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エレメント! 第四章 の変更点


四章序幕 
彼らはどんな時でも四人で行動していた。それは、魔王の指先と恐れられたポケモン達の中でも特に異端の存在だった。 
彼らは、弱いから群れていたのではない。四人で行動することに意義を感じて行動していた。雨が降ろうと、槍が降ろうと、世界に隕石が落ちようと、星に穴が開こうと、彼らは彼らの時間を生きていた。 
「アスラ、僕たちはもう行くよ…これ以上勇者をのさばらせるわけには行かない」 
沈黙。何も言わないポケモンは、ただその玉座に鎮座してことの終末を見届けるだけであった。 
「大丈夫。僕たちは死なない。仮に死んだとしても――」 
そのポケモン達の中で最もよく喋るものだったのかもしれない。静かに吐く息の音すら聞こえる静寂の中で、それは確かにこういった。 
「――また代わりを作ればいい…」 
それだけ言うと、ポケモン達は静かに、音も立てずに、静寂から消えていく。 
僕達は死なない。その言葉を残して、その四匹は……二度と戻ることはなかった。 
「………」 
異常な空気の中、イプシロンは目を覚ます。ヨットとファイはまだ眠っているようだった。ゆっくりと起き上がり、頭を抱える。 
「なぜ夢など見たのだ?………ずいぶん昔から私は眠ることすら必要の無い体になったはずだったのだが…」 
「俺たちの見てる夢じゃねぇ…アスラの見てる夢だよ…」 
不意に後ろから声が聞こえた。ヨットが眠そうに瞳を擦ってイプシロンに近づく。 
「アスラのやつ、あんなプロトタイプのポケモンのことまだ引きずってんのかよ…それよりもディガンマが裏切ったことが一番やばいんじゃねぇの?」 
「ディガンマは今頃何も知らずに育っているはずだ。もう我々とは何の関係もない。たとえ、最高傑作だったとしてもな…」 
「ふぅん」 
それだけ言うと、ヨットは柱の外から見える太陽を見つめる。この大陸には届かない太陽の輝きは外から見ると異様に光っていた。 
「そんなことよりも大釜の場所は掴んだのか?」 
「"底尽きぬもの"…か?あの釜だったら&ruby(ファイラン){海蘭};にあるって聞いたぜ。ま、物騒な武装ポケモン達ががちがちに守ってるって話だけどな…」 
「誰が調べた?」 
「俺じゃないから、多分スティグマだと思うけどなぁ…」 
「あいつか…」 
「しかし、プロトタイプなんて久しぶりに見たぜ?あんなポケモンのこと考えるなんて、アスラの奴何考えているんだ?」 
「後悔しているのだろう、アスラ様はまだアルファ達のことを気にかけている」 
「そりゃ凄いな、死人を気にかけるのかよ」 
「そんなことはどうでもいい。大釜の居場所は分かった。後は"鍵"を見つけるだけだ」 
「見つかればいいけどな……鍵を持ってた奴はディガンマなんだろ?あいつがいなくなってから鍵は誰が持ってるんだ?」 
「それが分からんから苦労している。鍵はこの世界の何処かにあるだろう。そして、今かぎの波動を一番感じる町は――」 
「ランナベールだな」 
「そうだ。我々には一刻も早く大釜と鍵を手に入れる必要がある」 
「分かった。大釜は何とかしておくよ」 
「ならば私は鍵を探そう」 
会話は途切れる。二匹の気配は消える。暗闇の大陸は、再び静寂が訪れた。 

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四章第一幕 


「いっちに、さんし、にいにっ、さんしっ」 
爽やかな風が吹く朝、シオン達が住む大豪邸から間抜けな声が聞こえてきた。 
「はい、そのまま深呼吸」 
「すぅ~、はぁ~、すぅ~、はぁ~」 
「すぅ~……げほっ!!げほっ!!えほっ!!む、むせたっ!!」 
「落ち着いて深呼吸しないからですよ…」 
四つの影が奇妙な動きをする。そのうちの一つが咳き込んで胸をどんどんと叩く。一つの影がむせて咳き込んだポケモンの肩をさする… 
「大丈夫ですか?……変な動きをしているからですよ、シロップ」 
朝日に照らされた屋敷の庭にいるポケモン達の姿が徐々に露になる。それは四匹でいつも行動している仲良しのポケモン達だった… 
「ごめんごめん、心配かけたな、ミント」 
軽く笑いかけたポケモン――ゼニガメのシロップがフシギダネのミントにそういって大丈夫といってから柔軟体操を開始する……隣にいるヒトカゲのライチやピカチュウのレモンも同じように柔軟体操を開始する…ライチの動きはぎこちなかったが、レモンは無理の無い動きで軽快に体操をしている。その姿は、華麗に、まるで舞うように…
「レモン、体柔らかいね…いいなぁ…」 
「ん?そうかな、何だか最近からだの調子がよくってさ、これも勇者の力のおかげなのかな?ははは…」 
軽く笑ってから、しばらく沈黙したあとにはぁ、と、大きなため息をつく。ライチはいわずもがなわかっているといった顔をして、レモンに話しかける。 
「シナモンのこと、心配?」 
「うん、まだ眠ったままだったから、昨日夜更かししてたのかなぁ?」 
レモンは心配そうに中庭から自分たちが眠っていた部屋を見る。そこにはいつの間にかシロップの布団にもぐりこんで死体のように眠っているシナモンが未だに起きていない状況だった… 
「大丈夫かなと思ってさ、昨日あんな話をしたばかりだからかな、シナモンに余計な気苦労を与えなければいいんだけど…」 
「ご心配なく」 
いきなり背後から新しいポケモンの声が聞こえてライチ達は振り向いた。見ると、昨日お世話になったサーナイトの孔雀さんが薄い布質の身体を朝の風に舞わせ、優雅な仕草でライチたちのそばに歩み寄ってくるところだった。 
「おはようございます。お部屋に伺おうとしたところ中庭からあなた方の声が……」 
孔雀は深々と頭を下げてライチ達に挨拶したあと、きょとんとした目でライチ達を見ていた。 
「……朝の体操とは健康的ですね」 
と、袖で口を押さえて控えめに笑いながらそんな事を言った。 
「孔雀さんもやりますか?」 
「あ、はい。構いませんよ」 
孔雀は快く首を縦に振ってくれた。まさか冗談を本気にするとは、といった顔でレモンが苦笑いをした。どこまで本気なのか分からない。この孔雀というポケモンの行動はとにかくこちらの予想に外れたことばかりで掴み所がなく、本当に雲のような存在だとレモンは思っていた… 
「よし、最後にもう一回深呼吸~」 
