&size(25){ドラゴン・ソウル 壱}; [[序章>ドラゴン・ソウル 序]] 作者:[[カナヘビ]] ---- 「ん…?」 風の音。葉の擦れる音。 空気の香り。まばゆい陽射し。 「生きてる…?」ケレルは体を起こした。 周囲は木々に囲まれている。どうやら森のようだ。 「たしか、俺は死んだはずじゃ…?」ケレルは独り言った。 体を貫いた、あの感覚。意識が飛び、そのあとの記憶もない。 たしかに致命傷だったはず。生きているはずはない。 しかし…。 「とりあえず…、生きてるな」ケレルは自身に言い聞かせるように言った。 ケレルは木のうろの中にいた。そこら中から木の香りが飛び、鼻をさす。 「カイリューが入る木のうろって、どんな大きさだよ…」ケレルはあきれて溜息をつく。 すぐにでも出発したいが、体が思うように動かない。仕方なくそこにいることにした。 「おぉっ!目が覚めたか!」遠くから声が聞こえた。 まるでテレポートのような速さでケレルの前に出現したそのポケモン。赤い複眼に黄色基調の体、せわしなく動く羽、尖った前足。テッカニンである。 「しばらく目が覚めないから一時はどうなることかと思ったぞ!」テッカニンは嬉しそうに言った。 「そうか」ケレルは尊大な口調で言った。「助けてくれたことに感謝しよう。ここはどこだ?」 「へっ?」テッカニンは固まる。 「ここはどこだと聞いている。さっさと教えろ」ケレルは言い放った。 「…?」テッカニンは呆然としている。「なんか、おしゃべりで口が悪い奴だな」 「口が悪い?虫ポケの分際で俺に文句をつけるのか?」 「虫ポケの分際…」テッカニンはどこか遠くを見ている。「お前、何言ってるんだ?」 「どうでもいい。とにかくここから出せ。森の外まで案内しろ」と。ケレル 「そ、外…?本当にどうなってるんだ?なんでこんなこと言うんだよ?」テッカニンは目を白黒させている。 「早く案内しろ!こっちはお前らと違ってやらないといけないことがあるんだよ!」ケレルは叫んだ。 「な、なにをやらないといけないんだよ…」と、テッカニン。 「お前には関係ない!早く案内しないとだいもんじかますぞ!」ケレルは言った。 「だ、だいもんじ?」テッカニンは首をかしげた。「いやいや、そんな大技ウルガモスしか 使えないぞ?」 「知識不足だな。カイリューも使えるんだぞ?」ケレルは見下していった。 「カイリュー!?」テッカニンはたまげたような声を出す。「カイリューなんて存在しないぞ?あれは伝説のポケモンだ」 「残念だったな。俺がそのカイリュー、ケレル・ドラゴナイトだ!!」 「はあ?」テッカニンはまじまじとケレルを見る。「ホントお前、頭大丈夫か?」 「信じないのか?」ケレルはいら立ちをつのらせた顔で聞く。 「いや、信じるとかそれ以前に」 テッカニンは言い放った。 「お前、ヌケニンだぞ?」 「は?」 ---- 川のせせらぎと共に流れを下る魚ポケたち。2体は川へ移動したようだ。 その水面に映る自分の姿。 灰色の体に肌色の頭。破れているような羽に、頭の上に浮かぶ、少し切れたような輪。 「なんだよこれ…」ケレルは自分の姿をまじまじと見ている。 「お前はヌケニンなんだよ。オイラが進化した時にできた相棒、ヌ・ケ・ニ・ン!」そばで浮遊していたテッカニンが言う。「なんで自分がカイリューだなんて思ったんだ?」 「俺は確かにカイリューだったんだ!」ケレルは言い張った。 「そう言われてもなあ」テッカニンは困り果てた表情だ。 ケレルは浮遊していた自分の体をへなへなと降下させる。 「なんでこうなるんだよ…。せっかく旅が終わると思ったら裏切られ、生き返ったと思ったらヌケニンになっている…!なんでだよ…」ケレルは泣いた。 