[[小説まとめページへ>テオナナカトル]] [[前半へ戻る>テオナナカトル(7):神憑きの子と正義のヒーロー・上]] [[前回へ戻る>テオナナカトル(6):無血の決戦]] 一方、その頃のローラはと言うと…… シャーマンの正体を明かしあった二人は、お互いの身の上を話しあう。互いに仲間内にしか話せない事柄を、仲間以外に話しあう事は面白く新鮮な気分のようで、話はとても弾んでいた。 特に、仲間の多いローラと違って、二人で黒白神教の活動をしているワンダは色々と話したくてしょうがない事がたくさんあったのだろう、気が付けば身の上話のほとんどはワンダがしているという始末。師匠のキングラーと二人きりだという身の上を考えればある程度は当然のことなのかもしれない。 「へぇ、ワンダさんは人知れず正義のヒーローをやっているんですか? なんというかまぁ、報われない仕事をしますね……」 「まぁね。夜の見回りをやっては。銅貨一枚と引き換えに悪人をつかまえているもんでね……いつの間にか有名人さ。でも、俺が正義のヒーローの正体だってのには誰も気が付かない。この街はゴルダックだけで200人以上いるからね」 「確かに、シャーマンは誰にも正体を知られてはいけないって言う決まりはありますけれど……それを堅実に守りつつも街の平和を守る、ですか。何だか格好良いですね」 ローラがワンダに微笑みかける。ワンダは照れたように頭を掻いて笑う目を逸らす。 「ローラさんって笑顔……素敵ですね」 「あらやだ、ナンパですか?」 ローラは流し眼でワンダを見ながら、意味ありげに尻尾を振る。 「まぁ、そんな所……」 ワンダは肩をすくめて苦笑する。 「ねぇ、今日の夜一緒に行ってみない? 俺は正義の味方だから一緒に居ても安全だよ」 「襲ってきたら半殺しじゃ済まないかもしれませんよ?」 「何言ってんだ、正義の味方だから襲わないんじゃないか」 「ふふ、何言っているのですか。いいですよ、信用して付き合うことにいたします。互いのシャーマン集団の腕前を見せあいとしゃれこみましょうか」 「ありがとう……けれど、その……俺から誘っておいてなんだけれど。やっぱり一応師匠に確認をとっておかなきゃいけないと思うんだ。色々話しちゃったけれど、他の組織のシャーマンと勝手に行動を共にするのは流石にまずいだろうしさ。あんたが信用におけるかどうかは置いておくとしても……勝手なことしてしまったのを謝罪しないと」 「なるほど。確かに、勝手にいろんなこと話したらまずいですよね……すみません、無神経で」 ローラは謝罪の意を込めて頭を下げる。 「いやいや、気にしないで。俺の方も色々話せて楽しかったし……それに、その……こっちも君たちテオナナカトルの情報は風の噂で聞いていたからさ。興味があったのは事実だし。例え怒られたとしても価値がある一日だったよ、ありがとう」 「あらら……大変そうですね」 ローラは苦笑して見せる。 「ところで、そのお師匠さんとやらはどんな方なのですか?」 「パンの香りづけに使う果実とかを育てながら悠々自適に暮らしている人なんです。キングラーなので、色んな作業が大変そうなんですが……でも、シャーマンとしての腕前は俺よりは確実に上なんですよ。だから、頭があがんなくって……身の回りの世話をよく頼まれちゃうんです。 掃除とか、料理とか……俺、毎日パン届けに行っているんですよ。今日もまだ果樹園に居ると思うので、行ってきます……ローラさんはここで待っていてくださいね」 「分かったわ。怒られてもしょげないでね」 「ありがとう」 去っていくワンダに、ローラは尻尾を振って見送った。 ◇ その日、ユミルは食事に誘われ豪華な食事をふるまわれる。そういった席でのマナーもまともに知らないユミルは見よう見まねでの食器の扱いに苦労したがなんとかそれを終えた。すでに予約を取っていた宿もキャンセルし、強引にクリスティーナと一緒の寝室へと付き合わされる。 やはりというべきか、シャーマンとしての才能がユミルの遥か高みをいっているクリスティーナはユミル以上に宝石の声が聞こえる。ユミルにとっては力なんて何もこもっていないように見えるただのクズのような宝石でさえも、敏感に力を見つけては引き出してゆく。 ユミルには微かにしか聞こえない宝石の声を聞きとってはそれを耳打ちするクリスティーナ。クリスティーナは、違う世界を見られる仲間が出来て非常に嬉しいようで、ウィンが驚くほど遅くまで起きて二人は語り合った。 「久しぶりだなぁ……お嬢があんなに楽しそうにしているの、マナフィとルギアを初めて見た時以来だ」 「寝顔も可愛いでやんすね……幸せそう」 「あぁ、幸せの形は違っても、喜んだ時、幸せな時の表情は同じなんだ……たまに、お嬢は狂っているから人並みの生活なんて与える必要は無いっていう奴がいるが、俺はそうは思わねぇ。だからこそお前……お前が今日来てくれてよかったと思う」 「それは、どういたしまして……」 「明日にゃ帰るんだろ?」 「えぇ、そうでやんす……。まあ、後2~3日はいられないこともないでやんすが」 「お嬢が寂しがるかもな……」 「そんなこと言われてもアッシにはどうにも……」 「分かってる。お祭りとやら、早い所出来るように祈っているよ」 「えぇ、ありがとうございやす」 ユミルが笑顔でお礼を言った所で、ウィンは異常なまでに甘い匂いのするつぼを取り出す。 「じゃ、景気付けに蜂蜜酒を一杯付き合え」 「うわぁ……」 その蜂蜜のあまりに濃厚な香りにユミルは圧倒される。唯一の救いは杯が小さいことだが、それでも甘ったるくて嫌になりそうな香りであった。 「ユミル。お前に『幸運を呼ぶ者、神憑きの子』の幸運があらんことを」 「あ、はい。ありがとうでやんす。アッシに神憑きの子の幸運があらんことを」 ワイングラスたった一杯の酒だが、それに気分をよくしたウィンはお嬢と初めて出会った時の話を始める。 