#include(第十三回仮面小説大会情報窓・非官能部門,notitle) ''※読む前にご一読ください'' -この作品にはオス同士のあれやこれやをニオわせる描写が多数登場します -一応''非官能部門''としてエントリーしておりますが、(自称)結構攻めている部分もあるため気分を害する恐れがあります *ドキッ! ガチ〇モだらけのピクニック! [#nnaW9me] #contents ――それは余りに突拍子もない誘いだった。 「やらないか」 「やらないか……って、何を?」 「何をってそりゃあ……ピクニックさ!」 **1. プロローグ [#rU6b8Dn] 故郷のイッシュ地方を離れ、パルデア地方へとやって来た少年、その名はトウヤ。見知らぬ地での暮らしに心躍らせてはいたものの、豊かな生態系と起伏に富んだ地形は、想像以上に厳しく目の前に立ちはだかった。よく言えば手付かずの自然、悪く言えばイッシュ地方など比にもならないド田舎。市街地の近くに住んでいた彼にとっては完全に未知の領域だった。 新天地へやって来てまず行うべきは棲み処の確保。市街地近郊でいい物件をと考えていたが、一歩外に出るとすぐそこまで大自然が迫っている状況の中で、好条件の場所など中々ある筈もなく。ある程度覚悟はしていたが、このままでは野宿コース、少しでも避けるべく探し回るトウヤには焦りの色が見え始めていた。 突然、何かが体に当たる。耳に入る不気味な鳴き声。足を止めて振り向くと、Xのような模様の特徴的な虫ポケモンが、鋭い目つきでトウヤを睨んでいた。つと背筋が凍る。 「ご、ごめんなさーい……」 逃げようと走り出したその時、虫ポケモンは強烈な脚力で跳び上がり、トウヤの背中を捕らえた! 「ぎゃあぁぁぁぁぁ!!!」 虫タイプの技、とびかかるを食らい、絶叫しながら地面に倒される。苦痛に顔を歪ませつつ振り向くと、ポケモンは怒りに満ちた視線を向けていた。そして足を大きく振り上げる。逃げなければと手足を動かそうにも、言う事を聞かない。パルデアライフもここで終わりか……! トウヤはぎゅっと目を瞑った。 「グワァァァァ!!」 背後からの絶叫。再び振り向くと、見た事のない小さな四匹のポケモンが、力を合わせて戦っている! 一匹はあまえるで攻撃を下げ、もう一匹はほっぺすりすりで確実に麻痺状態、残りの二匹はワイルドボルトとじゃれつくで大ダメージを与えた。 「グギャァァァァァッ!!! マ、マイッタ……」 虫ポケモンは満身創痍で尻尾を巻いて逃げて行く。 「す、すごい……」 トウヤはただ呆然と、勝ち誇る小さな存在を見つめるばかりだった。 「大丈夫か? 少年」 「あ、ありがとう……」 見た目にそぐわぬダンディボイスな一匹が差し出した手を、指先で握った。どこかで見たような雰囲気がしたが、さほど気には留めなかった。襲い掛かったポケモンは虫と悪の複合タイプを持つエクスレッグという種族で、繰り出そうとしていた技は格闘タイプの技、かかとおとしだという事も別の一匹が教えてくれた。トウヤは一気に鳥肌が立った。 「君たちがいなかったら、俺は確実にあの世行きだった。本当にありがとう……!」 小さな可愛らしい体が頼もしく見え、トウヤは心から感謝の弁を述べた。恐らく長い間時を共にしてきたであろう絆が、計り知れない力を生み出している所に、憧れと羨望すら覚える。 「うら若き少年をピンチから救うのはオレたちの務め。気にすることはない」 「とにかく無事でよかったじょーん」 残りの二匹も無事を喜んだ。一連の活躍を見届けたトウヤの中で、ある思いが湧き上がった。 「俺……ここに来たばかりで右も左もわかりません。差し支えなければ、君たちと一緒にこの地を冒険したいです! どうか、お願いします!」 深々と彼らに対し頭を下げた。座り込んでひそひそと話を始める彼ら。突然のお願いである、トウヤも半ば駄目元ではあった。 「……よっこいしょーいち」 トウヤは目を疑った。声を上げて立ち上がるその姿は、可愛らしい外見や先程までの雄姿とはかけ離れたおっさん臭さ全開だった。 「頭を上げるんだ」 言われた通りに頭を上げる。一直線に並んだ四匹が、笑顔を見せた。 「満場一致で君を迎えることに決めたぞ、少年」 「あ、ありがとうございます!」 パルデアでは孤独の身だったトウヤにとって、見た目にそぐわぬ中年オーラを出していようが、救いの手を差し伸べる神様のように見えた。何度も何度も頭を下げ、感謝の念を述べた。 「いいってことだ、少年! おっと紹介がまだだったな。僕はパモカズ、こいつは弟で次男のパモジだ」 「パモ……?」 聞き慣れない名前に首を傾げたトウヤ。 「そう、オレたちはパモと呼ばれる種族でな、こう見えて電気ビリビリだぜ!」 最も大きな体で明るい性格のパモジは、自己紹介がてら黄色い頬袋からビリビリ電気を出してみせた。イッシュ地方で言う所のエモンガ枠だなと即座に察するトウヤ。とはいえその愛らしい見た目でも、発している電気は強烈そうだ。続いて残りの二匹も自己紹介。 「三男のパモゾウです。記憶力とパルデアの地に関する知識はお任せください」 「末っ子のパモスケだじょーん!」 黒ずんだ体色が特徴的で冷静沈着なパモゾウと、最も小柄で何を考えているか分からなそうなパモスケ。何とも個性的なおっさん四兄弟だなと感じるトウヤ。でも独り見知らぬ地で暮らすよりはまだ安心感は得られそうだ。 「ところで俺、まだどこに住むか決まってなくて……」 「ならば我々と一緒に住めばいいでしょう」 「えっ? いいの?」 パモゾウのあっさりした返答に目をぱちくり。他の兄弟もいいねいいねと後押しする。ここはお言葉に甘えて棲み処まで案内してもらった。 到着したのは市街地に程近い崖に開いた洞窟。市街地に近い所は、故郷の棲み処と似通っている。体の小さなパモという事もあって居住スペースの広さを懸念していたが、想像以上に広々としていて十分住めるし、彼らには手に余っていた事だろう。 「本当に助かります! お陰でパルデアで暮らしていけそうです!」 歓喜に目を輝かせる一方で、パモ達の目がギラリと光った。 「おっと、そういえば挨拶がまだだったな。せーの」 四匹は不意打ちの如くほっぺすりすりを繰り出した。途端に逆立つトウヤの毛。 「ぎゃぁぁぁぁぁやめろぉぉぉぉぉぉ!!!」 駆け巡る電気に自由を奪われた体は、痙攣しながら地面に倒れた。 ようやく安全な場所に身を置いて夕飯を食べ、夜が更ける。眠りに就いたパモ達を眺めるトウヤ。おっさんとはいえその寝顔には種族柄の可愛さが存分に溢れ出ている。気が緩み、疲れがどっと押し寄せる。大きな欠伸をしながら、トウヤは用意してもらった自分の寝床へ潜り込んだ。 何時間経っただろうか、トウヤは胸騒ぎがして目を覚ます。誰かいる? 周りを見ると、なんとあのおっさんパモ四兄弟が、寝床を囲むように立っていた。 「な、なんだよ!?」 流石に飛び起きてしまう。だが彼らの様子がおかしい事に、即座に気付いてしまう。 「オオウ……このみずみずしさ、そして世間を知らない無鉄砲さ。見れば見る程、好みの少年だな」 「我々との関係を早々に発展させなくては」 「……な、何言ってんの?」 トウヤは混乱している! パモスケが飛び乗り、トウヤの顎を小さな手で持ち上げた。 「オイラたちといいことしてなかよくなるんだじょーん」 「い、いいことって……」 よく見ると、彼らは息が荒い。思い出される、パモカズに初めて助けられた時の既視感。その正体を知った時、トウヤは震え上がった。 「君が大人へと近づくこの暑い夏に相応しい経験を、僕らと共にしようじゃないか、少年!」 「う、うわあぁぁガチなやつだぁぁぁっ!!」 イッシュ地方で名の知れたさる方と同様に、彼らもソッチのケがムンムンしていたのだ! 咄嗟に逃げ出そうとするも、体を走る電流がそれを阻んだ。飛び乗ったパモスケのお得意技だった。