by[[ROOM]] ---- 警告 エロ予定作です。苦手な方はまわれ右でお願いします。 ---- ……うん、つまりウタにもカタチがあるんだ。ついでにいうと、色も。 目に見えるもの、形のあるものしか信じないっていう人がいる。目に見えないものはすべてゴーストタイプのいたずらかなんかだっていう人がいる。 でもそういう人も目に見えないものを信じてる。無意識にね。 “言葉”を。その言葉の後ろにある“ココロ”をね。 どういうことなのかな?不思議だよね。 で、考えればわかるけど答えは一つ。言葉にはカタチがあるんだ。カタチがあるからみんな信じるんだ。 ウタは言葉をリズムにのせるものだよね。簡単にいえば。だからウタにはカタチがあるんだよ。 えっ?よく分からない?難しい? ん~うまい説明だと思ったんだけどな。これより上手に先生も説明する自信ないなぁ。 ……よし分かった。これからお話をしよう。これは、僕と、このことを先生に教えてくれた人のお話。長くなるかもしれないけど、みんな先生の話をよく聞いててね。 ---- 「がががあああっぺ。がががあああっぺ。はぁ~」 小河の近くに色とりどりの花が咲きほこっている。赤、黄、白……大きさも形も様々だ。快晴の夕日が花を照らす。誰でも見れば心を揺さぶられる景色。そんな感じか。その中に一人、その場に相応しくない顔をするポケモンがいる。さっきまで小河の水でうがいをしていた。周りの花に元気を吸われているかのように落ち込んで座り、じっと河が流れるのをただ見ている。 この状況、絵になるよね。きれいな花、それらに囲まれた一匹の可哀想なポケモン。題名は何だろう?「歌えないプクリン」?「嘆くプクリン」? 喉が弱いのは生まれつきなのかな?ものごころ着いた時には弱かったからわかんないな…… どうして?僕の種族は歌が歌えてこそ花、輝けるのに。なのに僕は…… 意味のない自問自答だとは本人も分かっている。でもこうしないと現実に押し潰されるんじゃないか。恐怖に誘発されているから仕方がないのだ。 「ああもう!いっつもこの時間はここに来て歌の練習してるけどさ。ちっとも上手になんないじゃん。頑張っても頑張ってもさ、だめなもんはだめじゃん?」 いつの間にか口に出して文句を言っていた。やかんのお湯が沸騰し始めていた。だがこのプクリンのやかんふたには穴が付いていない。圧力に耐え切れなくなったふたはどこへ飛ぶのか。近くにあるものは河と花のみ。 「のんきに咲いちゃって!こんな花!」 プクリンは手で2,3花を根元から掴む。後は力を少し、少しでいい、入れさえすれば今の望みが叶う。 でも…… 「はあぁぁ~、だめだよね。それじゃあ」 そっと花から手を離す。ごめんね、と心の中で言う。それでも大分落ち着いたようだ。スゥーと立ち上がる。 「帰ろっかな」 プクリンは帰路につこうとした。進行方向に誰かいるのを見るまで。 あれは……見たことない人だけど。種族はよーく知っているね。できればこんなポケモンに生まれてきたくなかった、自分と同じ種族…… 「こんにちは!」 20メートルほど離れているのにもかかわらず、向こうにいるプクリンは話しかけてきた。 こちらのプクリンが驚いたのは言うまでもない。しかし驚いたのは話しかけてきたことではない。 その、声にだ。 距離があっても近くで話しかけられていると感じるような、よく通るまっすぐと透き通った声。射抜かれたようともいえる。本当はプクリンってこんな声なんだろうなと思った。 「こんにちわ…」 ああ僕の声はやっぱりこんななんだな。小さいしぼそぼそしてるし。ま、今はどうでもいいか。 挨拶を返すのは最低限の礼儀。だけどそれ以上のことをする必要はないよね。 プクリンが帰ろうと足を運ぶ。帰り道にもう一匹のプクリンがいるため、結果として二人は近づく形となる。すれ違いざまに向こうが話しかけてくる。 「ねえ、さっき言ってたのって……?」 げげ!まずい!聞かれてたのか!どうしよう、なんて言い訳しようか……よし、話題を変えよう。 「君は誰?見かけない顔だけど?」 「先に質問したのは私。先にこたえるのはあなた」 通じない?っていうか何で僕のことをそこまで追及する? プクリンは押し黙る。うまい言い訳は思いつかない。やがて向こうが耐えかねた。 「わかったわよ。私はシャープ。こういうのはレディーファーストじゃないと思うんだけどな。で、あなたは?」 シャープ、あの声にはふさわしいね。射抜く、“鋭い”、似てる。 「僕はサウンド。」 「サウンドは歌上手になりたいの?」 だしぬけにおかしな質問が来たよ。しかも僕の心を的確に射抜いてるし。やっぱり“鋭い”。 「そんなの……当たり前でしょ。僕が文句言ってたの聞いてたでしょ?それが答え。ところで君はここで何してたの?」 「こっちが名前で呼んでるんだからサウンドも名前で言って。私はサウンドをを見て……」 何?何?僕を見てだって?僕ってそんなにかっこいい? 「……絵を書いてたの」 「え?」 お。今のは掛詞というやつなんじゃないのかな。驚いたときに思わず言っちゃう「え」と「絵」。う~ん僕は本当は歌より詩のほうが向いてるんじゃないのかな。 まあそんなことよりも。 「絵って僕の?」 「そうそう。見る?」 シャープはどこから出したのだろうか、いつの間にかスクラップブックを持っていた。一緒にシャープペンシル(やっぱり僕は詩の方が向いてるねきっととサウンドは思った)を持っている。 それにしても……絵になる光景とは思ったけどまさか本当に絵が見られるなんてね。 「うん。見せてよ」 シャープはほら、と言ってそのスクラップブックをサウンドに見せた。 その絵は色のないモノクロの絵だった。あのシャーペンしか使っていないようだ。光の明暗。影の強弱。表面ではそれしか情報のないつまらない絵。 だがそれはあくまで表面。裏には別の何かを感じさせるものをその絵はもっていた。それがなんなのかサウンドには分からなかったが、とりあえずただただ感じたものに鳥肌を立たされるがままになっていた。 「……じょうずだね」 僕ってこんな顔して座ってたのか。これじゃあ「歌えない」でも「嘆く」でもなくて「お化け屋敷の」がふさわしいね。 「そうお?ありがとね!」 サウンドは封印でもするかのごとくスクラップブックをゆっくり閉じるとシャープに無言で返す。 「さて本題。君は……サウンドは歌がうまくなりたいの?」 はあ、やっぱり聞いてたのか。でも言い訳を考える必要はなくなったね。幸いにも。 でも後戻りはできないって空気だね。“背水の陣”?だったら正直に答えるのが得策。 「もちろん、うまくなりたいよ。それで…聞いてたと思うけど…毎日この時間にここにきて練習してるんだけどさ、さっぱりでね」 シャープはふーんといって首をかしげている。何を考えているんだか。 「誰かに教わったりしてた?」 「いや、いっつも一人。おじさんがこの村にいるんだけどさ。その……恥ずかしくて」 ふふふとシャープは笑う。何がおかしいんだか。 「サウンドってかわいいね」 「はいぃ?」 はあ?僕は男の子だよ。可愛いって言われてうれしいとでも御思いで? 口には出さずとも顔が真っ赤になればシャープもサウンドが怒っているのがわかる。それでもなおシャープは笑っている。むしろさっきより大きな声をだし、笑い声も「ふ」から「は」になる。 「ねえわたしがセンセーになってあげようか?」 「……いい加減怒るよ」 センセー?ふざけてるでしょ絶対。何がセンセーだ。子供に物言うみたいじゃないか。「い」くらいちゃんと発音しろ。 「ははは!膨れちゃって、まさしく“プク”リン。歌なんか歌えなくても十分にプクリンらしいね」 「くっ……」 もう怒りたくなくなってきた。 サウンドはしぼみ始めるとそのまま地面にがくっと座り込んでしまった。 さすがにシャープも悪いと思ったのか。かがんで目線の高さをサウンドに合わせて言う。 「わかったわかった。ごめん、いいすぎたわ。謝るよ!」 「どうせさ、僕なんてさ、がんばってもさ……」 「自分の世界に入らないでよ。うじうじと。ちょっと聞いて。 サウンドはそのう…そうおじさんから教わるのが恥ずかしいんでしょ?」 「……まぁそうだね。力の差がありすぎて……」 「理由なんてどうでもいいけどさ。でも私からなら恥ずかしくないんじゃない?」 ん?なんで? 言葉は出さず(いや出したくなかったのだ。鼻声になっているのを悟られたくなかったから)顔をあげる。 「だって今日会ったばっかりでしょ。感じるような羞恥心はないはず」 そういうことね。確かにそれなら納得できるが… 「けど僕は本当に歌えないプクリンなんだ、わからないと思うけど。指導者がついたって結局何も変わらないんじゃないかって思う。それならいっそのこと指導者がついたら僕だってうまくなれるんだ、そう思ってたほうが気が楽でしょ。たとえ……たとえ実際そうでなくても。」 「それだからうまくなれなかったのね。納得したわ」 勝手に納得するな! と言うまえにシャープが続ける。 「いい?私たちが変われるのは、立って何かをしたときだけ。立って行動したときだけ。でも行動すれば未来が変わる。どういう形であってもね。 たしかに指導者がついても変われなかったらショックだと思う。でもそんなことしてたって変われないよ。ほら立って」 シャープに腕を掴まれてサウンドは立ち上がる。腕の力が強いんだなと思った。 「よし立った。じゃあまた明日、この時間、この場所で」 「へ?いやいやいやまだ指導受けるなんて決めてないよ?」 「あれ?でも私が腕つかんだだけでサウンド立ったよね」 そんな馬鹿な。シャープは力を入れていなかった?僕が自分で無意識のうちに立ち上がったの? 「その顔は信じられないって顔だね。ふふ、無意識にはしたがったほうがいいんじゃない?」 “鋭い”ね。射抜かれてしまった。考えてることを読まれてしまった。 でも今はそっちよりもっと大事な問題がある。シャープの言う通り無意識は馬鹿に出来ない。 なら、あくまで自分の無意識に従い、答えは一つ。 「わかった。お願いします。……シャープ先生。ついていきます」 待ってました~!といわんばかりにニコッとシャープは笑う。 「ま、先生はいいわ。言うなら“センセー”。じゃ明日、この時間、この場所で」 「うん、明日、この時間、この場所で」 何でセンセーにこだわるのか。そもそもどういう立場の人なのか。見かけない顔だから引っ越してきたのかな? 分からないこと、不安なことだらけだったがなぜか久しぶりに笑っていることに、歌えないプクリン本人は気付いていなかった。 ---- えっちらほっちらと歌えないプクリンが道なき道を進む。青々しい緑色をした雑草のマットが足に絡み付いてくる。随分大きいマットだとサウンドは思った。 サウンド以外の誰かがここに来ることは滅多にない。だからサウンドの練習を耳にする者はいない。それこそがサウンドがこの場所を練習場に選んだ最も大きな理由であった。 巨大なマットの端には何もない。あるとすれば、それはあの小河。 いやもう一つある。 建物があればそこまでが村となる。何もなければ村はそこでおしまい。 すなわち、出口。 雑草に足を取られながらも一歩一歩進むうちにきらびやかな音が聞こえてきた。河は近い。 例によって、いつもここで足が止まる。 面倒くさい。うまくなれるはずもないのに。 先行する思いの鎖を引きずって、ここまで、今日まで歩いてきた。やる気もないのに進んできた。 俯くサウンドは前方を見ていない。存在感たっぷりなピンクの影にも気がつかなかった。 「お、来たね来たね。こんにちは」 うわ! ずんずん誰かが近づいてくる。雑草を蹴散らし払いのける力強い足取りに迷いはなかった。 サウンドは頭の中が真っ白になっている。昨日のことはもはやおぼろげ。それでもなんとか短くて細い糸を手繰り寄せ、思いだした。 先生……シャープ…。 「こ、こんにちは」 ものすごく不安。先生……じゃなくてセンセーがついたのはいいけどさ。何するのか全然予想できないし。だいたいこのシャープって人怪しいんだよ。 年は同じくらいみたいだけど、オーラまとってるというかなんというか……。 「ひゃあ!」 いやだなぁ、このオーバーリアクション。いちいち反応が大きい。周りからは『わざとらしい』って言われるし。 直したい。そう思っても全く直らなかった。最近は生まれつで納得してる。 歌と同じでね。 とりあえず今日は様子見しよう。 「脅かさないでよ」 「別に脅かそうと思ったわけじゃないけど。ほらこっち」 シャープに腕をがっちり掴まれ、河の近くまでぐいぐい引っ張られた。抵抗はしなかったがしたところでおそらく無駄だったろう。 すごい腕力…… 雑草を抜けてから河までは距離がある。そこで生きる花を踏まないよう注意して足を運ぶ。 「では、今日はウタとは何か、ということをいろはにほへとの『ひ』まで教えてあげるよ」 いろはにほへと、ちりぬるを、わかよたれそ……ゑ『ひ』もせす。 ようするに、ほとんど全部だね。 「一日でそんなに教えられるの?」 まさかとんでもないスパルタ?ああ、不安だ。 「大丈夫。言いたいことは一つだから」 期待でサウンドの目がきらりと光る。 「もしかして歌がすぐに歌えるようになる秘訣みたいのがあるの?」 きっと僕はそれを知らなかったから歌えなかったんだ! 「ん~そうなるのかな」 ほらやっぱり! 「教えて教えて!」 サウンドががっついて問いただすもシャープはあくまで落ち着いている。 「はいはい。心して聞いてね」 ついに僕も……歌が歌えるようになるのか。ドキドキしてきたぞ。テンションあがってきた。 期待はもやもやしていて掴みどころがない。形がない。 シャープの言葉は見事に期待を気体にしてしまった。 「サウンドはウタのカタチって知ってる?」 「はあ?」 うたのかたちぃ~? 「……知らない」 「あ、そう」 シャープはがっくんとわざとらしく肩を下ろす。サウンドの目には入っていない。 もしかして…… 「それが秘訣なの?」 「そうだよ。ウタのカタチ、それさえ解ってれば楽勝だよ、ウタなんて」 「私自身まだよく解ってないんだけどね」と思い出したように付け足した。 うたのかたちっていっても…… 「歌に形なんてないでしょ。ようは音なんだから。目に見えないし、触れないし」 「そういわずに聞いてよ。例えばの話。世の中には、目に見えるものしか信じない、信じようとしないポケモンがいっぱいいる。でもそんなポケモンも目に見えないモノを信じてる。無意識にね」 「というと?」 にやりとシャープが笑った。 「ほお~サウンド君。探求心満々だね。いいねえ」 そんなことはないと思うけどな。でも、誰かに褒められるのは久しぶりかも。 サウンドも負けず劣らずの笑みで答える。 「続けるよ。それは言葉。言葉は目に見えないけど、みんな信じてるじゃん?サウンドは昨日の私の言葉を信じてここに来たんだよね?」 「ま、まあ……」 忘れてたとは口が裂けてもいえないよ。口が裂けたらいえないけど。 言葉か。確かにそうだよね。目に見えないけど、僕たちは立派に信じているじゃないか。 「でも正確にいうとみんな言葉じゃなくてその後ろにあるココロを信じてるんだ」 心? 「言葉あくまでココロを伝える手段だからね。お互いに考えてることを伝え合うためのただの橋渡し。正しくはココロを信じてるんだよ」 「ふーん……」 「だけどやっぱり形のないものを私たちは信用できない。つまりココロにはカタチあるってわけ」 「ふーん……」 うーん……。 「で、なんの話してたんだっけ?」 「……歌に形があるっていう」 「あっそう!ほらすぐ忘れちゃう。まだまだ分かってないんだなあ」 この人について行って本当に大丈夫かな? 「まとめるよ。私たちは目に見えない言葉、ココロを信じてる。それはココロにカタチがあるから。ウタは言葉をリズムに乗せたもの。で、ウタにはカタチがある、分かった?」 一気にいわれてもね。 サウンドは返事の代わりに唸り声をあげている。誰がどう見たって判断できる。 「じゃあ言い方を変えようか。ココロと身体はつながってるってよくいうでしょ?ココロが動けば身体も動く。身体が動けば変化が起こる。つまり、カタチになる。どお?」 「早くてついて行けないよ」 さっきよりはなんとなく…… サウンドは難しい顔をして頷く。 「すぐには分からないだろうけど、きっと分かるようになるから。私に任せておきなさい!」 シャープは両手に腰を当てて「エッヘン!」と胸を張った。サウンドは思わずクスッと笑う。 よく解らないけど自信はあるみたい。頼りになりそう。 「じゃ今日はこれだけにするわ。また明日」 「うん、また明日」 とりあえず、信じてみよう。心には形があるんだから。実在するんだから。 すなわち、投げたり蹴られたりすれば傷がつくという意味でもある。そのことをサウンドが知るのはもう少し先だ。 ---- 風が雑草を撫でている。何回も何回も触り、その都度さざ波がたつ。 撫でられた雑草は当然揺れる。さらに揺れた草が擦れ合い、ざわざわ音を奏でる。 同じような音で単調なリズムながら同じ音は二度と出さない。風が緑色の楽器を使って曲を演奏している真っ最中。楽器はおそらく……ハープ。 いや少し違うか。この雑草群は海といった方が適正かも知れない。 波が次から次に押し寄せ、陸地に侵入するチャンスを今か今かと伺い、時が来るのをじっと待ち続けている。 どうせなら侵入してもらったほうがありがたい、彼ならそういうだろう。 サウンドは相変わらず鬱陶しい海水に足をとられてたじたじだ。 それならこんなところで練習などしなければいいのだが、誰かに歌っているのを聞かれたくないという思いがそれにも増して強かった。さらにそれにも増して、歌がうまくなりたいという貪欲な思いがペンキのごとくぶちまけてあったのある。 これはもはや消すことができない。一回乾くまで待って隅から慎重に剥がしていくしかない。 もっとも、みずみずしいペンキは一向に乾く気配がないのだが。 サウンドは額から汗が流れるのを感じながら息を切らして歩いていた。はあと一つ溜息がもれた。 僕が溜息なんてついても草はちっとも動かない。風はすごいなあ、どのくらい大きい口があればあんなにでっかい溜息がつけるのかな。 身体はいそいそしく前に踏み出すものの、気持ちは後ろにちょこっと距離を置いてついてきている。 踏まれても踏まれても草はなんとも思ってないみたい。僕が何したって全く知らん顔してる。 歌を聞いても何とも思わないのはいいんだけど……ちょっと寂し…… 「おーい、サウンドぅー何してんの?早く早く」 気がついたら草村を抜けていた。 “サウンドぅー?”何その呼び方? いや“サウンドォー”なら解るよ、普通に伸ばせばそうなるからね。 でも“どぅー”?何さそれ?馬鹿にしてるとしか思えないよ。 けど、そんな風に呼ばれたのは初めてかもしれない。そんな風に僕を呼んでくれる人なんていなかったから……。 呼んでくれるだって。まるで僕がそう呼ばれたかったみたいじゃないか……。 「もしもし、帰ってきなさーい」 おっと。 「ただいま」 「おかえり」 とりあえず今日を乗り切ろう。今は目の前に集中しよう。 「じゃあ、発声練習でもする?」 「うん、解った」 まあ最初はそういうのから入るよね。 「私の後に続いてね。あー」 「あ~」 「あー」 「あ~」 「はあー」 「はあー」 「……そこまでついてこなくてもいいのよ」 うう、うっかり。 「そうねえ、音程なんて始めはどうでもいいけどさ。もう少し大きな声出せない?」 そんなこといわれてもね。だせないものはだせないよ。 「ちょっと難しいかな。だいいち、声に自信がないから小さくなるんだよ。だったら大きさより音がちゃんととれたほうがいいんじゃない?」 「それは間違いだよ。声が大きくなってからウタは上手になるんだよ」 下手な大声だして、歌が上手になる?変でしょ。 「とりあえずこのくらいだせないと……」 スウーっとシャープが身体に空気を取り込むと、伴って風船のようにぶくぶくになるまで膨らんだ。 ちょっと、まずいんじゃない? とっさにサウンドは耳を塞いだ。 「わあーーー!!」 シャープが草村目がけて思いきり叫んだ。雑草は圧倒され騒ぎ出した。しばらく同心円状の図形の一部を切り取ったようにわさわさ揺れていたが、やがて落ち着いた。 「へん!すごいでしょ!」 サウンドはキーンとうるさい耳鳴りと必死に戦いながら、頷いた。 何なんだこの人は……。 「あ、大丈夫?」 絶対心配なんてしてない。そんな風に明るくいわれたって納得できないよ。 でも僕は大人だからね。我慢する。 「う、うん。大丈夫」 ぐう、頭が痛い。キンキンする。テッカニンが頭で鳴いてるみたいだ。 「じゃ、サウンドぅーもやってみて」 もう、いい。ドぅーでもドぃーでも好きにして。 渋々といった様子でサウンドは草村へ身体を向ける。郡緑に呼ばれたような気がして、そのまま草村へ飛び込んで「じゃ!」とシャープに手を振るのをあと一歩のところで思いとどまった。 ほう、と溜息を一つして肩の力を抜く。続けて一つ空気を吸って深呼吸一セット。そこから一気に空気を身体に取り込み、ふわっと身体を膨らませた。 プクリンは身体の構成上空気が入ると膨らみ、膨らめば膨らむほど大きな声が出せるようになる。 サウンドはみるみる内にプクプク膨張していく。このとき、サウンドはシャープほどではないにしても身体を大きくすることに成功していた。 そのまま思い切り声を張り上げればそれでいいのだが……。 「ごほっ!むせた!ああ~無理」 「どうしたの?あそこまでいったら簡単でしょ?」 「僕の場合はそうでもないんだよね」 長いこと思い切り声を出す機会なんてなかったからね。普段誰かと話すときもぼそぼそだし。 そうなんだよね。他のポケモンと話すときって緊張しちゃうんだ。相手が好きとか嫌いとかは関係ない。自分の言葉が相手の気に触っちゃうんじゃないか。そう考えるとなかなかね。 そういえばシャープと話すときは結構普通にしゃべれる。しかも初対面から。不思議だね。 なんかこう、この人はこっちを自分のペースに丸め込む力みたいなものがある気がする。 ……考え過ぎかな。こんなへらへら顔に、そんな特別な能力はないでしょ。 「そっか。んーどうしよう。サウンドでも出来ると思ったんだけどな」 なんだ“でも”って。失礼な。 「ところでさ。どうして声の大きさの方が音程よりも大切なの?まだちゃんと理由聞いてないよ」 「あら、そうだったかしら?忘れてたわ」 抜けてる頭の部分に僕の自家製、劇薬マトマ・ジュースでも詰めてあげようか。まだましになるでしょ。 「私が思うに、サウンドはウタに自信がない。そうでしょ?」 「……うん。歌は自信なんてない」 「でしょ?でさ、自信をつけるためには大きな声がいるのよ」 「え、逆でしょ?歌の音程が取れて、上手に歌えるようになって、自信がつくんじゃないの?」 またなんか変なこといい出しそうだ。 「なるほど。確かにそう考えるのが普通かもね。でも考えてみて。今上手な私とかだって最初から上手かったわけじゃないんだよ」 余計な一言はおいといて、それは当たり前でしょ。最初からりゅーちょーに歌える、そんなポケモンいるわけない。 「じゃあどうして私たちは上手くなったのか」 「必死に練習したから?」 先制攻撃! 「違う」 あっそ。 「私たちが上手なのは他でもなく、ウタを愛してるからだよ」 「歌を……愛してる?」 「そう。サウンドはウタ、愛してる?」 どうだろう?歌さえなければ、僕はこんな事で悩む事はなかっただろうし。でも、空気を読んで……。 「う、うん。好きだよ」 「よかった。歌を愛してるならさ、上手かどうかなんて考えずに必死になってウタうでしょ。自信とかみんな放ってね。つまりひたむきにウタう事はウタの基本なんだよ。サウンドはそういう時期がなかったんじゃない?だから自信がしっかり育たなかったんだと思う」 そういえば子どものとき、ぎゃあぎゃあ歌ってたら「下手くそ」って一蹴されて。それから人前であんまり歌わなくなったんだっけ。 まだ引きずってるのかな?だから声が小さいのかな? 「ふうー。でも今日はここまでかな」 ふと太陽を見ると、頭のてっぺんだけを申しわけ程度にだしていた。なんとなく、サウンドは茶目っ気を感じた。 「そう、分かった」 サウンドの今日一番の声だった。 「また明日ね。ちゃんと来いよっ!」 「うん」 また、明日、か。 ---- 「はああ~」 何か……疲れたな。まともな練習なんてまだ一日しかしてないけど、何か、疲れた。(あれは……ま、一応まともだよね) だいたい分からないことが多すぎるんだよ。こんな手探りの状態じゃあ、この先上手になるか不安で不安でしょうがないし。 歌の形?意味不明だよ。あのときは無理やり自分を押し切って納得したけど、やっぱりよく分からない。 そりゃあ、僕たちは目に見えない言葉とかを信じてるよ。それなりに。けど逆立ちしたって言葉には形なんてないじゃん。 単に目に見えないものを信じてるからって歌に形があるとは思えないのが実情かな。 ん?無理やり納得したんだったっけ?そうでもなかったような…… シャープの言葉に引き込まれて、流されて、ゆらゆら浮いてたらいつのまにかガッテンしてた気がする。催眠術でも使われたみたいだったね。 うん。やっぱりあのポケモンは怪しい。きっとサイコキネシスでお金を巻き上げる悪いポケモンなんだ。怖い怖い。 冗談はさて置き。そんなのに付いて行こうとしている僕はどうなんだろうね。馬鹿なのかな?間違っているのかな? ううん。もう少し時間を置いてから判断しても遅くはないでしょ。結局、まだまだ始めたばっかりなんだから。