暗雲というのは、古の時代から不吉を伝える象徴のようなものとして、長くに渡りいろいろといわれてきているのだった。昔の古代に、正体不明の化け物がいた。暗雲とともに現れて、古の町を恐怖と混乱に陥れたが、あるものの攻撃によって倒されたという。 果たして、ガーナの出す暗雲というのは、古から伝わる、不吉と恐怖の象徴なのか、それともただ単に足場にするための階段のようなものなのか、それとも、よく分からない物体なのか…… 空に浮かぶ雲を踏みしめて、目の前のカイリューをじっとりと見つめながら、タルトは息を吐いた。安定した足場があるとはいえ、相手は空の王者カイリュー、まともな足場があろうとも、空に長けたポケモンと、地に足をつくポケモンとでは、相性が悪すぎた。 そもそも今現在高度9000mで、空気も薄い、足場が安定して入るが、その場から動くことが出来ない。こんな状態で攻撃を受ければダーツの的よろしく攻撃を食らって撃墜されてしまうだろう。 戦うと決めたのはいいが、よくよく考えたら戦う状況で不利な状況、不確定要素が多々あり、まともに戦えないのではないのだろうかな度と心配して、汗が一筋タルトの頬を伝った。そんなタルトを見て心配な雰囲気を読み取られたのか、くすりとガーナの笑い声が聞こえた。 「大丈夫さ。いざとなったら、僕の幻影で逃げればいいんだよ……」 ガーナは小さく、聞こえないような声でタルトに耳打ちをする。ガーナの力は、記憶を失ったために、どんな力か未知数。つまり戦闘で役に立つのか、そもそも戦闘に特化した能力なのか、相手をかく乱させるだけなのか。まだまだわからないことがタルトには多すぎたが、ガーナは何ら心配ないといった表情で、ゆったりと相手を見つめている。 そんな二匹を見据えて、クックとカイリューが笑い声を漏らす。失笑しているようだった。 「なかなか余裕だな、耳打ちなどしている場合か?」 大きく翼を広げて、カイリューが突進してくる。しまった、考え事をしている場合ではなかったと思って、タルトはよけようとして、はっとした。そもそも足場を作っているガーナと同じところによけなければ、回避はおろか、反撃を加えることが出来ない。いろいろ考えてしどろもどろになっていると、ガーナがゆったりとした動作で、再度話しかける。 「落ち着いてタルト。何時もの冷静なたるとなら、どんな風によければいいか僕に指示してくれるよね?任せたよ、タルト」 そういって、ガーナは足るとの指示を待った。そういわれて、実質二匹分の命を預かることになったタルトは、ごくりと生唾を飲んで、頭をぺしぺし叩いた。考えている時間などない。岩石のような皮膚を持った巨大な竜が高速で突進しているのだ。もたもたしていたら血と肉の塊だ。 考える暇はない、一瞬だけ躊躇して、ガーナに指示を出す、もう眼前に迫った物体をよけるにはこの方法しかない。 「雲を消して」 「了解」 ふっと足場が消えて、急に二匹は落下する。そんな奇抜な回避行動に、度肝を抜かれたカイリューは驚いて急停止する。 「雲を出して」 「了解」 先程と同じような短いやり取りで会話を済ませる。ガーナがすっと全身に力を込めて、足場を作り出す。ふわっと黒い雲がいきなり現れて、二匹分の体重をしっかりと支えた。 「わわっ」 「大丈夫だよ。さて、反撃といこうかな……」 ガーナが不適に微笑んで、二匹の真上にいるカイリューを見つめて全身の毛を逆立たせる。身体から溢れる黒いオーラが、衝撃波になってカイリューの身体に衝突する。直撃、爆発。黒い煙がもくもく立ち込めて、二匹に影をつくる。 しかし、雲が晴れると何の衝撃もなかったかのように、カイリューがこちらを向いて笑っている。どうやら攻撃が全く聞いていないようだ。ガーナはぽかんとしてカイリューを見つめていた。 「あら?聞いてない??」 「どうやらそのようですね、相手は攻撃をするつもりらしいですが、とりあえず周りに雲を出してください、よけるなら適当に動いていたら必ず袋小路に追い込まれます。緻密に計算しながら動いたほうがいいでしょう。攻撃をかわすのはぎりぎりのタイミングで、こちらの攻撃では相手の肉体に損傷は与えられないというのが今ので十二分に分かりました。