小さな体に見合わない圧を、荒い吐息と共に感じる。 「オレたちとのお遊戯バトル、イッパツ&ruby(や){戦};ろうぜ!」 「いやぁぁぁぁじゃれつくなぁぁぁぁぁぁ!!!」 満天の星が煌めくパルデアの夜空に、新たな日々を歩み始めた少年の絶叫が響き渡る。大きな流れ星が四筋、一際強く輝いた―― 「オオウ……もう無理できない歳になってしまったものだなあ……」 新たな朝を迎え、開口一番のおっさん臭さに、布団を被ったトウヤは既に気が滅入りそうだった。交互に腰回りを始め体中をマッサージする彼らを見れば、多くを語る必要もないだろうか。 ――かくして始まったガチなおっさんパモ四兄弟との生活の中で、トウヤは自ずと貴重なツッコミ役として悪い意味で自由気ままなおっさん共の暴走を食い止める役割に奔走し始めていた。 そしてあれから半月程が経過した。この日も朝食を食べ終え、束の間の休息を堪能していた。流石のおっさん共も、朝食の直後は大人しい。これから起きるであろうドタバタに備えて、軽く一眠りする。朝の爽快な夏風が棲み処の中にも入り込んで心地よい。 ――フゥーッ 「ひゃぁぁぁぁっ!!?」 耳に息を吹きかけられて飛び起きた。不快感を露にして目つきを険しくするトウヤ。 「寝てる時間がもったいないぜ? 外へ行こう、外!」 「もうちょっと起こし方ってのがあるだろもう! まったく……」 パモ達と共に渋々外へ出る。太陽が燦々と輝き、今日も暑くなりそうだ。冒険の名目で、パモ達にパルデア地方の様々な場所を案内してもらっているが、今日来たのは岩肌剥き出しの荒れ地だった。彼らには手を焼きつつも、各地で違った表情を見せるパルデアの自然は、トウヤの心を大きく惹き付ける物があった。 「……ところでだ、少年」 「何? 今せっかく景色を見て楽しんでるのに」 嘆息混じりに、目線を雄大な自然から小さな憎たらしいおっさんに向ける。 「僕らはそれなりに同じ時を過ごしてきたのに、まだまだ距離があるような感じがしないか?」 「それが何か?」 トウヤは淡々と返した。彼からすれば別にそれで構わない、寧ろ変に親密になった方が先恐ろしいような気さえしていたのだから。だがパモカズを始めとした兄弟はそうでもないらしい。 「言われてみれば、もし何かピンチに陥った場合に信頼関係ができてなければ、力を合わせて戦うのも厳しいでしょうし……」 一歩間違えれば何が起きるか分からないパルデアの大自然で生きてきたパモゾウが懸念するのも道理ではある。するとパモカズが何かを閃いた。 「やらないか」 「やらないか……って、何を?」 突拍子もない誘いにトウヤは首を傾げた。 「何をってそりゃあ……ピクニックさ!」 「ピクニックぅ!?」 これまた唐突な提案で、疑問符が浮かびまくった。 「そう、ピクニックで楽しい時間を過ごせば、僕らの仲は自ずと進展して絆が生まれる、悪い話じゃないだろう?」 「お前が言うと違う意味に聞こえるんだけど……」 トウヤは渋い顔をしているが、残り三匹はかなりノリノリだ。年甲斐もなくピクニックピクニック連呼してトウヤの周りを走り回る。そして四匹揃って妙に圧を感じるつぶらなひとみで訴えかけてきた。直視したら吐き気を催しそうで、トウヤは視線を逸らす。こうなると何を言っても聞かない。トウヤは折れるしかなかった。 「わかったよ、やればいいんだろ、ピクニック」 「やったーーー!!」 「おいそれはやめしびびびび!」 これまた年甲斐もなくはしゃぎ、トウヤに飛び付いて歓喜のほっぺすりすり。痺れた体にも関わらず、頭だけは妙に冷静だった。 「なぁ……ピクニックって……何すればいいんだ?」 おっさん共は動きを止め、一斉に首を傾げた。トウヤはそのまま地面に倒れた。 **2. 準備をしよう [#DW91ghF] 提案された側が知らないのは兎も角として、提案した側が知らないとは如何なものか。確かにこれまでの道中でトレーナーがテーブルを囲んでポケモン達と楽しい一時を過ごしているのは度々目撃していた。 「形から入るのも大事ですから、まずは必要な物を揃えましょうかね」 またもやつぶらなひとみで一斉にトウヤを見る。 「……わかりました、準備すればいいんだろ、準備!」 「キミなら大丈夫だじょーん」 「そうと決まれば行ってこーい!」 「……チッ!」 振り向き様に舌打ちした。結局力関係で及ばず使い走りではあるが、それ以前にパモが街中で買い物など出来る筈もなく。余り浮かない足取りで、近くにあった街へと入った。街の人に尋ね回って、ようやくピクニック用品店NOHARAに到着する。中に入ると、ピクニックやキャンプ向けの様々なグッズが並べられている。無論ここまで多いと選べないから、店員にお勧めのセットを選んでもらった。いざお会計。合計15,500円。どうにか手持ちのお金で足りたが、店員から絶望的なアドバイスを頂いてしまった。 「サンドウィッチを作る食材やピックは当店ではお取り扱いがございません。また別途料金がかかりますのでご了承くださいませ」 「え、えぇ~……」 彼らの事だ、絶対サンドウィッチは作れとせがんでくるだろう。手持ちのお金は数百円。長い溜息を零しながら店を出た。大事そうに懐から取り出した物を見て、ぎゅっと握り締めた。 「――それなら35,000円でお引き取りしましょうか?」 「お願いします……」 涙ながらにフレンドリィショップの店員にすいせいのかけら二個、おだんごしんじゅ一個を手渡した。 「あ、ありがとうございました……」 お金を受け取って後にするトウヤを見た店員の笑顔はぎこちなかった。 一方こちらはトウヤ待ちのおっさん共……と更に一匹。 「やるなおっさん! シビれたガニ!」 「こちらこそいい勝負をありがとう!」 待っている間に野良のガケガニと一戦交え、一期一会の友情が芽生えていた。大きなはさみと小さな手で固い握手を交わす。突如ポキッと音がした。 「あ」 パモカズの手には折れたガケガニのはさみ。目の当たりにして慌てるパモジを制したのはパモゾウ。 「大丈夫、丁度生え変わりの時期なだけですよ」 「マジか、よかった~」 「いい刺激になったガニ~」 ご機嫌なガケガニから、折れたはさみを丸ごと一本貰った。 「ただいま~」 トウヤが戻って来た。そして目の前の光景にぎょっとする。 「ちょっ! 折れてるじゃん何やったのさ!?」 「まあまあ落ち着いて」 パモゾウが再びトウヤ相手に同じ説明をして事態は収拾した。ガケガニを見送ってから、本題へと戻る。 「準備してきましたよっと」 組み立て式の安価なテーブルを置き、そこにしょうぶクロスを被せる。彼らの好きそうな黄色いボトルとカップを並べ、横にバスケットを置いた。これで道中で見てきたピクニックの様相とほぼ変わりない感じになる。これから訪れる初体験に、パモ達は目を輝かせた。前向きに言えば忘れていない童心剥き出しである。 「ピクニックピクニック! 楽しみだじょ~ん」 「これで我々の仲は更に『進展』するでしょうね」 「お前らがそう言うと穏やかじゃないんだけど……」 これまでの事を思い出して苦笑を禁じ得ないトウヤ。初めて見るグッズの数々を舐めるように見つめている。 「しかしすごい買い物したな。流石は少年、僕らにはできないことをやってのける」 「そこにシビれる、憧れるゥ!」 「……その一方で俺が失ったものもあるんだけどな!」 トウヤは俯いて、肩を震わせた。パモジが肩に乗り、ニヒルに小さな手でぽんぽん叩く。 「ま、これも大人になる一歩だな、頑張れ少年」 「お前らのせいだろ!!!」 悲痛な少年の喚きが、パルデアの夏空に響き渡った。 #hr -サワロ先生のワンポイントアドバイス! ピクニックの準備は念入りにしておくことだ。特にサンドウィッチを作ろうとしているなら、ピックの数には気を付けよう。ピックがないと、食材を揃えてもランチタイムを楽しめないぞ! また、テーブルクロスや食器と同じく、ピックも様々な種類がある。