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グレイシア・ラプラスの事件簿・記憶と感情の裏表編 中編 の変更点


作[[呂蒙]]
 さて、1人犠牲者が出てしまいました。とはいえここからだとよく分からないので、前編からお読みになることをお勧めします。

<流血の場面があります・苦手な方はお戻りください>

 第2章 ことの始まり

 救急車は静かに去って行った。当然、道路ではサイレンを鳴らすのだろうけどここですぐに鳴らすことはしなかった。このようなところでサイレンなど鳴らしたら、騒ぎになってしまう。表向きは授業中だからという理由だろうけど、本当は騒ぎにしたくないという理由なのだろう。
「あら? 何かあったのかしら?」
 グレイシアは、飾り毛をなびかせながらラプラスに歩み寄り、背中の甲羅を踏み台にして外を見た。
「けどよ、ここは学校だろ? 怪我人の一人や二人出てもおかしくねーだろ?」
 サンダースの言うことももっともである。バショクはバリョウと違って運動神経が悪いわけではないから、そんな大怪我をするとは思えなかったが、どうにも安心しきれないものがラプラスの中にはあった。
 ラウンジの時計は、短針と長針がV字型の谷間を作っている。早めの昼食をとる人たちがちらほらと目に付くようになる。その中に眼鏡をかけた初老の男性がいた。コヨウ=ゲンタン教授、55歳。バリョウのゼミナールの先生である。ちなみにリクソンの恩師、諸葛恪教授とは違って妻子持ちである。
「誰だ、あの人」
「コヨウ教授。バリョウさんのゼミナールの先生だよ」
「はあ~、そーゆー名前なんだ」
 ブラッキーの問いにラプラスが答える。面識がないわけではなかったのだが名前は知らなかった。そのすぐ後に、カンネイのギャロップがやってきた。そしてこんなことを言った。
「パトカーが裏門に止まってたぞ。何かあったのか?」
「えっ……」
 全員の表情が変わった。
「それ、本当?」
 シャワーズが聞く
「ああ、カンネイを乗せてここに来る途中パトカーが裏門の方へ回っていくのが見えたから、こっそりついて行ったら、そこに止まって、中から警官が何人か下りてきたぞって、どうしたんだ? みんな」
「実はさっきまで、救急車が止まってたのよ。そことは違う場所だったけど」
「は~、やっぱ何かあったんだな。リクソンさんは大丈夫なのか?」
「だといいんだけど。ところで、カンネイさんは?」
「下の売店で飲みもの買うから先に行っててくれって言ってたな」
 その言葉通りカンネイがやってきた。手にはスポーツドリンクが握られている。シャワーズ達のそばの椅子に腰を下ろすと、ペットボトルのふたを開けて、スポーツドリンクを飲み始めた。半分ほど飲んだところで、ギャロップにもすすめる。
「いるか?」
「飲みかけか、まあ、いいか。飲むよ」
 やはり、人間とは飲むスピードが違う。炎タイプに水は禁物な気もするが、水分を取らなくてもいいわけではない。どんな生き物にも水は欠かせないものなのだ。ちょっとずつ人が増えてきたが、エーフィがあることに気付いた。
「あれ? バリョウさんは?」
「あ、そーいえばいねぇなぁ」
 しかしラプラスもどこにいるかは知らなかった。
「いや、僕も知らないんだ。確か昨日、明日は早いからって言ってたけど」
 もしや、バリョウの身に何かあったのではないだろうか。それは無いとも言えなかったし、有るとも言えなかった。しかし、そんな心配をよそにバリョウがやってきた。心配して損した、誰もがそう思ったことだろうが、無事でいたのだからそれはそれでよかった。
 どうやらバリョウが言うには、授業の実習があるとのことだった。別に出ても出なくてもよかったらしいのだが、次の授業は夕方までないので、出ることにしたのだという。
「あ、お揃いだな」
 そう言って腰を下ろす。
 皆が談笑しているときに、諸葛恪がやってきた。

