ポケモン小説wiki
グルメッカ-プロローグ- の変更点


変な文法表現があるので寛大な心で見てくださいorz
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感情的になるとき、生き物と言葉にして指せるものは、全てにおいて、欲というものを持っている。
たとえ、もっていないとはっきり言い切ったとしても、それは口から出た嘘である。
欲望
非常に大きなものである、感情的になればなるほど、欲望というものは大きくなる。賢者は、俗世を離れる際に欲を捨てる。賢者という揶揄を含み、悟りというものに対して嘲る、その考えを持つものが、本当の愚者であろう。
賢者は欲望を捨てた、悟りを開くものは無我に墜ちた。全てを捨てたときに、真に目指すべき、大きなものが見える。
それは仰々しくうねる、蛇のような、雲のような、捉えることのできないおぞましい何かのような――捉えた時に、その形と意味がわかるもの。それが大きなもの。漠然としていて、分かりづらい曖昧模糊とした混沌のようなもの。
大きなものとは、それに対する適切な言葉が浮かばない。もしかしたら、その言葉すら、文字の羅列に呑まれ、ただの黒になるのかもしれない。悟りの境地、賢者の思想。全てを捨て去り、悟ったときに、何が残ろうか?
――欲望
大きなもの、欲望である。悟りを開いた、全てを捨てた……そう思ったときに、すでに欲望は足元から侵蝕し、藻のように絡みつき、病魔のように心臓に根を張るだろう。それこそが、悟りを開いたものに訪れる、最後。
すでに囚われているのだ。欲望の感情に。悟りを開き、無我になり、そして大きなものを見つけたときに、生きるものはその大きなものを求める。それすなわち、欲望。これは私が見つけた、これは僕が見つけた、これはそれがしが見つけた――
欲望だ。
悟り、無我、何を言っても、行き着くのはそこだ。悟りを開いた、無我になった、賢者は私だ。全てが全て、猿芝居だ。そういった瞬間から、仄暗く腐った、どろりとした欲望に、絡みつかれている。
そう思った時が終焉だ、すべてはその欲望の赴くままになるだろう。悟りを開いたときに、無我を求めたときに、そしてその行き着いた先にある大きなものを求める――
それが全て、欲望なのだ。大きなものは欲になり、そしてそれを求めるものには、その欲望をかなえるだけの力を持っている。強大なうねりが、爽やかな風になることなど、ありはしない。どろどろした混沌と、熟しすぎた果実のように、遅々として進んでいく腐敗の様な欲望。
あれがしたい、これがしたい、全てがほしい。何もかも、悟りから生まれた、強力な欲。無我が生んだ、絶対的な欲。
理性など保てようか、道に落ちた石を踏むのと同じくらい、自然に、ふ、としたことからそれは広がっていく。ほしい、求める、奴隷のように、肉欲のように――

それは物を入れるものだ。見る、入れる、そして、楽しむ……
壺は、全てにおいて利便性を兼ね備えた、古来からの道具だ。生きるものは、心の中に壺を持っている。
壺から溢れる感情が、生き物の顔を支配する、頬の筋を緩ませるのも、壺から出た緩みという感情からきている。そして、その壺の奥底に、必ず眠っているもの。
欲望
欲望だ。壺の中にしまわなくても、必ず入っているもの、それが欲望だ……
壺には蓋がされるだろう、使わないものには全てにおいて、それをする必要がある。もしかしたら、そう思っているだけで、生きるものは蓋をするのを忘れてしまったのかもしれない。壺から漏れ出す濃厚な欲望が、体中を駆け巡り、感情を全て捨て去ってしまう。欲にまみれ、理性を毟り――
たどり着く先は願い。こうなりたい、ああなりたい、それは、必ず思うもの、それを、欲望と混ぜ合わせ、どろどろに溶かす。そうしてできる、新しい壺。
その壺に、また新しい欲望を詰め込む。そして、その欲を後生大事に抱えると、喘いだ。体中から負が、怨が、光のようにあふれ出す。
これこそが欲、生きるものが持っているもの。厳重に蓋をして、忘れてしまわなければいけないもの……それを忘れたものに――
――大きな欲と、小さな願いが纏わりつく。
そしてそれを持ち合わせ、己の境地に達するとき、喜び、歓喜の声。絶対的な力、曲げることのできない己の意思。
すなわち、願い叶い、そして欲にまみれるときだ――


1


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「願い叶い、そして欲にまみれるときだ」
目で追った文字を口から復唱して、アスパラは大きな欠伸を一つしてゆっくりと顔を上げた。
軽く息をついたら、緊張が緩んだのか。黒くどろどろとした文字の世界から、小ぢんまりとした部屋に放り出された。
気温が一気に上昇したかのように、忘れた頃に汗が体を伝った。自身の心臓がめらめらと燃えて、絡まったものから解放されたように安堵の表情が漏れていた。
ランプでも汗は伝うのか、これはびっくりだ。など茶化すように自分に言い聞かせて、目の前を見た。升目が大量に展開された原稿用紙が散らばって、黄味を帯びたランプに照らされて黄ばんだような色を滲ませていた。
アスパラはふっと力を抜いて、六角形の朱塗りの鉛筆を宙へ抛った。一秒三三ほど宙を飛んだ鉛筆はそのまま重力に従い原稿用紙の上に落ち、転がると、ランプの明かりに滑った光沢を放った。原稿用紙を広げた木の机。それらを照らすランプの色、机の脇の窓から、何ともいえない生暖かい風が吹き、朝方だというのに蟲ポケモンの声と一緒に部屋の中に入ってきた。
朝四時五十分三十四秒。アスパラ・ザイロフォーンは齢約十三を控えていた。ポケモンに年齢が果たして必要なのか、と疑問に思った時があったが、自身の生きた形跡を刻むのは時の流れであり、時の流れを自然に形成するのが、すなわち齢と言う結論に至り、そこから考えるのをやめた。
副業の持論文章を書き連ねて、八時間ほどたっていた。昨晩の八時から初めて、長い時間一睡もすることなくただただ淡々と書き続けていたが、ここで始めて一息ついた、といった風情だ。他のポケモンならば正気ではいられないかもしれないが、アスパラにとってはこれがほぼ日常だ。彼に睡眠という文字は似合わないのかもしれない。
彼はランプラーという種族。本業は探検隊という肩書きを持ってはいるが、探検試験に受かってから、探検に行った事は無く、勿論、探検のチームを組んだことも皆無だった。勿論、アスパラはそんなことはどうでもいいといった感じで、副業である持論文章をせっせと作成していた。やることが無ければ、自然と自分の部屋に篭り、自分の文字の世界に入り込んでしまうことはしょっちゅうだった。
アスパラはもう一度息を吐くと、両手で原稿を持ち、綺麗に整えると、再度、文章を冒頭から目で追った。誤字は無いか、脱字は無いか。わけのわからない表現に酔って、読ませるものを混乱させるような文章は無いか。探すところはいくらでもある。
自室の窓からは様々な音が、塊となって旺盛に流れ込んでくる。それでも不思議と部屋の中は静寂に包まれている。ただの静寂ではなく、淀んだ静寂に。若干黴の臭いが漂う古びた部屋、その片隅で辛うじて机の周りを照らしている明かりの中、俯いて自閉するように原稿用紙と向かい合う自分。背後に並んで寡黙を保つ数々の庫裡。生き物の気配すら根絶されたかのようなその部屋は、さながら伽藍のようで、残滓すら残ることのない虚空が満ちている。
その部屋は、さまざまな部屋や部屋の更に更に奥の奥に、隔離されるように作られており、枝分かれした先の先の孤立に晒され、封じ込められている。幾重にも重ねた弧絶が、静かに淀んでいた。
(生き物は、どうして欲望にまみれているのか――)
アスパラは整えた原稿をもう一度机の上に戻し、再度朱塗りの六角形を握りこむ。自身が思い浮かべた自問に、答えは無い。答えは分け木のように幾重にも伸び、さまざまな自答となって、彼の心の片隅にひっそりと浮かび上がっている。彼は手探りでさまざまな自答を掴み上げ、そして捨てる。その中で、もっともらしい言い訳のような自答を選び抜き、鉛筆に込める力を更に増した。
欲にまみれるとき。生き物の正気というものは全て塗りつぶされる。
「そう、塗りつぶされて、そのまま欲と念の塊となる」
欲とは、怨霊であり、魔物である、取り付かれたら最後、決して離れることはないだろう。悲哀にくれるもの、慈悲に溢れるもの。そのものたちが、欲に取り付かれたとき――そのものたちは、欲に苦悶し、渇望し、穢れ、淀み――
(そして……どうなる?)
アスパラは僅かに考え込み、漠然と見える自答を追って、そのまま曖昧な文字とともに答えを擲った。
何とか手探りを繰り返しながら、答えと呼べるものを見つけようとするが、霞がかかったような右腕の鉛筆からは、何も答えといえる文字が生み出せない。書き出す文字はただの黒になり、塗りつぶされて、そして、消える。
分からないまま鉛筆を握っていてもしょうがないと思って、アスパラは再度鉛筆を抛った。ころころと転がった鉛筆は、そのまま机の奥の開いている空間に吸い込まれて。落ちた。
ばき、という音がしたと思って、彼はしげしげと机の下を覗き見た。鉛筆の芯が折れている。
「あちゃ、やるんじゃなかったかな……」
鉛筆の折れる音は好きではなかった彼は、ため息をつきながら鉛筆を拾い上げて、机の右端に置いてあった、小さなナイフを手に取ると、ゆっくりとむき出しの木目に沿って刃を入れた。まだ木目しか見えない。浅かったか、などと小さく舌打ちをして、もう一度刃を入れた。黒い芯が見えた。
尖った鉛筆も極端に嫌いだった彼は、鉛筆は基本的に少ししか芯を出すことがない。だからこそ、折れることも殆ど無いのだが、先程折れたときに、アスパラは言いようのない苛立ちを、心の中に感じていた。何故折れる、鉛筆に問いただしても、鉛筆に口は無い、語らうことはない。
鉛筆の芯は硬質で、薄い字を生み出すもの。書くときは体外力を抜いて書く癖があるために、薄い文字が更に薄くなってしまう。出版の編集には、読みにくいから、もう少し力を入れて書いてほしいといわれたが。それは出来ない相談だとはっきり言い切った。彼は別に売れっ子の作家ではない。脱稿を急かされることもなかったし、これからもそんなことはありえないと自身がそう思っていた。そもそも、彼の本業は探検隊だ。持論文章はただの副業に過ぎないために、そこまで本気で書いたことがなかったのも事実だった。ただただ、頭の中にふと浮かんだ文字の塊を、ありありと書き連ねていただけで、出版社に出したのもただの気まぐれだったが、それがそこそこ売れたので、続きを書くということになった。
そこそこ売れて、そこそこ儲かる、これが一番いいのだろうと納得していた。自分が書きたいものを書いているだけなのに、急かされるといいものが浮かばないというのが、一番堕落してしまうときだろうと考えた。彼自身が売れたことが無かったために、そんな言葉は皮肉や屁理屈にしか聞こえないのだろう。
鉛筆を暫く削って、ぴたりと削る手を止めた。原稿用紙の上に木片と黒い粒が広がっていたが別段気にする様子も無く、原稿用紙からこぼれないようにゆっくりと原稿用紙の両端を摘み上げて、机の左端に設置されたゴミ箱に静かに流し込んだ。捨ててるのかしまっているのか分からないなといわれたことがあったが、いつだったのか忘れていた。
鉛筆を使い始めたのはいつからだろう。アスパラは先の丸まった鉛筆をじっと見つめて、ふと脳裏によぎったそんな思いを錯誤していた。以前は万年筆なるものを使ったような気がした。しかしながら、性に合わなかったのか、使わなくなった。春、秋、冬は問題ないが、夏になると、この個室はとても暑くなる。冷風機などあるはずもなく、五分もたたないうちに汗が滴る中、万年筆のインクが染み込んで執筆しているときに、落ちた汗に滲んで辟易したような気がした。
薄い字が読みづらくて、編集にタイプライターを使ったらどうだといわれたことがあった。それに関しては、機械は性に合わないから。という一言の理由で片付けた。別段機械音痴と言うわけではない。むしろこのギルド内では、一番扱いに長けていると自負するほどだ。それは自他共に認めているために、そこだけは自覚している。
タイプライターを買ってみたものの、一度使ったときに、五分とたたずに放り出したのが原因だと考えた。以来、タイプライターは埃をかぶったまま、部屋の隅に放置されている。きちんとした文字が出されるのは嫌いではなかったが、たやすくやり直せるのが嫌いだった。文字とは、一文字一文字、書いてこそ意味を持つものだと考えていたのかは知らないが、とにかく耐えられなかった。以来、鉛筆を使い続けている。
原稿の升目を埋めていくのは、引き返せない道のようなものだと考えていた。袋小路に迷い込むと、枝道まで戻る、そして、また新しい道を探す。迷路のような道を進んでゆっくりゆっくり踏破する書き方のほうが自分の性に合っていると思った。
削り終わった鉛筆を再三握りこんで、ゆっくりと身体を浮かばせる。ふわふわと漂っているうちに、背中にぞわぞわしたものを感じた。窓を閉めようかと思ったら、アスパラの姿に驚いたのか、蟲ポケモンの声も聞こえなくなった。いきなり音が消えたので、若干の静寂に耐えられなくなったのか、少しだけ声を出してみた。
「へ」
声は室内に反響し、そのまま吸い込まれて消えた。何だか儚く、浮き足立つような感覚で、暫くぼうっとしていたアスパラが、口の端を吊り上げて、笑った。朝から何をやっているんだろうと自分自身を馬鹿にしてみても、何も変わらない。ため息なのか安堵の息なのか分からない空気を漏らすような音を口から出して、窓を閉めた。
ガラスがかたり、と音を出した。微弱な振動が伝わったのか、それとも何かを考えているうちにそこに何かが止まったのか、ため息をついてしまう。
書いた文章をもう一度見直して、アスパラは再度ため息をついた。ここ最近こんなことばかり続いている。冒険のギルドに所属しているとはいえ、ここの所冒険の話も聞いた事がないし、それ以前にアスパラ自信が冒険やら何やらをしたことがないために、これ以上何かをするということがなく、ただただ沈黙を保ったまま文を認めるだけ。
ため息の数も増えていき、これ以上何かを書こうと思うとどうしても鉛筆の動きが緩慢とし始めてしまって、これ以上先を書こうと思えば思うほど、黒々とした暗雲のようなものに前進するような奇妙な違和感を覚えてしまい、暫く鉛筆を回していたが、やがて執筆活動が完全に沈黙した。
「駄目だこりゃ」
乾いた笑い声が黴臭い部屋に響き渡って、もう一度ガラスが揺れた。今度は何だと思ったが、どうやらガラスの振動は部屋の中にある何かの振動が伝わって揺れているようだった。
アスパラは自分の頭の上に載っていた埃をぱぱっと払うと、部屋を見回した、振動のしているところを探して、目を向けるとそこにはすっかり埃をかぶった通信伝達用のパイプ電話が転がっていた。
こんなところにあったのか、などと思いながらアスパラはゆっくりと立ち上がる、振動と一緒に蟲ポケモン達の声もぴたりとやんでしまう。電話の先の主を恐れているような感じがして、アスパラは恐ろしく現実感を欠いた部屋の中で、現実的な物体を手に取った。
「もしもし、アスパラ・ザイロフォーンです」
『――――』
電話の内容を聞いたとき、アスパラは自分の顔が訝しげな顔になるのを感じていた。声を聞けば聞くほど、どうして自分が適任だと思ったのかすら疑問に思えてしまう。まるで映画かドラマみたいだと、アスパラは思ってしまった。
「ええ、はい、わかりました」
アスパラは電話機を放り出して、ため息をついた。外に出るのは久しぶりで、みなれない――異質なポケモン達で溢れかえった場所に行くのは本当に久しぶりだなぁと感慨に耽っていた。
もしかしたら、場所を変えてしまえば、また何か浮かぶかもしれない。などという思いは微塵にも湧かなかったが、アスパラはゆっくりと机に近づいて、原稿用紙と鉛筆を掴んで、自分の黒塗りの鞄の中に入れ込んだ。
ゆっくりと肩をほぐしながら、もう一度外に目をやった。ポケモン馬車の轍が見える道路沿いに、毎日の炎天の白茶けた土と草花の対比が、夏を連想させるようだった……
「夏色」
口にしたら、アスパラは出入り口のドアを開けて、そのまま消えていく。
部屋は再度、異常な沈黙に包まれた。


