作[[呂蒙]] ここからだとよく分からないので、前のお話から読むことをお勧めします。 [[グレイシア・ラプラスの事件簿・記憶と感情の裏表編 中編]]・こちら、前のお話です。 また、流血シーンがありますので、苦手な方はご遠慮ください。 第4章 第三の犠牲者(続き) リーフィアは大怪我をしてから四日目に退院することができた。傷跡は残ってしまっているが、近づいて体毛を分けて見ないと傷跡があるかどうかは分からなかった。あれだけの怪我をしたのである。昔ならこんな短期間で治ることはなかっただろう。それは現代医学の技術の高さを示すものであり、またポケモンの治癒力の高さを示すものであると言えるだろう。とはいえ、日頃、家の中で何不自由なく暮らしていたら、この生まれもって身につけた能力も発揮できなかったに違いない。日頃から運動をさせるなどして鍛えていたから、この程度で済んだという説明を受けたリクソンにとってはそこが唯一の救いであった。 大学の帰りにリクソンは6匹を連れて、病院に立ち寄った。リクソン一行が病室に行くと、よほど嬉しかったのか、リーフィアがリクソンに飛びついて、胸元に顔をこすりつけている。 「ん?」 リクソンが病室に置いてあったテーブルに目をやると、その上に花束が置いてあった。気になったリクソンがリーフィアに尋ねる。 「リーフィア、あの花束は?」 「ああ、あれですか? 今日私が退院するので病院の方がお祝いにくれたんです」 「へぇ~、そりゃあ良かったじゃない。持って帰って花瓶にでも入れておこう」 リクソンは病院の人たちにお礼を言ってから、リーフィア達を連れて病院を後にした。 帰宅したリクソンは、玄関の靴箱の上に置いてあるガラスの花瓶に水をいれて、病院でもらった花束をそこに生けた。それにしても、この花束を一体どこに置いたらよいものか。まず考えたのは、ダイニング兼リビングのローテーブルであったが、何だかサンダースかブラッキーがその周りで遊んで花瓶を倒しそうな気がしたので、この案は却下となった。 こういうことはやはり女性に任せるのが一番なのだろうか? リクソンは近くにいたシャワーズを呼びとめて、この花瓶をどこに飾ったらいいものかを聞いてみた。人間ではないけれど、人間の世界で暮らしているからもしかすると感性は、野生のポケモンよりも人間に近くなっているかもしれない。 「そうねぇ……。玄関の靴箱の上とかは?」 「ふ~ん。シャワーズ、そこにする理由は?」 「だって、玄関は家の顔っていうでしょ。飾りつけの一つや二つはしておくものなのよ」 「なるほどねぇ」 どういう風にすれば家がよく見えるかは、リクソンにとって興味のないものであったため、それが良いのか悪いのかは分からなかった。とにかくシャワーズがいうのだから、その通りにした。言われた通りにしてみると、なかなか見栄えが良いものとなった。 ◇◇◇ それから、二日後のことである。 今日は休日で朝早く起きる必要もなかったため、リクソンは太陽が地平線から顔を出してもしばらくは眠っていた。何と良い陽気だろう。こんなに気持ちのいい日にはどういうわけか動きたくなくなる。陽光の差し込む部屋で日向ぼっこをしているに限る。目を覚ましたリクソンは二度寝をすることにした。リクソンが気持ちよく眠っていると、部屋のドアが開いて何かがこちらへと近づいてくる。青い体に特徴のある長い尻尾、顔に襟飾りの様なヒレ……。これなんていう魚だ? 「ふああぁ……。人が気持ちよく寝ているのに……」 「リクソン、大変なのよ!」 「ん?」 「花瓶に生けておいた花が枯れちゃったのよ」 「ふあ? 花瓶の中で生きてた花がカレーになったぁ?」 「いい加減に起きなさい!!」 青い物体は、飛び上がったかと思うと、体を回転させ、尻尾がリクソンの顔面に直撃した。 「痛たたた……。鼻の骨が折れたらどうすんだよ」 目の前にはシャワーズがいた。なんてことはない。リクソンの手持ちのポケモンなのだから。ただ、寝起きで視界がぼんやりしていると、青い魚にしか見えないが。 