いや、泣けなかった。ヌケニンである彼の目には涙腺などない。 だから、肩を落としてうなだれるしかなかった。 テッカニンは考え込んでいた。難しい表情をしている。 「なんだかなあ…。目覚めたヌケニンがしゃべりだした、そんでカイリューだって言い出して、この落ち込みよう…。思い込みにしちゃあ、なあ…」 テッカニンは恐る恐るケレルに近づいた。ゆっくりと肩に触れる。 「あー、ケレル、だっけ?大丈夫か?」テッカニンが声をかけた。 「……」ケレルは答えない。 「はあぁ…。どうりで話がかみ合わないと思った…」テッカニンは頭をポリポリとかく。「あのお方に相談してみるか」 「あのお方、だと?」ケレルがテッカニンの方を向く。 「この森、いや世界で一番偉大な方だよ。オイラたちは『公爵』って呼んでる。公爵なら、何か知ってるかもしれないしな」テッカニンは言った。 「本当か!?」ケレルは叫んだ。 テッカニンは苦笑している。 「やれやれ…。カイリューだと言い張る饒舌なヌケニン、か。まあ、あの公爵だしなあ。賭けてみるしかないか」 「頼む。俺は一刻も早くオノノクスを倒したいんだ!」 「また伝説ポケを…。仕方ない。オイラも因果な奴だなあ。はあ」 「さっきは見下して悪かったな。すまない」 「あ、いいって。おっと、自己紹介をしてなかったな。オイラ、ギムナ・ニンジャスク。よろしくな」 「改めて、ケレル・ドラゴナイトだ」 2体はそれぞれの前足で握手を交わした。 「最後に聞くが、本当にカイリューだったのか?」テッカニン…ギムナが聞く。 「ああ。少なくとも、生まれてから死ぬまでの記憶はある」ケレルは答えた。 「そうかい」ギムナはうなずいた。「なら、妄想でもないな。てか、妄想するヌケニンなんて聞いたことない」 「妄想だと思ってたのか!?」 「そもそも、ヌケニンって普通話さねえし」 「そうなのか?」 「ま、こんだけ怪奇現象が起こったらそりゃカイリューだとかオノノクスだとか信じるさ」 「礼を言おう。早速その公爵に合わせてくれないか?」 「へいへい、いくぞ」 ギムナはケレルの前足を掴み、最速160族の速さで一気に森を突っ切った。 「ちょ…ギム…速…」ケレルの声がかすれて消える。 ---- 森の中心部にそびえる巨木。見ているだけで押しつぶされそうだった。 2体は巨木のふもとにいた。 「言っとくが、公爵のプレッシャーはもっとすごいぞ」木に見惚れていたケレルにギムナは言った。 「ウソだろ?これより上って、アルセウスくらいしか思いつかないぞ?」ケレルは言う。 「あー違う違う。伝説じゃあないさ。ちなみに御三家でもねえよ」ギムナは返す。 「だったら、一体…?」 「たぶんケレルには思いつかないさ。ま、見りゃ分かる」 2体はゆっくり上昇し始める。ごつごつした木肌の一角に、大きなうろがあった。ギムナはそこへ入っていく。 「公爵ー!いやすかー?」ギムナは呼んだ。 「な…」ケレルは唖然とした。 木のうろの中は非常に広かったのだ。カイリューどころかホエルオーすら何体も入れるような超弩級の容積だった。木でできた四角いものが所々あり、ケレルはほとんど名前を知らなかった。その四角いものの一つにはたくさんの四角い穴が開いていて、その穴には革っぽいもので覆われた物が無数に並べられていた 「ホンダナ、ツクエ、イス、ショセキとかいうらしい」ギムナが言う。 やがて、うろの奥からつかつかと足音が聞こえてきた。 「ほう、やはりギムナだったか」威厳のある老いた声がした。 全体的に黒く、胸には首から垂れ下がるように白い羽毛があり、尾羽は赤い。頭はムウマージに似た形をしていて、左目には何か透明な円い物体がついていた。 ドンカラスだった。 しかし、ドンカラスにしては威厳が半端ない。