作[[呂蒙]] ある春の日のことである。ここはラクヨウ市郊外の一軒家。家と呼ぶには少々大きい、むしろ屋敷と呼ぶべきであろうか。 珍しく風も弱く、陽光がさんさんと屋敷の中に差し込む。屋敷の中に電話の着信を知らせる電子音が鳴り響く。 「もしもし?」 「おお、カンネイか」 「何だ、父さんか」 「忘れ物をしてしまってな、書斎の机の上に仕事で使う資料があるから、すぐに事務所まで届けてほしいんだが」 「FAXで送ればいいだろ」 「事務所のFAXが壊れているんだ。だからこうして頼んでいるわけだ」 「はいはい、わかったよ」 カンネイの父親は上院議員。すなわち政治家である。と、同時に最大野党の党首でもあるから、何かと仕事が増える。 父親が多忙で、生後すぐに母親と死に別れたカンネイは、最初は自分に構ってくれない父親を良く思わなかった。しかし、成長するにつれて、せめて、子として父親に孝を尽くすくらいのことはしてやるかと思うようになった。 階段を上がり、長い廊下の突き当たりに書斎はある。8畳ほどの部屋で、本棚と机、コピー機やパソコンなどなど仕事に必要なものが一通りそろっている。机の上にそれはあった。膨らんだA4サイズの茶封筒が置いてあったのである。 「これだな」 茶封筒を脇に抱えると、カンネイはギャロップを探した。急いでいるときはギャロップの背中にまたがって風をきる。これがこの上なく気持ちいいのだ。もっとも、慣れない人がやると、バランスを崩して落馬してしまうが。ギャロップは庭にいた。ギャロップはカンネイの姿を見るとこちらへ近づいてきた。 「急ぎだろ? 乗れ」 ギャロップは長い脚を折って姿勢を低くした。もう15年以上一緒に過ごしてきている。そのため、言葉を発さなくても、何を考えているかはすぐに分かる。 「悪いな」 カンネイが跨ると、ギャロップは立ち上がって、春の日差しの中を軽やかに駆け出していった。 ◇◇◇ 一方、こちらはシドウ市。 医者一家の4男、バリョウは朝起きてから、イライラしているのか落ち着かない様子であった。頬杖をついたり、腕を組んだりと椅子に座っていても、その姿勢が続く時間はごくわずかであった。いつもに比べて明らかに挙動がおかしい。 「おはよう、バリョウ」 バリョウのポケモン、ウインディが起きてきた。 「ん? ああ、おはよう」 声の調子も明らかに不機嫌そうだった。バリョウは温厚な人柄で、理由も無く人にあたることは絶対にない。また、余程の事が無いかぎり、激昂することも無い。が、今日は違った。声の調子に加えて、ウインディに向けられた視線が、特別鋭いものだった。分かりやすくいうと、睨みつけられたのだ。また、口数もいつもに比べてかなり少ないものだった。バリョウとて、人間だから喜怒哀楽の感情はある。しかし、ウインディには思い当たる節が無かった。何故なら、昨日は高校時代の友達と久しぶりに会ったとかで、ずっと機嫌が良かった。それが、一晩寝ただけで、そこまで急に変わるものだろうか? ウインディが何かしたわけでもなかった。昨日バリョウが出かける前は、掃除を手伝って感謝された。もしかすると、その前に何か原因があるのか? しかし、バリョウは過去のことを蒸し返して何か言うような人物ではない。それは、ウインディも良く知っていた。だからこそ、戸惑っていた。放っておくべきか、意を決して聞くべきか・・・・・・。 が、それ以外にも選択肢はあった。バリョウのことを良く知る人物がいるではないか、身近に。 弟のバショクである。部屋に行ってみると、バショクはまだ寝ていた。それと何だか、部屋から変な臭いがする。それでも、構わず熟睡しているバショクを叩き起こす。 「おい、起きろ!」 右前脚でバショクをど突く。 「う゛~ん、何だよ・・・・・・」 バショクはのそのそと起き上がる。バショクも様子がおかしかった。何だか顔色が悪い。まあ、大体の想像はつくが。 「変なんだよ」 「ウインディ、お前が変なのはじゅ~ぶんわかってっからさ、大声出すな、頭に響く・・・・・・」 「何だと!?」 バショクは無言で、ボールからラプラスを出した。そしてこんな事を言った。 「ラプラス~」 「もしかして、昨日の・・・・・・」 「う゛え゛え゛~、気持ち悪うぅ。」 「うわあああああ、ここで××しちゃまずいよ、何とか我慢するんだ。ウインディ、洗面器洗面器」 「・・・・・・」 まったく、肝心な時に役に立たないな。頭はまあまあ良いかもしれないがどこか抜けている。 