その日の気分や作りたいサンドウィッチに合わせて使い分けると、楽しさの幅も広がる。色んな組み合わせを是非とも楽しんでくれたまえ! #hr **3. ランチタイムの前に [#u67GJ21] 快晴の空に昇る日はどんどん高くなっていく。涙を拭いてランチタイムに向けた準備を始めるトウヤだったが、ふとテーブルを見て途端に青ざめた。 「あぁーっ! 買ったばかりなのに!!」 しょうぶクロスには、飛び乗ったパモスケの茶色い足跡がくっきり付いていた。よく見ると、体も土埃や汗でかなり汚れ、しかもツンと鼻を突くニオイまでしている。トウヤが戻って来る前のガケガニとのバトルが原因だろう。他の面々を見ても同様に汚れている。ましてや立っているだけでも汗が滲む気温だ。 「オオウ……ムシムシとして……まるでサウナだな、少年……」 「何言ってんだよ! ムシムシどころかカラッカラで水が欲しいよ!」 ふざけたノリのパモカズに冷静なツッコミを返す。パルデアの夏は暑く乾燥するとはいえ、モフモフだと蒸れも凄そうだ。トウヤはバッグを開けて何かを探す。あったあったと取り出したのはスポンジとボディソープ、そして携帯シャワー。ランチ前だし、洗うのにも丁度いい頃合い。 「体をきれいにしてからご飯なー」 「あいよー」 スポンジに水を少し含ませ、ボディソープを泡立てる。いの一番にやって来たのはパモスケ。早速スポンジを押し当てて擦ると、モコモコ立つ泡に茶色が混ざり始める。ホイップ状に盛られた頭の毛を揉み解すように洗うと、どんどん汚れが出てきた。余り嫌がる様子もなく、そのまま体を洗ってどんどん泡に塗れていく。 「ぶわっ!」 くすぐったかったかパモスケが身震いして泡が飛び散った。それにもめげず洗い続けていると、明らかに異質な何かに手が触れた。パモスケはうっとりした目つきで、トウヤを見つめる。 「……そこはデリケートな場所だから、優しくしてほしいんだじょーん……」 「おえーっ!」 トウヤは青ざめて自分の手を念入りに泡立てた。携帯シャワーでさっさと泡を流す。体のくすみは取れて鮮やかなオレンジ色が蘇った。タオルで拭こうとしたら体を震わせて水気を撒き散らし、ボサボサな見た目になった。無論トウヤは存分に巻き込まれる。 「うわーおきれいになったじょーん!」 喜んで飛び回るパモスケを横目に濡れた顔を拭き、次はパモジを洗い始めた。実は兄弟の中で最も体が大きな彼。最も小柄なパモスケとの体格の違いは手指ではっきり感じられる。 「うっかりを装ってさりげなく&ruby(、、、、){やっても};いいんだぜ?」 キメ顔で「発展」を促す陽キャおっさんを無視しつつ泡で包み込み、シャワーで洗い流した。タオルを被せて水気を取り、パモカズと入れ代わる。交代するなり後ろ足で立ち上がった。 「ところで僕のコレを見てくれ。こいつをどう思う?」 「はーい事務的に洗いますよー」 やや乱暴に水を浴びせてからボディソープを泡立てて洗う。兄弟の中でも露骨にそのケが強いから、さっさと済ませようと洗う手指の動きが早まる。 「もっと僕らの体について知るチャンスじゃないか、少年」 トウヤの手に毛皮とは異なる触り心地を感じる。避けようと巧みに手を動かすが、パモカズも負けてはいない。それに追従するように体をくねらせた。 「ぎゃーーーーーーっ!!!」 突如響き渡る絶叫。「五割増しの((タイム先生「あらあら、わたしの授業をちゃんと受けていれば、前後の状況からどういうことかはわかりますよね?」))」ダメージを受け、泡塗れで蹲るおっさんの姿がそこにあった。 「バトルでそれは自〇行為なー」 シャワーでなく直接水をぶっかけて泡を流した。びしょ濡れで苦悶に満ちた表情を浮かべつつ見上げるパモカズ。 「その力加減のわからなさも青臭さが満ち溢れていいぞ、少年……」 「はい次ー」 まだ洗っていないパモゾウに向かって手招きするが、彼はやって来る様子もない。渋々トウヤから近づいて行く。 「ほら洗うぞ……びりびりびりー!」 無理やり持ち上げると電撃を食らった。露骨に嫌そうにしているが、トウヤも我慢して連れて行く。スポンジを押し当てようとしたらまたも電撃。それでも逃げ出さないよう体を掴む手に力を込めた。 「あぁ、そいつ汚れ好きだからな。滅多に体なんて洗わないぜ」 「ありのままの状態こそ自然ではないのですか!?」 「屁理屈言うな不潔インテリモドキ!!」 喚きながら放電したり引っ掻いたりして全力で抵抗するパモゾウの、余りに普段からかけ離れた様相に驚きつつも、体格差で圧してたっぷりのボディソープでゴシゴシ洗った。どす黒い汚れが、押さえ付ける手から滲む血と混ざり合い、なかなか立たない泡を染める。そして全身を水で洗い流すと、現れたのはオレンジではなくピンク色の体毛だった。 「あれ、色が違う!?」 「うう、隠しておきたかったのに……」 目を潤ませながら顔を隠すパモゾウ。彼はいわゆる色違いである事を教えてもらった。色違いはその外見から異形扱いされたり、果ては攻撃対象にされたりする事は流石のトウヤも知っている。罪悪感を覚え、手の引っ掻き傷がヒリヒリ痛んだ。 「ご、ごめうわやめっ!」 間髪入れずポケモンウォッシュで水気を含んだ泥の上に寝転がり、泥水を撒き散らした。電気タイプなのに大丈夫なのかというツッコミを入れても野暮だろう。 「……事情はわかったから、せめてご飯前は手をきれいにしてくれ」 「……わかりましたよ」 再び黒ずんだ見た目になったパモゾウが渋々頷き、シャワーの残り水で手を洗った。ポケモンウォッシュを終え、一部例外を除いてピカピカになった姿が、パルデアの真夏の太陽に輝いた。これでいよいよお昼ご飯に取り掛かれる。テーブルにバゲットや食材を置いていく様子を、パモ達も円らな目をらんらんと輝かせながら眺めていた。 #hr -サワロ先生のワンポイントアドバイス! 連れ歩きやレッツゴーで共に冒険するうちに、ポケモンはどんどん汚れてくる。そうなったらピクニックでポケモンウォッシュ! キレイになったらポケモンとの仲も深まるぞ! ただし、作中にもある通り、汚れ好きのポケモンもいるから注意しよう。また、ポケモンによっては洗われるのを嫌がる部分もある。それらを見極めることも絆を深めていくためには重要だな! #hr **4. サンドウィッチタイム! [#MJjyBDH] 所狭しと並べられた食材の数々に、パモ達があっと息を呑んでいるのが分かる。NOHARAの店員に聞き、有り金と引き換えに有りっ丈の食材と調味料を買って来たので、色々な組み合わせを楽しむ事が出来る。無論トウヤ自身も心躍らせていた。 とは言え選択肢が多いとそれだけ悩むのも必然。めいめいに食材や調味料を手に取って考えていると、パモカズが思い出したように何かを取り出した。 「そういえば、さっきのガケガニからこんなのをもらったんだが……」 それは輝きを発しているようにも見える、ハーブやスパイスみたいな植物だった。初めて見るそれに、トウヤも興味津々。 「舐めてみな、飛ぶぞ」 「まさかー」 半信半疑で舌を出し、葉っぱの切れている部分を舐めた。触れた部分から強烈な刺激が舌全体に広がっていく。 「かっれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」 トウヤは地面から跳び上がって口から火を噴いた。スコヴィランみたいだなとゲラゲラ笑われるが、スコヴィランを知らないトウヤには何が何だかさっぱりどころか、辛さで頭も回らない。ボトルに入れたおいしいみずをがぶ飲みして、ようやく治まる。 「オオウ、ここまで飛ぶとは驚きだな、少年。僕はここまで飛ばなかったから負けてはいられないなあ」 「その言い方やめて……てかよく平気で舐めれたなこんな辛いの」 すごいだろ、とドヤ顔をキメるパモカズはゆうかんな性格で辛い物好き。