2


トリガラ・リングフープがその知らせを受けたのは、料理をした後の少しくらい後だった。
「はい、わかりましたわかりました」
電話をおいて、食べかけていた料理を口の中に運び、そのまま右手の頭を新聞紙の方向へ動かし始める。
「ええと……」
新聞のニュース欄に目を通しながら、左手の頭でお茶のコップを掴んで、ゆっくりと自分自身の口の中に運んでいく。お世辞にも温かいといえない生温くなったお茶で喉を潤して、そのまま新聞を読みふけっていく。ちら、と部屋の柱にかけられた時計に目をやる。朝午前九時七分。まだまだ集合には時間があるということだろう。
何のために呼び出されるのかは分からないが、はっきり言ってしまえば、どうせろくでもないことに決まっているとか失礼な想像をしながら、新聞を読み進めていく――
非常に憂鬱なニュースばかりが目に映っていく。山の火災、水の氾濫、挙句の果てには謎の疫病でポケモンが大量に亡くなるという夢幻のようなものばかり、そんな憂鬱なものを見て、トリガラは目を細めた。
「やれやれ」
ため息をつきたくなると言う気持ちもそうだが、こんなニュースばかり乗せている新聞社の発行状況はどうなっているんだろうと勝手に想像する。少なくとも状況がおよろしいということはないだろうと思った。
楽しいことや嬉しいことを人一倍喜ぶトリガラは、どうしてもそういうニュースや噂話に耐性が無かった。このギルドの中は噂話なんかはすぐに入ってきて、そして伝染病のように拡大する、そこから背ひれ尾ひれがついて、なにが何だか分からない状態になるのもお約束といったところだ。噂話はこういう本部から離れた支部のギルドでは貴重な興奮の材料といったところだろうか、そんな考えをして、益々顔を鬱屈とさせてしまう。
ちら、と新聞から眼を離して、ガラス越しの外の景色に目をやった。獣道という感じの草木が生い茂っている混沌とした道並みに、轍がくっきりと残っている。恐らくこんな支部の方向に誰か来たのか、郵便物でも入ってきたのだろう。特に興味も関心も示さなかった彼女はいつもどおり視線を戻して、新聞を再度見つめる。
新聞を端から端まで読み進めているうちに、ふと思った。どうしてこんな支部のギルドに要請が来るのだろうか、ということだったが、妙にそれが気になった。本部の人員が少ないのか、それとも支部の新人育成か。真意は不明だったが、新人という言葉を思いついたトリガラは、自分自身もまだ冒険に出たことのない新人ということを思い出した。
それにしても不自然だと思う彼女はもう一度自分自身の頭をゆっくりと回して、外を見た。
轍意外には何の変哲もないただの風景だが、やけに雲が翳っていた。それでも何の変哲もないが、トリガラはどうしても気になっていた。
「……やけに、雲が多いなぁ……」
新聞を置いて、ゆっくりと立ち上がる。もう少し近づいて、窓から外の景色を目を細めて眺めた。
暗くなった道をゆっくりと見回してから、窓を開けた。緩やかな夏の風が部屋に広がって、ゆっくりと通り過ぎた。
その風を背筋に感じて、トリガラは言いようのない恐怖を感じた。不穏な空気と一緒に口から息を吐いて、改めて外の様子を伺った。窓から首を出して、ゆっくりと左右に振る。視界に靄のようなものでもかかったかのように、前方が霞みにかかる、それはただ単に目にゴミがついているだけだと分かると、すぐにごしごしと目を擦る。
そのまま視線を上に上げると、巨大な雲の中に、ペリッパーの大群が見えた。もうすぐわたっていく季節なのだろうかと思いながら、彼女は自分の季節感のなさに若干辟易した。
「やれやれ」
ため息ともいえる不思議な声を出して、そのまま首を引っ込めると、トリガラは窓を閉めた。
窓を閉める音と一緒に、歯切れのよい声がした。
「やっ!!」
何だと思い振り向くと、白くてふわふわの毛玉がいた。綿花を思わせるような風貌に、後ろにガク片がついている。後姿を見てしまえば、千切れとんだ綿花を思い浮かべるかもしれない。
「ご飯?」
トリガラは挨拶もせず、そういった。ふわふわのそれは、徐にこくこくと頷いて、まるで今までいたかのように堂々と椅子に飛び乗った。
「相変わらず図々しいね」
「そんなこといっても、トリガラは僕には何もしないじゃないか」
「何もする必要性を感じないからね」
そっけなくそういって、朝食の残りを両手に持って、レンジの中に放り込む。時間を調節して、スイッチを押す。
そんな様子を楽しそうに見ているふわふわのそれは、ワクワクしているというか、早く食事をしたいという能動的な衝動に駆られているかのようにも見える。
「すぐにできるわけないよ」
「分かってるさ、お話でもしようか?」
「君と話していると、疲れるから……やだ」
「そっけない返事」
会話のやり取りも淡白で味がないと思っているが、この白いのと話していると、どうしても心の底でイライラが募ってしまうとトリガラは思った。話し方が回りくどいというか、めんどくさい。
そんなのだから、あまり会話もする必要もなく、ただただ食事を振舞って、そのまま返していた。それがこの白いポケモン、エルフーンのガーリック・ファーバーとの付き合い方だった。
トリガラはガーリックと対峙しているときに、野良ポケモンに餌をやるような感覚で対峙していた。ポケモンでも、トリガラたちのように知恵を絞って、社会で適応しているようなポケモンもいれば、野生の本能のように群や孤独に頼って自然界で生き続けるポケモンもいる。
それを肯定も否定もしない彼女にとって、ガーリックが来ることは特に何も思っていない。もしかしたら餌付けの味を覚えてしまっているとか、そういう懸念も多少はあったかもしれないが、一番大きいのは、ガーリックがギルドのポケモンであるということだろう。
野良ポケモンに餌付けをするより、ギルドの仲間にたかられるほうが鬱陶しいと一瞬だけ思ってしまう。
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「まだ出来ないのかな?」
「食べさせてもらってる割には図々しいね」
「それが僕の取柄だからね」
ガーリックがそういうと、トリガラは仏頂面になった。取りつく島がないというよりも、取りつきたくないという感じだろう。
そのまま無言の沈黙、しかし、ガーリックはそれが面白くないのか、すぐに口を開いた。じゃあ、という開きだしから、おしゃべりな口からいろいろな言葉が飛び出した。
「もう少し楽しい話でもしようか?トリガラはさ、ギルドに入る前に何してたの?」
ガーリックがそういうのと同時に、電子レンジがチン、と小気味のいい音を立てた。雷の石をバッテリー代わりとして動くこの電子レンジをそろそろ新調したいと、トリガラは思っていた。
「ご飯、あったまった……それから、そういうこと、やめて」
「おお、いただきます……で、なにが?」
彼女の声はぶっきらぼうで、不快な調子が露に見えた。
「人のことを詮索するの」
ああ、とガーリックは頷いた。彼女の過去は知らないし、知る由もない。ただ、見たことのないポケモンであるということや、何をしていたか、そういうことに関心はあまりいかなかった。
ガーリックがそういうことを聞いたのは、ただ単に会話がなかったために、今まで何をしていたのかということを聞きたかっただけである。
「嫌いなんだ?過去を知られるの」
「誰だって、いやだと思うよ」
「僕は別にいやってわけじゃないけどなー」
トリガラは顔を顰めた。
「君だけだよ」
「僕だけかねぇ」
「……」
――めんどくさい奴。
そういわれた。その通りだった。
――頭が三つあって、気持ち悪い奴。
(その通りだよ、否定はしない)
トリガラは乱暴な動作で温まったミートスパゲッティをガーリックの目の前に叩きつけるように置いた。
「食べて」
「はいはーい」
元気のいい声と一緒に、フォークとお皿のぶつかり合う金属音。かちん、かちん、という音がして、えも言わない不快感が襲い掛かった。
温まったスパゲッティを口に運んで、ニコニコ顔のガーリックを見て、トリガラは少しだけ昔のことを思い出していた。
――嫌なんだ?過去を知られるの。
先程の言葉がトリガラの脳裏に響いた。特に嫌というわけでも、やだというわけでもない。別段知られて嫌な過去なんて持っていないはずだ。
だが、嫌だった。どうしてもガーリックにだけは知られたくないという気持ちが大きくなった。
普通に生を受けて、普通に成長した自分の成長録を、どうして他人が知りたがるのだろうか、トリガラはどうしてもそのことが理解できなかった。
「他人をよく知る方法ってさ――」
声がして、トリガラは少しだけ耳を傾けた。
「他人と親密になって、過去を知ることが仲良しの秘訣なんだって」
「不快な秘訣」
即効で返して、トリガラはそのまま黙りこくった。中央の首を動かして、先程見た時計に目をやった。いつの間にか十時を超えていた。
そろそろだろうと思う。これから長い冒険に出かけるかもしれない、この部屋とも見納めかもしれない。どんな内容か分からないけど、心の中にある高ぶりが冒険が始まると告げている。
「ワクワクしてる?」
「ガーリックには関係ないよ」
「それはどうかな?」
不審に思っていたが、トリガラはそれ以上のことを詮索しなかった。人の言葉を深く考える必要も、人の言葉に食いつくことも、ただただめんどくさいだけで、何も考えたくない。
ガーリックは私がいなくなったらどうするんだろうか、などと思いながら、トリガラは時間を気にした。
いなくなったガーリックを想像したが、それ以上は無意味だと感じた。いない相手を想像しても、何の意味もないからだ。
暢気にスパゲッティを啜っているガーリックを見て、トリガラはため息をついた。
どこまでも暢気で、この先に何が起ころうというのかわからないといった感じだろう。案外、すぐに順応して他のギルドの仲間に寄生するのかもしれないなぁ、と、彼女は想像しているのだった……


