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キドアイラク の変更点


官能表現ありです。アッー!が嫌いな人はバックバック
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朝焼けの森の中に、荒い息と、木を切断する音が響き渡る。切断するというよりも、捻り切るといった表現が正しいような音だった。まだ回りはうっすらと暗く、森に住むポケモン達はすやすやと眠りについている頃だというのに、切断音は途切れることなく響き渡る。
「……はぁっ!!」
一匹のポケモンが掛け声と共に、凄まじい力で目の前にあった巨木を横薙ぎに一閃する。その瞬間、巨木は横に切れるのではなく、捻れたようなひび割れが入り、バキバキと不快な音を立てて力なくくず折れた。
「………丸太取り、終了」
一言そう呟いて、そのポケモンは一呼吸した後に伸びをして、今倒したばかりの木を片手で担ぐと。そのまま煙が上がる方向へと歩いていった。森は再び静寂を取り戻したかのように静かになる。朝焼けの光に照らされて、そのポケモンの相貌が露になる。
真っ白な体毛に、鮮血のような赤色の斑が身体に刻まれている、瞳も鮮血のように染め上げられ、それはまるで狡猾な肉食動物を連想させた。そのポケモンの名は――ザングース。
ザングースは片手で木を担いだままもう一方の手でそのあたりで取ってきた林檎を齧って暢気に辺りを見渡す。警戒など全くしていない様子だった。
「こんなに大きいのでいいのかな…なんだかまた長老様に変なことを言われそうだ…」
ザングースは三口で食べきった林檎の芯をその辺に放り投げると。一気に足に力を込め、煙が出ている方向に走っていった。加速のときだけに味わえる突風を体いっぱいに受けて、気持ちよさそうな顔をして走っていく。暫く走っていると、段々と煙が見えるところに、木でできた家が疎らに現れ始める。そこはこのザングースが住んでいる村落であり、自分はその村落での力仕事を担っていた。
村落の入り口に着くと、ザングースは持っていた木をその辺りに放ると、入り口の門徒をくぐった。ザングースの姿を見たほかのザングースは、喜色満面といった顔でそのザングースを迎えいれた。
「パレット!!お帰りなさい、どうだった?」
「パレット…ハブネークに会わなかった?出会ったら絶対に戦っては駄目よ…残虐に殺されてしまうわ」
入り口で二匹の女性のザングースが話しかけてくる。パレットと呼ばれたザングースはにこやかに笑うと、その二匹のザングースに話しかけた。
「サニー、森に異常はなかったよ。ペニア、大丈夫、ハブネークが現れたら逆に返り討ちにして蒲焼にしてやるから」
パレットはそれだけ言うと、森で拾った木の実を二匹に渡し、村落の奥へと進んでいった。森の中にできた村落は、火事が起きるとひとたび全滅という危険性を含んでいる反面、見つけにくいというステルス性能も含んでいる。これは、ザングースの最大にして最強の宿敵、ハブネークに居場所を察知されにくくするためだ。
パレットは目の前で焚き火に当たっている初老のザングースに話しかける。
「長老様、ただいま戻りました」
パレットは恭しく一礼してから、長老様と呼んだザングースを見る。長老は軽く咳き込んでから、パレットの瞳を見つめて、一呼吸置いてから話し始めた。
「おお、パレットか、ご苦労様。……女性であるお主にこんな肉体労働をさせるのは気が引けるが、今群れの中で最も力が強いのはお主だからな」
「いえ、お気に召さずに、自身の肉体訓練にもなりますし、何より、仲間のためだったらこの位へでもありません」
大げさに腕を振ってくすりと笑う。長老はそれを見てからからと快活に笑った後に、用件を言った。
「してパレット、おぬしが持ってきた丸太の材料の木は何処にあるのかな?」
「あ~、それでしたら、村落の入り口においておきましたが…長老様?どうしました?目が死んでおられますが…」
長老はパレットの言葉を聞いたあと、一瞬だけ目をくわっ、と見開くと、はぁ、と盛大に落ち込むようなため息をついて、パレットを見た後にまたため息。そしてちくちくといやみを言う小姑のようにぶつぶつと話し始めた。
「パレットよ、わしは村落の建築士のところまで持っていってくれと頼んだのじゃが、何故に森の入り口までに留めたのかな?」
それを聞いたパレットは身体を一瞬だけ硬直させると、冷や汗を流して誤魔化す様に笑った後、長老に告げた。
「あ、あれ?おかしいなぁ…僕が聞いた話では森の入り口までだと思ったのですが、違いました??」
「勝手に脳内で変な話を作らんでもよろしい。わしはお主が行く前に三度確認し、最終確認で村落を出る前にお主に四度言ったはずじゃが…果て、おかしいのう、わしがボケたのか?それとも、おぬしの忘れっぽい頭がわしの言ったことを忘れたのか?はてさて、どっちかのう?」
じっとりとねめつけるような視線を送られて、パレットは誤魔化し笑いをやめて、がっくりと肩を項垂れて謝罪した。
「も、申し訳ありません長老様…忘れてました」
「謝罪なんぞ求めておらん、謝る暇があったらさっさと木を切り分けて持ってこんかい」
長老に言われて慌しく一礼した後に、パレットはそそくさと村落の入り口に戻ろうとした。が、長老に呼び止められて足を止め、再び長老の方に向き直った。長老はこほんと咳払いをしたあとに、パレットに問いかけた。
「パレットや、おぬしも随分笑うようになったのう。そろそろ色恋沙汰の話でも持ちかけて、婚姻話の一つや二つ、あがらんかのう?」
パレットはその言葉に少しだけ考えたが、すぐにかぶりを振って、こう告げた。
「長老様、僕は結婚するつもりはありませんよ。ザングースは雌よりも強い雄が番となり、一生涯をかけて自分の妻を守り続ける…この掟に従えば、僕よりも強い雄は今のところ存在しませんし、それに見つかることもありえませんしね…」
「しかしじゃな、その掟はもう殆ど風化しておる、今は若い世代の意見の尊重を何とやらだな…」
「いかなるときでも掟を守り、掟に従い生きていくべし。……そう教えてくださったのは長老様でしたよね。…最も、守っているのは僕だけですけど…」
「むぅぅ…」
長老は暫く黙っていたが、すぐに緊張を解いたかのように緩やかな姿勢に戻ると、穏やかな微笑を浮かべて話し出す。
「ま、お主がそういうならわしは何も言わんよ。おぬしの行きたいように生きさせてやって欲しいというのが他界したおぬしの母親の願いでもある。それに、喜怒哀楽の感情が乏しかったお主がこうやって笑うだけでも十分に成長した証じゃからな」
感情が乏しい、そういわれてパレットは無言のまま俯いたが、すぐに明るい顔になると、元気いっぱいに笑った。
「だとしたら、僕を助けてくれたあの人のお陰ですね。…丸太、取ってきます」
そう言って走り去っていくパレットを見つめて、長老は深いため息をついた。
「あの人か…名前も種族も知らんポケモンを思い続けているから、あの子には色恋沙汰もへったくれも何もないのかも知れんな…せめて、そのポケモンの顔くらい見ていたらよかったのにのう…」
長老はそう呟くと、また深いため息をついて、真っ白な雲を見上げた。
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パレットは村落の入り口まで戻ると、自分が切り倒した――と、言うよりも捻りとった一本の巨木を、均一に切り分けると、それを両手で抱きかかえるようにもって、村落の右手にある建築士のところまで持っていった。
「おっ、パレット、ご苦労さん。随分遅かったようだが、その様子だと長老様に絞られただろ」
「バットさん、わかってたなら助けてくださいよ」
パレットがバットと呼んだザングースを見てむすっとする。バットはははは、と笑ってから、パレットの頭に手を置いてくしゃくしゃと撫でた。パレットはそれを心地よく受け入れてから、バットに切り分けた丸太を渡した。
「これで全部だな。…しかしまぁ、お前さんは加減ってものを知らねぇのかよ…切り口が切断されたんじゃなくて捻りきったみたいになってるぞ…」
ボロボロになった丸太の切断面を見つめてバットが唸るように呟く、パレットは苦笑いを浮かべて言い訳の解釈をした。
「いや、横一直線に切ったつもりだったんですけど…どうしても捻れちゃうんですよね…」
「お前、攻撃するときに右手を軽く捻る癖があるだろ…それだからこんなんになっちゃうんだよ…」
