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エレメント! 第二章 の変更点


~二章序幕~
その大陸だけは不気味な空間に覆われていた。
雨が降るわけでもなく、かといって太陽がさんさんと輝いているわけでもない。
湿っているわけでもなく、乾燥しているわけでもない空気。風が吹くこともなく、音が聞こえるわけでもない小さな大陸。
まるで時間停止と言う言葉をそのまま拡大させたような大陸の中心地にその塔は聳え立っていた。
「・・・偵察に向かわせたサイドンの意識が消えた・・・どうやら死んだようだ」
同情も哀れみも聞こえない無機質な言葉が広い空間に静かに響く。
「はっ!どうせ偵察用の駒に過ぎない。いくらでも変えは聞くさ。むしろ、あの間抜けが身体を張って勇者の力をみることができたんだ。・・・上場たぜ?」
くくくっと嘲るような笑い声が聞こえる。どうやら複数いるようだ。
「でも・・・少しだけだけど・・・哀れなあのポケモンに同情しないわけでもないです・・・」
同情を秘めたような声が響く。・・・無論その声には何の感情も入ってはいなかった。
「くくっ・・・皮肉るなよ。同情なんて微塵もしてないくせに」
「貴方を笑わせようとしただけです。・・・面白かったですか?」
「12点だな」
「そうですか」
辛口の評価をもらってもその声はなんとも思っていなかった。二匹がだらだらと不毛な会話をしていると、横から違う声が割って入った。
「ヨット、ファイ。下らん与太話をするな。アスラ様は封印から目覚めて我等を創り出してお疲れになっているのだ。さっさと我等の仕事をするぞ」
ヨットと呼ばれたポケモンがごろりと横になる。静かなその空間に少量の光が差し込み、そのポケモンが露になった。
美しい白い毛並みにひんやりとした空気を思わせる美しい水晶のような瞳をその目に宿している。マッスグマだった。
「知らんよ、そんなこと。」
ヨットは静かにそう言い放つと、自分の尻尾の毛づくろいを始めた。それを見たポケモンが怒気を強めて口を開いた。
「暢気だな。お前の首が飛ぶかも知れぬぞ?」
最大限に挑発するように言ってやったがヨットは毛づくろいを止めようとせず、そちらをちらりとも見ずに口を開いた。
「自分の体調を崩してまで創り出した俺達の首を簡単に刎ねれるならビックリだ。是非やってみて欲しいものだな」
クックッと笑って毛づくろいを終わらせてゆったりとした。・・・そして気だるげに呟く。
「第一体調を崩すぐらいなら俺達を創り出さなきゃいい。なっ、ファイ」
ファイと呼ばれたポケモンが軽く頷く。明かりが顔を照らし出す。
小さな身体に茶色の毛がよく映える。顔には大きな三日月のマークが刻み込まれている。ヒメグマだった。
「ほらな。ファイだってこう言っているんだ。お前がどーこーいえることじゃないんだよ。そんなにいうならお前がやれよ、イプシロン」
ヨットは物憂げな瞳でイプシロンと言ったポケモンを見つめる。体が美しい黄色に覆われている。尻尾は九つに分かれて波打っている。キュウコンだった。
「馬鹿を言え。私は私でやることがあるのだ。だからお前達にやっておけと言ってるのに・・・」
「覚醒したての勇者なんて出来立てのうどんみたいなもんだろ?伸びきったところを千切っちまえばいいんだよ」
分けの分からないたとえだったため首をかしげたイプシロンがどう言う意味だと問いかけようとすると、横からファイが口を開いた。
「そうですね。・・・イプシロン、伸びきったうどんは私が千切ってきます」
イプシロンの返事を待たずにひらりと身を翻すと、ファイは扉をくぐって外に出ようとしたときに、ヨットが欠伸をしながら心配の言葉をかけた。
「死ぬなよー。ファイが死んだら俺寂しくって泣いちゃうから・・・くくっ」
読みたくないセリフを棒読みするように言葉を吐いてから聞こえるように笑う
「・・・せいぜい用心します」
特になんとも思わずにファイはその空間から消えていった。
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「ご主人様・・・荷物をお持ちします」
「別にいいって・・・オイラが持つ番なんだから」
シロップがバツの悪そうな顔をして自分のことをご主人様と言ったポケモンを見つめた。栗色の瞳に映える幼い顔つき、子供のような声質とは思えない美しい体つき。
要するにとても可愛い・・・リーフィアがシロップの横に連なって歩いている。
後ろからははやし立てる声と蔑みを含んだ声と哀れみの声がかかる。
「持たせてあげたらどうですか?シナモンは"ご主人様"の力になりたいみたいですしっ!」
「シロップが皆のためのお金をほとんど使って買っちゃったんだもんねっ♪そりゃ大事にしたくもなるさっ♪」
「・・・・・・・・・・・・シロップ・・・・・・・・・・」
シナモンと呼ばれたリーフィアは後ろから来る声に恥ずかしそうに口をもごもごさせた。その仕草がまた愛らしさ抜群であり、大抵の雄なら顔がふにゃふにゃになっていただろう。
しかしシロップは深い疲労と憂鬱が身体の中を支配していた・・・
ライチ・・・そんな顔でオイラを見ないでくれ・・・
レモン・・・後で殴ってやる・・・
ミント・・・お前なんで怒ってんの・・・??
