作者:[[リング]] 昔々のお話。神との間に友情を築き上げた人間がいた。その者は、病を患った娘のために、単身神の住処に分け入って、万病に効くとされる神の血液を得ようと神の御前に立ったのである。 「ここにおわすと聞いた神よ……我が頼み、聞いていただきたく参りました」 「……人間が何用だ」 とある洞窟、というには少々狭すぎる場所。密林にある穴倉の中にそれはいた。 「喋られるのですか、神よ……それならば話は速い……まずは、貴方の縄張り、そして住処に無断で入り込んだ無礼を詫びようとおもいます」 丈夫そうな厚手の布を身に纏っており、その男はいかにも旅人といった風貌だ。しかしながら、その背に携えた大剣は、旅人や冒険者というにはあまりに大げさすぎる。大木をも一刀両断にしそうな、重厚長大の一振りだ。詫びようという言葉通りに彼は跪き、首を垂れる。 彼を観察しながら、それはゆっくりと体を起こした。 「詫びに来たわけではなかろう。要件を言え」 低く重い声でそれは言う。 「神よ。貴方の血を頂きたく申し上げます。私の肉親が重い病気となり、余命が幾ばくも無い状態にありまして。滋養があり、万病を癒すと云われる神の血を飲めば、その命も長らえるのではないかと。かつて神の力で不老の力を手に入れた者の伝説を信じて、ここに参った次第であります」 「断る。何ゆえに、我が貴様に血を与えねばならぬのか。それと、その喋り方は気に食わん。普通に喋れ!」 それは、面倒そうに言い終えると、再び体を寝かせて眠る体制に戻る。 「そうですか。ならば、普通に喋ります……。さて、私も、まさかただで血をもらおうとは考えていません。貴方の許可が取れるのであれば、それなりの礼を尽くそうと考えていますが……」 「断る。我が肉体を傷つけることになるような願いなど聞けるものか」 顎をしゃくりあげて、それは人間を見下ろした。人間は跪いたままうつむいていた顔を上げ、まっすぐにそれを睨みつける。 「ならば……実力行使という事になりますが、それでよろしいですね」 口調が脅すためのそれに変わる。人間からどんなに低い声で唸られようとも、それが恐れる事は無いのだが、小さな人間が相手とはいえ明らかに敵意を向けられて、いい気分でいられる者はおるまい。 「戦うというのか? 戦って、我の生き血を得ようと?」 「えぇ、そのつもりです」 強気な人間の発言に真意を問えば、正気の人間が到底口にするとは思えない言葉が口から放たれる。頭で理解できても、心情理解するのに時間がかかり、彼は一瞬だけ考えてから口を開く。 「思い上がるな、人間め!!」 穴倉には光がわずかに差し込んでいる。暗闇にも目が慣れてくると、だんだんとその姿も視認できるようになる真紅と漆黒が交差する巨大な体躯。地面に広げられた巨大な翼と尾羽は、上から見ればYの字を描く形。 「人間ごときが我に勝てると、本気で思っているのか?」 巨体ゆえに、その声は重く、また声量も地面が唸る程度には大きな音を立てている。暗がりでは分かりにくいが、その青い目はしっかりと人間を捉え、睨みつけている。 「血が欲しいだけで勝つつもりはないので……それに……逃げるが勝ちなら、勝機は私にある。なんせ神は一度……その身を人間に穿たれたと聞いている」 人間の言葉に、それは怒りで身を震わせる。 「それは、我が翼を傷つけられ、飛べない体であることを言っているのか……?」 「御託はいいじゃないですか。要は穏便に済ませられない以上、喧嘩売るしかないんだ。大人しく血を譲るなら、それなりのお礼も考えるが……そうでないなら気を使う必要もあるまい。やるのか? やらないのか? それだけだ」 人間は背負っていた大剣を背から外す。ギルガルドのサイズにも迫ろうかという大剣は、鞘に入れられては抜くことも出来ないので抜身のまま背負われている。そのため鎖で肩にかけられているので、まず鎖を体ら外したら、その鎖を解くという行為を挟まないとまともに構える事すらできない。 男は鎖を外して構え、正眼の姿勢を取る。 「良いだろう……こちらもお主の血を対価としてやろうぞ!」 戦いは、火花を散らすように始まった。 男は、言った通り肉親である娘が病にふせっている、狩人である。また神と呼ばれた者は言った通りの身の上で、かつて翼に大けがを負ったイベルタルと呼ばれる一柱の神である。今は人の世との関わりを絶ち、この穴倉でご隠居生活の最中であった。その二人が、会い見える。 