writer is [[双牙連刃]] この作品は、サマーバケーション! シリーズのスピンオフ(後日談)作品第一弾となります。登場キャラクター等はそちらと変わりませんのでご了承下さい。 ―簡単な登場キャラクター紹介― 蒼刃 コバルオン♂ 浮遊庭園の祭壇に封印されていた、二千年前のポケモン。 現在は封印が解かれ、二千年後の世界の事を学びつつ生活している。 零次 人間♂ サマバケシリーズ主人公。が、今回はちょい役。 蒼刃の封印を解いた張本人で、一応蒼刃の主人。蒼刃、零次共にその自覚は無い。本名は葛木 零次。 司郎 ゾロアーク(人間)♂ 零次の親友、普段は人間として生活しているが実際はポケモンのゾロアークという変わり種。今回のちょい役その二。 本名は黒子 司郎。両親共にゾロアークのポケモン一家。 雪花 人間♀ 零次の幼馴染。氷タイプポケモンのグレイシアとユキメノコのトレーナー。本名は小河原 雪花。 メインキャストは以上でお送り致します。(本当はもっと出てきますが…) それでは、お楽しみ頂ければ幸いです。では……。 ---- 「ふむ、なかなか良い剣を振るうようになったな、零次」 「それはどうも……これを機に剣道でも始めるかな」 「試しにやってみるのはいいかもしれんが、多分退屈なだけだと思うぞ」 「ん? そりゃまたどうして?」 ……自分の今の実力を理解してないようだ。零次の通う学び舎の者達を見たが、少しでも零次が本気を出せば動きが止まって見えるだろうな。 だが、まだ足りない。蒼の剣を持つ者として、その剣の力に負けぬ技と意志が無ければ……剣の持つ力に、零次の心が耐える事が出来なくなる。かつての我のようにな……。 もっとも、零次に渡した力は剣から僅かに零れ落ちる一握り程度の力だがな。 蒼の剣は、言わば我が半身。その力を真に開放出来るのは所有者である我のみ。……いかに我が認めた証としようとも、その剣が持つ業まで零次に付き合わせる訳にはいかんからな。 「にしても、慣れれば慣れるもんなんだな。この朝の訓練も」 「鍛錬と言うのは、続ければ何かしらの形で発揮される。それもその一つだ」 「ま、健康的だし文句は無いけどさ。ただ気になるのは……」 「どうかしたか?」 「打ち合っててなんとなく思ったけど、蒼刃って全然本気じゃないよな」 「む? 我は本気で打ち合ってるが?」 「いや、それは分かるんだけど……なんつーか、すっごい楽しんでるように見えるんだよ。ワクワクしてるって言うかなんと言うか……」 ぬ……それはまぁ、否定出来ない節もあるにはあるんだが。このように剣を振るうのも二千の年月ぶりだからな。 それに、こうして敵意無く剣をぶつけ合っていると昔を思い出す。仲間達と共に過ごした、あの日々を……。 「……まぁ、楽しんでいるのを否定はせん。己が鍛えている者が強くなっていくのを見守るというのは、何時になっても喜ばしいものだからな」 「へぇ、つまり俺の前にも蒼刃には弟子が居たと」 「遥か昔にな。弟子というより、率いていた騎士団の兵達だが」 「ほぉ~……ん? 騎士団?」 「あぁ。っと、そろそろ朝食を取って準備せねばならぬのではないか?」 「え? あっ、そうだけど……」 「ん、気になるか?」 「そりゃあ、まぁ」 少々勿体つけた物言いをしたかもしれんな。興味があるようだし、話してやってもいいだろう。 「ならば今日の空いた時間にでも話してやろう。そら、朝食に行くぞ」 「うーん……分かった、でもちゃんと聞かせてくれよ」 「ははっ、そう急くな。昔話程度、いつでもしてやる」 物足りないような顔をしてたが、なんとか納得したようだな。こういう所はまだまだ子供だな、零次も。 家の中に入ると朝食の良い香りが広がっていた。流貴殿も料理上手だったが、零次の母君もなかなかの腕の持ち主なのだよ。 おっと、母君だけでなく心紅も居たか。どうやら朝食作りの手伝いをしているようだな。 「あっ、零次さんに蒼刃さん。お早うございます」 「あら、今日の訓練は終わったの? どこも壊したりしてないでしょうね?」 「お早うございます。あぁ、その点はご安心を。我もそのような事はせぬよう心得ておりますゆえ」 「お早う。って、俺が町中でそんな風に暴れる訳ないだろ」 「うん、やっぱり蒼刃君がついててくれると安心感あるわね」 零次が軽く拗ねたようだが、まぁ捨て置いてもいいだろう。母君は快活な方故、拗ねた零次を見て大いに笑っていらっしゃる。 ……会って一週間程経った今だからこそこのように接してくれているが、最初は(我だけでは無いが)かなり警戒されたものだよ。気持ちは分からないでもないが。 なんせ、この時代では喋る筈も無いものがごく自然に話しかけてきたのだ。誰でも警戒するだろう。 我の時代では皆分け隔て無く言葉を介する事が出来たのだがな……人とポケモンとが互いに相手を思う事を止めた所為、なのかもしれん。 ん、部屋の隅で寝ていた海歌も目を覚ましたようだ。後この時間に目を覚ましてくるのは拳斗だけだ。零次の父君は早くて10時、それ以降にしか起きて来ない。何の仕事をしてるかも掴めん不思議なお方だ。 「じゃ、朝ご飯食べちゃいなさい」 「そうするか」 「うむ、頂こうか」 登校はいつも八時に家を出る。今は七時、時間に十分な余裕はあるようだな。 我は人の食器は使う事が出来ない。ゆえに聖なる剣で代用しているのだが、少々食事を取りにくいのだよ。まぁ、どれも人が使うのを前提に作られているのだからどうしようもないのだが。 そのまま顔を近づけて食べればいいと言われてしまえばそれまでだが、やはり行儀の面でいささか抵抗があってな……。まぁ、海歌はそうなのでとやかく言われる事はまず無いのだが。 「それにしても蒼刃君のそれって便利よね。本当は技なんでしょ? ずっと出てるけどどうなってるの?」 「これですか? 今のこのナイフ程度の大きさの剣ならば五時間ほど出したままでも維持出来ますよ。通常の刀剣の状態で具現させると、もって五分ほどでしょうか」 「それでも長く出したままに出来ますよね。普通、ポケモンの技って相手にぶつけたりしたらそれで終わりですし」 「それでは戦場での戦闘では手が足りなくなる。なんせ、一度に十数人の兵を相手にしなければならぬ時もあったのでな」 「十数人って、蒼刃一匹でか?」 「そうだが?」 む、おかしな事は言ってない筈だが、皆が口を開けたまま固まってしまった。どうしたのだ? 「な、なんていうか……」 「蒼刃さんって、そんな大変な戦いをしてきたんですか?」 「ふむ、現代では無いようだが……国同士の争いとはそういうものだ。我が仕えていた王国はそこまで大きな国でも無かったしな」 「蒼刃君って確か、二千年前のポケモンなのよね? こうして見てるとそんな感じはしないけど、話す事に深みがあるのは流石って事かしら」 「いえ、我は若輩者ですよ。今の時代の事はまだまだ知りませんし」 剣として封印されている間は、肉体的な老いも全くしなかったようだしな。これだけは封印されていた役得と言ってもいいかもしれん。 さて、目玉焼きの最後の一欠片も頂いて、朝食は終了だ。実に美味い食事だった。 「ご馳走様でした」 「あら、お粗末さまでした。ねぇ蒼刃君、よかったら昔の話なんか聞かせてくれない? 今のでちょっと興味持っちゃったわ」 「流石歴史探求家。っつっても、今回は俺も興味あるけど」 ……零次の母君は、どうやら遺跡や城跡などがお好きなようなのだ。切っ掛けがあればご自分で足を向けるという辺り、本物なのだろうな。 「あんたは学校行ってきなさいよ。その間にあたしは蒼刃君と話してるから」 「残念でした、蒼刃は学校に連れて行きます。今日はちょっと雪花との約束もあるし」 「ん? ……あぁ、あの手合わせの件か」 「ほほぅ……この母から楽しみを奪おうとは、デカくなったものね、零次」 「最近は蒼刃との訓練でそれなりに強くなってるみたいだからな……母さん相手でも良い線行くと思うが?」 