異常なまでのプレッシャーと威圧感を放っている。外見上はそれなりに年寄りっぽいが、ケレルは思わず戦慄した。 「ギムナ、ついに進化したか。ここに祝辞を述べよう」ドンカラスが言った。 「いえいえ、ありがとうございやす」ギムナは頭を下げる。 「そして、そちらが相棒のナザルか?」ドンカラスが聞く。 「ナザル?」ケレルはぽかんとした。「俺はケレルだ!」 「?」ドンカラスがケレルをまじまじと見た。 「あの、公爵、実はこいつのことで相談がありやして…」ギムナは切り出した。 ドンカラス…公爵はケレルに近づいてきた。かなり近くまで顔を近づけ、透明な円い物体の奥の目からケレルを観察する。 「どうもこいつ、カイリューだったらしいんでやすよ」ギムナが言った。 「カイリュー?」公爵が復唱した。「ふむ、ドラゴンか。しかし…」 「信じないのか?」ケレルは公爵を見返す。 「そうではない」公爵は言った。「過去に、似たような例が2件あるのだ」 「え!?」ギムナが飛び上がる。「か、過去にもあったんでやすか?」 「うむ。少し待て」 公爵は言うと、2体に背を向けて少し進み、ホンダナのショセキをじっと吟味し始める。そのなかから1つを取り出し、翼で器用に開いた。 「それぞれ、星の英雄、時の英雄と呼ばれるポケモンたちがいたのだ。最も、これらに共通するのは、彼らが『ヒト』だと名乗っていることだ」 「ヒト?」ギムナが首をかしげる。 「この星では既に絶滅しており、その痕跡しか見られない。しかし、歴史上まれにみる高度な知的生物らしいことは確かだ。我々はその史跡から見つかったものを活用させてもらっている」公爵は自分の左目を指す。「この片眼鏡もその1つだ」 「でも、俺はヒトじゃない」ケレルは言った。「俺は間違いなくカイリューだったんだ」 ケレルはうなだれた。ヒトのことしか分からないのだから無理もない。 「俺は一度死んだ。生き返ったことに感謝したいさ。でも、生き返ったなら、やっぱりオノノクスを倒したい。俺はそのために旅をしてたんだ。リプスと、リガーと…」ケレルは落ち込んでいる。 「ふむ」公爵はショセキを閉じ、別のショセキを吟味し始めた。 一つを取り出し、また器用に開く。 「もしや…&ruby(たま){魂};呼び」公爵が口を開いた 「魂呼び?」ケレルとギムナが復唱した。 「理論が確立されているだけでまだ確認されていない現象だ。そもそも、ヌケニンというポケモンの体には何かしらの魂が宿っている。当然ヌケニンは抜け殻であるから、それならば外部から何かしらの魂が入るはず。しかしながら、ヌケニンの体に魂が入る減少など観測されていない。だがヌケニンの殻が何かの魂が入ることは確実で、たとえそれが正式なヌケニンの魂でなくともおかしくはない。こういう理論だ」公爵が説明した。 「えーと、つまり?」ギムナがさっぱりといった風で聞く。 「つまり、そのヌケニンの殻に入っている魂は真にカイリューである可能性は十分にある」公爵は言った。 「でも、ドラゴンなんて本当に存在してるんでやすか?」と、ギムナ。 「この森では周知されていないが、少数ならば個体が確認されている。とはいえ、キングドラという種族だがな。それ以外にも存在するが、あまり伝わっていないのだ。私もドラゴンは極少数しか知らないからな」公爵は肩をすくめた。「すまないが、明日また出直してもらえないだろうか?それまでに書籍を調べておこう」 「分かった…いや、分かりました、公爵」ケレルは敬語で言い直した。「あ、すみません。俺はケレル・ドラゴナイトです」 「私はギルバート・フォン・クロウフォード。よろしく頼む」公爵も自己紹介した。 ---- ケレルとギムナが帰り、静まり返ったうろ内。 