いろいろな感情が頭の中を支配する。そのことばかりを考えているとまた深いため息が出て、何ゆえにこのような状況になったのかと数時間前の自分の行動を摸索し始める・・・
それは数時間前・・・鬱陶しい雨がじめじめとふっていた昼の時間だった・・・
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~二章第一幕~
「うわっ!!雨だぁー!!」
ライチが顔をしかめて暗くなり始めた空を見上げる。自分の尻尾の炎を見つめて大きなため息をついた。
「このぐらいの雨なら明日にはやみます。ここからさらに進んだ先に牛舎小屋のようなものがうっすらとですが見えました。そこまで行ったらきっと雨宿りぐらいできるでしょう。」
ミントが目を細めて遠くを見つめる。雨で視界がせばまっていてよくは見えなかったが、確かに建造物が立っている影が見えた。
「あそこまで走ろう!!通り雨でも雷がなってたら危ないよ!!」
レモンが切羽詰った声で全員の足を急がせる。ライチは自分の尻尾を優しく持って炎に雨が当たらないようにした。




ライチ達が村を出て行ってから数日が過ぎた。ライチ達は歩く途中で自分達がどこに向かっているのかを確認していた。
「情報を集めるのならここから北東に位置するランナベールという町が一番大きい街です。手っ取り早く魔王の情報を集めるのにはここを目指したほうがいいですね。」
歩きながらミントが手に持った地図の北東に位置する大きな町に鉛筆で大きな丸をつけてチェックをする。
「じゃあ、いったんそこで宿の確保をしてからアスラに対する情報をそれぞれがばらばらになって調べるって言うのはどうだ?」
横から地図を覗き込んでいたシロップが一つの案を提示する。ミントは一度だけ頷くとその案に少しだけ自分の考えを付け加えた。
「シロップの案はいいものですが、私たちはまだライチと違ってまともに戦える状態ではありません。ですから、二匹ずつで固まって情報を集めたほうが範囲が広くなりますし、敵に襲われる危険性も激減します。万一に襲われたとしてもすぐに合流できますしね」
はぐれる危険性もあるんじゃないのか?と訊こうとしたが止めておいた。いちいち口を挟むといざその町についたときの情報収集に支障が出るからだ。
「・・・・・わかった、ミントの案に賛成するよ。」
シロップはミントの顔色を伺って賛成の意思を見せた。ミントはしばらくシロップを見つめて何かを言いたそうにしていたが、やがて深く頷くと
「ありがとう。でもシロップが出した案なんですから、私に了承を得るのは間違っていませんか?」
ミントが申し訳なさそうにシロップの顔色を伺う、シロップは大げさに手をぶんぶん振って見せて
「いや、全然気にしてないから。第一ミントの案のほうがもっともらしいし、筋も通ってるよ。」
シロップがそういうとミントが顔を明るくしてニコリと笑った。その笑顔につられてシロップも笑った。
・・・・・その時、雨が降り出した。元々天気が曇り空で空気もなんとなく重かったので雨が来るとはライチ達は十分予想していた。しかし振る量がとても多いことは流石に予想はできなかった。
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ライチたちの息が切れ始めた時に、その牛舎小屋のような建物に辿り着いた。遠くすら見るとぼろっちいあばら家のようなみすぼらしい小屋でも、近くで見ると土台がしっかりした旅先の宿屋に見えるから雨の夜の瞳の世界というのは実に不思議だ。
ライチ達があわただしく扉を開けると、その宿の主人はきょとんとしたような瞳でライチたちを見つめると、すぐに柔和な笑みを浮かべて
「お泊りですか?」
と、聞いてくれた。ライチ達は自分達が雨に打たれて、疲れた身体を休めたい。一晩だけ部屋をお借りしてもよろしいでしょうか?と、聞くと主人は微笑を崩さずに
「いらっしゃいませ。お泊りならイセ硬貨を六枚分いただきますがよろしいですか?」
とよく通った声で宿賃を請求した。ライチが袋からランナベール金貨を三枚取り出して卓上に置くと、嬉々としてそれを受け取った主人はにこやかに部屋へ案内した。
ライチ達が案内された部屋は質素なつくりだったが隅々まで清掃されていてこの宿屋の主人がどれだけ熱心に掃除をしているか分かった。特に雨漏りもなく、狭いというわけでもない。文句など何もない上等な部屋だったのだが一つだけ問題があった。
・・・ベッドが二つしかないのだ・・・
「・・・あちゃあ・・・」
シロップが目をあちこちに泳がせて頭をぽりぽりと掻く。ライチは濡れた身体を乾かすために部屋の住み設置してある小さな暖炉に薪をくべて火をつけると、~薪を使った方はここにノルン銀貨を一枚お入れください~と書かれてある小さな箱の中に古ぼけたノルン銀貨を一枚放り込んで満足そうな顔をした。どうやら汚れた銀貨を処分できてすっきりしたようだ。
「とりあえず荷物を置いて食事を取ろうよ。この分だと夕食なんて出ないよ」
レモンが大きな麻の袋からスモークチーズと干し肉を人数分取り出すと全員に配った。
「・・・この分だと二日後にはランナベールに着きそうですね」
干し肉を口の中に放り込んで味わいながら、ミントはとりあえずの目的地であるランナベールの到着時間を適当に予想した。ライチはレモンからもらったチーズを暖炉の中に放り込んで焼かれていくのを見ながら口を開いた。
「それは明日雨がやんだらのときだよね。もし明日も雨が降ってたらかなり移動時間が削られるよ」
ライチがすっかり焼けたチーズを一口で口の中に放り込んだ。平気な顔をして食べているあたりを見ていると、炎タイプとは実に便利だとレモンが思っていた。
「地面がぬかるんでるからねっ。移動に足をとられるかもしれないよっ」
ライチの言った事にレモンが付け足すと残りの干し肉を一気に口の中に入れてよく噛んだ後飲み込んだ。ミントがちまちまとチーズを齧りながら外を見る。さっきからごうごうと降り続く雨は衰えるどころか益々激しさを増して草原一帯に降り注いだ。この調子で降り続くと明日晴れても移動に足をとられるな。と思っていた。
じめじめとした雨はライチ達が就寝してからも降り続け・・・結局朝まで降り続いていた。
・・・ちなみにベッドの割り当ては男と女で完全に分けられた。