ここは逃げて上を目指したほうがいいでしょう……」 矢継ぎ早にガーナに耳打ちをする。ガーナは何だか荒い息と一緒に紡がれた言葉をくすぐったそうに聞いていたが、別に意味が分からないわけではなかったのか、こくりと一回頷くと、前後左右にまばらに暗雲を作り出す。大きさは一定だが、距離がばらばらであり石を飛び越えるような要領で飛べば届くかどうかというものが多かった。 「ふっ、どうしたのかね?攻撃は終了か?」 カイリューの挑発に、タルトはにこりと微笑んで、ガーナと一緒にひょいひょいと雲に飛び乗る。 「ええ、攻撃がきかなければ、戦うことに意味はありませんから、逃げさせてもらいます。悪く思わないでくださいね」 「フム、賢い選択だ、だが、逃げられずに叩き落されるということは頭の中に入ってはいないようだね」 「悪いけど、僕は幻影の狐さ。夢幻を捉えることはできないよ」 唐突にガーナが口を挟んで、クヒヒッとくぐもった笑い声を漏らす。ゾロアとは、化け狐という意味ももっているらしい。どうやら化かし合いになるのなら、ガーナに任せたほうがよいだろうと思ったタルトは、だ、双ですなどと口にして、再度微笑んだ。 「なるほど、ならば私がその夢幻を捕らえる第一のポケモンになろうではないか」 やる気満々といった感じで、カイリューがぐぐっと右腕に力を込める。 昔、ドラゴンの爪は万能薬になるとか変な話を聞いた事があった。何でも、その爪の破壊力が高すぎて、とるのが難しいために、そういう不思議な話が作られたとか、真実か否かは確かめようがないが、強靭な爪を振り上げて、相手をばらばらに切断するわざの恐ろしさなら大体タルトには想像できた。 「"ドラゴンクロー"が来ます、ガーナ、上空に雲を作ってください、私のタイミングで飛び上がりましょう。」 「わかったよ」 ずずっと、ゾロアが上空に煙を噴出したかと思ったら、すぐに雲の形になった。本当になんだろう、この力などと思って感心していたが、今そんなことを詮索する暇はない。じっくりと相手の動きを観察する暇もない。腕を振り上げてこちらに接近、爪が異常なエネルギーを放ち始める。右腕を突き出す…… 「今です。飛んで!!」 そういうのが早いのか、二匹同時に跳躍、そのまま着地の衝撃を吸収するまもなく、相手がこちらに向かってくる。やはりというか凄い執念だ、そこまであの島にポケモンをいれたくない理由でもあるのだろうかとタルトは相手の思考を反芻して考えてみたが、そんなことをしている前に次の行動が割り込む、回避行動を優先させるために、ガーナに指示を出す。 「恐らくフェイントも入れてくると思います。やや右のほうに、若干大きめの雲を作っておいてください。後は、再度上空に雲を作って……」 「了解」 ガーナは言われるがままに雲をひねり出す。黙々と煙が立ち込めて、ふわふわした羊毛のような黒い雲が出来上がるのを確認してから、タルトは再度相手の動きを見破る。 接近、一時停止。口からあらかじめ溜めておいたのか、間髪要れずに凄まじいエネルギー光線を吐き出した。予想通りの攻撃に、タルトは思わずほくそ笑む。計画通り、まんまと嵌ってくれた。 「右によけてください」 「ほいさ」 ワルツを踊るような軽やかなステップを踏んで、二匹はひょいっと右の大き目の雲に移動した。今いたくもと、上空に作った雲の中間くらいに、太いエネルギーの光線が高速で通り過ぎる。間違いなくそこにいっていたら丸焦げになっていただろう。 「"はかいこうせん"か、えらい恐ろしい武装を持ってるね、あのカイリュー……」 「何、一度撃ってしまえば反動で暫くは動けな――」 &ref(挿絵2.jpg); 間髪いれずに二発目の光線が放たれて、思い切りタルトの身体を直撃した。凄まじい熱と後から来る極限の痛みに、タルトはそのまま耳の割れるような絶叫を上げた。 「っ!!!!きゃあああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!」 「タルト!!?」 ガーナが目を真ん丸くして、タルトに駆け寄る。