聞こえるのはかすかな寝息だけ。 「…まだ寝ているのか」公爵は溜息をつきつつ言った。 公爵は独りで書籍の吟味を始める。膨大な量ある書籍からピンポイントで情報を探し当てなければならない。 やがて一冊の書籍を取り出した。器用に翼でページを繰る。 「魂呼び…未知の大陸…ドラゴン…」公爵はぶつぶつ言っている。「…、なるほど」 公爵の片眼鏡がわずかな光を反射して光る。 「カシア、いるだろうか?」公爵が不意に誰かを呼ぶ。 公爵のそばに突如1体のアギルダーが出現した。 「此処に」カシアと呼ばれたアギルダーはかすれた高めの声で応えた。 「このあたり一帯の遺跡より、外の大陸の情報を集めてきてほしい。頼めるだろうか?」公爵は頼んだ。 「御意」カシアは言うと、消えるかのように姿を消した。 公爵は再び書籍に目を落とし、情報を探し始める。 それらしい書籍を見つけては元に戻し、そしてまた見つけては開いて元に戻し、を繰り返す。 公爵の目の前に広がるのは、黒い線で描かれた幾何学記号。ヒトの文字である。 現在、ポリゴンなどによって解読されているのは3言語だけだが、公爵は自分の知識を活用して様々な言語を読むことができていた。 「………上陸したはいいが、ここは言わば鬼畜と言ってもまだ足りない場所かもしれない。大量のドラゴンがひしめき、それぞれがしのぎを削っているのだ。ドラゴンは好戦的な性格の種族が多いと聞いたが、実際その通りだった。ここにいるドラゴン達に敬意を込め、この大陸をロン大陸と名付けよう…」 公爵は読み終わると、書籍を閉じて元あった場所へと戻した。 「おや、ギルバート。調べものかい?」いつの間にか寝息が消え、キーキーとした声が聞こえた。 うろの奥から1体のバルジーナが歩いてきていた。頭のちょんまげのような羽毛に銀色のピアスが付いている。 「やっと起きたか、ゾーイ。もう昼も近いぞ」公爵が、静かだがたしなめるように言う。 「いつものことさね。どっちかと言えば今日はいつもより早いとアタイは思うんだけど、違うかい?」ゾーイと呼ばれたバルジーナが応える。 「この時候に起床するならば同じことだ。頼むから、朝方に起きる習慣を付けてくれないだろうか?」 「もう昼に起きる習慣がついたさね。治すのは面倒だし」 「…はあ」 公爵は静かに溜息を吐いた。 「そんなことより、何を調べていたんだい?」ゾーイが聞く。 「ふむ、ガゼルドの一族の正確な分布を調べていたのだ」と、公爵。 「ああ、あんたが解任したへっぽこ子爵かい。そういやあのオノノクスはどこに行ったんだろうねえ?」 「ケレルの話から推測するに、どうやらロン大陸へ逃亡しているようだ。今のところ詳細は不明だな」 「ケレル?誰だい、それは?」 「ヌケニンの殻に魂を宿らせた、幸運か不幸かよく分からないカイリューだ。今日、かのギムナが進化した際に発生したようだ」 「へえ、そんなことがあるのかい。事によると、その子はあのガゼルドに殺されたのかもしれないねえ」 「む?」 公爵が目を見開いてゾーイを見た。 「…その可能性は考えていなかったな。」 「おや、キレ者のあんたが珍しいねえ。せいぜいアタイに感謝することさね」 「むう…」 公爵は完全にゾーイに負けている。 「さて、アタイは起床後の散歩に行ってくるよ」 ゾーイはゆっくりとうろの出口に歩いていき、そこから一気に羽ばたいた。 公爵はばつが悪そうな顔をしている。 「…ガゼルドが殺害を、か」公爵はポツリと言った。「救いようのない傲慢さとナルシズムを持った奴であったが、己なりの美学は持っていたはず。殺害ほど奴に似合わぬものはないのだが、仮に殺害をしたとすると…」 公爵は再び本棚と向き合い、書籍を吟味し始めた。 ---- 「テッカニンに進化して生まれたヌケニンにカイリューの魂が宿ってました、なんて。オイラがほかの奴から聞いたら笑い飛ばすっての」 帰り際、特に急がないので飛ばすこともなく2体はゆっくりと進んでいた。 「そもそも、なんでオノノクスを倒そうなんて思ったんだよ?」ギムナは聞いた。 「俺の住んでた村を侵略した挙句、世界を支配するって言い出したんだ。だから、俺とリプスとリガーとでオノノクスを倒すことを誓ったんだ」 「そういやさっきも思ったが、リプスとリガーって誰だ?」 「雌のチルタリスと雄のガブリアスさ。2体とも俺の昔からの友達だった。そう思ってたんだ。思ってたのに…」ケレルはうつむいた。 「ん?思ってた…それで?」 「リガーがいつに間にか裏切ってたんだ。そしてリプスの体に刃を突き付けた。俺は成すすべなくガゼルドにやられたんだ」 「なるほど……ん?」ギムナが激しくまばたきをした。「ガゼルド?」 「ああ。オノノクスの名前だよ」 2体の進行が停止した。ギムナが急に止まったのだ。 「ギムナ?」 「ガゼルド…ガゼルド…、いやまさか…ねえ」ギムナはぶつぶつと言う。 「どうしたんだよギムナ」ケレルが聞く。 「いや、あのな。だいぶ前に公爵が五等爵の入れ替えをしてな。たしかそんとき、ガゼルド・ハクソラスっていう子爵が解任されたって言ってたんだが…違うよな?」 「嘘だろ…。まんまあいつじゃないか」 「まさかのクリティカルヒット?あー、それは無理だわ。ケレル、悪いことは言わねえからやめとけ。五等爵ってのはな、なることが半端じゃなく難しいんだよ。当然、実力はすげえぞ。強いなんて言ったら場違いなくらいだ。強いなんて範疇じゃねえ。ガゼルド元子爵も実力だけは本物だと聞いたぞ。マニューラが束になってかかって行っても片手でいなせるだろうさ」 「…そんなに強かったのか。全然知らなかったな」 「でもまさか、ガゼルド元子爵がオノノクスだったなんてな。ハクソラスなんて聞いたことねえからどこのどいつかと思えば、伝説のドラゴンだったんだな」 2体は再び進みだした。 「でもなあ。仮にも一瞬でも子爵になった奴が、世界を支配するなんて言い出すかな?」ギムナが言う。 「どういうことだよ?」ケレルは怪訝そうに聞く。 「だってよ、世界だぜ?少なくとも自分より強い方々が3体はいるのことが分かってるってのに、そんな簡単に世界なんて言うか?」と、ギムナ。 「修業…違うか。あいつがそんなことするなんて想像できない」と、ケレル。 「なーんか、引っかかるんだよな」ギムナは進みながら考え込んでいる。 木々は夕日によって紅に染まり、夜へと入っていく。 「そういや、まだ答えをもらってない質問があるんだが」と、ケレル。 「ん?何だ?」 「ここはどこなんだ?」 「確かに答えてなかったな。ここはナシュルの森さ。公爵の住まう、世界で一番崇高なところだ」 ---- 翌日。ケレルとギムナは再び公爵のもとを訪れた。 公爵は2体が来るまでずっと書籍を見ていたらしい。少し疲れが見えていた。 「私達が住んでいるナシュルの森はチール大陸という大陸にある。世界で1番小さい大陸だ。そして、ケレルがいたのはちょうどこの大陸の裏側にあるロン大陸というところだ」 公爵は『セカイチズ』を広げて2体に解説している。右の翼の先で茶色に塗られている箇所を指している。 「ショセキと遺跡の情報によれば、この大陸は常に荒れた海流に囲まれているらしいのだ。更に空にも不定期に乱気流が発生しており、外側からの侵入は非常に困難だ。どのように優れた能力を持つエスパーポケモンでも、このカオス要素を予測するのは難しいだろうな。だが、目的は間違いなくここ、ロン大陸だ」 公爵はチズの中で2番目か3番目に大きい茶色を指した。 