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朝になっても雨がまったく止まないのを見つめてげっそりしたミントは朝食をとってからどうするかをライチに問いかけた。なぜならライチが雨の中を走るのが一番危険だからだ。ライチは一瞬だけ考えたが、意を決したようにこう告げた。
「僕なら大丈夫だから今から早足で目的地に向かおう。やばくなったら麻袋でも何でもかぶって走ればいいよ」
などといってくれたのでミントは大いに助かった。そしてこんなに前向きになったのもあまり泣かなくなったのもきっとレモンとファイヤーのおかげなのだろうと思いのんきに口の中を漱いでいるレモンに目を向けた。
「んがががががが・・・・っんん?どーしたのミント?僕を見てて楽しいー?」
えへっと笑うとレモンは再び口を漱ぎ始めた。ミントは急にレモンを見るのが阿呆らしくなりふいっと顔をそらして窓の外を見て・・・妙な違和感に気付いた。
「???・・・何でしょうあれ・・・辻馬車が・・・止まってます」
ミントの見ているところから全員が顔を覗かせる。確かに辻馬車が止まっていた。行商人でも泊まりにきたのだろうと思っていたレモンは目を輝かせると
「行商人だったら何か売ってもらおうよ!!節約したほうがいいし、ここ買っておけば野営のときの料理のバリエーションも増やせるよ!!」
料理のバリエーションが増えるかもしれないという言葉は旅をする者にとってはとても魅力的な甘言に匹敵する言葉だった。旅をするに至ってもっとも大事なのは節約することなので食事も貧相なものになりがちである。
レモンがどたどたと一階の宿屋の受付に降りるときょろきょろと辺りを見回し辻馬車の持ち主と思しきポケモンを探して・・・ソファに座ってくつろいでいるゴーリキーに目を向けて大きな声で問いかけた。
「すいませーん!貴方は行商人ですかぁ??」
レモンの声にくつろいでいたゴーリキーはゆっくりと顔をレモンのほうに向けて、行商人がよく使う笑顔で答えた。
「ああ、そうだよ。貴方は何か欲しいのかな?」
「それは商品を見てから決めますよ」
レモンがはっきりというとゴーリキーは賢明な判断だといわんばかりににっこりと笑うと
「わかった。辻馬車をちょっとだけ移動させるから待っていてくれないかな?」
「はい。わかりました」
短い返事でレモンがゴーリキーが外に出るのを見ていると、それと入れ替わりに二階からライチ達がやってくるのを見た。
「レモン、いきなり飛び出さないでよ・・・それで?行商人だった・・・みたいだね」
ライチが行商人かそうでないかを聞こうとしたがレモンの満面の顔を見てよく分かったようだ。くすっと笑うとレモンの傍まで寄ってきた。
「何が売られてるんだ?」
シロップがまだ眠そうな目を擦りながらレモンに訊くと、レモンは首をゆっくりと横に振ると
「まだ何が売られているのかは分からない。でも・・・もし大きな町から来た行商人だったら食料品が売られてる可能性は高いよっ♪」
レモンがくふふっと笑い声を押し殺す。これから出てくる行商の品に期待を抱いているのだろう。
・・・しかし、レモンたちは行商品の中でとんでもないものを目にする羽目になった・・・
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~二章第二幕~
湿度の高い部屋の中でレモンが思案顔にくれて目の前に並べられた品物を値踏みするような瞳で見続けている。
「・・・レモン・・・30分以上立ってるんだけど・・・ちょっと・・・」
「ライチ・・・・黙れ・・・・」
ドスの聞いた声でレモンがライチを黙らせる。ミントはビクリと一瞬震え、シロップは背中に寒気のようなものを感じた。
「う・・・・ごめん・・・なさい・・・・」
ライチの顔は今にも泣きそうだった。いくら変わったとはいえ心の芯までが変わるわけではない。ライチは結局泣き虫なのだ。
レモンの目は血走っていた。これから先に使うものを的確に判断しいかに値切りをかけるかを考えているような、まるで節約して物件購入でも考えていそうな・・・そんな顔だった。
「っ・・・・・・・・・・・・・・・」
「どうしたんだい?もう買わないのかな?」
ゴーリキーが相変わらず行商スマイルでレモンに問いかける。30分間も待たされているのに相変わらず微笑を崩していない。その辺はさすが行商人だとシロップは関心の眼差しでゴーリキーを見つめていた。
そしてその前でうんうん唸っているレモンにチラッと目をやり大きなため息を吐く。
「・・・どうしてあぁなるのかなぁ・・・」
さっきまでは楽しそうに食材を選んではさわやかに値切っていたのに・・・道具のこととなると突然人が変わったように押し黙って思案するとは、レモンはよっぽど貨幣を使いたくないのだろうというのがひしひしとライチ達に伝わった。
「・・・・っつ・・・・すみません・・・辻馬車に載せてある荷物を全部持ってきてもらえませんか?」
レモンが急に顔を上げたかと思うと品物を全て出せとゴーリキーに注文した。特に問題など無いだろうと思っていたが、ゴーリキーはなぜか困ったような顔をしてレモンに問いかけた。
「全部かい?・・・馬車に残っている品物はあと一つしかないんだよ。それで・・・その品物は・・・」
歯切れが悪く答えてゴーリキーはこめかみの辺りをぽりぽりと掻く。レモンははっきりと答えた。
「一つでもいいです、それを出してきてもらえませんか?お客に全ての品を見せるのが商人だと思いますけど」
レモンの瞳が真っ直ぐにゴーリキーを捕らえる。ゴーリキーは降参だといわんばかりに肩を竦めると。
「わかった・・・待っていてくれ」
そう言うと扉を開けて辻馬車においてある商品を鳥に雨の降り続ける外へと消えていった・・・
「レモン・・・ちょっと怖いですよ・・・」
ミントの言葉に振り向くとミントがびくっと震えた。よほど怖かったのだろうかその身体は小刻みに震えている。
「・・・あー・・・そのー・・・、ごめんね・・・・ちょっと頭の中が貨幣のことでいっぱいになってて・・・えぇと、・・・悪気は無いんだ!!」
レモンが両手を合わせて謝罪する。ミントとライチはいつものレモンに戻ってくれた用でほっと安堵した。
「それで・・・いいものはあったの・・・?」
ライチがレモンに問いかける。今のところレモンが購入したのは麻袋に入った水と木の実を数種類、そして長期保存食として干し肉を値切れるだけ値切って買ったのだった。
レモンは少しだけ真剣な顔になると首を横に振って口を開く。