「ま、まぁまぁ、零次も母君も落ち着くんだ。話なら、帰ってきてからゆっくりしましょうぞ」 このリビングに燦然と額縁に飾られている受賞状、それには空手の地方大会の準優勝と銘打たれている。それに書かれている名は、葛木知子。……母君の名だ。 どうやら零次の戦闘センスの良さは、間違いなく母君から受け継いだもののようだ。我も話を聞いて驚かされたものだよ。 過去の大会の様子を納めたビデオとやらも見せてもらったが、他の参加者をほぼ一撃の元に打ち伏せる姿は圧巻だった。決勝戦もやっていれば間違いなく優勝出来たであろうな。 事情は分からないが、この賞を得た大会を後に母君は空手を止めたそうな。笑いながら「面倒になったから決勝戦は辞退した」と言っていたが、戦いぶりを見ても、面倒などと思っている様子は無かった。詮索する気は無いが、勿体無い事だ。 まぁそんな親子が室内で争えばどうなるか、それは火を見るより明らか。こうして諌めるのが一番だろう。 「ぶ~……まぁいいわ。それじゃ、帰ってきたら話聞かせてね」 「心得ました」 「そんじゃ学校行く準備するかな」 「あ、零次。分かってるとは思うけど……」 「勝負するなら全力で勝ちに行け、だろ? 分かってるよ」 ……やはり、棄権の理由が面倒等とは到底思えぬよなぁ? ---- 制服に身を包んだ零次と共に通学路を歩いてゆく。ボールに収められてもよいのだが、ただ流れていく景色を見ているというのも退屈なのでな。 因みに我以外で今零次が連れているのは海歌のみ。心紅は家で母君の暇の相手をしている事だろう。拳斗もな。まぁ、拳斗は起きてくるのが遅くてそうなったのだが。 「ここでの生活も大分慣れたみたいだな、蒼刃」 「うむ、母君の良い方だし、父君もなかなかに面白いお方だ。馴染むのに労することも無く助かっている」 「どっちも割とポケモン好きではあるしな。ま、喋れたのは流石に驚いてたけど」 「それはそうだろうな」 こうして道端で話していても、驚いた顔をしている者が大半なのだし。寧ろ驚かれなかったら今はその方が違和感がある。 「しかし今更ながら、こうして我は普通に出ていてよいものなのか? 皆あまりポケモンを連れ歩くような事はしていないようだが」 「まーあんまりする事でもないかもな。けど、別に規制されてるような事じゃないし、蒼刃は下手な人より礼儀正しいし、いいんじゃないか? その内周りが慣れるだろ」 それでいいのか少々疑問だが……我としてもボールに入るよりはこのままの方がありがたい。あまり気にしないでおくのが吉か。 それに零次曰く、我がこうして隣を歩いているとそれだけで他のトレーナーへの牽制になるとか。実際、零次が対戦を求められたら大半を我が蹴散らしているが、それが牽制になっているかは疑問視している。寧ろ余計な戦闘を増やしている気もしないではないんだが。 まぁ、蹴散らした相手がしつこく食い下がって来る事は無いな、少なくとも。 「おーっす、零次と蒼刃、おはよ~」 「ん、司郎か。お早う」 こうして完全に人の姿になれるというのは便利なものだよな。どう見ても元がゾロアークだというのは分からない。それは司郎の力が他のゾロアークより高い事を示しているのだが……零次も、当事者である司郎もその事に気付いていないのだから若干呆れるものだ。 「ん、どったの蒼刃? 俺の顔になんかついてる?」 「いや、気にしないでくれ。お早う」 鍛え方によってはその力を引き出してやれるかもしれんが……司郎は人の身として生きていくと決めている者。要らぬ力はかえって解き放たぬほうがいいだろう。 司郎が加わり、いつもの登校の面子となったところでまた歩みだす。やはり司郎が居るのと居ないのとでは賑やかさが違うのでな、ムードメイカーのありがたさがよく分かるというものだ。 「……なんか蒼刃、俺について失礼な事考えてない?」 「いや、特には?」 「まぁ、司郎が増えると何処に居ても賑やかだーくらいじゃないか」 「おぉ、良く分かったな零次」 「酷い! 人を騒音被害の中心地みたいに!」 「いやそのように思ったのでは無くてだな……」 これも冗談だとは分かっているんだが、フリが上手過ぎて本気で言ってるように聞こえるのだよ。流石、化け狐……。 等と思っていたら零次達の学び舎、今は学校と言うんだったな。そこに着いた。 「それじゃ、ここからはボールの中だな」 「心得ている。では行こうか」 零次の持つブレードボールの銀の光に包まれ、我はその中へと収まる。……毎度の事ながら、人の技術とはここまで進んだのかと感心するばかりだ。このボールを創ったのはアルセウス殿だが。 しかし因果なものだ。この中に再現されるのが、まさかあの浮遊庭園の祭壇とは。まぁ、我が居た場所で一番長いのはここだがな。 空気というか、気流まで再現されている辺り、やはり人よりも遥かに高次の者が創ったものだというところだ。まるで世界を切り抜いてこの中に封じているようだ。無論、そうではないがな。 この中では特にする事は無い。外の様子を大人しく見ているとするか。 我も海歌のように思念で零次と会話出来ればよかったが、生憎そのような事出来んのでな、見ているだけというのはやはり退屈なものだ。 ……まぁ、どのような時間でも、剣として台座に鎮座し続けていた頃よりも遥かにましだがな。 二千の時、か。よく我もそのような長き時を気も触れずに過ごせたものだ。鋼の心も伊達では無かった、と言ったところか。 「未来の俺達のガキ共によろしくな、か……」 我が抜けた後、城はどうなったのだろうか? 仲間達は……明日を紡いでいけたのだろうか。 封印されている間……いや、今でも迷い続けている。我の選択は、正しかったのかと。 確かにあの時、王国は他国からの侵攻で危機に瀕していた。そして我は、その危機を救う事に命を賭けてもいいとまで思い願った。 全てを、切り伏せる力を。 だが結果は……力は、新たな戦の火種にしかならなかった。我はただ平和を、守る事を望んだだけだったのに……。 「我が斬ったものは、敵国の兵……そして、仕えし国の平和、か」 他国が狙うものが領土から我の力にすげ変わり、戦火は広がっていく。それを晴らす為に我が力を、蒼の剣を振るえば、また……。 我と、我の力は国を滅ぼす。そう悟り、それを知ってか知らずか、世界の均衡さえ崩しかねない我を封じる為にアルセウス殿は現れた。 我を消さなかったのは、アルセウス殿が我の願いを受け入れてくれたが為。でなければ我は、力と共にこの世から消される筈であった。 だが、我が消えただけでは戦火は消えない。それでは、残された国や仲間、民に示しがつかない。 だからこその封印。誰もが力を得る可能性がある事をちらつかせ、国から我へと意識を向かせる為のな。 結果として、我を得る為に多くの者が彼の地へ訪れるという結果が生まれた。目論見は、概ね当たったと言えるだろう。 だが、それが国を守ったかを確かめる術は無い。我が抜けた事によって、騎士団の兵力が落ちたのは確かな筈だ。 「国を捨て逃げた……結局は、そうなのかもしれぬな」 ……いかんな、一匹で静かな場所に居るとどうも物思いに深けってしまう。あまり後ろ向きな事ばかり考えていたら、我を送り出してくれた皆に叱られてしまうな。 ん、考え事をしてる内に零次達の教室に着いてるではないか。 教壇にはもう講師の方が立っているし、僅かな時間かと思ったが、十数分は経っていたか……。いかんせん時間の感覚がまだはっきりしていないようだな。 見渡すと、学生諸君にはこの学校での時間は退屈なようだ。欠伸をしたり眠そうにしたりと、その様子がにじみ出ている。我から言わせると、こうして学べるというのは非常に有意義な時間なのだが。 さて、それでは少々集中して講師の方の話に耳を傾けるとしようか。今の世の学問や歴史、それを知る良い機会だからな。 