位です」
「……そんなに気に入ったなら、本当に住んでもいいんじゃないですか?」
 何も、この集落で暮らすのに誰か彼かの許可が必要なわけでもない。
 そんな事情からの呟きだったんだけど、僕の答えに……ロズレイドは渋面を作った。
「私では……暮らせないのです」
「何故です?」
「……思飢(シキ)草に食われたくはないので」
 そう言って彼が示したのは……その手に持っていた、四弁の赤い花。思飢草。
 彼は、言葉とは裏腹に再びそれに口をつけた。
 ふ、と息を吹きかけるような、微弱な呼吸音。それと共に聞こえてくる、鮮やかな。鮮やか過ぎる草笛の音色。

 ぴゅうぴゅうぴゅう。
 草ポケモンなだけあって、その腕前は恐ろしいほどに巧い。強弱を使い分けた高低の吹き分け、リズミカルな旋律も並大抵の技巧ではない。

 心癒す、美しい旋律。 ――の、筈なのに。
「…っつ、ふ」
 僕は、その音色に恐怖していた。理由なんて分からない。
 聞くだけで膝が笑い、鼓膜が千切れそうになる位に痛む。全身からは激しい脂汗が滝のように流れ出ていた。
 喘ぎ声が漏れ出て、体中の細胞がそれを拒否する。――耐える事なんて、出来なかった。
「や、やめてください」
 ぴゅうぴゅうぴゅう。
 彼は、ロズレイドは僕の言葉になんか耳を貸してくれない。まるで思飢草に取り付かれた操り人形みたいになって、無我夢中に草笛を奏でている。
 ……草笛だ。草笛の音色が、僕の声を遮断している。
 やめろ、やめろ、やめろ!
 
 無意識のうちに飛び掛り、彼の咥えていた赤い思飢草を剥ぎ取ることでようやく演奏を中断させることが出来た。

「……私の言葉の意味がわかりましたか」
「何、言ってるんだよ」
 嘘だ。本当は分かっている。
 先ほど彼が言った、言葉の意味が。
 思飢草に食われる、という言葉を。彼が奏でてくれた草笛の邪悪な音色で、十分なくらいに理解することが出来ていた。
 僕を見つめてくるロズレイドの表情が、怖い。出会ったときには、こんな威圧感は感じなかった。
「私はね、憎いんですよ。憎いけど、我慢してきたんです。分かりますか? 分かりますよね」
「……」
「ずーっと。ずっとずっと。でね、それが報われたんです。……思飢草の花言葉、ご存知ですか?」
「………」
 もう、何も言いたくなかった。早くこの場を立ち去りたかった。
 …そんな僕に、ロズレイドは出会い頭に浮かべた柔和な笑顔で、こういった。
「シキ草の花言葉は『永久の想い』です。春も、夏も、秋も、冬も。どんな季節になっても輝かしいこの花には……相応しいですよね」

 彼は、持っていた赤い草花を、ぎゅっと握りつぶしていた。
 ただ、声をあげて笑っていた。怖い。

「では、御機嫌よう。貴方たちの想いが『四季草』に届くよう、お祈りしていますね」

 立ち去り際に呟かれた台詞。
 ……訳が分からずに彼の背中を見送っていた僕には、その言葉に含まれる本当の意味に気付くことなど出来なかった。

&br;
3



僕、ブースターの丙は一匹暮らしだ。
 両親はとうに事故で他界していて、身よりもいない。
 住処の近くでアクセサリーショップを営んでいるお店を手伝うことで、僕は収入を得ていた。
 ……と、そんな虚しい生活の中でも、春菜先生の存在は荒んだ僕の心を潤してくれる、純らで清らかなオアシスのような存在だと言えるのかも。
 尤も。その春菜先生は僕のことなんて、もう見向きもしてくれないだろうけど。
 僕が先生から手渡された、唯一のプレゼントと言えば。……薬、くらいだろう。
 …考えながら、目の前のテーブルに置いてある二つの薬包みにと視線を向ける。
 最初に薬をもらったあの日、先生は「辛くなったら使え」と言っていたけど。
 当の僕は、辛くなってしまう前に薬を飲んでしまっていた。――だって。薬が無くなれば、また貰わなくちゃいけない。
 薬を貰いに行けば、それだけで少しの時間、先生と話が出来るんだから。