なんてことはない。当時、賭場の用心棒をやっていたウィンが、5歳のクリスティーナと出会い、そして奥様ことサザンドラのダービーに出会うまでのお話だ。親に捨てられたクリスティーナが、物乞いの最中に気味悪がられて石を投げられていた所、ウィンが岩をブン投げて粛清した。 僅かばかりの食料を恵んで、あとはサヨナラしようとしたウィンを追って、クリスティーナは何処までもついてきた。結局仕事場にまでついてきたクリスティーナが仕事中にもついて回ってきて、あまりにうざったくなったウィンは少しばかりの小遣いを渡して、とっとと出てけとまくし立てた。 そんなあどけない子供をカモにしようとする連中もいたのだが、クリスティーナは逆に全てを返り討ちにしてしまったのだという。結局、激昂してクリスティーナに刃物をつき付けたカモの一人をウィンが叩きのめしてしまい、さらに懐かれることとなってしまったのだが。 そんな事を話しているウィンはとても幸せそうだったし、サーナイトの姿になってみればあからさまに幸福な気分が感じられた。 尽きない話題を肴にしたその晩酌は中々終わることなく、予想外に永い時間の夜を過ごすことになった。 ◇ どうにも、師匠のクラヴィスと言う名のキングラーやらもローラのことは歓迎してくれるらしく、とんとん拍子でローラの同行は許可された。ワンダ達が属する組織の名前である『シード』も、テオナナカトルとの交流をいつかしたいとは考えていたらしい。 『もはや信仰する者の少ない宗教を信仰する同士、手を取り合っていければ』なんて、ナナと同じ考えで。 そうして動向を許可された二人は、変装というか、顔を隠す準備に勤しんでいた。ローラはナナからもらった専用の黒装束があるが、流石に今は持っておらず、布切れを捲いて代用することにした。 「でも、悪人なんてそうそう見つかるものでもないでしょう?」 テキパキと布切れを播きながら、ローラは尋ねる。ワンダもまた、純白の服をいそいそと着込んでいる。 「うん、だからこそやりがいがあるんじゃないか……100と99の間にはあまり差は無いけれど1と0の間にある差は相当大きいものだからね……この街から悪人をゼロにしたいって、そう思うんだ。 俺はさ、子供の時から童話に出てくる魔法使いに憧れてさ……悪い魔法使いばっかりだったけれど、俺は魔法使いになったら絶対に良い魔法使いになって見せるって親に言い続けていたっけ。 魔法使いになるのが叶った時、俺はこんな風に正義の味方をやっている……夢に見たほど希望の持てる仕事じゃないんだけれど、今は夢がかなって嬉しい気分だよ」 「そうですか……それはいいのですが、そろそろ突っ込むべきなんでしょうかね?」 「な、何が?」 首をかしげるワンダに、ローラは戸惑い気味に尋ねる。 「いえ、&ruby(なにゆえ){何故};に夜だというのに真っ白な服を着るのかなぁ……と。目立つし、敵は間合いを掴みやすいですし、そもそもデザインがダサイと言うか……簡単に言うと、その服を着る意味が分からないです」 竹を割ったようにきっぱりとローラは言い切り、爪先から頭、尻尾に至るまで制止してワンダに目を合わせる。 「なに、気にする事はありません。ダサいという印象が強ければ強いほど……こう言っては何ですが、俺の格好良くてモテるイメージから外れていきますし……それに」 と、覆面や手袋などのパーツを全て着込み終えたワンダが言う。 「地味で目立たず、常に有利な条件で戦おうというヘタレ根性ではヒーローに相応しくない!! ワンダー仮面は派手に行く!!」 「……誰?」 普段の物腰柔らかな、初夏の木漏れ日のように優しい笑顔はどこへ行ったのか。 「この姿の時はワンダー仮面と呼べ」 「いや、ワンダー仮面って殆ど本名ですし、その呼び方すると正体ばれません?」 「世間では顔は良いけれどヘタレで通っているからな!! ワンダー仮面のイメージとは似ても似つかないのさ!!」 ググッと拳を握り、ワンダはアピールする。 「あぁ、そうなんですか……はい」 「さぁいくぞ!! ローラ!!」 「貴方のこと……見直そうかな」 (悪い意味で……) 揺れ動く心を胸に秘めて、ローラは呆れていた。 「港町とは言っても……淡水の湖ですから潮風のような独特の匂いがなくって心地いい街ですよね」 ローラはクンクンと鼻を動かしてみるが、水と草と木の匂いがするばかりで鼻に心地よい街だ。夜の街を二人並んで歩く、デートのような様相になると、このなんとなしな雰囲気が楽しめてしまい匂いでさえも話題に出来る。 「あぁ、家も劣化しにくいから木造で作りやすい。おまけに泳げるってことで、水タイプの俺にはありがたいね」 「水タイプっていうのはやっぱり泳ぐの好きなんですね……」 「暇な日……ってのは年中無休のパン屋なだけに無いんだけれどさ、ちょっと暇が出来るとふらりと泳ぎたくなるね。やっぱりさ……陸で暮らす事が出来ても、何処かで体が水を求めちゃうんだよなぁ。 今は夏だし、結構泳ぎやすい季節でしょ? 明日一緒に泳いで見ない?」 「ふふ、どうしましょうかね」 と、二人で並んで歩いている時だというのに前方から人が通り過ぎる。 「あ、あれワンダー仮面だ」 「噂には聞いてたけれどダサいわね……あの黒いの着ているやつは仲間かしら?」 フローゼルとビーダルのカップルもしくは夫婦と言ったところだろうか、男女二人組だ。 (『あれ』扱い……) 全身の体毛が敏感な上に耳も大きなローラにとってはこそこそした話ももう少し厳重でなければ意味を為さない。 「やだ。また都市伝説が増えるのかしら?」 「だとしたら俺達がその第一発見者だな……」 (私……都市伝説扱い……) やがて後ろに消えていった二人の発言にショックを受けながらローラは落胆する。尻尾も耳も首も垂れ下がって大きくため息をつく様子を、『落胆』以外に形容する言葉は無い。 