いくら面倒臭がりで飽きっぽい僕も、さすがに三日坊主はねえ。四日坊主をこーていするわけじゃないけど。 駄目だと思ったら手を引けばいい。いつでも僕は準備万端だから。 でも、やめたくないって思ってる自分がいるのも事実なんだ。今回諦めたらもう一生ウタえない、泣いても笑ってもこれがラストチャンス……なんでか知らないけど、そんな気持ちがあるんだ。何かに追い込まれてるみたいにね。 思えばいろんなことから逃げて来たんだなあ。おじさんしかり。実力差があって断念した部分もあるけど、あのポケモンのスパルタに耐えられなくなっちゃったのが本当かもしれない。何であんなに熱心だったのかな? だから、今回は諦めたくない、けど…… そういえばシャープはどこに住んでるのかな?多分、引越しでもして来たんだろうけど、誰かが越して来たなんて噂は耳に挟んでないし。 謎だらけだよね。謎に謎が重なるとなぞなぞになるんだって。シャープはなぞなぞの化身だったりして。意外と当たってるかも。 いや違うね。なぞなぞの化身はきっと目に見えないし触れない、歌の形みたいに。 あ~あ、いっそのこと歌の形が“超音波”でガラスを割ることなら理解できるんだけどな。ばっちり歌が形になってるもん。 サウンドの周囲一帯は家々が二列に平行に並んでいて、真ん中を空洞のような直線が走っている。それをポケモンは道と呼んでいる。そこをサウンドが歩く形になっている。 村道のあちこちでポケモンが固まっていて、おおよそお話に夢中のご様子。 そろそろかと軽めの腰を上げ、赤くなって店じまいを始めた太陽に違(たが)い、おしゃべりの種は尽きないようだ。村民の明るく爽やかな顔を夕日が朱色に染める。 サウンドに話しかけるポケモンもいたが、サウンドは曖昧な返事を返すだけだった。会話に成長する前にサウンドが種を掘り返してしまう。だから花まで辿り着かないのだけれど、本人は自覚していないようだ。 いつものことなので、眉間に皺を寄せるようなポケモンはいない。彼らには「サウンドはシャイなんだな」で通っている。 そんな空気の丸いこの村にも、角張った奴がいる。サウンドの前方不注意をいいことに待ち伏せしてにやにや笑っている。 やがて、サウンドは奴の思惑通りドンとぶつかる。 「いてえな。おいサウンド。どこ見てんだ?ああ?」 ……うぅ、聞き覚えがある、嫌な声。できればこのまま下見てたい。 「おい、サウンド」 「や、やあ。サソリ……」 やっぱり。はっきり言って胴長短足はプクリンといい勝負。腕は長くて、おまけに頭から生えている。鋭い牙がずらりと並び、きらりと光る。 正直、僕としてはドラピオンの外見は生理的に受けつけない。 「ごめんね」 最低最悪。こんなときに会うなんて。穴があったら潜りたい。 「ああん?何か言いたいことあんのか?」 「別に……」 いわゆるいじめっ子のサソリ。被害者は数知れず。僕も何度かターゲットになったけど、耐えた。今でこそそんなことはしてないけど、影は色濃く残ってる。幼いときから身体が大きくて、準大人の現在でも大きい方なんじゃないかな。 「もっと嬉しそうな顔したらどうだ?このサソリ様に道端でばったり出くわすなんざ、しかもぶつかるなんざ、そうそうないぜ?はっはっは」 「そうだね、あっはっはっは」 はあ~。あの地面に付きそうな腕をもぎ取りたい気分。滅多に会わないのは僕にとってはものすごく好都合なんだけど。 「ほおう。どうした顔が引きつってるぜ?」 身体は正直、とはよく言ったものだよね。全く、そう思うよ。 「まあいいや」と節目を取るサソリの次の言葉に、サウンドは顔をしかめた。サソリはあくまでなんとなく尋ねただけだったが、サウンドは大げさに苦笑せざるを得なかった。 「お前、毎日どこ行ってんだ?この時間になるといっつもあっち行くよな」 緊急事態発生。みんなに知られたくないからあんなとこまで行ってるんだよ?誰かに歌の練習風景を覗かれるわけにはいかない。特に、こいつには。 ここは……なんとかやり過ごさなくては。こいつのしつよーな追跡から逃れるんだ、行けサウンド!なんてね。 「どこ行くって……あっちだよ」 ぶっきらぼうに言い放つサウンドにサソリは首を横に振りながら笑う。それでも、サウンドは出鼻をくじいたつもりだった。 「へへへ、だからさ、あっちってどっちだよ。具体性に欠けるなあ。サウンド君」 からかって。全く、昔から変わらない。こっちの神経を逆なでしてへらへらしてやんの。 変わらないのは僕が言えたことじゃないかもしれないけどさ。サソリは性格が。僕は歌……とついでに性格も。むむ、サソリの方が一枚上手か。 「んで、真面目に。何してんだ?」 あらら、真面目になっちゃたよ。まあ、こいつの真面目は限りなく不真面目みたいなもんだけどさ。 その間に、サウンドはサソリの打破策を考じた。そして、経験から編み出した、サソリのマジモードへの有効な対処方を一つ思い出した。 正面から説得しようとしても時間を無駄にするだけ。でも単純なサソリはちょっと“持ち上げれ”ば…… 「僕にもいろいろあるんだよ。気にしない、気にしない。天下のサソリ様がこんなところでオレン(油)売ってる暇なんてないでしょ?サソリ様は何かとお忙しいではありませんか。ささ、日も暮れかかってますし、どうぞお帰りください」 サソリの顔から引きつった一笑が零れる。その様子は、コップがいっぱいになって、というよりは、意図的に傾けた結果零れ落ちた、という感じだ。サウンドにはどうでもいいことだったが。サウンドにとって大切なのは自分がサソリから解放出来るか否かだ。 「ほう、それは…そうだな。あんたに時間裂いてらんねぇからな」 引き上げてくれるみたいだけどさ。最後までひねくれた奴だね。でも単純でよかった、褒めればすぐ調子に乗る。昔とちっとも変わら……。 「じゃあいいわ。そろそろ晩飯食わないとだし、今日は帰る」 「うんうん、今日はもう帰って」 「なんだぁその言い方、その顔。迷惑だって書いてあるみたいじゃねえか」 「そんなことないよ~ははは」 「そうだよなー、へっへっへ」 ……ああ~焦った。鈍感の象徴みたいなこいつが僕の心境に感付いた様子はなし、ホッ。 しっかし、サソリと会話してるだけで疲れがどっと押し寄せてきちゃったらしい。ただでさえ根気が尽きそうなのに、これで今日の残りの力を使い果たしてしまったかもしれない。 「何ぶつぶつ言ってるんだ?」 「うわっ!何でもないよ!じゃあね~」 サウンドはサソリの横をするりと通り抜けて走って行く。たったっと逃げるように(実際逃げていたが)駆けるサウンドを、サソリはいつまでも訝しそうに眺め、家の影になったところでボソッと呟く。 「何だ、あいつ……」 ---- サウンドは昨日より遅い時間、同じ場所に、同じような姿勢で立ちすくんでいた。違う点は一個。心境において、本人も認めていない多少の変化が生じていた。 別に動けないわけではなかったが、動きたくなかったし、動く必要もなかった。それには、ちゃんとした理由があり、サウンドがむすっと唇を突き出している理由と一致していた。 いない。シャープが来ない。どういうことなのかな? 今日、僕はかなり遅い時間ここに来たはず。あのドラピオンに足を掴まれちゃって、大変だった。あいつったら、草村みたいなんだから。そういえば、サソリが邪魔だった分なのか、草村が気にならなかった。慣れた……わけないか。 シャープに会ったら言い逃れ出来るよう、頭で言い訳の構想をまとめた。なかなか大変だったよ。あと、僕がどんな風にしてサソリをまかしたか、自慢してやりたかった。 サウンドにとって、宿敵サソリを退けたのは(どんな形であれ)大きな功績だった。シャープに自慢出来なければ空気にでも聞いてもらおうとさえ思っていた。耳を傾ける友人が、実体のないモノでも一向に構わなかった。 おかしいな、昨日は僕より早く来てたよ。僕が遅刻だと思ってたのに、シャープが遅刻するなんて。珍しいね。 まさか……まさか。かんどー?いや、かんどーは親子でしょ((勘当は師弟関係にも使います))?これは破門って奴かな。 ああもう!そんなことどうでもいい!シャープが来ない。どうして?なんか悪いことした?思い当たる節なんてないはず……だよね? サウンドの内側が不安と焦燥の色に統一されていく。落ち着きなく片足で足踏みするも、その時間はなかなか訪れなかった。傾いた陽光は彼を叱責するかのように照りつけていた。 どうしよう?シャープが来なかったら、僕何したらいいか分かんないよ。ねえ、言ったじゃん?えーと……何て言ったんだっけ? あっそうか。そういうことなのか。 「シャープは先生してくれるって言ったけど、いつまで指導するとははっきり口に出さなかったじゃんか……」 つまり、シャープはいつでも気まぐれでやめられるし、サウンドはシャープに文句を言えないということだ。 僕、愛想つかれちゃたの?そんな……疲れるのは身体だけで十分だよ。 はあ、でもそうだよね。無償で、親切心だけで、全く見ず知らずのポケモンに歌を教えてくれるなんて、そんな都合のいい話、最初からそうあるわけないじゃんか。 「でも酷いよ。シャープ言ったよね。また明日って……あっ!」 そうだ!昨日練習が終わったとき、「また明日」って確かに聞いたよ!だったら、少なくても今日は来ないと約束を破ることになるね。うんうん!だから“少なくても”今日は絶対来る。待ってればまたひょっこり草村から「ばぁ」って顔を出して。 手繰り寄せた短浅な糸が、サウンドに尊大な光を見せてくれた。 だが、それは一瞬だった。 ふうん。じゃあ、何でこんなに遅いの? 初めは、どこから声が聞こえたのかまるで分からなかった。周りを見渡して、誰もいないのを確認したうえで、ようやくこの冷たい声の主は自分自身だと気がついた。 限りなく冷徹な口調は、愛情とか慈悲とか想いやりといった温かい感情とはかけ離れており、醜悪な塊がカタチになったもののように思え、サウンドは戦慄した。また、そんな感が自分の内面に潜んでいたという事実が、身体にずしんと重たくのしかかってきた気がした。 「そ、それは……なんかあったんだよ。急用とかさ」 ”自分”に怯えながらもサウンドは勇気を振り絞る。 昨日からしてた約束を破って、私用を優先したってこと?よっぽど大事な用事なんだろうねえ。 「ぐう……」 見捨てられたんじゃないの?認めちゃいなよ。結局、君は自分一人でなんとかするしかないんだよ。でも自分じゃどうすることも出来ないのも、君はよく知っている。 はあ。これじゃあ、八方塞がりだね。君に逃げ場なんてないんだ。誰のどんなアドバイスにも従わない。おっと間違えた。“従えない”のかな。君がいつまでも自己流という檻に閉じこもっているから。自分一匹でなんとかするさって意気込んでね。 けど、檻の中で声を張り上げたって、ちっとも上達しなかった。そしてあるとき、気付いたら、檻が重過ぎて自分の力で開けられなくなっていたんだ。出られない。けど、檻をどけてくれるお優しいポケモンを君は知らない。君はだめなポケモン、ウタえないプクリンなんだよ。 「そんなことない!僕は……変われるんだ!」 へえ、だったらどうして口ごもったの?躊躇したからでしょ。分かってるんでしょ?君は変われないんだよ。 サウンドは”サウンド”に返す言葉が見つからない。これみよがしに、”サウンド”はサウンドに冷笑を浴びせながら、ぞっとするほど冷酷な口調で言った。 ビートさんのときと、同じなんだよ。あんなに熱心にウタを教え込もうとしてくれたおじさん、ビートさんを、君は裏切ったでしょ。厳しいからってね。 サウンドはぐさりと太い針に突き刺されたような心地がした。自分の胸に埋まっている針をサウンドは恍惚と眺めた。イタミより、驚きの方が先にやってきた。 ビート……サウンドには久しい名前であり、また無意識のうちにずっと自分の記憶に封印していた、ポケモンの名前。おじという近しい間柄でありながら、それこそしばらく会っていない。 そうだった。僕は裏切り者じゃないか。 そんな裏切り者は、裏切られて当然なんだよ。 「嫌だ!それにシャープは僕を裏切ったりしない!」 なんだいなんだい。ろくに知らない雌にそんな台詞吐くなんて。惚れたの? 恥ずかしさと悔しさに、ぎゅっと拳を握り閉めた。根拠のないことをおいそれと言われ、憤ったのもまた事実である。感極まったサウンドは顔を赤くしながら大声で怒鳴った。 「黙れ!シャープは僕を見捨てたりしないんだ!僕は」 「呼んだ?」 「ひいいやあああ!」 サウンドは後ろから肩を突かれる。振り向くと、夕日を背にシャープが立っていた。 あーあ。またまた、オーバーリアクション。本当に直んないよ。でも今回は、今回だけは、「オーバーリアクションだぞ」って誰にも口出しさせない。いきなり後ろから「呼んだ?」だよ?ゴーストタイプじゃないんだよ?これは絶対オーバーじゃない。適量だ、うんうん。 そんなことより。 サウンドはどやしつけたかったが、その前に聞きたいことがあった。 「いつからいたの?」 ちょっと涙を溜めた目をシャープに向ける。シャープはにやにやしながら目を合わせた。「ついさっき来た」 「なんで遅かったの?」 「てこずったのよ。てへ」 何をてこずるんだよ。それに最後の「てへ」は余計。 シャープの口が動く。 「ん-まあ、今日はもういいや。折角来てあげたけどさ、残念」 太陽はついさっきそそくさと隠れてしまった。今日に限って、やけに恥ずかしがり屋さんのようだ。 シャープが軽い口調で言ったので、サウンドはまた叫んだ。 「ふざけないでよ!どれだけ待ったと思ってるの?」 「まあまあ」 シャープはサウンドを宥めるが効果はいまひとつのようだ。サウンドはふんふん鼻を鳴らしながらシャープに背を向ける。 「分かった。いいもんね。僕はもう帰るよ、じゃ」 短く言葉を切ると、そのまま草村を踏みつけ始めた。シャープはその様子を静かに見送っていた。 ある程度距離が離れてから、シャープは独り言のようにぼそっと呟く。 「大きな声、出せるじゃん」 無論、歩きながらずっとぷんぷんしていたので、ぴーっとやかんのようにうるさく頭から蒸気をたてるサウンドの耳に届くことはなかった。ぷんぷんプクリンがもう少し利口ならシャープもこんなことをしなくてよかったのだろうか? そうかもしれないし、そうでなかったのかもしれない。 ---- 「どうした、サウンド。最近元気のないな」 いつも通り小河にいって、何となく練習しようと村を通り抜けるつもりでいたサウンドに、一匹のマッスグマが話しかけてきた。 今日も夕日が綺麗だ。ここ最近雨が降ってない。あのばちゃばちゃしたうるさい音も、毎日続くと外に出られなくなるから、退屈になっていやだけど、こういつも太陽が顔を出してると反って懐かしく思えてくるから不思議だな。 マッスグマの彼はぼんやりそんなことを考えていた。 サウンド俯きながら歩いていた(相変わらず前を見ないんだから。直せっつうの)ので、マッスグマは彼の顔を見ることができなかった。マッスグマの声を聞いているのかいないのか分からないが、サウンドは黙って俯いたまま、ぴくりとも動かなかった。 何の反応も示さなかったサウンドに多少訝しそうな顔を向けながらも、マッスグマは再度挑戦してみることにした。 「おいサウンド!聞いてるのかっ!」 今度は肩に手をかけた上に、さっきより声を大きくしたので、絶対気付くという確信があった。 案の定、サウンドは振り向いた。スローモーションのようにゆっくりと、もったいぶるかのごとく。 マッスグマは、目の前を横切る黒い影を見た気がして、身震いした。 そうして振り反ったサウンドと目があうと思わずぎょっと声をあげてしまった。 「ゲ、ゲンガー……?」 ---- いくらなんでもゲンガーとは失礼な。僕は立派なプクリンですぅ。立派ではないかもしれないけど。 でもな……もしプクリンになんて生まれなかったら、僕はこんなくだらないことに頭を痛くしなくてもよかったんだよね。歌が歌えないプクリン?お笑いにもならないよ。 ゲンガー……というかゴースに生まれてたらきって今頃僕は幸せだったんだろうな。 だってさ、ゴーストタイプってよくない? 食は細いからぐうたら生活してたっていちいちきのみ取りに外出る必要なんてほとんどないし。力入れなくても空飛んでいられるし。……いやどうなのかな。もしかしたら力入れないと飛んでいられないのかもしれない。近くにゴーストタイプのポケモンいないから分かんないな。 それは一先ず置いといて、空飛べるのも憧れるなあ。何にも縛られないでさ、世界中をあちこち回って旅するの。 僕はまだ見たことないけど、一度でいいからウミってやつを拝んでみたいな。 しょっぱくて、こーんなに大きくて 、青いんだってさ。 あとチヘイセンも見てみたい。 ここらはずっと森、森、森。世界は広いらしいから、きっと森がまったくない場所があるはずなんだ。 チヘイセンは曲がってるんだって!この星は丸いんだって!わーお! ……ゴーストタイプじゃなくてもいい。飛行タイプじゃなくてもいい。 せめて、せめてプクリンにさえ生まれなかったら、こんなバカっぽいことで疲れなくてもよかったんだ。それで、どっか遠くで、自由に暮らしていけたのかもしれない。 「サ、サウンド。お前、どうしたんだ?」 やっとサウンドはマッスグマに気付いた。 「え、何が?」 「その顔!お前鏡見たか?」 そんなに酷い顔してるかな。見た目に自信があるわけじゃないけど、決して悪い方じゃないと思ってる僕は変? 「生まれつきの顔だからしょうがないよ」 生まれつき、か。あーいやだいやだ。 「そうじゃなくって……まあいいけど」 今のサウンドの顔をなんと表現したらいいのか、マッスグマは言葉が見つからない。 サウンドの目は落ち窪み、その下には黒々としたクマが塗り立てのペンキのように際だっている。生気を感じられない瞳は光をほとんど失っていた。せっかくの美しい青緑色も、今はくすんでしまっている。本来ならば、そこには本当に潮騒が聞こえそうなほど海に近い色が宿っているはずなのに。 顔の上に浮かぶ口が緩んでいる。笑っているらしい。 頬は痩せこけて……いなかった。食欲だけはどんなことがあろうが絶対に衰えたことがない。サウンドの数少ない自慢の一つだ。 「元気だせよ。なんか悩んでるんなら吐いちまえ、俺が掃除しておいてやる」 「ありがとう……でも汚いからいいよ」 確かに僕は食欲がすごいけどさ、気持ち悪くなるほど食べるわけじゃないんだよ。いくら僕だって吐くまでなんて食べないから。 マッスグマはひたとサウンドを見つめ、苦笑した。サウンドはその理由が解せなかった。 「じゃまたな」 「うん、じゃあね」 マッスグマはサウンドに背を向けると、とっとこ歩き出した。 しかし、村のポケモンは優しいからいいね。へへ、こっちまで気持ちがよくなるよ。 「へっへっへ、サウンドさんこんにちは」 ……こいつを除いてね。 後ろから望まない声が耳に入ってきた。身体をよじると、そこに立っていたのは予想通りドラピオン。 宿敵サソリだ。 マッスグマに助けを求めようとしたが既に姿がない。さらに、気がついたら周りにポケモンというポケモンがいないではないか。 こんの、薄情村あ! 「今日も行くのか?」 「うん」 んー、いじめっ子に取り付かれちゃったら、対処は一つだよね。くらえ。 「お忙しいでしょう。日も落ちますから、家に帰った方がいいんじゃないですか。優秀なサソリさん」 サソリはサウンドを無視して発語する。 「何やってんだ?いっつも」 効かない?なんで?昨日はこうかばつぐんだったはず。 「お前昨日言ったよな。今日“は”もう帰ってって。へへ、だから昨日“は”諦めて帰ったんだぜ。さて、サウンド。今日は 教えてくれるんだよな。いったい、どこでなーにしてんのか」 強面のサソリにあっけなくサウンドは萎縮してしまった。 サウンドはこの難局を打開しようと頭をフルに可動させた。しかし、空回りしただけで、どんな答えにも到達出来なかった。 「何だ何だ。そんなに恥ずかしいことしてんのか?ああん?」 くう、前からこれには弱いんだよね。サソリに迫られちゃうと落ち着いて言葉が出せなくなっちゃう。 「別にそんなことはないけど」 「じゃあ、教えろよ。気になるんだから」 「……」 「ほら何か言ったらどうなんだ?サウンド」 もう……だめか。逃げ道を探そうにも、何も思い浮かばないよ。 「分かった。ついてきて」 サウンドはしぶしぶ了解するしかなかった。 なんだか……いやな予感がする。 当時のサウンドは、悪寒という単語を知らなかった。 ---- かくして、プクリンのサウンドとドラピオンのサソリは、草村をかきわけ、奥へ奥へ、河を目指して這うような速度で進んでいる。小河はまだ遠く、せせらぎの“せ”の字もなかなか見えてこない。サウンドは、足元の草村に目を落としながら足を運んでいるうちに、頭がだんだん緑に侵食されていくような心地がしてなんだか頭が痛くなってきた。サウンドは自分が前進したいのか、それとも後退したいのか、分からなくなってきていた。 前に進まなくちゃいけないんだ。シャープに歌を教えてもらわなくちゃいけないから。 でも……前に進みたくない。このままじゃ、サソリに歌の練習を見られちゃうよ。後戻りなんてできない。ここまでサソリを誘ったからには、それなりのことをしないとこいつは帰ってくれないからね。強行突破?ムリムリ。 サソリはサウンドの背後をがっちり守っている。「俺どこ行くか分かんねえから、お前先行けや」だそうだが、本当の理由とこれが一致しているかはあやしいもの。ずっしりと安定感抜群の身体でサウンドの後をつける様子は、まるでサウンドを逃がしまいと待ち構える、ポケモンではない獰猛で危険な獣のようだった。それも、おおかた八割は比喩ではなく実際に当たっているだろうと、サウンドは意地悪く思った。 力ずくでサソリに勝てるはずがない。それは僕が一番よく知ってる。……身に染みてね。うーん、どうにかならないかなあ……。 歩きながらもサウンドはまだめげずに抜け道を探して悪戦苦闘していた。それもどこまで続くかあやしいものだったが。これまで村の誰からも隠し通した練習風景を、他のポケモンに見られるのはサウンドにとって屈辱以外の何ものでもなかった。 特に、サソリには。 今日の今までずっと隠してこれたのに、どうして今になって、見つかっちゃうんだよ。ずっと、ずっと一人でうまく(歌の練習がうまくいってたわけではないけど)やってたのに。一人で?一人だけだったから誰にもばれなかったの?じゃあ、シャープのせいなんじゃ……。 いやいや関係ない。さすがに僕も自分の不運を他のポケモンのせいにするほど堕ちてはいない……はず。 それでも、シャープが悪戯に笑っている姿が頭の片隅にくっついて、首を振ってもなかなか落ちてくれなかった。サウンドからすれば冗談で済まされない問題であるにもかかわらず、シャープはかるーいノリで笑っていたのだ。前触れなくサソリが声を出す。 「まったくなんなんだよ、こんなとこまで連れ出しやがって。ああん?サウンド?」 “まったくなんなんだよ”はこっちの台詞。そっくりそのまま言い返してあげようか。はあ……。 「ああもうむかつくぜ、ちくしょう」 僕に言ってるのか草村に言ってるのか。どっちでもいいけどさ、結局口を動かさないと済まないだけで、誰に対して言うかなんてサソリにとっては問題じゃないんだから。 サウンドはもはや、サソリを追い返す良案が思い浮かばないこの状況に嫌気がさしかかっていた。両脇を灰色の壁に囲まれた一本道を前に、サウンドはただ歩くしかなかった。せせらぎの“ぎ”の字が聞こえる手前で、サウンドはため息をついた。 だめだ、河についちゃう。ああ誰か助けて……。 「お、河か。そういえばあったな。ずっと、こんなとこがあるなんて忘れてたぜ」 サウンドの後に続いて雑草を抜けたサソリは語声に(ほんのちょっと)感動をにじませながら呟いた。 へえ、サソリもこんな声出すんだ。僕の前ではいっつもドスのきいた低い声しか出さないからね。なんだか新鮮だよ。……っと、そんなのんきなこといってられなかった! 「んで。こんな場所までつれて来て、いったい何してるんだ?」 くう……そうだよこれだこれ。またいつものどぎつい声に戻ってるよ。まいったな。 サウンドの沈黙。 サソリの“にらみつける”。 サウンドは、サソリを目の前に嘘がつけるほど心に余裕が残されていなくて、まともに解答を言うしか手立てが思いつかなかった。 「そのう……歌の練習をですね」 「歌の練習だと?」 突然サソリは口が裂けたんじゃないかと見間違えるほど大きな口を開けて笑い始める。 「はっはっは!腹いてえや。傑作だぜ、その冗談。お前が?歌えない、まともに声も出せないお前が?歌の練習だと?」 こいつ……にやにやしながら言うなよ。分かってるよ、そりゃあ僕は歌えないプクリンだよ。でもあんたに、あんたにだけは、絶対にそんなこといわれたくない。 落ち着き払ってサウンドは受け答えようとしたが、そのときささっと横に何者かが寄り添ってきた。影のようなその動きにサウンドは一瞬当惑するものの、影の正体が分かり、ほっと胸を撫で下ろした。 シャープ……今日はきてくれたんだ。よかった。ふう、なんでかな、やっぱりこの人が近くにいると落ちつくよ、はは。 「この人は?」 こそこそとシャープが耳元で囁いた。 「サソリ」 「あ、呼んだか?」 「いやこっちの話だよ」 シャープ、いつにも増してにこにこしてるね。はああ…ちょっとでいいから元気分けて欲しいよ。サソリはシャープに興味がないみたい。シャープに見向きもしない。ふんふん鼻ならしちゃって、相当気に入らないみたいだね。