「「「「「すぅ~、はぁ~、すぅ~、はぁ~」」」」」 
五人の呼吸が一つに合わさる。傍目から見ればかなり謎の集団だったが、ライチ達にとって、朝の体操というのは頭を切り替えるということで、日常の中で体操をすることが体に染み付いてしまっていた。 
「ふうっ……あ、そういえば孔雀さんは、どうしてここに来たんですか?」 
「はい。お食事の用意ができましたのでお呼びしようと」 
食事、と聞いて真っ先に反応したのはシロップだった。よほどお腹がすいていたのか、それともご飯という言葉に何かしらの魅力を感じたのか。 
「えっと、その、じゃ、じゃあシナモン起こしてきますね」 
ライチがそういって扉のほうへと消えていく。残されたレモン達は孔雀の後についていって食堂に入っていく。 
食堂に着いたときはシオン達ももう椅子に座ってゆったりとしていた。 
「……………………ぅわぁ…」 
テーブルに並べられた料理を見て、レモン達はまた驚愕に目を見開いた。 
朝か。これが朝ごはんなのか。 
何と言うのか、豪華とか、きれいとか、豪勢とか、そういった賛辞の言葉を全部詰め込んだみたいな、それはそれはゴージャスな料理だった。こういう類の料理を毎日食べていれば優雅な性格になれるんじゃないかとレモンはこっそり思っていた。 
それにしても、この屋敷についてからライチ達は驚愕しっぱなしであった…屋敷の概観に驚愕し、中の装飾に驚愕し、住んでいる人たちに驚愕し、とりあえず五十年分位は驚愕したと思う。 
「えーと、皆様のお好みがわからなかったもので……ひとまずジルベールパン((フランスパン。ジルベール王国の作法云々はフランスをモデルにしている))のトーストにベーコンエッグ、サラダ、フルーツ盛り、スープにコーヒー紅茶と一通りご用意させていただきました」 
孔雀さんがざっと料理の説明をしてくれる。昨日フィオーナさんは粗餐とか粗末とか何とかかんとか言っていたが、何処をどうひっくり返せばこの料理が粗末に見えるんだろうと、レモンは疑問に思ってしまった。たぶん謙遜の意からなんだろうけど、謙遜してへりくだってもレモン達よりはまだまだ高いところにあるような気がした。これは自分たちが貧乏すぎるだけなのか、向こうのひと達の次元が違うのか… 
「おはよう……ございます……」 
「おっはよー」 
「おはようございます。昨夜は良く眠れましたか?」 
橄欖さん、シオンさん、フィオーナさんと、それぞれがそれぞれ、優雅で気品?に溢れた挨拶をしてくれる。こちらはというと、これまで挨拶なんて「おっす」とか、「おはようさん」みたいなものしかしたことの無かった。レモンは急に自分が恥ずかしくなった。 
「えっと、お、おはようございます」 
「おはようございます!」 
「……おはようございます」 
シロップがどもる、レモンが声を張り上げる、ミントが控えめにぼそぼそと朝の挨拶をする。まるで平民と貴族の会話のようだった…。 
「そういえば……ライチ様とシナモン様が見えませんね」 
ふと、フィオーナが二人のことを訊いた。レモンはどきりとして座った椅子から再度立ち上がり、初めて問題を当てられた生徒のように答えた。 
「はいっ…えっと、ライチはシナモンを起こしに行ってましゅっ…あててて、舌噛んじゃった…」 
レモンが舌を出して指でつつく。フィオーナはそれにほほ笑みながら頷いた。 
「わかりました」 
「待ってて冷めたら作った孔雀さんに悪いですから…食べたほうが…」 
ライチ達を待っている皆を見てミントが控えめに言った。と、またここで謎の発言が飛び出す。 
「わたしはエスパーですよー。そう簡単に冷めたりしませんのでご安心を」 
「また無茶な設定を……いえ、こちらの話です。孔雀、客人の前ですよ。御&ruby(ふざけ){巫山戯};は控えなさい」 
客人……そうだ、落ち着いて考えたら、お客さんを待たないで食事を始めるはずはない。どうにも格調高すぎる雰囲気に調子が狂ってしまっていたのだろう、ぽかんとしていたミントもひとまず納得したようだ 
「わかりました」 
ミントがぺこりと頭を下げ、レモン達はライチとシナモンを待った。 
朝の光で照らされる町は、白く、美しく輝いていた… 

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燃える。全てが燃える。何もかもが灰になる。そんな感覚。 
「逃げなさい、早く、逃げるのよ……」 
弱弱しい声が聞こえた。誰の声だったか―――…そうだ、お母さんの声だ。 
「貴方だけは生きて、幸せになりなさい………貴方とは血が繋がっていなくても、本当の子供だと思っているわ…」 
ごぼり。と、目の前にいたキレイハナは赤黒い血を吐き出した。内臓器官を損傷しているのか、呼吸もどんどん聞こえなくなっていく… 
そんな死に掛けのキレイハナを目にして、涙一つ浮かべるわけでもなく、発狂するわけでもなく。燃える街を見つめて、一人のリーフィア――シナモン・シュガーはもはや命尽きようとしている母に話しかけた… 
「お母さん……幸せって何?本当って何?……私は…偽りなの??」 
逃げればいいのに、どうして逃げないんだろうか…自分の行動の遅さに時々苛々する。なぜ半死人にそんなことを聞くのだろうか、だが、そんな的外れの質問でも、母は笑って答えてくれた。今思えば、私はいい人にめぐり合えたのかもしれない… 
母は何と言っていたのだろうか?……今となってはもう思い出せなかった。思い出せることは…そうだ―― 
「お前で最後だ…」 
ふと、目の前が暗くなる。顔を上げてみると、そこには金色の狐が目の前に立ちふさがっていた…キュウコン……自分が知る限り目の前の狐はそういう種族だったはずだ…… 
「どうした?逃げないのか?逃げれば少しは長生きできるぞ?」 
ありきたりの挑発をして、嘲笑する。普通だったら怒るか、畏怖するか…でも、私はどちらでもなかった… 
「貴方の力が私より上なら、逃げることに意味はありません……」 
「ほう?」 
キュウコンは私の発言に興味を示したのか、こちらをじっと見つめてくる… 
私は何でこいつを憎いと思わないんだろうか?……町を燃やしたのはこいつだ。皆焼け死んだのにこいつだけは生きていた……こいつが犯人なのは分かりきっている。だが、どうして攻撃しないのだろうか?…私が弱いから?……否。 
私は何も感じていないからだ。住む場所を失って、大切な人を殺されて……でも、私には何の怒りも悲しみもわかなかった…… 