「あの、やっぱり白い姿は目立ちます。それにダサいです」 「目立つからこそ、って言うのもあるんだぜ」 ワンダは得意げにローラを諭す。 「今では、やましい事がある奴はこの姿を見ただけで目を逸らすんだ。それに、黒でも目を逸らす事は結局同じじゃないのかい?」 「確かに黒でも結局は同じことだと思いますがね……黒でも結局ワンダー仮面認定は変わらないけれど、どちらにせよ黒の方が闇夜での活動には良いですよぉ。ってか、今更ですけれど一度も尾行されないんですか?」 「いつも尾行には気を配っている。それに……この布はスキーズブラズニルと言ってだな。こだわりスカ……」 「こだわりスカーフの上位交換バージョン、でしょう? 神々を乗せて天を行く船の帆に使われていた布……心得のない者に装備させてもただのこだわりスカーフですけれど、シャーマンが装備すれば……」 「……俺のような者が使えば脚の速さは文字通り2倍はいける。ってなんだ、良く知っているじゃないか」 「私の上司がたまに使っていますので……それで尾行を撒くわけですか」 「あぁ。君が巻いているその黒い布もスキーズブラズニルだ。あんたなら使いこなせるはずだ」 ワンダは笑いかけるが、ローラは逆に不安そうな顔をする。 「あの……こだわりスカーフってのはその……内なる波導の力を制限することで身体能力に変換するアイテムですよね? 私、悪タイプに出会ったら私どうすれば……補助技無しで勝てっていうんですか?」 「俺に任せろ!! ワンダー仮面は決して敵から逃げない!!」 「やっぱり見直そう……」 (悪い方向に……) ワンダー仮面に豹変したワンダの点所について行けず、図らずもローラは溜め息を漏らした。 しばらく歩いていると、種族柄で親譲りな敏感さを持ったローラが街の路地裏に耳を傾ける。 「あっちに恐喝か強姦か何かの現行犯が……強烈な空気の乱れ……恐らくは脅されて戸惑う様子が……」 ローラは感じた方向に向かって前脚を伸ばす。 「感覚、鋭いね……」 ワンダが感心して目を丸くする。 「まぁ、種族柄……」 種族柄にしてもローラは鋭い。数々の戦場で武功を上げた親譲りの勘の良さである。 「とにかく、行ってみましょう。屋根を超えてショートカットしますよ」 「OK、ワンダー仮面出動だ!!」 ワンダはそう言って屋根に飛び乗る。ローラは屋根に飛び乗るというよりは、壁を這うようにして歩き、屋根の返しも何ら危なげなくスタスタと歩む。あまり騒音を立てる大ジャンプを良しとしないのは良いことなのだが、まるで虫のようですらある。 「さ、行きましょうか」 と、ワンダに微笑んだ後は、音をほとんど出さない滑るような足取りでローラは進む。ワンダはガタガタと家に住む者に対して明らかに騒音となる音を立てながらの足取りだというのにローラに追いつけない。身につけているスキーズブラズニルは、使用すれば更に騒音を出してしまうため、今は使えない。 「おっとと……何やってんのーあんた達?」 「わ、ワンダー仮面!? ではないな……誰だお前」 エモンガを足蹴にしているエビワラーが屋根の上を見上げて驚く。 (どんだけ噂になってんのよ……ワンダは) 「ちがうわよ。私はワンダー仮面じゃなくって……」 (本名を名乗るわけにもいかないし……なんて名乗ろうかしら?) 「『神速の陽光』よ!!」 (って、これ父さんの通り名((ロイとローラの父親はエーフィである))じゃないのよ。私何言っているの?) 「ただいま名前売り出し中の私に見つかるとは……これこそ因果応報と言うものね」 ローラは路地の壁をまるで床であるかののようにスタスタと歩き。敵を驚嘆させる。 「うわ、歩き方が気持ち悪っ!!」 「気持ち悪い言うな!! ヒードランのように神々しいと言え!! サイコキネシスで壁に足をくっ付けているのよ!! 訓練すれば誰でも出来るわ!!」 (まぁ、父さんでもここまで上手くはなかったけれど……この程度ならば神器の賜物ではなく才能で片付けてもいいわよね? ナナさん……) ヒードランの神器を持つローラ((何故ヒードランなのかは『パルキアはレシラムになる』参照))は、発言通りサイコキネシスによって壁に足をつけたまま移動する能力を得意とする事が出来た。本当はこのまま地上とほぼ変わらない速度で走る事も、電光石火の如きスピードで飛び出すこともできるのだが、流石にそれは緊急時以外に使う気はしない。 「と、ともかく……」 「ワンダー仮面参上!! 正義の名の元に成敗する!!」 「後ろから五月蠅い!! ワンダー仮面!!」 夫婦漫才のようなやり取りだが、観客はどちらも笑っていない。 「ひえぇ……ブルブル」 「ワンダー仮面だ……助けに来てくれたんだ」 まるでオオスバメに睨まれたケムッソのようにエビワラーは体を震わせる。エモンガは天の助けのような気分でワンダー仮面を羨望の眼差しで見る。 「神速の陽光はエモンガを安全な所へ連れて行ってくれ。俺はあいつをやる」 「いえ、相性的に私の方が良いですし……」 ローラは二股の尻尾を揺らしながら、藍色の瞳を左から右へと動かす。腰が抜けているエビワラーにサイコキネシス発動して、そのまま壁に落ちるようにしてエビワラーは叩きつけられた。 汚い叫び声が上がり、その後は力ないうめき声が漏れる。 「うぐぅっ……」 オーバーキルにならない程度に力を加減したつもりで、そして加減は正しかった。敵が戦う気満々でなかったら反撃の可能性はあったが腰が抜けている相手に対しては気持ち半分程度の力でも問題なく戦闘不能に出来る。 「ひゅう!! やるなぁ、神速の陽光さん」 ワンダが手放しでローラの事を褒めたたえる。咄嗟に名乗ってしまった格好悪いあだ名と共に。 「ごめんなさい……やっぱりその名前やめてください。その名前で呼ばれるとものすごく恥ずかしい上に、父親に申し訳ない気分になるので……あ、とりあえずそこのエモンガのお兄さんは早く逃げた方が良いですよ。