 先生から貰った薬を、がぶがぶと飲み込む。水で無理矢理に胃の中へと押し込むと、それだけで少し気分が高揚した。
 処方された薬は、黒い粒粒が混じった白い粉薬だった。まとめて貰った一週間分の薬は、この二日で全部消化してしまうつもり。
 先生と話がしたい。先生に気遣ってもらいたい。 ……ただ、それだけの気持ちで。

 ――途端に、眠気が襲ってくるのを自覚する。
 薬っていうのは、飲んだ直後は副作用かなんかで大概眠くなるものだけど。先生から貰ったこの薬は、その副作用が異常に強い。

 眠ったら、再びあの悪夢に犯されるかもしれないというのに。
 しかしながら、薬によってもたらされる強烈な眠気を跳ね除けるほどの精神力を持っているはずも無く。
 
 あやふやな意識を総動員してベッドに倒れこむと、僕はまた……あの悪夢の中へと沈んでいった。

&br;
----

「これはシキ草です。私を歓迎してくれたこの集落に、お礼をしていた所なんです」
 夢の中。もやもやとした膜に意識を包まれながら、僕は目を覚ました。
 ぼやける視界。ぐにゃりと歪んだ世界。そんな僕の目の前には、あのロズレイドが笑みを浮かべて居座っていた。
 昼間、僕に奇妙な話を聞かせてきたアイツだ。
「なんで貴方がここに居るんですか?」
 彼…ロズレイドを睨み付けて、僕は呟いた。
 当然の疑問だ。
 いつも通りなら、薬で眠った後…僕はあの夢を見る。
 草笛の夢。草笛に導かれて、草笛の高貴な音色に捕らわれたまま、殺される夢。
 ……こんな「極普通の夢」は久しぶりだった。
「何故、とは愚問ですね。これは夢ですから」
「あ…そっか」
 ロズレイドの言葉に、妙に納得してしまった。
 彼の言うとおり、今この時間この場所に彼が現れるなんてない。理由なんてないのだ。だって、夢だから。
「あぁでも。非常に残念ながら、貴方はシキ草に目を付けられてしまっているようですね」
「……またその話ですか」
 また、ワケの分からない話をするのだろうか。
 その話は、仕事の帰り道に彼としたばかりだ。
 奇妙なデジャブに、僕は心底うんざりした。
 シキ草。何度も何度も彼が連呼した、あの赤い草花。……正直なところ、僕は園芸になんか全く興味は無い。
 折角の現世夢(げんせいむ)なんだから、もっとロマンティックで欲望を90%くらい満たした夢を見たいんだけど。
 彼は、そんな僕の思考を読み取ったかのような苦笑いを漏らした。
「まぁまぁ。知識を増やしても損はありません」
「はぁ」
 気乗りしない。夢の中で勉強なんてしたくないし。
 ――と、いつの間にか彼が取り出していたのは、四色の花だった。
 白、赤、黄色、青の四色。そのどれもが四弁の造りになっていて、外見での違いは色でしかない。……ように、素人には見える。
「似ているでしょう? 名前も似ているんです。 四季草(しきそう)、思飢草(しきそう)、雌嬉草(しきそう)、屍鬼草(しきそう)なんて、ね」
 彼が順に白、赤、黄色、青の草花を指し示しながら解説してくる。
 ……名前が似ている、どころか同じ名前じゃないのか? ――つっこもうとしたが、そこはあえて黙っておくことにしよう。
 つっこんだら最後、こういう雑学馬鹿は待っていましたと言わんばかりに嬉々として草花の解説を始めるに違いない。
 似たような知り合いが居るから、僕はそれを重々に理解していた。
「……ノリ悪いですねぇ」
 ほら見ろ。予想通りじゃないか。
 ――とはいえ、なんだか興味をそそる話だった。
 というのも、ロズレイドが手にしている四色の花、シキ草。
 僕はどこかで、それら全てが群生している畑や場所を、見たことがあるような気がするのだ。……残念ながら、それがどこかまでは覚えていないのだが。
 四色で名前と外見が似ていれば、それと見まがう草花もあるのかもしれない。
「始まりの白。狂気の赤。色情の黄。冷疋(れいひつ)なる青。それらが彩るのは終末への…」
「そのシキ草って花。同じ季節、同じ場所で同時に飼育可能だったりするんですか?」
「………極めて同種の草花である以上、可能です。昼間風当たりがよく、夜間は月明かりを存分に受けられる場所なら最適ですが」
 話を折られたからだろうか。…少し不機嫌になりながらも、夢の中のロズレイドは解説してくれた。
「かつては大量に飼育されていたそうです。シキ草の内分泌成分には、強力な精神鎮痛効果がありましてね。それこそ医師や農業を営むものたちは挙って(こぞって)栽培していたようですが……」
「……何かあったんですか?」
「ええ。――シキ草が、黒点病に対して非常に脆弱であることが分かったんです」
「………コクテンビョウ」
 ―それは、ちょっとした衝撃だった。
 夢の中で、こんな風に衝撃をうけることもあるのだろうか。
 黒点病。それは、現在進行形で僕が掛かっている病の名前だ。……夢の中とはいえ、こんなパラレルワールドを構築するなんて……僕はなんて想像力豊かなんだろう。
「その事実が判明してからは酷い有様でした。医学に貢献し、たくさんのポケモン達を救ってきて、神木とまで呼ばれた樹木が……今度は疫病神と罵られながら焼かれていくんですからね」
「……なんで、そんなことに?」
 ロズレイドの、まるでその事件や事情を見てきたような台詞に困惑しつつ、僕は思ったことを口にしていた。――黒点病っていうのは、そんなにヤバイ病気なんだろうか。
 そんなに園芸に詳しくない僕には、よくわからない。
「黒点病はですね、空気感染するんです。その当時は、もうたくさんシキ草の樹木があちらこちらで栽培されていましたから……黒点病に対しての脆弱性は、非常に致命的だったんですよ」
「な…なるほど」
 少しだけ、物事に疎い僕にも理解できた。
 黒点病は、非常に感染力の強い病気で空気感染する。
 シキ草は、黒点病に対して非常に弱く、感染しやすい。
 ――ただでさえ、この集落は農作が盛んなのだ。そんな致命的な弱点を持った樹木なんて栽培していたら……。
「おわかり頂けたようですね」
「う、うん」
 それならそれで、納得できる話なんだけど。…………ひとつかふたつ、まだ分からないことがある。
「なんで僕の夢の中に、貴方が出てくるんですか?」
 当然のように出てきて、当然のように未知の知識を披露してくるロズレイド。…夢の中なんだから、正当性はないけど。
 それに、今になって草笛の夢を見なくなるとは一体どういう了見なのだろう。
 ロズレイドは、ただただ笑った。笑って、答えてくれた。
「私はただ、草の……シキ草の言葉を伝えに来ただけです。それが結果的に一晩の安らぎを与えることになりましたが……それだけです」
「は、はぁ」
 結局意味がわからない。
 意図はなんなのか。その一番知りたい部分がはぐらかされた様な気がして、少しだけもやもやとした感情が募るのを感じる。