「殺すならどうぞ、私は一切抵抗しませんから…」 
そういって目を閉じた。どうせいいことなんて何も無い人生だ。このまま真っ暗闇に放り出されてもいいかな…… 
瞳を閉じて、十秒、二十秒……攻撃されていない。不思議に思って瞳を開けると、キュウコンは後ろを向けて歩き出していた… 
「ふん…興ざめだ…何処へなりと失せるがいい。何も感じぬ人形よ…」 
それだけ言うと、また歩き出す。どうやら助かったらしいが、正直助けられても困るだけだった… 
………………だが、少しだけ気になることがあり、キュウコンを呼び止めた。 
「待ってください」 
「……何だ?」 
「どうして街を燃やしたのですか?」 
「……"鍵"を探すためだ」 
「…?」 
キュウコンはもう話す事は無いといった感じで、ゆらゆら揺らめく炎の中に消えていった…鍵、とは、一体どういうものなのだろうか?それがこの街にあったのだろうか… 
「…………鍵?…………ティトレル?」 
どういうことなのか、自然とその単語が出ていた。ティトレル。何かの暗号だろうか…考えても何も分からない。私には燃える街を見続けることしか出来ない… 
燃える。燃える。燃え続ける。一日中燃え続ける街を見つめて……自分の頬に伝わる水の感触――――自分が泣いているということに気がついて――― 
――目を覚ました。 


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「シナモ~ン?起きてる~?」 
どんどんとドアを叩く。反応が無い。まだ寝ているんだろうか?…待たせたら孔雀さん(の料理)に悪いし、レモン達もお腹を空かせてしまうから、早急に戻らなくては… 
と、ドア越しに声が聞こえてきた。 
「……はい、起きてます…入っていいですよ」 
「ごめん、失礼します」 
ぎぃ、と音がしてドアを開ける。室内は相変わらず豪勢で、いつかはこんな部屋に住んでみたいと思ってしまう…しかし、それは夢のまた夢であろうと思ってしまうのだった。 
「お早う、シナモン」 
「はい、……すみません、一番起きるのが遅かったみたいですね」 
シナモンがぺこりと頭を下げた。僕は笑っていいよいいよと両手をぶんぶんと横に振る。僕はいいかもしれないけどシロップなんかはどうなるんだろうか?もしかしてお腹が空きすぎて怒ってるのかもしれない… 
「もうご飯できてるってさ。皆シナモン待ちだよ」 
「やっぱり、すみません」 
シナモンがはぁ、と、深いため息をついて深く深く頭を下げた。そこまで謝らなくてもいいと思ったけど、もともとシナモンはそういう性格だから、一度根を張った性格はそう簡単には剥がれない。まぁ、これもシナモンらしさかな? 
「とりあえず、降りようよ。美味しいご飯食べて、今日は町を散策だよ!!」 
ガッツポーズをとって、ベッドから降りたシナモンの前肢を掴んで食堂に誘導する。何だか踊る人をエスコートするダンサーみたいだなぁなどと思ってしまった。 
「すみません!!シナモンが起きてきました!!」 
大きな声で皆に聞こえるように喋る。それに気付いたのかみんなが一斉にこっちを見た。凝視されると緊張する。だけどその視線は僕を見ているんじゃなくて、眠そうな瞳を擦っているシナモンに向けられたものだろう… 
「お早うございます」 
フィオーナさんがとっても澄んだ声で朝の挨拶をしてくれた。心配をかけてしまったことや、自分だけ挨拶をしなかったことで何だか悪い気分にさせてしまったかも、そう考えたら、何でだか挨拶よりも謝罪の言葉が口から出てきてしまった… 
「すみません、その、朝の挨拶も満足にできなくて……」 
「あら。お気になさらなくてよろしいのですよ。このような&ruby(しゃし){奢侈};((自分の身分に不相応なほどの度を過ぎた贅沢。ここでは謙譲語として))な内装で申し訳ありません。気詰まりしてしまうのも無理はないでしょう。どうか肩の力をお抜きになって」 
フィオーナさんは気にしていないようだったけど、待たせてしまった僕たち二人に責任があるわけだから。やっぱりもう一回謝ってしまった。それから朝の挨拶をする。シナモンもつられて会釈をして挨拶をする。 
「おはようございます。孔雀さん、昨日はありがとうございました。……おかげで私、少しだけ"私"になれた様な気がしました…」 
「それは良かったですー。お役に立てて光栄です」 
「何かあったの孔雀さん?」 
「いえいえ。&ruby(おんな){牝};同士のヒミツです。いくらシオンさまが&ruby(おんな){牝};顔でもお教えできません……あ、どうしてもお聞きになりたければ今夜わたしの部屋に来ていただければ聞かせて差し上げますよー」 
シオンのように口に出して訊かなくとも、シナモンの言葉に皆が反応していた。当の孔雀さんはニコニコして冗談を返すし、僕達は眠っちゃったからその後のシナモンのことはぜんぜん知らない……僕たちの知らないシナモンを、孔雀さんは見てたのか… 
―――ちょっとだけ、羨ましいな…あんなふうに誰とでも話せるなんて… 
「姉さん……! また朝っぱらからそのような世迷い事を……!」 
いきなりだった。背後から飛んだ鋭い声に、ライチはびくりとした。ずっと物静かなポケモンだと思っていたから、余計に驚きは大きかった。 
「橄欖。客人の前です。慎みなさい。それと孔雀。貴女の発言はその都度我が家の沽券に関わります。今回の件では向こう一ヶ月減給処分とします。これ以上醜態を晒すようであれば胴体から上と下が離れますよ」 
今度はぞくりとした。フィオーナさんの声は平坦通りで震えても上擦ってもいなかったが、孔雀さんを見る目つきがとんでもなく怖かった。冷たすぎる視線。あれだけでひとを凍らせてしまいそうだ。 
「申し訳ありません……姉さんの悪ふざけがすぎるもので……つい……」 
「あららー。お給金減らされちゃいました……」 
孔雀さんは凍らなかった。深々と頭を下げてフィオーナさんとライチ達に謝罪した橄欖さんとは対照的に、これ見よがしに落胆する仕草をして見せたが、反省しているのかいないのかわからない。 
「さて、それより――」 
料理が冷めるといって、孔雀さんは話を切り上げた。テーブルの料理は冷めるどころか未だに熱気を出している……どんな原理なのか少し知りたくなったけど、きっと孔雀さんのことだから、料理にいろいろ工夫を凝らしたのかな? 
