作[[呂蒙]]
セイリュウ国・前首相のシュゼン=ギホウは剣を嗜むことで知られ、その腕前はなかなかのものだった。今日はその稽古のため道場にいた。
「ふう、やはり56にもなると疲れますね。若いということが羨ましいですな」
師匠であるジンスケ=ハヤシザキにそう言った。この名前は固有名詞ではなく、この流派を引き継いだ人が名乗るものだという。
「いいえ、56歳とは思えない太刀さばきです。隠居はまだまだ先になりそうですね」
「政権を奪回するまでは死んでも死にきれませんよ」
お互い、額の汗をぬぐいながら会話をしていた。稽古が終わった時、ジンスケが自分で作ったという小刀を見せてくれた。といっても、真剣ではなく木刀のようだった。
「なかなか良くできているじゃないですか」
「ええ、自信作でして。ちょっとした仕掛けがあるんですよ。それには」
「ほう?」
「どうです? 次の稽古の時まで貸しますから、仕掛けが何なのか当ててみませんか?」
「ふうむ、それではお借りします」
「あ、くれぐれも他人には貸さないでくださいね」
「分かりました」
最後の言葉ちょっと引っかからないでもなかったが、無くされると困るのだろうと解釈して自宅に戻った。その途中、小刀を様々な角度から眺めていたが、特に変なところは無かった。茶色のごく普通の小刀である。強いて言うならば少し小刀にしても小さいかな、と言った感じだ。
(エルレイドに見せてみよう)
自宅に戻り、早速見せてみることにした。
「……と、いうわけだ」
「ふぅむ、仕掛けと言われましても……」
エルレイドは念力で小刀を宙に浮かせて様々な角度から眺めていた。
「中が空洞とか? 何かが入っているとか」
「いえ、そのようなものは無いと思いますが? それに繋ぎ合わせたような跡も見受けられませんので」
結局、仕掛けとやらは分からなかった。カンネイにも見せたが「実はチョコレートで出来ている」「剣先からスピードスターが出る」などと訳の分からないことを言い出す始末だ。
その後、シュゼンは小刀をダイニングのテーブルに置いたまま出かけて行った。
帰ってきてみると、小刀がない。
「おい、あの小刀どうした? 他人には貸すなと言われていたんだぞ?」
「カンネイ様がリクソン様に貸していました」
と、エルレイドが答える。エルレイドを責めたくなったが「貸すな」とは言っていなかったため、落ち度は自分にあった。とにかく返してもらわなければ。
庭先にギャロップがいたので、それに跨る。揺れるからイヤ、とか言っている場合ではない。
「珍しいな、いつも揺れるからいい、とか言っているのに」
「まぁ、火急の用でな」
とだけ、シュゼンは答えた。が、やはりまずかったようだ。予想以上の揺れでシュゼンは乗り物酔いをしてしまった。気持ち悪くなってしまったが、あと少しの辛抱だ。
その頃リクソンは、その小刀をシャワーズたちに見せびらかしていた。すると、どういうわけかシャワーズがその刀を欲しがった。
「ねー、それちょーだい」
「ダメだ」
「じゃあ、貸して」
「ダメだって言ってるだろ? シュゼンさんのらしいから」
そんな会話をしていると、来客を告げるベルが鳴った。来客の予定は無いのだが、とりあえず出る。リーフィアたちもぞろぞろと後をついてきた。ドアの前にはシュゼンとギャロップがいた。何だか、シュゼンの顔色が少し悪い。
「どうしました? 顔色がちょっと悪いようですけど?」
「ああ、大丈夫。カンネイが貸した小刀、あれ、人に貸すなって言われてる物なんで、返してもらえるかな?」
「あ、はい。今持ってきます」
そう言ってリクソンは奥に入っていった。それからすぐに、リクソンの声が聞こえた。
「? どうしたの? 大丈夫かい?」
悲鳴に近い声だったので、気になって中に入った。すると、目の前にはリクソンとシャワーズが何か言いあっていた。
「バカか、お前は! 何で人の借り物をペロペロ舐めてるんだ!!」
「つい、ムラムラと。でもあんなの見せびらかすリクソンもリクソンよ。そのせいで、つい本能が表に出てきちゃったじゃない!」
「全く……。日頃の理性はどこへ行った?」
リクソンが謝って、小刀を返した。ちょっと剣先が欠けてしまっている。シュゼンは後で電話で謝っておくことにした。
家に帰り、シュゼンは電話で謝罪をした。
「あ、ジンスケ先生ですか? シュゼンですが。実は……」
訳を話すと、ジンスケは特に怒りもせずにこう言った。
「あ、やっぱ、そういうのって分かるんですねぇ。あれ実は木刀じゃないんですよ」
シュゼンが帰った後、リクソンはシャワーズに言った。
「しかし、何であんなことをした? 何か特別な木だったのか?」
「木? あれ、木じゃないわよ?」
「じゃあ、何? あれ」
「あれ、鰹節よ」
「ふーんって、鰹節!?」
「だから、ついよだれが……」
シャワーズは海産物が大好きなのは知っていたが、パッと見ただけでは分からないものでも反応してしまうのか、何だか「パブロフの犬」みたいだな。
「仲間同士引き合う性質があるのかな? 磁石みたいに」
「仲間って、私は陸地でも大丈夫でしょ。一緒なのは尻尾だけよ。鱗だってないでしょ?」
「いや、それは知ってるけど」
と言いつつ、指でシャワーズの体をつつくリクソン。このつるつるした皮膚とほどよい弾力のある体は一度触ると病み付きになってしまう。触る場所を間違えるとセクハラになってしまうが。
さて、そろそろ晩御飯の準備をしなければならない。
「今日は鰹のたたきにでもしよっか?」
「さんせーい」
シャワーズが嬉しそうに言った。
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