ポケモン小説wiki
テオナナカトル:上 の変更点



#include(第一回帰ってきた変態選手権情報窓,notitle)

このお話には特殊な表現が含まれます。
道具を使ったプレイ、雄×雄、雌×雌など。苦手な方はご注意お願いします。

#contents

**子供を守るお兄さん [#kfce33c7]
//12月中盤のお話です
 交易で栄える街、イェンガルドの3番街に建つ酒場『暮れ風』にて。
「ひどい話さ」
 その酒場の従業員ロイは気がつけば客の愚痴を聞くべき自分が客に愚痴をぶちまけるという始末だ。
「俺だけなら大人だから耐えられるけれど、奴は子供にまで手を出すんだからな」
 その客が愚痴を言ったり酒を飲むためでなく『愚痴を聞くために酒場へ来ているのです』と変わった自己紹介をしたせいかもしれないが。それに、まだ日も高い客の少ない時間帯であったのも大きい。
 ロイが愚痴をぶちまけているその客というのも変なものである。何が奇妙って、聖職者は清貧((富を求めず、正しいおこないをしていて貧しいこと。))・貞潔((貞操を固く守り、おこないが潔いさま))・神に対する従順という建前があり普通はこんな酒場には来ない(隠れて酒を飲む聖職者は多いが)。まず、こういう風に楽しんでお酒を飲む酒場に表立って来ている事が奇妙な存在だ。
 しかも、その聖職者はかなりの身分である。末端の下っ端や助司祭であればともかく助司祭と司祭には埋めようのない壁が存在する。その客というのは大司祭の長女だと名乗り、なるほど神との婚約者たる第一条件『メロメロボディ』の特性を満たしたチラーミィだ。名前はフリージアと言うらしい。

 神龍信仰では伝統的に長女もしくは長男を神への婚約者として差し出し一生を独身で過ごさせる。フリージアもどうやらその口であるらしく、純潔の証たる刺青を左腕に彫っている。その模様は確かに大司祭の模様であるが、それにした身につけている装飾品は(本来そうあるべきではあるが)質素だ。神龍の彫りものは青銅製だし、手にした杖も飾り気の無い木彫りである。かぶる法衣だって紺色が色あせてくすんだ青になっている、そろそろ買い替え時なんじゃないかと言う時期を遥かに過ぎたボロボロだ。みすぼらしいツギハギが哀愁を誘う。
 教会に破滅させられた経緯を持つロイはそれを期に聖職者を毛嫌いするようになったが、このチラーミィの持つ物腰の柔らかな立ち居振る舞いと清貧な様は、なんとなく好感が持てた。
 美麗にして質素という分かりやすい魅力だけではない、神龍信仰のあるべき姿とも言える気品の魅力は、ますますこんな場末の酒場に居るべきでない印象を持ってしまう。なんと奇妙な女性だろうか。

 神との婚約者がこんな酒場に来てもいいのかと思ったのは前述したとおり。だが、フリージアはきっちりと清貧であった。酒場だというのに、酒は一滴も飲まず葡萄のジュースのみを口にするだけ。食事も野菜スープにパンだけだ。酒場に来た意味が何もない。
 そして、ロイが愚痴をもらしても、悩みを聞く事を楽しむかのような笑顔。柔らかな笑みによって滲み出る包容力はさながら聖女を彷彿とさせた。客と従業員の立場を覆してまで悩みを言わせるだけの事はあると、ロイは関心した。
「結構ショッキングな話だから、女性である貴方には聞きづらいかもしれないけれどさ……」

***

「……大きくなってきたな。相変わらず敏感なエロい体をしている」
「うぅ……やめてぇ」
 リーバーの膝が震えた。まだ甘い香りを放つ事の無い背中のつぼみは力なく前へと垂れ、ただでさえ緑がかった体表からも血の気が失せている。背中にある性感帯の一つであるピンク色の蕾を撫でつけられて、すでに先走りを垂らしながら雌の胎内へ入り込む事を待つ肉棒は、風と空気のみがそれを包むだけ。
 リーバーの後ろから九本の尻尾で執拗に厭らしく愛撫を続けるシドは、そろそろ悶える姿を観察するのにも飽きたようで、歪んだ笑みを浮かべる口元をぺろりと舐めた。
「気持ちいいんだろ?」
 背中で開花を待つツボミを甘噛みされ、リーバーの体がビクリと反応した。
「……っひ! そ……そんなこと無いよ」
 甘噛みされたくらいで甘ったるい声を上げていてはそんな虚勢に一かけらの説得力もない。
「なら、その証拠見せてみろよ」
 シドの前脚が背中から離れリーバーの側面から下半身を覗き見る。重厚だが短いリーバーの四肢の隙間には、きっちりと肉棒がそびえたっていて、しかも高鳴る鼓動に合わせて微かに揺れている。誰が見ても感じている事を否定するのは不可能だ。
「……もの欲しそうにしてるぜ、お前の」
「や……やだぁ、見ないで」
 リーバーは四肢を曲げ、体を伏せて局部を隠そうとするが、それは神通力であっさりと掬われた。毒タイプのリーバーは、サイコキネシスで操られては抵抗も出来ず、半ばひっくり返すようにそこを暴かれる。

「うん、元気いっぱいだなぁ」
 シドはしゃがみ込み、まじまじと視線を股間に注ぐ。それだけで、感じたのかどうかは本人のみぞ知る所だが、ビクンと肉棒が跳ねた様子には余すところなくリーバーの動揺が伝わってくる。
「み……見るな!」
「可愛いかないか」
 そこにシドの顔が舌が伸びてきて、スリットから覗かせた肉棒に舌を這わせた。
「ひあっ……!」
 意志に反して出される甘い声。強引に行われるこの行為が苦痛であれば心の安定を保てないと考えた体の防衛本能なのか、しかし湧きあがる強制的な快感は屈辱と言う形でリーバーの精神を犯している。
 シドは手なれた舌遣いでリーバーの心を苛み続け、甘い声を引きずり出されるリーバーは次第に涙を流し続けた。その涙も、シドの嗜虐的快楽を悪戯に刺激するだけで無意味を通り越して逆効果だ。それを理解していても、リーバーは進化前ゆえかまだ幼いところがある。幼いから、涙するしか防衛の手段はとれない。
「やめ……っ…やめて! やめてぇっ!!」
 シドは、涙を流して恥辱に耐えるリーバーの表情を楽しみつつ肉棒を貪る。次第に、リーバーのソレが限界近く張り裂けそうなまでに肥大化した所でシドは舐めるのを止めた。
「やめてやるよ」
 そう言って浮かべた笑みは、相手を慈しむ者でも労わる物でもなく、むしろその逆。相手を辱めて悦に浸る冷たい意図を秘められている。それがわかって、リーバーは行為を一時中断されたことに全く安堵を感じる事は出来ない。
「代わりに俺を気持ちよくさせてもらえるかなぁ?」
 ロクに洗われていない、シドの肉棒がリーバーの前に差し出される。
「早くしないと、ロイとお前がどうなっても知らないぞ?」
「ヒッ!!」
 リーバーはシドに、『逆らえばお前が路頭に迷うぞ』と脅されていた。しかし、それでもリーバーが逆らうようになってからシドは、ロイの名前を持ち出してリーバーをいいなりにさせている。リーバーにとってロイは唯一の心の支えで、その名前を出されてはグゥの音も出ない。
 大粒の涙を流しながらリーバーは差し出されたものにかぶりつく。吐き気がしそうな匂いと、生理的な嫌悪感ですぐにでも吐いてしまいそう。でも、吐くと怒られるから、こみ上げた胃液すらも飲み込むしかない。
 あどけないリーバーの舌遣いには奉仕しようなんて気はゼロで、当然のように下手だった。けれど、そんなんでも時間を掛ければ相手を快感に導かないはずもなく――前兆は、シドの腰が僅かに移動した事。そして、シドが僅かに呻いたくらいか。
「ん!?」
 その一瞬、シドはリーバーの喉の奥まで乱暴に突く。喉が押しつぶされる感覚、押しつぶされた喉に精液が流れ込む感触。どれも耐えられるものじゃない。咳こみながら白濁液を吐き出し、涙混じりに鼻水を流した。

「さて、メインディッシュだ」
「やめて……もうやめてぇ」
 懇願するも、それが受け入れられるはず無く、今度はリーバーの肛門に舌が這った。じっとりとした厭らしい感触を尻に感じ、ひくん、肉棒が揺れる。シドの舌だ、と感じて恥ずかしくて身体中が熱くなるが、それでいて寒気すら感じるいような&ruby(おぞけ){怖気};。
 吐き気がするけれど、この後に待ち受ける快感に心がなびくようになってしまった自分がリーバーは嫌だった。これから先、待ち受ける快感に自分が喘いで声を上げてしまう姿が思い浮かんでしまう。今は亡きお母さんもロイも助けてくれない状況とあっては、もうただひたすら耐え抜くしかなかった。
 ググッ……
 本来排泄物を排出するための場所であるそこに異物が入り込む。始めは痛くてしょうがなかったそれも、慣らされ続けた今となっては痛みは無かった。最初にそうされる時に感じた息がつまるような感触ももう無く、こんな事嫌だと思う反面やっぱり期待してしまう。
 ずぶりずぶりと中へ侵入して行くたびに次第に端よりも期待が上回って、それが嫌でこのまま壁に体当たりして死にたいとすら思えてしまう。が、当然リーバーにそんな勇気など無い。
 シドが数回往復するうちに、期待と否定が綯い交ぜになっていた現象がついに訪れて――
「う、あ……ぁ……」
 体内にある弱点を刺激され、理性が吹っ飛んだ。リーバーはだらしなく唾液を流して床を踏みしめた四肢を駆使して体を前後する。彼の思考は、羞恥心も嫌悪感も後回しにした。"気持ちいい"だけを最優先事項にしてリーバーを突き動かす。
 支配者のシドは、リーバーの締め付けによって感じる快感よりも、地帯を除き見ることで生まれた優越感など精神的な快楽に笑みを浮かべる。蕾が邪魔で正常位の体位になれないリーバーには知る由もないが、シドの笑顔は汚い。とても汚い笑顔だ。
 今度も予兆らしい予兆は与えず、リーバーにとっては完全な不意打ちでシドは自身の欲望を垂れ流す。最後の一突きで流し込まれた白濁液によって理性と意識が叩き起こされたリーバーは、屈辱と嫌悪感とでただただ涙を流すしかなかった。

「やっぱり淫乱じゃないかお前は……」
「うぅ……」
 目から涙。余った分が鼻水として流れるリーバーをシドは労わることも無く、肛門から引き抜いたそれをリーバーに見せつけて――
「ほら、舐めてきれいにしやがれ」
 ロイもやられていた。ロイは耐えられた。けれど、リーバーはいつもここで涙して、吐いては炎で焼かれる。それでも抵抗できない。

 ◇

 客がいなくなった酒場『暮れ風』の中で、ロイは微かに聞こえる声に溜め息をついていた。フシギソウの少年、リーバーの叫び声が聞こえるが、リーバーに性的虐待を加えているシドの声まではドアに阻まれて聞こえなかった。叫び声が聞こえるのは少々心が痛む。
「リーバー……大丈夫かな?」
 聞くに堪えない、そんな叫び声だけれど、弟分の苦しみを知ってあげ、少しでもそれを慰めてあげるのが義務のように思えていたから。

「くそっ」
 ロイが毒づく。
 ロイと言う男は情に熱い男で、民衆の話をよく聞いた。ロイの親であるロノは税の徴収も穀物の備蓄も、領地の財源を獲得するために行う穀物や工芸品を商人へ引き渡す量も、それこそロースティアリ家は名君と声高らかに呼ばれるほどによく考えて決定していて、ロイはロノの血を確かに受け継いでいると父親や叔父にほめられる名君の器であった。
(だと言うのに、今の俺は何もできない。今やこのざまだ)

 そんな名君の家に生まれついたロイは3つ下の妹を可愛がり、二人の弟とは互いに切磋琢磨しながら親を継ぐ日を待って家督権を巡り競い合っていた折。政教分離の是非を巡って国王との権力争いを繰り返していた神龍軍が世俗騎士に対して大掛かりな戦をしかけてきた((いわゆる、現在では神権革命と呼称されている争いである。当時は教会が焼かれたり、逆に貴族の館が焼かれたりと多くの爪あとを残した))。
 国家に忠誠を尽くして戦ってきたロイの家であるが、形勢は完全に神龍軍のもの。地域によっては問答無用で死体をさらしものにする場所もあったが、ロイが住んでいた地域は『降伏すれば殺さないし奴隷に身分を落とす事は無い』と勧告を受ける。
 その時ロイはとある理由で心を病んでおり、城壁を囲んだ敵に対して『死なば諸共、一矢報いてやる!!』と捨て鉢な戦いを挑もうとしたが、父親であるロノは逆の選択をした。神龍軍に臆病者と嘲笑を受けながらも生き残る事を選んだのだ。
 サンダースの母親を除いて親兄弟全員がブラッキーかエーフィなだけはある、子供を愛するが故の決断であった。
 とはいえ、ロノたちが王への忠誠を忘れることなく、『今は退く――しかし、後々自身の領民を決起させ領地を取り戻そう』と考えていては困る。司教連中はそう考え、クーデターをみすみす許すほど馬鹿ではなかった。
 神龍軍はロノ達の財産を没収した後、家族を名声の届かない遠方へバラバラ追いやることで、民衆に『貴族』と言う色眼鏡でしか見てもらえない場所に放り出され、両親・兄弟共に離れ離れとなってしまった。今ロイが住んでいるこの街も、同じ国だが辺境もいい所だ。言葉が通じる外国に追いやられた家族も居るのだから、気が気ではなかった。
 ロノやその一族が財産を没収され&ruby(すかんぴん){素寒貧};になったとて、彼の生まれ育った地でなら余程心ないか無知である者でなければ彼等を蔑む者はいなかったはずである。しかし、遠方に追いやられた今、『名君ロノが子、ロイ』の名声もない状態では、身分は平民の最下層――奴隷と犯罪者の上に立つのが精いっぱいだ。
 算数と読み書きが出来るからという理由で、この酒場に就職できたのは天の導きとも言える幸運だった。
(無様だ……こんな状態になっても、貴族の権力さえあればリーバーを助けられるだなんて思っている所が)


 ここの元経営者であり、現在の経営者の妻でもあるサラという名のグラエナが死んでしまったのは、その幸運の代償とでも言うべきか。シドは妻に仕事を押し付けて自分は『飲む、打つ、買う』の最低なジゴロ((女性の収入に頼って生活する男性))である。元貴族と言う事で何かと目をつけられていたロイの扱いは、その妻の死を契機に途端に悪くなった。両刀使いのシドは、ロイを犯し始めたのだ。
 それでもロイは、体を貪られたりするような仕事しか行えない者がいる事も知っていたから、体を貪られることになっている今でも、自分だけならば耐えることも出来たろう。
 でも、同じくサラに雇われたリーバーが自分と交互に犯されるようになっているのでは、ロイの厚い情がそれを見過ごせるはずもなかった。仕方ない、人生こんなこともあるさ――と割り切れる思いも、憎悪と殺意に変わっていく。しかし、だからと言って現状はなんともし難い。一番簡単なのはシドを殺すことだが、殺したいと思って実行した際真っ先に容疑が自分かもしくはリーバーに向く状況では如何ともしがたい。
 平民ならば言い訳も出来るが、今は悔しい事にロイは平民以下の存在だから。

「どうしようもないな」
 なんとなしに、叫び声を聞きながらまどろんでいたロイは、むなしくなって思わず独り言を漏らした。リーバーへの性的虐待が終わるまで、寝ないでただ待っていても睡魔に襲われるだ。だから独り言でも呟かないと起きていられないと言う理由もあるが。
 答えの出ない考え事をしていて、全く進展がなくとも時間は確実に過ぎていった。欠伸を三回ほどしただろうか、無意識のうちに起こる生理現象をいちいち数えてなどいないから、それくらいしか分からない。
 シドが自分のベッドルームに帰るのを息を潜めてやり過ごす。国のために戦うべくよく鍛えられたロイの体は昼なら目立って見えるけれども、暗闇の中では完全に闇に同化するほど黒い。案の定、シドは気がつくことなく通り過ぎて行ったので、足音が聞こえなくなるのを確認してからリーバーのもとへ行く。
「大変そうだな……手伝ってやるよ」
 蝋燭代をケチるためなのか、まともな明かりの無い部屋を、自身の月輪で以ってロイが照らす。美しい黄金色に輝くロイによって照らされた室内は、闇になれていないリーバーでも文字が読めるくらいには明るくなった。もっとも、リーバーはまだまともに文字は読めないが。
「兄ちゃん……」
 シドは生粋のサディストで、しかも男女に節操のない両性愛者だ。ロイは、前の店主であるサラが死んで悲しみに暮れている時に、自分が犯され、その時はこのシドという男が理解できない怪物に見えた。何故、他人である自分がサラの死を悲しんでいるのに夫であるはずのシドがサラの死を哀しまないのかと。
 それに、シドはエチケットも出来ていない。初めて犯された時は後片づけや後処理をロイの身に任せて自分はさっさと寝てしまう。処理には苦労したものだ。まだ慣れていないリーバーも大変だろうと思い、後片付けを手伝う事を初めて申し出る。初めて申し出た時なんて、リーバーが目一杯泣いて飛びついて抱きついてきた事さえある。
 その時からふつふつと煮え続けてきた殺意もそろそろ限界に達していた。
「痛かったよ……怖かったよ……ウゥッ……」
 今日もまたリーバーは泣いて、しゃくりあげ、鼻水なんかも流しながら抱きついてくる。ブラッキーであるロイはフシギソウであるリーバーよりも小さな図体をしているため、リーバーが甘える光景は少々滑稽ではあるが、ロイの包容力はその光景を見るだけでも伝わってこよう。