「―――何もわからぬまま、死期(しき)を縮めるよりかは、幾分かマシでしょう?」

 鮮明に流れていた夢の映像は、そこでぷつんと切れた。
 
 それと同時に、草笛の音色が遠くから聞こえてくる。
 だけど。夢で聞こえてくる、あの邪悪な音色とは違った。酷く安らかで、耳内の鼓膜をするりと撫で上げるような……心地よい旋律。
 そんな子守唄に体を、心を包まれながら。僕は、今度こそ本当の眠りの中へと堕ちて行った。
----
&br;
4


 目覚めは、酷く良かった。
 いつものような倦怠感は、まるでない。目の下の隈は相変わらずだけど、なんだか久しぶりに良い一日を送れそうな気がした。
 ―――とはいえ、夢の中で知った様々な事柄だけが、僕の中で疑問の濁流を築き上げていた。
 ロズレイド。シキ草にやたらと詳しかった、あの謎のポケモン。彼はまだ…この集落にいるのだろうか。無性に気になった。
 こんがりと焼き上げたブルーベリートーストを齧りながら、口に残った甘い残り味をミルクで胃中へと流し込む。
 …ひととおりの朝食を食べ終わると、僕はテーブルの上に置いた薬へと目をやった。
 何故かは分からないけど、今朝はその薬に対しての見方が変わったような気がしていた。
 理由は他でもない。夢での会話だ。燃やされたシキ草。その災厄の原因となった、黒点病の所為だと思う。
 ―――というのも、先生から処方されたこの薬。………白い粉末に混じって、黒い粒々が混入されているのだ。
 黒い粒々がどういった成分で構成されているかはわからない。だけど、あの黒点病の話を聞かされた直後(?)では、どうも喜んで飲める気にはなれなかった。例えそれが、先生の処方したものであっても。
 