「海流だろうと気流だろうと関係ないです。俺はなんとしてでもここに行きます」ケレルは言った。 公爵はドンカラス独特の目でケレルを見据えた。 「お前はヌケニンというポケモンの種族値及び攻撃技を知っているか?」公爵が唐突に聞いた。 「え…」ケレルは虚を突かれたようにポカンとした。「………糸を吐く?」 途端にギムナが盛大に吹いた。ケレルはじっとりとした目でギムナを見る。 公爵は厳しい表情で話し始める。 「まず言っておきたいが、ヌケニンは相性の悪い技を受けるともう立てないのだ。それ以外ならば許されるが、一撃しか許されない。そして、ヌケニンの主力火力を担当する攻撃種族値は高くなく、特攻などまず論外だ。技は必然的にシザークロスとシャドークローのみとなる。加えて、今のお前はローブシンより鈍足だ」公爵が言った。 「…待て。ええ!?」ケレルは叫んだ。「ギガインパクトはできないんですか!?」 「アホ、どこにギガインパクト使うヌケニンがいるんだよ。そりゃあ覚えるけどよ」ギムナが呆れて言う。 「カイリューだったら色んな技使えるんだぞ!?」ケレルはかなり嫌そうだ。 「仕方のないことだ。ヌケニンである以上カイリューの技はほとんど使えないのだ。強いて言えば燕返し程度…。あとは補助だろう」公爵は残念そうに言う。 「そんな…」ケレルは絶句した。「カイリューだったら…だいもんじが使えるのに!!」 ケレルは大きく息を吸うような仕草をし、思い切り顔を突き出した。 ケレルの周囲に突如として青い炎が円弧を描いて舞いはじめ、それらが前進するとともに収束し、木の壁にあたって五方向に発散した。そこに炎は発生せず、小さなコゲが残る。 「!!」「!?」ギムナと公爵が驚愕の表情を見せた。 「…だいもんじ?」ケレルもぽかんとしている。 公爵はすぐさま炎があたった場所へ飛び、そこをまじまじと観察する。 「火が発生していない…。だいもんじが当たったならば既に火事になっているはず。しかしなっていない…」公爵はぶつぶつと呟く。 「ヌケニンが炎出すって…なんでだ!?」ギムナは訳が分からないといった風である。 公爵はコゲから目を離し、何かが分かったように頷く。 「ヌケニンが炎を出すことは決してありえないことではない。ヌケニンは日本晴れの他にもう一つ、明らかに炎を出す炎技を習得できる」公爵は言った。 ギムナははっとした表情をする。「鬼火…!」 「鬼火?なんだそれ」ケレルが聞いた。 ギムナはほとほと呆れた表情でケレルを見た。 「なんで鬼火知らないんだよ…。お前一体どんなカイリューだったんだ…」と、ギムナ。 「炎を出す機構があれど、ヌケニンがだいもんじを覚えないことは確かだ。しかし、先ほどの炎は明らかに威力を持っている。さらに、着弾地点がコゲだだけで済んでいる」と、公爵。 「何か問題でも?」ギムナは聞いた。 公爵は大きく頷いた。「ギムナ、命中しても周囲に炎が燃え移ることのない炎技を暗唱してみよ」 「え…」ギムナは考え始める。「火炎車、炎のキバ、炎のパンチ、ニトロチャージ、ヒートスタンプ、フレアドライブ、ブレイズキック…あ!!」 ギムナに向かって公爵は再び頷いた。 「だいもんじは周囲に炎を燃え移らせることのできる技だ。しかし、周囲に炎を燃え移ることのない技はギムナが暗唱したもの…物理技のみだ」 ケレルはさっぱりといった様子で話を聞いている。「えーと、つまり?」 公爵は難しい表情をしている。 「決してありえぬ現象が2つ発生している」 「1つは、ケレルがだいもんじを出したことでやすよね?」ギムナが聞いた。 公爵は頷いて肯定する。 「もう1つは…なんでやしょうか?」 