もしかして勘違いされてる?んもう、いやだなあ。別にそんな関係じゃないんだけど。ただのセンセーと生徒だって。おお?よく見るとサソリが羨ましそうに……してないか。 「何にやにやしてんだ?」 「ひい、サソリごめん!」 「ん?謝るようなこと考えてたのか?」 げ。まずいかも。 サソリはじっとサウンドを凝視するが、やがて「ははは……」と笑ってごまかすサウンドに飽きたという風に手を頭上に投げかけ、言った。 「で、どんな練習してるんだ、サウンド君や?」 サソリの疑問にシャープが反応した。 「あれ、やろうか。この前あと一歩ってところでサウンド諦めちゃったやつ」 というと、あのでっかい声だすやつか。 「あれするの?」 「あれってなんだよ」 「ま、いいからいいから」 サソリはふんと露骨に嫌そうな顔を差し向けた。サウンドはそれどころではなかったようだが。 無理だ。身体を膨らませることはできても、そこからが難しい。一瞬息を止めないと大きな声は出せないんだけど、僕の場合その止める瞬間、どうしてもむせちゃうんだ。喉に変なつまりものができたみたいに。 「また今度にしない?」 「だめよ。今日はあれをするまで帰さないんだから」とシャープ。 「“あれ”って気になるなあ」とサソリ。 ああ叫びたい。この鬱憤をさ、思いきりドカーン!って。 ん?そうか。このままを、思った通りを叫べばもしかして。 「大丈夫。きっとできるから」 「早く、なんでもいいからしろ」 「……うん分かった」 戸惑いながらも、シャープの励ましとサソリの催促に触発され、今ここに、サウンドは雄になる決意を固めた。朝日から始まった今日という、壁だらけの一日で最初に見つけた突破口を前にサウンドは興奮し、やる気がむくむく湧いてきた。 サソリは僕が失敗すると思ってるみたいだ。そうかもしれない。でもやってみるまで分かんないじゃん。ひょっとしたら今日はうまくいくかもしれないじゃん。だから、できる限りは……。 「よし!」 サウンドは雑草まで進みでると、ほおっと身体に空気を取り込み、ぷくぷく膨らみ始めた。どんどん肥大する身体はまさにピンクの風船そのもの。第一関門は突破だ。問題はその先。 シャープは僕が成功するほうにかけてるのかな、しないほうにかけてるのかな?僕には分かんないや。でも、希望を言うなら……期待してもらいたい。成功にかけてほしい。だって、センセーだもん。 緊張の瞬間。 サウンドはぐっと息を止めた。 むせなかった。 「わああ--!」 草村がいっせいにサウンドとは逆方向へお辞儀した。それは無理やり頭を押さえつけられた悪ガキの集まりのように見えた。のけ反る草同士が擦れあうかさかさと渇いた音は、聞くものの心次第でいかようにも聞こえたことだろう。サウンドの場合、その音色は祝福の音に……聞こえなかった。音自体、耳に入らなかった。 唖然とするサウンドとサソリをよそに、シャープだけは相も変わらず笑っていた。 「嘘……どうして、なんでできるようになってるの?なんで?」 サウンドの世界の時計は2、3秒くらい止まっていたが、思い出したように今再び時を刻み始めた。後で世界標準時計と見合わせてズレを修正しなければならないだろう、そんなものがあればだが。それとも、少し遅れたおかげでかえって世界の標準と同じになったのだろうか?それは誰にも分からない。強いていえば、シャープならその答えの断片くらい持っていても不思議ではない。 「ふっふっふ……私の思惑通りね」 シャ、シャープ……なんだか怖いよ。変な声だしてないで、冗談は顔だけにして。 サウンドがシャープの顔を覗くと、ぎらぎら光る二つの不気味な眼光と視線が衝突した。俯くことで“怪しい光を”なんとか回避する。 ……やっぱり冗談は顔にもださないで欲しい。いやいや顔にこそださないで欲しい。 「お願いします」 「何お願いしてんの?ハハハ」 あちゃ、やっちゃったよ。心の中に声が留まりきらなかった。うう、恥ずかしい。 「ねえねえ、何お願いしますなの?言ってよ」 「だめ」 シャープはサウンドとじりじり距離を詰め寄ってきた。 「いいじゃん少しくらい、ね?」 「だめって言ったらだめ」 今日はやけにつっかかってくるね。昨日ほとんど話さなかった分の埋めあわせのつもりなのかな。 「ねえ、ねえ」 「頬を擦り寄ってだめ」サウンドの頬とシャープの頬が触れあった。 ……てか、ん? 「わああ!何してんの!」 「コミュニケーションだよ」 そんなコミュニケーション……断じて、ない。知りあって間もない雄の頬に擦り寄ってくるなんてさ、狂気のさたってやつだよこれは。もう、なんで僕はこんな人について行こうとしてるんだ。イッパンジョーシキは身についていないわ、掴みどころはないわ……。 一方、サウンドの手はさっきシャープがなすりついた頬に伸びていて、本人はそのことに気がつかない。頬に自らの手が置かれたとき(それはあたかもシャープの手と自分の手を重ねようとしているかのようだった)何事かと叫びそうになるくらい仰天した。それほど、無意識に行われた動作だった。それから自分の手を横目に見て、なんだバカらしいと苦笑した。 「なんかあった?」シャープが聞く。 「ありもあり大ありだよ。ホントに」 摩るような動きをする手は頬に置かれたままだ。何だろうあの感触。厚みがあって、ふんわりしてて、ふっくらしてる。へへへ、全部同じかな。ようは、軟らかかったんだ。これまで接したどんなモノよりも軟らかくて、肌触りがよくて、気持ちがよかった。あんなクッションが家にあったら、帰って真っ直ぐ飛びつきたくなるような、そんな感じ。 プクリンの身体はみんなあんな感触なのかな?自分で触ってもそれは分かんないからね。こちょこちょを自分にしたって痒くもなんともないのとおんなじ。うん、自分じゃ分からないんだ。そして……裏を返すと、僕と誰か他のプクリンが接した時間がほとんどなかったって意味なんだよね。悲しいことに。 本当に軟らかかった。でもなんでだろう?同時に硬くて冷たいとも思ったよ。変なの。 その冷たさは、精密な計算の下で丹精こめて作られた家の柱に取りついている、鉄の補強のように無情で冷徹だった。軟らかい日差しに照らされた家の、柱と柱を繋ぎ止めるもの言わぬ金属製の止め具。常に日の当たらない、家の内部に引きこもりがちな鉄細工は、家の表面がいかに温かい陽光に包まれていようとも関係なく、硬い冷たさを維持し続ける。 家を支えるために。 軟らかい鉄などありえないが、もし場所が異なるなら、柔軟と堅固は共存できる。サウンドが軟らかいと思った部位と硬いと思った箇所は、それぞれ別の場所に位置していたようだ。シャープの感触……軟らかさの裏に隠された、全てを拒絶する冷厳。 怖かった。自分でも信じられないけど。このポケモンに対していろんな感情を持った。呆れることもあったし、憎たらしく思ったときもあった。 最近ふとするといつもこの人のこと考えてるしね……ん?いやそういう意味じゃなくてどんな歌の練習するのかな、ってこと。でも……怖いと思ったのは今回が初めてだよ。 「またぼうっとして。ほら、練習するよ」 シャープはサウンドの当惑など気にもとめない。 考え過ぎかな。シャープは冷え性なんでしょ。雌の方が多いって聞いたことあるよ、そういえば。そんなことより、聞きたいことがあったんだ。 「思惑通りって言った?」 「まあ、言ったわね」 思惑通り? 「気になる?」 「当たり前でしょ。何が思惑通りなの?」 また不気味な笑いが顔に浮かんでる。だから怖いんだ。本日二回目、怖いと思ったよ。 「じゃあ種明かし。覚えてる?ウタを愛してるはずなら、自信とかそういうのは全部放って声張りあげるものだって言ったの」 まあ、なんとなく。 「つまりさ、何も考えないでいることが、ウタが上手になる近道なんだよ。何も考えないで、思った通りをそのまま声にすることがね」 「それとこれとがどう関係あるの?」 「……昨日、私がいなかったとき、サウンド一人で何考えてた?」 「ええ!それは……」 “惚れたの?” 「お、覚えてないなあ」 「あら、そう」シャープはクスッと笑った。「そのとき、サウンドの独り言、ものすごく大きかったんだけど、自覚してた?」 はああ?知らないよ。そんなにでっかい声でしゃべってたかな……自分と。 「その顔は無意識だったみたいね」 シャープがまた……笑ってる。サソリは嫌な奴だから近づきたくないけど、シャープはついて行かないとだからねえ。シャープが嫌いってわけじゃないけどさ。でも好きってわけでも……ね。 サウンドはシャープに凝視されていることに気がついた。野望に満ちた悪魔の笑みを視界にいれまいとサウンドは顔を背けたが、目は磁石のようにシャープという対極に吸い寄せられた。シャープは一息入れてから、口調を一変させ、ちゃらけながら言った。 「覚えてるんでしょ-?考えてたこと」 な。 「覚えてないよ」 「寂しかったんでしょー?私がこなくて」 な、な、今度は何企んでるんだか。サウンド、口をつぐめ!今口を開いたら本当のことをしゃべっちゃうぞ! 「“シャープは僕を裏切ったりしない”?“シャープは僕を見捨てたりしないんだ”?」 全部聞かれてたの?……はは、まずいんじゃない? 「ふふーん、ふふーん、ふっふふーん」 ああ…ああ。 追い撃ちをかけた(それがとどめになった)のは、サウンドの内なる“サウンド”の言葉だった。 惚れたの?惚れたんでしょ? 「わああーー!」 堪らずサウンドは叫びだした。草は揺れ動き、風は驚いたように逆流した。サウンドは息を切らしながらシャープを細目に見た。 「はは。ほらまた、だせたでしょ」 こ、こいつう……。 またシャープの顔が変化した。しかし今回は事情が異なるようで、ふざけた笑みは消え失せ、まじめくさった真剣な表情が張りついていた。鈍感なサウンドもさすがにそれに気がつき、しゃきりと背筋を伸ばした。 「“思いを声にするんだよ”ってあーだこーだとぐだぐだ言っても、きっと聞かなかったでしょ?サウンドは」 ええ?いきなり言われてもね。でも、そんなことはないと思うよ。 なら、どうして声にださないの?図星なんでしょ? 「私はいい方法がないかと考えて、思いあたった。サウンドを一人にしたらどうかって」 サウンドは思考を中断しシャープに聴きいる。シャープの真剣さが伝わった。 「多分サウンドのことだから、私がこないと見捨てられたと思って不安になる。で、“寂しがりやな”サウンドは耐え切れなくなって、大声で叫ぶんじゃないか。私はそう考えたのよ」 そんなできた話……あったね。 「もしかして、バカにしてる?」 あらら。これは黙ってようとしたんだけど、言っちゃった。 「うん」軽く流して続ける。「私はね、サウンドはもうプクリンなんだから、一回でもおっきな声だせればそれを皮切りにできるようになると思ってたのよ。例えこれまでできなくても、一度でも“気持ちと声を繋げる”ことができれば、きっとできると信じてた……不安だったけど」 気持ちと声を……繋げる?なんか意味深な言葉。あのときの僕は気持ちと声が連動してたって意味かな。 ていうかシャープ、僕をバカにしてること否定しなかったよね。むしろ肯「まあ、ケッカオーライでしょ、できるようになってたし。サウンドに必要だったのは、きっかけなの」 きっかけ?そのために、わざと遅れてきた……フリをした。 「私がつべこべ言うより、サウンドが自分で大声がだせるようにさせたかったからね。サウンド!」 「は、はいい!」 いきなり呼び正されたサウンドはたじろいだ。 「これで足並みは揃ったよ。大声あってのプクリン。それができるサウンドは、立派なプクリンだよ。自信もっていいのよ」 自信を……もっていい?そんな、自信なんてもてるわけないよ。そりゃあ進歩したかもしれないけど、歌が歌えるようになったわけでもないし。 一方で、こうも考えていた。 そうか、だって声だせるもんね。歌えないかもしれないけど、声はだせるもん。僕はプクリンだ。プクリンなんだ。 シャープの話は終わったようだ。順番からすればサウンドから会話を始めなければならない。だが次に言うべきことがなんなのか思い当たらず、どぎまぎしていた。しかし、サソリのときとは違って、天はサウンドに味方し、会話の糸をたらしてくれた。サウンドは思い浮かんだ語句をそのまま機械的に口にする。 「あのさ、昨日言ってたことは」 「忘れてあげる」 シャープは自分の長い耳を手で弄びながらさらっと呟き、片目をつぶってウィンクした。 「あ、ありがとう」 “冗談だよ”って言うつもりだったんだけどな。忘れてくれるならそれにこしたことはないけど。 でも、冗談だよなんて言ったって、嘘臭い。変だし、不自然だ。どうやらこれが、シャープの選んだ道が、一番よかったのかも。 シャープの眩しい笑顔が夕日で朱色に染まっていた。 この人は、本当に何考えてるかよく分からない。しかし、頼りにはなる。うん、確信した。 ---- 「……なあ、サウンド、お前……」 あれ?誰かいるみたい。おかしいな、こんな時間、ここにポケモンがいるなんて。いや、夕方だろうが、朝だろうが昼だろうが、ここにポケモンがいること自体変なんだけどさ。僕は例外だから置いといて。 サウンドはサソリに初対面のポケモンでも見るような視線を投げる。 だってここは村の外れ。あるのは雑草と河だけで、あとは何にもない。だからだーれも用がないし、来る必要もないはずなんだ。特徴も何もない、ただの風景。村の端っこ。用があるポケモンがいるとしたら……人に見つかると困ることしたいときとか便利かな。実際僕がそうだし。あとはなんだろ。絵にでも書くかな?個人的にはけっこう綺麗だと思うんだけど。まあ、だからって絵にするほどの風景かは疑問だけどさ。書くポケモンがいるなら相当物好きだろうね。 はっ!誰かいるってことはもしかして練習してたところ見られちゃった?やばい。まずい。誰も来ないからわざわざこんな村の真ん中から遠い場所を選んで練習してるのに、そんな、見られちゃうなんて……。 「おい!」 突然耳に入った怒気満点の荒声のせいで、サウンドの沈んだ夢心地は一気に現実の硬い地表に乗り上げた。一瞬、目の前の全てが真っ暗闇に消えてしまったかと思ったら、再び世界に色彩が戻った。空には青が、小河にはせせらぎが、草村には渚(なぎ)が。そして、目前でサウンドに目覚ましビンタのごとき罵声を浴びせたドラビオンが。 サウンドはその光景があまりにも唐突に浮かびあがってきたので、まるで暗いところからぬうっと音もなくドラピオンの幽霊が現れたように見えた。びくびく身体が畏縮しそうになるものの、びっくりして思わず悲鳴をあげる方が今のサウンドには自然な動作だった。昨日までのサウンドなら間違いなく身体が縮こまっていたに違いない。 「ぎゃああ!」 ぐわあんと空気が振動し、今日、雑草達はみたびダンスを踊ることとなった。苦しげに頭をもたげる草が嫌々しく同調の頷きをしているようだ。果たして、何に同意しているのか。 「ぐお……サウンド……うるせえ」 耳にあたる部分を押さえながらサソリは呟いた。 げ!サソリがどうして僕の練習を見てるの……。んん?あれ、僕が連れて来たんだっけ? 色と一緒にサウンドの頭から弾け飛んでいた小さな記憶の断片が、少し遅れてあるべき場所に舞い戻ってきた。 ああ、思い出した。サソリに連れていけって言われて。僕は従うしかなくて……それで、いやだったけどこの河まで案内させられたんだ。すっかり忘れてたよ、サソリがいるってこと。 だって何にもしゃべらないし、ずっと黙ってたから。存在感ゼロ、いやはや、まさに風景に溶け込んでいらしたね。あのときここを絵にしたら、きっと紫のでっかい葉っぱが不自然な位置に描かれてたと思うなあ。でーん!これ、なーんだ!実は葉っぱじゃないんだよお-!みたいな感じ。ぷっぷっ……。 「何がおもしろい?」サソリがぶつぶつ唱えた。 「なんでもないよ」サウンドは簡単に返答した。 むう……でも、どうなんだろ。サソリが黙ってたのはひょっとして僕のせいなんじゃないかな。シャープとの話は全部練習の内容についてだったから、サソリは話の輪に入れなかったのかもしれない。僕がシャープと話してたのに夢中になってて、サソリを無視してたってのが実際のところかも。そうか……だったら悪いことしちゃったかもね。反省、反省と。 再び彼がサウンド・ワールドに続く扉の柄へ手を伸ばしかけた矢先、サソリが発語した。 「お前、そういう奴だったんだな……」 え? 重たく、それでいて身体に絡みつくような奇妙な声だった。時々ある、いろんな感情がごちゃごちゃ入り交じり、その根本が一体なんであるか、口にした本人すら分からない……そういう類の口調だった。怒っていると聞きとることもできれば、嘲笑しているとも取れなくもないし、また視点をずらして見ると……。 サウンドは、サソリのそんな声を耳にしたことがなかった。サウンドから見上げたサソリはいつでも、強情で、嫌みったらしく、自分を押しのけて人がのし上がろうものなら徹底的に引きずり落とそうとする、そういう奴だった。 サウンドはただならぬ気配を察知し、一つ距離を置いてサソリを観察してみた。 このサソリは、誰?ううん、サソリはサソリだよ。いつも通り、いじめっ子。僕が嫌いなにたにたした顔を、嫌いだと知っててわざと振る舞う、ねちねちしたポケモンだ。 でも、なんだろう?今のサソリは、なんか、変。 “そういう奴だったんだな” そういう奴?そういう奴ってどういう奴なんだろう?そんなに無視されたことに腹立ったのかな?それなら分かるけどさ。 うーん……違う気がする。サソリはプライドだけは高い人だから、無視されたくらいでひがんだり、怒ったりはしないと思うんだよね。まあ、おしおき――本人が言うところの“しつけ”はもしかしたらしてくるかもしれないけどね。 最近はサソリも大人になったみたいで、暴力とかいじめとかあんまりしなくなった。それが自然だと思うんだけど、よかったよ、ホント。 けど“いじめっ子のサソリ”は今でも僕を含めてみんなの中にいて、サソリを怖がっている。で、サソリを避けてるって感じ。 大人か。 僕も大人になりかけてるんだよなあ……。プクリンになってからしばらく経つけど、まだちゃんと大人になったって気がしないんだよね。そりゃあ大人って言われるほど歳とってないけどさ、それにしても自覚が湧かない。 はあ、やっぱり歌が歌えないからかな。プクリンだからね、やっぱり歌ができないと、立派な大人じゃない……ホントはそんなことないはずなんだけど、僕はそんな気がするんだよ。 むふふ……そして今日、やっと一歩を踏み出せたんだ。やったんだ……声が出せるようになったんだ。 そしたら後は楽勝じゃない?音取りなんてきっと簡単だよ。すぐに上手に歌えるようになるよ。そしたら僕は堂々胸張って“プクリンだぞ”って顔して村を歩けるようになる。想像しただけでわくわくしちゃうよ。寝付きの悪い子にはくらえ!サウンドの小守歌!意地悪なサソリにはハイパーボイスみたいな。 サウンドは再び盲目になってしまった。サソリのことを考える道を進んでいたはずが、途中で分かれ道になっていて、サウンドは分かりもしないサソリの変化の原因を考えるより自分の成功の道筋という確かな道(ではなかったが、浮かれたサウンドは想像も確信も同じようなものだった)の方へ進むことにしたのだ。 サウンドにしか行けない世界に行ってしまった彼を、シャープが横で不思議そうに眺めている。サソリと自分は決して分かり合えないと知っている彼女は、サソリが話し始めた時点で、黙り込む決意を固めていた。サウンドのにやけた口の端を細い咎めるような目で睨む。 そして、一方のサソリもまた、自分の世界に閉じこもっていた。腕を腹部に添え置き、空疎な視線を薄くて白い雲のかかる空の一点に集中させながら、サウンドと同じく考えごとをしていた。 しかし、全く違う方面に。 三匹もポケモンがいるにも関わらず、誰もが押し黙っていた。 ---- まずいことになった。サソリは思った。 シャープとサウンドが楽しくたわむれている間、サソリの目の前で、信じられないことが二つ起こった。一つはどうでもよかった。だが、もう一つは放って置くと大変な事態を招きかねない。 サウンドが……あの、ろくに声も出せず、うじうじとした悪声しか出せなかったサウンドが、いつの間にかあれだけの大声を出されるようになっていたのだ。見違えるような変化だった。 サソリはプクリンについてあまり詳しくはなかったが、サウンドの声が“普通の”プクリン並の大きさであると推測した。サウンドに何があったのかサソリには想像もつかなかったが、それは些細なこと。大切なのはサウンドが声を出せるようになっているという事実だ。 サソリがサウンドに優越感を感じる要因の一つが、いつの間にか気化していた。もし、もしこのままサウンドが順調に歌を上達していけば、いずれ完全にサソリはサウンドをバカにできなくなる。 気に入らねえ、意味分かんねえ。どうしてこいつは……。けっ!今まで通り、歌えないどころかろくに声も出せないプクリンであればいいものを。 さてどうしたものか、とサソリは考を巡らせた。夕日に焼けた薄雲が想像力を高めてくれるような錯覚を覚える。 そして辿り着いた答え。 気に入らないなら、潰せばいい。 そう、今まで通り。 サソリは薄く笑った。 ---- 「なあ……サウンド」 「はうあ!な、な……サソリか。びっくりした。突然話しかけないでよ。ふう、僕またあっち側に行ってたみたいだね」 サソリはサウンドに興味がないといったふうに続ける。 「すごいな、お前」 「すごいって?声のこと?えへへそうでしょ、すごいでしょ。僕だってやればできるんだよ」 サウンドは得意げだ。“気に入らねえ”プクリンがにたあと笑っていたので、サソリはサウンドの考えが手に取るように察しがついた。 こいつは調子に乗っているわけだ。ふん、なら、神輿から下りてもらおう。 シャープは沈黙している。 「サウンド」 「ん、何?」 サソリは慎重に言葉を選びながら口を動かしていた。順番だ。一番言いたいことを先に言い終えてしまっては効果が薄い。切り札はとって置くものだ。どこまでとって置けるか。それはサソリ次第。 「歌ってさ、ポケモンを感動させるもんだよな」 「そうだと思うけど」いきなりなんだろう、とサウンドは訝しんだ。 顔の表面に刻まれたシワがサソリを老人のように見せている。サソリの喉の奥がクッと鳴る。聞かれただろうか。構わねえ。だがまだだ。もう少し我慢しろ。こいつを落とす言葉を、俺は昔から知っている。たった、一言だ。 「ポケモンを感動させる歌ってさ、つまり上手だってことだろ」 「まあ、そうかもね」 「へっへっ」 サソリは舌を出しながら笑った。あの、サウンドが大嫌いな、他のポケモンを屑みたいに感じさせる憎たらしい笑みだ。 サウンドは身震いした。 「お前はどうなんだ?そんな歌が歌えるのか?」 サウンドは平手で打たれたような衝撃を受けた。ついさっきまで、歌なんて楽勝だとサウンドは思っていた。しかしサソリからそう問われると、途端に自信がなくなってしまう。 「……僕は」サウンドは俯きながらぼそぼそ呟いた。「僕は……今はできないけど、これから上手に歌えるようになるんだ」 「これからねえ……そんな保証、あんのか?」 サウンドは口をつぐんでしまった。サソリはサウンドの表情が硬くなっていく様子を堪能していた。サソリはたて続けに言った。 「ないだろう?サウンド。声が出せたってなあ、それだけじゃあしょうがないよな。バカみたいにでかい声出せたって、なんのやくにもたたねえんだよ」 あたかもサウンドの全てを否定しているかのような口調だった。 「音程とかリズムとかあっての歌だろ。音程を外さず、リズムは一定で……あんたにそれができるのか、ああん?できないだろう!」 サソリの詰り文句はサウンドの深くまで響いた。 いい感じだ。見ろ!さっきのお調子者のプクリンはどこへ消えた? しばらく間を置いてからサソリはさらに言った。 「否定しない、か」 できなかったのだ。自分やシャープから質問されたりすれば多少は虚勢がきく。だが今回はサソリなのだ。自分の弱い部分を熟知した最悪の敵。その敵にせき立てられているのだから、サウンドにできることといったら悔しさを拳に固めるくらいのものだった。 「自信がないんだろ。結局そういうもんなんだよ。いつまでもいつまでもぐだぐだして、時間だけ無駄に消費する。そんなあんたは……」 サソリは我慢できなくなった。言ってしまえ。そう、たった一言だ。たった一言で、こんなにも長い期間こいつを束縛できたんだ。もうしばらく、いや永遠に、檻にいてもらおうか、“歌えないプクリン”よ。お前は俺の足下で、自分の就くべき地位を守っていればいいんだよ。 「……一生“下手くそ”のままなんだよ」 ヘタクソ。 サウンドは鼻の奥がつんと熱くなってくるのを感じた。駄々っ子のように鼻をすする。すするようなものが垂れたわけではなかったが、なにしろ反射なのだから抗いがたい。鼻の深い部分から始まったその熱い感覚は、だんだんせり上がってきて、目元のすぐ近くまで達した。スピードを緩めることなく、そして躊躇なくそれは目に侵入して、隅から薄い膜で覆っていった。 あれ……なんだろうこれ。目の前が霞んでいく。そっか。へへ、泣いてるみたいだね。 サウンドは小さく笑った。やせ我慢の表情は何かを諦めたように見えた。 あーあ、だらしない。シャープやサソリにこんな姿見せちゃうなんて。雄らしくない。意気地無し。惨めだなあ。でもしょうがないんだ。“僕”だから。 やっぱりダメなのかな、僕、がんばってるんだけど。ダメなのかな、あのときみたいに。 