バットが指摘したパレットの弱点に、パレットはうっとして頭を項垂れる。そのままこめかみの辺りをぽりぽりとかいてから、バットをじっと見つめた。綺麗な赤色の瞳が、バットを捉える。バットは少しだけたじろいだが、一呼吸置いてからパレットに喋りかけた。
「な、何だよ、そんな目をして――」
「バットさん、僕の癖、何で知ってるんですか?」
純粋な疑問を投げかけられて、バットははぁ?といったような顔になってパレットをまじまじと見つめていたが、暫く考えた後、パレットにこうつげた。
「そりゃお前、いつもお前は右手首を抑えているところ目撃してるし、何よりこの捻じれ方は右から切断した感じだろ?それだけ見れば、何かしらお前に癖があるって大体のポケモンは分かると思うけど」
そんな感じだな。といってからバットはパレットから視線を逸らし、丸太の選別を開始した。パレットは暫く自分の右手を見つめてから、右手を握ったり開いたりしていた。自分の癖を見抜いたポケモンは、これで二匹目だな、と思いながら…
―――パレット、右手を捻る癖があるね、それを直せば、綺麗に切れると思うよ、木も、魚も、もちろん、敵も―――
あの時言われた言葉が蘇る。その癖を直せば、自分はあの人の強さに近づくことができるのだろうか?そう思って訓練してきたが、長年で染み付いた癖はやはりなかなか離れない。変に意識してしまうと、自分の爪の切れ味が悪くなってしまうから…それでも、何とかこの癖を直したいと思って訓練に勤しんでいた…今度あの人に会った時に、笑われないように…
「パレット、おい、聞いてるのか?」
バットがぺちぺちと頬を叩いて、パレットははっとして夢の世界から引き戻された。ボーっとしているとは不覚千万、こんなことでは襲われて殺されてしまうかもしれない…
「あ、ごめん、聞いてなかった。それで、何?」
「お前が持ってきてくれた木だけどな、かなりいいやつだったみたいだよ。これなら新しく外壁を作り直すことができるな。パレット、お疲れさん、お前の観察眼も随分上達したよな。もうそろそろ幻影を追うのはやめて、自分流の鍛え方をしたらどうだ?」
バットが親切心から我流の戦法を薦めた。確かに我流というのはぶっきらぼうで荒削りだが、相手に見切られ難いという利点もある。バットがいいたいのは、もうそろそろ人から教わった鍛え方をやめて、我流に切り替えてみたらどうかな?という言葉だった。しかし、パレットは首を横に振った。
「まだまだ、僕より強いポケモンなんてこの世には星の数ほどいるし、僕は我流の訓練方法を考えるよりも、人から教わった戦法を極める方が好きなんだ。それに、この訓練はあの人が教えてくれたものだしね、是非とも極めなくちゃいけない…そう思ってる」
「あの人ねぇ…確かに人から教わった戦法を極めるのもいいさ、だけどな、それだとワンパターン化しちまって相手が慣れてしまうって言う危険性も含んでいるんだぜ?それに、お前ほどの強さを得た奴だったら、よほど油断や慢心をしない限りどんな戦法でも大抵の奴に勝っちまうぜ?」
「ううん、僕はバットさんが思ってるほど強くはないよ、あの人にも言われた。――油断は死への入り口だ――ってさ…だからこそ、僕は戦闘に全力をかけて挑む、絶対に油断なんてしないよ…そのくらいの気概を見せないと、あの人に笑われちゃうからね」
パレットはそれだけいうと、自分の家がある方向へと走っていった。小さくなるパレットの姿を見て、バットは苦笑をして丸太を持ち運んだ。
「あの人ねぇ…無愛想で泣き虫だったアイツが変わったきっかけをくれたポケモンか…でもそれって子供時代の話だからなぁ…アイツ、自分の思い出をいいように美化してんじゃないのか?」
本人が気いたら怒るだけではすまない極めて失礼な発言を、バットは小さく漏らしてから、そそくさと作業に戻った…
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「ふう、とりあえずは今日の仕事はこれで終わりかな??」
自分の家に着いたパレットはガチャリと扉を開けて、質素な作りのベッドに寝転んで辺りを見渡す。家の中はお世辞にも綺麗とは言えず、いろいろなものが散乱していた。唯一綺麗なところといえば、自分が眠るベッド周りくらいだろうか。パレットは暫く寝転んでいたが、やがてむくりと立ち上がると…
「あ~、やっぱり掃除しなくちゃいけないかぁ…」
そう言って、身の回りのものを片付け始めた。その部屋に散乱しているものは、いろいろなトレーニング用の道具だとか、食べつくした木の実の皮とか、林檎の芯とか、そんな物である。パレットはそそくさと食い散らかしたものをゴミ袋に詰め、堆く積みあがった本をさかさかと本棚に戻す。普段から掃除や料理など、めんどくさい事は全くしなかったずぼらなパレットは、こういうことに関しては下手糞だった。
「よ…っこらせ…っと…うわぁぁっ!!」
本を本棚に戻そうと持ち上げた瞬間――ダンベルに躓いて思い切りこけてしまい、本が落下物となってパレットに降り注いだ。
「いったぁ…」
頭を抑えて立ち上がると、ダンベルを隅の方に押しやり、もう地面に落ちているものはないかと確認し、本を持ち上げると、きちんと本棚に戻す。その後は床を綺麗に掃き、物は邪魔にならない場所においておく。大体片付いて、パレットは一息ついてにこやかになった。
「はーすっきりしたぁ…さすが僕」
清潔感漂う――とまでは行かないが、先程よりかは幾分か綺麗になった部屋を見渡して、パレットはやり遂げたような声を出して、お菓子でも食べようかなと思い立ち、台所に向かおうとして――
「普段からちゃんと部屋を掃除しないから、そういう目にあうんだよ」
「うぎゃぁぁぁぁぁっ!!!」
突然後ろからかけられた声に素っ頓狂な悲鳴を上げて――そのまますっころんだ。
「おいおい、大丈夫かよ…」
声をかけた――バットは軽いため息をついて窓から部屋に入ると、パレットを抱き起こした。パレットは暫くぼぅっとしていたが、バットに気付くと、慌ててバットの腕から逃れて、顔を真っ赤にしていった。
「バットさん!?何で窓から入るんですか!?不法侵入ですよ!ドアから入ってくださいドアから!」
そう言ってドアの方向を指したが、バットは肩を竦めただけだった。見ると、ドアの方には大量のトレーニング用の機材がごちゃごちゃと積みあがっており、ドアノブに引っかかっていた。これではあけられるはずも無く、錠がかかっているのとほぼ同じであった。
「あれでどうやってドアから入るんだ?…鍵かけたのかと思ったぜ?…一瞬だけな」
パレットはしまった、という顔でますます顔が紅潮してしまった。どうせ今日は人なんか来ないと思って、ドアの方に邪魔なものを積んだのがいけなかった。暫く押し黙っていたら、バットがはぁ、と、ため息をついてパレットの手を引っ張っていく。
「あのな、こういうものは部屋の隅っことかもっと使わない所において置けよ。…うわっ!何だこりゃ、まだ埃被ってるじゃねえか…あのなパレット、使わなくても埃ぐらい拭いとけ!…雑巾!」
一気にまくし立てたあとに、ぶっきらぼうに手を突き出す。パレットは慌てて台所に向かい、雑巾を水で絞って持ってきた。
「お湯で絞れよ…ったくもう」
ぶつぶつと文句を言いながら、ほこりを被った機材を綺麗に丁寧に拭いていく。パレットはそれをただ見ているだけだった。バットは器用に、そして丁寧に埃を完全に拭きとって、機材を次々とパレットに手渡していく。パレットは慌てて部屋の隅っこにそれらを置いていく。
「まとめるだけじゃなくてちゃんと整理しろよ」
「は、はい!!」
ごちゃごちゃとまとめていただけだったので、パレットは慌てて置き方を変えて、整理し始めた。それを横目で見ていたバットは、言って正解だったな、と思って、そのまま拭き掃除の作業に戻っていった。
暫くして、大体の清掃が終了して、やっとパレットは一息ついた。バットは心底疲れた顔をしてパレットの持ってきたお茶を啜っていた。
「ったく、お前の家から妙な音がしたと思ったらこれだよ、お前、掃除するって決めたらちゃんと最後まで掃除しろよ、埃被ったものは拭く、床は掃いたあとに水拭きする、本棚も埃被るんだから本棚もちゃんと埃をとる。…そんなんじゃお前、お前の尊敬する人やらに笑われるぞ」
バットの何気なく言った言葉に、パレットはびくりとして俯いてしまった。それほどまでにパレットは、その人を強く尊敬しているのだろう。バットは失言だったか、と頭を抑えて、何とか気持ちを逸らそうとした。
「いや、そのだな、お前はその尊敬する人とやらに笑われたくないんだろう?だったら、戦いだけじゃなくて、こういう生活面とか、衛生面でもしっかりしなくちゃいけないだろ?そういうところにもうちょっとだけ気を遣おうぜ」