リクソンはシャワーズに急かされて、玄関に向かった。例の靴箱の周りにはすでにグレイシア達がいた。リクソンが見ると、確かに花が枯れている。それを見てリクソンは言った。 「残念なのは分かるけど、花の命は短いっていうし寿命がきたんじゃないか?」 「いや、この花は寿命で枯れたわけじゃないわ」 とグレイシアが言った。さらに言葉を続ける。 「さっき調べたら、この花瓶の中の水が塩水になっていたのよ。まあ、誰かが塩をいれたんだろうけれど」 「え? じゃあ、誰がこんなことを?」 「私たちじゃないわよ。だって花瓶が置いてあるところまで後ろ脚で立ってみても届かないし」 そう言ってグレイシアがやって見せた。しかし、それだとできるのはリクソンしかいないではないか。 「え? オレじゃないぞ。本当に!」 「そうは言ってないわよ。だいたい、そんなことをしてもリクソンさんに何の得もないしね」 リクソンと7匹は朝食をとることにした。といってもパンと卵料理、コーヒーかミルクの簡単なものだ。いわゆるイングリッシュブレックファストである。シャワーズ達は4本足なのでどうしても犬食いになってしまうが、リクソンは黙認していた。仕方ないではないか。やろうと思えば後脚で立ち、前脚で物を持つこともできなくはないが、それはかなり疲れる行為であって、休息の時間のときにわざわざ疲れることをする者などいないのだ。 リクソンは食事をとりながら7匹が食事をしているところを嬉しそうに眺めている。 グレイシアはパンを齧っているときに、どうも孝直を殴り倒した犯人とリーフィアを襲った犯人、さらには花を枯らせた犯人がどうも同一人物なのではないかと思っていた。リクソンもうすうす感じてはいたが、孝直とリーフィアの共通点は何一つなく、推測の域を出なかった。また、先日会ったバショクの様子が何となくおかしかったのも気になるところであった。リクソンは朝食を取り終えると食器を片づけ、自分の部屋へ戻っていった。 部屋に戻ったリクソンであったが、なぜか落ち着かなかった。最近の陽気のせいもあるだろうし、またいろいろあって疲れたということであろう。かといって、ベッドで横になっている気分にはなれなかった。じっとしていたいというわけではないがどこかへ出かける気にもならなかった。妙な胸騒ぎがしてならないのである。いつもなら食べ過ぎで胃が痛くなったとか、胸やけがするといった冗談の域を出ないものであったが、今回は違った。 どうも引っかかるというか、納得のいかないものがあった。気にしなければ気にならないのだが、それでも一抹の不安が残った。それが何なのかは分からなかったが。 しかし、せっかくの休日なのだ。リクソンは結局忘れることにし、7匹を連れて出かけた。休みのときにリフレッシュしておかねば、平日によくない影響が出てしまうというものだ。 ◇◇◇ 休日が終わりリクソンは7匹を連れて大学に行った。人影がまばらなラウンジに7匹を置いてリクソンは授業の教室に向かった。その時に携帯電話をシャワーズたちに預けることにしていた。マナーモードにしてあるとはいえ授業中にかかってきてしまうのは誰にとってもいいことではない。携帯電話は今やパソコンのようなものだから、いろんな人の個人データが詰まっている。しかし、リクソンは預けることに何の不安も覚えなかった。それだけ7匹を信頼しているのである。 「それじゃあ、よろしく」 「行ってらっしゃい。リクソン」 リクソンは7匹を残してその場を離れた。 ◇◇◇ 一方、こちらはケンギョウ。ケンギョウはセイリュウ国第二の都市で、南部地域の中心都市でもあった。その中心部からやや離れたところに、背の高いビル群があった。地元の人々は「ビジネスエリア」と呼んでいる。誰が決めたわけでもなく、オフィスビルが多く立ち並んでいるためにいつしかそう呼ばれ、いまでは正式名称として地図にも載っている。分かりやすいとか呼び名が浸透しているという理由で、バス停や地下鉄の駅名にもなっている。 リクソンの父、シュウユは大学院に在学しているときに父親が病死したために大学院を中退して、その跡を継いだ。