サウンドはいつの間にか過去――それなりに遠い昔――を回想していた。ホコリまみれの長い記憶の綱を手繰りよせる。綱にのった積年のホコリから察するに、最後に触れたのはそうとう前だと見受けられた。サウンドは、その記憶の綱には二度と触りまいと心に誓ったはずなのに、魅入られたように再び綱を巻き始めていた。 見たくない。見なければいけない。止めらんない。 そしてサウンドは、匂いすら立ちこめてきそうな年代ものの薄汚れた綱の先端に、古ぼけた箱を見つけた。イタイ過去が封印されている。 過ぎ去ってもその影は色濃く現在まで黒い手を伸ばしていた。サウンドは開けたくもない記憶の箱に手をかけ、目の上に涙を浮かべながら、無表情に箱を開いた。 サウンドはまだプリンだった。 ---- 「ふう……つっかれた。なーんて言うと“疲れた”んじゃなくて“憑かれた”みたいに聞こえるね。おお、怖っ!ハハハ」 無邪気な笑い声が夕方の空に小さく広がった。聞いていたのは口に出した本人だけだった。疲れたと口に上らせているわりにサウンドは明るい表情を元気よく振り撒いていた。朝日みたいな笑顔が夕日に照らされている。 季節は夏の終わりごろと言えないこともないし、秋の始めてごろと言っても決して的外れではなかった。あやふやな、狭間のような季節。 サウンドが歩く一本道を囲う並木は部分的に黄色に色づいているようだったが、大部分は緑色の葉っぱが根気よく木にくっついていた。 夕方の太陽はいつまでもしぶとく頭を出していた。空が太陽を沈めようと押すものの、太陽も負けじと抵抗し、言い争う声が聞こえてきそうな景色だ。 「“さっさと落ちろ!”」 「“うるせえ!”」 プリンのサウンドは薄く笑った。 空の方が明らかに優性でしょ。だって下から持ち上げるより上から沈めた方が力入るし。……そういうわけじゃないか。へへ。 必死の抵抗も虚しくすこしずつ日は落ちていく。 この道は村の中心へと続いていた。家がきっちりと空き地を埋めるように隣接している村の中心部は、空から見たらきっと壮観に違いない。規則正しく配置された村の家は、ゲームに使用される四角の盤を連想させた。 一度でいいから村を上から眺めてみたいなあ。僕は空飛べないからね。自分の力じゃてとても無理。 サウンドはときどきみっちりとした家々が共犯者みたいで怖くなったものだ。木製の建物が寡黙に振る舞う様子を見ていると、反ってそれらが会話しだすんじゃないかという気がしてならなかった。こそこそ家同士話しあって、いつかわっと村を驚かす計画を立てているんじゃないか。僕はいつか家に痛い思いをさせられるんじゃないか。村は説明しようのない恐怖をサウンドに植え付けていた。そしてそんなふうに村を懸念しているのはサウンドだけだった。多くは、平和な村で、伸び伸びと無頓着に毎日を過ごしていた。 サウンドが歩いているのは、そんな村の中心から何本か伸びている道のうち、最も村人が利用する道だ。その一本道は村長の家へと繋がっており、村人は事あるごとに……いやなくても彼の家へ出入りしていた。頼りにされているのだ。 村長の名前はビートといい、サウンドのおじだった。彼はすでにプクリンに進化していた。 村は村長を中心にぽっと明るくて丸い光に包まれているようだった。あまり笑わない村長ではあるが、村を引っ張るその姿は威厳に満ち溢れていて、村人はみんな憧れていたものだ。 きれいだなあ……。 周囲の並木からひらひら落ちる黄色い葉っぱにサウンドは心を奪われていた。 んー、いい景色だ。こう、なんていうか、いさぎいいって感じ。んーうまく言えないなあ。 次の瞬間、葉っぱが一枚サウンドの鼻先に舞い降りた。 「のわああ!」 わわっ!でっかい声だしちゃった。 とっさにサウンドはそれを払いのける。 ふう。気をつけてるんだけど、なかなか治んないね、このオーバーリアクション。びっくりすると思わず叫んじゃう。嫌だな、周りからは「わざとらしい」って変な目で見られちゃうし。 わざとじゃないんだよ。自然とこうなっちゃうんだからさ、しかたがないじゃんか。でも僕がそう思ってても、それこそしかたないんだよね。誤解されるような僕だって悪いんだから。 サウンドは舌で口の辺りを舐めた。 それにしても……これいつから始まったのかな。思い出せない……ということはもしかして生まれつき?それって治しようがないんじゃない?いや、でも待て。ププリンのときはそうでもなかったような。どうだったっけ。んー難しい。頭がこんがらがってきた。考えても分かんないや。 しかし、サウンドの足は主人を乗せその役割を果たしている。たゆみなく動く足は帰るべき場所に向かって進み続ける。 治そうとは思うけどなかなかうまくいかないんだよなあ。普段からなるべく気をつけるようにしているけど、いつもピンと緊張してるわけにもいかないし。そんなことしてたら疲れるし。 歌と……同じで……。 サウンドはぼおっと空を見上げた。それまできらきらしていた目に、黒い靄がかかった。 毎日毎日、おじさんのところに通ってるけど、うまく歌えるようになる気配もない。こんなにがんばってるのに。本当ならこの時間はゆっくり過ごしたい。家でのんびりしてる方がどんなに楽か。この時間まで昼寝したり友達と話したりできたら、きっと幸せだ。 けど、とサウンドは目を細めた。 それはおじさんも同じなんだ。おじさんは我慢して、歌えない僕に付き合ってくれてる。だったら……裏切るなんてできっこないじゃん。全部僕のためなんだ。 サウンドは唐突に足を止めた。黙然と空を見据える。 がんばってる……がんばってるよ。できる限りは、精一杯ね。声張りあげて喉ががらがらになって、おじさんが止めるまでずっと歌い続ける練習……とんでもないスパルタだよ。それを毎日、輪っかを回るみたいに繰り返す。 きつい。しんどい。難しい。 僕には、難し過ぎる……何もかも。 サウンドは赤くほてった空に短い手をかざした。短い腕を懸命に伸ばしている姿は、まるで空を捕まえようとしているかのようだ。そしてぎゅっと拳を固めた後、ゆっくりと小さな手を開き、ごく自然な動きでそれを頬にもっていき、顔をしかめた。 ……ぶたなくても、いいじゃん。 僕が歌が上手じゃないのは認めるよ。僕は自分が覚えも頭も悪いポケモンだってのも知ってる。僕はそういうポケモンだ。けどだからって……。 サウンドの頬がほのかに赤く染まっているのは、夕日のせいではなかったのだ。 「ぐずっ」 思い出したらまた痛くなってきた。うん、そう。痛くて泣いてるんだ。イタイから涙だが溢れてくるんだ……絶対そう。そうじゃないなら、なんなんだよ。それ以外で泣く理由なんて……。 サウンドは、村人の前では絶対見せないビートの裏の顔を知っていた。自分の意にそぐわないことがあれば、どんな方法を使ってでも必ず“解決”する。歌に関しては一本気なビートは、練習のとき、サウンドを前にすると途端に分厚い仮面を取り去る。 あるいは、取り付ける。 気持ちのいい村長。歌のためなら暴力すらいとわない村長。どちらが本当のビートなのか、サウンドには知りかねた。 サウンドは鼻をすすると、涙が乾くまでしばらく待った。 帰ろう。 だいぶ小さくなったビートの家を振り返る。 また、明日、か。 手で涙の跡を拭い去りると、またてくてく歩き始めた。落ちかけた太陽にはやし立てられ、雄のプリンは先を急ぐことにした。そそくさと俯いて歩くサウンドは、進行方向に立ち塞がるポケモンに気がつく様子もない。 不意に、そのポケモンは話しかけた。 「お?サウンドか」 「いやあああ!」 ふああ……まただよ。いちいち反応がでかいんだから。呼ばれたくらいでこんな大袈裟に反応するなっつうの、僕。むうー油断してたな。なるべく気をつけるようにしてるけど、やっぱり忘れちゃう。ちゅういりょくが足りないのかなあ。 「あーぎゃあぎゃあ騒ぐな、うっとうしい。オーバーリアクションなんだよお前は。迷惑だ」 げ!この声は……。 おずおずとサウンドは顔をあげる。今まで会ってきたポケモンの中でも最低最悪。宿敵と呼んでも過言ではないほどの因縁深い関係を持つこのポケモンのことを、例え顔を直接拝まなくても声だけでサウンドは瞼の下に思い描くことができたが、直に確認するまでは断定しなかった。 希薄は簡単に打ち破られた。 一匹の、まだスコルピの……サソリだ。 「ど、どうしたの?サソリ?」 「気安く呼ぶんじゃねえ!」 「ひいっ!ごめん」 サソリはさも満足げな笑顔を見せつける。「へへ、ま、許してやるよ」 なんだよなんだよ。“気安く呼ぶんじゃねえ”?じゃあどう呼べばいいのさ。サーソリさーん……みたいに? 「何にやにやしてやがる」 「べ、別に」 「ふーん……」サソリはサウンドから何かを引きづりだそうとするようにまじまじとサウンドの表情を伺った。しかし、やがて興味を失ったというふうにぷいっと顔を背けた。 「ふん!どうでもいいけどな」 どうでもいいならそこどいて欲しいな。さっきから道のど真ん中に立って、僕が通れないじゃんか。そんなにこの道は広くないんだよ?分かる? サウンドは心の中で悪態をついた。見透かしたようにサソリからきつい視線を投げつけられ、慌ててサウンドは表情を取り繕った。 「なんだあ、その、目。言いたいことあんならはっきり言えよ。サウンド」 ぐう……。むかつく。いや我慢だ。「ところでサソリはどうしてここにきたの?」 サソリは「ああ…」とぼやいた。「ビートさんに用があってな。親が“たまにさし入れでもしてこい”って」 見ると、サソリ腕にはカゴが吊されていて、リンゴがいくつか顔をのぞかせていた。 サソリでもおじさんには“さんづけ“するんだね。サソリでも。 「で、お前は?」 しまった!どうしてこんな質問しちゃったんだ。オウム返しされるかもしれないのに。 サウンドがビートの家で歌の練習しているのは内密だった。恥ずかしかったから。 プリンとかプクリンとかって歌が歌えて当然って種族でしょ。歌がうまくて当たり前、だと考えてたし、ププリンは喉が弱いから歌えないんだって聞いたことがあった。ププリンは歌が歌えなくてもそれが普通なんだって思ってた。何にもしなくてもププリンからプリンになれば歌が上手になるって、そう思ってたんだ。 あまかった。まさか、と気づいたときにはもう遅かった。それで今からプクリンのおじさんと歌の練習。バカみたい。恥ずかし過ぎるよ。 「別に」 「別に別にって、お前はそれしか言えないのか?」 ああもうカチンときた。 「うるさい!」サウンドは一歩前へ進み出た。 サソリはサウンドがいつもよりいらいらしている様子をおもしろがる一方で、はてなと内心首をかしげていた。 サソリに接近したことで、夕日にさらされていたサウンドの顔の上にさっと黒い影が被さった。サソリは、サウンドの頬が赤いのに気がついた。 「サウンド。ほっぺたどうしたんだ?赤いぜ」 はっとした瞬間にはもう後の祭。 「べ、別に」 「かっはっは!やっぱお前“別に”しか言えないんだろう?傑作だぜ。頭悪すぎ」 あったまきたもう!クソッ! 「違う!はっきり言うよ!これはおじさんに殴られて」 「え?」 ……やっばい。 「ビートさんが……サウンドを殴る?」 疑惑に満ちた目を向けられ、サウンドは幅の狭い肩をもっと狭めた。顔に余裕はなく焦燥だけが影っていた。 村にとってビートは太陽のようにおおらかで寛大な存在だった。ポケモンを、それもおいを殴るなんてあってはならないことだった。事件だ。もし村に知れ渡ったら……。サウンドのせいで知れ渡ったら……。 しばしの沈黙があったものの、サソリが変な仮説をたてる前に正直に全て話してしまおうとサウンドは口火を切った。 「僕が悪いんだ。歌えない僕が……」 そう、いらないことまで全て話してしまおうと。自分の身の上話の上から下までひっくるめて。 そうしてサウンドが何から何まで全て話し終えるころには、夜空が月を背負っていた。 「なるほどな。お前、歌えないプリンなんだな」 「うん」 「……ぶっ!」 サソリは身体をのけ反らせて思いっきり笑い始めた。サウンドは憮然と唇を突き出しながらその様子を見ていた。 「やべえ。最高だわ、おもしろすぎる。はっは!」 どれくらいたっただろうか。 いっこうに収まる気配のない笑い声に、サウンドは耐え切れなくなった。 「止めて!もう止めて!」 サソリはぴたりと笑うのを止め、ちらっとサウンドに視線を向けた。 「歌えないプリンがでしゃばってんじゃねえよ」 サウンドは歯をむき出しにした。 「何い!僕は……僕はこれから歌えるようになるんだ。今はできなくても、絶対いつか歌えるようになるんだ!」 「それじゃあ、ダメだな」サソリは効果的に言葉を切った。「いっつも、お前はいつかいつかって問題を先延ばしにしたがる。これも同じだ。宣言してやろう。お前はできるっていうけど、結局なんにも出来ないで終わるのさ」 サウンドは押し黙った。予想通り反論しないサウンドを尻目に懸け、サソリは短くため息をつく。「思い当たるんだろ?否定しない……つうか、出来ないんだろ?」 「じゃあ、どうしたらいいんだよ?」 サソリは簡単に口車に乗る愚かなプリンに冷ややかな視線を送った。「今、証明しろ。できるようになるって。やればできるって」 「い……ま?」 「そう今だ」 再び二匹の間を気まずい沈黙が支配した。明かりは月だけが頼りだった。 今回はサソリが口火を切った。 「できねえんならいいや。一生歌えないプリンとしてそのまんまでいろ。下手くそが」 下手くそ……だとお……。 「聞いてもいないくせにそんなこと言うな!お前だって偉そうなこと言えないくせに!友達いないんだろ」 サウンドの罵声にこれまでにないほどの熱が入る。サソリは引きつった笑みを浮かべながらほとんどない首を左右に振った。 「やれやれ……そうだ。サウンド、お前が言ってることは正しい。まあ、俺には友達なんていないけど、そんなん今は関係ない。だってお前が怒ってるのは俺があんたの歌を聞いてもいないのに勝手に下手だって判断してるっていうところだ。つまり、今大事なのはお前が歌ができるか否かってこと。さすがにサウンドでも分かるな?」 サソリはまた思わせぶりな沈黙をばらまいた。サウンドはサソリを睨みながら耳を傾けている。 「証明するんだ。今、ここで」 「そんな滅茶苦茶なこと言われたって……無理に決まってるでしょ?。今すぐになんて。練習が終わって喉痛いし。明日また歌えるように、今日はもう休みたいんだ」 「ほう、そうかそうか」 なんか……だるい。肩に悪い幽霊でもついてるみたいに、全身が重たくなってきた。つかれた……疲れた……憑かれた。 ふとサウンドが後ろを振り返ると、丸い肩に何かが乗っかっていた。頭の中の世界がそのまま現実に引き伸ばされたかのような光景。ぎょっと目をぱちくちさせると、鮮やかな紅色をした落ち葉であることが判明した。 なんだか今日はホントによく憑かれるな。 「ほう」と安堵のため息をつきながら、息を吹きかけて飛ばした。ひらひらと地面に舞い落ちるまでの間、落ち葉が本当に落ち葉になるその瞬間まで、サウンドは興味深そうに木の葉を眺めていた。ふわりと音もなく足元に舞い散ると、サウンドはサソリに向き直った。 いつの間に乗ってたんだろ?サソリに話をするのに夢中で全然気がつかなかったよ。 「おい、サウンド無視すんじゃねえ。人の話を聞く気があんのかないのかはっきりしやがれ」葉っぱと異なり、サソリの口は素早く駆け下りる。「まったく、急に後ろ振り向いたして、なんなんだ、お前は?ポケモンの話は最後まで聞かなくちゃいけないって自慢のおじさんから教わらなかったのか?お前は、ビートさんのスパルタ、スパルタの猛特訓を熟す前にそういう基本的なことからしないとなんじゃないのか?俺は間違ってるか?」 サソリはおちょくるような声色で言った。サウンドをせき立て、追いつめ、見下しているこの時間が、さもおもしろいという感じで毒針のついた手をあげている。 その手に握られたカゴの中の赤いリンゴが、早い月明かりに濡れていて、明瞭な明暗をつくっていた。リンゴをおいしそうに見せ、ポケモンの食欲をそそる赤に覆いかぶさるように、漆黒の影が腐食していた。 「ああ……ごめん」 なんで僕が謝んなくちゃいけないんだよ。悪いのは僕じゃないでしょ。うん。悪いのは、悪いのは……。 そもそも……歌えない……。 「ふん!いいだろう。心の広いサソリ様は、歌えないプリンを許してやろう。感動的だろ、ええ?サウンドや」 自分で自分を誉めてて楽しいのかな?むう、笑ってるってことはやっぱり楽しいんだろうな。よく分かんないけど……いやちょっと待った。分かるかも。そういえば、僕もこの前――昨日だっけ?よく覚えてないや――おじさんの練習が終わってここを歩いてるとき、自分で自分を誉めたっけ。バカみたいとは思ったけど、無意識にやってたね。相変わらず大変なめにゅーだった。 “やめ。もういいよ” ビートの声がこだまのようにサウンドに蘇る。 あの日……いつもの喉ががらがらになるまで続ける、地獄に堕とされたみたいなスパルタ練習の後、おじさんは目の色を変えて言ったんだ。 “場所を、変えようか” サウンドは黙々と(おそらく)昨日の出来事を思い出し始めた。呆けた顔をしたサウンドを前に、サソリはまたかとなけなしの肩を竦める。 “どこ行くの?”しかし、サウンドはサウンドワールドに吹っ飛んでいた。 その日の練習はいつもよりいくばくか楽だった。サウンドの声はかれてなかった。喉の痛みもたいしたことない。まだまだ歌える。もしかして今日は情けをかけて、早く終わらせてくれるのかな?おじさん、優しい!……そう思っていたら、出し抜けにビートは場所を変えると言いだしたのだった。 “どこ行くの?”サウンドは呆れ顔で呟いた。 ビートはそれを見て露骨に顔をしかめて、サウンドの目をじっと覗きこんだ。サウンドはビートのそんな表情を前にするたびに、毎年変化のない恒例のお祭りをするように、いつも目を反らし肩を竦めるのが常態となった。 彼はビートに反抗しようなんて考えなかった。そんなこと、思い浮かびさえしなかった。ビートの口調には、何が何でもサウンドを自分の練習に引きこもうとする固い意志がありありと満ち溢れており、有無を言わせぬ迫力があった。ビートの指示を耳にするといつだって、サウンドは圧倒されるがまま、従うしかなかった。もしこのとき抵抗していたら、サウンドは今日殴られる以前に殴られていたかもしれない。 サウンドの問いにビートは目を細めて、半ば面倒臭そうに、しかしきっぱりと言った。“村の外れに小河があるのは知ってるね” “うん、知ってるけど” “そこへ、行くよ” サウンドは首を傾げた。 “どうして?あんなとこ、何にもないじゃん” なぜビートが好んで辺鄙な場所に行きたがるのか、サウンドはちんぷんかんぷんだった。 “何もないか……”村長は家の天井に目をやりながら、どこか遠い場所を眺めて言った。“確かにそうだね。君にとっては何もない。でも……私にとって、あの場所は全てなんだ。私は、あの場所に捕われているんだよ” ぐさりと頬に食い込む感触とともに、サウンドの夢心地はうち破られた。轟く高波に奇襲されたように追憶の世界は洗い流され、湿っぽい現実だけが残された。 「痛いっ!」痛感が後を追って襲ってくる。 「はっ!ざまあ見やがれ。俺を無視するからだ」 サウンドは視線を走らせた。ついさっきまである程度保たれていたサソリとの距離が埋まっていて、悠々と寛ぐいじめっ子の姿が目の前にあった。 サウンドの鼻の先で意地悪でずる賢い笑みを浮かべている。カゴを持っていない方の腕をサウンドの目前でひけらかすようにひらひら散らつかせていた。 「痛いよう……」 うう、なんだこれ。普通の痛さじゃない。ヒリヒリする。じくじくしみる。 サウンドはずきんとしみる痛みに歯を剥き出しにして、サソリに疑問の視線を送った。困惑と苦痛が混然一体となった感情はそのまま表情にも表れ、直接語るよりも雄弁に状況を物語った。 サウンドは耐え切れず、頬を押さえてその場にしゃがみ込んでしまった。鼻の奥からつーんと込み上げてくるものを感じた。 「はっはっは!サウンド、痛そうだなあ。そうだろうともよ。サソリ様の特製毒針だぜ?痛くないはずがないだろう」サソリは程度の弱い毒が分泌された爪をくるくると回していた。 サソリ……この野郎……。ぐうダメだ。いっそ飛びかかってやりたい、けど。動かすと痛い。じっとしてるしかない。ちくしょう。ああもう! サソリはわざとらしく鼻を鳴らしてサウンドを挑発した。にたあと端から端まで口が裂け、サソリは笑顔をつくりながら、今思い出したというふうに両手を叩いた。パンと乾いた音が薄暗い闇に吸いこまれていく。 「ああ、そっか。すっかり忘れてたぜ。お前、そこ、ぶたれてたんだっけ。自分のおじさんにな」 おじさんって……後からつけ足すんじゃない。 「そりゃあ毒は毒だけど、俺はちゃんと調節してた。これはそんなに強くないんだぜ。もちろん痛いかもしれないけど、ふさぎこみ程じゃないはずだった。それなのに泣きそうになりやがって」 泣いてなんかいない!誰があんたなんかに泣かされるもんか。あんた……なんかに。 歯を食いしばると疼痛が頬を貫いた。弱々しい呻き声が漏れる。サソリはそれを見てまた薄く笑う。 「お前のことだからまた過剰に反応してるのかと思ってたんだが。そうか、そうだな。サウンド、殴られてたんだっけ?そこに毒針さしちまったみたいだな。傷口になんたら、痛さ倍増、ってか。痛いだろう。わりいわりい、謝っておくわ。しみるか?」 サソリはさりげなくサウンドとの距離を詰め寄りながら、心配そうにそっと手を差しのべる。サウンドはサソリの意図に感づき、ジロリとサソリを睨みやると、頬をさすっていないあいている方の手で、サソリの爪に触れぬよう注意しながら思いきり腕を払いのけた。 「いってえ!てめえ何しやがる」 それはこっちが言いたいことだよ! 改めてサウンドはサソリを睨み返す。サウンドは涙をいっぱいに貯めながら精一杯の鼓怒を表現した。サソリは怖じけづいたのか、一瞬たじろぎ足元に伏し目がちな視線をおとすが、ぱっと素早くサウンドに向き直り涼しげに呟く。 「どうだ、分かっただろう?これがあんたの心髄なんだ」 どういう意味? 「ププリンは歌えないポケモンなんだ、プリンになれば自然と歌えるようになるんだ……そういうバカみたいな勘違いをするような奴。それがお前だ。進化しただけで歌がうまくなるなんて普通考えないよな。なのにあんたはそう思いこんで、練習をサボった」 サボってたわけじゃないよ。できるようになるものなんだって思ってただけ。分かってればちゃんととれーにんぐしてたさ……多分。 「しまいにはビートさんの世話にならなきゃいけなくなった。お前みたいな状態のこと、世のポケモンは何て呼ぶか知ってるか?自業自得っつうんだぜ」 「うるさい。もういい加減にして。サソリには関係ないことでしょ?ほっといてよ。僕はもう帰りたいんだ」頬の痛みも忘れてサウンドは叫んだ。 喉がかれていることなど、さらに遥か彼方の事柄だった。 ぶんぶん腕を振って歩いていこうとするサウンドをすかさずサソリは通せんぼうする。 「待てって。人の話は聞くもんだろ」サソリはサウンドが反論する余地を与えない。「それで、今になって歌の練習にとり組み始める。まあ、そこまではいいだろう。だが……」 サソリはトーンを若干低めて言う。 「ところでサウンド、お前どうしてビートさんに殴られたんだ?」 ええ?そんなこと聞かれたって。おじさんが僕を殴った理由っていえば……怒らせちゃったからだろうけど、そういう話ではないよね。ようは、サソリは原因のことを聞いてるんだ。そんなの……。 サウンドは「ううー」とたじろいでいる。 「やっぱりな。分かんねえんだろ?原因が。そんなこったろうと思ってたぜ」 「その言い方……サソリはおじさんが僕を怒った原因を知ってるの?」 「予想はつく。簡単だ」 ええ!そんなはずない。サソリがおじさんの何を知ってるんだ。僕は親戚だよ。僕だって分かんないのに、サソリが分かるなんてありえない。 しかし、サウンドの目は期待に彩られていた。自分がなぜおじさんを怒らせてしまったのか。逆立ちしたって、坂を転がったって解けない疑念を、サソリが解決してくれるのではないか。サウンドは大きな目をもっと大きくしてサソリをまじまじと見つめた。それは、サウンドが雄のスコルピの話に引きこまれているということをサソリに教えていた。今なら、サソリの言葉がどんなに不条理であろうが、サウンドは頭を縦にふり肯定するだろう。 「なら、教えてやろう。サウンド、それはあんたが自分勝手だからだ」 自分勝手だって! 「僕は自分勝手じゃない!こんなに……こんなにがんばってるんだ。なんでそういう意味分かんないこと言うの」 意図せず口から弾け飛んだ自分の言葉に、はっとした。 おじさんは夕方に僕の歌の稽古をつけてくれる。夕方、のんびりしたり、村に出かけたり、好きなように使える時間を僕に割いてくれてるんだ。 「サウンド。ビートさんはかわいそうだな。ビートさんはゆっくり過ごしたいはずなのに、お前の練習につきあってくれている。しかし、あんたはどうだ?のんびり過ごしたいだあ?昼寝できたら幸せ?ふうん、聞いて呆れるな。ビートさんこそゆっくりしたいんじゃないのか?ビートさんはやりたくもないのにないのにあんたの私事につきあってくれてるんだ。お前はそれを有り難いと思って、感謝してるか?」 「し、してるよ」サウンドは喉が半分塞がったような声しか出せなかった。 冷えた汗が、サソリにつけられた傷の上を一筋の道をつくりながら辿り落ち、跳ね返りもせずに地に溶ける。 