バットがそういうと、パレットは俯いた顔を少しだけ上げると、暫く考え込むような顔をした。
確かにバットさんの言うとおりなのかもしれない。あの人と出会ったとき、自分はあの人に勇気と戦う力を、生き残る知識をもらった。だけどそれは一瞬の出来事のように風化していくのかもしれない。そう考えると、どうしてあの時名前を聞いておかなかったんだろうと今でも後悔していた。あの人の姿も、自分は覚えていない、そう考えるとあの人のことは知らないことだらけだった。でも、自分の体が、今生を営んでいるこの身体は覚えていた、あの人に会ったことを、あの人に触れたことを、あの人と短い時間を過ごしたことを…そう考えると、自分の思っていることは妄想でも美化でもなんでもない、あの人と会ったことは体が実感しているから…だから自分はここまで頑張ることができたのである。そう考えると、もっと自分を高めることもできるだろう、どんな面においても、人の幻影を負うというのも馬鹿らしいと自分で思ってしまうが、その馬鹿らしいと思った行為で今自分はここまで強くなることができたといえよう。それは事実である。だからこそ、もっと自分を高めるためにはバットさんの言うとおり、こういう生活面でも衛生面でも、気を遣わなければいけないのだろう。
ひとしきり考えた後に、パレットは少しだけ頷くと。バットに向き合ってこう言った。
「そうですね、バットさんの言う通りかもしれません、自分の尊敬する人に少しでも近づくために、こういうこともしっかりとやっておかなくてはいけませんね」
バットはパレットの答えを気いて満足げに頷くと、どこから出したのかバケツと箒と塵取りを持ってこう言った。
「よーし、じゃあ掃除の続きしようか」
「ええ!?」
パレットはにこやかに微笑むバットとは対照的に、かなり嫌そうな顔をした。それを例えるなら、粘着質のベトベトンに絡まれたときのような――そんな顔…
「いえ、バットさん、掃除はもう終わったからいいなー、なーんて」
「ふざけんじゃねぇ!これを掃除といえるか!!ゴミ片付けて床掃いただけじゃねぇか!!もうちょっとやるなら徹底的にやるぞ!」
「えええええええええええええ!!!???」
パレットは悲痛な叫び声を上げる。バットは綺麗好きで神経質なため、粘着質なベトベトンよりもたちが悪い、と、内心毒づいてから、パレットは夕方まで自分の部屋を掃除する羽目になった…
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「や、やっと終わった…疲れたぁ」
ぴかぴかになった自分の部屋を見つめてパレットはへなへなと腰を下ろした。バットは満足そうに頷くと、ボロボロになった雑巾をゴミ袋に突っ込んだ。
「よし、これだけやれば十分だな、どうだ?結構気持ちいいだろ。普段からこれだけ部屋を掃除してりゃあ――って、聞いてねえな…」
バットは目の前にいる荒い息をついたパレットを見つめて、やれやれといった感じで肩を竦めると、物音を立てずに静々とドアの方に向かっていった。ドアを開けて帰るときに、一言だけこう言った。
「パレット、ちゃんとドアノブの修理しとけよ、外側のドアがかなり傷んでるぞ」
そう言って、そのまま音もなく夕焼け空に溶け込んで、消えていった。一人部屋に残ったパレットは、暫く座って呼吸を整えた後に、飲みかけの冷めたお茶を一気に飲み干してはぁ、と大きなため息を一つついた。外は段々と暗くなり、寒い風も吹き始める。そろそろ冬の到来が近づいてきているのだろうというのがその風からよく分かった。パレットは綺麗になった部屋を見渡してまたため息をついた。
「……なんだか落ち着かないなぁ…」
汚い部屋に慣れてしまった分、綺麗な部屋というのは全く持って別の空間に見えてしまうというのも、生活習慣病の一種なのかもしれないと思って暫くは汚さないようにしようと考えて、台所の下の戸棚から昨日の残り物を暖めようと思って戸棚を空けてみるが、食材どころか小麦粉一袋すら見当たらない、不審に思って中をよく見てみると綺麗なメモがその戸棚の中に一枚ひらひらと入っていた。
パレットはそのメモを手にとって見てみると、とても丁寧に書かれた温かみのある癖字で、こう書かれていた。
――パレットへ、戸棚のものはかなり変な臭いがしたので捨てておきました、戸棚が異臭を放つなんてどんなキッチンだよ、お前、変な料理作りすぎ……バット――
流れる流水のようなあっさりした用件の後に、ちくちくとした嫌味がそこに綴られていた。パレットはそのメモを二、三度読み返してから凄まじい力で握りつぶし、窓を大きく開けて、そのメモを遥か上空に放り投げた。
「余計なお世話ですーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!」
大きな声が周りに響き渡り、他のザングースたちは何事だといわんばかりにパレットの家の窓を見つめたが、パレットはそのままそそくさと部屋に顔を引っ込めて、窓を思いっきり閉めた。一部始終全てを見ていたバットがくつくつと笑っていた…
「もう、バットさん最低!!普通女の子に変な料理作りすぎとか書きますか!?僕の料理は全然変じゃありません!!保存環境が悪いだけです!!」
誰もいない部屋でぎゃあぎゃあと大声を張り上げてどたどたと暴れまわる。保存環境が悪いということはちゃっかりと認めている。そんなことだからバットに何か言われるのだろうなぁとパレットの僅かな理性がそう告げていた。暫く暴れた後に、くてっとベッドに力なく倒れこんで、木材で作った粗末な屋根を見つめて呟いた。
「……僕、何してるんだろ」
急に怒る事が莫迦らしくなってそのまま力が抜けたようにベッドに倒れこむ、これじゃあまるで引きこもりのようだなぁ、と自分で自分を批判してみても、何も返ってこない、それは当然であり、それを分かっていても、パレットはそんなことを考え続けた…
「ん~、お腹減ったなぁ…」
お腹をさすってみて、そう呟く、バットが料理を捨ててしまったせいで、まともな食事ができない。別に料理が作れないというわけでもないが、面倒くさいのだ。こういうときは適当な木の実や食べ残しの料理を胃の中に詰め込んでしまえば、大抵は腹が膨れるものだとパレットは思っていた。
「むぅ~………………駄目だ!!お腹すいた!!…ちょっと危険だけど、木の実を採集しに行こう!!」
言うが早いか、だらだらしていたときとはまるで別人のような動きをすると、パレットはベッドから跳ねる様に飛び起きて、木の実を入れる麻袋を引っつかむと、ドアノブに手をかけて出て行こうとして――ふと、先程の戸棚の中にメモと一緒に何かが置いてあるのに気がついた…
「あ、そういえば、何かあったような…もしかして、バットさん??だとしたら、食べ物の可能性が!」
少しでも何か食べられるという淡い期待を抱いて、パレットは台所に戻って戸棚を空けてみた。中が暗くてよく見えなかったが、確かに何かがあった。パレットは顔をぱあっと明るくして、それを掴んだ。
「バットさん、人が悪いですよ。ちゃんと食料を置いていってくれるならちゃんと言ってくれても――って、はい?」
暗闇の中からパレットが掴んだものは、一匹の干しスルメだった。どれだけ目を凝らしても、豪華な伊勢海老に化けるわけでもない、それはそれは…貧相な干しスルメだった。パレットがわなわなと肩を震わせていると、干しスルメから何かが落ちた。それは先程と同じような字で書かれていたメモだった。…半ばやけくそになってパレットがそれを見るとそのメモにはこう書いてあった…
――流石に何も食わないって言うのはまずいからな、寛大な俺の心に感謝して味わいなさい。噛めば噛むほど空腹が満たされるよw…バット――
「満たされるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!」
案の定パレットはそのメモをぐしゃぐしゃに握りつぶして、窓を思い切り開けてそのメモを遥か彼方の空に思い切り放り投げた。それを見ていたバットが腹を抱えて笑っていた…
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夕焼けが真っ黒に染まり始めた森の中を、一つの白色がするすると抜けていく。木から木へ飛び移り、池に着いたら素早い動きで魚を手掴みで掴んでいく。その白色は暫くそんな行動をとり続け、少し疲れたのか、登っていた木から音もなく飛び降り、その場に座り込んだ。
「はぁ…疲れた。っていうかお腹すいた…バットさんの馬鹿ぁ…」