「さ、これでよしだ……今日はもう寝よう」
「いつもありがとう」
「なに言ってんだ。『親父には子供には優しくしろ』って言われている。親父みたいになるにはこれくらい通過儀礼だ」
 ロイは微笑み、手早く後処理を終わらせると。ロイはまだぐずっているリーバーを連れて酒樽の置いてある地下室で眠る。宿の無い二人は、ここの硬い床を寝床にしていた。酒樽は専用のハンドルを使うか、もしくは壊すかでもしなければ中身を出す事は出来ないので、大量の酒を盗み飲む事は出来ないが、ここは地下にあるおかげか夏でも涼しく冬でも暖かい快適な場所である。冬のこの季節でも肩を寄せ合えば凍える事が無いのはありがたい。路上暮らしをしていたロイたちにサラが与えてくれたこの寝床は、酷い扱いのようでよい気遣いだ。
「御休みリーバー」
「御休み……兄ちゃん」
 リーバーの体は震えていた。毛布をかけて寄添いあっている今の状況を考えれば寒さのせいではない。酒場で働いている間は、毎日強姦されていることを表面に出そうとしない気丈な子だが、こうして自身を守ってくれるものの前ではとことん弱い。
 可愛い弟を失ってから、弟代わりのリーバー。ロイはそれを守ってやりたくて、それは出来そうにないのが悔しくて、ひたすら歯がゆかった。

***

「……と、言うわけでな。本当に、あの子だけでもどうにかしたいんだ。シドが死んでくれれば、文字を読めるのも掛け算割り算が出来るのも俺だけ……俺が店を乗っ取れる。乗っ取ってリーバによい環境を与えられるのにな。
 フリージアさん。神様の力でどうにかならないかい?」
 ロイがリーバーを横目に見ながら自嘲気味にフリージアへ呟くと、フリージアは長いまつげを揺らしながら絵画に描かれた天使のように微笑んだ。
「あらあら、その刺青で神様の力なんてよく言いますね」
 ロイは自分の刺青を見る。爵位をもった騎士階級で、&ruby(こうしゃく){侯爵};の地位を占めるものだ。ただし、それだけでは今となっては何の価値もない。その紋章を囲うように神龍の紋章が付いていれば別だろうが。
「元世俗騎士……だもんな」
 騎士であり、聖職者として神に使えるようになればその身分は修道騎士となる。その場合は騎士の刺青に加えて騎士の刺青を囲むように自身の尻尾を咥えた神龍の意匠が施されるのだが、ロイの腕にはそれが無い世俗騎士のもの。
「でも……神の愛ってのは敵さえ愛するべきなんだろう? 平穏無事に暮らしていた俺たちをないがしろにした修道騎士なんて……神の愛のかけらもない。いや、すまない。今のは聞かなかったことにしてくれ」
「マタギ5章第44『それでも、我らは汝らに告ぐ。汝らの敵を愛し、汝らを迫害する人のために祈れ』」
 フリージアはショルダーバッグに入れていた聖書を得意げに開き、そう言った。
「いいのですよ、貴方の言うとおりです。先の革命の顛末は知っております……聖書のいても救世主はっきりと述べられた、『世界は邪悪な者に支配されている』という大義名分を理由に貴方達を悪に仕立て上げて攻め込まれたその不満はもっともです。『例え、汝らが多くの祈りをささげようとも、我らは聞いてはいない。汝らの手は流血で穢れている』と、神龍様は告げておられるのに……これは確かそう。イザワの第1章15でしたね」
//ヨハネ12:31 14:30 16:11 イザヤ1:15
 慣れた手つきでフリージアは聖書を捲る。テクニシャンの特性ゆえか、分厚い本だと言うのに正確にページをめくる手つきは鮮やかだ。
「それに、信仰とは教会のためのものではなく民のためのものですから……強制されて祈るものではありませんし、強制された祈りはむしろ神龍様に悪い影響を与えますので。これはネコブ第1章の26……」
//ヤコブ1:26
「いや、一々聖書開かなくってもいいから……」
「そうですか」
 再び、絵画に描かれた天使のような柔らかな微笑みを浮かべてフリージアは言う。意外そうな顔をして顔を起こしたロイに、フリージアが語った。

「神龍への信仰が薄いものが……そうして神の力に頼りたいというのならば、一ついい方法があります。中央広場の日雇い募集掲示板に『ナナ狩り、お願いします』と書き記すのです。そうすれば、ちょっとした暗号文で住所が送られてきますのでその場所へ赴いてあげてください。お金は張りますが、貴方ならば依頼料金をお金で払う事も体で払うことも出来るでしょう」
 フリージアと名乗る麗しいチラーミィは、笑顔でそんな事を教えてくれた。
「体……いや、まぁいい。しかし、神の力に頼るってどういうことだ?」
「神とは、神龍だけではないのです……」
 すまし顔でいい終えて、フリージアは舌を出して笑う。
「でも、今の言葉は内緒にしてくださいね。私が邪悪な者扱いされかねませんから」
「あ、はい……」
 肩をすくめたフリージアに、ロイは頭を下げて了承した。
「ありがとうございます。あ、お客さんが来たようなので、その……」
 一呼吸おいて、ロイは改めて深く頭を下げて礼を言う。常連客が顔を見せたのは一瞬遅れてのことだった。
「えぇ、いってらっしゃいませ。お仕事がんばってください」
 酒場の敷居をまたいだ客の元にロイが向かう。
「あ、トニーさんにジョーさん。今日もいつもどおりミートボール入りのスパゲティでよろしいですか?」
 今日も訪れたこの酒場の常連、ハリテヤマのトニーにオーダイルのジョーに、ロイは笑顔で応対する。

「あぁ、ロイは良くわかっているじゃねぇか!! ミートボールを多めにな」
 ロイは、フリージアに教えられた解決方法を記憶してその日の業務に勤しんだ。

 ◇

 掲示板に返信された紙に書かれていた住所はここで間違っていないはず。
 それにしても、汚い所ではないか。漆喰の壁や床の所々にひびが入り、ロクに手入れもされていないと推測できる安アパート。蜘蛛の巣も張られ、歩けば埃舞うこの場所の管理人はロクな奴では無いに違いない。もう少し掃除を行き届かせて欲しいものである。まぁ、いいか……どうせ長居する気も無い。
 裏社会の人間に仕事を頼むと言うのは少々……否、かなり勇気がいる。とはいえ、法律があてにならない今のロイには、それしか選択肢が無いのも事実であった。
(表札はジャネット=サンダーソン……ここだ)
「……ごめん下さい。テオナナカトルさんでしょうか?」
 いかにも建てつけの悪そうな、蝶番が錆びついたドアをロイはノックする。敏感な鼻からはオイルの匂いを感じ、きっとそれはこの部屋の住人が自主的につけたものなのであろう。廊下がこんなに汚いままで放っておく管理人がそんな気遣いをしてくれるとは思えないから。
「はい。如何にも私はテオナナカトルだけど……どちらさまからの御紹介で?」
 扉の向こうから聞こえる声は、わざとらしい位にお色気たっぷりな声色でロイを迎える。
「フリージアってチラーミィから紹介されました。とある酒場で……そして、昨日掲示板に書き込んだのは俺です」
「あらぁ。またフリージア……あの子にはお世話になるわね」
 その声は扉越しでも笑っているとわかるような声色だった。
 ガチャ

 そして扉が開かれる音。バリアフリーの行き届いていないドアは物を掴めないポケモンは極端に回しづらい丸いドアノブ。それが内側か回されたと思うとドアが開く。顔をのぞかせたのはうら若き女性のゾロアーク。圧倒的な身長差で、腕組みをしながらロイを見下ろして営業スマイルを向けた。
「こんにちは」
「あ……」
 ロイはそのゾロアークに声を掛けられても言葉を返せす、ただ言葉を失った。そのゾロアークは、まず美しいの一言に尽きる。目の下の隈どり模様と唇の周りは雲のように柔らかな桃色。つま先から耳の先までを覆う体毛の一本一本は、風がなくとも振れるほどに細かく、そして艶やかだ。
 よくまとまった頭髪は香りのよいオイルで整髪されているのか、姿を見ると同時に漂ってきた匂いのおで途端に深呼吸したくなる程の芳香。普段体を洗いもせずに、香水だけで匂いをごまかす者とは大違いで、ほのかで程よい獣臭さに交じるアロマなオイルの香りは数多のポケモンと一線を画している。
 膝もとまで垂れ下がる落ち着いた桃色の頭髪には一切の傷みが見られず、セクシャルなピンク色が危険な香りのする美しさを孕んでいる。その髪の先端近くにある珠もまた傷一つ、歪み一つなく、琥珀色の鈍い光沢を放っている。どうやら、このゾロアークは俗に言う色違い。しかもとりわけお色気たっぷりだと言う理由からピンクメスアークと呼ばれるカラーリングであり、この土地の土着神話で語られる豊穣の女神((この地域ではセレビィの色違いを豊穣の女神としている))と同じ縁起の良い色でもある。
 眼球の表面は赤ん坊のそれのように真っ白な白目で、細かな血管は浮き出ておらず淀みも汚れもない。黒目の部分は海より深いエメラルドブルーで、それを泣いた後と言っても信じられるほどに潤んでいて光が揺れている。

 胸元に光る首飾りは、金と銀に彩られたフレームには濃厚な蜂蜜のような美しい黄色と白のうねり模様を持つ虫入り琥珀((名前どおり虫が内部に入り込んだ琥珀))を埋め込んだもので、普通のポケモンが身につけると首飾りが主役になってしまいそうなほど雅やかなデザインである。しかして、このゾロアークにとっては、普通の首飾りがそうであるように、装飾品のほうが引き立て役に過ぎない。
 そして、何よりも若い。ゾロアークがリーダーだと聞いたのだが、このゾロアークは15か16くらいの年齢にしか見えない……もちろん、この女性がゾロアークである以上は、幻影か何かで年齢を偽っている可能性があるわけだが。
「あら、かわいい依頼人さんね。どうぞ入っていらっしゃい。お話はそれから」
 爪先から髪の先まで全てが非の打ち所のない見た目をしていながら、ブラッキーのロイを見ての第一声は、見た目との差異がない美しい声だった。
「貴方、北の大通りでいつも踊っているって言う……」
「えぇ、ゾロアークのナナよ。私の事を知っているなら、今度踊りを見に来てね。私、貴方のために喜んで踊ってあげちゃうわ」
 あまりの魅力的な容貌に我を失っていたロイだが、だらしなく半開きになった口を閉じて真面目な顔に戻る。
「気が向いたらね」
 ゾロアークのナナに屈託のない笑顔で迎えられたその溜まり場には、草やらキノコやら虫の死骸やらの変わった匂いがする場所ではあるが、中は埃ひとつ落ちていないほどに清潔な場所だ。天井は補修されているし、壁にも補修用の塗料が塗られている。
 中にいるメンバーを確認すると、一人目のメタモンは居眠りしていて、&ruby(シトリン){黄色水晶};のようなものを体内に埋め込んでいる。紅、蒼、翠の三色の宝石で装飾された腕飾りで顔から垂れ下がる腕のような部分を飾っているユキメノコ。3歳くらいのユキワラシを抱いているが子供だろう……な。ユキメノコは胴体に酷い噛み痕があるが、戦争にでも巻き込まれたのであろうか?
 そして、最後に若葉色と白の二色で彩られる湾曲した羽にローズクォーツをあしらった髪飾りを頭に挿したハピナス。ユキメノコとハピナスの二人はチェスに勤しんでいた最中といったところか。
 この女性集団、変わっているのは、変な臭いはしても香水の匂いはしないということだ。これほどの女性が集まっているのであれば、室内は体臭をごまかす香水で噎せ返りそうになるほどだと言うのに、ここの人たちは&ruby(うろこはがしのとが){鱗剥がしの咎};を((体に溜まる垢は神龍の鱗であり、それを剥がしてしまえば神龍の加護が受け取れなくなり梅毒などの病気にかかりやすくなるといわれている。現在では衛生的・医学的な面からこの考えは真っ向から否定されている))恐れていないらしい。

「あら、お主が例の新しいお客さんじゃの。丁寧にもてなさなくてはな」
「ママ……?」
「はいはい、シーラ。あのオジ……お兄さんは怖くないから大丈夫じゃ」
 一瞬おじさんと言いかけたのにロイは苦笑した。ユキメノコは&ruby(ユキワラシ){子供};をあやしながら立ち上がりどこかへと消えていく。食材の匂いが漂う方向へ向かっているということは、台所であろうか。お茶でも入れるのであろうか?
「こんにちは……私の名前は……&ruby(ディヴァ){歌姫};、です……ほら、ユミルさんも起きましょうよ。眠ってたら依頼人呆れて帰っちゃいます……」
「ふぁ?」
 美しい、しかしぼそぼそとした声をしたハピナスがメタモンをつついて起こすと、メタモンは飛び起きて依頼人を迎える。
「あ、こ、こんにちは。あっしの名前はユミルでやんす。以後、宜しくお願いしやす」
 本人はお辞儀をしたつもりなのか、ユミルと名乗るメタモンは地面にのっぺりと広がったような体制になっただけで、お辞儀らしいお辞儀には感じない動作だ。初見には礼儀がなっていないようにも見えるが、あれで精いっぱいなのだろう。
「全員女性ですか……?」
「ユミルは……あのメタモンはまぁ、あのユキメノコの夫だから男性寄りかしらね。一応それ以外は女性よ。そうそう、あちらのユキメノコさんはジャネットっていう名前だから覚えてあげて。歌姫ちゃんはまだ未熟者だけれど……よく働くいい子ね」
 ゾロアークは笑顔で答えながら手招きし、四足歩行用の背もたれの無い椅子を差し出し円形のテーブルに案内する。
「さぁ、お掛けくださいませ」
「どうも……」
 ゾロアークはどっしりと、重力に任せるように腰を落として無造作に座る。残念ながら、机に阻まれてブラッキーからは死角に位置するが、テーブルの下から見れば美しい脚線を隠すことなく、むしろ見せ付けるように脚を組んでいる。
「それでは、まずは自己紹介から。私の名前はナナ……って、さっき紹介したわね。チーム名のテオナナカトルから抜いたもので、&ruby(いにしえ){古};のシャーマンが霊界や神界との交信の際に使用したというキノコの名前が由来よ。と、言ってもテオナナカトルは大航海時代にこっちに渡って来た代物で、こっちではまだ歴史の浅い代物なんだけれどね。
 ところで、貴方の名前はなんと呼べばいいかしら? 偽名でも本名でも一向に構わないわ」
「ロイ……って呼んでもらえるかな、とりあえず。偽名を名乗る意味もないし本名だよ」
「ふむふむ、ではこちらも自己紹介を。あちらのメタモンは……名はユミルっていうの。あちらのハピナスは、あれで結構歌がうまいので歌姫と呼んでいるわ。まだちょっと未熟だけれど、今後が楽しみな子よ。最後に、今お茶を沸かしているユキメノコは、名前をジャネット。
 名前を一度に覚えるのは難しいかも知れないけれど、テオナナカトル一同、なにとぞよろしくお願いします」
「……よろしくお願いします」
 ナナがお辞儀をするのに合わせて、ロイもまた頭を下げた。

「して、本日のご用命はどのような理由かしら? それと、今日はお時間どれくらいあるかしら?」
 ナナは机にひじを付き、組んだ指の上に自身の顎を置いて身を乗り出す。ちょうどわずかながらに上目遣いになるので、どこか誘惑しているように見えなくも無い。
「一応今日は休みを貰ったから一日中暇だ……それで、依頼だけれど、殺しの依頼は受けておりますか?」