「だったら、嘘でもそんなこと思わないはずだ。いいか、嘘でもだ。だがあんたは違う。練習なんて面倒臭いと、心のどこかで思ってる……つまり自分勝手なんだよ。サウンド、お前の自分勝手さが、ビートさんを怒らせたのさ」 「そんな」 「ビートさんは全部お見通しなんだよ。あんたはとことん自分勝手なポケモンだ。サウンド、もしかして、練習なんてこんなものでいいんだって妥協してなかったか?ビートさんはそこまで見越して、活を入れようとサウンドをぶったのかもしれないな」 違う違う!僕はいつも精一杯がんばってる……やれる限りは。手を……気持ちを緩めたことなんて一度だってない。 そう自分自身に言い聞かせるほど、サウンドの内部、暗雲立ちこめる薄暗い部分から、氷のように冷たい声が彼の耳元でこう囁くのだ。 ホントウニ? 身体が小刻みに震えだす。 「どうすればいいの……」サウンドは虚ろに問い質す。 サソリは口を一文字にきつく結び、黒い空を見た。「はああ」と長いため息の後、サソリは小さく何度か首を振り静かに言葉を濁す。 「どうしようもない」 「どうしようもないってどういうことだよ!」 「分かんないのか!」サソリは初めて声を荒げた。「お前はダメなポケモン、歌えないプリンなんだ。本質がな、もう腐ってるのさ。あんたはどんなに頑張ったって歌えるようにならない。それがあんたっていう、ポケモンの運命だからだ!」 あああ!違う!そうじゃない!サソリは間違えてる。乗り遅れたって、歌を始めるのが遅くたって、頑張れば歌えるようになるんだ。僕は信じてる。 「サソリ、僕はきつい練習をしてるんだ!成長してる」 サソリはすかさず言葉を割り、そこに“毒針”を突き刺す。 「だったら証明するんだ。成長している証を」 「いいよ!やってやるよ!」 サウンドとサソリはお互い一歩後ずさる。 サウンドの血走った目を何を見ているのだろう?少なくとも、笑止に必死なスコルピも、喉がかれて話をするのがやっとのプリンも、その目には映っていない。 「いくよ!」 すうっとサウンドは空気を身体いっぱいに溜める。夜に冷却された空気は新鮮な感じがする他方で、こちょこちょとくすぐられるような刺激を喉に与える。サウンドはむせ返らないよう必死に耐え、ぐっと息を止める。そして、歌い始めた。 サソリはろくに歌を聞いていない。サウンドがどんな歌を歌おうが、サソリは語るべき感想を予め胸に秘めていた。 「ほう……」サウンドの歌が終わった。「どうだった?」 そういえば……おじさんを除けば、人前で歌を歌ったのはこれが初めてのことだね。初めての歌の、初めての感想、か。緊張するなあ。 サウンドは得意げに笑っていた。サソリが眉間にシワを寄せ思案している様子を観察しながら、サウンドは待った。もっとも、サソリの頭は、早く帰らないと親に叱られちまうかも、という自分の心配でいっぱいだったのだけれど。 サウンドは期待に瞬きすら忘れ、そわそわと落ち着きなく足を揺すっていた。 ついに、サソリの口がうごめく。 「下手くそ」 え? 秋と冬の狭間の風が、二匹の間のからっぽな空間を駆け足で通り過ぎていった。冷え冷えした風はサウンドの顔を強張らせた。 「下手くそ」サソリはもう一度念を押すように吐き捨てながら、サウンドの方へ向かってのっそり歩く。ぽんとサウンドの肩を叩くと、さらにつけ加える。「ぎゃあぎゃあうるせえんだよ、下手くそ」 サウンドはぷるぷる震え出す。自然と拳が固められ、腕の筋肉もそれに答えるように緊張した。 「下手くそ」 「がああっ!」 下手くそじゃないっ!こんなに頑張ったのに! 「おっと」 軽い身のこなしでサソリはサウンドの攻撃をかわした。次の瞬間、サソリの毒針がサウンドの腹部に直撃した。 とどめが刺された。 「ぐ、ふう……」 「声で攻撃しないあたり、さすが歌えないプリンと呼ぶべきか」とサソリ。 「暴力はいけないなあ、サウンド君。おじさんに習わなかったか?」 返答を待つ間もなく、サソリはねばりけのある笑顔を残し、リンゴを持って村長の家へと前進していった。 ---- ……もういいかな。 サソリの足音が十分に遠ざかってから、サウンドはよろよろ立ち上がった。 もう、いい。いいんだ。歌なんてできなくても。僕は下手くそ。僕は……歌えないプリン。変えられない。何一つ、僕は変えられないんだよ。不思議だね。全然悲しくない。歌なんて、もうどうでもいい。最初から、諦めればよかったんだ。 サウンドもまた、サソリと逆方向を目指して軽い足取りで歩き始めた。 明日の夕方は何してようかな? ---- 「うう」鳴咽を引っ込めるような声を漏らしてから、サウンドは両手で頭を抱え、うなだれた。 そうだ。そんなことがあった。バカみたいに練習してた時期が。歌えるようになるって本気で信じて、必死に練習して、手を伸ばせば本当にその日に触ることができるような気がした。たいして高い目標でもなかったしね。人並みでいい。他のプリンと肩を並べられればそれでいい。それだけなら、後から歌を始めたってきっと追いつける。遅れは取り戻せる。そう思ってた。 おじさんのところに通い始める前、おじさんの教育がどんなものかは分からなかったけど、たいしたことないだろうって思いあがってた。 そうじゃなかった。 来る日も来る日も声を枯らした。喉が潰れそうになるギリギリまで発声してね。こんなはずじゃなかった。もっと簡単なものとばっかり思ってたのに。僕はプリンなんだよ?こんな辛い思いして練習しなくたって、できるようになるんじゃないの? ビートは容赦しなかった。サウンドの限界を知ってるみたいに、彼の喉があとちょっとで潰れるという瀬戸際のところで練習をやめていた。明日も、そのまた明日も、練習を続けさせるために。 また、明日。 サウンドがビートの家を出るとき、彼は決まって甥に呟いた。 なのに、ちっともうまくならなかった。大きな声を出せるようにはなったけど、音が取れるようになるわけでもなかったし、ただただ無駄に痛い思いしてるだけのような気がしてた。こんなはずじゃなかった。あんなにがんばってたのに。もっとスムーズにことが運ぶはずだった。 サウンドの、喉ではないもっと深い部分は、もう限界だった。サソリがサウンドをけしかけたのは、サウンドが行く末に暗雲を見つけた、ちょうどそんなときだった。タイミングも悪かったのだろう。サソリにコケにされた翌日から、サウンドはビートの家では歌わなくなった。 サウンドはビートのやり方がいけなかったのだと考えた。ビートの無駄の多いスパルタのせいで、自分はいつまでたっても歌が上達しないのだ。だったら自分であみだした練習を、自分の好きなときに、好きなだけやろうじゃないか。そして、いつかおじさんにうまく歌えるようになった自分を見せつけて、見返してやろう。そう決心した。 そのまま歳月が経過したが、サウンドは全くといっていいほど上達しなかった。夕方になると、誰も知らない――知られているが意識はされない――小河までとぼとぼ一人で歩いて行き、ひとしきり声を張りあげて、暗くなる前にとっとこ自宅へ足を向ける。繰り返し巻き戻される単色な毎日に、サウンドは憂鬱とした。 これじゃあ、おじさんのときと同じじゃないか……。 むしろ、日に日に自分の声に自信をなくしていく過程で、サウンドはだんだん歌に力がこめられなくなった。 それでも意地がある。おじさんには頼れない。もう、絶対に。 だが歌えるプリンという理想像は時間によって風化した。小河に行って歌の練習をすることだけが、目標を喪失してからもただの習慣として残った。さらに時は過ぎ、プクリンになり……シャープと出会い、今に至る。 サウンドはすっくと顔をもたげる。サソリが目に入る。 「……やめてよ」 「ああ?なんだって?」サソリは頭の後ろに手を沿え、耳をそばたてる。 「やめてって言ってるんだ」震える身体の揺れる声。 「何を?」 「そんな目で僕を見ないでよ!」 まだ……また……僕の邪魔をするの、サソリ。どうして?なんでだよ。いつもいつも僕が頑張ってるところにしゃしゃり出て、両手を塞いで通せん坊。 ほら、抜いてみやがれ、歌えないプリン。俺を通り越してみろよ。そしたら少しはましに歌えるプリンになれるかもしれないぜ、サウンドや? サソリの声ならぬ声が聞こえるような気がした。 サソリを出し抜く力が僕にあるわけない。逃げ出す勇気さえないんだ。 なんだ来ないのか、意気地のない奴だな。そんなんだから、いつまでたっても歌えないプクリンなんだぜ。 現実では、サソリは一言も話そうとしない。ただサウンドの目をじっと覗いているだけだ。それだけで、サウンドはサソリがどんなことを伝えたいのか分かったし、サソリの方でもサウンドが自分の主張を感知していることに気がついていた。交差する目に浮かぶものは、一方は侮蔑、他方は虚勢かもしれないが、まるで鏡に映したよく似ていた。鏡が湾曲しているせいで、ドラピオンの目がよりまがまがしく見える。それだけの差だった。この二匹は、実際は同じ目をしているのだ。サウンドには関係のないことだったが。 「そんな目って言われてもなあ……この釣り上がった細目は生まれつきなんだぜ。悪いけどさ。治そうとしたってどうしようもないんだ。文句なら俺の親に言うんだな」サソリがぼやく。 違う違う!とぼけないでよ!分かってるくせに。僕が本当は何を言いたいか……分かってるくせに。 「バカにして!楽しいの?弱いものいじめして……僕をいじめて、楽しいの?」 そう言い終わってからようやく、サウンドは自分で自分のことを“弱いもの”と呼んでしまったことに気づいた。彼は顔をしかめる。サソリはとぼけたように舌を出す。 「まあなあ……お前のことをバカにしてるかどうかは別として、まあ、弱いものいじめは楽しいわな」 ここで怒ったら自分が弱いって本当に認めることになっちゃう。くそう……。 サウンドはぐっと感情を奥へ押し込めたが、表情には多少表れてしまった。サソリは下卑た笑みをサウンドに見せ、相変わらず視線をサウンドに向けている。シャープは黙って唇を噛み締めた。 「サウンド」サソリが重い口を開いた。 「何?」 「どうしてお前は分からないんだ?」 ええ?何それ。ちんぷんかんぷんなんだけど。何が“分からない”のか分からないよ。 「お前は一生歌えないプクリンなんだってことが」 唐突に振られた話題に、サウンドはあからさまに当惑をあらわにした。次の瞬間、サウンドの頭にかっと血が上る。 「なんで……そう思うの?」 怒っちゃダメだ。ここで怒ったら後でサソリにぼろくそ言われちゃう。これ以上からかわれるようなネタをサソリに渡しちゃいけないんだ。 「そうか自覚してないのか。だから、お前はダメプクリンなんだ」 「何それ。そんなこと言っちゃって、ホントは根拠がないんじゃないの?」 「違う」サソリはきっぱり言い張った。「根拠はある。お前が一生歌えないプクリンだって証明する、決定的な証拠を、俺は知っている」 「なら教えてよ!」 「無理だな。それはあんた自身が見つけないと意味がないんだ。ほら、ない知恵絞って考えな」 サウンドは深くため息を一つつく。 自分で見つけないと意味がない。そう、確かにそうだね。自分で探さなくちゃいけない。サソリの言う、僕が歌えない理由を。 サウンドは目を閉じ、口をきつく結ながら、一心不乱に考を巡らせ始めた。 僕が歌を歌えない、その理由。何だろう。一体、何が原因で歌えなくなったんだろう?ププリンのとき練習をサボったから?いや別にサボってたわけじゃないけどさ。知らなかったんだもん。進化すれば自然と歌えるんだって思ってたんだから、しかたがないじゃんか。でも一理あるかもしれない。僕が、ププリンやプリンがどういうものかしっかり把握していて、ププリンのときから真面目に練習してれば、プリンになってわざわざおじさんのところで練習する必要なかったんだから。こういうことなのかな?これがサソリの言ってた“証拠”ってやつなのかな? そうじゃない。 サウンドは静かに首を左右に振る。身体からぶら下げるに任せていた腕を組み、必死に頭をひねる。サソリはそっとサウンドに近づく。 多分サソリはこんなことを言いたいんじゃない。サソリの口調から判断して、僕が見落としてるのはもっと身近なことなんだ。近過ぎて分からないっていうやつ。何なんだろう。サソリは僕の何を知ってるんだろう?うーん……。 戦いに破れ、怒り狂ったように赤々と燃える夕日が空から退場して、もう大分経っている。残り火もしばらくすれば消えるだろう。明かりは月が頼りになる時間が刻々と差し迫っていたのだ。 シャープは急にそわそわし始めた。落ち着きなくあっちへこっちへ視線を散らす。集中するサウンドがその様子を気にかけるはずもなく、サソリはシャープなど眼中にない。 すっと赤い光が遠くの山裾に吸い込まれ、夕日は跡形もなくなった。勝利に湧く月が夜空に冠(かんむり)を頂く。サウンドはなおも思案に没頭している。サソリは一歩、また一歩とサウンドに近づく。シャープはサソリの意図に気がついた。 「サウンド避けて!」シャープは目を見開き警笛を鳴らすも、サウンドの耳には届かない。 サソリはぐっと腕を引き下げてから、その腕で勢いよくサウンドを突き上げた。 「おらあ!」 一瞬のことに、サウンドは困惑する暇(いとま)もなかった。身体が後ろへ吹き飛び、硬質な地面にたたき付けられる前に目に入った光景は、サソリの並びのいい歯だった。どさりとサウンドの背中から土埃が巻い上がる。河に近接しているからか、ほとんど泥になっている地面だが、ごく一部の乾いた箇所にちょうどサウンドは収まった。サソリが狙ったかどうかは分からない。乾いた地表は触れるものを拒絶するように固かった。 「うう……い……たい」サウンドはよたよたと身体を起こし、サソリと対峙する。目には大きなクエスチョンマーク。 サソリは笑みを崩さない。道を選ぶようにゆっくりサウンドへ進み寄ると、シャープも慌ててその後を追う。サソリとサウンドは互いを目の前にした。 いったあ……頭、変な場所にぶつけたみたい。明日起きたらもっとひどくなってるかも。 そっと頭の後ろに手を回してみると、疼痛の起きている箇所がほんのり腫れていて、若干熱を持っていた。 「サウンド……こういうことだ。これが、俺の言っていた根拠、証拠だ」サソリは重く言った。 「これ?これってどれ?」 「呆れたぜ。そこまでバカだとは知らなかったな。今まさにこの状況のことだ。サウンド」 サソリの重々しいため息がサウンドに吹きかかる。サウンドはさっと煙たそうに手で払い退ける。 「サウンド、特別に教えてやろう。俺があんたが変われないと思う、根拠を」サソリは思わせぶりに一呼吸間を開ける。「お前は周りに注意を払わない。それが、お前を歌えないプクリンにしてるんだ」 「周りに……注意を払わない?」サウンドは首を傾げた。 「そうだ。お前は他人が何をしているかなんて一切気に留めず、ずかずかと自分の中の、自分だけの世界に入るときがある。しょっちゅうな。自分のやり方?そうかそうか。おめでたいな。自分のあみ出した方法に満足し、どかんと居座る。悪いとは言わないさ。ただ、自分だけじゃどうしようもなくなったとしても、そんな状態じゃ誰もあんたを助けちゃくれない」 サウンドは一昨日“サウンド”に指摘された、檻から出られないプクリンのことを思い出していた。 「おまけにたいした実力はないときてる。いいか?自己流ってのは一流のポケモンがすることなんだ。基本的なことができたうえでな、初めて自己流ってのは成り立つんだぜ?サウンド、お前は、実力があるわけでもないのに、そうやって自己流に走った。とっとこと、逃げるみたいにな。揚げ句の果てがこれだ。でかい声が出せるようになった?だからどうしたっていうんだ、くだらねえ」 くだらない……だって? 「くだらないって何さ!僕はあれから頑張ったんだ!頑張って頑張って……ましな歌が歌えるようにって……それで、やっとここまできた。ついこの間までは線の細い声しか出せなかったけど、今は違う。歌えるようになる一歩目を踏み出したんだ。僕は変わってる。いや変われるんだ!」 「くだらなくなくて何なんだ!」サソリは初めて声を荒げた。「頑張ってるだ?思い上がってんじゃねえぞ歌えないプクリン」 抑え切れないサウンドの思いは拳に集中していく。拳が力んでくると、それに合わせて腕がぷるぷる緊張し始める。 サソリは「ああ、くだらねえくだらねえ」と首を左右に振っている。 「何が……くだらないの?」憤怒の滲んだ声がサウンドの口から漏れる。 「ビートさんのとこに行かなくなってから数年間、お前は何をしてきた?」 「何って……歌の練習を」 「そうか。何年も歌の練習してきて、結果がこれか。そんだけ時間かけながら、今ようやく大きな声になれたわけか。そのペースじゃ、歌が上手になる前に“終わっちまう”んじゃないのか。まさに“終わってる”な。『やっとおっきな声が出せるようになりまちたー』とさ。はい、めでたしめでたし」 言い返せない。分かってるよ。何年も歌をした成果が、声がでかくなっただけだって。歌が歌えるとかそういう問題に入る以前の問題。 でも……でも。 「けど僕は」 「いい加減言いわけはやめるんだな、歌えないプクリン」すっとサソリは息継ぎした。「下手くそが」 ぴたりと鍵穴に鍵が収まったように、サウンドの中で何かが砕けた。がちゃりと音をたてながら、錠は鈍い音をたててサウンドの足元に落ちる。サウンドは扉を開いた。迷いはない。もう、我慢ならなかった。 拳を振り回してサソリに突進する。 「がああっ!」 もう言うな!僕は下手くそじゃない! 「おっと」 サソリはひらりと身をかわした。サウンドの横に回りこむと、腕を振るい、二股に分かれた爪のような指でサウンドの腕に掴みかかった。逃がしまいとするようにがっしり挟むと、苦痛に顔が歪んだサウンドをひょいと軽々しく持ち上げ、小河に向かって放り投げた。 「うああ……」 オーバーリアクションな水しぶきがド派手な音をたてた。 「声で攻撃しないあたり、さすが歌えないプリンと呼ぶべきか」とサソリ。 「暴力はいけないなあ、サウンド君。おじさんに習わなかったか?」 屈辱に身を焦がしながらも、サウンドはどこか冷静だった。河に投げられて目がさえたくらいだ。 今日はしょっちゅう投げられる。ヒドイ一日だったなあ。 まだ終わりではなかった。 サソリはサウンドに小走りに歩みよる。足元が河にすくわれそうになるが、全く気に留めない様子だった。ずんずんと河を横切る力強い足取りは地上にいたときとなんら変わらない。 え?え?ちょっと、ちょっと。 サソリはサウンドの耳を荒々しく掴むと、それを持ち上げる。サウンドの足は宙に浮いている。端から見ればポケモンの人形に八つ当たりしているように見えただろう。生きているポケモンにする行いとはとても思えなかった。 「痛い……離して……」やっとの思いでサウンドはそれだけ口にした。 サソリは楽しそうに笑った。 「サウンド、聞け。んで、よく見ろ、この構図を」 サソリはサウンドの耳を掴み上げたまま、サウンドの腹を殴る。柔軟性に富んだプクリンの腹は大きく削られたようにへこむ。 「うっ!」 「変わってるだと?」 サソリはもう一度拳をたたきつける。サウンドは悲鳴を重ねた。 「変わってないじゃねえか!この形!時間帯から、何から何まで、あのときからそのまんま取ってきたみたいにそっくりじゃねえか。あのときと、ビートさんの家の前で貴様が歌みたいなことをしたときと、同じじゃねえか。貴様は俺の前で惨めな姿をさらし」 三たびサソリはサウンドを殴りつけた。袋から空気が抜けたような間抜けな音が漏れ出す。水しぶきが互いの顔を濡らし、月明かりがそれを誇張する。 「こうして、俺の前でひざまづくんだ」 サソリは、今度は岸に向かってサウンドを放る。どさりと陸に投げ捨てられたサウンドは仰向けに倒れたまま、ほとんど身じろぎせず、目だけきょろきょろ散らしていた。サウンドは打ち捨てられたように無表情のままで、顔から色彩が欠けていた。サソリは小河から上がると、月光を背後にサウンドの前に立ち塞がり、視界を遮るようにサウンドに大きな影を落とす。 「変わらない。貴様は変われないのさ、サウンド。俺から逃げることなんて、できやしない」 サソリからぽたぽた水が滴り落ちる。 一瞬二匹の視線が交差した。 そのとき。 「ん?」サソリは辺りを見渡す。 足元がふらつくのだ。まるで、誰かに足を揺さぶられているように。 それは思い違いだった。 地面そのものが揺れているのだ。真っ白だったサウンドの瞳に色が戻る。感情の波がわっと押し寄せるとサウンドもまた異変に気がついきた。 何、何?地震?誰かポケモンが“地震”使ってるの?んーでも地震ならもっと威力があるはずだし、こんなに長く揺れない。これは……。 サウンドはよろめきながらもなんとか踏ん張って立つ。ふとサソリの後ろを見た。 知らないポケモンがそこにいた。ピンク中心の身体に、腹部は白い。頭の上に巻き毛のようなふさふさしたものが漂っている。耳は長いが、手も足も短い。瞳は本来ならば綺麗な青緑色をしているはずなのだが、雌のプクリンの目に浮かんだ憤慨が、海のように寛大で美しい青緑の目をくすんだものに変えていた。彼女が、彼女の激昂が、この地鳴りを引き起こしているらしい。 「シャープ?」サウンドは小さく喘いだ。 「あ?なんつった?」ふらつく足取りのサソリが聞き返した。 シャープは今にも弾け飛びそうな危うい眼差しでサソリを見据えている。 「……もう、限界」シャープは低く短く切った。 シャープは一瞥してサソリの背中を睨みつける。そして、サソリの頭に手が届くくらいの高さまで跳躍し、サソリに拳を押しつけた。鈍い音が早い夜空に響き渡る。 「どわ!」 サソリがそのままサウンドの正面に崩れ落ち、サウンドの目に月が映った。 きれいだなあ。 「なんだなんだ!何が起きてんだ!」 サソリは混乱としている。先程と表情は一変。顔のシワは全て消えた。 シャープが一喝する。 「サウンド!離れて!」 え?離れてって、どこに……。 サウンドは草村に向かって歩き、言われるがまま距離を置いてから、サソリとシャープを返り見る。 「でええ!」サウンドは叫んだ。信じられないことが起きていたのだ。 「はああ……」 「だああ!」 シャープの気迫に満ちた声ならぬ声と、サソリの恐怖に溢れた悲鳴とが重なって不思議な和音を奏でる。まるで、二匹で歌を合唱しているようで、サウンドは奇妙な感慨を覚えた。 シャープはサソリの尻尾を両手で掴んだまま、ぐるぐるとその場で回っている。サソリは成す術なくシャープを中心とする円を描いていた。ぶるんぶるんと風を切る音がサソリの重量を象徴しているみたいだった。徐々に回転の速度は速まっていく。 まさか。 そのまさかだった。 「たああーーー!」 「ぬうおー!」 シャープがぱっと手を離すと、サソリは抗う術もなく自然の法則に従って、虚空の夜空の中に放たれた。シャープは、ねらったのか、ちょうど村の方向に飛ばしている。伸びた悲鳴はしばらく続いていたが、やがて諦めたようにぷっつりと止んだ。 ---- 岸に小河の流れる音が静かに広がって、小さな花々と背の高い草村がそれにあわせて風と踊っている。夜の風は冷たいが心地いいとサウンドは思った。 「そのままお星様になっちゃえー!ははん」シャープは胸を張って笑った。 「なんてことを……してくれたね」サウンドがぽんと呟いた。 「いいじゃん。あいつ、ムカついたし。サウンドもなんか言い返してやればよかったのに」 シャープのにこやかな顔を見ていると、サウンドは先に起きたことが嘘のように思え、最初からサソリなんていなかったような気がしてきた。 シャープ、ここは笑うところじゃないよ。もうちょっと……何というか、深刻な場面だと思うんだ、うん。 「いやムカつくとかそういう問題じゃなくてさ。……まあいいけど」 「サソリだっけ。もう二度と近づかないように言っておいてよ。でなきゃまたあいつサウンドをいじめるよ」 「そんな。僕はできないよ、サソリにたてつくなんて」 「顔に泥が付いてるよ」 「え?ああうん」 「取ってあげる」 「ええ!いいよ、そんなの自分で取れるから」サウンドは顔を引っ込めてシャープの攻撃を回避したが、シャープは不満そうに口をとがらせていた。 油断も隙もあったもんじゃないね。 そこで一旦会話が途切れた。 「……シャープ」 「ん?」 サウンドは口をつぐんだ。シャープはじっとサウンドを見つめ、次の言葉を待っている。気まずい沈黙は河が埋めてくれた。 「……いや、やっぱりなんでもない」サウンドは呟いた。 「なんだ。拍子抜けだなー。期待してたのに」 拍子抜け?期待?この人は何考えてたんだろ。 「じゃ、また明日」シャープは小さく手を振る。 「うん、また明日」サウンドは戸惑いながらも言い放つ。 サウンドは肩を落としながら、小河に沿って走り去るシャープの姿を見えなくなるまでずっと目で追っていた。 また、明日。変わらない、変われない一日が待ってるんだね。 身体の節々の悲鳴を――身体の外側から内側まで――わざと聞かないよう注意しながら、サウンドも身を翻(ひるがえ)し、帰路についた。 ---- 目を覚ますと、サウンドは白色の中にいた。 ここはどこだろう?シャープと別れて、家に帰って食事を取って、ベッドに入って……。え?え?何ここは。 一面真っ白な世界の中を、ぜいぜい息を切らしながらプクリンが一匹走っている。汗ばんだ額から吹き出し流れ落ちる玉の汗とその軌跡から、彼は自分がかなり長い時間通時的に走り続けているのが分かった。なんのために走っているのかは、定かではなかったけれど。