3


「勘弁してくれ」
雲が多く、涼しい一日になると思っていたが、雲の動きを見る限り、しっかりと太陽を隠してくれそうではなかった。
彼は朝靄の流れる草木の道で、黙々と木材を打ちつけていた。周りの声はまるで気にしないといった感じだったが、後ろから聞こえた声を聞いて、少しだけ首を傾けた。
後ろを振り向くと、斑点模様の豹のようなポケモンがいた。疲れているのか、汗を流して、背中の木材を下ろしていた。顔の筋肉が緩くなって、頬は真っ赤に染まっている。
運動した後といった感じのレパルダスを見て、ハッカク・ノレンは何も喋ることなくまた木材を打ちつけた。
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「朝からこんな運動するなんて、身体が追いつかない、ハッカク、何か言ってくれないかな?……さすがにほら、何も言わないのは楽しくないって言うかさ――」
「黙ってやれよ……これが終わったら飲み物くらい奢るよ」
それを聞いたレパルダスは、一瞬だけ顔を輝かせると、すぐに後ろの木材の山を取りに行った。発覚はため息をついて、作業をいったん中断した。
この世界で生まれてきて十五年がたった。齢で表すのなら十五歳。特に遊ぶこともなく、建設関係の仕事をしていたところ、ギルドの試験の張り紙を見た。
――冒険心溢れるポケモン達よ、集まれ。
何とも分かりやすい張り紙を見て、ハッカクは何ともいえない気分になりながらも、その張り紙に妙に惹かれていたことに気がついた。
面白半分で受けてみるのもいいかもしれない。そう思って、建設をする傍ら、ギルド試験の勉強をして、ギルドの試験を受けて、そして合格した。いや、合格してしまった。
何かを面白半分でやるべきではないということを悟ったのは、ギルドに入って一ヶ月たったときだった。
毎夜毎夜、夜中に目が覚めてしまう。今までの仕事のストレスなのか、ギルドに入ってから溜まりだしたストレスなのか……
とにかく、ハッカクはギルドに入ってから妙に不摂生な生活になってしまった。建設の仕事をしている彼はもともと生活が汚らしかったが、ギルドに入ってからそれが更に拍車をかけた。
とにかく戒律が厳しいのだ。本部が決めた戒律というのがまためんどくさいものが多く、こんな田舎の支部までそんな馬鹿馬鹿しい戒律が張り巡らされている。
朝早く起床して、夜早く就寝する。そんな生活だけでもハッカクは耐えられなかった。遅刻は当たり前で、仕事の休憩も異常に長くとりたがるずぼらな性格をしていたために、規則正しく、礼儀正しくなどと形だけの規則を守ることをしたくなかった。
そのおかげで、朝四時以前に起きることが多くなってしまった。規則といっても、決められた刻限よりも早く起きたり就寝したりすることは別段咎められないのでそれもハッカクにはいやだった。
しかし、その戒律を守るのは、仕事を覚えてしまったポケモンだけである。普段ギルドに貢献しないポケモンはいわゆる控えのポケモンであり、そのポケモンは基本的にいなくなったり死んでしまったポケモン達の後続の穴埋めとして現れる。
そういったポケモン達には決まった規則は存在していない。それゆえにハッカクはそのものたちが本気で羨ましいと思ったことがある。ずるいと妬んだこともあった。
しかし、規則正しく生活をしていると自然とそんなことはどうでもよくなってくる。ハッカクも不満はあったが、今は不満をこぼすよりも、早く仕事を終わらせてさっさと寝床に入って就寝したいという気持ちが多少あった。
「これで全部だよ……疲れたぁ……」
後ろから声がしたと思ったら、先程のレパルダスが後ろにつんであった木材をすべてこちらのほうに持ってきてくれたのだろう。
「ご苦労さん」
「飲み物は?」
「終わったら」
その言葉を聞いて、レパルダスはがっくりと肩を落とした。まさか、木材を運んだだけで何かにありつけると本当に思っていたのだろうか?ハッカクはそういう気持ちを前に押し出して、レパルダス、ニップ・シャドーホップを動かそうと声を出した。
「飲み物のほかに、何が食べたい?」
「から揚げ定食」
「後で食べにいくから、もう少し頑張って」
「分かった」
ご飯に釣られるように、ニップは自分の身体に鞭を打った。何とも安っぽい操作だ。ハッカクは無言でそのまま木材を打ちつける作業を続けた。
朝靄が妙に少なくなったと思ったが、少しずつ日が上っていくのが分かる、いくら暖かい季節でも、日が上る前は肌寒い。ドッコラーであるハッカクは、普段動いているために肌寒いとかそういうものを感じることがない。
終始動いて、工事やらなにやらの手伝いをするのが、ドッコラーの本能らしい。勿論ハッカクもそれには逆らえない。なんとなく歪んだ建築物を見たら、全部破壊して立て直したい衝動に駆られる。
今は道周りの柵を直している。緩やかになぞられた一本道は、殆ど道しるべというものが無く平坦に分かれている、このギルドにきたかったら、この柵を辿ることという目印と一緒に、この柵を作って子供が道に外れないようにということも含めている。
いまさらそんな小さな子供なんて来ること事態が珍しい、それ以前にこんな面倒くさい柵をつくるくらいなら、立て札を作ればいいじゃないかと思ったが、その立て札は以前台風で何処かに飛んでいってしまったらしい。それから、立て札よりも柵をつくったほうがいいという意見が出て、こういうことになった。
柵のほうが作る手間が大きく、直すのも面倒くさい、ハッカクはそれを一人で引き受けて、直している。ニップが面白そうに見ていたので、無理やり付き合わせた。
「それにしても、全然変わりようがない景色だね」
ニップが作業をしながら周りの景色を見てそう呟いた。
「当たり前さ……一瞬一秒で変わったら、異変だよ」
違いない、と笑って、そのままニップは柵を直す作業を再開した。発覚は壊れた策を補強しながら、空を見上げた。
薄暗いというよりも、めまぐるしいといった感じで轟々と動き続ける雲の動きを目の当たりにしながら、自分が持っていた角材を置いて、大きく伸びをした。首を左右に動かすと、ごきごきという音がした、暫くぶりに動いていない証拠だろう。
ため息をつきたかったが、すべてが終わってからのほうが達成感が大きいために、今はため息を飲み込んだ。そのまま角材を拾い上げて、作業を再開した。
「あ、そういえば聞いたハッカク?」
「なにが?」
「先日、謎の変死体がいっぱいあったんだってさ、外部や内部にたいした損傷も、変な病原菌もなかったんだけど、急に死んじゃったんだって」
恐いよね、というニップの声を聞いて。ハッカクは薄ら笑いを浮かべた。
「明日はわが身、って言うわけ?」
「え?」
ハッカクもニップが口にした話はすでに知っていた。早起きのポケモンが一匹いるために、そのポケモンから聞き出していたのだ。
謎の変死、自然災害、この世界ではそんなことが日常茶飯事だ。それでも、その変死というのはおかしいことが多かった。
急にポックリと逝ってしまうのだから、急性心不全というわけで全部かたがつけられていたらしい。だが、それはこのギルドよりもかなり離れた地方の話であり、こういった田舎のギルドでは、憶測が乱れ飛ぶのも珍しい話ではなかった。
ゴーストタイプに襲われて死んでしまったとか、黒魔術の生贄に選ばれたとか。信憑性の高いものから、まるで意味のわからない妄想や与太話の類まで、多種多様だ。
「そんなわけないでしょ。遠く離れた地方のポケモン達が起こった事なんだから、僕達には無縁の関係だよ」
ニップはやけにムキになってハッカクの言葉を否定した。ハッカクにはそれが恐がっているようにしか見えなくて、少しだけクス、と声を出して笑った。
「ならいいじゃないか、遠くで起きたことは我関せずってね。ニップ、そこの木材とって」
ハッカクはニップを顎で使って、ニップはそれに対して指定されたものを口に咥えて持ってきた。
「どうも」
「そっけないお礼だなぁ」
「ありがとうございましたニップ様」
「棒読みだよ」
じゃあどういえば正解なんだよ、などと思いながら、もって来た木材をひたすら打ちつけた。しっかりと補強されて、多少けったくらいではびくともしなくなったとき、ようやくハッカクはため息をついた。
「御仕舞い」
「え?じゃあ」
「から揚げ定食ね」
そういうと、ニップは尻尾を千切れんばかりに振って喜んだ。働いた後で見返りを求めるというのは確かに当然といえば当然かもしれないが、お手軽な人生だなぁとハッカクは思った。
作業に使う工具を持って、体中うずうずしているニップにちらりと視線を送った。待ちきれない、という表情が大きく顔に出ている。何ともほほえましいものだ。
「じゃ、いこうか」
「うん!!」
元気のいいことだ、ハッカクはその元気に気おされながらゆっくりとギルドの方へと体を進めていった。探検隊の依頼などこなしたこともないハッカクにとって、ギルドというのはただで寝泊りできる民宿のようなものだと考えていた。
その見返りとして、こういう雑用のようなことを日々任せられている、別にいやではないが、不満は少なからずあった。雑用をこなすのはいいが、無意味に壊すポケモンが多すぎるのが不満だった。直したばかりの壁を半日で壊したポケモンがいたときは、呆れた。
だから、あの大きい赤色のギルドを見るたびに、何だか嫌な気持ちになってしまう。
「どうしたの?」
足幅が遅くなったのが気になったのか、心配そうに見つめるニップを見て、ハッカクは自嘲気味に笑った。
「いや、今何時かなーって思っただけ」
そういって、自分の腕にぶら下がっている懐中時計に目をやった。午前三時四十分。食堂が開くのは後三時間二十分ほどあった。
「三時間も待てる?」
「から揚げのためならね」
意気揚々と答えたニップを見て、ハッカクはなんとも言えない顔をすることしか出来なかった。
恐らく食事のためにここまで頑張れるポケモンは、そうそういないだろう。ニップを見ていると尚更そう思えてしまう。
「ニップは食事が好きなのかい?」
「今までスープしか飲んでなかったからね」
「は?」
ハッカクは空から聞こえる鳥ポケモン達の喧騒の中、やけにはっきりと聞き取れたニップの言葉に眉を顰めた。
耳を傾けなくても耳の中に入ってきた、ニップの言葉。ハッカクの想像するニップの像と、今の言葉を照らし合わせて、ハッカクは静かに息を吐いた。歩む速度が遅くなり、とても唯々諾々とニップに歩み寄ることもしがたくなる。
「どうしたの?」
ニップの言葉に、ハッカクは軽く息を吐いて、空を見上げた。雲の多い一日になりそうだと思うことと、日中は洗濯物が乾きにくい気温になるということが伺えた。
例年になく雲の多い日だとハッカクは息をついた。昨日の天気は炎天下といえるような天気、土は焼けんばかりの色をして、蟲ポケモンの声が炙られて、文字通り、茹だる様な夏の景色だったと覚えていた。
そんなことを思い浮かべながら、ニップのほうへ向き直った。ハッカクはただただ何も言うことなく、じっとニップを見つめていた。
「何かついてるのかな?」
「冗談?」
何が、とはニップの口からは出なかった。顔色を少しだけ変えて、鼻先をぽりぽりと右前肢で掻いて、あさっての方向を向いてしまった。
「答えたくないならいいや」
ハッカクはそれだけ言うと、そのまままたギルドの方向を向いて、歩き出す。ニップはそれ以上何も語ることなく、ただただ後ろをついていった。
ギルドにいく途中の道々で、草木が不自然な形に折れているのを何度も視界の中に確認して、目をそむけた。柵を作るために、多少とはいえ草木を無理やり痛めつけたりしていたのは事実である。それをやったのはほかでもないハッカク自身だったために、あまり見れたものではなかった。
ハッカクは頭の中で、先程のニップの言葉を思い浮かべていた。
――謎の変死体がいっぱいあったんだってさ。
(変死体ね……)
頭の中ではどうしてもばらばらになった死体の姿しか思い浮かばなかった。血、臓腑、死体。背筋がちりちりして、同時に何か血が沸くようなものまでこみ上げてくる。狂気、感染、暴力。腹の底に何かが溜まり、むずむずと揺れているような気がした。
そんなことばかり考えていて、頭の中に苦い感触がにじみ出る。眼球が煮えたぎるような熱を持ったようにぶれて、一瞬だけ視界が揺れた。
気持ち悪さがいきなりこみ上げてきたような感じがして、すぐにハッカクは考えるのをやめた。考えることも面倒くさくなり、そのまま頭の中の考えを全て放棄して、無言で歩を進めた。
それでも、ハッカクの後ろには言いようのない不快感がべっとりとこびり付いていたのだった……