しかしこの辛さは苦手な性格でなくとも強烈だ。 「オイラも舐めたけど、後味が癖になるんだじょーん」 「後味?」 パモスケに言われ、口の中に独特の旨味のような物が残っている事にトウヤは気付く。即座にある考えに至り、パモカズからそのスパイスを貰う。細かく千切るなり、それを少量バゲットの上に乗せる。 「なるほど、味付けに使うのはなかなかよさそうですね」 次々に頷きながら眺める彼らの前で、今度は食材を乗せる。この辛さと旨味に合うならと、酸味と甘味の強いカットミニトマトを選んだ。 初めてのサンドウィッチ作りとあって、まずはシンプルに纏めてみる。数種類あるピックを並べて選ばせたら、おっさん共は満場一致でゆうしゃのけんピックを指した。地味に高いやつと苦笑いを浮かべつつも、仕上げのバゲットを乗せて剣で封印した。サンドウィッチ第一号、ここに爆誕! 我ながらいい出来だと、トウヤも満足げ。おっさん共は勇者になった気分で四匹一斉に剣を抜く。体の大きさ的にも丁度いいサイズ感も相まって、童心を更に強く呼び覚まさせる。早速振り回して勇者ごっこに興じ始めた。 「コラー! まだご飯前だってのに! 剣とサンドウィッチどっちか没収するぞ!」 トウヤの一喝でしおしおとテーブルに並ぶ四匹。剣を振り回していたパモジは肩を摩っていた。ナイフで適当な大きさに切り、小皿に盛り分けた。切り口からバゲットの香ばしさとスパイシーな芳香、そしてトマトの青々しい香りが漂う。 「いただきまーす!」 一斉に口に運ぶ。少し硬めのバゲットの歯触りと、遅れてミニトマトの瑞々しさがやって来る。舌に感じる強い辛味、それを絶妙に引き立てる酸味、そして甘味がスパイスの後味たる旨味をより強く感じさせてくれる。 「おいしいんだじょーん!」 「やるなオマエ!」 彼らからの絶賛の嵐にはにかみを見せるトウヤ。幸せな空気に包まれながらじっくり堪能し、これだけでも十分満たされて力が漲るような感じがした。ペロリと完食した所で、一旦テーブルを片付ける。 「こうやって同じ場所で同じものを食べる、これだけでも仲が進展していくのが感じられていいものですね」 「いやいや、これだけじゃまだ足りねーよ、やっぱ体で」 「はいはいどいたどいた!」 片付けの邪魔になる厄介者を振り払う仕草に、年相応の重い腰を上げながら渋々テーブルを降りた。 「ところでだ、少年……遊び道具とかないのか?」 「さっきの剣は?」 「飽きた」 ずっこけそうになる所をどうにか踏み止まった。めんどくせえおっさんと愚痴りながらも、ボールがあった事を思い出してバッグを開け、探し始める。その最中、パモ達が一斉に何かに注目する。 「ウマソウナニオイガスルゾ」 「スルゾ」 「むっ虫っ!?」 視線の先の存在を見て、トウヤの毛が逆立った。 「あれはシガロコですね。大きい上に私と同じ色違いで、しかも二匹……しかしこの辺にいないはずなのになぜ?」 パモゾウは首を傾げる。サンドウィッチを食べると食材や調味料の組み合わせにより様々な効果、即ち食事パワーが得られ、今回現れたシガロコもその条件に合致した個体だった。 とは言え生息域でないのにどういった理由でここにいるのかは定かではないが、以上の事象をパルデアビギナーのトウヤは分かる以前に気付いてすらなく、パモゾウはあくまでポケモン。人間の食文化の詳細に関しては余り聡い訳ではない。残りのパモ達にとってはそんな事などどうでもいい様子。 「ちょうどいいとこに来たな!」 遊びに飢えていた時分。シガロコに駆け寄るや、パモカズとパモジが転がしていた玉を取り上げてはしゃぎ始める。それは黄金の如き輝きを放っていた。見ず知らずのおっさん共に玉を奪われ、途端に困惑する二匹。 「いい仕事してますね~」 輝きと真球振りに、パモゾウが唸る。 「ところで僕のきんのたまを見てくれ、こいつをどう思う?」 「すごく……大き」 「よい子が見てたらどうすんだーーー!」 諸般の事情で必死に遮ったトウヤに視線が集まる。玉を持つ小さな手が伸ばされた。 「よし! これを君にあげちゃおう! おじさんのきんのたまだからね!」 「もう一個あげるぜ! だってきんのたまだからな!」 「ありが……ってさっさと返せーーー!!」 金欠でお宝を売ってしまった手前、つい手が出そうになるのをどうにか理性で押さえ込んだ。ふう、と息をついたのも束の間、トウヤはさり気なく生じていた異変に気が付いてしまう。 「オ……オ……」 シガロコの小さな体がブルブル震えている。トウヤは特性きけんよちでもないのに悪寒が走った。返しに行けと小声で急かすが、逆にお前が行けと言われ、汚れ役の擦り付け合いが始まった。進展の見込めない不毛なやり取りばかりが続く中、とうとうシガロコが憤怒した。 「オレノタマ」 「タマーーーーーー!!!」 「変なとこで被せるなぁぁぁぁぁ!」 違う意味でトウヤは頭を抱えて絶望した。パルデア地方にタマタマ系統が生息していないのは幸か、ないし不幸か。 それはさておき、とうに痺れを切らしたシガロコ達は、とびかかるで一気に距離を詰め、玉を取り戻そうとマッドショットで攻撃を仕掛けてきた。流石にパモ達も血相を変えて金色に輝く玉を彼らに投げ渡し、それを上手にキャッチしてシガロコ達の攻撃が止んだ。 臍を曲げて玉を転がしながら去っていくシガロコを呆然と見つめるトウヤ。その鼻が言葉にし難い悪臭を捉えた。それは明らかにパモカズとパモジから発せられていた。 「お前らなんかにおうんだけど」 「そうか? 言われてみりゃ確かに」 体中を嗅ぎ回る彼らはまた後で洗い直しだ。じゃあどこからニオうんだと首を傾げていたら、いつの間にか抜け出していたパモスケが、シガロコの後を追いかけていた。 「ナンダヨ」 「ダヨ……」 周囲をぐるぐる回りながら鼻を鳴らす。それはやがてあの黄金の玉に行き着いた。 「うん この香りだあーーーーーっ!! &size(8){だじょーん};」 「ウ〇コ言ウナーーー!!」 「ウ〇コーーー!!」 満面の笑みで正体掴めたりと思いきや、怒りのマッドショットを食らい、大慌てでボルトチェンジ。 「よろしく頼むじょーん!」 あわやあんな代物を受け取ろうとしていた事に背筋を凍らせているトウヤが、怒り心頭のシガロコ達の前に引きずり出された。無論出た所でどうしようもなく、トウヤも必死に謝ってその場を逃げ出した。シガロコ達は姿を消し、彼らはようやく安堵した。 #hr -ペパーのワンポイントアドバイス! さり気なく調味料に使ってるけど、それってひでんスパイスじゃねえか! そんなのもらえるなんてラッキーちゃんだぜ! ひでんスパイスは五種類あって、滅多に手に入らないから、手に入れたときは大事に使って欲しい。その分得られる効果もつえーぞ! なんてったって大怪我したオレのマフィティフが、ひでんスパイスのお陰で今や元気マンマンちゃんだからな! ……ってめっちゃムズいテラレイドバトルでゲットできるかもしれねえのか!? 激ヤバちゃんじゃねーかよ! マフィティフ! オレたちもテラレイドバトルにレッツゴーだ! #hr **5. ピクニックでみんな仲良くしよう [#70ElNrX] 先程のシガロコとのドタバタのせいで、トウヤはすっかり気が抜けて座り込んでいた。一方のおっさん共はというと、余計な事をしでかしたパモスケをおちょくりつつ、笑い混じりに振り返っていた。 「なんだ、せっかくの色違いなのにお近づきもできないなんて、情けないぞ、少年」 無論ちょっかいはトウヤにも向けられる。今まで心の奥に押し込めていた物が、ふつふつと沸き上がってきた。 「……なんだよ! 元はといえばお前らのせいだろ!! もうサンドウィッチ作ってやんねー!」 怒りに任せて喚き散らし、椅子に座って彼らに背を向けた。完全に固まるパモ達。賑々しかった場は途端に静まり返り、吹き抜ける風の音しか耳に入って来ない。 