「えっと、いただいてもよろしいですか?」 
「ええ、どうぞ」 
ミントが遠慮がちにフィオーナさんに訊いた。どうぞと言われたからなのか、昨日のせいで緊張が吹っ切れたのか、初日みたいに料理をギクシャクしながら食べることはなくてほっとした…… 
「!!!お、おいしい!!…孔雀さんって本当にお料理上手なんですね…僕ももっと練習しようかなぁ…」 
レモンがベーコンエッグに齧りついて感動の声を上げた。 
料理を口に運んで咀嚼する。確かに美味しい。昨日は緊張してたからなのか、いまいち料理の味を覚えていない。だけど、落ち着いてよく味わうと、確かに美味しい。その辺の料理屋で出してもいけるんじゃないかと思うくらいの味だった。見た目も華やかで、味もいい。しかも作るスピードが早いと来た。 
――孔雀さんって、本当にサーナイトなのかな?? 
「いえいえ、わたしの料理の腕前なんて大したことありませんよー。いい素材を使うことができるというだけです」 
孔雀さんはたいしたこと無いと言っている…が、僕たちにとっては凄いことだった。何せまともな料理が作れるのは四人の中でレモンしかいない、しかも、レモンも絶賛するほどの味だ。これは特技とか趣味の領域を超えていると本気で思ってしまう… 
「………孔雀さん、使用人って何でもできなくてはいけないんですか??」 
ミントが不思議そうに孔雀さんに質問した。使用人という職業が分からない僕たちにとっては何をする人なのか興味もあるし、何でも出来なければいけないのかという疑問もわいてくる。 
「んー……」 
孔雀さんは首を捻って考え込む仕草をした。もしかして自分でもよくわからないとかそんなことを言い出すのではなかろうか。どうもそんな予感がした。 
「……そういうわけではありませんよ。ただ、わたしたち姉妹は&ruby(ふたり){二匹};で南館の雑務を行っておりますので、それぞれの得意分野を活かせるように分担しています。北館の方は奥様専属の執事さん&ruby(ひとり){一匹};に雑務係の家政婦さんが四匹、それから料理人の方がもう&ruby(ひとり){一匹};、美容担当のメイクさんが&ruby(ひとり){一匹};いらっしゃいます。何しろ広い屋敷ですが、居住匹数の少なさからこれだけで足りていますけど、ジルベール王国やコーネリウス帝国の正式な貴族の家では百匹単位の召使いを抱えているとの噂ですよー」 
詳しく、細かく、分かりやすく説明してくれた。話を聞いた感じでは使用人は別に何でも出来なくてもいいらしい。つまり孔雀さんだけが例外ということなのだろうか?橄欖さんは何でも出来ないのかという新しい疑問もわいてきたが、考えれば考えるほど益々分からなくなる、いったん考えることを頭の隅に押しやって、食事を口の中にいれる作業に戻った。 
「ところでさ、ライチ、今日は如何するの?」 
隣にいたレモンが話しかけてくる。今日の予定を聞いておきたいのだろう。しばらく考えて、少しだけ沈黙する。 
「今日はさ、別々に行動しよう!」 
「別々?」 
レモンが不思議そうな顔をして見つめてくる。ミントもシロップも怪訝そうな顔をしてこちらを見た。一度咳払いをして、改まった口調で皆に聞こえる声で話し出す… 
「ほら、ミントが行ってたじゃんか、二匹ずつで行動したほうがいいって、僕達は今五匹いるわけだし、に、さんで分かれて情報を集める係と、フィオーナさんのお手伝いをする係に分けようと思うんだ。……どうかな?」 
みんなの顔色を伺ってしまう。自分の悪い癖だ。本当にこれでいいのか、自分でも分かっていないからこそ皆の意見を聞きたいと思っているのだろう…レモンはいいよといって頷いてくれた、ミントもシロップもそれでいいといってくれた。シナモンは、しばらく考えているような感じだったけど、やがて何かを決めたように口を開いた。 
「分かりました。ですけど、私はシロップさんとミントさんと一緒に町を散策したいです」 
「「えっ??」」 
二人が同時にシナモンを見た。シナモンの顔は特に何にも変わっていないが、しかし言葉は嫌にはっきりといっていた。ミントとシロップと一緒にいたい。と…。 
「…………………オイラは別にいいけど、ミントは?」 
「かまいません。資料のほうにも興味はあるんですが………」 
ミントはチラッとシオンさんたちのほうを見た。自分たちの宿る力の源の話を知りたいというのは確かに必要なことだったし、僕も純粋に興味があった。魔王伝説というのは何か、魔王はどのようなポケモンなのか、魔王の手先というのも気になった。あの海岸でいきなり襲い掛かってきたヒメグマは、異常な強さを持っていた。おそらくあれも魔王の手先なのだろうが、あれで手先というのなら、それをすべる魔王と言うのは一体どのような強さを持っているのだろうか…文書でも目を通す価値は大いにある内容ばかりだった。 
「僕は今日も訓練があるから手伝えないけど頑張ってね。冊数とかすごいよー」 
「わたしは既に最速電報((電気タイプのポケモンによるモールス信号と飛翔速度の速い飛行タイプやドラゴンタイプのポケモンにより届けられる電報。この世界ではまだ電話は実用化されていない))にて欠席の届けを大学に出しました」 
フィオーナさんが笑いながら、見つけた資料は見せるから大丈夫といってくれたのに安心したのか、ミントはわざわざ大学を休んでまでありがとうございますといって料理を食べる作業に戻った。 
食事をしているときも、シナモンは喋ることがなかった。先程自分の強い主張をいっただけで、ただ黙々と焼いたパンに齧りついている。もともとあまり喋らない橄欖さんと同じような雰囲気を出していて、何だか空気がちょっとだけ重かった…
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「それじゃあ、行ってくるぜ!!」 
「うん!!書斎のほうは任せて!!」 