どうにかこうにか会社の業績を上向きにし、それ以来順調に拡大している。経営者としては成功したといえるだろう。 またその会社は少し変わっていて、従業員にポケモンを使っていることでも知られていた。さすがに経営の中枢に携わることはさせてはいないが、警備員などはこちらに任せるのに限る。人間がやるよりもずっと効率がいいし、不審者と格闘してもまず負けることがない。強いて言うならば筋骨隆々のポケモンばかりなので見た目が良くないのが難点だが、そう文句ばかりも言っていられない。 「あ、そろそろ昼飯の時間か……」 時計を見たシュウユは立ち上がる。そして、部屋にある鏡を見る。 「はああぁ、頭にずいぶんと白いものが混じっているなぁ。私ももう年か……」 そんなことを言って会長室を出た。廊下を歩いてエレベーターを使って社員食堂へ行く。しかし、あいにくいつも頼んでいる定食は作っている最中であった。混んでいるのでそれは仕方のないことだった。 「じゃあ、面倒だろうけど、部屋まで持ってきてくれよ」 些細なことで怒らないのがシュウユのいいところであった。今まで来た道を戻り、会長室の前に来た時、後ろに何かがいるような気がした。 (ん?) 振り向こうとした瞬間に、鋭い攻撃を喰らって、シュウユは昏倒した。 ◇◇◇ 再びこちらはラクヨウ。 昼時ではあったが、まだ午前の授業が終わっておらず、人はそんなに多くはなかった。このラウンジは食堂も兼ねているため、昼休みともなると結構な混みようとなる。 リーフィアはくしくしと毛づくろいをして体毛を手入れしている。毛が長いのでまめにこうしないと、ぼさぼさになってしまうという。リクソンがいないときに、7匹は談笑して時間をつぶしているが、リクソンと面識のある人たちが入れ替わり立ち替わりでやってくるので、話のネタには事欠かない。それ以外にもいくらでも時間をつぶす方法はあるので、案外退屈ではないのだ。そんな時、リクソンの携帯電話が鳴った。最初はみんな、メールが来たものだと思い込んで放っておいたが、ちっとも鳴りやまないのでどうやら電話のようである。見かねたサンダースが言う。 「おい、シャワーズどうするよ? 出たほうがいいか?」 「え? 相手は誰なの?」 「こんな電番のやつ知らんぞ。まぁとにかく出てみるか」 「ああっ、ちょっと……。んもう、どうなっても知らないわよ」 「はい、もしもし……。どちら様ですか?」 どういうわけかは知らないが、サンダースはリクソンの真似がうまい。口調が似ているとか声が似ているというわけではないが、電話越しでは本物かどうかはわからないだろう。 「ん? え? ああ、分かった。にしても、おめぇら役に立たねぇなあ。揃いも揃って何やってんだよ……」 そう毒づくと、サンダースは左前脚で携帯を切った。 「何?」 「リクソンの親父の会社の人からだったぞ。何か、その……」 「何よ? 珍しく歯切れが悪いわね」 シャワーズがからかいともとれる言葉でその先を促した。 「会社の中で襲われて、重体で病院に運ばれたって」 「えっ、それほんと?」 「会社の奴が冗談で電話をよこすとはオレには思えねぇんだけどな」 「そうよね……」 「毒づいたら、謝ってたけど、死んじまったら謝って済む問題じゃないからな……」 重い空気が立ち込める。しかし、リクソンに黙っているわけにもいかない。やがて、リクソンが戻ってきて、シャワーズがそのことを話した。リクソンは無言でうなづいていたが、表情が半分死んでいるようだった。唯一の救いはシュウユが死んでいないことだろうか。 リクソンはとにかくケンギョウに行くことにした。授業をさぼるよりも父親が死んでしまう方が取り返しのつかない問題である。リクソンは準備を整えると、その日の夜行列車でケンギョウに向かった。朝早くケンギョウ中央駅に着き、私鉄に乗り換えて実家に向かった。実に2年ぶりだったが、何一つ変わっていなかった。しかし今日はリクソンはそんな事を思っている余裕などなかった。 