幸い重症ではないようだが、一体なぜ光線が間髪をいれずに飛んできたのか、思わずカイリューのほうを振り向くと、変な赤い草を持っている。そしてそれを徐に口の中に放り込んだ。口からエネルギーがたまり始める…… 「しまった!!!パワフルハーブ!!」 パワフルハーブの効能はよく知らなかったが、一度エネルギーを溜めるものや、反動で身体に負担がかかるものなどなど、負荷を軽減するというものによく使われている。そんなことを考えるよりも、ガーナはタルトを背中に背負って、急いで上に上がっていく。 下からまるで槍で突き刺すように、光線が次々と放たれる。完全に油断していた。道具を持っていないわけではなかったのに。失念して油断していた自分に嫌悪して、苦しそうに喘ぐたるとの声を耳間近に聞いてしまう…… 「ウゥ、あついぃ、いたいぃ、いたいよぉ………ガーナァ、助けて、痛いよ、タスケテェ……」 「くっ!!」 まるで近くで呪詛を聞いているような感覚になって、ガーナは一心不乱に宝島を目指した。 とにかく今の状況をどうにかしなければ、絶対にまずいと思っていた矢先、エネルギーの光線がガーナの足を掠めた。 焼けるような痛みを感じて、ガーナは思わず呻き声を漏らして雲の上に自分の身を投げ打った。背中に支えていたタルトが雲の上に投げ出されて、どさりと身体を横たわらせた。 「はぁ、はぁ、ハァッ!!」 痛みと熱のせいで視界がぼやける。何が起こっているのかわからなくなる……今時分は空に張り付いているのか、それとも雲の上に載っているのか、仰向けに倒れこんだ視界にすっと影が降りてくる…… 「残念だ、君は私を化かす力はなかったようだね……」 勝ち誇った声を聞いて、ガーナは知らないうちに涙が自分の瞳にたまっていることに気がついた。悔しかった、激しい自己嫌悪に嗚咽がこみ上げて、思わず嘔吐してしまった。胃液と一緒に出かけにタルトが作ってくれたサンドイッチの卵が自分の毛に染み込んで、思わず目を硬く閉じたくなる感覚に襲われた。 死にたい、気持ち悪い。頭ががんがんと痛む。知らないうちに高山病のようなものにかかってしまったような感触も襲いかかって、知らないうちにぼろぼろと大粒の涙が顔を伝って雲の上に落ちる。 「なきたいほど後悔しているのかね?残念だ、君のような聞き分けの悪い子は、翼を捥がれて落とされる運命なのだからね……」 紳士的な声で、カイリューがゆっくりと手を伸ばす。タルトはあまりの熱と痛みに気絶してしまったし、足を負傷した上に、いきなり体調不良が襲い掛かってきたガーナにはもうどうすることもできなかった…… 頭の中に、記憶を失ってからのことが思い出の走馬灯のように反芻する。タルトに出会ったことや、今までやってきたこと、そして、先程までの冒険が頭の中に蘇った。ついでに、こんなことになるのなら、こんなところに来なければよかったという後悔も頭の中に生まれた。 もうここで終わってしまうのだろうか、せめて自分がどんな存在か位は覚えて起きたかったのに、この状況ではどうしようもないのだ。何も出来ない上に、身体の自由も聞かない。結局、翼を捥がれて落とされたのは、タルトとガーナのほうだったのだ。自分の非力を呪って、準備不足を悔やんで、ガーナはひたすら嗚咽して涙を流す…… 畜生 ちくしょう チクショウ 畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生!!! 深い呪のように、腐った果実が染み出すように、ガーナの心に生まれた、畜生という言葉、どうして自分はこんなときに限って、何も出来ないのだ。どうしてこういうときに限って、力を十二分に発揮できないのだ。 強くなりたい、もっと、もっと、もっともっともっともっともっともっともっともっと!! 「う、ゥゥウウウウ…………」 「??」 「ウオオオオオオオァァァアアアアアアアアッ!!!!」 現在高度16000m…… 正体不明の暗雲の上で、正体不明の獣の咆哮が上空に響き渡った…… 続く ---- - 東方ネタかと思ったw ―― &new{2010-08-02 (月) 11:08:12}; #comment