狭い場所は巨体には不利のようにも思えるが、会話の通り右翼が傷つき機動力を失ったイベルタルには、むしろ狭いほうが相手の逃げ場がなくって丁度いい。 この穴倉は、ほぼ楕円形。縦の幅はイベルタルが翼を広げて3羽分。横は2羽分といったところ。人間が戦うには十分すぎるが、その狭い室内では走り回る事すらイベルタルには難しい。反面、尻尾を振り回すだけでもかなりの広範囲を巻き込めるという見方も出来る。 「後悔するがよい!」 彼が最初に選んだ技は、バークアウト。この狭い室内、どこに居ても声は響く。この技は特攻を弱める効果もあるが、人間が特殊技を使うわけではないので、相手がどう出るかという様子見のためにこの技を使ったというところか。案の定狩人は耳を塞ぐ間もなく頭をやられ、構えていた大剣を捨ててワンテンポ遅れで耳を塞ぐ。 鼓膜を通り越して三半規管まで揺さぶる轟音で平衡感覚を揺さぶられた狩人へ向け、イベルタルは鋼の翼を叩き付ける。傷ついた左翼を地面に置いて軸足となし、虫を叩き潰すように翼を見舞う。それを飛びのいて避けた狩人だが、大剣は翼の下で取りに行くことは出来ない。イベルタルは、再度の攻撃をするにあたって右翼に体重をかけて踏ん張り、口からシャドーボールを放つ。しかし、剣を捨てて身軽になった狩人は危なげなく敵の攻撃を避け、イベルタルが何発シャドーボールを放ってもその爆風にのまれることはない。 少々狙いをぶれさせてみても、きちんと急停止、もしくは飛び越えてしまい、そうこうしている間に狩人はイベルタルの横っ面に後ろ回し蹴りを叩きこむ。狩人は馬をせかすために使う、刃のついた車輪をかかとに漬けており、その刃がイベルタルの皮膚を破いた。 先にダメージを与えられたことにイベルタルは驚き、思わず顔を持ち上げるために右翼をのけてしまう。そこをすかさず剣を回収しようと狩人が走るのを見て、イベルタルは慌てて翼を地面に叩き付ける。しかし、またもや急停止でそれを避けた狩人は、腰に下げたナイフを右翼に突き刺した。痛みに思わず手を引くと、狩人は大剣を拾って準手に持ち、左肩を前にして体ごと突撃して突き入れる。 渾身の突きは翼を持ち上げることで回避されるも、狩人はそのまま剣を頭上へと掲げる。巨大な大剣を軽々と扱う様は、鍛え抜かれていることを嫌でも理解させられる。神ではあっても、のんびりと暮らしていたイベルタルには無い覇気がある。 「こんな薄皮一枚傷つけた程度て、粋がるなよ、人間め」」 自身の翼に新しくついた傷を気にしながら、掃き捨てるようにイベルタルが吠える。 「いや、薄皮二枚は傷つけたろ? ……というか、もう血が流れたんだし、それを俺にくれないか?」 「ぬかせ、人間め! この程度の傷で我が人間に媚びると思うのか!?」 「別に媚びて欲しいわけじゃない……まぁ、いい。そんなに傷つきたいなら薄皮百枚、千枚ってなった時に、どんな反応を見せるか……試させてもらうぜ!」 「調子に乗るなぁ!!」 巨大な剣を構えたまま疲れた素振りすら見せない狩人へ向け、翼を薙ぎ払う。狩人はそれを飛び越えると、次に大剣を地面に突き刺す。イベルタルは舐めるなと躍起になって攻撃したいところだが、人間の大剣が地面に刺さった状態では、下手に薙ぎ払おうとしたら痛い目に遭いかない。 なので、翼で叩き潰してやろうとすれば、ナイフで小突くように傷を増やされる。 「薄皮三枚目だ」 挑発するようなそのセリフに乗って、イベルタルが直進する悪の波導を放つ。それを避けつつ、イベルタル右翼の影となる位置に移動する。自らの悪の波導で自分の翼を焼くわけにはいかないのでイベルタルは追尾を止めるも、反動で動きが鈍ったその隙に大剣を拾われ、ついに男は体ごと剣を構えてぶつかりに行く。 分厚い胸に向かって突き立てられた刃は、筋肉を裂いて肋骨に届く前に止まる。出来れば骨に当てるまで突き入れたかったところだが、仕方あるまいと大剣を手放して懐から退く。 再び狩人の手にある武器はナイフのみとなったが、イベルタルは胸を大剣に貫かれることですでに重傷を負って、荒い息をついている。 「薄皮……五十枚分くらいかな? 痛そうだ」 「くっ……」 その痛みに、イベルタルは微かにうめいた。このまま好きにさせてなるものかと、イベルタルは拡散する悪の波導を放つ。遠くに飛ばないし射程も短いが、拡散させた悪の波導は全方位をくまなくカバーする攻撃となるため、この狭い穴倉での回避は不可能だ。イベルタルの攻撃であっても死にはしないだろうが、皮膚は焼かれて動くことも出来なくなるだろう。 