「もうひとつはつまり、だいもんじが物理転換((第3世代から第4世代に移った際の物理・特殊の変更のことを扱いました。))を起こしているということだ」公爵が静かに言った。 「物理転換?」ギムナとケレルは異口同音に言う。 「物理転換とは、私達が生まれる遥か昔、まだヒトが存在していた時期に発生した大幅な技種別の転換だ。これともう一つ特殊転換というものがあり、書籍の記録によれば、それまで物理技だったものが特殊技に、特殊技だったものが物理技に転換したというのだ。物理転換したものは炎のパンチ、冷凍パンチ、雷パンチ等。特殊転換したものは銀色の風、マッドショット、原子の力等と言われている」公爵が解説する。 「つまるところ…」ギムナがあっけにとられながら言う。「ケレルは、だいもんじを物理系統で出せると?」 「そうなる」公爵は答えた。「何かしらの原因があるはずだが…」 空気が突然重くなる。ケレルはなんだか気まずい雰囲気になったので居心地が悪くなっていた。 「考えてるヒマがあるのかい?」キーキーとした声。 うろの奥からゾーイがつかつかと歩いてきていた。 「やけに騒がしいから話が耳に入って起きちまったよ。ギルバート、あんたはいつも頭でものを考えようとするねえ」ゾーイが言う。 「こ、公爵を呼び捨てにしてる…!」ケレルが唖然としている。 「ああ、あの方はゾーイ公爵婦((誤字・脱字ではありません。お分かりの通り、この物語は『ヒト』を明確に分類しています。よって、ポケモンを『人』と呼ばないための作者苦肉の策。「公爵夫」では違和感バリバリなので却下。))さ。公爵の奥さんだ」と、ギムナ。 ゾーイは開かれた『セカイチズ』、だいもんじのコゲ目などを見た後、ケレルを見た。 「あんたがケレルだね?何をごたごたと考えているのか知らないけど、とっとと行くなら行っちまいなよ」ゾーイがばっさりと言った。 ケレルははっとした。そういえば先ほどから話ばかりして物事が前に進んでいなかった。 「確かにギルバートは少々頭がいいかもしれないけど、だからと言って全部が頭で解決できるわけがないじゃないか。あんた達はフルボッコボコな戦闘が好きなんだろう?どうせそういうところに行くんだったらそうしながら解決していったらいいじゃないか。違うかい?」ゾーイがキーキー声で弁舌を振るう。 「フルボッコボコ…」ケレルは独特な言い方に虚を突かれる。「でも、言うとおりですね」 公爵が大きく頷く。 「確かに、これから出発するにあたって考えることほど無駄な行動はなかった。すぐに出発の支度をしよう」公爵がうろの奥に行きかけた。 「え!?」ケレルは耳を疑った。「公爵も来るんですか!?」 「後で詳細は話すが、私はお前の行く道を見届けなければならない。その条件として、お前の戦闘には一切介入しないことを約束しよう」公爵は言ってうろの奥へと入っていく。 ケレルはもう何も言えない。ただただ立ち(?)尽くすばかり。 「なあ、ケレル」ギムナが声をかけてきた。「オイラも着いて行っちゃいけないか?」 「ギムナが?でもどうしてだ?」ケレルは聞く。 「だってよ、お前オイラの抜け殻だぜ?カイリューだろうがレックウザだろうがアルセウスだろうが、こういうことになったら心配だっつの。てか、無理にでも着いていくぞ!」ギムナは言い切った。 急にゾーイがけらけらと笑い始める。 「ケレル、あんたいい仲間に恵まれたじゃないか。だが気を付けな。気が付いちゃいないだろうけど、あんたの目にはかすかに疑心暗鬼が見えるさね。本格的な戦闘に入る前にそのテッカニンとうちの旦那を充分に信じときな。でないとあんた、足無いけど足元すくわれるよ?」 ゾーイに言われて、ケレルは記憶に残る光景を思い出した。そしてギムナをじろじろと見る。 「………心配すんな。