「・・・移動に使えそうな傘とかはあったんだけど、行商人だからね・・・他よりも値段が若干高いんだ。・・・さっき値切りに値切っちゃったからもう値切ることはできないし・・・あまり実用性も無いから買うものはもう無いかな」
レモンがさらりとそんなことを言ったのでシロップたちはがっくりと肩を落とした。ずっと溜まっていた疲労が身体に一気に来たような感覚に襲われる。
「無いなら無いって言ってくれよ・・・。待たされたオイラ達は何なんだよ」
シロップの顔にはどんよりした疲労の色が目に見えるように浮かんでいた。レモンはそんなシロップに少しだけ謝罪しながら言葉を紡ぐ。
「ごめんごめん・・・でもあれぐらい待っているとあの商人さんが絶対に何か他のものを持ってくると思ったんだ。行商人は大小に関わらず嘘や隠し事をしているしね・・・」
レモンの確信を持った言葉にいまいち関心がもてないシロップは「へぇ、そう」などといって適当に相槌を打つのがせいぜいだった。
「やあ、待たせてしまったようだね」
唐突に入り口のドアが開けられゴーリキーが中に入ってくる。どんな商品なんだろうとレモンが目を向けると、
・・・首に拘束するための首輪をつけられたリーフィアがとことこと入ってきた。
レモン達は一瞬ぽかんとしたが、すぐに気持ちが戻ってきていったい何なのかと尋ねた。するとゴーリキーは相変わらずの行商スマイルのままこう言った。
「これが最後の商品だよ。奴隷ポケモンさ、・・・硬貨にしてランナベール金貨200枚分だよ」
レモンはびっくりしていたが、すぐに表情が曇ってきた。どうやらどうでもいいものだと判断したらしい。首を傾げてそのリーフィアを見つめる。
リーフィアは虚ろな瞳でレモンたちを見ていた、おそらく助けて欲しいのだろう。しかしレモン達は今から行く町のために余計な硬貨は使ってはいられないのでそんな哀愁の漂う瞳はさらりと流していた。
・・・だがシロップだけはリーフィアを真剣に見つめていた。
「・・・名前・・・教えてくれない?」
唐突なシロップの問いかけにリーフィアはおろかレモン達もがびっくりした。シロップを見つめてどうしたのだろうかと思っていた。
「・・・シナモン・・・・シナモン・シュガーです・・・」
抑揚の聞いた透き通るような声でシナモンという名のリーフィアが口を開いた。シロップはさらに質問する。
「・・・どうしてシナモンは奴隷なんかになってるの?」
シロップの言葉にシナモンはビクリと反応する、どうやら話したくないぐらい嫌な事があったのだろう。
「(・・・あんなに怯えてる・・・どうして同じポケモンなのにこんなことできるのかな・・・)」
シロップには差別や偏見が理解できなかった。結局そんなことをしても同じポケモンなのだ。奴隷にしようが使用人にしようが同じなのだ。違うものになどなりはしない。なのにポケモン達は蔑み、妬み、突き放す。まるで汚らわしいものでも見たかのように・・・





「・・・・どうしたんだい?この子を買うかい?」
ゴーリキーの言葉ではっとしたシロップはレモンたちを見た。激しく首を横に振っている。あきらかに買いたくは無いのだろう。シロップもそれは思った。どこの馬の骨とも分からないポケモンに200枚も金貨を使うことは無い。そう思っていてもシロップには割り切ることができなかった。
「・・・あの・・・・おいら達が買わなかったら・・・シナモン・・・どうなるんですか?」
シロップの正直な問いかけにゴーリキーも正直に問いかける。
「うーん、私はこのままランナベールにいくからね。そこで富豪のポケモンとかにでも買い取ってもらうよ。私もあんまり人身売買は好きではないけれど、これも商売だからね・・・」
「買います・・・オイラ・・・シナモンを買います・・・」
ライチ達が驚いていた。シロップ自信も自分の言葉にびっくりした。シナモンが呆けたようにシロップを見つめていた。ゴーリキーが本当に買うのかと念を押した。シロップは深く頷くとレモンから強引に金貨袋を引ったくり中からランナベールの記念硬貨を100枚取り出してゴーリキーに渡した。ゴーリキーがそれを受け取ったあと、首輪の鍵をシロップに渡して宿屋から出て行った。
・・・ポニータの嘶きが聞こえ、大きな音を立てて辻馬車が遠ざかっていく。
残されたシロップ達はシナモンをじっと見ていた。
「・・・あ、あの・・・ありがとうございます」
シナモンが小さな声でお礼の言葉を漏らした。シロップは笑って頷いていたがライチ達は笑ってはいられなかった。
「・・・どういうことか説明してくれませんか?シロップ・・・」
ミントが引きつった笑いを浮かべて思い切りシロップの足を踏んづけた。
「あぎゃあっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
シロップが顔をしかめてミントの顔色を伺った。
・・・ものすごく怒っているようだ。
「・・・怒ってる?」
シロップが分かりきったことを訊いた。レモンやライチはそこまで怒ってはいないようで、何でシロップがシナモンを手元に置いたのかを思案していた。
「当たり前です!!!大事なたびのお金を根こそぎ使い切って!!こんな・・・こんな・・・女の子を買うなんて!!!」
シロップはいまいちミントの怒っている点が分からなかった。お金を使い切ったことに怒っているのか、それともポケモンを買うという人道から外れた行為に怒っているのか。妙に顔が赤いのも気になった・・・・。
「・・・わ・・・悪かった。オイラも軽率だなって思っていたんだけど・・・シナモンを見てると・・・なんか放って置けなくって・・・」
シロップの分かりにくくてややこしい言い訳にシナモンは顔を赤くして俯き、ミントは益々顔を真っ赤にして、レモンは瞬時に顔をにやけさせ、ライチは虚無のような瞳でシロップを見つめていた。
「・・・そっか。シロップにもとうとう春が着たのか・・・だったら金貨200枚なんて安いものだねっ♪」
「「「「ええっ???」」」」
レモンを見つめて4匹は同時に言葉を吐いた。
「シロップ・・・そんな不純な目的だったの?」
「・・・春・・・ご主人様の・・・」
「・・・不潔!」
それぞれの口からそれぞれの思いが飛んでくる。シロップは益々あわてて、すぐにレモンに食って掛かる。
「ちっ・・・違う違う!!レモン!!何でたらめ言ってんだよ!!」
「隠さなくってもいいってっ♪シロップもそういうこと考えてる時期があるもんねっ♪」
「違うっつーの!!!」
「まぁ、落ち着いてってば、もうそろそろ出発しないと宿屋のご主人さんに迷惑がかかるから。支度しよっと♪」