しかし、狩人は悪の波導に呑まれる瞬間、自身の体からあふれんばかりの闘気をみなぎらせて、それを押し返した。 「なんだと……貴様本当に人間か?」 「人間だよ……なぁ、悪い事は言わないから、血をくれよ……俺だって、別に神を殺したり虐げるためにこんなでかい剣を持っているわけじゃないんだ。このままじゃ、空を飛べないどころか、走る事さえできなくさせるぞ?」 「くぅ……ぐ」 まだ何か言いたげなイベルタルだが、流れ出る血液の量が命にかかわりかねないことを察して、今すぐにでも襲い掛かってやりたい気を必死で抑えている。例え神であっても、他の生き物と同じく、誇りより命の方が大事だ。この程度に傷ならばじっとしていれば治せないことはないが、これ以上傷つけば餌をとるのも困難になり、傷口がくっつかないまま治癒でもすれば、同じ経緯で使い物にならなくなった翼の二の舞になる。 「わかった…我の体から流れている血を持って行くがよい」 「そうこなくっちゃ」 狩人は一度穴倉の外へと戻り、荷物持ち兼乗り物であるドードリオのポーチよりどんぶり状の食器と漏斗。そして、ポケモンの胃袋で作られた水筒を持ってくる。まず、胸の傷口から滴る血液を食器の中に集める。その際についた血を自分も舐めてみるのだが、狩人はその味がいたく気に入ったらしく、イベルタルの胸から流れる血液をわざわざ拭ってそれを舐めとっている、その行為にイベルタルはあからさまな嫌悪感を示すが、狩人は意に介そうとしなかった。 イベルタルも、今ならこいつを殺してその肉を喰らう事が出来るかも知れないと考えるが、狩人はいイベルタルが少し体を動かしただけでも、例えばそれが少し体に力を入れただけでも、敏感に反応してはこちらの様子を伺ってくる。結局、手を出せそうにはなかった。 「神様……」 「なんだ、改まって?」 今更自分の事を神と呼ばれ、しかも今度は『様』までつけられて、イベルタルは不機嫌そうに答える。 「お前には、家族って奴はいるのか?」 「親はいるが、子供はいない……妻もな」 イベルタルが答える。 「お前男か……? というか、神にも性別があったんだな」 「どうでもいいだろう、そんな事」 待っているのが退屈になって話しかけられただけかと、イベルタルはため息をついて話を打ち切る。 「いや、ね。俺は娘が酷い病気にかかって衰弱していてさ……藁にもすがる思いでここに来たわけだ。俺は体が強いと思っていたのに、娘は俺の血を受け継いでいても、そういう病気になるもんだぁって思ったもんだよ……娘も体が強ければよかったんだがな」 「それは我のセリフだ!! その娘とやらのせいで、こんな傷を負わされたのだぞ!!」 「そ、それは……ご、ごめん……」 「まったく……こんな失礼な奴は初めてだ」 イベルタルは不機嫌そうにため息をつく。 「家族か……人間だけでなく、野の獣達も種族によってはそういうつながりを大事にするものだ。全く、そのために我にまで挑むなど……はぁ。迷惑な話よ」 狩人に負けを認めてしまったせいか、威勢の良い言葉が大分少なくなった様子でイベルタルは言う。 「そんな弱い家族謎見捨ててしまえばよい。どうせ人間は我らと違って、一年足らずで身籠れるのだ」 「そんな弱い家族なぞ見捨ててしまえばよい。どうせ人間は我らと違って、一年足らずで身籠れるのだ」 「うーん……正論なんだけれど、そんなに簡単には割り切れないんだよなー。やっぱり子供は大切だよ。それに、お前が素直に血を取らせてくれれば、ここまで重症にするつもりはなかったんだぞ? 本当だからな」 「ああ、そうだな。お前の力量を計り間違えた我の失敗だよ……」 「今からでも、何かして欲しい事があれば、協力するけれど? その状態でも狩りは出来るか? 俺のせいで神が死んだとか、そんなことになったらさすがに俺も後味が悪いぞ?」 「構わぬ。ここで死ぬなら、所詮我はそこまでの器だったという事よ」 「意地をはっちゃってまぁ……まぁ、いいさ。俺は今日はこの周辺で夜を明かすから、晩御飯を取ってくるよ。迷惑料に受け取ってくれ」 「狩りをそんなに簡単そうに語るな……」 怪我をしているせいもあって、狩りにも不自由しているのだろう、狩りを簡単そうに語る狩人に、イベルタルは眉をひそめた。 「そりゃ獲物をとれない日もあるけれど、蓄えはある。少しくらい不猟に火が続いたって大丈夫さ」 「気楽なことだな、お前は。というかお前、いつの間にか言葉遣いが砕けているぞ。