お金とかはとられませんでしたか?」 「あ、その……まだ盗られる前だったので……とりあえず、ありがとうございます」 所々痛そうな腫れ跡を残しながらも、エモンガは笑顔でお礼を口にする。 「ふふ、どういたしまして」 お礼を聞くだけでローラは暖かい気分になったが…… 「それと、ワンダー仮面さんと『神速の陽光』さんはお似合いですね。これからも街の平和をお願いします」 と言って、エモンガは銅貨を二枚投げる。銅貨を投げられたのは良いのだが、ローラは台詞の前半で心がうすら寒くなった。 「ありがっとさん」 ワンダは銅貨を一枚受け取り、もう一枚をローラに渡す。 「報酬だ、受け取っておけ」 ローラは、なんとなく屈辱的な感覚が拭えないままにその銅貨を受け取る。 (ワンダさんとお似合いって言われたら嬉しかったんだろうけれどなぁ……ワンダー仮面とお似合いじゃあ……はぁ) 「今日は色々とありがとう」 ワンダモードのときはワンダも普通で、初夏の木漏れ日のようなやららかな表情も健在である。一体先程までの不快なワンダー仮面は何だったのかと思わせる変貌ぶりである。 「い、いえ……父さんのように立派になるためにはあぁいったことも通過儀礼のようなものですし……父さんも、旅の最中にトラブルに出会っていたらよく首を突っ込んでいたりもしたんです」 「なるほど……いい父さんなんだね」 「えぇ、今は神権革命の関係で、生きているうちに会えるかどうか不明ですが……」 「そっか……生き別れっているのは辛いね。俺は母親と一緒に住んでいるからいいけれど……でもさ、忘れろとは言わないけれど、新しい出会いを無為にしちゃダメだよ? そうやって沈み込んだ顔でさえ可愛いけれど……ローラはやっぱり笑っていた方が良いし……」 「えぇ、そうしようと思います」 ワンダの笑顔に、ローラもまた笑顔で返す。 「ところでさ、父さんのことを随分と尊敬しているようだけれど、どんな人だったの?」 「う~ん……普段の感じはワンダさんに少し似ています。ワンダー仮面には欠片も似ていませんが。私と同じエーフィで……遊ぶ時はとても優しいのですけれど、悪い事をした時は厳しく叱ります。でも、マナーなどを間違えた時は私の手をとって優しく教えてくれるんですよ」 「へぇ、そう言う所、君も似るといいね。時にやさしく時に厳しくって言うのは大事だし……」 「そうね。親もその親もエーフィだったから、きっと似ると思います。それで、子供は絶対にエーフィかブラッキーが欲しいって……なんで私こんな話しているんだろ? そうだ、貴方が父親の話を振ってくるからじゃない」 ローラは恥ずかしそうに顔を赤らめながら抗議する。 「ん、え、あ……俺のせい? 何で?」 肝心の抗議されたほうは何故怒られたのか全くわからないようであったが。 「そういえば、パン屋ってみんなの朝食を作るわけだから朝早いんでしょ? 話に夢中になるのもいいけれど、そろそろ寝たほうが……」 「ん、そだね……とは言ってもまぁ、朝の仕事は母さん一人で出来ちゃうからなぁ。俺の母さん見てのとおり馬鹿力だから、手伝い必要ないんだよね」 「どっちだっていいじゃないですか。親孝行出来るうちにしときませんと、私みたいにチャンス逃すことになりますよ? 平和を守る立派な姿を見せるのも大事ですけれど、仕事手伝ってあげるのだっていいじゃないですか」 「わかった……寝よう。それじゃ、このベッド使ってよ。俺はソファで寝るからさ」 言いながらワンダは立ち上がり、ベッドのある応接間へと歩き出す。 「そ、そんなの悪いですよぉ……いや、でもこういうときって男性は中々引いてくれませんよね」 「よくわかっていらっしゃる」 ワンダはおどけて言い、部屋を後にした。 「ふー……」 一日の疲れを吐き出すように、ローラは大きくため息をつく。 「兄さんと違って、ワンダさんって良い匂いだなぁ……昔は兄さんもいい匂いだったのに、何でだろ?」 ベッドに染み付いたワンダの匂いを嗅ぎながら、ローラは静かに眠りに付いた。 ◇ 翌日、結局ユミルはクリスお嬢から執拗な誘いによってのデートの誘いを受けてしまった。妻も子供もいるけれど、ここまで年齢が離れていれば浮気にはならないだろうなんて理由で、苦笑しながらもユミルはそれを承諾する。スケッチブックと絵具を持って来ているのは、恐らく絵を書こうということなのだろう。 名目上はただのデートだというのに、きちんとウィンが付いてくるのは親馬鹿と言うべきか心配症と言うべきか。用途不明の巨大なバッグも健在である。 親のダービーがあれだけの大きな店を持っている以上、これまでも&ruby(かどわか){拐};されそうになった事はあるのだろう。それをウィンがなんとかしているのだとすれば、相当な強さだということだ。そう思えば、頼もしい反面とても窮屈な気分である。 「でも、何処に行くでやんすか?」 「どこでもいいよ……あ、でも声をたくさん聞ける場所があるからそこに行きたいな」 「かしこまったでやんす。案内してくれやすか?」 クリスティーナは街を歩く間も、何かを数える事を止めなかった。石畳の数を数えてみたり、かと思えば雲の数を数えてみたり。節操がない。何故そう言う風になるのか全く見当がつかないのだが、楽しそうに数えている彼女のことを見るとどうでもよくなってくる。 ユミルがサーナイトの体に変身した際にこれほど心地よさを感じたのは、妻であるジャネットに対してでさえ無かったことだ。 そんなクリスティーナは話しかけてもひたすらマイペースだ。どんな所に行くのかと尋ねても、『綺麗な所とか』。もっと具体的な説明を要求すれば色の名前を数字で表したり、木の生え方を数字で表したり。そして極めつけは、 「う~ん……やっぱり説明しにくい……どうしてみんな、私の説明じゃ分からないんだろ」 これである。 