全てのものが空疎な白に染めあげられたこの世界は、目指す方向はもちろん、これまで足跡を残してきたはずの道さえも、どんな色にも染まりうる純白をしている。足場すらもままならず、存在を感じることはできても、透明なのか目で確認することはできない。あたかも、雲の中に投げ出され宙ぶらりんに漂っているようだ。 寝ぼけて変なとこに来ちゃたのかな。でもこんなとこ知らない。少なくとも村にはない。 相変わらずプクリンは濃密なクリーム色の世界を必死に走り続けている。 これは……僕? サウンドは不思議な気分に酔っていた。 なんだか気持ち悪い。自分の身体が自分のじゃないみたいだ。変な感じ。自分を後ろから見てる。まるで、自分の魂が抜けて、走ってる自分についていってるみたい。おかしな夢を見るものだね。 そのときサウンドははっと思い当たった。足が絡まらないように、疾走する速度が落ちないように、なるべく神経を短い足に向けながら一人納得したように頷く。 そうか!これは夢なんだ。夢だからこんな風景なんだ。 サウンドは辺りをきょろきょろ見渡す。 本当にどこからどこまで真っ白。冬になると、僕らの村はふわふわした雪がいっぱい降り積もって、ゲンソウ的な景色になる。とってもきれいだった。それとは違う。 ときどき村におりる濃い霧は、ほんの目の前にあるものでも目隠しして見えないように覆う。あるときなんか地面にはいつくばって動かなくちゃいけなかった。けれど、その白さとも似つかない。 雪も、霧も、“コレ”も、真っ白には変わりないんだけど……なんか違う。 白い闇。獰猛なポケモンが息を潜めて獲物が来るのを待ち構えているようで、強がっていても全てのポケモンがこそこそ小走りに走り去るような、闇夜の一角。夜の黒を昼間に当て嵌めたみたいな、不思議な場所だ。 サウンドはふと、自分がまだ前へ前へ大急ぎで足を運んでいることに気づいた。それから、どうして僕は走ってるんだろうかと内心疑問に思った。 理由はない。走らない理由もないけど、走る義務を負ってるわけでもない。ただ、走ってると疲れちゃうよね、夢でも。 足を止める。 ここは何もない場所。虚空みたいな場所。走ったところでどこかにたどり着けるわけでもないし、はあはあ肩で息をしたところで自分の欲が紛れるわけでもない。努力が口の上の約束のようにはかなく虚しいものに姿を変える、地獄のような空間。 そうだ、とサウンドは肯定した。 ここは地獄なんだ。僕の内側に広がっている触りたくないものが降り積もった場所なんだ。 塵を積み重ねてたからといって塵は山になれず、一吹きの風の前で無力にも粉塵を起こして舞い散ることを思いしらされる空間。そういう意味では、この世とあの世に境目はないのかもしれない。さらに、サウンドは今まで自分に刺さってきたトゲがこれでもかと羅列している様子を、濃霧の奥にかいま見たような気がした。 サウンドは大きく深呼吸してから、ふと何気なく空(くう)を見上げた。 何もない。誰もいない。色もない。 自分の手を見ると鮮やかなピンク色をしていたので、なんとなくホッとした半面、同じくらい失望した。 いっそ僕もいっしょに白くなっちゃえばよかったのに。このままこの白の中に溶けちゃって、永遠に元に戻らなければいいのにな。 サウンドは夢に落ちても自虐的だ。 頭上に拡散している(かは定かではない)白い雲を眺めたまま、腕を後ろに回して一歩も踏み出そうとしない。 海のように優美な瞳には虚空すら映っていない。ただ、自分の深い部分の断片がその表面に浮かんだり沈んだりを繰り返しているだけだ。瞳そのものが虚空だったのだ。 どうせ、何もないんでしょ?走ったって、何もくれないんでしょ?見つからないんでしょ? サウンドは見知らぬ誰かに話しかけた。静かだと反って何かもの音がしてくるように思えてくるから、おかしなものだ。 どうせまたどっかで転ぶんだ。精一杯走っても、こんな、こーんなちっちゃなイシコロにけつまづくんだ。イタイ思いをするだけで、どこも変わらない。カサブタにカサブタが重なって、涙のかさが増すだけ。変わらない。変われない。変えられない……運命は。 サウンドは鼻でふっと切るように短く息を吸い、噛み締めるように瞼を閉じ深く落胆の息を吐く。がっくりと大袈裟に肩を落とし、今度は視線を足元に投げると、またぼうっとし始めた。 足もピンク色だね。当然だけど。ププリンの進化系はみんなピンク。きれいな色。ピンクは歌える種族の色。僕は自分のピンクに自信がない。僕がピンクであるはずないんだ。ピンクは嫌いだ。僕はピンクのポケモンになんて、生まれたくなかったんだ……。 このまま何も事件が起こらなければ、サウンドはそのうちまた頭上に視線をずらすに違いない。そして考えごとを海上の渦巻きよろしく回してから、再び実体のともなわない空白に視線を落とす。そうこう繰り返しているうちにどんどん時間が過ぎ去り、サウンドが生きるべき世界に朝日が昇る。サウンドはいたたまれない思いを抱えながらも、頭を枕から離し身体を日の光に馴染ませ、昨日とは別に与えられた一日を走らなければならなくなるのだ。昨日も、そして一昨日もそうしたし、きっと、明日もそうするだろうという確信を抱えて。 最初は聞き間違えだと思った。 耳が空っぽの状態に耐えられなくなって、幻聴で補っているのではないかと。 しかし、耳鳴りはいつまでもたってもやまず、サウンドは、この奇怪な音は耳鳴りでも幻聴でもないことを心の片隅でちらちら感じていた。 遠くで音がする。かなり、遠くだね。 それでもなかなか疑心を捨て去ることができない。静かすぎる夢に孤独な自分がこらえ切れなくなり、自ら音を出して淋しさをごまかそうとしているのではないかとサウンドは再度疑った。そう考える方が自然だと考えた。 音がだんだんおっきくなってる。これは……錯覚じゃないの?うん、確かに聞こえる。小さいけど、どこかから音が。 変化のない世界に硬い風が流れ出したような錯覚を覚える。 何の音だろう。細くて切れ切れ。声ともとれるけど、音と言った方が近い表現かな。聞いたことがあるような、ないような。待って。だんだん音がおっきくなってるってことは、音を出してる何かは……。 サウンドは急に怖くなった。ぎょろついた視線を前後左右に一通り向けたが、雪白が横たわっているだけであった。逆にそれがサウンドを脅かし恐々と縮ませた。 誰もいないところから音が出てる。得体のしれないモノが、僕に近づいてる。 サウンドは身体の震えを止めようと腕を交差して摩るように身体を揺らしたが、どうしようもなく寒さは奥深くから溢れ出た。いても立ってもいられなくなり、サウンドは余白のような世界の中へ駆けた。悍(おぞ)ましいこわねはすぐそこまで迫っている。 「わああ!」 サウンドは脇目も振らず、無我夢中に走る。腕をふるんぶるん振り回し、圧迫的な恐慌を背に負いながら、とにかくがむしゃらな思いで白色を突っ切る。 もしかして、僕はアレから逃げるために最初走ってたのかな? ちらりと浮かんだ考えは謎の答えのように思われた。 ……いやそんなことどうでもいいから!今はとにかく逃げなくちゃ。アレが何だか分からないけど、とりあえず僕にとって都合のいいモノとはとても思えない。捕まったら――アレが僕を捕まえようとしてるかははっきりしないけど――酷いことをされるかもしれない。 「はあ、はあ……」サウンドが吐く切れた息には少しため息が紛れこんでいた。 現実でも追われて……夢でも追われて……心の休まる暇がないじゃんか。結局明日っていっても昨日に戻るだけじゃないか。僕は……僕だけが。 「振り切れた?」 耳障りな音がしなくなったのでサウンドは足を止め、すっかりあがった息を調えようと荒々しく息遣いする。 後ろを返り見ても何かが追ってくる気配はない。サウンドはほっと胸を撫でおろす。 助かった。もう、何なんだよアレは!意味分かんない。アレのせいで夢の中で走らなくちゃいけなくなっちゃったし、汗かいちゃったし、散々だよ。朝起きたらきっと汗びっしょりだね、冷や汗が。呼吸が穏やかになったところで、冷静さを取り戻したサウンドは改めてアレに思いを巡らせた。 アクム?アレがアクムってやつ?よく分かんない。僕は普段あんまり夢見ないし。見たくないし。でも、多分あれがアクムってものなのかもしれない。アクムね……いやだいやだ。寝てる間にポケモンを疲れさせるんだから、迷惑ったらないよ。二度と見たくない。 それより、早く起きたいんだけどな。アクムかどうか関係なく、夢はもうこりごり。 サウンドは目の行き場に困った。 あっちもこっちも色を欠い白い色。とりあえず歩こう。歩いてればそのうち“僕”は目が覚めるさ。 ふわりと巨大なものが近づく気配がする。 唐突だった。 音はなくとも、自分に忍び寄ったのは自分を震撼させたアレであると、サウンドは直感的に判断した。サウンドは逃げる間もあらばこそ、顔をあげるのが精一杯だった。ただでさえまんまるい目をさらに膨らませて、びくりと竦みあがったまま、硬直する。 背後を振り返る勇気はないことはなかったが、皆無に等しかった。勇気に勝る恐怖がサウンドを肩からしっかり押さえつけて、「悪いことは言わないからずっと前見てな」と耳元でささめいているのだ。 しかしじっとしているわけにもいかない。このまま放置していたら気が変になりそうだ。サウンドは曖昧に笑った。 「な……に?」サウンドはぽろりと口にした。 アレは黙然と応じない。 この気配。相当でかいね。僕の何倍あるか。ポケモン?ホントにこいつはポケモンなの?ひょっとしたらポケモンじゃない別の何かなのかも。あ、そうだ。ここは僕のアクムなんだから、こいつはアクマ?んー、というかゴーストタイプのポケモン?こんなにでかいゴーストタイプのポケモンいたっけ。あれ、じゃあ結局ポケモンなの? 「ああもう!わっけ分かんないよ」 「黙れ」その身体の大きさに違わぬ、野太い声がサウンドの背中に浴びせられた。 サウンドはしゃきっと背筋を伸ばす。いつの間にか緊張が解けていたらしい。崖っぷちに立たされても図太くいられるのがサウンドの欠点であり同時に美点でもあるのだが、本人はそのことをまだ意識していない。 「よろしい。そのまんま、動くなよ」軟らかい口調に変わっていた。 どうやら、サウンドの奇声を叱責するつもりはなかったらしく、アレは、サウンドが気持ちをはだけていたのが 気にくわなかったようだ。サウンドはいくばくか落ちつき払う。 「あんたは……約束を破った。分かるな」 約束?僕の約束……。 ビートの顔が思い浮かぶ。飽きっぽいサウンドに期待をかけてくれ、厳しくて乱雑ながらも“最後”まで練習に付きあってくれた、愛すべきおじ。カタチはどうであれ、サウンドの歌のためにビートは全力でサウンドにぶつかってきた。 辛かった練習、つぶれかけた喉。練習を止めたいと伝えたときおじが見せた暗い表情と、それを前にしたときの激しい後悔。そしてこれから上手になるぞという胸いっぱいの期待。我流でうまくならないと分かったときの衝撃と焦燥……ビートの顔といっしょになって想起した記憶のいたるところに、彼の姿が影っていた。 おじさん……後ろにいるのは、おじさん?そうかもしれない。まさにアクムってわけね。僕が思うに、僕のアクムに登場するのにふさわしい人はおじさんをおいて他にいない。 おじさんは今でも怒ってるのかな? サウンドはじっと目を閉じる。 ううん。おじさんは怒ってない思う。最初から怒ってなかったかもしれないし。怒ってはいないと思うけど、なんだろう。分からないのが、僕が最後におじさんを見たときの、おじさんの顔。僕が「おじさんの練習にはもうついていけない」って言ったら、おじさんはただ「そう」って口にしただけだった。たった一言、自分に言い聞かせるみたいに。怒ってはいなかった。悲しんでいたわけでもなかったと思う。だったらあの表情……糸が複雑に絡み合ったみたいなあの顔は、僕に何を伝えたかったんだろう? 分からない。僕には。 サウンドは薄闇に点灯したろうそくの炎のような笑みをこぼす。 とにかく、アクムの正体が分かっただけよかったよ。 「分かってるよ、悪かったって思ってる」以外と冷静に話せるものだね。 「何だ?人ごとみたいに。あんた、ホントに分かってんのか?」 口調も話し方も現実のビートとは全然違うものの、その威風堂々たる物腰から、明らかに指導者特有の気品の高さが聞き取られた。小さい村ながら、村長の務めは大変だろうと、サウンドは甥心にも感じていた。 「分かってるって。でも僕はあなたのやり方に納得できなかったんだ。やるにしたって、もっと効率のいいやり方があったんじゃないかって思うんだよ」 「はああ……それが特別待遇処置をした俺に対する態度なのか?飽きれが宙返りするぜ」 なんとなく論点がずれていると思ったのは、このときからだった。 サウンドは眉をひそめる。 「特別っていってもさ。毎日毎日同じことしてただけじゃん。別に特別なことなんて」 「あんた何言ってんだ!これまでのが特別じゃなくて何だってんだ?すげえ融通きかせてやったんだぜ、分かってるとは思うけど」 特別。あの練習が特別?こう言っちゃおじさんに申し訳ないけど、どう考えても特別な練習してた感じじゃないよね。内容はずっと声張り上げるだけ。場所はおじさんの自宅か、ときどき……じゃなくて一度だけ河でやったけど。思い返すと、あれが、僕が小河で練習を始めるきっかけになったんだよね。なんか変な始まりだけど。 サウンドは低く地鳴りのような唸り声をあげる。 まあ、内容はともあれ時間を割いてくれたのは認めるけど、特別たいぐうしょちなんて程では、ねえ。 「あんた……なんか変だな。いつもの茶目っ気がないっていうか。張り合いがないっていうか。もしかしてもう腹くくってるとか?諦めてんのか。弁明しないってか、おもしろくねえな」 いよいよサウンドは混乱した。 いつも?いやいや、おじさんと最後に顔を合わせてから何年経ったと思ってるんだろ。ひょっとして……。 「あの、すみませんが」サウンドは呼びかけた。 「ああ。なんだ」 「あなたって、おじさん?というかビートってポケモンじゃないんですか?」 巨大な影は身じろぎ一つしなかった。しかしながら、サウンドは相手が目を細めながら自分を凝視している姿を、判然と頭の中に思い浮かべることができた。何かを考えるように、煩(わず)らわしいものを観察するように、ひ弱な背中をじっと見つめて。 サウンドの呼吸だけが世界を占めていた。サウンドの額から新しく汗が流れ落ちる。 やがて、ぐわあんと世界が震撼した。サウンドはぎょっと目をぐるぐる回して驚きを表に出す。さらにびっくりしたのは、足元は変わらず静止したままであることだった。地震かと思いきや、それは笑い声――後ろに潜んでいる誰かの、一際ならぬ大きさの笑い声だった。 サウンドは背後を振り向きかけたが、アレに肩を制止され、いつの間にか身動きがとれなくなっていた。 「ひっ」短く悲鳴をあげる。 腕だけは見えた。それは黒く、先には尖った赤い一本爪がついている。多分長い……腕と呼ぶのは危うい代物。サウンドの想像とはかけ離れていた。 「見んなって、命が惜しけりゃな」楽しそうにアレは言った。相変わらず笑っている 忠告されなくても見ませんよ。だいち肩押さえられてたら身体の向き変えられないし。それに……この腕、みたいなのは何さ?気持ち悪い。黒くて不気味で……。 サウンドはピカンとひらめいた。 あっ!触手か!これはきっと触手なんだ。おおー冴えてるね。今ならどんな謎でも答えられそう。でも……じゃあこれは一体だれ?触手を持ってるポケモンだから、モンジャラ? 「そうか、そうか……」 サウンドに乗せられた触手が上下に動いている。アレはしきりに頷いているようだ。 「あの」 「なんだ」かなり満足げな声が反ってきた。 「さっきから何が『そうか』なんですか?それに、あなたは誰なの?ていうかここはどこなの?僕はちゃんと朝起きられるんですか?あと」 触手が肩から伸びて、サウンドの喉を緩く締めつける。 「坊や、ちっと静かにしといた方がいいぜ。質問があんなら一つずつ言いな」 サウンドは頭を縦に振る仕種をあえて誇張した。 返答をまとめようとしているのか、アレは押し黙っている。 「で、あんたの質問に答えるなら」 瞬きの間の出来事。 ぱっと上から光が差しこんだ。カーテンを締め切り、埃がうずたかく積もった暗い部屋に監禁され続けたあげく、いきなり放免されて外に投げ出されたように、サウンドの目は一気に眩む。 「わあ!眩し!」 「おっと時間だな。朝だとよ」声の主の心情をくり抜いたように穏やかな口調だった。 「待って!あなたは誰?せめてそれだけ答えて」サウンドは手で盲目になった目を覆いながら叫んだ。 アレは「困った」というように息を吐き、吸った。 しばらく音沙汰なかったで、サウンドは答えてくれないんじゃないかと心配になった。光はますます勢いを加速させ、白い世界を光の洪水で侵していく。 「そいつは一番答えにくい質問だが」 沈黙につぐ沈黙。 光はサウンドに迫り寄る。 「いずれ分かるだろうな。そのときまで、お楽しみはとっておくもんだぜ」 待って! 「あ」 姿なき巨体はサウンドに光の手が伸びたところで油断していたのか、サウンドを拘束する力を緩めていた。サウンドはその瞬間を見逃すまいと激しいまなじりを放つ。肩で力の限り振り払い、サウンドは自由を奪還した。サウンドは素早い身のこなしで身体の向きを変え、ついにアレと対峙する。 あなたは……誰なの? サウンドは後々見なければよかったと悔いることになった。 「わあああ!」 これは……ポケモンじゃない!これは夢じゃなかったんだ。地獄。そうだよ。ここは地獄だ。だってあいつは。あの姿は……。 触手だと思っていた長いものと同じものが、あれの背中に合計六本ついている。まるで翼のようだが、あれで飛行はできまい。ただの飾りか腕の代用が関の山か。黒と赤、そして灰色がアレの腹部で不気味な横紋模様を描いている。ハブネークに(よこしま)な亡霊がついたような体格。 ……あれはアクマだ! 「あーあ、見ちゃった。言わんこっちゃない」アクマは低く言った。 サウンドは声にならないよう叫びを堪え、顔を地面につっぷして泣いた。 「命だけは、命だけは」サウンドは顔をあげずにわめいた。 「そこまで怖がられると傷つくな。どうでもいいけど」 アレはくるりと身体を半回転させ、サウンドに背中を見せたように思われた。敵意のないことをあえて示すように。サウンドは地面に顔を擦りつけていて、このときは、結局最後までアクマをまともに見ることはなかった。 「最後に言っておくとすると」アレは大事なことを話す前にそうするように、深い呼吸をする。「今後は他人の夢ん中には勝手に入らないよう気をつけな。故意じゃないにしろな。自分じゃどうしようもないかもしれないが」 他人の夢? この一言が鍵となった。 他人の夢……これは……他人の夢の中? サウンドの頭の中で点と点とが線で結ばれ、図形を描く。 氷解した。 そうか、そうなのか。やっぱり間違えてた。ここは地獄なんかじゃない。 「思いあうポケモンの夢は繋がってるっていうけど、本当なんだな」アレは独りごちた。 最初に感じた自分が自分じゃないような感覚。後ろから自分を追っているような感覚。そして、「他人の夢」。 ここは……。 光が伸びる。サウンドに迫る。 「また会えるときがくるかもしれん。というか、くるな、間違いなく。そのときまでには、あの人を困らせるんじゃないぞ」 サウンドは逃げる。光は追う。光は追いつく。サウンドを力強く掴むと、そのまま虚空に放り投げる。 いああ! そして……。 ---- 「いあああ!」サウンドはベッドから跳ね起きた。 いつもは木製の家の茶色い天井を見あげながら、出し惜しみするみたいにゆっくり寝床から這って出てきて遅い朝食をとるのだが、この日は違った。 朝、サウンドは早起きのムックルやスバメにも劣れをとらないほど早い時間に目を覚ました。飛行タイプの彼ら彼女らの声を一日の始まりの合図にし、爽やかに朝を迎えてきた村の多くのポケモン達も、今日だけは不快な駆け出しになってしまったようだ。サウンドには関係なかったが。しかしながら、村で最も居心地の悪いスタートを切ったのはサウンド本人だった。 「うわあ……」 うひゃ、汗びっちょりなんだけど。気持ちわる。 植物の枯れ枝からできた柔らかいベッドも、小雨に打たれたようにしっとり濡れている。サウンドはベッドから起き上がり、手を寝床に当てると思わず苦笑した。 かなり、かーなーり酷い夢だったみたいだね、自分でも分からないくらい。走ったから、汗もかくと思うけど……いやいや夢なんだから走ったって汗なんて出ないでしょうが。何言ってるんだか。 しかしサウンドは胸のどこかで、この汗はアクムによる皇恐からの冷や汗ではなく、本当に走ったから吹き出た汗ではないかと疑っていた。 足が痛い。サウンドの身体は昨日サソリに放り投げられたり腹部を殴られたりしたせいで、全身が痛感で覆われている。呼吸の度に腹は針で刺されたような鋭い痛みが走ったし、背中やなけなしの腰部分、腕も打撲していて同じように痛んだ。サウンドは持続的に顔をしかめている。 だが、足は?サウンドが覚えている限り、サソリとの乱闘で足を負傷した記憶はない。小河から家に帰る途中で捻ったとかそういう覚えもないし、昨晩足を引きずりながら床に入ったなどということももちろんない。昨晩までは足の痛みはなかった。 なら今感じるこれは? 明らかに筋肉痛……久しぶりに走ったときに足に残ってるようなやつだね。村をぶらぶら散歩したり、村を取り囲む森まできのみを取りに行ったりするだけの生活じゃ、走ることはまずない。あと小河までの往復も含めて。僕が最近走った覚えがあるとすれば、あの夢の中だけだ。 サウンドは、自分が見た夢を克明に覚えていることに気がついた。夢など、朝ベッドから這い起きたらそのまま忘れてしまいそうなものであるにも関わらず。 それくらいあの夢は……夢に登場したアレはしょうげき的だったってことなのかな。そうじゃなかったら、夢にしてはやけに現実的だったって気もしたし、印象が強かったのかもしれない。いずれにしても不思議なことはあるんだね。 今後は他人の夢ん中には勝手に入らないよう気をつけな。 アレの言い残した言葉が心に引っかかっている。 「他人の夢」サウンドはぼそりと呟いた。 他人の夢ね。昨日の夜、というか今日の朝見たあの夢は、誰か他のポケモンが見ていた夢なんだ。僕はポケモンが他人の夢に入りこむなんて話聞いたことないけど、ゆめくいを上手に使えるポケモンならできないことはないかもしれない。んーでも僕らの村にゆめくい使えるポケモンなんていたっけ? ここは小さい村だから、僕らはみんな互いを見知っている。村の中に限定するなら、知らない人はいない。みんながみんな顔見知り、みたいな感じ。それとも僕が村人全員の顔を覚えていないだけ?それはないでしょ。そりゃ、僕は頭が悪ければもの覚えも悪いけどさ、さすがに村人の顔と名前くらい一致できるよ。そんなことできるからって誇れるわけじゃないけどね。 サウンドはベッドから身を離し台所に向かって歩いていく。台所とはいっても名ばかりで、大きな箱がいくつかと、その中に山のように積まれたきのみの群れが箱の外側へと氾濫しているだけの、部屋の一角だった。サウンドの家は――他の多くの家もそうだが、一つの大きな部屋から成り立っている。 出入口から入って左手には簡易なベッドが淡々と置かれていて、右手が例の台所。向かって正面はそこから出入りが可能なくらい大きな張り出し窓。窓は少し開いていて、そこから入りこむ心地いい朝の風が部屋に流れを作っている。遅い春の風に夏の臭いがした。床は磨いているわけではなかったが、綺麗で埃一つ、染み一つ落ちていない。木目の美しい床は、上を歩いても足跡を残さない。サウンドが掃除好き、というわけではなかったが。サウンドが自宅の衛生を考慮してしていることいったら、家にあがる前に足の汚れをタオルで拭うくらいなものだ。換気がまめなのか環境がいいのかはいず知れず、めっきり掃除されなくてもサウンドの家は清潔だった。 ただし、散らかっていた。マトマの実のへたがあらぬところに放り投げてあったり、クラボの実の蔓が玄関扉の取っ手からぶら下がっていたりしていて、まるでパーティーで騒いだ後の惨劇を語っているようだ。 自分で吊るした覚えはないんだけど……ま、いっか。 サウンドはきのみの箱にたどり着くと、底にあるきのみから適当に一個手に掴み、そのきのみを見ないまま口まで運ぶ。辛い味が好きですっぱいのは嫌いだが、あくまで“どちらかといえば”の話で、朝の食事は腹の足しになればそれでよかった。 すっぱい。 もぐもぐきのみを頬張りながら天井を見つめる。 もしかしたら、ゆめくいじゃないのかもしれない。ゆめくい以外の方法でポケモンを夢に送りこんだり入ったりする方法……。 思い合うポケモンの夢は繋がってるっていうけど、本当なんだな。 「思い合う……ポケモン」 夢に見たプクリンの後ろ姿がちらりと頭を横切る。 ねえ、分かってるんでしょ?サウンド君。 どこからか声がした。びくんと小さく跳ね、手に持っていたきのみがサウンドの手を離れ空中にふわりと弧を描いて飛んでいった。サウンドはいつもの彼からは想像もできないほど敏速に動くと、足を床に擦りつけ、滑りこむ。きのみは収まるべき場所に収まるようにサウンドの口へと吸いこまれていった。食べ物のためならば、サウンドはテッカニンにもゲンガーにもなれる。 「誰?」サウンドは振り返って声の主を探す。 だが家の中にサウンド以外の生き物はいなかった。