実家に荷物だけ置いて、病院に向かう。 聞くところによると、傷は深かったが、急所は外れていたので命に別条はないという。 無事で何よりと言えば何よりだったが、リクソンはほとんど口を聞かなかった。 「リクソン?」 「親父、老けたなぁ……」 「今はそんなこと、どーでもいいでしょ」 と、シャワーズは言ったが、どうもリクソンが本当に言いたいことが他にあるような気がしてならなかった。リクソンはそのまま、どこにも寄らずに実家に戻った。 「……」 部屋に入ったリクソンは無言で部屋のいすに座った。 「ねえ、リクソン?」 「ん?」 「やっぱり、心配なんでしょ?」 「ん、んん。まぁ、親父は殺しても死にそうにないからそっちは平気だろうけどさぁ」 「……そっちって?」 「やっぱりこういう仕事って知らないうちに他人から恨まれたりするらしいからさぁ。その周りの人もまた同じ。オレも気をつけないとなぁ……」 「大丈夫よ。リクソンには私がついてるから」 「シャワーズ……」 自分だけならともかく、他の人にまで迷惑はかけたくなかった。どこかの小説で「安全はお金じゃ買えない」っていう一節があったのをリクソンは思い出した。ゲームならリセットすればいいのだろうが、現実の世界ではそんなことできるはずがない。 リクソンと7匹は昼食をとると、午後の列車でラクヨウに戻った。 ◇◇◇ 次の日、リクソンは大学へ行った。ようやくいつも通りの毎日になるかと思いきや、そうはいかなかった。授業の教室に入ると、そろそろ授業の時間だというのに誰もいない。 (あれ?) 念のために、大学の掲示板を確認してみると、どうやら休講らしい。休みなら仕方がない。ラウンジに戻ると、そこには7匹と法孝直の姿があった。 「あ、法先生。怪我はもう大丈夫なんですか」 「何とかね。あ、そうだ。しょかっちん、お休みだってさ」 「理由とか聞いてません?」 「何かねぇ、体調崩しちゃったんだってさ」 「そうなんですか……」 「風邪が流行ってるのかなぁ?」 「さぁ……。ところで先生、議会の方はどうなんですか?」 政治の裏話が聞けたりするので、結構この手の話はいろいろな生徒から聞かれるという。もっとも、親しい生徒にしか話さないらしいが。 「う~ん、そう言われてもねぇ、今は閉会中だしな……。んじゃあ、大臣のときに起きた事件のお話をしよう。今から4年前だけど」 「事件?」 「聞いたことはあるでしょ『サンフェリー号沈没事故って』」 「え? ああ、犠牲者、行方不明者がかなり出たって聞きましたってあれは事故では?」 「表向きはね、実際は人災だよ。起こるべくして起こった、ね」 「風が強い日に出航したらしいですしね」 「それもそうなんだけど、そうせざるを得ない理由があったのさ」 「と、いうと?」 「その会社、経営難でね。一便でも多く運行する必要があったわけだよ。運賃は安かったから、それなりに客は乗っていたようだけど、やっぱり飛行機や列車の方が速いからね」 「あれ? でも、たしかどこかの企業が出資するっていう話がありませんでしたっけ?」 「そうなんだけどね、その会社がそれを受けるために粉飾決算していたことが明らかになって、その企業が怒って出資の取りやめと、投下していた資金の回収を断行して、その矢先に起こった出来事だったんだよね」 「あ、それは初耳ですね……」 「そりゃ、そうさ。なんたって、世間には公表されてないしねぇ……。ほんとにごくごく一部の人しか知らない話さ。でもね、その後政権が変わって、大臣も辞めちゃったし、その内に世間からも忘れ去られて結局のところ真相は闇の中だよ。何だかすごく後味が悪かったけど、選挙で負けちゃあねぇ」 「しかし、4年前なんて受験でろくに新聞もニュースも見てませんでしたし、親は仕事で外国に行ってましたから」 「まあ、今の有望な若者には大いに期待しているところだよ。私ももう50だしねぇ、あと14、5年もしたら引退だね。あんまりジジイが影で政治を操るのは良くないよ。あ、そうだ、バショク君、こないだ会ったけど何か様子が変だったよ? 