バショクは二日酔いで、当分あのままだろうし、ラプラスも側を離れられないだろうから、で、リクソンは旅行中で不在。と、なると・・・・・・。 ウインディは、家を飛び出した。他に頭の良い人物といえば、カンネイしかいなかった。が、ウインディがカンネイの家に着いた数分前に、カンネイは家を出てしまっていた。応対に出てくれたのは、カンネイのポケモン、エルレイドだった。 「すぐに戻られると思うので、どうぞ」 と、エルレイドは言ってくれたが、ウインディは急いでいた。エルレイドもかなり頭の良いポケモンだから、よし。 「エルレイド、今って暇?」 「え? ええまあ」 「だったらちょっと来てくれ」 「???」 理由を聞く暇も与えられずに、エルレイドは連れてこられた。 バリョウの家についてようやく、理由を聞く時間が与えられた。 「あの、よろしければ、理由をお聞かせ願えないでしょうか?」 「あ、ああ」 こういう口調で話されるのはどうも苦手だなと思いつつも、訳を話した。 「・・・・・・つまり、ウインディ様は普段温厚なバリョウ様が訳も無く不機嫌な理由を探って欲しいというわけですね?」 (様? まあ、お偉いさんに仕える身分だから、そーゆー口調になるもの無理ねえわな) 「すぐに結論は出しかねますが、よろしいですね?」 「え? ああ」 ウインディは、何となくエルレイドに対して劣等感を抱いた。オレって、育ちが悪いのだろうか? と。 (そうですね、まずはバリョウ様の行動を観察してみましょうか) エルレイドの静かなる調査が始まった。 普通なら「何かあったのですか?」と聞けば済む話である。しかし、話しかけられたくないときに話しかけられるのは、誰でも気分のいいものではない。だからこそエルレイドが連れてこられたのである。バリョウと会話したわけではなかったが、話しかけてはいけない雰囲気、すなわちそのようなオーラが家中に充満していた。その濃度は相当なもので、どんなに場の空気を読むのが苦手な人でも感じ取れるほどであった。 かといって、じっとバリョウのほうを見ているわけにもいかなかった。話しかけなくても、それはそれで良い気分ではないだろう。何しろずっと監視されているようなものなのだから。そんなことが許されるのは、防犯カメラぐらいのものだ。 (さて、どうすべきか思案しなくては・・・・・・) 探れとか、解決してくれといった主旨のことは言われたが、すぐに結論は出せないと言って、了承を得たのだから、焦る必要などない。とはいえ、何もしなければそれ以上先に物事は進まない。一番簡単なのは、超能力でバリョウの心を読み取ることだった。が、これだとかなり接近しなければならないし、やらせてくださいといって許可がもらえそうなものでもなかった。読心はエスパーの専売特許だが、いざ発揮しようと思ってもなかなか使う機会がない。平和な世の中においてバトルをしなければ、ポケモンの能力など宝の持ち腐れに等しい。では、無くてもいいかというと無ければ困る。 (正攻法で行きますか) エルレイドは、バリョウに気付かれずに観察するために一計を案じた。まず、リビングにおいてある新聞を使うことにした。紙は大きいほうが良い。まずは広げて、適当な位置に小さく穴を開ける。しくじるととんでもなく大きな穴になってしまう、慎重にかつ静かに・・・・・・。 ようやく、2センチほどの穴が開いた。側で見てみると目立ってしまうが、遠くからならばさほど目立たない。少なくとも、すぐにばれることは無い。 新聞を広げると、小さな穴の向こうにはダイニングの椅子に座ったバリョウが見える。目つきは鋭くいかにも不機嫌そうだ。そして何やら落ち着かない様子。エルレイドがここへ来たときも無視こそしなかったが、いつもに比べ、無愛想で口数も少なく、目つきも悪かった。 視野が狭くなってしまうが、これは仕方の無いことだ。 と、その時バリョウが立ち上がった。 (まずい、ばれたか?) と思ったが、どうやらトイレに行ったらしい。 何となく、解放された気分だ。この隙に考えをまとめる。 睨む、すなわち、眼を細くする。そして、バリョウは細目ではない。元々のものでないとすると、必ず理由があるはずだ。睨む以外で眼を細くするといえば・・・・・・。いくつか出てきたが、どれも有りえそうな答えだった。何とかして一つに絞りたいところだが。 エルレイドは、バリョウがトイレに入っている隙に、部屋に手がかりが無いか調べてみることにした。 部屋は小ざっぱりしていて、本やノートは本棚にきちんと納められていて、ゴミ箱は空、窓ガラスはピカピカだった。