調子にのりおって……」 「あぁ、そういえば……そうですね。と、とりあえずですね、私としても狩りが成功しない日がありますから。その時はご容赦を」 「せっかくだから、今日その時が来ないように祈ってやる。だからとっとと帰れ」 「おぉ、神に狩りの成功を祈られるとは嬉しいですね」 イベルタルの言葉を聞くなり、狩人はおどけて笑う。誰かの笑顔を久しぶりに見たイベルタルは、自分は昔どんなふうに笑っていたかと、そんなことを考え始めてしまった。やがて、血を水筒に詰め終えた狩人は、木の実で作られたケースに封じられた、つららと氷雪がつながったポケモン、バイバニラを繰り出す。 「凍らせてくれ」 今の時期は春先。すぐに腐る気候ではないが、街へ帰るまでの時間で腐ってしまい可能性もなくはない。だが、氷の中でも腐敗を進行させる手段はなく、こうしておけば血液も長期間の保存が可能である。そうして血を凍らせてから、狩人はドードリオとともに密林へと狩りに出かけた。ご丁寧に、『狩りに行ってきます』との報告も添えて。 その後姿を見送ってイベルタル自身の醜態にため息をついた。翼の傷は、かつてイベルタルが人間の軍隊につけられたもの。廃墟となっていた城塞跡地を住処にしていたところ、人間達がここを中継地点にすると言って、彼を追い出そうとしたのである。それを撃退てやろうとイベルタルも奮戦したのだが、数人がかりで引く巨大な弓を持ち出された人間に翼を傷つけられ、敗走するしかなかったのだ。 それ以来、人里に姿を現すことも出来ずに、こんな穴倉生活を余儀なくされている。それだけでも情けないというのに、今日はただの人間一人に負けてしまった。相手も相当に屈強な人間だったとはいえ、こうまでプライドを叩き折られた経験は今までない。 何度も何度も、その情けなさにため息をつき、思考はぐるぐると廻っていく。長い時間を生きてきたおかげか、こうやっていつまでも物思いに浸る事が出来るようになってしまったのは幸福なことなのかそれとも不幸なことなのか、特に何をするでもなく、時間は夕方となっていた。 「ただいまー!」 昼間の男が、獲物を連れて戻ってくる。獲物はホルードで、矢傷を受けて絶命している。 「まだ何か用か?」 イベルタルが顔を上げ、 「言いましたでしょう? 狩りに行ってきますって?」 「……帰れとも言ったがな。我が」 「細かい事は気にしないでください……ほら。たくさん食べないと怪我は治らないですよ?」 「……全く、生意気な」 ため息をつきつつ、イベルタルは差し出された死体を翼でつかむ。 「なんだ、血が抜かれているではないか」 死体に触れながらイベルタルは文句を漏らす。 「あぁ、いつもの癖で。血はきちんと抜いておかないと味が落ちますので」 「……余計なことを」 イベルタルが言いながら、死体を翼の先端でホルードの中にわずかに残る生命力を飲み込む。紫色の光がホルードの中から出ていくのを見て、狩人は目を見開いて驚いていた。 「ひゅうっ……今のはなんです?」 「デスウイングだ。命を奪う技……死んでいても、新鮮な血が残っていれば使える」 「へぇ、やっぱりポケモンっていうのは便利ですね。まるで吸血鬼だ」 「その吸血鬼とやらが何だかわからぬが……そういう事だから、出来れば血抜きはしないでほしかったな」 そういうお前も人間離れした技が使えるではないかと思いながら、イベルタルが不平を漏らした。 「ほう、それなら、お前の血を娘に渡した後も、こっちに来て食料を狩ったほうがいいか? もし治ったなら何か恩返しもしたいし」 「もう来なくていい!!」 イベルタルがヒステリックに喚いたので、狩人は肩をすくめて苦笑した。 「……分かったよ。さて、俺も肉を喰うかな」 生命力を抜いたという肉を、男は鋭いナイフで切り分けて火にかける。イベルタルは残された部分をそのまま食べて、狩人の行動を観察していた。 「うわまっず!! なんだこの肉、味がないなぁ……なんだろ、デスウイングされたせいかな?」 「そうだ。デスウイングをされた肉は味が落ちるぞ」 「えー……そういうもんなんだぁ……ふーむ、ホルードの肉は脂がのっていておいしいのになぁ。コレじゃ台無しだよぉ……」 「愚痴を垂れるな。あと、言葉遣い! かたっ苦しすぎるのも不快だが、それはもっとだめだぁ!!」 「は、はい!」 背筋を伸ばして答える狩人に、イベルタルはまたもため息をついた。 久々過ぎる、他人とともにした食事を終えると、狩人は眠ってしまった。