元気にやってるかどうか聞いておいてくれない?」 「分かりました」 孝直はトイレに行くとかで席を外した。その後ろ姿を見送っていたブラッキーがこんなことを言った。 「やれやれ、話好きなおっさんだな」 「とか言ってるけど、ブラッキー、結構ちゃんと話聞いてたじゃん」 「やっぱこうさ、みんなが知らないような話を聞けるって何かいいじゃん?」 「オレの話は聞きもしないのにな」 「リクソンのは説教だろ。家の中で暴れるな、とか」 「当り前だから、そんなの」 そんな会話をしているうちに、バショクがやってきたが、何だかとても眠そうだった。 「あ、こんにちは。ふぁああ、眠い……。コーヒー買ってくるんで、ラプラスを見ててください……」 「……(大丈夫かなぁ)」 ラプラスは心配そうにバショクを見送っていた。 「ねぇ、ラプ君」 「え、あ、グレイシアさん」 「バショクさん、何かあったの?」 「あ、それは、本人に聞いた方がいいかも……。話してくれればだけど……」 バショクは缶コーヒーを手に戻ってきた。何も言わずに缶を開けて、コーヒーを飲みほした。 「ずいぶん眠そうだね」 「ええ、テスト勉強していたんで、ほとんど寝てないんですよ。まぁ、そのテストもさっき終わったので……」 言葉の途中でバショクはテーブルに突っ伏して寝てしまった。どうやら、よほど眠かったらしい。何とか今まで我慢してきたが、ついに力尽きたってところだろうか。 (最近どうか聞いておいてって言われたけど、まぁ、目を覚ましてからでいいか) 孝直も起こすのは悪いと思ったのか 「じゃあ、今日はこれから党の集まりがあるんでね。それじゃあ」 と言って、立ち去った。 バショクは深い眠りについているようだった。当分は何をやっても起きそうになかったので、それを見たリクソンがちょっとしたいたずらをした。携帯のカメラでバショクの寝顔を撮影したのである。シャッターを切るときに電子音が出てしまった。 「うーん……」 「やばっ、起きちゃったかな?」 「……」 どうやら、目を覚ましたわけではないらしい。ほっとしたリクソンは携帯の画面を見てうまく撮れたかどうかをチェックする。 「てか、随分と子供っぽいことするなぁ」 「ブラッキー、お前には言われたくないね」 「何!?」 ブラッキーの大声でもバショクは目を覚まさなかった。 「バショクさん、何か、すごいわ……」 シャワーズが感心したように言う。リクソンはその逆であまり眠りが深くなることはない。病気ではなく個人差レベルでの話ではあるが。その為、夜な夜な階段を下りてリビングで、こっそり買っておいたジュースなどを一人で飲むことが良くある。それだけなら本人の勝手なのだが、階段を上り下りする音が気になってしょうがないのだ。耳が人間よりも敏感であるため、リクソンが思っている以上に大きな音に聞こえてしまうのだ。もちろん、本人はそんなこと知らない。 「バショクは一回寝ちゃうと当分起きないよ」 と、ラプラスが言う。冷房が少々効き過ぎな感じもするが、シャワーズやラプラスにとっては丁度よかった。2匹とも暑いのは苦手なのだ。 「う、ん……うう……ん……」 「え?」 何だか、バショクの様子がおかしい。最初は寝言かと思ったが、何だか苦しそうだった。額からは汗が滝のように流れている。 「バショク!?」 「仕方がないわ。ムリヤリ起こしましょ」 「どうやってって、えええっ!?」 シャワーズはバショクの顔面に大量の水をかけた。 「ゲホッゲホッ、く、苦しいっ、ゲホッ」 バショクは咳き込みながら目を覚ました。こんな起こされ方は嫌だな、と誰もが思ったことだろう。バショクはハンカチで顔を拭いた。 「大丈夫?」 「あ、ラプラス。何か、また悪い夢を見たみたいだ」 「また?」 「はあぁぁ……」 「……」 ため息をつくバショクと、無言のラプラス。ラプラスの方はかける言葉が見つからないようであった。 「バショク……」 「いや、いいんだ……」 この両者で交わされた言葉はごくわずかであった。その沈んだ表情には訳がありそうなのは明白だったが、かといって、何だか聞き出せるような状況ではなかった。