「一限目から……か、化学か……」 ……珍しいな、零次が露骨に嫌な顔をするとは。基本的に、我が見た限りではどの学問もそつなくこなしていた筈だが? おっと、授業が始まるようだ。おぉ、ますます零次の顔が曇っていく。うむ、そんなに化学とやらが嫌いなのか? ふむ、どうやら元素記号とやらの講義が始まるようだ。どれ、聞くとしよう。 ほうほう、この世の物全てを形作る始まりの粒か。ふ~む、そんな物まで見つかっているとは驚きだ。これの組み合わせ方で世の物の性質が決まると……。 いやしかし、霊族のポケモンはどうなるのだ? 物質ではないように思うのだが……あぁ、まだ研究中なのか。ぜひ解明してもらいたいものだ。奴等には剣も当たらなくて難儀させられるからな。 「うっ、うぅ……」 「ぬぉ!? だ、大丈夫なのか零次は?」 呻きながら必死にノートに説明を書き記している……というか講師の方が話しているのを一言も漏らさぬように書こうとしてるのか、手の動きが尋常じゃないほど速いんだが。必死なのはこの所為か? 周りの者も気にしてはいるようだが、特に何を言う事も無いということは、これはいつもの事なのか……な、ならば大丈夫なのだな。 冷や汗でも掻きそうな顔をしながら零次が授業を受けているのが気にはなるが、我も話を聞きたいので多少は受け流そう。 そして……その一限目を終える頃には零次は真っ白になっていた。それはもう見事に机に突っ伏した。何故こんなになるまで必死にならねばならぬのだろうか? 割と簡単な講義だったように思うのだがな。 後の授業もそのまま受けていたが、ノートだけはきちんと取っているらしい。手が動いてるのは見える。 途中、三限目の授業で講師の方に注意されかけていたが、周りが時限表を指差すと何も言わずに「そ、そうか……」と言ってお咎めも無かった。やはりこれが零次としては普通なようだ。 零次の意外な一面を垣間見て、午前の授業は幕を下ろした。今は昼食等を取る昼休みという時間だ。 「くぅっ、一限目から化学はきつい……」 「あんたなんでそんなに理科系駄目なの? 他の教科は悪くない、というより良いくらいなのに」 「なんかもう遺伝子レベルで拒否するんだよ、化学式とか原子とか」 「そんなに難しい勉強じゃ無いと思うけどな? 化学とかよりよっぽど数学のがむずいって」 「数学なんて応用法さえ分かればどうとでもなるだろ……はぁ……」 『……零次ってよっぽどあの化学って言うのが嫌いなんだね』 『そのようだな。見ていたか、あの様子』 『ばっちりと』 ん、あぁ、海歌が我らの言葉で話してきたのでこちらもそれで返した。我とて人の言葉でしか喋れぬ訳ではないのでな。 我も海歌ももちろん昼食を頂いている。母君が作ってくれたおにぎりだ。 校内でボールの外に出る事は難しいので、我等は校庭の隅で固まって食事を取っている。ついでに、この後にあの約束を果たすようだ。 雪花殿のポケモンはグレイシアとユキメノコと呼ばれる種だそうな。我も出会った事の無い相手なので、手合わせが楽しみだよ。 「うーん、でもこうして見ると、蒼刃って強そうね。タイプはなんなの?」 「ん? なんだったっけ?」 「我は鋼と格闘の混合族だぞ」 「へっ!? そうなの!? やっば……」 おや、何か不都合でもあったのか? 雪花殿の顔が明らかに焦ったものになったが……。 「あ、そっか。氷タイプの弱点か、鋼と格闘どっちも」 「そう……なのよね」 「つまり、蒼刃は天敵ってことか」 「なるほど、そういう事か。ならば心配する事は無い雪花殿。我もそちらの力に興味があるので、良い勝負をしようぞ」 「良い勝負か……そうよね、苦手なタイプと戦う事もあるんだもん、その訓練だと思わないとね! 頑張るわよ、グレイシア、ユキメノコ!」 『あぁ、雪花の為にも頑張るさ!』 『でも……出来れば加減して下さいね、蒼刃さん』 『心得ている。が、勝負は真剣にやらせてもらうよ?』 『あ、あぅー』 うむ……こうして話し方を変えて喋るのにも慣れねばならんな。時々間違えてしまいそうになるし、まだまだ鍛錬が足らない証拠か。 しかし、どうも我だけが戦うような流れだが、海歌は戦わぬのか? む、こちらにウインクをする辺り、やる気は無いようだ。別に構わないが……。 「よし! 食べ終わったし、やりましょうか!」 「時間は……まだ45分あるし、大丈夫だな」 「うむ! それでは……試合おうか、雪花殿」 「えぇ! っと、あんたは指示出すの?」 「止めとく。余計な事言うより蒼刃に任せたほうがいいだろうし」 「お! 面白そうじゃん。頑張れいいんちょ~!」 零次と司郎、それに海歌が離れたのを確認して雪花殿と向かい合う。さて、どの程度の力を持っているか、見せてもらおうか。 ルールは簡単。我は一匹で雪花殿のポケモンである二匹と戦う。どちらかが我を倒せば雪花殿の勝ちという事だな。 「初めの合図はそちらに任せよう。何時でも来られよ!」 「ふふっ、強いって分かってるとなんだかワクワクしてくるわね……行くわよ、グレイシア! 氷の飛礫!」 『先制は貰ったぁ!』 うむ、十分に速度の乗った良い技だ。迷いもなく、開幕としては良い滑り出しだな。 まずは飛礫を受け流すとしようか。勢いに逆らわず、流れるように軌道を逸らす。それが、受け流しのコツだ。 「え? ちょっ! のわわわ!」 「うぉぉぉ!?」 「あ、すまない。後ろに居ると危険だぞ?」 「「先に言ってくれよ!」」 「嘘ぉ、全部払われちゃった……」 うむ、後ろの事を気にせずに受け流したら、どうやらそのまま零次達のところまで飛んでしまったようだ。うっかりだ。 さて、それはいいとして……驚くのはいいが、それによって硬直するのは戦いでなくともよろしいとは言えない。ここは一つ、活を入れるとしよう。 「そら、これを躱せるか?」 『うわ! せ、雪花!? どうするの!?』 「へ、わぁぁ! グレイシア、跳んで!」 ふむ、咄嗟に足元への払いを避けるように言うまではよし。だが、身動きの取れない空中を選ぶは愚者の選択。飛べれば別だが。 「はっ!」 『うぁ! ぐぅ……』 「グレイシア!」 「雪花殿、戦いの中で我を忘れるのは愚の骨頂。一瞬の気の迷いでさえ、命に関わる事すらある。油断めされるな?」 「……そうね、ごめんなさい。相手が強いと分かってるのに油断とかぼーっとしてたら絶対勝てないものね。グレイシア、まだやれる?」 『こ、こんなの平気だいっ!』 よく言い、そして立った。柄にあたる部分とは言え我の聖なる剣を受けたのだ、それなりのダメージは受けたであろう。 信頼関係のなせる技か……雪花殿は良い指揮者となる素養があるようだな。 雪花殿も頷いて、また我を見据える。ふむ、気合いの乗った良い眼だ。思い出すな、駆け出しの兵を鍛えていた頃を。 「グレイシア、霰よ!」 『降ってくる霰は避けられないだろ! 喰らえ!』 「ほほぅ、良い技を覚えているな」 切り払う事も出来なくはないが、この一角限定で雪雲を発生させての技故にキリがない。ここは、甘んじて受けるとしよう。 この我が身は鋼の如き……とまで言うつもりは無いが、並のポケモンよりも硬い。多少の霰程度でどうこうなる事は無い。 ……いや、どうやらこの霰の真の目的は違うところにあったようだな。グレイシアの姿が消えた。この霰に紛れる事が出来るか、なるほど予想外だ。 見えぬのならば、視界は邪魔だな。ばらばらと音を立てて降る霰の前には音を探るのも無意味。ならば……。 「? あれ、なーんで蒼刃、目を閉じちゃったんだ?」 「……まぁ、見てれば分かるだろ」 「動かない……? なら、仕掛けるわよ!」 ……来た。右後方から大きな気配が近づいてくる。ならばそれに合わせて、体の側面を向け脚に全力を込めて踏み止まる! 「やった! 吹雪直撃!」 「わーお、雪の津波だよ津波! 流石に蒼刃もやばいんじゃない?」 「よく見ろよ。