しばらくすると、ひそひそと話し声が聞こえてきた。それでもトウヤは一切振り返らずに昼下がりの青空をじっと見つめていた。 ふう、と零れる溜息。何でこんな事になったんだろう、と自問自答を繰り返していた。彼らから離れた方が楽になるんじゃないか、そう考えたりもしたものの、彼らとの出会いを振り返ると、そう易々離れる事も難しい。トウヤはますます気が滅入るばかりで、昼下がりの熱気に噴き出す汗が流れていく。いつしか話し声も聞こえなくなった。 余りに静か過ぎる空間に覚える違和感。トウヤは初めて振り返った。そこにいる筈の姿が忽然と消え失せていた。まさかと思って目を擦ってから見開くが、やはりあの憎たらしくも可愛げなおっさん共の姿はなかった。 「嘘だろ……こんなとこでぼっちかよ……!」 喜ばしい筈なのに、途端に胸騒ぎを覚えて狼狽する。結局独りでは不安に駆られて何も出来ない弱虫。残酷なまでに現実を突き付けられ、トウヤは口元を震わせた。 「ちくしょう……こんなの詰みゲーじゃん……」 現状他に頼る伝もないトウヤは座ったまま蹲る。すると突然足に何かが当たった。 「……ごめんだじょーん」 「パモスケ……!」 見たくもないのに、いてもらわないと困る。感情の&ruby(パラドックス){矛盾};が押し寄せてきて、トウヤの目から零れ落ちた滴が乾いた地面を濡らす。 「オイラたち、ちょっとふざけすぎてキミを嫌な気分にさせちゃったんだじょーん……それは反省するんだじょーん……」 「まったくだよ……!」 言葉では強がっていても、零れる滴は止まる所を知らない。見上げる円らな瞳の輝きは、滲みながらも妙に引き込まれるようにトウヤは感じた。 「キミがいてくれたから、オイラたちも今まで見てるばっかりだったピクニックを初めて楽しめたし、キミに感謝しなきゃいけないのに……」 「バカ、ずるいよパモスケ……」 小さな体をぎゅっと抱き締める。高い体温に乗って、ほんのりボディソープの香りがした。何を考えているのか分からないパモスケが持つ、兄弟一純粋で優しい心に初めて触れられたトウヤ。言葉を発さず、ずっと抱擁したままだった。 「遅くなってすまなかったな、少年よ!」 背後から聞こえた耳馴染みの声。必死に顔を拭って振り返ると、小さな腕に煌めく物を抱えた三匹のパモがいた。トウヤは目を疑った。 「嘘、これって……」 「大事なお宝を売ってまでピクニックの準備をしてくれたんだからな。それにちゃんと報いなきゃ筋が通らないぜ」 「それをふざけて台なしにしてしまった僕たちの責任は重い。本当に、すまなかったな」 「残念ながらあなたが持っていた物には価値が及ばないかもしれませんが、これが精いっぱいでした……あ、ちゃんとみんな手は洗いましたよ」 トウヤに差し出されたのは、ほしのかけら、きちょうなホネ、そしてほしのすながいくつか。ばつが悪そうな笑顔の輪郭が次第にぼやけていく。 「っ……お、俺のために……!」 腕で顔を覆い、トウヤは震え出す。彼らの手から直接受け取り、大事に懐にしまった。 「物の価値なんてどうでもいい……お前たちの思いだけで十分それ以上の価値があるんだから……俺も、まだまだお前たちのこと、わかってなかった……!」 「少年……!」 涙涙の仲直り。パモカズ達も駆け寄ってトウヤの足に抱き着く……かと思いきや。 「いたた! 腰が……!」 「肩が……!」 途端にぎこちなくなる動き。パモゾウが溜息をついた。 「変に動くとすぐこれです……数年前はまだ平気でしたのにね」 「……ったく、無茶してもう……! ほら、こっち来いよ」 トウヤが見せた、くしゃくしゃの笑顔。指先で小さな肩や腰をマッサージすると、彼らは気持ちいいのか、これまたおっさん臭い声を漏らした。力加減が気に入ったようで、入れ替わり立ち替わりマッサージをせがまれる。いつしかそこにパモスケも加わっていた。 パルデアにやって来て彼らに出会ってから、初めて自分をちゃんと必要とされたように感じて、トウヤの心は真上に広がる青空の如く晴れやかだった。 程よく体が解れたパモ達は元気を取り戻した。ふと思い出したように、トウヤはバッグを開けて中に手を入れた。 「そういえばボールも買っといたんだけど、遊ぶ?」 「お、いいな! &ruby(や){遊};ろうぜ!」 一斉にボールに群がるパモ達。彼らが全員中年である事を考えなければ、微笑ましい光景である。早速ボールを転がし合って遊ぶ。椅子に座って眺めていると、その足元にボールが転がって来た。一緒に遊ぼうと誘われ、トウヤもしゃがんで加わった。 小さな体に合わせて加減しつつ、めいめいに向かって転がしては、飛んできたボールをキャッチする。その繰り返しではあるが、今までのギスギスした雰囲気が嘘のように和やかだった。 パモスケが勢いよくボールを飛ばすと、それはトウヤの頭上を越えていく。バウンドしたボールをパモカズが走って掴んだ。そしてしゃがんだトウヤの股座をボールが転がっていく。 「……ひゃっ!?」 トウヤは突然の妙な感触に鳥肌を立てた。 「……少年はコッチのボールでは遊ばないのかい?」 真夏にも関わらず、強烈な寒気を覚える。残りのパモ達も、ニヤつきながら近づいて来た。 「……やっぱこいつらとこれ以上仲よくなりたくねぇーーーーーっ!!!」 哀れな少年の悲痛な叫びが、今度は澄んだ昼下がりの夏空に響き渡った。 #hr -サワロ先生のワンポイントアドバイス! ピクニック中に話しかけたりボール遊びをしたりすると、どんどんそのポケモンと仲よくなっていくぞ! ポケモンとの絆が生まれると、バトルで倒れずに持ちこたえたり、自力で状態異常を治したりもするのだ。泣けてくるだろう? ただし、通信対戦等では絆の力は通用しない、完全なる実力勝負になることは忘れないでくれたまえ! 余談だが、崖際でのボール遊びはやめていただきたい。取り返しのつかないことになっても、ワガハイは責任を取れないからな! #hr **6. 食べ物に釣られてやって来た者 その1 [#GRlKIWT] じゃんじゃん遊ぶと小腹も空いてくる。トウヤがサンドウィッチを作ろうかと呼び掛けると、待ってましたとばかりにテーブル周りに集うパモ達。携帯シャワーで順々に手を洗ってから、食材を出して準備に掛かった。そんなトウヤの前に出されたのは、ガケガニのはさみ。 「さっさと食べないと腐ってしまうぞ」 「食べないとって……これはさすがに火を通した方がよくない?」 取れてから少し時間が経った状態だと鮮度はやや落ちているだろう。種族によっては平気だろうが、パモがそれに該当するかはトウヤには解りかねた。するとパモゾウが一つ提案を出してきた。 「魚のような風味がするでしょうし、以前人間が食べていたのを見かけたアヒージョ? っていうのはいかがですか?」 「あひーじょ?」 「少なくともアマージョではありませんよ」 「うん、それは大丈夫……」 聞き慣れない名前に、トウヤは首を傾げた。人間が野外で作っていたのは全員見ていたようで、食べたそうにしている。 「どうやって作るかわかる?」 「ええ、確か大量のオリーブオイルに、具材とハラペーニョとアホと、塩コショウそれぞれ少々を入れて、火でぐつぐつ煮込んでましたね……」 「ふむふむ……アホ?」 またも飛び出した聞き慣れない、と言うより耳触りのよくない言葉に疑問符が浮かぶ。スンスン、と鼻を鳴らすパモゾウ。 「さっきから気になってましたが、あなたの方からアホの香りがするんですよね……」 「は?」 眉間に皺を寄せ、語気を強めた。 「そうそう、トウヤなんだかアホくさいんだじょーん」 「ひとに向かってアホアホ連呼すなーーーーっ!!」 流石にこうも言われては機嫌を損ねるのも致し方なかろう。早まるな、とトウヤを宥めたのはパモカズ。とことこバッグへ歩き出し、開いた口に上半身を突っ込んだ。 