「昨日レモンさんに負けたのなんか言われないかなー……」 
「いってらっしゃいませ」 
食事を終えて、数分間休憩したらシロップとミント、シナモンの三匹が町の市場らしき屋根がいくつも見えるところに情報収集へ、シオンさんが訓練場へ出勤するのをライチと僕、橄欖さんで門のところまで見送った。 
丘を向かって右側へ下りてゆく三匹の姿が小さくなっていく。シオンさんは反対方向だった。 
レモンは手を振るのをやめて、後ろを振り向いた。 
「よし、じゃあ、僕達はフィオーナさんの手伝いをしようよ!!」 
ライチがやる気を見せている。自分たちのことを知るいい機会だからだろうか、それとも、ただ単に元気を持て余しているだけなのか… 
「そうだね、冊数が凄いって言ってたし、気合入れていかないと量に負けちゃうかもしれないね…」 
頭を少しだけ動かして、こちらも静かにやる気を見せる。……やる気でも見せないと、自分に押しつぶされそうだった。 
「……わたしと姉さんも、雑務が終わり次第……お手伝いいたしますので……」 
橄欖さんはそう言ってくれたものの、半死人のような声では、やる気の糧となるよりも、精神的には余計に追い詰められたような錯覚を覚えてしまった。後から聞いたのだが、橄欖さんは二十歳で、レモンより二つ年上なのだという。それでも見た目にはレモンたちと同じか下くらいにみえて、かわいらしい顔立ちをしているのに、身に纏う不幸オーラがそれを台無しにしている。 
――昨日の出来事、シナモンの気配を真っ先に感じ取ったとき、感じなければよかった。反応しなければよかった。そう思ってしまった。 
ライチも、おそらくシロップも感じていたシナモンの波動。だけど、二人にははっきりとは感じ取れていなかった。重苦しい感じがのしかかってくるような感じぐらいしか感じていなかったと思う。二人の心を感じて、波動を感じ取って、二人の力がほとんど変わらないような感じだった…故に、シナモンの波動の全てを感じ取ることは無理だったのだろう… 
だけど、自分は違った。 
全てを見てしまった。全てを感じてしまった。細かい部分までは覗くことは出来なかった。しかし、それを除いてもハッキリと分かるシナモンの憎悪と悲しみ。それを感じ取ってしまった。 
それだけで分かる。自分の力の波動がどれだけのものなのか、自分の心に宿るものがどれだけ恐ろしいのか…そして、それらが砕け散ったとき、自分はどうなってしまうのか、不安と恐怖が体にまとわりついて、ぬぐえない暗雲が立ち込めるような感覚に覆われる。 
いつかはばれてしまう。 
でも、言うタイミングが分からない。ばれたときに、ライチ達はどんな顔をするんだろうか?黙っていたことを怒るのだろうか、それとも自分の力を畏怖するのだろうか…まるで先が分からない… 
「昨晩探させると申し上げましたが、不慮の事態もあり遅れてしまい申し訳ありません。さて、早速ですが始めましょうか?」 
いろいろな考えを巡らせているあいだに玄関にたどり着いたらしい。フィオーナさんが声をかけてきてくれた。口に鍵をくわえているということは、書斎に案内してくれるらしい。ライチはもうすでにフィオーナさんの後ろについていて、調べる準備は万端といった感じだった。 
「あ、すみません。考え事していたもので…」 
少し頭をかいてから、そそくさと二人の後ろにつく。孔雀さんと、さっきまでレモン達を先導していた橄欖さんの姿が見えないが、おそらく自分達の仕事をしに行ったのだろう。耳を済ませば箒で床を掃くような音が聞こえる。部屋の掃除か、庭の手入れか、真相はなぞだったが、今自分達の考えることはそういう類のものではなく、伝説の情報だということを頭の中で再確認して。フィオーナさんの後をついて行く。 
「ここが当家の書斎です」 
視界いっぱいに飛び込んでくる本棚。物凄い量の情報…まず思ったことは、書斎ではなく図書館というのではないのだろうかという純粋な疑問だった。 
梯子付きの本棚の上までぎっしりだ。 
多分、いや、絶対に一生かかっても読みきれないような量であった。しかし、これだけの量がある書斎でも、風化しかけている魔王の伝説に関する資料などという曖昧で眉唾物の御伽噺というのも一握りしかないのだから、探すのに苦労しそうだなと心の中で想い、肩が一気に重くなったような気がした。 
「凄いなぁ…フィオーナさんはこれ全部読んだんですか?」 
「いや、それはねーでしょ…」 
ライチがフィオーナさんに質問したが、全ての本を読んだのならわざわざ書斎に僕達を通す意味が分からないだろう。というよりも、この量を読みきってしまうポケモンはよほどの本好きじゃないと読みきれないと思う。めちゃくちゃ分厚いのもあるし… 
「幼少の砌よりここはわたしの遊び場のようなものでした。一度読み流しただけのものも含めれば四分の一程度でしょうか。しかし専門資料や古代の文献等、読解に高度な知識やまた別の資料を必要とする書籍に関してはまだまだ&ruby(て){前肢};が出ないものも多く……」 
やはりいくら秀才のフィオーナさんでもこの書斎にある本全てを読み終えたわけではないみたいだ。しかし、四分の一というだけでも凄いと思う。僕だったら本一冊半分ぐらい読んだら飽きるだろうし、ライチは五ページ位読んだらいい方だろう。とりあえず僕達の中で最も本を呼んでいるのはミントだし、ライチとシロップはどちらかというと外でサッカーやドッジボールをして遊ぶことが多かった。外で遊んでいた二匹にとって、本の世界というのは無縁の友だろう… 
「ふへぇ…それでも半分くらい読んじゃったんですか?凄いなぁ…僕なんか五ページで根を上げるのに…」 
とか何とか思っていたらいきなりライチが自爆発言をした。読めないのに何でここにいるんだよとか、シロップがいたら言われそうだったけど。シナモンがミントとシロップと一緒にいたいという強い要望のため、今このような状況に至った。明らかな人選ミスかもしれないが。これをきっかけにライチが本に興味を持ってくれたらいいなと淡い期待を抱いてしまった。 