あれがやばそうに見えるか?」 ふぅ、流石に少々冷えるな。が、悪いが耐えさせてもらった。 これでグレイシアの居る方向は分かった。ならば、受けたこの凍気、形は変わるが……お返ししよう。 「鋼……」 「ま、不味いわ……グレイシア、避けて!」 『え!? ま、まだ吹雪で疲れて動け……』 「爆!」 我が受けた力に我の力を上乗せして返す返しの技、メタルバースト。剣士と言えど、他の力を疎かにしている訳ではないのだよ。 我が放った鋼色の光、技を放った後で避けきれるかな? 『うわぁぁぁぁ! ……きゅぅ……』 「グレイシア!? うぅ、直撃しちゃったのね」 「このように、相手が返し手を持っている可能性もある。大技を使うのは慎重に、な」 「この上ない絶好のタイミングで撃った筈なのにぃ」 「ま、完璧に方向を図られて踏ん張られたら耐えられるわな」 「うっさい! 分かってるわよそんな事!」 やり過ぎたかと思ったが、どうやら気絶しただけのようだな。なによりだ。 「さて、これで一勝、と言ったところかな?」 「うぅ~、ユキメノコ! グレイシアの仇討ちよ!」 『と言われましても、全然勝てる気がしないのですが……』 『全力を向けてきてくれればそれでいいさ。結果よりも、全力を出すという過程が大事なのだよ』 『……分かりました。ユキメノコ、行かせて頂きます』 ユキメノコの周りの空気が変わったか。どうやらやる気になったようだな。 しかし相手はどうやら霊族。我の剣は効かんとなると、やり方を変えねばならんな。 「蒼刃どうする? 海歌と変わるか?」 「へっ、交代ありなの!?」 「いや、基本的に対戦申し込まれたのは俺って事になってるし」 「そ、そうだったわね……」 「……いや、このままでいい。この高揚感も久々だしな」 ま、今回の場合は雪花殿のやる気の為でもあるが。ここで交代してしまったら雪花殿としてもスッキリしないであろう。 我が相手をすると聞いて笑うか。どうやら、妙な気に入られ方をしてしまったらしい。……昔から割とある事だったりするのが悩みの種なのだよ。 「行くわよユキメノコ、影分身!」 まずは守りを固めに来たか。ユキメノコが目の前で増えていく……分身とはいえ、気配もあるのだから本体を探し出すのは難しい。 本来ならば分身ごと全て薙ぎ払い、消えなかった者が本体であるからしてそれを倒せばいいのだが、なまじこの校庭という場でそれをするのも些か気が引ける。 いつの間にかギャラリーが増えてしまっている。巻き込まれないよう距離は取っているようだが、下手を打てばさっきの零次達のように巻き込んでしまう可能性もある。多少慎重に動かねばな。 我が使える技で霊族の者を倒しうるものは、先ほど使ったメタルバースト、それともう一つ。返しの技であるメタルバーストを見られている以上、それには警戒されているだろう。だとしたら、狙うは一つのみ。 「そのまま怪しい光!」 「精神を惑わす光か。悪くない選択だ」 自らの被害を減らそうとするのは戦いの基本の一つ、雪花殿は基礎もきちんとしている本当に優秀な指揮者だ。 この光を見てしまえば、我とて無事では済まない。目眩ましも兼ねた厄介な技だよ。 避ける為には目を閉じねばならない。戦いの中で視界を奪われるというのは至って危険な状態だという事は明白だろう。それは、仕掛けた相手も理解しているところだ。 分身によって気配が分からない以上、我は後手に回るしかない。それは先ほどのグレイシアとの一戦と同じだな。さて、どう出る雪花殿。 「ユキメノコ!」 『はい!』 これは……霊族の力が一点に集まっていく。そういえばそのような技があると聞いた事だけはあったな。 「シャドーボール、これでどう!?」 「ふむ……」 どうやら分身からも同じ気配の物が放たれたようだ。ユキメノコ、分身をこれだけ操れるとは恐れ入った。なかなかの実力者だ。 が、これで分身を晴らす事は出来る、か。 「ぬぅ!」 「よし、直撃! 続けて……」 「すまぬが……一度仕切らせてもらおう!」 周囲全てに放つメタルバースト、分散するので威力は落ちるが、分身を消すには十分であろう。 「残念、それは一度見せてもらったからね」 「そう、見た故に本体は受けぬように距離を開ける。受けても問題の無い分身を動かさなかったのが些か仇となってしまったようだな」 「え? あっ……」 我が目を開けると、そこには分身が居なくなり、ユキメノコが次の一撃を撃とうと構えていた。 場所は特定、分身も生み出す事は出来ず動く事も適わない。先ほど受けた攻撃で威力も把握させてもらった。 では……参ろうか! 「疾風……」 「ユキメノコ、キャンセルキャンセル!」 『で、出来ませんよぉ!』 「怒涛!」 地を蹴り、額の辺りに力を貯める。そのまま、この歩みは止めん! 黒球が我に放たれたが、それに怖気付く我にあらず。そのまま……突き抜ける! 「うえぇ、ちょっとは怯んでよぉ!」 「おぉぉ!」 『きゃあぁぁぁ!』 ……技の名はアイアンヘッドというのだが、お前のは轢き逃げだとよく言われたものだ。まぁ、力を纏った突進に近いものになっているから、そう思われても仕方がないが。 当たり弾かれるのは触れたので分かったが、倒すには至っただろうか? 霊族の者はそういう感覚が薄いのでよく分からんのだよな。 ん? おぉ、まだフラフラとしながらも浮いた姿勢を保てていたか。程よく加減は出来たようだな。 「ユキメノコ! ……もう駄目そうね」 『うぅぅ……』 「なんていうか……貫禄が違うってこういうのなんかね」 「そもそもポケモンっていうか、生きてきた経験値が違い過ぎるんだ。雪花はよくやった方じゃないか?」 「うむ、良い戦いであった。雪花殿、そう悲観めされるな。貴殿も、グレイシアやユキメノコも確かな強さがある。これからの精進を怠らねば、必ずや素晴らしきトレーナーとなれるであろう」 「……そうね、反省点とか色々教えてもらったし、まだまだ頑張らないとならないのが分かっただけいいわね。ユキメノコ、お疲れ様」 『く、車に轢かれたのかと思いました……やっぱり、蒼刃さんはお強いですね』 ふむ、車とは道路なんかで走っているあれか? そこまで強いとは思えんがな? とにかく、此度の戦いは終いのようだな。このように戦うのは久々だったが、勘を取り戻すには丁度良いものだった。……正直に言うと、普段零次に挑んでくる者では物足りなかったのだよ。 野次馬に集まった者達も満足したのか、感心したような声が聞こえる。少々目立ち過ぎた感もあるがな。 ユキメノコは雪花殿のボールの中に仕舞われ、野次馬も散り散りになったか。 「はぁ……ねぇ蒼刃、今からでも遅くないから、私のパートナーにならない?」 「んむ?」 「こらこら、いきなり何を言い出しとるんだ」 「だって羨ましいじゃない。こんなに頼りになるポケモン、そうそう居ないわよ? それに、もっと色々教えてもらいたくなっちゃったし」 「確かに、変なトレーナーよりずっと強いトレーナーになれそうだよね、蒼刃って」 ふむ、それも悪くはないが、まだ零次に稽古もつけたいと思っているし、難しいところだな。 「まぁ、俺は蒼刃がそうするって言うなら止めはしないけど」 「ふむ……」 「ね、パートナーじゃなくても、たまに今日みたいに色々教えてくれるだけでもいいから」 「そういう事なら、雪花殿の都合のいい時にまたお相手してしんぜようか」 やはり剣を託している以上、我は零次の傍に居るべきだろう。……我が必要にならなければそれで良し。だがもしもの時は、我が……。 いや、零次ならば大丈夫だろう。力の深淵への扉、それの鍵は我のみが持つ。零次がそれを開く事は無いのだからな。 「やった! じゃあ約束ね」 「うむ」 「やれやれ……あまり安請け合いし過ぎるとくたびれるぞ、蒼刃」 「そうでもない。我が手を貸せる事があるのなら、出来る限り協力するだけだ」 「なんと言うか、蒼刃も苦労性そうだな」 そうだろうか? 