 『殺し』とは口にするのが恐ろしいことであるとは承知しているのであろう、わずかに口ごもったロイではあるが、誰の耳にも聞き取れるほどはっきりと言い切った。
「えぇ、得意分野よ。無論、殺害方法のリクエストによってはお断りする場合もあるけれど、ちょっとした注文ならいくらでもどうぞ」
「殺しの仕事は怖いからあんまり気が進まないでやんすねぇ~……あ痛っ!!」
「お客さんに……愚痴を垂れ流すのはダメです……殺しのお仕事だって立派なお仕事なんです……から」
 ゾロアークがこともなげに依頼を受けるといっている横では、メタモンとハピナスのなんとも間の抜けたやり取りが繰り広げられている。こんなスタッフで大丈夫なのかとは思いつつも、ロイは話を続けた。
「……王家が没落してから、元貴族階級のイーブイは平民下級の最下層に位置づけられた……法の上では平等に保護されているとはいえ、俺たちが泥棒か何かの犯人に仕立て上げられてしまえば、ろくな調査もされずにその責任を追及されるし、最悪罰金を払わされたり処刑されたり、殴られ蹴られと散々だ。
 事実上の平等なんてあったものじゃない……」
「あら、そんなのは昔貴族が平民に対して行っていたことなのですから仕方が無いことじゃない。天秤が逆に傾いただけだと思って、耐え忍ばないと」
 ごもっともではありつつも、癪に障る物言いをするナナに対し、ロイはわずかに舌打ちをして不快感を露にするする。
「……まぁそれについては納得しているよ。自分は違うと言いたいが、貴族が平民を見下していた事なんて周知の事実なわけだしな。俺だって本当は職がもらえるだけでも満足しなきゃいけない。でも、本来の雇い主が死んで、あいつが雇い主になってからは酷いもんさ。
 俺の雇い主は『店の金を盗んだと言って店を追い出せば、新しい就職先も見つからずに野垂れ死にだな』なんて脅して、俺を犯し続けてやがるんだ。俺への尊厳なんて一切お構いなしに、男色を強要するんだ……しかも、自分は働かないし給料だってはまともに払いやしないでな。お前だって、レイプされたら嫌だろう?」
「そうね。見知らぬ男だろうと見知っていようと、愛しても居ないやつにそんなことされるのは屈辱的ね」
「特に女性なんてセックスを気軽に出来る物でもないだろうしな……だからといって男でよかったとは言えんがな」
「ふふ、一般論ではそうね」
 ナナは口に手を当てくすくすと笑った。
「ちょっとリーダー。アッシはその一般論の人ですよ~」
「えっと、私も……どんな男とでも寝られるのはリーダーだけです……」
 ユミル、歌姫ともに否定するに対し、ナナはそっちの方を見ながらくすくすと笑って言い返す。
「大丈夫。私自身が一般論の範疇に無いなんて言った覚えはないわ。私だって見知らぬ男に孕まされるのは嫌よ」
 言い終えて、ナナはロイへと視線を戻した。

「それで……仕事が貰えるのは嬉しいのだけれど、やっぱり仕事なんて依頼しないほうがあなたのためになると思うのよね。だって、仕事にはお金がかかるから……話を聞けばまともに給料をもらっていない貴方に払えるのかしら?」
 ロイは首にかけていたポーチから懐中時計を取り出し、机に置く。
「金は無い……が、なんとか没収を逃れた財産ならばある。ものすごく複雑な機構を搭載した懐中時計でな。持っているだけでもステータスな懐中時計の一般的な相場の約3倍の値段……構造だけでその値段だ。さらに装飾もあいまって、中級所得層の給料二年分はくだらないはずだ。
 あんたの首飾りには敵いそうもないけれどね」
 ナナはロイがウエストポーチから取り出したハンカチ越しに時計を掴み、まじまじと見つめる。
「ふむ、これは後でジャネットあたりにでも鑑定させるかしらね。でもぉ、貴方はブラッキーなんだから体で払ってもらうって手もあるのにぃ……。お金を無駄にしたら罰が当たるわよ?」
「フリージアにもそう言われたよ。あんたを抱いてやれば依頼料がタダになるって言うんならやるがね。そういうわけじゃないだろう? ……薬の実験とか、危険な仕事に協力させられたりとかいうのならごめんだよ」
「あらぁ嬉しい。それは私を抱きたいって遠まわしに言っているのかしら?」
「なんか怖いから、遠慮しておく」
 ロイは肩をすくめて苦笑する。

「むしろ、貴方がピンポイントで欲しかった所なのに……まぁ、いいわ。で・は、早速ターゲットの詳しい素性を教えてくれないかしら?」
 ロイはナナの不穏な言動は無視することにした。
「ターゲットは、キュウコン。シドって名前の腹黒い奴だ……路傍に迷っていた俺を雇ってそいつの奥さんはいい人だったけれどさ。去年肺炎で死んじゃってね……そこから先は、さっき言った通りだよ。
 ほぼ一日おきに俺ともう一人。フシギソウの子供が一日起きに犯されている。俺がやられた次の日はその子……ってな具合にな。そんで、俺達だけだと飽きるのか、一週間に一度は街で男を買う変態さ」
「……あらぁ、貴方は美味しそうだけれど、いつも同じ料理じゃ飽きるってことかしらね」
(美味しいって……背筋がぞくぞくするようなことを平気で言う女だな)
 誘惑しているのか、ナナは腕を組んだままウインクを交えて色っぽくロイへ言った。ただし、ロイは子供には興味がなく、つとめて冷静にナナを観察する。そのおかげで今更気がついたのだが、ナナの腕組みは少し変だった。
 普通の二足歩行のポケモンは一方の手を膝の後ろ側に。もう一方の手を膝の前側に置き、なおかつ左腕と右腕が交差するように行うものだ。だが、ナナの腕組みは左手が脇の下に挟まれ左腕は全体的に右手に庇われるような形になっている。
(いや、気にする事ではないか……誘惑された気になってしまうのも駄目だが、変な事ばかり考え過ぎるのも駄目だな)

「なんか引っかかる言葉が聞こえたけれど……そう言うことだ。犯されるようになってから以前とは違う悪夢を見るようになったし……さんざんさ。それ以上に、俺はともかく子供の方は許せない。あいつも悪夢を見ているようなんだが……うなされかたは尋常じゃない」
 ロイは溜め息をつく。
「……あんた言ったよな天秤が逆に振れただけって」
「傾いた、とはいったけれど?」
「どっちでもいい。ともかく俺は貴族の時から弱い者いじめが嫌いだったんだ。俺だけならともかく……子供にまで手を出すのは許さない」
「あら、子供は好き?」
「取り立てて好きじゃないけれど、守るべきものだとは思っているよ……それを、あんな風にするのは許せない」
 ロイは前脚に力を込め、木の椅子をギギギと鳴らして傷をつけた。
「ふむ……そうなの。そのために没収を逃れた財産を差し出す……ねぇ。献身的な事じゃない」
「骨董品には興味が無いし……それに、今の俺が普通に売ろうとしたところで、平民の最下層の俺では買いたたかれてしまう。買い叩きとか、そういう事をしないっていう意味では、あんたらなら信用できるってフリージアとやらが言っていたよ」
「キャッ嬉しい!」
 フリージアと名乗るチラーミィに褒められた事が余程嬉しいのか、ナナはわざとらしく指を組んで手は耳の横に置くポーズをとる。傍らでは、歌姫と名乗るハピナスが肩をすくめて苦笑している。
「して、殺害方法だけれどどのようにするのかしら? 特に毒殺は、得意中の得意、悪夢を見せることで反省させることもいっそのこと自殺させる事も出来るわ……っていうか、基本それくらいしか出来ないけれど。貴方もそれ目当てで参ったのでしょうし、良いわよね?」
「毒殺で構わないよ……悪夢ってのはよくわからないから遠慮しておく。あ、毒殺で構わないけれど……無論、俺に疑いがかからない方がいいな」
「かしこまり……では、歌姫さん。アレを持って来ていただけないかしら?」
「かしこまり!」
 この場所では、了解の意を示す時は『かしこまり』と言うのであろうか。変わった場所である。

「どうぞ……リーダー」
 歌姫と名乗るハピナスが持ってきたのは分厚い本だった。表紙の部分は、端っこどころか真ん中あたりまで擦り切れが及んでいることから、相当に古い本のようである。
「これには、私たちテオナナカトルが誇る薬の数々が製造法と共に記載されているの。貴方が好みそうな毒を、幾つかピックアップするわね」
 言いながら、ナナは本のページをめくる。やけに胸を強調するようなめくり方をされたせいで、嫌でも視線が胸に行ってしまう事を楽しんでいるかのような流し眼も添えて。ナナを見ていると何のためにこの場所に来たのだか分からなくなって来るような変な気分になってしまう。
「どうぞ、お茶と軽食じゃ」
 嬉々として毒と薬の書かれた本を捲るナナの横で、ジャネットと名乗るユキメノコが紅茶と……スクランブルエッグを差し出した。紅茶を出すのは、庶民にも紅茶が買える値段になってからはよくあることだが、スクランブルエッグとは珍しい。
「どうぞ、お食べになりながら聞いてくだされ。ここから先は、ワシも毒の説明をさせていただく」
 軽くなったトレーをわきに挟みつつ、ユキメノコのジャネットが笑顔で会釈を。ユミルは、ジャネットの姿に変身して彼女から受け取ったのであろうユキワラシのシーラとやらをあやしている。
「さてさて」
 シーラの方をよそ見しているうちにナナは使う毒を選び終えたのか、ページを開いたまま笑っている。
「こんな毒などいかが? 名前は『禁欲の誓い』。材料はスピアーの毒と、ラムの実果汁とパラセクトの胞子……を、ブラッキーに飲ませるっと。もう一つターゲットにセックスさせたくない性別のポケモンをブラッキーに宛がう、か」

「な……俺? ちょっと待て、どんな毒なんだそれは?」
「リーダー、さわりの説明をお願いいたす。ワシはトレーを片付けてくる」
 驚いて尋ねるロイに対して、ジャネットは澄まし顔だ。
「いえいえ、貴方の体で払うっていうのはこういう事というわけなのよ。毒や薬を作る材料になってもらうの……軽いものだと体の一部……棘や角、血液や唾液などを採取するだけ。依頼にもよるけれど、目玉や内臓、尻尾を要求する事もあるわ。大丈夫、私の代になってからはそんな材料を要求する事なんて一度もなかったわ。人生を失いかねない材料を使ってもたいしたものが作られるわけじゃないからね」
「うわぁ……血はともかく、眼球だなんて」
 あからさまにいやそうな顔をして、ロイは眉間に縦じわを寄せる。
「だから大丈夫だってば……今回必要なのは貴方のあ・せ。と、精液。これで、貴方の望むお薬を作れるわ。貴方の体を使えば他の薬も作られるからそうしたいところなんだけれど……」
 ナナが言葉を詰まらせる。
「俺の汗を使う……のか? あと、もう一つ何か不穏な言動も聞こえたけれど」
「うむ……毒性はかなり弱めているのだけれど……要するに貴方は毒を飲んで、毒の汗を出す必要があるわけよ……だからそこはまぁ、要相談なんだけれど……ここから先はジャネット、貴方が説明して頂戴」
「かしこまり」
 いつの間にか戻ってきていたジャネットと名乗るユキメノコが、部屋の端においてあった自分用の椅子を念力で引き寄せてロイの90度左側に座る。
「さて、この毒じゃが、スズメバチの毒と言うのをまず知ってもらわなければいけない」
「スズメバチ? ってあの凶暴なハチだよな?」
 えぇ、と頷いてジャネットは続ける。
「スズメバチの毒というのは、一回目に刺された時よりも二回目に刺された方が危ない((ペプチドやタンパク質によってアナフィラキシーショックと呼ばれる症状が引き起こされるため))と言う事を知っておるか?」

「聞いた事はあるけれど……一回も刺された事がないから実感はないなぁ」
「知っているなら話が早い。この毒、お主にスピアー毒を飲んでもらうことで、それと似たような毒を貴方の汗から抽出させると言う原理なのじゃ。つまるところ、これを飲んだお主が掻いた『スピアー毒の汗』を二回浴びれば死亡というわけじゃ。
 お主が飲む毒にラムの実を混ぜるのは、毒を飲んだ時の症状を必要以上に悪化させないためのものじゃ。モモンの実ではないのは、モモンだと思った通りの汗が得られないことに起因する」
「ちょっと待って、その毒を俺の汗から作らないといけない理由は何だ? 他の毒はダメなのか?」
「出来る。じゃが……」
 ジャネットが嬉々としてページをめくる。
「……これの優れた所はじゃな。この毒を飲むと……お主の汗を浴びれば死亡というのはもちろんの事じゃが、正確に言えば『メロメロの香りを体に毒と勘違いさせる汗』を分泌させるのじゃ。ようするに、この毒を飲んだお主と誰かが性交したとしよう。そしたら、その誰かは一生男性との性交が出来なくなるのじゃ。『誰か』の性別に関わらずな。もしもお主が女性なら、その誰かは一生女性との性交が出来なくなるのじゃ。
 これはアナフィラキシーショックと言っての、スズメバチの毒ならば多数の者が起こる現象じゃが、人によってはピーナッツや、虫さされやミルクでも起こり得る現象じゃ。無論、この毒の汎用性の高さはスズメバチ並じゃから、失敗する可能性は低いものと見て安心せい」
「その汗を飲ませると……どうなるんだ?」

「お主のターゲットの場合は……次に男と性交した時に、心臓が止まって七転八倒しながら死ぬな。材料であるスピアーの毒とラムの実の薄め液、そしてパラセクトの胞子を混ぜ込んだこれをお主が飲もうとも……ちょっと心臓がドキドキするくらいじゃ。激しすぎる運動は厳禁じゃが、ちょっとした運動……例えばセックスならば問題はない」
「……セックス前提かよ」
「メロメロ臭を嗅がせながらお主の汗を当てなければ、ショックを与える効果は見込めないものでな。メロメロ臭は、性交をしていればどう足掻いても出てしまうものじゃ。つまりは、性交中は貴方が汗をターゲットに浴びせるのが最も容易な機会と言う事になるのじゃ。
 無論、それなら毒を飲み物や食事に混ぜる必要もない、じゃから怪しまれにくいというわけじゃ」
「チッ……毒を飲ませるためとはいえ、またシドに犯されなければならないのかよ……」
 ジャネットの言葉に、ロイは忌々しげに舌打ちをする。ナナは溜め息をついていた。
「何十回も犯されているんじゃなかったのかしら? 今更一回くらい増えたって変わらないじゃない。それに……ターゲットが貴方のセックスを最後の快感にして、次のセックスの最中に死ぬなんて最高の屈辱だと思わないかしら? 快感を得るための行為で、七転八倒の苦痛を与えられるままに殺されるなんて」
 ナナは上目遣いでロイを見て笑う。
「ふむ……確かにそうかもな」
 ナナの言葉はいちいち癪に障ったが、今回ばかりはロイもしぶしぶながらも納得した。
「で、結局この薬はどんなふうに使うんだ?」
 ロイがジャネットに尋ねると、ジャネットはコホンッと咳払いした
「薬を飲んだお主が、性交中にかいた汗を浴びさせればよいのじゃ。その、シドとやらにな。浴びせてから一日経つと、シドとやらはその頃にはもう男性のメロメロ臭を嗅いだだけで心臓が止まるようになるのじゃ……かつてはこれ、黒白神教と言う土着信仰に於いて神との婚約を誓った存在。
 シャーマンの中でも神子という特別な地位に就く者が、覚悟を示すために服用したものじゃ。しかもブラッキー汗を採集してそれを飲むという方式のために、童貞もしくは処女を破る事が死に繋がったのじゃ。
 これを飲まなければ神子になってはいけないと言うわけではないのじゃが、やはり一生独身を誓う分、他の者より尊敬を得られる神子となるのが定石であったと知らされておる。
 今使われない理由は、元はこの地の土着信仰……つまり異教徒が使っていた薬であるという理由と、神子となるシャーマンがこれを使っていた時代には、メロメロボディのポケモンがこの地方に極端に少なかったことに起因するのじゃ。
 神龍信仰にも神への婚約者と言う考えはあるのじゃが、神龍信仰に於いて神の婚約者となれるのはメロメロボディの者のみ。この薬を使ったら家族に会うことすらできなくなるからな。今神龍信仰が支配するこの地でこれが使われなくなるのも仕方がない事じゃ」
 うんちくをたれながらジャネットが笑う。
「ところで、お主が達二人が犯されずに他の男を買う日と言うのは……お主が犯された次の日か? それともフシギソウの男の子が犯された次の日か? その如何によっては、いきなりこの計画も頓挫してしまうことになるのじゃが」

「週によって変わるよ……先週、フシギソウの子が犯された次の日だったから……今週は俺だ。だから、大丈夫……一日でセックスが不可能になるっていうんなら、今週末にその薬を飲めばいい事になる」
「ふむ、なるほど……それでは、お主が依頼を頼みたいのであれば、今すぐにでもお薬を作る。どうするのじゃ?」
「だ、そうよ。ロイさん、貴方はどうするの?」
 ナナに尋ねられたロイは悩まなかった。