「&ruby(Ajo){アホ};とはこれのことだぞ、少年」 小さな手に取られた物を見て、トウヤは途端に笑い出した。 「なーんだ、ガーリックのことか! パルデアだとアホって言うんだ、へー」 これでトウヤも納得の様子。イッシュ地方ではガーリックと呼ばれているニンニクは彼の好物でもあり、正式なサンドウィッチの食材ではないものの、隠し味に活用しようと思って買っておいた物だった。 「モノは試しで作ってみようぜ!」 パモジが胸を躍らせて身を乗り出す。材料は揃っているし、付け合わせで出されていたというバゲットも、サンドウィッチ用に沢山用意していたので好都合。ピクニックセットに小鍋とガスバーナーもあるので、作らない選択肢などまるで考えられない。 「よーし腕を振るうか!」 奮起するトウヤに、おっさん達の黄色い歓声が浴びせられた。サンドウィッチという趣旨からは逸れるが、そこは気にしたら負けな気がする。 記憶力に長けるパモゾウの助言を基に、トウヤは料理に取り掛かる。まずは面倒なはさみの下ごしらえ。食べやすいようにナイフで節の部分を切断して、殻に切れ目を入れて中に詰まった肉を食べやすくする。この時点でも独特の香りが漂ってきて、食欲をそそられる。このままでは地味だからと、赤と黄のパプリカスライスも用意した。 そしたら今度はオリーヴァも納得のセルクル産エクストラヴァージンオリーブオイルを小鍋にたっぷり注ぐ。味の要になるニンニクはナイフで輪切りにしていく。トウヤが塩を手に取ろうとした刹那、待てと制止が掛かった。 「ちょうどいいヤツが来たぜ」 食材の香りに釣られてか、コジオが一匹こちらへやって来た。コジオの分泌する塩は確かに、市販の物よりも旨味が優れていると聞いた事があった。料理指南役のパモゾウを除く三匹が、一斉にコジオの元へ駆けて行く。 「あ、かわいいパモさん」 コジオはのほほんとした雰囲気で彼らに話し掛けた。 「やあ少年! 僕たちとピクニックで真夏のように熱い経験をエンジョイしないか?」 端から見ていたトウヤは、今まで自分に向けられていた「少年」という呼び名を、自分以外の誰かに用いている事に複雑な感情を覚えていた。 思い切ってパモゾウに訊いたら、一生添い遂げると決めた者しか名前で呼ばない拘りがあるらしい。縁のないだろう者からすれば、正直どうでもいいと言うか紛らわしい事この上ない。 「ピクニック? 人間たちがやってる?」 コジオは首、否、全身を傾げる。 「――そうだじょーん。おいしいものが食べられて、なおかついいこともできるんだじょーん」 パモスケお得意のつぶらなひとみで、コジオをこちらの世界へ誘惑しに掛かる。 「いいこと……あ、ちょうどいいや。ちょっとボクのお願い聞いてもらえる?」 「どうぞ何なりと!」 パモジが爽やかな笑顔で答えた。コジオは後ろを向いて、キノコの柄のようになっている白い部分を彼らに見せた。 「ここがかゆくてさぁ……ボクひとりだと掻けないから掻いてもらいたいなぁって」 「お安い御用だ! ところでだ、少年。アホはまだあるか?」 「ん? あるけど」 ぶっきらぼうな調子で答えるトウヤ。無論、先程の「少年」は彼に向けられたものだ。嫌な予感が過りつつも、パモカズにニンニクを一片手渡した。足取り軽く再びコジオの元へ走って行く。 「よし、これで刺激してやるからな。準備はいいかい?」 「うん、いつでもいいよ」 コジオは岩タイプらしい動きでこくんと頷いた。痒い所にニンニクを押し当てる。ん、とコジオの声が小さく漏れる。円を描くように動かすと、角張った体がピクンと跳ねた。 「あっ、あ、そこ……」 がんえんポケモンに似つかわしくない甘い声を漏らして、既に悦に入っている。ジャリジャリと音が立ち、徐々に濡れていくのが見える。 「どうだい、僕のテクは?」 「あぁっ……いいとこ、当たってるぅ……!」 目の前で繰り広げられる快楽を伴う行為を目の当たりにして、トウヤは一気に青ざめる。水気を含む半固形状の物が、コジオのスイートスポット周辺に生じ始めてきた。 「こんな感じでいいかい?」 「んあ、んっ……もっと、激しくぅ……!」 「じゃあ、もっと激しく&ruby(す){擦};るよ……!」 パモカズの動きがより派手に、かつ大胆になった。コジオは絶えず身震いして、途切れ途切れに掠れた声を発しつつ喘ぎを激しくしていく。コジオの体から流れ下るドロッとした物を零さないように、パモジとパモスケが小皿で受け止める。 「あっ、はぁん! き、気持ちいい……!」 次第にコジオの声量が増す。 「い、いい加減にしろぉぉぉぉぉ!!」 トウヤの絶望の叫びは一時の体験に興じる彼らには届かず、虚空に響き渡るのみに止まった。 「アアア……熱いなあ……少年の肌を、汁が伝っているぞ……」 少年という言葉が自身に向いていないにも関わらず、トウヤは言い知れぬ吐き気を催した。無意識の内にベタベタにラベリングされた効果が、このような形として顕在化したのである。側にいたパモゾウは彼らの行為を止めようともせず、ご機嫌で観賞に徹していた。 「あぁぁ……! だめっ! 熱くて、気持ちよすぎてぇ、トんじゃいそぉ……!」 甘美な喘ぎ声が、次第に震え出す。ぐしょぐしょに濡れた部分から、一連の行為の佳境が差し迫る兆しをツンと強くニオわせる。 「オウッ! 僕もそろそろ限界だよ……っ!」 パモカズも、集まりつつある熱((動かし続けた腕(前足)の熱と摩擦熱の事だよ!))と、自身の余裕のなさ((ニンニクが擦り減ってきて掴みづらくなった事だから!))を実感していた。 彼らの触れ合う部分から滴り落ちる塩気の強い物は、既にかなりの量となっていた。コジオはガタガタと身を戦慄かせ、パモカズは汗を垂らしながら歯を食いしばり、震えながらも必死に耐えている。 「もう、駄目だ……! イッパツ、食らわすぞッ!! ウオォォォォッ!!!」 「やぁっ! ボクもっ! いっ、いっちゃいますぅ!! ゴッ、ゴートゥーヘヴーーーーーン!!!」 ブジュッと一際大きな音が立ち、欲に塗れた行為は仰々しい終焉を迎えた。彼らが作り出した強烈な臭気を放つ濃厚なエキスは、コジオの身を伝って小皿の上に大量に溜まっている。呼吸の整い切らないまま、地面に倒れ込むパモカズとコジオ。ぐったりしつつもその表情は爽快感に満ち溢れていた。 「やったなアニキ! たっぷり採れたぜ!」 「さすが非公式特性テクニシャンのパモカズ兄ちゃんだじょーん!」 長男の偉業を手放しで称える弟達。 「おかげでかゆみが取れたよ……。本当にありがとう、パモさん」 コジオもすっかりご機嫌で、相互に臨んでいた事が完璧なまでに実っていた。 「これでおいしいアヒージョが作れること間違いなしです! ですよね……おや?」 ご機嫌なパモゾウの目に留まったのは、泡を噴いて倒れているトウヤだった。 「……おやおや、あなたがガケガニにでもなってしまわれたのですか?」 一連の出来事をしでかした者達が、無様な醜態を晒す少年をぐるりと囲んで凝視していた。しばらく観察していると、呻きながらもぞもぞ体が動く。トウヤは目を覚ました。 「ううっ……頭が……」 苦悶しながら頭を押さえる。酷い頭痛に見舞われているようだ。目線を上げ、ぐるりと見回したトウヤはつと跳び上がった。 「うわぁぁぁぁっ! やめろぉぉぉぉぉ!!!」 「どうした? なんか変な夢でも見たか?」 「夢!? 夢……そうであることを祈るよ……」 目をぱちくりさせてから、大息をついた。彼らは未だにトウヤをじっと見つめている。はっと本来の目的を思い出した。 「あぁ……アヒージョ作るんだったな……はぁ」 下ごしらえとオリーブオイルまでは完了している。あとはそこにハラペーニョとニンニク、塩を入れて火を点ければいいようだ。輪切りのニンニクを入れた所で、パモジとパモスケが入れる具材をトウヤに確認したり提案したりする。小鍋から彼らに意識が向いた所で、共同作業の産物をパモカズがこっそり投入した。 