そこにウインディがやってきた。 「何かわかった?」 「はい。ただ、証拠が無いので、この部屋を調べに。に、しても、随分キレイですねこの部屋」 「そりゃ、昨日大掃除したからな」 「大掃除、ですか?」 「ああ、いらないものは片っ端から捨てたからな」 「片っ端から、と言いますと?」 「え? だから、その辺に落ちてるものとか、いらなそうな物を手当たり次第に。でも、大丈夫だ。バリョウは必要なものは机の引き出しに入れたりしてるから。結構几帳面だからな」 「ところで、そのゴミはどうされました?」 「庭に持ち出して、燃やした」 「近所迷惑では?」 「そうか?」 ゴミも手がかりがあるように思えたが、燃やしてしまったのでは調べようがない。よく推理小説やドラマで、証拠品を隠滅するために燃やしてしまうとか、海に捨てるなんていうのがあるが、まさか、本当にそれと似たようなことをしている人がいるとは。しかし、手がかりはそれだけではないはずだ。他に手がかりがありそうなのは、本棚だった。机の引き出しには手がかりがありそうだったが、鍵がかかっている為、調べるのは不可能だ。ムリヤリこじ開けようと思えば、こじ開けられるが、鍵を壊してしまったら、それは立派な犯罪行為だ。政治家に仕える身に、やましいことがあってはならない。 「あ、そうそう。本棚を調べるんなら、ちゃんと元に戻しておいてくれよ」 「え? はい」 「あいつ、うるさいんだよね。そういうこと。本の順番が違うとか、背が揃ってないとか」 「あ、それは、お言葉ですけど、普通だと思いますが。私も家で散々言われてきたので、そういうものだと」 「あなたとは違うんですよ!」 「・・・・・・古いですね」 「あ、やっぱ、知ってたか。まあ、あれだ。もう一人の方が気になるから、あとよろしく」 やはり、兄弟がいて、両方ともポケモンを持っていると、ああなるのだろうか? つまり、ウインディはバリョウのポケモンであり、ラプラスは弟のバショクのポケモンである。しかし、あくまでそれは名目的なもので、実際は2匹とも家族の一員であり、誰が誰のポケモンということは無いに等しい。カンネイは一人っ子であり、リクソンは3人兄弟だが、親元を離れて一人暮らしである。ポケモンを持つこと自体珍しいこの国では、兄弟あるいは姉妹それぞれが、ポケモンを持つことは極めてまれなことである。そのため、エルレイドには新鮮な光景のように思えた。 本棚に目をやると、「収入・支出」というラベルが貼ってあるノートがあった。手に取り、ページを繰っていく。 (ほほう、これは。と、いうことは、もしかすると?) ところで、このノート、どうやら日記としての役割も果たしているようだ。日付と品物、それにかかったお金などが書かれている。そして、その後に二言三言、その日のつぶやきのようなものが書かれている。 2月4日。 食料品 1000ルピー。 それにしても家にいるのはでかいポケモンばかり。もう少し、小さいサイズのがいいなあ。 2月16日。 本 253ルピー、食事代 1500ルピー。 まったく寒くてイヤになる。当分雪の日が続くらしい。 3月14日。 出費は0。朝と昼は昨日の残りで、晩御飯は先生のおごり。やったぜ。 その2日後に「出費 コンタクトレンズ30日用」とあるのが気になった。 (やはり、そうか) まだ、その日から30日経っていない。にもかかわらず、部屋には見当たらない。どうやら、そのコンタクトレンズが鍵を握っていると見て間違いなさそうだった。 しかし、確実にそうと決まったわけではない。証拠の一つではあるが、物が見つからないのでは決め手に欠ける。それを見つけ出すのが至上命題といえるだろう。 一方でこうも考えるのだった。例えば、財布や腕時計など毎日使うものを分かりにくい場所に置くものだろうか、と。毎日使うようなものならば、普通は分かりやすい場所や決まった場所に置くものだろう。いくら大掃除したといっても、几帳面な人ならば、掃除が済んだ後に、元の位置に戻すのが自然と考えられる。普段使わないものならばともかく、いつも使うものを分かりにくい場所に置く人はまずいない。 もしかすると、誰かが隠したのかもしれない。けど、そんな子供のいじめみたいなことをする人がバリョウの周りにいるものだろうか? いたとしても、バリョウがすぐ気付く事は明らかだった。 少し前進したものの、まだいくつかの謎があった。 さて、どうしようか。コンタクトがどこへいったか、これが分かれば解決したも同然なのだが。