リクソンはバショクから話してくれるのを待つしかないかな、と思い、敢えて何も言わなかった。 第5章 影 リクソンが大学から帰ると家の電話に、留守番電話のメッセージが入っていた。それによると、父親が退院したとのことだった。 「あ~、そーいえば、お見舞いに行ってなかったけど、ま、いいか。恪先生の方にはちゃんとお見舞いに行ったしね」 恪は、例の一件で疑いをかけられ、警察に取り調べを受けていたのだが、証拠がないために立件はできなかったのだ。ひとまず安心だが、やはり自分が疑われているのではないかと思わずにはいられなかった。疑心暗鬼に陥り、それが精神的な負担となりとうとう体調を崩してしまったというわけである。 「先生、何だかやつれちゃってたわね」 「そうだねぇ、ろくに食事も摂っていないって言ってたからね」 シャワーズとエーフィのやりとりを見ていたリクソンは別のことを考えていた。 (試験は終わって、後はレポートを書いて期日までに提出、恪先生の授業は出席してれば単位はとれるって、違う違う、そもそも……) 頭をかきながら、リクソンはいろいろ考えていたが、どうにもこうにも考えがまとまらない。 (やっぱ、先に片づけられるものは片づけたほうがいいな……) リクソンは、立ち上がると近くにいたリーフィアを呼んだ。 「あ、リーフィア」 「はい、何でしょう?」 「今日食事に行くから、みんなを呼んできて」 「はーい、分かりました~」 リクソンはリーフィアの後ろ姿を見送る。まさに罪だとか穢れとか、そういうものとは無縁なように思えた。嬉しいときは動作や表情でそれを伝えてくれる。うわべだけとか媚を売ろうとしているような感じではない。心の底から嬉しいときは喜んでくれる。当たり前のようで、当り前のものではない。何だかどんな世界遺産よりも貴重なもののように思える。何故そんな事を思ってしまったのだろうか? 口癖のように言っていた父の言葉が脳裏によみがえる 「私の仕事はある意味感情を殺さないとできんことだ。残酷に聞こえるかも知れんが、感情を働かせて失敗することも多い……。とはいえ、無表情でいろというわけではない。表面上は感情を働かせつつ、内面では感情を殺し……」 父親の話は長いので、リクソンは途中で飽きたり、眠ってしまったりしたため、覚えているのはこれくらいだが、だからと言って実家に帰ってまで聞いてみようなどとは思わなかった。また、途中で居眠りして、人の話はちゃんと聞けと言われるのが落ちだ。もっと話を噛み砕けばいいのに、これに関してはそれは無理だという。一種の経営理念か、と経営に興味のないリクソンでも、これくらいは分かるようになった。 レストランでも、リクソンの口数は少なかった。 「あの……」 「ん? リーフィアどうしたの?」 リーフィアがリクソンの右手の親指をなめる。 「え?」 「デミグラスソースがついていたので……」 「あ、ありがとう……」 リーフィアは申し訳なさそうにしている。長い耳は垂れてしまっているし表情ですぐに分かった。 「いやいやいや、ちっとも怒ってないけど?」 「でも、勝手にあんなことをしたので……」 「だ、だから、頼むからそんな顔をしないでよ……」 「はい……」 リーフィアは真面目なのだが、それが欠点でもあった。要するに愚直なのだ。しかし、容姿は可愛いし、素直である。 リクソンは体の血圧が上がっていくのを感じた。再びリーフィアと視線が合うが、リクソンはとっさに視線をそらし、宙に泳がせた。 (ああ、だめだ。考えがまとまらない……) このまま自分の体が溶けていってしまいそうなそんな気さえした。しかし、たとえ冷凍ビームを喰らってもリクソンの火照った体は冷えそうになかった。 リクソンは食事を済ませると足早に家に戻った。そして自分の部屋に入ると、書きかけのレポートやまだ手をつけていないレポートの執筆に取り掛かった。7匹には部屋でレポートを書くから、とだけ言っておいた。