4


熱気を逃がす夜が短いと感じ、朝はとても長く上る陽が山の稜線を炙りだして、おしょう・とうろうは急な坂を足早に上っていく。
ギルドの食堂は朝の七時前後にやるのだが、おしょうは下準備をするために裏口に続く坂道を登り続ける、北山に突き当たるギルドは坂道ばかりで、背後から来た子供達が数匹、傾斜を苦にした様子もなく、抜きつ抜かれつを繰り返しながらおしょうを追い越していった。
「おしょうお姉さん、おはよう」
声をかけてくれた子供たちに、おしょうもおはようと返す。子供たちはそのままもつれ合うようにして坂のわけ道を左に進んでいった。これから体操に行くのだろう。
軽く微笑んで、子供たちとは逆の右のわけ道に入り、おしょうは赤色の立派な建物の前に立った。ポケモンギルド、イッシュ支部と掲げられたそこがおしょうの職場だった。
間近に迫った山からの風が翳りを残した林の中から、ハスノハギリの不思議な匂いと虫ポケモン達の声を運んできた。その所為か、夏の早朝というのは何処か物憂い。東の山に目を移せば上ったばかりの陽射しが強くて、今日も一日暑くなるだろうと容易に想像ができた。
そっけない土道を軽快に進んで、和尚は裏口を二、三度叩いた。特に返事がなかったので、入っても大丈夫だろうと思い、ゆっくりとドアを開け、そのまま真っ直ぐ更衣室に向かった。
「おはようございます」
挨拶をしたが、更衣室の中は無人だった。ほかのポケモン達はまだ来ていないのだろう、カーテンも閉じたまま、部屋の中に淀んだ空気も、夏の倦怠をそのまま残している。
ギルドには食堂というものが存在しなかったが、イッシュ支部にはついていた。ほかのところは、食事を取るスペースはあるが、それ以外はほぼ自分が取って来たものや作ってきたものを口の中に詰め込むという話を聞いた。
こんな支部に何故食堂があるのだろうかという疑問があったが、このギルドの主が必要だからつけたらしい。詳細は分からないが、なんにせよここに所属しているポケモン達はありがたいと思って食堂に足を運んでくれる。
好きで選んだ仕事だし、やりがいも感じている、職場がつらいわけでもない。なのに、休み明けの朝に特有の、また一週間と感じるようなこの物憂さ。
嫌だとは思わないが、食材を手にしているときや、食べ物を口に運んでいるとき、どうしても昔のことを思い出してしまうのが、おしょうは嫌だった。
それほど昔でもないが、食べ物がらみでトラブルがあってから、ひどい拒食症に一時期悩まされたこともあってか、今と昔を比べて、見返して、なぜか思い浮かべてしまう。
昔の自分は、きっと今よりひどい状態に違いない。そう思うこともあるし、立ち直れたのは友達のおかげでもある。忘れろとは言わないが、あまり掘り起こさないほうが言いといわれたが、ふとした瞬間、唐突に思い出して、ひどい倦怠感、耳に雑音が入り、軽い眩暈に見舞われる。
そんなことを考えてもしょうがないのだが、やはり一度体験してしまった分、思い返してしみじみとなってしまうのだろう。そこまで考えて、はっとした。物思いに耽っている場合ではないと頭に言い聞かせて、小脇に抱えた布の袋を広げて、洗濯したばかりの割烹着と三角巾を取り出した。
てきぱきと着替えを済ませて、三角巾を頭につける。たったそれだけの装備で背筋が伸びるように感じるから不思議だった。
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個人としての自分から、仕事場の自分へ。そこには奇妙な段差がある。朝が物憂いのはそこに至るまでの段差が面倒くさくて、ただ単に飛び越えるのが億劫なだけかもしれない。
鏡で姿をチェックして、よし、と自分に声をかける。カーテンを開いて窓を開けると、涼しい風が吹き込んできた。そして、遠くても聞こえる溌剌とした子供たちの声。
窓から少しだけ顔を出して、山を見る。間近の山は毅然とした緑で、見るというよりも、刷り込むといった感じが正しいくらいの、むせ返るような色合いだった。
おしょうはなんとなく窓から上を見上げた、無理な姿勢で視界が狭まって、屋根が少しぶれて見えた。朝日がまともに当たって鈍銀に輝いている屋根に、光が反射して、少しだけ手で視界を遮った。
特に古いわけでもないし、かといって真新しいわけでもない、このイッシュ支部のギルド。どこにでもありそうな村が下にある分、このギルドは相当似合わないような気がしたが、その村を見下ろすこのギルドは村の光景に馴染まないにも関わらず、村の民家のどれよりも歴史と年代を感じさせるような風潮で、そこにたっていた。
古色蒼然としているだけに、やけに違和感を感じるのも事実だった。
(本当に、不思議なところだなぁ)
心の中で呟いたとき、更衣室のドアが開いた。
「あら、おしょうちゃん」
同僚のハギ・ノボリだった。
「おはようございます」
「早いわね」
といって、ハギは笑った。お腹の袋にいた子供も、釣られてにこりと微笑んだ。親子一心同体、ガルーラは大変そうだなと、おしょうは思った。
「どうしたの?物思い?」
おしょうは首を振った。
「いい天気だなって思って。暑くなりそうですね」
全くだわ、と笑って、ハギはさばさばと着替えを始める。慌てておしょうがカーテンを閉めようと手を伸ばした。
「いいわよ。あげておいたほうが風が通るから。おしょうちゃんみたいな娘ならともかく、こんな小母さんの着替えなんて見ても誰も興奮なんてしやしないし、覗こうとも思わないでしょ?」
「熟女って言うんでしょ?女四十は」
ハギは着替えをしながら声を上げて笑う。
「古いわねぇ。――その四十も超えちゃったわよ。若い女がいるとか言って覗きにくるのは、このギルド内では早起きのポケモンだけね」
「役得ですね」
「私なんか見たら、目の毒よ」
そんな皮肉交じりの冗談を聞いて、おしょうは苦笑いを返すことしか出来なかった。
「なに?歳の話?」
更衣室に入ってきて、そう声を出したのはブーシェ・クルールだった。
「ブーシェさん。おはようございます」
「ああ、おはよ――って、あらら、窓もカーテンも開けっ放しで……」
しなやかにしなる稲妻模様の尻尾を左右にくゆらせて、ブーシェは眉を顰めた、ライチュウ独特の長い尻尾を器用に使って、ブーシェはゆっくりと開けたドアを閉めた。
ブーシェの問いに、だから、とハギは笑った。
「見られても惜しくない歳になっちゃったって話よ」
「何言ってるんですかハギさん。女は三十路を超えてからが咲き所って言うじゃないですか。隠して恥らうくらいが女ですよ」
「十キロ少なかったら隠そうかしらね」
「お恥ずかしいからこそ隠すのが慎みってモンですよ。でもまぁ、おしょうちゃんくらいに若ければ、見せびらかすけどさ……」
ブーシェのそんな言葉に対して、おしょうは何ともいえないような表情を作ることしかできなかった。ハギは三角巾をかぶり、ため息ともつかないような息を吐き出した。
「慎みねぇ……」
「女にはそれがなくちゃ、御仕舞いですよ。私やハギさんだって、トドの群に入れば捨てたモンじゃないですし……」
「捨てたモンじゃないっていっても、これだけ歳食っちゃったら、まぁそこまで考える必要もないけどね。旦那もいるし、子供もつくったし、いまさら見せびらかすもんなんてないない」
寂しいことを、といってブーシェは眉を寄せて肩をすくめた。ブーシェももうすぐ三十路だが、自分自身を見せびらかそうとは思っていない。口ではああいっているが、もしかしたらもう分かっているのかもしれない。
分かっていても、どうしても口に出てしまうのは性格、あるいは心のどこかでまだまだ諦めていないという気持ちの現れか、なんにせよ、そんな余計なことを詮索しようとおしょうは思わなかった。
「もうすぐ食堂があきますね、その前に下準備しちゃいましょう」
そういって、仕事の顔になる。公私を分けて、割烹着の後ろの結び目を一層強く締めなおす。
「今日は何が一番人気かしらね?」
毎週定期的に変わる献立の作製に頭を悩ませつつも、それを美味しそうに食べてくれるギルドのポケモン達。自給自足をしているポケモンもいるが、やはり食堂を利用するポケモンのほうが圧倒的に多い。
昔に何やかんやあろうとも、やはりおしょうはこういうことが一番好きなんだと、改めて自分で実感していた。
「分かりませんね。でも多分から揚げ定食は絶対に最初に注文されるんじゃないですか?」
「なんで?」
「私の勘……ですかね」
若々しい笑顔で笑って、おしょうは先に扉を開けて外に出た。物憂い夏の感じから一転して雰囲気が変わるような気がした。体中から力が漲ってくるような気分で、飛び上がりそうだった。
うずうずしている自分を押さえ込んで、鼻から息を吸う。体中の力を抜いて、そのままゆっくりと食堂の作業場に足を運んで行った。
「勘が当たるかね?」
「当てて見せますよ」
談笑をしながら進み続ける、さながら戦いに赴くような感じで。ある意味戦いだと、和尚は感じていた、食堂は戦場である。
徐に頬の鬚がぴりぴりと敏感になる、まだまだ覚えたいことがあるし、学びたいこともある。フタチマルが修行ポケモンと呼ばれる所以である。
「行きましょう」
「気合十分だね」
「今日も一日、頑張りましょうか」


5


食堂にたどり着いたハッカクとニップは、談笑をしながら支度をしているポケモン達を見て、まだまだ開店には早いと言うことがわかった。
「まだやってないみたいだね」
「うぅん、そうだね」
まだ早いと思っていても、中に入ってしまうのは、癖なのか習慣なのか、食堂に依存しているポケモンは開くのが待ちきれないというのが食堂の担い手であるポケモン達には見えるらしい。
「あらら、まだ早いよ、ハッカク、ニップさん」
入ると割烹着を着たおしょうが苦笑いを浮かべて、二匹の近くに歩み寄る。
「飲み物は?」
「コーヒー」
「お茶」
「じゃあ、透明で味のない奴ですね」
分かっていてそんなことを聞くのは、まだ始まっていないのにやってきた二匹への意地悪なんだろうということをハギは苦笑をしながら見守っていた。
そしておしょうも口でそういっても、結局は二匹の注文したものを持ってくると分かっている。このやり取りは、儀礼的な挨拶だろうということだと思っていた。
「少々お待ちくださいませ」
使用人のような口ぶりで軽く会釈すると、おしょうは作業場に戻り、コーヒーカップと湯飲みをそれぞれ取ると、お湯を沸かし始めた。便利なものはあっても、古くから使い続けてきたこの調理場は一向に改築するという気配がなく、そろそろガタが来ているのではないのかと囁かれていた。
「いやいや、助かる助かる。おしょうさんがいると飲み物くれるからね」
「まったく、ハギさんもブーシェさんも飲み物くらいくれたらいいのにね」
二匹の皮肉交じりの口調を聞いて、ハギとブーシェは怒ることもなくただただ声を上げて笑った。
「あっはっは、若いもんは元気でいいねぇ。そんな爺さん婆さんみたいなこと言ってると、そのうち腰が痛み出すよ」
「そうそう、ここは小粋なワインバーじゃないんだからさ、そんなに飲み物が飲み炊きゃ下の村まで駆け下りておいで。汗もかけて水分補給も出来て、一石二鳥さ」
年季が入ったものの言うことは、人生をしっかりと踏破していないものにとっては馬の耳に念仏だろう。しかしニップもハッカクも妙に顔を下げて押し黙ってしまった。
「痛いところ突かれて、何も返せませんって感じかな?ハイ、ニップさんがコーヒーで、ハッカクがお茶だったね?」
「サンキュー」
「ありがと」
互いにそれぞれお礼を言うと、そのまま少しずつ飲み下す。温かいものが喉の奥まで染み込んでいって、そこでやっと一息ついたといった風情で、ニップはため息をついた。
「おごりだと思うと、余計に美味しいね」
「え?おごってくれるんじゃないの?」
「おいおい」
半分くらいまで飲んでから、ハギがオープンとカタカナで書かれた小さな紙を扉のドアにかけた。朝から来るポケモンは稀有だが、朝からくれば、広い空間でゆったりとした時間が楽しめるというのはとてもいいものだと二匹は思っていた。
「英語にしなよ、オープンくらいさ」
「あら、そんなハイカラにしたらここが食堂ってことを忘れるから嫌よ」
ハギは笑って定職の下準備を再開した。
「何言ってんだよ、だったら開店って書いてぶら下げときゃいいじゃないか」
「ハッカク、オープンでも開店でもどっちでもいいじゃん、伝わればさ」
確かにそうだけど、などといいながら、すっかり空になった湯飲みを指で弄っているハッカクを見て、おしょうは苦笑した。
カタカナという微妙な表記がハッカクには気になるらしいのか、英語なのだからしっかり英語にして欲しいという、一種の我侭のようなものであるのかもしれないということが分かる。
そういうことには喧しいのがハッカクだ。声の音も大きいので、喧騒の中でもよく聞こえるような声を出す。よく聞こえるというよりは、ひょっとしたら他のポケモン達の意見は五月蝿すぎるといった感じかも知れない。
「ハッカク、新聞取ってきて」
「自分で行けよ」
「ちぇ、けちんぼめ」
ニップはぶつくさ言いながら、四速歩行用のポケモン椅子から軽やかに飛び降りて、雑誌が乱雑に突っ込まれている簡素な木製の本棚から、今日の新聞を引っ張り出した。口に咥えてから、再度椅子に飛び乗って、そのまま両の前足を使って新聞を広げる。
「フムフム、何だ、あんまり変わり栄えがないなぁ」
「一日で変な事件が頻発したら迷惑だ、変わらないのが一番いい」
発覚は不変を求めて、ニップはふぅんと言うだけで、再び新聞に目を落とした。静かな空間で、おしょうたちの食材を切る音だけが耳に入ってくる。
ふと、ハッカクは何かを思い出したかのように、ニップの見ている新聞に視線を移した。何事だと思ったニップは、訝しげな顔をハッカクに向けるだけだった。
「どうしたの?」
「さっき言ってた事件、写真載ってる?」
ああ、そのことか、といい。ニップはすぐに新聞の一面の右下に指を指して、ここだと伝えた。
「さっきまであんまり興味ない顔してたのに、どうしたのさ急に?」
「急に興味が出た、それだけ」
そっけなく言い放つと、半ば強引に新聞を引ったくりハッカクは文字と写真の世界に飛び込んだ。
一面を飾る写真の横に、謎の急死、患者急増、見ているだけで不快感が募りそうな文体を見ながら、ハッカクは考えていた。
謎の怪死、奇妙な噂、分かるようで分からないような事件の表面。新聞の一面を見ただけで、腕に鳥肌が立つのを感じた。それは夏の気温をもってしても治らないかもしれない。傍らのニップが分かっていたかのように肩に手を添えてくれた。無意識にやったのかもしれないが、今のハッカクにはそれが心強かった。
何故謎の変死が相次ぐのか、勿論そんなこと分かるはずもない。世間がその事件を隠したがるような感じもしたし、尋常な死ではないと言うのがしごく最もな感想、それがハッカクの背筋を更に粟立たせた。
「ところで二匹とも、何も食べないの?」
食い入るように見つめていた横から、ハギが気の抜けた声をかけて、ハッカクは一瞬だけ震えた。そして思い出したかのように、身体に温度が戻ってくるのを感じた。
「あ、ああ、じゃあから揚げ定食」
「僕もから揚げ定食」
そういうと、ほらやっぱりと言う顔をしたおしょうを見て、ハッカクは若干眉を顰めた。後ろではハギとブーシェが驚いたような顔をしていた。
「なんでもないですよ、少々お待ちくださいね」
おしょうはくすくすと笑って、そのまま作業場に戻っていった。
「嫌な事件だ……」
ハッカクは思ったことを率直に口にした。それを聞いたニップは少しだけ目を細めて、微かに口を動かした。
「そうだね」
食事をするところで、重苦しい空気を垂れ込めるのはあまりよろしくないと思っているハギは、身体に陰を落として新聞を見ていた二匹の姿を見て、憂鬱そうな顔をすることしか出来なかった。