軽くはぐらかしたあとにレモンは軽やかな足取りで荷物を持って宿屋の主人に礼を告げていた。
「・・・・シロップ・・・とりあえずここから出て・・・それから考えようよ」
ライチの瞳にシロップの顔が映る。・・・凄い疲労がにじみ出ていた。
「違うんだってば!!!」
ミントがむっつりと押し黙ったままシロップを見つめていた。
「・・・シロップの春が来たなら私は別に何も言いません。本来の目的を忘れないで下さいね・・・・」
「ミント・・・お前何怒ってんの??」
「怒ってません!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
シロップに怒鳴ったあとにどすどすと宿屋の外に出る。それにつられてライチとレモンも外に出る。取り残されたシロップとシナモンは気まずい雰囲気のなかで突っ立っていた。
「行きましょう、ご主人様。皆さんに遅れてしまいます。」
屈託の無い笑顔でにこりと笑ってシナモンが宿屋の外に出る。
「・・・笑顔・・・ようやく見せてくれたんだな・・・」
シロップが胸中で嬉しくなった。あのときに見た虚ろな瞳をもう見ることがなくなるといいな。と、思っていた矢先にライチ達から声がかかる。
「シロップ!!!早くして!!尻尾の炎が消えちゃうよ!!!」
「早くしてくれませんか"ご主人様"っ!!!!」
「ご主人様ー♪、いつまでも僕達を待たせないで下さいな♪」
慌てた声と、怒気のこもった声と、からかうような声。
「だから違うんだってばーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!」
シロップの大声が辺り一帯に響き渡った。
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「・・・ご主人様?どうされました?」
シナモンの声で我に返ってあたりを見渡す。北に延びる海岸線を歩いていることすらも忘れて、数時間前の自分を呪い続けていた。
「いや・・・何でもないんだ・・・あのさ・・・シナモン・・・」
シロップはすぐにかぶりを振って頭の中から余計なことを消し去るとシナモンに向き直った。
「何でしょうか?ご主人様?」
シロップの顔色を伺うようにシナモンが顔を近づけてきた。少しだけたじろいだあとにシロップははっきりとこう言った。
「オイラのこと・・・"ご主人様"っ言うの止めてくれない?・・・オイラは君を束縛するために助けたんじゃない・・・君を自由にするために助けたんだよ・・・」
シロップの行ったことを聞いていたシナモンは首を横に振って口を開いた。
「いいえ、ご主人様はご主人様です。私を買ってくださいましたから、ご主人様といわなければなんと言えばいいのですか?」
シロップは嫌そうな顔をした。シナモンの口調から分かるように自分を物のように扱うことが完全に心のどこかで定着してしまっているのだろう。

・・・やめてくれ・・・オイラはそんな言葉が聞きたいために君を助けたんじゃない・・・君に自由を知って・・・皆と同じように平等に笑って欲しいだけなんだ・・・なのに何で分かってくれないんだ・・・

「・・・普通に名前で呼んでくれればいいって・・・」
シロップが語気を強めてそういったがシナモンは益々首を横に振った。
「それだけはできません。私はご主人様の"物"です。そんな失礼なことできません。」
シナモンの言葉がどんどんシロップを苛立たせる。シロップは平常心を持ってシナモンに諭す様に言葉を紡いだ。
「君は物なんかじゃない。そんな扱いは誰にもさせない・・・絶対に・・・」
「・・・ですけど・・・」
「お願いだ・・・これ以上オイラをイライラさせないでくれ・・・」
シロップが頭を抱えてシナモンを見つめた。一部始終の会話を聞いていたレモン達がはやし立てた。
「あはっ♪カッコいいこと言うねーご主人様♪ミントもうかうかしてられないよっ♪」
「僕もあんなふうなこといえたら言いなー。いいなーシロップ慕ってくれるポケモンがいるなんて」
「大方"ご主人様"って言われててんぐになってるんじゃないんですか?」
シロップは堪えようとしたが、ミントの言葉で完全に理性を失った。
「いい加減にしろっ!!!!!!!!!!!!」
シロップの怒気がこもった言葉にレモン達はびくりとしてシロップを見つめて・・・驚いていた・・・。



・・・シロップが・・・涙を流していたのだ・・・
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~二章第三幕~
「お前らなんでそんなことしかいえないんだよ!!どうしてそんなことをいうんだよ!!おいらはそんな風に言われてへらへら笑ってられるほどできたポケモンじゃないんだぞ!!!!おいらがシナモンを助けたのは・・・そんな風に言われたいためじゃない!!!シナモンに自由を知って、自由に生きてもらって、もう一度笑って欲しかったから助けたんだよっ!!!!!なのになんだよお前ら・・・げらげら笑ってはやし立てやがって!!!!お前らの心にはそんな風に人の心を踏みにじる気持ちしか入ってないのかよ!!!!サイドンと戦ったときに見せてくれた他人を思う心は全部嘘の心だったのかよ!!!!!!!!莫迦ヤロー!!!!!!!」
シロップはもう何も言いたくは無かった。俯いて黙りこくって、耳を塞ぎたかった。だけどできなかった。自分の気持ちが堰を切ったようにあふれ出す。頬に伝わる熱い液体の感触が鮮烈に伝わる。
ああ、情けない。自分は今泣いているんだ。からかわれただけで逆上して食いかかるなんて最低だ。
シロップがぼろぼろと涙を流してレモンたちの顔を見る。
ライチはおろおろしていた。自分の非礼がどれだけシロップを傷つけたのかわかっているようだった。レモンは俯いてしまった。自分がふざけていた姿がどれほど失礼か考えているような顔が俯きがちな瞳から見て取れた。シナモンは驚いていた。自分のことをそんな風に考えてくれるポケモンがいたのに驚いて、自分の言葉の愚かさを思い直した。
ミントはシロップに歩み寄り、蔓をしゅるしゅると伸ばして優しくシロップを包むと掠れる様な声を耳元で囁いた。
「・・・ごめんなさい・・・私・・・私・・・シロップのこと全然分からなくて・・・莫迦な事を言ってしまって・・・ごめんなさい・・・本当に・・・ごめん・・・なさい・・・」
途中途中に鼻を啜る音が聞こえた。どうやら泣いていたようだ。