出来る事をやるのが苦労だとは思わないがな。 おっと、そろそろ昼の休みが終わる時間が近付いてるようだ。なれば我もまたボールに戻らねばならぬのだよな。なかなか程よく体がほぐれてはいるが、まぁいいか。 それでは、また講師の方の講義に耳を傾けるのに集中するとしようか。学ぶのもまた修練だ。 ---- 「やれやれ……待たせたな、蒼刃」 「うむ。何やら多くの者に引き止められていたが、何があったのだ?」 「部活に入れって誘いだよ。ポケモンバトル部に大好きクラブ、最近しつこいんだよ」 今日の授業が終わり帰ろうとしている零次が囲まれたので気になったのだ。我が見た限り、ついて来た日は必ずと言っていいほど帰り際に囲まれている。 名前からしてポケモンに関わるものへの勧誘だったようだな。……まぁ、最後は勧誘に来た者同士が争いだして、そこから零次は抜け出してきたのだが。 そして今は校門まで来たところで我が出されたところだ。おや、司郎と雪花殿が待っていたようだな。 「零次お疲れ~。夏休み明けからずっとあんなんだよな」 「まぁ今日はお昼のあれもあったからだろうけどね」 「しれっと言ってくれるな、ああなった張本人さんよ。っていうかお前、委員会とかあるんじゃないのか?」 「忘れたの? 後期のクラス委員は交代があって、私は抜けたじゃない。それで私、今はもうクラス委員じゃないし」 「あそっか、もういいんちょじゃないんだ。うーん、呼び方変えないとなぁ」 「あら、呼び方は別に変えなくてもいいのよ司郎君。私もそう呼ばれ慣れてるしね」 うむ、仲睦まじき事は良きことかな。友とは良いものだ。 「んでさ、話は変わるけど、今日零次の家行っていい? なんか、蒼刃の昔の話するんしょ?」 「ん? あぁ、別にいいが」 「でも、蒼刃が二千年前のポケモンって言うのがまだ信じられないわよね。そんな感じ全然しないけど」 「話し方は古い感じじゃん?」 「……直球な物言いをしてくれるな司郎よ。まぁ、前から言われ続けている事だが」 しかし、そんなに興味を持たれてもあまり面白い話等は無いのだがな? ともあれ、どうやら雪花殿と司郎も一緒に帰る事なるようだ。悪くはないだろう。 下校する生徒に混じって家路へと足を運ぶ。……やはり、どうやっても我は目立つな……。 「そういえば、蒼刃も普通にポケモンって言ってるけど、昔はどんな呼ばれ方してたの? まさかポケモンじゃないわよね?」 「無論違う。我の時代で今のポケモンに当たる者達の呼ばれ方は統一されたものではなかったな」 「へぇ、例えば?」 「そうさな……神獣や超獣、魔獣や妖獣、霊獣等と呼ばれている者も居た。それぞれ見た目や持つ力によって変わり、今で言うタイプというのは、何族等と言っていた。これは共通していたな」 「そう言えば昼にもそう言ってたっけ。確か、鋼と格闘の混合族とかって」 ほぉ、よく覚えていたな。因みに今で言うノーマルというのは獣族、格闘族との線引きは、より人の武術に近い技を使うかで分けられていたのだよ。 「なるほどねぇ……じゃあ蒼刃はなんて呼ばれてたの?」 「我か? 始めは種族の皆と同じく聖獣と言われ、位を受けてからは剣士か騎士と呼ばれていたな」 「位? それに、剣士とか騎士って人に付けられそうな呼び方だけど……」 「あ、そう言えば騎士団がどうのとか、王国がどうのって言ってたよな? それに関係するのか?」 「左様だ。我は……っと、ここで話してしまっては母君に悪いな。続きは家に着いてからにしようぞ」 「え、何それめっちゃ気になるんだけど! もう今話しちゃいなよ~」 「残念だが司郎、俺もこんな感じで朝からお預けの状態だ。我慢しろって」 司郎も雪花殿も不服そうだが、もうじき話すのだ。しばし我慢してもらうとしよう。 剣士、か。今思うに、やはり我には少々不釣り合いな位だったかもしれんな。剣とはいえ、聖なる剣は技である事だし、蒼の剣は封印間際に覚醒させた技だったしな。 途中で雪花殿が我の背に乗ってみたいと申し出てきたので、雪花殿を背に乗せ歩いている。と言っても、我が背格好は人と大して変わらん故に眺めはそう変わらんだろうがな。 「わぁ……蒼刃の毛並凄い。見てるだけで光沢あるなとは思ってたけど、つるつるで撫でてると凄く気持ち良い……」 「おまけにそれ、ブラシ要らずだからな。洗ってるだけでそうなるんだから手間要らずだ」 「うそー、ウチのグレイシアなんて、洗った後はブラッシングしてあげないと変に毛が立っちゃうのに……やっぱり羨ましいなぁ」 「あの……すまないがあまり撫でないでもらえないだろうか。少々くすぐったくてな」 「あ、ごめんごめん。でもつい撫でたくなるのよねぇ」 毛並か……あまり気にした事はなかったが、確かに同族からも羨ましがられた事があったな。 我としては体躯が大きな者に憧れていたりしたのだがな……。やはり我の感性はどこかずれているのだろうか? まぁ、雪花殿も満足してくれているようだから多少は我慢するとしようか。家までもうすぐの距離な事だし。 しかし、こうして背に誰かを乗せるのも久しく無かった感覚だな。昔はよく乗ってきた方が居たが、毎回飛び乗られていたから苦労したものだ。 そうこうしている内に帰宅だ。我以外の皆は靴を脱いで、我は足を拭いて上がる。床を汚す訳にもいかないからな。 「ただいまー」 「零次さん、お帰りな……!?」 「あら? 今の声って……心紅さんの?」 ……どうやら、雪花殿が心紅が本当はラティアスだという事を知らなかったようだな。偶然とはいえ、思わぬところで露呈してしまったようだ。 黙ってはいるが、この場には拳斗も居るぞ。雪花殿を見て喋ろうとするのを止めたようだ。 「って言うかラティアス!? 嘘ぉ、伝説のポケモンの一匹じゃない!」 「あ、そういや言ってなかったな」 「ちょっと待って。なんでラティアスから心紅さんの声が聞こえてきたの!? 心紅さんはあんたの親戚で、夏休みが終わったから帰ったんじゃ……」 「そっか、いいんちょにはそう言ったままだったんだ」 「まぁ、事情があってああ言ったんだが、心紅は本当はこっちが本来の姿なんだ。喋れるのは俺と司郎が教えたから」 「あぅ……ご、ごめんなさい、騙してたような形になっちゃってて」 雪花殿が額に手を当てて深く溜息を吐いた。まぁ……零次の手持ちのメンバーを考えれば頷けなくもない反応だが。 「……とりあえず、あなたが心紅さんでいいのよね? また会えた事は嬉しいわ」 「あ、あははは……」 「それにしても、まさかラティアスを実物で見れるとは思った事もなかったわ。あんた、何をどうしたら蒼刃とか心紅さんみたいなポケモンと出会える訳? ここまで来るともう異常って言ってもいいわよ」 「偶然の産物、としか言い様が無いな。今年の夏は一際騒々しかったし」 「ま、それもこれも目いっぱい自由にさせた私達のお陰ね!」 おや、母君を見掛けないと思ったら奥の部屋に居たようだ。奥は母君と父君の部屋。と言う事は、父君を起こしに行っていたと見受ける。 「いらっしゃい、司郎君に雪花ちゃん。察するに、蒼刃君の昔話を聞きにきたってところかしら?」 「あ、はい。お邪魔してます」 「こんちは~」 「やっぱり気になるわよね~。それじゃ、早速お願いしましょうか」 そんなに期待された視線を投げ掛けられても困ってしまうのだが……まぁ、始めるとするか。 「それで、まずは何の事をお話しましょうか?」 「そうねぇ……」 「ならやっぱり蒼刃が居た国って奴についてだろ。それが分からないと話が先に進まん」 「ふむ、そうだな。……我が仕えていた国の名は、オルトリア。オルトリア王国だ」 「オルトリア……あら、何処かで聞いた事あるような気もするんだけど、何処だったかしら?」 ほう、母君は知っているかもしれないのか。ならば話を続ければ何か思い出すやもしれぬな。 