「大変ですが頑張って探しましょう。わたしは古代の文献を当たってみます。ただ、意外な所に意外な情報が隠されているやもしれません。ライチ様とレモン様は思い思いに探してみて下さい」 
三人がそれぞれの本棚に向かって歩いていく。とりあえず本に書かれているタイトルを頼りに探すしかない。砂漠で豆粒を探すよりかは簡単そうだったが、それでも時間がかかることこの上なかった。何せ、大半の本が大きい、分厚い、重い、の三重苦を背負っている。タイトルを見ながらそれを復唱する。 
「えっと、…ジルベール王国の歴史と文化…は、どうでもいいや…えっとぉ……&ruby(ブースター){倍化器};と&ruby(ハーファ){半減器};???」 
ちょっと興味をそそられてしまった。周りを見た。ライチは頑張って本を読むふり?をしているし、フィオーナさんも優雅な仕草で本をとっている。こちらに気付いていないことを確認してから、ちょっとだけ本を開いて、内容を見てみる。 
――&ruby(カラープレート){色彩板石};のゲート拡大作用については古代より知られていたが、術者の&ruby(エレメンタル){要素};許容量が追いつかず原石のまま使いこなせる者はいなかった。否、誰も利用しようなどとは考えなかった。この鉱石の付近で特殊技を発動すれば、過剰供給された&ruby(エレメンタル){要素};が術者に深刻なダメージを与え、時に死亡することすらあったのだ。&ruby(カラープレート){色彩板石};が悪魔の鉱石として恐れられた所以であるが、一方で創造神アルセウスを信仰するギルス聖教では神の石として崇め奉られているという。これが初めて&ruby(ブースター){倍化器};として実用化されたのが聖海歴八二七年のことである。詳細な仕組みについては本書は専門書ではないので割愛するが、コーネリウス帝国の機術士シャクラットにより開発された初期の&ruby(ブースター){倍化器};は現在のように四肢や尾、体の一部に装着出来るほど軽量化されておらず、何本ものベルトで胴体に固定する必要があり、体の小さなポケモンが扱うことはできなかった。&ruby(カラープレート){色彩板石};の重量は現在のものと全く同じであり、装備者への&ruby(エレメンタル){要素};過剰供給軽減、装備者以外のポケモンには作用しないようにするための機構が重量の大半を占めた。以後改良が重ねられ、現在の&ruby(ブースター){倍化器};は用途やタイプに合わせて数十種、各国の軍隊の主要装備となっている。将軍クラスともなるとオーダーメイドの&ruby(ブースター){倍化器};を所持している者もいるというから驚きである。 
&ruby(ブースター){倍化器};と&ruby(ハーファ){半減器};のことが事細かに書かれている…ちょっとだけのつもりが三十分ぐらいのめりこんでしまった。はっとして慌てて本を置いて、きょろきょろと周りを見る。気付いていない。ほっと胸を撫で下ろした。ライチにばれたら五月蝿いことになりそうだっ―― 
「旅には武器も必要ですよねー」 
「うわぁお!?」 
急に後ろから声がしたと思ったら、孔雀さんが例のスマイルで箒を持って立っていた。室内掃除のためだったらこの書斎も掃除をするのは当然のことである…が、先程の箒の音を聞いてから、まだ四十分しかたっていないというのに、どれだけ掃除が早いんだろうと思ってしまった… 
「く、孔雀さん…もう掃除が終わったんですか?」 
「はい。わたしの担当場所は終わりましたので。この書斎は北館に所属するゆえ本来は北館の使用人さんが清掃を担当しているのですが、今日はフィオーナさまが書斎を使用するとのことでわたしが」 
終わった。と、ハッキリ言い切った。やはり孔雀さんはポケモンじゃないと思って苦笑いを浮かべると、後ろから怒った声が聞こえてきた。 
「レ~モ~ン!!何関係ない本見てるんだよ!!ちゃんと探してよ!!」 
ばれた。と、言うよりも、いきなり孔雀さんに話しかけられて大きな声を出したから、ばれないほうがおかしかったけど、わざわざこっちの様子を見に来ることもないのにと思った。 
「い、いやぁ、この本がなかなか面白くてさ…本好きの性?っていうのかな??」 
「嘘つくなぁ!!レモンはほとんど外で僕達と遊んでるじゃんか!!」 
「嘘はいけませんよー。泥棒の始まりですよー」 
ライチの大きな声に、孔雀さんが加勢した。ライチはどうでもいいけど、孔雀さんに言われるとさすがにへこむ。耳をふさいでちらりと壁にかけられた時計を見る。午前九時半… 
まだまだ時間はかかりそうだった… 
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はっきり言ってしまえば、やっぱりフィオーナさんたちと本を探していればよかったと思う。 
「……あ、あのさ、シナモン…」 
「………はい」 
「そろそろ、疲れてこないか??」 
「………いえ」
「し…シナモン?お腹とかすかないですか??」 
「………いえ」 
先程からこの調子だった。シナモンは死人のように押し黙り、その暗い空気がシロップとミントにも感染していた。 
美しい町の景色がシロップたちの瞳に映る。とてもきれいで、とても大きい。そんな言葉が自然に頭の中に浮かび上がる…
いろいろな種類のポケモンといろいろな店が三人の目に映る。輸送業者だろうか、停泊した船には鳥ポケモンや車((もちろん自動車ではなく馬車系統のそれ))を引く四足歩行のポケモンが集まって賑やかな様相を呈している。いつまでも見ていたいという気分になるが、シナモンが押し黙ったままずんずんと歩いていくので、ミントも自分もそれにひいこらとついていくしかない… 