「そうやっていっつも、寂しい思いをしてきたんでやんすよねぇ」 「でも、貴方は少しだけだけれど歩み寄ってくれた……仲間が出来た気がして……すごく嬉しいよ、私。すぐ帰るなんて嫌……けっこ」 「む、無理でやんすよ……結婚なんて」 「それなら……これからも会ってくれるかな?」 不安そうな眼差しでクリスティーナはユミルの腕を掴む。 「ま、住んでいる場所は結構遠いでやんすが長い付き合いしようでやんす……それに、アッシの他のシャーマンも紹介するでやんすよ」 幼い子供が不安がってそうするようにギュッとユミルの手を掴む。そのぬくもりを感じてユミルは思わずはにかんだ。 (出会った順番と年齢が違えば、どうなっていたかもわからんでやんすね) 二人とおまけが並んで歩くその道を、クリスティーナは終始静かな幸福を感じながら歩む。殆ど聞こえないような自然の声でも、たまにユミルが協調してくれることが嬉しくて、ユミルに何か聞こえるものはあるのかとしょっちゅう聞いてくる。 「聞こえるものでやんすか? あるでやんすよー。心を落ち着けていれば、アッシは自分の姿に関係なく明日の天気を感じることが出来るでやんす。例えばその天気を当てるという行為はエーフィの得意分野でやんすし、ユミルもエーフィに変身すればむしろそっちの方が精度は高いでやんすが……自然の声を聞けば明日の天気くらいは余裕でやんす」 「へぇ、じゃ明日の天気は?」 「山の方は晴れ。しかし、海は少々波が強くなる……ってところでやんすかね」 「うん……それで合っているよ。私は一週間先も分かるけれど、驚かない?」 「すごいという意味では驚きやすが……でも、二日後の天気でも正確に当てるポケモンがアッシの妻でやんすし。そう言うこともあるでやんすよ」 「そうやって、驚かずにいてくれる人が……私はずっと」 「む、胸が……」 ユミルの角が締め付けられるように痛む。思わず蹲りながら胸を押さえる。 (感情の起伏が……激しすぎるでやんす!) 「ごめん……私、あまりに寂しくて、哀しくて、訳分からなくって……」 クリスティーナが駆けより、膝をついてユミルの胸の角を撫でる。一切合財の感情が心配に向けられる事でユミルの胸の角は幾分か楽になった。後ろから感じた強烈なまでのウィンの気配や足音も、今は必要以上に距離を近付けることはしていない。 (ひと安心でやんすね……) 「そうやって、嘆いたりするよりも天真爛漫な方が良いでやんすよ。クリスティーナは良い感情を出せるでやんすから……」 うん、とクリスティーナは控えめに頷いた。 少し気まずい雰囲気だった気もするが、こう言う時ばかりはクリスティーナの空気を読まない発言が役に立った。変わらずに、クリスティーナは話しかけてくるのだ。応じるユミルもさっきと同じように対応する。 街にいたころは聞きとる事が出来ない声も多かったが、街外れの自然に満ちた所に行くと、ちらりほらりと見える樹齢の高い樹から聞こえる唸り声のような、小鳥のさえずりのような声を聞きとって感覚を共有してあげると、これでもかと言うくらいに喜んでくれる。 その際の飛びはね方は正直に言うと酷く煩わしいし、笑顔も剥製のような不自然な笑顔だ。だが、反面角の感触が心地よい。サーナイトに変身していれば男女の交わりにも匹敵する快感が胸に走るから、むしろ変身状態を解けないくらいだ。 そんな道中を、クリスティーナと共に楽しく過ごして数十分後。 「ここ!!」 腐葉土の匂いが立ち込める目的の場所。透明度の低い小さな池があって、そこには様々な水草が浮かんでいる。クリスティーナは尻尾を振ってユミルに抱き付く。その勢いでユミルが仰向けに倒される。風景をじっくりと見る前に倒されてしまったが、じっくりと見るべきは――空。 池に沿って、木々が円形に避けているその場所。春には葉を殆どつけずに、淡い色の花弁を咲かせる木々が生い茂っている。生憎今は夏。どうやっても花は咲かない季節だ。 「本当はもっと綺麗なんだけれど、緑も好きだから……ねぇ、ユミルはピンクの方が好き?」 その木の美しさを知っているユミルは素直に頷いて見せた。 「じゃあ、描く」 と、言って嬉々としてクリスティーナは絵を描き始めた。驚いたのは、『描く』と言い始めてからクリスティーナはよそ見一つせずに描き上げることだ。キャンバスとパレットしか見ない。景色すら見ない。それでどうやって絵を描くのかと思えば、描けてしまっている。 「あのー……アッシはどうすればいいんでやんすかね?」 「さぁ? 出来るまで待つしかないと思うぜ。あぁなってしまったら、お嬢は完成するまで何を話しかけてもほとんど反応しないからな」 と、言うことでユミルは結局ウィンと世間話をする事になってしまう。これでは何のためのデートなのかもわからない。乾くのを待たないために重ね塗りもせず、ついでに常人離れした記憶能力でよそ見一つしないその絵が驚くほど早くに描きあげられたのが唯一の救いか。 「出来たよ…119日前のここの景色」 と、言ってクリスティーナが渡した絵は、目を疑うほど写実的な代物だ。寝転んで空を見てみると、木の形が殆ど一緒。しかしながら美しい花弁に彩られたされたそれは、手を伸ばせば届きそうだ。絵に厚みがない事が唯一の残念だが、短い時間で描いたとは思えない、見事な物だ。 「これ、貰っていいでやんすか?」 「うん……でも……私は貴方を離したくない。それをあげるから……もっと一緒に居て欲しい」 「そこで寂しい……感情でやんすか」 胸の角が痛む。恋慕ともとれるウィンへの信頼の感情はあるものの、どれだけ安心できる相手がいても満たされなかった孤独感を埋める存在として認識されている事をユミルは理解する。 「アッシは……会おうと思えばいつでも会える距離の街に居るでやんすよ。だから、そんな顔しちゃダメでやんす」 「私は……半端な気持ちじゃないのに……」 さらに感情が強くなった。