一応見張りはどんな時でも一つの頭は起きているドードリオに任せており、何かあればすぐに起こしてもらえるように頼んでいる。だが、イベルタルに挑もうなどという酔狂なポケモンなど居る筈もなく、むしろドードリオが見張るべきはイベルタルの方である。 だが、イベルタルは手を出さなかった。プライドをずたずたにされた相手とはいえ、このまま寝込みを襲っても釈然としないだろう。騎士道だとか、そういう概念を知らないイベルタルであったが、敵憎しとこの狩人を殺したところで、自分が空しくなるだけであろうという事は何となくわかるのだ。 結局、イベルタルは悔しさを堪えて狩人とともに寝入ってしまった。放っておいても、狩人が寝首を掻くこともないだろうと、敵でありながらも狩人を信頼していたのである。 翌朝。狩人は体を温めるための火を消し終えると、帰路へつくためにさっさと荷物を纏めて、すぐに準備を終えていた。 「それじゃ、俺は愛する家族の元に帰るけれど……そういえば、自己紹介がまだだったな。私の名前はケナフ。神には名前はあるのか?」 「そんなものなどない」 「じゃあ、次に来る時までに考えておくよ」 「もう二度と来るな!」 二人は最後までそんなやり取りをして別れた。 何の面白みもないほどに何事もなくケナフが去った後。イベルタルは今まで通り、普段は眠りこけて、腹が減ったら狩りをするというご隠居生活に戻る。 一方でケナフは、冷凍して持ち帰ったイベルタルの血を娘にのませた。すると、熱を出して衰弱していた彼女は、突然に空腹を訴えだしもそもそとパンや肉、野菜を食べて栄養を取り始める。以前熱が高いのは変わりなかったのだが、憑りつかれたように食事をはじめ、時には虫やネズミを素手で捕まえ、その手の中で首を絞めることもなく絶命させるなど超人的な方法で栄養を取り始めた。 それがデスウイングという技にそっくりだと思い、なるほど娘は神の力を手に入れてしまったのだと男は納得した。その血の効果は長くは続かなかったが、そのたびに少しずつ血を飲ませる。娘の体温は地を飲ませる前よりも高くなってしまったが、その熱のすべてを体から悪いものを追い出し、殺すために使っているようで、娘の回復は著しい。 それがデスウイングという技にそっくりだと思い、なるほど娘は神の力を手に入れてしまったのだと男は納得した。その血の効果は長くは続かなかったが、そのたびに少しずつ血を飲ませる。娘の体温は血を飲ませる前よりも高くなってしまったが、その熱のすべてを体から悪いものを追い出し、殺すために使っているようで、娘の回復は著しい。 娘のために生きたチラーミィを縛って与えてみれば、チラーミィを抱きしめるようにして包み込み、その命を吸い取り自分のものとした。そうやって生命力を貪り続けた娘は二ヶ月もしないうちに病気を完治させてしまった。 神の血の恐ろしいまでの効果に、ケナフもさすがに驚いた。完治してからもしばらく娘には飲ませ続けたが、それでも病気が再発する様子もないので、残りは庭のオレンの木にぶっかけておいた。すると、周囲の雑草を枯らす勢いでオレンの木は周囲の土から水分と栄養を奪い、男は改めてそのすさまじい力に苦笑した。もはや乾いた笑いを浮かべて誤魔化す事しかできなかったのだ。 そこで終われば、物語はハッピーエンドである。神、イベルタルには迷惑千万かもしれないが。 大した時を経ることもなく、その噂はこの地の領主にまで伝わった。領主は、そんなに素晴らしいものがあるのならばすぐさま私の分も用意してくれとケナフに要求する。領主には別に、難病を抱えた家族がいるわけでもなければ、自分自身が難病に侵されているわけでもない。それに、そうだったとしても彼のために頑張ってやる義理もなかった。この地の統治は、それほど良いものではないと知っている。 さらにその目的が、若さを保ち長く生きることで、自身の権力に縋り付くためだと聞かされれば、ケナフはますます気が乗らず、当然のように彼は断った。 断られた領主は面子を潰されと逆上し、兵士たちにケナフの留守中に彼の家を5人で取り囲んで襲撃させ人質ととろうとするも、ケナフの妻もまたかつては夫と同じ狩人であった。囲まれやすい野での狩りよりも、攻めて来る方向が限られる室内の方がよっぽど楽に相手を制する事が出来、妻は下手人の武器を奪って地獄絵図を描き、降伏した兵を裸で街に縛りつけて辱めるほどの余裕を見せつけてやった。