普通なら部屋に入るなと言いたくなるところだが、入るなとか覗くなと言われるとつい覗きたくなってしまうものである。リクソンの場合、レポートを書くと言っておきながら、その合間に買っておいたケーキをこっそり食べるというのが何回かあったため、入るなと言うと入ってくる可能性が高かった。リクソンがいけないのだが、勝手に入ってこられると集中力が落ちてしまうので、今回は何かにおわせるようなことは言わなかった。 日付が変わり、夜明けごろになると、眠気に負けて椅子に座ったまま机に突っ伏して寝てしまった。リクソンは閉め忘れた雨戸から入ってくる朝の日差しと空腹で目が覚めた。 (おいおい、2時間も寝ちまったよ。とりあえずシャワーを浴びるとしよう……) リクソンは1階に下りてシャワーを浴びた。ぬるめのお湯が汗でべたついた皮膚をきれいにしていく。それが終わると、再び部屋に籠った。ちなみに今日は学校に行く必要はなかったので、髪の毛はタオルで拭いただけのぼさぼさの状態であった。けれど、リクソンはそんなこと気にしない。普段は格好など気にしないのだが、人前では小ざっぱりした格好をしている。これも幼いころ父に連れられて、会社の集まりなどで人前に出ることが多かったからだと本人は思っている。 しばらくして、エーフィが起こしに来る。 「おはよう、もう起きてたんだ」 「ん~、そいつはちょっと違うな」 ノートパソコンの画面と向き合ったままリクソンが答える。 「あ、寝てないんだね」 「そういうこと」 「朝ご飯はどうするの?」 「今、手が離せないから。エーフィ、お前が作れ。サイコキネシスで」 「無理言わないでよ。エスパーは手品じゃないんだから……」 「じゃあ、パンとミルクぐらいしか出せないぞ」 「だったら、いいよ。じぶんでやるよ」 「お~、そうかそうか」 この会話の間、リクソンはずっとパソコンと向き合っていた。こういうとき強硬手段に出ない限りリクソンが動かないのは知っていたエーフィは何も言わないで部屋を出た。起きてすぐに技を発動して、体力を使うのは賢い選択ではない。もっとも強硬手段に出たとしても、後で必ずリクソンは文句を言うのだ。忘れた頃にあれこれ言われるのが、もっと疲れるような気がするのだ。 エーフィはサイコキネシスでパンをトースターに入れてそれを作動させる。パンが焼きあがるまでに冷蔵庫を開けて、ミルクの入ったボトルを出し、器に注ぐ。これ全てサイコキネシスを使っている。我ながらよくもまあこんな技術が身に付いたもんだと思う。ガシャンという音がして焼きあがったパンが飛び出す。それを同じ方法で引き寄せて、もぐもぐとかじる。何だか人間と変わらないが、人間の手持ちのポケモンはみんなこんな感じではないだろうか。あからさまに動物扱いしたり、扱いがひどかったりすると大抵、両者の関係は破綻するものだ。別にエーフィも今の生活には何の不満もない。 リクソンがレポート執筆を始めてから丸一日が立った。結局、この日リクソンは昼と夜の食事を作ったこと以外は家のことは何もやらなかった。食事の後片付けや家の掃除は7匹が分担して行った。 3日目になり、今日もこんな感じかと思われたが昼前にリクソンはレポートをすべて書きあげて部屋から出てきた。ほとんど寝ていないため目の下に隈ができてしまっていた。 「よ~し、や~っと終わったぞ」 7匹をボールにしまったリクソンは書き上げたレポートを持って大学に行った。大学までの電車の中は冷房が効いておりリクソンは気持ち良くなって寝てしまった。にもかかわらず、なぜか乗り換えの駅や目的地に着く直前に目が覚める。不思議なものだ。 大学に着くと、7匹をボールから出して、自身はレポートを提出に行った。リクソンは戻ってくると、何故かシャワーズに隣に座るように言った。 「え? どうして?」 「いや、嫌ならいいけど」 「別に嫌じゃないわよ」 言われたとおりにシャワーズがすると、何を思ったかリクソンは 「よっこらしょ」 「ええっ? ちょ、ちょっと、リクソン!?」 リクソンはシャワーズの背中を枕にして長椅子の上に横になった。 