シロップは自分の涙を拭っていきり立った感情を落ち着かせると、気遣うようにミントの耳に囁いた。
「もういいんだ・・・オイラも言いすぎた・・・だからもういいんだ・・・」
シロップが優しくミントの頭を撫でる。ミントはずっと抱きついたまま動かなかった。その沈黙を打ち破るように申し訳ない程度にライチが口を開いた。
「ごめんシロップ・・・僕・・・言いすぎたよ・・・」
ライチに続けてレモンが謝る。
「僕も馬鹿だったよ・・・ごめん・・・・」
最後にシナモンがもごもごしながら上目遣いに謝る。
「・・・申し訳・・・ありません・・・シロップ・・・・さん・・・」
口から搾り出すような弱弱しい声。それでもシロップには聞こえた。シナモンが自分の名前を呼んでくれたことに。
シロップはにっこりと笑ってシナモンの方を向いた。
「ありがとう皆・・・・。・・・初めて名前で呼んでくれたね、シナモン。その畏まった言葉も直してくれよ。オイラ達・・・友達だろ?」
明るく屈託の無い笑顔とともに向けられたシロップの真心にシナモンも柔らかい笑みを浮かべた。
「は・・・はいっ!!」
シナモンの言葉を聞いてようやく落ち着いたシロップは皆に向き直って元気な声で叫んだ。
「よっしゃ!!じゃあさっさとランナベールを目指そうぜ!!日が暮れる前に着かないと街についたとたんにグーグー寝る羽目になっちゃうぜ?」
シロップの言葉に皆が笑った。その笑顔には他人を分け隔てる壁など存在しなかった。
そしてライチ達はまた歩みを進めて、ランナベールを目指して北に歩み続けた。シロップの心には、愛の心が輝き始めていた。
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「・・・・・あれ?・・・・・ランナベールは??」
ライチがあたりをきょろきょろと見渡す。当たりは海が広がる海岸線が続いているだけで町どころか林一つ見えはしなかった。
「・・・おかしいですね?地図の通りに北東に進んだのに・・・」
ミントが怪訝顔をして持っていた地図を穴が開くほど見つめる。するとシナモンが横から声をかけてきた。
「ミントさん、ちょっとその地図貸して貰ってもいいですか?」
「え?ええ、構いませんけど・・・」
ミントが歩いている途中に打ち解けてシナモンと友達になったため、何の躊躇いも無くシナモンに地図を貸した。
シナモンは地図をずっと見続けていたが、小さく唸るとミントにこう呟いた。
「ミントさん・・・この地図間違ってます・・・ミントさん達の村がこの位置なら、ランナベールという町はこの村から北西・・・つまり左上斜めに進んだところにあるんです。この地図は大陸の位置が逆さまなんです・・・というかこの地図のこの面は裏側なのでは?」
シナモンにいわれるまで誰一人として気付かなかった逆さまという言葉に全員が脱帽する。何となく変な地図とは思っていたがまさか裏面をずっと見ていたとは微塵にも思っていなかったのだろう。
「・・・じゃあ・・・この地図の表面で言うところの・・・私たちはどの辺にいるんですか???」
シナモンがゆっくりと指をさす。そこは完全に間逆の海岸線だった。レモンが顔をしかめて、シロップが堪えきれずに笑い出した。
「あっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ!!!!」
ライチは訝しげな顔をしたが心のそこから笑っているシロップを見続けて、ライチもくすくすと笑い出す。それにつられて他の三匹も笑い出した。
夜の海岸に響く、楽しそうな笑い声。この姿を絵にしたのなら誰が見ても心が和んだだろう。
その笑い声が――――唐突に途切れた。
レモンがあたりを警戒して耳をぴくぴくと動かした。ライチは目を凝らして辺りを見回した。異常なまでの威圧感が、海岸一帯を支配した。
殺気―――――とまではいかない。しかしそれに近いものをシナモンは感じ取った。そう、例えるなら・・・


床に散らばった塵をさっさと塵箱に捨ててしまおう――――


そういった表現が実に正しい。そして今のライチ達はまさにそれである。
不意に海岸からゆらりと立ち上る影が近づいてくる。
「・・・・見つけました。出来立てのうどんは美味しいかもしれません。ですが冷めて伸びきったうどんはとても食べられたものではありません。うどん屋さんなら冷めて伸びきったうどんは捨ててしまうでしょう。貴方達の存在は・・・まさしく冷めて伸びきった・・・うどん・・・です・・・」
言うが早いかその影は一番近くにいたシロップに高速で詰め寄ると――――腕を横薙ぎに一閃し、シロップの腕を筋肉の繊維に沿って思い切り引き裂いた。
「!!!!!!!っ・・・うわあああああああああっ!!!」
シロップが無様に宙を舞い砂浜に叩きつけられた。ライチ達は突然の出来事に構える間も無くその影を目で追い、そして我に返ったようにシロップに駆け寄った。
『シロップ!!!』
全員がシロップの傍まで来て開放しようとした刹那、先程の影が目の前にドシャリと飛び込んできた。そのまま力任せに両腕を旋風させる。ライチ達はシロップから離れた砂浜に頭から叩きつけられた。
『うあああああっ!!!!!!!!!!』
シナモンが真っ先に起き上がり身体を動かそうとした。しかしその瞬間足に激痛が走る。足のアキレス腱が切れていたようでまともに立つ事ができなかった。
よく見るとライチは腹部を思い切り損傷していた。げほげほと血を吐いていたから臓器を幾つか損傷しているのかもしれない。レモンは肩が脱臼している様だった。ぜいぜいと苦しげな息を漏らして身体に走る痛みに耐えているようだ。一番損傷が軽いミントでさえもが頭から多量の血を流して意識を失っている。
一撃で・・・たったの一撃で戦局が絶望的になってしまった。シナモンは月明かりに照らされる小柄な影をうっすらと見つめていた。小柄な身体から発せられる無機質な言葉は、まるで標本か剥製と会話をしているかのようだった。
「動くことはできませんよ・・・私は急所を狙いましたから・・・」
その陰の全形が露わになる・・・ヒメグマだった・・・
「私の名前を一応言っておきましょう・・・・私はファイ。アスラに創られた人工ポケモン・・・といっておけば分かるでしょう」
シロップはその言葉を聞いて驚きを隠せなかった。アスラにはまだ僕がいたのか・・・ということと、もう一つは・・・
「創られた・・・命?」
シロップの言葉にファイはくるりと振り向くと冷徹な瞳で見下ろして、シロップの傷口を思い切り踏みつけ、ぐりぐりと踏み躙った。