「毒を飲むって言われると少し不安だが、出来るだけ早い方がいいし……頼むよ。早い所あの子を苦痛から解放したい。やるよ……」
 ナナの問いにロイが答え終えると同時に、ナナは突然&ruby(かしわで){柏手};をして皆の方へ笑顔を向ける
「と、言うわけよ皆。頑張りましょう……美しき神レシラムがため!!」
 かつてここで信仰され、そして&ruby(レックウザ){神龍};信仰に駆逐された神の名を叫んでナナが笑う。
「雄々しき神、ゼクロムがため!!」
 そして、仲間の3人も同様に信仰を駆逐された神の名を叫んだ。子供を寝かしつけている最中のユミルは流石に小声であったが、きちんと叫んでいる。
 つまるところ、このテオナナカトルという集団は黒白神教の異教徒と言う事になる。フリージアは聖職者……こいつらは宗教の敵対する存在である異端者。一体どういうつながりで神龍信仰の司祭であるフリージアとテオナナカトルが仲良くしているのかなのか見当もつかない。
「それでは、ワシはロイさんに飲ませる薬の調合してくる。しばらく待っておれ」
「わかった……」
 ジャネットが果実の臭いがする棚を開けて、そこからラムの実を取り出す。他の部屋にも棚があるのか、実を取り出すと別の部屋にいってしまった。子供を寝かしつけていたユミルはと言うと、抱いていたユキワラシを今度はナナに預けてジャネットの手伝いに向かう。
 子供を預かったナナはユミルと同様にユキメノコに姿を変えて子供に笑顔で語りかけている。なんとまぁ、良い子育て支援ではないか。
「あらら……&ruby(ジャネット){チェスの相手};が消えてしまいましたね……。そうだロイさん、一緒に……戦ってみませんか?」
「俺……弱いけれど、それでいいなら」
「大丈夫です……私もそんなに強くないから……」
 歌姫と名乗るハピナスが途中で放置されたチェスボードを指さして手招きする。暇つぶしにはちょうどいいか、と始めて一回目のゲームを勝利で収め二回目の中盤……

「何だか……頭がぼうっとする……」
「あらあら、卵に入れたお薬が効いてきたようね」
 ナナは、指を加えて熱っぽい視線をロイに向ける。彼女の髪には、いつの間にか山吹色の鉢巻のようなものが巻かれている。確かあれはキーの鉢巻((装備していると混乱状態になるのを防ぐ効果がある))だと理解した頃には、さらにまた景色が歪む。
「薬ってな、なんだよ……? それに、卵って……」
「卵に、ちょっとばかしテオナナカトルを混ぜさせてもらったの……もう効果も出ているみたいだし貴方はもう、私のえ・も・の」
「何を言っ……て…………?」
 ロイの視界がゆっくりと傾いた。
「おっと……私が抱きしめるのが遅かったら床に落ちていましたよ……リーダー。もう少し早めに……獲物宣言をしなくっちゃ」
 ロイはボソボソと喋る歌姫に抱きとめられたおかげでなんとか椅子に座ったままであるが、すでにロイの平衡感覚は完全に死んでいた。自分が傾いているのに、地面が傾いていると思い込むほどの浮遊感にを感じ、吐き気や腹痛、目眩も覚えている。
 景色が歪み、目の前が異様なほどに色鮮やかに見えるなか、歌姫からナナへとロイの体は手渡された。逆にユキワラシは歌姫の手に渡っている。
「……ごめんなさいね。新規のお客様が殺しの依頼をする場合、こうやって薬を飲ませて洗いざらい吐かせるのが慣習なの」
 自分の体がおかしくなっていることに気がつきつつも、ロイは抗うことも逃げことも出来ず焦点の定まらない目でナナを見ていた。まずいと思って居ながらも、まるで瓦版を読んでいるときのように他人事な気分が抜けず応接室から運ばれてベッドルームまで運ばれた。
 そこでロイはナナにされるがままに仰向けにされ、四肢の一つも地面に触れない無防備な体制にされる。雄として大切なところまで丸見えなこの体制を、ナナは怪しく光る目で見つめていた。
「……俺に何をする気だ?」
 凄んで脅してやりたいところなのに声にも顔にも力が入らない。
「何でも、よ」
 呆けてだらしなく開いたロイの口はわずかに涎を流していて、その涎をぬぐうようにロイの口元をナナの舌が這った。
「ひうっ!!」
 それだけで背筋にヒルが這うような快感が走って、ロイは思わず情けない声を上げる。同時に、肛門付近から、睾丸、陰茎、副乳、胸、首、顎と、マグマッグが這うような、粘っこい手つきがロイを襲う。
「んあぁぁぁぁ……」
 ゾクゾクとした快感が背骨を通じて全身にいきわたり、ロイは雌のように喘ぎ声を上げた。『やめろ』の一言も出ない。
「あら、かわいい。童貞じゃないのが残念だけれど、もしかして女の子とは初めてかしら?」
「そんな、ことは……ない」
「そう」
 質問に答えようとしたロイの口をそれより大きな口でナナが食む。
「でも、結局は同じこと」
 ロイから口を離したナナは、口元に妖艶な笑みを浮かべて自身の赤い唇を舐めて濡らし、その水分で唇を潤わせる。その所作にロイの目が向いているうちに、すでにして硬さと大きさを得ようとしている肉棒の根元を花を愛でる様な軽いタッチでなで上げた。
「ひゃわぅ!!」
 触れられた瞬間体が跳ね上がり、しかしそれに動じることなくナナは愛撫を続ける。
「今まで感じたことのない快感を感じるという意味では、童貞のそれと、処女のそれと、相違はないわ。さ、もっと可愛らしく私に甘えて頂戴」
 その愛撫は刺激としては非常に中途半端で、快感を得るには足りない。しかし、熱を冷まさせてはくれない。愛撫とは別に行われている、口の中をまさぐる一方的なキスも熱を冷まさないように一役買ってくれている。
「ふぁぁ……」
 そんな意地悪な愛撫に対し、さらなる刺激を懇願するように腰を動かしたロイではあるが、
「ダ~メ」
 気がつけばナナは触れているのがかろうじてわかる程度の力加減で指先を肉棒の根元に触れさせているだけ。
「いい子にしていないと、イかせてあ・げ・な・い」
 口にも体にもお預けを食らったロイは、自身の舌で口腔を慰めるほどに堕ちていた。しかし、昂ぶり始めてしまったロイの肉棒は、そんなことでは快感も平静も得られない。まだまだ、熱くさせるだけさせても燃え上がることを許さない愛撫に翻弄されっぱなしで、本能に突き動かされて腰を振ろうとするたびに、ナナはそれを許さなかった。
「うぅ……」
 苦しそうに、悔しそうに呻いたところでナナが動いた。ナナはロイの後ろに回り、ロイの体をまたに挟んで耳をそっと食む。耳にジンワリとした快感が走るけれど、薬で感度が上がった今でさえもそんな刺激では下半身にまで快感が届かない。
 快感で強張った肩から力が抜けるのを見計らい、ロイの下あごを指の腹で撫でながらナナがロイの耳元に語りかける。
「さて、どうして欲しいかしら? 私に聞こえるように言ってみなさい?」
「……イかせて欲しい」
「うん、そう。正直に言えていい子ね……でも、もっといい子になってもらわないと残念ながらそれは出来ないわ。ロイ、あなたのことを色々と教えてもらえるかしら?」
「は、はい……」
 テオナナカトルを食べて理性の吹き飛んだロイは、容易くナナの言葉に堕ちる。
「まず、は……あなたの名前をもう一度教えてもらえるかしらね」
「ロイ……」
「よし。それで、あなたの目的はフシギソウの男の子の性奴隷からの解放だったわね?」
「あぁ……」
「本当に?」
「あぁ……」
「本当に本当にそれだけが目的かしら? 答えてくれないと、一生イけなくなるお薬を飲ませちゃってもいいんだけれどな。ずぅっとこの状態のお薬、をね。それでもいいなら……本当のことを言わないでもいいわ」
「それは……勘弁して」
「じゃあ、本当のことを言いなさい」
「わかった……雇い主も含めて読み書きと会計が出来るのは俺だけだから、やつが死ねば……俺が店をのっとれるんだ。というか、先代は……」
 ナナは最後まで聞かなかった。
「うふっ……悪い子だわ。でも、私の前ではいい子で居るみたいだから……約束どおりイかせてあ・げ・る」
 本来の目的とは別の目的があったり、何かターゲットに秘密があったりすることは慣れていて、ナナは驚くこともなかった。今回は大きな事件に巻き込まれたり、お偉いさんと係わり合いになって事を構えることになる心配はないようだ。ならば、迷う事は無い。
 考えもまとまった所で、ナナは目の前の獲物を楽しむことに決めて立ち上がり、ベッドの下から何物かを取り出した。
 ガキリ、ガキリとゼンマイを巻く音を響かせながら、熱っぽい視線でナナを見上げるロイに近づく。妖艶な笑みを崩さないまま、手に持ったそれにクリームのようなものを塗る様を見せ付けた。

 男性器を模した&ruby(それ){張子};は、ぜんまいの力で細かく震えている。ロイが冷静であったのであれば、いまだに高級品であるゴムの樹を材料にした樹脂で出来たそれを見てその価値を推察したことだろう。自身の肉棒ごと体を押さえつけられ、性器を模した物体を持つナナの手が肛門に近づくことを恐れたことだろう。
 けれど、ロイは雇い主に犯され続けたことで開発され、曲がりなりにもそこを貫かれる快感を知っている。熱を帯び、薬に脳を侵された今は屈辱よりも快感を得たいという思いが優先された。
「ぐあぁぁぁっ!!」
 断末魔のような大声で、しかして甘みの混じる声でロイが鳴く。振動する物体をはじめて不浄の穴に入れられたロイは、テオナナカトルの力も相まって快感に支配される。
「どうかしら? 気持ちいい? 気持ちいいって言ってくれたらもっといいご褒美あげる」
 ほとんど触れられないままに怒張し、こらえきれず先走りを流す肉棒をフニフニと力を込めずに つまみながら、ナナは意地悪に笑いかけた。
「気持ち……いい」
「あら、嬉しい」
 声まで震えた状態で答え、更なる快感を欲したロイに気をよくしたナナは、先ほどのようにロイを抱きあげ彼の体を股に挟んで耳を食む。左手で腹にある副乳をぐりぐりと弄くると、その手つきに合わせてロイが鳴く。
「あうっ……ふぅっ……ひや、ひゃ、はぁ……うあぁぁぁぁぁっーーーーー!!」
 生殖器以外の性感帯を余すことなく刺激され浴びせられる快感に翻弄されたロイは、絶頂を迎えて咆哮した。それでもナナは変わらずに刺激を送り続け、そのせいでロイはなかなか絶頂から降りることが出来ない。
 涙と鼻水と唾液と、顔から出せる液体を垂れ流すままに任せているうち、ようやくロイは絶頂から降りることが出来た。
「ふむ、ぜんまい切れちゃったわね」
 まだ快感の余韻に浸り、口が半開き生までの息切れの最中に、再びガキリガキリとゼンマイを巻く音。
「さ、準備はいい?」
 まだ肛門に刺さったままの張子のゼンマイを巻き終わると、ナナが尋ねる。しかし、答えは聞かずぱっと手を離した。
「やぁぁぁっ!!」
 それだけでロイは咆哮をあげて再び快感に支配される。今度は、ナナもいきなり容赦なく攻めるようなことはせず、じらすようにまずは耳から。首をねじるようにして耳から送られる快感に耐える。
 次は腹。副乳の並ぶそこに手を当て、乳首を重点的に。しかし、絶頂に達しない程度に攻め立てる。わずかながらロイの肉棒にナナの手の甲が触れられ、肉棒の刺激を得んがために浅ましくロイは腰を振る。けれど、ただ触れて揺られるだけの刺激ではどうしても絶頂へ達するまでのとどめになることもなく、恨めしそうな目でナナを睨むしかなかった。
「どうして欲しい?」
 と、体を愛撫しているナナが尋ねれば、ロイは迷わない。
「イかせてくれ!」
「かしこまり」
 ニヤリ、怪しい笑みを浮かべて、ナナは利き手である右で肉棒をしごき上げた。
「あっぐ!!」
 多くの性感帯を同時に攻められて為す術なく最高の絶頂を迎えたロイは、攻撃を受け止めようとするサンドのように体を丸めた。射精する瞬間、大量の精液を浴びて受け止めに回ったナナの右手は、真っ白な精液にまみれ、ねばついている。ナナはそれを、舐めるでもなく拭うでも無くしばらく面白そうに見つめながらロイを弄んだ悦に浸っていた。
 絶頂から開放されたロイは、四肢を横に投げ出したまま荒く息をついている。薬の作用と疲労で、しばらくは動く気も起きないだろう。

 ◇

「……っ」
 目覚めた時、記憶が混乱していた。
(蜜と……乳の匂いがするな……ここは何処だ?)
 始め、どうしてここに居たのかも忘れ、冷静になろうと辺りを見回していた時に真っ先に目に入ったのが、歌姫だった。

 それだけでだいぶ記憶がよみがえる。変な薬を飲まされて好き勝手凌辱された忌まわしい記憶が。

「犯されていたな……ナナに」
「と、言うことはです……あなたは……そんな夢を見たのですか?」
「……はぁ?」
「いえ、確かに私たちテオナナカトルで正気を失わせてあなたに隠し事がないかを問いただしましたけれど……犯すだなんてそんなことするわけないじゃないですか。何か悪い夢でも見ていたのではないでしょうか?
 このお薬、偏執にとらわれたりしますし幻覚を伴う効果もございますので……もしかしたら妄想が生み出した産物かもしれませんよ。例えば、男に好き勝手犯されるのは我慢ならないけれど、女性にならいいかなぁ……とか」
「ごまかさなくっていいから……あんなに生々しい幻覚があってたまるかっての。うっすらとしか覚えていないけれど、あいつは俺を……はぁ。どうしてあんなことを……」
「うぅ……やっぱりごまかすのは無理ですよねぇ。え、えっとですね……私たち、新規のお客さんは基本的に信用しないことにしているんです……神龍信仰が支配するこの地で異教徒がこんな活動をしているとしれれば……いつ私たちの命狙われるかわかったものではないので。
 それに、私達に与するフリージアさんだって危ないですし……
 ですから、貴方がターゲットについて何か嘘をついているなんて事があってはならないんです。特に殺しの依頼については、慎重にならざるを得なくって……」
「はぁ……いい女とは思っていたが、痴女だったなんてな。美人じゃなかったらもっと怒っていたところだよ……お前の言うことが真実だとして、もう少しやり方があっただろうに」
 まだ意識がはっきりしないロイは怒る気にもなれず、ため息をついて再びベッドに横たわる。まだ体を動かす気にすらなれない。
 ガチャ。
 ナナがベッドルームの扉を開ける音が部屋に響く。
「あら、なまじ快感が強かったから怒れないとかかしらぁ?」
「そんなこと考えていない……さ」
 ドアの枠に足を組みつつもたれかかりながら、妖艶な笑みを浮かべつつナナは言った。心を見透かされたロイは、視線をそらしながらナナの言葉を否定した。
「あの薬を飲ませて真実を吐かせることについては有無を言わせるつもりは無いけれど、悪いこととは思っている。だから、私からも改めて謝るわ……ごめんなさい」
 先ほどまでの誘惑するような雰囲気を一切排しての深い謝罪の礼。雰囲気のギャップに呑まれてロイは言い返すことが出来なかった。
「しかし、悪いとは思っていてもやらないわけにはいかない……教会にはおとり捜査のようなことをする者も居るし、実は競合する組織の回し者かもしれない。もう伝える者の少ないこの信仰を守りたいし、この子達3人も守りたい。……そのためには、仲間以外のすべての者を信用してはいけないの……分かる?
 そのために、私は慎重に慎重を重ねる義務がある。私はその義務を果たしたまでなので……」
「……だからといって、もう少しまともな方法はなかったのか? っていうか、確実に襲う必要は無かっただろう」
「あら、気持ちよくなかったかしら?」
「ノーコメントだ。それはもういいから、仕事だけはきちんとやってくれ」
「おっと、忘れていたわ」
 漫才のような二人のやり取りにあきれ果てた様子のロイの言葉で、ナナは何かを思い出したようで、手提げ袋から大匙二杯分ほどの液体が入ったガラスの容器を取り出した。
「これを飲んで、その雇い主とやらと性交しなさい。雇い主が男とまともな性交できるのは、貴方で最後になるわ。貴方のネックポーチに入れておくわね」
「……ご苦労さん」
 ネックポーチに薬を入れられたのを確認して、ロイは申し訳程度のねぎらいの言葉をかける。
「それと、これも返すわ」
「……それは、俺が渡した時計じゃないか?」
 ナナが返すといって見せ付けてきたのは、報酬としてナナに手渡したはずの懐中時計。

「貴方がテオナナカトルを飲んだときに出た汗と精液が思いのほか有能だったものでね。キーの鉢巻を髪に巻いていても、私ったら幻惑されちゃうくらい……。今回の私たちの仕事は、お薬渡しただけ。あまり高い報酬を貰い過ぎても私達気分が悪いのよ。だから私達も、薬の材料を得ただけで構わないわ。
 だから懐中時計の代わりに、貴方の汗とそれ以上に性能のいい精液……どちらも有効利用させてもらうから、今回の報酬はそれということで。襲う必要はなかったって言うけれど……襲われたおかげでその時計は無事なのよ。
 あ、でも……もし、ちゃんと報酬を払いたいって言うならば、いい払い方があるわよ。ジャネットがあなたに飲んでもらいたい毒があるっていっていたわ。貴方の汗から作る毒は、元の毒よりも性能が一回りよくなるものがあるよねぇ。テオナナカトルの毒もその一種だから利用させてもらったのよ」
「お断りする。ブラッキーは毒物工房じゃないんだ」
 ナナの不穏な言葉だけで、報酬の意味するところがわかってしまう。また何か薬を使われて、毒の効果のある汗を採集しようとでも言うのだろう。これ以上そんなことに巻き込まれては、ロイもたまらない。