「ああやっぱ、つるつるしてて弾力があって、ちょっと冷たくて気持ちいい~。30分くらいしたら起こしてくれ」 シャワーズは嬉しいような恥ずかしいような、早くどいてほしいようなずっとこのままでいたいような複雑な気持ちになった。何だか、自分の体が熱くなっていくのを感じていた。自分の家でリクソンと二人きりならこの後どんな行為に及んでも問題はなかったが、ここは公共の場である。シャワーズは自分の中で高まる衝動と熱くなっていく体を理性を最大限に働かせて抑え込んだ。そしてリクソンの言った通り30分が経つとリクソンは目を覚ました。 「ありがとう、シャワーズって、何か体がちょっと熱いぞ? 大丈夫か……」 「だ、誰のせいよ……。でも許してあげる。こ、今度は二人きりでね……」 「?」 シャワーズはボソボソと言葉を返した。 一行は昼食をとると、家に戻った。 シャワーズはボソボソと言葉を返した。 一行は昼食をとると、家に戻った。 家に帰ると何も言わずにリクソンは部屋に入った。椅子に座ると頬杖をついた。何か考えているようである。やがて決心したかのように椅子から立ち上がって部屋を出る。と、外にはグレイシアがいた。 「あれ、どうしたの?」 「……もしかしたらね、リクソンさんも私と同じこと考えてるんじゃないかと思って」 「んん、と、言うと?」 「お父さんと先生を襲ったのが同一犯だと思ってるんでしょ?」 「え? ああ、まあね」 「で、調べに行くんでしょ?」 「……何もかもお見通しみたいだな。しかし、よくわかったな」 「さっき家に入ったときに、フィー君に頼んで心を読み取ってもらったから」 「んなことだろうと思った……」 「後ろから抱きついてかわいい声でお願いしたら快く引き受けてくれたわよ」 「あー、そう(色仕掛けかよ……。おまけに快くって言えるのかどうか疑問だな)」 リクソンはこうと決めると行動は早かった。が、一つ問題が残った。7匹はどうする? 家に置いていきたいのだが、それでは誰が面倒を見るのだ? シャワーズはしっかりしているからその点は問題ないとは思うが、家のことを全て任せるのはさすがに無理な話であった。ただ、最近物騒だし、とりあえず1匹だけ連れていくことにした。ちょっと迷ったがグレイシアを連れていくことにした。頭もいいし、しっかりしているし、傍にいてくれると涼しいからだ。しかし、誰に6匹の面倒を任せるか……。3日で帰ってくるつもりではあったが、決して短い時間ではない。近所に住んでいてなおかつポケモンの扱いに慣れている人……。まずはカンネイの家に電話したが、留守だった。リクソンは友達は多いのだが、ポケモンの扱いに慣れている人となるとそう多くはない。次は、バリョウの家だった。 「いいけど、オレ一人で面倒を見るのは無理だから、バショクも連れていくぞ」 「ああ~、ありがとう助かったよ~」 しばらくして二人はやってきた。リクソンはバリョウに封筒を手渡した。 「何だよ、これ」 「明日から3日間に必要な経費だよ」 バリョウが中を見ると十分すぎるというか、かなりの額が入っていた。 「いや、こんなに要らないぞ」 「じゃあさ、余ったら二人で山分けすればいいじゃん。それにこんな面倒な事を頼むんだしね」 後継ぎではないとはいえ、リクソンの財力が普通の学生以上であることは明らかだった。また、前に住んでいたところが立ち退きになり、それと引き換えに多額の金を手に入れていることもあるだろう。リクソンが言うには8ケタということであった。バリョウには想像もつかない金額だったが、それによってリクソンは貧乏学生から一気に富豪学生になったというわけだ。次の日の朝早く、リクソンはグレイシアを連れて家を出た。 「じゃあバリョウ。3日間よろしく頼むよ」 「ああ、任せてくれ」 事態は大きく動き出そうとしていた。 以下執筆中です。まだまだ続きます。 中編終わり 感想、誤字脱字の指摘、コメントなどございましたらこちらまでどうぞ なお、コメントログは「中編」と同じものを使用します。 #pcomment(事件簿中編のコメログ,7,)