まだ恨めしく呟いてから、その白色――パレットは取ったキーの実を一口齧って空腹を満たす。辺りを見渡すと、うっそうとした木々は黒に染まり、周りを漆黒に塗りつぶす。パレットは自分が今どの辺りにいるのか確認しようとしたが、黒と赤が延々と続くだけで、他は何もなかった。パレットは少しだけ舌打ちして、食べかけのキーの実を一気に口に放り込む。
「まずいなぁ……ここどこだか分からないや……それに、凄く眠い…どうしよう……」
眠気を吹き飛ばすように目をごしごしと擦って、欠伸を噛み殺す。首を大きく左右に振って、伸びをする。そのまますくっと立ち上がる。
「う~ん、帰れないのはまずいからなぁ…仕方ない、朝になって、明るくなるまで待とう…」
それだけいうと、パレットは適当な木の上に飛びのって、ごろりと横になる。
――身軽になることは悪いことじゃない。地形を知って、木々に飛び移り、全体を見渡す。そうすれば木の実の居場所や敵の一難かも楽に索敵できるだろ?――
パレットはふと、自分が尊敬する名も知らぬ誰かの言った言葉を思い出していた。身軽になるのは悪いことじゃない。そう言ってくれたから、パレットは自分の身軽さを最大限まで鍛え、先ほどのような軽やかな動きができたのである。そんな大切なことを教えてくれた人のことを、何故思い出せないのだろうかと言う後悔が、パレットの中には少なからず渦巻いていた。
「あ…そういえば、確か僕があの人と会ったのも、こんな森の中だったような気がするなぁ…」
パレットはふと思い出したような顔をする。パレットの中で、記憶の一つが封印を解いた宝箱のように開き始める…&br();&br();&br();
「やーい、泣き虫弱虫ー!!」
「悔しかったら攻撃してみろよー!!」
「………」
まだ明るい森の中に、三匹のポケモンがいた。そのうちの二匹は執拗にその一匹を虐めている。そして、そのもう一匹のポケモンは言い返すこともせず、攻撃することもせず、ただ俯いてぽろぽろと泣いていた。それを見て下卑た笑い声をあげた二匹のポケモンは、更に追い討ちをかけるように罵倒する。
「また泣いてるぜこいつ」
「女のくせに僕とか言ってんじゃねーよ」
「何とか言えよ~」
「アハハハハハハ」
「アハハハハハハ」
そのポケモンは何も言わない、ただ嗚咽を漏らして、泣き続けているだけだった。そのうちその反応に飽きたのか、二匹のポケモンはつまらなさそうにそのポケモンに近づいた。そのポケモンはいまだ泣き続けているだけだった。
「お前、ウザイよ」
「この森に入ってくんなよ」
「この森は俺達の縄張りなんだよ」
「……そ、そんなこと、誰が……」
「俺達が決めたんだよ!!いちいちウゼーよ!はっきり言え!!」
「………うっ、ぐすっ、ひっく……」
「泣いてんじゃねーよ!!!マジでキモイよ、お前、さっさとどっかいけよ!!!」
二匹のポケモンは散々罵倒した後に、思い切り拳を振り上げる。殴られる。そう思った一匹のポケモンは肩を震わせ、硬く目を閉じ、手をぎゅっと握った。……十秒、二十秒、いつまでたってもこない痛みに恐る恐る目を開けてみると、いつの間にか割り込んできたポケモンが、その拳を尻尾で受け止めていた。
「この森はこの世界のものだ。お前らみたいな子供のものじゃない」
尻尾でその拳を思い切り押し返すと、殴りかかったポケモンは思い切り尻餅をついて倒れた。殴られそうだったポケモンは、その姿をよく見てはいなかったが、草を踏む音ではなく這いずるような音、長いからだから、爬虫類型のポケモンだと思った。殴りかかったポケモンは暫く唖然としていたが、すぐに状況が分かりいきり立って殴ろうとした奴を庇ったポケモンに文句を言った。
「何だお前、ここは俺達の縄張りだぞ」
「お前らこそなんだよ、図々しい奴らだな。大体ここがお前らの森だって言うなら、その証拠を見せてみろよ」
「う、五月蝿い!!そんな物なくたって、この森は俺達のものってもう決めたんだよ!!」
「証拠もないのに勝手に決めたって、それは口だけだ、それでこの森がお前らのものになることはない。さっさとどっかいけ」
「ふ…ふざけるな!!お前こそどっかいけー!!」
難しいことを言われてムキになったポケモンは、その爬虫類方と思われるポケモンに殴りかかったが、それを軽くいなし、そのまま強靭な尻尾を鞭のように振るって、殴りかかったポケモンを思い切り張り倒す。殴りかかろうとして、無様に返り討ちにされたポケモンを、叩き落したポケモンがギロリと睨みつける。そして、徐に一言、低い声で吐き出した。
「失せろ」
「ひっ!!」
殺気というものを知らないのだろう、そのポケモンは何かしらの威圧を感じ取る暇もなく、尻尾を巻いて逃げ出した。二匹のポケモン甲斐なくなったことを確認して、そのポケモンは体中に張り巡らせた殺気を一気に解くと、自分に脅えてがたがたと震えていたポケモンを見つめてから、にっこりと笑った。
「大丈夫か?もう心配しなくてもいいぜ。あいつらはもうここにはこないだろ。多分だけどな」
そう言って尻尾を器用に操って泣いているポケモンの頭を優しく撫でてやる。次第に落ち着きを取り戻した泣き虫のポケモンは、顔を少しだけ紅潮させて、小さな声でお礼を述べた。
「ぁ…ありがとぅ…」
「別にいいよ、だけど、お前は泣いてばっかりだな。いいか?ああいうのはこっちから何も言わないとすぐに付け上がる。ああやって多人数の中にいれば自分は強いと思っているからな。だから、こっちもそういう気概と気迫を相手に見せ付けなくちゃいけないんだぜ?」
いきなり意味の分からないことを言われて混乱したが、少しだけ考えると、泣き虫のポケモンはこう言った。
「…でも、殴るのも殴られるのも僕は嫌です」
「なら、一生あんなふうに言われ続けて罵られて、一生泣き続けるのか?ちがうだろ?ホントはあんなことされるのは嫌なんだろ?だったら、そういうことされないようにすればいい。いいか?別に俺はあいつらのことを徹底的に痛めつけろなんて言ってない。俺が言いたいのは、自分の力を相手に見せ付けることが大切なんだ。一度でも力を相手に見せ付けて、二度と近づかないように自分の力を相手に刷り込めばいい。自分に逆らうとこうなるぞ。ってな」
「……自分の……力を…」
「そうだ。自分の力を見せ付けるんだ。嫌ってほど相手の心に強く焼き付ければ、その分相手は何もしてこなくなる。さっき俺がやったみたいにな。…どうだ?毎回喧嘩するよりよっぽどか効率的だろ?」
おどけたようにそういったポケモンの話を、泣き虫のポケモンは真剣に聞いていた。先ほどあんなことをしたポケモンだからこそ、妙な説得力があるのだろう。それを見たそのポケモンは、暫く考えてから、こう言った。
「そうだな…お前はまず泣くな、どんなときでも絶対に泣いちゃだめだ。俺の言うこと守れるなら、お前に戦い方、教えてやるよ」
「……うん!!僕、守るよ。もう、もう泣かないよ!!」
やけにきっぱりと決め手から、目を輝かせて泣き虫のポケモンはそのポケモンを見つめた。そのポケモンは満足そうに頷くと、尻尾を差し出してこう言った。
「俺の名前は――――だ。お前の名前は?」
「僕…僕の名前はパレット!よろしくね!!――――」
二人はその場で儀礼的な握手を交わす。そして、パレットは数時間の間だけ、そのポケモンに戦い方を教わった…
「パレット、右手を捻っちゃ駄目だ。横に薙ぐときはほぼ垂直を意識してみな。お前はザングースなんだ。その癖さえ直せば何でも切れるようになるぜ。木も、魚も、もちろん…敵も」
「うん!!」
「パレット、戦うときは身体の使わない場所なんてないから、とことん身体を鍛えろ。身軽なお前の能力を鍛えれば、木の実の採集や、敵の策的、地形の把握なんかにも使えるようになるぜ」
「わかったよ、――――」
「パレット、凄いな、お前はまるでセンスの塊みたいな奴だよ」
「ありがとう!!」
二人の訓練は日がくれるまで続き、とうとう終わりのときが近づいた。
「――――……いっちゃうの?」
「ああ、仲間が待ってる。ホントはもっと教えたいんだけど、俺とお前はもう会えないと思うから。お前は長所だけを伸ばすんだ。短所をカバーできるくらいにな…数時間で適当な教え方で悪かった。俺も戦い方の本質なんてわからないんだ。全然な。それに、そんなこと覚えてもしょうがないし…とにかく、今日一日付き合ってくれてありがとな、パレット。俺のことは誰にも言っちゃ駄目だからな。約束できるか?」
パレットはにっこりと笑うと、大げさに首を上下に振ってこたえた。
「うん!約束するよ!!」
「ありがとう。それと、お前はもう泣くなよ。泣くなら、泣いた分だけ笑って、泣いた分だけ怒って、泣いた分だけ…強くなってくれよ!!」
「うん!!」