あまりの角への負担に耐え切れず、ユミルの変身が解けた。それに追い打ちをかけるようなクリスティーナのセリフ。 「絶対に一緒に居させて見せる」 クリスティーナがアクアマリンを手に、シャーマンの力を高める。ユミルが頭に違和感を感じると同時に、アクアマリンが蒼く燃えるように光り始めた。『仲良くなる』というのがマナフィの力だが、それ以上にマナフィにはあらゆるポケモンを服従させる力がある。 ユミルが服従させられそうになることを恐れた頃には、ユミルは言いようのない虚脱感と共にクリスティーナの前に跪いてしまった。 (嘘でやんしょ……感情の起伏が激しい子だとは思っていやしたが……こうまで突然豹変するとは……) 「この場所……風の声も森の声もすごくよく聞こえる。私自身の力もずっとずっと強くなるから……絵を描きながら瞑想して……力を高めていたの。私の仲間……せっかく見つけたのに……いなくなるなんてダメ。私と一緒に居てよ……私、皆と同じものを見たいの。その『皆』になってよ……ユミル……」 頭を垂れたまま何もできないユミルは、徐々に自我が保てず、クリスティーナを王か何かのように見えてしまう錯覚に陥ってしまう。が、 「お嬢、そりゃ反則だ」 ウィンはクリスティーナに足払いをかけて転ばせ、手首の関節を極めて握ったアクアマリンを手放させる。 「お嬢。求める者はそんな風に奪い取るもんじゃない……積極的なのは良いが。そういう方法よくない」 「ウィン……邪魔、しないでっ」 「おい!!」 涙目で見上げるクリスティーナに、ウィンは凄む。 「ひっ!!」 肩をすくめて怯えるクリスティーナの関節を取ったまま、ウィンは溜め息をついた。 「すまねぇな……ユミル。この子は突飛な行動が多くってな。昔これと同じ方法で海に飛び降り自殺を命じたこともあったんだ……俺を傷つけちゃった奴を……その、殺すためにね。 お嬢がこうなっちまったら俺の制止しかきかねえから一応ついてきたが。大事にならずに済んでよかった」 と言って、ウィンは肩をすくめた。 「ってことは危ないのはクリスティーナじゃなくってアッシだったんでやんすかぁ?」 「まぁ、な。お嬢がここまで気に入った相手は初めてなもんで心配していたが……案の定だ。この子は常識知らずな面があるからな」 「……ケチ。どうしてダメなの? アクアマリンでどうにかすれば簡単にモノに出来るのに」 淡々と喋るウィンに、クリスティーナは頬を膨らませて不平を述べる。 「ん~。ダメな理由ねぇ。そうだな、そのやり方だと、ユミルがアクアマリンの支配から逃れた時に確実に逃げられるからだ。しかし、普通にモノにしたなら、ユミルはいつでもお前と一緒にしてくれるぜ」 「あのー……アッシ、妻も子もいるんでやんすが。色々前提条件間違っていないでやんすか?」 ユミルを無視して進む話しに、ユミルは苦笑する。 「どうやってユミルをモノにした方がどっちが得かを考えても見ろ。クリスティーナ?」 「……分かった。私ゆっくりユミルをモノにする」 「な、なんでそうなるんでやんすかぁ!?」 戸惑うユミルをよそにウィンは笑顔でクリスティーナの頭を撫でて―― 「よし、よく言った!! 偉いぞ」 彼女を褒めるのだ。ユミルは溜め息をつくばかりであった。 ◇ その頃、イェンガルドではテオナナカトルのメンバーが仕事に勤しんでいた。 「さてと、歌姫。準備はいいかしら?」 「ばっちりですよ、ナナさん」 ペルシアンの母親から受けた依頼は、再婚した夫がどうしようもないほど子供に対して暴力を振るう男であったため、別れたいのだがなんともしがたい。この街を出るわけにもいかず、かといって同じ街で怯えて暮らすこともできやしない。 困り果てて最後に頼んだのがここ、テオナナカトルである。 今回の仕事は、夫と顔を合わせなくても済むように――とのことなので、適当に暴れさせて収容所に御退場願おうという算段だ。 心を惑わす薬をターゲットの唇に塗る。そしてターゲットが舌舐めずりをする。薬の影響で狂ったように行動する。今回はそれだけの簡単なお仕事だ。とはいえ、そのお薬を作るためにロイが幻覚剤の作用を持つテオナナカトルを食す羽目になったり、薬の調合に慣れたジャネットでなければ調合出来ないような加工を施したりと、それなりの苦労はある。 そしてその苦労に見合うだけの効果がある薬故、頬に塗られて気づくか気付かないかの少量でさえ十分な効果を発揮する。 歌姫はターゲットとすれ違いざま、幻影に護られながら筆を走らせる。触覚にすら作用するナナの幻影は、筆が唇に触れた違和感を感じさせず、また歌姫の腕の動きも誰にも悟られることがない。ただそれだけの仕事ならナナ一人でも出来るのだが、参加することに意義があるからこそ、こうして皆での作業をする。 「ばっちりですよ、ナナさん」 「うん、上出来ね」 もちろん、ロイもまた仕事がないわけではなく、監視及び狂ったように行動し始めたターゲットを大人しくさせるという仕事がある。 「じゃ、後は俺の仕事だな。二人とも、お疲れ様」 「私達は後ろで見守っているから、頑張ってね」 ナナが笑顔でロイに手を振る。それに笑顔で応えて、ロイは悠々とターゲットを尾行し始めた。 舌舐めずりをする癖と言うのは本当に何気ないものであって、その際の動作も集中していなければ見逃してしまいそうなほどだ。 (さて、薬を塗られた部分を舐めた……これで仕事はほとんど成功なのか?) 半信半疑なロイではあるが、異変は数分と経たないうちにすぐに現れた。ターゲットのレントラーは道行くオオタチの女性をぼんやりと見上げ、そして襲いかかった。絹を裂くような悲鳴が耳をつんざく。 「何!? いったい何よアンタ!!」 「へ、良いだろ!! やらせろよ!!」 どうやらターゲットは発情のような事をしているらしく、公衆の面前だというのに見境なく襲いかかってる。 (どんな薬なんだアレは……まるで野獣じゃないか……ってか、止めなきゃ) 『惚れ薬スーパー』なる薬の威力に言葉を失っていたロイは我を取り戻して駆けだし、レントラーの脳天に向けてアイアンテールをぶつける。ゴツンと鈍い音と共にターゲットは沈黙した。 「大丈夫ですかお嬢さん……?」 ロイが荒い息をつきながらオオタチの女性に尋ねる。 「え、あ……は、はい……ありがとうございます」 これで、収容所にこのレントラーを放り込む口実もできたわけだ。今回のお仕事も成功である。 ◇ デートの翌日。中々起きないクリスティーナが起きるまで待ってイェンガルドへと戻る。クリスティーナはサーナイトに変身したユミルの脚を抱き締め、別れを惜しんでいた。ユミルもこれほどまでに子供に懐かれたことも無く後ろ髪を引かれる思いでクリスティーナの頭をそっと撫でる。 互いに多くの言葉は必要としなかった。本物のサーナイトほどでもないがユミルはその能力を十分に生かし、二人はシンクロの特性同士で通じ合う事が出来る。ユミルがクリスティーナの額にある星形の模様に触れ、クリスティーナはユミルの胸の角に触れる。 『離れたくないな』 『大丈夫、また会えるでやんすよ。だから我慢して』 互いに目をつむったまま、言葉も交わさないまま、傍から見れば何やっているのだろうと思える時間が十数秒。クリスティーナが満足するとユミルは手を離し、ムクホークの姿へ変身する。 「まだ、旅をするには幼い年齢でやんすが、ウィンさんがいればその気になればどこへでも行けるはずでやんす。クリスティーナちゃん……」 「はい……」 「本当に、会いに来たかったらイェンガルドに来るといいでやんす。そこにはアッシらと同じシャーマン仲間が沢山いるでやんすから……その時は、一緒に街を見て回りやしょう」 ムクホークになって大きく変わった声質で、しかしいつも通りの優しい口調でユミルは諭した。クリスティーナは表情もつけずに黙って頷く。 「あの、最後に……」 「ん?」 ユミルが見上げるとクリスティーナは、口を寄せて口付けを交わす。 (笑った……) その時、クリスティーナは初めて自然な笑顔を見せた。 「世界を共有する方法は……私にはなかったけれど貴方がいてくれたから……私は伝説のポケモン以外に縋る事が出来た。 貴方は私の寄る辺となって、舞い降りてきてくれた……数字だけで見える世界までは共有できなかったけれど、私だけの世界の扉を開き、世界を共有出来た事は素直に嬉しい…… 伝説のポケモンは住む場所が違うと言われ続けてきたけれど……貴方となら、きっと一緒に……」 ユミルは苦笑して溜め息をつく。 「何度も言いやすが、アッシは妻も子もいるでやんすから、浮気はしないでやんすよ?」 「うん、浮気はしないから一緒に暮らそう」 「あー……もう。クリスティーナお嬢ちゃんが大人になって、それでも魅力的だったら考えやす」 結局ユミルは適当にあしらう形でクリスティーナの要求を受け入れることにした。 「約束だよ」 「はいはい」 ユミルはクリスティーナの頬を撫でて、その約束を受け入れた。 「それじゃ、お元気で」 「おぅ。そっちに行くことがあれば礼の酒場の酒とやらを楽しみにしているからな」 「えぇ、ウィンさんもお元気で」 言いながらユミルは跳躍し羽ばたいて、よそ見もせずに帰って行った。 ◇ 「……と、いうわけでアッシからの報告は終わりにしやす」 テオナナカトルのメンバーが勢ぞろいした閉店後の『暮れ風』にて、ユミルは得意げに報告を終える。神懸かっていると言える程有能な力の持ち主を仲間に引き入れたとあって、メンバーからは口々に賞賛の声が上がる。 「まさか神憑きの子をこうもあっさり仲間に出来るとはね。やるじゃない。ほ・め・ちゃ・お」 何とも奇妙なアクセントをつけて、ナナはメタモンそのままの姿をしているユミルの額のような所にキスをした。ユミルは何ともなかったが、無関係なジャネットが火花でも立ちそうなほどナナを睨みつける。 二人の関係はなんだかんだでもう慣れ切ったことなので、歌姫もローラもロイも気にしない。 「じゃ、次は時計回りでローラちゃんに報告をお願いするわね」 「分かりました、ナナさん。私の方も収穫はばっちりです! ユミルさんには質で劣りますが数では勝っておりますよ」 ローラも収穫があったのか、彼女は自信満々にそう言った。 「私はミリュー湖の北東湖岸の街、クルヴェーグにいるテオナナカトルとは別の組織のにシャーマン『シード』に会いに行ったわけだけれど……『俺の腕を食べろよ』が口癖のキングラーのおじさん、クラヴィス=カウフマンさんも、ワンダー仮面とかわけのわからない正義の味方気取りのゴルダックのお兄さんのワンダ=ラーベンソンさんも、私達の事を風の噂でなんとなく知っていたようです。 始めは双方共にぎこちない感じではありましたけれど、テオナナカトルがやろうとしているお祭りの復活について話したら、快く賛同してくれました。お祭りの時は一緒にシャーマンをやってくれる約束を取り付けましたよ。それに、機会があればこちらの持つ薬学の知識を好感し合おうとも言ってくれました。挿し木によって新しい木の実を作る実験が出来るそうです。ジャネットさんが使うような自然の恵みでも特殊な効果が出るんですって。 ただ……一応問題もあって、どちらも処女でも童貞でもないから神子の役にはなれないけれど……神子はあとで補充すればいいので構いませんよね? これで祭りを行うために必要な神子はあと2人……シャーマンは4人ですね。順調順調、これで私からの報告は終わり」 「そう、ローラちゃんもいい子ね。後でテオナさんから貰った蜜で作った焼き菓子をあげるわ」 春先に出会ったビークインからもらった絶品の蜜を使ったナナの焼き菓子は店に出せるレベルだ。それこそ、この場にいた誰もが焼き菓子を上げると聞いてローラに嫉妬しない者はいないようだ。 「ナナさんの焼き菓子ですか? 