「自然と共に生きていく事を選び、我らポケモンも国民として数えられるあの時代でも希な国だったと言えるな」 「ポケモンも国民? なら、普通に独立して人と一緒に生活してたって事?」 「左様。今とは違い人もポケモンも互いの言葉を理解し、人と夫婦になったポケモンも数多く居たものだよ」 「人とポケモンが結婚してたって事!? ま、マジで!?」 「うむ。子宝を授かった夫婦にもよく会ったぞ」 「えぇ!? そ、それは流石に嘘でしょ?」 「嘘ではないさ。ただ、人とポケモンの夫婦は必ず母親の方の種族の子が生まれてくるようだったがな」 そう言えば、その点は今のポケモンにも引き継がれている特徴だったな。ならば、今でもこの組み合わせは可能なのかもしれんな。 「ポケモンと人とで、ですか……」 「人ならばポケモンの力をある程度受け継いで、ポケモンなら人の知恵や器用さを受け継いで生まれてきているようだったな。もっとも、今でもそれが出来るかは分からぬが」 心紅としては、零次が想い人である以上朗報かもしれんな。まぁ、そうなるのはもっと先の話だろうとは思うが。 「かなりカルチャーショックな話ねぇ……」 「いやでも、研究者としてはすこぶる好奇心をくすぐられる話ではあるけどね」 「うぉぉ!? 親父、起きてきてたのか」 「あぁ、これから仕事だしね。お早う皆」 ……正直、我もかなり驚かされた。我でも気配を探れぬとは、父君の気配の消し方、並の技術では無いぞ。 「うーん、ご飯食べたらすぐに出ようかと思ってたけど、蒼刃君の話にも興味あるなぁ。よし、大分遅れてから行くって連絡しておこう」 「あなた、それ大丈夫なの?」 「大丈夫大丈夫。副所長なんて特にやる事無しに自分の好きな研究してるだけだし。あ、蒼刃君は話を続けちゃっていいよ」 ……どうやら父君の仕事は何かの研究をしているようだ。副所長という事は、相当位の高い席に座っているようだな。 「で、では……とにかく、そのように分け隔て無く人にもポケモンにも開かれた国に我は仕えていたんだ」 「へぇ~、なら蒼刃もそこで生まれたのか?」 「いや、我が生まれたのはその国の傍にあった森の中だ。我と同じコバルオンが寄り集まり、森を守りながら暮らしていたのだよ」 「ほう、それがどうしてその国に仕える事に?」 「始めは、森では知りえぬ知識や修練の為に兵になろうとした。気がついたら、森ではなく王城の守護兵の一人になっていたが」 「それが、騎士って呼ばれるようになったって話なのかしら?」 「そう、オルトリア騎士団王室守護騎士が一人。我が選ばれた、12の騎士にのみ与えられる役目」 その役目は、王を含む国全てを守る事。騎士団を率いる役目も担った、誉れ高き騎士だ。 「お~、なんかカッチョいい~」 「なんだか物語の中の世界みたいな話ね……」 「でも、過去にそういった役職なんかがあるから物語も紡がれているんだよ。今では想像だにしなくてもね」 「それに選ばれたから、確か聖剣士って呼ばれるようになったんだよな?」 「その通り。ただ、その聖剣士という称号は生まれた森の集落で与えられたものだがな」 「つまり、城では守護騎士で、蒼刃君の生まれた森では聖剣士って呼ばれてたって事なのね」 「その通りです、母君」 城に仕える我が聖剣士を名乗っていいのか迷ったが。本来は森を守る者の中で一番強い者が与えられてきた称号だったからな。 その時は我以外に一匹、聖剣士の称号を与えられた事で丸く収まった。我が聖剣士、もう一匹のコバルオンが森の聖剣士と呼ばれて分けられていたぞ。 もしかしたら、その時に相応しい強さを持つ者が聖剣士と呼ばれるようになったのが、今のコバルオンという種族そのものが聖剣士と呼ばれる始まりになったのやもしれんな……いや、関係無いか。 「でもそうなると……蒼刃君って物凄く強かったって事?」 「お昼に私も挑んだけど、殆ど手も足も出なかったようなものだったし強さは折り紙付きよね」 「それが……我が守護騎士に選ばれた理由は強さよりも面倒見の良さだったりするのだよ……」 「面倒見? 確かに雪花と戦ってる時もアドバイスしながら戦ってたりしてたが」 「どうも我が助言すると皆の士気が上がるようでな、全軍の鼓舞等を任せられていたのだよ」 「鼓舞? 舞ってたの?」 「そうじゃないだろ……ようは戦う前に皆を奮い立たせて、やる気を上げる役だったってことだろ」 零次の言う通りだ。大号令と呼ばれ、なかなかに好評だったようだな。 「あー、それって戦争物の映画なんかでやってる攻撃前の「いくぞー! おー!」みたいな奴? それって隊の隊長がやるのなんじゃないの?」 「そうなのだが……騎士団長殿が面倒臭がりでな、やってくれと頼まれてやっていたんだ。それの所為で新兵等は我の事を騎士団長だと勘違いする者が出てややこしくなった事もあったな」 思い出すと、騎士団長殿からは雑用というかそういったような事をしばしば押し付けれれていたような気がするな……。 一時期、騎士団の中で我を騎士団長にしようとする動きまであったくらいだ。まぁ、我が言い含めて止めさせたのだが。 「でもさでもさ、そんだけ出世したのになんで今ここに居るような事になったのさ? めっちゃ順風満帆だったっぽく思うけど」 「あ、その辺り私も分からないわね。そもそも、どうやって二千年も時間を超えたの?」 「……我は、二千の時を超えたのではないよ、雪花殿。ある物になって、二千の時を過ごしてきたのだよ」 「え? 過ごしたって……二千年生きてるって事!?」 「その辺はちょっとややこしいからなぁ」 「確か、剣として空の上の神殿に刺さってたって話よね? 零次、見せてあげなさいよ」 母君の言葉に従い零次は蒼の双剣を出した。それを合わせ、蒼き一振りの剣と成す。 「はっ? なぁぁ!?」 「今はこうして俺が持ってるけど、元々これが蒼刃だったんだ」 「っていうかどっから出したのよそんな物騒な物!」 「いやぁ~、三日前にも見せてもらったけど、実に美しい剣だよね。見ていると吸い込まれてしまいそうだよ」 む……雪花殿が零次を締め上げているが、まぁ話を続けさせてもらおう。 零次の手から落ちかけている剣に我が触れると、聖なる剣と同じ光に包まれふわりと宙に浮く。これが、我がこの剣を振るう時の姿だ。 「この剣は、我が力そのもの。それを今は、我を蘇らせこの時代での初の友となった証として零次に渡しているのだよ、雪花殿」 「そ、そうなの? でも、そんな剣を出せる技なんてあったかしら?」 「これは、我の聖なる剣の極み。技で言えば普段の聖なる剣と同じ物と言える。ただ、それを形作っている力の密度が段違いなのだよ」 「ん? それを零次に渡してるって事は、蒼刃の力って……」 「あぁ、これを出せないだけで我そのものの力は落ちていないぞ。そうだな……これを出す為の力が我の中にあったと言った方が良いかもしれないな」 そう、それまでは眠っていたこの剣を、我は目覚めさせてしまった。それをしなければ我は戦の中で命を落とし、この場に居る事はなかっただろう。 「それは、その力を使わなければならない状況があったって言う事かい?」 「その通りです、父君。……皆に一つ問おう。国が大きくなり、人が増えると足りなくなるもので一番大きなものはなんだと思う?」 「え、人が増えて足りなくなるもの? うーん……食べ物、とか?」 「大きなものって言うなら、住む家とかじゃないの?」 「どちらも当たり、だけどそれよりも根本的なもの。答えはそうだね? 蒼刃君」 ふむ、父君は賢い方だな。そう、どちらも人が増えれば必要になっていく。そして、それを得なければならない。ならば、それを何処から得る必要があるか? 「……そうか、土地というか、領地ね。何をする為にも、それをする為の場所が無ければならなくなるもの」 「正解です、母君。そして、その土地を得るというのは、そう簡単ではないのですよ」 例えば、一つの国があり、その周りに隣国が無かったとしよう。