「さよならパレット、お前のこと、忘れないぜ!!!」
「僕も!!――――のこと忘れないよ!!絶対、絶対に忘れない!!」
そのポケモンは尻尾を手の代わりにして、尻尾を左右に振りながら森の奥へと消えていった。パレットはそのポケモンの言うことを守って、絶対に泣かなかった。最後まで、パレットは笑顔で手を振っていた。
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「…う…ん?」
パレットは重い瞼を開けて周りを見た。元々ザングースは夜行性ではないために、夜にはとことん弱い体質だった。どうやら昔のことを思い出しているうちに眠くなって眠ってしまったらしい。あたりは完全に暗くなり、夜行性のポケモンのものと思われる泣き声が森全体に響き渡る。そして、その音のほかに聞こえた小さな異変に、パレットの体がざわついた。闘争本能を剥き出しにするような感覚がパレットを襲い、あたりがピリピリとした空気に変わり始めた。パレットは目つきをがらりと変えて木の上で耳を澄ませる。ちろちろと舌を出すような不快な音に、ずるずると何かを引きずるような這いずりの音、それに加えてこの胸のざわめき。もはや何が来たのかパレットには予想できた。気配を消して音を立てないように身長に木の下を覗くと、そこには――案の定予想したとおり、ハブネークがうろついていた。
「………………三匹か……………」
パレットは固まって移動している三匹のハブネークを見て小さく舌打ちして悪態をつく。今ここにいるというのがばれたら厄介だ。他にも仲間がいるかもしれないと思って回りを見渡すが特に他の気配がするという感覚は無かった。そして改めて下をうろついているハブネークを見てざわつく心を抑えた。
「三匹だったら…返り討ちにできるな……」
パレットはハブネークとは何度も戦ったことが合った。ハブネークの攻撃や戦闘方法などは大体わかっていたし、何よりパレットはザングースの中でも突出して秀でている部分が多い。そのため一人焚いた数の戦いでも、負けることは無かった。危険になったら逃げるくらいの頭は持ち合わせているし、相手にとって不利な場所まで誘い込むという戦術も熟知している。それらを総動員して戦えば、三匹位なら軽く捻って蒲焼にできるだろう。パレットはハブネークを食ったこともあった。その味は――なかなかいけた。
「…………………………」
パレットは息を殺して、気配を隠してハブネークが自分の登っている木まで来るのをひたすら待ち続けた。そして、一匹のハブネークが自分の登っている木の近くまで来た瞬間――凄まじい動きで木から飛び降り、ハブネークの後ろをとると、右手を横薙ぎに一閃した。凄まじい力で引き裂かれたハブネークは、悲鳴を上げることも無くその場でどしゃりと倒れこんで、二度と動かなくなった。
仲間の異変に気がついたもう一匹のハブネークが、パレットの姿を肉眼で確認するや否や、奇声とも嬌声とも言い難い咆哮を上げて、パレットに直進する。パレットはしゃがんだ体勢のまま、地面を蹴立てて大きく跳躍。泥飛沫が宙を舞い、小石が周りで踊りまわる。ハブネークはそのまま木に激突し、くらくらする頭でパレットの姿を確認しようとした。しかし、確認できたのは、鋭いつめと赤い瞳、そして自分の血の飛沫がばしゃりと地面にばら撒かれる不快な音だけだった。パレットが着地したところからすぐさま体勢を立て直して、振り向きざまに左手を思い切りハブネークに突き刺したのだ。左手を抜き取ると、少量だった血飛沫が大量に傷口から尾を引いた。パレットは最後のハブネークに焦点を合わせ、再度跳躍。着地と同時に思い切り腕を振り上げた――しかし、その攻撃は空しく宙を舞った。
「何っ!!?」
避けられた。そう確認する暇もなく、相手の尻尾がパレットを襲う、すぐさま横っ飛びに飛んで回避する。そのままの体勢から無理のない動きで後転し、一度距離をとった。ハブネークは追撃をしようとはしなかった。まるで、パレットの動きを観察しているようで、先ほどの仲間のことも気にかけていない様子だった。パレットの頬に冷や汗が流れる。先程の動きを完全に見切られた為、次の攻撃が効くのかどうか不安だった。
「……」
ハブネークは相変わらずリラックスしたようにゆらゆらと無理のない動きをしているだけで、先程の二匹のハブネークと違い直進的で単調な動きはしていない。この空気を楽しんでいるようにも見え、それがなんだかパレットを妙な恐怖に駆り立てた。
「こいつ……なんだか知らないけど……凄くやばいや」
言うが早いか、パレットは円を描くように大きく走り出す。ハブネークはその場から一歩も動いていない。パレットは段々と距離を詰めて、そのまま跳躍、空中で姿勢を変えると、そのまま高速でハブネークに突撃する。しかし、ハブネークは身体を数センチずらして、その攻撃をかわすと、そのまま尻尾を大きく振り下ろした。しかし、それを狙っていたのか、パレットは立ち幅跳びの要領で低く飛んでそれをかわすとすぐに姿勢を直してハブネークに"ブレイククロー"を繰り出す。ハブネークは身体を再度数センチ弱動かして回避、そのまま打ち下ろした尻尾を横薙ぎに払う。虚を突かれても動ずる事のない洗練された動きだった。パレットはそれも呼んでいたように、しゃがんでかわして、しゃがんだ体勢のまま後ろに跳躍して、再度距離を離した。ハブネークは相変わらず追撃をすることなくその場から動かなかった。パレットはなんだか馬鹿にされているようで腹が立った。しかし、同時に自分の攻撃が通じないことに酷く焦った。
「こいつ……強い………僕よりも、ずっと」
次第に息が荒くなる。木を飛び移っているときも、先程二匹のハブネークを沈黙させたときも、そんな疲労は感じなかったというのに、焦り始めて集中力が途切れると途端に心臓の鼓動が早くなり、息も荒くなって、じわりと毒のように疲労が出始めた。相手はこちらの動きを瞬時に読んで、それを最小限に済ませてから、最小限の動きで反撃する防御型のようで、気性が荒いハブネークの戦い方とは到底思えなかった。しかし、それ故にこちらのあらゆる攻撃やフェイントをことごとく見抜いて、それを返すような反撃を繰り出す。パレットにとっては戦いにくい相手であった。
「くっ…だったら……一芝居うってやる」
パレットはやけになったように直進して、ハブネークに"れんぞくぎり"を叩き込む。それを同じように数センチちょっとの動きでかわして、目の覚めるような反撃をパレットに叩き込んだ。パレットはそれを動体視力で見切ると、左腕を犠牲にしてそれを受け止める。免疫力のおかげで毒にはならなかったが。代わりに真っ赤な鮮血が真っ白な体毛を真紅に染め上げていく。左腕に広がる激痛を無視してパレットは自由な右腕を立て一直線に振り下ろす。ハブネークはそれを自分の尻尾を犠牲にして防いだ。どうやらどの程度の距離なら避けれないかぐらいならわかるらしい。尻尾の皮が裂かれ、鮮血が尾を引いて飛び出す。しかし、ハブネークは苦痛に顔を歪ませることもなく再度尻尾を振り上げると、思い切りパレットの腹部を貫いた。胴の部分を貫通した尻尾は先端が赤に染まり、パレットは思い切り血を吐き出した。しかし、パレットは勝利を確信したようにハブネークをがっちりと掴んだ。そのまま持ち上げ、一歩、また一歩と進んでいく。パレットが進む先には、底が見えない崖が待ち構えていた。パレットの意図を理解したのかハブネークの顔に焦りの片鱗が見え隠れする。そうはさせまいと身体を動かすが、パレットはびくともしない。そして、崖まで辿り着くと、自身もろとも崖からハブネークを突き落とした。地面に激突する寸前で、パレットは位置を変えてハブネークを下にする。凄まじい轟音が当たりに響き渡り、土煙がもうもうと立ち込めた。
「うっ…ごぼっ…ざまぁ…みろ…」
朦朧とする意識の中で、パレットは一言そう呟くと、そのまま意識が真っ暗な世界に飛んでいった…
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意識が混濁する、体中は――痛くない。目は開けられる。自分を呼ぶ声がする。ここはどこだろう。あれは何なんだろう…どうしてこんなことになったんだろう…頭が混乱してまともなことが考えられない。自分は何をしていた?そうだ、少しだけだけど思い出した。ハブネークと戦闘していて、勝てないとわかったから捨て身で攻撃したんだ…あのハブネークはどうなっているんだろう…死んだのかな?いや、あれだけ強いんだ、自分の位置を下にして思い切り地面に叩きつける何で造作もないだろう、と、言うことは僕は負けたのかな?