是非」 「アッシもキスよりかはそっちの方が良かったんでやんすがねぇ……」 喜ぶローラを尻目に、ユミルは納得いかなそうな態度をしている。 「大丈夫よ。皆の分もちゃんと用意してあるから」 「おぉ、ナナでかした」 ロイもまたその焼き菓子好きは例外ではなく、真っ先に称賛したのは彼だった。ユミルや他のメンバーも期待に満ちた顔をしている。 「っていうか、ローラちゃんはもう少しだけ太ったほうが可愛らしいと思うのよね。そのための特別製よ」 「私……痩せすぎですか?」 「うん、女の子は子供を産む体よ。赤ん坊を温めてあげるためにはもう少し太らなきゃ。あくまで健康的にね」 子作りを連想させるあからさまな言動に、ナナ以外の者は聞いているだけでも恥ずかしそうだが、ナナはそんなこと気にしない。 「さて、焼き菓子を振る舞うのは話しあいの後。で、だ。二人は色んな街に寄って行って来たと思うけれど、シャーマンの噂は聞いていないかしら? ついでに、ロイ君の家族の噂も」 「私は……世俗騎士と同じく元貴族だから関所を越えずに済む近場にしか行けないし……情報は似たり寄ったりよ。一応、の『シード』の二人からヒーラーのライボルトとアブソルの二人組の情報を聞いたから……そこに行ってみようと思います。ギリギリ関所を通らなくてもいけますので。ユミルは?」 「港なら情報集まると思ったんでやんすがね……無理でやんした。ロイさんの家族も……生きているといいでやんすがね」 ロイ、ローラ共に肩を落とす。 「……死んでないといいけれど」 うつむき気味にローラが漏らした。 「それでさ、今後の予定は?」 暗い気分になったロイが話題を逸らす。 「アッシは、とりあえず行ける所に行ってみるでやんす……適当に探して見つかるもんじゃないとは思いやすが、何もしないよりは絶対にいいでやんすし」 「私もユミルさんと同じく……関所を通らないで済む程度に色々回ってみます。兄さん達は兄さん達で頑張ってくださいませ」 「分かったわ皆。これで報告会も一段落ね」 言いながらナナは神の中に手を突っ込み、油紙に包まれた焼き菓子を出す。 「……本当にお前の髪はどうなっているんだ」 「だから、この中にはゾロアを入れられるくらいの容量があるんだって言ってるじゃないの、ロイってばぁ」 呆れ声で突っ込みを入れるロイにも、ナナは動じず笑い飛ばした。そういう問題じゃないんだがなぁ、とロイは苦笑しつつも差し出された焼き菓子はしっかりと口に入れる。ナナの髪の中で温められたそれは、ほんのりと暖かくなっていた。 *** 『ローラも本当にたくましくなったなぁ……。それにしても、例のキングラーの事を詳しく聞いてみた時は思わず笑ってしまった。なんでもレジロックの加護を受けた神器を持っているらしい彼は、元々再生能力の高いキングラーの再生能力をはるかに上回る速度で回復するらしい。雑穀を練った生地を腕にくっつければ1時間もせずに生えてくるのだとか(本当かよ?)。懐中時計で測ったのだから間違いないとローラは言うが、如何にも胡散臭い…… ユミルの方は……まぁ、良かったよな。人が良いだけあってプラス印象ばっかり認定してもらっていたというが……そのお嬢さんの見る目はかなりいいものだと思う。その場にいたら、良い嫁さんを見つけたなって言ってユミルをからかってやりたかったところだが……その神憑きの子とやらは俺達の事はどういう風に見るんだろうか? 一応俺たちだって普通の人には聞こえない神器の声が聞こえるから……何か変なフィーリングがあるやもしれない。 まぁ、その時になったらそのお嬢ちゃんの反応を楽しめばいいさ。 追記:ところで、歌姫とユミルが海に出て歌謡祭へ行くそうだ。マナフィやルギアに会える祭りだそうで、そこで参加するついでにシャーマン探しを行うらしい。マナフィとルギアか……そのお祭り少し羨ましいもしれない』 RIGHT:テオナナカトルの構成員、ロイの手記より。神権歴2年、7月18日 LEFT: ◇ 「…………」 ローラはすっかり寝静まった街を歩いて、酒場から大声を出しても届かない距離まで離れた所でピタリと止まった。 報告会の時に思い出されるのは、二日前にワンダとしてしまった過ちの事ばかり。過ぎた過去はもうどうにもできず、なんとかそれを忘れたい。 「うわぁぁぁぁぁぁぁ!! やっちゃったぁぁぁぁぁぁ!!」 しかし、簡単に忘れる事が出来ないので、突如叫び出して夜の街を駆け抜ける。わざわざヒードランのように壁を這いまわるような動作を取り入れるのは混乱している証拠なのか。とにもかくにもローラは絶叫しながら壁や地面を走り回っていた。 [[次回へ>テオナナカトル(8):暴れん坊ハッサム・上]] ---- 何かありましたらこちらにどうぞ #pcomment(テオナナカトルのコメントページ,12,below); IP:36.2.145.65 TIME:"2013-12-31 (火) 01:53:41" REFERER:"http://pokestory.rejec.net/main/index.php?cmd=edit&page=%E3%83%86%E3%82%AA%E3%83%8A%E3%83%8A%E3%82%AB%E3%83%88%E3%83%AB%287%29%EF%BC%9A%E7%A5%9E%E6%86%91%E3%81%8D%E3%81%AE%E5%AD%90%E3%81%A8%E6%AD%A3%E7%BE%A9%E3%81%AE%E3%83%92%E3%83%BC%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%BB%E4%B8%8B" USER_AGENT:"Mozilla/5.0 (compatible; MSIE 10.0; Windows NT 6.1; WOW64; Trident/6.0)"