 第3章 蘇りたり

 恪は、コヨウの姿を見つけると、駆け寄っていき、二言三言言葉を交わした。それが済むと、入口の方へと走っていった。
 バリョウたちは黙ってその一部始終を眺めていた。やがて、コヨウも昼食が済んだので、ハンカチで口元を拭きながら、入口の方へと歩き出した。
「あの人なら、なんか知っているんじゃない?」
 グレイシアが言う。
「じゃ、お姉ちゃん。捕まえちゃおうか?」
 と、リーフィアが言う。顔はかわいいのに言うことが何となく恐ろしい。わざとなのかそれともこういうキャラなのか、どちらなのかは定かではなかった。
「おいおい、本当にそんなことする……」
 バリョウが話し終わらないうちに、床から草の束が生えてきてコヨウの左足をとらえた。リーフィアの得意技「草結び」である。そんなことをコヨウが知るはずもなく、派手な音を立てて転んだ。
「!!!」
 バリョウはその光景を見て言葉が出なかった。とにかく、派手に転んだ先生を目にして無視するわけにもいかない。ひとまず駆け寄って声をかける。
「だ、大丈夫ですか?」
 ずれてしまった眼鏡を元に戻して、コヨウは言葉を返した。
「痛たたた、なんか知らないけど、コケた」
 ポケモンを知っている人でなければ「草結び」なんて知らないだろう。もちろん、転ばせましたなどとは、口が裂けても言えない。
「あ~、床のタイルがずれてて、それにけっつまずいたんじゃないですかあ?」
 必死でごまかすバリョウ。
「う~ん、ついてないなぁ……」
 コヨウは何となくではあったが、納得したようである。ギャラリーは「納得するのかよ」と言わずにはいられなかったが、ポケモンなる生き物をよく知らないコヨウにとっては、まさか技をかけられたとは思ってもいないようであった。普段は冷静なバリョウが青い顔をしている。ただギャラリーは、何かいいものが見れたと思っていないわけでもなかったが。バリョウは先ほどカンネイから聞いた話をぶつけてみた。
「さっき、救急車とパトカーが来ていたらしいですけど、何かあったんですか?」
「ん~、まあ。君なら言ってもいいか。けど、誰にも言うなよ。騒ぎになるから」
 コヨウは口を開いた。
「実は、法君がやられたらしいんだ」
「えええっ、殺されたんですか?」
 バリョウの大声に反応して、視線が二人に集まる。
「しーっ、声が大きいよ。しかも殺されてないから」
「紛らわしい言い方しないで下さいよ」
「でも、意識不明の重体だったらしいよ」
「『らしい』って……」
「諸葛君がさっきそう言っていたんだ。第一発見者、彼らしいし。まあ、詳しいことは諸葛君に聞いてみるんだね。君になら答えてくれるでしょ。あ、それと、その事件のせいで午後は臨時休校だから、早く帰りなさい」
 コヨウは出ていった。
 バリョウはお礼を言うと、ラプラスたちの方に戻っていった。
「何だって?」
「詳しいことは諸葛先生に聞けってさ。後、午後は臨時休校だとも言ってたよ」
「じゃあ、リクソンが戻ってきてからだね」
 午前中の授業が終わり、しかも、午後は臨時休校ということもあってか、一気に人数が増えた。授業のあったバショクとリクソンも戻ってきた。
「なあなあ、リクソン」
「ん? どうした、サンダース」
「さっき何があったか、諸葛先生のとこに聞きに行こうぜ」
「え~? まあ、いっか。何かあったみたいだし、気になるしな」
 渋々であったが、リクソンは7匹を連れて、恪の教授室へと向かった。まあ、この人数だと押しかけたと言った方がいいかもしれないが。教授室がある棟に向かい、恪の部屋がある4階に向かう。エレベーターは来そうにもなかったので、階段で4階まで行くことにした。タイルと靴のかかとがぶつかる音が昼の静寂を打ち破る。教授棟の4階は警察関係の人が十数人おり、捜査に当たっていた。
 その部屋の一室から声が聞こえる。男性の声のようである。
「だーかーらぁ、私じゃないって言ってるでしょ」
「別にあなたがやったとは言っていませんよ。しかしですね、現場の状況からして窓から侵入した形跡はないし、ガイシャが仰向けに倒れていたことからすると、前から殴られた。しかも、ドアは開いていた。普通知らない人に襲われそうになったら、ドアを閉めるか、逃げますよね。逃げたら当然背を向けるわけだから、うつ伏せに倒れるはずです。ところが、ガイシャはそうしなかった。ということはですよ、どういうことかお分かりですね」
「見知っている人にやられた。つまり私がやったと?」
「そう思われても仕方ありませんよ? 凶器の灰皿からあなたの指紋が出れば、決定的な証拠になると思いますよ。それよりも、部屋にまかれた液体と、部屋に散らばった書類の裏に書かれた『ワレ、蘇リタリ』の文字。こんなものを残したわけもじきにわかることでしょう」