「さて、塩、塩と……」 「早く食べたいからこの小さい何かに入るくらいの量を入れておきましたよ」 「ほんとに?」 置かれていた小匙とそれを指すパモゾウを交互に見つつ、半信半疑で鍋底に溜まった物を指先でかき混ぜてから味見する。 「あ、ちゃんといい感じにしょっぱい。ありがとうパモゾウ」 「いいえ」 トウヤに見せる笑顔の陰で、ほっと胸を撫で下ろした。トウヤの一存で折角の料理を没収されたくないがための、息の合った兄弟プレイが実を結んだ瞬間だった。 ガスバーナーの炎で小鍋を熱すると、少しずつニンニクの色が変わり始める。このタイミングで具材を入れていたと振り返るパモゾウの言う通りに、具材を投入した。 具材由来の水分が鍋底に染み出し、ガケガニの甲羅が徐々に鮮やかな赤色を呈していくのは、眺めていても心が躍る。パプリカが完全にしんなりした所で火を止めてコショウを塗し、トウヤオリジナルのガケガニ・アル・アヒージョが完成した! 四兄弟とコジオ、それぞれに小皿に取り分ける。その過程で立ち上るオリーブオイルとニンニクによる芳香が、小腹を空かせた彼らの食欲を大いにそそらせる。一皿ずつテーブルに並べる度、まだかまだかと一斉に目を輝かせていた。 全部出揃い、ようやく訪れた待望の一口目。程よく解れる身を舌に乗せた瞬間、ニンニクの風味とハラペーニョの辛味、絶妙な塩気、パプリカ由来の甘味を伴い、凝縮されたガケガニの風味と旨味がオリーブオイルを伴ってぶわっと広がった。うまいうまいと飛び交う午後の食卓。ゲストのコジオも大満足。ましてやパモカズに発散してもらった後ならば、その美味しさも一入であろう。 食べ終えて残ったオイルは、バゲットに染み込ませて噛み締め、無駄なく堪能した。オイリーな料理でありながら、中年のパモ達も残さず平らげたのを見て、トウヤは満足気にしている。あの一件さえ思い出さなければの話だが、既に美味しい思い出に上書きされてその心配はなさそうだった。 #hr -宝食堂店主のワンポイントアドバイス 街中にある食堂やレストランで食事をしても、ちゃんと食事パワーを得られるよ。サンドウィッチ作りが苦手だったり、手っ取り早くパワーを得たいなら、是非活用してちょうだい! ただし、強いパワーを得たいならそれ相応に高い店で食べなきゃ駄目だからね。 ……そういえば今日も裏メニューについて聞かれたよ。勿論門前払いさ。 #hr **7. 食べ物に釣られてやって来た者 その2 [#17LE3AS] 棲み処に戻らなければいけないコジオとはこの場で別れ、ピクニックを通じた一期一会を&ruby(エン){縁};ジョイした。しばらく満腹感に浸ってのんびり過ごす。吹き抜ける風に乗って、遠くから刺激的な音が耳に届いた。徐々に大きくなるそれに、パモ達は一斉に耳を動かす。やがてその主が遠くから姿を現した。パンクポケモン、ストリンダーだ((実はこれも食事パワーの賜物))。 高音域が得意なハイと低音域が得意なローの二匹が、胸の突起を鳴らしながら並んでポテポテ歩いて来る。やがて彼らはテーブルの前で立ち止まり、クンクン匂いを嗅ぐ。 「うまそーなにおいを辿ってやって来たら、ピクニックだったか! なぁ兄弟」 「……じゅるり」 陽気な雰囲気のハイと大人しくて無口なロー。どちらも食べ物を期待している様だが、あいにくさっき作ったアヒージョは完食。何か作ろうかとトウヤが尋ねたら、ハイは突起を鳴らして喜び、ローはニタァと笑った。 折角やって来たお客さん。美味しいサンドウィッチを食べさせてあげようと食材選びを始める。あれこれ組み合わせを考えていると、ビリビリ感じる音色が再び耳に入る。目をやると、ストリンダーの演奏をパモ達が興味津々に眺めている。ピクニックを通じて、異なる種族のポケモンが出会い、交流するのは実に面白いもの。サンドウィッチに使う食材を絞っていきながら、その光景を微笑ましく眺めていた。 「僕らもその突起に触ってみていいかい?」 「お、いいぜ! なぁ兄弟」 「……俺は遠慮させてくれ」 「しょーがないな! かわいいオレ好みのオスたちのためだ、一肌脱いで触らせてやるぜ」 おっさん達の無茶なお願いへの反応にも性格が如実に表れる彼ら。ローは少し離れて傍観し、さり気なく嗜好を暴露したハイ一匹で胸を開放した。小さな体で飛び付く四匹。めいめい胸へと這い上がり、紫色の突起に小さな手を触れる。やや調子外れな高い音がトウヤの耳にも聞こえてきた。 「ハハハ! まぁシロートならそんな感じよな!」 おっさん達の拙い演奏を爽やかな笑顔で見守るハイ。長い半生でもそう易々と経験できないんだろうなと、バゲットに調味料を塗りつつ思い耽る。すると突然綺麗なメロディが流れ出した。 「すげー! 流石にビックリだぜ!」 舌を巻くハイの横で、細目がちだったローも目を真ん丸にしていた。 「素晴らしい演奏です! やりますねパモカズ兄さん!」 「自称テクニシャンは伊達ではないぞ、パモゾウよ!」 大丈夫かな、と一抹の不安が過るトウヤ。それでも秀逸なメロディは作業をスムーズに進める助けとなる。サンドウィッチ作りはいよいよ具材重ねの大詰めを迎えていた。 ミヨ~~~ン 「ヒャァッ!」 突然の奇妙な音色と甲高いハイの声に驚き、具材を置く場所が大きくずれてバゲットから派手に崩壊する。台なしになった手元に落胆しつつ音のする方を見やると、パモカズが胸の突起に頬擦りしていた。ハイは蕩けた表情で震えている。 「そっそれはやめっアハァン!」 他のパモ達も真似して突起にほっぺすりすりを繰り出し、あの音色が立つと同時にハイが身悶える。隣にいるローは頬を赤らめていた。 「アッそこの突起はダメッヒャウッ!」 「お前らいい加減にしろ!」 トウヤの一喝で一斉に動きを止めるおっさん達。その隙にハイが小さな彼らを捕まえた。 「よくもやってくれたな!? オレ好みだからこそ、その体に教えてやるぜ! 本物のテクニシャンの底力をよ!」 一転攻勢で手指を巧みに使って四匹同時に刺激するハイ。途端に四匹はその虜となった。電気的なメロディの代わりに流れてくるのは、おっさん共の野太い喘ぎ声。少なくともトウヤにとっては得しないどころか害悪でしかない。 教育に悪いとぼやきつつ、さっさと食べさせてお帰り頂こうと急いでサンドウィッチを作り上げた。それを二つに切り分けて、足早にストリンダーの元へと届ける。ハイはそれを目にするや、四匹を解放した。彼らは完全にハイにメロメロになっていて目も当てられない。彼らが喜んでサンドウィッチを食べている間に、頭の毛にデコピンして次々と正気に戻した。 ストリンダー達は食べ終えて満足そうにしているが、中々帰ろうとしない。まだ食べたいのかとトウヤが怪訝そうにしていると、ローがゆっくりと歩み寄る。パモ達を次々見つめてから視線を逸らし、頬が赤くなる。 「俺にもやってくれ……気持ちよくなりたい……」 「お安い御用だじょーん!」 再び起こる惨状を目の当たりにしたトウヤは手で顔を覆い、血の気が引いた。勝手にしやがれとすてゼリフを吐き、彼らに背を向けて椅子に座り、耳を塞いだ。やっぱり〇モは嘘つきだ、と素早さが自慢の誰かから聞いた事のある言葉が脳裏に浮かんでいた。 詳細は省くが、ローとの戯れは実に一時間程にも及んだのだった。 #hr -サワロ先生のワンポイントアドバイス! 諸君はサンドウィッチの具材を置く際に上手く乗せられず、崩してしまうなんてことはないだろうか? 食材によって崩れやすいものとそうでないものがある。チーズやハムなどの薄い食材は崩れにくいが故、何枚重ねても大丈夫な場合が多い。逆にポテトサラダなどの分厚いものは取り扱いに注意したまえ。 ……何? 最後にパンを乗せない不届き者がいるだと? けしからん!! #hr **8. 食べ物に釣られてやって来た者 その3 [#AROSA3Z] トウヤは怒りを滲ませながら、四匹を次々と洗った。