「……ぃ……ぉぃ……ぉきろって…」
何という体たらくだろうか、森で逸れて、ハブネークに殺されて、僕はザングースの恥になってしまった…困難じゃ長老やバットさんに何か言われても何も言い返せないや、それに、あの人に近づくことなんて夢のまた夢だ……ああ、なんて災難だ。
「起きろって!しっかりしろ!!」
「うぅっ…んぅ…?」
パレットは痛む頭を抱えてゆっくりと身を起こした。上を見上げると満天の星空に、先程落下した崖が見える。あれだけの高さから落ちたのだから自分は無事では済まされないと思っていたのに、何故だか生きていた。そして先程の声の主を探しそうと右を向いた瞬間に―――ざらりとした長い舌に顔を舐められた…
「うひっ!!!」
パレットはびくっとして自分を舐めたポケモンを見つめた。それはまさしく、先程戦闘していたハブネークだった。思わずいきり立って攻撃しようとしたが、腹部に凄まじい激痛が走り、思わず腹を押さえて蹲ってしまった。ハブネークが慌ててザングースに這い寄る。その顔はとても心配そうで、先程まで命をかけて戦闘していたとは思えない表情だった。
「うぐっ!!」
「おい!!動くなって、まだ完全に傷口が塞がっちゃいないんだぞ!??死ぬ気かお前、命を大切にしないやつなんて――じゃなくて、動くなって、お前の腹治療するのに何時間かかったかわかってる?いや、絶対わからんだろ。お前気絶してたし」
一気にまくし立てた後に、妙な木の実をパレットの口の中に放り込んだ。パレットは突然のことにびっくりして、吐くのも忘れて飲み込んでしまった。すると腹部の痛みが少しだけだが緩んだ気がした。ハブネークはふぅ、と、安堵の息を漏らすと、パレットの頭を尻尾で起用に撫で回した。
「全く、いきなり俺に突撃して相打ちになろうとするなんて、お前、ホントにザングースか?まるでアドレナリンでバリバリに興奮したハブネークみたいな動きだったぞ?」
それだけいってニヤニヤ笑う。パレットはなんだかそれが妙にムカついて、相手がハブネークだというのも忘れてムキになって言い返した。
「何だと!?だったら君は根暗で陰湿なザングースみたいな動きばかりして、まるでハブネークの動きしてなかったじゃないか!!」
「何だそりゃ?それお前の種族馬鹿にしてるのと同じじゃん、いいの?自分で自分の種族罵倒して」
不思議そうな顔をしてハブネークがからからと快活に笑う。それが益々パレットを怒らせる原因となった。
「先に言い出したのは君のほうだろ、大体、君は馴れ馴れしすぎるんだよ、戦ってたザングースを助けたり、助けたら助けたで親しく話し出すしさ、君と僕は敵同士だろ!!」
精一杯の反撃を吐き出したつもりだったが、ハブネークはその言葉を待ってましたといわんばかりにまたにやりと笑った。
「あんな攻撃してきたら誰だって動揺するし、第一今こんな状況じゃ宿敵だろうが因縁だろうが関係ないだろ、それともお前、出血多量で死にたかったの?」
そういわれると黙ってしまう。あの時わざと攻撃を受けたのはあのまま刺し違えるつもりで攻撃して、そのまま相打つことができたらと思っていたのに、自分は生きている。しかも、ハブネークに助けられて傷の手当てまでされて……死んだ方がいいかもしれなかった。
「こんな辱めを受けるくらいなら……死んだ方がマシです……」
「恥ずかしいか?俺だったら生きるけどな。だって、死んだら悲しむ奴がいるだろ?」
そういわれてぐっと押し黙る。それはまさしく心理だ。恥じて死すより、生きて汚名を雪がん。誰かの言葉だったが、それを今ここで思い出すとは思わなかった。冷静になって考えれば考えるほど、確かにハブネークの言っている事は理に適っている。感情だけで突っ走る自分とは対極的な、沈着冷静そのものだ。パレットは静かにため息を一つついて、身体にかかっている力を抜いた。それだけで痛みが和らいだような気がした。
「確かに、君の言う通りかもしれないね。僕は冷静になることを覚えた方がいいみたいだ。……まさかハブネークにそんな事言われるなんて思ってもみなかったよ…」
「おいおい、それは聞き捨てならねーな。ハブネークの中にも頭のいい奴だっているだろ?まさか全部が全部馬鹿で気性が荒いとか考えてるの?」
「うん、その通り」
「率直にものを言う奴だな…まぁ別にいいけど。……そういや名前まだ言ってなかったな。俺はクロック。お前さんの名前は?」
いきなり自分の名前を明かして尻尾を差し出す。別に攻撃しようとか、強姦してやろうとかじゃなくて、ただ単純に握手を求めているのだろう。ハブネークと握手をするザングースなんて、おそらく自分だけだろうなとパレットは自虐的に微笑んで、すっと手を差し出して、自分の名前を告げた。
「……パレット…」
「パレットか……いい名前じゃん。よろしく、パレット」
二人は儀礼的な握手を交わして、この森を抜け出す数時間の間だけ、暫く一緒に行動することになった。
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「パレット、あんまり動きすぎるなよ」
「クロックに心配されなくても、自分の限界は自分がよく知ってるよ」
「そうじゃなくて、女の子なんだから、あんまり野性的に動くとはしたないぞ?野性の猿じゃないんだから…」
「余計なお世話だよ!!人の動きにいちいちけちつけるのはやめてよね。あんまり言ってるとその無駄に長い舌ひっこ抜くよ!!」
「おおこわ、じゃあ俺は向こうの方に行ってみるよ…死にそうになったら思いっきり叫べよ。一応助けに行くから…」
「一応って何だー!!ちゃんと助けに来てよーー!!」
二人で行動して数分が立ったが、二人はすっかり打ち解けて、他愛のない会話で盛り上がるほどのレベルになっていた。宿敵同士だというのに、この二人にはその概念が存在しないらしい。パレットはハブネークを見ると前進の血液が沸騰するような感覚が襲いかかり、無性に殺戮衝動に駆られる。それはクロックでも同じらしいが、パレットとクロックは、お互い一緒にいてもそんな感覚や、破壊衝動に駆られるという狂気的な行動は一切とっていなかった。クロックがパレットを助けたときも、そんな感覚は起こらなかったという。パレットはそれを大変疑問に思ったのだが、クロックは特にそんな事を気にもせずに。「相性がいいんじゃない?」などといって笑っていただけだった。相性のいいハブネークとザングースなど聞いたこともなかったが。どうせわからないんだし、そもそもそんな難しいことを考えられるほどパレットの頭は回らない。せいぜい分数の掛け算割り算ができるくらいである。そんなこんなで、二人の間に仲違いや足の引っ張り合いという言葉は皆無に等しかった。それどころか、すぐに感情が表に出るパレットを、クロックがさり気なくフォローするという形を取って、見事に調律しているのであった。それはそれで大変素晴らしいことだったのだが、パレットはいまだに首を捻っていた。
「クロックのこと、なんか知っているような気がする……なんでかなぁ……」
パレットは木に登って自分の村の方角を見つめたが、狼煙も何も上がっていないので、何がどうなっているのかわからない。暫く見つめていたが、ふと自分がクロックにあってから思っていた疑問を考え始めた。
それは、初めてという感じがしないということであった。なんだか妙に慣れ親しんだ友達のような感覚を覚えてしまう。デジャヴとはなんだか違う感覚のようだ。しいて言うのなら、昔懐かしい友達に久しぶりに会ったような感じの感覚に近かった。
「………まさかね、クロックと僕が前に会ってたなんて、それは無いよねっと…」
昔会っているということはないと思った。昔出会ったのは、自分に戦いを教えてくれたあの人だけだったから、それ以外のポケモンには出会っていないはずだった。そう考えて、するすると木から降りる。そのまま何もなかったとクロックに教えに行こうと思い、足を進めようとした瞬間――後ろから刺すような殺気がパレットを襲った。
「っ!!!」
パレットは息をすることも忘れて後ろから来る強力な殺気に神経を張り巡らせた。自分の後ろには何かがいる。言葉ではいえないような、強力な"何か"が。その異常な感覚が、パレットを地面に貼り付けていた。パレットは動こうとしたが、足に接着剤がついたような感覚がして、動くことができなかった。助けを呼ぼうと思っても、声もまともに出すことはできなかった。掠れたような息が少し出ただけで、大声を出すことすら適わなかった。いつもの自分なら戦うことができるのに、と、内心で恨めしく思ってから、息を呑んで後ろを向いた。そこにいたのは――激しく息を吐いて、今にも襲い掛かりそうなトリデプスがそこにいた。
パレットはぞくりとした。そのトリデプスは目に生気が感じられなかったのだ。まるで巨大な岩石がそこにいるような感覚。パレットの頭に無限大の恐怖がどっと湧き出す。それと同時に跳ねるように逃げ出した。しかし怪我のせいか、思うように動くことができなかった。それを見たトリデプスが、口を大きく開けて"ラスターカノン"をパレットの背中に向けて発射する。それに気付いて避けようとした時は、銀色のエネルギー体はパレットに直撃していた。
「うわぁっ!!!」
運悪く腹部辺りの背中に直撃し、傷が開いてパレットは再度真っ赤な血を吐いた。ごろごろと地面を無様に転がって、木にぶつかった。荒い息をついて、何とか目の焦点をあわせると、いつの間にか目の前にトリデプスがいて、自分に圧し掛かっていた。