 次第に港を離れ、町は街へと姿を変えてゆく。シロップたちを見下ろすような高い建造物も見える。 
「………どこまで行くのかなぁ……」 
そろそろ足が疲れてきたが、シナモンはほとんど止まることがない。たまに立ち止まって、道を確認するようにきょろきょろと左右を見渡してから、またずんずんと進みだす…そしてとうとう中央部の公園まで来てしまった。 
「うわぁ、何だこの公園??」 
それは公園と呼ぶには少々異質だった。 
別に汚いわけでもない。むしろ綺麗に清掃されているようで、いささか殺風景ではあったものの、ルギアを象った噴水とベンチ、それに木が何本か植えられているだけの、石畳を基調としたシンプルな公園だった。 
だが、何か空気が違う。どれだけのポケモンがいようと、この国にはどこかピンと張り詰めた雰囲気というか、少なくともシロップたちをそう感じさせる空気があった。いつ悪事の被害者になるとも知れぬ不安感がその原因であることは言うまでもない。 
公園には祭りでもないのに露店がたくさん立ち並んでいる。後から聞いた話だが、この国では法律は無いものの、ヴァンジェスティ傘下の協会に登録すれば、売り上げの一部を会費として納める代わりに間接的にヴァンジェスティ社の後ろ盾を得られるのだという。要は、強盗の類に脅かされずにまともな商売ができるというわけだ。協会に所属する店にはステッカーが貼ってあり、それがあれば一応の安全は保障されるみたいだ。が、ここの露店にはそれが見受けられない。もっとも、自前で護衛を雇えるような大きな店になると、会費など払うのは馬鹿らしいと、自力で立っているところもあるらしい。しかし店主らしいポケモンたちの身だしなみを見る限り、港市場のそれよりも明らかに低級で、中には家を持っていない類のポケモンではないかと疑われる者までいる。護衛を雇うどころか、会費さえ到底払えないような店なのではなかろうか。いままでこの国を見回ったが、どこよりも無防備だ。そんな印象を受けた。大丈夫なのだろうか。 
「シロップさん、ミントさん…置いていきますよ?」 
シナモンがぼそりと呟いて、中央の公園を横切ろうとするのを見て、慌ててシナモンを呼び止めた。 
「わわっ!!まてまてまって!!シナモン、ちょっと休憩しようぜ。オイラちょっと足が痛くなって…」 
「はい、闇雲に進んでも屋敷に戻れなくなるだけですし…」 
「……そうですね」 
シナモンが短くそう言うと、適当なベンチに腰掛ける。疲れた足を揉み解して、大きく伸びをする。ミントは眠そうな瞳を蔓で擦っている。シナモンは黙ったままうつむいて微動だにしない… 
そのまま時間が経過する…十分…十五分…二十分…… 
沈黙に耐えられない。何とかしてくれ… 
辺りをきょろきょろと見回して、疲れたようにため息をつく。このままこんなところでただ休んでいるだけでは、書庫で頑張っているライチたちに申し訳が立たない…
「よしっ!!オイラちょっとそのあたりの人に情報聞いてくるからさ、二人はそこで休んでてくれよ!!」
言うは安く、行うは難し。言ってみたはいいものの、そもそもこの公園には人手があまりにも少ない。まずそこからが問題だった。当たって砕ける意気込みでベンチからたったとき、黙っていた二人が口を開いた。
「危険です。魔王の手先が見張っている可能性も否定は出来ませんから、三匹で行ったほうがいいでしょう…」
「私もミントさんに同感です。この状況で分散するのは危険です。まともに戦えるのはシロップさんしかいないので、固まったほうが得策でしょう」
冷静な状況判断が出来る二人がそれぞれ口にすると、ぐうの音も出なくなってしまった。でも、ほんとに正論だからなぁ…
「わ、わかった……じゃあ三人一緒に固まって行動しよう」
「はい」
「わかりました」
結局三人で行動することになってしまった。意気込んだ意味が全く無いなと思いながらも気を取り直して辺りを見回す…
そこで、ふと、噴水脇のベンチで一人だけ、座っているポケモンを見つけた。何だか不思議な雰囲気をまとっていて、話しかけるのは若干の抵抗があったが、他にもいろいろな人に話しかけてきたのだから、いまさら一人に話しかけるのに抵抗を覚えていては始まらない。頬を叩いて気合を入れて――
「……え、えっと…」
なんて話しかければいいんだろう。情報を集めていまして…これでは何なのか分からない。いい天気ですね……これはただの雑談だ……話しかけるきっかけの言葉が全く思い浮かばな――
「こんにちは、いい天気ですね…もしよければお話してもよろしいですか?」
とか人が悩んでいる間に、シナモンがにこりと微笑を浮かべてそのポケモンに話しかけていた。シナモン、恐いもの知らずだな…
「む? そうだな。今日は天気がいい……」 
そのポケモンは手に持ったスプーンを宙に浮かせて回転させながら振り向いた。四十歳くらいの好中年、といった風情のフーディンだ。 
「……私は勿論構わないが、君のような若い&ruby(じょせい){牝性};が私などに何の用だね?」 
「ええ、少々浮世離れしたお話をしたいと――向こうの私の連れの人が…」
いきなりふられてびっくりした。フーディンがこちらを向く。敵意を剥き出しにしているわけでもないのに、妙に心臓がバクバクと脈打った。
「お、オイラ!?ちょっと待ってよ、まだ心の準備が…」
「心の準備も何も無いですよ。ほら、シロップ…」
ミントにずずいっと体を押されて、シナモンの隣に来てフーディンと面を合わせることになった…
「え、ええと、いきなりすみません!!お、オイラ、シロップ…シロップ・メイプルードって言います!!」 
緊張して変に声が上ずる。心臓が脈を打ちっぱなしだった。自己紹介でここまで緊張するとはよもや思わなかっただろう。 
「あ、話しかけておいて名前も言ってませんでしたね…ごめんなさい。私はシナモン…シナモン・シュガーです。以後お見知りおきを」 