さらに面子を潰され、赤っ恥をかいた領主だが、これ以上ケナフに挑んで大事にするわけにもいかないので、彼は大金をはたいて傭兵の一団を丸ごと雇い、その一団とともに神の血を頂くことに決めてしまう。 その金も税金によって集められたものだというのに、なんといい気なものかと批判が相次いだが、熱くなった領主の耳に領民の声は全く届かなかった。一方、その知らせを聞いたケナフはいてもたってもいられず、神の御身を守ろうとドードリオを走らせた。 「神よ」 あの時の穴倉に入るなり、ケナフは声をかける。 「……どうした、ケナフ? 三か月ぶり程か?」 競争相手は大軍勢。当然機動力も落ちるので、ケナフがドードリオに乗って先回りして神の元へとたどり着くのは容易であったが、かといってそう長い時間が残されているわけではない。 「神よ、今すぐここを離れる事をお勧めします。間もなく人間の軍勢がここに来ます」 「何故?」 「あぁ、お礼を言うのもまだでしたね……私の娘が神の血のおかげで病気が完治しました。ありがとうございます……ですが、その噂を聞きつけたろくでなしが、不老不死を望んで神の……心臓を求めているのです」 「心臓だと? どうしてそのような場所を欲しがる?」 「私の娘が貴方の血で病気を治しましたが……血だけだと効果が長続きしないが、心臓を喰えば長い効果が得られるんじゃないかって、勝手な妄想をしているようです。すみません……誰かにお前の血で治したことを教えるつもりなんてなかったのですが……医者か何かにどこからか知られてしまったみたいで」 ケナフの言葉に、イベルタルはギリりと歯を軋ませる。 「貴様のせいか……疫病神め!」 神はあんたなのに、と言いたいのを堪えて、ケナフはその場性を耳を塞ぐことなく受け止める。 「すみません……ですが、本当に、まずい状況なんでs。逃げるなら、早く逃げてください……」 「ふん、そんな不遜な人間どもなど、叩き潰してくれるわ!」 「そう言って、翼に重傷を負って飛べなくなったんじゃないのですか?」 「……黙れケナフ!!」 冷静に突っ込みを入れるケナフに、イベルタルはムキになって大声で怒鳴りつける。 「逃げたら、また追われるだけではないか!! 以前は、我があの場所にいるのが、邪魔だったから逃げても見逃されたかも知れぬ。だが、今回は事情が違うだろう!!」 「……ですね。それを言われるとぐうの音も返せません。分かりました、確かに伝えましたよ」 「巻き込まれぬうちにとっとと帰れ! 疫病神め!!」 「すみません……本当に」 イベルタルに怒鳴られるままに、ケナフはイベルタルが暮らす穴倉を出ていった。その後イベルタルは、来るべき戦いに備えて、万全の状態で敵を迎え撃つために腹の減り具合を無視して狩りをおこない、英気を養う。 その数時間後に、薄暗い穴倉の中を覗く者がいた。その視線に気づき、イベルタルはむくりと立ち上がり、穴倉の外へ走り出す。叫び声をあげて甲冑を纏った人間は逃げ惑うも、悪の波導をまともに浴びて、肉片になるまですりつぶされて消滅する。だが、その時に人間が吹き鳴らしたホイッスルが、周囲にいる者達にイベルタルの存在を認識させた。武器を持った人間達が、殺到する。 「集団で縄張りを侵す鬱陶しい人間どもめ……覚悟しろ!!」 イベルタルが森全体を揺るがさんばかりに吠える。 「どういう事だ! やはり相手は俺達が来ることを知っているようだぞ! 誰があの化け物に情報を漏らしたんだ!?」 「知るか! とにかく、取り囲んで殺せ!」 人間達の会話が耳障りだ。悪の波導は直進するタイプと周囲を薙ぎ払うタイプがあるが、今度はその後者の方を用いて、周囲に群がりクロスボウを構えていた人間を灰塵にして焼き尽くした。運よくその射程距離から逃れた者達には、走って踏みつぶし、翼で叩き潰して肉塊へと変える。鎧は板金鎧から鎖帷子、胸当てだけの軽装などさまざまであったが、イベルタルの攻撃をまともに喰らえばすべて等しく同じこと。むしろ軽装の方がまだ動きやすく避けやすい分強いとさえ思える。 やはり、ケナフが強すぎるだけで、人間は基本的に弱いのだとイベルタルは冷笑を浮かべながら台風のごとく暴れまわる。クロスボウのやじりが彼の体に無数に刺さり、まるでハリネズミにでもなっているかのようだったが。それすら意に介さずに、彼は暴れまわった。 そうこうしているうちに、後ろから。穴倉の上もほうからも矢が飛んでくる。だが、それはイベルタルを貫くどころか同胞を貫き、絶命させた。 「危ない所でしたね、神よ」 矢を放った者がそう言った。 