6


トリガラは自分自身の隣にいるポケモンを見て、しかめっ面をした。
非常にわけのわからない事態になっているという気持ちが頭の中を行ったりきたりしているという感覚が、今胃の中まで浸透して、嫌になるほど分かってしまっている。ここまでむかつきが浸透すると、食べたものを吐き出しそうになる。
集合の時間はまだまだあったために、部屋で待つようにと部屋のドアの前のポケモンに言われて、椅子に座って待っていたら、いつの間にかガーリックがついてきていたという事実に目を疑い、そして段々と眉が顰まっていく感覚が脳から顔に伝わった。
「そんな顔してると幸せが逃げるよ、トリガラ」
隣にいるガク片のついた綿花の毛玉のようなポケモンはにこやかに悪びれもせずしれっと言葉を吐いた。それが益々トリガラの神経を過敏に刺激する。
トリガラはげんなりしたように待ち時間までに出されたコーヒーを飲み下して、息を吐いた。
「じゃあ僕の隣に座るのはやめてほしいんだけど」
言い張るトリガラにガーリックは苦笑すると、益々隣に密着して、殆ど離れない様な体制をとる。それが益々トリガラの過敏な反応を加速させて、トリガラはぎょっとした。
「言葉が通じないのかな?」
トリガラの言葉に、ガーリックはさあ?と分からないような顔をした。
「もしかしたら分からないかもしれないね。僕は君の気持ちがどんな感じかあんまり知らないし、言葉ってそういうことに使えるしね」
「そういう意味じゃないでしょ。分かる?言語?国の言葉……」
「難しい言葉は使っちゃいけないんだよ?頭が破裂しちゃうからねー」
お前がいうな、などと思いながら。トリガラは眼球の上下左右に動かして、げっそりとした。まるで悪夢をみているような感じがして、飲んでいたコーヒーの味が黒い泥水を啜っているような感覚を覚える。夏場だからなのか、室内でも暑さがひどく、いまさら思い出したかのようにトリガラの身体を汗が異常に伝った。隣にいるポケモンの所為で冷や汗を流しているのかもしれない。
当人はそんな気持ちなど露知れず、頼んだアイスカフェオレをのんびりとストローで啜っている。彼女とは対照的で、元気にニコニコしている姿を見て、益々顔を鬱屈とさせてしまう。ため息を漏らすと、コーヒーの香りが鼻腔をくすぐった。
トリガラは何故ガーリックが自分にくっついているのか全く分からなかった。別段呼ばれたわけでもないのに、どうして自分にくっついているのだろうかという気持ちが靄のように頭に広がる。それを考えると、餌付けをしてた自分を恥じるということくらいしか頭に浮かばなかった。
相手から見れば失礼に当たる行為だとトリガラは全く思わなかった。ガーリックは上から見ても下から見ても、左右どこから見ても、野良ポケモンの類にしか見ることができない。
「君はここにいる必要があるのか?」
口から出た言葉が、密着していたガーリックに聞こえて、ガーリックは少しだけ顔を顰めた。失礼に当たる言葉と受け取ったのだろう。そんなガーリックを見て、トリガラは冷ややかな視線を送った。
「教えてあーげない」
「ふざけてる?」
「最近認知症がひどいんだ」
馬鹿な、とトリガラは鼻で笑った。
「年寄りみたいな言葉を使うのはやめたほうがいいと思うよ。高齢でお年を召した方に失礼だからね」
ポケモンに必要なのかな?歳が、といいながら、彼はすっかり飲み干したカフェオレのガラスを見て虚ろな瞳を燻らせた。
「僕たち、歳とか、そういうの関係なく生きていけたら幸せだよね。美味しいもの食べて、寝たいときに眠ってさ」
「幸福論なんて聞きたくないね」
トリガラはガーリックの言葉を一方的に遮って、会話を切ろうと思ったが、ガーリックは喋りだしたまま止まることなく言葉を吐き続ける。
「そういう考えも現実的だけどさ。夢を見ることも大事だと思ってる……夢を見て、それを糧に生きていけたら凄いって思うときがいつかきっと来るんだ。ギルドに縛られて同じような行動するよりさ、一発冒険してみて夢を追いかけるほうが楽しいし、効率的だと思う。それだけじゃないよ。そうして新しい好奇心や、新しいポケモン達との出会い、別れ、そういうものを繋いで僕たちは成長すると思う。そのときに気がつくんだよ、世界は意外と狭いんだなぁって。知らない人にばったり会う確立よりもさ、知ってる人と行動するほうが確率高いんだ」
何を言い出すのか若干理解に苦しんだが、殆ど遊び半分で行っているわけではなさそうだったので、顔を顰めていたトリガラも、少しだけ耳を傾けていた。
「考え方は多種多様にあるって思っていいんだよね。ぼくはここで一生終えても楽しいと思ってるけどね、もしかしたら、今日、今この瞬間にも、新しい冒険の旅がはじまるかもしれないって言う気持ちが湧き上がる感触が抑えきれない。武者震い見たいな感触だなぁって……」
非常に真摯な言葉を吐くガーリックを見て、トリガラは鬱積していた思いが若干晴れるような気がして、無意識に口元をゆがめて笑っていた。わけのわからない言葉ばっかりじゃなくて、普通に夢を見る言葉も吐けるんじゃないか、などと感心していたのかもしれない。
「冒険は本を読むのとそう変わらないと思うんだ。僕は少なくともそう思ってる」
トリガラは笑った。ガーリックはグラスを見つめながら縦に頷いた。
本には冒険がつまっているのいうのは大袈裟な表現の一つに上げられるかもしれない、書物で知識を漁り、思いついたことや断片をまとめて、それを書籍にしたら誰も知らない冒険がそこにつまると思ったし、そういう話を見てみたいという気持ちは誰にでもあるものだろうと彼女は思った。
「案外まともな会話もできるじゃない」
「そりゃ、頭は悪いほうじゃないからね」
皮肉交じりの冗談を冗談で返して、互いに微笑を浮かべた。そのまま黙りこくり、数秒ほど無言で周りを見回していたが、不意にガーリックが口を開いた。
「ほんとはさ、ここに来るように呼ばれたんだ」
え?とトリガラは目を見開いた。
「何だか大事な話があるって言ってたからさ、もしかしたら何かあったのかなって思ったんだ。周りのポケモンの立ち話を聞いてたら、何かほかにも集められてるポケモンがいるんだって、トリガラも集まる一匹だとは思わなかったけどね」
「それはこっちの台詞かな?……君も呼ばれてるなんて意外だったよ」
違いない、といって彼は自虐的に微笑んだ。呼ばれるとは思っていなかったのだろう、何ともいえない表情を飲み干したグラス越しに映すが、カフェオレの膜が張り付いていて曇ったグラスには暗い影しか映らなかった。
「いろんなポケモンが呼ばれてるらしいけど、僕が聞いた話は探検を一度もしていないポケモンが呼ばれているということくらいしか知らないね」
「一度も?」
新人育成、と笑ってガーリックは部屋の中についた木枠の窓を見た。この部屋から見ると、裏手の洗い場が見える。枯れかけた草木が積み上げてある三和土の横の水場で、一匹のフタチマルがモップを洗っていた。暫く眺めていると、こちらに気がついたのか、丁寧に三角巾を外して会釈をしてくれたので、右手を軽く上げて挨拶を返すと、フタチマルも微笑み、そのまま作業を再開させた。服装から察するに、食堂で働いているポケモンの一匹だろうということが容易に想像がついた。
「おしょうさんじゃないか」
「オショー?」
ガーリックは聞きなれない言葉を聞いたかのように怪訝そうな顔をした。
「和尚って、葬式に現れるおっさまのこと?」
「違うよ、おしょうっていう名前なの。食堂に行かずに僕のご飯食べてた君には一生縁がないポケモンだよ」
「あらら、それは残念極まりないね」
トリガラはそういって、自分自身もそこまで縁がないということは黙っておいた。彼女と会うのは基本的に食堂内で、忙しくてご飯が作れないときに立ち寄って、御握りを食べるくらいの接点くらいしか持たない。それでも、おしょうのつくる御握りはとても美味しいし、また食べたいという気持ちもあったが、食堂はなにぶん費用が嵩む為あまり行きたい場所ではなかったというのが本音である。
そんなことを思っていると、不意に、ドアが開いて一匹のポケモンが入ってきた。小柄な体躯で、宙に浮いたランプのポケモン。非常に分かりやすい出で立ちだ。
「こんにちは」
「あ、どうも」
ガーリックが挨拶をすると、ランプラーはそそくさと離れた席に座ると、原稿用紙を広げて朱塗りの六角鉛筆を握りこんだ。何事だと思っている二匹のことは完全に知らん振りで、自分の世界に入り込んでいる。
「作家?」
「さあ?……人の挨拶をまともに返してないあたり、他人との交流が欠如してる気もするけどね」
小声でそういったが聞かれていたのか、ランプラーはわざと聞こえるような大きなため息をついて、再度沈黙した。
「聞かれた?」
「聞かれてもいいでしょ、別に接点とかないしね」
トリガラは意に介さずといった感じのランプラーを一瞥して、ふん、と鼻を鳴らした。
(変なポケモンだ)
トリガラの頭の中に浮かんだ言葉とはそういうものだった。何ともいえない感情が頭の中を支配する中で、硬質の鉛筆が升目の原稿用紙の上で踊りまわる音だけが聞こえた。ここに来たということは、もしかしたら呼ばれたポケモンの一匹かもしれない。
「あんまりじろじろ見てると、変なポケモンに思われるかもね」
「あっちのほうが変だから大丈夫だと思うけどね」
ガーリックは気にしているようだったが、トリガラはまったく気にしない。ここに呼ばれているのか、それともここに用事でもあったのかは知らないが、挨拶もまともに出来ないほど他人との接触に乏しいポケモンに変人扱いされたとしても、彼女は何ら気にしない。
暫く鉛筆の走る音が聞こえていたが、途中でぷつりと途切れてしまった。何があったのかは大体想像がつくが、二匹は何も言わずにただお互いを見合って沈黙を保つのみ。暫くしたら、くしゃり、という紙を握りつぶす音が聞こえた。
ガーリックは消しゴムを持たないというよりは、紙ごとまとめて消去しているという想像をつけた。確かにそのほうがやり直しは早い、何かを文章に起こそうと思ったら、そういう思い切りのよさがもしかしたら役に立つのかもしれないという印象を受けるような音だった。
紙くずを持っていた鞄の中にしまいこむと、ランプラーはまた新しい原稿用紙を引っ張り出して、もう一度鉛筆を握りなおした。鉛筆の芯が走る音が、再度静かな部屋の中に響き渡った。一体どこまで書き続けるのだろうか、ということだけは考えていた彼は、離れた机の上から伝わる鉛筆の振動と、カリカリという黒い芯が紙の上を滑る音に集中していて、控えめにドアが開く音を聞いていなかった。
「あのー……こんにちは」
「っ……!?」
「……こんにちは」
「どうも」
ガーリックは音にびく、と大袈裟な反応を示した。一方に集中しすぎて、ほかのことまで気が回らなかったというのがある。トリガラは入ってきたポケモンに声と顔を向けて、挨拶をした。
ランプラーは特に興味を示さなかったのか、声だけを発すると、また升目の世界に飛び込んでいった。
「あ、おしょうさんじゃないか」
「あら?あなたは誰でしたっけ?」
覚えていないのか、と、トリガラは少しだけ怪訝そうな顔をした。しかしそれもしょうがないと思い、改めて自分のことを紹介するとおしょうはすぐに思い出したのか、にこやかな顔になって両手を叩いた。
「ああ、思い出しました。いつだったかは忘れてしまいましたが、御握りを食べに来てくれたポケモンでしたね」
細かいところまでは覚えられません、などといって謝るおしょうに対して、トリガラは静かに首を横に振った。気にしないと口に出したら、ありがとうございますと丁寧に会釈をした。
「ところでおしょうさん、どうして君はここにいるのかな?」
ただの興味本位で聞いた言葉は彼女の耳に違う意味で取られたのか、おしょうは少しだけ悲しそうな顔をして、ガーリックを見据えた。
「え?……その、迷惑でしたか?」
「いや、別にそういう意味じゃなくて、ここに来たってことは、誰かに何か言われたのってことを聞きたかったわけで……」
別にいやな意味じゃない。ガーリックの言葉を最後まで聞いたおしょうは、安堵したように胸を撫で下ろした。そんな様子の彼女を見て、ガーリックは言うんじゃなかったと自分のことばにうんざりするような仕草を見せた。
「私は、そうですね、確かに呼ばれてきました。イッシュ支部の親方さま。いるじゃないですか?……私はあまりお顔を拝見したことがなかったんですけど、その親方様の使いのポケモンから伝達が来たんです」
伝達という言葉に、トリガラは首をかしげた。
「伝達ってことは……口から伝えられたってこと?」
その通りです、とおしょうは二匹の対角線の椅子に座り、ふぅ、と息をついた。
「お恥ずかしいんですけど、私は電話を持っていません。時代遅れといわれるかもしれませんけど、私はどうしても電話が慣れなくて、部屋が汚くて物が置けないというのもあるかもしれませんけど、多分一番の理由は私に電話は使えないというのが一番かもしれません」
お金がなくて買えないというポケモンもいるが、自分に合わないからという理由で電話を使わないポケモンも多数存在するという話を聞いた事があったガーリックは、その話が本当だったということをいまさら確認して、おしょうを珍しい生き物でも見るかのような顔をしていた。
おしょうは気恥ずかしそうな顔をして、咳払いを一つした。
「それでですね、まぁ伝達で伝えられて、この場所に来たんですけど、もしかしたらほかに呼ばれているポケモンがいるという話を聞いたので、とりあえず一人じゃないみたいで安心しました」
おしょうはにこりと微笑んで、座ったまま軽く頭を下げた。どこまでも馬鹿丁寧なポケモンだと彼は思った。その反面、ガーリックは慇懃無礼という言葉が似合う態度しかしないため、挨拶にしろ謝罪にしろ、このおしょうと言うポケモンには敵わないと思った。
「結構ポケモンが集まったみたいだね……これで、四匹目かな?」
ふと、トリガラが部屋の周りを見回して中にいるポケモンの数を数えた。その数合わせに首をかしげたのはおしょうだった。
「あれ?私を含めて、三匹じゃないんですか?」
「後ろ」
そういわれて振り返る視界の先に捉えた、小さなランプラーの姿を見て、おしょうは納得した。殆ど喋らないというよりは、存在が希薄すぎて、部屋に入ったときにいないような印象しか受けなかった。
「あんまり構わないほうがいいと思うよ。あの子、殆どこっちに興味関心を示さないからね」
「升目の原稿用紙がお友達だよ」
トリガラが覇気のない声でランプラーを指差し、ガーリックはそれに上乗せするように皮肉めいた言葉を吐いて笑う。
二匹の言葉を聞いて、おしょうは顔を少しだけ顰めた。そんな反応をするなんて思ってもなかったと思ったように、二匹は訝しげな顔をお互いに見合わせた。
おしょうはひたすらに不思議だった。同じポケモンでも、やはり印象で物事を決めてしまうのだろうかという気持ちもあったかもしれないが、何よりも仲間はずれという言葉はあまり好きではない彼女は、どうしても二匹の行動は解せないものがあった。
「私、あの人と話をして見ますね」
「ええ?」
「やめたほうがいいと思うけどね……」
二匹の静止を聞くことなく、おしょうはゆっくりと歩み寄る。ランプラーはおしょうの接近に気がつかなかったのか、無言のまま白紙の升目に文字を埋める作業をしていた。
「こんにちは」
声をかけられて、ランプラーは今初めて音を聞いたかのように、声のする方向へ身体を向けた。
「……あ、どうも」
「何をしているんですか?」
「……論文を書いてるんです……さっきまで浮かばなかったけど、歩いていたら急に浮かんだので」
ランプラーは自分のしていることを聞かれて、なにやら恥ずかしそうに若干聞き取りにくい声を出した。
「凄いですね、私には文字を書く大変さは分かりませんが、あなたはそれをわかっていてできるんですから、尊敬します」
「……そうですか?」
ええ、とおしょうは頷いた。
「分かりませんが、応援は出来ます……頑張ってくださいね」
「……ありがとうございます」
気恥ずかしそうにはにかんだランプラーを見て、おしょうもつられて笑い返す。普通に話してみると普通にいいポケモンじゃないか、どういうイメージでも、私にはそう見える。おしょうはそう思った。
やはり人の言葉ではどんな人かなんてわからないんだろうということだけは心の中にとどめておいて、おしょうは小奇麗な左手を差し出した。ランプラーはその手に一瞬だけ視線を向けると、そのままおしょうの姿を見上げて、口を開いた。
「これは?」
「私の名前は、おしょうといいます。貴方のお名前は何ですか?」
おしょうのやけにはっきりとした声に一瞬だけたじろいだものの、ランプラーは自分の名前を小さく呟いた。
「アスパラです」
その声を聞いたとき、おしょうはにっこりと微笑んだのだった。