「そう、残念。じゃあ、これで仕事は終わりだけれど、私が恋しくなったらお仕事関係無しにいつでも来て頂戴ね。汗から精液から、薬の材料を搾り取ってあげるわ。
 こんなおばさんでよかったら」
 言いながら、ナナは顔の前で手を振る。一瞬にして結露して曇ったガラス窓の水滴を拭ったかのように顔が変わり、年老いて孫の一人でもいそうな痛んだ体毛の見える年齢((このお話では大体30代後半から40代前半))になった。毛色も通常色に戻っている。だがそれも一瞬で、逆に手を振ると同時に先程までの美しい顔に戻っていた。
「なんちゃって。貴方を相手にするときは、きちんとこの美しいお顔で御相手するわ」
「い、今の……顔。老いているのと若いの、どっちが本物……?」
「どれが本物かを調べたいのなら、私の寝顔を見るといいわ。まぁ、寝顔を覗けるもんなら覗いてみろって、こ・と・だ・け・ど」
 ナナが腰に手を当て、重心が足の上の外に行く限界まで腰を曲げ、ずいっと鼻面を近寄らせる。ロイはまっさらな体にポケモンであれば匂いで性別や種族くらいならば分かるが、老いているか若いかを調べる事は髪を整えるオイルの匂いのせいで出来なかった。
「知らない事が良い事って言うのもあるものよ。さぁ、その薬を使って貴方の目的を果たしなさい。お店を自分が乗っ取るんでしょう?」
「……お前ら、それ誰にも言うなよ?」
「依頼人をゆする事なんてしません……よね、リーダー?」
「うん、その通り。頑張ってやってらっしゃい。そして、これから先何かトラブルがあれば、またの御用命を歓迎するわ」
「はいはい……」
 おかしな話になってしまった。大切な懐中時計を手放す覚悟でここに来たと言うのに、何故だか薬をタダで手に入れてしまったことになる。逆強姦の憂き目に会ってしまったが、それで何かを失ったかと言えば、プライドを失った気もするが……気にしてしまったら負けなのかもしれない。
 振り返ってみると、ナナは琥珀の首飾りに話しかけるような仕草をしていた。何をやっているのかと笑いながら、ロイはジャネット=サンダーソンの家を後にした。

 ◇

「ほら、咥えて気持ち良くさせるんだ」
 嫌悪感をこめた眼で睨みつける――それが抵抗の限界だ。
 財産を没収され平民にまで身分を落とされた貴族たるイーブイは、今や犯罪者と奴隷くらいしか下の身分と呼べるものはいない。精々、スラムに寄り集まる乞食たちと同等くらいの身分であろうか。本当は、仕事がもらえるだけでも感謝しなければならない。
 けれどこの雇い主、名前はシドと言うのだが、とても性質の悪い男である。同性愛者であることを咎めようなどと言う気はロイには毛頭ない。性癖の合う者同士やってくれるのであれば世の中に悪い影響は与えないのだから。
 しかし、&ruby(しと){淑};やかなイメージの似合うキュウコンとはおよそかけ離れている粗暴な性格と言うだけでなく、嫌がる者を無理矢理犯すのが好きで、しかも弱みを握って犯し続けるなど手の施しようもない卑しさだ。
 何度も繰り返すことになるが、ロイは情に厚い男だ。自分のための屈辱ならば耐えられようが、子供も同じ目にあっていると思うと許せなかった。恐らくは、自信が親から存分に愛情を受けてこの姿に進化したことによるのであろう。もしもロイがブースターやシャワーズとして育っていたのであれば、こうまで怒りを露わにすることも無かったかもしれない。

 命令されて睨みつつ、舌打ちしつつもロイは雇い主の肉棒を咥える。最初は悪臭以外の何物でもない、汗ばんで発酵したとも腐敗したともとれる肉棒の匂い。心地よいとこそ思えなくとも、鼻から呼吸しても吐き気を催す事はなくなってから久しい。しかも最近は、牙による痛みを極力与えず、なおかつより強い快感を与える方法が分かるようになってきて、その舌使いを褒められる程なのだから不本意でたまらない。
 いっそのこと噛みちぎってやりたいとなんでも思っているのに、これでは全く逆の結果なのだから笑い話のようだ。
 わざわざ憎むべき相手に快感を与えるのは不快でならなかったが、その不快な表情すらも相手の快感への肥やしになるのであるから、ロイは最近は怒るのも馬鹿らしいとさえ感じていた。だが、その怒りを風化させずにいたおかげで、幸運にもフリージアやテオナナカトルに出会えた事は感謝しなければならない。
「よし、もういいぞ」
 シドの先走りの味が舌に触れてきた頃だろうか。自分としてはもごもごと口を動かしていただけで、もう意識しないでも出来るようになてしまったようだ。自分が女性で無い事が少々悲しいとさえ思えてしまい、ならば同性愛者になってしまえばいいのだと言う心の片隅の意見は無視することにしている。
「はぁっ……」
 今までは嫌悪感で出していた溜め息も、今では面倒くささで溜め息をついている。
「おいおい、なんだ今のは?」
 けれどシドは溜め息の質の違いにはあまり気が付いていないらしく、今まで通りロイが嫌悪感を一杯にして吐き出したのだと信じ込んでいる。こうして、嫌がるそぶりを見せておけばこの男のやる事は激しさを増すが、自分が楽しませないとリーバーが犯されるの比率が増えるかもしれないので精一杯シドに好かれる演技をしている。
 リーバーは、未だに本気で嫌がっているためこっちは演技で対抗しなければいけないと言うのは滑稽だが、それももう終ると思うと、犯されながらだと言うのに笑みが漏れないようにするには苦労した。
「生意気な眼をしている奴にはお仕置きだ!!」
 今のロイはテオナナカトルからもらった薬のせいで心臓の鼓動が辛いものである。犯される際に感じる心臓の鼓動がいつもとは比べ物にならない気がする。そのおかげで、いつもより辛そうな(実際に辛いのだが)表情を見せるロイの表情が気に入ったのであろう、今日行われるシシドの行為はいつもより恐ろしく激しい。
 分泌される弱毒入りの汗もいつもより大量に流れてしまった事だろう。そうして突かれているうちに、僅かながらに快感はあったものの、所詮は愛の無い一方的に強要される行為だ。先代店主との交わり程の興奮もなければ高揚感もなく……ましてやナナからの攻めを体験した後だと、愚にもつかない快感しか与えられる事は無かった
 それでも、あえぎ声を上げたり悔しがるそぶりを見せればシドは悦ぶ。これでは子供の神話ごっこ遊びに付き合ってあげる大人のようだと、ロイが心の中で見下す気持ちもシドにはきっと届かないのであろう。
 自分の中に精が放たれて、シドがその快感の余韻に浸れば後は大体それで行為も終わる。テオナナカトルの言う事が本当であれば……だが、明日を待つだけで奴は死ぬのであろう。

 ◇

 後片付けを命じられたロイは、顔をニヤ付かせながら明日の朗報に想いを馳せた。テオナナカトルの連中は掴みどころのない奴らだが、フリージアとか言うチラーミィには随分と信用されている様子であったし……結局金は取られなかったのだから、とロイは考える。
 反面、まさか自分が実験台にされているのではなかろうかと言う気もしてきたが、いくらなんでもそんな事をすれば奴らの立場が危ないであろう。やつらの安全対策だって完全とはいいがたいのだろうから。
 第一、薬の実験をしたいならばロイを外に出さずに監禁してしまえばいい。そうしないと言うことはそういうことなのだとロイは信じることにした。
「さて……」
 ロイは固く絞った布巾で自分の体をふき始める。ロイは自分の匂いが分からなくなる香水を体につけるのは嫌いで、性交を行っても入浴は行わず(毎日性交を行っているために、性交するごと水浴びなんてに出来たらかなり裕福ということだが)ましてや体を拭こうともしないシドの事はもちろん嫌いだ。神龍軍に貴族の身分を追われ、神龍信仰の教会そのものを敵視しいているロイにとっては、入浴や沐浴を『鱗剥がしの&ruby(とが){咎};』とする教会への反目の意味もあったのかもしれないが。
 ロイがなんだかんだ言ってテオナナカトルへ嫌悪感を抱かなかった理由もそこにあった。年齢は隠されてしまたものの、ナナも獣の匂いがほのかに香るし、歌姫もジャネットもユミルも体は清潔に保っているようで好感を持てる。
「兄ちゃん……その、お疲れ様。大丈夫?」
 そして、体が拭き終わった頃にリーバーが。
「いつも通りもう慣れたよ……気にするな、リーバー。明日の朝にはまた読み書き教えてやるからもう寝ておけ、俺はもう少しやる事があるからさ、待ってやる義理なんて無いだろう?」
 申し訳なさそうにねぎらいの言葉を掛けるリーバーは、被害者が自分だけでなくなった事に罪悪感のようなものを感じているらしい。確かにリーバーがロイなど及びもつかないほどの美男子であればロイにまでその魔の手が及ぶこともなかったのであろうが、そういう問題ではなく誰も苦しまないことが一番なのだ。
「手伝うよ……」
「残念だな、もう後片付けは終わりだよ。いいから早く寝ろ。明日だって仕事だけじゃない、勉強もあるんだからな」
 言いながらロイは尻尾でリーバーの後ろ足を尻尾で叩いて笑う。
「……分かった、寝るよ」
「待っていてくれてありがとうな。嬉しいけれど……さ、お前が体壊さない方がよっぽど嬉しいんだから寝ちまえばいいのに」
「……いつもありがとう」
「お前に礼を言われる筋合いじゃないさ。……大丈夫、俺はなんとかやっていけるからさ。お前は、気に病むんじゃない」
 (全く、リーバーがこういう奴じゃなかったら、シドを殺すなんて選択肢は浮かばなかったかもしれないな)
「ロイはいつも待っていてくれるからさ……俺も待っていた方が良かったと思うんだ」
「お前は、待っている間に居眠りする事があるから、よくタイミング逃したりしているけれどな。何度も言うように、眠いならば無理するな……まだ子供なんだ」
 同性に強姦された直後だと言うのに、リーバーの顔を見ただけで心がさわやかになる。こいつが弟ならエーフィかブラッキーになっただろうな、とそんな光景を想像してロイははにかむ。弟も自分と同様の目にあってと離れ離れになってしまったけれど、元気にしているだろうか。
「意地悪……」
 そんな考えを張り巡らす横で僅かに頬を上気させて、リーバーは顔を伏せた。リーバーは本当に可愛い弟のような存在であった。

***

『翌日、また翌日とシドは店に帰ってくることなく二日たった日に、やっと死んでいたことが分かった。何ともまぁあっさりとしたことで、容疑者は不明……つまるところシドが買った相手は不明と言う事で、現金も持ち出されていたことから強盗目的だったんじゃないかという説も出ている。実際は強盗では無いのだろうけれど、客が死んでしまったら現金を奪って逃げるとはなかなかちゃっかりした男娼である。

 その事件が起こって、街はどうなったかと言えば、どうにもならない。強盗殺人はそれなりに珍しいとはいえ、強盗など珍しい事でも何でもない。ただ少し影響があったと言えば俺の働く酒場くらいだ。元々シドの奥さんであるサラが死んでからは、人事以外の全てを、掃除も料理も仕入れも接待も俺達だけでやっていたのだから、店の業務にはなにも変わりがない。
 その証拠に、愉快な常連客のトニーとジョーは今日もこの店に訪れては楽しく酒を飲んでいる。

 ただ、その日から、この店のリーバーと言う少年は自然な笑顔で居ることが多くなった。その笑顔が人の死の上に立っていると思うと心が痛む……はずだというのに、俺が見た悪夢は内容も覚えていないほど軽いものだった。戦争で人を殺したときは自殺したくなるくらいの悪夢を見たと言うのにな。
 死んで喜ぶ人の方が多かったからであろうか? それとも、俺も嫌っていた人物だったからであろうか? リーバーを見ていて思うのは、きっと前者なんだからだと思う』
RIGHT:テオナナカトルの構成員、ロイの手記より。神権歴((神権革命が行われてから年月。ただし、1年目のみ約1年半の長さがあり、以降は国の教会主権が崩壊するまで1年ごとに年号が進む))1年、12月20日
LEFT:

**蜜と乳の匂いがする香油 [#ada61203]

「もし」
 店を再開し手から数日後の夜。先ほど、季節外れの雑草を埋めるために店の路地裏に掘った穴はまだまだ入りそうなので、ロイは食材の残渣をその穴に追加しようとしていた。そんな時、ロイは蜜と乳の匂いがするサーナイトに話しかけられた。
「誰だ……?」
「アッシはユミルでやんすよ」
 一言だけ言って口を閉ざした女性をよくよく見れば、僅かに間の抜けたメタモン顔をしているサーナイト姿の男性はそう言った。種族柄、ロイは夜目が利くつもりだが、メタモンである事が目を凝らさないとわからない程度なら考えればかなりの変身能力といったところだろう。

「ん……あぁ、テオナナカトルのメタモンか。確か名前はユミル=サンダーソンだっけか? こんばんは。今日はサーナイトの姿かぁ」
「こんばんはでやんす。店が落ち着くまでは待っていたけれど、店の営業も再開したみたいなんでリーダーからの伝言をいくつか……伝えに来たでやんす」
「伝言……?」
「アッシは、リーダーの命令でロイはんを監視していたでやんす。……フリージアは、弱きを助け悪をくじく事を喜びとしている仲介屋さんでやんすから……まぁ、表向きは神龍信仰の司祭さんでやんすがね。私利私欲のための依頼は受けない主義なんすよ。だから、貴方が酒場を乗っ取ると言った時……リーダーは悩みやした」
「あぁ、確かにキノコ食わされたときに言ってしまったな。『読み書きが出来るのは俺だけだから、店の経営を乗っ取る事が出来るのは俺だけ』って言うあれか。あれは、薬のせいで理性が薄れていたとはいえ失言だったよ」
「あんさんはイーブイ。貴族だから没落する前は領地の一つや二つ持っていて、支配欲でアッシたちに依頼をしたのかとも思ったでやんすが、全然そんなことなかったでやんす……正直、見直したでやんすよ」
「いや、支配欲というか、自分の領地がほしかったって言うのは間違いないよ。酒場では商人から風の噂も聞けてね……俺が昔暮らしていた土地はひどいことになっているらしい。親父も母さんも弟も妹も、生きてりゃどっかで嘆いているだろうよ。
 あそこが父さんの領地のままであったら――。そんな思いがあったのかもしれない」
 言っていると、ユミルはサーナイトの姿のままロイの隣に座った。
「支配とは混沌なのか それとも平和なのか? この質問に答えることは誰にも出来ないでやんしょうが、あんさんに支配や統治をされるなら……それは平和なのかもしれないって思いやす。いや、アッシはあんさんを監視してそう思えたんでやんす。
 もし、あんさんが私利私欲のために店を乗っ取ることを画策していたのならば、仕事は気乗りしなかったでやんすがね」
「ありがとう。そりゃ、『親父は支配されることに幸福を覚えさせろ。それが支配者の義務だ』って言っていたからさ。親父のように立派になるにはこれくらい通過儀礼さ。でも、監視って言うのは具体的にどうやって?」
 ユミルはサーナイトの姿をムクホークに変える。
「千里先も見通す視力の持ち主、ムクホーク」
 言い終わり、次はレントラーへと姿を変えた。
「壁の先を見通すレントラー。耳のいいマリルリ。波導を感知するルカリオ……」
 それぞれの姿に変身したところで、ユミルは疲れたのかサーナイトに戻る。
「本当はもっとたくさんあるんでやんすが、最もよく使う姿はこんなところでやんす。変身するのも疲れるから全部見せることはしないっすけれど……サーナイトになって感情を覗いた時のあんさんたちは本当に楽しそうでやんしたねぇ。それが貴方を始末しなかった決め手でやんす。
 領地は店一軒と、むちゃくちゃ狭いけれど……これが領主としての第一歩でやんすね。がんばるでやんす。
 まず、これがリーダーからの伝言その一でやんした」
「その二は?」
「こっちが本題。アッシらを酒場で雇ってくれないでやんすかねぇ? さしあたり、歌姫とリーダーあたりをお願いしたいんでやんすが」
「へ? あんたら金一杯あるはずじゃ……お店にスタッフ増やすと給料の取り分が減るんだがな……」
「暇なんでやんすよ。リーダが動くべき仕事は一週間に一度来ればいいほうでやんすから、リーダーは普段踊り子をして回りながら依頼人を探しているでやんす。歌姫さんは名前の通り旅人や地元民相手に歌を歌いつつ、たまにやる薬の人体実験の仕事が主でやんすから、ジャネットさんの気まぐれでしかきちんとした仕事がないでやんす。
 ジャネットの表の仕事は産婆さんなのでそれなりに仕事はあるでやんすし、アッシは日雇い配達の仕事もあるでやんすし、たまに監視の仕事があるからいいでやんすが……リーダーと歌姫さんに決まった所で仕事が出来るようにして欲しいんでやんすよ」
「しかしなぁ。俺の酒場はそこまで儲かっているわけではないんだが。それに、裕福な者を雇っても職にありつけない人たちが困る……」
「うん、そうでやんすね。だから、お金は要りやせん……」
「給料が要らない?」
「えぇ。貴方の酒場は地元の人も利用するんでやんしょ? 悩みを抱えた地元の方から、アッシらが仕事をもらうでやんすよ。愚痴を流す場として酒場はもってこいでやんす。街の掲示板ではどうにも出来ない愚痴を聞いて、テオナナカトルがそれを解決してお金をもらう。ほら、給料をもらわなくっても意義のあることでやんしょ?
 希望する職種は客寄せの踊り子と歌い手……あんさんの酒場にはそういった職種は居ないようだし、それならほかの従業員と仕事が競合しないから給料は取り合いにならないでやんしょ? ナナさんはとても踊りがうまいから役に立つはずでやんす」
「俺にテオナナカトルを服用させてから質のいい幻覚剤を作り出した時みたく、また何かたくらんでない?」
 苦笑し、肩をすくめてロイは尋ねる。