「何もわからぬまま、死期を縮めるよりかは、幾分かマシでしょう?」

 …夢の中での、ロズレイドの最後の言葉がフラッシュバックする。
 僕の体の調子は良い。だからこそか、どうも妙に思考が回るようになっている。
 
 僕は考えなしに、先生から貰っていた試薬を今まで服薬していた。好意から。ただただ、モルモットとしてでも先生に喜んでもらいたくて。
 だけど、それは間違いだったのではないだろうか。
 草笛によって見る悪夢、幻聴は……先生に貰った薬を服薬し始めた頃から、日増しに酷くなっているのだ。
 黒い粒々の混じった、怪しい粉薬。『黒点病』。シキ草。そして…草笛に殺される悪夢。
 それらには、目に見えないような繋がりと関連性があるような、そんな気がした。

「薬を飲むのは、やめよう」

 決意を口にして、僕は出かける支度を始めた。
 テーブルの上に薬を置いたまま、先生との約束を破って。 ……もやもやとした疑念は、結局消える事が無かった。
&br;
&br;

 アクセサリーショップの手伝いは、昼食時になって終わる。
 ……といっても、僕は店先の売り子。いわゆる販売員だ。
 客がこなければ、なんの労働もしなくていい。春先の柿入れ時なんかを覗けば、この仕事はなかなかに美味しいのではないだろうか?
 ――だからこそ、突然突飛な客が訪れたりするわけなのだが。
「はあぁーい、丙君」
「……こんなところで何してるんですか、菫姉さん」
 もうすこしで非番になりそうな、その頃。
 晴天の霹靂なんて言葉が直に似合いそうな唐突さで現れた客……菫姉さんの姿に、なんだか心底うんざりした。
 ―そんな僕の心情が伝わったのか、菫姉さんはくすくすと笑っている。
「お客様は神様、でしょ? 元気に接客しないとだめよー。そんな不健康な隈(くま)なんて作っちゃって!」
「はいはいー。ちょっと寝不足なだけですよぅ」
 言い訳しながら、自分でも納得した。
 なるほど。症状さえ説明しなければ、僕が今悩まされている病気は単なる『寝不足』で済まされてしまうだろう。……本当にただの寝不足だったら目も当てられないけど
 考えながら、じいっと目下のガラスケースに納められた宝石、アクセサリーを注視している菫姉さんを見つめる。
 ――そういえば、姉さんは焼畑業を営んでいる畑の主で、いわば農業のプロフェッショナルなんだ。
 シキ草のこととか、黒点病のこととか、詳しく知っているんじゃないだろうか。それとなく、問いかけてみる。
「ねぇ姉さん。シキ草って、知ってる?」
「ん~…? そりゃあ勿論。四色の奴でしょぉ? 春夏秋冬咲き乱れる、しぶとい花」
 いいながら、それでも姉さんはガラスケースから目を離していない。……どうも話半分に聞いているようだが、それでもいい。
「じゃぁさ。……シキ草が黒点病に弱いっていうのは本当なのかな」
「…?」
 ぴくり、と菫姉さんは動きを止めた。
 苛立たしげに尻尾を揺らめかせながら、上目遣いの視線に射止められる。……今までとは明らかに反応が違っていた。
「何? 丙君、なんでそんなアングラなコトまで知ってるの?」
「え…?あー……いや、ちょっと育ててみようかな、なーんて思っててね」
 苦し紛れの言い訳をした。咄嗟に出た嘘とはいえ、あまりにも酷かったか。……姉さんは、ただただ嘆息するだけだ。
「丙君。馬鹿言わないで。あたしたちを廃業させる気? 黒点病の知識もあるみたいだし、そうとしか思えないんだけど」
「え…ええ?」
 なんだ。――妙に会話が噛み合っている。
 苦々しげな表情を浮かべている姉さん。宙を見上げているその視線は、なんだか此処ではない遠くを見つめているようだった。
「私たちのご先祖様だって、流石に反省してると思うわ。だから祠なんて物を作ってまで許しを請う(こう)てるんだし、ね」
「……祠」
 言われて、僕は直ぐに連想することが出来た。
 春菜先生の診療所の近く。人里離れた草むらに作られた、小さな祠のことだろう。
 ……因みにその祠は、僕の悪夢の中でも度々登場している。
 草笛に導かれ、行き着く先はいつもいつも、その祠なのだ。僕はそこで、毎回無残な最期を遂げている。
 四肢を切り刻まれ、血を干からびるまで吸い抜かれ、眼球を刳り貫かれて内臓を磨り潰されて。