7


長い廊下を二匹で歩いているうちに、ふと、ニップは足を止めていた。
「どうしたの?」
ハッカクの声を聞いても、ニップは動かない、廊下に設置された小さな木枠の窓から見える、このギルドとは隔絶されたかのような小さな小さな村を見ていた。
緑の斜面の中腹に存在している村の威容が見えたのだろうか、ニップは村のほうを見て虚ろな瞳を左右に揺らす。
閑静な環境の田舎という感じの村を見て、ニップは何だか煩わしい地縁を拒絶するような印象を受けて、静かに息を吐いた。
(何だかな)
自分は良識としては裏側に張り付いているものだという確信を、自分自身の気持ちから思っている。
もしかしたらそういう考えを持つことが、一般的な教養からかけ離れているという印象も受けるかもしれない。ニップのような考え方を持つポケモンが稀有な存在かもしれない。
自由な思考は他人は無頓着で、その考えを改めろというポケモンも特にいない、そういうニップ自身も、そういう自由な考えを愚かだと思うところの権利を自身が持ち合わせていないと思う。
そのこともひっくるめて、自由な思考というのは張り巡らせれば張り巡らせるほど、面倒くさくなる。
深いため息をついて、ハッカクの後についていく、体格の差もあって、子供と大人のような印象を受ける。
「何か考え事でもあった?」
「変な村だと思った」
ニップの言葉は村に向けられた軽蔑のようには聞こえなかった。少し考え込んでいたハッカクは、軽く手を打つ。
「自虐的な考え方もまた一興?」
何を言ってるんだか、といいながら、ニップはそのままハッカクを追い抜いて、少しだけ歩く速度を緩める。
ニップはどこに住んでいるんだろうと思ったことが、ハッカクは一度だけあった。
このギルドに住みつく前は、どこかを放浪していたらしく、そのときに知り合った、ハッカク自身はそのときに工事員として働いていたため知り合った時間はギルドに入るより前だ。
彼がここのギルドに来る前は、西の山際に沿った細い獣道から村に来ていたことを思い出した。どこに住んでいるのかというのは全く分からなかったが、自分がギルドの試験に合格した次の日に、ギルドのポケモンとして同じように入ってきたことは覚えている。
何やらニップとは妙な縁で繋がれているとは思ったが、それよりも前に、おしょうと深い縁で結ばれているということだけは自覚していた。ハッカクが合格した一週間後に、おしょうもギルドの下働きとして雇われたのだから。
「感慨深いものがあるといいんだけどね」
「そんなもの、僕達には必要ないんじゃないかな?」
ニップはそういって笑う。確かにそんなもの今の自分達には必要のないもののように見えた。何せ、言った本人がどうだろうと思うくらいなので、恐らくそんなものはないだろう。
「必要なのは、呼ばれたらすぐに出て行ける準備をするくらい迅速な行動だと思うんだけどなぁ」
「確かに、違いない」
伝言を受けたのがついさっき、そんなこと初めて聞いて、慌ててニップとともに出て行ったとき、朝早くから作業をして、そのままだらだらと食堂で時間を潰していた自分の行動が非生産的ということだけをしっかりと頭に刻み込むことにしておいた。
今後は改めようと思いながらも、ニップの隣に並ぶと、ニップは不思議そうな声を出した。
「それにしても、何のようなんだろうねぇ」
「んあ?」
何のようという言葉に反応したハッカクは、大体意味がわかり首を横に振るばかり。特に明確な答えは出すことなく、分からないとだけ告げた。
「お使いだと思うけどね」
「わざわざ呼び出すんだ……」
呼び出されたことのないニップにとって、わざわざ呼び出してまでの用事と言うことは重要なことだろうと勝手に想像をつけていた分、そんなことのために呼び出すというのもなんだろうという気持ちがくるくると回り続けていた。
そんな顔をハッカクに向けようとしたが、ハッカクは下を向いて何かを考えているような仕草を見せていたために、ニップは声をかけた。
「新聞の内容がそんなに気になる?」
「多少だけどね……」
何が、とか、どんなことが、とかは言わない、大体さっきから深刻な顔をしていたときは、自分から話を聞いたときや、彼が新聞を取ったときから分かりきっていた。だからこそ、相手がどんな内容で深刻な顔をしているのかなんて一目瞭然で分かるだろう。
「突然死って、あんなに頻繁に起こるものなのかな……」
「分からないよ」
ニップは身を翻して、後ろを確認した、何かに取り付かれているような顔をしていたが、きっと気のせいだとハッカクはかぶりを振った。
「所謂突然死って奴でしょう?何でも、魂が吸い取られたみたいに急に死んじゃうって感じでしょ?解剖でもして見ない限り原因は分からないし、解剖したところで所謂ポックリ病だったら、理由なんて出てこないじゃない」
「都会で解剖なんて進めるの?」
「解剖の有無に都会も田舎も関係ないさ、独り身だったら死者は黙するのみ、死人は語らずさ。勝手に判断して解剖するか否かは決められちゃうけど、遺族がいたら、遺族の了承を得て、病理解剖を進めるでしょ……まぁ必要な手続きって奴じゃないかな?遺族が嫌がるものを、無理に持っていくわけないじゃない。このあたりで死んだら、行政解剖や司法解剖ってわけでもないから好き勝手できそうだけどね」
「新聞の急死のほとんどは、伝家の宝刀急性心不全だったってわけだから、解剖してないんだろうね」
死因が特定できないときは全て急性心不全で片付けることぐらいなら、ハッカクも知っていた。ニップはそれに対して首を縦に振ったが、何やら不服そうな顔をしていた。
結局のところ、すべては理由が分からないということに対して不満な態度を示しているのかもしれない。他人事だから抛っておけばいいという言葉をかけるには、あまりにも目が真剣みを帯びていて、なんと声をかければ言いのかわらからなかった。
「ポケモンが医者を求めるのは、突き詰めれば大きな病院で見るべきかどうかなんて事が一番大きいんだよ。家で養生すればいいのか、それともきちんと医者にかかるべきなのか……その辺の難しい境目を篩にかけるポケモンが医者って言うのに。あっちのほうでは全て心不全で片付けちゃうんだからね」
全く駄目駄目。といってニップは歩き始める。いつの間にか足を止めていたことに驚いて、ハッカクは廊下にかけられた時計を見た。
まもなく集合時間になってしまうことに慌てつつも、ニップの後にそそくさとついていく。
「ニップは他人のことにそんなに憤れるなんて、友達ができそうだね」
「いたよ、友達。君と、おしょうさんと……後一匹」
「誰?」
「もうこの世にはいないよ、ポックリ逝っちゃった……案外ポケモンって、簡単に死んじゃうんだねって、思ったよ。生き物だからって割り切ってたけど、まぁ、割り切れないね」
ハッカクは何とも思っていないといわんばかりのニップの声を聞いて、心の奥底から後悔の念が湧き上がった。つまるところ、聞かなければよかったという気持ちがあるが、話しかけてきたのは彼だから、そんな風に思うことが出来なかった。
「ごめん」
「いや、聞いてほしかったからさ、いつかは言おうと思ってたけど、なぞのポックリニュースを見たら、こういう時に言ったほうがいいのかなって思った……そういうニュース見ると、何だか他人事とは思えないなって」
「…………確かにね」
ニップの言葉に適当に相槌を打ちながら、ハッカクも昔のことを思い出していた。ここに来る前に。皆で仲良くしていたとき、あの時自分はいなかった。
その、あの時いなかった空白の一日に、おしょうが死に掛け、知らないポケモンが一匹死んだ事件が起こった。死因は分からなかったが、おしょうは毒殺されかけたという恐ろしい言葉が耳に入った。
自分がいなかった空白の時間に何があったのかは知らないが、それ以来おしょうはあまり昔のことを思い出すのをやめた。それより前だったら、昨日は何をしたのか、一昨日はどんな遊びをしたのか、その前は何をしたのか。
そんな昔の思い出を楽しそうに語っていた彼女が、一変して今を精一杯生きることが楽しいということしかなくなってしまった。
性格が変わることは悪いことではないが、おしょうの性格の変化には、明らかにいやなことを忘れたいという気持ちが混ざっていた……
(ニップは、このことを知っているんだろうか?)
あの事件の後、一ヶ月間おしょうの世話をして、友達を守りたいと思ったとき、ハッカクはギルドに入った。楽しそうという気持ちよりも、興味があったからというのが大きかった、そして、その一週間後に、おしょうもギルドに入り、ニップと二匹で、おしょうの姿を見届けていた。
おしょうはニップを見たときに、やっぱりいたんだ。といっていた。どこで知り合ったのかは分からないが、親しげに話していた為に、少なくとも前から友好関係があったということだけは理解できた。
気さくなポケモンで、無口で無愛想、他人の気持ちに無頓着なハッカクとは対照的な印象を受け、ハッカクはどうしてここまで打ち解けられたのか分からなかったが、それでも、友達になって、一緒に時を過ごした。
たとえハッカクの胸の内に潜んでいる事がわからなくても、ニップとはこれからもうまくやっていけそうな気がして、右手を強く握りこんだ。
「ハッカク、遅れるんじゃないかな?」
「わざわざ待っててくれるの?遅刻するよ」
「連帯責任さ」
ニコニコ笑うニップを見て、友達を本当に大切にするポケモンだということを再確認しながら、ハッカクはニップの背中に乗った。
「飛ばすよ。鬚を掴んだら振り落とすから」
「じゃあ、耳をつかませて貰うよ」
くっく、と笑いながら、ニップは軽やかに走り出した。