「さぁ、どうでやんしょ?」
 と、ユミルは厭らしい顔をして見せたかと思えば、
「……という冗談はさておいて。たくらんでいるでやんすよ」
「俺にも利益のある話なら聞くが、利益が無い話なら断らせてもらうぞ」
 ロイは困り顔で肩をすくめる。
「えぇ、もちろんのこと利益はあるでやんすよ。ま、まずは給料無しで客寄せを雇えることが分かりやすい利益でやんすかねぇ。もう一つは……というよりは、アッシらがあんさんの酒場で働きたい理由から。いや、それよりも先にアッシらテオナナカトルがあんな風に隠れて裏稼業をやっている理由から話すでやんすね」
「長くなりそうだな……」
「いや、短く済ますでやんすから、とにかく聞いてほしいでやんす」
「分かった……早めに済ませてくれよ」
 ユミルの眼差しは真剣な眼差しで、聞いてあげなければ帰ってくれそうもない。仕方ないか、とロイはお座りの体勢を取る。
「ありがとうございやす、とりあえずでやんすね……アッシらがこそこそ信仰を伝える羽目になったのは神龍信仰の教会がアッシら異教徒を弾圧、排斥したせいでやんす。しかし、この頃は教会の権力が安定していたがために魔女狩りのような事は行われていやせんから、まだアッシらの活動はしやすかったでやんす。が……」
「多くの世俗騎士が没落させられた先の神権革命によって、教会は政治の実権を握ったが……内部ではごたごたしているらしいな」
「えぇ、そうでやんす。このまま放っておけば、教会は派閥争いによって分裂。それに合わせて教会が恐怖政治……とはちょっと違うんでやんすが、実質それに近い政策として魔女狩りを行うことが予想されやす。
 それを防ぐために……アッシらがこの地域の教会を統括するサイリル大司教その派閥の権威を地の底まで落とす。そのために、このお店を利用したいでやんす」
「なんだって……?」


 そこから先は、結局長い話であった。聞いているのも疲れるような壮大な計画であったが、『なるほど確かに利益がある』と、ロイも納得できる計画だ。だからと言って、人命が関わる上に危険な話でもあるのだ。簡単に首を縦に振れるものではない。
「……考えさせてくれ」
「えぇ、構わないでやんすよ。とりあえず、今日のところはこのお話だけしに来ただけでやんすから。いい返事を期待するでやんす」
 サーナイトの姿をしたユミルは、腰を折り曲げてお辞儀をする。「あぁ、そうだユミル。言いそびれていたけれど、あんたらのリーダーに良い仕事だったって伝えてくれないかな。これからは、フシギソウの子も……リーバーも平穏無事に暮らせるよ」
「どういたしまして。アッシたちも貴方の汗……と、精液を有効に使わせてもらうでやんす」
 『精液』は恥じらいながら小声で。最後にユミルはムクホークに変身し、その翼をはためかせて夜の闇に消えていった。
「さて、早く仕事に戻らないと……」
 ユミルが闇に消えて言ったところでロイは踵を返す。思えば結構時間を食ってしまった。お客さんを待たせるわけにもいかないから、考えるのは後にしよう――と、酒場に戻れば、悪夢のような光景が。


「『その時流した勇士の血は溶岩となり、死体は山となりアスト山は作られた……勇猛に戦った戦士の眠るこの土地には、時に噴火し戦いへの渇望で血を滾らせているという。そう、勇士グラードンはまだ死んではいないのだ。火山の中、カイオーガに奪われた海を取り戻すためにいまだ虎視眈々と狙っているのだ』」
 歌っている。歌姫と名乗るハピナスが……テオナナカトルの歌姫が、客の真ん中で神龍信仰の神話を歌っていた。歌姫の名にはじない超高音域から低音域まで幅広い七色の声を出して、普段のぼそぼそとした小声からは想像できない大声で。そんなに長い時間を空けたわけでもないのに、どうやらすでに人気を得ているようである。
 それを見ながら、リーバーは「ポカーン」と口に出して言っている。
「あの、リーバー。これどういう状況?」
「あ、兄ちゃん。あそこで腕組みしてるゾロアークのお姉さんがちょっと静かにしてって言って、その後あのハピナスが歌い始めたの……そしたらみんな聞き入っちゃって……後で、あのゾロアークのお姉さんが踊ってくれるってさ」
「そう、か。行動が早いことで……」
 盛り上がっているので、ここでやめたら客足が遠のいてしまいそうだ。仕方なく続けざるを得ない状況に追い込まれたロイは二人を追い返すわけにもいかず、営業を続けるほかなかった。

 ◇

 酒場には踊りを踊るスペースを確保したことなどなかったので、ナナは椅子と机をいくつか片付けての踊り子デビューとなった。その踊りは見事なもので、膝まで届く髪を優雅に振り回し、時に鋭く爪を振るい、周りを破壊しない程度に威力を抑えた悪の波導を振り回しながら踊る。胸元で揺れる首飾りも美しい光を振りまいている。
 そればかりではない。彼女のイリュージョンの特性は、カラカラの骨やカモネギのネギ等、持ち物にまで反映される。それを利用して、時にはフラッグ((旗))を持ち、光る帯が舞う光景はまるで&ruby(レックウザ){神龍};が空を泳いでいるような。バトンを持って金属棒を鮮やかに回転させ、室内の照明の光を反射し煌めく様は、ジラーチが夜空で遊んでいるような。
 そんな小道具を使ってやたらと多彩な踊りを見せるのだ。
 彼女が踊る姿を初めて目にした者は例外なく思わず驚嘆のため息が漏れた。見た目のよさ(イリュージョンの特性で作ったものだと、ユミルは言っていたが)もあいまって、酒場に居る男たちは賞賛の拍手を惜しみなく送るほどに。
「よ、二人とも最高だね!! ミス、イェンガルドだ!! 俺、ジョーって言うんだ。歌姫ちゃんもナナちゃんもどっちでもいいから付き合ってくれない?」
 オーダイルのジョーはグラス片手に上機嫌でナナと歌姫を難破する。
「バーカ、ジョー。お前は少しは年、考えろ!! せめて今の年の半分に若返ってからナンパしろってんだ!!」
 そこをハリテヤマのトニーが突っ込むと、爆笑が巻き起こった。ただでさえ酒で皆気分が高揚しているのもあるが、やはりナナと歌姫のおかげで必要以上に上機嫌になっていることは間違いないであろう。

「ごめんなさい。今は恋人募集していないんです」
 問いってナナは笑い、そして客に向かって――
「けれど、お店の人の許可が取れたら明日からも来ます。毎日だって来ますから、このお店の店主にお願いしてくださいね」
 というとんでもない台詞を口にした。まだロイは何も言っていないというのに、客は大騒ぎ。ロイはナナを雇う事を断れない雰囲気になってしまって、ついついナナたちがここで働くことをを許可してしまった。あの時許可しなかったら、客から袋叩きとまでは行かなくとも、客に良い印象を与えられはしなかっただろう。
 結局、ロイはなし崩し的に二人を雇うことになってしまった。ユミルの巧妙な罠である。

***

『魂に響く美声の歌姫と美しい踊り子ナナは数日もたたぬ間に噂になり、超満員とまではいかないまでも連日酒場は賑わいを見せた。特に、異国の地では豊穣を願うための踊りであるタップダンスとよばれる不思議なダンスは他では見られないものであると人気を博している。
 それが悪い事だと言うつもりは俺には無いのだが、実際のところ不穏な気配は漂っている。客の愚痴を聞いている二人に耳を傾ければ、時折自分と同じようにあの安いアパートの部屋に誘ったりしているのが聞き取れる。
 たまに妻が妊娠しないとか子供が病気とか、そんな何気ない依頼でも受けている事が分かる。そして、『明日また来てください』と言って、その客が次に訪れたときにわずかなお金と引き換えに薬を渡しているのだ。
 それを考えると、何だかほほえましい気分になる。俺は元々『異教徒は悪魔と契約している』などという迷信は信じていなかったし、教会嫌いが高じて反比例するように異端者に対して寛容になっているせいもあるのだろうが、ナナ達はとても悪い奴には見えない。
 全く、教会の言う言葉は本当に信用できないな
 特に歌姫は、年を重ねたフリアおばさんの肩をもんであげるなど、ハピナスらしい献身的な面がみられるし……やっぱり、根はいい奴なのかな?

 実際の所『異教徒は悪魔である』と言う迷信は、神龍信仰の腐敗が進み様々な宗派が対立した時期に出た教会のホラ話だ。それまで病気や怪我を治したり占いや夫婦仲を取り持つ力などを持つとされた魔女が、世界に暗黒をもたらす黒魔女((悪い魔女と言う意味。神龍信仰の腐敗が進む前は『魔女』と言えば一般的によい魔女を意味する『白魔女』を連想していたが、この当時は黒魔女を連想していた。現在では、『魔女』と言う言葉のイメージは良くも悪くもない中性的なイメージを連想させる))というイメージを付けられただけの話。
 そんな時代に黒白神信仰に根ざした治療法を行うのは危険すぎたのだろう。王家が没落し教会が権力を握った今は、他にやることが多すぎて魔女狩り・魔女裁判共にかなり下火になっているものの、教会内の派閥争いが始めれば再燃するか分からない。

 で、あれば表社会に姿を現すには危険すぎる。だからこそ、表社会ではそれらしい職をもって溶け込み、裏ではあの時のようにいろんな仕事を受けているのだろう。
 そんな苦境にあって、社会の裏で信仰も教義も薬学の知識も絶やさずにここまで伝えてきたテオナナカトルのナナやその先代(あるいはそのようなもの)たちは称賛に値する功績の持ち主だ。その功績のためには汚いことや酷い事もやってのけたかもしれないが、時代が時代なら良い医者になっていただろうに。権力の保持のためにひねりつぶされる弱者の存在と言うのは悲しいものだ』
RIGHT:テオナナカトルの構成員、ロイの手記より。神権歴2年、1月4日
LEFT:
 ◇

 なんだかんだ言って、ナナと歌姫のおかげで客の入りも良くなり、毎日が充実してきた事をロイは心の中で感謝していた。テオナナカトルの様子はと言えば、相も変わらずの大人気である。山が雪に閉ざされているせいで旅人も少ない冬の時期とはいえ、アルナ半島北端の港町ケルアントとイェンガルドを行き来する物流商たちにも好評で、常連さんと一見さんで差別化するのには苦労したものである。
 テオナナカトル本来の活動の方も好調らしい。最近、宝石商から依頼があったとかで、テオナナカトルのメンバーは薬の材料集めに躍起になっているらしい。いったいどのような依頼があったのかロイには知るべくも無いが、なんとなく気にはかけている。

 そんなある日のこと。
「リーバー。明日の朝も勉強しような」
 店の後片付けの最中、蔓を器用に操りきびきびと働くリーバーにいつも通り話しかける。いつもならば、『うん、ありがとう』なり何なり喜ぶ言葉が入ってくるのだけれど、今日は何やら事情が違う様子。
「ごめん、兄ちゃん……」
「ん、どうした?」
「あのね、ナナさんと歌姫さんの家に遊びに来ないかって誘われているの。なんでも僕、もうすぐフシギバナに進化できるみたいでその前に何かやってみたい事があるんだって。で、明日の朝はナナさんの家で過ごすから……今日は泊まっていけってさ。ユミルさんも来るんだって」
「へぇ……」
「『へぇ』って、ちょっと何さその顔」
 不安がないわけでもなかったが、まぁナナ達ならば夜道を歩いても問題ないだろうし、たまには勉強を休むのもよかろう。ロイはリーバーと勉強するのは嫌いではなかったが、年中無休の酒場の仕事に加え勉強というのはやはりつらいものがあるので、休みたい欲求はあった。
「いや、ちょっと気になる事があってね。でもいいや……明日くらい勉強は休憩にしてもいいだろう。何やるかは知らないけれど、夜道の独り歩きは危険だから気を付けて行けよ」
「大丈夫。ナナさん強いでしょ? 送ってもらう予定なんだ」
 ナナの戦闘能力は確かに高い。国家のために戦う事を信条としていた貴族として情けない事に、集団を相手にするときの強さはロイ以上の強さだったりもする。ロイとて一対一ならばナナに後れをとる事は無いだろうが、持久戦を得意とするロイは集団を相手にするのにはとことん向いていないのだ。
 こだわりスカーフを巻いて、良く研ぎ澄まされた爪で敵の急所を一閃するナナの腕前は、ロイには持ちえない戦闘能力の一つである。それを利用した戦闘では、酔って喧嘩を始めた客達の騒ぎを一瞬で止めたほどだ。ロイの主力技である毒々ではそうまで器用にはいかない。
(リーバーの勉強が十分になったら、俺も特訓する必要があるかもしれないな。体だけ鍛えても戦闘の勘はどんどん失われていく)
「あ~、うんそうね」
 ナナの戦闘能力を悔しく思いながら苦笑し、ロイは生返事をリーバーに返す。
「もう、どうしたの? あ、もしかしてナナさんの家に誘われたことで嫉妬している?」
「違うよ。大体、言ったろう? 俺は奴らが酒場で働く前からちょっとした知り合いだったって。俺が嫉妬したのは、ナナの喧嘩の強さだよ……いつかまた特訓しなきゃって思ってる。とりあえずはまぁ、あれだ。楽しんでこいよ」
「うん、いつもありがとう兄ちゃん」

 そうして、掃除が終わったリーバーは後意気揚々とナナについて行く。殺されたりする心配はないだろうが、ナナだけでもそこはかとなく危ないというのに、加えてユミルが居る以上(居なくても)何かよからぬ目的があるだろうなぁ――とは薄々感づいている。何せ、テオナナカトルは役割分担がきちんとなされていて、ジャネットは薬の調合が仕事で、他の三人と違って客寄せはほとんどしない。歌姫は人体実験の被験者及び客寄せ。ユミルは偵察、配達及び薬の材料の調達。ナナは薬の材料の調達と客との交渉。
 必要があれば身に降りかかる火の粉の除去も彼女がメインで担当していて、ロイがうらやましがる戦闘能力の秘訣もそこにある。
 つまるところ、薬の材料の調達係が二人も居る場所へリーバーは誘い出されたことになる。

「&ruby(あいつ){リーバー};……何か変な事されるんだろうなぁ……」
 何が行われるのか激しく気になったが、だからと言ってナナ達を監視するのも野暮であるし、危険がないのであればまぁいいだろう。休みの欲求には勝てないロイは、その日大人しく酒場の二階にある住居にて眠ることにした。
 この住居の借主シドは特に身寄りのないままに死んでしまったので、家はそのままロイが管理することになっている。無論のこと、家賃は今までシドが払っていた通り家主へと渡しているが、リーバーと一緒に住めるだけの広さと家具があるというのはお得なものである。
 それまで寝起きしていた地下室では寒さが外よりも凌げる程度であったが、今はベッドで眠る事が出来る。リーバーが隣にいないのは久しぶりで、最初は少しばかり寂しかったが、今ではもう新しい寝床に慣れていてロイはすぐに眠りについた。