多少ラフにしてもボディソープの効果は凄まじいもので、ツヤツヤピカピカになった。 「……もう知らない。泣きながら仲直りしたアレは何だったんだよ……」 「別にやってきたヤツらに迷惑かけてないけどな?」 「そもそも好きで向こうからやってきているものだからなあ」 彼らの言葉から窺える根本的な認識のずれ。それはトウヤとパモ達との嗜好の違いも少なからず影響していると思われる。 溜息混じりに見上げると、空は次第に日暮れの色を帯びつつあった。これ以上やっていても恐らく溝は深まるばかりだろうと思い至り、後片付けをしようとテーブルに目を向けた刹那、信じ難い光景が飛び込んできた。 「おいっバカ! 何勝手に……!」 なんとおっさん共が見様見真似でサンドウィッチを作ってしまったのだ! しかも中身は大量のピーナッツバターとライスてんこ盛りで、炭水化物の暴力――脂質を添えて。 取り上げようと手を伸ばしたが、四匹で力を合わせ、取られまいと素早さに物を言わせて&ruby(かわ){躱};し、消耗した体力を補うように爆速で平らげてしまった。 トウヤはテーブルに大きく手を着き、溜息混じりに項垂れた。これでもし誰か来たらどうするつもりだよと言うが早いか、またもや誰かがやって来た。 「ウホッ、いいオス……」 「げ、ヤルキモノ……!」 トウヤは即座に直感した。これまでやって来たどのポケモンよりもヤバい事を。しかも現れたのは一匹だけではない。どう言う因果か、どれもこれもソッチのケをムンムンさせていて、途端にむさ苦しい空気に包まれた。 「オオウ……とんだ真夏の夜の夢を見させてくれそうな者たちではないか、少年」 「いえ、彼らの特性は『やるき』、つまり寝かせてはくれませんよ」 「ってこたぁ夜遅くまでハッスルできるってことだな!」 「なんだかドキドキするんだじょーん……」 胸を躍らせる小さな体に対し、大きな体は怯えて委縮していた。 「お、オメーら『ヤるき』ムンムンしてんな! なら話は早い!」 ヤルキモノの一匹が、眼をギラギラさせている。何がそうさせているのか原因はあるのだが、この場にいる者達は悉くそれが解らない。それ故に、トウヤが抱く恐怖は自ずと増幅される一方。 「ちっせえ体でもいいことはできるな。よろしく頼むぜ!」 ノリノリで応じるパモ達を横目に、トウヤは物陰に隠れた。必死になって気配を殺し、耳だけを頼りに状況を捉えようとする。すぐ傍で事に及ぶ物音と発せられる声が、喧しく両耳を蹂躙する。逃げ出したくなる衝動を押さえ付け、兎に角耐えた。 初めは五月蠅かった物音も、徐々に鳴りを潜めていく。めいめい異なる場所で第二ラウンド、第三ラウンドに至っているのだろう。やがて周囲は完全に静まり返った。恐る恐る顔を出して入念に周囲を見回す。危険な存在は確認出来ない。それでも慎重に慎重を重ねて、足音を立てないようこの場を後にする。 大枚を叩いて買ったピクニックセットは、この際後で取りに来るしかない。後ろ髪を引っ張られる心境だったが、その場を後にした。 ''――否、確かに引っ張られている!!'' 「はい、捕まえたぁ~♪」 背後から伸ばされる太く白い腕と、耳元で囁かれる不気味な渋い声。ぞわわっと全身の毛が逆立ち、トウヤの中で何かが崩れる音がした。恐る恐る振り向くと、ヤルキモノのむさ苦しいニヤけ顔が、眼前に迫っていた。 「は、放してください……」 蛇に睨まれた蛙の如く力が抜け、半べそで震える事しか出来ない。 「怖がんなよ。そのうち楽しくなってくるからよぉ」 目を細めて舌なめずり。トウヤの目から途端に生気が消失した。ヤルキモノの逞しい肉体が、一層強く押し当てられる。 「好みの年頃じゃねえか……悪いようにしねえから、存分に俺様と楽しもうぜ」 「いっいやぁぁぁじゃれつかないでぇぇぇ!!!」 トウヤの絶叫は、満天の星が煌めく夜空に吸い込まれて行った。絶対あんな奴らとは縁を切って、新たな仲間を見つけてやる。終わりの見えないように錯覚する地獄の時の中で、トウヤはこれまでになく強い決意を抱いた。 **9. エピローグ [#hykSQOI] 昇る朝日の眩しさで、瞑る瞼に力が入る。ゆっくり目を開けると、昨日ピクニックセットを置いた荒れ地に相違なかった。すぐ横には小さなおっさん四匹が、未だぐっすり眠っている。起き上がろうとすると、全身に鈍い痛みが走った。思い出したくもない出来事が脳裏を過り、必死に頭を振って忘れようとした。 ボロボロの体に鞭打って、ピクニックセットを片付けようとテーブルに近づいた。ふと目に入ったのは横に置かれたバスケット。布が被せられているが、それは不自然に盛り上がっていた。不審に思い、布の端に手を掛けて恐る恐る取った。 「……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!?」 朝っぱらからの大声に、熟睡していたパモ達が一斉に目を覚ました。起き上がるなり、肩や腰を摩る。 「何だい朝っぱらから……」 「うるさいじょーん……」 「見て……これ……!」 震えの止まらないトウヤの指の先にある物を、寝ぼけ眼で見つめた。その眠気は、漏れなく吹き飛ぶ事となる。 「タマゴじゃねえか!!」 「いや、タマゴですよこれは!」 トウヤが震えている理由をやっと把握した彼ら。バスケットの中には殻の模様の異なるタマゴが二個入っていた。けれど皆釈然とはしない。何故なら、ゆうべのおたのしみにメスの存在や介在など一切合切なかったからである! 「どう説明すればいいんだよこれ……」 「ウウム……僕らに聞かれても困るなあ」 「とりあえず孵してみたら何かわかるかもしれないんだじょーん?」 「ま、そしたら少なくとも誰が産んだガキかは絞れそうだな」 謎の多い状況とは言え、このまま置いていても仕方ないので、割れないよう注意しながらタマゴ入りのバスケットを安全な所に移す。そしてようやく出しっ放しだったピクニックセットを片付けた。 タマゴはクッション代わりに掻き集めた木の葉で覆って一緒に棲み処へと持ち帰る。寝床に使っていた藁の一部を整えて、そこにタマゴを安置した。これから生まれるであろう生命に、ワクワクとドキドキを隠せずにいるパモ達。それとは対照的に、トウヤの思いは複雑だった。 「いざこうして見ると、何が生まれるか楽しみになってきたぞ」 「もしパモが生まれたら、トウヤが認知すりゃいいぜ」 「えーなんで……やだよそんなの」 「子供が生まれたらもっとオイラ達と進展するんだじょーん」 絶望の中であの決意をした手前、進展や発展という単語は最も聞きたくない言葉だった。兎に角認知はしないと、パモ達に対してトウヤは頑なに言い張った。 「もし生まれるのがパモじゃなかったとしたら、いったい何だろうな?」 「そうですね……」 パモゾウがしばし考えた末に、口を開いた。 「それならば、一夜を共にした縁でナマケロか、果てはゾロアでしょうかね?」 「何にせよ、それならば僕らが認知しなきゃならないな、少年」 「そ、それだけは本当に勘弁してくれ…………」 ゾロアークはぽかんと口を開け、目の前が真っ暗になった。 #hr -サワロ先生のワンポイントアドバイス! 手持ちに同じタマゴグループのオスとメス、あるいはメタモンがいる状態でピクニックをすると、バスケットの中からタマゴが見つかることがある。生まれるのは必ずメスの系統か、そうでなければメタモン以外の系統の種族となるのだ。タマゴパワーを付けておけば、更にタマゴが見つかりやすくなるぞ! バスケットには十個までタマゴが入れられる。まとめて回収できるが、回収し忘れには注意しよう! ……しかしながら今回の件はワガハイの理解を大きく超えた事象だ。ポケモンという生き物は、いまだ多くの謎を抱えているのかもしれないな! #hr ――タマゴが かえって パモが うまれた! ――そして ゾロアが うまれた!