8


十時を告げる陽気な音楽が流れて、十時という認識を頭が確認した。耳に残るような気がして、トリガラはほっぺたを少しだけ引っ張った。
周りを見渡してトリガラは息を吐いた。この親方の部屋の前にある待ち部屋というべき部屋、お金を払えば飲み物を持ってきてくれるはずだが、何故に金銭を奪取されるのか分からない。と、さっきから思っていた。
(吝嗇な親方様だ)
やれやれとため息をつきたくなる。勝手に来るのは確かにこちらの都合だが、せめてお茶くらい出してほしいものだとトリガラはがっかりした。あったこともない人物にお茶を出すのもおかしな話だが、ギルド内の仲間から金を取ってどうしようというのだ。
親方と手下という位置づけになっているとしても、人の真心くらいなら持ち合わせているだろうと思っていた、だが、どうやらそんなものはなかったようだった。
探検隊というのもそもそも、他人の善意をあてにして食っているような職業で、何ともいえない背徳感のようなものがあった。
「トリガラさん、何考えているんですか?」
「ン、なんでもないよ」
アスパラが話しかけてきて、トリガラは首を横に振った。おしょうが話して打ち解けてから、そのまま流れるようにトリガラたちの輪に入っていった。最初は抵抗のようなものを感じているようだったが、おしょうの介入ですっかり打ち解けたようで、ランプの中の紫色の炎が嬉しそうにめらめらと燃え盛る。
アスパラから目をそらして、再び機械的な目を向ける。部屋の中をぐるりと追い、そのまままたおしょうたちのほうへ視線を戻した。
「そういえばトリガラさんは、今日の新聞は見ましたか?」
アスパラは大人しい性格で、あまり喋らないタイプだと思っていたが、打ち解けて見ると案外自分の思ったことや考えていることを積極的に吐露するタイプだということがわかった。トリガラは見た目と性格が違うポケモンもいくらか存在するという話を聞いたこともあって、間近で見たこともあってか、彼女は妙な納得をしていた。
「今朝の新聞って言うと、謎の急死って言う事件があったね」
「僕もここに行く途中で耳にしただけなんですけど、何か悪いことでも起きたんでしょうかね……」
「悪いこと?」
「方角とか、もしかしたら呪とか」
「おいおい、祟りだの何だのと言い出し始めるんじゃないだろうね」
おや、とアスパラは心外そうな顔をした。
「だって、おかしいじゃないですか。同じような症状でパタパタ死んでるんだから、そう思うポケモンもいるってことですよ」
「そんな考え方は殆どないじゃないのかな?」
「いや、でも最初のポケモンが死んで、その次のポケモンにうつったってことは、とばっちりで死んじゃったかも」
「何のとばっちりかね。あまりそんな馬鹿な考えはしないほうが言いと思うよ」
「トリガラさんは呪とか、そういうのは信じないですか?」
いかにもつまらなさそうな顔をしたアスパラを見て、トリガラは顔を少しだけ顰めた。田舎というのはこんな感じだ、不幸でも幸福でも、話題に飢えたポケモン達はそれに群がり、そのものの本質を見極めようとしない。結局のところ、刺激にかけたところではそういうものが刺激になる為に、無意識に刺激を求める傾向にある。
そういうところが田舎ものと言われるかもしれないが、そういう噂に飛びつくポケモン達を、トリガラはどうにも煙たがっている。どうしてそんなことで大騒ぎするのだろうと言う事を考えているのかもしれない。
きっと呪ですよ、何か悪いことがおこっているかもしれない、ということを楽しそうに語るアスパラに、ずいっと自分の左の顔を近づけて、一言だけ言い放った。
「アスパラ、僕は君の御託を鵜呑みにするほど馬鹿じゃないんだ。そういう不謹慎な考えは今すぐに捨てたほうがいい」
「え…………そ、その、すみません」
目じりに涙が浮かんだアスパラを見て、トリガラはため息をついた。なにか子供を虐めているような気がしてならない気持ちになって。胃の中のむかつきがどんどん加速した。
「小さい子供をいじめるのはよしたほうがいいと思うよ」
ガーリックがいつの間にか左のほうに回りこんでいて、トリガラはびっくりしたように少しだけガーリックと距離をおいた。
おしょうとはなしていたはずだが、おしょうの姿が見えない。不思議そうに見回していた彼女の考えていることを読んでいたのか、彼は小さな手をすっと向こうのドアに指した。
「おしょうさんならさっき親方様に呼ばれたよ。どうやら僕たちを呼んだのは、おしょうさんから伝える為に呼んだのかもしれないね」
「何で?」
「多分、っていうか、彼女がリーダーになるからさ」
何の話なのかわからないトリガラは佇立することしかできなかった。不思議な呪文のような言葉が、彼女の頭の中でいっぱいになる。
彼女、リーダー。まるで聞きなれない異国の言葉を聞くような感じがして、トリガラは眉を顰めた。
「分かるように説明してよ」
「僕に言われてもね、聞き取りづらいのさ、ここからじゃ聞き耳しても若干聞き取りにくいけど、少しだけなら聞こえる、君がリーダーをやってくれるかって、いってるんだ」
「リーダー……」
「……冒険ですかね?」
アスパラもいつの間にか恐がるような顔は消え去って、ガーリックの言葉に耳を傾けていた。やはり子供というべきなのか、興味の対象が右から左に流れるような気がしないでもなかった。
「まだ分からないさ……本当にそういう話をしているのかすら分からないし、どうだろうね、もしかしたら一匹一匹に別の用事があるという可能性も否定できない。ギルドってのは基本的に一匹で何でもできるようなつくりにはなっているような気もするしね」
「ほんとにそんな考えなの?」
トリガラの言葉に、ガーリック自身もまだ分からないといったような顔をして、首を傾げるばかり、明確にここに呼び出された理由が分からないため、口からでまかせは言いたくないと思っているのだろう。そういうところは妙に律儀だ。
三匹が固まって、沈黙の中にドア越しから小さな声が漏れる空気の音だけが聞こえる中、勢いよくドアがあく感覚に、三匹は思わず身構えた。
そこに現れたのは、二匹のポケモン。レパルダスの上にのったドッコラーは、きょろきょろと周りを見渡して、レパルダスに場所を確認するように小声で言葉を伝えた。
「ここであっていると思う?」
「さあ?間違ってても分からないし、ここで待とうよ。おしょうさんも呼ばれているんでしょ?」
おしょうという言葉に、三匹は訝しげな顔をしてその二匹のポケモンを見た。ドッコラーとレパルダスは、そんな三匹の視線をまるで見ていないといったような感じで流すと、二匹で違うテーブルに腰掛けて、やれやれとため息を吐いた。
「待てば分かるでしょ、呼ばれたポケモンって言うのも、どんな目的で呼び出したのかもね」
レパルダスの言葉が、妙に三匹に耳に強く残って、はなれなかった――


9


「私が、リーダーですか?」
君しかいないといわれて、おしょうは困惑の表情を顔に伺わせた。
「私しかいないといわれても……私には無理です。あんなことがあって、私は二匹も大切な友達を失いました。今でも思い出して、胸がえぐられるような思いがあります。そんな中で私が率先して引っ張っていくなんて、それに、殆ど初対面の皆と仲間を組んで、そんな大きな事を成し遂げられるほどの自信が、ありません」
はっきりと無理だといわないのは、おしょうの性格がかかわっていた。どうしてもやってみないと本当にできるのか出来ないのかはわからない。だからこそ、おしょうは無理だと言い切れないところがあって、暫く困惑し、佇立していた。
おしょうはカーテン越しのポケモンの影を捉えようとしたが、どうしても見ることはできない、黒い影に包まれて、薄暗い靄のようなものがカーテンに形を作るだけ。親方様は絶対に姿を見せないという噂を確かめようという気持ちも少しはあったが、その姿を見て、納得した。
どんな姿なのか分からない。こじつけや拡大した噂の中には、本当のことも紛れ込んでいると思って、おしょうは背筋が寒くなった。
親方の部屋を改めて見回すと、他の部屋とは違い、何だかぼろぼろで部屋の中に埃が溜まっている様な印象すら受けた。天井の奥行きが若干歪んでいる、これは水の重みで屋根が歪んで傾いてしまったと言うのだろう、窓の木枠は若干腐っているし、中に入っているガラスはガラスとしての用をなさないほどに汚れていた。ドアのとっても錆付き傾いて、部屋の中心を照らしている古風な電灯は笠が割れ、電球が黒ずんだままになっている。
おしょうはどうしてこんなに錆付いた部屋の中にいるんだろうという気持ちがありながら、カーテン越しの薄い影にもう一度声をかけた。
「わ、私にはやはり、経験が未熟といいますか、これ以上のものを望まれても……どうしても自信を持ち合わせることができません……」
風がぼろぼろのドアの隙間から入り込んで、カーテンがゆっくりと揺れ動く。薄くのびた影が少しだけ動いた。口が動いて、別の言葉を伝える、小さくて聞き取りづらい声は、何とかおしょうの耳に入り込んだ。
ぬめりを帯びたような声が、耳に入り込んで、おしょうは少しだけ顔を顰めた。勿論、その声自体が気持ち悪いといいたいわけではなく、そう聞こえてしまった自分の耳を片手で無意識に掴んだ。
声は断続的に聞こえ、何が言いたいのか分からなかったが、息の調子、言葉の意味を聞いていくうちに、段々と夢見心地ではなくなっていく、言葉がゆっくりとおしょうの体中を駆け巡り、耳に入り込んでいく。
耳に雑音が入るような感じがして、おしょうは何だか耳に当てていた掌をいつの間にか強く握りこんでいたことに気がついた、強い強い嘲笑と侮蔑をされた気分になって、感情が腹のそこから湧き上がる。親方の声に変わりはないが、耳に入る言葉はどれもこれもお前には出来ないと言われるような言葉ばかりで、どうしても捻れた解釈しか出来ない。
「私にしか出来ない、私だからこそやってほしい…………親方様の気持ちもわかりますが、どうしても私には難しいとしか思えません、私には、どうしても」
カーテン越しの影はゆっくりと言葉を吐いた。何だか諭すような口調の物言いに、おしょうは黙ってその言葉に耳を傾けるしかない。そのたびに、耳を劈くような感触がおしょうの頭を襲い、強く耳を握りこむ。どうしてこんな感情が芽生えてしまうのか、おしょう自身不思議だったが、もしかしたら、おしょうは無意識に親方様に会うという行為を嫌がっていたのかもしれない。その微妙な拒絶反応が耳を刺激して、何だか倦怠感を加速させた。
声はこんどははっきりと聞こえたような気がして、おしょうは益々顔に苦悶の表情を翳らせた。どうしても耳に残る雑音のような声、決して嫌いというわけでもなく、尊敬できないわけでもないが……どうしても顔に出てしまう苦痛の気持ち。
おしょうはすみませんと口からからの言葉を吐き出して、ため息をついた。カーテン越しの影は首を横に振って声を出す。気にしないという様子よりも、おしょうの身体を気遣うような発言を聞いて、おしょうは背筋に鳥肌がたたった。
「ごめんなさい、親方様の気持ちを私は湾曲して捉えることしかできません」
カーテン越しの影がゆっくりと動いたような気がしたが、気のせいだった、なんだか卑屈なことばかり考えて、被害妄想に取り付かれたかのように負の思いが鬱積していく。
こんな風に思ってしまう自分の頭を鬱陶しいというような感じで叩き、ため息を一つつく。彼女は気持ちが晴れないまま、虚ろな瞳でカーテンの動きを追う。どうしても湾曲してしまう考えは、自信がない自分に親方様が強制を促しているようにしか映らない。
だからこそだろうか、彼女は頭の片隅で考えた。こんな私だからこそ、親方様は私をリーダーに抜擢したのだろうか……そんなことを考えながら、もう一度息をついた。
「…………私にはまだ自信がありません……親方様の期待にはこたえられないような気がしますが……頑張りたいです」
声にならない空気の動きがゆっくりとおしょうの耳に届いて、おしょうはにこりと微笑んだ。
「分かりました……ですが、本当に過度の期待はしないでください……」
ただただそれだけを言って、おしょうはぺこりと一礼すると、そのまま正面を向いたまま、後ずさりしてドアを閉める。
(バルカン…………君が出来なかったこと、私がやろうとするっていうのは……君の願いを裏切ることになるのかな……)
分からない答えを探して、おしょうはそのまま扉を閉める。後ろを振り向くと、そこには見慣れたポケモン達の姿があった。
「ガーリックって、案外考え込んじゃうタイプなの?」
「さあ、でももし本当に決まったのなら……暫く仲良く付き合うことになるからね。皆のことを探りいれるのは当然かな?」
「探りいれるっていう考え方ですか……」
「あー、なんかほんとに探りいれられそうで恐いなー……」
「こんな風に言うのもあれだけど、そういう風な性格はあまり好かれないと思うけど……」
さまざまな音がおしょうの耳に入り込んで、少しだけ心のざわめきが落ち着くような気がして、苦笑した。騒がしいというか、姦しいというか。何ともいえないくすぐったさを感じて身体を緩ませる。
不安を不安のままで背負い込んでもしょうがないが、自分で決めたことが、もしかしたら皆に最悪の選択肢を与えてしまうかも知れない、顔も名前も今日初めて会うポケモン達の前で、一体どんな風に切り出せばいいんだろう、そんな不安や、きちんとこちらの話を聞いてくれるのか――
(大丈夫だよね)
子供じゃないんだ、おしょうはそう言い聞かせて息を吐いた。ゆっくりと体の力を抜いて、静かに皆に言葉を吐いた。
「皆、ちょっと聞いてほしいんだけど……」
一斉に顔がこちらを向いて、おしょうは一瞬だけたじろいだが、ゆっくりと頷いて大きな声を出した。
「お宝、探しに行きたいと思わない??」