 ◇

 ナナの住処は、住宅街のアパートの一室にある。ロイが訪れた事のあるジャネットのアパートに比べると、管理が行き届いていると言えるアパートではあるが、所々老朽化が進み建てつけが悪い場所もそこかしこに見受けられる。
 そんなアパートにあるナナの部屋は、小ざっぱりとした木製の調度品が多数置かれた部屋である。ジャネットの部屋とは違って薬の材料の匂いはしないけれど、爪磨き用の布やオイル。髪の手入れに使うのであろう櫛や手鏡。オドシシの角で出来たペーパーナイフ。その他色々な物がそこらへんの机に転がっていたりとだらしなさが垣間見える。
「ごめんね~、散らかっていて」
「ナナってば、相変わらずだらしないでやんすねぇ」
「もう、相変わらずとか言ったら、いつもこうしているみたいで誤解されちゃうじゃない」
「いつもこうでやんしょ」
 うねうねとしながら形を一定にしないユミルが、お手上げポーズのつもりなのか、触手のように体に一部を伸ばして見せた。
「はは、ロイさんはいっつも綺麗にしていなきゃ落ち着かないから、何だかこういう部屋は久しぶりだなぁ……美人な人はきっちりしているイメージがあったけれど違うんだね」
「こいつぅ! それ、美人って褒めているのか、だらしないってけなしているのかはっきりしろぉ」
 ナナの部屋を見た感想を思いのままに口にするリーバーにカチンと来たのか、ナナはリーバーの首を腕でくるんでこめかみを拳でグリグリする。
「わわ、勘弁してよナナさん」
 口では嫌そうにしているリーバーだが、顔は笑っている。まだ、ナナや歌姫が酒場で働き始めて一ヶ月と経っていないのだが、大分打ち解けている様子。
「はいはい。それじゃこの辺で勘弁してあげますよ、っと。さて、それじゃあ今日リーバー君を呼んだ理由を説明するわね」
「はい、何でしょう?」
 酒場で働いている時そのままの口調で、リーバーが答える。
「貴方がフシギバナに進化すると、他人の闘争心を押さえる香りを背中の花から出す事が出来るの」
「うんうん」
「進化する直前になると、進化に備えてその香りがする蜜をため込む袋が体の中で発達してね……フシギバナになるとその香りが一気に外へ放出されるわ。でも、進化する直前と、進化した直後は本当に濃い香りなんだけれど……進化してからは一日も持たずに香りが4分の1以下になってしまうのよ」
「へぇ~……そうなんですか」
「でね、その香り成分なんだけれど……今のうちに採集しておけばとてもいい薬になるのよね」
「薬……に、なるんですか?」
「絶対痛くさせないから、採集させてくれないかしら? お礼もするし、美味しい料理も出してあげる」
「え~……いいけれど、具体的にどういう風に?」
 何やら訳の分からない展開にリーバーは付いていけない様子。ロイのようにある程度の学がないと理解するのはつらいのだろう。そもそも、薬がどんなものから作られているのかすらリーバーは分かっていないのだから。
「まずはね、貴方の背中に付いている蕾を緩ませる作業から始めるの。これは私がメインでやらせてもらうわ」
「そこから先、緩んだ蕾の中にアゲハントのような長い口のポケモンが突っ込んで吸い出すでやんす。これは、アッシがアゲハントに変身してやるでやんす。ちょっと気持ち悪いかもでやんすが……それ以外はあんさんに痛い事も嫌なこともさせないつもりでやんす」
「う~ん……」
 ユミルの言葉に怖気づいたのか、リーバーは考え込んでしまった。
「仕方無いわね」
 悩むリーバーを見て、ナナは微笑みながら溜め息をつき、肩をすくめる。
「作り置きしておいた食事と、すぐに料理できる食材があるから、温めて食べましょう。話はそれから。とびっきり美味しいんだから」
「ナナの料理は最高でやんすよ~。リーバー君も運が良いでやんすね」
「え、食べさせてくれるの? やったぁ!!」
 客の食べ残しや売れ残った料理はまかない料理代わりに従業員全員で処理するとはいえ、最近はナナと歌姫のおかげで客がひっきりなしに来るため、売れ残りの量も極端に少なくなっている。そのせいでまかない料理を殆ど食べられない日も多く、最近は仕事が終わってから何も食べていない時は、腹が減る前に寝てしまうのがリーバーの定番となっていた。しかしながら、今日のように起きていると当然腹が減る。
 そのせいなのだろう、ナナが食事の話を切りだした時のリーバーの嬉しそうな顔。リーバーの顔を見て釣られて気分が良くなったのだろう、ナナは笑顔を綻ばせる
「そうよ。友達が薬に使うコショウを少しだけれど譲ってくれたのよ。他にも香辛料がたくさんあるから、出来たて料理に挽きたて香辛料を掛けて食べましょう」
 ナナはそんなことを良いながら嬉々として台所へと向かって行った。

 時間帯は深夜。すでにこの集合住宅の住民はこの部屋を除いて全員が寝静まっているが、この部屋は大いに賑わっていた。ナナが暖めなおした兎肉を煮込んだシチューに、その場で複数のスパイスを混ぜ込む。
 粉末が真っ白なシチューの表面に浮かび上がると、熱によって発生する上昇気流で食欲をそそらせる香りが舞い上がった。
「うわぁ……こんな香り始めて」
 時に、同じ重さの貴金属で等価交換((ここでは銀のことを指す。体積で言えば銀よりかなり大量に得られるとはいえ、どれほどの高級品であったかは伺えるであろう))とさえ言われるほどの高級品と認識されていた調味料を小さじ一杯加えたのだ。これだけで何の変哲もないシチューが酒場には気軽に出せないほどの高級料理に変わった。スパイスに慣れないリーバーの賞賛も頷ける。
「私たちは鼻がいいから、香りをつける料理は得意なの。はい、もう一品」
 そして、そのもう一品は塩コショウとナツメグを効かせたシンプルな肉の串焼き料理。厚切りにされた草食獣の肉は、顎が筋肉痛を起こしそうなくらいに硬く締まり、いかにも美味しそうだ。
 肉のうま味を引き立てるスパイスの風味は、ただでさえ腹が減っていた三人の食欲を一気に掻き立てた。ロイから(有料で)譲ってもらったラム酒も添えられたそれは、祝い事と見まがうばかりの高級料理さながらだ。
 リーバーはそれらを夢中でかぶりつくのだが、その料理には幾つか精力剤として使われているものが混在している。ニンニクや蛇の肝といった民間でもよく用いられているものは当然として。これはテオナナカトルならではとも言うべきか、和え物として添えられた本来は食べられないが、毒抜きによって食用に耐えうるキノコや根菜なども存在している。

「そんなにもリーバー君はロイを尊敬しているの?」
「そりゃそうだよ……前の店主には色々迷惑掛けられていたけれど、それを助けてくれたのも兄さんだし。本当に女でない事を恨んじゃうくらいロイは格好良いんだから」
「そう……もう悪夢は見ないのね?」
「うん、ってなんで僕が悪夢見ていたこと知っているのさナナは?」
 尋ねられて、ナナは妖艶な表情でリーバーを見る。
「なんとなく、よ」
「なんとなくでわかるモノなの?」
「うん、分かるわよ。ところで、女の子とは恋愛してみたいとか思ってる?」
「そりゃ、まぁね……っていうか、初体験が男なんで、早く消毒したいって思う」
「やだ、ストレート!!」
 と、ナナはおどけて笑い、リーバーの額にデコピンを喰らわせた。
「いやぁ、本当にロイ君がいなかったらリーバー君はもう自分に自信が持てなくなっていたかもしれないわね。けれど、ロイは君を支えてくれた……自分も辛いはずなのに。貴方は幸福ね、ロイに出会えて……」
「あはは……やめてよ。このままじゃ僕ロイに惚れちゃいそうじゃない」
「うん、それくらいなら大丈夫かしらね……」
「なんのお話?」
「薬の材料の採集のお話よ。貴方の事も考えないといけなかったけれどその必要もないみたい」
「な、なんか怖いんだけれど……」
「さぁ、どうでしょうね?」
 ナナは優しく微笑んでリーバーの鼻先を指でつついた。

 そして、リーバーが皿を空っぽにすると、ナナは食器を片づけ始める。
「おなか一杯食べちゃうと、それはそれで眠れないからね。今日の夜は少しだけ。残りは朝に食べましょう」
 ナナの言葉どおり、シチューの量も串焼きの量も控えめではあった。腹八分目までいかず五分目ほど問いったところだろう。この後すぐに眠るのだから、それでも十分といえばそうなのだけれど、もうちょっと食べたかったなぁ――と思っていたのはリーバーで、目的が目的なためか他二人にとってはこのくらいがちょうどいい。
「さて、ところでどうかしら? お薬の材料の採集に協力してくれるかしら?」
「ちょっと断りにくい状況作っちゃって申し訳ないでやんすがね……」
 リーバーはラム酒によって少々ほろ酔い気分。満腹感とも合わさって警戒心が鈍くなってしまったためなのか、ナナとユミルの頼みごとには、
「うん、いいよ」
 と答えてしまった。
「そう、ありがとう」
 言いながらナナはリーバーの頭を撫でる。
「それじゃあ寝室に向かいましょ。ベッド二つしかないから狭いけれど、あなたはいつもロイと一緒に寝ていたんだし、構わないわよね?」
「あ、うん……でも、いいの? 確かにロイとは一緒に眠っているけれど……その、ナナは女の子だし」
「いいのよ、貴方が襲ってきたところで私には勝てないでしょ? それに貴方が私に欲情して襲いかかるなんて無いと信じているわ」
「またナナはそんなことを言って……相手はまだ子供でやんすよ」
 母親以外の女性と一緒に眠った経験がなかったリーバーは、一緒に寝ることにドキッとしていた。男に強引に犯されたときはとても怖くて痛くて苦痛だったけれど、女性との性交は対照的に憧れである。
 この冬の季節、草タイプの自分が一人で眠ると寒くて眠れないけれど、これでは熱くなって眠れないかもしれない。
「そ、そうだよね……ロイから毒々を教わったくらいの僕じゃあ襲うのは無理だよね」
 もちろん、そんな女性との添い寝に高ぶる本心を口に出すのは恥ずかしいのでリーバーは適当に誤魔化した。
「あら、女の子と一緒に寝るのは母親以外では初めて? そんな初めてを貰えるなんて嬉しいわ」
 でも、ナナにはリーバーの気持ちなどお見通しのようである。何せ、リーバーの顔はわずかに赤らんでいるので、商売人として顔色を伺う経験がたびたびあったナナには、それを見破ることなど造作もない。
 ナナに自分の気持ちを看破されたリーバーは、さらに顔を赤くして顔を伏せる。その様子が非常に可愛らしいので、横目で見ながらナナは微笑んだ。

 リーバー達がベッドルームへ行くと、甘ったるい匂いと、苦い匂いがわずかずつ漂っている。それに蜜と乳の匂いも混ざっているようだ。
「ふあ……これ、何の匂い? いい匂いだね」
「バニラとカカオの匂いよ。バニラはお菓子などに甘い香り付けするためのもの。もう一つのカカオは、泡立てて香辛料を加えて飲むためのものよ((現在ではチョコレートやココアの材料として一般的だが、昔のチョコレートは苦くて辛い飲み物である))。二つとも、大人の男女をソノ気にさせる効果があるのよ。貴方が襲うまでもないわ」
「え」
 という間もなく、抱き上げられたリーバーはベッドに投げ出された。
「あの……」
「何かしら、リーバー?」
 意地悪な瞳でナナが尋ねる。
「何、じゃなくてその……」
「嫌なら言ってくれてもいいのよ。私たち、無理やりにでも薬の材料が欲しいわけじゃないから」
「え~と……なんていうか、本当に嫌なら言ってくれでやんす」
 不安そうに顔を引きつらせるリーバーへ、ナナは悪びれる様子のない笑顔で答え、いつの間にか雌のチラーミィ、リーバーは気にも留めていなかったフリージアに変身していたユミルは少々申し訳なさそうに答えた。
「嫌じゃなくて……こういうのはダメなんじゃない?」
「嫌じゃないならいいじゃない。大事なことだから二回言うけれど、嫌だったらいつでも『嫌だ』言ってね。で・も……『やめて』って言っても『ダメ』って言ってもや・め・な・い・か・ら」
「同じく。アッシもその方針で行かせて貰いやす」
 ウフフ、とばかりに誘惑する笑みを浮かべて、ナナがそっとリーバーの耳を食む。同時にユミルに舌を絡められ、二人に押し付けられた刺激を受けて全身に電撃が走ったかのようにリーバーは硬直。眠気で萎れかけていた背中の花もピンと立ち上がってしまった。
「あの、その……」
「嫌かしら?」
「嫌でやんすか?」
 今までになく緊張した心と体を抱えて、リーバーはまともに言葉も出ない。言いあぐねるリーバーを、二人はたたみかけるような言葉で状況を脱出する手段を封殺する。だけれど状況を脱しようと考えている時点でまだ不十分だ。そんな考えも起きないように、とナナはリーバーのわきの下をくすぐり、ユミルは先ほどナナが食んだ耳をもう一度食む。
「ひぅっ!!」
 まだ熱を帯びない性感帯を触れられても快感こそ走らなかったが、さらに体を萎縮させる効果があった。すっかり縮こまって湧き上がる欲求に耐え抜こうとする姿は、まるで蛇に睨まれた蛙のよう。
「嫌じゃないのね?」
 我を取り戻してしまう前に、快感の虜にさせてしまおう。ナナは少々急ぎすぎな気もしたが、股下にあるスリットまで指を這わせる。今まで男にこういうことをされた経験はあっても、女性に対してはまったく免疫がないリーバーは、スリットの中で自身の肉棒が徐々に肥大化するのを感じた。
 性別が違うだけでこうまで違うのか――なんて胡乱な頭で考える余裕があったのはそこまでで。
「嫌じゃないなら、続けさせてもらうわ」
 リーバーは前足を浮かされ、ベッドの上に座らされる。なされるがままのリーバーの視線の先には、30度ほどの角度をつけた膝立ちで雌の割れ目をさらけ出すユミル。ユミルが行うチラーミィへの変身は、その種の知り合いと深い親交があるだけに堂に入ったもので、嫌でもリーバーの目に入るそれはまさしく処女のそれといえる桜色。
 そんなものばかり凝視しているからナナやユミルが触れているわけでもないのに、気がつけば彼の肉棒はきっちりと自己主張をする。
「わわぁ……見ないでぇ」
 羞恥心から紡ぎだされるそんな言葉も、シドに犯されている時と比べれば弱々しいもの。本心ではもっと見てくれとねだっているようにすら思える心の迷いが見て取れる。
「やーだ」
 四肢の構造上、手も足も大切な所を隠すのには向いていない。四肢を床に触れさせている状態ならば隠せようが、座らされた状態では四つん這いに戻ることもかなわない。強引に戻ろうとしても、二人掛かりで抑えられてはまず腕を離させることを考えなくてはいけないけれど、攻撃したくなるほどの嫌悪感はもち得ない。
 シドに犯されている時は恐怖で抵抗できなくて、それはもう酷く泣きたい気分にさせられた。だがしかし、女性にこうして見られることは案外悪くないかもと、異性に対しては寛容なリーバーの性的思考が抵抗心を妨げる。
「さて、どこが気持ちいいかしら?」
「うぅ……」
 あんなに触れられるのが嫌だった肉棒も、乱暴に握って無理やり快感を引き起こすのではなく、柔らかい手のひらで卵を握るような手つきで触れられては激しく拒むことなど出来ない。
 身をよじって逃げようとして、体は意思に反して腰を突き出す。
「嫌がっている割には体は素直じゃない。嫌がるのは私をその気にさせるためのフリかしら?」
「そんなこといわれてもぉ……」
「嫌なら嫌と、はっきり言わなければダメでやんすよ。言っていないから、ガンガンやっちゃって大丈夫でやんすね。照れることは無いでやんす……男の子はみんなエッチで丁度いいくらいでやんすから。もっとエッチになっても問題ないでやんすよ?」
 耳に息が触れる距離からのユミルのささやき。生暖かく甘ったるい香りのする吐息に快感を呼び起こされ、リーバーの体はゾクゾクと震え上がった。
 ナナもユミルも攻めるときは容赦ない。親しく仲の良い相手からもてあそばれる快感を知らない幼いフシギソウには本気で嫌がるなんて出来ることではない。好奇心と本能だけが先走って、心のどこかにあった貞操観念は置き忘れ。
 ロイに言われた『性病には気をつけろ』なんて言葉だって、最早どこまで意味を成すことやら。肉棒をやんわり包み込んだナナは、じれったいほどにゆっくりと扱きあげるだけ。本能は、腰を前後に動かしてしまえば気持ちよくなれるぞと教えてくれるが、座らされた体はその行為を許してくれない。