 何だか、詳しいことは本人に聞くのが一番だろうが、どうやら恪が疑われているのは確かだった。というよりも、刑事と思しき男性の口調は明らかに、犯人はお前だろうと決めてかかっているようであった。
「何だか、先生、犯人扱いされているみたいね」
 シャワーズがそう言った。ドアが開くと2人の男性が部屋から出てきた。刑事であることは容易に想像できた。年配の男性がちらりとリクソンのほうを見ると無言で立ち去って行った。リクソンは部屋に入ろうとしたが、シャワーズが止めた。
「ねえ、リクソン。あれだけ、根掘り葉掘り聞かれて、おまけに犯人扱いされたっていうのに、私たちがまた話を聞くのはどうなのかしら?」
「そうよねぇ」
 どうやらグレイシアも同調しているようだ。リクソンは少し迷ったが、黙ってその場を立ち去ることにした。
「でも気になるね、『ワレ蘇リタリ』っていうの」
 エーフィが言う。リクソンは少し考えてからこう返した。
「蘇る、生き返る……。化けて出る……。法先生は、お化けに襲われた?」
「そうなっちゃうの、かなあ?」
「そんな、バカな」
 しかし、ポケモンが絡んでいるとすると、有り得ないこともなくはなかったので、完全に否定はしきれなかった。
(一体、どういうことなんだろう?)
  孝直は政治家でもあるから、恨みを買うことはあるに違いない。しかし、恪が疑われている今、警察は他の容疑者を探そうとすることはしないだろう。面倒というのもあるし、場合によっては政治家を敵に回すことになるかもしれない。上層部連中はそれが怖いのだ。
 リクソンがラウンジに戻ると、3人は食事を終えて、飲み物を飲んでいるところであった。
「おお、なんか収穫あった?」
「恪先生が疑われてたな」
「え」
 バリョウの問いにリクソンは返した。
「でもまあ、状況が不利なんだよね。法先生と諸葛先生の部屋は隣同士だから、隙を見てやっちゃうことも可能だし」
「エーフィ、お前まで……」
「って、さっきの刑事は思ってたよ」
 超能力っていうのは便利だなぁ、しかし使い方によっては、他人から恨まれるな。リクソンたちはそう思った。心を読まれたら、本音とか建前なんていうのは無意味なのだから。
「ところで、リクソンさん。これからどうするの?」
 グレイシアが聞いてくる。しかし、リクソンも特に予定があるわけでもない。
「まあ、せっかくだし、家に帰ってのんびりしようか?」
「そうね」
 リクソンは家に帰ることにした。まあ、早く帰れるのなら、それはそれでいいではないか。事情が事情なだけに喜ぶべきかどうかは分からなかったが。
「それじゃあ、オレは帰るわ。また明日」
 リクソンは家に戻った。さて、夕食は何にしようかと考え、冷蔵庫を開ける。ところが、中はほとんど空っぽ。これでは何も作れないので、食料の買い出しに出かけることにした。
「リーフィア、一緒にくるか?」
「はい」
 荷物を持ってもらえるし、余計なものを買わされることもないので、連れて行っても負担にはならない。リーフィアもリクソンと二人きりになれるので、嬉しそうだった。いつもの道を歩く。と、リクソンがリーフィアを抱きかかえる。
「え? ちょっ、リクソンさん?」
「ああ、なんか、あったかくて、やわらかい……」
「だめですよぉ、ちょっと恥ずかしいです……」
「あ、じゃあ降ろすね」
「……やっぱり、もう少しこのままでいたいです」
 二人は幸せそのものである。リクソンも別に考えがあってやっているわけではない。ただ、リーフィアの豊かな体毛と人間と比べると高めの体温は、一度触ると病みつきになってしまう。
 幸せで周りが見えない二人をこの後悲劇が襲うとは、だれが想像できたであろうか。
  両者はしばらく抱き合ったまま、道を進んだ。誰にも見られずに済んだ。さすがにこの状態をみられるのは、リクソンとっては恥ずかしいことであった。リーフィアはそうは思わないかもしれないが。昼間の住宅街は不気味なほど静まり返っている。
「すごく静かですね」
「そうだねぇ。まあこの辺はベッドタウンだしね。多分ウィークデイの昼間は留守のところが多いんじゃないかな」
 要するに、この地区は会社などに勤めている人が多く住む地域だ。平日の昼ともなれば閑散とするのは、何ら不思議なことではない。それは頭でわかっていても、実際見ると聞くは大違いである。昼間はリクソンも大学にいることがほとんどであるため、この地域が昼間どんな感じであるかまでは知らなかった。
 それからまたしばらく歩くと、突然リーフィアが呻き声をあげた。
「うう……」
「え? リーフィア?」
「リクソンさん、せ、背中……」
「って、出血しているじゃないか! 一体何があったんだ?」
「分かりません……。でも誰かにやられたことは確かです。気配は感じましたから……」