 ……それだけに、僕はその祠の事を記憶の隅へと追い払っていたのだが。
 まさかここで、その祠が出てくると予想出来ていなかった。

「黒点病は作物の天敵よ。その病巣を育てようなんて……丙君、そんなことはしないでよね」
「あ…うん。ごめんなさい」
 これまた、申し訳ない。
 僕はそれとなく頭を下げたけど、菫姉さんは気を悪くしたらしい。
 特に何を選ぶでもなく、そのまま店を出て行ってしまった。
 ――とはいえ。
 植物のプロとも言える菫姉さんから聞きだせた情報は、あまりにも大きい。
 本当だったのだ。
 夢の中での妄想だと考えていた、ロズレイドとの会話。そこから得た、様々な情報は。まさに正夢。
 黒点病に関すること。シキ草のこと。……それに、昔に起こった事件。
 集落のあちこちに群生していたシキ草が、次々に火を点けられて燃やされた、あの話も。全部真実だったのだ。
 そして……それに対しての釈明を求める意味で作られた、祠の話。

 その祠には、何があるのだろう。

 ………薬に混じっていた黒い点々に関して、僕は元々先生に問い詰める気でいたのだ。
 今日、ついでにその祠についても調べてみよう。――時間を刻み続ける時計を眺めながら、僕は取り留めない考え事に、ずっと気を取られていたのだった。
 




----
(とりあえず続く)
- 終わりだと思ってましたからドッキリしましたよ。これって前回のループや平行世界みたいで見事にツボにはまりましたよ。なんか丙がすでにヤバイ気がしますが、とにかく楽しみに待っていますね --  &new{2008-09-06 (土) 21:33:21};
- これは前回と別サイドの物語、といった感じでしょうか。丙の周辺人物も微妙に前回と立ち回りが変わっているような気がしますね。ここからどのように物語が進んでいくのか、今回も楽しみにしております。 -- [[カゲフミ]] &new{2008-09-06 (土) 21:48:49};
- なんかひぐらしの○○○○に似た怖い雰囲気が……。&br;この作品は四季草の音色の意味が分からないからこそ怖い感じがしますね。てか、寒気が……; -- [[イノシア]] &new{2008-09-07 (日) 00:16:43};
- なんかひぐらしの○○○○に似た怖い雰囲気が……。&br;この作品は四季草の音色の意味が分からないからこそ怖い感じがしますね。てか、寒気が……; -- [[イノシア]] &new{2008-09-07 (日) 00:17:46};
- すみません。ブラウザバックしたらまた書き込みが…… -- [[イノシア]] &new{2008-09-07 (日) 00:18:32};
- ひぐらしモードに突入だね♪ -- [[Fロッド]] &new{2008-09-07 (日) 21:23:33};
- このあいだ謎のラストを迎えたばかり・・・とおもっていたのですが、番外編、みたいな感じですか?これであのラストの謎が分かるんでしょうか・・・?続きが楽しみです。引き続き執筆がんばってくださいね。 -- [[孔明]] &new{2008-09-07 (日) 21:28:54};

#comment

IP:133.242.146.153 TIME:"2013-01-30 (水) 14:44:19" REFERER:"http://pokestory.rejec.net/main/index.php?cmd=edit&page=%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%BC%E3%83%A1%E3%83%AB%E3%83%B3%E3%81%AE%E8%8D%89%E7%AC%9B3" USER_AGENT:"Mozilla/5.0 (compatible; MSIE 9.0; Windows NT 6.1; WOW64; Trident/5.0; YTB730)"

トップページ   編集 差分 バックアップ ファイル添付 複製 名前変更 再読み込み   新規作成 ページ一覧 ページ検索 最近更新されたページ   ヘルプ   最終更新のRSS
This site is protected by reCAPTCHA and the Google Privacy Policy and Terms of Service apply.