「あぁっ!!」
 そうして前方にばかり気を配っていると、不意打ち気味な背中の愛撫に対応できない。まだ硬く閉じられた蕾の花弁を、これまた綺麗なピンク色の舌で撫でられる。加えて、数多のポケモンの中でも格別な手触りの良さを誇る体毛を押し付けられて、思わず上がる甘い嬌声。
 初めて攻められた場所でも感じてしまうのは、チラーミィに変身したユミルのメロメロボディの力か、それとも絶妙な力加減を与えるテクニシャンの力か。
「よし、その調子でやんす」
「その調子その調子。どんどん気持ちよくなるのよ」
 背中をじわじわ支配していく快感に負けて、徐々に体は&ruby(えびぞ){海老反};っていく。容赦の無い快感から逃れようと、リーバーは首を振り体を捻って抵抗する。
「こっちも無視しちゃいけないわ」
 が、今度は背中にばかり集中しているせいで、ナナの不意打ちがクリーンヒットする。
「うあぁぁ!! ……ふぇ?」
 突然に握る力を強められて、まだ射精にはいたらずとも肉棒がビクンと跳ね上がった。すぐにでも防波堤が破壊されそうな快感をナナに与えられて、しかしてナナは射精を許さない。一回の不意打ちだけして、そこから先は手を離し、鼓動に合わせて揺れさせるに任せる。
「じゃ、ユミルお願いね」
 射精してからでは、蕾の感触も鈍ってしまう。今回、快感を与えることが目的ではなく蕾から匂い成分を抽出することが目的なのだからまずは蕾から処理しなければならない。
「かしこまり、ナナ」
 『お願いね』の一言と長いまつげを揺らすウインクで、ユミルはそろそろなんだと理解して、最後に蕾一舐めするとアゲハントへと姿を変えた。
 行為に入る前は硬く閉じられていたそこも、二人掛かりによる愛撫の波状攻撃が程よく解していた。わずかに隙間が開いてヒクつかせる未発達な花弁を細長い口器が押し広げ、貫いた。
「はあぁぁぁぁっ!!」
 思わず咆哮を上げるほどの快感。驚愕よりも羞恥よりも先に本能が快感に身を任せろと命じたようで、絶対に離さないぞとばかりに蕾が口器を咥え込む。お世辞にも強い締め付けとはいえないため、ユミルが匂い成分を吸い取る作業に支障は無い。
 方向を上げるほどの快感に飲まれたリーバーは精根尽き果て、荒い息をつく。その傍らでユミルはアゲハントの口に含んだ香り成分をビンの中に封入していた。
「蜜腺の刺激……お尻のほうにある前立腺よりも強いのかしらね? ここまで激しく感じられると……まぁ、いいか」
 ぐったりしたリーバーを眺めながら、ナナはこともなげにそんなことを言っていた。
「リーダー、すごい投げやりでやんすすね」
「あら、変身を解いたってことは、瓶への封入は終わったのね? 首尾のほうはどうかしら、ユミル? すごくいい香りがするけれど」
「ばっちりでやんすよナナ。フシギソウの処女蜜は思わず飲み込みたくなってしまうくらいいい香りでやんしたが、きちんと全部ビンに入れたでやんす……ちょっともったいない気分」
「よし、それは明日ジャネットに渡してあげるとして……まずはリーバー君をどうにかしなきゃ……」
「体ならアッシが拭いておくでやんすから、リーダーは手を洗ってきたらどうでやんすか? 射精はさせなかったとはいえ、色々匂いも付いているでやんしょ?」
「そうね。じゃあ、後始末をお願いするわ」
 ナナは部屋を出て行こうとして、一度だけリーバーを振り返る。
「あ、リーバー君。こんなのでよかったらフシギバナに進化してからも、いつでもお相手してあげるわよ」
「リーダー……」
 呆れたユミルは思わず普段の呼び名でナナを呼ぶ。
 「勘弁して」とリーバーが漏らした声は、ナナには聞こえなかった。

「リーバー君……ロイの言った通りきちんと乗り越えているみたいね。強い子だわ」
「テオナナカトル。無駄になっちゃいやしたね」
 ナナ達の所属する団体の名であり、服用する薬の名前でもあるテオナナカトルとは『神のキノコ』と言う意味だ。リーバーの心の傷をえぐることになるとも考え、数年分の精神治療を一晩でやり終えてしまうとすらいわれているこのキノコを使うことも考えたのだがどうやらその必要もなかったようだ。
「このじゃじゃ馬……フリージンガメンがロイを仲間にしろと言ってきたけれど、ロイ……案外、良い逸材かもしれないわね」
 ナナは自身の首にかかった琥珀の首飾りを見て微笑んだ。
「そうでやんすね。ロイさんがリーバー君を立ち直らせたんだとしたら……そりゃ、すごいことでやんすし」
「うふっ。ロイってば酒場の件や大司教の件も含めて、持ちつ持たれるやるのが楽しくなってきたわ」
 世話焼き上手なロイの手腕に改めて感心した所で、ナナは嬉しそうな笑いを見せる。リーバーを通してロイの良さを知ったナナはふふっとほくそ笑んだ。

 ◇

 リーバーの目覚めは存外にさわやかな物であった。行為の直前に精の付く料理を食べたとて、行為に際して積極的になれるほどの即効性はないのだが、明日の朝の目覚めには影響したようで。不思議と体に湧きあがる気力や、力がこもる四肢の感触は今までに感じた事が無い程だ。それが、セックスによって与えられた活力なのか、それとも料理によって与えられた活力なのか――実際の所は後者であるのだが、未熟なリーバーはいまいち理解する術を持ち得なかった。
 目覚めてみるとベッドルームにはすでに自分以外に誰もおらず、慌てて居間に躍り出るとそこには例の二人が居た。安心したのやら恥ずかしいのやら、複雑な気分がこみ上げる。すでに朝食の用意をしているようで、しかもその様子が楽しそうだからとても話しかけづらい。
「おはよう……」
 何とも控えめなリーバーの挨拶。声の大きさはやっと聞こえる程度。目線をまともに合わせることもなく、気まずさだけは一人前に強かった。
(昨日は酔っていたからなぁ……)
 どうやら、今の挨拶は小さ過ぎて聞こえなかったようだ。
「おはよう」
 昨日の事が夢だったら良いのにと、溜め息をついてもう一度リーバーは挨拶をする。
「あら、おはよう。体の調子はどうかしら? 昨日は元気が出るお料理たくさん食べてもらったけれど……効果は出てる?」
「……体の調子はすこぶるいいけれど」
「けれど、何かしら? そんなに連続して背中の香り成分は取れないから、昨日の続きをやりたいのならば後一週間は待ってもらわなきゃ。処女蜜よりも品質は落ちるけれど、フシギソウであるうちは非常に質のいい蜜が取れるからね」
「勘弁して……」
「あら、昨日も同じ事言ってやんしたね。ナナ、やっぱり子どもには刺激がきついんでやんすかね……無茶でやんすよぉ」
「そうね~……お子様だし。でも、フシギバナになっちゃったらそれはそれであの純度の高い香りは得られないし……ふふ、残念ね」
 自分を置いて進んでいく会話によって込み上げる強烈な恥ずかしさと若干の悔しさ。ロイに子供扱いされるのはいいけれど、こいつらに言われるのは我慢できない。
「子供じゃない!! 子供扱いしないでよ」
「じゃあ、一週間後またこの家に来て同じことをやりましょう。大人ならそれくらいできるからね……うふ、歓迎するわ」
「あ、いや……それは勘弁して」
「あら、大人の男に二言は無いのに……子供扱いされたくないといいながらも、やっぱりお子様ね。なら、仕方ないわね……お子様だもんね」
「また、来ます……」
 どうやらリーバーはまきびしを踏んでしまったらしく、腕組みをしながら見下ろすナナによって言いくるめられてしまった。そのやり取りを笑いを噛み殺すようにユミルが見ている。
「ナナってば相変わらずでやんすねぇ」
「いいじゃない」
 未だに笑い続けるユミルとほくそ笑むナナ。リーバーだけが、その顔に笑みを保ってはいなかった。

 ◇

 最近のロイは仕事の休憩中にナナと話すのが日課となっている。この休憩時間と言うのも大抵は数分くらいしかないのだが、立ちっぱなしの仕事が続いた後に足を落ち着けることが出来るのは貴重な時間だから、出来れば心まで休ませたいものだ。
 休み時間を重複させるわけにもいかないため、リーバーとは話せない以上、ナナとの会話で心まで休まるのは嬉しく、この日もまた設けた休憩時間中にナナとの話に興じていた。
「と、言うわけなのよ」
 ほのかにフシギバナの花弁を彷彿とさせる匂いをかもし出しつつ、ナナは昨夜の顛末をかいつまんで話し終えた。
「案の定薬の材料の採集か……リーバーは抵抗しなかったのか?」
「もちろん。貴方が思うほど、私達は鬼畜じゃないわ。それに、出来れば貴方にも嫌われたくないしね……楽しんでもらったわ。」
「うん……まぁ、そうだろうな。男に犯された時は物凄く泣きわめいていたし俺に甘えてきたけれど、あんたからはされても大丈夫みたいだ。ま、女に犯された事なんて恥ずかしくって話せないのかも知れんがね。だが、お前のやっている事はあまり褒められる事じゃない……子供を弄ぶのは程ほどにしておいてくれ」
「心得ているわ……というか、本当は昨日の内に薬を採集するつもりじゃなかったし」
 ロイが不思議そうな顔をしてナナを見る。
「貴方が、リーバーの心の傷をよく癒してくれたからよ。貴方が支えてくれたからこそ、あの子はセックスに寛容になれた節があるわ。貴方は面倒見が良いのね」
「そ、そうかな? 俺は弟が出来たみたいで可愛かったから……大切にしただけなんだが」
「そういう打算のない愛が、人のささくれ立った心を癒すのよ。そして、リーバーが私のことを本気で嫌がったら、薬の材料の採集なんて出来なかった……だから、私達はまず心の傷を癒すことから始めようと思って……その必要もないから早いうちに採集してしまったわけだけれど」
「それ……俺は褒められているってことで良いの?」
「もちろん。貴方は、慕われる才能があるわ」
 それにね、とナナはブリっ子のようなポーズをとって笑う。

「それに、リーバー君の意志以上に大切なこと。本番はしていないの……貴方の時もそうだったでしょう?」
 ロイは、初対面の日にされた記憶を呼び起こす。テオナナカトルの力によって曖昧な意識の中であったが、確かにロイはナナの秘貝に触れた覚えがない。
「確かにほっとしたが……考えればそれはそれで残念だな」
 記憶をたどって確かにそうだと納得したロイはおどけて笑う。
「だがまぁ、性病には気を使っているようでいいことだな。でも、どちらにせよリーバーは俺の大切な弟だ。あまり変な道に引き込まないでくれ」
「変な道? 大丈夫。次は自分から『来る』って言ってくれたのよ」
「それ、大丈夫って言わないから……変な道に十分片足浸かっているじゃないか? いや、奴が幸せならそれでいいって言ってやるべきなのかなぁ?」
「大丈夫だって、あの子も正常な男の子っていう意味では。貴方の知らないうちにリーバー君は大人の階段登っているみたい。貴方も登り遅れないように注意しなくっちゃね」
「大人の階段とか、生まれた時から婚約者がいたから考えた事もなかったなぁ……。男は妻が嫌がろうとも強引に持ち込み、女は夫から持ちかけられたら、相手がゴキブリでもそれに応じろって言う世界だから」
 ロイは自嘲気味に笑う。
「でも、庶民は愛し合って伴侶を決めるんだったな」
「ふふ、そうよ。愛し合う必要があるの……精神的な意味でも、肉体的な意味でも。それをしないで伴侶を決められる貴族は、浮気が日常茶飯事だとすら聞いたわ」
「そうだね、親父の友人もみんなしていたよ。親父も誘われた事があるんだって。……伴侶に恋を出来ない分、浮気に恋を求めるんだろうね」
「そうね、恋って素敵だもの。素敵な恋をしたいならば……惚れ薬、貴方になら安くしておくわ」
「いらねぇよ」
 ロイは口を尖らせた。

「あら、そう。恋は自分の力で勝ち取るだなんて……純粋な子ね」
 ぶっきら棒なロイの答を楽しそうにナナは受け入れ、ロイの頭を面白がって撫でる。
「それはそうとさ、リーバーを弄んだ結果どんな薬を作りだしたんだ?」
「まだ完成していないけれどね……この薬の名前は『&ruby(アウズンブラ){原初の牝牛のアルセウス};の母乳』。ミルタンクの母乳に含まれる子供を安心させる香りを抽出した物と、貴方にテオナナカトルを食べさせた時の汗をごく少量と、それとフシギソウの香り成分とを合わせると、他人の警戒心を極限まで引き下げる力を持つの……世界の始まりからいたという生物の母乳もきっとこんな匂いだったのでしょうね。いい香りよ。
 母親に抱かれている赤ん坊のよう名安心感を得ることが出来、匂いになれていない人は子供のように甘えたい気分になるわ……と、言っても貴方の場合は母親に抱かれるんじゃなくって咥えられているような気分かしら? 貴方の母親もイーブイなんでしょう?」
「ん……まぁね。まだ元気にしているかな? ま、どっちでもいいけれど……でもさ、いない家族の話はやめよう。お前だって、どうせ家族についてはロクな事を話せないんだろう?
 お互い、辛い過去は突っつきあいは無しの方向でいこうぜ」
「痛い所を突くわねま、肯定だけはしておくわ」
 ナナは相変わらず笑顔のまま葡萄酒を口にした。確かに表情は笑顔のままであったが、ロイの目には少々影を落としたように見えたのは、きっと間違いではないはずだ。
「おやまぁ、勘で言ったが本当だったとはな」
「なに、騙したの……悔しいわね」
 ナナはぶすっとして口の形を歪めて見せた。珍しい表情をしたナナに、ロイは微笑んだ

 会話が止まって話題も無くなると、ナナは頼まれもしないのに語り始める。
「この薬はね。そうやって落ち着かせる効果を楽しむ事……例えば、貴方が赤ちゃんみたいに甘えてみたくなったら、この薬を服用させていくらでも甘えさせてあげるわ」
「赤ちゃんプレイは遠慮しておく。年下……に、見えるだけかもしれないけれど、年下に甘えるほど俺は落ちぶれちゃいないから。俺は18だから……ね。15の小娘に見える今のナナじゃあ」
 甘えたい気分になるというその薬の効果に少しばかり心惹かれながらも、それを感じさせないようにロイはやんわり断った。その裏では、ナナが実は大人の女性なんじゃないかと淡い期待を描いている。無論、そうでもなければテオナナカトルのリーダーとやらになれない気もするが。
「あら、ざ・ん・ね・ん。私の実年齢はあなたよりも遥かに上なのになぁ……」
 と、思っていたらどうやらそれは本当だったらしい。ロイは心の中で『よっしゃぁぁぁぁぁ!!』と叫んでいた。
「貴方のように年下に甘えたくないとか言っている、そういう人こそたまには甘えさせてあげたいのに。まぁいいわ。この薬の他の用途は、そうやって警戒心を薄れさせたところで、上手いお話を持ちかけるためのものよ。例えば……今回の依頼人の宝石店とか。この使い方をする場合は、この薬を鯨油と混ぜ、蝋燭であぶって揮発させればいいの。最初は店員さんにまで効果があるけれど。ずっとこの匂いを嗅いで慣れてしまえば効かなくなるから、それまでの辛抱ね。
 他にも、この匂いを嗅いだ者を怒らせないような効果もあるわ……貴方にも一回使ったことがあるの」
「……お前に逆強姦された時の匂いはあれか」
「そうよ」
 苦虫をかみつぶしたような表情のロイを見ても、ナナの笑顔は歪みない。

「それに加えて、赤ちゃんのように甘えさせて商品を買わせる宝石店か……なんて店だ。全く、盗み聞きしていた宝石店からの依頼がそんな内容だったとわな」
「あら、盗み聞きをしていたの? 趣味が悪い事」
 ミロカロスが水を飲むように酒を飲めるこの女に酔いが回ってきたわけでもあるまい。だというのに、酒に酔ったような妖艶な顔をしてナナはロイに顔を寄せる。
「趣味が悪くて結構」
 その顔をロイは、やんわりと前脚を上げて振り払った。
「俺の店の経営に関わるかもしれない事だ。俺にはこの店を守る使命があるものでね……ま、健全な商売のようでよかったよ」
 ナナの顔は美しいと思ったのが第一印象で、最初こそ心臓が高鳴ったものだ。だが、慣れ切ってしまったロイは改めて言い寄られることにはもう殆ど何も感じないようである。
「そうね、私がテオナナカトルを守るように、貴方もこのお店を守るのね。さて、これで昨日のことについてのお話は終わり。私達と一緒のお仕事もがんばりましょう」
「分かったよ。サイリル大司教を失脚させるんだったな……頑張らせてもらうよ」
 ふぅ、とロイは軽くため息をついた。
「そんじゃ、俺はそろそろ仕事に戻るよ。ナナも休憩が終わったら客の前で踊ってくれ。みんな心待ちにしている」
「かしこまり」
 ナナは元気良く答えてグラスに注がれた葡萄酒を飲み干す。ロイが去った後でまたグラスに注ぎ始めたことなどもちろん秘密にして。

***

『まさかリーバーの奴にまで毒牙に掛けるとは。本番はしていないとのことだが、それ以上の事をやっていたようだから、どうにもコメントがし辛かったな。……とにかくまぁ、なんだ。リーバーは嫌いな相手との強引な性交は本気で嫌がるが、ある程度気を許した相手とならば応じる&ruby(タチ){性質};のようだ。少しMの気でもあるのだろうか?
 そんなことはともかく、ナナの実年齢が俺よりはるかに上と言うのが朗報だ。流石に40以上ともなるときついが。30代前半ならベストだな。……しかし、ゾロアークの髪をまとめる珠は幻影を見せる効果があるとは聞くが、それに常に年齢を偽るまでの力があるとは驚きだったな。

 しっかし、俺に打算のない愛があるとか、慕われる才能があるとか、歯の浮くようなセリフをバンバンいいやがって……ナナの奴。照れるだろうに』
RIGHT:テオナナカトルの構成員、ロイの手記より。神権歴2年、1月23日
LEFT:
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大会跡地。
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