「くそ野郎、てめえが手引きしてやがったのか! 罠を仕掛けたのもお前かよぉ!!」 その弓矢が放たれた方へ向けて、傭兵が叫ぶ。 「あぁ、いかにも」 闘いの最中ゆえに振り向くことは出来なかったが、声だけで分かった。あの男、ケナフである、と。 「神よ! 加勢する!!」 ケナフが勇ましく宣言し、長剣を手に急な坂を駆け下りる。 「疫病神……帰っていなかったか!」 苛立たしいはずのケナフの加勢に、しかしイベルタルは全く嫌悪感を沸かせることなく、喜びの声で口にする。ケナフの方へ向けても弓が飛んだが、ケナフはそれらをすり抜けるようにかわして人の群れに突っ込む。イベルタルにはまともに近づくことなどできるわけがないと考え、また味方からの誤射を防ぐためにもほとんどの傭兵が弓やクロスボウを手にしていたのが幸運であった。 近距離に迫られてしまえば、傭兵たちが持っている矢は役に立たない。弓で殴ろうとする傭兵の攻撃を、ケナフは手に持った中型の獲物用である長剣で受け流して、剣から右手を離して兜の隙間から覗く顎にひじ打ちを叩きこむ。そうして倒れた兵士を跳び超え、こちらに向けて炎を放つギャロップの攻撃を地面に伏せるようにかわし、身を低くした体制のままギャロップの足を切り砕いた。 ケナフはギャロップが肩のあたりに付けていた、重装甲の相手をする際に使う鈍器を引き抜き、槍で足を狙ってきた敵兵の顔面を叩き潰す。その鈍器をなげると、致命傷は与えられなかったが敵兵にダメージを与えていた。一度自分の剣を地面に突き立てたら、先ほど鈍器で顔を潰した傭兵の槍を奪って、再び攻撃に移ろうとするギャロップの首を貫き、とどめを刺した。 そこを矢継ぎ早に敵が襲い掛かってくる。トリミアンが噛み付かんと飛びかかってくるが、ケナフはそれを槍の柄で強烈に横っ面をはたき、転がった敵のあばらを蹴って砕く。さすがのトリミアンも、体毛の少ない腹側を狙われて場ひとたまりもない。 後ろから襲ってきた敵を、ケナフは腰を落として脇越しに相手の腹を叩き付ける。ふと見ればイベルタルを狙うブラッキーが見えたので、そいつに向けて槍を投げれば、その槍は敵の首を貫いた。 手ぶらになったところで、ケナフは地面に刺してい自身の剣を引き抜き、血に染まった剣で以って、剣で切りかかってきた傭兵の攻撃を真っ向から受け止め、胴に蹴りを放って押し倒し、頭を蹴り飛ばして黙らせる。そのまま左前方から剣を振り下ろしてきた敵に間合いを詰め、相手の剣の根元を自身の剣の根元にて片手で受け止めた後に、相手の顔面に残った手で掌底を見舞い、後ろへとたたらを踏んだところで追撃のとび膝蹴り。兜を身に着けていないむき出しの毛髪を掴んで、そのまま左から襲い掛かる槍の錆びにした。 槍に味方の体がが突き刺さってそれに戸惑っている間に、男は猿のように跳躍して槍を持った傭兵の頭を持って、剣の柄で以って強かに打ち付ける。兜越しでも伝わる強烈な衝撃の前に、中の頭蓋は砕けて倒れ伏した。次に男は奪い取った兜を投げつけ、その兜を防ごうと剣をかざした敵の手を狙って前蹴りし、剣から手を離してしまった敵の頭を、自身の長剣で叩き殺した。その敵兵が落とした剣を拾って投げ、それだけで斧を手にした兵に重傷を負わせるだけでなく跳び蹴りで叩き伏せる。 その斧は、今にもこちらに突進してきそうなケンタロスに投げつけた。その一撃は確かにケンタロスの頭を割るが、その程度で相手の勢いは揺るがない。男はケンタロスの体を飛び越えて体当たりをかわし、敵が装填したまま打ち捨てられたクロスボウを持ってケンタロスの脇腹を打ち抜いた。恐らくは即死だろう。そう確信する威力を目の当たりにして、それをほとんど意に介していないイベルタルの丈夫さに改めて驚く。あの時使った大剣も、大抵のものは即座に屠る威力があるのに。 一方、イベルタルの方も負けてはおらず男よりもはるかに広範囲をカバーする技で相手を攻めたてている。彼のバークアウトが周囲に轟けば、鳥たちは一斉に飛び立つか、もしくはばたばたと落ちていく。そんなこともあろうかと耳栓をしていた男は、これ幸いとばかりに耳を塞ぐか意識が朦朧としている敵を次々に屠り、イベルタルを援護した。 その二人の活躍を見て、傭兵たちはかなう事がないと悟って、とっくに逃げていた依頼人の領主とともに逃げ出した。だが、戦いが終わった頃には、ケナフも傭兵に一発切りかかられて腹に重傷を負っており、その出血で意識がもうろうとしている。どうやら剣や矢には毒が塗られていたらしく、傷口からは重い痺れの感覚が徐々に全身へと広がっていた。