お前の言ってたガブリアスにどんな事情があったか知らねえが、この世に自分の抜け殻を裏切るテッカニンなんて存在しねえさ。そんなのいたらただの気違いだ。オイラは少なくとも気違いじゃねえ。そして、公爵は充分に信頼ができるお方だ。オイラが太鼓判を押す!」ギムナは自分の胸を押す 「…ああ」 目が覚めてからゾーイに言われるまで気が付かなかったが、ケレルの中には確かに言われようもない疑いの念があった。 最初自分を裏切ったのは、まぎれもなく友と思っていた旅の同胞。 そして今回行動を共にするのは、会って1日しか経っていないせっかちなテッカニンとやたら堅苦しいドンカラス。 ケレルの中では既に迷いが生じていた。 『わたしも連れて行って!絶対足手まといにはならないから!!』 『オレも着いて行かせてもうらうぜ。戦力にはふさわしいだろ?』 心に響いた言葉。 生活を共にし、過ごしてきた仲間。 裏切り。 彼は葛藤していた。 ゾーイの言葉を聞いて、ギムナのことも公爵のことも信じることを恐れていた。 たとえ太鼓判があったとしても、だ。 全てにおいても変えられないはずの太鼓判に裏切られていたから。 「信頼とは、積み重ねによって得られるものだ」 公爵がいつの間にかうろの奥から出てきていた。支度とは何をしていたのだろうと思うくらい身なりに変化がない。 ケレルは慌てて顔を上げた。いつの間にかうつむいていたようだ。 「会って1日の私達を信じろと言う方が酷というものだろう。ゾーイの言ったこともそうだが、これからの旅でそれを培ってもらいたい。戦闘は助太刀しないがな」公爵が言った。 「…はい」ケレルは静かに返事をした。 ―神よ。アルセウスよ― ―先に待つは成功の己か、道化の己か― ―仮に道化でないなら― ―この旅の道ずれを信じさせてほしい― 「…行こう」ケレルが言った。 ケレルとギムナと公爵。第三者からすれば脈絡不明のこの面子は、うろの出口を見据えていた。 「ゾーイ、私が留守の間、カシアとナシュルの森のことを頼む」公爵が背中越しに言う。 「任しときな。土産物と土産話はちゃんと用意するんだよ」と、ゾーイ。 出口から入ってくる眩しい陽光。それは、彼らの旅立ちを祝福し、歓迎しているかのようだった。 壱 終 弐へ ---- なかがき グダグダ説明の回でした。面目ない。 次回から本格的な旅の話に入ります。はたしてどんな展開になるやら… ところで、ちょっとした凶報なのですが… これからの展開をおさらいしてみたところ、なんと雌キャラが異常に少ない… 基本的に僕の小説は雌キャラが少なくなる傾向があります。理由は自分でもよく… なんと、シリーズを通して、メイン+サブで、ゾーイとあと1体しか出ないという少なさorz 増やせばいいじゃないかという意見もあるかもしれませんが、そうしてしまうと物語が全面書き直し(構想し直し)になってしまうので勘弁してください #pcomment(ドラゴンソウル1コメントログ,10) IP:114.51.90.252 TIME:"2012-04-09 (月) 21:30:10" REFERER:"http://pokestory.rejec.net/main/index.php?cmd=edit&page=%E3%83%89%E3%83%A9%E3%82%B4%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%BD%E3%82%A6%E3%83%AB%E3%80%80%E5%A3%B1" USER_AGENT:"Mozilla/5.0 (compatible; MSIE 9.0; Windows NT 6.1; Trident/5.0; YTB730)"