それならば、土地に困る事はまず無いだろう。 だが、その国が大きくなるにつれ、その土地にあった資源は減っていく。増やせるものなら増やせばいいだけだが、そうはいかない物も多くあるからな。 そうするとどうするしかないかははっきりしているな。また新たな土地を見つけて、それらを手に入れなければならない訳だ。 「そりゃ、無いならある所へ取りに行くしか無いよな」 「あぁ。だが、例に挙げたように周りに隣国が無い国なんてそうそうは無い。そうすると、どうなる?」 「隣国の許可を得るか、そこを奪うかしないとその土地には手を出せないっていう状況が生まれる訳だね」 「その通りです、父君。そして、我らの国オルトリアは……後者を選んだ国に攻め入られるようになったのだ」 初めは、隣国から使者が我の国に来た事だった。その国の言い分はただ一つ、国を一つにし、オルトリアの領地をその国の物とせよというものだった。 突然現れた使者のそのような申し出を聞かされたと言っても、快く応じる事など出来る訳も無し。王はその申し出を承諾する事は無かった。 「それは当然よね。いきなり国を無くして領地を寄越せって言われて納得出来る訳無いわ」 「えぇ。ですが、その隣国はその方法で領地を手に入れられるほどに大きく、その兵力も我らの国を大きく上回るものだったのです」 二度目の使者が来た時、その国はもう交渉をする気はなかった。国を寄越さないのならば、武力を持って手に入れさせてもらう。その送られてきた使者が声高々と城内でそう言ってのけたのだからな。 我がその場に居ればその無礼者を切り伏せていたやもしれぬな。が、王はそうする事はしなかった。使者に、明け渡す気は毛頭無いと言付けるように言って、無事に国から出してやったのだ。 それが何を意味するか、それを国内全ての者が理解するのにそう時間は掛からなかった。 それは、宣戦布告。国を守る為に戦うという事になるからな。 「国同士の戦い……つまり、戦争?」 「そう、その争乱はまさしく戦争と言っていいだろう」 「でも、相手は大国だったのよね? そんな戦争なんて言うような善戦が出来たの?」 「その国とオルトリアでは、一つ大きな違いがあったのですよ」 「……ポケモン、か?」 「その通り。オルトリア以外の国でポケモンは……良くて労力、悪くて奴隷のような扱いを受けているものが殆どだった。故に、戦場に出させられる者も訓練など受けている訳もなし。片や、こちらは兵として修練を積み陣も組める。その差が、敵国に与えた誤算は大きかったのだろう」 数で勝る敵国の軍を、我等は人とポケモンの力を合わせ迎え撃った。初手を取ったのは、我らの軍だった。 だが、やはり数は相手が勝る。どれだけ相手の兵を払おうとも、また次の兵が立ち塞がる。そのような争いを続ければ、こちらが疲弊するのは相手も読んだ事だったのだろうな。 消耗戦……それを仕掛けられた我らの軍は、次第に戦況を覆すのが難しくなっていった……。 「そ、それで……どうなったの?」 「……侵攻が、王城や城下にまで及ぶ可能性のある最終線、敵国の攻撃と戦火はそこまで迫りました。我も前線で戦い続けていましたが……仲間が一人、また一人と倒れていく様は二度と忘れる事は出来ないでしょう」 守護騎士達の中にも倒れる者が出るようになって、万策も尽きた。残された道は、国を明け渡すか国と共に滅びるかとまで言われたものだ。 「酷い……」 「でも、それが過去から繰り広げられてきた戦争の真実だよ。多くの者が命を散らし、そして……生き残っても、罪の十字架を背負う事になる」 そう、我の剣もまた、多くの命を散らせた。憎しみの断末魔、恨みや悲しみの篭った呪いのような言葉も幾度となく耳にしている。 そして……願ったこの全てを切り伏せる剣によって、我のそれは加速度的に増大した。 「でも、蒼刃君はこうして生きてるわよね? その戦争は、一体どうなったの?」 「国を、仲間を、自身にとって大切なもの全てを守りたい。そのたった一つの思いが、戦況を一瞬で変えるほどの厄災を生み出した。……我と、蒼の剣と言う名の、な」 我らの軍は完全に包囲され、傷ついていない者が居ない程に我等は追い詰められた。皆が、国が最期を予感していた。 だが……我は、諦めたくなかった。共に過ごした仲間達を、生きる者が笑って過ごしていた国を。 我を見失い、敵陣に単騎で乗り込んだ時にこの剣が発現したのは偶然か、我が自分でそうしたのかは分からない。だが、救いとして、この剣が仲間を切り伏せる事は無かった。 閃光一閃、最初は、我にも何が起こったのか分からなかった。振るった剣はその方向にあった全てを吹き飛ばし、敵兵をことごとく薙ぎ払う。 荒れ狂う我を見て、敵兵がどう思ったのかは定かではない。我の耳に届くのは、阿鼻叫喚。ただそれだけだった。 「あ、蒼刃がその自分達を追い詰めてた奴らを全部倒したって……こと?」 「全てかどうかは定かではない。我は……気がつけば、あらゆるものが瓦解した丘に、独りで立ち尽くしていたからな」 目に映るのは、思わず吐き気を催す程の凄惨な状況。この世にあって、その場だけは地獄と言ってもおかしくない場となっていた。 そこで、我は気を失った。次に目を覚ましたのは……王城の中。我は、傷だらけの体を手当され、体を横たえさせられていた。 「正直、生きているのが不思議な程の怪我だったらしい。自身の体の丈夫さに驚かされたのは、それが初めてだったな」 流石に少々重い話だったようだ。聞いていた皆の表情が明らかに曇っている。……愉快な話ではないから当然か。 それから、我は蒼の剣を振るえるようになった。消耗が激しいので、滅多な事では本気で振るう事は出来なかったがな。 「そ、それで……戦争はどうなったの?」 「我が荒れ狂った最終戦、それで大打撃を被ったからか、攻め手は一気に無くなったよ。風の噂では、今まで力で抑えていた他国を抑えられなくなったとも言われている」 「……俺、もう絶対蒼刃怒らせない……」 「心配する事はないぞ、司郎。我も、あのような事二度と御免だ」 「それでもまだ蒼刃君が剣になってないわよね? その後、一体何があったの?」 ……大国の軍を一騎で退けた異形の力。それが、他国の耳に触れるのにそう時間は掛からなかった。 そのような力があれば……後は、零次に話した通りだ。我が力を求めて、多くの国がオルトリアを狙う。 が、他国にオルトリアを取られるのはどの国も面白くない。故に、他国同士の小競り合いが頻繁に発生するようになったのだ。 そして、その小競り合いをしている内に、我は自らを封印する事を選んだ。……これが、我が封印された経緯。そのあらましだ。 「強過ぎる力が意思無く振るわれればどうなるか……もう二度と、あの光景を我は……生み出したくない」 「蒼刃……」 「零次に剣を渡したのは、我が逃げたかっただけなのやもしれん。……すまない」 「……いや、いいさ。事情を聞いたら、なんとなく蒼刃が俺に稽古を付けてくれるようになった理由も分かったしな」 「僕としては、蒼刃君のようにきちんと過去を忘れる事なく背負っているなら、大丈夫だと思う。それに今なら、ちょっと頼りないかもしれないけど、私達も聞いてあげられるしね」 「ありがとうございます、父君」 「はぁ……ポケモンバトルがどれだけスポーツかって言うのがよく分かったわ。それは、蒼刃も本気になる訳無いわよね」 話が終わり、場の空気が少しずつ緊張感を和らげていく。どうやら皆に何か思うところを与えられたようだし、話してよかったのだろう。 「なんだか、楽しみなんて言っちゃったのが恥ずかしくなってくるわ。ごめんなさいね蒼刃君、辛い事思い出させちゃって」 「いえ、我も自戒を思い出す良い機会となりました。聞き難い話をしてしまい、こちらが詫びねばなりませんね」 「ううん、こっちが聞いたんだから気にしないで。