彼は何とか荷物からラムの実を取り出してそれを食べ、残った分はすべてイベルタルの方へと投げる。 「いや、ねぇ……奴らがここにたどり着く前に、棘の生えた落とし穴とか、弓矢が放たれる罠とか、いろいろ作っていたのですけれど……それでも、流石にこれだけの数は……きついですね」 かすれた声で、人間はイベルタルへ語り掛けるが、イベルタルは無視を決め込んでいる。 「だんまりかよ……くっ……今ドードリオを出しても……生きて家にはたどり着けないだろうな……そんなのは虫のいい話か」 いちいち数えている暇もなかったが、狩人の男が葬った数は、人間と獣を合わせて25は越えている。我ながらよくやったものだと苦笑して、男は自身の死を覚悟した。一方、イベルタルは、自分の体に毒が回りきる前にラムの実を食べると、新鮮な血液が滴る肉体を翼から貪り、矢傷を回復していた。まだ矢は刺さりっぱなしだが、主だった傷がそれ殆ど塞がってしまったようである。 「ふん……これだけ大量の死体を喰うとやはり違うな。翼の古傷が癒えよったわ……こんなことなら戦場に赴いて死体でも漁ればよかったか?」 特に驚いたのは、イベルタルの言葉通りの事が起こったことに対してである。傷の癒えた翼を満足げに見つめながら、イベルタルは微笑み、かつての感覚を思い出している。やがてそれにも満足したイベルタルは、まだ息のある男に近寄った。 「おい、ケナフ」 翼が完治したイベルタルが、ケナフを見おろし話しかける。 「なんだよ……俺も殺しに来たのか?」 痛みと出血で朦朧とした意識の中、ケナフが問う。 「そうしようと思ったところだがな。今は翼が治って気分が良い……貴様が我の命令に従うというのなら、生かしてやらぬでもない。この全身に刺さった矢も、抜いてもらわねばならぬからな」 「この状態で、その命令が聞けたらなぁ……ちょっと難しいな、この怪我じゃ」 ケナフは、そんな矢を抜く体力もないと、イベルタルを見上げながら自嘲して笑う。 「そのままでいい。まずは……汚れた我の体の血を、舐めて綺麗にしろ」 イベルタル自身の血液が滴る翼を差し出され、ケナフはイベルタルの真意を理解した。死に絶えようとしている自分を生かそうとしているのだと。 「ケナフ。お前は我の名前を考えておくと言っていたな? 教えてもらうまで、死ぬことは許さぬからな」 さらに意外なことに、イベルタルはあの時のケナフの言葉を、今頃になって蒸し返した。 「仰せの通りに、神よ」 それが嬉しくて、ケナフはこんな激痛にさいなまれているというのに、不敵に微笑んだ。イベルタルとの間に、奇妙な友情のようなものを感じたケナフは、その血を飲んで生き永らえるのである。 その後イベルタルはケナフから名前をもらい、癒えた翼でどこへともなく飛び去って行ったそうだ。 ケナフは、領主と完全に敵対してしまったがために、家族とともに新天地を求めて旅立った。そのままケナフとイベルタルが再開することはなかったが、悠久の時を越えてイベルタルが再び信頼に足る人間と出会ったとき、名はあるかと尋ねた人間に彼はこう答えたそうだ。 「むかし、とある人間につけてもらったことがある。あまりに誰も呼ばぬので、忘れてしまったがな。いろいろ失礼な男だったのは覚えている」 残念そうに表情をゆがめる人間に、イベルタルは続ける。 「お前が、新しく名をつけてはくれぬか?」 人間は弱いが、対等に扱うべき相手もいる。そう教えてくれた人間と、気位の高い神様との絆は、一方が死に絶えてもまだ紡がれている。 ---- とあるコンテストに出馬した作品。 私の作風はあそこと合致していないんじゃないかとふと思う。それを言い訳にしちゃいけないのだけれどね。 #pcomment(,5,below); IP:223.132.192.191 TIME:"2014-04-25 (金) 23:42:55" REFERER:"http://pokestory.dip.jp/main/index.php?cmd=edit&page=%E3%83%87%E3%82%B9%E3%82%A6%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%B0" USER_AGENT:"Mozilla/5.0 (compatible; MSIE 10.0; Windows NT 6.2; WOW64; Trident/6.0; MALNJS)"