「うっ・・・・ああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!」
シロップの悲鳴が夜の海岸にこだました。ファイは五月蝿い蝿を叩くような苛立たしい目を向け、鳩尾を思い切り蹴り付けて吐き捨てるように言い放った。
「ええ、創られた命です。何か問題でもあるのですか200年前も同じようなことを言われましたね・・・そんなに人工物が珍しいですか?・・・貴方のようなポケモンを見ると苛々します。そうやって私たちを蔑んで見下して差別して煙たがって憎悪の眼差しで見つめて・・・さぞ楽しいでしょうね・・・」
そのままうつ伏せているシロップの顔を思い切り蹴り付けて後ろの岩まで激突させる。小柄とは思えないパワーだった。
「うがあっ!!!」
シロップのくぐもった悲鳴を聞いてファイはさらに続ける。
「貴方達勇者が現世に存在するのならアスラのような巨悪もまた存在します。そして私たちはアスラの力によって生み出された生命体。役目を終えれば消え去り。そしてまた生み出されるでしょう。・・・前世の記憶を持ったまま」
シロップに近づくと思い切り胸倉を掴み上げて砂浜に叩きつける。シナモンたちは助けに行きたかったが先程の一撃を食らったせいで動くに動けない。仮に動けてもすぐさま返り討ちにあるのが明らかだ。頼みの綱のライチは意識が朦朧としてその場で自分の腹部を抑えるので精一杯だった。
ファイがシロップに向かって言葉を吐き出し続ける。
「200年たっても差別心と言うのは消えないのですね・・・貴方の顔を見てすぐに分かりましたよ。驚きと侮蔑の入り混じった表情・・・反吐が出ます。・・・正直絶望しました。貴方達のような伸びきったうどんの時代はもうおしまいです。こんな差別が続く世界なんて焦土として、私たちの住む世界に作り変えるのが――――――」
そこまで言ってファイはふと気付いた。目の前にいるゼニガメから・・・哀れみの目が向けられていることに・・・
「・・・なんですかその目は・・・・不愉快ですね・・・」
「・・・お前・・・可哀想な奴だな・・・」
「!!!!・・・何っ!?」
ファイは唇をかんでシロップを見つめる。
「何でそんな風に思うんだよ・・・どうして今も昔も変わってないって言いきれるんだよ・・・世界は絶対に変わるんだ。時計の針のように遅々とした変化だけど・・・変わるんだよ・・・なのになんでお前はその変化に目を向けられないんだよ!!!!」
「どこが変化したんだ!!!!!」
溜まらずにファイは叫んだ、自分の頭を抱えて何か嫌なことを思い出すように震えだす。
「お前の反応を見てもう分かったんだ!!!驚きと侮蔑、軽蔑と蔑みの視線をどんな奴からも向けられる!!私は何もしていないのに、異端者と知られただけで差別される!!!!そんな腐った世界のどこが変化したっていうんだっ!!!!!!」
「オイラは驚いただけだ!!!!差別なんてしていないし異端者とも思ってない!!!!!お前は勝手に思い込んでいるだけだ!!!!!自分が正しいと思っていたら堂々としていればいい、一度や二度軽蔑されたぐらいでへこたれるなよ!!!!いつか自分が世界に溶け込めて皆と平等に笑い合えるって思えないのかよ!!!!!」
「そんなものは夢物語だ!!!!」
ファイが斬って捨てるように言い放つ。
「お前がどれだけそう思っても世界の見かたは変わらない!所詮差別や偏見なんてこの世から消え去らない!!!世界なんて変化しないんだよ!!!」
シロップは顔を上げてファイを見据える、そして一歩も引かずに言い放った。
「だったら・・・変えてやる・・・オイラが・・・変えてやる・・・アスラを倒して・・・お前達を助けて・・・お前らに教えてやる・・・等しく愛し合う世界を・・・お前の石頭に叩き込んでやる!!!」
シロップがそう言った瞬間、頭の中に柔らかい声が流れ込む・・・
「(貴方は・・・本当にそう思っているのですか?)」
その声を聞いた途端に、シロップの精神はどこか別の次元に飛ばされたような感覚に陥った・・・
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~二章終幕~
シロップは靄がかかった空間をひたすら歩いていた。先には青い光が弱弱しく点滅している。シロップはそれを虚ろな瞳で見つめて一歩、また一歩と歩を進めていく。
「・・・・・・」
シロップが歩くにつれてどんどん光が近づいてくる。シロップにはそれが何なのかうっすらとだが理解していた。
シロップが濃い靄の中を進んでいくと、青い光が突然輝きだし、靄のようなものを全て吹き飛ばした。
「・・・オイラ・・・あんたの存在・・・何となくだけど分かってたぜ・・・」
何も無い白い空間の中でシロップがポツリと呟く。その刹那、シロップの目の前に巨大な氷柱が伸びだして、大きな音を立てて砕け散った。
その氷柱の中から美しい鳥ポケモンが姿を現した。
「・・・・・・」
シロップがしばらく無言でいると、その鳥ポケモンは優しい口調で言葉を紡いだ。
「私の名は・・・・フリーザー・・・愛の心を司る勇者・・・・」
「オイラの名前は・・・言わなくても分かるんだよな・・・」
シロップがそう言うとフリーザーは軽く頷いて本題を切り出した・・・
「シロップ・・・先程の問いをもう一度言いましょう。・・・貴方は本当に、この世界から差別や偏見が消えると思っているのですか?」
シロップはフリーザーの言葉を考えた。
確かにこの世には差別や偏見がいくらでもはびこっている。等しく愛し合う心を全員が持つなど腐るような時間が必要なのだ。
・・・しかし、実現できるとシロップは信じていた。
「・・・・思ってる・・・差別や偏見は・・・・きっとこの世から消える・・・」
シロップはゆっくりと、しかしはっきりと力強くそう答えた。フリーザーは柔らかい物腰の声でシロップの言葉を試すように口を開いた。
「なるほど、それが貴方の答えなのですね。・・・しかし貴方が思うほどこの世界は上手く廻ってはいないのです。私もかつてはそう思ってました・・・しかしその考えが間違っているのかもしれないと思いはじめました・・・」
シロップは心底驚いた。愛を司る勇者が自分の言葉に絶対の心が無いと考えていることに。フリーザーはさらに言葉を続けた。
「そして200年たった今でも尚差別や偏見は続いています。私は考えたのです。差別や偏見を完全になくすには全員が同じ気持ちを持つのではなく、全員が同じ種族になればいいのだと・・・」