 鮮血がリーフィアのクリーム色の体毛を赤く染めていた。とにかく止血をしなければならない。リクソンはハンカチで傷口を強く抑えた。その後、バリョウの家に大急ぎで向かった。
 幸いバリョウはいたが、リーフィアの傷口を見るなりこう言った。
「出血がひどいな、これ……。駄目だ、ここで何とかできるような怪我じゃないな」
 そう言うとどこかへ電話をかけ、奥からウインディを呼んできた。ウインディもぐったりしているリーフィアを見ると、何も言わずにバリョウの長兄がやっている病院まで大急ぎで向かってくれた。
「さっき、電話で緊急だからってことを言っておいたから」
 バリョウはそういうと、病院の裏口から中へ入った。長兄はリーフィアを受け取ると、そのまま集中治療室へ入って行った。ここでも、大怪我をして運ばれるポケモンはいるのだそうだが、数は多くないという。だいたいが、風邪をひいたみたいだとか健康診断という目的で来るのがほとんどだ。人間と違って保険も手厚いわけではないし、ポケモン1匹を持つということは他の動物に比べると金も手間もかかる。そんな状況なので、好きこのんで戦わせるという人は少ないし、そういう人はポケモンバトルが盛んな外国で武者修行をするのが、ある意味決まりのようなものになっているためこの国にはあまりいないのだ。
 ここで、リクソンは自分の羽織っている上着が血だらけであることに気がついた。負傷したわけではなく、リーフィアの傷口をそれで抑えたためである。ハンカチは血まみれになってしまっていたからだ。
「ところで、エーフィたちにこのことを言っておいたほうがいいんじゃないか?」
 バリョウが言う。確かに、伝えておいたほうがいいかもしれないし、食材を買いに行くと言って帰っていないわけだから、心配しているかもしれない。電話でもいいが、直接口で言ったほうがいいかもしれない。それに、いつまでも血の付いた衣服を身につけているわけにもいかない。
 家までは距離があったが、ウインディが背中に乗せてくれたので時間はかからなかった。
「あ、おかえ……」
 玄関まで出てきてくれた、ブースターの言葉が途切れた。
「血の臭い。リーフィアちゃんは? ねえ!」
 ほかの5匹も奥から出てきた。
 隠して隠し通せることではない。リクソンはすべてを打ち明けた。
「……というわけだ。グレイシア、本当にすまなかった。オレの不徳の致すところだ」
「別に、リクソンさんに罪はないわよ。自分で自分の身を守れなかったあの仔にも責任があるし」
 グレイシアはそう言ってくれたが、リクソンは自分がリーフィアを連れていかなければあんなことにはならなかった、と思わずにはいられなかった。どう謝っても、この事実はなかったことにはできない。
 リクソンはグレイシアだけ病院に連れて行って、残りは出前を取ってやるからそれを晩御飯にしろと言ったが、他の皆もリーフィアが心配だから連れて行ってくれと言う。
「……てことなんだけど、ウインディ」
「まあ、オレは構わねえけど」
 リクソンは着替えてから、5匹を連れて病院に引き返した。
 集中治療室の前にはバリョウがいた。まだ手術は終わっていないようだった。手術が終わるまで待つより他になかったが、こういう時は時間の進みが大変遅く感じる。まるで1分が5分、10分にも感じられる。もう6時だろうと思って、壁にかかっている時計を見るとまだ5時30分にもなっていない。バリョウが自販機で飲み物を買ってきてくれたので、リクソンはそのうちの一つを受け取り、のどに流し込む。冷たい液体がのどを走る感触が伝わってくる。一時的に落ち着けたが所詮、一時的なものだ。リクソンは、また落ち着かなくなってきた。紙コップの中にある氷をかじる。普段リクソンはそんなことしないのだが、何かしらの動きをしていないと、リーフィアのことで頭がいっぱいになってしまう。口の中に氷の感触が走り、それをかみ砕く音が口の中で響く。
 紙コップが空になった。それをくず入れに捨て、再びソファに座って手術が終わるのを待つ。ようやく6時になった。時計が6時になったことをメロディーで知らせる。その30分前にも同じことが起きたのだが、リクソンの耳には入らなかった。人間、何かで頭がいっぱいになると周りのことが全く見えなくなったり、あるいは何も聞こえなくなったりするが、リクソンもその状態だったのだ。
 リクソンはひたすら手術が終わるのを待った。ずっと時計を見つめていると、なぜか目の前がかすんできて、時計が歪んで見える。まばたきをすると元に戻り、ずっと時計を見ているとまた歪みの繰り返しである。
 グレイシアが傍に寄ってきてリクソンに声をかけた
「大丈夫、あの仔はそんなにヤワな仔じゃないから」
「グレイシア……」 
 グレイシアが声を掛けてくれたおかげで、リクソンは少し気が楽になった。
  