10


がやがやと人通りの集まる場所で、おしょうたちはゆっくりと荷物をまとめる作業に入り込んでいた。外から聞こえる蟲ポケモン達の声が、やけに耳にはっきりと聞こえて、おしょうは顔を顰めた。
「蟲ポケモン達が騒いでる、何か、悪い予感がするかな……」
ハッカクは、首を横に振って肩を窄める。
「わからないけど、急に決まったことだから僕は何も言わないよ。おしょうさん、大丈夫なの?」
多分、という風にしか、おしょうは言葉を帰すことなど出来はしなかった。大丈夫かどうかは、自分自身、はっきりとわからないというのが現状だろう。自分の知らないうちにもしかしたら体調不良に陥るかもしれないという不安が、おしょうの中にはまだ渦巻いてはいたが、そんなことをいちいち言っていいてもしょうがないとかぶりを振り、荷物をまとめる。
「これから長い冒険が始まるんだから、準備は入念にしておいたほうがいいよね」
おしょうはそれに対して、静かに頷くことしかできない。後ろでは、新しく仲間に加わる三匹のポケモン達が、喧騒の中で、買い物を済ませていた。
「食糧は買っておいたほうがいいと思うんだけどねー」
「どれだけ長くなるか分からないから、寝具も使い捨てじゃなくて、ちょっと頑丈なもののほうがいいかもしれないね」
「あ、そうだ、原稿用紙、買っておかないと」
それぞれが好きなように買い物をしている、これではまるで統率性がないじゃないかと、ハッカクはため息をついた。それ以上に、どうしてこんなメンバーで旅をしようと思ったんだろうと、ハッカクは首を傾けた。
「どうして、こんな実も知らないポケモン同士で、旅を始めるんだろう」
「昨日の敵は今日の友達、もしかしたら、はずれくじを引いたんじゃないかな?僕たちはさ」
声に振り向くと、ニップが荷物をまとめて戻ってきていた。はずれくじ、という言葉に反応したのは、おしょうだった。
「ニップさん、そんなこと言うのはやめてください」
「優しいねおしょうさんは、だけど言わせて貰うよ。どう考えても、はずれくじさ」
おしょうの顔が険しくなるのも構わずに、ニップは口を開いた。
「なんとなくだけどね、予想って言うかそんな感じ、しない?僕にはさ、どうしてもそんな風にしか思えないんだ、ああ、勿論向こうの皆をどうこう言うわけじゃないけど、聞けば、皆探検隊として行動することは初めてって言うじゃない?こりゃどう考えても、何もしてない僕たちを引っ張りまわすとしか考えられないと思うんだよね、だから、はずれくじ」
「じゃあ、ニップさんがそうならないように、努力してください」
おしょうは一言だけ言い放つと、ゆっくりと踵を返して、三匹のポケモン達を呼びに行く。
「あらあ、嫌われちゃった」
「莫迦、余計なこと言うからだ」
ニップはその言葉に足しいて、おどけることもなく、ただただ淡々とした口調で言葉を吐いた。
「事実さ。冒険って、適当な寄せ鍋見ないなチームで踏破できるほど簡単なものじゃない、しっかりとした事前準備に、目的の一貫性、それらを全てやりきる実力が伴って、初めて冒険って言うのは成り立つんだよ。はっきり言って悪いけど、こんなチームじゃ、成し遂げられるなんて到底思えないんだ」
「嫌ならやめろ、僕にはそれだけしか言わない」
ハッカクの言葉に、ニップは驚いたように眉を顰めた。ハッカクは少しだけいらだっていたのか、言葉が嫌に刺す様に辛辣だった。
ため息と一緒に、ハッカクは言葉を選んで搾り出した。
「僕には不安もあるけど、それ以上におしょうさんを守らなきゃいけないんだ。チームの誰かが何処かで死ぬのは僕にとってはどうでもいいこと、だけど、おしょうさんだけは守らないといけないんだ。それが、僕ができることだからね。君はどうなんだ?特にそういう心構えがないから、そんなことをぽんぽんといえるんじゃないのか?」
「それは……」
「僕には、あるよ。……心構えってやつがさ。それがたとえ歪で湾曲した考え方でも、僕はそれを貫き通すさ」
「そう」
「ニップが嫌なら、抜けるように言っておくよ、誰だって我が身は可愛いからね。それでいいんじゃない?」
「僕は、別に嫌だなんていってない」
だったら、とハッカクは右腕に抱えていた角材を、地面に置いた。
「そんなこと言うな。はっきりいって、行く前からきゃんきゃん何かを言ってる奴を見るのは、不快だ」
ハッカクはふん、と鼻を鳴らして、おしょうたちのほうへ向かっていった。残されたニップは、ただ憂いの表情を浮かばせて、口をもごもごと動かした。ハッカクは一度だけ振り向いて、ニップの姿を捉えたが、何も考えることはなかった。
「僕は……」
ニップは誰に言うわけでもなく、口を動かした、何を言いたいのかは、小さくて聞き取れなかったが、ハッカクはおしょうに話しかける前に、辛うじてニップの最後の言葉を拾った。
――迷惑をかけたくないんだ。
その言葉の真意がどうであれ、ハッカクはすぐにかぶりを振った。もうすでに迷惑をかけている。これ以上かけられても困るだけだ。
「おしょうさん。準備は出来たのかな?」
「うん、ばっちりかな……まだ不安があるかもだけど」
多分大丈夫、という言葉を聞いて、ハッカクは穏やかに微笑んだ。心の中にぽっかりと穴が開いてしまったという気持ちがあったかもしれないが、だいぶ回復している、おしょうさんも、何とか成し遂げられるかもしれない、と安心したように、口を開いた
「そっか、じゃあ早めに出発しよう。雲が動いてきてる、このままだと驟雨に襲われるよ」
「そう、わかった。じゃあ、出発しよう。ガーリックさん、トリガラさん、アスパラ君。行きましょう」
おしょうは大きな声で、準備を済ませた三匹のポケモン達を呼び寄せる。ぞろぞろと六匹の群で連なって歩く姿は、塊が動いているようにも見て取れる、そのまま、ギルドの出入り口の扉を勢いよく開けて、外に一歩踏み出す。地図を片手に確認して、おしょうは声を張り上げた。
「出発!!」
喚声に近い掛け声が上がり、六匹はそれぞれの歩幅で歩き出す。とにもかくにも始まった冒険は、おしょうたちにとって初めての冒険になるもので、おしょうたちは心の中に期待を混ぜながら、目的地に向かってひた進んでいった。
「雨が降る……」
その輪の中から少しはなれたところで、ニップは歩幅を少し緩めながら、誰に言うわけでもなく一人ごちる。
雲が動く火は、たまに驟雨が降り注ぐ。それだけならいつでもあることだが、どうしてもニップには不安のような暗雲が立ち込めているようにしか見えなかった。
考えすぎだ、と自分に言い聞かせて、ニップはゆっくりと歩幅を大きくする。
空は、少ない雲が集まって、おしょうたちを翳らせるような、不気味な動きをしているように見えていた。


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[[グルメッカ-きちんと残さず食べま章-]]へ続く
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- 「蟲ポケモン」だったり「虫ポケモン」だったりしています。
「おしょう」だったり「和尚」だったりしています。
「誰に言うわけでもなく一人ごちる。」"ぐちる"では?
キャラの名前が食べ物系なんですね。ニップとおしょうは違いますが。
通しで読みました。第二章の執筆頑張って下さい。
――[[名無し]] &new{2011-02-23 (水) 16:40:00};
- >名無しさん
誤字脱字の指摘ありがとうございました。お見苦しい文章を晒してしまい申し訳ありませんでした。
一人ごちる、という表現は、独り言という意味合いでも取られるので間違ってはおりませんよ。
おしょう以外は全て食べ物の名前なんですねこれが。ニップも一応食材関係の名前ですw
コメントありがとうございましたorz
――[[ウロ]] &new{2011-02-23 (水) 17:01:54};
- ど、どんな食べ物なんですか? ニップって?
聞いたことがないのですが。
タイプはバランスがとれている(かぶりが少な目)チームですが、チームワークはどうでしょうか?
おしょうガンバ!
――[[名無し]] &new{2011-02-24 (木) 14:27:19};
- 挿絵がきてテンションあがったw
―― &new{2011-03-10 (木) 02:54:36};
- >名無しさん
うーん、どんな食べ物かは秘密です。調べてみてくださいw
コメントありがとうございましたorz

>名無しさん
ありがとうございます。挿絵はおまけみたいなものですので;;
楽しい文章を見て心をほっこりしていただいたらいいなーって思ってますw
コメントありがとうございましたorz
――[[ウロ]] &new{2011-03-10 (木) 11:37:08};
- こんばんは。

挿絵が斬新で、よみやすいです。 お上手ですね……
楽しい感じの文章かと思いきや、なんだか一悶着ありそうで、つづきがたのしみです。これから読んでいきたいと思います。

執筆、それから絵のほうも、がんばって下さいね。
応援しています。
――[[コミカル]] &new{2011-03-11 (金) 22:52:20};
- こんばんは。グルメッカのプロローグ、6番までではありますが読ませていただきました。
チャットで何度かお話を聞いたりしているので結構キャラのことは知っていましたが、実際に小説として読むとまた違った面白さがありますね。
プロローグと言うわけで、メインキャラがそれぞれ別れて登場し、たぶん後々集まって何かをしていくお話になると思うんですけど、まずはメインキャラの性格や立場を印象付けるように小数に分けてあるおかげで、改めて種族と名前を一致させて読むことができました。
陽気に振舞いつつも割と重い何かをそれぞれが抱えてるような描写もあって、これからそれぞれが何らかの目的を持って活躍していく伏線のようなものになっていて続きが楽しみになる魅せ方となっていましたね。続きにワクワクです。

ところどころに挟んであるイラストも本当にお上手で、特におしょうが可愛くて可愛くて好きになってしまいました(笑)
本編でもおしょうが出てくるとふと他にまして自分が楽しいと感じていることに気付きますから、おしょうはとても魅力的なキャラだと思います。
おしょうはウロさんのキャラで、あとは紹介ページにあるように他の方から頂いたキャラのようですが、紹介ページはイラストはもちろん、それぞれを象徴する台詞や目的も書かれていて、単に個人を覚えなおしたり確認し直す役割のみならず、紹介ページからもキャラに愛着を感じさせるような、そんな作りになっていて素晴らしいですね。
単なる紹介ページに留めない魅せ方ができるのは、小説と絵が両立できるウロさんならではのアイデンティティと言えると思います。大きなウリを持っていてさすがですね。

謎の死のニュースが今後の展開に絡んできそうですが、6番までしか読んでいない現在ではまだ謎ばかりで何も分かりそうもないですね。
それぞれが別れてスタートしましたが、おしょうとハッカク&ニップが合流するといよいよ始まってくるなって感じがしましたね。
3人の暗黙の了解のシーン(飲み物を持ってくる場面)はなんか温かいものを感じましたし、それぞれ個性がありつつも、大事なところは一致しているといった絆がこれから見えてくるのかなと思い楽しみです。

意味不明で冗長なコメント失礼しました。お返事は大変でしょうから、長さは合わせていただかなくても結構です。それでは、執筆頑張ってくださいね。応援しています。
――[[クロス]] &new{2011-04-06 (水) 21:37:49};
- >コミカルさん
ありがとうございます。斬新さを求めたつもりは特になんですけどねw非常に微妙な作りになってしまった感はございます。もうちょっと位書き書きできればよかったんですが、長くし過ぎるとあれだなぁとか思いました。
楽しい感じの文章を目指せないものでどうしてもへんてこりんな展開に持って行ってしまうのは自分自身の悪い癖かなんかだと思います。改善しなくてはいけませんねー;;
コメントありがとうございましたorz

>クロスさん
チャット内ではよく会話をしますが、ここでは改めてはじめまして。読んでいただき誠にありがとうございます。
メインキャラクターは六匹もいる上に全員が全員主人公みたいなお話なので、分割させて特徴をとらえてもらった方が書いている方としてはいいと思いました。それでわかりやすくなるのならとてもうれしいです。
イラストの方はやっぱり載せたほうがこう活気も出るかと思い載せたしだいでございます。それにしてもおしょうさんの人気が半端ないですね。そこまで人気のあるキャラクターにしたつもりはないんですけど、どうも薄幸そうでw
フタチマルという微妙なチョイスかとは思いましたが、私は好きです。フタチマル。
キャラクターに愛着を感じないとこういうちょっと方向性の違ったお話を作ることはできないかもしれません、でも私自身がちゃんとそのキャラクターを扱えるかが微妙な感じはしますwwwたくさんいるキャラクターに振り回されないようにするのは難しいですが、とても楽しいです。小説も絵も両立できてないような気はしますが、もっと精進します。
展開について、クロスさんはやはり優れた着眼点を持っておられる、というか私が小難しい話嫌いなんで伏線わかりやすくしているだけですwwワハハこのばか。
出来立てほやほやのきゅうごしらえのチームって微妙な感じしますが。旅を続けていくうちに絆の糸で結ばれると思います。それがいつになるかは微妙ですけど;;
わざわざありがとうございました。コメントありがとうございますorz
クロスさんも執筆を頑張ってくださいませorz
――[[ウロ]] &new{2011-04-14 (木) 11:34:11};

#comment

IP:180.11.127.121 TIME:"2012-11-23 (金) 16:44:45" REFERER:"http://pokestory.rejec.net/main/index.php?cmd=edit&page=%E3%82%B0%E3%83%AB%E3%83%A1%E3%83%83%E3%82%AB-%E3%83%97%E3%83%AD%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%82%B0-" USER_AGENT:"Mozilla/5.0 (compatible; MSIE 9.0; Windows NT 6.1; WOW64; Trident/5.0)"

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