「違う!!!!!」
シロップは大声を上げて否定した、フリーザーは澄んだ瞳でシロップを見つめた。
「なぜ違うと思いますか?同じ種族になれば、同じものを傷つけることの無意味さを知って、差別や偏見なども消え去るとは思わないのですか?」
シロップはフリーザーの言葉に激しく首を横に振った。そしてしばらく言葉を選んだ後に口を開いた。
「そうじゃない・・・そうじゃないんです。同じ種族になっても差別や偏見なんて消えない。・・・差別や偏見は種族の違いから出るものじゃない・・・・心の食い違いから生まれる悲しいものなんです。だからそれを直すのは同じ心の力が必要なんです!!おいらはそれを絶対に実現して見せたい。だから・・・オイラに力を貸してくれませんか?」
シロップの言葉を聞いていたフリーザーはシロップをじいっと見つめると優しく微笑んで口を開いた。
「シロップ・・・貴方の心の中に光る"愛"の心。・・・確かに見せてもらいました。」
シロップは怪訝顔でフリーザーを見つめたが、自分の気持ちが試されているのだと気付き、こくりと頷いた。
「確かにこの世界には多すぎるほどの差別や偏見が埋まっています。実際にそれが消えることは無いのかもしれません。しかし私は信じています。私達ポケモンの心は・・・差別や偏見の思念を打ち消して穏やかな世界を運んでくれることを。・・・シロップ・・・私は貴方の真っ直ぐな心がポケモンとポケモンの間に隔たる壁を消してくれる希望の礎になってくれると信じています」
シロップはもう一度頷き、口を開く
「オイラは諦めない。絶対に皆が平等になれる世界になる。そんな世界にしたいんだ。・・・だから・・・力を・・・貸してください」
フリーザーはやわらかい微笑を浮かべて青く輝く光を差し出す。
「シロップ、私の司る力は意思の力。貴方の意思に少しでも揺らぎが生じれば、私の氷は貴方を永遠の終焉へと誘うでしょう・・・それでも・・・私の力を求めますか?」
「求める!!!」
シロップの力強い返事にフリーザーはこくりと頷くと光を差し出し、
「ならば手を」
と、告げた。シロップは頷き手を差し出す。互いの手が重なり、フリーザーがシロップの中に入っていく。
すさまじい冷気が身体の中に渦巻いている。気を抜いた瞬間に絶対零度の世界に意識が飛びそうだった。それほどの力が今シロップの身体の中を縦横無尽に駆け巡っている。
白い世界が砂糖菓子のように崩れていく・・・完全に崩れるとき、頭の中に声が響いた。
「(シロップに幸あれ・・・私はいつまでも見守っています。・・・今の貴方の意志を・・・愛の心を・・・どうかどうか忘れないで・・・)」
空間が完全に崩れ去り。シロップは闇の中に放り出された。
・・・決意の意思を心に灯して・・・
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ファイがシロップの異変に気付いたのは数秒後のことであった。
シロップの身体からほの暗い・・・しかし力強い何かの力が体中から溢れ出ていることに・・・
「・・・何だ?・・・何か不思議な力が・・・」
ファイがシロップを見つめる。シロップは静かに深呼吸して、身体の中にイメージを湧かせる。
それは癒しの雨、光となって降り注ぎ身体を、心を癒す光。敵にも見方にも降り注ぐ命の輝き・・・
「(イメージを働かせて・・・痛いの痛いの飛んでけっ!!)」
シロップが自分の力を指先に集めて空に掲げる。その瞬間光は空中に上がって霧散し、その直後にやわらかい透き通った雨が降り注いだ。
雨に当たったライチ達は、身体に変化があることに気がついた。
・・・傷が、物凄い速度で回復している・・・ライチの腹部は傷かどんどん塞がっていく。シナモンはきれたアキレス腱が高速で再生していく。ミントは頭の出血が止まり目を覚ました。レモンは肩の脱臼が元に戻り動くことができるようになっていた。
「馬鹿な・・・全員完治したなんて・・・」
ファイはシロップを見ていた。いきなり力を使った反動か、地面にひざをつきぜいぜいと喘いでいる。
「・・・誰だって痛いのは嫌だろ・・・お前も・・・オイラも・・・」
シロップは優しい瞳でファイを見つめていた。ファイはギリギリと唇を噛んで吐き捨てるように言葉を紡いだ。
「笑わせないで下さい。貴方の自己満足なんて聞きたくありません。幸い動けないようですし、今すぐに息の根を―――――――」
言いかけてファイは薄ら寒いものを感じた。向こうを見るとライチの腕がめらめらと燃えている。
「よせって、あんなのに当たったらお前炭になっちゃうぞ・・・ライチはイメージの力が強い・・・から・・・・」
言い終わるが早いか、シロップは倒れてしまった。
ファイはライチの方を見つめた。シロップに手を出したら炭にする。と言わんばかりの炎を腕から立ち上らせている。
「・・・・分が悪いようですね・・・引かせてもらいます・・・しかし、おろかな"愛"の勇者よ・・・この世に私達の居場所なんてないことを・・・覚えておくといいでしょう・・・」
シロップに問いかけるように呟くと、身体を影に溶け込ませて、完全にファイは姿を消した。
「シロップ!!」
敵の気配が完全に消えたことを確認したミントがシロップに詰め寄る。シロップは返事をせず、かわりに穏やかな寝息が聞こえていた。
「・・・よかった・・・本当に・・・」
ミントは安堵の息をついてシロップを見つめた。
シロップは柔らかい顔をして幸せそうに眠っている。ライチ達がその顔を見つめてくすくすと笑っていた。
「幸せそうな顔しちゃってまぁ・・・襲われるとか考えないのかなっ♪」
レモンがけらけら笑いながらシロップの頬をぷにぷにとつつく。
「シロップの力は僕と違って放出型だったから・・・エネルギーを全部燃焼しちゃったんだね・・・お疲れ様・・・よくがんばったよ・・・シロップ」
ライチがシロップの頭を撫でる。シロップの顔が擽ったそうに動いた。
「シロップさん起きませんね。私背中に乗せて歩きましょう。もうすぐ朝日が昇ります。ランナベールはすぐそこですから早く行きましょう。」
シナモンがシロップの身体をひょいと自分の背中に乗せて歩き出す。ライチたちもそれに続いて歩き始める。うっすらと上る朝日の先には、ランナベールの街が神々しく輝いていた・・・




二章・終幕
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