シナモンは静かにお辞儀をして。にこりと微笑を浮かべる。特に緊張とかはしていないようで、物腰も普段と変わりない。 
「私はミント…ミント・ポプリンと申します……急に話しかけてすみません」 
なぜか謝る。ミントがいきなり話しかけた非礼を詫びて、改めて挨拶をする。 
「ああ、いや……謝る必要はない。今はさしたる依頼もなく暇なものでね」 
フーディンは持っていたスプーンでぱさりとヒゲを払った。 
「私はハリー=ディテック。しがない探偵業を営む者だ。して、浮世離れした話……というのは如何なるものなのかね?」 
「え?ええと…浮世離れって言うよりは…」 
物凄くいいにくそうな顔…どんな風に言えばいいのか言葉を捜しているようにも見える。 
「凄くふざけた話なんですけれど……」 
ミントも言うのを躊躇している。なにやら口ごもり言うのを渋っている感じだった。 
「初対面の人にいきなりこんなこと言って信じてもらえるかどうか……」 
周りを見て、自分達が変な目で見られていないのかを気にする瞳。ハリーが信じてくれるのを期待するような眼差しでもあった。 
「ふむ……どれだけ眉唾物の情報であろうと起こり得る可能性があるならばそれを考慮しなければならない。何を聞かされても前向きに受け止めよう。話してみたまえ」 
「わかりました……聞き流さないで下さいね……。ハリーさん……魔王アスラの伝説は知っていますか?」 
きっと顔つきを変えて、ぎゅっと唇を引き結ぶ。静かに息を吸って、信じてもらえるか分からない一言をシロップが口の中からよく聞こえる声で出す。 
「魔王アスラ? 物の話には聞いたことがあるな。神話だったと思うが……実話を元に作られたとの説もある。君達はその神話の謎でも追っているのかね?」 
「……やった!やったよミント、シナモン!! ようやくまともに話してくれる人がいたんだ!!」 
まともに話を取り合った瞬間に、シロップの顔が緩んで、大きな声で喜んだ。 
「そうですね…ハリーさんにあうまでに聞いたほかの人の反応はどれもこれも、知らない。何それ?の一言でしたからね」 
シナモンがにこやかにシロップの頭を撫でる。その顔には安堵の色が見て伺えた。 
「これで一歩前進ですね」 
ミントも何かを掴んだような笑顔になって喜んだ。ここまで着ておいて何も得ることが出来なかったらライチ達に申し訳が立たないという気負いからだったのか、若干ほっと胸を撫で下ろしていた。 
「私の知識など役に立つかどうかは知れんが、知りうる限りでお教えしよう」 
ハリーはそう言って周囲を見回した。 
「……こんなところで立ち話もなんだ。私の行きつけの喫茶店にでも場所を移そうか?」 
「キッサテン??…ミント、キッサテンって何だ?」 
専門用語でも聞くような顔をして、シロップが首を傾げる。シロップたちには都会の賑わいや、そういう類の店があることすらも知らないのだろう頭を抱えて喫茶店という場所を想像している… 
「え?さあ?学校の給食室と同じ類のものじゃないんですか?」 
ミントもなにやら難しい言葉でも聞いたような顔をして頭を捻った。いくら他の三人よりも知識があるとはいえ、ミントも落ちこぼれの一人だった… 
「…喫茶店というのは一杯の飲料水で何時間も居座ることが出来るところですよ」 
二人が必死に頭を働かせていると、シナモンがよく聞こえる声で喫茶店の正体を一言で表した。 
「むう、それを言っては元も子もないが……さすがに何も頼まんと放り出されるだろうからな……ともかく、行ってみればわかる。幸いアットホームな雰囲気の喫茶店でな。店員に訊けば丁寧に教えてくれるだろう」 
「アットホームですか……きっといい所なんでしょうね……」 
シナモンが笑いながらハリーの意見に同意する。 
「こんな話、公園で話すのはちょっとアレですしね…」 
ミントも周りをきょろきょろと見つめては落ち着かない様子でそわそわとしている。なにやら若いポケモン達が見知らぬ中年のおじさんとこんな話をしているというのはやはり外野からでは変に見えると感じたのだろう。早めにここから立ち去りたい様子でもあった… 
「案内しよう。ついてきたまえ」

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続きます。
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何でもどうぞ
- 今後の展開が楽しみです。小説の執筆頑張って下さい -- [[F]] &new{2009-02-11 (水) 23:16:01};
- 初めまして。いつも楽しみに更新を待っております。執筆お疲れ様です。 ついに新章指導ですね!孔雀さんの発言にはいつも笑わしていただいております。ついでに誤字指摘を… 警戒に体操→軽快に体操 …と思われます。 -- [[銀猫]] &new{2009-02-12 (木) 00:22:15};
- ・『言うは安く、行うは難し。』&br;『[白い町並みはどこまでも続き→港市場は白くないです]』 -- [[御気をつけて]] &new{2009-04-21 (火) 20:37:59};
- 今か今かと更新まってました。ハリ-も出てきて、今後の展開が楽しみです。がんばってください! --  &new{2009-04-21 (火) 22:37:52};
- ながい間更新されてないお話のようですね。このエレメントは。でも更新を待たせていただきます! -- [[ウクレレカレー]] &new{2009-08-16 (日) 23:46:01};
- 長い間、待ったかいがありました♪
次の更新もじっくり待ってます!
――[[トランプ]] &new{2010-04-26 (月) 20:50:38};

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