「ひっ!!!!」
そのトリデプスははぁはぁと荒い息をついていた。気のせいか頬もじんわりと紅潮しているようだった。パレットはそれを見て瞬時にこのトリデプスの行動を理解して、恐怖に戦慄した。
「ま…やっ…やだっ…」
じたばたと暴れてみるが、体重からしてまるで違うポケモンが乗っているためにそれは全く無駄な行為だった。それでもパレットは暴れるのをやめない。絶対に抜け出したかったが、まるで動かない。次第に傷が痛み出して痛みと恐怖によりぼろぼろと大粒の涙を流す。なんて失態だ、あの人にいわれて、泣くことだけはもうしなかったのに…どうして、どうして…
パレットはもうどうしようもなかった。いろいろなことが思い浮かぶ。村のみんなの顔や、今日までであったこと…そして最後に浮かんだのは…あの人ではなくて―――クロックの顔。
「クロックーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!」
パレットが喉を思いっきり震わせて叫ぶ。クロックの言った言葉を信じて、何も考えずに叫んだ。その瞬間――凄まじい衝撃がトリデプスを思い切り弾き飛ばした。
「パレットーーーーーーーーーー!!!!!!無事かぁーーーーーーーー!!!!!???」
パレットの叫びに応えるように木々の間を飛び出してやってきたのは――クロックだった。
……ああ、やっぱり来てくれた……僕の……"友達"……
クロックの姿をよく確認することも適わず、痛みと恐怖によって、パレットの意識は再び真っ黒な世界に飛び込んだ……
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バチバチと火花が弾ける音を聞いて、目を覚ます。ぼんやりと霞む視界に、黒色と赤色が浮かぶ。自分はどのくらい眠っていたのだろうか…ごしごしと霞む瞳を擦ってゆっくりと身を起こす。自分が起きたことに気付いた焚き火の前で休んでいたハブネーク――クロックは心配そうな表情を覗かせた。
「おい!!パレット!!大丈夫だったか?変な事されなかったのか?」
身体を揺さぶって質問の嵐を浴びせる。そんな彼が、自分にとってはとても安心できる存在で…凄く頼りになる存在で……安心したのか緊張が解けたのか――また泣いてしまった。
「ふっ……ぐすっ……うぅっ」
ぽろぽろと涙を流す。彼の顔が益々心配そうな顔になる。自分は一体全体何がしたいんだろう?泣かないで。と、あの人にも言われた言葉だったのに、これじゃあまるでそのことを守っていないじゃないか………全く情けない。非常に情けない。酷く惨めだ。でも、今はそれでもいいのかもしれない…
「だっ…だって…クロック…もう来てくれないのかと思って……だからっ…ぐすっ」
こみ上げる嗚咽を堪えて言葉を搾り出す。何を言いたいのか自分でもわからない.それでも彼に何か言いたかった。喋っていたくて、黙っているのはとても嫌だった。ただ単純に喋るだけでも…とても気持ちが落ち着いた。
「怖かった…ホントにホントに怖かったよ…」
いまいち何を言いたいのかわからない自分を彼は優しく撫でてくれる。それだけでも救われたような気分になる。彼は優しい微笑を浮かべて語りだす。物語の語り部のように。
「大丈夫だって。もう追っ払ったから。…全く、泣き虫なのは相変わらずだな、パレット」
「……えっ?」
「……いけね、喋っちまった」
彼はしまったといった顔でそっぽを向いた。しかし言葉はしっかりと聞き届けた。何故自分が泣き虫だということを知っているのか。彼を問いただした。
「クロック……君は一体何者なの?どうして僕のことを知っているの?ねえ、答えて?」
今度は自分が質問攻めをする方だった。だけど、本当に知っておきたいことだったから彼に問いただした。彼は暫く黙っていたが、やがて観念した様に、一言だけこう言った。
「……手首を捻る癖…直したか?」
その一言で、自分の思っていた小さな疑問は大きな確信へと変わった。
「クロックが……クロックが…僕を助けてくれた……僕に戦いを教えてくれた人だったんだね…どうして教えてくれなかったの!?」
「あのときのお前は幼かったし、いや、俺も子供だったけど、俺のことなんて覚えてないと思ったから、それに、覚えててほしくなかった。俺はハブネーク、パレットはザングース、これだけで対立の原因になった。だからお前が他のハブネークに負けないように俺の父親に教わった戦闘方法の一部を教えた。それを守ってお前はここまで来たんだから凄いよな。さっき仲間と森に食料調達に来たときお前が現れてさ。一撃で仲間を殺しただろ、あの時俺は一目でお前だってわかったよ。あの時別れた後、俺はお前のことを忘れたことなんて一日たりともなかった。お前は今何処で如何しているのか、お前に何度会いたいと思ったのかわからない。あの時泣き虫だったお前は、表情が豊かになったいい奴になって帰ってきてくれたんだ。お前は俺のことをわかってなかったみたいだったから、どれだけ強くなったのかって思ってさ、びっくりしたよ。俺をあんなふうに追い詰めるなんて、力だけじゃなくて機転も、時の運も、全部練りこんで戦ってたからな。お前になら殺されてもいいかなって思った…けど、相打ちになっちまったからな」
今までのことを反芻するように話した彼の言葉に、聞いていた自分の胸が熱くなる。どうして自分は気付くことができなかったんだろうか、と。
「それでお前とこの数時間、一緒に過ごしてわかったよ。お前は凄く変わった。綺麗になったし、泣くこともなくなった。それに、強くなった。それだけでも、お前に会えてよかったって思えた。だから、もういいかなって…」
「もういいって、どういうこと?」
「俺が叶わない恋でお前を思ってても、お前は迷惑なだけだし、この思いはすっぱり捨てようかなって。そうでもしないと、いつまでも引きずっててかっこ悪いしな」
彼はそう言って自嘲気味に笑う。バチバチと火花がはじける音だけが響き渡る。いつまでも引きずっててかっこ悪い――それは自分も同じだ。いつまでも彼の幻影を追い続けていた自分も、恥ずべき存在だ。そんな事しなくても、彼は傍にいるのに。
「違う!!」
気がついたら思い切り声を張り上げていた。他のポケモンに気付かれたのかもしれない。それでも構わない。自分の気持ちを伝えるためにはこのくらいの気概がないといけないんだと自分に言い聞かせた。彼は一瞬だでびくっとしたが、すぐに冷静さを取り戻してこう言った。
「何が、違うんだ?」
「僕だって、僕だってクロックの幻影を追い続けてたんだ。それで、もう一度会って言いたい言葉があって、それをどうしても伝えたかったんだ」
彼は不思議な顔をして自分の言葉に耳を傾けてくれていた。それだけでも十分に嬉しかった。高鳴る胸の鼓動を無視して自分の思いを、幻のような存在である彼に告げた。
「クロックのこと、好きだって…でも、それはきっと叶わないと思ってたんだ。でも、今クロックはここにいる。僕の目の前にいる。それだけで僕の気持ちは伝えることができるから。もう幻影の存在じゃない。今ここにいる君が……僕は…好きだよ……」
何でこんな言葉が出るのかわからない。それでも、今の気持ちを真剣に伝えた。彼は暫く無言だったけど、すぅっと息を吸うと、自分に負けないくらいの大きな声でこう言った。
「俺も、お前が好きだ。種族とか、そんなもの関係なく、パレットが好きだよ。この気持ちは、やっぱり捨てきれない」
彼がすっと近づいて、自分の唇にそっと触れる。二人だけの時間が、どんどん増えていくような感覚。永遠にこの時が続けばいいと思った。
「ずっと、一緒にいたいよ……クロック」
そう言って、また涙を流す。自分は本当に泣き虫だ。
――でも、今はそれでいいや。今はこの時間が長く、ただ長く、ひたすら長く続くようにと……願うだけ。
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湿った音が回りに響く、他のポケモン達が気付くかもしれない…それでもいいと思った。今この時間があることが、今の自分にとってとても幸せなことだったから。
「ふぁっ…あぁっ…ひゃあっ」
自分はみっともない喘ぎ声を上げている。彼の舌が私の膣内で生き物のように蠢く。それが私の快感を、羞恥心を、より一層掻き立てることになる。にちゃにちゃという粘り気のある水音が自分の耳に焼きつく。
「声出したら他のポケモンに気付かれるかもしれないぞ?」
彼が耳元で警告してくれるけど、まったく聞こえない。聞こうと思っても寄せては引いてを繰り返す快感の波が、自分を体の心からじゅわりと溶かしてしまう。それこそ甘い砂糖菓子のように…
「あうっ…ああっ…ひんっ!!」
彼は舌で自分の膣内をぐしゃぐしゃにした後、いったん舌を自分のそこからずるりと抜いた。数十秒間舌を突っ込んでいたために、とろとろの愛液が彼の舌にねっとりと付着していて、てらてらと光っている。
「いくぞ?パレット、我慢してくれよ」
彼はそういうと、尻尾の先を自分の膣内に宛がうと、ゆっくりと沈めていった。ぬるぬるの膣内が、尻尾をすんなりと受け入れて、じゅぷり、という何かが滑る音が大きく響き渡る。
「!!!あぅっ!!ひゃっ…あぁんっ!!!」
いきなり押し寄せる快楽に、体が反応する。お腹の中が痺れて変な感覚が頭を支配する。…ああ、これが気持ちいいってことなのかな?そんなことを虚ろう頭で考えていても、それはすぐに真っ白な快感にくしゃくしゃにされて頭をかき乱す…彼の尻尾は最初はゆっくりと、だんだんと激しく、その動きを多様に変えていく…