 第4章 第三の犠牲者
 
 病院の待合室には重苦しい空気が立ち込めた。何分いや何時間たったかは分からないが、夕暮れ時で朱色に染まっていた太陽も沈み、いつしか空には月が浮かんでいた。リクソンは腕を組みまた組み直したりしていた。とにかく落ち着いていない様子であることは周りが見ても明らかだった。誰もが、口を閉ざしてただただ手術が終わるのを待っていた。そのためか、床のタイルと靴の踵がぶつかる音がいつも以上に大きく聞こえているような気さえする。
 リクソンがズボンのポケットを探ると、昼に大学の売店で買ったガムが出てきた。それを1枚取り出して、包み紙を開き、口に入れる。目を閉じながら、板ガムを噛む。別にお腹がすいたとは思わなかったが、何かせずにはいられなかったのである。やがて、ガムの味がなくなってきたので、紙に包んで屑かごに捨てた。
 手術室の「手術中」と書かれた赤いランプが消えた。中から、バリョウの長兄が出てきた。長兄が言うには手術は成功したが、一応2、3日は入院をさせるとのことだった。それで、傷口が化膿しなければ退院してもいいという。その後で「ただし」と付け加えた。しばらくは、激しい運動やバトルはさせないように、と念を押すようにリクソンに言った。麻酔がまだ効いているのか、リーフィアはストレッチャーの上で眠っていた。リーフィアは、そのまま病室に運ばれていった。長兄がリクソンに病室の番号をメモに書いて渡した。
「とにかく、命が助かって何よりだな」
「ああ……」
 ブラッキーの言葉にリクソンはこう返した。
「ん? 何だ? 助かってほしくなかったのか?」
「違う……。腹減った。昼から何も食ってないから」
「あ、そういえばオレも……」
「どっかに食べに行こうか。今から作るのも面倒だし」
「そうだな」
 リクソンたちは、病院を後にした。病院の近くにファミリーレストランがあった。他を探すのも面倒だったので、リクソンは隣のコンビニエンスストアで預金をいくらかおろしてから店に入った。それぞれ、好きなものを注文する。平日であることと、夕食の時間帯は過ぎているためさほど客は多くなかった。やはり、疲れているときは食事は静かな場所で取りたいものだ。お腹がすいていたので多少多めに注文してしまったが、まぁ、いいか。
 リクソンとバリョウの前菜が運ばれてきた。二人はあっという間にガラスの皿に盛られた料理をたいらげた。その後、みんなのメイン料理についているパンやらごはん、スープが運ばれてきたが、バリョウがこんなことを言った。
「しかしねぇ、ご飯とかパンだけ先に運んでくるのはどうなんだろう」
「まぁ、言いたいことはわかるけどね……」
 この人数である。全員のものを一度に運ぶのは不可能に近い。けれど、先ほどの状況を考えれば、他愛ない話でも出てきたほうが良い。そんな話でも食卓を彩るスパイスとなるのである。
 食事を済ませると、リクソンはバリョウと別れ、6匹をボールにしまってバスに乗った。帰宅する客に混じって、しばらくバスに揺られ帰宅した。
 次の日、リクソンは学校が終わると、リーフィアが入院している病院に寄った。そっとドアを開けると、ベッドのうえにはリーフィアがいた。靴の音が聞こえたのか、それとも気配を感じ取ったのか、ドアと壁のわずかな隙間からは、リーフィアがこちらを向いているのが見える。
「リーフィア」
「リクソンさん」
 リーフィアは尻尾を振っている。うれしいということが、表情からも動作からも読み取れる。
「傷はもう大丈夫?」
「はい……」
「それなら、よかった。果物持ってきたから一緒に食べよ」
「あ、わざわざすみません」