およそ半開きの窓に近寄り、身を乗り出して外を眺めたが、朝の閑散とした村とありふれた青い空が出迎えてくれただけで、声の主を知る手がかりはなかった。 どうしたの?僕はここだよ。 背後からの唐突な声にも、今度は驚かなかった。誰もサウンドに話しかけていない時点で、ある程度は主の予想がついていたからだ。それに、聞き覚えがあった。 それは内なる自らの声。“サウンド”だ。 「分かってるって?何のこと?」 最近しょっちゅう現れる。こいつが僕の前に立つときはろくなことが起こらない。面倒にならなければいいんだけど……。 「とぼけなくていいよ、サウンド君。僕は君が何を考えているか、君以上に知っているからね」 おお、それは怖い。 サウンドは挑発的な視線を差し向ける。 「光栄だね。褒め言葉と受け取っておくよ」 あれ……口に出してないはずなんだけど……読まれてるのかな。 「それより、僕が何を分かってるって?僕は何にも分からない。あの夢みたいなのが、一体全体なんだったのか。僕は知らない」 「サウンド君。悪いけどそれはありえないんだよ」 「というと?」 「さっきも言ったけど、僕は君以上に君が何を考えているか知っている。君は夕方になったら、昨日と同じように 彼女に会いに小河へせっせと歩いて行く。それは真実だ。疑いえないこと。そういった感じで、僕は君についてあらゆる事実を知っているんだ。僕は君だからね。断言するよ。君はあの夢の正体を知っている。あの夢が本当は誰の夢なのかを」 本当にコイツは僕なのかとサウンドは驚嘆していた。一人よがりとも取れる発言から近寄りがたい迫力が感じられ、一見自信過剰に思えても、サウンドは目の前のもう一人の自分がその自信に見合った力――どんな種類の力であるかは未知だったが――を持っているように思えた。自負に溢れた態度は、サウンドが描いた理想象に酷似していた。 くっくっと抑制された冷笑を耳にする。 この考えも、“サウンド”にはお見通しってわけね。 “サウンド”の笑いが止まったことが肯定を示していた。 「認めるんだよ。認めればいいんだよ」 「何を?」 「まだとぼけるか!サウンド!」罵声が部屋中に飛び散る。 「覚えているだろう?アイツ、君がアクマと呼んだ存在が言った言葉。今しがた、僕が話しかける前に君が思い出していた言葉はなんだ?」 浅い川面の水を汲み取るようにサウンドは言動を思い返す。 「思もいあうポケモンの……夢は……繋がってる」 「そうだ、よく言えました」“サウンド”は手を叩いてサウンドを褒めちぎった。あたかも、指導者が弟子をほのめかすときそうするように。 今や“サウンド”はほとんど実体を伴ってサウンドと対峙していた。これまでは声だけが頭に直接送られてくるような感じだったが、この瞬間サウンドに立ち塞がる“サウンド”の物言いは耳から聞こえてくる。全身鏡で自分を映したようだとサウンドは思った。 「君。君の思ってる、君が特別だと思ってるポケモンは……君にとって大切な人は、誰?」 「僕の大切な……人」 思い浮かぶ一匹の顔。 認めたくはない。でもあの夢に出てきたプクリンは、間違いなく彼女だった。思いあうポケモン。僕は、彼女を?ああだけど……あくまで彼女は先生。もちろん信用してるし、頼りになる。サソリのときも助けてくれた。けどやっぱり僕は……。 「何をそんなに躊躇してるの?」“サウンド”はひたとサウンドを見定める。 サウンドもまた負けじと相手を凝視した。 「君なら分かるでしょ、僕が何を戸惑っているか。でも、悪いけどさ、僕は自分が何なのか分からないんだ。なぜ 僕がシャープの夢に出てきたのか。どうして僕はそれを認めるのが怖いのか。僕には分からない」 「なるほどね」 同時に二匹のサウンドは腰を下ろす。“サウンド”は頭のてっぺんの巻き毛をいじくって遊んでいる。ふざけているのかと思い気や、眼差しは真剣そのものだったので、単にクセか何かで無意識にしているのだと判明した。 「ううん……考えるまでもないか」クスッと“サウンド”は笑う。 笑うとかわいいなあ……自分に言うのも難だけど。 「なぜ君がシャープの夢に出てきたのかに関しては単純」“サウンド”は口をつぐんだが、意を決したように言い切る。「君はシャープが好きだし、シャープも……おそらく君が好きだからだよ」 「は?」 サウンドの唾液がもう一匹のプクリンまで飛んだ。避ける間もなく唾液はプクリンに付着し、“サウンド”は顔をしかめる。 「あ、ごめん」 「謝るなら最初から気をつけなよ。そんなに変なこと言ったかな」“サウンド”は唾液のついた箇所を「きたなっ」と吐き捨てながら手で伸ばしている。 「だって突然『君はシャープが好きなんだよ』なんて言われたらびっくりするに決まってるじゃんか。あえて思わないようにしてたのに」 「そういうものかな」“サウンド”はあっけらかんとサウンドに言い返す。 「でもそれは否定する。僕は別にシャープが好きなわけじゃない……嫌いってわけでもないけど。これだけは言っておくよ」 「そう。認めないんだね。それならそれでいいんだけど」 “サウンド”は次に紡ぐべき言葉を探すためか、ゆっくり目を閉じた。熟考のあげくにかっと目を開く。心を見通すような鋭い視線に射抜かれ、サウンドは座ったまま思わず後ずさりした。 「サソリが言ったこと、覚えてる?」 「だいたいはね」 お前は歌えないプクリン。変われねえんだよ。下手くそ。……もちろん、忘れるはずない。忘れようとすると余計頭にくっついちゃう。なるべく気にしないようにしてるけど、気になるものは気になっちゃう。 「僕だってあいつは好きじゃないけどさ。二度と日の光を浴びないようにさせたいくらい……おっと今は関係ないね」影のプクリンもサウンドに同意した。 言わなくても相手に言葉が伝わるのは結構便利かもしれない。 「あいつの言ってることは基本的に間違えてる。サウンドは変わってるし、これからもっと変われる。必ず歌えるようになる」 自分に応援されるのってどうなんだろ。不思議な気分。悪い気持ちはしないけど……けど、何だか照れ臭い。むずかゆい。 “サウンド”の批難する視線に気がついたので、サウンドは笑いを堪えて姿勢を正す。 「しかし、あいつは一つだけいいことを言っていた。それは、サウンドが変わるうえで最も大切なこと」 「それは?」 ほんの短い沈黙が十秒にも二十秒にも感じられる。楽しい時間はあっという間だが耐え難い時間は永遠のように長くなるのだ。 “サウンド”はため息混じりに言い放つ。 「諦めることさ」 「え?」 予想とは方向的に違う答えがサウンドを混乱させた。これまで縦長と認識していたものを実は横長でした、と指摘されたように。 「おっと、食事中お邪魔してたかな。ごめんね気が回らなくて」“サウンド”はにやりと口を開いた後、くるっと サウンドに背中を見せる。「じゃあね」 「あ」 サウンドが瞬きをしている内に“サウンド”は消えてしまった。“跡形もなく”としか表現のしようがないくらい突然ふわりと部屋の空気に溶けこんだ。こいつは幻影などではなく、実際に触ろうと手を伸ばせば擦り抜けずに触ることができるんじゃないか。サウンドがそう考えた矢先であった。 「いなくなっちゃった……」 出てくるときもいなくなるときも前触れがない。何なんだよ、あいつは。言いたいこと僕に散々ぶちまけて用が済んだらさよなら……。ムカつく。あームカつく。あいつ……。 サウンドは足で床を踏みつけて八つ当たりする。ぢだんだ踏んで鬱憤を晴らしている様子は腹を空かせた幼い子どものよう。サウンドは途中から自分の行動がバカバカしく思えてきてやめた。 本人は気づいていなかったけれど、サウンドがいらだたしかったのは“サウンド”が最後に言い残した言葉が原因だった。 諦める。 なんだかんだでサウンドは諦めが悪く、負けず嫌いなところがある。 歌に関しては確かに気の抜けたな部分があった。うまくなることに執念があれば、サソリのいじめもとい挑発でビートの特訓をやめることはなかったかもしれないし、今頃は普通のプクリンと肩を並べられるくらいまで歌ができるようになっていたかもしれない。 小河での練習に切り替えたとき、同時に心も入れ替えて必死に練習していれば、我流でも他のプクリンにはマネできないような独特の歌を奏でられるようになっていたかもしれない。 だがいずれの方向にもサウンドは落ちなかった。 ビートの一件を含め苦渋の決断にしろ、サウンドは一度始めた物事を半端で投げ出すことが多かった。だが投げ出すことと諦めることはサウンドの中では微妙に異なる意味を持っていた。さらに彼は負けることと諦めることを同一視していて、どちらも嫌いだった。 はいつくばってでもサウンドは進む。諦めずに。諦めが悪いからこそ、ビートと分かれてから昨日まで(サウンドが覚えている限り)一日も休まず小河での練習に励んできたのではないか。結果としてビートを裏切ることになっても、サウンドは歌に負けたくなかったから、練習を続けた。 そのサウンドに、“サウンド”は言ったのだ。 「大切なのは……諦めること……だって?」サウンドは口内で舐め回すように呟いた。 諦める。歌を?歌が歌えなくてもいいっていう意味なの?ここまできてもダメだっていうの?どうです、みなさん。村初、いえ史上初、歌えないプクリンがここにいますよ。ほら、笑ってあげてください。あいつはバカですよ。ププリンのときから歌をサボり……。 「ふざけるな!」 サウンドはきのみの箱から無造作にきのみを一個取り掴むと、乱暴に壁に投げつけた。育てるまで比較的時間がかかるマトマの実の赤い汁が、木製の茶色い壁に染みを作る。徐々に流れ落ち、染みを広げるきのみの汁とは対照的に、マトマのへたはすぐに床に落ちていった。 へたは、何かを呼びかけるようにサウンドを見上げている。 サソリの目を、声を、そしてサウンドが最も嫌いな言い回しにしてサソリの決めゼリフであるあの言葉を、サウンドは思い出した。 見ないで……言わないで……。 サウンドは頭を抱えてへたりこむ。 ダメだ。やっぱりダメだったんだ。“サウンド”は昔から間違えたことは絶対言わない。あいつは僕より僕を知ってるし、僕を客観視してるから。諦める。歌を。歌えないプクリンとして一生を送る。 ビートさんにも、シャープにもひたすら迷惑をかけておきながら、僕は今度こそ諦めなくちゃいけないときを迎えた。ププリン時からできた遅れを挽回するなんて無理なんだと、“サウンド”に言われた。“サウンド”は絶対だ。 「シャープ」 前回はおじさん……今回はシャープだ。僕はまた期待を裏切ろうとしている。一度はシャープを疑った。練習にもうきてくれないんじゃないかって。でもシャープはきてくれた。おまけにそのおかげで僕は大きな声が出せるようになった。シャープは……すごいポケモンだ。僕なんて足元にも及ばない。強くて、優しくて、寛大で……僕は彼女を信頼してる。そのシャープを、僕は……。 それだけではない。サウンドが歌を諦めると裏切ることになるポケモンがもう一匹いた。それは、すなわちサウン ドの一番身近なポケモンであった。 自分である。 過去に生きた自分……歌に本気をかける自分の頭の上に足を乗っけることが、サウンドを苦しめる要因の一部であった。本人は自覚していなかったけれど。 サウンドに生まれた感情は、本来昨日生まれるべきものだった。時間を越え、空間を無視し、サウンドの目が涙の膜で覆われる。 「ちくしょう」 どうして?どうして僕だけ歌えないプクリンなの?こんなに苦しい思いして、バカにされて、それでも歌を続けて。ここまできて、諦める。プクリンしての誇りとか全部捨てて。歌を、諦める。 「うわあ!」 があああ! 心の闇からわき出る憤怒が、拳をきつく結び、腕からは筋肉の筋が何本も浮き立っていた。サウンドは怒り狂った表情でばんばんと拳を床におしつけた。腕が痛くなろうがお構いなしに力の限り床をたたき続ける。 床はびくとも動かない。最初から何事も起きていないようにすました顔でサウンドの攻撃に応じる。平然とやり過ごす床はサウンドの吐息で曇りだした。 何の影響も与えられない。僕は何をしたって変えられない。 そう思うと、熱くなった拳からすうっと熱が引いていった。入れ替わるように頭が冷めてきて、にわかに腕が新しくできた痛みを訴え悲鳴をあげた。サウンドは真っ赤に染まった手の裏を見て、肩をおろした。 冷静さを取り戻し空っぽになった部分にまた感情が流れてくる。堰を切ったようにあふれる自分の思いを胸に、サウンドはもう一度シャープの顔を想像しながら天井を見あげた。 分かったよ。もういいんだ、歌えなくても。僕は変われなかったんだ。ごめん……シャープ。僕はもう限界だよ。プクリンとして生きるのがこんなに苦しいなら、もうプクリンのプライドなんて捨てたって気にしない。もうやめるよ、これを機に。練習も、歌そのものも、全部。 サウンドは頭を下げる。サウンドの足に践まれている場所、拳をあしらった床の上には、世界のどこにも通用しない地図が涙によって描かれていた。 ---- サウンドが村道を歩いていると、彼の後ろからてくてく早足にマッスグマが近づいてきた。サウンドまで白線が引かれているように迷いなく一直線上を歩くマッスグマ。もしサウンドが見たら、羨ましいと思った後、悔しさに目を閉じたに違いない。“マッスグマ”という自分の名前に忠実なポケモンにサウンドは困惑して、はっきりとした自分との格差に、愕然と足を地に落としたことだろう。しかしマッスグマは駆け足でサウンドの背中を目指していたので、サウンドは白い艶やかなストレートの毛並みを前にせずにすんだのが、双方にとって幸いであった。 「おおい、サウンド……ぜえ……待てって」だが何も知らないマッスグマが何も考えずに声をかけたから、多少の違いはあっても、結局サウンドはマッスグマに目を奪われた。 心配事なんて無縁ですよ、という顔がサウンドの気に触った。 サウンドはいきなり肩を叩かれたにも関わらず、眉をぴくりともあげないでマッスグマを横から見ていた。 「なに?」サウンドは沈んだ声をださないよう気をつけたものの、無理だった。 「なにってなあ……」マッスグマは明日の食料の確保に成功した、樹氷の森を切り進むポケモンのような表情でサウンドに答えた。団体なのに、人数分配ってもあまりがあるくらいのきのみを前にして、マッスグマは顔をほころばしている。 「おっす……へえ、息切れた」マッスグマは鼻を地面に擦りつけたまま続ける。 「いやさ。“なに?”って言われてもな。特に用事があったわけではないけど。たまたま見かけたから話でもしようかと思って、なんとなく。心配だったし」 「そう」 サウンドは短く切ってからため息をついた。もう今日で何回目になるか想像もつかなかったが、ただ漠然と予想できたのは、村のどのポケモンより多く息を吸っては吐いているだろうなということだった。ため息にしろ歌の練習にしろ、呼吸の回数はかるく自負していた。今となってはどうでもいいことだったが。 サウンドはマッスグマから視線を落とす。 どうせ僕なんて、たまたま見かけない限り話かける気になれないポケモンだよ。友達なんてほとんどいない。少なくても自分がそういう風に思ってるポケモンは。これも……僕が歌えないからかな?きっと、そうなんだろうな。それ以外に考えられないもん。歌が歌えないから、ポケモンから見下されて、何も手に入らず、こうしてのうのうと乾いた砂の上を歩いていてるんだ。 マッスグマは後ろ脚で立ち上がると、腕を組んでサウンドに向き直り、呟くように言った。 「サウンド?また元気ないな。うーん……この前より悪化してるみたいだけど。本当に大丈夫か?相談があんならしろって」マッスグマは晴れやかな顔を崩す様子もなくサウンドを言葉で押している。 サウンドは押されるがまま無抵抗に退いていた。 「ううん。別に悩みがあるわけじゃないから。少し疲れたんだよ」サウンドは地面に言い落とした。 マッスグマは水中を泳ぐ水タイプのポケモンを集計するような観察の眼差しを送り続けていたが、やがて妥協したようにサウンドから目を反らした。 「それなら無理にとは言わないけど……」マッスグマは鼻を啜った。 「でもよ。そうならもっと明るい顔したらどうだ?何も食べてないみたいにしてないで。もしかして痩せたいのか?食量制限でもしてるのか?まさかな」 実際に、サウンドは朝ほとんどきのみを食べず、さらに昼間は家でぼうっと寝そべったまま何も口に入れてないと知ったら、マッスグマはどのように対応するだろうか。まず一息に、「嘘だろ?ごはん大好き、食欲旺盛なサウンドが?冗談よせよ」その次はなんと言うだろう。それでもサウンドを疑うか、それとも信じて同情するか、最後まで誰も分からなかった。 「うるさいな」サウンドは小声で言ったのでマッスグマには聞こえなかった。 サウンドが意図的にしたかどうか、事実は地中深いところに埋まっていて、サウンドが掘る気にならない間は永遠に湿った泥の中だ。 「なんか言ったか?よく聞き取れなかった」マッスグマは耳の裏をかいた。 「別に、なんでもないよ」 なんでもないさ、もちろん。君には関係ない。僕の問題だ、これは。誰が何とか言おうともう決めたんだ。もう、後戻りはできないし、だいいち僕がするつもりないんだから。 「んー……よく分かんないけど、元気だせよ。サウンドがそんな顔してるとこっちまでなんか気分よくなくなるぜ」マッスグマは軽い調子で言った。 外側から見れば……内側でも普通なら……明らかに友人を気遣っての言葉だと認知できるのだが、サウンドはまともな状態でなかったので、口から漏れた思いやりの贈り物はただの皮肉にしか聞こえなかった。 自分はその場にいるだけで嫌な空気を醸しだす。 自分を悲観的に感じている間は、周りある全てのものから負の印象しか読み取れなくなるものだ。瞳が汚れていれば、汚濁から華美までなんでも、埃が積もっているように見えてしまう。サウンドはまさに袋小路だったのだ。逃げるには追っ手の待ち構える正面から突破するしかない。「ごめんね」とサウンド。 マッスグマは急にぎょっと目をぱちくりさせる。 「おい、変なこと言うなよ。柄でもないし、気持ち悪い……」 どうせ、僕は謝罪すら受け取ってもらえないんだ。どれもこれも、僕がプクリンらしくないからだ……そうだよ。 「らしくねえなあ。なんというか、サウンドはのほほんってしてる感じがあるから、謝るとか似合わないんだな。バカなんだか大物なんだか分からない、そういう部分が……」 サウンドはマッスグマの声などろくに耳に入っていない。ただただ風で飛ばされてきた砂が足元に積もるのを眺め、マッスグマのお腹を視界の端におさめ、頭の中を真っ白にしようと忙しんでいた。 「……あー、なんでもない」 マッスグマは放心状態のサウンドに目を見開く。 「おお?おい!サウンド!どこに行ってる!こっちに戻ってこい」 マッスグマは力を抜いてサウンドの頬を叩いた。べちゃっという粘土を床に落としたような歯切れの悪い音が手と頬の間で起こる。サウンドは声をあげずに、マッスグマに静かな目を向ける。「なに?」 「なにじゃなくて……大丈夫かよ。ぼうっとしやがって、まったく。突然おっかないポケモンに後ろ突かれたらどうするつもりなんだ?」 諦めるだろうね、多分。それもありじゃない?足痛いから逃げられないし、攻撃する手段なんて持ち合わせてないし、都合がいいよ。いっそ、そのまま、ね。 マッスグマは「ああ、そういえば」とたった今名案を思い付いたというように声をあげ、自分の鼻をぼりぼり引っ掻いた。掻きにくそうだったが、サウンドは関心がなかった。それをいうならマッスグマの存在じたいが、お空の向こうの誰かとなんら変わりなかったが。マッスグマは話す順序でもまとめているのか、顎に手を乗せながら、斜め上に視線を向けている。 サウンドは、何もかもがどうでもよかった。自分の足が地についているかも疑ったが、視線をおとすと足の影と地面が縫い合わせたみたいにくっついていたので……なにも感じなかった。 マッスグマが置いた時間はサウンドの頭が一回転するには十分過ぎた。サウンドが余裕をもって二周目に突入しようとしたちょうどそのとき、マッスグマが口を開いた。 「サソリがやばいらしいな」 サウンドはその口から出たポケモンの名前をよく知っていたので、思索の旅を中止してマッスグマに聞き入った。 「サソリ……」 サソリ。そういえば昨日、シャープに投げ飛ばされて……村の方向に飛んでいったから、怪我しても誰かが見つけたと思うんだけど。 「サソリがどうしたの?」知らず知らずの内に質問していた。 「なんでも、何の前触れもなしに空から降ってきたらしい。こう、ひゅう、ずどーん!ってすごい音してな。ちょうどこの道のド真ん中に横になってたんだ」 ポケモンが空から落ちるときは普通前触れがあるものなのかな?分かんないや。 「それでとりあえず、この辺に住んでるポケモンが集まって……」 サウンドは、サソリがポケモン達に周りを取り囲まれた姿を想像してみたが、うまく頭に浮かばなかった。そもそもサソリが痛みで苦しそうにしている様子などこれまで見たことがなかったし、ポケモンに心配そうな眼差しを向けられることも、サソリには無縁のように思われた。 サソリを中心とした見えない壁が張ってあるみたいに、いつでもサソリの周囲にはポケモンがいなかった。サソリはそういうポケモンだった。 「集まって、どうしたの?」サウンドの抑揚のない声にマッスグマはあからさまに顔をしかめて見せた。 サウンドは何も感じなかった。 「どうしたってな、決まってるじゃないか。助け起こして、治療したんだよ」 それはそうだね。夜にポケモンが悲鳴といっしょに落ちてきて怪我してたら、普通治療するだろう……例えサソリでも。 “サソリ”という単語を思い浮かべると、きのみの種を間違えて喉に通してしまったような、つっかえむせ返る感じがあった。喉に居心地の悪そうな感触が残り、唾を飲み込んでも、何かがつまっているような感覚はなかなかおさまらない。しかし、それだけだった。サウンドはサソリにさほど関心をもっていない自分が不思議だった。 昨日の一件を考えたら、サソリって聞いて怒ったり耳を塞いだりしてもいいと思うんだけどな。もう、サソリも、どうでもいいのかな?“サウンド”に従ったとはいえ、結局僕はサソリの言う通り、歌を諦めようとしてるんだから。“従った”ね。もう過去形になってる。覚悟のうえだ。昼間ごろんとしてるときに、決心を固めたんだから。僕は躊躇しない。 「今どうしてるの?」サウンドの知らないうちに口が開いていた。 「今は村長の家にいるらしいけど」マッスグマは自信なさげに俯く。 「村長っていうと……おじさん?」 「当然。ビートさん以外に誰がいるんだ。ビートさんほど、この村を支える村長に相応しいポケモンはいないだろ?ここは平和な村だから……昔と比べたら、だけど……みんなしてどこかしらボケてる。その中で、ビートさんは立派だぜ。身体から流れる気にイゲンってやつが漂ってる。いつも緊張してるんだな。さすが村長って感じさ」 サウンドは耳を両手で押さえたくなった。村そのものから尊敬され、高く評価されるおじはサウンドにとっても鼻が高かったが、ろくに顔向けできなくなったおじという見方をすると、ビートは高嶺の花であり、村人の賛美は呪詛の言葉にしか受け取れなかった。まさに呪いのようだ。歌の練習のため草村へ歩くサウンドの足を常々引っ張っていた緑の手は、ひょっとしたらビートのそれだったのかもしれない。 「かっこよかったぜ。誰一匹足が石になって動けなくなった中で、ビートさんだけが生きてるポケモンみたいに自由に行動できたんだ。あれは傑作だった。俺達が指しゃっぶって見てるとき、どこからともなくビートさんが現れて……風みたいだったな……『治療します。手を貸してください』くうう、かっこいいぜ、まったく。それからようやく俺達は治療に着手したってわけだ」 サウンドは、黒い靄がかかったような薄暗い村道を、ビートが疾走する像を頭に思い浮かべてみる。手を前に押し出し、人だかりの中を割り入って進むプクリンの背中。その先に待っていたのは身体をよじるドラピオン。プクリンは後ろを振り向くと、キッと非難するような視線を村人に送り、ポケモン達は彼の目に炎を見る。“どうして何もしないで立っているんだ?”村人はわらわらと足の凍結を解き始める。 少し前のサソリよりはくっきりとした姿が思い浮かんだ。だからといってどうするわけでもなかったが。 ビートは勇敢で、立派で、村長になれるのはこのポケモンをおいて他にいないという真実を、サウンド自身が塗り固めただけだった。ビートは村人に指示をする姿がとてもよく似合う。穴の中に球体がすっぽり入るように、率先して行動するビートはすとんとふに落ちる。そんなおじを頭の中で像にできるのは、サウンド本人が、村長としてのビートを承認していることを意味していた。“ビートならば”できて当然なのだ。 「それで?」サウンドはそっけなく口を動かした。 「それでってなあ……後はオレンを食べさせたり、傷の手当てしたりしてから、ビートさんがサソリを背負って……ひきずって自分の家の方向に歩いていった。それっきり。だから多分ビートさんのとこにいると思ったんだが」 「そう」 サウンドは自分が海の底に閉じこめられているみたいだなと鼻白みながら、そういえば僕は海を見たことがなかったと自嘲気味に笑った。 マッスグマは初めてプクリンという種族を前にしたような目をサウンドに向ける。なんだかんだで、今日のサウンドはやっぱり変だ、と薄々感づいてはいるのだが、本人が話すつもりがない以上、追求するのは憚られた。サウンドは気づかなかったが、彼も彼なりに気を使っていた。