「あっ…クロック…僕っ……頭っ……おかしくなっちゃいそっ…あっ!!や、やだっ……何かでちゃうよっ…あっ……ああああああああああああああああああっ!!!!」
体が空に浮くような感覚が支配して、自分は気がつくと愛液を思い切り噴出していた。それは彼の尻尾にかかって、そこからトロリと垂れだす。………なんて醜態を晒してしまったんだろうか。もう少し位我慢すればよかったのに、思い切り彼に自分の液をかけてしまった。それだけに飽き足らず、自分の秘所からはまだ止め処なく愛液が漏れ出ている。
「凄いな…こんなに出るものなのか?」
彼が驚いて愛液のついた尻尾を見つめている。もう恥ずかしすぎて何もいえなかった。顔が熱い、心臓の鼓動が聞こえる。腰や足が震えている。これもポケモンを好きになるという気持ちなのだろうかと思った。気がつくと彼は尻尾についた愛液を舐め取っていた。それを見て自分は益々顔を紅潮させただろう。
「あっ、な…舐めちゃ駄目だよ…きっ………汚いよ」
最後の方は何だか小さくなっていたために、ちゃんと彼に聞こえていたのかどうかもわからない。しかし彼はにこりとした微笑を浮かべて、こういった。
「汚くないよ。パレットの体から出たもんだからな……それになんか甘いぜ。これ」
尻尾をひらひらさせてからからと快活に笑う。何だか物凄く恥ずかしい感じがした。さっきからもうずっと紅潮しっぱなしで恥ずかしかったのだが、そんなことを口から直に言われると益々恥ずかしい気持ちになってしまう。口を真一文字に引き結んで、押し黙る。口を開くと変なことしかいいそうにないから…
「……………」
何も言わないのを心配したのか、彼が酷く真面目な声で自分を気遣うような声をかけてくれた。よく聞き取ることはできなかったけど、大丈夫?とか、痛くなかった?とか、そんな感じだろう。気遣ってくれるのは大変有難いが、だったらいきなりやらないでほしい、と思ったが、そんなことは言えなかった。気持ちよかったから…
「大……丈夫です……」
辛うじてそう答える。それを聞いた彼は心底ほっとするような顔をした。そんな彼の仕草に自分はどきりとしてしまう。こんな顔を見られたら長老様やバットさんになんていわれるだろうと思ったけど、今はそんなことより、彼をもっと感じていたかった…
「よかった……パレット。…………そろそろ、いくぞ?」
「は………はいっ…」
舌と尻尾で十分に慣らしたそこは、じっとりと濡れていて、いつでも準備は万端といった感じだ。彼がすっかり突起したものを、ゆっくりと自分の膣内に沈めていく、鈍い痛みが走って、何かが破れるような音がする。少しだけ苦痛に顔を歪ませるけど、それでもいいと思った。彼が強く自分に刻み付けるほど、幻じゃない、今生きている彼が自分に刻まれるような気がしたから…
「うっ……くぅっ……あっ…あぁんっ」
ジュクジュクとした音が響く、痛みはジワリと快楽に変わる。規則的な運動がジュワジュワと体を溶かしていく。大好きな彼とひとつになっている。そんな感覚が、自分を更なる快感に導く。
どれだけ動いていたのだろうか。やがて彼がびくりと跳ねると、多量の精液が自分の膣内に注がれた。
「あっ……あああぁぁぁっ……クロッ…クぅぅぅっ……」
射精が終わったのか、彼が自分のものをずるりと引き抜く、膣内に収まりきらなかった精液がどろっと外へ漏れ出す。自分はもう少し繋がっていたかったなと思っていたが、彼が彼の種子をたっぷりと自分に出してくれたため、幻じゃない彼の証が自分に注がれたことが、自分にはとても嬉しかった。
しばらく呼吸を整えてから、彼が自分の方を向いて語りだした。
「中に出しちゃったな……これで俺、もう群の中には戻れないかな……」
「うん、僕も、ハブネークと和姦で交わって……中出ししちゃったなんてばれたら。…長老様に殺されちゃうよ…」
少しだけブルリと震えると、彼はくすくすと失笑を漏らして、自分に寄り添ってくれた。彼の体の温もりが直に伝わって、何だか体が温まるような感じだった。
「でも、俺は……後悔してないよ。パレットと一緒にいることができたからね……これからも、ずっとさ」
「うん!僕も…ずっとクロックと一緒にいるよ!!大好きな君と……いつでも変わらずに……どこまでも!!」
彼のキスを柔らかく受け止めて、ゆっくりと立ち上がる。
夜は…もう明けようとしていた。







「なるほど、パレットが思ってた人はハブネークだったのか。…いかがしましょうか、長老様?」
朝の日差しが差し込む森の中に、互い違いの種族がまっすぐ北に歩いていく。バットはそれを見て、長老にそういった。
「……彼がパレットに感情を与えてくれたという大切なポケモンならば、われわれの争いに、終止符を打ってくれるかもしれん。今しばらく見守ろうぞ、バット」
「……終止符というと……和平という形で、ですか?」
「そうじゃ」
長老はそっけなく言ってから、いそいそと村落の方向へと戻っていく。バットはもう一度去り行く二人を見つめた。
一人は笑っていた。一人は怒っていたが、直に笑顔になる。そう思ったら、急に苦い顔になる。かと思ったら、悲しい顔になって、そしてまた笑顔に戻る。
ころころと変わるキドアイラクの表情は、隣で笑っている彼が与えてくれたものなのだろうと、バットは少しだけ悔しそうな顔をした。
「パレットを幸せにしないと……絶対に許さないからな……」
姑のように呟いてから、長老の後をそそくさと追う。ゆるゆると上る朝焼けは、互いのポケモンの姿を映し出す。
そこに映るのは、因縁でも、幻でも、憧れでもない―――最高のパートナー同士の姿だった…

おしまい
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ハブネークとザングースの和姦ものなんてないなぁとおもって書きました。反省はしているが後悔はしていない。こんな駄文に付き合っていただき。ありがとうございました!!!
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何かあったらどうぞ
- 続きが楽しみです。ところで、「おかしい脳」は誤植ですか? -- [[bun8]] &new{2008-09-27 (土) 09:50:45};
- あと、「してパレット」もです。 -- [[bun8]] &new{2008-09-27 (土) 09:56:23};
- して〜は、『ところで』って意味なので誤字ではないと思いますよ。 -- [[イノシア]] &new{2008-09-27 (土) 10:52:07};
- 分かりました。 -- [[bun8]] &new{2008-09-27 (土) 12:30:39};
- 「あのひと」がどんなポケモンなのか。この物語の焦点はソコにありそうですねぇ。 --  &new{2008-09-28 (日) 21:42:35};
- ザングースとハブネークの因縁関係を、二人は簡単に破りましたね。パレットの長老は許してくれたけど、クロックの群のリーダーは果たして許してくれたのでしょうかね……。&br;何はともあれ執筆お疲れさまでした(・ω・)ゞ -- [[イノシア]] &new{2008-10-06 (月) 23:37:45};
- 最初のはぁっでいきなり自慰?と思った漏れに吐き気がします。 -- [[ぐはっ(lll ゚Дミ●]] &new{2008-11-10 (月) 16:04:04};
- おれは絶対、一番になる。 -- [[ハカセ]] &new{2009-03-12 (木) 05:05:05};
- 執筆お疲れさまでした。次回作を楽しみにしています。 -- [[HRX-2]] &new{2009-04-01 (水) 21:11:00};
- クロック……気付いてたのならパレットの腹突き破るなよ……死ぬだろ --  &new{2009-04-02 (木) 20:41:02};
- ってことは、バットもパレットのことを…………だったんですか?!
これ、ほぼ1年前の小説ですね…。今更感想書いても誰一人見てくれないでしょうねwww。
――[[ナルト]] &new{2009-09-23 (水) 00:33:54};
- いえ、見てますよw
――[[雪崩]] &new{2009-09-23 (水) 02:31:13};
- >ナルト様。
うへへ、コメントありがとうございますwww
いつまでも見ていただけるとは私の小説は幸せ者です
>雪崩様
グヘヘ、コメントありがとうございますwww
こんな小説を見ていただけるとは幸せ者です私は。
――[[九十九]] &new{2009-09-23 (水) 18:56:26};
- 蛇のぺ(ryはどこにあるんですか?
種族を越えたGjな作品ですね。
――[[菜菜菜(ry]] &new{2009-10-11 (日) 04:52:42};
- そういえば、誤字連絡、

ハブネークを見ると前進の血液が ×
         ↓
        (全身)
ですよ。
――[[チャボ]] &new{2009-12-25 (金) 12:40:41};
- ↑1年以上も前の作品の誤字を一々指摘すんな
―― &new{2009-12-25 (金) 13:12:21};

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