 リクソンは持ってきたメロンを果物ナイフで切って途中で買ってきた紙製の皿の上に置いた。リーフィアは
「わぁ、おいしそう。いただきま~す」
 と言っておいしそうにメロンを食べている。
 メロンを食べ終えると、リクソンはグレイシアのほうをちらりと見て
「じゃあ、グレイシアが何か言いたそうだから、みんな外に出てるか。じゃ、リーフィア。また後で来るから」
「あ、は~い」
 リクソンはグレイシアだけを病室に残して外に出た。
  病室のドアが閉まるのを見届けたグレイシアは、ベッドに飛び乗った。しかし、何を言うでもなく、じっとリーフィアを見つめていた。お互い見つめあう二匹。
「お姉ちゃん、言いたいことがあるなら早く言ってよ」
「……」
 リーフィアが促してもグレイシアは無言だった。が、リーフィアの手術の痕に前脚を伸ばして、そこにそっと触れた。
「痛っ……」
 リーフィアは顔をしかめた。
「ちょっと、何するのよ!」
 リーフィアは文句を言うと、やっとグレイシアは口を開いた。
「やっぱりね。まだ痛むんじゃない」
「当り前でしょ、手術のあとなんだから」
「ふふ、やせ我慢はやめることね。まだ痛むって言えばいいのに」
「だって、リクソンさんが心配するじゃない。そんなこと言ったら」
「だったら、早く治すことね。ついでに言えば、大怪我をしてリクソンさんに心配をかけないことね」
「わかってるわよ、もう。お姉ちゃんこそ、私がいない間、リクソンさんのことを守ってあげてよ、もうあんな思いするのはごめんだからね」
「はいはい、私は大人だからそんなこと言われなくてもわかってるわよ」
「私だってもう子供じゃないもん! うっ、痛たた……」
 リーフィアは再び顔をしかめた。どうやら叫んだのが傷口にきてしまったようだ。
「じゃあ、私はもう帰るからね」
 グレイシアは病室を出た。外にはリクソン一行が待っていた。
「やっぱり、姉妹だね。リーフィアの口調が変わっていたから」
「あの仔、結構リクソンさんに気を遣っているのよ。まあ、私たちはよそ者だしね」
「よそ者だなんて、そんな」
「いいえ、それはそれで事実だもの」
「いや、まあ、それはそうだけど……」
「でも、あの仔はリクソンさんのことを一番に思っているもの」
 リクソンとしてはリーフィアが早く家に戻ってきてくれればそれでよかったが、そういう風に思われているとは、正直思っていなかった。いきなり手持ちが増えてどうしたらよいか分からず、試行錯誤、手探りでここまで来たが、そういう風に思われているのはリクソンとしてはうれしいことだった。が、リクソンの表情は晴れてはいなかった。
「あら、どうしたのリクソン?」
 シャワーズが聞く。
「あ、いや、何となく落ち着かないんだ」
「どうして?」
「いや、だから何となく」
「リーフィアちゃんがいないから?」
「数分前に会ったのに?」
「あ、そうね……」
 いわゆる虫の知らせというものだろうか。もちろんリクソンとて根拠があって言ったわけではない。しかし世の中というものは残酷で、良くない予感はえてして的中するものである。

<お知らせ>
 かなり長くなってきたので「中編2」のページを作ることにしました。
 この続きは「中編2」の方でお楽しみください(ただ今執筆中)
[[グレイシア・ラプラスの事件簿・記憶と感情の裏表編 中編2]]・続きはこちらです



 まだまだ続きます。
 
 感想、誤字脱字などの指摘がありましたらこちらまでどうぞ
 コメント待ってまーす。
#pcomment(事件簿中編のコメログ,7,)

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