サソリの話題に変えたのも、何か意図があってしたことなのかもしれない。 「サウンド……何があったかはしらないけど、まあ、頑張れよ」マッスグマは耳の裏を掻きながら呟いた。わざとらしく鼻水を啜る音をたてる。 「うん。分かった。頑張るよ」 口から出まかせとはきっとこのことに違いないね。僕はやめる。努力は砂場の城のように脆く、未来に何も残さないものなんだと気がついたんだ。一生懸命に城を築いたって、翌朝起きて見てみるとただのさら地がのっそりと敷き詰められているだけ。枠の中にあるのはきめの粗い砂でしかない。何も、変わらない。 ここが別れ際だろうとマッスグマは感じた。サウンドもどこかへ行くようだったし、ひょっとしたら自分は邪魔をしたかもしれなかったと唐突に思い当たった。 「それじゃあな、サウンド。また」 マッスグマは手をひょいとあげ、すぐに戻した。サウンドに見せるためというよりは、自分がやりたかったからやっただけというふうであった。 サウンドは岩に模様を刻むようにしっかりその光景を頭の片隅に彫った。サウンドがこのときのマッスグマの真意について熟考するのはまだまだ先の話である。 「うん、じゃあね」サウンドは薄く笑う。 もの足りない顔をしたままマッスグマは手を地面につき、サウンドに尻を向けた。後でつけ足したようななけなしの尻尾に、サウンドは目が奪われる。 あんなの必要ないんじゃないかな。ちょこまかしてて、邪魔じゃないのかな。僕の、この長い耳みたいに。 どんな触り心地(あるいは触られ心地)なんだろうかと、サウンドはいつかシャープがそうしていたように、先端まで手が届かない長い耳の付け根を掴み、いじくってみた。何か変化が起こると期待していたわけではなかったが、気がすこしでも紛れればいいと思っていた。期待していたほどたいした効果はなかったが。 マッスグマが歩き始めた。その名に違わぬ真っ直ぐと姿勢よく歩く姿から、作りものではない自然な優美が感じられたが、小さな尻尾が小刻みに揺れているせいで、その優美が台なしになっていた。取って代わるように愛くるしさが加わっている。かわいらしさと優雅の調和の保たれたバランスが、マッスグマの存在感を際立たせている。尻尾のせいで失われた優雅が、反って付加価値を与えていたのだ。 サウンドは尻尾の価値を理解した。 サウンドは白く真っ直ぐな毛並みを、眩しそうに目を細めて見送っていた。しばらく硬直したように見入っていたが、未練がましく眺めているのもなんだかなと思い至り、彼もまた自分の道をたどることにした。止まる理由もない。 これで……小河に行くのも最後だ。シャープには本当に申し訳なく思ってるけど、もう決めたんだ。今更変える気はないよ。 サウンドは身震いし、方向転換してから足を前に差し出した。身体の向きを変えることがこんなに容易なのに、どうして決定の変更は難しいのか。自分に問う。答えはすぐにでた。 決まったことだからだ。 ---- 草村を踏みつけて進むのは苦でなかった。サウンドは易々と、空気の間を通り抜けるように雑草の群れを押しのけ、小河に向かって躊躇なく近づいている。 草村にてこずらなかった理由は、草村にうっすらと人工的な道が生まれていたからだ。サウンドが何度往復しても、これまではすこしもできる気配がなかったのに、今になってようやく緑の集合体はサウンドを受け入れ始めたようだった。 サソリが通ったからかな。あいつでかくて重いからね。草もへこたれちゃったみたい。なんだかかわいそうだけど……これ以降は行き帰りが楽になるね。……いや、もう関係ない。関係ないんだ。それにしても、最後の最後でこういうことが起こるなんて、なんか皮肉だな。 サウンドを導くように潰れた雑草が一本道をつくっていて、その道の上を指でなぞるように歩いているうちに、小河のウタが聞こえてきた。いつものようにさらさらと、誰かに後ろから追い立てられることなく、何かに追い詰められることなく、自分のペースで悠々と流れている。 ふと、そういうわけではないとサウンドは思った。小河は自分でペースを作ってるわけじゃない。小河自身がペースなのだ。 自然に従ってあるがままに流れてる。逆らう必要がないから、何にも抗わず、ただ流れてるんだ。“僕”が言っていた、これが“諦める”ってことなのかもしれないね。そうか。それでいいんだ。無理をしてくねくね曲がることなんて、しなくていいんだ。僕も、河のように。 サウンドは何言ってんだかと自分の頭を軽く叩き、ちょこんと舌を出した。進むほどに耳に響く小河のウタにサウンドはどぎまぎしながらも、同時に正体の知れない温かい気持ちが胸にこみあがってくるのを感じた。サウンドはそれを無視した。 相変わらず俯きながら、サウンドは前へ前へ距離を稼ぐ。長めの瞬きを意図的に繰り返す。ため息混じりの深い呼吸を繰り返す。 小河に接近するにつれて、サウンドは不思議なことに気がついた。 小河の音が……二つ聞こえる?なんだこれ。さっきから聞こえる小河のウタに加わって、もう一つ違う音程で小河のウタが聞こえてくる。ついさっきまでは一つだったのに……。新しい方は元から聞こえてたのより小さい音みたいだね。だからここまでこないと分からなかったんだ。 事態の異様さに、サウンドはさほど驚かなかった。まともなポケモンならびっくりして顔をおこしそうなものだが。しかし、この場に居合わせているのはサウンドであり、そのときのサウンドはまっとうな考えができない状態だったから、サウンドにとってみれば、小河のせせらぎが二つに分かれたことなど山を越えた先で発生した火事と同じくらいどうでもよかった。サウンドは足元を凝視している。 雑草を右に左に掻き分け、自分の通った道の跡を尻尾のごとくたなびかせながら、サウンドはついに小河の手前までたどり着いた。赤い夕日が長いようで短い一日の終わりを低い声で宣言している。 シャープはいるかな?……いないでほしい、今日は。 サウンドは一掻きで、残りの草村を払い除けた。 「シャープ?」 期待に反して、シャープは小河のほとりで立っていた。まるで全ては自分の手の中にあるというふうに腕を開いた姿勢で、身体を左右に揺らしている。 あの余裕たっぷりな格好……いったい全体どういう育ち方したらあんな堂々としていられるのかな?まるでおじさんみたいだ。 サウンドはシャープの背中が酷く大きく見えた。 今日はシャープの方が僕より早く小河にきてた。歌を教えてもらってるのは僕なのに。本当なら、僕が先にきて、僕がここで待ってなくちゃいけないに。シャープはどうして……どうせ今日で……なのに……。 サウンドはまた情けなくため息をつきそうになったが、なんとなく、シャープには自分の落胆の塊を聞かれたくないと思い、我慢して喉の奥まで押しこんだ。嘆(たん)のからんだ生唾は不快でしかたなかったが、どうにかして押し通した。そんなことを頭の隅で考えているうちに、いつのまにかサウンドはシャープのすぐ後ろまで迫っていた。 端から見たら、ピンクの雄は雌を狙う変質者のようである。だがサウンドにそんな趣味がないことは、本人が誰よりもよく承知していたし、シャープもまた、サウンドが色目な視線を向けることはないだろうと確信していた。そのことについてシャープがどう思っていたのか、知る機会はなきにしもあらず。すくなくともサウンドの関心の範囲外であったため、語ることはできない。 自分から話しかける意気地のないサウンドは、シャープの背中を凝視したまま突っ立っていた。サウンドにとってみれば、自分から誰かの注意を引きつけるなんて崖っぷちを沿って歩くようなものだった。実際はたいした高さでないのに、「えてして崖とは高い場所にある」という抜けないトゲがサウンドの頭の表面に突き刺さっていたせいで、彼はほんの短い一歩も踏み出せないでいるのだ。踏み外したら奈落の底に真っ逆さまだと思っているから、当たり前といえば当たり前なのかもしれないが。 いつまでぼうっと影を伸ばしていたか分からない。 夕日はさらに高度を下げ、すべてのものから形を奪おうとしている。曖昧に過ぎ去っていく時間の中で、ようやくサウンドは異変に気づいた。 河の音が二つ聞こえる?これって……おかしくない? その異常を察したとき、サウンドの内側で何かがうごめいた。何か……サウンドの意志とは無関係な、一匹のプクリンとしての“何か”である。 思わず身震いするほどの衝撃がサウンドにのしかかった。しかし、重くないし、不快でもない。サウンドは小さく笑った。素直な思いが形として表情に浮かんできた。サウンドは顔をあげ、シャープを見遣った。ためらうようにもう一度視線を足元に向けてから、意を決してシャープを見据えた。 もじもじしてても始まらないか。このままじゃ、練習をやめることも続けることもできないじゃん。 練習の続行を考慮に入れている自分がバカらしく、また同時に誇らしく感じられた。ゆったり流れる小河のウタがそう感じさせたのだという、予言にも似た確信が胸いっぱいに広がると、サウンドは開いた口を再び引き締める。 分かれた小河の謎はすぐに解けた。 シャープがウタっているのだ。それこそ、小河のせせらぎがそっくりそのまま口内で響いているようにサウンドには聞こえた。だが、まともなら、シャープは本物の小河が作り出す音色に合わせてウタを奏でているだけで、小河を思い浮かべながらウタっているのは間違いないにしろ、河の浅瀬から弾ける音色とは全く別物だと気づいたはずだ。それも聞き分けられないほどサウンドは普通ではなかったということなのかもしれない。身体を揺らしているのは調子……リズムに乗っている証だった。 シャープのウタに耳を傾けているうちに、サウンドの口端はだんだん緩んでいき、当人もやっているか自信が持てないくらいうっすらと、再度笑みを零した。崖の下へ飛びこむ勇ましい心がふつふつと湧いてくる。 そういえば、なんだかんだ言ってもシャープが歌ってる所を見たのは今回が初めてだね。 「ふう……」 サウンドは、触った途端に崩れてしまう砂細工に触れるように、シャープの肩へ慎重に手を伸ばしていく。 ---- ---- 感想、コメントなどいただけると嬉しいです - テスト -- [[ルーム]] &new{2009-05-16 (土) 11:59:03}; - う~む…分からない…あんまり考えると眠れなくなってしまう -- [[shift]] &new{2009-05-16 (土) 16:11:31}; - >shiftさん&br;すみませんね…深く考えずゆっくりおやすみください。 -- [[ROOM]] &new{2009-05-16 (土) 18:29:07}; - 歌が上手くないのも一つの個性…だと思う、がんばれプクリン -- [[shift]] &new{2009-05-17 (日) 11:49:49}; - >shiftさん&br;サウンドもがんばってるんですが…なかなかうまくいかないんですよ。 -- [[ROOM]] &new{2009-05-17 (日) 14:45:49}; - 先生来たぁ~どうする?サウンド!ここは、頼ん方がいいんじゃないか?ROOMさん頑張ってくださりませ♪ -- [[shift]] &new{2009-05-22 (金) 04:51:09}; - shiftさん。毎回コメント本んんんんん当にありがとうございます!マジで元気でます。貴方もがんばってくださいね→ -- [[ROOM]] &new{2009-05-22 (金) 19:28:22}; - 今晩は、クーラです。コメント有り難うございました。これからも、御購読のほどよろしくお願いいたします。 -- [[クーラ]] &new{2009-05-22 (金) 20:52:07}; - >クーラさん&br;コメントありがとうございます。貴方の作品を拝読はさせていただきましたがコメントはしてないような… -- [[ROOM]] &new{2009-05-22 (金) 21:37:35}; - 重複コメントの削除をしました。 -- [[部屋]] &new{2009-05-23 (土) 00:01:06}; - おぉ、来ましたねーやっぱり頼むでしょ。レッスン料金とかあるんですかね?なんでシャープは、センセーにこだわるのでしょうね? -- [[shift]] &new{2009-05-24 (日) 01:32:11}; - 一体続きがどうなるのか気になります。まさか…騙されるオチですか? -- [[ホワシル]] &new{2009-05-24 (日) 01:47:13}; - 二つもコメントがっ!ありがとうございます!&br;>shiftさん。センセーにこだわるのは…のちのちで。&br;>ホワシルさん。だましかはいえませんが、それものちのち。 -- [[ROOM]] &new{2009-05-24 (日) 12:41:41}; - 【地価ずく】→【近づく】ではないでしょうか?細かいことをイチイチ指摘して申し訳ありません。&br;続き楽しみに待っています。 -- &new{2009-05-24 (日) 12:54:48}; - そうですか、では質問の答えは小説の方で教えて頂きます! -- [[ホワシル]] &new{2009-05-24 (日) 15:27:59}; - >名無しさん。地価ずくってなんでしょうね。恥ずかしい…ご指摘ありがとうございました!細かく追求していただいて有り難いです。修正しておきますね。&br;>ホワシルさん。とりあえずそういうことでお願いします。 -- [[ROOM]] &new{2009-05-24 (日) 17:50:02}; - 花は風に揺れ踊るよぅに雨は大地を潤すよぅにこの世界は寄り添い合い、生き てる の にな ぜ、人は傷つけ合う のぉ〜な ぜ、別れは訪れる のぉ〜君が遠くへ行ってもま だいつもこの心の真ん中あの優しい笑顔に埋め尽さ れた まま抱 き しぃめた キ ミ〜の欠片 にぃ〜痛 み感じ てぇもま だ繋がるからぁ信じてるよぉまた逢えるからbelive for you k2009-05-30 (土) 03:42:53I love youI trast youキ ミ の、孤独を分ぁけて欲しぃI love youI trast you光 でぇも闇で も二 人、だぁから信じ ら れ るぅ〜…のぉ離さないでぇ…突然歌いだして、その上ガンオタですみません。この作品の情景を想像しながら脳内のオーディオにアクセスしたらこの歌が再生された。元々のEDアニメーションのくらっしゅどが〇だむずより会ってる気がしました。 -- [[リバースマサト]] &new{2009-05-30 (土) 03:42:53}; - >リバースマサトさん&br;コメントありがとうございます。この歌を聞いたことはないのですが、いい歌詞ですね。よろしければ作中に使ってもいいでしょうか? -- [[ROOM]] &new{2009-05-30 (土) 07:20:05}; - う~む、無難に「翼をください」とか…オクターブ越えないのでキーを調節すればだれでも歌えます。知っていると思いますが歌詞を-今、私の願い事が叶うならば翼が欲しいこの背中に鳥のように白い翼つけてくださいこの大空に翼を広げ飛んで行きたいよ悲しみのない自由な空へ翼はためかせ行きたい- -- [[shift]] &new{2009-05-30 (土) 23:00:51}; - >shiftさん&br;推薦ありがとうございます。「翼をください」…サウンドも歌いやすそうですし、私の他の小説とかけることができますね。では候補リストにメモメモ。 -- [[ROOM]] &new{2009-05-31 (日) 00:08:01}; - 版権モノだと思うので一概には…。ただ基本情報おば。題「Trust You」歌:伊藤由奈TVアニメ、機動戦士ガンダムOO(ダブルオー)セカンドシーズン後期(通常の1年モノ番組であれば第4期、4クール目に相当)にて、エンディングテーマ(以下ED)として用いられた。(歌詞はTV版に準じます)悲しみ、愛、平和を願い、慈しむ用な歌と共に、戦闘で破壊され、遺棄されたとおぼしき、主役機である4機のガンダム他兵器群が、あたかも平和を願う碑の如く佇む静止画がEDアニメーションとして流れ、そのメッセージ性が話題を呼んだ。僕の知る限りではこんな所。ガンダムとかライダーなら結構知ってる。どんなイメージとか、こういう感情とか、指定や要望があれば出させていただきますよ? -- [[リバースマサト]] &new{2009-06-01 (月) 03:13:51}; - >リバースマサトさん&br;著作権については頭になかったです…馬鹿ですみません。&br;それで勝手なのですが、明るい感じの歌でオススメがありましたら紹介していただいてもよろしいでしょうか?著作権にひっかからないもので。よろしくお願いします。 -- [[ROOM]] &new{2009-06-01 (月) 17:38:43}; - O2~オーツー~とかどうですか? -- [[ギアス]] &new{2009-06-01 (月) 18:18:48}; - >ギアスさん&br;はじめまして。そしてオーツーがわかりません…うぅ。世界が狭い。 -- [[ROOM]] &new{2009-06-01 (月) 19:27:46}; - O2(オーツー)て…コードギアス!? ギアスってそういう事なのか!? そういう事なのかぁ~!?(銀魂風に) 歌います。 -- [[リバース]] &new{2009-06-02 (火) 02:20:37}; - ミスった。&br;とりあえず僕が歌詞を知ってる曲は大抵マニアック(アニメ、特撮系)なので版権については何とも…。&br;それでも良ければ基本情報と歌詞を紹介させていただきますよ?&br;とりあえずO2のTV版の歌詞うろ覚え…orz -- [[リバースマサト]] &new{2009-06-02 (火) 02:47:16}; - >リバースマサトさん&br;ん~…利潤を追求するわけでは大丈夫だとおもうのですが…版権はやっぱり心配なのでその件は保留にさせてもらってもいいでしょうか?今までいろきろ教えてもらったにも関わらず、こういう形にしてしまい、本当に申し訳ないのですが… -- [[ROOM]] &new{2009-06-02 (火) 06:55:44}; - かえるのうたとか? -- &new{2009-06-03 (水) 00:47:20}; - >名無しさん。推薦ありがとうございます。機会があれば使わせていただきますので、そのときはよろしくお願いします。 -- [[ROOM]] &new{2009-06-03 (水) 20:27:35}; - ただ歌を教えるのとは違うコンセプトのようですね。歌唱力だけで心を動かすと言うのも素敵ですが、心をこめて一所懸命に歌うと言うのもまた味のある物。&br; 呑気なセリフ回しだけれど、どこかきちんと裏付けされた自信があるシャープの教えで、これからどうやってサウンドが成長していくのかを楽しみに待っております。 -- [[リング]] &new{2009-06-03 (水) 21:08:16}; - >リングさん&br;コメントありがとうございます。サウンドはすこしづつでも確実に成長していきます。 -- [[ROOM]] &new{2009-06-04 (木) 00:09:06}; - TVアニメ版の歌詞歌いましょうか? -- [[ギアス]] &new{2009-06-04 (木) 23:02:00}; - >ギアスさん。お気づかいはありがたいのですが、この部屋めが「著作権」というものについて無知なため、企画は中止しました。お気持ちは本当にありがたいです。 -- [[ROOM]] &new{2009-06-06 (土) 01:45:19}; - キタ----( °▽° )-----!!!&br;はしゃぎ過ぎた… -- [[shift]] &new{2009-07-02 (木) 17:10:57}; - >shiftさん&br;コメントありがとうございます。やっと更新できましたよ… -- [[ROOM]] &new{2009-07-02 (木) 19:54:10}; - この二人、面白いわぁ~br;漫才師? -- [[shift]] &new{2009-07-12 (日) 09:54:36}; - >shiftさん&br;コメントありがとうございます。シャープはサウンドをおもしろがっていたり… -- [[ROOM]] &new{2009-07-12 (日) 15:58:33}; - 「また、明日、か。」&br;そして、明日サウンドは、引っ越(ry -- &new{2009-07-23 (木) 00:39:27}; - >名無しさん&br;コメントありがとうございます。さあ、それはどうでしょうね…。 -- [[ROOM]] &new{2009-07-23 (木) 00:41:51}; - 下手くそ?んな事ない…多分サウンドのウタの魅力がわからないのだよ -- [[shift]] &new{2009-07-26 (日) 23:39:18}; - >shiftさん&br;コメントありがとうございます。そうなんですね。…サウンドは馬鹿にした愚か者を見返す、かもです。 -- [[ROOM]] &new{2009-07-27 (月) 06:26:52}; - 出たいじめっこ! のび太君とたけし君的な感じだ -- [[shift]] &new{2009-08-04 (火) 08:56:43}; - >shiftさん コメントありがとうございます。ヘタレが努力するお話にいじめっ子は不可欠ですよね。サウンドはどうするのやら…… -- [[ROOM]] &new{2009-08-05 (水) 06:53:04}; - >引っ越し屋さん コメントありがとうございます。情景をどう表現するかはいつも悩むので、そう言って頂けると嬉しいです。 -- [[ROOM]] &new{2009-08-05 (水) 13:25:19}; - え?どうしちゃたのシャープ? -- [[shift]] &new{2009-08-18 (火) 07:30:37}; - >shiftさん コメントありがとうございます。まさか…な感じです。 -- [[ROOM]] &new{2009-08-19 (水) 06:35:43}; - 久しぶりにwikiにきたら「ウタノカタチ」かなり進んでますね。さてはてシャープはどこへいったのでしょうか?続き楽しみにしてます。 -- [[クーラ]] &new{2009-08-22 (土) 12:54:46}; - >クーラさん コメントありがとうございます。何やら理由があるようですよ。 -- [[ROOM]] &new{2009-08-22 (土) 18:05:04}; - 手こずった!? 何に手こずったんだ? ――[[shift]] &new{2009-09-02 (水) 17:46:46}; - てこずった……一体何にてこずったのでしょうか……? というかシャープも酷いですね。 来てすぐ終了とは…… 執筆頑張ってください! ――[[ホワシル]] &new{2009-09-03 (木) 19:24:53}; - >shiftさん コメントありがとうございます。ムフフな事にてこずったんですよ。 >ホワシルさん コメントありがとうございます。何にてこずったかはまだ秘密ですね。 ――[[ROOM]] &new{2009-09-03 (木) 19:14:33}; - おお、シャープにそんな考えがあったとは。 しかし、ROOMさんの米を見る限りまだ何かありそうですね。 &br;サソリが空気になってる件について。 ――[[ホワシル]] &new{2009-10-03 (土) 03:47:55}; - >ホワシルさん、コメントありがとうございます。もう一悶着サソリと絡む…かもしれません。 ――[[ROOM]] &new{2009-10-03 (土) 08:38:33}; - コメントお久しぶり。 イジメられる辛さを知る者としてサウンドにこの歌を捧ぐ。 タイトル失念 ♪ 自分を、世界さえも、変え て しまぁえそぅな、 瞬間は、い~つもすぐそばにぃ~。 ♪ 隠せぬ苛立ちと~おおぉ、 立ち、尽くす、自分を~、み つ め、 迷い、ながら、悔やみ、ながら、悩み、ながら、決めればい~いさ。 君が、くれた、言葉、ひとつ、戸~惑い~は、消~え去り、 空ぁっぽ、だぁった、僕の、部屋に光が、差したぁ~。 見上げた、大空が、青く、澄ぅみ切ってゆくぅ。 閉ざぁした、窓を~開ぁく、事、決ぃめたぁ。 自分を、世界さえも、変え て しまぁえそぅな、 瞬間を、感じろ今ここにぃ~♪ ♪ ギアスさんなら詳しくご存知かと。 この歌詞には立ち向かう勇気と支えてくれる人の大切さが詰まっていると思います。 長文失礼しました。 バイナァ~♪ ――[[リバースマサト]] &new{2009-11-11 (水) 04:17:57}; - >リバースマサトさん お久しぶりです。コメントありがとうございます。 むー歌詞だけみてもよしあしは判断しづらいですね。今度聞いてみます。 ――[[ROOM]] &new{2009-11-11 (水) 06:55:33}; - コードギアスのCOLORSですね。OPに使われてました。 ――[[ギアス]] &new{2009-12-17 (木) 00:45:34}; #comment(パラメータ);