しかし、それ以外の可能性もある。それらをまずは排除しなければならない。エルレイドはダイニングに戻った。と、そこにはバショクがいた。もう治ったのだろうか? に、しても二日酔いと聞いたが、どうなってしまうのかエルレイドは何となく気になった。さしずめ「混乱」している状態なのか? それはさておき弟のバショクがいるのだから、いろいろと話を聞いて、そこから答えに結び付ければいいではないか。 「バショク様、ちょっとお話が」 「えっ?」 「バリョウ様、実は××ではありませんか?」 「え? 兄さんが? そんな話聞いたことないけどなぁ」 あれ、間違えたかな? そこで、エルレイドは質問を変えた。いくつか質問をしたのだが、その内容は、バリョウはどうやって大学まで通っているか、そこで何をしているか、といったものである。答えは 「電車たまにウインディに乗って。多分本を読んでるか寝てるか」 いや、やはり間違えていない。特に気になるのが、二つ目の答え。 「ところで、電車通学はいつからですか?」 「高校からじゃないか? 小中高大オレと同じだし」 「その時から、電車の中で読書をしていたのですか?」 「と、思うけど、そんなこと本人に聞けばいいのにって、今はちょっと無理か」 「と、いうと6年弱ですか、ははぁ、なるほど、真相が見えてきました」 「と、いうと6年強ですか、ははぁ、なるほど、真相が見えてきました」 「?」 エルレイドは、バリョウの部屋に戻った。そこには、ウインディがいた。その姿を見てエルレイドは言った。 「答えが出せました」 「もう出たのか? 速いな」 「ですが……」 「ん? 何だよ」 「バリョウ様もここへ連れてきてください」 「ええ?」 「ご本人のためですので」 「しょうがねぇ、分かったよ……」 渋々ではあったが、ウインディはバリョウを連れてくるために部屋を出て行った。 ◇◇◇ 二つの声が聞こえてきた。 「何だよ、話って」 「んなことは、エルレイドに聞いてくれ」 バリョウとウインディが部屋に入ってきた。何だかさっさと話したほうがよさそうな雰囲気である。バリョウの眼が「用なら早く済ませてほしいんだが」と訴えかけているようだ。 「では、単刀直入に申し上げます。バリョウ様……」 「ん……」 「あなた、近眼ですね?」 バリョウの眉がピクリと動く。 「そうだと言ったら?」 「当て勘で言っているのではありません」 「う、まあ、他人から何か言われるのが嫌だったから今まで黙ってきたが、何故分かった?」 「まず、あなたはよく本をお読みになられます。学校の行き帰りの電車の中でも、恐らくそうしていたことでしょう。その時間、ざっと見積もって、往復で40分として、学校があるのが200日強。つまり、1年間で8000分すなわち5日から6日ほどの時間になります」 「つまり?」 「まあまあまあ、詳しいことは今から話しますので」 エルレイドはウインディの質問に答える代りに、さらに話を続けた。 「付け加えて言えば、電車という乗り物は、揺れる乗り物であります。揺れ動く小さな目標を目で追うことは、眼にとってはかなりの重労働。まあ、強制収容所で働かされるようなものでしょうか。そのようなことをほぼ毎日させられれば、当然衰えていきます」 「ふふ、さすがだな。ウインディ、お前も少しは見習え」 「というか、頼むから睨まないでくれ」 「睨んでるわけじゃない。こうしないと、よく物が見えないだけだ」 バリョウとウインディのやり取りを見ていたエルレイドは静かに口を開いた。 「では、私はこれで。どこかへいってしまったコンタクトに関しては、私が詮索するまでもないと思いますので」 エルレイドは帰っていった。 ◇◇◇ それにしても、コンタクトレンズはどこへいってしまったのだろうか? 「う~む、机の上に置いたと思ったんだけどなあ。大掃除の前まではあったのに」 「え? 机の上だと?」 「ウインディ、何か知ってるのか?」 「いや……」 「じゃあ、買ってくるか。まったく物がよく見えないと気分は落ち着かないし、イライラするし……」 ぶつぶつ言いながら、バリョウは出かけていった。 (やべえなぁ、机の上に箱が置いてあったけど、いちいち要るか要らないか、聞くのがめんどいから、ほかのゴミと一緒に庭で燃やしちまったよ。どうする、素直に謝るか? それとも黙っているか……) 終わり 誤字、脱字、感想、指摘などなどありましたらこちらまでどうそ。 コメントお待ちしております。 #pcomment(エルレイドの事件簿のコメログ,10,)