それじゃ、ご飯にしましょうか。司郎君も雪花ちゃんも食べていくでしょ?」 「おぉ! やったー!」 「それじゃあ……頂きます」 そういえば夕食がまだだったな。皆の食欲が心配だが、どうやら大丈夫そうだ。 ……遠き日の我の過ち、か。多くの命を奪っていた我を、皆はどのように思ったのだろうか? 少々気になるが……聞くのもどうかと思うな。 また話を蒸し返すのもよくは無いだろうし、まずは夕食を頂くとしようか。 ---- 父君が職場に向かうのを見送り、居間で皆としばしの団欒中だ。何やら、父君にとって我の話は重畳なものだったようだが、公言は出来ないとぼやいておられたが。 「さーて、明日も学校だしそろそろ帰ろっかなー」 「あ、私もそろそろ帰らなきゃ」 「あら、司郎君も雪花ちゃんも泊まっていけばいいのに」 「え、いいんすか!?」 「もちろん。零次なんか一月もお世話になったんだし遠慮しないで」 「誰の所為だ誰の」 ふむ、早速電話とやらを使っているところを見ると、どうやら司郎は泊まっていくようだな。雪花殿は……迷っておられるようだな。 「雪花ちゃんはどうするの?」 「私は……やっぱりお暇します。着替えなんかしなきゃなりませんし」 「あら、私ので良ければ貸すけど?」 「いえ、それに明日の用意もありますし」 「あそっか、いいんちょの家はこっから学校行く途中に寄るって感じじゃなかったっけ」 なんと、もう日も沈んでいるというのに、それは危険ではないか。 「雪花殿、貴殿の家はここから遠いのか?」 「えぇ、大体30分くらいかな。慣れてる道だから平気よ」 「夜道と言うのは何が起こるか分からん。そうだな……差し支えなければ、我がお送りするがいかがだろうか?」 「え? 蒼刃が?」 「あぁ、帰るんならいいんじゃないか? 蒼刃なら、変な奴が出てきても捕まる心配無いし」 そもそも我の長話もこうなった原因の一つだ。ならば我が雪花殿を安全に送るのが当然だろう。 「……じゃあ、お願いしようかな」 「うむ、任されよう」 「はぁ、やっぱり蒼刃君は本当の紳士ねぇ~。それじゃあ、雪花ちゃんの事は蒼刃君に任せましょう」 「最強のボディガードじゃんいいんちょ。絶対安心だね」 「あはは……それじゃあ、よろしくね蒼刃」 「では出ようか。忘れたものは無いかい?」 「おっと、グレイシア~、ユキメノコ~、帰るよ~」 拳斗達と一緒にテレビを見ていたグレイシア達も気がついて、それぞれが雪花殿のボールに戻る。これで準備は出来たようだな。 外に出ると、そこには街頭に照らされた夜の町が広がる。薄暗くはあるが、それでも明るい部類に入るだろうな。 外に出ると、そこには街灯に照らされた夜の町が広がる。薄暗くはあるが、それでも明るい部類に入るだろうな。 「でも、今日は何かと色々あったからちょっと疲れちゃったかな~」 「……ふむ、乗るか?」 「流石蒼刃、じゃあよろしくね」 屈んで雪花殿を乗せると、雪花殿がどちらに進むかを指示してくれている。ならばそれに従って行動するまでだ。 「それにしても、蒼刃って本当に二千年前のポケモンなのねぇ……」 「ふむ、あの話が我の作り話だとは思わなかったのか?」 「そうねぇ、蒼刃が司郎君みたいな性格だったらそう思ったかもしれないわね。でも、話をしてる時のあの真剣な目を見てたら、とても嘘とは思えないわよ」 「む……いつもと変わらぬよう努めたつもりだったのだが」 「ふふっ、蒼刃にポーカーフェイスは似合わないかもね。……あんな寂しそうな目、私、始めて見たわよ」 寂しそう、か。確かに今日は昔を思い出し過ぎたかもしれん。もう、二度と仲間達に会う事も無いと思うと……やはり少々寂しいと思ってるのやもしれん。 命を掛けて、共に戦場を駆け抜けた皆との日々はやはり楽しかった。大切だった……。 「……雪花殿、今の皆との生活は楽しいかい?」 「え? まぁ……あいつはあいつで、私の事色々気に掛けてくれてるみたいだし、司郎君は何かと楽しませてくれるから」 「そうか。ならばこの時間を大切にしてほしい。仲間と居られる今とは、一生の内で何よりも尊いものだ。我は、それを自ら置いてきてしまった」 「……うん、そうする」 不意に、雪花殿の腕が我の首に巻かれた。どうしたのだろうか? 「蒼刃も、もう私達の仲間よね」 「そうだな、これからは我もこの時代を生きていく者だ。この時代の仲間達とも、昔のような繋がりを作って行かなければならぬか」 「そうだよ。まぁ、一緒に戦うとかそういうのは出来ないかもしれないけど」 「それは無い方が良いと理解しているよ」 しかし、腕はまだ解いてはくれないのだろうか? 密着せねばなるほど寒くはない筈なのだが? 「こうしてると、なんだかお父さんにおんぶしてもらったの思い出すな。ちょっとだけ、蒼刃って私のお父さんに似てるし」 「雪花殿の父君に我が?」 「うん。性格なんかは全然似てないけど、見守ってくれてるって言うのかな? そんな感じが似てるんだ」 「ほぅ、そうなのか? 一度お会いしてみたいものだ」 「残念、それはちょっと出来ないかな。父さんも母さんももう居ないから」 「……立ち入った話、かな?」 「そうでもないよ。……私が小さい時にね、通り魔に襲われたの。一家でね。その時に、父さんも母さんも私を庇って相手に刺されちゃって、それの下になったから私は助かったって訳」 な、なんと……では、雪花殿は? 「それで、おばあちゃんの家に引き取られたんだけど、おばあちゃんも亡くなったの。一年前にね。だから今はおばあちゃんの家でグレイシア達と三人暮し、学校なんかはおばあちゃんが残してくれた遺産頼り」 「そうだったのか……」 「だからか、おばさんなんかにはよくお世話になってるんだ。あいつとの腐れ縁にも感謝しないとね」 母君が……なるほど、家に泊まっていけと言ったのには、そういった意味もあったのだな。 ふむ、雪花殿も苦労をされているようだ。我も、力になれる事があれば助太刀なり助力しよう。 「ならば我も、雪花殿に何かあればすぐに駆けつけよう。この剣、今は友の為に振るうと定めているしな」 「本当? なら、そういう時は頼っちゃおうかな」 「うむ、心得た」 笑う雪花殿の声に釣られて、我の顔も少し緩む。……守りたいな、今度は……この笑顔を。 我は騎士、何処まで行っても出来るのは剣を振るう事のみ。ならばこそ、この剣で今度こそは大切なものを守ろう。 それが、今を生きている我の、新たなる使命と信じて……。 ---- ~後書き~ 長らく掛かったサマバケ外伝一発目、いかがでしたでしょうか? いや……実は別の外伝を同時進行、というか先に書いていたのですがそちらが迷走したので今作が先に投下出来るようなったとかならないとかいう裏話が……orz 今回はシリアス? 重視のお話でございました。蒼刃の性格的に笑いをそう挟めなかったのです…。 とまぁ、長引いてはいますが、他の外伝も執筆中でございます。ゆるりとお待ち頂ければ幸いです。 最後にいつものあれを設置して締めとさせて頂きましょう。では、次回作まで、ご機嫌よう…。 #pcomment IP:119.25.118.131 TIME:"2012-12-12 (水) 09:33:19" REFERER:"http://pokestory.rejec.net/main/index.php?cmd=edit&page=%E3%82%B5%E3%83%9E%E3%83%90%E3%82%B1%E5%A4%96%E4%BC%9D%E3%80%80%E6%99%82%E3%82%92%E8%B6%85%E3%81%88%E3%81%9F%E8%92%BC%E3%81%AE%E9%A8%8E%E5%A3%AB" USER_AGENT:"Mozilla/5.0 (compatible; MSIE 10.0; Windows NT 6.1; Trident/6.0)"